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元関脇の琴勇輝引退、立ち合い直前気合の「ホウッ」注目 年寄君ケ浜を襲名

琴勇輝(2021年1月撮影)

日本相撲協会は14日、元関脇琴勇輝(30=佐渡ケ嶽)の引退と年寄「君ケ浜」襲名を承認した。西幕下筆頭だった春場所は全休していた。

香川・小豆島町出身の琴勇輝は、08年春場所で初土俵を踏み、11年秋場所で新十両。13年初場所で新入幕を果たし、東前頭筆頭だった16年春場所では横綱日馬富士から初金星を獲得するなど12勝を挙げ、翌夏場所で新三役となる新関脇の座をつかんだ。立ち合いからもろ手突きで一気に押し出す相撲が魅力のほか、一時は立ち合いの直前に「ホウッ」と気合のこもった声を発することでも注目を浴びていた。

一方で両肘と両膝のケガにも苦しんできた。休場した20年初場所では「両変形性肘関節症により手術を予定」との診断書を提出。同年10月には左膝の内視鏡手術を受けていた。西十両9枚目だった1月の初場所では4勝11敗と負け越し、11年秋場所の新十両昇進以来守り続けた関取の地位を失った。通算480勝430敗70休。金星1個、殊勲賞1回受賞。

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高見山最後の弟子引退 東関部屋閉鎖とともに区切り

華王錦(2020年7月22日撮影)

元高見山の先々代東関親方(76)がスカウトした最後の現役力士が、土俵に別れを告げた。元十両華王錦(かおうにしき、42=東関)が春場所限りで引退。東関部屋閉鎖とともに区切りをつけ、新たな人生を歩み始めた。現在の心境などを聞いた。【取材・構成=佐々木一郎】

-引退が発表され、今の心境は

「まだ落ち着いてはいません。東関部屋は3月31日までで、4月3日に八角部屋へ引っ越します。その前には出て行かなくてはいけないので、荷物をまとめたり、役所に行って転出届を出したりしています」

-引退のきっかけは

「場所前にヘルニアを悪化させてしまいました。一時は、歩くのもしんどかった。そんな中、部屋がなくなるのもあるんで…。20年間、東関でやってきて、東関で終わりたいので」

-春場所は、最後の1番だけ出場しました

「(部屋を)移ってやるなら、しっかり治した方がいい。でも、自分は東関部屋として最後なので『1番出させてください』と言って出させてもらいました」

-決まり手は逆とったりでした

「たまたまあんな感じになっちゃって…。いろんな人に、『そんな業師だった?』とか『最後だからって必死になりすぎ』って言われました。土俵に立つ以上は一生懸命ですから。2番前に首から落ちた力士(響龍)がいて、ちょうど土俵下にいたんです。中途半端な気持ちで土俵に上がりたくないなというのがあったんで、自然と体が動きました」

-角界での一番の思い出は

「やっぱり、初めて化粧まわしをつけて土俵に上がったときはうれしかったですね。緊張もしました。初めての(土俵入りの)時はどっちに回るんだっけとか、手の上げ方とか、塩まきとか、緊張しましたね。これが関取なんだと、いい経験をさせてもらいました」

-十両2場所目で膝をケガして苦しみました

「ケガして休場してから、再出場しました。もうちょっと様子を見た方がよかったですね。とにかく出なきゃと思ったんで。当時、医師に『どうにか土俵に立ちたいので何とかお願いします』と無理を言っていろいろしてもらった。本来はよくない。焦っていた部分もあります。しっかり治さないといけなかった」

-丸20年、現役でした

「いろんな人から『20年、長かった』と言われるんですけど、力士でいられることは楽しかったですね。いろんな人から声をかけてもらったり、応援してもらうのがすごくうれしかったので、続けることができました」

-一時は協会に残るという話も聞きました

「若者頭として申請を出していたのですが、かないませんでした」

-断髪は

「東関部屋がなくなるので、部屋でできなかったんですよ。そうしたら先々代の高見山さんが『最後の弟子だから、私が責任を持って(まげを)切るよ』と言ってくれました。前の東関部屋はまだ稽古場があるので、そこでやります。本当によかったです。その言葉に、本当にこの部屋で良かったと…。高見山さんにスカウトされて、定年後もずっとかわいがってくれた。力士としてのスタートがあそこだったんで、まだ土俵があるのもありがたいです」

