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京口紘人の転機は辰吉丈一郎の直接指導/プロに聞く

17年7月、デビューからわずか1年3カ月で世界王座を獲得して喜びを爆発させる

各界のプロフェッショナルの子ども時代や競技との出会いなどに迫る「プロに聞く」。ボクシングのWBA世界ライトフライ級王者京口紘人(26=ワタナベ)は、幼少期、自身の小さな体に悩んでいた。転機となったのは、ボクシングとの出会いと、伝説の世界王者辰吉丈一郎の教えだった。日本人最速の、デビューから1年3カ月で世界王者に駆け上がった男が、道を切り開いてきた原動力と、これまでの歩みを語った。【取材・構成=奥山将志】

京口の目の前には、生まれた時から「格闘技」があった。父寛さんが空手の師範。兄、姉の背中を追い、当たり前のように3歳から教えを受け始めた。だが、活躍する兄姉のようにうまくはいかなかった。「背の順」は常に先頭。小柄な体が勝利を遠のかせていた。

「兄や姉は大会で何回も優勝していたのに、自分だけ勝てなかったんです。悔しさもありましたが、子どもながらにプレッシャーがすごかった。父が先生で、兄も姉も結果を出している。『勝って当たり前』という目で見られるのがコンプレックスでしたね」

負ける相手が、自身より20センチ以上も身長の高い相手、体重が倍以上の相手だったこともあった。「フェアじゃない」-。そんな思いは、次第に大きくなっていった。運命を変えたのは、小5の時。友人の家で見た、辰吉丈一郎-薬師寺保栄のボクシングの試合だった。「階級」に分かれ、同条件の2人が激しく殴り合う姿に、胸が躍った。

「小さい頃から『同じ体重だったら負けない』っていう思いがずっとあったんです。あの試合を見た時、自分はこれで生きていくんだって思いましたね」

寛さんは、ボクシングをやりたいと頭を下げる息子の思いを理解し、条件を与えた。「中学校に入るまでに、小さい大会でもいいから優勝しろ」「ボクシングをやるなら、死ぬ気でやれ」-。京口は父の言葉に結果で応え、小6の冬、大阪帝拳ジムの門をたたいた。指導してくれたのは、きっかけをくれた辰吉本人だった。自宅から片道1時間20分の道を、週6回。約1年半続いた直接指導から、ボクサーとして生き抜く「強さ」を学び取った。

「楽しくて仕方なかったですね。教わったのは、考え方や精神的な部分。まず先に、『世界チャンピオンになりたいでは、なれない。なるって言え』って。技術的には、意外かもしれないですが、基本の繰り返しです。『歩けないやつに走れっていっても無理やろ。基本ができていないやつにフックとかアッパーを教えても意味がない』って。ジャブ、ワンツー、ディフェンス。しんどかったですが、毎日が濃厚でしたね」

進学した大商大で、積み重ねた努力が結果として表れた。4年時には主将を務め、14年の国体で優勝。16年4月にワタナベジムからプロデビューを果たすと、驚異的なスピードで階段を駆け上がった。デビューからわずか1年3カ月。8戦目で、憧れ続けてきた「世界王座」をつかみとった。

「小さい頃に『世界チャンピオンになる』って決めたから、どれだけきつくても、やめたいと思ったことは1度もないんです。サンドバッグや階段ダッシュのような、しんどい時こそ『この1日の積み重ねが、1ミリでも夢に近づいている』って自分に言い聞かせるんです。1日で何かが変わるなんてありえない。だから、目の前の結果とか小さな満足感を欲しがっても意味がないんです。頑張る理由は『世界チャンピオンになる』という目的以外にないんですから。だからこそ、世界を取った瞬間は『報われた』という思いがわき上がってきました。あれを超える感情は、この先、もうないんじゃないですかね」

世界王者になり、かつて辰吉に憧れた自身と同じように、子どもたちから憧れられる立場に変わった。26歳。2階級制覇王者として描く未来は「人の人生に影響を与えられる人間になること」。ボクシングを通して、次の世代に伝えたい思いもあるという。

「やりたいと思ったことはとことんやってほしいですね。1つのことをやり続けるのは大切ですが、それはギャンブルでもある。野球をやっていて、サッカーに興味をもったらサッカーをやった方が良いんです。やってみて、違うと思ったら戻ればいい。サッカーをやりたいという思いがある時点で、野球は中途半端なんですから。サッカーで得た感性が、野球に戻った時に生きるかもしれない。子どもの頃はいろんなことを吸収できるし、チャレンジするのが大事だと思うんです。重要なのは、チャレンジと中途半端にやるのは違うと理解すること。挫折や、スランプはチャンスでもあるんです。目の前に道がないから、横を見るじゃないですか。偶然見た道が、目的地につながっているかもしれない。子ども時代は視野を広げて、時間を有意義につかってほしいですね」

◆京口紘人(きょうぐち・ひろと)1993年(平5)11月27日、大阪府和泉市生まれ。3歳から空手を始め、12歳からボクシングへ。中1、2年時には大阪帝拳ジムで辰吉丈一郎から指導を受けた。大商大卒業後の16年4月にワタナベジムからプロデビュー。17年7月に、日本最速デビュー1年3カ月でIBF世界ミニマム級王座を獲得。2度防衛後に王座を返上。18年12月にWBAスーパー世界ライトフライ級王座を獲得し、2階級制覇を達成。161センチの右ボクサーファイター。

