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ボクシング10月から上限20人でプロテスト再開

日本ボクシングコミッションと日本プロボクシング協会は9日に新型コロナウイルス対策連絡協議会を開き、10月からプロテストの再開を決めた。

これまではアマ経験者のB級(6回戦)に限定し、各ジムで開催していた。特に東日本地区では100人以上が受検を待機中で、10月12日から20人を上限に東京・後楽園ホールで開催していく。1日に都内のジムで8人の感染者が出たが他の感染者はなく、この日からジム営業再開許可が下りたことが報告された。

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東京五輪逃した藤田健児ら、帝拳ジム4選手プロ合格

帝拳ジムからプロ転向した、左から嶋田淳也、藤田健児、村田昴、金子虎旦の4選手

日本ボクシングコミッションは4日に都内の帝拳ジムでプロテストを実施し、全日本を3度制した藤田健児(26)ら4選手がB級(6回戦)で合格したと発表した。

藤田は拓大から自衛隊に入り、東京オリンピック(五輪)を目指すも代表を逃して転向。「アマエリートと呼ばれるが、思い違いしないようにしたい。王者やランカーを食ってやろうという気持ちは常に持っている」とコメントした。

他の3人は同じ自衛隊出身でアマ2冠の村田昴(23)、駒大出身の嶋田淳也(22)、日大出身の金子虎旦(22)。

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関西初ボクシング無観客興行開催 コロナ収束みえず

リングサイドは関係者だけの無観客で行われたボクシングの試合(撮影・実藤健一)

ボクシングで関西初の無観客興行が25日、神戸市立体育館で行われた。当初は3500人収容の会場に400人限定で有観客で行う予定だった。しかし、新型コロナウイルス感染症の収束はみえず、大阪府内のジムで11人の陽性反応が出たこともあり、無観客に変更。

メインの東洋太平洋ライトフライ級王座決定戦は40歳4カ月の堀川謙一(三迫)が、18歳下の冨田大樹(ミツキ)を10回TKOで下して戴冠した。無観客は「全然気にならなかった」と話し、年齢の影響も「35歳から変わっていない。(年齢に)あらがうようにしている」と笑顔だった。

プロテストも行われ、女子で元WBO世界ミニマム級王者山中竜也さん(25)の妹・菫(18)が合格した。

40歳4カ月で東洋太平洋ライトフライ級王座を獲得した堀川(撮影・実藤健一)
プロテストに合格した元世界王者山中の妹、菫(撮影・実藤健一)

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元世界王者・山中竜也の妹菫がプロテスト合格

プロテストに合格した元世界王者山中さんの妹、菫(撮影・実藤健一)

ボクシングのプロテストが25日、神戸市立体育館で行われ、女子で元WBO世界ミニマム級王者山中竜也さん(25)の妹・菫(18)が合格を果たした。

兄の影響を受け、相生学院高校でボクシングを始めた。しかし、兄は18年7月の2度目の防衛戦で敗れた際、硬膜下血腫を患い、引退となった。それにショックを受け、一時はボクシングから遠ざかった。しかし、もう1度夢を選択した。

元世界王者によく似た菫は「緊張しました」と笑顔を浮かべながら「よかったです」。今は大阪市内でおにぎり店を営み、多忙な兄と直接の練習はかなわないが、スパーリングの動画を送り、アドバイスを受けているという。

身長146センチの左ボクサー。「必ず強くなって、世界王者になって兄を超えたい」と誓った。

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亀田興毅氏のTV企画でボコられた男、興行再開に涙

コロナ禍後初の国内プロボクシング興行。試合の合間、ロープなどの消毒作業が行われた(撮影・加藤裕一)

新型コロナウイルス感染拡大後、国内初のプロボクシング興行となる中日本新人王予選が12日、愛知・刈谷市あいおいホールで行われた。当初予定の3月29日から延期されていたリングに立った選手は、さまざまな思いを胸に、感謝の思いを口にした。

第1試合で2-1僅差で判定勝ちしたミニマム級松本幸士(30=HEIWA)は「ジムのOBや仲間がずっと応援してくれて。昔世話になった人が今、熊本にいて、豪雨で被災されているのに、LINE(ライン)で激励してくれて」とうれし泣きした。元世界王者亀田興毅氏に挑戦するインターネットTV企画で経験者にボコられ、プロを志した男は「早く元通りになってほしいです」と話した。

