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座布団舞った浜田剛史KO/記者が振り返るあの瞬間

浜田剛史(左)はレネ・アルレドンドの顔面にパンチをヒットさせる(1986年7月24日撮影)

<スポーツ担当記者 マイメモリーズ>(43)

日刊スポーツの記者が自らの目で見て、耳で聞き、肌で感じた瞬間を紹介する「マイメモリーズ」。サッカー編に続いてオリンピック(五輪)、相撲、バトルなどを担当した記者がお届けする。

   ◇   ◇   ◇

何十枚もの座布団が舞った。興奮もつかの間、リングサイドにいた記者も両手で頭を覆った。約1万人が総立ちとなった東京・両国国技館。目の前にあるのは丸い土俵ではなく、四角いリング。前年に開館したが、初めてのボクシング世界戦開催で起きた熱狂の渦だった。

86年7月24日。浜田剛史がWBC世界スーパーライト級王座に待望の世界初挑戦で、悲願を成就させた。それも1回KO奪取で、日本人では海老原博幸以来23年ぶり2度目のこと。今や12人の世界王者を生んだ名門帝拳ジムにとって、大場政夫以来16年ぶり2人目の王者でもあった。

取材したことはなかったが、いまだ日本記録の15連続KOの剛腕は知られていた。3月に安定王者渡辺二郎が陥落し、日本に世界王者は不在だった。期待は大きかったが、中量級の壁は厚いとも言われた。

王者レネ・アルレドンドはスラリとした長身で、今で言うイケメンのメキシカン。浜田はリーゼント、太いまゆ、長いもみ上げに濃い胸毛の朴訥(ぼくとつ)な沖縄人。好対照とも言え、対決ムードは高まっていた。ただし、下馬評は不利だった。

浜田のトランクス、シューズに、背中に沖縄の守り神シーサーが描かれたガウンも真っ白。腹をくくった死に装束にも思えた。それが戦法にも表れた。ゴングと同時に突進して左を打ち込んで攻め続けた。

本田会長の指示は「1回から行け」。「ケンカのつもりで、レフェリーが止めるまで打ち続けろ」とも。その作戦通りにコーナーに追い込み、ロープを背負わせた。浜田の上半身が2度もロープからはみ出した。勢い余ったかに見えたが、最初はパンチを返されたため。倒し合いの覚悟を決めた。

ついに右フックをアゴに当て、王者の腰がガクッと落ちた。畳み掛けての6発目で、青コーナーに吹っ飛ばした。ピクリともせずに3分9秒の電撃KO劇。小4から世界を目指し、4度の左拳骨折にも腐らず、ストイックに頂点を極めた。

当時の所属部署は記者が10人ほどで、大人数での取材は相撲、正月のボールゲームに世界戦ぐらい。あの日も担当する相撲取材後の手伝いで、幕内だった板井の隣で見た。こちらも強烈な張り手を武器に、直前の名古屋場所でも大関大乃国を倒していた。ボクシング好きで浜田とも親交があり、その観戦記の対応だった。

「相撲でもあんなに座布団が飛んだのは見たことない」と、板井は驚いた。相撲は支度部屋取材が基本とあって、記者も初めて生で見たシーンだった。その後に大相撲以外で座布団は置かれなくなった。あんな情景は今やもう見ることはできない。

その後、念願かなってボクシング担当となり、数え切れない試合を見てきた。今は井上尚弥の怪物ぶりに目を見張るが、取材記者として初めて生で味わった衝撃があの一戦。あれではまった。30年以上がたつが、同じ昭和生まれのボクサーの前では、今も背筋が伸びる。【河合香】

王者に輝き、関係者に担がれた浜田剛史はガッツポーズ(1986年7月24日撮影)

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大橋会長、井上尚弥の3団体統一戦は「8月か9月」

ジムワークするバンタム級2団体統一王者井上尚弥(大橋ジム提供)

新型コロナウイルスの感染拡大により4月から営業を休止していた大橋ボクシングジムが1日、営業を再開し、大橋秀行会長(55)が取材に応じた。

来月16日には、東京・後楽園ホールで、コロナ禍後、国内で最初のタイトル戦となる東洋太平洋フェザー級王者清水、日本スーパーライト級王者井上浩の防衛戦を開催予定。「選手のモチベーションを下げないことが重要ボクシングの灯は消せないという思いもある」と話した。

延期となっているWBA、IBFバンタム級統一王者井上尚のWBO王者カシメロとの3団体統一戦については、「8月か9月になる見込み」とした。

井上尚弥(2019年11月7日撮影)

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ベガスでボクシング再開へ 6月9、11日に開催

米ネバダ州ラスベガスでのボクシングが再開されると、AP通信が27日に報じた。同州のコミッションが許可したという。興行大手トップランク社が6月9日、11日に試合を開催する予定。

新型コロナウイルスの感染拡大のためラスベガスでは3月14日から格闘技の大会が禁じられ、世界ボクシング協会(WBA)、国際ボクシング連盟(IBF)バンタム級統一王者の井上尚弥(大橋)らによる4月下旬の3団体統一戦も延期になった。(共同)

