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女子プロレス
ボッチボムで固める彩羽ほか/2020.1.26マーベラス写真集

新着ニュース

新日4カ月ぶり有観客、声なき会場に響き渡る拍手

有観客でオカダ・カズチカ-EVILの決勝戦(撮影・鈴木正人)

<新日本プロレス:大阪城ホール大会>◇11日◇大阪城ホール

新日本プロレスが136日ぶりにファンの前に帰ってきた。大阪城ホール大会で2月26日の沖縄大会以来、約4カ月ぶりとなる観客を入れた興行を開催した。

席数は通常の約3分の1にし、3318人が観戦。選手との接触を禁じるなど、新型コロナウイルス感染予防に努めながら、一歩前へと踏み出した。メインのニュージャパン杯決勝はEVILがオカダ・カズチカ(32)を下し、初優勝した。

   ◇   ◇   ◇

オカダのドロップキックに、内藤のポーズに、観客から大きな拍手が起こった。失われた新日本プロレスの風景が4カ月ぶりに戻ってきた。新型コロナウイルスの影響で3月から試合を中止。6月に3カ月半ぶりに無観客で試合を再開し、動画配信を行ってきたが、プロレスラーにとって反応がないことは寂しく、つらいものだった。IWGPヘビー級、同インターコンチネンタルの2冠王者内藤哲也(38)は「無観客試合も楽しかったけど、10倍、100倍…比べものにならないぐらい、気持ちいいね」と喜びをかみしめた。

新日本はこの日、観客に大声を控えるよう求めた。見ている側は声の代わりに拍手で感情を示す。新たな観戦スタイルが自然と生み出された。タッグ戦に出場した棚橋弘至(43)は「拍手の響きがとても美しく聞こえました。上品なホールでクラシックを聴いているような」と例えた。

プロレス界の、そして世界中にファンを持つエンターテインメント界の雄として、観客を入れた興行に踏み出した。プロレスは密集、密閉、密接の「3密」があてはまるスポーツ。リスクを避けるため、入念な予防策が取られた。

通常、大阪城ホール大会では1万人超を集めるが、今回は席数を3分の1に絞り、3318人が入場した。席の間にはシートをかけて十分な間隔を確保。観客にマスク着用や消毒など、基本的な感染予防を義務づけるのはもちろん、密を避けるために分散入場を実施。8台のサーモグラフィーを用意し、来場者全員の検温を行った。また、試合の合間には消毒を実施。グッズ販売はパンフレットのみで、選手との接触を禁じるなど、できる限りの細かな策を講じた。参戦予定だった鈴木みのるは発熱の症状があったため、抗体検査、抗原検査は陰性でも大事をとって欠場となった。

ファンも喜びと不安両方を感じながらこの日を迎えた。フェースシールドを付けた20代の男性は「楽しむために、自主的に着けてきました」。オカダファンという30代の男性は「いつもより人数が少なくてさみしい。ここで感染者が出たらさまざまなところに影響が出てしまう。僕たち見る側も緊張感を持たなければと思っています」と話した。

まだ国内で感染はおさまらず、超満員の会場でプロレスができるまで時間はかかりそうだ。コロナとの時間無制限の戦いは続く。【高場泉穂】

検温待ちする観客(撮影・鈴木正人)

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EVILがオカダ下し初V、内藤奇襲しバレット入り

オカダ・カズチカ(左)に勝利したEVIL(撮影・鈴木正人)

<新日本プロレス:大阪城ホール大会>◇11日◇大阪城ホール

新日本プロレスが136日ぶりにファンの前に帰ってきた。大阪城ホール大会で2月26日の沖縄大会以来、約4カ月ぶりとなる観客を入れた興行を開催した。

席数は通常の約3分の1にし、3318人が観戦。選手との接触を禁じるなど、新型コロナウイルス感染予防に努めながら、一歩前へと踏み出した。メインのニュージャパン杯決勝はEVILがオカダ・カズチカ(32)を下し、初優勝した。

   ◇   ◇   ◇

歴史的な復活の日を、EVILが闇で染め上げた。前年覇者オカダの新必殺技変形コブラクラッチに何度も苦しむも、パイプイス攻撃や金的蹴りなどの反則でダメージを与え、最後は得意技のEVILで3カウント奪取。トーナメントを通じ貫いてきた非情な攻撃に徹し、初の頂点に達した。

