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“鉄人”玉鷲ファン喜ばせる相撲貫いたV「天才ではないので」稽古で磨き抜き体に覚えた相撲勘

八角理事長から賜杯贈呈を受ける玉鷲(撮影・小沢裕)

<大相撲秋場所>◇千秋楽◇25日◇東京・両国国技館

現役最年長関取の東前頭3枚目玉鷲(片男波)が、“鉄人V”を果たした。

負ければ優勝決定戦にもつれ込む西前頭4枚目高安との一番を押し出しで制し、19年初場所以来2度目の優勝。37歳10カ月での優勝は、12年夏場所での旭天鵬の37歳8カ月を抜いて昭和以降最年長優勝。9日目には連続出場記録で歴代3位を記録。衰え知らずの鉄人が、混戦場所を制した。

   ◇   ◇   ◇

肩周りに張りがある上、肌つやもいい。15日間を戦い抜いたとは思えないほど、玉鷲の体は元気だった。「皆さまが熱い応援をしてくれるので、それに応えるためにやりました」。10日目からの首位を守り抜き、昭和以降では最年長となる優勝を果たした。

大関経験者を圧倒した。立ち合いで迷いのない鋭い踏み込みから、右のおっつけで高安の体勢を崩す。食い下がられたがうまくいなして、左に動いた相手に即座に反応。左、右、左。リズミカルなのど輪3連発で初優勝の夢を打ち砕いた。「何が何でも、自分の相撲を取ろうと思いました」。会心の一番だった。

秋場所前の東京・墨田区、片男波部屋。「天才ではないので」。玉鷲は朝稽古後に謙遜した。その工夫とは-。稽古相手との番付差を考慮し、師匠の片男波親方(元関脇玉春日)が考案した、1対2で相撲を取る稽古だった。この稽古は正面から2人、正面1人と右側1人、正面と後方に1人ずつ、3パターンの仕切りで行う。序ノ口と序二段相手とはいえ、簡単ではない。初めて行った3月の春場所前ごろには、横から攻めてくる相手に手だけを伸ばして対応し肩を負傷した。

狙いを、片男波親方は「どんな体勢からでも、反撃できるように」と明かす。しかし、玉鷲の捉え方はひと味違う。「相手の体の中心に、自分の体をしっかり合わせないといけない」。負傷して基本に気付いた。基本を守りつつ、変則稽古で鍛えて得たものがもう1つある。「土俵が丸いのは分かっているけど、天才ではない。体に覚えさせるというか、考えずに体が動くというか」。本来ならば加齢とともに衰えるとみられる空間把握能力、状況判断力も磨き抜いた。

体はもちろん、心も元気だ。名古屋場所前に当時最年長関取だった元関脇松鳳山が引退した。電話で話すと、「40歳までやろう!」とエールをもらった。ただ、感謝の思いと少しの違和感が残った。「相撲の内容ではなく、“40歳まで”という方向は違う。僕の中では、お客さんたちが見て良かったなと思える相撲が取りたい」。真摯(しんし)に相撲に向き合う。

1横綱、3大関を総なめするなどし、2度目の殊勲賞。優勝に花を添えた。37歳10カ月と、5番目の高齢での受賞だった。引き際について、「お客さんに面白くないと思われたら」と答える。その日はまだまだ遠そうだ。11月に38歳を迎える鉄人の相撲道は、まだまだ続く。【佐々木隆史】

優勝インタビューで笑顔を見せる玉鷲(撮影・河田真司)
優勝インタビューに臨む玉鷲(中央)(撮影・河田真司)
高安(右)をのど輪攻めで土俵際へ攻め込む玉鷲(撮影・小沢裕)
(代表撮影)
(代表撮影)
高安(左)と激しく張り合う玉鷲(撮影・河田真司)
高安(左)を押し出しで破り、幕内優勝を決める玉鷲(撮影・河田真司)
【イラスト】昭和以降の年長優勝

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37歳10カ月玉鷲単独首位死守 昭和以降最年長優勝へ「緊張しないように自分の相撲を取りたい」

玉鷲(右)は錦富士を突き落としで破る(撮影・小沢裕)

<大相撲秋場所>◇13日目◇23日◇東京・両国国技館

東前頭3枚目玉鷲(37=片男波)が、2度目の優勝をぐっと引き寄せた。

東前頭10枚目錦富士を突き落としで下し、2敗で単独首位を死守。14日目の翔猿戦に勝ち、3敗の高安と北勝富士がともに負ければ優勝が決まる。現役最年長関取が、昭和以降最年長優勝へ突き進む。

   ◇   ◇   ◇

ベテランの玉鷲が、11歳年下の錦富士を寄せ付けなかった。低く突っ込んできた小兵の当たりを受け止めながら、右のおっつけで体勢を崩した。前のめりになりながら、左足を取られてしぶとく残られたが動じない。左手で錦富士の頭を押さえながら、体ごと押し込んだ。「しっかり落ち着いてよかったと思う。(錦富士の)当たりは強かった」と振り返る余裕があった。

自身を含めて、部屋には力士が4人しかいない。幕下、序二段、序ノ口と圧倒的な番付差がある中、ひたむきに部屋での稽古で鍛えてきた。師匠の片男波親方(元関脇玉春日)の発案で、1対2で相撲を取る稽古を出稽古が禁止となったコロナ禍から実施。いくら番付差がある相手でも「なぁなぁでやったらケガする。相手の体の中心にしっかりこちらの体を合わせないと駄目」と、より丁寧な相撲を心がけるようになった。

2敗目を喫した12日目は緊張感があったというが、この日は「もったいない相撲をしないように。前に出る気持ちだった」と切り替えに成功した。引きずることなく、慌てず、がっちりと単独首位を死守。19年初場所以来、2度目の優勝が迫ってきた。

37歳10カ月での優勝なら、12年夏場所での旭天鵬の37歳8カ月を抜き、昭和以降最年長優勝となる。9日目には初土俵からの連続出場記録で歴代3位を記録するなど、まさに鉄人。「緊張しないように自分の相撲を取りたい」と自然体で賜杯を狙う。【佐々木隆史】

▽八角理事長(元横綱北勝海) 玉鷲は錦富士の立ち合いが良くて踏み込まれたが、よく見て突き落とした。高安の良さはかち上げだから、どんどんやればいい。優勝争いは14日目の玉鷲次第。4敗力士も含めて、最後まで諦めては駄目だ。

▽幕内後半戦の佐渡ケ嶽審判長(元関脇琴ノ若) 当たりは互角だったが、玉鷲の相撲勘が良かった。一度優勝も経験しているから動きが良かった。高安は良い相撲の内容。絶対にまわしを取られないよう、攻め切るという気持ちがあった。

玉鷲(右)は錦富士を突き落としで破る(撮影・小沢裕)
玉鷲(左)は突き落としで錦富士を破る(撮影・足立雅史)
錦富士を突き落としで破り、勝ち名乗りを受ける玉鷲(撮影・河田真司)
玉鷲(左)は突き落としで錦富士を破る(撮影・足立雅史)
玉鷲(左)は突き落としで錦富士を破る(撮影・足立雅史)
錦富士(左)を突き落としで破った玉鷲(撮影・河田真司)

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現役最年長関取玉鷲、歴代単独3位、連続出場1457回の節目に白星 2場所ぶり勝ち越し決める

明生(手前)を寄り倒しで破る玉鷲(撮影・野上伸悟)

<大相撲秋場所>◇9日目◇19日◇東京・両国国技館

現役最年長関取の東前頭3枚目玉鷲(37=片男波)が、歴代単独3位となる初土俵からの連続出場1457回の節目を白星で飾った。西前頭2枚目明生を寄り倒しで下し、2場所ぶりに勝ち越し。11月に38度目の誕生日を迎える鉄人が、全勝を守った平幕の北勝富士を1差で追いかける。6日目に続き、横綱、3大関がそろって黒星。1場所で2度も横綱、大関が全員出場しての総崩れは、昭和以降初の事態となった。

