上へ戻る

au版ニッカン★バトル

新着ニュース

稀勢の里、鬼門の初日「しっかりと流れつくりたい」

土俵祭に臨む、中央左から阿武松理事、八角理事長、後方左から白鵬、稀勢の里(撮影・河田真司)

大相撲初場所の初日を翌日に控えた12日、会場の東京・両国国技館で土俵祭が行われた。15日間の安全を祈願する恒例行事で、八角理事長(元横綱北勝海)や3横綱をはじめ三役以上の力士らが参加した。

進退問題が浮上している横綱稀勢の里(32=田子ノ浦)は、土俵祭後に報道陣に対応し「いよいよですね」と切り出した。11日に、初日が小結御嶽海、2日目が西前頭筆頭逸ノ城との対戦が発表され、気持ちの高ぶりなどを問われたが「普通通り」と、冷静に話した。

今場所は東の正位に就き、全力士の中で番付最上位で迎える。17年3月の春場所で横綱に昇進以降、初日に敗れた5場所はすべて途中休場に追い込まれた。鬼門の初日の重要性を問われると「全部大事だと思うし、しっかりと流れをつくりたい」と話した。15日間どれも落とせない思いと、序盤で勝って流れをつくりたい思いの、双方の気持ちをのぞかせた。

今場所は十両以上に休場者は不在。役者が勢ぞろいの中、存在感を示したいところだが「そういう気持ちではないけど、やれることを、しっかりとやって、力を出していく」と、力を込めた。

新年最初の本場所だけに「ここからという気持ちはある」と、昨年は皆勤が1場所に終わっただけに巻き返しへの思いは強い。平成最後となる両国国技館での本場所となることについては「集中してやりたい」。堂々と胸を張って決意表明した。

土俵祭に臨む、左から白鵬、稀勢の里、鶴竜、豪栄道、貴景勝、正代(撮影・河田真司)

関連するニュースを読む

オカダ・カズチカ「クールですね」SANADA挑発

オカダ・カズチカ(右)はSANADAにチャンピオンベルトを見せつける(撮影・柴田隆二)

<新日本:後楽園大会>◇23日◇東京・後楽園ホール

IWGPヘビー級王者オカダ・カズチカ(31)が、SANADA(31)との5月4日の初防衛戦に向けた前哨戦で、初めてロス・インゴベルナブレス・デ・ハポン勢を下した。

メインのスペシャルタッグでYOHと組み、SANADA、BUSHI組と対戦。一進一退の攻防の中、YOHとの連係もあり、コブラホールドからレインメーカーにつなげて、BUSHIを沈めた。

リングでマイクを持ったオカダはSANADAに向かって、「やっと熱を帯びてきたというのに、相変わらずクールですね」と挑発。「でも、まだまだ時間があるので、必ず熱くさせてやる」と言い放った。IWGPジュニアタッグ王者で26日広島大会での防衛戦を控えるYOHは「後楽園にいい風吹きましたー」と絶叫。「広島で防衛します!」とファンに約束した。

オカダ・カズチカ(右)はSANADAにエルボーを決める(撮影・柴田隆二)

関連するニュースを読む

初代タイガーが期待 藤田和之リアルジャパン初参戦

藤田和之(2018年3月25日撮影)

リアルジャパンプロレスが23日、都内で会見を行い、初代タイガーマスク佐山サトル(61)プロデュースによる「ストロングスタイルvol.2」(6月20日、東京・後楽園ホール)のメインカードを発表した。

リアルジャパン初参戦の藤田和之がケンドー・カシンと組みスーパー・タイガー、船木誠勝組と対戦する。

佐山は初参戦の藤田について「タックルを生かしたプロレスで地味ですが、その速さにはびっくりすると思う。そこを見てほしい」と説明した。

暴走するような内容になるのでは、と質問を受けた佐山は「ガチガチの試合がストロングと思われていますが、そうではない。男と男が戦って何ができるか、というハラハラドキドキの展開がストロングスタイル。リミッターを超えるところに期待をしています」と想定外の展開を求めた。

また、この日4月23日は38年前に1981年(昭56)にタイガーマスクが対ダイナマイト・キッド戦でデビューした記念日。佐山は今でも新旧のファンがその試合を覚えてくれていることに感謝し、「新間(寿)さんが作った虚像であり、実像。責任を感じます。ありがたい人生です」と話した。

初代タイガーマスクの佐山サトル(2018年9月20日撮影)