試合後は同じユニットで2冠王者の内藤をリングに呼び寄せ、拳を合わせるかと思いきや、おもむろに敵対するユニット、バレットクラブのポーズを出し、内藤を奇襲。15年からロス・インゴベルナブレス・デ・ハポンの仲間として活動してきた内藤の帽子を踏みつけ、バレットクラブ入りを表明した。「内藤、お前とロスインゴのお前ら腐りきってんだよ。むしずが走りに走りまくる。明日大の字に倒れているのはお前だ。内藤。よく覚えとけ」と12日の2冠戦に向け、ほえた。

オカダ・カズチカ(左)をEVILでフィニッシュするEVIL(撮影・鈴木正人)
オカダ・カズチカ対EVIL オカダ・カズチカ(手前)を押し飛ばすEVIL(撮影・鈴木正人)
EVIL(右)に向かいマイクパフォーマンスする内藤哲也(撮影・鈴木正人)

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ゼロワン新オーナーが大仁田の大金踏み倒し過去暴露

ゼロワン大谷晋二郎

プロレスリング・ゼロワンが11日に都内で会見を行い、7月1日付でダイコーホールディングスグループ(本社・東京)が親会社になったことを発表した。

会見に出席した同社の神長大会長は過去に大仁田厚に5000万円を貸して以来返してもらっていないことを暴露。「プロレスが嫌いになったが、ゼロワンの人たちが覆してくれた」と社会貢献活動に力を入れる大谷晋二郎ら選手の姿勢が、支援の決め手になったと説明した。

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出場選手が計量と抗体検査パス 中日本新人王予選

JBC安河内剛事務局長(2018年10月10日撮影)

新型コロナウイルス感染拡大後、国内初のプロボクシング興行となる中日本新人王予選(12日、愛知・刈谷市あいおいホール)の前日計量と抗体検査が11日、刈谷市内の病院で行われた。出場10選手が検査を受けて全員が陰性で、計量も一発でパス。選手は会場近くのホテルに移動した。

ミニマム級で第1試合に出場する松本幸士(30=HEIWA)は抗体検査を初めて受けたと言い「今までの計量はパパッとやって終わりだったけど、こんな大ごとになるとは…。でも、大変なのはみんな大変なので」と話した。

日本ボクシングコミッション(JBC)の安河内剛・本部事務局長は「感染予防が最も大事。勇気を持ってリングに上がる選手がベストな状態で試合に臨めるようにサポートする」と言う。興行は無観客開催。選手たちは体調を申告、検温などを行い、セコンドはマスクを着用する。「密」を極力避けるため、途中で会場内の換気を行う。選手控室は使わず、選手は所属ジムごとにパーティションで仕切ったエリアで待機する。さまざまな感染防止策を講じている。

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琴奨菊、7月場所へ「精いっぱいやることはやった」

稽古中の琴奨菊

大相撲の大関経験者で東前頭14枚目琴奨菊(36=佐渡ケ嶽)が11日、代表取材に応じ「結果はどうなるか分からないが、精いっぱいやることはやってきた」と、7月場所(19日初日、東京・両国国技館)に向けてここまでの調整を振り返った。7月場所では7場所ぶりの勝ち越しを目指す。プロ野球が観客を入れての公式戦を再開。「映像でもニュースでちょこっとしか見ていないのであまり分からないが、ひとつひとつの歓声とか本当にありがたいと思う。逆に無観客を知っているがゆえに」。春場所で史上初の無観客開催を経験しただけに、ファンの存在のありがたみを感じた。

4月に小学生時代からのライバルだった元関脇豊ノ島(現井筒親方)が引退した。この自粛期間で、互いに中学時代の全国中学の映像を見返す機会があったという。「自分的に今が一生懸命という感じなので、あまり振り返ることはしなかった。その頃(中学時代)から頑張ってきたな、という感じで。ちょうど団体の決勝戦が、(母校の)明徳義塾対(豊ノ島の)宿毛の片島中学。自分も豊ノ島も先鋒戦だった。私は負けたが、そのときの懐かしさを感じた。結局豊ノ島の中学のほうが全国優勝したんですけれども」。気付けば関取最年長。「私もいつかそうなるか分からないけれども、やり残しだけはしないようにと思っている」と誓った。