    ◇    ◇    ◇

この日も、玉鷲はハツラツとした相撲だった。立ち合いは、互いに頭から激しくぶつかった。すぐに腕を伸ばして、一歩も引くことなく前へ。横に動いた明生にしっかりとついていき、引きに乗じて走って寄り倒した。勢い余って土俵下に転落も、ぶつかった観客を気遣う余裕を見せた。連続出場記録が歴代3位となった節目の日に勝ち越しを決めて「本当にうれしく思います」と笑顔だった。

7月の名古屋場所は部屋で新型コロナ感染者が出たため、13日目から途中休場を余儀なくされた。04年初場所で初土俵を踏んで以来、初めての休場。連続出場記録は1448回でストップ、と思われたが、新型コロナ関連での休場のため、日本相撲協会は記録継続の措置を取った。休場当初は措置を取られたことを知らず、それでも「まぁ、しょうがないか」と気に留めなかったという。

しかし、記録継続となったことを知らせる連絡を、関係者から次々に受けた。「自分の代わりに気にしてくれる人が大勢いたのがうれしかった。しっかりやらないといけないと思った」。これまで以上により気合を入れて、今場所も土俵に上がっている。

自己最速の9日目での勝ち越しを決め、単独トップの北勝富士を追いかける。37歳10カ月での優勝ならば、年6場所制が定着した58年以降では最年長優勝となる。9日目を終えた時点で、2敗以上は平幕力士5人だけと荒れる秋場所。「自分のやることを精いっぱいやるだけです」と鉄人は目の前の一番にだけ集中する。【佐々木隆史】

【イラスト】初土俵からの通算連続出場
玉鷲(手前)は寄り倒しで明生を破る(撮影・宮地輝)
明生(手前)を寄り倒しで破る玉鷲(撮影・野上伸悟)

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北勝富士、自身最長タイ初日から7連勝で唯一の勝ちっ放し「ライオンキング」への共感で獅子奮迅

隆の勝(手前)と張り合う北勝富士(撮影・野上伸悟)

<大相撲秋場所>◇7日目◇17日◇東京・両国国技館

西前頭8枚目北勝富士(30=八角)が、西前頭10枚目隆の勝を押し出しで下し、自身最長タイの初日から7連勝とした。その後の取組で平幕の玉鷲が初黒星を喫したため、唯一の勝ちっ放しに。名古屋場所は千秋楽に新型コロナに感染したが、調子を落とすことなく白星を重ねる。照ノ富士は逸ノ城を下して、連敗を2でストップ。かど番の大関御嶽海は黒星先行となった。

    ◇    ◇    ◇

猪突(ちょとつ)猛進が、北勝富士の真骨頂だ。立ち合いで真っすぐ激しくぶつかり、流れるように左に動いて隆の勝の体勢を崩しにいった。勝負をすぐに決められなかったが、慌てない。低い前傾姿勢を保ったまま何度も頭からぶつかり、おっつけも交えながら前まわしを狙ってくる腕を封じた。たまらずに引いた隆の勝。しっかりと足を運び「休まずに攻め続けたのがよかった。(八角)親方にも『前に、前に』と指導されている」と納得の相撲内容だった。

先場所は千秋楽に新型コロナに感染し、途中休場した。倦怠(けんたい)感などが残り、体重も減ったというが、勝負強さを発揮している。趣味は劇団四季のミュージカル「ライオンキング」の鑑賞。19年10月に婚約を発表した真美さんからの勧めでハマり、これまでに通算10回以上は鑑賞している。舞台は違うが「一発勝負の世界は同じ。プロとしてやり切る姿に共感できる」。コロナ禍などで気軽に鑑賞できなくなったが、都合が合えば、感染対策を施して鑑賞するなどしてエネルギーをもらっている。

幕内通算500回出場と節目となったこの日に、勝ち越しに王手をかけた。そして、唯一の勝ちっ放し。埼玉栄高、日体大とエリート街道からの入門も、右膝負傷などのケガに泣いた時期もあった。「常にコツコツと同じことをやり続けている。それがようやく白星につながってきた」と振り返る。獅子奮迅の勢いで、自身初の8連勝を狙う。【佐々木隆史】

隆の勝(手前)と組む北勝富士(撮影・野上伸悟)
隆の勝(左)を押し出しで破る北勝富士(撮影・小沢裕)
北勝富士は隆の勝(左)を押し出しで破る(撮影・小沢裕)
隆の勝(後方)を押し出しで破る北勝富士(撮影・野上伸悟)
隆の勝を破り懸賞金を手にする北勝富士(撮影・野上伸悟)

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【秋場所】玉鷲が通算7個目金星、平成以降の年長記録更新 照ノ富士と今年5回対戦して4個目

勝ち名乗りを受ける玉鷲(撮影・中島郁夫)

<大相撲秋場所>◇5日目◇15日◇東京・両国国技館

関取最年長の東前頭3枚目玉鷲(37=片男波)が、横綱照ノ富士を寄り切りで破り、今年4個目となる通算7個目の金星を獲得した。37歳9カ月での金星獲得は、昭和以降新入幕力士として4位の年長記録。自身初の初日から5連勝と元気いっぱいだ。

   ◇  ◇  ◇

11月に38歳の誕生日を迎えるとは思えないほど、体はパンパンに張っていた。インタビュールームに呼ばれた玉鷲は、表情も肌つやもいい。「前に前に攻めきろうと。良かったです。また明日から精いっぱいやるだけですね」。充実感たっぷりに振り返った。

照ノ富士との真っ向勝負。右のど輪で横綱の上体を起こし、まわしを取らせまいとしつこく突き押した。一気に押すことはできず、流れで右が差さる。いつもなら動きが止まる体勢も「そこから一気に勝負をかけた」と休むことなく前へ。抵抗を許さずに土俵外へ運んだ。昭和以降新入幕としては4位の年長記録も「まだまだ全然。上の先輩たちがいるので」と謙遜した。

ハツラツとした相撲内容が目立つ初日からの5日間。先場所は部屋で新型コロナ感染者が出たため、途中休場を余儀なくされた。04年初場所で初土俵を踏んだ玉鷲にとって、これが自身初の休場。そんな鉄人にとって休場は苦痛だった。休場当初こそ「休めていいな」と思ったというが、千秋楽に気持ちが変わった。「テレビを見て取り残されたと思った。途中からテレビを見れなかった」。土俵に立てていない歯がゆさ、悔しさが込み上げてきた。

新型コロナ関連での休場だったため、初土俵からの連続出場記録は継続となった。自身初の初日から5連勝と勢いに乗る今場所は、9日目まで出場すれば1456回の貴闘力を抜いて歴代3位になる。鉄人がさらに秋場所を盛り上げる。【佐々木隆史】

玉鷲(右)は照ノ富士を寄り切りで破る(撮影・小沢裕)
懸賞金を手にする玉鷲(撮影・小沢裕)

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翠富士「すごくうれしい」ウキウキの表情で即答 大関初撃破が今場所初白星 親方からハッパも

翠富士(右)は寄り切りで正代を破る(撮影・宮地輝)

<大相撲秋場所>◇3日目◇13日◇東京・両国国技館

西前頭筆頭の翠富士(26=伊勢ケ浜)が、大関正代を寄り切りで破り、大関戦初白星を挙げた。

幕内下位で臨んだ先場所は10勝5敗も、新型コロナ関連での休場が相次いだ影響もあってか、今場所は筆頭まで昇格。場所前に部屋付きの安治川親方(元関脇安美錦)にハッパをかけられながら、ようやく初日を出した。かど番の大関御嶽海が初黒星を喫し、早くも三役以上の勝ちっぱなしが消えた。

    ◇   ◇   ◇

ウキウキの表情でインタビュールームに翠富士が入った。「すごくうれしいです」。アナウンサーから質問され、即答するほど興奮していた。大関初撃破が今場所初白星につながった。

頭から低くぶつかった立ち合い。つかまりかけたが払って距離を取り、すかさず潜り込んだ。もろ差しになって前へ。正代に巻き替えられたが右前みつを振って崩し、半身になった大関を一気に土俵外へ運んだ。「差してからは覚えていないけど今日はいい相撲だった」と一心不乱だった。