-いつごろになりますか

「コロナの様子を見ながら、あくまで予定なんですが、5月30日に。まだ正式に決まっていないけど、そういう方向で話が進んでいます」。

-今後はどうされますか

「まだ決まっていないんです。部屋があればその間探せるけど、部屋がなくなるし、コロナの状況もあるので…。相撲が好きなので、相撲に携わる仕事があればなと思っています」

◆華王錦武志(かおうにしき・たけし) 本名・村田武志。1978年(昭53)9月14日、秋田県生まれ。東洋大から元関脇高見山の東関部屋に入り、2001年夏場所初土俵。2011年名古屋場所新十両。最高位は西十両6枚目。通算403勝383敗49休。

20年2月 大相撲の継承発展を考える有識者会議に出席する高見山大五郎さん(左)と王貞治ソフトバンク球団会長
東関部屋の看板

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照ノ富士が大関返り咲き 十両以下から復帰は史上初

大関昇進伝達式で口上を述べる照ノ富士(中央)と伊勢ケ浜親方夫妻(代表撮影)

大関照ノ富士が帰ってきた。日本相撲協会は31日、東京・両国国技館で大相撲夏場所(5月9日初日、東京・両国国技館)の番付編成会議と臨時理事会を開催し、春場所で3度目の優勝を飾った関脇照ノ富士(29=伊勢ケ浜)の大関昇進を全会一致で承認した。平幕以下に落ちて大関に返り咲くのは、77年初場所後に昇進した魁傑以来2人目。十両以下に落ちて大関に復帰するのは史上初となった。

返り三役の昨年11月場所で13勝、1月の初場所は関脇で11勝、今場所は12勝を挙げて大関昇進目安の「三役で3場所33勝」を大きく上回る「36勝」としていた。照ノ富士が昇進したことで夏場所は1横綱、4大関となる。

◆照ノ富士春雄(てるのふじ・はるお)本名・ガントルガ・ガンエルデネ。1991年11月29日、モンゴル・ウランバートル市生まれ。18歳で来日し、鳥取城北高に留学して相撲を始める。3年時に中退して間垣部屋に入門。しこ名「若三勝」で11年技量審査場所で初土俵。13年春場所後に伊勢ケ浜部屋に転籍。同年秋が新十両昇進で「照ノ富士」に改名。関脇だった15年夏場所で初優勝を果たし、場所後に大関昇進。17年秋場所後に大関陥落。5場所連続休場して19年春場所に西序二段48枚目で本場所に復帰。192センチ、177キロ。血液型はO。家族は妻。得意は右四つ、寄り。

15年、大関昇進伝達式で笑顔の照ノ富士(中央)。右は伊勢ケ浜親方(2015年5月27日撮影)

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白鵬5場所連続休場「注意」継続、横審全会一致で

横綱白鵬(2021年3月15日撮影)

日本相撲協会の諮問機関である横綱審議委員会(横審)の定例会合が29日、東京都内で開かれ、横綱白鵬(36=宮城野)に対して、昨年11月場所後の会合で出した「注意」の決議を、継続することを決めた。出席7委員(1人欠席)の全会一致で、あらたに決議することはなかった。

白鵬と、春場所中に引退を発表した鶴竜(35=陸奥、現鶴竜親方)の両横綱に対しては、休場の多さから昨年11月場所後の定例会合で「引退勧告」に次ぐ重さの「注意」が決議されていた。白鵬は春場所3日目から、右膝負傷で休場。5場所連続休場となり、今回の協議が注目されていた。

横審の矢野弘典委員長(産業雇用安定センター会長)は、既に右膝の手術を終え7月の名古屋場所で再起をかける意思を、師匠の宮城野親方(元前頭竹葉山)が明かしている白鵬について「厳しい意見も出たが、もう1回チャンスを与えようということで一致した。7月場所の奮起に期待したい」と話し、さらに「7月場所の結果によっては厳しい意見が出ると思う」とし最も重い「引退勧告」が決議される可能性にも言及した。7月場所の「結果」のラインについては「状況を見て決めるしかない。仮定に基づく話は出来かねる」と具体的な数字については言及を避けた。

