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京口紘人が米デビュー 3月にダラスで3度目防衛戦

京口紘人(21年1月撮影)

ボクシングのWBA世界ライトフライ級スーパー王者京口紘人(27=ワタナベ)が3月13日、米テキサス州ダラスでアクセル・アラゴン・ベガ(20=メキシコ)との3度目の防衛戦に臨むことが22日(日本時間23日)、ストリーミング配信のDAZNから発表された。

英プロモート大手マッチルームと複数試合契約後、初試合となり、米デビュー戦でもある。同興行のメインイベントには、WBC世界スーパーフライ級王者ファン・フランシスコ・エストラーダ(30=メキシコ)-WBA世界同級スーパー王者ローマン・ゴンサレス(33=ニカラグア)の王座統一戦が組まれている。

なお、ワタナベジムなどからは発表されていない。

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世界戦中止タノンサック、京口紘人に「来年やろう」

オンラインで取材に応じるタノンサック。右はグリーンツダの本石会長(C)グリーンツダ

WBA世界ライトフライ級スーパー王者京口紘人(27=ワタナベ)に挑戦予定だった同級10位タノンサック・シムシー(20=タイ)が23日、タイへの帰国(24日)を前に大阪市内のグリーンツダジムからオンラインで会見した。

当初は11月3日に大阪で予定されたが、前日計量後に王者京口を含む陣営に新型コロナウイルス感染の陽性反応が判明。試合は急きょ中止となった。興行主のワタナベジムはタノンサック戦の年内実現を目指し、12月26日に大阪で会場も押さえていた。しかし、コロナ禍が広がった社会情勢と京口の体調不良もあり、結果的に断念となった。

タノンサックは「今回は試合できなくて残念だったが来年、京口選手も元気になって試合やりましょう」。日本でのマネジメントを請け負うグリーンツダの本石昌也会長によると、王者が所属するワタナベジムとはWBAから挑戦者の指名がない限り、タノンサックを挑戦者の最有力として来春にも世界戦を行うと、書面でかわしているという。

タノンサックは「タイで少しだけ休憩して、すぐに練習したい」。世界挑戦を見据え、年明け2月にも試合をはさむ意向を持つ。「試合ができなかったのは悲しいが、ボクシングは仕事。必ず(世界挑戦が)できると信じている」というタノンサックが、約3カ月の日本滞在を終えて、母国に戻る。

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京口紘人は年内の防衛戦開催断念、今後すべて白紙

京口紘人(2020年11月2日撮影)

WBA世界ライトフライ級スーパー王者京口紘人(26=ワタナベ)陣営が8日、年内の防衛戦開催断念を表明した。

11月3日に大阪で同級10位タノンサック・シムシー(20=タイ)の挑戦を受ける予定だったが、前日計量後に王者本人を含む陣営に新型コロナウイルス感染の陽性反応が判明。試合は急きょ中止となった。

興行主のワタナベジムはタノンサック戦の年内実現を目指し、今月下旬に大阪で会場も押さえていた。しかし、大阪など都市で新型コロナウイルス感染が広がり、日本ボクシングコミッション(JBC)も感染拡大防止へ新たなガイドラインを設けるなどする状況。また京口自身も体調を崩して、先月18日から1週間練習を休んだという。あらゆる状況を鑑みて、開催は断念せざるをえなかった。

ワタナベジム関係者によると、タノンサック陣営にはすでにキャンセル料と経費を払い、両陣営間で取り決めをかわしたのち、近日中にタイへ帰国の予定。王者の今後の見通しはすべて白紙となっている。

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京口紘人の防衛戦中止が正式決定 開催模索も断念

WBA世界ライトフライ級王者の京口紘人

ボクシングWBA世界ライトフライ級王者京口紘人(27=ワタナベ)が、当初11月3日に予定し、時期をずらしての開催を模索していた3度目の防衛戦の中止が正式決定した。8日、所属ジムが発表した。

同2日の前日計量時に行われたPCR検査で京口、チーフセコンドが陽性判定が出たため、急きょ中止に。その後、12月中に挑戦者となっていた同級10位タノンサック・シムシー(タイ)との仕切り直しの世界戦を組む計画を進め、ワタナベジムも12月下旬、大阪府内の体育館、十分に隔離可能な施設などを用意していた。

しかし11月中旬以降、新型コロナウイルス感染が都市部を中心に拡大している中、日本ボクシングコミッションと日本プロボクシング協会が新たなガイドラインを設定したことなどを踏まえ「選手、観戦者、スタッフ関係者などを守るため、12月に世界タイトルマッチを再設定することを断念せざるを得ないと判断しました」という。