関連するニュースを読む

新日本ジュニア祭典「BOSJ」に初出場鷹木信悟ら

鷹木信悟

新日本は23日、5月13日に開幕するジュニアヘビー級最強決定戦「ベスト・オブ・ザ・スーパージュニア」の出場選手を発表した。

田口隆祐(14年連続16度目、12年優勝)、タイガーマスク(18年連続18度目、04、05年優勝)、ロッキー・ロメロ(3年ぶり7度目)、SHO(2年連続2度目)、YOH(2年連続3度目)、ウィル・オスプレイ(4年連続4度目、16年優勝)、石森太二(2年連続3度目)、エル・デスペラード(3年連続4度目)、TAKAみちのく(2年ぶり7度目)、金丸義信(3年連続3度目)、BUSHI(4年連続7度目)、フリップ・ゴードン(2年連続2度目)、ティタン(6年ぶり2度目)、マーティー・スカル(3年連続3度目)、ドラゴン・リー(3年連続3度目)、ロビー・イーグルス(初)、ジョナサン・グレシャム(初)、バンディード(初)、鷹木信悟(初)、「X」の計20人。Xの正体は不明。会場で流された動画ではシルエットのみが映され、近日発表するとした。

2ブロックに分かれてリーグ戦を行い、各ブロック1位が6月5日に両国国技館で決勝を行う。

関連するニュースを読む

佐山秘蔵っ子・舞海魅星、震災乗り越えデビューへ

握手をかわす初代タイガーマスクと東京女子プロレスからデビューする舞海魅星(みらい)

リアルジャパンプロレスが23日、都内で会見を開き、初代タイガーマスク、佐山サトル(61)の秘蔵っ子、舞海魅星(まいうみ・みらい=19)が5月3日の東京女子プロレス後楽園大会でデビューすると発表した。

岩手・宮古市生まれの舞海は、12年5月にリアルジャパンが行った巌流島大会に東日本大震災の被災者の1人として招待された。本州最東端の宮古市重茂地区、海のすぐ側にある実家は津波で流されなかったが、うに、あわび漁を営む父の船を失った。

「震災の悲しみはありましたが、試合を見る時だけは楽しくいられました」

佐山や新間寿氏とも交流を続けながら、いつしかプロレスラーになる夢を持つようになった。

「今度は自分が東北を始めとする方々に元気を届けたいです」

佐山は「プロレスをやりたい、と聞いたときはびっくりした。必ずチャンピオンになって、岩手の希望になってほしい」とエールを送り、「将来、指導してみたい」と直接指導を含め、舞海への支援を続けると誓った。

関連するニュースを読む

王者リンチ戦闘不能、襲撃のエバンス満足げ WWE

5月19日のPPV大会でのロウ女子王座の防衛戦が決まった王者リンチ(左)と挑戦者エバンス(C)2019WWE,Inc.AllRightsReserved

<WWE:ロウ大会>◇22日(日本時間23日)◇アイオワ州デモイン・ウェルズ・ファーゴ・アリーナ

2冠(ロウ女子、スマックダウン女子)王者ベッキー・リンチが5月19日のPPV大会マネー・イン・ザ・バンク(コネティカット州ハートフォード・XLセンター)で挑戦を受けるレイシー・エバンスに襲撃された。 

アリシア・フォックスとのシングル戦に臨む前に姿をみせたエバンスから「マネー・イン・ザ・バンクではレディーへのリスペクトを教えてあげるわ」と挑発を受けた。試合でフォックスを必殺のディスアーマーで絞め、ギブアップ勝利を挙げると、背後から次期挑戦者に不意打ちを食らった。強烈なウィメンズ・ライト2発を顔面にたたき込まれて戦闘不能になり、満足した様子で赤いハットをかぶり直してエレガントにリングを後にしたエバンスを追いかけることはできなかった。

エバンス(右端)に殴られた2冠王者ベッキーリンチ(中央)(C)2019WWE,Inc.AllRightsReserved

関連するニュースを読む

AJスタイルズが王者ロリンズ挑戦権ゲット WWE

5月19日のPPV大会でユニバーサル王者ロリンズ(左)に挑戦することが決まったAJスタイルズ(C)2019WWE,Inc.AllRightsReserved

<WWE:ロウ大会>◇22日(日本時間23日)◇アイオワ州デモイン・ウェルズ・ファーゴ・アリーナ

スマックダウンからロウに移籍したばかりの元WWEヘビー級王者AJスタイルズがユニバーサル王座挑戦権をゲットした。5月19日のPPV大会マネー・イン・ザ・バンク(コネティカット州ハートフォード・XLセンター)で同王者セス・ロリンズに挑戦する。

同王座を狙う6選手が2組に分かれて3WAY形式で対戦し、AJスタイルズはレイ・ミステリオJr.、現US王者サモア・ジョーと激突。ジョーのコキーナ・クラッチ、ミステリオJr.の619など必殺技の攻防が繰り広げられた。最後はAJスタイルズがマットに倒れ込んだジョーにめがけ、ミステリオJr.をスタイルズ・クラッシュでたたきつけて2人まとめて始末。ジョーから3カウントを奪ってみせた。

もう1組の3WAY戦でザ・ミズ、ドリュー・マッキンタイアを下したバロン・コービンと挑戦権を懸けてメインイベントで対決。AJスタイルズがスタイルズ・クラッシュやカーフ・クラッシャーと立て続けに狙い、回避され続けたが、何とかフェノメナール・フォアアームで倒し切った。勝利後、リングに出現した王者ロリンズと対峙(たいじ)したAJスタイルズは自信たっぷりの握手を交わしていた。