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ボクシング再開を計画 6月ラスベガスで米興行大手

ボクシングの米興行大手トップランク社が、新型コロナウイルスの感染拡大で中断していた試合を6月9日にネバダ州ラスベガスで再開予定だと21日、AP通信が報じた。

開催地のコミッションの承認と、会場となるホテルの再開が条件となる。出場選手は明らかになっていない。同社はバンタム級王者の井上尚弥(大橋)とも契約している。

9日は無観客で、テレビで放送される。その後も7月まで週2回の実施が計画されている。選手と関係者は試合前に最低2度は新型コロナウイルスの検査を受けるという。(共同)

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重傷克服の薬師寺愛弟子…森武蔵が来春世界初挑戦へ

森武蔵

WBO世界フェザー級5位で同アジアパシフィック同級王者森武蔵(20=薬師寺)が来春にも世界初挑戦を計画していることが19日、分かった。実現すれば元WBC世界バンタム級王者薬師寺保栄会長(51)の愛弟子で初の世界戦となる。

森は13歳の時、交通事故で両足と腰の骨を折る重傷を負うも、そこから奇跡の再起を遂げた。“モンスター”井上尚弥らを輩出した全国U-15ジュニア大会で優勝した実力者。素質を買う薬師寺会長が「チャンスを与えたい」と、WBO同級王者シャクール・スティーブンソン(22=米国)陣営と交渉している。

王者はリオデジャネイロ五輪銀メダリストで13勝(7KO)無敗の超難敵。計画では7月にノンタイトル戦を行い、年内にアジアパシフィック王座の防衛戦を行った後に返上し、世界戦に向かう。

森は薬師寺会長に素質を見いだされ、「プロ以外に興味ない」と複数の高校の誘いを断り、プロ入りした。王者スティーブンソンとは同じサウスポーで、「最近はファイタースタイルに近づいている」という攻撃型。勢いに乗って成長をとげている時に新型コロナウイルスの影響を受けた。4月に地元の熊本でアジアパシフィック王座の防衛戦も中止となり、現在は熊本の実家でトレーニングを積んでいる。

「とにかく早く試合がしたい」と願うが、7月の試合も世間の情勢で流動的ではある。とはいえ、未知の、そして大きな可能性を秘めた若武者。その未来を開く夢舞台が実現するか。コロナ終息後の楽しみは間違いない。【実藤健一】

◆森武蔵(もり・むさし)1999年(平11)11月27日、熊本県菊池市生まれ。幼稚園から小学5年まで空手、その後にボクシング。16年12月にプロデビュー。17年度フェザー級の全日本新人王。18年11月にWBOアジアパシフィック同級王座を獲得し、2度防衛中。戦績は11勝(6KO)無敗。身長170センチの左ファイター。

森武蔵と薬師寺会長(右)(2017年12月23日)

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井上尚弥「共に歩む」SIXPADとパートナー契約

WBSS世界バンタム級トーナメント決勝でノニト・ドネアと対戦した井上尚弥(2019年11月7日撮影)

ボクシングのWBA、IBF世界バンタム級統一王者井上尚弥(27=大橋)が「35歳現役」へ、強力なパートナーを手に入れた。18日、トレーニング・ブランド「SIXPAD(シックスパッド)」のアスリートサポートパートナーに就任することが、MTG社から発表された。

昨年11月にバンタム級最強を決める「ワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ(WBSS)」で優勝した井上が、さらなる高みを目指して新たなトレーニング方法を模索している中で、「SIXPAD」に興味を持ち、トレーニングに本格的に取り入れることが決まったという。

井上は「『SIXPAD』からサポートをいただくことになり、世界ナンバーワンを目指すという共通の夢に向かって、共に歩んでいくことを楽しみにしています。僕の自宅やジムにも、『SIXPAD』を導入していただいたので、オフの時間での『家トレ』もはかどると思います。ここまで、幸いなことに世界王者のタイトルを獲得してきましたが、僕の夢はまだまだこれからで、道はどんどん険しくなってくると思っています。さらに良いボクサーになるために、より効率的なトレーニングを追求していきます」とコメント発表した。

契約に合わせて、「SIXPAD」の開発パートナーである森谷敏夫京都大学名誉教授との対談も実施。「筋電気刺激」という、通常脳からの電気信号で筋肉を動かすところを、筋肉に直接電気を流して動かす技術により、短時間で大きな負荷をかけずに速筋を鍛えることができると説明を受けた。

井上は「今まで、筋肉を電気で刺激するということは聞いたことはありましたが、正直に言うとボクシングとはあまり関係ないと思っていたんです。でも今日こうしてお話を聴いて、35歳まで現役を続けるという僕の目標に必要なものだと感じました。ぜひ取り入れていきたいです」と話した。

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「悪魔王子」の右フック/井上真吾トレーナーの一撃

ナジーム・ハメド

<ボクシング、忘れられない一撃~17>

一発のパンチですべてが変わるボクシング。選手、関係者が「あの選手の、あの試合の、あの一撃」をセレクトし、語ります。

世界3階級王者井上尚弥(27=大橋)を指導する父の真吾トレーナー(49)は、「プリンス」「悪魔王子」の異名を取った元WBO、WBC、IBFフェザー級王者ナジーム・ハメド(英国)の「右フック」を選んだ。セイド・ラワル戦の衝撃の一撃を振り返った。(取材・構成=奥山将志)