第2試合で1回TKO勝ちし、興行解禁後の“KO第1号”になったフェザー級の宮崎裕也(23=薬師寺)は「KO決着になるとは思っていましたし、最後のパンチは覚えています」と話した。昨年12月のデビュー戦は2回TKO負けした。無観客で“借り”を返した形で「スパーリングみたいで緊張しなかったです」と話した。

スーパーフェザー級の“30代デビュー対決”を、強引な右フック一発で1回TKO勝ちした小暮経太(32=中日)は「試合が延期、延期で周りが“遅咲きやのに大変でしょう?”とか気遣ってくださって」と期待に応えられたことを喜んだ。10代で引きこもりになり、手を差し伸べてくれた親友の死に直面、兄一成さん、父孝典さんもここ数年で他界した。多くの喪失感を抱え、昔、父と一緒に見たボクシングに活路を求め、昨年11月にプロテストに合格した。

「こんな僕でも頑張れている。そういうメッセージを少しでも発信できたらうれしいです」。待望の舞台に立ったことが、何よりうれしそうだった。

フェースシールド、防護服姿でリングサイドに陣取ったタイムキーパー(撮影・加藤裕一)

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帝拳ジム4選手がプロ転向、東京五輪目指した藤田ら

藤田健児(2011年8月15日)

帝拳ジムが6日、4選手のプロ転向を発表した。

東京五輪を目指していた自衛隊出身で、全日本を3度制した藤田健児(26)がフェザー級、2冠の村田昴(23)がバンタム級。

駒大出身の嶋田淳也(22)、日大出身の金子虎旦(22)と夏にプロテスト受験、秋にデビューを目指す。

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ボクシング客入れ興行却下も…安全優先で厳格条件

ボクシングの客入れ興行には、より厳しい条件をつけることになった。日本プロボクシング協会と日本ボクシングコミッションは29日、オンラインで新型コロナウイルス対策連絡協議会を開催。7月から興行再開を決定したが原則無観客で、客入れにはきめ細かく厳しい条件設定の方針でまとまった。

各自治体の自粛解除が早まり、プロ野球などは7月中旬から客入れの予定だが、協会側からはより慎重論が高まったという。再流行が懸念され、興行やジムから感染者が出れば信用に関わり、社会的責任も大きいとの考えから。協会の新田事務局長は「早く試合したい気持ちは強いが安全優先」と話した。

これまでのガイドラインでは客席は前後左右を空けるとしていた。その程度の間隔でいいのか。動線、エレベーターやトイレの使用法、もぎりの方法、検温などを含めた要員確保…、会議ではさまざまな課題が上がった。屋内の中小規模会場中心の状況もあり、JBC安河内事務局長は「業界上げて、感染者を出さない努力を示していく」とした。

近日中にガイドラインを作成するが、プロモーターが提出する開催案の内容次第では、客入れ却下もありうると厳しい姿勢を打ち出した。新人王開催も正式に決定し、再開第1弾で7月12日に中日本予選開幕となる。会場の使用許可が下りずに名古屋市内の中日ジムで開催に変更となった。これも開催案を見てから判断と、あくまで予定とした。

6月1日から東京などのジム営業も解除となる。こちらもガイドラインを月内に作成して配布する。メディカルチェックシートを設け、一般会員も含めた入館者全員の検温、酸素飽和度計測、味覚障害などの症状をチェックし、安全管理を徹底する。ミット打ち、スパーリングなど実戦の対人練習は、再開前に抗体検査受検を推奨する。

現時点で確定している興行は東京・後楽園ホールでの無観客で、16日と22日の日本王座戦などに7月30日と8月2日の東日本新人王予選。他の予定は19日に沖縄、25日に神戸での西日本新人王予選で客入れを目指している。全日本新人王は来年2月に開催する。プロテストについては9月以降に再開予定とした。

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王者8人!世界の扉開けた内山の右/渡辺会長の一撃

ボクシングWBA世界スーパーフェザー級選手権 12R、王者サルガドにパンチを放つ内山高志(右)(2010年1月11日撮影)

