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女子プロレス
マイクでアピールSareeeほか/12・3Sareee自主興行写真集

新着ニュース

高山勝成、プロ再転向復帰戦は5・10森青葉戦

高山勝成(2019年8月31日撮影)

プロボクシングのミニマム級で世界主要4団体の王座に就き、東京オリンピック(五輪)挑戦のためアマチュアに転向後、プロに再転向した高山勝成(36=寝屋川石田)は29日、代理人を通じ復帰戦が5月10日に決まったと発表した。50・8キロ契約の6回戦で、森青葉(泉北)と対戦する。

高山は17年4月にプロを引退し、東京五輪を目標に18年10月にアマチュアに転向。昨年8月の全日本選手権東海地区選考会で敗れて五輪への道を断たれた。日本ボクシングコミッション(JBC)から今年3月17日付でライセンスの発行を受けた。高山は「新型コロナウイルスに最大限の注意を払ってコンディションを維持し、試合への準備を進めてまいります」とコメントした。

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王者潮崎豪「アイアムノア!」無観客試合で初防衛

潮崎豪(2018年6月10日撮影)

プロレスリング・ノアが新型コロナウイルス感染拡大の影響を受けて後楽園ホールで無観客試合を行い、メインのGHCヘビー級選手権では王者潮崎豪(38)が藤田和之(49)を下し、初防衛に成功した。

異例のタイトル戦となった。観客がいない静寂の会場。2人はゴングが鳴ると、距離を置いたままにらみ合う。そのまま、30分も緊迫状態が続いた。均衡を破ったのは藤田。王者潮崎をタックルで倒し、グラウンド戦に持ち込む。なかなか落とせずしびれを切らし、今度は場外へ。消毒液を口に含み潮崎に吹きかけ、だれもいない客席から入り口ロビー、さらにその先のエレベーター、バルコニーへと連れ回した。

リングに戻っても、藤田の攻撃は続くが、残り10分で王者潮崎も反撃に転じる。得意の逆水平連打、豪腕ラリアットで流れを引き寄せ、最後は再び豪腕ラリアットを3発打ち込み3カウントを奪取。試合時間残り3分を切った57分47秒で死闘を制した。

本来なら3月8日の横浜文化体育館でタイトル戦を行うはずだったが、新型コロナウイルス感染拡大の影響でこの日の後楽園ホール大会へ延期。さらに都の自粛要望を受け、無観客となった。試合の模様は同じサイバーエージェントを親会社に持つDDTの動画サイト、専門チャンネルサムライTVで生中継された。勝利した潮崎は、「画面の向こう側にいるホーミーズ(仲間)たち、ひとつだけ言わせてくれ、アイアムノア!」と話して、異例の試合を締めくくった。

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井上尚弥激闘の記録、WOWOWで今日14時放送

井上尚の最新映像が放送される(c)NAOKI FUKUDA

ボクシングのWBA、IBF世界バンタム級統一王者井上尚弥(26=大橋)の最強王者への道のりが網羅される。WOWOWは29日午後2時から、WOWOWライブで「井上尚弥 ボクシング最強王者への道」を放送。独自映像を通して「黄金のバンタム級」転向後に行われた激闘の数々を振り返る。

4月25日(日本時間同26日)に米ラスベガスで予定されていたWBO同級王者カシメロ(フィリピン)との3団体統一戦は新型コロナウイルスの感染拡大で延期になったが、井上の最新映像、インタビューにも注目だ。

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元関脇嘉風の中村親方、コロナで断髪式の延期検討

元関脇嘉風の中村親方(2019年9月16日撮影)

大相撲の中村親方(38=元関脇嘉風)が、10月3日に両国国技館で予定している引退相撲について、延期を検討していることを明らかにした。

27日にツイッターで「嘉風断髪式は新型コロナウィルス感染拡大に伴いまして皆様に安心して来ていただける時期への延期も検討させていただいている状況でございます。延期実施の有無を含めまして決まり次第当サイトにてお知らせさせていただきます。罹患された皆さまおよび関係者の皆様には心よりお見舞い申し上げます」と発表し、28日までに引退相撲の公式ウェブサイトにも同様の文言をアップした。