    ◇    ◇    ◇

▼試合VTR 96年3月16日、前の試合でWBO世界フェザー級王座を獲得した当時22歳のハメドが、ナイジェリア人のラワルとの初防衛戦に臨んだ。

両腕を下げたままガードをしない。相手の攻撃はダンスを踊るようなステップと、柔らかな上半身の動きでかわす。ひとたび攻撃のスイッチが入れば、予測不能、変幻自在な動きからスピードに乗った強烈なパンチを放ち、KOの山を築く。そんな「天才」のV1戦はわずか35秒で終わった。

ゴングと同時に両者がゆっくりとリング中央に歩み寄ると、やや重心を下げながら急激にスピードを加速させたハメドが強烈な右フックを振り抜いた。後ろに崩れ落ちたラワルはどうにか立ち上がったが、ダメージは深く、その後右アッパー2発を浴びてストップ。ハメドが放ったパンチはわずか3発、ラワルは0発で試合が終わった。

    ◇    ◇    ◇

うそでしょ!? 世界戦でこんなことあるの!? って、この試合は本当に驚きましたね。当時、私は25歳。まだ尚弥も拓真もボクシングを始める前で、デラホーヤやトリニダードなど、海外の試合をよく見ていた頃です。

ハメドは、見たことがない独特のスタイルで、試合当時は、まだ穴を指摘されたり、実力が完全に認められる前だったと思います。

この右フックの瞬間は、放送したテレビの映像も、試合開始に合わせて、遠目から観客席を含めたリング全体を映していました。その直後、2人が接近した瞬間に、相手が倒れたので、最初は何が起きたのか分かりませんでした。

サウスポーから右にシフトして下から突き上げるようなアッパーでKOしたり、その動きは、とにかく予測不能。ただ、ガードこそしていませんが、防御をしながら、相手の攻撃はしっかりと見切っている。多くの選手がハメドのまねをしましたが、誰もあの域には近づけませんでした。

指導者の立場でみれば、参考にしにくいボクサーですが、変則的であれ何であれ、それを徹底して追求し、自分のものに出来れば、それは技術なんです。驚きという意味で、この試合、最初の右フックは忘れられないですね。

◆井上真吾(いのうえ・しんご)1971年(昭46)8月24日、神奈川・座間市生まれ。中学卒業後、塗装業の仕事に就いて修業。20歳で明成塗装を起業。ボクシングはアマで戦績2戦2勝。39歳でアマチュアの井上ジムを設立したが、長男尚弥の大橋ジム入門に合わせ、大橋ジムのトレーナーに就任。14年に最も功績を残したトレーナーに贈られる「エディ・タウンゼント賞」を受賞。家族は美穂夫人と1女2男。

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ハーンズ大の字!ハグラーの右/畑中清詞会長の一撃

畑中清詞会長(19年3月撮影)

<ボクシング、忘れられない一撃~16>

一発のパンチですべてが変わるボクシング。選手、関係者が「あの選手の、あの試合の、あの一撃」をセレクトし、語ります。

元WBC世界スーパーバンタム級王者で、4階級制覇を狙う田中恒成を指導する畑中清詞会長(53)の印象深い一撃は「ハグラーの右」。85年に行われた統一ミドル級王者マービン・ハグラー(米国)-のちの初の5階級制覇王者トーマス・ハーンズ(米国)は「黄金の中量級」と称された80年代を象徴する一戦。劣勢の展開からハーンズを沈めたハグラーの右ストレートを畑中会長が語った。(取材・構成=実藤健一)

▼試合VTR 85年4月15日、米国ラスベガスで行われたビッグマッチ。開始早々、スロースターターだったはずのハグラーが逆手にとるように仕掛け、打ち合いに持ち込む。パンチのキレはハーンズで1回にハグラーの右目上、2回には額から流血させる。3回、出血のドクターチェックを受けてストップの危険を感じたハグラーが一気にギアを上げ、サウスポースタイルから右構えにスイッチして猛ラッシュ。ハーンズの弱点あごに右をヒットさせてぐらつかせ、さらに右ストレートを打ち抜くと、ハーンズは大の字に倒れ、10カウントが告げられた。

◇ ◇ ◇

俺が18の時だから、すでにプロになってた時だね。映像で見たのは覚えているけど、テレビ中継なのか、後でビデオで見たのかはっきりしないけど、すごいパンチだったのは記憶に残っている。あのハーンズが大の字に倒れて動けない。強烈に刺激を受けたよ。

といっても体格やバネは外国人特有のものだから。練習でまねしようとしたけど、すぐにあきらめた。日本人には無理だ、と。

黄金の中量級と言われた時代でね。4人(ハグラー、ハーンズ、シュガー・レイ・レナード、ロベルト・デュラン)の戦いが、楽しみでしょうがなかった。自分のボクシングの参考というより、違う次元のものとして見ていた。4人ともスーパーチャンプだからね。それぞれに個性があって、そのぶつかり合いにわくわくした。ファンだね。

ボクシングのスタイルはまねできないけど、当時のような活気は目指したいと思っているよ。その一環でU-15(ジュニア世代の強化を目的に07年に設立された全国U-15ジュニアボクシング大会)ができて、この大会から(WBA、IBF世界バンタム級王者)井上尚弥らがでてきた。