コービン(手前)にフェノメナル・フォアアームをたたき込んだAJスタイルズ(C)2019WWE,Inc.AllRightsReserved

関連するニュースを読む

船井龍一「すべてをかけて」米での世界初挑戦へ決意

会見後の公開練習でシャドーボクシングを行うIBF世界スーパーフライ級1位の船井(撮影・垰建太)

ボクシングIBF世界スーパーフライ級1位船井龍一(33=ワタナベ)が世界初挑戦に向けて、23日に都内のジムで練習を公開した。5月4日に米カリフォルニア州ストックトンで、同級王者ジェルウィン・アンカハス(27=フィリピン)のV7戦で挑戦する。3回のマスボクシングやミット打ちなどで汗を流した。25日でスパーリングを打ち上げ、28日に渡米する。

船井は昨年11月に挑戦者決定戦で世界挑戦権をつかんだ。ここまでに150回のスパーリングを積み、試合に備えてきた。「世界王者と米国での試合と2つの夢がかなう。ドキドキもあるがワクワクの方が大きい。すべてをかけて絶対にとる」と決意を口にした。

アンカハスは30勝(20KO)1敗2分の強敵だ。16年に王座を獲得後、トップランクと契約して、前回は引き分けも6度目の防衛に成功している。「センスがあり、アグレッシブで、カウンターもある。何でもできる」と船井も認める。

高橋トレーナーは「オールマイティー。守るととられる。パンチ力はあるので前に出て打ち合うこと」と話す。船井は「恐れずに攻められるか」と、強豪王者と真っ向打ち合うつもりだ。

会見後の公開練習で高橋トレーナー(左)が見つめる中スパーリングを行うIBF世界スーパーフライ級1位の船井(中央)(撮影・垰建太)
IBF世界スーパーフライ級タイトルマッチに向けて会見を開きファイティングポーズで写真に納まる、左から渡辺会長、船井、高橋トレーナー(撮影・垰建太)

関連するニュースを読む

社会現象に…大相撲を世にしらしめた「若貴ブーム」

92年1月27日付日刊スポーツ東京最終版

<平成とは・大相撲編(1)>

平成は「若貴時代」とともに始まった。大横綱千代の富士が君臨していた大相撲界に、新時代を担う宿命を背負った兄弟力士が登場した。若花田(のちの若乃花)と貴花田(のちの貴乃花)。父は元大関貴ノ花で、期待にたがわず番付を駆け上がり、日本中を熱狂させた。「平成とは」大相撲編(3回)の第1回は、社会現象となった「若貴ブーム」を振り返る。

   ◇   ◇   ◇  

平成4年(1992年)1月26日午後5時。固唾(かたず)をのんで土俵に注目していた日本中が、その瞬間に沸き上がった。

大相撲初場所千秋楽。東前頭2枚目の貴花田は三杉里を寄り切り、14勝1敗で初優勝を飾った。19歳5カ月、史上最年少の幕内優勝。この場所、日刊スポーツ(東京版)は15日間、1面をすべて相撲で貫いた。歴史的快挙は号外で報じた。日刊スポーツの号外発行は78年11月21日、江川卓の「空白の1日」以来だった。

若貴兄弟は88年春場所、初土俵を踏んだ。「プリンス」と呼ばれ、人気だった元大関貴ノ花の2人息子。入門した時点で人気と角界の未来を担う宿命だった。ともに順調に番付を駆け上がる。特に貴花田は89年九州場所で17歳2カ月の新十両、90年夏場所で17歳8カ月の新入幕と次々最年少記録を更新。甘く精悍(せいかん)な見た目で強い。人気は必然だった。

時代が求めていた。大横綱千代の富士が長らく頂点に君臨する角界は、人気が停滞していた。そこに登場したのが父貴ノ花、おじに元横綱初代若乃花を持つ期待の兄弟。加えて「弟を守るために入門した」という若花田との兄弟愛。名門一家の物語は性別、世代を超えて人の心を引きつけた。91年春場所の貴花田対小錦の瞬間最高視聴率は驚異の52・2%(ビデオリサーチ調べ)。主婦層がターゲットのワイドショーも連日、兄弟を追いかけた。

社会現象ともいえるフィーバーは貴花田の初優勝後、さらに過熱した。92年春場所前。大阪入りする際は羽田空港でタクシーを機体に横付けし、到着した大阪空港ではVIP出口から脱出した。東大阪市の宿舎はひと目見ようと連日、ファンが取り巻く。狭い道路脇に最高500人。巻き込まれた高齢女性が転倒し、骨折する事故も起きた。そんな周囲を冷静に見つめた若花田は「昨年(の春場所で)、光司が11連勝してからパニックが始まったんだよな。俺も表に出られないかな」とつぶやいたという。

