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辰吉も会場も泣いた激闘/記者が振り返るあの瞬間

辰吉丈一郎(2018年4月30日撮影)

<スポーツ担当記者 マイメモリーズ>(34)

政府の緊急事態宣言が延長され、スポーツ界も「自粛」状態が続いている。

日刊スポーツの記者が自らの目で見て、耳で聞き、肌で感じた瞬間を紹介する「マイメモリーズ」。サッカー編に続いてオリンピック(五輪)、相撲、バトルなどを担当した記者がお届けする。

  ◇  ◇  ◇

殺されるんちゃうか。リングに立った両者を並び見て、身震いした。

97年11月22日、大阪城ホール。辰吉丈一郎(当時27=大阪帝拳)は、挑戦者として戦場に向かった。相手は20歳の王者シリモンコン・ナコントンパークビュー。当時16戦無敗、「翡翠(ひすい)の顔」と呼ばれた男前でもあり、タイの若い女性の間で人気急上昇でモデルの仕事の依頼もあった、若き英雄だった。

一方の辰吉は左目網膜裂孔、同剥離と2度の眼疾による引退危機を乗り越えるも、薬師寺との世紀の統一戦に敗れ、その後もスーパーバンタム級に上げてサラゴサに連敗と世界戦3連敗を喫していた。試合前、世界初奪取時から子どものようにかわいがってきたWBCのホセ・スライマン会長が「これ以上誇りを傷つけるな」と最後通告。大阪帝拳の吉井清会長も「負ければ次はない、最後の花道」と腹をくくっていた。

事実、辰吉の勝つイメージはわかなかった。シリモンコンはムエタイでも60戦のキャリアを誇り、辰吉を「年をとって前よりスピードがない」と年寄り扱いするなど、発言も自信に満ちていた。可能性は海外での試合キャリアと減量苦。その兆候が前日に見えた。

前日計量前の健診でシリモンコンの体温は38・2度。吉井会長は「熱が出るほどだから、胃を荒らしてるんでしょうな」と冷静に言った。陣営によると、一日中サウナにこもり、計量当日だけで1キロ近く落としたという。それまでの自信に満ちた王者の顔はどこえやら。やつれきった顔から精気は失われていた。

ところが。試合当日のシリモンコンは精気に満ちた顔に、はちきれんばかりのボディーだった。バンタム級のリミットは55・3キロだが、一晩で10キロ近く戻してきた。一方の辰吉は2キロ程度の回復で、比べて見れば、失礼を承知でいえば貧弱でしかなかった。辰吉ものちに「『でかっ』と思って二度見した」と語っている。圧倒的な体格差に「殺される」を予感した。

そんな序章から幕を開けた試合はドラマだった。「作戦通り。上を意識させてボディーを狙った」と試合後。5回に強烈な左ボディーでもん絶させてからの右ストレートでダウンを奪う。その後はシリモンコンの猛打に足がもつれる場面もあったが7回、右フックから左ボディーで再びダウン。立ち上がったところに猛ラッシュでレフェリーのリチャード・スティールが試合を止めた。辰吉が泣き、会場全体が感動で泣いた。

スポーツ記者として、その場に立ち会えて幸せと思える瞬間は少なくない。ただ、記者の立場も忘れ、涙を流すほどの場面にはそうそう出会えない。そんな経験ができた喜びは、20年以上たった今も体に刻まれている。「人生に不可能はない」と教えられた。だから辰吉というボクサーはずっと愛されている。【実藤健一】

◆試合VTR 辰吉が壮絶な打撃戦を制した。序盤から左ジャブでけん制。シリモンコンのガードが高くなって、ガラ空きになったボディーを狙い打った。5回、強烈な左ボディーがヒット。過酷な減量で動きの悪い相手に、続けざまに放った右ストレートで最初のダウンを奪った。6回に王座防衛に必死の相手に反撃されたが、ガードを下げて応戦。7回、右フックから左ボディーで2度目のダウンを奪い一気にラッシュ。1分54秒TKO勝ちした。

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ボクシング興行再開時は抗体検査実施、前日含め2回

日本ボクシングコミッション(JBC)と日本プロボクシング協会による新型コロナウイルス対策連絡協議会が21日にオンラインで開かれ、7月から興行再開時には抗体検査を実施することを決めた。

選手、セコンド、試合役員を対象に、試合3週間前と前日に2回検査する。JBC安河内事務局長は「民間でできる最大限の努力を示していく」と話した。

各自治体のスポーツ観戦解除は条件が厳しいため、原則として無観客開催を再確認した。再開後に予定する興行では、19日の沖縄開催のみ観客入場を可能とした。ジム営業も解除の最終ステップとされたが、ボクシングジムと他のスポーツジムは状況が違うことから、業界として統一ガイドラインを作成し、自治体へ理解を求めていくことになった。

他にもさまざまなガイドラインを協議したが、レフェリーのフェイスシールド着用は、動きが制限されるために取りやめた。

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ボクシング興行再開にハードル「やるのが怖く」

日本プロボクシング協会と日本ボクシングコミッションによる新型ウイルス対策連絡協議会が、15日にオンラインで行われた。7月の興行再開に向けたガイドラインが協議され、さまざまな案が出されたが、そのハードルは低くない。