<ボクシング、忘れられない一撃~11>

一発のパンチですべてが変わるボクシング。選手、関係者が「あの選手の、あの試合の、あの一撃」をセレクトし、語ります。世界王者を男女で8人育てたワタナベジム渡辺均会長(70)の一撃は、内山高志氏の「サルガド戦の右ストレート」です。ジムに初めて世界王座をもたらした愛弟子の一撃は、今もジム経営の原動力になっています。(取材・構成=河合香)

▼試合VTR 内山は10年1月11日に14戦目で、WBA世界スーパーフェザー級王者フアン・カルロス・サルガド(メキシコ)に世界初挑戦した。初回からジャブで先手をとり、積極的に攻めてリードした。3回には反撃に鼻血も出すが、前に出続けてポイントも大きくリードした。最終12回も守りに入らずに攻めた。残り1分を切って、ロープに追い詰めて右ストレート。1発目は左側頭部をかすり、2発目をアゴに打ち込むとダウン。カウント8で立ち上がったが、さらに右を2発でロープへ飛ばすと、レフェリーがストップした。12回2分48秒TKOで、ジムにとって6度目の世界挑戦で悲願達成となった。内山はその後に11度防衛し、KOダイナマイトのニックネーム通りに世界戦では12試合中10試合でKOを決めた。

    ◇    ◇

忘れられないパンチはいくつもあるが、やっぱり内山の右ストレートが一番。何しろジムから初めて世界をとり、ここまで45年もジムを続けられ、今あるのも内山のおかげ。あのパンチがなければ、すべてはなかったとも言えるから。

入門前は全日本王者とはいえライト級だけに、世界はどうかなと思っていた。入門して初めてミットを受けると、ガツンと来た。重みがそれまでとは格が違った。ゲームセンターのパンチングマシンで、700キロを出して壊したのもうなずけた。世界もいけるというより、これは世界王者にしないといけないと思った。

世界が見えてきたころは、WBAはホルヘ・リナレス(帝拳)が王者。日本人とはやらないというので、チャンスは難しいと思っていた。それがサルガドに負けたことでチャンスが来た。

最終12回のインターバルで、内山に「倒してこい」と言った。もしかしたら採点は競っているかもしれない。相手は11回に弱っていた。でも、最終回だけに息を吹き返すかもしれない。3つの考えがあって、KOを狙わせた。

指示通りに内山は連打で攻めまくり、ほとんど右を決めて倒した。内山まで5度の世界挑戦は失敗し、ミスマッチと不評を買ったことも多かった。感激で初めて涙が出てきたのは忘れられない。

今は気はめいるし、これからが心配で仕方ない。世界王者も8人できたし、日本プロボクシング協会長もやらせてもらったし、年もあるし。もうやめてもいいかと思うことさえある。

ジムを開く時の目標はヨネクラジムだった。世界王者の数はあと1人で並べる。内山が世界をとった時には大学を卒業した気分と言ったが、選手のためにまだまだジムは卒業できない。もうひと踏ん張りして、あの内山のような選手を育てたい。

◆渡辺均(わたなべ・ひとし)1950年(昭25)1月5日、栃木県今市市(現日光市)生まれ。現宇都宮ジムでボクシングを始め、その時からジム経営を目標にしていた。宇都宮工卒業後は国鉄に勤務しながら、5度目の挑戦でプロテストに合格し、69年にプロデビュー。通算7勝6敗で最高ランクは日本ミドル級3位。75年に地元で念願の今市ジムを開設し、東京転勤を機に、80年には五反田に移転してワタナベジムに改称した。82年には退職してジム経営に専念し、朝8時から夜10時までの営業などで、98年には会員が800人にまで増えた。内山を皮切りに男子は内山、河野、田口、京口の4人、女子も国内公認第1号の富樫ら4人の世界王者を育てた。

12回TKOで勝利し、チャンピオンベルトを巻いて渡辺均会長(右)と喜ぶ王者を奪取した内山高志(2010年1月11日撮影)

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仙台女子プロレス金子夏穂、ホテル辞めリングで夢を

必死の形相で立ち向かう金子(撮影・山田愛斗)