17年7月、IBF世界ミニマム級新王者となり、父寛さん、母かおりさんと笑顔で記念撮影
18年12月、辰吉丈一郎直伝の左ボディーを集めて王者を弱らせ、WBAスーパー世界ライトフライ級王座を獲得
19年10月、WBAスーパー世界ライトフライ級王座2度目の防衛を果たした

佐伯霞「出産はボクシングより痛かった」第1子誕生

佐伯霞(2019年4月27日撮影)

ボクシングの元WBO世界女子ミニマム級王者・佐伯霞(23=真正)が2日に大阪市内の病院で第1子の男児を出産したと所属ジムが11日に発表した。

佐伯は「出産は想像よりはるかに痛くて、ボクシングより痛かった。一段落つけば、復帰に向けて頑張ります」とコメントした。

近大を中退し、18年5月にプロデビューした佐伯は、ランウエーモデルを務めるなど美人プロボクサーとしても注目された。19年4月に世界王座を獲得も、その後に返上。同年7月に一般男性と結婚した。

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高山勝成”定年”37歳に「人生はそう長くない」

高山勝成(2015年9月10日撮影)

プロボクシングのミニマム級で世界主要4団体を制し、アマチュアで目指した東京五輪出場はならず、プロに再転向した高山勝成(36=寝屋川石田)が11日、本来なら“定年”となる12日の37歳の誕生日を前に電話取材で心境を語った。

東京五輪の夢はかなわず、プロに再転向した高山は3月17日にプロライセンスを再取得。5月10日に復帰戦も組まれたが、新型コロナウイルス感染拡大の影響で中止となった。

プロで国内での最後の試合から3年以上が経過しており、元王者らへの定年延長の特例措置には37歳の誕生日までに試合をしなければならなかった。陣営は“定年”延長の嘆願書を提出し、日本ボクシングコミッション(JBC)も状況を鑑みて認める方針とした。

高山は「14歳からボクシングを始めて、いろいろなことがあったが、あっという間の37歳。人生はそう長くないと、あらためて実感しています」。名古屋産業大に通う大学生でもあり、生活の拠点は愛知県にある。本年度で卒業見込みで、授業再開の準備をしながら、まだ具体的に決まっていない試合に向けてトレーニングを続けているという。

「年齢の壁を超えてもやれることを証明したいとか、そういう思いはあまりない。ただ自分が成し遂げたい。あと1、2年と思っているので、たどり着けるところまでやっていきたい」。この日、11日はヴィッセル神戸の元スペイン代表MFアンドレス・イニエスタの36歳の誕生日だった。「知らなかった。1個下なんですね」と笑いながらも、「同じ世代なんで、この年まで第一線でやれているすごみを感じる。日々のトレーニング、栄養の取り方が試される年代ですから」。

大きな節目の誕生日も普通に過ごす。ただ「37歳になってもボクシングができること。これが自分にとって最高の誕生日プレゼントです」と言った。【実藤健一】

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赤井英和8連続KO劇の左フック/井岡弘樹氏の一撃

浪速のロッキーこと赤井英和(1984年5月30日撮影)

<ボクシング、忘れられない一撃~12>

一発のパンチですべてが変わるボクシング。選手、関係者が「あの選手の、あの試合の、あの一撃」をセレクトし、語ります。

   ◇   ◇   ◇

元世界2階級王者の井岡弘樹氏(51=井岡弘樹ジム会長)の人生を変えたのが「浪速のロッキー」の左フック。現在はタレントで活躍する赤井英和が、1回KOでデビュー以来8連続KO勝利を飾った一撃をあげた。この試合で赤井にあこがれ、所属するグリーンツダジムに入門。世界王者への道を歩みだしたという。(取材・構成=実藤健一)

▼試合VTR 81年12月18日、デビューから7戦連続KO勝ちで「浪速のロッキー」と呼ばれ、人気の赤井はノンタイトル10回戦ながらテレビ中継された。相手はアウトボクサーの桑田修孝。距離をとりたい相手にさせず、立ち上がりから前に出てラッシュ。1回1分25秒に打ち下ろす右フックで最初のダウンを奪い、立ち上がったところに連打で2度目のダウン。最後は強烈な左フックで試合を終わらせ、デビューから8連続KO勝ちとした。

自分がボクシングをやろうと決めたきっかけが、赤井先輩の左フック。中1の冬やった。テレビで見ていて、最後はものすごい左フックでKOした。いっぺんにあこがれましたね。

スポーツ全般、好きやった。もちろん、格闘技もボクシングに限らず。そんな中で、あの試合が自分の運命を決めた。中2から赤井先輩と同じジムに入った。日本王者じゃなく、世界王者になろうと決めた。

赤井先輩は派手な言動が注目されがちやけど、ものすごい練習する。キャンプも一緒させてもらったけど、すごい練習量でした。自分にも世界の目標があるから、絶対に音を上げない。でも実際は、頭が下がる思いでした。

赤井先輩は大けが(85年2月の試合で意識不明に陥り開頭手術、その後に引退)で世界王者の夢を果たせなかった。自分も病院に行かせてもらったけど、ものすごいショックでした。先輩の分も夢をかなえたい。その思いは当然あった。