近い世代、階級にはうちの田中恒成もいる。それぞれが刺激し合い、いずれは「黄金の軽量級」となればいいね。あんなすごいKOシーンは、だれもが見たいもの。

◆畑中清詞(はたなか・きよし)1967年(昭42)3月7日、愛知県生まれ。中学からボクシングを始め、享栄高3年時にプロ入り。84年11月のデビュー戦で1回KO勝ちを飾り、その後5戦連続1回KO勝利。88年9月、15戦無敗でWBC世界スーパーフライ級タイトルに挑戦も、ヒルベルト・ローマンに完敗。91年2月、WBC世界スーパーバンタム級王座に挑み、計6度のダウンを奪って8回TKO勝ちでベルトを奪取した。戦績は22勝(15KO)2敗1分け。現在は畑中ジム会長。

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リカルド・ロペスの左アッパー/松本好二氏の一撃

91年5月19日、初防衛に成功したWBC世界ストロー級(現ミニマム級)王者のリカルド・ロペス

<ボクシング、忘れられない一撃~7>

一発のパンチですべてが変わるボクシング。選手、関係者が「あの選手の、あの試合の、あの一撃」をセレクトし、語ります。元東洋太平洋フェザー級王者で、大橋ジムのトレーナーとして川嶋勝重、八重樫東を世界王者に育てた松本好二氏(50)は「リカルド・ロペスの左アッパー」を挙げました。

    ◇    ◇

▼試合VTR 90年10月に大橋秀行からWBC世界ミニマム級王座を奪取したリカルド・ロペス(メキシコ)は、そこから無敵の防衛ロードを突き進んだ。96年3月のV15戦では、日本でも活躍したアラ・ビラモア(フィリピン)と米ラスベガスで対戦。8回にリング中央で向き合うと、左構えのビラモアのあごをめがけて強烈な左アッパーを打ち込んだ。一発で崩れ落ちたビラモアは、カウント後も起き上がることができず、衝撃的なKOでベルトを守った。その後、防衛記録を21まで延ばし、ライトフライ級で2階級制覇を達成したロペス。プロ通算戦績は52戦51勝(37KO)1引き分け。プロ、アマ通じ、無敗でキャリアを終えた伝説の王者が放った一撃を、松本氏は絶賛した。

◇     ◇    ◇

あのアッパーの映像は、今でも鮮明に残っています。ロペスのような右構えの選手が、サウスポーを相手に、前の手(左)でアッパーを当てるのは技術的に本当に難しい。それだけに、死角というか、ビラモアはまったく見えていなかったですね。

ロペスは、ストレート、フックが強く、相手はどうしてもガードを高い位置で固めたくなる。ただ、ガードを固めれば固めるほど、あのアッパーはもらいやすくなるんです。しかも腕を折りたたんだまま、寸分の狂いもなく、あごに飛んでくる。自分が戦うと考えると、本当に怖いパンチですね。

ロペスは私と現役の期間が近いですし、印象深い選手です。(ヨネクラジムの先輩の)大橋会長との試合が近づき、ロペスの情報が入るにつれて、米倉会長も、(トレーナーの)松本(清司)先生も「すごいやつが来た」とピリピリとしていったのを覚えています。

忘れられないのは、試合2~3日前の出来事です。世界戦の公式行事が終わった後、米倉会長と松本先生が最後の打ち合わせをするため、ホテルの喫茶店に入りました。当時、米倉会長の付け人をしていた私も、「お前も座ってろ」と言われ、場違いながら、同席することになりました。

その場で、米倉会長と松本先生は、「ジタバタせず、この試合は大橋の能力にかけよう。今までやってきたことを信じよう」と、事前に立てた作戦を変えずに試合に臨むことを、互いに確認しあっていたのです。トップ2人が試合前にそんな話をする姿を私は初めて見ましたし、「リカルド・ロペス」というボクサーが、いかに特別な選手であるかを痛感した瞬間でした。

(大橋)会長との試合がロペス伝説のスタートになりました。ただ勝つだけでなく、倒して勝つ。今でいえば、(井上)尚弥のように、基本に忠実なボクシングで、それでいて、圧倒的に強い。実力のあるビラモアを一発で沈めたあのアッパーの衝撃は、今も忘れることが出来ません。

◆松本好二(まつもと・こうじ)1969年(昭44)9月27日、横浜市生まれ。横浜高でボクシングを始め、高3時に総体フェザー級準優勝。専大進学も2年で中退。アマ通算37勝(21KO)6敗。89年6月にプロデビュー。91年2月、92年2月、95年3月と3度日本フェザー級王座獲得。96年11月に東洋太平洋同級王座獲得。世界戦は3度挑戦したが失敗。引退後は大橋ジムのトレーナーとして、川嶋勝重、八重樫東を世界王者に育てる。現役時代の戦績は26勝(15KO)6敗1分け。

90年10月25日、世界ストロー級タイトルマッチで王者の大橋秀行(右)に左フックを浴びせるリカルド・ロペス

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井上尚弥がパヤノ3発70秒KO/寺地拳四朗の一撃

ワールド・ボクシング・スーパーシリーズバンダム級トーナメント WBAバンタム級タイトルマッチ 1回戦・井上尚弥対フアンカルロス・パヤノ(手前) 1回、フアンカルロス・パヤノを攻めダウンを奪い、そのままKO勝ちする井上尚弥(2018年10月7日撮影)