職場は、ホテルからリングへ-。センダイガールズプロレスリング(仙女)の金子夏穂(23)は、約1年半勤めていた名古屋のホテルを退職し、昨年4月に仙女の門をたたいた。しかしプロテストには3度の不合格を味わう。1年近く努力を重ね、ようやく先月8日に合格し同28日にデビューを果たした。

脱サラしてレスラー転身を決意したのは「好きな選手(新日本プロレスの高橋ヒロム)の印象に残る試合があり、仕事中もそれで頭がいっぱいだった。『自分もこれをやりたい』と思いが強くなった」と熱っぽく語る。運動未経験、体調を崩し中2の途中から卒業までは不登校。基礎体力ゼロの素人だが、人生を変えるため必死にもがいていた。

プロテストの壁に心が折れかけたこともある。「2回目までは大丈夫だった。3回目に落ちて自信がなくなり『向いてない。辞めたい』となったが、ここまでやりたいと思えることは今までなく、諦めたら後悔すると感じた」と負けん気は強い。体力と受け身の課題2つの克服に励み、ついに合格をつかんだ。

仙台で行われたデビュー戦には地元名古屋から母が駆けつけ、金子の名前がコールされると、会場には大声援が起こった。「何日も前から睡眠が浅く試合直前もガチガチだった。夢をかなえるためにようやく1歩を踏み出せた」。5分45秒で敗れたが、怖さを乗り越え堂々戦った。

会社員時代に「『仕事がきつい』と思ったときは、追い込まれながらもやり返す選手を思い出し元気をもらっていたので、自分も人の心に残るプロレスラーになりたい」。橋本千紘ら仙女の先輩レスラーのSNS上での合言葉は「がんばれかねこ」。一人前に早く成長し、リング上からエールを送る存在になる。【山田愛斗】

◆金子夏穂(かねこ・なつほ)1996年(平8)8月19日生まれ、愛知県名古屋市出身。昨年4月に仙女に入門し、今年3月28日プロデビュー。自分の世界を表現するのが好きで趣味はイラストを描くこと。160センチ、60キロ。

ボクシング興行5月末まで中止、延期 3度目延長 

プロボクシング興行の中止、延期が5月31日まで延長された。日本プロボクシング協会と日本ボクシングコミッションによる、新型コロナウイルス対策連絡協議会を6日に都内で開いて決定した。これまで2月26日の3月末までから、3度目の期間延長となった。

7日に政府および各自治体から緊急事態宣言された際には、その内容に応じてジムの営業自粛などを要請する方針となった。東日本では各ジムが週末休館していたが、宣言期間中は完全休館することになる。また、自粛期間に37歳定年、プロテスト受験の上限34歳を迎える選手に、猶予を与えて救済することも決めた。

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アマ3冠木村蓮太朗プロテスト合格、6月デビューへ

プロテストに合格した木村蓮太朗

ボクシングアマ3冠の木村蓮太朗(22=駿河男児)が7日、B級(6回戦)プロテストに合格した。

都内の三迫ジムで、3回のスパーリングなどのテストを受験した。東洋大で国体と全日本で3度優勝し、昨年は主将で初の大学日本一に導いた。ケガで東京五輪予選には出られなかったが、静岡・飛龍高時代から目指していたプロ転向となった。フェザー級で6月デビュー予定。「きょうの30倍の力は出せる。デビューはKOで仕留めたい。静岡から世界王者に」と意気込みを見せた。

前島正晃会長(左)とプロテストに合格した木村蓮太朗

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アマ8冠の中垣龍汰朗「憧れていた」プロテスト合格

合格通知を指して笑顔を見せる中垣(左)と松本

アマチュアボクシングで8冠の実績を持つ中垣龍汰朗(20)と、元東洋太平洋フェザー級王者で大橋ジムトレーナーの松本好二氏の長男・圭佑(20)が4日、横浜市内の大橋ジムでB級(6回戦)のプロテストを受け、合格した。当初は11日に東京・後楽園ホールで受験予定だったが、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で3月の同所での興行が中止となり、所属先での特例の受験となった。

