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武藤敬司「プライベートで交流」ウォリアーさん追悼

武藤敬司

日米プロレス界で人気を博したタッグチーム「ロード・ウォリアーズ」のアニマル・ウォリアーさんが60歳で死去したことを受け、ゆかりのある日本人レスラーたちも23日夜から24日にかけて次々と自身の公式ツイッターを通じ、追悼コメントをつづった。

武藤敬司は「プロレス界で一世を風靡(ふうび)した、ロード・ウォリアーズのアニマル・ウォリアーが亡くなった。何度も戦った経験があるが、実はプライベートでも交流があったんだ。天国に旅立ったホーク・ウォリアーが、きっと待っているぜ!ご冥福をお祈り致します」と投稿した。全日本プロレスの秋山準は「1999年のドーム大会で1度対戦させて頂きました。入場してきた時の迫力は今でも覚えている。謹んでお悔やみ申し上げます」などと記した。

新日本プロレスの小島聡は「私がまだ20代の頃、ロード・ウォリアーズと対戦させてもらえた。本当に格好良くて、怖くて、強かった。2002年にアメリカで大会があった時のプロモーターがアニマルさんで、その時にハンセンさんからラリアットを教わったのでした。試合以外はいつも笑顔で、大好きな人でした」と思い出を明かした。

ノアの丸藤正道は「ロード・ウォリアーズがいなければ僕はプロレスを好きになっていなかっただろう。全日本のドーム大会でおふたりにお会いできたがペーペーだった僕はただ見る事しかできなかった。そしてプロレスラーになりご縁を頂きアニマルさんと仕事をさせて頂いた。二人ともいなくなっちゃったけど永遠の憧れです」と天国に旅立った自らのスーパースターに哀悼の意を表した。

また米プロレスのWWE時代に対戦経験のあるTAJIRIは「RIPアニマル オレ、SMAKDOWN!で1度だけアニマルと闘ったことがある歴史の証言者だぜ」と独特の表現でアニマルさんの死去を悲しんでいた。

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ノア潮崎が拳王と激闘ドロー「意味ある戦いだった」

ノアの横浜文化体育館大会が10日に行われ、GHCヘビー級王者潮崎豪(38)、同ナショナル王者拳王(35)による2冠戦は、60分時間切れにより、引き分けとなった。

潮崎が逆水平チョップで攻め込めば、拳王も得意のキックで応戦。終盤に拳王がダイビングフットスタンプで流れを奪うも、潮崎もふらふらの状態で3カウントは許さなかった。残り30秒を切り、潮崎が最後の力を振り絞ってムーンサルトプレスを決めるも、疲労からカバーにいけず、直後に無情のゴングが鳴らされた。マイクを握った潮崎は「これがGHCだ。これがノアの闘いだ。最後まで決められなかったが、意味のある闘いだった」。

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ノア2冠かけ潮崎豪「歴史前に」拳王「歩み変える」

10日ノア横浜文体大会での2冠戦に向け、調印式をを行ったGHCヘビー級王者潮崎豪(左)とGHCナショナル王者拳王

8月10日のノア横浜文体大会で2冠をかけて戦うGHCヘビー級王者潮崎豪(38)とGHCナショナル王者拳王(35)が8日、川崎市内で調印式を行った。

4日後楽園大会で中嶋勝彦からナショナル王座を奪った拳王は翌5日に潮崎に2冠戦を要求。潮崎が快諾したため、急きょ5日後の2冠戦が決まった。拳王は2冠戦をもちかけた理由について「この時代の流れとともに歩んでいても各駅停車のスピードでしか行けねえ。その流れをぶちこわしてやる。俺が超特急列車に変えて、ノアの歩みを変えてやる」と説明。王者同士の戦いで刺激を生み出し、団体の急成長につなげるつもりだ。

一方の潮崎は「ダブルタイトルマッチは初の試み、挑戦。ノア、そしてGHCの歴史をさらに前に進めていく。さらに大きなものに変えていく。そういう戦いを見せます」と悠々と予告した。

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清宮海斗「天命の戦い」武藤敬司に挑発され覚悟示す

10日ノア横浜文体大会でのスペシャルシングルマッチに向け、会見を行った武藤敬司(左)と清宮海斗

8月10日のノアのビッグマッチ横浜文体大会に向けた会見が10日川崎市内で行われ、スペシャルシングルマッチで対戦する武藤敬司(57)と清宮海斗(24)が会見で意気込みを語った。

武藤にとって、これが2年前に膝を手術して以来初のシングル戦。「若干オーバーワーク気味でへばっている」と厳しい練習を積んでいると明かし、「もしかしたら、清宮の心が折れてるかもしれませんが、ごめんなさい」と完勝宣言した。

挑発を受けた清宮は「俺は毎日プロレスと向き合ってきました。俺の心は折れません!」と反発。業界トップを目指すと公言する清宮にとって、天才武藤との一騎打ちは大きなチャンス。「この戦いは俺がこれからプロレス界のナンバーワンになるために踏み込んでいかなきゃいけない戦い。天命の戦いだと思っている」と覚悟を口にした。

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潮崎が丸藤下し3度目防衛「前だけを見て突き進む」

防衛に成功しベルトを掲げる潮崎(撮影・足立雅史)

<ノア:後楽園大会>◇5日◇東京・後楽園ホール

GHCヘビー級選手権で王者潮崎豪(38)が丸藤正道(40)を下し、3度目の防衛を果たした。

旗揚げ20年の記念日にノアを支えてきた2人の初GHCタイトル戦が実現した。潮崎は04年にノアでデビューし、団体創設者故三沢光晴さんの最後のパートナーだった。今年1月に王者となって以来自らを「アイアムノア」と称し、団体をけん引してきた。そんな潮崎に対し、約4カ月ぶりの有観客試合となった7月18日の後楽園大会で丸藤が挑戦を表明。00年の旗揚げからいる自分こそが「アイアムリアルノアだ」と突きつけていた。

プライドをかけた戦いは30分超の激戦となった。丸藤が蹴りの連続で追い詰めても、逆水平合戦では潮崎が力で上回る。25分を過ぎたところで丸藤が虎王を打ち込むが、それをこらえた潮崎がエルボー2発、さらにローリングエルボーを決め、エメラルドフロウジョンをさく裂。30分がコールされると、潮崎は「いくぞ」と叫び、豪腕ラリアット、さらにムーンサルトプレス(月面水爆)を決め、勝負を決めた。互いに技を出しきった試合。潮崎は「とっておきを出しきらないと彼には勝てない。それがアイアムリアルノア丸藤でしょ?」と振り返った。

試合後のリングには前夜4日にGHCナショナル新王者となった拳王が登場し、「1番強いやつを決めよう」と2冠戦を提案した。潮崎はその場で「よし、やってやるよ、横浜文体で」と快諾。10日横浜文体大会での2冠戦が決定した。

コロナ感染者が増える中、感染防止に努めながらの試合が続く。潮崎は「どうなるかわからない状況。でも、俺はこのGHCベルトを巻いて、前だけを見て突き進んでいくんで、それがノアの『アイアムノア』、GHCヘビー級潮崎豪の生き方。また必ず会場でこのベルトを巻いた姿を見せれるように」と来場できないファンに向けても、メッセージを送った。