矢野委員長は、注意の決議を継続した3つの理由についても言及。<1>1月の初場所は新型コロナウイルス感染で休場はやむを得ないこと<2>3月の春場所は2日だけの出場だったが意欲を示したことは評価<3>7月場所で進退をかけることを明言している、の3点を挙げた。3点目については発言の真意を確認するため、八角理事長(元横綱北勝海)に確認を要請。同理事長は師匠の宮城野親方を呼び真意を確認。その説明を同委員長も受けたという。

「横綱の在り方を含め相当、時間をかけた」と矢野委員長。あらためて「横綱の責任を全うすることを強く求めたい」と期待し、さらに「横綱は大相撲の象徴的な、富士山のような存在。それは単なる自然でなく文化遺産。それと同じように大相撲も単なるスポーツではなく、歴史や伝統に支えられた国技。その意義を十分にかみしめて(白鵬のみならず)師匠や協会も自覚をもってほしい」と注文した。

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3大関ふがいない「お山の大将では」大ちゃん大分析

照ノ富士に押し出しで敗れ、険しい表情を浮かべる貴景勝(撮影・河田真司)

<大相撲春場所>◇千秋楽◇28日◇東京・両国国技館

関脇照ノ富士(29=伊勢ケ浜)が昨年7月場所以来の優勝を果たして、確実にしている大関復帰に花を添えた。大関貴景勝を破って12勝目。3度目の幕内優勝は関脇以下では初となる快挙を成し遂げた。

   ◇   ◇   ◇   ◇

今場所の各力士の力量を考えれば、照ノ富士の優勝は落ち着くところに落ち着いたということだろう。相撲内容は少し雑な感じも見受けられたが、負けない相撲を取れる。懐の深さ、まわしの取り方とか大関経験者だから相撲の取り方を知っている。逆に言えば、ふがいなかった3大関には奮起を求めたい。貴景勝は減量で押す圧力が落ちた。今の体重に慣れてスピードを生かしたいところだ。朝乃山は合同稽古で泥だらけになるぐらいでないと部屋の稽古だけでは地力がつかない。正代は引く相撲が多く気力も感じられなかった。3大関には、いつまでもお山の大将では上の番付は望めないと言いたい。いつの間にか、横綱に一番近いのは照ノ富士に取って代わられた。来場所も白鵬は休場のようだが、もう番付には横綱はいないと思って、4大関で「俺が相撲界を引っ張るんだ」と、しのぎを削ってほしい。(元大関朝潮・日刊スポーツ評論家)

朝乃山(左)に上手投げで敗れる正代にぶつかる行司の式守伊之助(右)(撮影・河田真司)
貴景勝(左)の攻めを耐える照ノ富士(撮影・鈴木正人)

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照ノ富士万感「辞めず良かったか」問われ10秒の間

貴景勝(手前)を攻める照ノ富士(撮影・鈴木正人)

<大相撲春場所>◇千秋楽◇28日◇東京・両国国技館

関脇照ノ富士(29=伊勢ケ浜)が昨年7月場所以来の優勝を果たして、事実上決まった大関復帰に花を添えた。負ければ優勝決定ともえ戦にもつれ込む一番で、大関貴景勝を押し出して12勝目。昇進目安の「三役で3場所33勝」に3勝を上乗せした。日本相撲協会審判部の伊勢ケ浜部長(元横綱旭富士)が、大関昇進をはかる臨時理事会の招集を八角理事長(元横綱北勝海)に要請し、了承された。31日の臨時理事会、夏場所の番付編成会議を経て正式に17年秋場所以来の「大関照ノ富士」が帰ってくる。

   ◇   ◇   ◇

大相撲史に史上最大の復活劇を刻んだ。土俵下での優勝インタビューで「辞めなくて良かったか」と問われると、照ノ富士は10秒の間を置いて「そうですね。良かったです」と言葉を振り絞った。3年半前に大関から陥落。両膝のけがや内臓疾患などの影響で何度も引退を考え、そのたび師匠の伊勢ケ浜親方に引き留められた。序二段まで落ちて大関に復帰するのは史上初。優勝と同時に実現し「1日1日必死に、前向きでやってきた結果が現れる日がくると思って信じてやってきた」とうなずいた。