3回のスパーリングでは中垣が左の強打、松本も得意のフットワークを生かしてパンチを返すなど、高い技術を披露した。スーパーフライ級で世界を目指す中垣は「小さい頃から憧れていたステージに立てると思うと感慨深い」と笑顔。スーパーバンタム級の松本は「1試合ずつ、しっかりとした準備をして戦っていきたい」と力を込めた。2人は5月28日にデビュー予定で、大橋会長は「2人ともスター性は十分。ジムの中でも競い合ってほしい」と飛躍を願った。

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但馬ミツロがプロテスト合格 ヘビー級にホープ誕生

プロテストに合格した但馬ミツロ

ボクシングアマ5冠のヘビー級ホープが誕生した。日系ブラジル人の但馬ミツロ(25=緑)が21日、都内のジムでB級プロテストを受験。体重120キロもスパーではスピードと技術を見せて合格した。

中大時代からライトヘビー級で国体などに優勝。リオ、東京五輪はケガや日本国籍取得が間に合わず断念。「プロで世界王者が目標だった」と転向し、クルーザー級が適正も国内唯一の重量級まで上げた。松尾会長は「デビュー戦で藤本京太郎とやらせたい」に「誰でもいい。ゴールは米国」と言い切った。

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ボクシング松本圭佑、井上尚弥に感銘しプロ入り決意

プロ転向会見を行った松本圭佑(右)と父の好二トレーナー

ボクシングの元東洋太平洋フェザー級王者松本好二氏(50=大橋ジムトレーナー)の長男圭佑(20)が20日、横浜市内で会見し、大橋ジムからプロ転向すると発表した。

U-15全国大会で5連覇を果たすなど、幼少期から活躍してきたが、目標としていた東京五輪出場を逃し、昨年末に東農大を中退。「小さい頃からの憧れの舞台に立ててわくわくしている。ラスベガスや東京ドームで試合ができるような世界王者になりたい」と意気込みを語った。

プロ転向のタイミングを悩んでいたが、昨年11月の井上尚-ドネア戦を観戦し「こんなにすごい方が身近にいる。同じ環境で練習がしたい」とプロ入りを決意。父が3度の挑戦でつかめなかった世界王者を目指す道を選び「小さい頃から父の映像を見るたびに、悔しい気持ちを持っていた。父を超えること=世界王者になること。そこもモチベーション」と力を込めた。

プロではスーパーバンタム級を主戦場とする予定で、3月11日にプロテストを受け、5月28日のデビューを目指す。世界王者の八重樫、川嶋勝重を育ててきた松本トレーナーは「八重樫のハートと、尚弥の技術を併せ持ったような選手を目指して欲しい」と話した。【奥山将志】

◆松本圭佑(まつもと・けいすけ)1999年(平11)7月17日、横浜市生まれ。小3でボクシングを始め、みなと総合高では選抜ライトフライ級優勝、総体3年連続準優勝など。東農大では全日本選手権バンタム級準優勝。アマ戦績は95戦80勝15敗。175センチ。家族は父、母、妹。

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アマ8冠の中垣龍汰朗プロ宣言「2年で世界王者に」

大橋ジムからプロデビューする中垣龍汰朗

ボクシングアマ8冠の中垣龍汰朗(20)が、大橋ジムから5月にプロデビューする。19日に横浜市内のジムで発表した。

宮崎・日章学園ではインターハイなど5大会、国際大会でも3度優勝。東農大で東京オリンピック(五輪)代表を目指していたが予選敗退し、昨年末に2年中退でのプロ入り。「最短2年で世界王者になりたい」と高い目標を掲げた。

3歳で空手を始めた。テレビで見た3階級制覇王者長谷川穂積の「格好良さ」にひかれ、小4から福岡のジムに通いだした。そこからボクサー一筋。パリ五輪も考えたが「4年は長い。プロで勝負」と決意。出稽古したことがあり、選手がそろう大橋ジムを選んだ。

169センチのサウスポーで、打たせないアウトボクシングが持ち味。大橋会長は「スピードあり、パンチもシャープ。パワーをつければ世界をとれる実力」と期待。スーパーフライ級で3月に6回戦のB級プロテストを受験し、5月28日に6回戦での初戦を予定している。