防衛に成功した潮崎(左)は丸藤からベルトを受け取る(撮影・足立雅史)
潮崎(左)は丸藤をマットにたたきつける(撮影・足立雅史)
潮崎(右)は丸藤にドロップキックを見舞う(撮影・足立雅史)
場外で激しく攻め合う潮崎(右)と丸藤(撮影・足立雅史)
潮崎(右)は丸藤に激しいラリアットを見舞う(撮影・足立雅史)
防衛に成功した潮崎(右)は拳王と対戦を誓い、リング上でにらみ合う(撮影・足立雅史)

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ノアとDDTが経営統合 高木三四郎が代表取締役

高木三四郎(15年5月撮影)

プロレス団体のノアとDDTが27日、経営統合を発表した。ノア・グローバルエンタテイメント株式会社、株式会社DDTプロレスリング、DDTの子会社で飲食業などを運営する株式会社DDTフーズの3社の統合で、9月1日から株式会社CyberFightとしてスタートする。DDT、ノアの社長を務めていた高木三四郎(50)が代表取締役、ノアの丸藤正道(40)、DDTの彰人(33)が副社長にそれぞれ就任する。

97年に旗揚げしたDDTは成長を続け、17年にサイバーエージェントグループ入り。00年旗揚げで今年20周年を迎えるノアは20年2月に同じくサイバー傘下となり、両団体は協力体制を築いていた。今回の統合で、3社の管理業務を一本化。ノア、DDT、東京女子プロレス、ガンバレ☆プロレスの各ブランドと現場体制を維持しながら、さらなる成長を目指す。

高木社長は統合の理由について「新型コロナウイルスの影響が大きい」と説明。試合開催が難しい状況の中、コスト削減で強固な体制を作るために4月ごろから統合に向けた準備を始めた。高木社長はファンに向けて、「団体がなくなったり、それぞれのカラーが無くなることはないのでご安心下さい」とメッセージ。さらに「将来的には、東京ドーム大会開催実現を目指していきたい。目標はプロレス業界ナンバーワン。新日本プロレスを追い抜き、プロレス界の構図を必ずや塗り替える」と宣言した。

以下、会見に出席した選手のコメント

副社長就任の彰人「ファンの声、若い子のアイデアを会社に伝えて、橋渡し的な役割をしていければ」

副社長就任の丸藤正道

「プロレス界でトップを取って、みなさんのお手本になれるように。僕たちノアは一切変わりませんし、本物のプロレスを見せていきたい」

東京女子プロレス坂崎ユカ「今まで通り、東京女子プロレスらしくマイペースに盛り上げていきたい」

ノア中嶋勝彦

「サイバーの傘下になってからノアは変化を進化にかえてきたと思ってる。だから、ノア、サイバー、この業界ナンバーワンになる。変わらず俺たちについてきてくれ」

ノア潮崎豪

「業界1位を夢見て、突き進んでいきたい」

全日本からDDTにレンタル移籍中の秋山準

「新日本に追いつけ、追い越せ、その力の1つになれるように頑張っていきたい」

DDT遠藤哲哉

「このチャンスをものにするのは、選手個人個人の働き。このプロレスというコンテンツを大きなものにするために活動していきたい」

DDTクリス・ブルックス

「世界的にパンデミックになっているなかで、こうしてノア、DDTが経営面で一緒になることで、日本で続けていくチャンスが広がる」

ガンバレ☆プロレス大家健

「団体の大きさ関係なく、リング上で自分たちの戦いをみせていければ」

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清宮海斗「あの人の領域に」武藤敬司との対戦決定

ノアの約4カ月ぶりの有観客試合で、武藤敬司(手前)にシングルマッチを要求する清宮海斗(撮影・高場泉穂)

<ノア:後楽園大会>◇18日◇東京・後楽園大会

プロレスリングノアの約4カ月ぶりの有観客興行が後楽園ホールで行われた。メインのタッグ戦では前GHCヘビー級王者の若きエース清宮海斗(23)が、武藤敬司(57)に真っ向勝負。試合後には初のシングル戦を要求した。

レジェンドに食らいつく清宮も、若さを受けとめる武藤も生き生きとしていた。6月14日テレビマッチでの6人タッグ戦以来1カ月ぶりの対戦。武藤は裸絞めやSTFなど関節技を駆使し、清宮を追い詰めるが、清宮は何とか回避。武藤は閃光(せんこう)魔術で勝利を狙うが、清宮はそれを阻止し、猛虎原爆固めをさく裂。意地を見せた。試合は武藤のパートナー丸藤正道(40)がGHCヘビー級王者潮崎豪(38)に新技「真・虎王」を決めて勝利。清宮武藤2人の勝負はお預けとなった。

清宮は、試合後リングでマイクを持ち、「この前3対3で戦って、今日は2対2。あと一つ残ってるでしょ! 俺はもっとあなたの領域に入っていきたいです。8月10日横浜文体で俺とシングルマッチをやってください」と要求。武藤はその場で「PCR検査受けて、お互い陰性だったらやろうよ」と条件付きで回答。団体は清宮の希望通り、8月10日横浜文化体育館大会でのシングル戦を決定した。

武藤は過去に新日本のIWGPヘビー級、全日本の3冠ヘビー級ベルトは取っているが、ノアのGHCヘビー戦線には縁がなかった。ノアを主戦場とする今、その至宝を手にし、佐々木健介、高山善広に続く3人目の3団体ベルト制覇の夢を描く。「実はなんだかんだいい年して夢があって。やっぱりGHCのチャンピオンベルトというのは俺の視野に入っているんだ。長い間タイトル戦してないから、(清宮戦は)仮想チャンピオンシップを想定してる。できるかできないか、っていう自分自身の査定があるんだ」。前王者清宮との戦いはタイトル戦に向けたいわば腕試しだ。「若いエキス、そしてお客の拍手を浴びてる限りは年取らない気がするよ」と生きのいい清宮との試合、久々の観客の前での試合を存分に楽しんだ。

一方、清宮は「あの人の懐の深さには本当に感謝しかできないよ」とプロレスマスター武藤をあらためて称賛。その上で「だからこそ俺は次こそ、あの人の領域に踏み込んでみせる。プロレス界のナンバーワンになるために絶対にあの人と同じステージに立ってみせます」と初の一騎打ちに向け、気持ちを高めた。

武藤敬司(右)にドロップキックを決める清宮海斗(撮影・高場泉穂)

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丸藤正道「アイアムリアルノアだ」王座挑戦名乗り

約4ヶ月ぶりとなるノア有観客試合のメインで勝利した丸藤正道(右)と武藤敬司

<ノア:後楽園大会>◇18日◇東京・後楽園大会

プロレスリングノアの約4カ月ぶりの有観客興行が後楽園ホールで行われた。メインのタッグ戦では丸藤正道(40)が、GHCヘビー級王者潮崎豪(38)に横から二段蹴りを入れる新技「真・虎王」を決めて勝利。「アイアムノア」と称する潮崎に対し、「アイアムリアルノアだ」と突きつけ、挑戦を表明した。