3大関を総ナメして“先輩大関”の実力を示した。貴景勝に土俵際まで押し込まれながら右を差し込むと、苦し紛れに小手で振る相手を力ずくで押し出し。立ち合いで相手の右手をたぐれなかったが「相撲ってあんまり狙い通りにならないもんで」。気持ちと展開を一瞬で切り替えた。

万全ではない終盤戦だった。師匠の伊勢ケ浜親方によると、3敗目を喫した10日目の志摩ノ海戦で膝を痛めたという。残り5日間は痛み止めを打って土俵に上がったが、本人は「完全に治っているわけはない。痛みはあるから、付き合ってやっている。仕方ないこと」と淡々。この日の朝、一緒に病院へ行った弟弟子で平幕の翠富士には「優勝しておいしい酒を飲もうぜ」と宣言。不安な表情は見せなかった。

心身を第一に調整してきた。両膝を痛めるまでは場所直前でも1日50番以上を取ることはざらにあったが、現在は1日20から30番ほど。昨年末には「年齢も変わって、やり方も変わってくるから」と照ノ富士。間垣部屋時代からの仲間で呼び出しの照矢は「僕から言うのは『けがだけはしないように』。保護者みたいに見守っています」と笑う。土俵に立つ姿が何よりの恩返しだった。

来場所から4大関で最高位への出世争いを繰り広げる。「1場所1場所精いっぱい頑張れば、次につながるかな」と照ノ富士。鶴竜の引退で白鵬の1人横綱となった相撲界。その白鵬に次ぐ現役2位の3度目の優勝で、次期横綱候補として再び名乗りを上げた。【佐藤礼征】

◆照ノ富士春雄(てるのふじ・はるお)本名・ガントルガ・ガンエルデネ。1991年11月29日、モンゴル・ウランバートル市生まれ。18歳で来日し、鳥取城北高に留学して相撲を始める。3年時に中退して間垣部屋に入門。しこ名「若三勝」で11年技量審査場所で初土俵。13年春場所後に伊勢ケ浜部屋に転籍。同年秋場所が新十両昇進で「照ノ富士」に改名。関脇だった15年夏場所で初優勝を果たし、場所後に大関昇進。17年秋場所後に大関陥落。5場所連続休場して19年春場所に西序二段48枚目で本場所に復帰。192センチ、177キロ。血液型はO。家族は妻。得意は右四つ、寄り。

貴景勝(右)を土俵際に追い込む照ノ富士(撮影・河田真司)
八角理事長(右)から内閣総理大臣杯を受け取る照ノ富士(撮影・河田真司)
幕内優勝を飾り師匠の伊勢ケ浜審判部長(左)から優勝旗を受け取る照ノ富士(撮影・小沢裕)
吉本興業賞授与式に臨む間寛平(右)と幕内優勝の照ノ富士(撮影・河田真司)
吉本興業賞授与式で間寛平(右)から額を受け取る照ノ富士(撮影・河田真司)

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若隆景が初技能賞「ありがたい」武器のおっつけ評価

技能賞授与式に臨む若隆景(撮影・河田真司)

<大相撲春場所>◇千秋楽◇28日◇東京・両国国技館

西前頭2枚目の若隆景(26=荒汐)が初の三賞となる技能賞を獲得し、2桁10勝をあげた。北勝富士を力強い相撲で押し出し。「体が反応した。自分の相撲をとりきれたと思います」。

先場所は新型コロナウイルスの影響で、部屋全体が休場。不安も抱えた復帰場所だったが貴景勝と正代の2大関を撃破し、7日目から7連勝を記録。優勝争いトップだった小結高安を破るなど、盛り上げた。

しっかりした足腰を土台に、左右のおっつけを武器にする。「幼いころからおっつけは何回も練習してきた。おっつけの技能が評価してもらえたのはありがたい」。127キロの軽量だが、それを補う低い重心でのおっつけからの攻めで巨漢力士をなぎ倒した。

