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力士全員に新型コロナ抗体検査、17日から開始

芝田山広報部長(20年2月11日撮影)

日本相撲協会の芝田山広報部長(元横綱大乃国)は10日、力士全員に実施予定の新型コロナウイルス感染歴などを調べる抗体検査を17日から開始すると明らかにした。

同検査は7月場所開催への活用のために5月から6月にかけて行われ、力士や親方ら協会員約900人のうち5人に抗体が見つかった。10日から秋場所(9月13日初日・両国国技館)に向けて稽古を再開する部屋も多く、芝田山部長は「自分自身に緊急事態宣言を出すくらいに日々を送らないと」と予防の徹底を促した。(共同)

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78歳グレート小鹿が9月防衛戦「暴れ回るからな」

防衛戦再開が決まったグレート小鹿(左端)

新潟プロレスは10日、1月以降、新型コロナウイルス感染症のため中断していたプロレス大会を9月12日より再開すると発表。

新潟タッグ王者で世界最年長ベルト保持者のグレート小鹿(大日本)が、78歳になって初の防衛戦を9月13日、新潟市東区プラザ大会で行うことが決定した。9月12日には、新潟無差別級選手権が同市のサントピアガーデンで行われ、王者河上隆一(大日本)に、ビッグ・THE・良寛(新潟)が挑戦する。シマ重野(新潟)と中断前の1月に5度目の防衛を果たした小鹿は、6度目の防衛戦を前に「コロナで大変な思いをしたが、ボクは、それをいい方向に考えている。コロナのおかげで、ギネス記録認定を目指す最年長防衛記録が1歳伸びたからね。新潟プロレスも大日本プロレスもコロナには負けない。ボクも、どんどん防衛記録を伸ばして、リングの上で暴れ回るからな。ワッハッハ」と意気盛んだった。

防衛戦再開が決まったグレート小鹿(左端)
防衛戦再開が決まったグレート小鹿(左端)

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朝倉海TKOで新王者「作戦通り」堀口との再戦熱望

朝倉海対扇久保博正 1回TKO勝ちしベルトを巻き笑顔で引き揚げる新王者の朝倉海(撮影・江口和貴)

<RIZIN23>◇10日◇横浜ぴあアリーナMM

第3代RIZINバンタム級王者決定戦が行われ、朝倉海(26)が扇久保博正(33)を1回4分31秒TKOで下し、新王者となった。

狙い通りの勝利だった。「下を向く癖があるので狙っていた」と扇久保の顎に右アッパーをさく裂。ふらつく相手をコーナーに追い込み、左膝をたたき込んで、グラウンド勝負へ。マウントポジションを取り、パウンドを連打し、逃げる扇久保に強烈なサッカーボールキックを2発。レフェリーストップで勝負を決めた。「効いたら一気にたたみかけようと思っていたので、作戦通り」。打撃の強さをみせつけ、悲願のベルトをつかんだ。

昨年は8月のRIZIN18大会でRIZIN、ベラトール2団体のバンタム級王者堀口恭司に1回KO勝ち。大金星で、一気に名を高めた。その後、堀口が膝のけがのため11月にRIZINバンタム級のベルトを返上。大みそかにマネル・ケイプとそのベルトをかけて戦ったが2回TKOで敗退した。

「本当に悔しくて、必死に練習してきました」。年明けから新たにパーソナルトレーナーのもとでパワーを強化。兄未来との練習時間も増やし、一から技術を見直した。コロナ禍で試合ができない間にケイプがベルトを返上し、再び舞い込んだ2度目のチャンス。「負けたら終わり」と自分を追い込み、ものにした。

王者となっても慢心はない。「まだまだ力不足の部分がある。世界のトップ選手と戦えるようになりたい」と名実兼ねた格闘界の頂点を目指す。対戦したい相手として長期欠場中の堀口の名を挙げ、「お互い万全の状態になってから戦いたい。年末にできたら1番いい」と大みそかの大舞台での再戦を希望した。

昨年からは世界の舞台での戦いを見据え、英会話教室にも通い始めた。兄未来とそれぞれ取り組むYouTuberとしての活動も怠らない。「今日か明日、胸のところに穴の空いた服を着て、原宿を歩く動画が出るはずです」。新時代を象徴する格闘家、朝倉海の成功物語は、まだ始まったばかりだ。

朝倉海対扇久保博正 1回、扇久保(右)にパンチを見舞う朝倉海(撮影・江口和貴)
朝倉海対扇久保博正 1回、扇久保(右)にパンチを見舞う膝蹴りする朝倉海(撮影・江口和貴)
朝倉海対扇久保博正 1回TKO勝ちしベルトを巻き笑顔を見せる新王者の朝倉海(撮影・江口和貴)

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RIZIN、2月以来の開催も観客数は予定に届かず

RIZIN22が開催された、ぴあアリーナMM(撮影・河田真司)

<RIZIN22>◇9日◇横浜ぴあアリーナMM

新型コロナの影響で2月以来の大会開催となった。

来場者の検温や換気など入念な感染予防に努めたが、観客は予定していた5000人に届かず、2805人と少なかった。榊原実行委員長は「ファンやスポンサーで『今回はちょっと』という方が多かった。当初はソールドアウトの予定だったのですが…」と厳しい状況を明かした。ただ「選手たちが非常に熱のある試合を届けてくれた」と内容には満足げだった。

高田延彦の掛け声でスタートするRIZIN22(撮影・河田真司)

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悲報乗り越え復活勝利、江幡塁が口にした最澄の言葉

植山に勝利した江幡塁は、親友の故三浦春馬さんへの思いを語る(撮影・河田真司)

<RIZIN22>◇9日◇横浜ぴあアリーナMM

キックボクサー江幡塁(29)が、7月18日に亡くなった親友三浦春馬さんに白星をささげた。RIZINキックルールで植山征紀(24)と対戦し、激しい打ち合いの末、3-0で判定勝ち。三浦さんを思いながら臨んだ昨年大みそか以来約7カ月ぶりの試合で、復活勝利を果たした。