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芝田山広報部長「プロ選手感染判明は影響力大きい」

芝田山広報部長(2018年12月19日撮影)

日本相撲協会の芝田山広報部長(元横綱大乃国)は27日、プロ野球阪神の藤浪らの新型コロナウイルス感染判明を受け、改めて力士ら協会員に不要不急の外出自粛を求めるなど、感染予防に努める意向を示した。

「人ごとではないと感じる。プロ選手の感染判明はやはり影響力が大きい」と話した。協会員には特に今週末は外出しないように通達した。

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ランキング

王者潮崎豪「アイアムノア!」無観客試合で初防衛

潮崎豪(2018年6月10日撮影)

プロレスリング・ノアが新型コロナウイルス感染拡大の影響を受けて後楽園ホールで無観客試合を行い、メインのGHCヘビー級選手権では王者潮崎豪(38)が藤田和之(49)を下し、初防衛に成功した。

異例のタイトル戦となった。観客がいない静寂の会場。2人はゴングが鳴ると、距離を置いたままにらみ合う。そのまま、30分も緊迫状態が続いた。均衡を破ったのは藤田。王者潮崎をタックルで倒し、グラウンド戦に持ち込む。なかなか落とせずしびれを切らし、今度は場外へ。消毒液を口に含み潮崎に吹きかけ、だれもいない客席から入り口ロビー、さらにその先のエレベーター、バルコニーへと連れ回した。

リングに戻っても、藤田の攻撃は続くが、残り10分で王者潮崎も反撃に転じる。得意の逆水平連打、豪腕ラリアットで流れを引き寄せ、最後は再び豪腕ラリアットを3発打ち込み3カウントを奪取。試合時間残り3分を切った57分47秒で死闘を制した。

本来なら3月8日の横浜文化体育館でタイトル戦を行うはずだったが、新型コロナウイルス感染拡大の影響でこの日の後楽園ホール大会へ延期。さらに都の自粛要望を受け、無観客となった。試合の模様は同じサイバーエージェントを親会社に持つDDTの動画サイト、専門チャンネルサムライTVで生中継された。勝利した潮崎は、「画面の向こう側にいるホーミーズ(仲間)たち、ひとつだけ言わせてくれ、アイアムノア!」と話して、異例の試合を締めくくった。

高山勝成、プロ再転向復帰戦は5・10森青葉戦

高山勝成(2019年8月31日撮影)

プロボクシングのミニマム級で世界主要4団体の王座に就き、東京オリンピック(五輪)挑戦のためアマチュアに転向後、プロに再転向した高山勝成(36=寝屋川石田)は29日、代理人を通じ復帰戦が5月10日に決まったと発表した。50・8キロ契約の6回戦で、森青葉(泉北)と対戦する。

高山は17年4月にプロを引退し、東京五輪を目標に18年10月にアマチュアに転向。昨年8月の全日本選手権東海地区選考会で敗れて五輪への道を断たれた。日本ボクシングコミッション(JBC)から今年3月17日付でライセンスの発行を受けた。高山は「新型コロナウイルスに最大限の注意を払ってコンディションを維持し、試合への準備を進めてまいります」とコメントした。

犬にかまれた中邑真輔がUS王座戦「奪いとるワン」

15日のPPV大会でUS王座に挑戦することが発表された中邑

<WWE:スマックダウン大会>◇3日(日本時間4日)◇米ネブラスカ州オマハ・センチュリー・リンク・センアー

 6月25日に警察犬にかまれ、全治2週間としていた中邑真輔(38)が15日(日本時間16日)のPPV大会エクストリーム・ルールズでUS王座に挑戦することが発表された。

 王者ジェフ・ハーディ(40)に挑む。カード発表後、中邑は自ら撮影した映像が流れ「なぜジェフ・ハーディは顔にペイントしているのか。ヤツは道化師か。それとも恥ずかしいのか。彼のプライドをひっぺがえしてやるよ。彼のUSタイトルを奪いとるワン」とジョーク交じりに意気込みを口にした。