福島出身。10年前、学法福島高時代に東日本大震災で被災した。3・11への思い。今年は特に強く抱いていた。「震災から10年。活躍する姿を見せたかったので、よかったと思う」。最後まで勝負をあきらめない姿勢がメッセージだった。

来場所は新三役の可能性もある。「(三役昇進を)期待しています。これからも(おっつけを)磨いて、下からの攻めに徹していきたい」。次世代の大関争いに参戦する。【実藤健一】

北勝富士に押し出しで破った若隆景(撮影・鈴木正人)

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技能賞の若隆景10勝目、震災10年活躍見せられた

北勝富士に押し出しで破った若隆景(撮影・鈴木正人)

<大相撲春場所>◇14日目◇27日◇東京・両国国技館

西前頭2枚目の若隆景(26=荒汐)が技能賞を獲得し、2桁10勝をあげた。立ち合い、北勝富士の突進をかわして、横に食らいつく形で攻めて押し出した。「(立ち合いは)体が反応した。自分の相撲をとりきれたと思います」。

新型コロナウイルスの影響から休場明けの場所だったが貴景勝と正代の2大関を撃破し、7日目から7連勝を記録し、優勝争いトップだった小結高安を破るなど、盛り上げた。

しっかりした足腰を土台に、左右のおっつけが武器。「幼いころからおっつけは何回も練習してきた。おっつけの技能が評価されたのはすごくありがたい」。福島出身だけに、東日本大震災から10年の今年は特別な思いを持ってきた。「震災から10年。活躍する姿を見せたかったので、よかったと思う」と言った。

来場所は新三役も望める。「(三役昇進を)期待しています。これからも(おっつけを)磨いて、下からの攻めに徹していきたい」と力強く語った。

北勝富士(右)を押し出しで破る若隆景(撮影・河田真司)

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宇良が連続2ケタ王手「体うまく反応」一気寄り切り

貴健斗(右)を攻める宇良(撮影・鈴木正人)

<大相撲春場所>◇14日目◇27日◇東京・両国国技館

東十両7枚目宇良(28=木瀬)が、西十両11枚目貴健斗を下して、2桁に王手をかけた。相手の突き押しを見極めながら足取りを狙いにいき、足は取れなかったが流れで左を差し、一気に前に出て寄り切った。「体がうまく反応してくれたと思います。チャンスが来てからも落ち着いて取れたと思います」と振り返った。

左ふくらはぎの肉離れで9日目に途中休場し、11日目から再出場して白星を9まで積み上げた。狙うは2場所連続の2桁勝利。「気を抜かずに2桁乗せられるように頑張りたい」と千秋楽に全てをかける。

宇良(左)は寄り切りで貴健斗を破る(撮影・小沢裕)
貴健斗を寄り切りで破り、勝ち名乗りを受ける宇良(撮影・河田真司)

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豊山が右腕負傷で休場 13日目まで4勝9敗

東前頭15枚目豊山(27=時津風)が春場所14日目の27日、日本相撲協会に「右遠位上腕二頭筋腱(けん)断裂で約4週間の安静加療を要する見込み」との診断書を提出して休場した。

今場所は13日目まで4勝9敗の成績で、来場所の十両陥落は確実の状況だった。

豊山の休場は昨年秋場所以来3度目。14日目の対戦相手、琴ノ若は不戦勝となる。

今場所の十両以上の休場者は横綱白鵬、引退した横綱鶴竜らに続いて7人目となった。

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剣翔が不戦勝で勝ち越し「運も実力のうちかなと」

千代の国の休場により剣翔の不戦勝を伝える幕が掲げられた(撮影・小沢裕)

<大相撲春場所>◇13日目◇26日◇東京・両国国技館

西前頭14枚目剣翔(29=追手風)が、不戦勝で勝ち越しを決めた。

7勝5敗で迎えた13日目、朝稽古後に対戦相手の千代の国が休場することを知った。「勝ち越したのでうれしい気持ちと、半分複雑な気持ちがある。(相撲を)取りたいか取りたくないかで言ったら取りたくないが、素直に喜べない気持ちがある」。