   ◇   ◇   ◇

親友三浦春馬さんがこの世を去ってから3週間。悲しみを乗り越えた江幡が勝利を手にした。勝負は最終3回。序盤に右ストレートでダウンを奪い、直後に激しいパンチの攻防で流血した。両者流血のためいったん試合は中断したが、再開後も最後まで激しく打ち合い、判定勝利を引き寄せた。

リングでマイクを持つと、三浦さんについて自ら語った。「僕が茨城で小さい頃から夢を語ってきた親友がなくなりました。本当につらくて、つらくて、目の前が見えないぐらい、つらくて…。でも僕の生き様はリングで見せるしかない。どんなにつらいことがあってもリングで、メッセージを送りつづけます。僕はこのリングに立てたことを感謝します」。三浦さん、兄睦と誓った「格闘技で輝く」という夢のため、力強く歩き出した。

三浦さんとは地元茨城・土浦市の小学校で知り合って以来の親友。昨年大みそかのRIZIN那須川天心戦では一緒に花道を歩き、セコンドにもついてくれた。那須川に敗れて以来の復帰戦となる8月の試合に向け調整していた時に届いたまさかの訃報。ショックで「パニック状態だった」。数日練習ができない状態が続いたが「僕は格闘家なので戦わないとと思った」。兄睦、ジムの仲間の励ましに支えられ、再び練習を再開。この日を迎えた。

“一燈照隅万燈遍照(いっとうしょうぐうまんとうへんしょう)”という天台宗の開祖、最澄が説いたとされる言葉をリングで口にした。「1人で頑張っていても隅っこしか照らせないけど、おのおのが隅っこでもいいから輝いて、それが集まったら国をも照らす大きな光になる」。親友の死と向き合った自分だけではなく、コロナ禍と戦う人々を思い、前を向こうと呼びかけた。【高場泉穂】

◆江幡塁(えばた・るい)1991年(平3)1月10日、茨城県土浦市生まれ。小4で空手を始め、中1でキックボクシングに転向。07年9月、新日本キックボクシング協会の試合で双子の兄睦とともにプロデビュー。これまで日本バンタム級王者、KING OF KNOCK OUT初代王者に輝き、現在はWKBA世界スーパーバンタム級ベルトを保持する。165センチ、56キロ。

江幡塁対植山征紀 2回、植山(左)に強烈なキックを見舞う江幡塁(撮影・河田真司)  
リングに向かう江幡塁(撮影・河田真司)

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東京で有観客のボクシング興行開催、806人が来場

試合終了後、観客の握手を浴びた佐宗(右)と高田は健闘を称え合った。

コロナ禍による緊急事態宣言解除後、東京都内で初めて観客を入れたプロボクシング興行「GENKOTSU7」(主催=立川ボクシング推進実行委員会、主管=石川ボクシングジム立川)が9日、立川市のアリーナ立川立飛で開催され、約3000人収容の会場に806人が来場した。

観客はマスクを着用し、検温と手指の消毒をして入場。観客同士の密を避けるため、客席はソーシャルディスタンスが保たれ、アルコール類の持ち込み禁止はもちろん、場内でも販売を行わなかった。一方、試合も恒例の選手への花束贈呈はなく、試合ごとにロープとコーナーポストの消毒が行われるなど徹底した予防策が講じられた。

全6試合が行われ、メインイベントの日本ミニマム級3位佐宗緋月(T&T)と高田勇仁(ライオンズ)の8回戦は、2回に高田が佐宗からダウンを奪ったが、後半は佐宗が挽回してドローに終わった。

コロナ禍による緊急事態宣言解除後、国内でのプロボクシング興行は7月17日に無観客で再開され、同19日に沖縄県で初めて約350人の観客を入れて行われていた。

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阿炎、引退寸止め 再犯即処分の誓約書など条件科す

阿炎(2020年7月24日撮影)

日本相撲協会は6日、東京・両国国技館で理事会を開き、新型コロナウイルス禍の中でキャバクラに出入りするなどして引退届を提出していた幕内阿炎(26=錣山)について、引退届を受理せず、出場停止3場所と5カ月の報酬減額50%の処分を決めた。引退届については、再び問題を起こした場合に受理することや、それを了承する誓約書の提出、住居を錣山部屋に移すことを条件として、預かりのままとする極めて異例の処分。引退の意向を固めていたという阿炎は「戻りたい気持ちがある」などと話したという。

  ◇   ◇   ◇  

阿炎のコロナ禍でのキャバクラ通いに端を発した引退届は、受理されなかった。力士生命は、土俵際で救われた。5月には、新型コロナウイルスに感染した三段目力士の勝武士さんが28歳の若さで死去している。不要不急の外出自粛が求められていた7月場所中の愚行。師匠の錣山親方(元関脇寺尾)を通じて同場所14日目の1日に引退届を提出していた。関係者によると阿炎は角界を去る決意を固めていたが、協会は受理しなかった。<1>今後、程度を問わずに協会に迷惑をかける行為を行ったら受理<2>そのことを了承する誓約書の提出<3>住居を錣山部屋に移すという条件をつけた。

理事会ではまず、引退届を受理するかどうかの話し合いが行われたという。「感染症を軽く考えている。残す余地はない」という意見もあれば「何とか処分を重くして残す方法はないか」という声もあった。八角理事長(元横綱北勝海)が意見をまとめ、多数決(票数は非公表)で未受理が決定。温情も働き、引退届を協会が預かったままという異例の形となった。