 中邑は先月25日のベイカーズフィールド大会前に会場付近にいた警察犬に左足をかみつかれて試合を欠場。同25日のオンタリオ大会で予定されていたUS王座挑戦もキャンセルとなった。同29、30日に開催された日本公演のために一時帰国した際には「もう悪夢とした言いようがない。ウソだろって思いましたよ」と振り返っていた。凱旋(がいせん)試合こそキャンセルになったものの「自分に今できることをやる」と2日間ともに松葉づえ、スーツ姿でリングに登場し、サモア・ジョーやWWEヘビー級王者AJスタイルズと絡んで存在感を示していた。

36歳高山勝成プロ復帰表明「やり残したこと挑戦」

高山勝成(中央)のプロ復帰会見

プロボクシング・ミニマム級の元世界主要4団体王者高山勝成(36)が10日、プロへの復帰を表明した。高山は17年4月にプロを引退し、東京五輪出場を目指したが、昨年8月の全日本選手権東海地区選考会のフライ級で敗れて五輪への道を断たれていた。

新型コロナウイルスの感染拡大によりボクシングも3月中の興行が中止となる状況で、所属する寝屋川石田ボクシングジムで、インターネット電話「スカイプ」を通じた異例の会見。「オリンピック挑戦を行ったことについて、後悔はしておりません。当初よりプロに戻ることを考えていたということもありません。しかし(昨年の予選以降)熟考し、ボクサーとしてプロとしてやり残したことに挑戦したい。その思いからプロ復帰を決意しました」と思いを伝えた。

2月から本格的に練習を再開している高山は、ライトフライ級での試合を検討。JBCの規定上、37歳となる5月12日までに試合を行う必要があり、国内外を視野に入れたマッチメークを行うという。厳しい道のりは間違いないが「ベストを尽くします」と誓った。

仙女15歳愛海“一本”宣言「日本一のレスラーに」

ジュニアベルトを掲げる愛海(撮影・山田愛斗)

プロレス番組を毎日のように見ていたオタク少女が、センダイガールズプロレスリング(仙女)第5代ジュニア王者まで上り詰めた。“中学生レスラー”の愛称で親しまれている愛海(15)は、中学を今月卒業。「(学業との)両立は今でも難しくて、高校ではもっと難しくなると考えたら、自分が好きな道を選んだ方がいい」。進学せずレスラー一本で勝負していく。

プロレスとの出会いは、初めて観戦に訪れた2歳のとき。以降、小3まで住んでいた大阪で何度も会場に通った。親の転勤があり小4で仙台へ引っ越し。仙女を見るようになり「女性でこんなに強い選手がいるのかと思い、憧れというか、こういう選手になりたい」と職業として意識し始めた。レスリング経験が少しある程度で、スポーツとは無縁だった。それでも選手がロープワークやマット運動を一般人に指導する「仙女サークル」で腕を磨き、徐々に頭角を現すと、プロ練習にも参加。小6でプレデビューを果たした。

12歳11カ月、中1で臨んだプロ初戦は、経験豊富なジャガー横田に屈して黒星スタート。「偉大な選手が相手でドキドキしていた。試合が始まったら目つきが変わってすごく怖かったが、『やってやるぞ』という気持ちだった。緊張してできない部分もあったけど、得意技のドロップキックを何発も打てたのは良かった」と振り返った。

昨年10月、神童ミコトに勝利し、プロ3年目で初めてベルトを巻いた。「何度も対戦し、バチバチのライバル関係もあったので楽しかった。ベルトを獲得したときは声援も大きくてうれしかった」。そして1、2月と2度防衛。次の防衛戦は未定だが「日本一の女子プロレスラーになりたい」。最強への道をコツコツ歩んでいく。【山田愛斗】

◆愛海(まなみ)2004年(平16)8月10日生まれ、大阪府出身。17年7月にプロデビュー。第5代センダイガールズワールドジュニアチャンピオン。得意技はドロップキック、羽根折り首固め。趣味は犬猫の動画を見ることや散歩。興味のあるスポーツは立ち技格闘技のK-1で、同じ大阪出身の皇治のファン。160センチ、57キロ。

ジュニアベルトを掲げる愛海(撮影・山田愛斗)

バトルコラム

大相撲裏話

ブルガリア出身碧山コロナ不安も癒やしは夫人と愛犬

碧山(2020年3月12日撮影)

