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静岡初の横綱へ!全国中学王者の吉井が春場所初土俵

春場所での初土俵に向け、得意の突っ張りのポーズで気合を前面に出す吉井

焼津港中で昨夏の全国中学校相撲選手権で、県勢初の個人、団体2冠に輝いた吉井虹(こう、15=中川)が、満を持して大相撲春場所(3月10日初日、エディオンアリーナ大阪)で初土俵を踏む。

稽古合流から3日目となった2月28日、大阪・池田市の部屋で取材に応じた。2日には新弟子検査を受検。平成最後の本場所で“平成最後の大物”が、太もも回り80センチにも達する強靱(きょうじん)な足腰を武器に、相撲界の扉を開く。

    ◇    ◇    ◇

曽祖父も祖父も父も料理人の家系から誕生した吉井が、大物食いを目指して相撲界に飛び込む。

昨夏の全中では個人で県勢3人目、団体で初の優勝。もちろん2冠は県勢初の快挙で、高い将来性から、把握できないほどの数の部屋から誘われた。その中で、約2年前から熱心に誘いを受けてきた中川部屋を選んだ。すでに稽古を3日間経験。「熱気や雰囲気が、これまでと全然違う。親方や地元の期待に応えたい」と、将来の幕内、さらにその上を目指す。

178センチ、145キロの立派な体は発展途上ながら、太もも回りは80センチに到達している。幕内トップクラスの太ももの太さを誇る、身長191センチの大関栃ノ心が91センチ。身長差を考慮に入れれば、すでに幕内力士にも匹敵するほどの足腰を備えている。5歳で柔道を始め、焼津港小4年時に参加した、わんぱく相撲で優勝し、本格的に相撲の道を進み始めた。焼津港中では、週6日は土俵で3時間稽古し、残る1日は1周1キロの山を、約10キロの木材を持ちながら10周。「すり足の時もありました」と、徹底的に下半身を鍛えてきた。

師匠の中川親方(元前頭旭里)も「やはり、お相撲さんらしいドッシリとした下半身が一番の魅力。けがをしないように、じっくりと体をつくっていきたい」と期待する。現在は突き、押しも右四つも得意だが、同親方は「プロの世界では『これ』というものがないと上にはいけない。器用貧乏にならないよう、武器を身に付けさせたい」と1、2年は基礎運動とぶつかり稽古を中心に、方向性を見極めていく方針だという。

プロ意識も強い。小学5年時には中学卒業後のプロ入りを決意していた。「友だちの親には『高校に行った方が将来、安心だよ』と言われたけど、どうせプロになるなら高校に行くよりも3年間、体をつくった方が有利。高校に行けば楽しいかもしれないけど、夢がある人は何かを捨てないといけない」と力説。今後に支障が出ないよう、無呼吸症候群を誘発する危険性のあったへんとうは昨年末に手術して除去した。大相撲中継は毎日、幕内の取組を見て研究。豊富な運動量で格上や大柄な相手を次々と破る前頭嘉風が目標だ。

「趣味は相撲」と答えるほど、相撲漬けの毎日は歓迎だ。部屋の兄弟子は、ほとんど10歳以上年上とあって、すでに「コウくん」と呼ばれる人気者。母まゆみさんが歌手福山雅治の大ファンで、ヒット曲「虹」にちなみ名付けられたが、まるで違う道を選んだ。「クラスメートには『横綱になって』と言われます」。静岡県出身初の横綱の期待も心得ている。【高田文太】

◆吉井虹(よしい・こう)2003年(平15)8月1日、静岡市清水区生まれ。5歳から柔道、焼津港小4年から相撲を始める。同5年からは相撲一筋。わんぱく相撲静岡県大会を4、5年時に優勝。焼津港中3年時の昨年8月、全中で個人、団体の2冠。得意は突き、押し、右四つ。家族は両親と兄。178センチ、145キロ。血液型A。

昨年8月19日、全国中学相撲選手権大会個人戦決勝で大辻理紀(兵庫・報徳学園中)を突き落としで破り、優勝を飾った吉井
昨年8月19日、全国中学相撲選手権大会団体戦で優勝を飾った焼津港中の選手たち。中央が吉井

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中学横綱の吉井虹が中川部屋へ、春場所で新弟子検査

中学生の部で3位に入った吉井虹(撮影・河田真司)

昨年の全国中学校体育大会の相撲個人を制した静岡・港中3年の吉井虹が大相撲の中川部屋に入門し、春場所(3月10日初日・エディオンアリーナ大阪)の新弟子検査を受検することが11日、分かった。

横綱白鵬が主催する少年相撲の国際親善大会「白鵬杯」に出場後、東京・両国国技館で「早くプロに行きたかった。横綱になりたい」と語った。

身長176センチ、体重145キロの中学横綱は右四つで前に出る攻めが得意だという。師匠となる中川親方(元幕内旭里)は「性格もいいし機転も利く。一生懸命指導していく」と話した。

中学生の部で表彰される、左から落合、手計、吉井、大辻。右は白鵬(撮影・河田真司)

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中川親方の継承を発表 昨年閉鎖の旧春日山部屋

 日本相撲協会は3日、中川親方(51=元幕内旭里、本名増田憲治、大阪府出身)が昨年10月に閉鎖された旧春日山部屋を1月26日付で継承したことを発表した。名称は「中川部屋」となり、幕下以下の力士9人や行司、呼び出しら計14人が所属する。

 春日山部屋は元春日山親方(元幕内浜錦)が昨年10月に師匠を辞任した際、現役を続ける力士らが追手風部屋に「預かり」の形で転属し、同部屋付きの中川親方が指導してきた。

 元春日山親方は年寄名跡証書の引き渡しを求める訴訟で先代親方と和解に至らず、1月16日に日本相撲協会を退職した。

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中川親方が旧春日山部屋を継承、名称「中川部屋」に

立浪一門会の会合を終え帰路に就く中川親方(元前頭旭里)(写真は2010年1月)

 大相撲の年寄名跡証書の引き渡しを求める訴訟で先代親方と和解に至らず、16日に日本相撲協会を退職した元春日山親方(元幕内浜錦)が昨年10月まで率いた旧春日山部屋を、追手風部屋付きの中川親方(51=元幕内旭里、本名増田憲治、大阪府出身)が継承することが26日、関係者の話で分かった。同日の協会理事会で承認されたという。名称は「中川部屋」となる。

 元春日山親方が不適格であることを理由に師匠辞任勧告を受け、部屋が追手風部屋の預かりとなった後、計14人の力士が大量引退。中川親方は現役を続行した同部屋への移籍組の指導を続けていた。

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