00年の旗揚げ以来ノア一筋の丸藤に対し、潮崎は04年にノアでデビューした後、全日本やフリーでの活動を経て16年に再入団した。丸藤は「いなくなって戻ってきて、一生懸命頑張って信用取り戻した。それは素直に認める」と潮崎の努力を評価しつつ、「でも、この20年ノア一筋で信じてやってきたんだ。ちょうど20周年。おれしかいないだろ」と団体創設20年イヤーの王者には、自分がふさわしいと力説。約4年半ぶりとなる至宝奪還に狙いを定めた。王者潮崎も「タイトルマッチやりましょう。アイアムノアに、リアルもフェイクもねえよ」と快諾した。

新型コロナウイルス感染拡大の影響でノアは興行できない間、積極的に無観客テレビマッチを開催。その影響もあってか、118日ぶりの有観客試合のチケットは前売りで完売。後楽園ホール収容人数約3分の1にあたる494人の観客が歓声の代わりに拍手を送って試合を楽しんだ。また、AbemaTVでも生中継された。丸藤は試合後「やっと帰ってきたぞ! 見えない敵と戦い続けて、ノアは進み続けてきた。そんな俺たちを応援してくれたみんな、そして画面越しのみんな本当にありがとう」とファンに感謝した。

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新日本ら6団体とサンリオがコラボ Tシャツを発売

ハローキティなどのキャラクターで知られるサンリオとプロレス6団体のコラボレーションTシャツ販売について1日、オンライン会見が行われた。

この企画「SAVE OUR PRO-WRESTLING×SANRIO CHARACTERS」は、新型コロナウイルスで打撃を受けたプロレス界を盛り上げるために株式会社ジーミックスが呼びかけ。新日本、全日本、ノア、DDT、スターダム、東京女子の6団体が賛同し、実現した。Tシャツのデザインはサンリオの人気キャラクターと6団体のロゴを配置したもので、団体ごとに違うカラーでウェブ限定受注発売される。販売価格は3500円。受注期間は7月3日午後2時から20日午後0時まで。各団体の専用ページから注文できる。

会見には各団体の代表選手が出席。新日本の小島聡(49)は「これをきっかけにして、プロレスを好きになっていただいたり、プロレスからサンリオさんを好きになっていただいたり、さまざまな効果が得らればいいなとも思います」。

スターダムの岩谷麻優(27)は「自分のお母さんがキティちゃんが好きで、小さい頃からキティちゃんのぬいぐるみとかが置いてある状況で育ってきたので、うれしい。小さいお子さんや、女性、おじさんも着てくれればいい」とコメントした。

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新日本110日ぶり再始動/主なプロレス団体の動き

無観客の会場であいさつする棚橋(手前中央)(撮影・滝沢徹郎)

新日本プロレスが15日、新型コロナウイルス感染拡大の影響で止まっていた試合を、無観客で110日ぶりに行った。

◆主なプロレス団体の動き 興行ができなくなった3月末から、多くの団体が無観客試合をインターネットやテレビで配信。5月25日の緊急事態宣言全面解除を受け、女子プロレス団体アイスリボンが先陣をきって今月6日に埼玉・蕨市の拠点道場で観衆50人限定興行を開催。同10日にはデスマッチを特徴とするフリーダムズが新木場1stRINGで約100人を入れて試合を行った。DDTグループは同13日から、ノアは7月18日から興行再開。全日本プロレスの興行は未定。

試合の間にリングを消毒するスタッフ(撮影・滝沢徹郎)

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真壁刀義「最前線でぶっつぶしてやる」/連載最終回

16年G1クライマックス 真壁刀義-オカダ・カズチカ オカダ(右)の連続キックを浴びる真壁刀義(2016年8月3日撮影)

<真壁刀義が語るプロレスの力(最終回)>

プロレスには不思議な力がある。24年間、プロレス界の天国も地獄も見てきた真壁刀義(47)の視点からプロレスの力を見つめ直す。最終回はプロレス界の未来について。【取材・構成=高場泉穂】

◇  ◇  ◇

6月15日、新型コロナウイルス感染拡大の影響で止まっていた新日本プロレスの試合が無観客の形で110日ぶりに再開する。午後7時開始。これだけ試合間隔が空いたのは、団体史上初めて。その間、真壁は前向きに心と体を整えてきた。

「俺たちは3カ月半も戦っていない。だが、いつでもスタートできるようにトレーニングはサボっちゃいなかったよ。俺の場合、自粛期間は家でプッシュアップしたり、マスクして近くをウォーキングしたり。その中でいいこともあったんだ。今までたまっていた疲れを取って、あらためて自分の体を見直すことができたのよ。食事のカロリーコントロールもして、トレーニングやって。だから、みんながびっくりするぐらい仕上がってるよ」

5月25日に東京、神奈川などでも緊急事態宣言が解除されたが、コロナの不安は消えない。経済的に苦しい人もたくさんいる。その中で真壁は自分たちの「立ち上がる姿」を見てほしいと願う。

「今、みんなが不安と恐怖を抱いているよね。だけど、立ち止まったら何も始まらない。感染防止のマスクや手洗い、“3密”を避けて、まだまだみんなで戦わなくてはならない。その戦いに勇気と希望を見失いそうになった時、好きなものを見たり、聞いたり、楽しんだりして、また翌日からの戦う勇気を持ってほしいんだ。それはもちろん、プロレスも同じ。俺たちの戦う姿勢、立ち上がる勇気を見て、感じて欲しい。立ち上がれば、前に進むだけ。みんなで前へ進もう」

興行を主な収入源とするプロレス界は、コロナによって苦境に追い込まれた。2月末に政府が出したイベント自粛要請によってほとんどの興行が中止。指示が解除された3月中旬には、いくつかの団体が観客を入れた興行を行ったが、4月7日発令の緊急事態宣言をもって、再び興行できない状況となった。

だが、止まっているわけにはいかない。各団体がさまざまな形でプロレスの灯を消すまいと動いた。

ノア、DDT、全日本プロレスなど複数の団体は感染予防に努めながら無観客テレビマッチを実施。団体存続のためにクラウドファンディングを行った大日本プロレス。外出制限で困っている老人らを対象に、無償の送迎、買い物サービスを行ったゼロワン。すべてプロレスを続けていくため、必死に動いた。

業界の雄である新日本は影響力も考慮し、試合を自粛し続けたが、緊急事態宣言解除後に選手、一部スタッフの抗体検査を行い、無観客の形で3カ月半ぶりの試合にこぎつけた。7月11、12日には人数制限した上で、観客を動員した試合を、大阪城ホールで行う。

既に複数の団体は小規模での興行を再開している。大きな会場が超満員となり、熱狂に包まれる-。そんな風景が戻るまで、時間はかかるかもしれない。だが、真壁はその先を見つめる。プロレス界全体が復活するだけでなく、さらに進化していかなければならないと。