大橋ジムからプロデビューする中垣龍汰朗(中央)と大橋秀行会長(右)、松本好二トレーナー

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山中竜也さん妹菫がプロ挑戦 狙うは兄妹世界王者

20年の必勝祈願を行う真正ジムの所属ボクサーたち(撮影・加藤雄一)

ボクシングの元WBO世界ミニマム級王者山中竜也さん(25)の妹菫(相生学院高3年)がプロ挑戦を決めたことが21日、分かった。

真正ジムの山下正人会長(57)が明らかにしたもので「先週、ウチに来て“プロでやりたい”と。うれしいですね。まだスパーリングもさせていないので、しばらく様子を見たい」と言い、時期を見てプロテストを受験することになりそうだ。

菫は兄の背中を追ってボクシングを始め、同高ボクシング部へ。しかし、山中さんが18年7月の2度目の防衛戦で硬膜下血腫を負い、引退を余儀なくされると、ショックを受けてか、約1年半、ボクシングから遠ざかっていた。今後は“兄妹世界王者”を目指す。

また同ジムの元WBO世界女子ミニマム級王者佐伯霞(23)が昨年7月に一般人男性と結婚、5月に第1子を出産予定であることも分かった。山下会長は「出産後、カムバックする意欲を見せている」と言い、こちらは“ママさん世界王者”を目指すことになりそうだ。

同ジムではこの日、所属ボクサーが集合して、神戸市の湊川神社で今年の必勝祈願を行った。山下会長は「春にはいろいろアクションを起こしたい」と言い、長谷川穂積、久保隼、山中など多くの世界王者を輩出した名門ジムとしての飛躍を誓った。

20年の必勝祈願を行う真正ジムの所属ボクサーたち(撮影・加藤雄一)

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黄金世代・勝、小祝 東京ドーム大会への思い語る

勝みなみ(左)と小祝さくら

女子プロゴルフ界で大活躍の黄金世代も、東京ドーム大会に注目している。昨季2勝で賞金ランキング10位の勝みなみ(21=明治安田生命)と同1勝で賞金ランキング8位の小祝さくら(21=ニトリ)は、ともに新日本プロレスの大ファン。鹿児島県出身の勝が、同郷の飯伏幸太推しなら、小祝はオカダ・カズチカの熱狂的な信奉者。2人に、東京ドーム大会への思いを聞いた。

   ◇   ◇   ◇

勝も、小祝も、1月4日、5日の東京ドーム大会を観戦予定だという。年明けの東京ドーム大会に足を運ぶのは2回目になる。勝は「東京ドームは特別な舞台。私たちが、海外のメジャー大会に出るようなもの。ゴルファーにとってメジャーがそうであるように、プロレスラーの方にとっても、選ばれた人たちしか出場できない。そんな特別感にワクワクします」という。

小祝は「年に1回のイベント。東京ドームでやること自体がすごいなと思う。1試合1試合がすごいですが、私が注目しているのはメインイベント。その団体で一番のタイトルをかけた戦いにしびれます。もちろん、応援しているのはオカダさんです」と興奮気味に話した。

勝も小祝も家族に連れられプロレスを初観戦したのが、昨年1月の東京ドーム大会だった。独特の雰囲気と派手な演出。何より、レスラーの体を張った戦いに刺激を受けた。勝は、その後G1クライマックスや、後楽園ホールにも足を運び、深夜のテレビ中継も見るようになった。

今回の東京ドーム大会で「1・4」はIWGPヘビー級王者オカダとG1優勝の飯伏の対決がメイン。図らずも、黄金世代で優勝を争う2人がオカダ、飯伏と推しメンを巡って“対決”する構図となった。小祝は「私はオカダさんしか見ていない。ぜひ勝ってほしい」。勝は「注目度が一番高い試合。私まで緊張するけど、どちらが勝っても、頑張っている姿を見るのが楽しみ。プロレスは、私たちに元気を届けてくれる。見終わって笑顔じゃない人はいないですよ」と期待を口にした。【桝田朗】

◆勝(かつ)みなみ 1998年(平10)7月1日、鹿児島市生まれ。名前は人気漫画「タッチ」のヒロイン浅倉南から。ゴルフは6歳で始め、12、13年に全国中学生選手権2連覇。14年にはKKT杯バンテリン・レディースで史上最年少でプロツアー初優勝。15年の日本女子アマ優勝、日本女子オープンでローアマ獲得。17年にプロテスト合格。19年は2勝を挙げた。157センチ、56キロ。