結果的に世界王者になれたのは、練習のおかげ。きつい練習も「頑張ろう」と踏ん張れたのは、赤井先輩のおかげやと思ってます。

◆井岡弘樹(いおか・ひろき)1969年(昭44)1月8日、大阪・堺市生まれ。もともとは野球少年だったが、赤井にあこがれて中学2年の時にグリーンツダジムに入門。86年1月プロデビュー。87年10月、日本選手最年少の18歳9カ月でWBC世界ミニマム級王座を獲得。91年12月にWBA世界ライトフライ級王座を獲得し2階級制覇。その後、3階級制覇を狙ったがならず、98年12月にノンタイトル戦でのちのWBC世界スーパーフライ級王者徳山昌守に敗れ、引退した。戦績は33勝(17KO)8敗1分け。現在は井岡弘樹ジム会長。

◆オンライン教室 井岡弘樹会長は外出自粛で自宅にこもる人たちへ、オンラインを利用してボクシングを絡めたエクササイズ教室を開設中。ボクシングとダイエットを融合して「ボクシエット」と命名し、午後8時からライブ配信。「井岡弘樹のボクシエット」で検索。

井岡弘樹氏

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リカルド・ロペスの左アッパー/松本好二氏の一撃

91年5月19日、初防衛に成功したWBC世界ストロー級(現ミニマム級)王者のリカルド・ロペス

<ボクシング、忘れられない一撃~7>

一発のパンチですべてが変わるボクシング。選手、関係者が「あの選手の、あの試合の、あの一撃」をセレクトし、語ります。元東洋太平洋フェザー級王者で、大橋ジムのトレーナーとして川嶋勝重、八重樫東を世界王者に育てた松本好二氏(50)は「リカルド・ロペスの左アッパー」を挙げました。

    ◇    ◇

▼試合VTR 90年10月に大橋秀行からWBC世界ミニマム級王座を奪取したリカルド・ロペス(メキシコ)は、そこから無敵の防衛ロードを突き進んだ。96年3月のV15戦では、日本でも活躍したアラ・ビラモア(フィリピン)と米ラスベガスで対戦。8回にリング中央で向き合うと、左構えのビラモアのあごをめがけて強烈な左アッパーを打ち込んだ。一発で崩れ落ちたビラモアは、カウント後も起き上がることができず、衝撃的なKOでベルトを守った。その後、防衛記録を21まで延ばし、ライトフライ級で2階級制覇を達成したロペス。プロ通算戦績は52戦51勝(37KO)1引き分け。プロ、アマ通じ、無敗でキャリアを終えた伝説の王者が放った一撃を、松本氏は絶賛した。

◇     ◇    ◇

あのアッパーの映像は、今でも鮮明に残っています。ロペスのような右構えの選手が、サウスポーを相手に、前の手(左)でアッパーを当てるのは技術的に本当に難しい。それだけに、死角というか、ビラモアはまったく見えていなかったですね。

ロペスは、ストレート、フックが強く、相手はどうしてもガードを高い位置で固めたくなる。ただ、ガードを固めれば固めるほど、あのアッパーはもらいやすくなるんです。しかも腕を折りたたんだまま、寸分の狂いもなく、あごに飛んでくる。自分が戦うと考えると、本当に怖いパンチですね。

ロペスは私と現役の期間が近いですし、印象深い選手です。(ヨネクラジムの先輩の)大橋会長との試合が近づき、ロペスの情報が入るにつれて、米倉会長も、(トレーナーの)松本(清司)先生も「すごいやつが来た」とピリピリとしていったのを覚えています。

忘れられないのは、試合2~3日前の出来事です。世界戦の公式行事が終わった後、米倉会長と松本先生が最後の打ち合わせをするため、ホテルの喫茶店に入りました。当時、米倉会長の付け人をしていた私も、「お前も座ってろ」と言われ、場違いながら、同席することになりました。

その場で、米倉会長と松本先生は、「ジタバタせず、この試合は大橋の能力にかけよう。今までやってきたことを信じよう」と、事前に立てた作戦を変えずに試合に臨むことを、互いに確認しあっていたのです。トップ2人が試合前にそんな話をする姿を私は初めて見ましたし、「リカルド・ロペス」というボクサーが、いかに特別な選手であるかを痛感した瞬間でした。

(大橋)会長との試合がロペス伝説のスタートになりました。ただ勝つだけでなく、倒して勝つ。今でいえば、(井上)尚弥のように、基本に忠実なボクシングで、それでいて、圧倒的に強い。実力のあるビラモアを一発で沈めたあのアッパーの衝撃は、今も忘れることが出来ません。

◆松本好二(まつもと・こうじ)1969年(昭44)9月27日、横浜市生まれ。横浜高でボクシングを始め、高3時に総体フェザー級準優勝。専大進学も2年で中退。アマ通算37勝(21KO)6敗。89年6月にプロデビュー。91年2月、92年2月、95年3月と3度日本フェザー級王座獲得。96年11月に東洋太平洋同級王座獲得。世界戦は3度挑戦したが失敗。引退後は大橋ジムのトレーナーとして、川嶋勝重、八重樫東を世界王者に育てる。現役時代の戦績は26勝(15KO)6敗1分け。