コンプライアンス委員会の調査に阿炎は、7月場所前と場所中に4度キャバクラに出入りしたが、そのうち1度は行っていないとうそをついた。同行した幕下の極芯道には、口裏合わせを働き掛けていた。過去にも軽率な言動があった。昨年11月に会員制交流サイト(SNS)への不謹慎な動画投稿、今年2月の日本相撲協会研修会後には不適切な発言。いずれも厳重注意を受けている。理事会に呼び出され、あらためて事情を聴かれた阿炎は「戻りたい気持ちはある。やったことに責任を感じている」と謝罪したという。

引退はせず、角界に残ることとなったが、いばらの道は続く。3場所出場停止で幕下への陥落が濃厚。6月に結婚したばかりだが、幕下に落ちれば無給で、しばらくは愛妻と離れ、錣山部屋での生活が続き、行動も厳しく制限される。長い手足を生かした突き押しを武器に三役も経験。ユーモアあふれるキャラクターで人気もあり、将来有望な力士だが、最後通告を突き付けられた形。とにかく、相撲だけに向き合い再起を期すしかない。

◆阿炎政虎(あび・まさとら)本名は堀切洸助。1994年(平6)5月4日、埼玉・越谷市生まれ。千葉・流山南高から錣山部屋へ。13年夏場所初土俵。15年春場所新十両。18年初場所新入幕。19年名古屋場所新小結。最高位は東小結。敢闘賞2回。金星2個。通算成績は260勝202敗8休。得意は突き、押し。6月に結婚を表明。188センチ、150キロ。

◆日本相撲協会の処分 賞罰規定の第3章「懲戒」に定められている(イラスト参照)。近年の解雇は15年10月、マネジャーの男性を暴行して傷害罪で起訴された熊ケ谷親方(元十両金親)。業務停止は処分期間中、弟子の指導もできない。旧規定で最も重い除名は、公益財団法人移行後の現行規定からなくなった。暴力禁止規定による処分でも同じ7項目が定められている。

相撲協会の懲戒処分

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キャバクラ通い阿炎が引退届 6日理事会で処分決定

阿炎(2020年7月24日撮影)

大相撲の幕内力士、阿炎(26=錣山)が日本相撲協会に引退届を提出していたことが4日、分かった。

阿炎は不要不急の外出自粛を求められている中、7月場所中にキャバクラに出入りしていたことが発覚。師匠の錣山親方(元関脇寺尾)の判断で、7日目から休場していた。日本相撲協会は6日の理事会で処分などについて検討するため、阿炎の引退届は現時点で受理されていない。

  ◇  ◇  ◇

阿炎が師匠の錣山親方を通じて、4日までに引退届を提出していた。日本相撲協会は受理していないため、引退が決まったわけではない。6日に理事会が開かれ、処分が決まる見通し。受理されるか否かについても、議論の対象になる可能性がある。

幕内力士として責任を痛感したからこその判断に至ったとみられる。阿炎は7月場所7日目(7月25日)から突然休場した。同日、NHK大相撲中継の解説を務めた師匠の錣山親方が「数人のお客様と会食に行ったため、大事を取り休場することになった」と説明。「自業自得というか、本人がコロナにかかるのは自分の責任。協会員が一丸となり、お客さんを入れて開催するのに最低のこと」と厳しく指摘していた。

その翌日、芝田山広報部長(元横綱大乃国)は会食場所について「小池都知事が言う夜の店」とし、回数についても「場所前と場所中と2回」と明かした。阿炎とは別の部屋に所属する幕下以下の力士も同席していた。関係者によると、「夜の店」は、キャバクラであることも判明していた。

日本相撲協会は観客を入れて7月場所を開催するにあたり、独自のガイドラインを作成。「基本的に外出自粛とし、不要不急の外出をしない」などルールを定めて、全協会員に周知していた。新型コロナウイルスの感染防止に向け、一丸となっていただけに、芝田山広報部長は「情状酌量の余地もない」と断言するなど、協会内には怒りの声が上がっていた。

阿炎とキャバクラに同行していた幕下以下の力士はすでに協会に進退伺を提出している。協会の力士ら協会員への処分は軽い順にけん責、報酬減額、出場停止、業務停止、降格、引退勧告、解雇の7項目。阿炎は師匠と話し合った末の引退届提出とみられ、処分内容にかかわらず角界を去る可能性が高いという。

◆阿炎政虎(あび・まさとら)本名は堀切洸助。1994年(平6)5月4日、埼玉・越谷市生まれ。小4から3年連続でわんぱく相撲全国大会出場。大相模中3年時に全国中学3位。千葉・流山南高3年時に高校総体16強。卒業後の13年夏場所に錣山部屋から初土俵。15年春場所に新十両、18年初場所で新入幕。19年名古屋場所で新小結に昇進。金星2個、敢闘賞2回。188センチ、150キロ。得意は突き・押し。

◆阿炎の不適切行動と発言 昨年11月に十両若元春の手足をテープで縛った動画を自身のインスタグラムに投稿。“悪ふざけ”動画はSNSで拡散され、ネット上で「暴力を連想させる」など批判を浴びた。協会から口頭で厳重注意を受け、反省文を提出。さらに今年2月の全協会員を対象とした研修会終了後、会場を引き揚げる際に報道陣の取材に対して「爆睡していた」「寝ていたので何も聞いていない」と発言。翌日に師匠と協会を訪れて謝罪し、鏡山コンプライアンス部長から厳重注意を受けた。