大相撲春場所は史上初の無観客開催で15日間をやり遂げた。その中で主役の1人を担ったのが碧山。終盤3連敗で11勝に終わったが、一時は単独トップに立つなど優勝争いを盛り上げた。

碧山は欧州のブルガリア出身。新型コロナウイルス感染は欧州で拡大し、その影響に話が及んだ。実家については「自分のところは都会ではないから大丈夫」と話した上で、「毎日電話してますよ。心配だから」と話していた。

碧山の地元ではやはりマスクを着ける習慣はなく、売っているところも希少。日本から送らないのか聞いたが「送りたいけど、売ってないでしょ。どこに売ってるんですか」と厳しい表情で返された。

東京に1人残すビオレタ夫人も、厳しく「外出禁止」を言い渡したという。「向こうも1人。寂しいのは分かっている。よく我慢している」。外出でもできない碧山にとって、約1時間半の夫人との電話が唯一の癒やしだったという。

その2人の共通の話題は愛犬のMOLLY。12勝3敗と好成績をあげた昨年の春場所後から碧山家に加わったトイプードル。「小さくてね、犬とは言われないんです」。近くにいた栃ノ心が「人形だよ」。それほど溺愛する愛犬も、心の支えとなっていた。

相撲界における外国出身力士の活躍はすさまじい。何より驚かされるのが、日本での生活への順応で言葉も達者だ。碧山は「ちゃんこ場で勉強した」という。他の競技では通訳がつき、言葉をやりとりするが、相撲界では独自で乗り越えなければならない。碧山は日本語を学ぶためにノートを作り、耳にした単語をアルファベットで記し、覚えていったという。

相撲は日本独特の文化であり、神事とされる。その意味を理解しなければ、成功はできない。ブルガリア出身の碧山を取材する中であらためてそんな思いを強くした。【実藤健一】

(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)

リングにかける男たち

3度離婚の山本美憂にとって恋愛は「生活の一部」

自身の過去の五輪挑戦と東京五輪について語った総合格闘家山本美憂

今年1月、いま一番興味がある選手へのインタビューがかなった。総合格闘家山本美憂(45)だ。五輪について語るリレー連載の取材をお願いし、女子レスリング元世界女王でありながら、3度の挑戦ともに五輪に届かなかったこと、今年開催されるはずだった東京五輪について思うことなどを聞いた。

だが、本当に聞きたいことは別にあった。山本は45歳。昨年19年には長男アーセンの娘、つまり孫も生まれ“おばあちゃん”になった。(現役引退までは“おばさん”という設定にさせておくそうだ)。それでも、体力の衰えを感じさせるどころか、試合を重ねるごとに強くなっている。そして、いつでも自然体で美しい。その力と魅力がどこから湧くのか探ってみたかった。

競技の話題だけでなく、恋愛、子育てなどプライベートに触れる質問をぶつけてみたが、山本は嫌な顔せず楽しそうに答えてくれた。恋愛とは何ですかと聞くと、「やっぱり生活の一部ですかね。自分が幸せであるために必要」。“仕方ないよね”と言いたげな笑顔に思わず「かっこいい…」と声が出た。人生の一部、ではなく、生活の一部、である。今の恋愛について聞くのはやぼだと思い、そこはあえて突っ込まなかった。

ここで、山本の経歴を説明したい。74年8月4日生まれ。父郁栄氏はミュンヘン五輪レスリンググレコローマン57キロ級代表。ミュンヘンにちなんで、美憂の名を与えられた。のちに総合格闘家となる弟の山本“KID”徳郁、妹の聖子とともにレスリングの英才教育を受ける。17歳だった91年に世界選手権に初出場し、史上最年少優勝。94、95年に世界選手権連覇も、その年にJリーガー池田伸康と結婚し、現役引退。96年に長男アーセン出産。98年に現役復帰し、99年離婚。00年に格闘家エンセン井上と再婚し、同時に引退。04年アテネ五輪で女子レスリングが正式種目になったのを機に、現役復帰も代表に届かず、3度目の引退。同年、井上と離婚。06年にアルペンスキー選手佐々木明と3度目の結婚。同年次男アーノン、08年に長女ミーアを出産。11年、ロンドン五輪挑戦のため、3度目の現役復帰。同年、佐々木と離婚。同12月の選考会で敗れ、出場を逃す。13年から拠点をカナダへ。15年にカナダ国籍を取得し、カナダ代表として16年リオデジャネイロ五輪を目指すもかなわず、16年に総合格闘技に転向。18年9月に弟徳郁が胃がんで死去。現在は、弟が亡くなったグアムで家族とともに暮らす。