不器用で表現が下手な弟と器用で明るい兄の構図も、分かりやすかった。フィーバーの最中、しゃべりが苦手な弟を守るべく若花田は「俺が全部対応する」とマスコミの前に立った。ただ、貴花田は自身の人気に無頓着だった。当時を取材していた記者が述懐する。

「買い物に付き合ったこともあったが、ワーワーされてもまるで気にしない。こっちがひやひやするぐらいだった。プライベートでは付け人をつけなかった。『自分の召し使いじゃない』と。(関取になった)当時は17、18歳だったけど、芯はしっかりしていた」

順調な出世はただ、天分に恵まれただけではなかった。貴花田の新十両昇進時、「今までで一番後悔していること」の質問に「(明大中野)中学時代、クラスのいじめられっ子を助けられなかったこと」と返した。そんな卓越した精神面に、見る人が「殺し合いかと思うぐらい」の猛稽古。裏側には血へどを吐くほどの壮絶な努力があった。

新弟子検査に史上最多160人が殺到したのも92年春場所。貴花田は同年11月に女優宮沢りえとの婚約、そして年明けに破局。常に話題の、時代の中心にいた。そんな立場に置かれた状況を横綱になった貴乃花に聞いたことがある。

「孤独なもんです」

89年九州場所11日目から始まった史上最長の大入り満員は97年夏場所2日目、666日でストップした。「兄弟絶縁」や「洗脳騒動」。土俵外に注目は移り、貴乃花は孤立感を深めていった。親方としても。

平成最後の年、兄弟2人とも日本相撲協会を去っている。賭博、暴力問題に大揺れした国技も今、人気は隆盛を誇る。ただ「若貴」のような強烈な個は現れていない。平成の世に一時代を築いた。「大相撲」を幅広く知らしめたのは、何よりの功績。その土台があって、大相撲は令和の新時代を迎える。(敬称略)【実藤健一】

91年6月、消防訓練後に兄・若花田(右)とポーズをとる貴花田

関連するニュースを読む

飯伏、新日に再入団 オカダとタッグに「良かった」

新日本プロレスへの入団を正式発表した飯伏幸太

新日本プロレスで活躍するフリーでIWGPインターコンチネンタル王者の飯伏幸太(36)が22日、後楽園大会の前に会見し、新日本への再入団を正式に発表した。

20日の愛知県大会の控室で契約書にサインし、試合後にファンに入団を報告していた。「自分のこれからのキャリアとして、ここからが多分ピークを迎えるだろうなと思い、自分の最後の場所としてここを選んだ」と話した。飯伏はDDT所属の13年10月に新日本とダブル所属を発表。16年2月にダブル所属を解除し退団、フリーとなっていた。契約期間については「ボクが終わるまで。最後までよろしくお願いします」と、同席した新日本の菅林直樹会長に頭を下げた。

正式入団後の最初の試合は10人タッグで、初めてIWGPヘビー級王者オカダ・カズチカと組んだ。飯伏のインターコンチ王座獲得後、次期挑戦者に名乗りを上げた内藤とも激しく対決。「オカダさんと初めて組めて良かった。でも今は内藤。また、またですか」とベルトを取った相手とのリマッチを見据えていた。

関連するニュースを読む

浜風親方、令和元年の震災復興仙台巡業で「笑顔に」

浜風親方(2008年9月6日)

元前頭で五城楼のしこ名で活躍した仙台市出身の浜風親方(45)が22日、宮城県庁を訪れ、8月にカメイアリーナ仙台で開催される「東日本大震災復興支援 令和元年夏巡業 大相撲仙台場所」を村井嘉浩知事(58)に報告した。

浜風親方は「相撲を見ていただいて、少しでも笑顔になっていただければいいと思います」。村井知事は「貴景勝関も大関になられて、相撲人気が高まっている。微力ではありますが、PRに努めたいと考えております」と応援を約束した。

今年で5年連続になる仙台場所。地方巡業らしく力士と触れ合う機会が設けられており、毎年多くの相撲ファンが訪れる。見どころについて浜風親方は「横綱白鵬をはじめ、貴景勝も大関になった後の巡業になる。生きの良い若手もいるので、応援していただけたらうれしい」とPRした。

関連するニュースを読む

「稀勢の里」特別展開催 ラオウ名言引用の意図語る

特別展「七十二代横綱 稀勢の里」の内覧会で、漫画「北斗の拳」の化粧まわしなど展示品を解説した荒磯親方

1月の初場所で引退した大相撲の元横綱稀勢の里の荒磯親方(32)が、現役時代に使用していた化粧まわしや着物など約80点が、23日から東京・両国国技館内の相撲博物館で一般公開される。