<ボクシング、忘れられない一撃~6>

一発のパンチですべてが変わるボクシング。選手、関係者が「あの選手の、あの試合の、あの一撃」をセレクトし、語ります。

WBC世界ライトフライ級王座を7連続防衛中の寺地拳四朗(28=BMB)の「一撃」は、モンスターの右ストレートだ。WBA、IBF世界バンタム級統一王者・井上尚弥(大橋)が、ワールド・ボクシング・スーパーシリーズ(WBSS)1回戦で、元同級スーパー王者フアンカルロス・パヤノ(ドミニカ共和国)を70秒で沈めた一撃。具志堅用高氏の日本記録、連続13回防衛更新を目指す現役王者の視点で「倒す」難しさを語った。(取材・構成=実藤健一)

▼試合VTR 18年10月7日、横浜アリーナでWBSS1回戦が行われ、井上がパヤノと激突した。開始40秒すぎに繰り出した右アッパーが距離を縮めてきた相手のあごをかすめると、50秒経過直後に左ジャブでパヤノの視界を奪い、即座に放った右ストレートでフィニッシュ。繰り出したパンチはわずか3発。1分10秒のKO勝ちは、日本選手世界戦最速KOタイムを更新した。

◇ ◇ ◇

衝撃というより、あれ!? いつの間にという印象しか残っていない。一瞬やった。知らん間に終わってしまったという感じ。それが逆にすごい。

井上選手はプレッシャーのかけ方がすごくうまい。自分はスタイルが違うし、戦い方も違うけど、ボクサーとしては早く終わらせるにこしたことはない。テレビ局は大変ですけど。

あらためて思ったのは狙って倒すのは難しいな、と。あの試合の井上選手も狙って打ったというより、流れの中で繰り出したパンチだと思う。自分の経験を振り返っても、たまたまのパンチで倒したというケースは少なくない。

ただ、その「たまたま」は、それまでの練習の積み重ねから生まれるもの。練習で死にものぐるいにやっていないと、体に染みこんでいかない。やればその分、試合で発揮できる。

「知らん間に終わった」井上選手のあの試合は、その典型のように思う。

◆寺地拳四朗(てらじ・けんしろう) 1992年(平4)1月6日、京都府城陽市生まれ。奈良朱雀高から関大に進み国体優勝。14年8月プロデビュー。17年5月にWBC世界ライトフライ級王座を獲得し、7連続防衛中。拳四朗は漫画「北斗の拳」の主人公に由来しリングネームにしてきたが前回防衛戦から本名。戦績は17勝(10KO)無敗。父で会長の永氏は元日本ミドル級、東洋太平洋ライトヘビー級王者。身長164・5センチの右ボクサーファイター。

寺地拳四朗

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井上尚弥「スキル落とすことなくキープ」近況報告

ジムでの練習を行うWBA、IBF世界バンタム級統一王者井上

ボクシングのWBA、IBF世界バンタム級統一王者井上尚弥(27=大橋)が25日、所属ジムを通じ、現在の練習状況などを報告した。

新型コロナウイルスの感染拡大により、25日(日本時間26日)に米ラスベガスで予定されていたWBO王者ジョンリール・カシメロ(フィリピン)との3団体統一戦が延期となった。

井上は「試合延期をしっかりと受け止めているので、心境に変わりなく、来る日に向けて調整中です。現在はオーバーワークでも練習不足でもなく、スキルを落とすことなくキープしています」と報告。「今は皆がつらい状況です。1人1人の意識で守れる命が助かり、近い将来を変えます。そのために不要不急の外出を控え、人との接触を減らし、大変な状況を乗り越えましょう」と呼びかけた。

試合の実現が見えない状況が続く中、大橋会長は「状況にもよりますが、カシメロ戦を第一に考えています。しかし、この世界情勢ですので、状況の変化には対応したいと思います」とした。

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井上尚弥「6割程度で練習」先見えぬ統一戦への思い

井上尚弥

ボクシングのWBA、IBF世界バンタム級統一王者井上尚弥(大橋)が9日、10日の27歳の誕生日を前に、報道各社からの書面での取材に応じた。

今月25日に米ラスベガスで予定されていたWBO王者カシメロ(フィリピン)との3団体統一戦が、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で延期となった。「ラスベガスで誕生日を迎え3団体を統一したかったが、延期となり、日本で家族とゆっくり過ごしている。最低限スキルを落とさないよう、6割程度で練習を進めている」と近況を説明した。世界的に興行再開のめどが立たない状況だが「カシメロのモチベーションも高く、気合が入っているのでそれ以上の気持ちで挑むだけ。ディフェンスと、全体的な底上げをしていきたい」とさらなる飛躍を誓っていた。

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井上尚弥の第2章、真の頂へ「勝ち続けるしかない」

2019年11月7日、ボクシングWBSS世界バンタム級トーナメント 決勝 井上尚弥対ノニト・ドネア ノニト・ドネアに勝利しアリ・トロフィーを掲げる井上尚弥

ボクシングのWBA、IBF世界バンタム級統一王者井上尚弥(26=大橋)が5日、日刊スポーツの電話インタビューに応じた。

新型コロナウイルスの感染拡大により、25日(日本時間26日)に米ラスベガスで予定されていたWBO同級王者ジョンリール・カシメロ(フィリピン)との3団体統一戦が延期となり、本格的な米国進出は仕切り直しとなった。6日で、14年の世界奪取から丸6年。世界が注目する「モンスター」が、これまでの歩み、「第2章」と位置づける今後についての思いを語った。【取材・構成=奥山将志】