3度の結婚と離婚。その間、五輪の夢を追い続けた。そして今は総合格闘技に没頭する。山本は「めちゃめちゃ自分のやりたいことをやってる。わがままなんです」と笑いながら人生を振り返る。結婚した後、しばらく夫や家族のサポートにまわった時期もあった。それも「その時に自分がしたいと思ったこと」。どんな選択も自分が選んだことだから仕方ないと思えるという。

山本はさまざまな選択に迷う女性アスリートにこう助言する。「気持ちがある以上は競技を続けてほしいなと思いますね。たとえ、結果が結びつかなかったとしても、自分がやりきったという気持ちが残る。だって、何をしても後悔はつきまとうじゃないですか。ああしていれば…とか。でも、やらなくて後悔するのが1番私の中では嫌なんです。やって失敗して、その度にあーってなるけど、しょうがない。自分が選んだことだから。常にそれの繰り返しです。その時は結果に結びつかなくても、あれがあったからこれがあるんだな、って思える時が来たりする。私も五輪に行きたくて行けなかったけど、その過去があるから今がある。残念でしたけど、今は総合格闘技という自分なりの活躍の場所を見つけることができました」。

拠点のグアムでは、2人のこどもの学校や習い事への送り迎えをしながら、その合間にジムで練習を積む。「グアムって狭いから、できちゃうんですよ。ジムも近いし、選手生活を送るには楽です。シングルマザーはすごく助かります。それに、娘は11歳、息子は13歳なんで、もう楽っちゃ、楽。皿洗い、掃除とか家事も手伝ってくれて、逆にあの子たちに助けられているんです。すごくいい環境で練習ができていますね。バタバタしてますけど、それが自分には合ってるのかな」。総合格闘家に転向して4年。「自分はまだ新人の部類にあたる気がする。やることいっぱいあるのがうれしいこと。飽きないですね」とまだ熱が冷めることはなさそうだ。

雑談で美容の秘訣(ひけつ)も聞いた。「とにかく保湿! あとは水をすごく飲む。1日4、5リットルぐらい」。年齢を忘れるほど強く、美しい山本は、私たち後輩女性に勇気をくれる。【高場泉穂】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「リングにかける男たち」)

原功「BOX!」

メイウェザー氏を悼む 甥フロイド5階級制覇支える

1980年代にスーパー・フェザー級とスーパー・ライト級の2階級を制覇した元世界王者、ロジャー・メイウェザー氏(米国)が3月17日、糖尿病からの合併症のため亡くなった。58歳だった。引退後にトレーナーに転身したメイウェザー氏は、甥でもあるフロイド・メイウェザー(米国)の5階級制覇を手助けするなど指導者としても実績を残した。

米国ミシガン州グランドラピッズ出身のメイウェザー氏は9歳上の兄フロイド・シニア、4歳下の弟ジェフとともに3兄弟ボクサーとして知られるが、世界王者になったのはメイウェザー氏だけだった。

アマチュアを経て81年に20歳でプロデビュー。83年1月には、来日経験もある技巧派のサムエル・セラノ(プエルトリコ)に8回TKO勝ちを収めてWBA世界スーパー・フェザー級王座を獲得した。初陣からわずか1年半後、15戦目のことだった。3度目の防衛戦で王座を失ったのを含め3年間に5敗するなど一時は限界をみせたかと思われたが、2階級上のスーパー・ライト級に転向して息を吹き返した。87年11月、浜田剛史(帝拳)と1勝1敗のWBC王者、レネ・アルレドンド(メキシコ)に6回TKO勝ちを収めて2階級制覇を達成。この王座は1年半の間に4度の防衛を果たした。