◆新型コロナウイルスに対する角界のこれまでの主な動き

▼4月3日 日本相撲協会が臨時理事会を開き、夏場所と名古屋場所の2週間延期を決議。

▼同7日 政府が緊急事態宣言発令。

▼同10日 角界では初となる、三段目力士の勝武士さんの新型コロナウイルス感染が判明。

▼同25日 高田川親方(元関脇安芸乃島)、十両白鷹山ら6人の新型コロナ感染を発表。

▼同30日 高田川親方、白鷹山ら6人の退院を公表。

▼5月4日 政府が緊急事態宣言を延長。夏場所の中止が決定。

▼同13日 勝武士さんが新型コロナ感染による多臓器不全で28歳の若さで死去。

▼同25日 政府が緊急事態宣言を全面解除。

▼7月6日 希望者に行った抗体検査の結果、5人から抗体が見つかったと発表。芝田山広報部長はウイルス陽性者なしの見解。

▼同13日 相撲協会は臨時理事会を開き、7月場所の開催を正式決定。1日あたりの観客数の上限を約2500人に設定。

▼同25日 阿炎が7月場所7日目から突然休場。錣山親方は「数人のお客様と会食に行ったため。大事を取り休場することになった」と説明。

▼同27日 田子ノ浦親方が夜に外出して泥酔し、鏡山危機管理部長から厳重注意を受ける。

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RIZIN朝倉海、公開練習「いよいよ来たなと」

10日のRIZIN23大会に向け、練習を公開した朝倉海(RIZINFF提供)

格闘技イベントRIZIN23大会(8月10日、ぴあアリーナMM)に参戦する朝倉海(26)が4日、YouTube上で練習を生公開した。キレのあるシャドーを披露し、扇久保博正(33)とのバンタム級王座決定戦に向け、調子は万全。「いよいよ来たなという感じ。調整もうまくいって完全に仕上がったので、楽しみ」と自信をみせた。

昨年は大きな浮き沈みを経験した。8月のRIZIN18大会でRIZIN、ベラトール2団体のバンタム級王者堀口恭司に1回KO勝ち。大金星で一気に名を高めた。その堀口が膝のけがのため11月にRIZINバンタム級のベルトを返上。そのベルトをかけ、大みそかにマネル・ケイプと王座をかけて戦ったが2回TKOで敗れた。コロナ禍で試合ができないこの約7カ月間は一から自分の技術を見直してきた。「負けた状態で終わっている。そこから弱いところを見つめ直し、成長して強くなった。その進化した部分を見てほしい」。新たな姿で2度目のベルト戴冠のチャンスをつかむつもりだ。

格闘技の試合ができなかったこの数か月間は、兄未来(みくる)とともに人気YouTuberとして、エキシビションマッチやスパーリングを行ってきた。だが、格闘家として真の表現の場はやはりリング。「期待してくれている分、面白い試合を見せたいという思いが強い。僕の本気の戦いはRIZINの試合で見せる。本気の試合を楽しみにしていてください」と予告した。

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相撲協会が制限通達「夜の接待、2次会、大皿」ダメ

幕尻優勝を果たし、八角理事長(右)から賜杯を受け取る照ノ富士(撮影・河田真司) 

日本相撲協会が協会員に対して「外出の際の徹底事項」を1日付の文書で通達していたことが2日、分かった。

八角理事長(元横綱北勝海)名での通達では「『夜の接待を伴う店』への入店は禁止」「2次会は禁止」「大皿は頼まない」などの項目が盛り込まれた。7月場所中には平幕の阿炎のキャバクラ通い発覚や、田子ノ浦親方(元前頭隆の鶴)の泥酔写真がネット上に拡散されるなどの問題が起こった。芝田山広報部長(元横綱大乃国)によると、場所後は師匠の許可次第で外出可能とした。また、2週間後に全力士を対象に新型コロナの抗体検査実施を明らかにした。

あらゆる感染予防策が敷かれる中、感染者0で7月場所は幕を閉じた。協会は観客数の上限を1日約2500人に設定し、来場者にマスク着用や声援自粛を求めた。力士には支度部屋で準備運動をする際にマスク着用を義務づけるなどした。八角理事長は「力士も頑張って、協会員も(約束を)守ってくれた。内容は、横綱、大関が休場して申し訳ないが、頑張ってくれた力士がいた。お客さんには本当に拍手(の応援)で後押ししてもらった」などと振り返った。外出が可能となった以上、1人1人のさらに強い自覚が求められる。

八角理事長(手前)(20年7月19日)

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八角理事長振り返り、力士らが約束「守ってくれた」

幕尻優勝を果たし、八角理事長(右)から賜杯を受け取る照ノ富士(撮影・河田真司) 

<大相撲7月場所>◇千秋楽◇2日◇東京・両国国技館

14場所ぶりに幕内復帰した大関経験者の東前頭17枚目照ノ富士(28=伊勢ケ浜)が、5年ぶり2度目の優勝を果たした。

関脇御嶽海を寄り切って13勝目。ともえ戦に持ち込まず、本割で決めた。優勝は15年夏場所以来。30場所ぶりの優勝は史上2番目のブランクで、大関経験者が関脇以下で優勝するのは昭和以降2人目。両膝の負傷や内臓疾患に苦しみ序二段まで番付を落とした男が、大相撲史に残る復活劇を成し遂げた。

   ◇   ◇   ◇

コロナ禍で開催された異例の場所が幕を閉じた。無観客開催の春場所以来、4カ月ぶりに開催した7月場所。日本相撲協会はガイドラインに沿って、観客数の上限を1日約2500人に設定し、来場者にマスク着用や声援自粛を求めた。力士には支度部屋で準備運動をする際にマスクの着用を義務づけ、座る場所もアクリル板で仕切るなどした。千秋楽終了時点で協会員の新型コロナ感染者は0。八角理事長(元横綱北勝海)は「力士も頑張って、協会員も(約束を)守ってくれた。内容は、横綱、大関が休場して申し訳ないが、頑張ってくれた力士がいた。お客さんには本当に拍手(の応援)で後押ししてもらった」などと振り返った。

芝田山広報部長(元横綱大乃国)によると、今場所後には新弟子勧誘や帰省などの外出は師匠の許可次第とする一方、新たなガイドラインを設けて制約を設けるという。また、2週間後には力士全員に、新型コロナの抗体検査を受けさせることも明かした。政府の緊急事態宣言が再び出れば「場所の開催は難しい状況になる」と話し、開催の方向性については「模索」と表現。当面は1場所ごとに開催か否かが最重要事項となる。