「七十二代横綱稀勢の里」と題した特別展で、22日は報道陣に向けた内覧会に出席。自ら思い出を交えて解説した。

漫画「北斗の拳」の登場人物が描かれた三つぞろいの化粧まわしは、主人公のケンシロウではなく、敵役のラオウが描かれたものを着用。引退会見では、そのラオウの名言を引用した「土俵人生に一片の悔いもございません」と話したが、「去り際もカッコイイ。自然とそういう言葉が出た」と明かした。

博物館関係者によると、引退後間もない力士の特別展は珍しく、人気の高さを証明した。館内を1周した本人は「すべてに思い出がある」と感慨深い表情。まだ着ていない着物もあるといい、弟弟子の大関高安に贈呈するか問われると「大関に中古はあげられない。いいことがあれば作ってあげたい」と、初優勝のプレゼントを予告していた。【高田文太】

特別展「七十二代横綱 稀勢の里」の内覧会で、展示品を解説しながら笑顔を見せる荒磯親方

関連するニュースを読む

36歳飯伏幸太が新日再入団「気持ち的には本隊」

新日本プロレスへの入団を正式発表した飯伏幸太

新日本プロレスで活躍するフリーでIWGPインターコンチネンタル王者の飯伏幸太(36)が22日、後楽園大会試合前に会見し、新日本への再入団を正式に発表した。

飯伏は20日の愛知県大会試合前の控室で契約書にサインし、試合後にファンに入団を報告していた。「自分のこれからのキャリアとして、ここからが多分ピークを迎えるだろうなと思い、自分の最後の場所としてここを選んだ」と話した。

飯伏は04年7月に後楽園でDDTからプロデビュー。抜群の身体能力と甘いマスクで人気を博し、13年10月にはDDTと新日本とダブル所属を発表。16年2月にダブル所属を解除し退団、フリーとなっていた。

今後の活動について「これからはフル出場。出られるだけ、出たい」。所属ユニットについては「ボクはどのチームでも大丈夫ですよ。気持ち的には本隊なのかな」と希望を口にした。

契約期間について聞かれると「ボクが終わるまで。最後までよろしくお願いします」と、同席した新日本の菅林直樹会長に頭を下げていた。

関連するニュースを読む

母校で王座決定戦行う坂本真宏を大阪市大OBが援助

母校の大阪市大第二体育館で5月26日に再起戦を行う元WBOアジア・パシフィックフライ級王者坂本真宏(前列中央)。前列左は武市晃輔トレーナー、同右は下中奨三・同大ボクシング部OB会長。後列は同大ボクシング部OB(撮影・加藤裕一)

元WBOアジア・パシフィックフライ級王者で、大阪市大大学院生ボクサーの坂本真宏(28=六島)にとって、再起戦となる同級王座決定戦(5月26日、大阪市大第二体育館)をめぐり、同大ボクシング部OBが全力でサポートすることになり、22日、同大で会見を行った。

千葉県船橋市在住の同部OB会長、下中奨三さん(38=システムエンジニア)は「坂本のタイトルマッチを、大阪市大でやるなんて歴史的イベント。ここでOBが動かんとどうする、となりました。協力して、絶対に成功させたい」と熱弁をふるった。

自身もOBである坂本は「OBにはデビュー当時からチケットを買ってもらったり、すごく応援していただいてきた。僕は結果で答えたいと思います」。昨年12月31日に日本ボクシング史上初めて“国公立大大学院ボクサー”が世界タイトルに挑んだが、失敗。一時は引退も考えた。

しかし、自分の大学での再起戦というプランに、現役続行を決めただけに闘志満々だ。

同大ボクシング部は3月末時点で部員が2人だけで、大学の規定「5人」に満たず、廃部となった。部の再興は難しい状況だが、約70人いるOB会は「大阪市大ボクシング部」の名前を少しでも残したい思いが強い。

今回の興行では、会場、リングの設営や場内スタッフなどをサポートしていく意向で、下中さんは「発揮したいのはマンパワー。OB会の半分以上は、なんとか集めたい」と話した。

選手にユニークなリングネームをつけるなど、業界屈指のアイデアマンでもある六島ジムの枝川孝会長は「ラウンドガールとかもやってもらえたら、おもしろい。ボクシング部でなくても、女子柔道の選手に道着でやってもらうとかね。部の垣根を越えて“大阪市大フェスティバル”のようなイメージが出てきたら」と盛り上がりに期待した。

関連するニュースを読む

拳四朗の同級生は森岡亮太「うまかったからなあ」

城陽警察署のイメージポリスとして、母校の久世小学校を訪問し拳四朗。右は小6時の担任、藤井健二教頭(撮影・加藤裕一)