「満足したら隙ができる。前進が止まる。そしたら、いいもん生まれねえよ。だから、俺たち新日本プロレスはここまでうまくやってきたけど、もっといかなきゃだめだと思ってる。そして、新日本プロレスみたいな団体がもっといっぱいなきゃ、だめだと思う。新日本プロレスが今の状態になったのは、選手や社員がそれぞれ尋常じゃない戦いを続けてきたから。新日本だけ上にあがればいいと思うかもしれないけど、そうじゃない。他の団体には昔の俺のように、くすぶってるやつがいると思うんだ。頑張って、はいあがろうとしているやつにはチャンスを与えてほしいし、あがれるというのを分からせたい。考えた上で、勝負に出る。そうしていれば、第三者でお前にかけてみる、というやつが出てくるから」

ブレークするまで長く険しい道を歩いてきたからこそ、言える。何度負けても「最後に勝ちゃいいじゃねえか」と。コロナ禍の今、真壁は世の中の人たちに、そして自分にハッパをかける。

「こういう時こそ、本領発揮しなくちゃいけないのがプロレスだと思ってる。プロレスを見て、立ち上がる勇気、勇気をもってほしい。俺が言ってるのは理想だ。難しいこともあるかもしれない。でも、それを踏ん張って頑張るのがこれから。俺の立場でいうと、昔はベルトさんざん巻いて言いたいこと言ってたけど、いまはベルト戦線に入っているわけではない。ただ、落ちぶれているわけではないんだ。俺、いつも思うのよ。対戦相手はチャンピオンだろうがなんだろうが、関係ねえ。容赦しねえ。いつでも最前線に出る用意はできてる。こんなの冗談でもリップサービスでもない。いきなり最前線でぶっつぶしてやるからなって思ってる」

プロレスラーは6メートル四方のリングの上で、相手の技を逃げずに受けきり、何度倒れても立ち上がる。いつの時代も変わらぬその姿こそが、プロレスの力なのかもしれない。(おわり)

真壁刀義(2019年4月23日撮影)

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三沢さんに捧げる必殺技…潮崎豪が斎藤彰俊下しV2

タイトル戦を終え握手するGHCヘビー級王者潮崎豪(左)と斎藤彰俊(プロレスリング・ノア提供)

<ノア:テレビマッチ>◇14日◇ノア特設アリーナ

プロレスリング・ノアの無観客試合が14日、AbemaTVで配信され、メインのGHCヘビー級選手権で王者潮崎豪(38)が斎藤彰俊を豪腕ラリアットで下し、2度目の防衛を果たした。

前日13日はノア創設者三沢光晴さんの命日。亡くなった11年前のこの日、潮崎は三沢さんとタッグを組み、斎藤は最後の対戦相手だった。試合では2人の三沢さんへの思いが交錯した。斎藤は強敵潮崎に対し、パワーボム、スイクルデスと技をたたみかけ、三沢さんに最後にかけた技、バックドロップを決める。受けとめた潮崎は攻めに転じ、ローリングエルボーから、三沢さんの技、エメラルドフロウジョンをさく裂。立ち上がった斎藤に豪腕ラリアットを打ち込み、29分で勝負を決めた。

試合後、先にマイクを手にした斎藤は「ベルトはお前を選んだ。負けはしたけど、一言だけ言いたい。シオ、ありがとう。負けたけど次に進むよ。最高のチャンピオンだよ。ありがとう!!」と絶叫。潮崎とかたく握手をかわし、リングを去った。

リングに残った潮崎は去る斎藤の姿を見ながら「斎藤彰俊、斎藤さん! 6月に、そしてこの日にあなたとこのベルトをかけて戦えたこと誇りに思います。魂感じました。ありがとうございました」と感謝を口にした。潮崎は1月に清宮から王座を奪取。以来、新型コロナウイルスの影響で興行ができない状況となり、無観客テレビマッチで2度タイトル戦に臨んだ。潮崎は画面の向こうの視聴者に向かって「ノアには魂のこもった戦いがあります。その魂を消さないよう、このリングは今後も、これからもずっと動き続けていきます。画面の向こうのみんなノアを、ノアを見ていてくれ!このリングにはノアの選手、潮崎豪がいる。アイアムノア」とメッセージを発信。異例の状況下で変わらず試合を続けてきたことに胸をはった。

さらにバックステージでは「斎藤とやったからこその(ベルトの)輝きを持てました。このベルトを守って、みんなと笑顔で会場で会いたいと思います」と観客の前での試合を心待ちにした。ノアはこの日、7月18日の後楽園ホール大会を有観客で行うことを発表。4カ月ぶりにファンの目の前で戦いを見せる。

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震災からの復興とも重なったプロレス復活/連載4

2011年4月3日、新日本プロレス後楽園大会ではファンが被災地へ向けた垂れ幕を掲げた

プロレスには不思議な力がある。24年間、プロレス界の天国も地獄も見てきた真壁刀義(47)の視点からプロレスの力を見つめなおす。第4回は11年の東日本大震災の時期をたどる。【取材・構成=高場泉穂】

2000年後半から人気低迷に苦しんできた新日本プロレスが、浮上の手応えをつかんだころのことだった。超満員で盛り上がりをみせた仙台大会から18日後の11年3月11日。日本の観測史上最大規模となるマグニチュード9の東日本大震災が起こった。

地震による津波で東北地方太平洋沿岸部は甚大な被害を受け、東京電力福島第一原子力発電所の事故も発生。日本全体が自粛するムードに覆われる中、新日本は2日後の13日静岡大会から興行を再開した。

会場は2500人の超満員となった。セミファイナルの6人タッグ戦に出場した真壁の両親は東北出身。親戚はみな、命は助かったが、いとこは津波で家が流された。真壁は試合後にこんな言葉を残している。

「今よ、いろんなことが言われてる。『こんな日に』とかよ。だけどよ、俺たちプロレスラーの仕事は何だよ? 人に勇気とか、明日の力を与えることだよな」

迷いながらも、今プロレスをやる意味を発信した。ファンの声援が、その思いを確信に変えてくれた。

「プロレスラーには、俺には、何ができるかって迷うじゃん。でも、俺たちだからこそ見せられるもの、立ち上がる勇気を感じ取ってもらいたい、とその時思ったの。俺たちは立ち上がって、またやられて、ぶっとばされる。でも、また立ち上がる。それが彼らの心に響いたんじゃないかな。お客さんの声援が、俺たちの心にも響いたよね。もっと頑張んねえとって、拍車がかかった。いくつか中止になった大会もあったけど、その時期はどこに行ってもお客さんの反応がものすごかった。みんなが不安やストレスをいっぱい抱えてたんじゃないかな」

震災後、初の東北での試合は10月15日岩手県宮古大会。まだ津波の被害が残る街の市場の駐車場に特設リングを作り、青空チャリティープロレスを実施した。リングの周りで声を出して応援してくれる人たちの姿を見ながら、真壁は変化を感じていた。