   ◇   ◇   ◇

新型コロナウイルスの影響で、3月17日に日本人初の3団体統一戦の延期が正式発表された。

井上 世界的な状況をみて、何となく無理なのかなと思っていたので、延期が決まった時も「これは仕方ないな」って感じでした。減量に入るギリギリのタイミングでもあったので、キャリアが浅い時期だったら、精神的に動揺したかもしれませんが、そこは20歳から世界戦を14回戦ってきた経験なのかなと思います。

現在は横浜の所属ジムにも行かず、サンドバッグなどをつるした自宅前の練習スペースを中心に調整を続けているという。

井上 試合がいつになるか分からない状況ですが、切り替えはスムーズにできています。それよりも、自分にも子どもが2人いますし、近所には90歳を超えたひいおばあちゃんも住んでいる。今はボクシングのことを過剰に考えるよりも、不要な外出を控えたり、当たり前のことをやることが大切だと思っています。

昨年末に米プロモート大手トップランク社と複数年契約を結び、今後は主戦場を米国に移す。延期となったが、その1戦目となるカシメロ戦では、軽量級では異例となる、本場ラスベガスのメインイベントを任された。キャリアの「第2章」のスタートと位置づけた重要な一戦に向け、これまで以上に高いモチベーションを保ってきた。

井上 今までは日本国内で、「世界王者」としてやってきた選手だったが、トップランクと契約し、求められてラスベガスでメインを張る。ここまできたという思いももちろんありますが、満足はしていない。ここが、自分が本当の意味で成功するか、失敗するかの分かれ目だと思っています。米国のファンを満足させる内容も求められますし、気持ちの面でもこれまでの試合とは大きく違います。日本人が立ったことがない舞台ですし、新たなステージの始まりだと思っています。

14年4月6日に初めて世界王者となり、6年がたった。「強い相手としか戦わない」と宣言して飛び込んだプロの世界。6戦目での国内最速(当時)の世界王座奪取に始まり、8戦目で名王者ナルバエスを破り2階級制覇を達成。ここまで完璧なキャリアを歩んできたように思えるが、井上自身が思い描いていたものとは違ったという。

井上 ライトフライ級で初めて世界王者になった時は、想像していたものと現実のギャップに悩んだこともありました。辰吉(丈一郎)さんとか、幼い頃に見ていた畑山(隆則)さんの時代の華やかさとは違い、世間の反応もそんなに大きくなかった。街を歩いても自分のことを知っている人の方が少なかった。実際に、1つの階級に4人も世界王者がいて、誰が強いのかも分かりにくい。ゴールだったはずが、ここではないとすぐに思いを新たにしました。

それでも、存在をアピールするための話題づくりなどには走らず、「リング上がすべて」と信念を貫き続けた。試合内容で、「世間」と闘い続けた6年間。まっすぐ進んできた先に、現在の確固たる立場がある。

井上 振り返ってみれば、ここまでくるのに時間がかかったなという印象はあります。スーパーフライ級で2階級制覇をしても、防衛戦では、名前のある相手との試合は決まらなかった。ただ、冷静にみれば、当時の自分も世界的には名前がなかったですし、「食ってもうまみがない選手」だったということ。時代とか、環境は関係なくて、ただ自分がそこまでの存在ではなかったということです。

18年にバンタム級に階級を上げたことで、流れは一変した。強豪がひしめく伝統の階級で、その名は瞬く間に世界にとどろいた。転級初戦でWBA王者マクドネルを1回TKOで破り、3階級制覇を達成。続くパヤノ戦、IBF王者ロドリゲス戦と、階級のトップ選手3人を計わずか441秒で撃破。衝撃的な試合を連発し、昨年11月には、バンタム級最強を決めるトーナメント「ワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ」決勝で、5階級制覇王者ドネアを破り、頂点に立った。会場のさいたまスーパーアリーナは2万2000枚のチケットが完売した。

井上 バンタム級に上げたことで、理想と現実がかみ合い、求めてきた戦いができるようになったと思っています。減量でパフォーマンスが落ちることもないですし、今は誰もが納得する相手と戦えることが楽しいですし、うれしいです。

ドネア戦は、全米ボクシング記者協会の年間最高試合に選ばれ、世界にその名をとどろかせた。米国で最も権威ある専門誌「ザ・リング」認定のパウンド・フォー・パウンド(PFP=階級を超越した最強ランキング)で最高3位に入るなど、世界の中心選手の仲間入りを果たした。

井上 PFPの存在は大きいですね。そのランクに入っていることで、同じ階級の選手だけでなくロマチェンコ、クロフォードといったPFPの前後の選手とも比較される。だからこそ、変な試合はできない。もっと上を目指さないといけないと思いますし、自分の意識を変えることにもつながっています。

階段を駆け上がり続けても、「強くなりたい」という思いは揺るがない。

井上 バンタム級に上げてから、これまで以上に海外の選手の映像を見るようになりました。以前から父に「見ろ」と言われていたのですが、やっとその意味が分かってきました。

圧倒的なパフォーマンスの裏には他選手からのヒントも影響しているという。

井上 映像を見て、無理にまねをするのではなく、イメージを整理してストックしておくことが大切なんです。たとえば、メイウェザーの防御はこういう特徴があって、ロマチェンコのサイドへのステップはこうとか。そうやってインプットしておくことで、ミットの練習をしている時とかに急に動きのイメージが頭におりてくるんです。このタイミングなら、あの選手のあの動きが使えそうだとか。ただ、パッキャオの2段階の踏み込みだけはいまだにできない(笑い)。あれが自分のものにできれば、もっと強くなれると思うんですけどね。