正常化への前進だが、関西のあるジムの会長は「逆に(興行を)やるのが怖くなった」と話す。ボクシングは世界戦でもない限り、テレビなどの映像収益は臨めず、入場料に頼らざるをえないことからも、無観客は現実的でない。しかしいざ観客を入れての開催となれば、リングから観客席、観客席同士のソーシャルディスタンス、室内で行う試合会場だけに換気、その他レフェリージャッジ、セコンド、選手への安全管理など、課題はいとまない。

先述の会長は「いろいろシミュレーションはしています。そのたびに問題がわき起こってくる。これは(再開へ)そう簡単にいかない。時間をかけて、何回も協議していくしかないと思います」。39県で緊急事態宣言が解除され、休業自粛も緩和されてきている。一方でボクシングなど、試合会場で感染者が出れば、一気にクラスター化する恐ろしさがぬぐえない。

ファンが、何より選手が戦いが戻る日を待ちわび、じっと耐えている。出口の光はかすかに見えてきた。しかしまだ、遠い。【実藤健一】

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プロボクシング興行7月再開へガイドライン協議

日本プロボクシング協会と日本ボクシングコミッションによる新型コロナウイルス対策連絡協議会が15日にオンライン会議を開かれ、7月から興行再開へ向けたガイドラインを協議した。

岡山大神田公衆衛生学教授もオブザーバー参加し、マウスピースの取り扱いなどが注意喚起された。ミット打ちではマスクやフェースガード着用、スパーリング量削減なども求めていく。

興行は8試合まででそれ以上は2部制とし、セコンドや試合役員はマスクや手袋着用、救急車配備、観客を入れる場合は前後左右を空けた全席指定、飲食禁止、メールアドレス回収などが提案された。

レフェリーもフェースガード着用案もあるが、視野が狭くなり、集中力を欠くなど抵抗感があり、義務化は検討課題とした。今後も協議を続けて今月中に策定する。

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DDT田中将斗V3「次の大会まで」長期防衛を宣言

KO-D無差別選手権は王者田中将斗(右)が坂口征夫を下し、防衛した(DDTプロレスリング提供)

<DDT:DDTTVSHOW!#2>◇9日◇DDTTVSHOWスタジオ

KO-D無差別級選手権が行われ、王者田中将斗(47=ゼロワン)が挑戦者坂口征夫(46)を下し、3度目の防衛を果たした。

ゴングと同時に坂口が猛突進し、打撃を連打。だが、田中は坂口の右膝を集中攻撃し、流れを呼び込む。坂口の神の右膝を受けるも、エルボー連打で追い詰め、スライディングDでとどめ。起き上がろうとする坂口を田中が再び攻めようとするが、13分2秒でレフェリーストップとなった。

中止となった6月7日のさいたまスーパーアリーナ大会での防衛戦を目標に掲げていた田中は「次、(さいたまで)いつやるかわからんけど、それまでこのベルトは守り通したら、そのメインのリングにあがれるんやろ?次の大会あるまで俺が必ずこのベルト持っててやる」と、ビッグマッチまでの長期防衛を宣言した。

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王者8人!世界の扉開けた内山の右/渡辺会長の一撃

ボクシングWBA世界スーパーフェザー級選手権 12R、王者サルガドにパンチを放つ内山高志(右)(2010年1月11日撮影)

<ボクシング、忘れられない一撃~11>

一発のパンチですべてが変わるボクシング。選手、関係者が「あの選手の、あの試合の、あの一撃」をセレクトし、語ります。世界王者を男女で8人育てたワタナベジム渡辺均会長(70)の一撃は、内山高志氏の「サルガド戦の右ストレート」です。ジムに初めて世界王座をもたらした愛弟子の一撃は、今もジム経営の原動力になっています。(取材・構成=河合香)

▼試合VTR 内山は10年1月11日に14戦目で、WBA世界スーパーフェザー級王者フアン・カルロス・サルガド(メキシコ)に世界初挑戦した。初回からジャブで先手をとり、積極的に攻めてリードした。3回には反撃に鼻血も出すが、前に出続けてポイントも大きくリードした。最終12回も守りに入らずに攻めた。残り1分を切って、ロープに追い詰めて右ストレート。1発目は左側頭部をかすり、2発目をアゴに打ち込むとダウン。カウント8で立ち上がったが、さらに右を2発でロープへ飛ばすと、レフェリーがストップした。12回2分48秒TKOで、ジムにとって6度目の世界挑戦で悲願達成となった。内山はその後に11度防衛し、KOダイナマイトのニックネーム通りに世界戦では12試合中10試合でKOを決めた。

    ◇    ◇

忘れられないパンチはいくつもあるが、やっぱり内山の右ストレートが一番。何しろジムから初めて世界をとり、ここまで45年もジムを続けられ、今あるのも内山のおかげ。あのパンチがなければ、すべてはなかったとも言えるから。

入門前は全日本王者とはいえライト級だけに、世界はどうかなと思っていた。入門して初めてミットを受けると、ガツンと来た。重みがそれまでとは格が違った。ゲームセンターのパンチングマシンで、700キロを出して壊したのもうなずけた。世界もいけるというより、これは世界王者にしないといけないと思った。