十両優勝した先場所も、優勝が懸かった千秋楽が不戦勝だった。昨年春場所以来の返り入幕の場所で、意外なかたちで勝ち越しを決め「先場所と同じで不思議な気持ち。運も実力のうちかなと」。残り2日間に向けて「1日体を休めたので明日はまた気持ちを入れ直して、勝っても負けてもいい相撲を取りたい」と気持ちを切り替えた。

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宇良、業師の本領発揮「ひっかけ」で勝ち越し決めた

宇良(右)は武将山を引っ掛けで破る(撮影・柴田隆二)

<大相撲春場所>◇13日日◇26日◇東京・両国国技館

東十両7枚目の宇良(28=木瀬)が、業師の本領発揮の「ひっかけ」で勝ち越しを決めた。

新十両の武将山と対戦。「(新十両との対戦に)15日間とることのしんどさも踏まえて、気持ち的にはこちらが上。気持ちを強く持っていけると思いました」。立ち合い、左をのぞかせて一気に前に出る。押し返されたところで引きながら、左腕をたぐるようにひっかけを決めた。自身は倒れ込んだ武将山の背中でかわすように1回転。さすがの運動能力だった。

左ふくらはぎの肉離れで2日間休場、再出場して3日目の相撲だった。休場をはさんでの価値ある勝ち越しではの問いに「純粋に勝ち越しはうれしいが、2日休んでいるから価値があるとか、決してそういうことはないと思う」と言った。

十両復帰後も3場所連続の勝ち越しで、着実に再入幕にも前進する。宇良自身は「全然ほど遠いですね。まだまだという気持ちしかないです」。館内をわかせられる1人。「(残り2日)白星を伸ばせるように頑張ります」と誓った。

宇良(右)は武将山を引っ掛けで破る(撮影・柴田隆二)

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阿炎が幕下全勝V「相撲取る喜び学ばせてもらった」

時栄を引き落としで破り勝ち名乗りを受ける阿炎(撮影・鈴木正人)

<大相撲春場所>◇13日目◇26日◇東京・両国国技館

4場所連続休場から復帰した三役経験者の西幕下56枚目阿炎(26=錣山)が、東幕下15枚目時栄(24=時津風)を破って、7戦全勝で幕下優勝を果たした。リーチを生かしたのど輪で一気に押し込むと、流れよく引き落とし。実績の違いを見せつける完勝だった。

阿炎は昨年7月場所中、日本相撲協会が作成した新型コロナウイルス感染対策ガイドラインに違反し、同年秋場所から3場所連続休場の処分を受けていた。初日の1番相撲は、昨年7月場所6日目以来、233日ぶりの本場所の土俵だった。

7番取り終えて「今場所は相撲を取れる喜び、そういうものも学ばせてもらった場所。(今までの各段優勝とは)違う部分もあるかなと思う。すごく精神的にも肉体的にも体力を削られた、削って取ることができました」と振り返った。

けがで番付を落としたわけではなく、本来の実力を考えれば、幕下優勝は周囲の期待通りだったかもしれない。それでも「師匠にも部屋の方にも『勝って当然なことはない』と言われてきた。当たり前じゃない。全力で相撲に向き合うという気持ちではいた」と謙虚に話した。

時栄(手前)を激しく攻める阿炎(撮影・鈴木正人)

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千代の国が休場 右母指脱臼、左肋骨骨折の診断書

千代の国

大相撲の東前頭9枚目千代の国(30=九重)が、大相撲春場所13日目の26日、日本相撲協会に「右母指脱臼、左肋骨(ろっこつ)骨折により、約2週間の加療を要する見込み」との診断書を提出して休場した。12日目を終えて8勝4敗としていた。

今場所の十両以上の休場は白鵬、鶴竜の両横綱、平幕の遠藤、琴勝峰、十両宇良に続いて6人目。

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鶴竜晴れ晴れ「何かから解放された」20年土俵人生

引退会見を行う元横綱鶴竜の鶴竜親方(日本相撲協会提供)

元横綱鶴竜の鶴竜親方が春場所12日目の25日、両国国技館でオンラインによる引退会見を行った。約20年の土俵人生を終えて「何かから解放された、そういう気持ちです」と晴れ晴れとした表情を浮かべた。