また10月にタイから来日し、隔離生活を乗り越えて準備していたタノンサック・シムシー本人、セコンド陣、同陣営をサポートしていたグリーンツダジムの本石昌也会長には向け「ご心労ご苦労をおかけしたことをおわび申し伝えております」と謝罪。既に試合キャンセル料と経費を支払いし、今後については、両者間で取り決めを交わした上で、タイに帰国してもらう予定だという。

また隔離生活を終え、11月16日から練習を再開した京口自身の体調も回復せず、同18日から1週間程度、練習を休む状況になっていたことも報告されていた。

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渡辺会長がコロナ感染で世界戦中止の状況など説明

東日本ボクシング協会理事会が18日にあり、新型コロナウイルス感染で世界戦を中止したワタナベジム渡辺会長も出席して、状況説明などをした。今後は日本ボクシングコミッションの質問書に対して回答を提出。それを踏まえて、ジム内および試合開催の両面で感染防止に対応していくとの説明があったという。

日本ボクシングコミッションと日本プロボクシング協会では、新型コロナウイルス対策連絡協議会で対応を協議、実施してきた。前日計量時にPCRなどの検査を義務化している。検査を複数回受けた方がいいとの声も上がり、試合に向けて1カ月前、2週間前、2日前の3回検査などが協議されているという。

外国人選手の来日出場については、2週間の隔離という行政指示があるため、地域タイトルレベルでも依然として厳しいとの判断が示された。

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京口紘人が世界戦中止謝罪「たくさんの方に迷惑を」

新型コロナウイルス感染が判明し、試合前日に世界戦中止となったことを謝罪したWBA世界ライトフライ級スーパー王者京口

ボクシングのWBA世界ライトフライ級スーパー王者京口紘人(26=ワタナベ)が新型コロナウイルス検査で陽性反応を示し、世界戦前日に中止となった事態を受けて謝罪した。3日にインテックス大阪で同級10位タノンサック・シムシー(20=タイ)との防衛戦を控えた2日にコロナウイルス感染が判明。試合中止を受けて自身のSNSを通じ「本当にごめんなさい」と投稿し、保健所の指導で10日間、大阪市内で隔離生活を送っていた。

12日に隔離ホテルでの生活を終えたという京口は14日、オンラインで所属ジムの渡辺均会長、深町信治マネジャーと会見に臨み「関係者のみなさまにご迷惑をおかけし、申し訳ございません。(コロナが)出てしまったことは仕方ないですが、たくさんの方に迷惑をかけたと思い、対戦相手にも申し訳ない気持ちです。すみません」とおわびの言葉を口にした。悪化を心配していたものの、隔離生活期間も含め、症状はなかったという。

隔離生活での最初の3日間はメンタル的に落ち込み「いろいろなものが崩れ落ちた感じになった」と振り返った。それでも周囲から激励の言葉をもらい、前向きにホテル内でシャドーボクシングなどで体を動かしていたことを明かした。京口は「いつ試合が決まってもいいように体を動かしていた。衰えは心配になるので、やれることはやるようにしていました」と説明。さらに週明けからジムワークを再開する見通しだという。今後、あらためてPCR検査を受ける意向も示した。

挑戦者タノンサックの滞在ビザ期限が12月31日まであるため、国内でのマネジメント契約を結ぶグリーンツダジムとワタナベジムの両陣営間で調整しているが、渡辺会長は「いろいろな意見がある。1つは年内にやるべきという意見、コロナが急増している中で、これは開催してはいけないのではないかという意見もあるので慎重に検討している」と話すにとどめた。

◆京口の隔離中の1日 起床後、午前8時に体温など体調をパソコンで入力。午前10時に保健所から電話で体調の確認。食事は8時、0時、18時の3度、いずれも弁当。京口は毎日、12ラウンドのシャドーボクシングと筋トレを欠かさず。

新型コロナウイルスに感染し、隔離生活を終えて帰京したWBA世界ライトフライ級スーパー王者京口がオンラインで会見

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JBC事務局長、世界戦中止は「重く受け止めたい」

JBC安河内剛事務局長(2018年10月10日撮影)

日本ボクシングコミッション(JBC)と日本プロボクシング協会は10日、新型コロナウイルス対策連絡協議会を開いた。

3日に世界王者の京口紘人(ワタナベ)とトレーナーの感染により、興行再開後の国内初の男子世界戦が中止となった。JBC安河内事務局長は「興行自体の開催が難しくなると重く受け止めたい。大きな問題で看過できない」と、今後の対応やガイドライン改定などを協議した。