世界が見えてきたころは、WBAはホルヘ・リナレス(帝拳)が王者。日本人とはやらないというので、チャンスは難しいと思っていた。それがサルガドに負けたことでチャンスが来た。

最終12回のインターバルで、内山に「倒してこい」と言った。もしかしたら採点は競っているかもしれない。相手は11回に弱っていた。でも、最終回だけに息を吹き返すかもしれない。3つの考えがあって、KOを狙わせた。

指示通りに内山は連打で攻めまくり、ほとんど右を決めて倒した。内山まで5度の世界挑戦は失敗し、ミスマッチと不評を買ったことも多かった。感激で初めて涙が出てきたのは忘れられない。

今は気はめいるし、これからが心配で仕方ない。世界王者も8人できたし、日本プロボクシング協会長もやらせてもらったし、年もあるし。もうやめてもいいかと思うことさえある。

ジムを開く時の目標はヨネクラジムだった。世界王者の数はあと1人で並べる。内山が世界をとった時には大学を卒業した気分と言ったが、選手のためにまだまだジムは卒業できない。もうひと踏ん張りして、あの内山のような選手を育てたい。

◆渡辺均(わたなべ・ひとし)1950年(昭25)1月5日、栃木県今市市(現日光市)生まれ。現宇都宮ジムでボクシングを始め、その時からジム経営を目標にしていた。宇都宮工卒業後は国鉄に勤務しながら、5度目の挑戦でプロテストに合格し、69年にプロデビュー。通算7勝6敗で最高ランクは日本ミドル級3位。75年に地元で念願の今市ジムを開設し、東京転勤を機に、80年には五反田に移転してワタナベジムに改称した。82年には退職してジム経営に専念し、朝8時から夜10時までの営業などで、98年には会員が800人にまで増えた。内山を皮切りに男子は内山、河野、田口、京口の4人、女子も国内公認第1号の富樫ら4人の世界王者を育てた。

12回TKOで勝利し、チャンピオンベルトを巻いて渡辺均会長(右)と喜ぶ王者を奪取した内山高志(2010年1月11日撮影)

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西岡利晃、帝拳魂の左ストレート/葛西裕一氏の一撃

西岡利晃(11年10月撮影)

<ボクシング、忘れられない一撃~10>

一発のパンチですべてが変わるボクシング。選手、関係者が「あの選手の、あの試合の、あの一撃」をセレクトし、語ります。帝拳ジムの元トレーナー葛西裕一氏(50)の一撃は、西岡利晃氏の「ゴンサレス戦の左ストレート」です。日本人初の北米で防衛を逆転KOで決めた、技術と裏話を披露してくれました。(取材・構成=河合香)

▼試合VTR 西岡は09年5月に敵地メキシコに渡り、WBC世界スーパーバンタム級王座のV2戦に臨んだ。相手は同級2位の指名挑戦者ジョニー・ゴンサレス。2階級制覇を狙った人気の強打者で、1回には右ストレートを浴びてダウンを喫した。長いリーチにも苦戦となったが、3回1分すぎに左ストレートを打ち込み、くの字になって吹っ飛ばしてダウンを奪い返した。立ち上がってはきたがふらついてレフェリーストップ。3回1分20秒TKOで劇的逆転勝ちを決めた。日本人の海外防衛は24年ぶり2人目で、本場の北米では初の偉業だった。王座獲得までは5度目の挑戦で39戦かかったが、現地で「モンスター・レフト」と呼ばれたこの一撃で名を上げ、通算7度防衛に成功した。

    ◇    ◇

あの瞬間、鳥肌が立った。そんなことは、後にも先にもあの試合だけ。一発で倒すのがボクシングの魅力。西岡が自信を持って打ち込んだ、奇跡とも言える逆転の一撃だった。

あの時、西岡は2ステップして打ち込んだ。普通は5センチぐらい1度だけステップする。それが最初15センチ、さらに8センチぐらい踏み込んだ。

ゴンサレスはリーチがあって懐が深く、さらにバックステップする。1度では入り切れなかった。2ステップは教えてないし、やったこともなかった。西岡もあとで「2度とできない」と言っていた。天才肌を示した一撃だった。

ゴンサレスは左フックが強く、まずは右腕を上げて徹底ガードした。それが初回に右をもらってダウン。前評判も不利と言われ、地元の人気者を相手に普通は負け試合。でも、西岡は相手に近づけていて、距離感では勝てると思った。

実は本田会長あっての一発と言っていい。試合前最後の食事で、ホテルでランチを食べた。その後はみんなで近くを散歩した。そうしたら、広場かなんかで、西岡が左ストレートを打ち出した。

それを見た会長が「もっと肘を絞めろ」と教えだした。「もっと上」とか「伸ばせ」とか言っての軌道調整。そのうち、きれいなフォロースルーで打ち切ると「それだ!それだ!」って。そのパンチで試合を決めたので、鳥肌も立ったんだと思う。

世界挑戦は4度失敗したが、元々才能があり、のみ込みも早かった。フィジカルやスタミナがなかった。ケガもあって時間はかかったが、その分、しぶとい帝拳魂がすり込まれ、つないでくれた。その象徴があの一撃だった。