WBC世界ライトフライ級王者拳四朗(27=BMB)が22日、地元・京都の城陽警察署イメージポリスとして、母校の久世小学校を訪れた。

女性警察官とともに、体育館で5、6年生の児童約200人を前に、交通ルールの説明会を行った。

その中で、自らが子どもの頃は自転車の運転が「かなり荒かった」と反省し「このあたりは坂道が多いから気をつけてほしい」と安全運転を呼び掛けた。

制服姿には、過去に一日署長でも着たことがあるといい、オシャレにこだわるとあって「何かいいですね。コスプレみたい」とまんざらでもなさそう。

小学6年時の担任で、現在は教頭の藤井健二氏と再会を果たし「え~? 教頭なんですか~!」と大喜び。また、卒業アルバムで、同じクラスだったサッカーのベルギーリーグで活躍する森岡亮太の写真を見て「サッカー、めちゃくちゃうまかったからなあ…」。

卒業文集には「何を書いたか全然覚えていない」という自分の作品「思い出」を発見。これを読み「林間学校か。そうや、修学旅行はパルケ・エスパーニャや」などと、しみじみ浸っていた。

城陽警察署のイメージポリスとして、母校の久世小学校を訪問し拳四朗(左から2人目)。左端は父の寺地永会長、右から2人目は佐々木一雄校長、右端は藤井健二教頭(撮影・加藤裕一)
城陽警察署のイメージポリスとして、母校の久世小学校を訪問した拳四朗。女子児童から歓迎の花束を受け取る(撮影・加藤裕一)

関連するニュースを読む

シングルマザー吉田実代が世界挑戦、出産半年で復帰

世界初挑戦する吉田実代

シングルマザーのボクサーが世界初挑戦する。女子東洋太平洋&日本バンタム級王者吉田実代(31=EBISU K’s BOX)が、6月19日に千葉・幕張メッセでWBO世界スーパーフライ級王座決定戦に出場。

WBOアジア太平洋フライ級王者ケージー・モートン(35=米国)との対戦が、22日に都内のジムで発表された。メインはWBO世界スーパーフライ級2位井岡一翔(30=Reason大貴)が4階級制覇に再挑戦する。

吉田は14戦目で念願の世界戦に「大きな舞台で背筋が伸びる。人生を変えたい」と意欲を見せた。20歳でキックボクシングを皮切りに、総合格闘技、シュート、ムエタイをこなした。25歳で「世界を目指したい」とボクシングに転向し、14年にプロデビューした。17年に高野人母美(協栄)との王座決定戦を制して初代日本王者となり、東洋太平洋王座も獲得など8連勝している。

妊娠して1度は引退を考えたが、出産半年後には長女実衣菜ちゃん(4)をジムに同伴して練習を再開した。保育園に送り迎えの間はインストラクターを務め、夜はジムで周囲が子守や弁当を食べさせる中で練習をこなしてきた。「娘が一番応援してくれ、理解してくれ、世界戦も喜んでいる」と話す。

24日に鹿児島へ里帰りし、壮行会やあいさつ回りする。その後は娘をしばらく実家に預け、普段はできない練習やスパーリング、体のケアなどもして、決戦に備えるつもりだ。

1階級下げての挑戦も「パンチ力、体のアドバンテージを生かせる適性階級」と歓迎。加山会長も「負けん気の強さとフィジカルは負けない」と期待。吉田は「自分のため、娘のため、支えてくれた人へ恩返しに世界王者になる」と誓った。

加山利治会長(左)と世界初挑戦する吉田実代

関連するニュースを読む

双子の貴源治&貴ノ富士が弟弟子の貴景勝に刺激

栃木・佐野市内で行われた春巡業で凱旋(がいせん)となった貴源治(左)と貴ノ富士(右)(撮影・佐藤礼征)

大相撲春巡業が22日、栃木・佐野市で行われ、同県出身で双子の十両貴源治(21)と十両貴ノ富士(21)が、地元で今後の飛躍を誓った。

育ちは茨城県だが、生まれは父の故郷でもある小山市。「(相撲界に入って)こうやって来るのは初めて。田舎はいいですね」と感慨深く話した弟の貴源治は、前日の夜に名物の「佐野ラーメン」と味わったという。「昔食べた記憶があって懐かしかった。(味は)最高でした」と満面の笑みを見せた。兄の貴ノ富士も「通っていた保育園の先生も見に来てくれた。うれしかった」と、幼少期を回顧しながら喜んだ。

先場所、東十両4枚目で8勝7敗と勝ち越した貴源治は、新入幕を目前としている。夏場所(5月12日初日、東京・両国国技館)では「幕内を決めることを念頭に置きたい」と覚悟を語った。

貴ノ富士は新大関の弟弟子に刺激を受ける。先場所で1年ぶりに十両復帰を果たしたが、6勝9敗と勝ち星を伸ばせず、来場所は幕下陥落が濃厚。その場所で大関昇進を決めた貴景勝は1学年上だが、プロ入りは兄弟より1年以上遅い。

「めっちゃ悔しい。先に別格といわれる地位にいかれた」と貴ノ富士。悔しさをにじませながら、新大関から精神面で見習う場面は多い。「いいときも悪いときも腐らずコツコツとやっている。年齢は1つしか変わらないけど、こんなに違うんだなと思っている。大事なところで白星をつかみきる精神的な強さを見習いたい」。