「それまで新日本は東北地方が特に響かなかったの。静かに集中して見る、というタイプが多いのかと思ってた。だけど、その時は今までの静かな感じはどこに行ったんだってくらい大フィーバーしたの。何でかって、みんな不安を抱えて怖かったと思うんだ。ストレス発散だよね。その後も東北の大会で『踏み出す勇気もらえた』と声をかけてもらったりもした。すごい喜んでくれたんだよね」

震災からの復興の歩みは、プロレス人気の復活とも重なった。プロレスラーたちは試合を通じ人々に勇気を与えようと努め、同時にファンの声援に励まされていた。プロレスは求められているのだ、と。

「応援する方も、されている方も、お互い頑張んなきゃいけない時だった。お互い立ち上がろう、そういう気持ちでやってたと思う。例えば俺たち新日本プロレスが、そん時、今みたいに経営がうまくいっていて業界ナンバーワンだったら、上から言いやがってって思われたかもしれない。でも、あの時はまだまだだった。まだまだの状態で、上がる兆しが見えた時だった。そんな状態で東北の人たちを元気づけながら、元気づけてる自分たちも元気をもらった。よし、がんばろう、って」

その年の8月には武道館で新日本、全日本、ノアのメジャー3団体が32年ぶりに集結したチャリティー興行「ALL TOGETHER」が行われた。会場は1万7000人の超満員札止め。エンディングでは「プロレス最高!」のコールが起こった。

光が見え始めた新日本に、追い風が吹く。12年1月末、カードゲーム事業で成長を続けていた株式会社ブシロードが新たに親会社になった。

布石があった。ブシロードは11年夏に行われた最大級の大会、G1クライマックスでスポンサーとなり、12年年明けには中邑真輔と真壁をCMに起用していた。そのCM撮影時、真壁は控室でブシロード木谷高明オーナーと雑談していた。

「木谷さんさー、新日本プロレスどうやったらもっと売れると思う? って聞いたの。そしたら『これはですねー、僕から言えることは、こうやったらいいと思います』って説明されたのが、ほぼほぼ、俺がそれまで考えていることと同じだったの。『そうだよね、ありがとねー』ってその日は帰ったけど、ああいう人が社長になってくれねえと困るんだよな、なってほしいな、って俺は社員に言ってたんだよね。そしたら、その1週間後にまさかの発表だよ。しゃべっちゃいけなかったんだろうけど、なんだよ、最初から言えよ、って。木谷に関しては信用してる。あの時に話を聞いてたから、間違えねえと思った」

新たなスターも誕生しようとしていた。12年の、年間最大の目玉興行、好例の1月4日に行われる「1・4東京ドーム大会」。2年間の海外武者修行を終えた24歳のオカダ・カズチカがIWGPヘビー級王者棚橋に挑戦表明した。

191センチの長身と整った顔立ち。自らを新日本にカネを降らせる「レインメーカー」と称し、2月のタイトル戦で棚橋を破り、王者となった。心強いバックと、才能あふれる若きスター。快進撃の準備が整っていた。

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真壁刀義、06年悪役転向を決めた屈辱体験/連載3

06年7月6日、後楽園ホールで行われたIWGPヘビー級選手権で永田裕志を鎖で攻撃する真壁刀義(左)

プロレスには不思議な力がある。24年間、プロレス界の天国も地獄も見てきた真壁刀義(47)の視点からプロレスの力を見つめ直す。

連載の第3回は、人気低迷の中で試行錯誤していた時期をたどる。

【取材・構成=高場泉穂】

◇  ◇  ◇

小泉純一郎首相が劇場型政治を繰り広げ、ヒルズ族が世をにぎわせていた00年代後半、プロレス人気は低迷していた。

00年前半にブームとなった総合格闘技PRIDEやキックボクシングK-1の人気におされて、という面もある。

だが、真壁はプロレスとも総合格闘技ともいえない「中途半端な試合をしていた」自分たちのせいだと語る。

「俺たちは本物のプロレスをしてなかったのよ。それがすべて。なんちゃって総合格闘技なら、総合格闘技みればいいじゃん。プロレスのチケットは高い。8000円とか1万円とか、1日働いた分かかる。その金に見合ったものを客は見たいのよ。喜びとか、悔しさとか、怒りとか。観客が一番シビアなの」

プロレスが人気を誇っていた90年代までとは違い、スポーツに限らず、娯楽の対象は多種多様になった。その中で、身銭をきって見ようと思える面白さがあるか? 真壁の言う通り、ファンの目は厳しかった。

離れていったファンを取り戻すため、それぞれの団体、選手が試行錯誤を続けていた。その中で特別な個性もなく埋没していた真壁は、思いきって悪役=ヒールに転向した。

きっかけは、06年5月に行った長州力プロデュースの「LOCK UP」大会。他団体選手も多く交じるこの興行に参戦した真壁は、インディー団体アパッチプロレス軍の金村キンタローから「真壁は呼んでねぇ」と侮辱された。同時に客にも笑われた。その言葉が真壁の心に突き刺さった。屈辱だった。

97年のデビュー以来、脇役であり続けた真壁の中の何かがはじけた。

「自分の価値を思い知らされた。恥ずかしかった。だから、俺は鬼になった。やることなすこと全部変えてやろうと」

そこから真壁はかつてのレジェンド、ヒールとして一時代を築いたブルーザー・ブロディのスタイルに影響を受けた“暴走キングコング”というスタイルを作り上げた。

入場曲にブロディと同じ「移民の歌」を使い、8キロもある鎖を首に巻いた。デビュー9年目にして、誰が見てもひと目でそれと分かるキャラクターを確立した。

当時の新日本のエースは棚橋と中邑。真壁は正統派の2人と違う何かを求め、インディー団体の試合に参戦し、デスマッチも経験した。

名門新日本の選手がインディーの大会でデスマッチをするというのは、はたから見れば“左遷”に見えたかもしれない。だが、真壁はその中で多くの事を学びとった。

「おれはそれまで死にもの狂いで練習してたから、技術や強さで金村たちに負けるわけないと思っていた。だけど、いざ戦ってみると、彼らの方が試合で何を見せたらいいか、どうしたら自分の面白いところを見せられるか分かってたんだ」

ヒールになった真壁は会社や他の選手、自分自身に対して思っていた怒りを試合でぶちまけた。その熱い戦いがファンを引きつけた。09年夏にG1初優勝を果たし、翌10年には中邑真輔を破り、IWGPヘビー級王座初戴冠。「俺みたいな雑草が天下をとる、世にも奇妙な物語が始まったわけだ」。

プロレスは一筋縄ではいかない。だから面白い。その一方で、自分のスタイルを貫き革新を起こそうとした選手もいた。

新日本プロレスの棚橋弘至だ。07年にIWGPヘビー級を初戴冠。その頃から「愛してま~す」の決めぜりふを使い始めたが、どこか軽くうつる棚橋は、旧来のファンにブーイングを浴び続けた。

それでも棚橋は揺るがない。自らに「100年に一人の逸材」とキャッチコピーをつけ、ファンに向かって「愛してま~す」と言い続けた。

09年の年明けの名物大会「1・4」では、全日本のトップでありレジェンドの武藤敬司に勝利。エースの存在感を示しつつあった。エアギターや試合後のハイタッチで幸福感を演出する棚橋、対して鎖を手に暴れるヒール真壁。新たな個性を持った選手が、ファンの支持を得ていった。