刺激を求める先は、リング以外にも向かうようになってきた。バスケットボール日本代表の富樫勇樹(26)、ラグビー日本代表の松島幸太朗(27)ら、他競技のアスリートとも交流を深めるようになった。

井上 以前はほかのスポーツにあまり興味がなかったんですが、最近は少し変わってきました。富樫と幸太朗は気が合う友人というのが大前提なのですが、他のスポーツを見に行けば、そこの会場の空気で感じることもある。世界王者になって、周囲からちやほやされる部分もありますし、「慣れ」が、知らない間に心の隙につながると思っています。居心地がよくない新しい感覚にさらされることで、自分が今やらなければいけないこと、進むべき道が整理できるんです。

世界のライバルが「INOUE」「MONSTER」の名を挙げ、挑発し、対戦を熱望している。だが、「強い相手としか戦わない」というデビュー当時の思いは今も変わっていない。

井上 周りからいろいろ言われてなんぼの世界ですし、そこは望むところ。1度負けたら今まで積み上げてきたものがすべて崩れるという恐怖心もありますが、負けを恐れていたらボクシングをやる意味がない。結局、勝ち続けるしかないんです。ただ、弱い相手に勝っても意味がない。どちらが勝つか分からない本物同士のドキドキ感を自分は求めていますし、ファンの方もそれを望んでくれていると思うんです。

35歳での引退を公言し、今月10日には27歳になる。見据える先はどこまでも高い。

井上 自分がどこまでいけるかは、ここからの2~3試合の内容にかかっていると思っています。パッキャオのようにアジアから世界の頂点に上り詰めたいですし、ファイトマネーという意味でもそう。何のためにボクシングをしているかと言えば、当たり前ですが、1つは稼ぐためです。残り8年と考えれば、やれても20~30試合。そう多くはないと思っています。その中で、自分がどんな試合を残せるか。「ボクシングって面白い」「井上の試合は面白い」と思ってもらえる戦いを、これからも見せていきたいですね。

◆井上尚弥(いのうえ・なおや)1993年(平5)4月10日、神奈川・座間市生まれ。元アマ選手の父真吾さんの影響で小学1年から競技を開始。相模原青陵高時に史上初のアマ7冠。12年7月にプロ転向。当時の国内最速6戦目で世界王座(WBC世界ライトフライ級)奪取。14年12月にWBO世界スーパーフライ級王座を獲得し、史上最速(当時)の8戦目で2階級制覇。18年5月にWBA世界バンタム級王座を奪取し、3階級制覇。家族は咲弥夫人と1男1女。165センチの右ボクサーファイター。

2018年10月7日、ワールド・ボクシング・スーパーシリーズバンダム級トーナメント WBAバンタム級タイトルマッチ 1回戦・1回KO勝ちで、フアンカルロス・パヤノ(手前)を倒し、ガッツポーズする井上尚弥
2014年4月6日、WBC世界ライトフライ級タイトルマッチ 井上尚弥対アドリアン・エルナンデス KO勝利して新王者となった井上尚弥(中央)は、家族と記念撮影。左から姉晴香さん、弟拓真、1人おいて父真吾トレーナー、母美穂さん

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井上尚弥激闘の記録、WOWOWで今日14時放送

井上尚の最新映像が放送される(c)NAOKI FUKUDA

ボクシングのWBA、IBF世界バンタム級統一王者井上尚弥(26=大橋)の最強王者への道のりが網羅される。WOWOWは29日午後2時から、WOWOWライブで「井上尚弥 ボクシング最強王者への道」を放送。独自映像を通して「黄金のバンタム級」転向後に行われた激闘の数々を振り返る。

4月25日(日本時間同26日)に米ラスベガスで予定されていたWBO同級王者カシメロ(フィリピン)との3団体統一戦は新型コロナウイルスの感染拡大で延期になったが、井上の最新映像、インタビューにも注目だ。

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井上尚弥、3団体統一カシメロ戦正式延期 コロナ禍

井上尚弥

プロボクシングのWBA、IBF世界バンタム級統一王者井上尚弥(26=大橋)の3団体王座統一戦(4月25日、米ラスベガス)が、新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け、延期されることになった。16日(日本時間17日)、井上が契約する米プロモート大手トップランク社が、3月、4月のすべての試合を延期すると正式発表した。

井上は4月25日(日本時間26日)に、米ラスベガスで、WBO同級王者ジョンリール・カシメロ(フィリピン)と対戦が予定されていたが、15日に米疾病対策センター(CDC)が今後8週間、50人以上が集まるイベントの中止、延期を勧告するなど、影響が予想されていた。

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井上尚弥「カシメロ倒す準備続ける」統一戦正式延期

井上尚弥

プロボクシングのWBA、IBF世界バンタム級統一王者井上尚弥(26=大橋)の3団体王座統一戦(4月25日、米ラスベガス)が、新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け、延期されることになった。16日(日本時間17日)、井上が契約する米プロモート大手トップランク社が、3月、4月のすべての試合を延期すると正式発表した。