◆葛西裕一(かさい・ゆういち)1969年(昭44)11月17日、横浜市生まれ。横浜高3年でインターハイ優勝。専大中退で帝拳ジムから89年プロデビュー。94年に20戦無敗でWBA世界スーパーバンタム級王座挑戦も1回KO負け。96年にラスベガス、97年に横浜でも世界挑戦は3度とも失敗した。右ボクサーファイターで通算24勝(16KO)4敗1分け。引退後はトレーナーとなり、西岡を皮切りに三浦、五十嵐、下田を世界王者に育てる。17年に退職して、東京・用賀にフィットネスジムのGLOVESを開いた。

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ニカラグアでボクシング興行、対戦直前全身に消毒液

世界中で新型コロナウイルスが拡大している中、ニカラグアでは異例となるプロボクシング興行が開催された。メインイベントはライト級のノンタイトル8回戦で、計8試合が組まれた。26日の英紙ザ・サンによると、選手はマスクを着用して入場。試合はマスクを外す代わりに試合直前、全身に消毒液を散布された。なおラウンドガール、レフェリー、セコンド、ジャッジ、そして報道陣はマスクを着用していた。

会場となった同国マナグアのアレクシスアルゲロ・スポーツセンター(8097人収容)ではアリーナ入場口で入場者全員に検温と手足への消毒液散布が義務づけられた。観客席は約1メートルの一定距離を保って設置され、通常の10%程度の収容人数となったが、ほぼ満員の約800人が詰め掛けた。興行プロモーターは「ニカラグアは貧しい国で、ボクサーは食べていく必要がある」との窮状を明かした。また今後の興行開催は未定だという。

ニカラグア政府から正式発表はないものの、新型コロナウイルス対策のために実質的な国境閉鎖を実施し、出入国は規制されている。ただしニカラグア国内での感染者数は抑えられており、同政府は社会的距離の確保などを呼びかけていない。

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偉業から2年…村田諒太は唯一無二の経験伝える

18年4月15日、WBA世界ミドル級タイトルマッチの7回にブランダムラ(左)をロープ際に追い詰める村田

日本ボクシング連盟は4月15日、ロンドンオリンピック(五輪)のミドル級金メダリストで、WBA世界同級王者の村田諒太(34=帝拳)が、東京五輪内定者と世界最終予選(時期、場所未定)出場者11人を対象にしたオンライン講義を行うと発表した。

18日に、五輪を見据えた取り組み方や、質疑応答で“金言”を授ける。日本ボクシング史に金字塔を打ち立て続ける希代のボクサーが、アマチュアの「金の卵」たちの成長に一役を買うことになる。

くしくも2年前の4月15日は、村田にとってまた1つ新たな偉業を遂げた日だった。WBA王者として迎えた初の防衛戦、同級6位のイタリア人、エマヌエーレ・ブランダムラを迎えての一戦。かかっていたのは、日本人ミドル級王者として初防衛に成功するかどうか。

過去に同級王者となったのは、竹原慎二のみ。だが「広島の粗大ごみ」と呼ばれ、立身出世の物語も注目されたその先駆者は、96年6月のV1戦でウィリアム・ジョッピー(米国)にTKO負けを喫した。会場は縁の巡り合わせか、その時と同じ横浜アリーナ。1万1000人で埋まった会場の視線は、20年以上の年月を経た“リベンジ”にも注がれていた。

相手は27勝中5KOと、強打者ではないがゆえに、厄介な懸念もあった。勝率の高さは、ポイントを拾う術にたけているということも意味する。パンチがないからこそ、危険な打ち合いを避けながら、巧みに採点を稼ぐ。オーソドックススタイルながら、ワンツーが左から右ではなく、右から左につなげるタイプ。ジャブに合わせる右クロスは見栄えもいい。

村田の攻略法は、あえてジャブを多用することだった。右クロスを警戒して手数を減らすのではなく、むしろ増やした。フェイントを織り交ぜ、相手の逃げ先を狭めていくプレッシャーのかけ方は長所の1つ。イタリア人は、これまでの敵との格の違いを感じたが、ジャブに対して攻撃の起点にする余裕はなかった。「左ジャブが思った以上によく当たった」と振り返ったように、練習から繰り返したジャブで初回からペースを握った。

左から重い右ストレート、返しの左ボディーというシンプルながらも重厚なパターンで追い詰める。印象的だったのは2回からブランダムラの背中が赤く腫れていったこと。後退してロープにする擦過傷が増えていった。翻れば、その赤い線が村田のプレッシャーのすごみを印象づけていた。

「見ていて早う倒せよと思ったかもしれない。自分もそうでした」と仕留めきれずに、客席にもジレンマが満ち始めた8回。左ガードが甘くなったところに右ストレートを打ち込んでぐらつかせると、ロープ際に後退したところをさらに右。ストレートに備えて両グローブで顔の前面をカバーした挑戦者に、伸びる右フックがアゴに捉え、キャンパスにはわせた。レフェリーはすぐに試合を止めてのTKO勝ち。「最後の右は角度を変えてスッと打ち抜けた。たまたま入ったようでもそれが練習の成果なのでしょう」。完勝で日本人初の防衛を果たした。