昨年7月場所から休場が続き、同年11月場所後には横綱審議委員会から、引退勧告に次ぐ「注意」の決議を受けた。1月の初場所を休場。進退を懸けて臨むつもりだった春場所は、場所直前に左足を負傷して休場した。現役続行の意欲を持っていたが、同場所中11日目の24日に引退届を提出。気持ちは23日夜に固まったといい「気持ちの面が少しずつ削られて、体が悲鳴を上げて、体がもう無理なのかなという信号を出していると思った」と心身共に限界を迎えた。

モンゴルから日本の相撲関係者に送った手紙がきっかけで、16歳の時に旧井筒部屋に入門した。「人間としても、男としても、お相撲さんとしても成長させてもらった」と人生の半分以上を過ごした土俵人生に感謝。現在、角界にも多くいるモンゴル出身の後輩たちへ「人に、後輩に慕われる、いい人間になって欲しい。相撲だけではなく人間として成長して欲しい」とエールを送った。今後は陸奥部屋付きとして後進を指導する。

引退会見を行う元横綱鶴竜の鶴竜親方。左は師匠の陸奥親方(日本相撲協会提供)

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琴勝峰が志願再出場で今場所初白星「出てよかった」

琴勝峰(左)は照強を送り出しで破る(撮影・柴田隆二)

<大相撲春場所>◇12日日◇25日◇東京・両国国技館

西前頭11枚目の琴勝峰(21=佐渡ケ嶽)が再出場し、照強を送り出しに破って今場所の初白星をあげた。

右足関節捻挫で3日目から休場していた。琴勝峰は「自分から言いました」と師匠の佐渡ケ嶽親方(元関脇琴ノ若)に再出場を志願。完治優先の声もある中、「自分の気持ちを尊重してくれた。『無理だけはしないように』とだけ言われました」。師匠の思いも白星につなげた。

来場所の十両転落は確実な星だが、「休んで場所を終えるんじゃなく、感覚だけでもつかめたらと。出てよかったです」。将来期待のホープ。再出場を来場所につなげる。

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鶴竜「井筒は継ぎます」亡き師が認めた指導者の資質

元関脇逆鉾の井筒親方(右)と鶴竜(2016年11月27日撮影)

<とっておきメモ>

鶴竜を入門時から育てた元関脇逆鉾の井筒親方は、鶴竜の指導者としての資質を認めていた。親方が亡くなる1年4カ月前、2018年夏場所中、国技館内の巡業部室で話を聞いた。

まだ鶴竜が日本国籍を取得する前のこと。引退後の見通しは立っていなかったが、井筒親方は鶴竜の将来を案じていた。

「先行きは自分で決めること。自分で決めていい。自分がそうしたいというならそうするし、本人も最近は考えているところがあるみたい。僕としては、鶴竜は技術的にも(いいものを)持っているし、性格も穏やかだから、指導者として適任ではないかと思っています。もちろん、本人がほかにやりたいことがあるならしょうがないけど」

この前年、鶴竜は6場所中5場所で休場していたが、年が明けて復活。18年春場所は8場所ぶり4度目の優勝を果たしており、井筒親方の気持ちも落ち着いていた。

井筒親方は膵臓(すいぞう)がんを患い、2019年9月16日に58歳で亡くなった。部屋は閉鎖となり、鶴竜らは陸奥部屋に転籍した。

師匠の告別式が終わった後、近親者だけが残った最後の席で、鶴竜は決意を口にした。「井筒は、僕が継ぎます」。横綱は引退後、現役名のまま5年間は日本相撲協会に残れる。今後の見通しははっきりしないが、この5年のうちに何らかの名跡を取得することになるだろう。

鶴竜の付け人経験者は皆、その人柄に魅了され、この人のために力を尽くそうとしてきた。きっといい親方になる。天国の師匠は、心配してない。【佐々木一郎】

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宇良「しっかり勝ちたい」3場所連続の勝ち越し王手

佐田の海(右)を押し出しで破った宇良(撮影・丹羽敏通)