プロレス界は05年に橋本真也、09年に三沢光晴と2人の偉大な選手を失う。40歳という若さでの橋本の病死も、試合中の事故で亡くなった三沢の死も、社会に大きな衝撃を与えた。

ノアを率いていた三沢は生前「プロレスをメジャーに」と願い、新日本、全日本に呼びかけ統一機構の設立に動いていた。結局、実現に至らなかったが、プロレス界は新しく生まれ変わろうとしていた。

経済が傾き、次々と社会問題が起こる時代。人々はプロレスに非日常とハッピーを求めたのかもしれない。

ドロドロした感情が渦巻く過去のプロレスとはまた違う、明るく楽しいプロレス。新日本のエース棚橋が作ってきた価値観に時代が追いついてきた。

11年2月、新日本プロレスの仙台サンプラザホール大会は、3200人の超満員となった。仙台での17年ぶりとなるIWGPヘビー級選手権のため、王者棚橋は大会前に宮城に乗り込み、テレビ、ラジオ各局、雑誌などさまざまなメディアでPRに駆けずり回っていた。

その棚橋の相手は当時全日本を退団し、フリーとなっていた小島聡。前年から新日本のトップ戦線をかき回していた“外敵”だった。新日本対外敵という分かりやすいストーリーと、激しい戦い。防衛した棚橋が作り出すハッピーな空間。会場は熱狂と幸福感にあふれていた。

メインで小島のセコンドにつくタイチを排除した真壁も大声援を受けた。1つ1つの反響の大きさに、選手もファンも新たな風を感じていた。

「まだ、場所によって(観客動員が)きついとこはきつかったけど、だんだんと会場が埋まり始めてきていた。さあこれから始まるぞ、新しい流れが始まるぞ、という時に、東日本大震災が起こったんだ」

それは、ようやく光が見えた矢先のことだった。

その仙台大会から18日後の2011年3月11日に東日本大震災が発生。多数の犠牲者を出し、東日本の太平洋沿岸部に甚大な被害をもたらした。

ただ、そんな中でも、プロレスは止まらぬどころか、その底力を発揮するのだった。(続く)

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プロレスは最強の格闘技…幻想崩れ人気衰退/連載2

真壁は棚橋弘至(右)と激しい場外乱闘を演じた(2003年4月19日撮影)

<真壁刀義が語るプロレスの力(2)>

プロレスには不思議な力がある。24年間、プロレス界の天国も地獄も見てきた真壁刀義(47)の視点からプロレスの力を見つめ直す。第2回は、プロレスが格闘技に揺さぶられ、人気衰退していった時期をたどる。【取材・構成=高場泉穂】

◇  ◇  ◇

強さは、さまざまな魅力を持つプロレスの1つの要素にすぎない。だが、90年代後半から00年代にかけて、プロレスラーたちはひたすら強さを求めた。総合格闘技やキックボクシングがゴールデンタイムで放送され、人気を得ていた時代。“プロレスは最強の格闘技”の信念を持つアントニオ猪木は、自身がオーナーである新日本プロレスの選手と総合格闘家を戦わせ、プロレスの強さを世間に示そうとした。戦うなら負けるわけにはいかない。真壁ら新日本の選手たちは戸惑いながらも、格闘技の技術を磨き始めた。

「橋本対小川戦(注)の影響が大きかった。相手が仕掛けてきたら、やらなきゃだめだろ、というのは当時話していたよね。結局俺たちは夢見がちなクソガキの集まりで、強くなろうとこの世界に入ってるからさ。道場での合同練習が終わって、ヘロヘロなのに、みんな着替えてさらにボクシングやキックの練習とかしてた。ただ、上にのし上がってということばかり考えていたから、みんながむしゃらになってやってたよ」。

猪木は新日本プロレスのオーナーでありながら、総合格闘技団体PRIDEと深く関わり、藤田和之、ケンドー・カシンこと石沢常光や永田裕志らを次々と総合のリングにあげた。00年1月30日、PRIDEの初代王者を決めるトーナメント開幕戦が東京ドームで行われ、藤田は総合格闘技デビューする。当時新日本の寮長を務めていた真壁は後輩を引き連れ、生観戦した。結果は藤田がオランダのハンス・ナイマンに1回KO勝ち。まだ数試合残っていたが、真壁は藤田の勝利を見届けると、すぐ寮へと戻った。「あぁ、藤田くんよかったな。総合のリングでも結果出したな、って。安心したと同時に、なおさらエンジンがかかったよ」。スポットライトを浴びるには、格闘家ともやりあえる藤田のような強さを求めるしかなかった。

同時に新日本のリングでも、プロレスとも格闘技とも言えない試合が増えていった。01年6月、王者藤田と挑戦者永田によるIWGPヘビー級選手権は両者が、主に総合の試合で使用されるオープンフィンガーグローブを着用。馬乗りでの顔面殴打やグラップリングなどの総合格闘技の要素とプロレス技がまじった不思議な試合が展開され、藤田が膝蹴りKOで防衛した。浮上のきっかけをつかめない真壁は「これは俺のやりたいプロレスか?」と自問自答していた。

「当時はみんな、強くならなければ、って比重がそっちにいってたんだよね。でも、おれがガキの頃にワクワクしたのってそういうものだけじゃない。リング上で繰り広げられる、どろどろした人間模様が好きだったんだ。猪木さんがよだれ垂らしながら『てめー、このやろー』って。ああいうものに刺激されたんだよね。それなのに、なんで俺格闘技ライクなことやってんだろう、ってずっと思ってた。同じ戦いではあるかもしれないけど、直接的に戦うことと、相手の技を受けて倒すという、やり方、見せ方が違う。だから自分の中ではこれじゃねえな、と思ってたよね。総合格闘技を否定するんじゃなくて、自分を否定してたの。俺、何やってんのかな、って思ってさ。それだったら、最初から格闘技団体入ればいいじゃんって思ったの」。

葛藤を抱いていたのは真壁だけではなかった。小川との因縁試合で会社に不満を持った橋本は00年に新日本を辞め、ZERO-ONEを旗揚げ。「プロレスは芸術」の信念を持つ武藤敬司も02年に、小島聡、ケンドー・カシンを引き連れ、全日本へ移籍した。格闘技ともプロレスともいえない試合が増え、求心力をもった新たなスターもいない。全国どこの会場でも超満員だったはずが、次第に観客は減っていった。

「その流れは止められなかった。与えられた自分の試合を一生懸命やるよ。でも、控室に帰って、その日のセミとかメイン見るじゃん。なんでこんなのやってんのって思ってた。こんな試合を見せて、誰が喜ぶの、って」。

05年11月には、経済的に苦しくなったオーナーの猪木が新日本の株を手放し、新たにゲームソフト制作会社ユークスが親会社となった。翌06年には、不満を持った選手が大量離脱した。海外遠征から帰国し、さぁこれからと意気込む真壁は、大先輩が高級車を乗り回す姿に触発され、約1000万円のフェラーリ・テスタロッサを購入したばかりだった。だが、下がった給料ではとても維持できない。すぐに手放し、軽自動車に乗りかえた。