稽古中の琴勝峰

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ランキング

ゼロワン新オーナーが大仁田の大金踏み倒し過去暴露

ゼロワン大谷晋二郎

プロレスリング・ゼロワンが11日に都内で会見を行い、7月1日付でダイコーホールディングスグループ(本社・東京)が親会社になったことを発表した。

会見に出席した同社の神長大会長は過去に大仁田厚に5000万円を貸して以来返してもらっていないことを暴露。「プロレスが嫌いになったが、ゼロワンの人たちが覆してくれた」と社会貢献活動に力を入れる大谷晋二郎ら選手の姿勢が、支援の決め手になったと説明した。

新日4カ月ぶり有観客、声なき会場に響き渡る拍手

有観客でオカダ・カズチカ-EVILの決勝戦(撮影・鈴木正人)

<新日本プロレス:大阪城ホール大会>◇11日◇大阪城ホール

新日本プロレスが136日ぶりにファンの前に帰ってきた。大阪城ホール大会で2月26日の沖縄大会以来、約4カ月ぶりとなる観客を入れた興行を開催した。

席数は通常の約3分の1にし、3318人が観戦。選手との接触を禁じるなど、新型コロナウイルス感染予防に努めながら、一歩前へと踏み出した。メインのニュージャパン杯決勝はEVILがオカダ・カズチカ(32)を下し、初優勝した。

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オカダのドロップキックに、内藤のポーズに、観客から大きな拍手が起こった。失われた新日本プロレスの風景が4カ月ぶりに戻ってきた。新型コロナウイルスの影響で3月から試合を中止。6月に3カ月半ぶりに無観客で試合を再開し、動画配信を行ってきたが、プロレスラーにとって反応がないことは寂しく、つらいものだった。IWGPヘビー級、同インターコンチネンタルの2冠王者内藤哲也(38)は「無観客試合も楽しかったけど、10倍、100倍…比べものにならないぐらい、気持ちいいね」と喜びをかみしめた。

新日本はこの日、観客に大声を控えるよう求めた。見ている側は声の代わりに拍手で感情を示す。新たな観戦スタイルが自然と生み出された。タッグ戦に出場した棚橋弘至(43)は「拍手の響きがとても美しく聞こえました。上品なホールでクラシックを聴いているような」と例えた。

プロレス界の、そして世界中にファンを持つエンターテインメント界の雄として、観客を入れた興行に踏み出した。プロレスは密集、密閉、密接の「3密」があてはまるスポーツ。リスクを避けるため、入念な予防策が取られた。

通常、大阪城ホール大会では1万人超を集めるが、今回は席数を3分の1に絞り、3318人が入場した。席の間にはシートをかけて十分な間隔を確保。観客にマスク着用や消毒など、基本的な感染予防を義務づけるのはもちろん、密を避けるために分散入場を実施。8台のサーモグラフィーを用意し、来場者全員の検温を行った。また、試合の合間には消毒を実施。グッズ販売はパンフレットのみで、選手との接触を禁じるなど、できる限りの細かな策を講じた。参戦予定だった鈴木みのるは発熱の症状があったため、抗体検査、抗原検査は陰性でも大事をとって欠場となった。

ファンも喜びと不安両方を感じながらこの日を迎えた。フェースシールドを付けた20代の男性は「楽しむために、自主的に着けてきました」。オカダファンという30代の男性は「いつもより人数が少なくてさみしい。ここで感染者が出たらさまざまなところに影響が出てしまう。僕たち見る側も緊張感を持たなければと思っています」と話した。

まだ国内で感染はおさまらず、超満員の会場でプロレスができるまで時間はかかりそうだ。コロナとの時間無制限の戦いは続く。【高場泉穂】

検温待ちする観客(撮影・鈴木正人)

EVILがオカダ下し初V、内藤奇襲しバレット入り

オカダ・カズチカ(左)に勝利したEVIL(撮影・鈴木正人)

<新日本プロレス:大阪城ホール大会>◇11日◇大阪城ホール

新日本プロレスが136日ぶりにファンの前に帰ってきた。大阪城ホール大会で2月26日の沖縄大会以来、約4カ月ぶりとなる観客を入れた興行を開催した。

席数は通常の約3分の1にし、3318人が観戦。選手との接触を禁じるなど、新型コロナウイルス感染予防に努めながら、一歩前へと踏み出した。メインのニュージャパン杯決勝はEVILがオカダ・カズチカ(32)を下し、初優勝した。