主催のワタナベジムにヒアリングは実施したが、感染経路、感染予防策などを調査、精査しての報告を求めることになった。

ガイドラインでは選手控室への入室制限、違反者への罰則規定の厳罰化、プロテスト受験者と出稽古に来るアマ選手にも検査の実施と届出制に改定する。

今後はより迅速に対応するため、感染対策小委員会を設置し、来週より協議、対応を進めていくことになった。

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感染の京口紘人12月中の“再戦”へ 両陣営で調整

京口(右)と挑戦者シムシー

WBA世界ライトフライ級スーパー王者京口紘人(26=ワタナベ)が、12月中の“再戦”を目指す。王者の新型コロナウイルス感染が試合前日の2日に判明し、3日にインテックス大阪で予定された世界戦が中止となった。対戦相手の同級10位タノンサック・シムシー(20=タイ)は変わらず、両陣営で12月に開催の方向で調整していることが3日、分かった。

中止が決まった後、京口の落ち込みは激しかった。自身のツイッターに「本当にごめんなさい」と投稿。ワタナベジムの深町マネジャーによると計量後、オムライスを届けたが、その後の接触はない。保健所の指導で10日間、大阪市内のホテルで隔離生活が続く。

挑戦者タノンサックも中止に涙した。国内でのマネジメント契約を結ぶグリーンツダジムの本石会長は「彼は極貧の家庭環境。家族のことをすごく気にしていた」。タノンサックの滞在ビザ期限は12月31日。それまでの試合実現へ、両陣営で調整する。【実藤健一】

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京口は前日まで陰性 万全感染対策実らず苦渋の中止

WBA世界ライトフライ級タイトルマッチの調印式を行い会見に臨むスーパー王者京口(左)と挑戦者タノンサック(右)(撮影・清水貴仁)

世界戦が新型コロナウイルスの影響で、ドタバタの末に試合前日に中止に追い込まれた。

日本ボクシングコミッション(JBC)は2日、大阪市のインテックス大阪で3日に開催予定だったWBA世界ライトフライ級タイトルマッチを、スーパー王者の王者京口紘人(26=ワタナベ)と、セコンドを務める50代男性の2人に陽性反応が出たため中止を発表。2日午前中に調印式、計量が行われ、挑戦者の同級10位タノンサック・シムシー(20=タイ)とも問題なくクリアした直後の出来事だった。

   ◇   ◇   ◇

この日午前9時半から大阪市内のホテルで調印式と記者会見、その後に計量と、世界戦前恒例のイベントをつつがなく終えた後に不測の事態は発覚した。同日のPCR検査で王者京口、セコンドを務める50代のチーフトレーナーが陽性反応を示した。2人とも無症状。感染経路は調査中で、保健所の指示を待つためホテルで隔離状態。陣営は調印式開始から7時間後の午後4時半に緊急会見。中止の決定となった。

コロナ対策は万全を施してきた。前日1日にも両者に抗原検査を実施し、陰性だったという。それが一転しての陽性反応に中止せざるをえなかった。その結果を伝え聞いた京口は「すみません」と言ったという。

光をともす試合になるはずだった。新型コロナウイルス感染症の影響で興行を中止にするなど、ボクシング界も停止してきた。無観客から徐々に再開され、今回は感染拡大後、国内では初めて外国選手を招いての世界戦。京口は3度目の防衛をかけ、後はリングで戦うだけだった。WBA、IBF世界バンタム級王者井上尚弥が米ラスベガスで鮮烈なKO防衛を飾った直後と、追い風が吹いていた。

調印式後は「日本ボクシング界の明るいニュースになる」と話していた、JBCの安河内剛事務局長も「難しさを実感している」。再開にあたり、感染予防に最善を尽くしてきた。人数制限はあるものの観客も動員予定と、ようやくこぎ着けた世界戦がドタバタの末に中止。スポーツ庁からは、来年に延期された東京オリンピック(五輪)開催への一例となる興行として関心を示されていた。

ワタナベジムの渡辺均会長は「対戦相手に大変、申し訳ない」と陳謝。タノンサックのビザが有効な年内に、試合実現を目指す意向を示した。世界戦以外の前座試合開催も検討されたが結局、すべての試合が中止となった。興行を主催するワタナベジムは「すべての払い戻しに応じる」としたが、かなりの損失を被る。それ以上にボクシングの興行の難しさが露呈された。「苦渋の決断だった」。安河内事務局長の言葉がすべてを表した。【実藤健一】

▽日本プロボクシング協会新田渉世事務局長の話 ボクシング界としては、日本ボクシングコミッションと連携してガイドライン作るなど、感染防止へ最善の努力をしてきた。世界戦が中止とは残念としか言いようがない。全国のジムに感染予防を今1度注意喚起していく。

◆京口紘人(きょうぐち・ひろと)1993年(平5)11月27日、大阪・和泉市生まれ。3歳から空手を始め、12歳からボクシングに転向。中学時代には大阪帝拳ジムで辰吉丈一郎から指導を受けた。大商大卒業後の16年4月にワタナベジムからプロデビュー。17年7月、日本最速となるデビュー1年3カ月でIBF世界ミニマム級王座を獲得。2度防衛後に王座返上。18年12月にWBA世界ライトフライ級スーパー王座を獲得し、2階級制覇を達成した。161センチ。右ボクサーファイター。