御嶽海を破り土俵下で天を仰ぐ照ノ富士(右)と、優勝を逃し静かに目を閉じる正代(撮影・河田真司)  

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復活V照ノ富士「恩返し」引退慰留の師匠から優勝旗

幕尻優勝を果たし、八角理事長(右)から賜杯を受け取る照ノ富士(撮影・河田真司) 

<大相撲7月場所>◇千秋楽◇2日◇東京・両国国技館

14場所ぶりに幕内復帰した大関経験者の東前頭17枚目照ノ富士(28=伊勢ケ浜)が、5年ぶり2度目の優勝を果たした。

関脇御嶽海を寄り切って13勝目。ともえ戦に持ち込まず、本割で決めた。優勝は15年夏場所以来。30場所ぶりの優勝は史上2番目のブランクで、大関経験者が関脇以下で優勝するのは昭和以降2人目。両膝の負傷や内臓疾患に苦しみ序二段まで番付を落とした男が、大相撲史に残る復活劇を成し遂げた。

   ◇   ◇   ◇

優勝を決めて土俵下に下りると、照ノ富士は30場所前の自身の優勝額を見上げた。「いつもあと何場所で写真がなくなるか考えていた。なくなる前に、もう1つ飾りたかった」。国技館の優勝額は直近の優勝力士32人。大相撲ファンが忘れないような、記録ずくめの優勝でつないだ。

混戦模様を振り払うように、本割1発で決めた。御嶽海に敗れれば、ともえ戦に突入。「やってきたことを信じてやるだけだと思った」。立ち合い当たってすかさず両上手を取ると、引きつけて一直線。勝って涙ぐむことも、笑みを浮かべることもない。「うれしくて何がなんなのか分からなかった。いろんなことが頭に浮かんで、落ち着いてこらえた」。23歳の初優勝時は支度部屋で涙。感情を整理して優勝の実感に浸った。

1897日前の初優勝とは、歓喜の味が違った。「イケイケのときに優勝してる。今は慎重に、1つのことに集中してやってきた。それが違う」。15年の大関昇進後は、けがと病気との闘いだった。両膝の負傷に加えて、C型肝炎、糖尿病なども患い、移動の際は人の手が必須。トイレに行くのさえ容易ではなかった。幕下陥落が決定した18年6月に両膝を手術。右膝は前十字靱帯(じんたい)が、左膝は半月板がなくなった。

17年の大関陥落後、師匠の伊勢ケ浜親方(元横綱旭富士)には何度も引退を申し出たが、認められなかった。「必ず幕内に戻れる」と粘り強い説得を受け、照ノ富士も「もう1度新弟子になろう」と決意。大好きな酒を断ち、幕下以下が締める黒の稽古まわしで再出発した。

表彰式で引退を慰留してくれた師匠から優勝旗を手渡された。「みんなが支えてくれて、恩返しがしたかった。こうやって笑える日がきてうれしい。こういう時期だから、みんなに勇気と我慢を伝えたいと思って一生懸命やった」。4カ月ぶりに再開した本場所。心身を見つめ直したかつての横綱候補が、コロナ禍で暗雲が垂れ込める世の中を明るく照らした。【佐藤礼征】

◆照ノ富士春雄(てるのふじ・はるお)本名・ガントルガ・ガンエルデネ。1991年11月29日、モンゴル・ウランバートル市生まれ。18歳で逸ノ城らと一緒に来日し、鳥取城北高に留学して相撲を始める。3年時に中退して間垣部屋に入門。しこ名「若三勝」として11年技量審査場所で初土俵。13年春場所後に伊勢ケ浜部屋に転籍。同年秋が新十両昇進で「照ノ富士」に改名。14年春場所が新入幕。関脇だった15年夏場所で初優勝を果たし、場所後に大関昇進。17年秋場所に大関陥落。5場所連続休場して19年春場所に西序二段48枚目で本場所に復帰。192センチ、180キロ。血液型はO。家族は両親と姉、妹。得意は右四つ、寄り。愛称は「ガナ」。

▽八角理事長(元横綱北勝海)「照ノ富士はよく戻ってきた。戻ってすぐの優勝だから素晴らしい。こんなに早く優勝できるとは、本人も思っていなかっただろう。やっぱり、いろいろ経験してきた元大関だ。緊張感の中、気持ちで相撲を取っていた。ただ、まだ膝をかばっている感じで不安もあるだろう。来場所は難しいものがあるのでは」

▽照強(照ノ富士に前日)「明日頑張って下さい」と言ったら「ありがとう」と。優勝してもらって気持ちよく祝いたい。

引退を引き留めた師匠の伊勢ケ浜親方から優勝旗を受けとる照ノ富士(撮影・鈴木正人)

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照ノ富士が朝乃山を撃破、出稽古独占で磨いた右四つ

朝乃山を破り、懸賞金の束を手にする照ノ富士(撮影・河田真司)

<大相撲7月場所>◇13日目◇31日◇東京・両国国技館

東前頭17枚目照ノ富士(28=伊勢ケ浜)が、新旧大関対決を制して単独トップに立った。

新大関朝乃山との1敗同士の一番を、右四つから力で寄り切った。14日目に関脇正代を破り、朝乃山が前頭照強に敗れれば、30場所ぶり2度目の優勝が決まる。序二段から史上初の幕内復帰を果たし、幕尻で迎えた今場所。大関経験者が関脇以下で優勝すれば、昭和以降2人目の快挙となる。朝乃山は2敗目で1歩後退。3敗の正代、御嶽海の両関脇も優勝の可能性を残した。

   ◇   ◇   ◇

大関経験者の照ノ富士が、相四つの新大関を力でねじ伏せた。左上手に手がかかったのは、朝乃山とほぼ同時。「(今場所の朝乃山は)大関なので強い相撲を見せているから、自分のかたちに持っていってやろうと」。相手の絶対的な左上手を切ると、右でかいなを返し、怪力で左上手を引きつけた。朝乃山を寄り切ると、土俵上でふーっと一つ息を吐く。「まだ2日あるので」。単独トップに立っても、浮足立つことはなかった。