近大を途中退学した16年秋場所で初土俵を踏んだ。身長は幕内で2番目に低い171センチも、伊勢ケ浜部屋での猛稽古で鍛え上げた。新入幕の21年初場所では、得意の肩透かしを武器に9勝して技能賞を獲得。翌春場所でヘルニアを発症して一時は十両に陥落も、夏場所で再入幕を果たしてから2場所連続勝ち越し中だ。

西前頭11枚目で臨んだ名古屋場所で自身初の幕内2桁勝利となる10勝を挙げた。今場所は幕内中位程度の番付が予想されたが、新型コロナ関連での休場が相次ぎ、一気に西前頭筆頭まで昇格。場所前の稽古中に部屋付きの安治川親方から「西筆頭は大負けする。3勝12敗」とハッパをかけられたが「10番ぐらいは勝ちたい。目標なので高めに」と負けじと意気込んでいた。

初日を出して緊張も解けてきたという。「三役になりたいという気持ちでやっていきたい。いい流れにもっていきたい」と力強く語った小兵。初“銀星”で弾みをつけて、新三役へ突き進む。【佐々木隆史】

▽幕内後半戦の粂川審判長(元小結琴稲妻) 翠富士がうまく相撲を取った。食い付いて中に入ってすぐに出し投げて攻めが早かった。正代は立ち合いが伸び上がっている。御嶽海はいつもの悪いくせが出た。我慢できずに引いた。照ノ富士は同じ右四つで自信を持って落ち着いて取っていた。

◆翠富士一成(みどりふじ・かずなり)1996年(平8)8月30日、静岡県焼津市生まれ。相撲は小学2年から始め、静岡・飛龍高2年時にはインハイ団体戦で埼玉栄高の佐藤(現大関貴景勝)を破って団体3位に入賞。近大を2年で中退し16年秋場所初土俵。20年春場所新十両、21年初場所新入幕。171センチ、114キロ。

正代(右)を攻める翠富士(撮影・鈴木正人)
翠富士(右)は寄り切りで正代を破る(撮影・宮地輝)
正代(後方)を寄り切りで破る翠富士(撮影・鈴木正人)
翠富士(右)は寄り切りで正代を破る(撮影・宮地輝)
正代(右)を寄り切りで破った翠富士(撮影・鈴木正人)
正代を寄り切りで破り勝ち名乗りを受ける翠富士(撮影・鈴木正人)

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元横綱白鵬の宮城野親方、やっと決まった引退相撲 大横綱“最後の勇姿”は来年1月28日

来年1月に開催する「白鵬引退宮城野襲名披露大相撲」のポスターを持つ宮城野親方(白鵬引退相撲事務局提供)

大相撲の元横綱白鵬の宮城野親方(37)が5日、オンライン会見を開き、来年1月28日、東京・両国国技館で「白鵬引退宮城野襲名披露大相撲」を開催することを発表した。新型コロナウイルス感染拡大のあおりを受け、昨年9月の現役引退から、1年が経過し、ようやく開催が決まり発表にこぎ着けた。当日は横綱土俵入りでの露払い、太刀持ち役などにサプライズを予告した。いまもトレーニングに励み、現役時代と変わらぬ体での土俵入りを頭の中で描く大横綱の“最後の勇姿”となる。

数々の記録を樹立してきた宮城野親方が、ついにまげと別れを告げる日が決まった。きれいなまげを結い、スーツ姿で会見に臨んだ同親方は「15歳からずっとこのかたちで、これが自分の姿。一人前の力士としての魂が、このまげにあると思う。寂しいけど、この魂を弟子たちに受け継いでもらいたい」と、引退相撲で行われる断髪式への思いを語った。

昨年9月に現役引退後、ようやく開催日が決まった。新型コロナ感染拡大の影響により、ここ数年は現役引退後もなかなか断髪式が行えないまげ姿の親方が多くいる。しかし、今年に入ってから開催され始め、ようやく宮城野親方もめどが立った。開催日の来年1月28日は母タミルさんの誕生日。「丈夫に産んでくれた母、両親に感謝しながら最後の土俵入りに上がりたいと思います」と話した。

当日は会場内でしか購入できない引退記念グッズを販売する。他にサプライズはないか? と問われると「今はちょっと…。これから1つ1つ紹介していく」とニヤリ。「最後の土俵入り」と銘打った横綱土俵入りでの太刀持ちと露払いにサプライズ起用があるのか、についても「ということで」と含みを持たせた。異業種含め、各界と広い交流を持つ大横綱だけに、ビッグサプライズの可能性も十分ありそうだ。

引退後から体重は10キロ落ちたという。約4カ月後に迫った引退相撲での横綱土俵入りに向け、「名古屋場所からトレーニングを始め、稽古の基本からやっています」。歴代最多45度の優勝や幕内通算1093勝など、数々の記録を樹立した。「ファンの方が(自分の)体を見て『まだ、やれるんじゃないか!?』と思われるような体でやりたい」。引退相撲で再び、現役時のようにファンを沸かせる覚悟だ。【佐々木隆史】

◆引退相撲 力士が現役を退く際、引退を関係者に披露するために行う花相撲。コロナ禍以前は引退発表から半年~1年ほどの間に行われてきた。まげを落とす断髪式がメインで、通常は引退および年寄襲名披露相撲となる。力士会の会員になって30場所以上務めた者は国技館の土俵で開催できる。土俵を使えない場合は国技館内大広間やホテル、時には部屋での断髪式とパーティーが通例。必要経費を除いた収益は引退した力士に入る。横綱の引退相撲の際には横綱土俵入りが行われる他、断髪式では300人以上がはさみを入れるなど、大々的に行われる。

【イラスト】22年以降に開催または開催予定の断髪式
13年1月、国技館で土俵入りを披露する白鵬

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元白鵬、横綱育てる 新宮城野部屋公開「勝利当たり前の世界に再び飛び込んだ気分」

【イラスト】新宮城野部屋の地図

大相撲の元横綱白鵬の宮城野親方が20日、東京・墨田区の新たな宮城野部屋での稽古を初公開した。基礎運動で汗を流す弟子を、稽古場に入って直接指導。7月28日に部屋を継承したばかりの新米師匠は「(自身が)横綱、大関になった時と同じような緊張感とプレッシャー。常に2ケタ勝利、勝ち越しが当たり前の世界に、再び飛び込んだ気分」。元横綱らしい独特の言い回しで心境を語った。

昨年9月の現役引退時に年寄間垣を襲名。先代宮城野親方(元前頭竹葉山)が8月に日本相撲協会の65歳の定年を迎えるため、7月に名跡交換し部屋を継承した。部屋は15年から東京・墨田区八広を拠点にしてきたが、所属力士の増加で手狭になるなどし、8月に同区東駒形にある旧東関部屋へ仮住まいの形で移転。同部屋はハワイ出身の元関脇高見山が創設、同郷の横綱曙を筆頭に小結高見盛らを輩出した名門部屋とあって「横綱を生んだ素晴らしい建物。本当に光栄。(稽古場に)前の宮城野部屋の土を混ぜて稽古に励む」と目を輝かせた。

現役中は史上最多45度の優勝や前人未到の幕内1093勝など、数々の記録を樹立した。今後は師匠としての指導に注目が集まる。「力持ちで心優しく、義理と人情を持って強くなってもらいたい。横綱、大関は相撲協会の看板。そういった(力士を育てる)目標を持って頑張れば、相撲道の発展に恩返しになる」と、師匠としての意気込みを語った。【佐々木隆史】

腕立て伏せをしている弟子に負荷をかける宮城野親方
部屋の前で記念撮影に応じる宮城野親方(左から3人目)。左から炎鵬、石浦、1人おいて先代宮城野親方の間垣親方、北青鵬
四股を指導する元横綱白鵬の宮城野親方
1列になってすり足で土俵を回る「むかで」を見守る宮城野親方

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2年8カ月ぶりの夏巡業終わる 各地で盛り上がり見せるも、コロナ禍でどこか物寂しさも