   ◇   ◇   ◇

歴史的な復活の日を、EVILが闇で染め上げた。前年覇者オカダの新必殺技変形コブラクラッチに何度も苦しむも、パイプイス攻撃や金的蹴りなどの反則でダメージを与え、最後は得意技のEVILで3カウント奪取。トーナメントを通じ貫いてきた非情な攻撃に徹し、初の頂点に達した。

試合後は同じユニットで2冠王者の内藤をリングに呼び寄せ、拳を合わせるかと思いきや、おもむろに敵対するユニット、バレットクラブのポーズを出し、内藤を奇襲。15年からロス・インゴベルナブレス・デ・ハポンの仲間として活動してきた内藤の帽子を踏みつけ、バレットクラブ入りを表明した。「内藤、お前とロスインゴのお前ら腐りきってんだよ。むしずが走りに走りまくる。明日大の字に倒れているのはお前だ。内藤。よく覚えとけ」と12日の2冠戦に向け、ほえた。

オカダ・カズチカ(左)をEVILでフィニッシュするEVIL(撮影・鈴木正人)
オカダ・カズチカ対EVIL オカダ・カズチカ(手前)を押し飛ばすEVIL(撮影・鈴木正人)
EVIL(右)に向かいマイクパフォーマンスする内藤哲也(撮影・鈴木正人)

石井慧が引退示唆「勝っても負けても最後に」

両国国技館でのIGF3大会に出場するためオランダから帰国した石井慧

 北京五輪の柔道金メダリストで総合格闘家の石井慧(28)が8日、11日に両国国技館で行われるIGF3大会を最後に引退を示唆した。

 同大会に出場するため、オランダから帰国した石井は、成田空港で「この試合に勝っても負けても、最後にしようかなと考えている。悔いのない試合をして、試合を楽しみたい。試合が終わってしっかり考えて、事務所にあいさつにいきたい」と話した。

 石井は、昨年大みそかのミルコ・クロコップ戦に惨敗したことにショックを受け、関係者に「しばらくやりたくない」と吐露していた。家族や、周囲の関係者から何事も10年はやったほうがいいと勧められていたが、練習先のオランダで1人で考え結論を出したという。「貯金もあるし、しばらくは何もしないで暮らしていける。休養ではない。マット界から引退します」と話した。ただ、本人が言うように11日のニック・ロズボロウ戦が最後になるかは、流動的で、試合後に石井が何を語るかが注目される。

琴奨菊、7月場所へ「精いっぱいやることはやった」

稽古中の琴奨菊

大相撲の大関経験者で東前頭14枚目琴奨菊(36=佐渡ケ嶽)が11日、代表取材に応じ「結果はどうなるか分からないが、精いっぱいやることはやってきた」と、7月場所(19日初日、東京・両国国技館)に向けてここまでの調整を振り返った。7月場所では7場所ぶりの勝ち越しを目指す。プロ野球が観客を入れての公式戦を再開。「映像でもニュースでちょこっとしか見ていないのであまり分からないが、ひとつひとつの歓声とか本当にありがたいと思う。逆に無観客を知っているがゆえに」。春場所で史上初の無観客開催を経験しただけに、ファンの存在のありがたみを感じた。

4月に小学生時代からのライバルだった元関脇豊ノ島(現井筒親方)が引退した。この自粛期間で、互いに中学時代の全国中学の映像を見返す機会があったという。「自分的に今が一生懸命という感じなので、あまり振り返ることはしなかった。その頃(中学時代)から頑張ってきたな、という感じで。ちょうど団体の決勝戦が、(母校の)明徳義塾対(豊ノ島の)宿毛の片島中学。自分も豊ノ島も先鋒戦だった。私は負けたが、そのときの懐かしさを感じた。結局豊ノ島の中学のほうが全国優勝したんですけれども」。気付けば関取最年長。「私もいつかそうなるか分からないけれども、やり残しだけはしないようにと思っている」と誓った。

稽古中の琴勝峰

バトルコラム

リングにかける男たち

清水聡に注目 再開ボクシングのタイトルマッチ

清水聡(2018年12月3日撮影)