関取に返り咲いた1月以降、朝乃山を絶好の稽古相手としていた。時津風部屋に出稽古した際は、申し合いで朝乃山を積極的に指名。初場所前の稽古では朝乃山を独占するあまり、稽古を見守っていた安治川親方(元関脇安美錦)から注意を受けることもあった。「(稽古では)右四つで組んで力を出してくれる相手がいなかった。いい稽古相手になると思ってやっていた」と照ノ富士。当時関脇だった朝乃山を“踏み台”に、右四つの感覚を磨いた。

初優勝は5年前。当時の優勝は初土俵から所要25場所で、年6場所制となった1958年(昭33)以降では貴花田、朝青龍に続き歴代3位となるスピード記録。その場所後には大関昇進を決めるなど“次期横綱”の呼び声は高かった。しかし、昇進後は地獄が待っていた。

両膝のけがに加えて、糖尿病や肝炎にも苦しみ、17年秋場所で大関から陥落。「大関から落ちて親方に何回も『やめさせてください』って言いに行った」と気持ちは切れかけたが、師匠の伊勢ケ浜親方(元横綱旭富士)に引退を慰留された。「『とりあえずは治してから話をしよう』と。相撲から1度離れて、自分の体と向き合った。今の事実を受け入れて、それでやりきろうと思った」。1年以上かけて、土俵に戻る決心を固めた。

記録ずくめの優勝は、14日目にも決まる。大関経験者が関脇以下で優勝すれば1976年秋場所の魁傑以来で、昭和以降2人目。前回優勝した15年夏場所との間隔は30場所と約5年で、史上2位のブランク優勝となる。残り2日へ「やってきたことを信じてやるだけ」。コロナ禍の世の中に希望を与えるような復活劇が、実現しようとしている。【佐藤礼征】

▽幕内後半戦の伊勢ケ浜審判部長(元横綱旭富士) 上手は朝乃山の方が早かった。上背の差が出た。がっぷり組むときついよね。朝乃山は少し突き落とし気味の投げにいったのが良くなかった。照ノ富士は辛抱したから前に出られた。(師匠として)「ここまできたら無理しないように」と常に言っている。

<照ノ富士の激動の相撲人生アラカルト>

▽11年5月 間垣部屋に入門して初土俵を踏む。

▽13年3月 間垣部屋が閉鎖され、伊勢ケ浜部屋に移籍。

▽13年9月 新十両場所の秋場所で優勝。3場所で十両を通過して新入幕昇進。

▽15年5月 関脇の夏場所で12勝3敗で初優勝。場所後に大関昇進を果たす。

▽15年9月 秋場所中に右膝を負傷。場所後に「前十字靱帯損傷、外側半月板損傷」で全治1カ月と診断される。

▽17年3月 春場所で千秋楽までトップも、稀勢の里に本割、優勝決定戦で敗れ優勝を逃す。

▽17年9月 2場所連続負け越しで大関陥落。

▽18年5月 十両まで番付を落とし、この夏場所から6場所連続休場。

▽19年3月 本場所復帰。7戦全勝で序二段優勝。

▽19年11月 幕下上位で7戦全勝。場所後、再十両昇進。

▽20年1月 13勝2敗で十両優勝。

▽20年3月 東十両3枚目で10勝5敗。場所後に再入幕を決める。

朝乃山(左)を寄り切りで破る照ノ富士(撮影・河田真司)

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白井・具志堅ジム有終飾れず、敗れた中林「感謝」

白井・具志堅ジム最後の試合に臨んだ中林

<プロボクシング:東日本新人王予選>◇30日◇東京・後楽園ホール

コロナ禍により開催が延期されていた、プロボクシングの東日本新人王予選が30日、東京・後楽園ホールで開幕した。スーパーバンタム級には、31日で閉鎖する白井・具志堅スポーツジム所属の中林稜太郎(25)が出場。デビューから4戦全勝の二瓶竜弥(22=DANGAN郡山)を相手に、三者三様の引き分けとなったが、優勢点で下回り、2回戦進出を逃した。

立ち上がりから攻撃的なスタイルで圧力をかけ続けた。2回にカウンターの強打を浴び、ぐらつく場面もあったが、最後まで手数は落ちずに闘い抜いた。25年続いたジムのラストマッチ。「勝って終わりたかったが、練習してきたことはすべて出せた。(具志堅会長には)『今までありがとうございました』と感謝を伝えたい」と話した。中林は昨年12月にデビューし、戦績は1勝1分け。今後はジムを移籍し、現役を続ける意向だという。

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中林稜太郎と二瓶竜弥が計量パス 東日本新人王予選

前日計量をクリアした中林(左)と二瓶(東日本ボクシング協会提供)

コロナ禍により開催が延期となっていた、プロボクシングの東日本新人王予選が30日、東京・後楽園ホールで開幕する。29日には都内で計量、検診、PCR検査などが行われた。

スーパーバンタム級には、今月末で閉鎖する白井・具志堅スポーツジムの中林稜太郎(25)が出場し、対戦相手の二瓶竜弥(22=DANGAN郡山)とともに1回でパス。所属選手として最後の試合に向け、オンラインで取材対応すると「勝って、会長に『ありがとうございました』と言いたい」と勝利を誓った。例年12月に行われている全日本新人王決勝戦は、来年2月での開催が予定されている。

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会食休場の阿炎、場所前から複数回キャバクラ通い

24日、幕内土俵入りを行う阿炎

知人らと会食に行くなどして大相撲7月場所7日目の25日から休場している東前頭5枚目阿炎(26=錣山)が、場所前からキャバクラに複数回行っていたことが26日、関係者の話で分かった。また初日から休場していたにも関わらず、幕下以下の力士1人が会食に同席していたことも判明。本場所開催に向けて日本相撲協会が一丸となり、新型コロナウイルス感染防止を徹底してきた中での騒動に、協会内からは怒りの声が上がっている。