6日、夏巡業で力士たちを写真に納めようと集まるファン

首都圏で5日間開催された大相撲の夏巡業が14日に幕を閉じた。コロナ禍前の19年12月以来、2年8カ月ぶりの巡業開催。東北を中心に22日間開催された19年の夏巡業から期間は大幅に短縮され、開催地も首都圏に絞られた。各地で盛り上がりをみせたが、仕方がないとはいえ、どこか物寂しさは拭えなかった。

巡業の最大の魅力といえば、力士とファンの距離感だろう。幕内、十両の関取約70人らが参加。本場所中には決して見せることのない、リラックスした状態で会場内の至るところで体を動かしている。ファンが気軽に声を掛けることができる。そして、ほとんどの力士が気さくに対応する。即席の記念撮影会や握手会が行われたり、サインを書いたり談笑したりすることもある。関取衆が子どもたちと相撲を取る定番の「ちびっ子相撲」も見せ場の1つ。しかし、それも全てコロナ禍前の姿で、今回は見られなかった。

この巡業で日本相撲協会巡業部は、感染拡大予防の観点から非接触型のファンサービスを掲げた。5日の初日、東京・立川市巡業で力士らに訓示を行い、ファンとの握手などの接触は避けるよう指示。代替策として、関取衆との写真撮影会の場所を設けた。また、子どもからの質問コーナーも設けた。大関御嶽海や関脇若隆景らが質問に答えるなどし、ファンらの笑いや興味を誘った。

感染予防のため原則、参加する関取は幕内力士だけとした。付け人も1関取につき1人。稽古は力士5、6人を1組とし、土俵上で稽古している次の組までしか土俵下で稽古ができず、会場内の力士数は従来よりも少なかった。会場内には柵を用いた力士専用の動線が作られるなど、姿は見えども本来の距離感ではなかった。

それでも、力士らはファンとの距離を取りながらの写真撮影やサインに応じるなど、感染予防に気を使いつつ精いっぱい、思い思いのファンサービスで対応した。横綱照ノ富士が巡業初日に「やっぱりファンがいての大相撲。協会員の1人としてその責任を果たすため、自分も楽しめるように巡業を頑張っていきたい」と話した通り、大勢のファンの笑顔は印象的だった。

入間川巡業副部長(元関脇栃司)は、本来のファンサービスが実施できなかったことに心苦しさをのぞかせつつ、「写真撮影会と子どもからの質問が唯一、ファンと身近になる時間になったのでよかった」と手応えを口にした。9月の秋場所(11日初日、東京・両国国技館)後の10月には、首都圏で6日間の秋巡業が予定されている。入間川巡業副部長は「考え方や行動は変わらない。(コロナに)うつらない、うつさないを第一にやっていく」と同様の開催方法になる見込みだ。できる限りのファンサービスで各巡業を盛り上げようとする力士の思い、巡業部の手腕に注目が集まる。【相撲担当=佐々木隆史】

10月の秋巡業日程

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夏巡業2年8カ月ぶりに開催 逸ノ城、高安ら土俵下までマスク着用、コロナ感染防止対策徹底

マスクを着けて土俵に姿を見せた逸ノ城(撮影・平山連)

大相撲ファン待望の巡業が再開した。5日、東京・立川市で夏巡業がスタート。コロナ禍前の19年12月の冬巡業以来、約2年8カ月ぶりの開催となった。稽古中の土俵下ではマスク着用が必須など、徹底した感染対策を実施。横綱昇進後としては初参加となった照ノ富士(30=伊勢ケ浜)が、綱締め実演や横綱土俵入りなどで会場を盛り上げた。

   ◇   ◇   ◇

コロナ禍で初めて実施された夏巡業。3500人が入る会場の立川立飛アリーナに、約2200人の相撲ファンが集まった。間近で見る関取衆らによる稽古に、定番の相撲甚句や初っ切りなど、本場所とはまたひと味違う力士らの姿にファンは大にぎわいだった。横綱昇進後、初参加となった照ノ富士は「やっぱりファンがいての大相撲。協会員の1人としてその責任を果たすため、自分も楽しめるように巡業を頑張っていきたい」と意気込んだ。

もっとも、コロナ禍前と、風景は違う。稽古は1組6人を最大とし、組ごとに分けて稽古。次の番の組は土俵下で四股などの準備運動をするがマスク着用が必須だ。握手会や赤ちゃん抱っこなどの接触型のファンサービスも実施せず、代わりに写真撮影会が行われた。入間川巡業副部長(元関脇栃司)は「巡業の楽しみは本場所ではない距離感なので非常に心苦しい。それでもできる限り感染対策をとってファンのみなさんに喜んでもらいたい」と語った。

立川市巡業を皮切りに、首都圏で計5日間行われる夏巡業。本来は十両以上の関取衆が参加も、今巡業は原則、幕内力士だけにするなど参加者を減らしての開催となった。この日も自身が感染したり濃厚接触者扱いになるなどして、ケガ人1人を含む計13人の幕内力士が休場。それでも照ノ富士は「開催できたことが1つでも2つでも前に進んでいると思う」と意義を強調した。感染対策に細心の注意を払いながら、残り4日間に臨む。【佐々木隆史】

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【総括】約170人休場…コロナに翻弄された名古屋場所 相撲協会は新たなルール作りが必要

22年7月22日、打ち出し後に入れ替えが行われた明日の取組の掲示板。この日新たに加わった力士と合わせ十両以上の休場者は計21人の異常事態となった

<大相撲名古屋場所>◇千秋楽◇24日◇ドルフィンズアリーナ

新型コロナウイルスに翻弄(ほんろう)された名古屋場所が幕を閉じた。7日目の出羽海部屋での感染者発覚を皮切りに、本場所中に12部屋で感染者が判明。場所前に判明した田子ノ浦部屋を含めれば13部屋で、力士約620人のうち約170人が休場した。十両以上は戦後最多の23人と前代未聞の本場所となった。

日本相撲協会にとっては新たなルール作りが必要となりそうだ。同時に4部屋休場となった13日目では、中入り後の取組で16番中7番が不戦となる異常事態。団体生活の相撲部屋だけに、感染者が1人でも判明すれば所属力士らが休場というルールが要因だった。芝田山広報部長(元横綱大乃国)は「今後、幕内の取組が5番しかないということもあり得る」と危機感を口にする。再検査で陰性だった場合は休場させないなど、感染していない力士らの出場案を模索していく方向だという。

これまで場所前の感染確認などで全休した場合、当該力士の翌場所番付は据え置き、もしくは1枚降下程度の措置だった。場所中の陽性判定による途中休場は初で、想定したルールは設けられていない。勝ち越しや負け越しが決まってから休場した力士もおり、秋場所番付編成会議では難しい判断が迫られる。

多数の休場者が出たため、従来よりも取組開始時間が遅くなったり、自身の番付がどうなるか、不安を口にする力士も多かった。力士が本土俵に集中できる環境作りは、協会にとって最重要課題。徹底した感染対策も含めて、秋場所まで課題は山積みだ。【佐々木隆史】

【イラスト】名古屋場所十両以上の休場
【イラスト】新型コロナ感染による各部屋の休場力士数
13日目、錦木の休場により逸ノ城の不戦勝となった(撮影・和賀正仁)
優勝パレード用の車に乗り込み、記念撮影で万歳する逸ノ城(右)。旗手は阿炎(代表撮影)
初優勝を飾り、インタビューに答える逸ノ城(代表撮影)
名古屋場所で初優勝し、賜杯を持つ逸ノ城(代表撮影)

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角界襲うコロナ「これ以上の対策は全員が防護服しか」芝田山広報部長「残り2日。何とか」と悲愴

玉鷲の欠場により宇良の不戦勝となった(撮影・和賀正仁)

<大相撲:名古屋場所>◇13日目◇22日◇ドルフィンズアリーナ

日本相撲協会は名古屋場所13日目の22日、追手風部屋の平幕の遠藤ら、新たに4部屋で新型コロナウイルスの感染者が判明したことを発表した。伊勢ノ海部屋、追手風部屋、片男波部屋、芝田山部屋の力士らがこの日から休場し、関取以上の休場数は21人で戦後最多。中入り後の取組では5番連続を含む、18番中7番が不戦となる異常事態となった。新型コロナ関連での力士らの途中休場は7日連続11部屋目で、場所前に感染判明が判明した田子ノ浦部屋を含めると計12部屋目。残り2日とはいえ、土俵上では日に日に危機感が高まっている。