【京口の動向】

◆10月19日 東京都内ジムで練習公開。報道陣約40人には検温や消毒を実施。ジム内は換気もされていたが、本人はマスクなし。スパーリングなどを行った。「チャンスがくればKOしたい」と抱負。

◆同26日 日本外国特派員協会に招かれて都内で会見。「東京五輪も無事開催してほしい。いい影響を与えられれば。世界中でビッグファイトができるように、しっかり成功させたい」と誓った。

◆同31日 夜に大阪入り。

◆11月1日 JBC関西事務局(大阪市)で予備検診。挑戦者のタノンサックと初めて対面する。

◆同2日 午前9時30分から大阪市内のホテルで調印式と記者会見。京口は同20分ごろにひな壇に1度姿を見せて、その後に会見に臨む。

会見後、午前10時ごろに計量。新型コロナウイルス感染症予防から報道陣ら関係者と完全隔離で実施。リミットを100グラム下回る48・8キロで一発パスする。

○…王者京口は午前中の会見で、防衛に意欲を示してした。計量はリミット48・9キロを100グラム下回る48・8キロでパスしていた。「完勝するのが1番のテーマ。自分のボクシングをすれば結果はついてくる。それだけに徹底したい」と話していた。前日にWBA、IBF世界バンタム級王者井上が米ラスベガスで鮮やかなKO防衛を飾った。「同級生なんですごい刺激をもらっている。自分も頑張りたい」と話していたが、まさかの事態に巻き込まれた。

○…今回の世界戦はアマチュア側も来年の東京五輪開催の機運醸成になると意識を共有していた。入国制限の中、プロの日本ボクシングコミッション(JBC)とアマの日本ボクシング連盟が動き、スポーツ庁など関係省庁と約1カ月に及ぶ交渉で五輪につながる公益性を訴え、タイ人挑戦者の入国ビザが発給された。日本連盟の仲間達也専務理事は「国内でイベントが開催されることが(ボクシングの)盛り上げにつながる」と語っていた。挑戦者は10月7日の来日後、2週間の隔離生活を送り、両選手のPCR検査も実施。JBCの安河内剛事務局長は「あとは我々が信頼を裏切らないように試合の運営をしていく」と話していたが、その試合を目前に信頼が裏切られる結果になった。

◆海外の世界戦での新型コロナウイルス感染 WBO世界スーパーフェザー級王者ヘリング(米国)は2度延期になった。7月2日に米ラスベガスで、井上尚弥と同じ宿泊施設と試合会場が一体のザ・バブルで無観客試合の予定だった。6月23日に感染して延期となった。7月3日に再検査陰性で14日と再設定も、試合前日の13日に再感染が判明して再延期された。試合は9月5日に開催され、昨年5月に伊藤雅雪(横浜光)から王座奪取のヘリングが8回失格勝ちした。8月1日に米コネティカット州でのWBO世界スーパーバンタム級王座決定戦は、7月29日に同級1位フルトン(米国)が陽性と判明。対戦予定だった同級2位レオ(同)と、前座の予定だった同級6位ウィリアムス(同)の対戦に変更された例もある。

前日計量をクリアしポーズを取るスーパー王者京口(右)と挑戦者タノンサック(撮影・清水貴仁)

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18年に2階級制覇達成/感染中止の京口紘人・略歴

WBA世界ライトフライ級タイトルマッチの調印式を行い会見に臨むスーパー王者京口紘人(撮影・清水貴仁)

11月3日にインテックス大阪で開催予定だったWBA世界ライトフライ級タイトルマッチが急きょ、中止となった。スーパー王者の京口紘人(26=ワタナベ)と、チーフセコンドの50代男性の2人に、新型コロナウイルスの陽性反応が確認されたため。

PCR検査はこの日の前日計量の際に行われていた。

以下、京口の経歴。

◆京口紘人(きょうぐち・ひろと)1993年(平5)11月27日、大阪・和泉市生まれ。3歳から空手を始め、12歳からボクシングに転向。中学時代には大阪帝拳ジムで辰吉丈一郎から指導を受けた。16年4月にワタナベジムからプロデビュー。17年7月、IBF世界ミニマム級王座を獲得。2度防衛後に王座を返上。18年12月にWBA世界ライトフライ級スーパー王座を獲得し、2階級制覇を達成した。162センチ。

WBA世界ライトフライ級タイトルマッチの前日計量をともにクリアしポーズを取るスーパー王者京口紘人(右)と挑戦者タノンサック・シムシー(撮影・清水貴仁)