171センチの身長に対しリーチが187センチと長いメイウェザー氏は、中長距離から繰り出す多彩な左で相手を戸惑わせ、そこに右ストレートを打ち込むスタイルを確立。その切り札と獰猛な戦いぶりから「ブラックマンバ(毒蛇)」の異名があった。無冠になってからも戦い続け、99年に引退するまで12度の世界戦(8勝6KO4敗)を含め72戦59勝(35KO)13敗の戦績を残した。強打の半面、打たれもろい欠点があり、それがスター選手への壁になったともいえる。

引退後、メイウェザー氏は兄の子、フロイド・メイウェザー・ジュニアのトレーナーを務め、甥の5階級制覇をサポートした。特に兄とジュニアが仲たがいした時期には先輩王者として、また叔父としてスーパースターを支えた。

トレーナーとしては2000年から13年ごろまで活動したが、50歳を迎えたころから体調を崩したため一線を退いた。以後は健康の問題から表舞台に戻ることはなく、近年は闘病生活が続いていたという。

恩人を失った甥のメイウェザーは「叔父はリングの内外において私の人生で最も重要な人物のひとりだった。彼はボクサーとしてもトレーナーとしても偉大な人だった」と早過ぎる死を悼んだ。

アゴに爆弾を抱えながらも果敢に攻める、スリリングで躍動感のあるボクシングが懐かしい。

プロレスの月曜日

モスクワ五輪「幻の金メダリスト」谷津嘉章の思い

昨年右足を切断し今年6月に「義足プロレスラー」として復帰する谷津嘉章(63)は、モスクワ五輪時に犠牲になった「幻の金メダリスト」。世界的な新型コロナウイルス感染拡大による東京オリンピック(五輪)開催危機の中、自分の経験をもとに五輪を目指す選手へ助言を送った。

 ◇  ◇  ◇

「谷津って男はとことん五輪に見放された男。縁がないみたいです」と谷津は笑った。レスリングで76年モントリオール五輪フリースタイル90キロ級に出場し、8位入賞。80年モスクワ大会は金メダルを期待されながら政治的事情による日本のボイコットで出場できなかった。プロレスラー転向後、日本レスリング協会から声がかかり、88年ソウル五輪を再び目指したが、世界連盟がプロの参加を禁じたため再び五輪の舞台を踏むことはなかった。

アマチュアレスリング時代の谷津

開催が危ぶまれる今夏の東京五輪と、80年モスクワ五輪の状況は重なる。もし開催にこぎつけたとしても、世界中の選手が最高のコンディションで日本に集結するのは難しい状況だ。過去に五輪に出場できずに涙をのんだ谷津が考える五輪とは「世界の祭典」。祭典にならないのなら、1年延期すべきと提案する。「一個人の意見ですが、コロナの問題が停滞して、安全宣言をしたとしても、アジア地域ということで『行っても大丈夫なのか』という風評が残る。1年間待って、同じスケジュールでやれれば今よりももっと安心してできると思う」。

また、予想外の事態で進んでいない五輪代表選考についても思いをはせた。「まだ、代表は半分も決まっていない。となるとここまでの結果、データで選手を決めていくと思う。最後の代表選考で起死回生をかける連中は却下される。協会の線引きでどういう選手を選ぶのか。どうしても、公平ではなくなる。その辺は選手も覚悟しなくてはならない。だけど選ばれても、五輪が中止になればもれなくばっさり切られる。僕は、ばっさり切られた人間。4年をかけて、照準を合わせて調整しているから、いま調整している選手らの気持ちは理解できます」。

モスクワ五輪に出場できなかった谷津はすぐにプロレスラーに転向した。アマレス選手としてピークを迎えながら次の84年ロサンゼルス五輪を目指さなかったのは「魅力がなかったから」と言う。「モスクワ五輪の時は、西側諸国がボイコットをした。だから、西がそれをやったってことは、ソ連や共産圏の国も報復でボイコットするだろうと思った。(東西の)片方だけが出た五輪だから、実績は残りますよ。メダリストになるのはたやすい。だから、全然自分には価値を感じられなかった。わずかの差で勝つ喜び、達成感。そういうのが薄いだろうと。それだったら、かねてやりたかったプロレスの世界にいってしまえ、と」。五輪とは、メダルの価値とは何なのか。犠牲になった谷津の言葉は重い。