新型コロナウイルスの感染拡大により、2月27日から休止していたボクシング興行が、4カ月半ぶりに再開する。今月12日の名古屋での中日本新人王予選を皮切りに、16日には東京・後楽園ホールで日本、東洋王座のタイトルマッチ2試合が行われる。同興行でメインイベントを務めるのが、東洋太平洋フェザー級王者の清水聡(34=大橋)。ロンドンオリンピック(五輪)から8年。プロ転向から4年。34歳となった銅メダリストにとって、今後のキャリアを左右する重要な一戦となる。

19年7月にWBOアジアパシフィック・スーパーフェザー級王者ノイナイ(フィリピン)に挑戦も、6回TKO負け。プロ初黒星とともに、両眼窩(がんか)底、両眼窩内など計4カ所を骨折し、試合4日後に横浜市内の病院で緊急手術を受けた。描いていた世界王者への道が大きく揺らぐ敗北。そして、コロナ禍が続いた。だが、1年のブランクは、清水にとってマイナスだけではなかった。

デビューから8連勝。4戦目での東洋王座奪取と、アマの実績通りの活躍を見せてきたが、ここまでの4年間は、「思うようにいかない」という感覚のずれとの戦いだった。原因は、体の軸のずれ。あらためて自身のボクシングと向き合うと、アマ時代の「もらわずに、自分だけが当たる」という繊細な感覚を失っていることに行き着いた。「ある意味、コロナが良い期間になった」。

外食が多かった食生活は、鶏のササミを中心とした自炊に切り替えた。下半身強化に時間を割き、今春は1カ月で250~300キロを走り、土台を作り直した。「去年の敗戦はもう終わったこと。この復帰戦にすべてをかけている。1年前とは手応えも全然違う」。

五輪がなくなった「20年夏」。競輪界で戦う親友の新田祐大(34)が、東京五輪日本代表に選ばれたことも大きな刺激となった。8年前、ともにメダルを獲得した村田諒太(帝拳)は世界の頂点に駆け上がり、メダルを争った海外のライバルたちもプロで結果を出している。負けていられない。プライドもある。

「ルーク・キャンベルとも(アイザック)ドグボエともやっている。『清水はあまり強くない』と思われていると思うが、ここでバチっと変えたい。今、数年ぶりに、ボクシングが楽しい。『清水、世界行ける』っていう試合をしたい」。

対戦相手は同級14位の殿本恭平(25=勝輝)。大橋会長は「今回はスパーリングを重ねる度に良くなっていった。重圧のかかる試合だが、そこは五輪メダリスト。次が見えてくるような試合をしてほしい」と話す。つまずきは許されない。コロナ禍後、国内最初のタイトルマッチで、清水が存在感を示す。【奥山将志】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「リングにかける男たち」)

原功「BOX!」

柴田国明氏、アルゲリョ氏らと戦ったエルネスト・マルセル氏が死去

来日して柴田国明氏(ヨネクラ)の持つWBC世界フェザー級王座に挑み引き分けた経験も持つ元WBA世界フェザー級王者、エルネスト・マルセル氏(パナマ)が6月29日、亡くなった。72歳だった。死因に関する報道はないが、近年は脳の疾患に悩まされていたと伝えられており、COVID-19(新型コロナウィルス感染症)ではないという。

マルセル氏は1966年4月に17歳でプロデビュー。4年後、のちに世界4階級制覇を果たす同胞のロベルト・デュランには10回TKOで敗れたが、その後7連勝を収めてWBC世界フェザー級2位まで上昇。

その余勢を駆り71年11月に来日して愛媛県松山市で柴田氏に挑戦した。マルセル氏は前後左右に素早く動きながら手数やヒット数で主導権を掌握、着々とポイントを積み重ねているように見えた。十分な手応えがあったのだろう、マルセル氏は試合終了と同時に高々と手を挙げ勝利を確信。一方の柴田氏は右目上の傷から鮮血を滴らせ、消化不良の印象を与えた。

そんな試合だったため生中継の終了時間が迫っていたテレビ局は、コミッションが公式採点の集計に手間取っている間、「マルセル タイトル奪取」「柴田 2度目の防衛ならず」とテロップを出す勇み足をしてしまった。実況者も「第6代(WBC)チャンピオン誕生」とアナウンスしてしまうハプニング付きだった。実際の採点は72対69で柴田氏、71対65でマルセル氏、71対71(当時は5点法×15回戦=75点満点)の三者三様で柴田氏の引き分け防衛だった。