    ◇    ◇    ◇

異様な光景だった。幕内前半戦の錦富士-翔猿の一番。呼び出しが土俵に上がり「不戦勝」の旗を掲げた。続けざまに、その後の一番でも「不戦勝」の旗。幕内後半戦に入り、審判団が交代した後の一番からも、さらに3番連続で「不戦勝」の旗が掲げられた。観客からはたまらず、驚きの声や落胆するかのような声が漏れた。この日は計7番で不戦。幕内後半戦の粂川審判長(元小結琴稲妻)は「お客さんに申し訳ない。高いお金を払って見に来てもらっている。でも状況が状況。理解してもらうしかない」と言うしかなかった。

この日だけで新たに4部屋で新型コロナ感染者が判明した。これで7日連続。関取はこの日だけで8人が休場し、関取以上の休場者数はケガ人も含めて21人と戦後最多だ。伊勢ノ海部屋の平幕の錦木は、12日目終了時点でトップと2差につけ、優勝争いに絡んでいた。これまでも優勝争いに絡んでいた力士が休場するなど連日、盛り上がりに水を差す事態が起こっている。

止まらない感染拡大に協会も頭を抱える。芝田山広報部長(元横綱大乃国)は「全国的に見ても相撲部屋は厳しい対策を敷いてきたつもり。今回ばかりはお手上げです」と話した。相撲部屋は1つ屋根の下での団体生活を送っているだけに、感染対策には常に高い緊張感を持っている。故に「警戒レベルは5。これ以上の対策となると全員が防護服を着て個室に入るしかないよ」と言うしかなかった。

ただ、この状況を見過ごす訳にはいかない。「専門家の先生の話を聞かないといけないけど」と前置きしながらも、新たな対応策を練る段階にきているという。「例えば、感染していない人は複数回検査して陰性だったら出場させるとか」と検討案を明かした。実現させるには各方面と多くの協議を重ねる必要があるが、感染していない力士らの出場案を模索していく方向だという。「そうじゃないと幕内の取組が5番しかないとかになりかねない」と危機感を口にした。

あと2日。いや、まだ、あと2日と先を見据えれば気が遠くなるほどの感染拡大。芝田山広報部長は「残り2日。何とか」と悲愴(ひそう)感を隠せない。優勝争いは横綱照ノ富士と初優勝を狙う平幕の逸ノ城がトップで引っ張る。終わりの見えない闘いは、まだ続きそうだ。【佐々木隆史】

場内に掲げられた不戦勝の旗が呼び出し(左)に片付けられる中、勝ち名乗りを受けるため土俵に現れる逸ノ城(撮影・小沢裕)
照ノ富士(右)は若隆景を押し出しで破る(撮影・小沢裕)

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照ノ富士横綱の意地で玉鷲に4場所連続の金星配給許さず 弟弟子・錦富士の露払いデビュー日飾る

照ノ富士の土俵入りで露払いを務める錦富士(右)(撮影・鈴木正人)

<大相撲名古屋場所>◇6日目◇15日◇ドルフィンズアリーナ

横綱照ノ富士(30=伊勢ケ浜)が、東前頭3枚目玉鷲の偉業を阻止した。3場所連続で金星配給中の玉鷲を、冷静に見極めてからの突き落としで下して4勝目。同一力士に4場所連続金星配給なら昭和以降初となる屈辱だった。三役以上での2敗は大関貴景勝と2人だけ。2場所連続優勝に向けて、無傷の平幕逸ノ城、1敗の平幕翔猿を追う。

   ◇   ◇   ◇

照ノ富士が横綱の意地を見せた。目の前には3場所連続で金星配給中の玉鷲。これまで同様、立ち合いから強烈な突き押しをくらった。長い腕から繰り出される突きを前に、なかなかまわしに手が届かない。それでも絶対に引かなかった。何とかつかまえようと前に出続けて圧力をかけ、タイミング良くさっと体を開き、体が泳いだ玉鷲を突き落としで転がした。土俵下で見守った師匠でもある幕内後半戦の伊勢ケ浜審判長(元横綱旭富士)からは「落ち着いていた。相手にもっていかれることもなく良かった」と評価された。

弟弟子にかっこ悪い姿は見せられなかった。この日の横綱土俵入りで、新入幕の錦富士に初めて露払いを務めさせた。実は、場所前から6日目をお願いしていたもの。幕尻の錦富士が初口(幕内最初の取組)で相撲を取ることが多くなると予想。横綱土俵入り後すぐに取組となるため準備が慌ただしくなる上、新入幕として普段以上に緊張することを気遣って中盤戦以降と考えた。結果的にこの日は初口となった錦富士だが「感慨深かった。初めて間近で見てうれしかった」と目を輝かせた。弟弟子の露払いデビュー日に泥は塗れなかった。

前日5日目に2敗目を喫したが連敗はしなかった。3場所連続で金星献上と合口の悪かった玉鷲を下したことで、感覚は上向きになるはず。平幕の逸ノ城と翔猿を追う展開だが、まだまだ優勝争いはここから。2場所連続8度目の賜杯へ、横綱らしく堂々と突き進む。【佐々木隆史】

玉鷲(手前)を突き落としで破る照ノ富士(撮影・鈴木正人)
照ノ富士の土俵入りで露払いを務める錦富士(後方)(撮影・鈴木正人)

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貴景勝が大関&高校先輩の意地 2日連続大関撃破の琴ノ若を一気押し出し「バチン」強烈張り手も

貴景勝が琴ノ若を攻める(撮影・渦原淳)

<大相撲名古屋場所>◇3日目◇12日◇ドルフィンズアリーナ

貴景勝(25=常盤山)が、大関の意地を見せた。初日から2日連続大関撃破で勢いに乗る平幕の琴ノ若を、押し出しで下して2勝目。強烈な張り手をかますなど、埼玉栄高の先輩としての意地も見せる相撲内容だった。一方で、かど番の御嶽海と正代がそろって敗れ、黒星先行になるなど、酷暑の名古屋場所は連日の荒れ模様となっている。

   ◇   ◇   ◇

気迫のこもった相撲内容とは裏腹に、オンライン取材での貴景勝は冷静だった。「あんまり覚えてないですね。自分の相撲を取ることだけしか考えていないので」。いつも通り、多くは語らず淡々と振り返った。

3日連続大関撃破を狙う琴ノ若に、厳しさを見せつけた。両脇を締め、低くぶつかった立ち合い。琴ノ若の差しを封じると一気に前に出た。1度、距離ができたが、大きくふりかぶっての、強烈な右の張り手。琴ノ若の左ほおを完璧にとらえた。会場内に「バチン!」と響き渡る音。どよめく観客。そんな反応をよそに、相手が体勢を崩した瞬間を見逃さず、休むことなく突き続けた。

先場所は負けていた。だが、「今日は今日で、一生懸命頑張るだけでした」と切り替えての白星。大関として、そして埼玉栄高の先輩としての意地も垣間見える相撲内容だった。

名古屋場所前には待望の出稽古が解禁となった。埼玉・草加市の追手風部屋へ通った。同部屋の関脇、大栄翔や同じく出稽古に来ていた平幕の霧馬山らと稽古。連日、30番近く申し合い稽古を行うなどして追い込んだ。「勝ち負けではなく、番数をこなして相撲にキレを出していく」と話していた通り、キレのある動きを見せた。

ここ最近は首痛に悩まされている。しかし「首が怖くて当たれないなら、引退した方がいい」と悲壮な覚悟を吐露。気持ちの強さも、この大関の武器。20年11月場所から遠ざかっている賜杯へ-。今場所こそはとの思いがにじむ一番でもあった。【佐々木隆史】

琴ノ若(右)に強烈な張り手をする貴景勝(撮影・鈴木正人)
貴景勝が琴ノ若を押し出す(撮影・渦原淳)
琴ノ若を押し出しで破った貴景勝(撮影・鈴木正人)

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朝乃山夜明け 418日ぶり本場所、三段目から出直し白星「闘って信用取り戻したい」