それから2年。そのベルトを一度は手放したが、再びその手に取り返し、昨年末にはV1戦を5回TKOで飾った。新型コロナウイルスの影響でV2戦が決定するのは少し先になりそうで、その最中でのオンライン講義になる。日本人として五輪で金、プロでも世界王者という唯一無二の経験値は、これから偉業を目指そうとする後輩たちへの最高の後押しになるだろう。【阿部健吾】

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WWE、ケンドー・カシンら複数のコーチも解雇

ケンドー・カシン(14年3月撮影)

米プロレス団体WWEは15日(日本時間16日)、主力選手やスタッフ陣ら裏方の大量解雇に合わせ、選手育成施設WWEパフォーマンスセンターで指導するケンドー・カシンら複数のコーチも同日付で解雇した。複数の米メディアが一斉に報じたもので、解雇されたのはカシンの他、セリーナ・ディーブ、クリス・ガイの3人。カシンは19年8月に正式契約を結んだばかりだった。

新型コロナウイルスの影響による減収で、WWEは毎月400万ドル(4億4000万円)の削減が求められており、選手だけでなく、リングアナウンサー、レフェリー、プロデューサー、本社スタッフも次々と解雇した。その中で強化&育成にもコストカットのメスが入ったようだ。米メディアは、WWEの今後の解雇人数が100人を超えるのではないかと報じている。

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ベラルーシ、サッカーに続き格闘技も無観客で開催

ベラルーシでは、サッカーに続き、格闘技大会も開催された。

ロシア・モスクワに拠点を置く世界総合コンバット連盟(WTKF)は11日、ベラルーシのミンスクで総合格闘技、キックボクシング、ムエタイなど計5試合のカードを組んだ興行を開催した。「ファイトハウス」と呼ばれる小さなスタジオにリングを設置し、試合内容はインターネットサイト「ユーチューブ」を通じて世界に配信された。

新型コロナウイルスの予防のため、もちろん無観客での開催だった。選手のセコンドはトレーナー1人のみで、レフェリーは全試合を1人が務めた。出場選手は全員ベラルーシ出身だった。しかしマスクを着用したのはオフィシャルカメラマンだけだったという。格闘技熱が高いブラジルのグローボ紙では同日、ムエタイや総合格闘技のKOシーンなどの試合内容を報じ「素晴らしい瞬間だった」と報じた。

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WWE初の無観客開催、カブキ・ウォリアーズ陥落

<WWE:レッスルマニア36>◇4日◇米オーランド・WWEパフォーマンスセンター

世界最大のプロレスの祭典WWE「レッスルマニア」が史上初めて無観客で行われた。

本来はタンパのレイモンド・ジェームス・スタジアムで約8万人の観客を集めて開催される予定だったが、新型コロナウイルス感染拡大の影響により中止。代わりに無観客での試合の模様が、2日間に分けて放送されることとなった。

初日の第1試合では、WWE女子タッグ王座戦が行われ、王者「カブキ・ウォリアーズ」ことアスカ(38)、カイリ・セイン(31)組が前王者アレクサ・ブリス(28)、ニッキー・クロス(30)組と対戦。セインがニッキーにツイステッドブリス(旋回式ムーンサルト)で敗れ、昨年10月から約半年間守った王座を奪われた。

歴史的大会のオープニングとなった王者組は、いつも通り、傘や面を使った和風全開の派手なコスチュームで登場。試合が始まると「なめんじゃねえぞ」などと荒れた日本語で挑発。レフェリーの目を盗みながら、アレクサの髪をつかんで投げるなど非情に攻め立てた。

アスカがニッキーを持ち上げたところにカイリがコーナーの上からダイビング・エルボーをさく裂。アスカのパワーボムとの合体技で勝利をつかんだかと思われたが、カウント2で返され、決められず。直後、不運にもアスカがスピアーを誤爆し、鉄柱に激突。残されたセインがニッキーに旋回式ネックブリーカーを決められ、アレクサにとどめをさされた。

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天心幼なじみ並木月海、日本女子ボクサー初五輪狙う

幼なじみの並木(右)と那須川(那須川提供)

「神童」のイチ押し女子ボクサーがいる-。3日にヨルダンの首都アンマンで開幕する東京オリンピック(五輪)のアジア・オセアニア予選で、男女11階級が出場枠獲得に挑むボクシングの日本代表。注目は女子フライ級の並木月海(21=自衛隊)、日本女子初の五輪出場に最も近い、メダル候補だ。

その幼なじみで親交厚いキックボクシング界の神童こと那須川天心(21)に、小柄ながら強烈なパンチ力を誇るサウスポーの強さの秘密、素顔を証言してもらった。

   ◇   ◇   ◇

「パンチいま、めちゃめちゃ重いです。男子でも、普通に倒れますよ。それぐらい重い。小柄ですけど、すごく筋肉ついてて。本当に重いです。ガードの上からでももらうの嫌です。よけないと」

決してリップサービスではない。那須川は体験談で並木の一発の怖さを語ってくれた。知り合ったのは幼稚園年長にさかのぼる。同級生、同じ千葉県の出身の2人は、北支部の空手大会の決勝で初対面した。那須川のキックがヘッドギアをつけた並木を直撃、つけていたグローブも吹っ飛んだ。そこから意気投合、今でも交流厚く、スパーリングや、技術の意見交換もする仲だ。