そんな苦い経験をしたマルセル氏は翌72年8月、西城正三氏からWBA世界フェザー級王座を奪ったアントニオ・ゴメス(ベネズエラ)を15回判定で破って悲願の戴冠を果たした。パナマ・アル・ブラウン、イスマエル・ラグナ、アルフォンソ・フレーザー、ロベルト・デュラン、エンリケ・ピンダーに続きパナマでは6人目の世界王者だった。

マルセル氏は2度目の防衛戦でゴメスを返り討ちにし、V3戦ではスパイダー根本(草加有沢)を9回KOで撃退。4度目の防衛戦では、のちに世界3階級制覇を果たすアレクシス・アルゲリョ(ニカラグア)の挑戦を受け、15回判定勝ちを収めた。中盤にはストップ負け寸前の窮地もあったが、それを乗り越えての価値ある勝利だった。試合前から「これがラストファイト」と公言していたマルセル氏は「アルゲリョは必ず世界王者になるだろう」と予言し、自身は25歳の若さで引退を表明した。

8年間のプロ生活で記録した戦績は46戦40勝(23KO)4敗2分。柔軟な体を生かした運動量の多い右のボクサーファイター型で、勘の良さに定評があった。

王座を返上してリタイアしたボクサーはのちに戦線復帰するケースが多いが、母親の意向に沿って引退を決断したといわれるマルセル氏は2度とリングに戻らなかった。

大相撲裏話

コロナ時代に向き合う裏方、難局乗り越え守る伝統

大相撲初場所の土俵祭りが執り行われる両国国技館(2020年1月11日撮影)

「久しぶりです、お元気ですか?」。その問い掛けに受話器の向こうで、その若者頭は語尾のトーンを落として笑った。「おお、元気だよ。元気だけど、元気ないよ」。その気持ち、痛いほど分かる。経済活動が徐々に解除されつつあるとはいえ、当たり前の日常を取り戻すには当分、時間を要する。

幸いにも新型コロナウイルスには感染していない。だから表面的には元気。ただ、動きようにも動けないから「覇気」は薄れる。そんな、もどかしい思いで、高砂部屋の若者頭・伊予桜さんは続けた。「電車の乗り方も忘れちゃったよ」。外出自粛を忠実に守り、自宅のある埼玉・草加市内から出ない。“遠出”といえば1カ月前、都内の高砂部屋で抗体検査を受けに出たぐらい。それも公共交通機関は使えないため、タクシー通いだったという。

そんなもんもんとする日々が続く中、ささやかな“朗報”も…。「新弟子検査が決まった(13日)から久々に国技館に行けるんだよ。週末には部屋の土俵づくりも始まるからね」。声のトーンは明らかに違っていた。当たり前の日常が、少しばかり戻りそう。仕事仲間との3カ月ぶりの再会の日も近い。「人のいない時間を見計らって朝と晩、1時間半ぐらいウオーキングはしてるよ」。仕事柄、体力勝負は身に染みている。本場所再開の日を粛々と待つ。

丹精込めた土俵づくり。「力士が土俵に足を踏み入れた時、足の裏で『ああ、本場所が始まるんだな』と感じてくれれば、僕らもうれしいですね」。やはり高砂部屋の幕内呼び出し・利樹之丞さんは願いを込めて言う。土俵づくりは呼び出しの重要な仕事の一つ。通常、東京場所前に行うが、今年夏場所は中止。初場所は昨年末に行ったため、今年はまだやっていない。その土俵づくりについて6月下旬、日本相撲協会が各一門に対し、師匠の判断で許可する通達を出した。高砂部屋では今週末に土俵を一度、壊して作り直し、週明けに土俵祭りを行う。「うちも師匠の判断で、いつもの場所のペース、リズムを作ろうということになりました。通常の番付発表の直前に土俵を作って、土俵祭りをやって稽古始め。力士が感覚を取り戻してくれればいいですね」。

もどかしさもある。本場所と本場所の間で呼び出しは、太鼓の稽古を行う。喉が命の商売柄、声出しも。だが、それもままならない。若手の呼び出しが太鼓をたたけない現状に「エアで練習してるのかな…。外での声出しも、飛沫が…となると出来ないし。こんなに声を出さない日が続くなんて初めてですよ。(場所直前の)触れ太鼓も回れないだろうし。ある意味、ワーワー騒ぎながら勢いでこなすのが僕らの仕事ですからね…」。それでも裏方としての誇りは忘れない。「いつもの日常には、すぐには戻れないけど(本場所は)やれば出来ます。マスクをしながらでも土俵を作ります」。