「なんかね、もうやってらんねえな、と思ったよ。今だから笑える話だけどさ、新日本やめようと思ってたからね。他団体に行こうと思ったけど、どうせならプロレスごとやめようと思っちゃった。プロレスやめて、学生時代にやってた建設業をやろうと思ってた。自分自身を否定してた。でも、俺はとどまった。なんでかって、夢だよね。ガキのころに憧れて入った新日本プロレスに入ってさ、やっぱり何かを残したいと思うし、おれが昔、狂喜乱舞したようなプロレスを客に見せたいなと思ったの。でも、その時は理想と現実の差がありすぎたのかな。会社の連中が何を考えているのか、何が正しいのか。具体的に何をすればいいのか、その時はわかんなかった」。

もう1つのメジャー団体、全日本も99年にジャイアント馬場が亡くなり、大きく揺らいだ。内紛が起こり、三沢光晴は多くの選手を引き連れ、00年にノアを旗揚げした。

猪木、馬場の時代は終わった。何度もプロレスラーが格闘家に敗れ、「プロレスは最強の格闘技」という幻想も崩れた。観客がどんどんプロレスから離れていく。その中で、プロレスラーはリングで何を見せるのか。それぞれの団体、選手が試行錯誤していた。

プロレスに限らず、物事がうまくいかない時、人は自分のことを棚に上げ、周囲の環境や他人を責めることがある。デビューから8年たっても活躍できない真壁もそうだった。だが、06年5月のある試合をきっかけに真壁は動きだす。「鬼になったよ。これじゃだめだ。このままじゃ、俺ぱっとしないで終わるなって。だから、やることなすこと全部変えてやろうと思った」。そして、真壁はヒールになった。その1歩が、プロレス界を新たな方向へ動かしていくこととなる。

(注)99年1月4日の新日本プロレス東京ドーム大会での橋本真也対小川直也戦。猪木が、格闘技路線の新団体「UFO」の刺客として送り込んだ小川が、橋本をボコボコにする。6分58分で無効試合となり、波紋を呼んだ。

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拳王「お前ノア社長?認めてねぇぞ」高木に決別宣言

試合後ににらみ合うノアの拳王(左)とDDTの高木三四郎(DDTプロレスリング提供)

<DDT:WRESTLE PETER PAN 2020>◇6日◇DDT TV SHOWスタジオ

DDTのテレビマッチ「PETER PAN 2020」の第1日が6日配信された。年間最大のビッグマッチとなる同大会は7日にさいたまスーパーアリーナで開催予定だったが、新型コロナウイルスの影響で見合わせとなり、代わりに2日間のテレビマッチとなった。

注目はノアの拳王、覇王、マサ北宮の「金剛」軍対高木三四郎、DDT軍の6人タッグ戦。拳王は5月30日のテレビマッチに乱入。DDTとノアの社長を兼任する高木に対し、ノアの社長退任を要求。それを受けて、高木がDDTのリングで勝負するよう求め、対戦が決まった。

拳王と高木。違う道を歩んできた2人のポリシーがぶつかり合った。拳王は、武器の蹴りで容赦なく高木を攻撃。一方、高木はプラスチックケースやカスタム自転車などらしさ全開の武器を投入して対抗。最後は覇王が松永にトルネードクラッチを決め、金剛軍が勝利。最後まで両軍、そして拳王と高木の両者がかみ合わないまま終わった。試合後、マイクを持った拳王は何も言わずに退場した。

1人リングに残った高木はマイクを持つと「拳王! おい、金剛! てめぇらと今日肌を合わせてみて、感じたことがあるよ。てめぇらとな、まったく合わねぇよ。プロレス観の違い、プロレスに対する取り組み方が全く違う。考え方が違う、イデオロギーが違う。ぜーんぶ違うよ。それが今日やってみてわかったよ。こんなんだったら、やんねぇでいいだろ」とこれが最初で最後の対抗戦だとした。

さらに、拳王とその向こうにいるノアファンにも呼びかけた。「おい! 拳王!あと金剛! それを応援するファンのみんな! まったく合わねぇよ、あいつらとはよ。プロレスリング・ノアとはまったく合わねぇよ! だからよ、おめぇらはおめぇらでよ、自由にやれよ。俺たちDDTも勝手にやらせてもらう。でもな、DDTの考え方、やり方は違うけど、ベクトルは一緒だろ? てっぺん狙いに行くんじゃねぇのかよ! だから、お前らはお前らで勝手にやれよ。俺も俺で、DDTはDDTで勝手にやる! 2つの存在がデカくなったら、そしててめぇらがまだまだ減らず口たたくようだったら、また、あるかもしんねぇな」。

この日は選手としての主戦場であるDDT側としてリングに立ったが、高木はDDT、ノア両団体の社長。色の違う2つの団体が、それぞれのやり方で上を目指せばいい、とあらためてメッセージを発信した。

拳王はバックステージで口を開き、「高木三四郎!お前がノアの社長? 認めてねぇぞ。ずっと認めてねぇぞ! お前なんか勝手にやっておけ。俺は、そして俺たちは金輪際、オマエと関わらないからな! 俺は俺の道を進む!」と決別宣言した。

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拳王がDDTに乱入、高木社長にNO!6・6に激突

リングで因縁決着することになったDDT、ノアの高木三四郎社長(左)とノアの拳王(DDTプロレスリング提供)

<DDT:DDTTVSHOW!#5>◇30日◇DDTTVSHOWスタジオ

ノアの拳王(35)がDDTテレビマッチに乱入し、DDT、ノアの社長を兼任する高木三四郎(50)にノアの社長職解任を突きつけた。けんかを売られた高木は「社長命令だ」とリングでの決着を要求。6月6日に6人タッグで対戦することが決まった。

この日のセミファイナル後、拳王は自身がリーダーを務めるユニット「金剛」の稲村愛輝、マサ北宮、仁王、覇王、征矢学を引き連れ、乱入。マイクを持つと高木への不満をまくしたてた。

「WRESTLE UNIVERSEを見ているクソヤローども、てめぇらに俺のこと、説明しなくてもわかってるだろ? DDTプロレスの社長、高木三四郎のことをな、めちゃくちゃ、大っ嫌いな、プロレスリング・ノアの拳王だ! DDTの社長? それともう一つあったな。俺は、めちゃくちゃ嫌なんだけどな、俺たちのプロレスリング・ノアの社長も兼任している。プロレスリング・ノアの社長、てめぇ、ノアのこと何をやってるんだ、高木? お前はノアの改革を何かしたのか? お前はな、DDTのことしか考えてねぇんだろ? お前の心の中はノアのことをどう乗っ取ってやろうか、DDTよりノアのこと下だと序列付けたいだけなんだろ? おい、高木! お前なんかなどうでもいいんだよ。お前なんかな、ノアにいなくていいんだよ! お前なんかからなノアを守ってやるよ。お前なんかな、ノアのリングから、ノアの会社から、消えてくれよ! 最後に、汚ねぇDDTプロレスファン! よく聞け! 俺が! 高木三四郎から! ノアを守る!」。ノアは今年1月、サイバーエージェントグループ入り。同時に、2年前から同グループ入りしていたDDT社長の高木が、ノアの社長を兼任することになったが、拳王はその体制に不満を持っていた。