井上は4月25日(日本時間26日)に、米ラスベガスで、WBO同級王者ジョンリール・カシメロ(フィリピン)と対戦が予定されていたが、15日に米疾病対策センター(CDC)が今後8週間、50人以上が集まるイベントの中止、延期を勧告するなど、影響が予想されていた。

これを受け、井上は自身のインスタグラムを更新し、「4月25日に予定されていたラスベガスでの試合は新型コロナウィルスの影響で延期となりました。楽しみにしてくれてた全てのファン方々、申し訳ございません。ですが、世界的な状況を踏まえれば今は延期の決定を受けざるを得ません。中止ではなく延期という形になったのでカシメロを倒す準備を続けます。楽しみにしていてください」と思いをつづった。

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井上尚弥の公開スパー中止「最大限の注意が必要」

井上尚弥(20年2月撮影)

ボクシングの大橋ジムは27日、新型コロナウイルスの感染拡大による影響を受け、この日予定されていたWBAスーパー、IBFバンタム級王者井上尚弥(26=大橋)の報道陣向けの練習公開を取りやめとした。

大橋秀行会長(54)は「このような状況を受け、最大限の注意が必要と判断した」と説明。試合に向けた井上の練習スケジュールに変更の予定はないという。

井上は4月25日(日本時間26日)に、米ラスベガスでWBO王者ジョンリール・カシメロ(31=フィリピン)との3団体統一戦を控えている。

日本ボクシングコミッションと日本プロボクシング協会は、3月に予定されていた全国で16の興行の中止、延期を発表している。

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井上尚弥と対談した藤原竜也は興奮「直視できない」

対談した藤原竜也(右)と一緒にベルトを掲げる井上尚弥(撮影・中島郁夫)

ボクシングのWBA、IBF世界バンタム級統一王者井上尚弥(26=大橋)が26日、都内で俳優藤原竜也(37)と対談した。

4月25日(日本時間26日)に米ラスベガスで行われるWBO同級王者カシメロ(フィリピン)との3団体統一戦に向けた特別番組(4月4日、WOWOWプライムで無料放送)の収録。ボクシング好きで「直視できない」と興奮ぎみに語る藤原と、約30分間トークを繰り広げた。

“本番”に向けた準備というテーマでは、両者が共感。藤原が「稽古で出来ないことは本番ではできない」と語れば、井上も「目指すところに対して準備し、来る時にやるのは1人。それは一緒」とうなずいた。

試合まで2カ月を切り、現在はフィリピン人世界ランカーとのスパーリングを中心に調整を続けている。世界が注目するラスベガス初陣に向け「試合内容でみせないといけないというのは多少感じている。豪快なKOが1番」と表情を引き締めた。5月15日には、藤原主演の映画「太陽は動かない」が公開となる。井上は「勝って、初日に見に行きたい」と約束していた。

ラスベガスでのタイトルマッチを前に藤原竜也(右)と対談した井上尚弥(撮影・中島郁夫)
ラスベガスでのタイトルマッチを前に藤原竜也(右)と対談しガッツポーズする井上尚弥(撮影・中島郁夫)

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ボクシング松本圭佑、井上尚弥に感銘しプロ入り決意

プロ転向会見を行った松本圭佑(右)と父の好二トレーナー

ボクシングの元東洋太平洋フェザー級王者松本好二氏(50=大橋ジムトレーナー)の長男圭佑(20)が20日、横浜市内で会見し、大橋ジムからプロ転向すると発表した。

U-15全国大会で5連覇を果たすなど、幼少期から活躍してきたが、目標としていた東京五輪出場を逃し、昨年末に東農大を中退。「小さい頃からの憧れの舞台に立ててわくわくしている。ラスベガスや東京ドームで試合ができるような世界王者になりたい」と意気込みを語った。

プロ転向のタイミングを悩んでいたが、昨年11月の井上尚-ドネア戦を観戦し「こんなにすごい方が身近にいる。同じ環境で練習がしたい」とプロ入りを決意。父が3度の挑戦でつかめなかった世界王者を目指す道を選び「小さい頃から父の映像を見るたびに、悔しい気持ちを持っていた。父を超えること=世界王者になること。そこもモチベーション」と力を込めた。

プロではスーパーバンタム級を主戦場とする予定で、3月11日にプロテストを受け、5月28日のデビューを目指す。世界王者の八重樫、川嶋勝重を育ててきた松本トレーナーは「八重樫のハートと、尚弥の技術を併せ持ったような選手を目指して欲しい」と話した。【奥山将志】

◆松本圭佑(まつもと・けいすけ)1999年(平11)7月17日、横浜市生まれ。小3でボクシングを始め、みなと総合高では選抜ライトフライ級優勝、総体3年連続準優勝など。東農大では全日本選手権バンタム級準優勝。アマ戦績は95戦80勝15敗。175センチ。家族は父、母、妹。

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井上尚弥の3団体統一戦、WOWOWプライム生中継

ドネアに勝利しアリ・トロフィーを掲げる井上尚弥(2019年11月7日撮影)

ボクシングWBAスーパー&IBF世界バンタム級王者井上尚弥(26=大橋)の3団体統一戦が、WOWOWプライムで生中継されることが決まった。

17日に発表された。4月25日に米ラスベガスで、WBO世界同級王者ジョンリエル・カシメロ(30=フィリピン)と対戦する。日本時間26日午前11時から生中継される。WOWOWライブでは3月29日午後2時から「最強王者への道」と題した関連番組も放送される。

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