   ◇   ◇   ◇

突然の休場から一夜明けたこの日、阿炎の会食事情が明らかとなった。報道陣の電話取材に応じた協会の芝田山広報部長(元横綱大乃国)は会食場所について「小池都知事が言う『夜の店』。スナックなのかラウンジなのかキャバクラなのかは分からない」と説明。回数についても「場所前と場所中と2回」と話した。しかし関係者によると、実際は接待を伴うキャバクラに場所前から複数回行っていたという。しかも、阿炎とは別の部屋に所属する初日から休場していた幕下以下の力士が同席していた。

協会は場所前に「基本的に外出禁止とし、不要不急の外出をしない」などのルールを定めたガイドラインを各部屋に配布。感染防止に向けて一丸となっていた。それだけに会食が発覚した25日に「さんざん何回もやらかして、世の中がどんな状況か考えてほしい。子どもじゃないんだから」と激怒していた芝田山広報部長は収まらない。「幕内の関取が場所中にああいう形で休場することにおいて1つの事案として場所後の理事会で報告されるのは間違いない。情状酌量の余地もない」と断言。場所後の理事会で議題に挙がることとなった。同じ違反でも通常なら関取より軽い処分となる幕下以下の力士についても、協会内では厳罰を求める声が上がっているという。

阿炎は25日に37度6分の熱を出し、同日に行った新型コロナウイルスの抗原検査の結果は陰性。幕下以下の力士も25日に37度以上の熱を出すも、同検査の結果は陰性だった。両力士はこの日も抗原検査を受けて再び陰性だったが、阿炎に対して「自業自得」と「懲罰休場」させた錣山親方(元関脇寺尾)と幕下以下の力士の師匠ともに、弟子の再出場を否定しているという。

同広報部長は「同じ部屋の力士や取組をした力士はガイドライン通りに感染予防を行っており、出場に問題はないという判断」と説明。6日目までに対戦した力士や、錣山部屋の力士、幕下以下の力士が所属する部屋の力士らは休場しない。6月に結婚したばかりで、初優勝を目指していたはずだった阿炎らの場所前、場所中のキャバクラ通い。入念に準備をし、場所中も細心の注意を払ってきた協会を裏切る行為となった。

   ◇   ◇   ◇

◆阿炎の不適切行動と発言 昨年11月に十両若元春の手足をテープで縛った動画を自身のインスタグラムに投稿。“悪ふざけ”動画はSNSで拡散され、ネット上で「暴力を連想させる」など批判を浴びた。協会から口頭で厳重注意を受け、反省文を提出。さらに今年2月の全協会員を対象とした研修会終了後、会場を引き揚げる際に報道陣の取材に対して「爆睡していた」「寝ていたので何も聞いていない」と発言。翌日に師匠と協会を訪れて謝罪し、鏡山コンプライアンス部長から厳重注意を受けた。

◆日本協会のコロナ対策ガイドライン 「日常生活における感染予防」の項目の1つに「外出の自粛」がある。「不要不急の外出を自粛する。近隣以外への緊急な外出や必要な外出は、師匠が協会に相談した上で行う」と書かれている。また「協会員の移動」の項目の中にも「基本的に外出禁止とし、不要不急の外出をしない」「人との接触の機会を減らす」とある。なお外出する場合は「マスクを着用し『いつ、だれと、どこに』を明確にし、師匠に報告する」と明記している。

◆新型コロナウイルスに対する角界のこれまでの主な動き

▽3月22日 史上初の無観客開催となった春場所が千秋楽を迎えて15日間の日程を終了。

▽4月3日 日本相撲協会が臨時理事会を開き、夏場所と名古屋場所の2週間延期を決議。

▽同7日 政府が緊急事態宣言を発令。

▽同10日 角界では初となる、三段目力士の勝武士さんの新型コロナウイルス感染が判明。

▽同25日 高田川親方(元関脇安芸乃島)、十両白鷹山ら6人の新型コロナ感染を発表。

▽同27日 相撲協会が夏場所の新番付を発表。

▽同30日 高田川親方、白鷹山ら6人の退院を公表。

▽5月4日 政府が緊急事態宣言を延長。夏場所の中止が決定。

▽同13日 勝武士さんが新型コロナ感染による多臓器不全で28歳の若さで死去。

▽同18日 希望する協会員を対象に新型コロナの感染歴を調べる抗体検査を開始。

▽同25日 政府が緊急事態宣言を全面解除。

▽7月6日 検査の結果、5人から抗体が見つかったと発表。芝田山広報部長はウイルス陽性者なしの見解。

▽同13日 相撲協会は臨時理事会を開き、7月場所の開催を正式決定。1日あたりの観客数の上限を約2500人に設定。

▽同19日 7月場所開始。

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正代1敗守る「地元の人喜んで」豪雨被害熊本に勇姿

御嶽海(右)を激しく攻める正代(撮影・鈴木正人)

<大相撲7月場所>◇8日目◇26日◇東京・両国国技館

関脇正代(28=時津風)が初日から無傷の関脇御嶽海に土をつけ、1敗を守った。相手の圧力をしのぎ、反応良く突き落として関脇対決を制した。初場所では千秋楽まで優勝を争った実力者。場所前には地元熊本が豪雨被害に見舞われた。被災者を勇気づけるためにも、後半戦に向けて優勝争いに名乗りを上げる。全勝は横綱白鵬と新大関朝乃山の2人。1敗は正代ら3人となった。

   ◇   ◇   ◇

大関候補同士の一番は、正代に軍配が上がった。正代は立ち合いで取られた前みつを振りほどき、左のおっつけで御嶽海の出足を止めた。少しのけ反ったが、回り込んで突き落とし。「土俵際の勝負が2番続いて、なるべく下がらないようにと思っていた」。6、7日目と押し込まれながら土俵際で逆転。僅差で白星を拾ってきたが、この日は土俵の中央で勝負を決めた。