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宮尾VS多田 元女子世界王者対決の決着再戦が決定

宮尾綾香(左)、多田悦子

ボクシング元女子世界王者対決の決着再戦が決まった。

宮尾綾香(37=ワタナベ)と多田悦子(39=真正)が、12月3日に東京・後楽園ホールでのWBO世界ミニマム級王座決定戦で対戦する。ワタナベジムが20日に発表した。

2人は1月に同王座を争い、1-1の三者三様で引き分けていた。宮尾は9月にホーチミン市でティ・トゥ・ニ・グエン(23=ベトナム)と対戦予定だったが、出入国制限などで延期となっていた。

宮尾は3度目の王座、多田は4度目の王座返り咲きがかかる。宮尾は「このコロナ禍で世界戦を決めていただき、大変ありがたい。しかも、多田選手との再戦なので、今回はしっかり勝負をつけたい」とコメントした。

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ワタナベジム会長に罰金、感染拡大予防違反繰り返す

ワタナベボクシングジム渡辺均会長(2015年12月21日撮影)

東日本ボクシング協会は14日に理事会を開き、新型コロナウイルス感染拡大予防ガイドラインに違反したとして、ワタナベジム渡辺均会長(70)に罰金50万円の処分を下した。

協会主催する9月6、24、25日の東京・後楽園ホールでの東日本新人王予選で、入場券を所持せずに座席に着いたり、立ち見観戦した。協会役員らが注意したが、違反を繰り返したことで処分となった。

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元王者宮尾綾香が興行再開後の日本人海外世界戦1号

9月にベトナムで世界戦に臨む宮尾綾香

ボクシング元女子世界王者宮尾綾香(36=ワタナベ)がベトナムに乗り込み、王座返り咲きで2階級制覇を狙う。9月27日にホーチミン市で、ティ・トゥ・ニ・グエン(23=ベトナム)とWBO世界ミニマム級王座決定戦を争う。渡辺会長が13日に明かした。12日に興行再開後、日本人最初の海外世界戦となる。

海外も興行が徐々に再開したが、出入国制限でマッチメークが難しい状況にある。その中で日本とベトナムは6月に第1弾で緩和されて合意した。宮尾にとって国内未公認だった07年のタイ以来の海外戦。「こんな早く決まると思わなかった。どこでもやれるだけありがたい」と力が入る。

1月に多田(真正)との同王座戦で引き分け。勝者にグエンと対戦指令が出ていたが、多田が再戦を含めて辞退。今回も2度延期の末に決まった。この間に宮尾がインストラクターのジムも一時休業。逆に空きを利用し、梅津トレーナーに出張指導を受けていた。

8月には国内では原則定年の37歳となる。「私には時間がない。王座を取り戻し、多田さんとも決着をつけてすっきりしたい」。屋外開催の可能性もあるために暑さ対策に取り組み、敵地戦に備える。【河合香】

◆宮尾綾香(みやお・あやか)1983年(昭58)8月29日、長野・千曲市生まれ。未公認時代の04年プロデビュー。公認後の08年に大橋ジム入りし、12年にWBAアトム級王座獲得。5度防衛。16年にワタナベジムへ移籍し、18年に同暫定王座獲得。公認後19勝(6KO)3敗1分け。153センチの右ボクサーファイター。愛称はボクシング界の上戸彩。

9月の世界戦に向けてスパーリングする宮尾綾香(右)

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京口紘人の転機は辰吉丈一郎の直接指導/プロに聞く

17年7月、デビューからわずか1年3カ月で世界王座を獲得して喜びを爆発させる

各界のプロフェッショナルの子ども時代や競技との出会いなどに迫る「プロに聞く」。ボクシングのWBA世界ライトフライ級王者京口紘人(26=ワタナベ)は、幼少期、自身の小さな体に悩んでいた。転機となったのは、ボクシングとの出会いと、伝説の世界王者辰吉丈一郎の教えだった。日本人最速の、デビューから1年3カ月で世界王者に駆け上がった男が、道を切り開いてきた原動力と、これまでの歩みを語った。【取材・構成=奥山将志】

京口の目の前には、生まれた時から「格闘技」があった。父寛さんが空手の師範。兄、姉の背中を追い、当たり前のように3歳から教えを受け始めた。だが、活躍する兄姉のようにうまくはいかなかった。「背の順」は常に先頭。小柄な体が勝利を遠のかせていた。

「兄や姉は大会で何回も優勝していたのに、自分だけ勝てなかったんです。悔しさもありましたが、子どもながらにプレッシャーがすごかった。父が先生で、兄も姉も結果を出している。『勝って当たり前』という目で見られるのがコンプレックスでしたね」

負ける相手が、自身より20センチ以上も身長の高い相手、体重が倍以上の相手だったこともあった。「フェアじゃない」-。そんな思いは、次第に大きくなっていった。運命を変えたのは、小5の時。友人の家で見た、辰吉丈一郎-薬師寺保栄のボクシングの試合だった。「階級」に分かれ、同条件の2人が激しく殴り合う姿に、胸が躍った。