両国まで約50キロ。1時間少々の東京・八王子に住む幕下行司・木村悟志さんは抗体検査の際、高砂部屋までレンタカーで往復した。「協会からはタクシー代が支給されますが、八王子は遠くて2万円以上かかりますから…」。さすがに往復約5万円は気が引ける。経費削減の涙ぐましい話だ。もちろん、外出はそれだけ。行司会からは、各自で出来る仕事を探すように、という通達が出て、自宅では封筒書きや「これをいい機会だと思って始めました。気を紛らわすのにもいいかなと思いまして」と、横綱から序ノ口まで全力士の出身地も入った、大判の番付の筆書きの練習も始めた。後援者らに番付や部屋便りの新聞などを送る封筒の宛名書きも、向こう数場所分を書き終えたという。

「毎日、通っていた部屋に行けない。変な感じです。外で声出しをしようにも、飛沫が…とか言われそれが相撲関係者だと言われるといけないので…。完全自粛です。でも、今は我慢してます」。いつの日か朝乃山の大関昇進披露パーティーや、高砂親方の停年の宴の案内状を発送する日が必ず来る。そうなれば封筒の宛名書きにも力が入る。そう信じて、今は耐える。

華やかなスポットライトが当たる力士だけでは、屋台骨は支えられない。舞台裏で、誰に頼るでもなく自前で成り立ってきた伝統がある。コロナの時代に向き合う裏方たちも、見えない敵と闘いながら難局を乗り切ろうとしている。【渡辺佳彦】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「大相撲裏話」)

原功「BOX!」

金銭清算やめ3年契約でトップ選手のジム移籍容易に

日本初にして唯一の4階級制覇を成し遂げているWBO世界スーパー・フライ級王者、井岡一翔(31)が5月25日、DANGAN AOKIジムから旧オザキジムを母体とする「Ambition GYM」に移籍した。父親が会長を務める井岡ジムからデビューした井岡にとっては2度目の移籍ということになる。マネジャーやトレーナー、練習環境がセットになっているボクシングジムと選手が契約する形態の「クラブ(ジム)制度」が採用されている日本では、以前はトップ選手が所属先を変わることは稀有だった。しかし、昨年5月の伊藤雅雪(29=横浜光)や今回の井岡のように近年は現役の世界王者が移籍することも珍しくなくなった。

欧米ではボクサーがマネジャー、トレーナーと個々に契約を交わし、さらに練習するジムを探してトレーニングする「マネジャー制度」が採られている。試合をする場合にはマネジャー経由でプロモーターとも契約を交わすことになる。そのため選手は自分の素質を伸ばす能力がないと判断したトレーナーとの契約を解除することも可能だし、同様に無能なマネジャーとの関係を自分の意思で終わらせることもできる。

これに対し日本では大正10年(1921年)に日本拳闘倶楽部(ジム)が設立されて以来、昭和27年(1952年)のJBC(日本ボクシングコミッション)設立を経て100年近くも「クラブ(ジム)制度」が続いている。トレーナー、練習場、マネジャー、プロモーターがセットになっているジムと契約を交わして入門すると、のちに問題が発生しても選手が環境を変えることは難しいシステムだったといえる。

こうした背景があったため日本ではトップ選手がジムを移籍した例は少なかった。現役の世界王者がジムを移籍したのは2007年の長谷川穂積(千里馬神戸⇒真正)が最初で、昨年の伊藤が2例目、今回の井岡が3例目となる。

また、高山勝成(エディタウンゼント⇒グリーンツダ⇒真正⇒仲里⇒寝屋川石田)、亀田興毅(グリーンツダ⇒協栄⇒亀田⇒協栄)、亀田和毅(亀田⇒協栄)のように、元王者がジム移籍後に再び戴冠を果たした例もあるが、これらも21世紀に入ってからのことだ。

このほか、ジム移籍後に世界王者になった選手としては川島郭志(相模原ヨネクラ⇒ヨネクラ)、戸高秀樹(宮崎ワールド⇒緑)、徳山昌守(グリーンツダ⇒金沢)、畑山隆則(京浜川崎⇒横浜光)、西岡利晃(JM加古川⇒帝拳)、三浦隆司(横浜光⇒帝拳)、小國以載(VADY⇒角海老宝石)、村田諒太(三迫⇒帝拳)らがいる。