剛士丸を寄り切りで破り勝ち名乗りを受ける朝乃山(撮影・鈴木正人)

<大相撲名古屋場所>◇2日目◇ドルフィンズアリーナ

日本相撲協会の新型コロナウイルス感染対策ガイドライン違反による6場所出場停止が明け、西三段目22枚目で復帰した大関経験者の朝乃山(28=高砂)が白星で再起への第1歩をしるした。昨年夏場所11日目の5月19日以来、実に418日ぶりの本場所の土俵で、剛士丸を寄り切りで破った。出場停止期間中に祖父、父が亡くなった。さまざまな思いを背負っての再出発。約1年2カ月ぶりに取材に応じ、出直す覚悟も口にした。

午後0時半過ぎ。まばらな観客席から、ひときわ大きな拍手が送られた。地味な黒まわしの朝乃山が西の花道に入ってきた。418日ぶりの本場所の土俵。「たくさんの方が拍手をしてくれた。お客さんも待ってくださっていたので、すごくうれしかったです」。師匠に2度、引退の相談をするなど、土俵を離れようとしたこともあった。ようやくたどり着いた復帰の一番。感謝の思いであふれていた。

今も、あの日のことは忘れない。ガイドライン違反が発覚した昨年5月。大関の立場で、外出禁止期間中に接待を伴う飲食店などへ出入りしたが、協会の事情聴取に対し「事実無根です」と否定。虚偽報告した。再度の事情聴取で発言を一転させた。ガイドライン違反を認め、6場所出場停止の厳罰処分が下った。

処分後の昨年6月に祖父、8月に父石橋靖さんを亡くした。どん底で、失意を味わい尽くした1年。それでも、取組後の取材で、「一番つらかったことは、不祥事を起こした時に相撲協会にウソをついたことです」と即答した。

失った信頼、地位、そして何より相撲を取るという当たり前だった日常を取り戻すために、やり直してきた。黙々と稽古に励み、幕下に陥落した3月の春場所以降は他の若い衆同様に掃除やちゃんこ番などの雑用係をこなした。大関経験者には、つらい日々だったはずだが「ウソをついたことで日本相撲協会や部屋のみんな、ファンの皆さんに応援してもらえないと思っていた。まだ(全てが)許されるわけではないけど、土俵の上で闘っていく姿を皆さんに見てもらって、信用を取り戻していきたいです」。真っすぐな瞳で語った。

新十両昇進を機に、富山商高時代の恩師、浦山英樹さん(故人)からもらったしこ名「朝乃山英樹」の下の名を、本名の「広暉(ひろき)」に変えた。「不祥事を起こして、もう先生の名前を名乗れないと思ったし、復帰した時には父からもらった名前をつけようと」。母佳美さんに相談し、家族と出直すと決めた。

復帰の一番は、得意の右四つからの寄り切り。力強かった。「一番一番、集中して自分の相撲を取り切れるように、頑張っていきたい」。先は見据えない。1歩ずつ、着実に。その先には、まだまだ、長い土俵人生が待っているはずだ。【佐々木隆史】

■朝乃山出場停止から復帰までの道のり

◆21年5月 夏場所中に日本相撲協会作成の新型コロナウイルスガイドライン違反行為となる、外出禁止期間の度重なる飲食店通いが発覚して途中休場。協会の事情聴取で違反行為を否定するなど虚偽報告をし、師匠の高砂親方が朝乃山の引退届を協会に提出。

◆21年6月 臨時理事会で出場停止6場所と6カ月50%の報酬減額の懲戒処分。今後協会に迷惑をかける行為を行った場合に受理すること、そのことを了承する旨の誓約書を提出することで引退届は八角理事長預かりとなる。また、同時期に祖父が死去。

◆21年8月 父の靖さんが急性心原性肺水腫により64歳で急逝。

◆22年3月 西幕下2枚目に陥落し17年春場所から続いていた関取の座から降りる。春場所を全休。

◆22年5月 夏場所を全休。出場停止が解ける。

■朝乃山の再入幕までの道のり

「番付は生き物」といわれる。自身だけではなく周囲の力士の成績などによって大きく左右される面はあるが、幕内復帰は最速で来年3月の春場所となりそうだ。名古屋場所で7戦全勝優勝なら9月の秋場所で幕下15枚目前後が予想され、番付運に恵まれて15枚目以内となれば7戦全勝で再十両が確実。最短で11月の九州場所で関取復帰に。十両も2場所通過なら来年3月の春場所で幕内復帰となる。

◆十両以上(関取)と幕下以下の差 給与は横綱300万円、大関250万円、三役180万円、平幕140万円、十両110万円で、幕下以下には支払われない。関取は付け人がつき、部屋の外に住むことも自由。稽古では幕下以下は黒まわしだが、関取は白まわし。大銀杏(おおいちょう)を結い、土俵入りで化粧まわしをつけることも可能。場所入り時は車移動だが、幕下以下は原則電車などの公共交通機関での移動。

【イラスト】朝乃山の番付変遷
剛士丸(左)を寄り切りで破る朝乃山(撮影・渦原淳)

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朝乃山が2日目に登場、再出発の1歩を兄弟子も後押し「本人の気持ち次第だけど大丈夫だと思う」

朝乃山(2021年5月21日撮影)

<大相撲名古屋場所>◇初日◇10日◇ドルフィンズアリーナ

大関経験者の西三段目22枚目朝乃山(28=高砂)が2日目の11日に登場する。

初日のこの日、取組が発表され、東三段目22枚目剛士丸との対戦が決まった。6場所出場停止処分明けで、本場所出場は、大関だった昨年5月の夏場所11日目の5月19日以来、実に418日ぶりとなる。

復帰する朝乃山の活躍を、兄弟子も期待している。十両経験者の幕下朝弁慶は「うれしいですね。また強い朝乃山を見るのが楽しみです」と笑みを浮かべる。稽古場では朝乃山が立ち合いの確認をする際、胸を出しているという。朝乃山の当たりについて「化け物じみた強さがある。こっちも全力で胸を出さないと、一気に持っていかれるぐらいの強さがある」。長期休場のブランクが心配されるが「何も心配していない。あとは、本人の気持ち次第だけど、大丈夫だと思う」と後押しする。

富山商高時代の恩師、浦山英樹さん(故人)からもらった「朝乃山英樹」のしこ名の下の名前を、本名の「広暉」に改名するなど強い決意で再起に懸ける朝乃山。まずは白星発進で、再出発の第1歩を踏み出したい。【佐々木隆史】

朝弁慶(2022年3月24日撮影)

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朝乃山、失意どん底で2度の引退相談 支えた高砂親方「何が何でも辞めさせては駄目だと」連載2

22年6月11日、朝稽古中に師匠の高砂親方(右)と話す元大関の朝乃山

<朝乃山 三段目からの再起:再起に向けた1年>

朝乃山(28=高砂)は、失意のどん底にいた。長期の6場所出場停止処分を受けただけではなく、期間中に祖父や父が死去。一時は引退を考えるほど落ち込んだ。その弟子を支えたのが、師匠の高砂親方(40=元関脇朝赤龍)だった。連載第2回は「朝乃山を見守った師匠」。

    ◇    ◇    ◇

朝乃山が復帰する名古屋場所(10日初日、ドルフィンズアリーナ)が間近に迫った。弟子への全幅の信頼は今も変わらない。師匠の高砂親方は「緊張はしているかもしれないけど、楽しみも半分という感じでしょうかね。一番相撲を取れば問題ないでしょう」と優しい声で再起に期待した。

20年11月、部屋付き親方だった高砂親方は、先代高砂親方(元大関朝潮)から高砂部屋を継いだ。翌月に控える先代の日本相撲協会定年のためだった。モンゴル出身でありながら、名門部屋の師匠になった。計り知れない重圧を抱えた。

そんなとき、頼りになったのが当時大関だった朝乃山だった。ある日、弟子を呼び出し、頭を下げた。「伝統のある部屋を一緒に支えて欲しい」。恥などなかった。「自分は外国出身だから、いろいろな人の手助けが必要。朝乃山も『一緒に頑張りましょう』と言ってくれた。感謝です」。その時に交わした言葉は、今もずっと胸の中にある。