そんな拳王の言動にたまらず、高木もリングに登場。「おめぇらな、言いたい放題言ってくれてるけど、そんなに文句があるんだったら、リングで勝負しようじゃねぇか!」と対戦を要求。拳王らが立ち去ろうとすると、「おい! ちょっと待て! 社長命令だ。社長として、拳王、てめぇに命令してやるよ。このおれと、このDDTリングで戦え!」とたたみかけた。拳王は「やってやるよ」とリングへ戻り、2人は顔を近づけ、にらみ合った。

高木の社長命令とあり、この日の試合後に急きょ対戦が決定。6月6日のテレビマッチ「WRESTLE PETERPAN2020」で、高木三四郎、樋口和貞、松永智充組対拳王、マサ北宮、覇王の6人タッグマッチが行われる。

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グレート・ムタ&魔流不死、毒霧と消火器噴射で勝利

そろって毒霧を噴射するグレート・ムタと(右)と魔流不死(ノア提供)

<ノア:テレビマッチ>◇10日◇ノア特設アリーナ

プロレスリングノアの無観客テレビマッチが行われ、メインで、グレート・ムタと謎の選手、魔流不死(まるふじ)の魔界初タッグが実現した。

総合格闘技のレジェンドでノアの杉浦軍にも所属する桜庭和志(50)、ドラゴンゲート望月成晃(50)組との対戦。ムタと魔流不死の2人は毒霧、消火器噴射など自由気ままな反則行為で流れを引き寄せ、勝利した。

ムタと、顔にペイントを施し、どこか丸藤正道に似た魔流不死の2人はリングにそろうなり、いきなり毒霧を空中に噴射。新型コロナウイルスの影響による無観客での試合とはいえ、時勢に反したまさかの行為。桜田、望月組にプレッシャーを与えた。

ゴングが鳴ると、2人の暴走が始まった。ムタは桜庭の帯を盗み、その帯で望月の首を絞め上げる。さらに場外のビデオカメラを横取りし、カメラで望月を殴った。桜庭、望月組も帯を使って2人でムタの首を絞め反撃するが、魔界コンビの勢いは止まらない。

ムタは場外で見つけた消火器をリングへ持ち込む。噴射にとまどい、望月の蹴りで1度は誤爆をくらうが、魔流不死がリング全体にまき散らすことに成功。白煙がリングを包んだ。その中で毒霧噴射が行われたのか、煙が消えると、顔面を緑で汚した桜庭の姿が現れた。

ムタは望月に火炎を繰り出し、気を引いたところで魔流不死が虎王をさく裂。そこにムタが閃光(せんこう)魔術を決め、3カウントを奪取。初タッグと思えない魔界コンビが鮮やかな連係をみせつけた。

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中嶋勝彦が2代目王者に「誰でも挑戦受けるよ」

GHCナショナル選手権で王者杉浦貴(左)にアンクルホールドをかけられる中嶋勝彦(ノア提供)

<ノア:テレビマッチ>◇9日◇ノア特設アリーナ

プロレスリングノアの無観客テレビマッチで、GHCナショナル選手権が行われ、挑戦者中嶋勝彦(32)が王者杉浦貴(49)を下し、2代目王者となった。

王者杉浦はアンクルホールドで中嶋を何度も締め上げ、中嶋も負けじと得意の蹴りで追い詰める。意地の張り合いは壮絶なビンタ合戦に突入。打ち勝った中嶋は顔面に蹴りを入れた後、ヴァーティカルスパイクをさく裂。マットに打ち付けた杉浦から3カウントを奪い、28分の激闘を制した。

GHCナショナル王座は昨年11月2日の両国大会から新設。4度防衛した初代王者杉浦から受け継いだ赤いベルトを、どう生かしていくのか。中嶋は「誰でも挑戦受けるよ」と防衛の相手にはこだわらないと話し、「取ったからには僕の一部。だから一緒に変化していくよ。想像つかないよね」と自由に色をつけていくつもりだ。

また、コロナ禍による無観客テレビマッチについても言及。「やり続けていくのがおれたちプロレスラーでしょ。らしくないこと言っちゃったじゃん。見たいやつは見てくれ。後悔はさせない。そのために俺たちは命を張る」と視聴者に強いメッセージを送った。

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リーダー拳王が桜庭下し金剛勝利「俺たちを見ろ!」

シングル6番勝負で対戦した杉浦軍のNOSAWA論外(左)と金剛軍の拳王(ノア提供)

<ノア:テレビマッチ>◇3日◇会場非公開

プロレスリングノアの無観客テレビマッチが3日、AbemaTVで放送された。

この日はすべての試合が杉浦貴(49)率いる杉浦軍対拳王(35)率いる金剛軍という形式。シングル6番勝負では杉浦軍が3勝2敗1引き分けと上回ったが、負けた選手が脱落していく6対6イリミネーションマッチでは、最後に拳王が、杉浦軍の桜庭和志(50)を下し、金剛軍に勝利をもたらした。

杉浦、桜庭、レネ・デュプリ、NOSAWA論外、大原はじめ、吉岡世起の杉浦軍と拳王、マサ北宮、稲村愛輝、征矢学、覇王、仁王の金剛軍。計12人による抗争で最後に残ったのは日本拳法がベースにある拳王と、総合格闘家のレジェンド桜庭の2人。初めは拳王が得意な蹴りで攻め立てるが、負けじと桜庭が拳王を倒し、グラウンド勝負へ持ち込む。桜庭が足4の字、逆十字など関節技を仕掛けるも拳王はうまくかわし、最後は三角締めをかけようとする桜庭を抑え込み、3カウントを奪った。

拳王はテレビカメラに向かって、「俺たちは時を止めないぞ。これを見ているクソヤローどもに新しいプロレスを、今生きているプロレスを見せ続けるぞ。いいか、今はな娯楽も少なくなってきているかもしれねえけどな、俺たちを見ろ!そして俺たち金剛を見ろ!」と力強く宣言。新型コロナウイルスの影響で興行ができない中でも、何かを発信していく覚悟を示した。

9日は、サムライTVとDDTUNIVERSEでの放送。GHCナショナル王者杉浦貴が中嶋勝彦(32)相手に5度目の防衛戦を行うほか、GHCジュニアヘビー級タッグ選手権で王者HAYATA(32)、YOHEI(31)組と挑戦者鈴木鼓太郎(41)、小川良成(53)組が戦う。

10日は再びAbemaTVでの放送となり、グレート・ムタと謎のキャラクター魔流不死(まるふじ)がタッグを組み、桜庭和志、望月成晃(50)組と対戦。プロレス、格闘ファンのSKE48松井珠理奈(23)がゲスト出演する。

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