中学途中からボクシングに専念した盟友に「月海はパンチの選手じゃないのに」と懸念もしたが、すぐに心配は吹っ飛んだ。花咲徳栄高でも全国で勝ち進む。「『へっ?』ってなりましたよ」と懐かしむ。実際に手を合わせれば理由は明確だった。そのパンチ力。女子では珍しい“倒し屋”の源を「足腰が強い。あとは回転力もすごいから」と分析する。空手のキックで鍛えた下半身の力を、うまく拳の先に伝えている、「そのアドバンテージがある」とみた。

性格も強さを助ける。「すごい真面目。練習する時は、自分にすごく聞いてくる」。貪欲な吸収力。空手時代はずぬけた選手ではなかったという。「すごい努力をしてきているのだと思う。尊敬する部分がある。僕も負けたらだめだな」と逆に力をもらうこともある。

自身は格闘界で駆け上がってきた。五輪は「出たかったですよ」。東京では空手が採用されるが、「時代を恨むしかないですね」と素直に語る。だからこそ、「代わりにすごい有名になってほしい。金メダルとってほしいですね」とエールを送る。同時に、「五輪取って、キック転向ですよ(笑い)。やらせるしかないですよ」と勧誘計画も。それくらい認める仲間。「彼女はほんと真面目ですし、頑張ってるんで、力みすぎず、リラックスしながら試合に挑んでほしい。まあまあ、五輪でしょ、ぐらいでやれば。良いマインドで!」。そう言葉を送り、“神童印”の拳が五輪でうなる日を確信した。【高場泉穂】

◆並木月海(なみき・つきみ)1998年(平10)9月17日、千葉県成田市生まれ。4人きょうだいの末っ子で、姉と兄2人の影響で幼稚園の年中から空手を始める。中学入学時に「普通の女の子として過ごしたい」と格闘技から離れたが、「飽きてしまった」と1年後にボクシングを開始。花咲徳栄高から自衛隊に進み、18年世界選手権銅など。右利きのサウスポー。153センチ。

◆アマチュアボクシングの試合形式 各階級ごとにトーナメント制で順位を決める。試合時間は3分×3回で、5人のジャッジによる各回10点方式の採点で勝負を決める。著しい実力差や医師による続行不可能の判断をした場合のレフェリー・ストップ・コンテスト(RSC)、ダウンして10秒以内に競技を続行不可のKOなどでも勝敗が決まる。短期決戦のためプロとは異なり、初回から積極的な攻防が見られる傾向にある。男子はヘッドギアなし、女子はありで行う。

◆ボクシングの東京五輪アジア・オセアニア予選 アンマンで3月3日から11日まで男女13階級で実施。日本は男子6、女子は全5階級に参戦する。当初は2月に中国・武漢で開催予定だったが、新型コロナウイルスで変更になった。階級別で出場枠が異なる4~6枠で、並木が出場する女子フライ級(48~51キロ)は6枠。逃せば5月の世界最終予選(パリ)へ。日本は開催国枠で6枠(男子4、女子2)があり、自力で獲得できない場合の最低限出場数になる。予選で獲得した分だけ開催国枠は減る。女子は12年ロンドン五輪から採用されたが、日本は過去2大会で出場なし。今予選で第1号となるか注目される。

○…並木は25日に日本を出発し、アンマンで最終調整を続けてきた。「日本より暖かく、良いパフォーマンスができそうです。日の丸を背負い頑張ります」と士気高く決戦に備える。出発の空港では那須川との練習写真を見返して、「本当に強いですからね」と一言。格闘技界を席巻し続ける姿を間近にしてきたが、「憧れというより、追い抜きたいですね」と燃えていた。

スパーリングする並木(左)と那須川(那須川提供)

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ゼロワン大谷「生き様見せる」両国国技館で記念大会

両国国技館での旗揚げ20周年記念大会を発表したゼロワンの大谷晋二郎(撮影・高場泉穂)

<ゼロワン:後楽園大会>◇1日◇東京・後楽園ホール

プロレスリング・ゼロワンが1日、21年3月14日に両国国技館で旗揚げ20周年記念大会を行うと発表した。

同会場は、01年3月2日に旗揚げ戦、11年3月6日に10周年記念大会を行った縁深い場所。1日の19周年記念大会の試合後、スクリーンで10年ぶりの両国進出が発表されると、大きなどよめきが起こった。

ゼロワンを率いる大谷晋二郎(47)は「どんな状況だって、両国で何度でも立ち上がる男の生き様を見せてやる!」と宣言した。

新型コロナウイルス感染拡大の影響で、興行を中止、延期する団体もある中、ゼロワンは経営的に中止が難しい状況にある。沖田レフェリーは「ぼくらは止まったら、つぶれちゃうんです!」と本音を明かした。 観衆は682人。セミの田中将斗、杉浦貴(ノア)組対関本大介、岡林裕二(ともに大日本)組のスペシャルタッグマッチは、激しい肉弾戦となり30分ドロー。メインの世界ヘビー級タイトル戦では団体生え抜きの佐藤耕平が、王者火野裕士を破り、王座奪還。熱い試合の連続に会場は何度も沸いた。