「小さい頃から『同じ体重だったら負けない』っていう思いがずっとあったんです。あの試合を見た時、自分はこれで生きていくんだって思いましたね」

寛さんは、ボクシングをやりたいと頭を下げる息子の思いを理解し、条件を与えた。「中学校に入るまでに、小さい大会でもいいから優勝しろ」「ボクシングをやるなら、死ぬ気でやれ」-。京口は父の言葉に結果で応え、小6の冬、大阪帝拳ジムの門をたたいた。指導してくれたのは、きっかけをくれた辰吉本人だった。自宅から片道1時間20分の道を、週6回。約1年半続いた直接指導から、ボクサーとして生き抜く「強さ」を学び取った。

「楽しくて仕方なかったですね。教わったのは、考え方や精神的な部分。まず先に、『世界チャンピオンになりたいでは、なれない。なるって言え』って。技術的には、意外かもしれないですが、基本の繰り返しです。『歩けないやつに走れっていっても無理やろ。基本ができていないやつにフックとかアッパーを教えても意味がない』って。ジャブ、ワンツー、ディフェンス。しんどかったですが、毎日が濃厚でしたね」

進学した大商大で、積み重ねた努力が結果として表れた。4年時には主将を務め、14年の国体で優勝。16年4月にワタナベジムからプロデビューを果たすと、驚異的なスピードで階段を駆け上がった。デビューからわずか1年3カ月。8戦目で、憧れ続けてきた「世界王座」をつかみとった。

「小さい頃に『世界チャンピオンになる』って決めたから、どれだけきつくても、やめたいと思ったことは1度もないんです。サンドバッグや階段ダッシュのような、しんどい時こそ『この1日の積み重ねが、1ミリでも夢に近づいている』って自分に言い聞かせるんです。1日で何かが変わるなんてありえない。だから、目の前の結果とか小さな満足感を欲しがっても意味がないんです。頑張る理由は『世界チャンピオンになる』という目的以外にないんですから。だからこそ、世界を取った瞬間は『報われた』という思いがわき上がってきました。あれを超える感情は、この先、もうないんじゃないですかね」

世界王者になり、かつて辰吉に憧れた自身と同じように、子どもたちから憧れられる立場に変わった。26歳。2階級制覇王者として描く未来は「人の人生に影響を与えられる人間になること」。ボクシングを通して、次の世代に伝えたい思いもあるという。

「やりたいと思ったことはとことんやってほしいですね。1つのことをやり続けるのは大切ですが、それはギャンブルでもある。野球をやっていて、サッカーに興味をもったらサッカーをやった方が良いんです。やってみて、違うと思ったら戻ればいい。サッカーをやりたいという思いがある時点で、野球は中途半端なんですから。サッカーで得た感性が、野球に戻った時に生きるかもしれない。子どもの頃はいろんなことを吸収できるし、チャレンジするのが大事だと思うんです。重要なのは、チャレンジと中途半端にやるのは違うと理解すること。挫折や、スランプはチャンスでもあるんです。目の前に道がないから、横を見るじゃないですか。偶然見た道が、目的地につながっているかもしれない。子ども時代は視野を広げて、時間を有意義につかってほしいですね」

◆京口紘人(きょうぐち・ひろと)1993年(平5)11月27日、大阪府和泉市生まれ。3歳から空手を始め、12歳からボクシングへ。中1、2年時には大阪帝拳ジムで辰吉丈一郎から指導を受けた。大商大卒業後の16年4月にワタナベジムからプロデビュー。17年7月に、日本最速デビュー1年3カ月でIBF世界ミニマム級王座を獲得。2度防衛後に王座を返上。18年12月にWBAスーパー世界ライトフライ級王座を獲得し、2階級制覇を達成。161センチの右ボクサーファイター。

17年7月、IBF世界ミニマム級新王者となり、父寛さん、母かおりさんと笑顔で記念撮影
18年12月、辰吉丈一郎直伝の左ボディーを集めて王者を弱らせ、WBAスーパー世界ライトフライ級王座を獲得
19年10月、WBAスーパー世界ライトフライ級王座2度目の防衛を果たした

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田口良一氏がジムオーナー修行 内山高志氏に学ぶ

内山高志氏(左)と田口良一氏(2019年12月10日撮影)

ボクシング元WBA&IBF世界ライトフライ級王者田口良一氏(33)が、先輩の元WBA世界スーパーフェザー級スーパー王者内山高志氏(40)の下でジムオーナー修行に入った。