90年10月25日、世界ストロー級タイトルマッチで王者の大橋秀行(右)に左フックを浴びせるリカルド・ロペス

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沼田義明「右アッパー」ロハス撃沈/大橋会長の一撃

WBC世界ジュニアライト級選手権 沼田義明(5回KO)-同級7位ラウル・ロハス 防戦一方の沼田(左)だったが、5R右アッパーカットがものの見事にアゴに決まり、ロハス(右)はスローモーションのように崩れ落ちる。沼田は初防衛(1970年9月27日撮影)

<ボクシング、忘れられない一撃~4>

一発のパンチですべてが変わるボクシング。選手、関係者が「あの選手の、あの試合の、あの一撃」をセレクトし、語ります。元WBC、WBA世界ミニマム級王者で、5人の世界王者を育てた大橋秀行氏(55=大橋ジム会長)は、沼田義明氏がロハス戦で放った「伝説の右アッパー」を挙げました。(取材・構成=奥山将志)

 ◇    ◇   

▼試合VTR 正確なボクシング技術から「精密機械」と称されたWBC世界スーパーフェザー級王者沼田義明が、1970年9月27日、初防衛戦に臨んだ。相手は西城正三にフェザー級の王座を奪われ、2階級制覇を狙うラウル・ロハス(米国)。試合は、序盤から強打のロハスがペースをにぎった。4回にロハスの強烈な右ボディーを受け、沼田がダウン。その後もコーナーに詰められるシーンが続いたが、5回にドラマが待っていた。沼田はKOを狙って出てくるロハスの打ち疲れた隙を狙い、リング中央で、逆転を狙った右アッパーを一閃(いっせん)。あごにまともに入ると、ロハスはそのまま、顔面から前のめりに崩れ落ちた。衝撃的なKOで王座を守った一戦は、国内の年間最高試合にも選ばれた。

 ◇    ◇   

試合当時、私は5歳で、当然リアルタイムの記憶はありません。初めて試合の映像を見たのは、私が現役を引退してからでした。沼田さんとテレビの解説でご一緒させていただいた縁もあり、「精密機械」と言われていた現役時代に興味を持ち、映像を見ると、本当にすごいパンチでした。

技術的には、左手のガードを下げた、やや変則的なスタイルですが、天性の運動神経と、感覚の鋭さを感じました。ヨネクラジムの松本清司トレーナーが、沼田さんのことを「あの人が本物の天才だ」と語っていたこともうなずけました。

ある日、沼田さんから「現役時代にサンドバッグなんて打ったことがない」という話を聞き、驚いたことも記憶に残っています。偉大な先輩には、常識は通用しないのでしょう。ロハス戦の右アッパーも、最近のボクシングのように小さく振り抜くのではなく、下から突き上げるような大振りなパンチ。アッパーは、打つ方もカウンターを受ける危険を伴いますが、そんな迷いは一切感じませんでした。

私が現役を引退し、指導者になったタイミングでこのパンチに出会ったことも、脳裏に焼き付いている要因の1つだと思います。技術の追求は大切ですが、ボクシングは、どれだけ劣勢であっても、一発で逆転が可能なスポーツだということ。そして、何があっても最後まで諦めてはいけないということ。私にとっては、そういう教えが詰まった一撃だったと思っています。

◆大橋秀行(おおはし・ひでゆき)1965年(昭40)3月8日、横浜生まれ。横浜高でインターハイ優勝。専大中退でヨネクラジム入りし、85年プロデビュー。86年に7戦目で世界挑戦はKO負け。90年に3度目の挑戦でWBC世界ミニマム級王座獲得。日本人の世界挑戦連敗を21で止める。92年にWBA世界同級王座獲得。94年大橋ジムを開設。日本プロボクシング協会会長なども歴任。

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パッキャオのワンツー!因縁の幕開け/八重樫の一撃

マニー・パッキャオ(2015年8月6日撮影)

<ボクシング、忘れられない一撃~1>

一発のパンチですべてが変わるボクシング。選手、関係者が「あの選手の、あの試合の、あの一撃」をセレクトし、語ります。世界3階級王者八重樫東(37=大橋)の忘れられない一撃は「パッキャオのマルケス戦の左ストレート」です。

    ◇    ◇

▼試合VTR 04年5月8日、フライ級とスーパーバンタム級で世界王座を獲得した当時25歳のパッキャオが、米ラスベガスのMGMグランド・ガーデン・アリーナで、WBA、IBFフェザー級統一王者ファン・マヌエル・マルケス(メキシコ)に挑戦。後に6階級制覇を達成する「フィリピンの英雄」パッキャオが、1回に3度のダウンを奪うスタートとなったが、その後はマルケスが挽回し、試合はジャッジが三者三様のドロー。ここから3度の対戦を重ねる因縁のカードの幕開けとなった。八重樫が選んだのは、その1回、1分30秒の最初のダウンを奪った左ストレートだった。

    ◇    ◇

パッキャオが、まさに世界のスーパースターに駆け上がろうとする、粗削りで、一番生きが良い時期だったと思います。

試合開始からわずか1分半。遠い距離から「打つぞ」と小さく体を沈めるフェイントを入れた直後に、ありえないスピードで放ったワンツーに、マルケスはまったく反応できず、コロンと後ろに倒されました。