高砂親方はこれまでに2度、朝乃山から引退の相談を受けた。1度目は昨年6月で6場所出場停止処分を受けたとき。2度目は同年8月に父靖さんが急逝したときだった。失意のどん底で角界を去ることを持ちかけられた。同親方は「今は辛抱して頑張ろう」と繰り返し説き伏せた。「何が何でも辞めさせては駄目だと思っていた。この1年でつらい時期はたくさんあったけど、土俵に戻りさえすれば、まだまだ活躍できる力士。それに高砂部屋の未来のためにも朝乃山の力は絶対に必要だから」と振り返った。

信頼し、支え続けてきた弟子が、いよいよ本土俵に帰ってくる。長い出場停止期間が明け「ようやくですね。本人はもちろん気合が入ってますよ」と朝乃山の近況を明かす。十両朝乃若や幕下力士らと稽古を重ねるなど調整に余念がない。相撲勘の不安はもちろんあるが、「この1年で精神的に強くもなった。ちょっとやそっとでは崩れないと思う。実力も十分ある。いつも通りに頑張ってもらえればいい」。土俵にあがれば、後はそっと見守るだけだ。【佐々木隆史】

◆朝乃山広暉(あさのやま・ひろき)本名・石橋広暉。1994年(平6)3月1日、富山市生まれ。相撲は小4から始め富山商高3年で十和田大会2位、先代高砂親方(元大関朝潮)、部屋付きの若松親方(元前頭朝乃若)と同じ近大で西日本選手権2度優勝など。16年春場所で三段目最下位格(100枚目)付け出しで初土俵。前頭だった19年夏場所で初優勝し、20年春場所後に新大関に昇進。187センチ、170キロ。

◆朝乃山の再入幕までの道のり 「番付は生き物」と言われるだけに自身だけではなく周囲の力士の成績などによって番付は大きく左右されるが、幕内復帰は最速で来年3月の春場所となりそうだ。名古屋場所で7戦全勝優勝なら9月の秋場所で幕下15枚目前後が予想され、番付運に恵まれて15枚目以内となれば7戦全勝で再十両が確実。最短で11月の九州場所で関取復帰の再十両に。さらに十両も2場所通過なら同年3月の春場所で幕内復帰となる。

<朝乃山の出場停止処分から復帰までの道のり>

▽21年5月 大関だった夏場所中に日本相撲協会作成の新型コロナウイルス対策ガイドライン違反行為となる、外出禁止期間の度重なる飲食店通いが発覚して同場所を途中休場。協会からの事情聴取で違反行為を否定するなどの虚偽報告をし、師匠の高砂親方が朝乃山の引退届を協会に提出。

▽21年6月 臨時理事会で出場停止6場所と6カ月50%の報酬減額の懲戒処分が下る。今後協会に迷惑をかける行為を行った場合に受理すること、そのことを了承する旨の誓約書を提出することで引退届は八角理事長預かりとなる。また、同時期に祖父が死去。

▽21年7月 かど番で迎えた名古屋場所を全休。

▽21年8月 父の靖さんが急性心原性肺水腫により64歳で急逝。

▽21年9月 大関から関脇に陥落。秋場所を全休。

▽21年11月 西前頭10枚目に陥落。九州場所を全休。

▽22年1月 東十両4枚目に陥落。初場所を全休。

▽22年3月 西幕下2枚目に陥落し17年春場所から続いていた関取の座から降りる。春場所を全休。

▽22年5月 西幕下42枚目に陥落。夏場所を全休。出場停止6場所が解ける。

▽22年7月 西三段目22枚目として名古屋場所から復帰。しこ名の下の名前を高校時代の恩師の「英樹」から本名の「広暉」に変更。

◆十両以上(関取)と幕下以下の差 給与は横綱300万円、大関250万円、三役180万円、平幕140万円、十両110万円で、幕下以下には支払われない。給料以外の待遇にも大差がある。関取は付け人がつき、部屋の外に住むことも自由。稽古では幕下以下は黒まわしだが、関取は白まわし。大銀杏(おおいちょう)を結い、土俵入りで化粧まわしをつけることも可能。場所入り時は車移動だが、幕下以下は原則電車などの公共交通機関での移動。

【イラスト】朝乃山の番付変遷

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朝乃山の改心願い、心を鬼に音読させたわび状 処分決定後は部屋が一致団結で支えた1年/連載1

【イラスト】朝乃山の番付変遷

<朝乃山 三段目からの再起:再起に向けた1年>

10日に初日を迎える大相撲名古屋場所(ドルフィンズアリーナ)。2場所連続優勝を狙う横綱照ノ富士、初めてのかど番となる大関御嶽海や2度目の優勝を狙う関脇若隆景など、今場所も熱戦の15日間が期待される。

幕内での熾烈(しれつ)な優勝争いに注目が集まるが、三段目にも注目力士が1人。昨年6月に6場所出場停止処分を受けた大関経験者の朝乃山(28=高砂)が、西三段目22枚目でついに土俵に帰ってくる。多くの相撲ファンも待ちわびた復帰に合わせ「朝乃山 三段目からの再起」と題した連載を展開。第1回は「再起に向けた1年」。

   ◇   ◇   ◇

緊迫した空気の中、朝乃山は高砂部屋関係者の前で読み上げた。「先般よりマスコミ等で報じられています通り、朝乃山のコロナ対策ガイドライン違反により、関係各位、全国の応援してくださる皆様方に多大なるご迷惑ご心配をおかけし、心よりおわび申し上げます。大関という重責を担う立場でありながら、自覚が無い軽率な行動によって大変な騒動を起こしましたこと、部屋の師匠として私の不徳の致すところでございます…」。

21年6月。朝乃山は6場所出場停止処分を受けた。部屋によって作成された後援会関係者向けのわび状。高砂親方(元関脇朝赤龍)名義で書かれた文言を、朝乃山は部屋関係者の前で音読した。改心させるため、心を鬼にした部屋関係者によってあえて読まされたものだった。

入門後、とんとん拍子で大関まで出世。部屋関係者はこれまで朝乃山に対して遠慮があった。しかし、ガイドライン違反が発覚したのを機に、対応を180度変えた。叱責の声を遠慮なくぶつけ、反省を促して1度は突き放した。わび状発送後は「部屋は家族同然。こっちも気付いたことがあれば遠慮なく言うから一緒に頑張って行こう」と朝乃山に声をかけた。その後に出場停止処分が決まると、師匠はもちろん、裏方も一致団結して復帰までを支えてきた。

朝乃山は幕下に陥落した春場所から、他の若い衆同様に掃除やちゃんこ番などの雑用をこなしてきた。同場所の番付発表翌日、誰に言われるまでもなく、ちゃんこ場に立つ姿があったという。稽古後の食事を取る順番も関取時代は早い時間だったが、春場所からは他の若い衆と一緒、もしくはその若い衆の中でも遅めに取ることもあった。「処分が3場所ではなく幕下以下に落ちる6場所でよかったかもしれない。若い衆の気持ちも分かったことでしょう」と高砂部屋に近い関係者。大関経験者と周囲から特別視されることなく、自身も甘える気持ちを捨てて過ごした1年だった。

名古屋場所に向けて、朝乃山は後援会関係者に「相撲を取れる喜びと、どこまで取れるのか不安が入り交じっています。初心に戻り、皆さまに応援して頂ける相撲を取っていきます」などと決意を述べたという。

場所前には富山商高時代の恩師、浦山英樹さん(故人)からもらったしこ名「朝乃山英樹」の下の名前を、父の靖さんから授けてもらった本名の「広暉」に改名。三段目からの復帰は、16年春場所で三段目最下位の100枚目格で初土俵を踏んだだけに、再起をかけるにはこれ以上ない番付となった。これまでの相撲人生を背負い、再出発への1歩を踏み出す。【佐々木隆史】