奮起の理由がある。場所前の7月上旬、出身の熊本を中心に九州で豪雨被害があった。「まだ地震の傷痕も残っている。自分にできることがあるんだったら率先してやっていきたい」。16年の熊本地震の際は、震災の影響を受けた小学校や仮設住宅などを慰問。現在はコロナ禍で帰省しにくい状況だが「自分の相撲を取り切って地元の人が喜んでくれるんだったら、こんなにうれしいことはない」と、土俵で勇姿を見せる自覚をにじませていた。

2場所連続で関脇に在位し上位の常連となりつつあるが、おっとりした性格は変わらない。外出自粛期間中、自身の個室にあるテレビを「見ないならください」と部屋の若い衆に“強奪”された。「小さいテレビだったので。まあいい機会でしょうか」。怒らず威張らず、小さいことを気にしない。

今後は上位力士との取組が増える。「その日1番できる相撲をしたら成績はついてくる」。無欲を強調する熊本の星が、後半戦に向けて主役候補に躍り出た。【佐藤礼征】

突き落とした御嶽海(右)を起こそうとする正代(撮影・河田真司)

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北勝富士5勝「よく相手見えていた」大関貴景勝撃破

北勝富士は貴景勝(左)をはたき込みで破る(撮影・小沢裕)

<大相撲7月場所>◇8日目◇26日◇東京・両国国技館

西前頭5枚目北勝富士(28=八角)が、大関貴景勝をはたき込みで破って5勝目を挙げ、後半戦に向けて弾みをつけた。立ち合い左から攻めると、貴景勝が北勝富士の動きについていけず前に落ちた。埼玉栄高のOB同士の一番を制し「よく相手を見えていたのが良かったと思う」と話した。

中日を終えて5勝3敗だが、負けた相撲も内容は悪くないと振り返る。「立ち合いもいいし、集中できている。1日1日をいい日にできるように頑張ります」。コロナ禍で6月の挙式、披露宴が延期となった男が、後半戦へ確かな手応えを感じている。

貴景勝(右)をはたき込みで破る北勝富士(撮影・河田真司)

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王者諏訪魔「厳しかった」パートナー下し2度目防衛

三冠ヘビー級タイトル防衛に成功した諏訪魔(撮影・中島郁夫)

<全日本プロレス:後楽園大会>◇25日◇東京・後楽園ホール

3冠ヘビー級選手権試合は、王者諏訪魔(43)が、世界タッグ王座のパートナー・石川修司(44)に27分33秒、岩石落とし固めで勝利し、2度目の防衛に成功した。

盟友対決は、序盤から激しい肉弾戦となった。石川が場外で諏訪魔を豪快に投げ飛ばすと、諏訪魔が首を負傷。そこから石川は徹底的な首狙いで諏訪魔を攻め込んだ。それでも、王者は一瞬の隙をついたドロップキックで逆転。一気にペースを奪い返すと、得意のバックドロップを連発し、最後は豪快なバックドロップホールドで3カウントを奪った。

ベルトを腰に巻いた諏訪魔は「厳しかった。首から腰にかけて電気が走った。石川選手は最高、最強のパートナーでありライバル」と激闘を振り返りつつ、ファンに「みんなで全日本プロレスを全盛期にもっていきます」と誓った。

試合後のリングには、宮原健斗、黒潮“イケメン”二郎が登場。世界タッグ王座挑戦のアピールを受けると、戦い終えたばかりの石川と相談し、これを受諾。8月30日の東京・後楽園ホール大会での対戦が決定的となった。

また、この日の興行では、コロナ禍により延期されていた「チャンピオン・カーニバル」が9月12日に開幕することも発表された。王者として臨むことになる諏訪魔は「優勝から遠ざかっているので、誰が1番乗っているのかを示したい」と力を込めた。

石川(右)にバックドロップを決め三冠ヘビー級タイトル防衛に成功した諏訪魔(撮影・中島郁夫)

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阿炎“懲罰休場” 外出禁止破り会食 師匠「最低」

阿炎

<大相撲7月場所>◇7日目◇25日◇東京・両国国技館

東前頭5枚目阿炎(26=錣山)が事実上の“懲罰休場”となった。この日の幕内土俵入りに姿を現さず、突然7日目からの休場が発表された。NHK大相撲中継で向正面の解説を務めた師匠の錣山親方(元関脇寺尾)は「数人のお客様と会食に行ったため。大事を取り休場することになった」と説明した。

日本相撲協会は場所前に、協会員の移動について「基本的に外出禁止とし、不要不急の外出をしない」とのマニュアルを各部屋に配布していた。弟子の失態に師匠は「こういう時期に軽はずみな行動をしてしまった。申し訳ありません」と謝罪。発熱などの体調不良は報告されていないという。

阿炎が会食に行っていたことが師匠の耳に届いたのは、この日の午後2時ごろ。師匠は「自業自得というか、本人がコロナにかかるのは自分の責任。協会員が一丸となり、お客さんを入れて開催するのに最低のこと」とばっさり切り捨てた。打ち出し後、阿炎と直接話して事情聴取するという。八角理事長(元横綱北勝海)は「残念です」と何度も繰り返し「今日だって(阿炎と対戦する予定だった)御嶽海のファンもいるし、阿炎のファンもいる。ガックリさせたことは本当に申し訳ない」とファンにわびた。

阿炎は場所前の6月に3歳下の一般女性との結婚を発表。「籍を入れてすぐ負け越すのは嫌」と意気込んでいたが、昨年11月の不適切動画の投稿などに続いて、またしてもファンの信頼を損なう結果となってしまった。

阿炎の休場で御嶽海が不戦勝になる(撮影・柴田隆二)

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