僕はパッキャオは、足の選手だと思っています。足があれだけ速く動くから、手が連動して回転の速い連打が出せる。そして、手が出ることが前への推進力につながり、あの爆発的な攻撃力が生まれているんです。試合当時、僕は大学生でした。あの一撃は衝撃でしたし、大好きなフェイントからのワンツーということもあり、こういうパンチを打ちたいと、何度も映像を見返しました。

ただ、何度やってもただのモノマネで、試合では使えませんでした。自分のものになったなと思ったのは、世界王者になり、下半身と上半身の連動が理解できた2年前ぐらいです。頭の中にずっとあったパンチですし、脳裏にイメージが焼き付いていたんだと思います。

パッキャオ-マルケスは、この一戦から始まり、4度も対戦する因縁の相手となりました。ちなみに、第4戦でパッキャオがマルケスにダウンを奪われ失神したパンチは、この第1戦と同じワンツーをパッキャオが放った瞬間に、右と左の間にマルケスがカウンターの右を合わせたものでした。ドラマ性という意味でも、特別な一撃だったと思います。

◆八重樫東(やえがし・あきら)1983年(昭58)2月25日、岩手・北上市生まれ。黒沢尻工3年でインターハイ、拓大2年で国体優勝。05年3月プロデビュー。07年の7戦目でWBC世界ミニマム級王座挑戦も失敗。11年にWBA同級王座を獲得、13年にWBCフライ級王座獲得で3度防衛。15年にIBFライトフライ級王座を獲得し、3階級制覇を達成。160センチの右ボクサーファイター。

八重樫東

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高山勝成が異例のウェブ会見、”定年”延長に感謝

ウェブでの会見に臨んだ元世界王者の高山(中央)。左は中出トレーナー、右は岡筋弁護士

プロボクシングのミニマム級で世界主要4団体の王座に就き、アマチュアで目指した東京五輪出場はならず、プロに再転向した高山勝成(36=寝屋川石田)が6日、ウェブを使った異例の記者会見に臨んだ。

中出博啓トレーナーと岡筋泰之弁護士が同席。今後のプランを語った。

3月17日にプロライセンスが再交付され、当初は5月10日に復帰戦が組まれた。しかし、新型コロナウイルス感染症の拡大により、日本ボクシングコミッション(JBC)はこの日、興行中止の要請期間を5月末まで延長すると決めた。高山の試合も延期を余儀なくされた。5月12日に高山はJBCの規定上、ライセンスを失効する37歳の誕生日を迎えるため、陣営は“定年”延長の嘆願書を提出。そこは認められる方向となり、高山は「ありがたいです」と感謝した。

ただ、今後については不透明。過去の実績からWBAミニマム級10位にランクインしたが、今後は1階級上のライトフライ級で頂点を目指す意向。同級にはWBAスーパー王者の京口紘人(26=ワタナベ)、WBC王者の寺地拳四朗(28=BMB)と2人の世界王者がいる。いずれかの対戦が実現すれば、盛り上がることは必至だ。

高山は京口について「気持ちが強い、ファイタータイプ」。寺地には「とてもクレバー。自分のボクシングを崩しにくいタイプ」と分析し、実現に向けては「楽しみにしてください」と含みをもたせた。

年齢の問題もあり、高山も「プロボクサーは40、50歳まで続けられない。やり残したものを取り戻すことができるのもあと1、2年」と自覚する。その限られた時間の中で、新型コロナウイルス感染症の影響は大だが「(試合の)延期は仕方ない。戦える時にベストを尽くせるよう、精進していきたい」。波乱に満ちたボクシング人生の集大成を誓った。【実藤健一】

ウェブでの会見に臨んだ元世界王者の高山(中央)。左は中出トレーナー、右は岡筋弁護士

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復帰戦白紙の高山勝成陣営 定年延長の嘆願書を提出

高山勝成(2019年8月31日撮影)

プロボクシングのミニマム級で世界主要4団体の王座に就き、アマチュアで目指した東京五輪出場はならず、プロに再転向した高山勝成(36=寝屋川石田)の陣営が3月31日、定年延長を求める嘆願書を日本ボクシングコミッション(JBC)に提出した。

プロでの復帰を目指す高山はJBCの規定上、37歳の誕生日を迎える5月12日までに試合を行う必要があった。3月29日に、5月10日に試合を行うことを発表したが、その後にJBCが国内興行の中止期間を4月30日から5月15日まで延長すると発表。それを受けて、予定していた試合は白紙となった。

高山は関係者を通じ、「ボクサーとして日々練習を積み重ねてきました。再びリングに立てる日がくることを信じ、これからも練習を続けていきます」とコメントした。

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高山勝成の再デビュー戦延期「定年延長」を要求へ

再度の中止延長を発表するプロボクシングの新型コロナウイルス対策連絡協議会メンバー

プロボクシングのミニマム級で世界主要4団体の王座に就き、アマチュアで東京オリンピック(五輪)出場はならず、プロに再転向した高山勝成(36=寝屋川石田)の再デビュー戦が30日、延期となった。

今月29日に、5月10日に50・8キロ契約の6回戦で、森青葉(泉北)との対戦を発表。しかしこの日、日本ボクシングコミッション(JBC)が国内興行の中止期間を4月30日から5月15日まで延長すると発表。それを受けて、予定していた試合を白紙とした。