大谷は「もちろん反対意見があるとは思うが、正解はない。会場に見にきてくださる方がいる限り、満足させたい、明るい話題を届けたいという思いでやりました。試合後には、涙を流して『やってくれてありがとう』と言ってくださる方もいた。喜んでくれる方がいたのが何よりうれしい」といま試合をすることへの、複雑な思いを語った。

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元4階級制覇王者ロマゴン復帰戦勝利「標的は井岡」

2回、ディオコスにTKO勝ちし、1年のブランクから見事復帰戦を勝利で納めたゴンザレス(撮影・狩俣裕三)

<プロボクシング:116ポンド(約52・61キロ)契約体重8回戦>◇23日◇横浜アリーナ

18年11月、右ひざ半月板損傷で手術を受けた元4階級制覇王者ローマン・ゴンサレス(32=ニカラグア)が1年3カ月ぶりの復帰戦を飾った。ディオネル・ディオコス(26=フィリピン)と対戦し、2回2分20秒、TKO勝ちを収めた。

静かな序盤から迎えた2回、ディオコスをロープ際に追い込んむと一気に連打がさく裂。スタンディングダウンを奪った後、立ち上がってきたディオコスに連打で圧倒した。左ボディー、右ストレートを的確にヒットさせ、レフェリーストップに追い込んだ。22日が愛娘リッツィーノエミさんの16歳の誕生日だった。「子供に勝利をプレゼントしたい」と快勝劇を喜んだ。

練習中に右ひざを痛めて長期離脱を余儀なくされ、コスタリカで右ひざの手術を受けた。「一瞬、引退もよぎった」と振り返るほどの大けがだったが、練習復帰後、4カ月かけてコンディションを戻し「今はケガ前よりも状態がいい」とまで口にした。主戦場はスーパーフライに設定している。「来年、王座へ返り咲きたい。標的は(WBA王者)ヤファイと(WBO王者)井岡」とターゲットを定めていた。

2回、ディオコス(左)に強烈な右ストレートを食らわすゴンザレス(撮影・狩俣裕三)

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棚橋弘至、飯伏幸太組が新王者「無限に防衛する」

<新日本:後楽園大会>◇21日◇東京・後楽園ホール

IWGPタッグ選手権で挑戦者棚橋弘至(43)、飯伏幸太(37)組が、王者タンガ・ロア、タマ・トンガ組を破り、新王者となった。棚橋は約14年半ぶり3度目で、飯伏は初戴冠。夢の“ゴールデン☆スター”タッグが誕生した。

棚橋はタマにハイフライフローを決めるも、カウント2で邪道が海野レフェリーを襲い、3カウントはすんでで奪えず。さらにタンガにIWGPのベルトで殴打される。だが、飯伏がタマに蹴り、さらにカミゴェを決め、流れを取り戻す。そこに棚橋が2度目のハイフライフローをタマに決め、勝利をもぎ取った。

マイクを持った棚橋は「ぼくの願いは1つなんです。プロレスを見ている時だけは楽しんでください」とあいさつ。さらに飯伏との新タッグで「無限に防衛するから」と宣言した。だが、締めぜりふの「愛してまーす」を言い終わらないうちにタイチ、ザックの2人に乱入され、ボコボコにされる結末に。棚橋、飯伏の2人は両脇を抱えられながら控室へ。大団円を邪魔された棚橋は「くそぉ…」とつぶやいた。

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タイガー服部「もう時間」レフェリー生活44年で幕

引退セレモニーでオカダ(左)から花束を受け取り労われるタイガー服部レフェリー(撮影・河田真司)

タイガー服部(74)が44年のレフェリー生活に幕を下ろした。

19日、新日本プロレス後楽園大会のセミ、メイン2戦を裁き、メイン後の引退セレモニーでは10カウントゴング、胴上げで送られた。

76年に米国でレフェリーデビュー。以来、95年北朝鮮・平壌でのアントニオ猪木-リック・フレアー戦、99年1月4日の橋本真也-小川直也戦などプロレス史に残る数々の試合を裁いてきた。

優秀な海外選手を招くなど、コーディネーターとしても新日マットを支えた。レフェリーが引退試合を行うのは異例。それだけ選手からの信頼は深かった。

セレモニーには、ザ・グレート・カブキ、馳浩、武藤敬司、長州力ら豪華ゲストが来場。天龍源一郎、アントニオ猪木からはビデオメッセージが届き、猪木氏からは「長い間本当にご苦労さまでした」とねぎらわれた。

会場は1600人の超満員。マイクを取った服部レフェリーは「コロナという不気味なものに負けないで、これだけたくさん来られて感謝しております」とまずあいさつ。

そして、「自分はこのユニークなスポーツに出会えて、一生プロレスというものを愛し、だけど自分の人生という感じがします。素晴らしいことも友情もいろいろありますが、裏切りもあります、悲しいこともあります。まるで自分の人生みたいな感じがします」とプロレスと自分の人生を重ねた。