16日にSNSを通じて、内山氏が代表を務める「KOD LABに入社した」と明かした。

田口氏は昨年11月に引退発表し、近い将来にフットネスジムをオープンしたいと話していた。以前は引退後は麺類の飲食店経営を口にしていたが「知識と経験を生かしたい。軌道に乗れば飲食店も」と方向転換。ジムの先輩だった元日本ミドル王者柴田明雄代表のSOETEジムでトレーナー修行していた。

この日は「初めて内山さんのミットもってみました! 軽くやってもらったのに突き刺す痛みだった」とも記していた。インストラクターとして会員を指導していきながら、経営、運営面なども勉強していくことになる。

内山氏は18年2月に東京・四谷でジムをスタートしたが、今年2月には地元の埼玉・春日部に2つ目のジム「KOD STUDOIO」もオープンしている。多くのワタナベジム出身や現役選手がインストラクターを務めている。

営業は一時休止していたが、ジム存続とインストラクターの生活を守るために、支援金集めのクラウドファンディングを始めた。21日までに500万円を目標にしていたが、100万円の永久会員権などの返礼に、すでに900万円以上が集まっている。こんなアイデアも田口ジム開設への勉強になるに違いない。

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王者8人!世界の扉開けた内山の右/渡辺会長の一撃

ボクシングWBA世界スーパーフェザー級選手権 12R、王者サルガドにパンチを放つ内山高志(右)(2010年1月11日撮影)

<ボクシング、忘れられない一撃~11>

一発のパンチですべてが変わるボクシング。選手、関係者が「あの選手の、あの試合の、あの一撃」をセレクトし、語ります。世界王者を男女で8人育てたワタナベジム渡辺均会長(70)の一撃は、内山高志氏の「サルガド戦の右ストレート」です。ジムに初めて世界王座をもたらした愛弟子の一撃は、今もジム経営の原動力になっています。(取材・構成=河合香)

▼試合VTR 内山は10年1月11日に14戦目で、WBA世界スーパーフェザー級王者フアン・カルロス・サルガド(メキシコ)に世界初挑戦した。初回からジャブで先手をとり、積極的に攻めてリードした。3回には反撃に鼻血も出すが、前に出続けてポイントも大きくリードした。最終12回も守りに入らずに攻めた。残り1分を切って、ロープに追い詰めて右ストレート。1発目は左側頭部をかすり、2発目をアゴに打ち込むとダウン。カウント8で立ち上がったが、さらに右を2発でロープへ飛ばすと、レフェリーがストップした。12回2分48秒TKOで、ジムにとって6度目の世界挑戦で悲願達成となった。内山はその後に11度防衛し、KOダイナマイトのニックネーム通りに世界戦では12試合中10試合でKOを決めた。

    ◇    ◇

忘れられないパンチはいくつもあるが、やっぱり内山の右ストレートが一番。何しろジムから初めて世界をとり、ここまで45年もジムを続けられ、今あるのも内山のおかげ。あのパンチがなければ、すべてはなかったとも言えるから。

入門前は全日本王者とはいえライト級だけに、世界はどうかなと思っていた。入門して初めてミットを受けると、ガツンと来た。重みがそれまでとは格が違った。ゲームセンターのパンチングマシンで、700キロを出して壊したのもうなずけた。世界もいけるというより、これは世界王者にしないといけないと思った。

世界が見えてきたころは、WBAはホルヘ・リナレス(帝拳)が王者。日本人とはやらないというので、チャンスは難しいと思っていた。それがサルガドに負けたことでチャンスが来た。

最終12回のインターバルで、内山に「倒してこい」と言った。もしかしたら採点は競っているかもしれない。相手は11回に弱っていた。でも、最終回だけに息を吹き返すかもしれない。3つの考えがあって、KOを狙わせた。

指示通りに内山は連打で攻めまくり、ほとんど右を決めて倒した。内山まで5度の世界挑戦は失敗し、ミスマッチと不評を買ったことも多かった。感激で初めて涙が出てきたのは忘れられない。

今は気はめいるし、これからが心配で仕方ない。世界王者も8人できたし、日本プロボクシング協会長もやらせてもらったし、年もあるし。もうやめてもいいかと思うことさえある。

ジムを開く時の目標はヨネクラジムだった。世界王者の数はあと1人で並べる。内山が世界をとった時には大学を卒業した気分と言ったが、選手のためにまだまだジムは卒業できない。もうひと踏ん張りして、あの内山のような選手を育てたい。

◆渡辺均(わたなべ・ひとし)1950年(昭25)1月5日、栃木県今市市(現日光市)生まれ。現宇都宮ジムでボクシングを始め、その時からジム経営を目標にしていた。宇都宮工卒業後は国鉄に勤務しながら、5度目の挑戦でプロテストに合格し、69年にプロデビュー。通算7勝6敗で最高ランクは日本ミドル級3位。75年に地元で念願の今市ジムを開設し、東京転勤を機に、80年には五反田に移転してワタナベジムに改称した。82年には退職してジム経営に専念し、朝8時から夜10時までの営業などで、98年には会員が800人にまで増えた。内山を皮切りに男子は内山、河野、田口、京口の4人、女子も国内公認第1号の富樫ら4人の世界王者を育てた。