高山はJBCの規定上、37歳となる5月12日までに試合を行う必要があった。そのために「定年延長」を求めていく。関係者を通じて「復帰戦が決まっていた中、残念ではありますが、新型コロナウイルスの状況をふまえると試合中止期間の延長は英断だと思います。再びプロのリングに立てるよう、最善を尽くしていきます」とコメントした。

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36歳高山勝成プロ復帰表明「やり残したこと挑戦」

高山勝成(中央)のプロ復帰会見

プロボクシング・ミニマム級の元世界主要4団体王者高山勝成(36)が10日、プロへの復帰を表明した。高山は17年4月にプロを引退し、東京五輪出場を目指したが、昨年8月の全日本選手権東海地区選考会のフライ級で敗れて五輪への道を断たれていた。

新型コロナウイルスの感染拡大によりボクシングも3月中の興行が中止となる状況で、所属する寝屋川石田ボクシングジムで、インターネット電話「スカイプ」を通じた異例の会見。「オリンピック挑戦を行ったことについて、後悔はしておりません。当初よりプロに戻ることを考えていたということもありません。しかし(昨年の予選以降)熟考し、ボクサーとしてプロとしてやり残したことに挑戦したい。その思いからプロ復帰を決意しました」と思いを伝えた。

2月から本格的に練習を再開している高山は、ライトフライ級での試合を検討。JBCの規定上、37歳となる5月12日までに試合を行う必要があり、国内外を視野に入れたマッチメークを行うという。厳しい道のりは間違いないが「ベストを尽くします」と誓った。

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田中教仁が判定負け 王者ノックアウト12度目防衛

田中教仁

<プロボクシング:WBA世界ミニマム級タイトルマッチ12回戦>◇3日◇タイ・ナコンサワン

ボクシングのWBA世界ミニマム級タイトルマッチが3日、タイ・ナコンサワンの屋外特設リングで行われ、挑戦者の同級10位田中教仁(35=三迫)は、同級スーパー王者ノックアウト・CPフレッシュマート(29=タイ)に0-3の判定で敗れた。

2回から王者にペースをつかまれ、3回に左フックを顎に受けてダウン。得意の右の強打で打開を試みたが、最後まで無敗の王者を崩せず、初挑戦での王座奪取はならなかった。日本ボクシングコミッション(JBC)公認のタイでの世界戦で、日本勢は25敗1分けとなった。ノックアウトは12度目の防衛に成功した。

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スーパー王者から奪取狙う田中教仁、家族応援を固辞

前日計量をクリアした挑戦者の田中(右)と王者ノックアウト

ボクシングのWBA世界ミニマム級タイトルマッチ(3日、タイ・ナコンサワン)の前日計量が2日、バンコク市内で行われ、11度防衛中のスーパー王者ノックアウト・CPフレッシュマート(29=タイ)、挑戦者の同級10位田中教仁(35=三迫)ともにリミットの47・6キロでクリアした。

田中は世界初挑戦で、日本ボクシングコミッション(JBC)公認の世界戦で日本人が24敗1分けと勝利がないタイでのベルト奪取を狙う。新型コロナウイルスの感染拡大を考慮し、家族などの応援を固辞。「ネガティブな歴史に自分が終止符を打つ」と勝負のリングに立つ。

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田中教仁が3・3世界初挑戦「かっこいいオヤジに」

世界初挑戦の会見を行った田中教仁(撮影・奥山将志)

ボクシングの前日本ミニマム級王者で、WBA世界同級13位の田中教仁(35=三迫)が21日、都内で会見し、3月3日にタイ・ナコンサワンで11度防衛中のWBA同級スーパー王者ノックアウト・CPフレッシュマート(29=タイ)に世界初挑戦すると発表した。

日本ボクシングコミッションが公認する日本人のタイでの世界戦は、過去24敗1分けと勝利がないが「ネガティブな歴史に自分が終止符を打ちたい。かみ合うと思うし、ぶっ倒したい」と20戦全勝の王者からのベルト奪取に自信をみせた。新型コロナウイルスの感染拡大を受け、家族や知人には現地応援の自粛を促した。この日は35歳の誕生日。2人の娘を持つベテランは「勝ってかっこいいオヤジになりたい」と力を込めた。

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井上尚弥3団体統一王者へ、初ベガスでカシメロ戦

WBAスーパー・IBF・WBO世界バンタム級王座統一戦の発表会見に臨む井上尚(撮影・小沢裕)

本場で3本目のベルトをつかみ取る。ボクシングのWBA、IBF世界バンタム級統一王者井上尚弥(26=大橋)が1月31日、都内で会見し、4月25日(日本時間26日)に米ラスベガスのマンダレイベイ・リゾート&カジノで、3階級制覇の実績を持つ、WBO同級王者ジョンリール・カシメロ(30=フィリピン)と対戦すると発表した。

井上は、プロ20戦目で初のラスベガス進出で、日本人初の3団体統一王者を目指す。

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ラスベガスのメインイベント。日本人初の3団体統一戦。難敵カシメロ。気持ちが高ぶる要素の比重を問われた井上尚は「全部です」と即答し、プロ20戦目の重要性をにじませた。荒々しいファイトを武器に11月に3階級制覇を果たしたカシメロについては「野性味あふれる選手。危険なハードパンチを持っている」と警戒しつつ、「プレッシャーはない。じっくり、じっくり、ダメージを与えて削っていく」と、落ち着いた口ぶりで試合を見据えた。