貴源治も「まげを切るときにどの地位にいるかだと思う」とライバル心をのぞかせた。「早いと記録になるけど、気負いせずやっていきたい」と、焦らず追いかける。

関連するニュースを読む

元柔道五輪2連覇内柴が総合大会「REAL」出場へ

内柴正人(2017年11月26日撮影)

柔道で五輪2大会連続金メダルを獲得し、現在はキルギス柔道連盟総監督を務める内柴正人(40)が総合格闘技大会「REALファイトチャンピオンシップ」に参戦することが21日、発表された。

同日に横浜市内で会見した運営団体ファイティング・グローブ実行委員会の小林繁之取締役は「彼に前向きになってもらいたい。用意したステージで出てくれるということでした」と説明した。

同興行は金網で囲まれた円形ケージで開催されている。内柴が参戦するのは8~10月、福岡で開催される予定のREAL6大会となる。

小林取締役は「彼はMMA(総合格闘技)には興味がない。柔道、柔術など、いずれにしろジャケット(道着)マッチになると思います」と説明。対戦相手も未定で、今後ルールを含めて検討される。

内柴は13年2月に準強姦(ごうかん)で実刑判決を受け、17年11月に出所して柔術家に転向。過去に柔術大会への出場経験があるものの、総合格闘技大会への参戦は初めてとなる。

小林取締役を通じ、内柴は「地元の大会でやってみたい。練習でやってきた経験からルールは決めてほしい」などとコメントした。

関連するニュースを読む

長州引退試合 越中らとタッグで藤波、武藤らと激突

冨宅飛駈(左)にリキラリアットを決める長州力(2019年2月15日撮影)

プロレスラー長州力の引退試合「POWER HALL2019」(6月26日、東京・後楽園ホール)のメイン試合が22日、発表された。

6人タッグ戦で長州力は、越中詩郎、石井智宏と組み、藤波辰爾、武藤敬司、真壁刀義組と対戦する。

関連するニュースを読む

30年続く「ドームプロレス」令和へ新たな進化も

89年4月、チョチョシビリに抑え込まれるアントニオ猪木

<平成とは・バトル編(5)>

昭和末期のプロレス界は新日本、全日本、国際の3団体だった。平成を迎えて団体の乱立、交流戦を通じた淘汰(とうた)、そしてK-1、PRIDEの隆盛による人気低下の時期を乗り越え、2010年(平22)以降から新日本が中心となって復活を遂げた。そんな激動続きの平成の時代に幕を開け、30年間続いたのは「ドームプロレス」だった。

平成元年の89年4月24日、アントニオ猪木がけん引した新日本が最初に東京ドームに進出した。前年にマイク・タイソンの世界戦が開かれていたこともあり、世界的規模を意識。「日ソ異種格闘技戦」と題し、旧ソ連VS新日本を演出した。メインではロープのない円形リングで、猪木が72年ミュンヘン五輪柔道金メダリストのチョチョシビリと対戦。裏投げ3連発でKOされる結末に大きなインパクトを与えた。

豪華かつ派手、話題性を加えるため、選手移籍などで緊張感のあった団体間の「壁」が崩れた。翌90年2月、2度目の新日本の東京ドーム大会で全日本勢が参戦。ジャンボ鶴田、谷津嘉章、2代目タイガーマスク、天龍源一郎がタッグ戦に出場。ビッグバン・ベイダーVSスタン・ハンセンという新日本と全日本のトップ外国人が激突した。同年4月には米WWF(現WWE)、新日本、による「日米レスリングサミット」も開催。ハルク・ホーガンらも参加し、ドームプロレスならではの夢対決が実現していった。

ドーム大会で実現させた新日本の交流戦は、特に注目度が高かった。高田延彦のUWFインターとの対抗戦では、闘魂三銃士の1人、武藤敬司が輝きを増した。95年10月9日の東京ドーム大会のメインで高田と対戦し、ドラゴンスクリューからの足4の字固めで勝利。翌96年1月の東京ドーム大会での再戦は5年ぶりに地上波で生中継され、当時の武藤は「史上最大のイベントなんだから派手にやらなきゃ」と豪語した。97年には大阪、ナゴヤ、福岡を含めた4大ドームツアーが行われ、98年4月に猪木引退試合も開催。プロレス参戦した小川直也VS橋本真也との抗争など注目興行は00年初頭まで続いた。

その同時期からわき上がってきたK-1とPRIDEの隆盛で、ドームプロレスはピンチを迎えた。当時について武藤は「三銃士時代はドームと同じ時代を生きてきた。三銃士の成長曲線は、ドームのそれと一致している。オレたちが本流から外れ、ドームが寂しがっているようにも感じる」(09年日刊スポーツのインタビュー)と00年初頭まで続いた第1次ドームプロレスの終結を分析した。年2、3回のドーム大会を続けてきた新日本は集客に苦しみ、サイモン猪木社長(当時)は06年限りの撤退まで示唆する事態となった。