12回TKOで勝利し、チャンピオンベルトを巻いて渡辺均会長(右)と喜ぶ王者を奪取した内山高志(2010年1月11日撮影)

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京口「この先も必要」ワタナベジムの支援金呼びかけ

京口紘人(2019年9月19日撮影)

ボクシングのワタナベジムが27日、クラウドファンディングでジムの支援金を募るプロジェクトを立ち上げた。ジムは休業中で、7月までの29試合が中止とした。約90人のプロ選手に、300人の練習生がいるジムの存続危機に、5月29日までに目標額600万円の支援金を募っている。

集まった支援金は、5月に予定していたWBA世界ライトフライ級スーパー王者京口紘人のV3戦などのキャンセル料など、休業中のジムの賃料や固定人件費など、今後の育成や感染拡大予防費にあてるという。

選手のお礼メールが届く一口1000円から。100万円の世界王者コースではジムでの特別スパーリング観戦、選手との食事会、サイン入りグローブ、50万円は主催試合のコーナーポスト、30万円はリング上の広告に名前掲載、1万2000円の東洋太平洋王者コースはサイン入りグローブなどが返礼となる。

京口は「分け隔てなくチャンスを与えてくれるワタナベジムは、この先もボクシング界にとって必要なジムだと思います。当然、僕も出来る限りのことはしますが、皆さんにご支援を頂けると助かります」とコメントしている。

プロジェクト詳細はhttps://camp-fire.jp/projects/view/261415

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ワタナベジム所属のユース王者が合宿先タイで足止め

湯場海樹(2017年2月28日撮影)

ボクシング日本ライト級ユース王者湯場海樹(21=ワタナベ)が、スパーリング合宿先のタイ・バンコクで足止めになっている。ワタナベジムの渡辺会長が13日に明かした。3月12日に現地入りして練習していたが、新型コロナウイルスが感染拡大で帰国の道を断たれてしまった。

湯場は最多の日本5階級制覇王者忠志氏を父に持ち、宮崎・日章学園でボクシングを始めた。17年にプロデビューし、1月に2度目の挑戦でユース王座を獲得したばかり。父が現役時に練習した縁で、これまでに何度もタイ合宿に行っていた。

ジムに宿泊して過ごすが、ジム自体は閉鎖して練習もできない。8日には1日がかりでビザ延長して、現時点で確保できた帰国便は5月1日という。帰国後も2週間の自宅待機が待ち受ける。7勝(5KO)2分けと無敗のホープが、思いもよらぬ事態に陥った。

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中嶋一輝「減量もバッチリ」会長から3連続KO指令

計量をクリアした中嶋一輝(左)と堤聖也

ボクシング元WBC世界バンタム級王者山中慎介氏がアンバサダーを務めるGOD’S LEFT同級トーナメント決勝が、28日に東京・後楽園ホールで行われる。27日に都内で前日計量があり、中嶋一輝(26=大橋)、堤聖也(24=角海老宝石)ともに一発でクリアした。中嶋は8勝(7KO)、堤は5勝(4KO)と無敗の大卒経験者対決で、優勝賞金100万円をかけて激闘する。

中嶋は2試合連続1回KOで勝ち上がってきた。大橋会長から3連続KO指令も「たまたま続いただけ。たまたま行った方がきれいに決まる」とニヤリ。「減量もバッチリ。相手の対策は特にしていない。自分のスタイルを磨くだけ」とここは通過点と見ている。

堤は1回戦シード、準決勝は相手がケガで棄権し、昨年4月以来の試合となる。この間に石原トレーナーを追いかけてワタナベジムから移籍した。「準決勝は誤算。中嶋が一番強いと思うが、それを超える。倒されても、最後にリングに立っているのはボク」と気合十分だった。

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田中恒成、予備検診異常なし「KOしたい」防衛戦へ

予備検診を受ける田中。後方はウラン・トロハツ(撮影・山崎安昭)

WBO世界フライ級王者田中恒成(24=畑中)が29日、都内のワタナベジムで予備検診に臨み、異常なしの診断を受けた。大みそかに同級10位ウラン・トロハツ(26=中国)戦(東京・大田区総合体育館)と3度目の防衛戦に臨む。

田中は「体調はすごくいいです。特に気にするところはない」と自信のコメント。「しっかり練習してきたし、状況に応じた戦いで必ずKOしたい」と宣言した。

予備検診を終えてポーズを決める田中(左)とウラン・トロハツ(撮影・山崎安昭)

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