プロ6戦目での世界王座奪取や、伝説となったナルバエス戦での2階級制覇。数々の扉を拳でこじ開け、米老舗ボクシング専門誌「ザ・リング」選定のパウンド・フォー・パウンド(PFP=階級を超越した最強王者)で日本人初のトップ3入りを果たした「怪物」に、新たな勲章もかかる。

これまで日本ジム所属王者で、2団体統一を果たしたのはミニマム級の高山、井岡、ライトフライ級の田口とバンタム級の井上尚の4人。「スーパーフライ級ではかなえられなかった」と目標に掲げる4団体統一にさらに近づく一戦に向け、準備に余念はない。ラスベガスの乾燥した気候での減量対策や時差などを考慮し、一般的なスケジュールより2週間近く早い、試合3週間前の渡米を計画。2月中旬からは海外から3人の世界ランカーをスパーリングパートナーとして招く予定と、じっくりと仕上げていく。

昨年11月の元5階級王者ドネア戦では右眼窩(がんか)底など2カ所の骨折を負ったが、患部は順調に回復。米プロモート大手トップランク社との契約後、初めての試合で「パウンド・フォー・パウンド3位にふさわしい試合を世界のみなさんにお届けしたい」と井上尚。本場のリングで、世界に「モンスター」の力を見せつける。【奥山将志】

◆日本のジム所属王者の複数団体統一 12年6月に井岡一翔が八重樫東とのミニマム級王座統一戦を制し、初のWBA、WBC統一王者となった。ミニマム級では、高山勝成もWBO、IBFの両団体の王座を獲得。17年12月にはWBAライトフライ級王者田口良一がIBF王者との統一戦に勝利し、2団体の王座を統一した。WBAバンタム級王者井上は、昨年5月にIBF王座を奪い、4人目の複数団体王者となった。

WBAスーパー・IBF・WBO世界バンタム級王座統一戦の発表会見に臨んだ井上尚。左は井上トレーナー、右は大橋会長(撮影・小沢裕)

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多田悦子と宮尾綾香の世界戦は引き分け 王座は空位

宮尾綾香(左)と多田悦子(右)の元世界王者対決は引き分けた

<プロボクシング:WBO女子世界ミニマム級王座決定10回戦>◇28日◇東京・後楽園ホール

元女子世界王者対決は引き分けに終わった。元WBO同級王者多田悦子(38=真正)と元WBAアトム級王者宮尾綾香(36=ワタナベ)が対戦。ともに決定打にかけて判定となり、ジャッジの採点は三者三様の1-1。多田は4度目、宮尾は2階級制覇で3度目の王座返り咲きはならず。王座は空位のままとなった。

サウスポーの多田はワンツーで攻めていった。ペースを握ったかに見えたが、もう一つ踏み込めない。宮尾は足を使いながら前に出ていく。左右フックにボディーと接近戦では優位に攻めた。ともに決定的な場面は作れずに優劣はつかなかった。

多田は2カ半月前にダッシュで右太ももを肉離れした。会長らにも伝えずに、急ピッチで仕上げた。「勝ったとは思ったが、一番不細工な試合。怖くて足にも力が入らず、ごまかしの戦い」とうなだれた。「勝って引退するつもりだった。この状態では再戦とかは。申し訳ない。少し考えたい」と引退の可能性も示唆した。

宮尾もガックリ肩を落としていた。右のオーバーハンドに、上下の打ち分けなどで試合は作戦通りに運んだ。「行けと言われたが、当たって満足して、攻めきれなかった」と悔やんだ。昨年9月の王座統一失敗以来の再起戦で王座奪取ならず。今回は階級を上げての挑戦だったが「できれば再戦で決着をつけたい。チャンスがあるならどこでも」と雪辱を期した。

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王座決定戦へ多田悦子、宮尾綾香が前日計量クリア

計量をクリアした多田悦子(左)と宮尾綾香(右)

ボクシング元女子世界王者が王座返り咲きをかけて激突する。28日の東京・後楽園ホールでのWBOミニマム級王座決定戦の調印式と前日計量が27日、都内で行われた。元WBO同級王者多田悦子(38=真正)、元WBAアトム級王者宮尾綾香(36=ワタナベ)とも、リミット47・6キロ以下でクリアした。

前王者佐伯霞(23=真正)が妊娠して返上した王座で、挑戦を狙っていた宮尾と佐伯と同門の多田が対戦することになった。ともに国内で公認された08年以前にデビューし、多田は4度目、宮尾は3度目の王座がかかる大ベテランの対決となった。

多田は昨夏に米国で1カ月練習した。「やるか、やられるかのスパーリングで久々ワクワクした」と刺激を受けた。宮尾に対しては「スピードがあって出入りもうまい」と話したが「リング上で向き合ってからプランを決める。今回は敵は己という気持ち」。10カ月ぶりの試合も、16戦目の世界戦に余裕があった。