しかし危機こその結束感が当時の新日本にあった。中邑真輔は「新しい時代をつくる。絶対に最後のドームにしない」と全選手の言葉を代弁。社内会議は揺れ動いたが、菅林直樹副社長(現会長)は開催に反対意見があったことを認めた上で「待っているだけでは追い風は吹かない。最後は全員一致でした」と存続を決めた経緯を明かしていた。

一転、開催された07年1月4日のドーム大会は新日本35周年記念興行だった。武藤率いる全日本の全面協力を得て大会名も「レッスルキングダム」へ。06年以降は1月4日の年1回のドーム大会となったものの、年間最大の祭典に据えたことで全体の展開も分かりやすくなった。12年に凱旋(がいせん)帰国したオカダ・カズチカの活躍も重なり、団体の人気が回復を遂げた。16年以降は新日本、海外招請選手のみでマッチメーク。平成最後のドーム大会でIWGP王者となった棚橋弘至は「東京ドーム大会を見れば全部分かる。1年間のゴールであり、スタート」と分かりやすさを強調。新規ファンを増やそうとする姿勢、環境も人気回復のポイントとなった。

令和初となる来年の「1・4」は、翌5日も続くドーム2連戦に決まった。フルサイズでのドーム連戦は初の試み。新日本が平成元年から30年間定期的に続け、死守してきたドーム大会。90~00年代の交流戦、対抗戦を通じた人気とは違い、新日本独自の世界観で演出する第2次ドームプロレスに変貌を遂げた。

ドームプロレスという「文化」は令和でも新たな進化を遂げていくに違いない。(敬称略)【藤中栄二】(この項おわり)

90年2月、スタン・ハンセン(左)にドロップキックを見舞うビッグ・バン・ベイダー
94年1月、アントニオ猪木(右)にパワーボムを見舞う天龍源一郎
95年10月、高田延彦にドラゴンスクリューを決める武藤敬司
99年10月、橋本真也(手前)を蹴り上げる小川直也
04年5月、アントニオ猪木は得意のパフォーマンスを見せる

関連するニュースを読む

那須川3回KO勝利「圧あった」パッキャオと握手

1回、ビアグタン(左)に左パンチを見舞う那須川(撮影・河田真司)

<RIZIN15>◇21日◇横浜アリーナ

キックボクシング界の「神童」那須川天心(20)が、ボクシング界のスーパースターに力を見せつけた。59キロ契約のキックボクシングルールで、ボクシング6階級制覇王者で現WBA世界ウエルター級王者マニー・パッキャオ(40)が推薦したフリッツ・ビアグタン(23=フィリピン)と対戦。パッキャオが見守る中、3回1分24秒、KOで19年RIZIN初戦を制した。

目の前で見ているパッキャオに「強い」と言わしめた。パッキャオ推薦のビアグタンは何度パンチを当てても倒れない。初めて戦うフィリピン選手のタフさに苦戦したが、3回に左ストレートがさく裂。パンチのラッシュと膝蹴りでコーナーに追いつめ、勝負をつけた。直後には倒れている相手に、前日計量でくらったドラゴンボール孫悟空の必殺技「かめはめ波」を発射。「やられたんでやり返しました」とファンを楽しませることも忘れなかった。

試合後にはリングに上がったパッキャオと握手。「君よかったね。強いね」と声をかけてもらった。「圧があった」とスーパースターのオーラを直で感じた。実はパッキャオから影響を受けていた。空手からキックボクシングへ転向した小学6年生の頃、ボクシングのトレーナーにパッキャオの動画を見るよう薦められ、そのステップを吸収した。「キックボクシング面白いなと思わせたい」。そう宣言していた通り、パッキャオの前で強さと面白さを表現し、認めてもらった。

これでキックボクシング戦績は30戦無敗。それでもさらなる進化を求める。約1カ月前から肉体改造に着手。筋力トレーニングに加え、アスリート用の弁当を摂取するようになり、より体のキレと力強さを得た。ボクシングジムでのトレーニングも欠かさず、強さは更新され続けている。

人が「考えられないことをやっていきたい」という那須川にとって、あらゆるジャンルの格闘技を受け入れるRIZINは理想の舞台だ。昨年大みそかにボクシング元5階級王者フロイド・メイウェザーに敗れた一戦は、世界に名が広まるきっかけとなった。「すごいっすよね。パッキャオもメイウェザーも(コナー・)マクレガーも自分を知っている。いい人生送ってますよね。濃密な、展開が早いマンガだなと思います」。誰も見たことのない、マンガのような格闘家人生を存分に楽しむつもりだ。【高場泉穂】

RIZINのリングに上がりあいさつするパッキャオ(撮影・河田真司)
ビアグタンにKOで勝利し、笑みを浮かべる那須川(撮影・河田真司)

関連するニュースを読む