◆小祝(こいわい)さくら 1998年(平10)4月15日、北海道北広島市生まれ。8歳でゴルフを始め、16年にはニッポンハム・レディースに出場し8位でローアマ獲得。17年プロテスト合格。本格参戦の18年はトップ10に13回入るなど賞金ランク8位に入り新人賞と敢闘賞を獲得。19年のサマンサタバサ・レディースでツアー初勝利。158センチ、58キロ。家族は母と弟。

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岩田翔吉TKOでプロ4連勝「日本王座挑戦したい」

1回、バジャダレス(右)に強烈な左フックを食らわす岩田(撮影・鈴木みどり)

軽量級ホープで日本ライトフライ級13位の岩田翔吉(23=帝拳)がデビュー4連勝を飾った。

7日、さいたまスーパーアリーナでアレハンドロ・クルス・バジャダレス(24=メキシコ)との同級6回戦に臨み、5回2分10秒、TKO勝ちを収めた。

メキシカン独特のリズムに迷うことなく、岩田は1回から的確に左ジャブをヒットさせた。2回以降は好戦的に左フック、右ストレートで競り勝ち、ロープ際に追い込んだ。5回には右アッパーで相手が鼻血を出した直後、強烈な右ストレートをねじ込み、そのままレフェリーストップにまで追い込んだ。

これでプロ4連勝をとなった岩田は「もっとガツガツくると思いましたが、予想と違ったので自分からいきました。もう少し早いラウンドで倒したらベストでしたね」と反省も忘れなかった。昨年12月、米国で4回TKO勝ちのプロデビューを果たした後、国内ライセンス取得のために1月にプロテストを受験し、名門の帝拳ジム所属となった。

5月に国内デビュー戦を飾り、7月には日本ランカーだった亀山大輝(ワタナベ)を下し、着実に日本ランクにも入った。「またメキシカンやいろいろなタイプの選手と試合したい。1つ1つ勝利を重ねていきたい」と決意を新たにした。

アマチュアの高校時代に田中恒成、井上拓真からも勝利している期待のホープだ。ワールド・ボクシング・スーパーシリーズ決勝の前座で出場し、さいたまスーパーアリーナで2万人に囲まれて勝利を挙げ「リングから見渡してしまいました。モチベーションも上がり、歓声をいただけてうれしかったです」と笑顔。年内最後の試合を終え「来年、チャンスがあれば日本王座にも挑戦したいですね」と着実に王者ロードを突き進む構えをみせていた。【藤中栄二】

4回、バジャダレス(左)に強烈なボディーをねじ込む岩田(撮影・鈴木みどり)
バジャダレスに5回TKO勝ちした岩田(左)(撮影・鈴木みどり)
バジャダレスに5回TKO勝ちし、勝利インタビューに答える岩田(右)(撮影・鈴木みどり)

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元Jリーガー阿部陽輔、ボクサーとして王者目指す

茨城国体で優勝を目指す阿部(撮影・浅水友輝)

旭川市出身でサッカーJ1横浜F・マリノスなどに在籍した阿部陽輔(29=K&K)が、ボクサーとして全国王者を目指す。

28日開幕の茨城国体に男子ライトヘビー級北海道代表として出場する。一昨年の国体では代表選出後に、当時の日本ボクシング連盟のアマチュア憲章に違反することが判明して出場が白紙になった。同連盟の規定が改正されたことで公式戦出場が可能となり、満を持してリングに上がる。

   ◇   ◇   ◇

2年分のうっぷんを拳に乗せる。阿部が並々ならぬ決意で国体のリングに上がる。「目標は優勝ですね。やるからにはそこを目指したい」。元Jリーガーに甘えはない。北海道代表として戦う最初で最後の舞台。狙うは日本一のみ。現在は早朝の走り込みに週2回ジム通いで、ライトヘビー級出場のための減量中だ。