宮尾は階級を上げて2階級制覇に挑戦となる。「階級が違うので戦うことはないと思っていた。ここで拳を交えることになり、驚いた」と話す。技巧派の長身サウスポー相手に「うまさに強さで対抗したい」。昨年9月の王座統一失敗以来の再起戦に「まだ未熟者。勝って飛躍できる一戦にしたい」と意気込んだ。

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山中竜也さん妹菫がプロ挑戦 狙うは兄妹世界王者

20年の必勝祈願を行う真正ジムの所属ボクサーたち(撮影・加藤雄一)

ボクシングの元WBO世界ミニマム級王者山中竜也さん(25)の妹菫(相生学院高3年)がプロ挑戦を決めたことが21日、分かった。

真正ジムの山下正人会長(57)が明らかにしたもので「先週、ウチに来て“プロでやりたい”と。うれしいですね。まだスパーリングもさせていないので、しばらく様子を見たい」と言い、時期を見てプロテストを受験することになりそうだ。

菫は兄の背中を追ってボクシングを始め、同高ボクシング部へ。しかし、山中さんが18年7月の2度目の防衛戦で硬膜下血腫を負い、引退を余儀なくされると、ショックを受けてか、約1年半、ボクシングから遠ざかっていた。今後は“兄妹世界王者”を目指す。

また同ジムの元WBO世界女子ミニマム級王者佐伯霞(23)が昨年7月に一般人男性と結婚、5月に第1子を出産予定であることも分かった。山下会長は「出産後、カムバックする意欲を見せている」と言い、こちらは“ママさん世界王者”を目指すことになりそうだ。

同ジムではこの日、所属ボクサーが集合して、神戸市の湊川神社で今年の必勝祈願を行った。山下会長は「春にはいろいろアクションを起こしたい」と言い、長谷川穂積、久保隼、山中など多くの世界王者を輩出した名門ジムとしての飛躍を誓った。

20年の必勝祈願を行う真正ジムの所属ボクサーたち(撮影・加藤雄一)

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木村翔2・15再起戦は花形ジム所属、当日試合限定

木村翔(2019年5月14日撮影)

ボクシング前WBO世界フライ級王者木村翔(31)が、花形ジム所属で再起戦に臨むことになった。花形会長が20日に明らかにした。2月15日にフィリピン・マニラで、元WBO世界ミニマム級王者サビーリョ(フィリピン)と世界前哨戦の位置付けで対戦する。

木村は昨年5月の2階級制覇失敗後は、フィリピンや中国で練習していた。元日付で所属していた青木ジムが休会し、その後の所属先が未定だった。フィリピンで試合する場合でも、両国の協定から日本ボクシングコミッションの許可が必要で、そのためには国内のジムに所属する必要があった。

東日本協会会長でもある花形会長が、この試合限定での暫定移籍を引き受けた。昨年12月に協栄ジムが休会した際などにも、試合の決まっていた選手の救済を最優先に同様の措置をとっていた。

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井上尚弥らボクシング最優秀選手賞候補 2・7発表

アリトロフィーを掲げる井上尚弥(2019年11月7日撮影

日本ボクシングコミッションと東京運動記者クラブのボクシング分科会が12日、都内で19年の年間表彰ノミネート選考会を開いた。

最優秀選手賞候補はワールド・ボクシング・スーパーシリーズを制した井上尚弥(大橋)、日本人初の4階級制覇の井岡一翔(Reason大貴)、ミドル級王座奪回の村田諒太(帝拳)、唯一世界戦3勝の田中恒成(畑中)の4人。受賞者は2月7日に都内のホテルで発表、表彰される。他の各賞候補は次の通り。

◆技能賞 井岡、寺地拳四朗(BMB)、田中

◆殊勲賞 岩佐亮佑(セレス)、村田、井岡

◆KO賞 村田、寺地、栗原慶太(一力)、吉野修一郎(三迫)、勅使河原弘晶(輪島功一)

◆新鋭賞 重岡銀次朗(ワタナベ)、井上浩樹(大橋)、中谷潤人(M.T)

◆努力敢闘賞 野中悠樹(井岡弘樹)、渡部あきのり(角海老宝石)、永野祐樹(帝拳)、田中教仁(三迫)

◆年間最高試合 WBA&IBFバンタム級井上-ノニト・ドネア(フィリピン)、同井上-エマヌエル・ロドリゲス(プエルトリコ)、WBOスーパーフライ級井岡-アストン・パリクテ(フィリピン)、WBAミドル級村田-ロブ・ブラント(米国)

◆世界戦以外の最高試合 日本ミドル級竹迫司登(ワールド)-加藤収二(中野サイトウ)、WBOアジア太平洋ウエルター級別府優樹(久留米櫛間&別府優樹)-矢田良太(グリーンツダ)、日本ユース・バンタム級石井渡士也(REBOOT.IBA)-石川春樹(RK蒲田)

◆女子最優秀選手賞 天海ツナミ(山木)、佐伯霞(真正)、吉田実代(EBISU K’s BOX)

◆女子最高試合 WBCフライ級藤岡菜穗子(竹原&畑山)-天海、WBOミニマム級佐伯-エリザベス・ロペス(メキシコ)、WBAアトム級モンセラッット・アラルコン(メキシコ)-宮尾綾香(ワタナベ)

バトラーに5回TKO勝利して初防衛を果たし、1本指を立てる村田諒太(2019年12月23日撮影)

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