聖火トーチを持つ姿でポーズをとる谷津嘉章

いまだ消化しきれぬ五輪の思いを、聖火に託す。3月29日に、足利工大付高卒業という縁もあり足利市の聖火ランナーを務める。区間はわずか200メートルだが、昨年糖尿病により右足を切断し、義足となった谷津にとって大変な仕事だ。依頼を受け、ラン専用の義足をつけて本格的な練習を始めたのは今年1月から。2月に入り、ようやく走れるようになった。新型コロナウイルスの影響で沿道無観客で実施される方向だが、「走るからには美しく走りたい」と実際のトーチと同じ重さの棒を持ち、下を向かずに走る練習を続ける。

「谷津がどんな走りをするんだろうと楽しみにしてくださっている人がいる。できれば生で見せてあげたい。そのつもりで走り込んで、美しく走る練習をしてきました。東京五輪のトーチを持って、区間から区間に渡すまでの責任をまっとうして思いをぶつけながら、五輪というものへの自分なりのピリオドを打てればいいなと思っています」。【高場泉穂】

◆谷津嘉章(やつ・よしあき)1956年(昭31)7月19日、群馬県明和町生まれ。レスリングで76年モントリオール五輪8位。80年モスクワ大会は日本のボイコットで不参加。「幻の金メダリスト」と呼ばれた。80年に新日本プロレスでデビュー。その後、全日本などさまざまな団体を渡り歩き、ジャンボ鶴田との「五輪コンビ」で88年に世界タッグ初代王者となる。10年に現役引退も15年に復帰。19年6月に右足膝下切断。186センチ、115キロ。

◆モスクワ五輪 1980年7月19日~8月3日にモスクワで開催。開会式の入場行進に参加した国と地域は81(当時のIOC加盟国・地域は145)。ソ連のアフガニスタン侵攻に抗議した米国、日本、西ドイツなど50カ国近くが不参加。英国など参加した西側諸国の17カ国・地域が国旗ではなく、五輪旗やNOC(国内オリンピック委員会)旗を使用した。日本は18競技で178人の代表がいた(最終選考を行わなかった馬術の候補選手10人含む)。そのうち、次のロサンゼルス五輪に出場したのは50人だけだった。

大相撲裏話

芝田山広報部長「無の境地」春場所完走の大きな意味

八角理事長(右)から賜杯を受け取る白鵬(撮影・前岡正明)

<記者席から 緊急連載・厳戒の春>

新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、史上初の無観客開催となった春場所が幕を閉じた。発熱による休場者は平幕の千代丸ら3人出たが感染者は出ず、土俵周りでも大きなトラブルはなかった。「無観客開催運営プロジェクトチーム」のリーダーを務めた芝田山広報部長(元横綱大乃国)は、「他のスポーツ界にも勇気を持ってもらえると思う」と胸を張った。

同チームは、広報部の高崎親方(元前頭金開山)が発案。場所中に毎日、広報部や審判部、行司や呼び出しなど、各担当部署の代表者ら約25人が集まった。前日の反省や今後の対応についてなど、約1時間の会議が連日行われ、会議内容や決定事項などは代表者が担当部署や所属部屋に伝達。芝田山広報部長は「どんなささいなことも話し合い、みなさんに情報が回るように徹底した」と話した。

感染者を出さないための努力も当然あった。会場入りする親方衆の専用入り口を作ったり、世話人が会場内に明け荷を運ぶ際の動線も場所前に何度もシミュレーションした。力士らが行き帰りで使用するタクシーの待機場所や方向にもこだわるなど、密集による接触や混乱を回避するあらゆる方法を考え抜いた。

芝田山広報部長は「無の境地でやった。プロジェクトチームだけではなく全協会員が一丸となった結果」と15日間を振り返った。スポーツイベントの中止や延期が国内外で相次ぐ中、15日間やり切ったことには大きな意味がある。【大相撲取材班】

受けた賜杯を見つめる白鵬(撮影・外山鉄司)

女子プロ写真特集

マイクでアピールSareee/12.3 Sareee自主興行

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