一昨年、競技開始2年で道予選を通過して国体代表に選ばれた。24歳までJリーグなどでGKとしてプレー。身長187センチのフィジカルと俊敏性はボクシングでも一級品の才能として認められた。「当時はボクシングにかけていた。五輪も視野に入れていた」。代表選出後、北海道教大岩見沢の学生として教育実習に行った先の旭川市内でも朝4時から走り込んだ。

国体開催の愛媛に向かう直前だった。GKコーチとして同行したサッカー大学選抜の韓国遠征から帰国後、道連盟から連絡が入った。競技を問わず元プロ選手はアマチュアの公式戦に出場できないという日本ボクシング連盟のアマチュア憲章に触れるため、代表取り消しとの通知だった。「死ぬほど練習してきた中でいわれ『えっ』っていう感じだった」。描いていた夢の扉が1度、閉ざされた。

「腐ったら終わりだ」。オリンピック(五輪)への道を断たれたが、すぐにキックボクシングに挑戦。18年9月にはプロテストを受け、プロを相手にTKO勝ち。12月にはプロのライセンスを手にした。その間だ。日本連盟の会長交代に伴う新体制が発足しプロ経験者の公式戦出場が認められた。「いろいろありましたけど良かったです」。再び、ボクシングの世界に戻ることになった。

今年8月の道予選で認定王者になり、“2度目の国体代表”に選出。今春には大学院に進学し、サッカー指導者としてもキャリアを積んだ。ボクサーとしては国体での全国制覇を1つの区切りにするつもりだ。戦績は1戦1勝(1KO)。「無敗の王者で終わりますよ」。最後までリングに倒れるつもりはない。【浅水友輝】

◆阿部陽輔(あべ・ようすけ)1990年(平2)5月24日、札幌市生まれ。旭川永山南小3年時にサッカーを始め、GK一筋。旭川永山南中から旭川実高に進学し、3年時に全国高校選手権道予選準優勝。同校2人目のJリーガーとして09年に横浜入団。仙台-JFL金沢(当時)を経て、タイのトライアウト挑戦後の14年2月で現役引退。横浜、仙台で公式戦出場なし。187センチ、89キロ。家族は夫人。血液型O。

茨城国体にボクシングライトヘビー級で出場する阿部(撮影・浅水友輝)

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5冠の重岡優大がプロテスト 弟銀次朗はアジア王者

プロテストを受験した重岡雄大

ボクシングアマ5冠の重岡優大(22=ワタナベ)が31日、東京・後楽園ホールでのB級(6回戦)プロテストに合格した。弟銀次朗(19=同)は、27日に国内男子最速タイ4戦目でWBOアジア太平洋ミニマム級王座に就いたばかり。拓大を3年で中退して、兄弟で世界同級制圧を狙う。

実技テストのスパーリング3回は、2月に世界挑戦した同門の谷口将隆を相手にした。WBO7位の世界ランカーにひるむことなく積極的に攻め、得意の左ストレートに右ボディーを打ち込んだ。久しぶりの駒大でも慣れ親しんだリングに「スポットライトを浴びて、早く試合したくなった」とデビュー戦を待ち望んだ。

空手から父の勧めで中1でジムに通い出し、熊本・開新高ではインターハイ、国体、選抜で4度優勝した。東京五輪を目指して駒大に進み、昨年全日本選手権も制した。

新チームの主将にもなっていたが、五輪では本来のライトフライ級が除外が決まった。「フライ級では厳しい。いずれはプロと決めていた」と、思い切って3月で中退して転向を決断。「軽量級の層が厚く、いい練習ができ、刺激も多い」と、弟と同じワタナベジムに入門した。

インターハイ熊本県大会決勝では兄弟で決勝に進出した。親と監督が相談し、ゴングと同時に弟陣営がタオル投入での1回KO勝ち。弟はアマ57戦で唯一の敗戦となった。「ボクはやってもよかった。自分の方が強いから」とニヤリ。性格もタイプも好戦的な左ボクサーファイターだ。

弟は早くも王座を奪取で世界ランク入りも確実だが「大の仲良しなので兄としてうれしかった」と喜ぶ。アマ戦績は81勝10敗に「ボクは負けもあるし、弟にはない経験がある」とも話す。プロでは同じミニマム級で勝負する。「あわてる必要はないがボクシングで生きていく。重岡兄弟で世界を牛耳る」とアピールした。

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