選手、スタッフ、ファンに感謝を述べ、「こういう思い出は一生忘れないように頭の中に刻んで生きていきたいと思います」と目を潤ませた。10カウントゴングの後、米国時代の盟友、故マサ斎藤さんの入場テーマが流れる中、選手らに胴上げされた。

レフェリーとしての哲学は「選手を邪魔しない。無駄な場所にいないこと」。それがうまくできなくなったため、「もう時間だな、と思って」と自ら引退を決めた。

最後の3カウントをたたき、「やり切った感があった。燃え尽きました」。1年新日本との契約を延長し、米国での興行、イベントを裏方で支える予定だ。

【高場泉穂】

引退セレモニーでタイガーマスク(左)と握手を交わすタイガー服部レフェリー(撮影・河田真司)
後藤(右奥)にオコーナーブリッジを仕掛けるSANADA(手前右)にカウントをとりにかかるタイガー服部レフェリー(撮影・河田真司)
タイガー服部レフェリー(中央)引退セレモニーでリングに上がり写真に納まる、左から武藤敬司、長州力、1人おいてザ・グレートカブキ、馳浩(撮影・河田真司)
引退セレモニーでアントニオ猪木のサプライズビデオメッセージを見つめるタイガー服部レフェリー(右)(撮影・河田真司)

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福永亮次が新王者「人生左右する試合」で逆転TKO

右目はふさがりながらも王座奪取の福永亮次

<ボクシングWBOアジア太平洋スーパーフライ級タイトル12回戦>◇14日◇東京・後楽園ホール

同級4位福永亮次(33=角海老宝石)が逆転TKOで新王者になった。

同級王者フローイラン・サルダール(30=フィリピン)のV1戦でタイトル初挑戦。右目がふさがりながらも、7回にボディーでダウンを奪う。さらに連打を浴びせるとレフェリーがストップ。7回1分40秒TKOで王座を獲得した。

初回から長い右ストレートをもらい、なかなか攻め込めなかった。4回あたりから右目の周囲も腫れだした。このままではレフェリーストップもあり得る状況に、田部井トレーナーは6回にゴーサイン。福永も「距離が遠かったが、ボディーは効いていた。ガードを固めていくしかない」と一転攻勢で逆転勝ちした。

地元大阪でプロデビューし、上京して宮田ジムに移籍した。16年には全日本新人王も、18年に東洋太平洋シルバー王座挑戦に失敗し、ボクシングから離れた。「またやりたくなった」と昨年ジムを移籍し、2戦目でつかんだビッグチャンスをものにした。

15歳から型枠職人の仕事につき、試合前は3日ほど休むだけだった。「ボクシング人生を左右する試合」に向けて、今回は12日間と初の長期休暇をもらった。その期待にも応えて見せた。

サルダールは元世界王者の木村翔に挑戦経験もあり、WBO7位につけていた。福永は世界ランク入りも確実にしたが「レベルが低すぎ。もっともっと練習して上を目指したい」と話した。

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中西学、2・22ラストマッチは8人タッグに決定

中西学(2020年1月7日撮影)

新日本プロレスは10日、19~22日の後楽園4連戦と3月3日の旗揚げ記念日大会(大田区総合体育館)のカードを発表した。

19日のタイガー服部レフェリー引退記念大会のメインは後藤洋央紀、石井智宏、オカダ・カズチカ組対SANADA、鷹木信悟、内藤哲也組の6人タッグ戦に決まった。

20日は、NEVER無差別級王者鷹木信悟が、石井智宏相手に初防衛戦を行う。また、IWGPジュニアタッグ選手権で王者SHO、YOH組にロッキー・ロメロ、田口隆祐組が挑戦する。

21日は、IWGPタッグ選手権で棚橋弘至、飯伏幸太の新タッグが王者タンガ・ロア、タマ・トンガ組に挑む。

22日の中西学引退試合のカードも決定。中西と永田裕志、小島聡、天山広吉が組み、後藤洋央紀、飯伏幸太、棚橋弘至、オカダ・カズチカ組と対戦。試合後に引退セレモニーが行われる。

3月3日の旗揚げ記念日大会では、IWGPヘビー、同インターコンチネンタルの2冠王者内藤哲也とIWGPジュニアヘビー級王者高橋ヒロムがスペシャルシングルマッチを行う。

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小原佳太2階級制覇、世界再挑戦視野も「まだまだ」

日本ウエルター級王座を獲得した挑戦者の小原

<プロボクシング:日本ウエルター級タイトルマッチ10回戦>◇1日◇東京・後楽園ホール

ボクシングの日本ウエルター級タイトルマッチ10回戦は1日、東京・後楽園ホールで行われ、挑戦者の同級1位小原佳太(33=三迫)が王者永野祐樹(30=帝拳)に7回2分39秒、TKOで勝利し、スーパーライト級に続く2階級制覇を果たした。

試合開始から前に出ると、2回に左フックでダウンを奪取。その後は2度目の防衛を目指す永野の反撃に苦しむ場面もあったが、7回に連打を集めたところでレフェリーが試合を止めた。16年に世界挑戦し、現在もIBF同級4位。2度目の世界挑戦を目指すが「まだまだ実力が足りない。もっと練習量を上げていく」。三迫会長は「ありとあらゆる可能性を全力で探って、もう1度チャンスをつくりたい」と話した。

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