さらに世界王座から陥落後にジム移籍を果たした例としては山口圭司(グリーンツダ⇒TAIKOH小林⇒新日本木村⇒TAIKOH小林)、石田順裕(金沢⇒グリーンツダ)、今年に入ってからは木村翔(青木⇒花形)、比嘉大吾(白井・具志堅⇒Ambition GYM)などがいる。これらの事例も川島を除いて最近の25年間に集中している。なお、木村と比嘉は現役だけに、再戴冠を果たすことができるか注目される。

こうしたなか昨秋には、長い間の業界のあしき慣例だったジム移籍の際の金銭清算が撤廃され、また選手がジムと交わす3年契約が再確認されたことで満了後の移籍が容易になった。要はハードルが低くなったわけで、比嘉の移籍はその典型例といえる。今後、トップ選手のジム移籍に拍車がかかる可能性がある。

リングにかける男たち

経営難、比嘉の減量失敗…歯車狂い歴史あるジムに幕

白井・具志堅スポーツジムの外観(2020年6月6日撮影)

国内にボクシング専門誌は2誌ある。毎月15日に発売されるが、一方の雑誌のある広告に目が止まった。白井・具志堅ジムの練習生募集だった。2週間前の6月1日に営業再開も、その5日後には7月限りでジム閉鎖を発表した。まさに突然を示していた。

具志堅会長はホームページ上で「気力、体力ともに、これまでのように情熱を持って指導にあたるには難しい年齢になった」と説明した。第1号と最多防衛記録保持者。日本ボクシング界の偉大な2人の名を冠したジム閉鎖は寂しい限りだ。

ジム4人目で5度目の挑戦にして、17年に世界王者比嘉大吾が誕生した。全国には282のジムがある。世界王者が育ったジムは37だけだが、白井・具志堅ジムは新興とも言える。オープンは95年だった。

英雄2人は当時TBSの解説者で、具志堅会長はジム経営の希望を持っていた。名誉会長となる白井氏がアートネイチャー創業者阿久津氏と親交があった。阿久津氏はアマ経験者だったこともあり、全面バックアップを申し出て、引退から14年後にジム開設となった。

代々木のアートネーチャー旧本社ビルを地上4階、地下2階に建て替え、リングが3つと豪華なジムだった。オープン前に阿久津氏が急死して徐々に支援が縮小され、02年に現在の杉並区に移転することとなった。

03年に白井氏が死去し、12年の待望の世界王者は女子の山口、江藤はタイで世界王座奪取も暫定で認められず。苦難に厚い壁もついに悲願達成。故郷の英雄にあこがれ、多くの沖縄出身者が入門。世界挑戦した4人全員も、ウチナンチュー(沖縄の人)だった。

元世界王者の友利氏も同郷が縁でオープンからトレーナーになった。一時離れたが11年に復帰し、17年からチーフに。それが4月に突然退職を通告されて、SNSに「チーフなんかやるんじゃなかった」と記した。資金繰りが厳しいという理由。どこのジムも約2カ月営業自粛し、再開後も苦しい経営が続く。

それだけではない気がする。比嘉が減量失敗で王座剥奪に資格停止処分を受けた。二人三脚だった当時の野木チーフトレーナーは退職。ジムの歯車が狂いだし、次々と選手が移籍していった。顕著になったのは比嘉が再起戦で勝利も歯切れは悪く、ついにはジムと契約を解除となった。

週刊誌には夫人の口出しが要因とも書かれた。その裏には具志堅会長の姿勢もあったのではないだろうか。今やボクサーではなくタレントの顔の方が有名なほど活躍する。この稼ぎをジム運営に注いでいたとも聞くが、身の入り方がもう1つだったようにも見えた。

比嘉の減量失敗も懸念されていたことで、管理が甘かったことは確かだ。江藤がタイで世界暫定王座に挑戦した時のこと。成田空港へ出発取材に行くと、たった1人だったのにびっくりした。具志堅会長が「潮時」とも記した、丸25年の節目での決断だった。【河合香】(ニッカンスポーツ・コム/バトルコラム「リングにかける男たち」)

18年4月14日、1回目の計量で900グラムオーバーとなりうなだれる比嘉(左)は具志堅会長から声をかけられる

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