◆朝乃山広暉(あさのやま・ひろき)本名・石橋広暉。1994年(平6)3月1日、富山市生まれ。相撲は小4から始め富山商高3年で十和田大会2位、先代高砂親方(元大関朝潮)、部屋付きの若松親方(元前頭朝乃若)と同じ近大で西日本選手権2度優勝など。16年春場所で三段目最下位格(100枚目)付け出しで初土俵。前頭だった19年夏場所で初優勝し、20年春場所後に新大関に昇進。187センチ、170キロ。

◆朝乃山の再入幕までの道のり 「番付は生き物」と言われるだけに自身だけではなく周囲の力士の成績などによって番付は大きく左右されるが、幕内復帰は最速で来年3月の春場所となりそうだ。名古屋場所で7戦全勝優勝なら9月の秋場所で幕下15枚目前後が予想され、番付運に恵まれて15枚目以内となれば7戦全勝で再十両が確実。最短で11月の九州場所で関取復帰の再十両に。さらに十両も2場所通過なら同年3月の春場所で幕内復帰となる。

<朝乃山の出場停止処分から復帰までの道のり>

▽21年5月 大関だった夏場所中に日本相撲協会作成の新型コロナウイルス対策ガイドライン違反行為となる、外出禁止期間の度重なる飲食店通いが発覚して同場所を途中休場。協会からの事情聴取で違反行為を否定するなどの虚偽報告をし、師匠の高砂親方が朝乃山の引退届を協会に提出。

▽21年6月 臨時理事会で出場停止6場所と6カ月50%の報酬減額の懲戒処分が下る。今後協会に迷惑をかける行為を行った場合に受理すること、そのことを了承する旨の誓約書を提出することで引退届は八角理事長預かりとなる。また、同時期に祖父が死去。

▽21年7月 かど番で迎えた名古屋場所を全休。

▽21年8月 父の靖さんが急性心原性肺水腫により64歳で急逝。

▽21年9月 大関から関脇に陥落。秋場所を全休。

▽21年11月 西前頭10枚目に陥落。九州場所を全休。

▽22年1月 東十両4枚目に陥落。初場所を全休。

▽22年3月 西幕下2枚目に陥落し17年春場所から続いていた関取の座から降りる。春場所を全休。

▽22年5月 西幕下42枚目に陥落。夏場所を全休。出場停止6場所が解ける。

▽22年7月 西三段目22枚目として名古屋場所から復帰。しこ名の下の名前を高校時代の恩師の「英樹」から本名の「広暉」に変更。

◆十両以上(関取)と幕下以下の差 給与は横綱300万円、大関250万円、三役180万円、平幕140万円、十両110万円で、幕下以下には支払われない。給料以外の待遇にも大差がある。関取は付け人がつき、部屋の外に住むことも自由。稽古では幕下以下は黒まわしだが、関取は白まわし。大銀杏(おおいちょう)を結い、土俵入りで化粧まわしをつけることも可能。場所入り時は車移動だが、幕下以下は原則電車などの公共交通機関での移動。

朝稽古に励む元大関の朝乃山

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琴ノ若2日連続大関撃破、荒れる夏場所の主役に 観客の大きな拍手に「ありがたい。力になる」

正代(右)を突き落としで破る琴ノ若(撮影・菅敏)

<大相撲夏場所>◇2日目◇9日◇東京・両国国技館

角界屈指のサラブレッドが、荒れる夏場所の主役に躍り出る。西前頭2枚目琴ノ若(24=佐渡ケ嶽)が、大関正代を突き落としで破り、2日連続の大関撃破。ここまで2場所連続2桁勝利を挙げて優勝争いを経験するなど、期待の若手が頭角を現してきた。

2日目にして早くも三役以上に土が付き、初日から2連勝は平幕9人のみとなった。

   ◇   ◇   ◇

祖父譲り、いや、父親譲りか。取組を終えた琴ノ若は、毅然(きぜん)とした態度で一番を振り返った。「俵の上に片足が残ったイメージがあった。勝ったとは思っていなかった。もう一丁あると思って土俵に戻りました」。連日の大関撃破にも笑みは見せず、静かな口調だった。

下から低く当たった立ち合い。はじいて正代に差しを許さず、その後も差しを狙う相手をいなして横に動いてかわした。それでも右を差されたが我慢。何とかほどいていなそうとしたが、また体を寄せられた。土俵際へ後退。それでも右足一本で俵の上に残りながら、左に突き落とした。軍配は琴ノ若。ほぼ同時に土俵を割る形となったが、物言いは付かず。「ポイント、ポイントで冷静に取れたと思う」と焦りはなかった。

祖父に元横綱琴桜、父に師匠の佐渡ケ嶽親方(元関脇琴ノ若)を持つ期待のホープ。角界入りは必然で、祖父や父と同じく幕内の土俵で満員の観客を沸かせることを夢見てきた。しかし、新入幕だった20年春場所は、新型コロナ感染拡大の影響で史上初の無観客開催。その後も、観客数は通常開催の50%などに制限されてきたが、今場所からは約87%の9265人に緩和。7月の名古屋場所からは通常開催となる。「やっぱり拍手がいつもより大きい。ありがたい。力になる」と連日、気合が入る。

2場所連続で優勝争いを経験するなど、実力と自信を着々とつけている。3日目は大関御嶽海と対戦。初日から3日連続大関撃破となれば、平幕としては昭和以降4人目となる。2日目にして早くも、連勝発進は平幕だけと荒れ模様の今場所。「先のことは考えずにきっちりと白星を重ねていきたい」と優勝争いはまだまだ意識しないが、今場所も中心の1人になる。【佐々木隆史】

琴ノ若(右)は正代を突き落としで破る(撮影・小沢裕)

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照ノ富士が横綱昇進後、初の黒星発進「あのあたりが休場明けということ」八角理事長が指摘

大栄翔(左)は照ノ富士を押し出しで破る(撮影・小沢裕)

<大相撲夏場所>◇初日◇8日◇東京・両国国技館

春場所を途中休場した横綱照ノ富士(30=伊勢ケ浜)が、横綱昇進後初めて黒星発進した。押し出しで敗れ、小結大栄翔には2場所連続で黒星。土俵際で粘ることができず、春場所で負傷した左膝や右かかとの状態が不安視される結果となった。2日目は先場所優勝同点と勢いに乗る平幕の高安と対戦する。横綱、大関陣で白星を挙げたのは御嶽海だけと、荒れる初日となった。

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照ノ富士は、いつもの力強さを見せることができなかった。立ち合いは強く当たったが踏み込みが甘く、大栄翔にあっさりと上体を起こされた。右を差したが抵抗むなしく、体を寄せられてじりじりと土俵際へ。追い込まれても粘りを見せられず、力なく押し出された。昨年7月の名古屋場所後に横綱に昇進して以降、初めての初日黒星。取組後はオンライン取材に応じず、無言で会場を後にした。

春場所を左膝と右かかとの負傷で6日目から途中休場した。春場所後には三重・伊勢神宮で土俵入りを行い、夏場所番付発表前の4月中旬に行われた関取衆らによる合同稽古には自ら希望して参加。その後も、部屋では平幕の宝富士や照強らとの稽古で調整してきた。師匠の伊勢ケ浜親方(元横綱旭富士)は取組編成会議が行われた6日には「相撲は取れる状態になった」などと説明。準備を整えてきたつもりだったが結果を出せなかった。

横綱昇進後では、春場所で初の途中休場、この日は初の初日黒星。八角理事長(元横綱北勝海)は、立ち合いから後退した場面について「残れる感覚だったと思うが、あのあたりが休場明けということだ」とその難しさを口にした。幕内後半戦の伊勢ケ浜審判長は「ちょっと高くてすぐに押し込まれた。前かがみにならないとまわしには手が届かない」と本来の相撲ではなかったとした。

照ノ富士はこれまでも、ケガと戦いながら土俵に上がってきた。不屈の精神で結果を出してきた。勝負はここから。2日目は馬力のある高安と対戦。直近では4連勝中も、春場所では優勝同点の難敵だ。明日こそ、本来の姿を見せる。【佐々木隆史】

照ノ富士(後方)は大栄翔に押し出しで敗れる(撮影・足立雅史)
照ノ富士は大栄翔に押し出しで敗れ首をかしげる(撮影・足立雅史)

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