<大相撲春場所>◇12日目◇25日◇東京・両国国技館

東十両7枚目宇良(28=木瀬)が、西十両4枚目佐田の海(33=境川)を破り、勝ち越しに王手をかけた。立ち合い低くぶつかり、右に動いた佐田の海についていき押し出した。

左ふくらはぎを肉離れして、9日目に休場し、11日目に再出場を果たした。再出場してからは初の白星となったが「それ(ケガ)は関係ない。出られる状態になったから出ているだけ」と負傷は気にせず。昨年11月場所で再十両を果たし、3場所連続勝ち越しに王手がかかり「勝ちたいですね。ちょっと休んだのもあるので、しっかり勝ちたい」と意気込んだ。

宇良は佐田の海を押し出しで破る(撮影・柴田隆二)

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鶴竜親方が引退会見「中途半端に上がるわけには」

引退会見を行う元横綱鶴竜の鶴竜親方

<大相撲春場所>◇12日目◇25日◇東京・両国国技館

現役引退した元横綱の鶴竜親方(35=陸奥)が、リモートでの引退会見に臨んだ。

◇一問一答

-今の心境は

鶴竜 何かから解放された。そんな気持ちです。ボーッとしてるじゃないけど、何も考えずにいられる。

-来場所にかけると思っていたが決断の経緯は

鶴竜 直前のけがもそうだが、ここ最近けがで土俵に立つことができず連続休場できていた。たくさんの人にもう1度土俵に上がる姿を見せたいと思っていたが、気持ちの面で少しずつ削られて、体も悲鳴をあげて、中途半端に土俵に上がるわけにはいかない。引退という決断になった。

-気持ちが揺れた

鶴竜 けが早く治るかと思ったが長引いた。体をもう1回作るのは大変。その中で気持ちが切れてしまった。

-横綱として

鶴竜 休場多かった。けがして復帰、何回もあった。協会の人たちにも迷惑かけて、よくここまでやらせてもらった思いやる。これ以上は無理かなと自分の中で思った。

-土俵の未練は

鶴竜 決めた後に思うとよくここまでやれた、疲れたなと。けがさえ治ればやれる気持ちはあった。最後は残念だなと思う。

-(師匠に)どんな思い

陸奥親方 見ていてつらい部分もあった。一番苦しいのは本人。何とかもう1回という気持ちでいたが。

-大変な決断だが

陸奥親方 横綱は大変な地位というのが分かった。応援してもらった人たちに何とかもう1回、気持ちは伝わってくる。一方でもういいんじゃないかという思いもあった。最後は自分で決断した。ホッとした部分はあると思う。親方になって指導して、分かってくる部分はあると思う。

-(鶴竜親方に戻り)どんな思いが浮かぶ

鶴竜 まだそんなに時間たっていない。これからいろんなことが思い出されると思う。今はただただ、明日から体いじめなくていいんだとホッとしている。

-思い出はたくさん

鶴竜 16歳の若い子が夢を持って日本にやってきて関取になりたい、幕内になりたい、夢が広がって最後は横綱になれた。人間として男としてお相撲さんとして感謝の気持ちでいっぱい。

-大変な時期は

鶴竜 横綱に上がってからはほとんどけがとの闘い。今思うと数え切れないぐらい思い出ありますね。

-重圧は

鶴竜 上がった時から常に肝に銘じてというか、何かあった時でも相撲のことを考えてきた。今はそれから解放されて、うれしいというか、よかったというか、そういう気持ちですね。

-振り返ると

鶴竜 1通の手紙から始まったんで。「拾ってください」と。その言葉を守ることができたと思う。

-思い出の相撲は

鶴竜 いっぱいありますけど、やっぱり関取になれたのが一番がうれしかった。夢が広がったわけだから。最初の自分の目標。それを達成した喜びが大きかった。

-(師匠に)横綱は最初は一門の力士として見てきた

陸奥親方 やっぱりまじめ。余計なことを言わないし、本音も言わない。もともとそうだったのかなと。受け入れる方も不安あったが、一緒に生活して言ったことはちゃんとやってくれる。それでここまでこれたのかなと。

-一門を引っ張ってくれた

陸奥親方 みんなあこがれていたと思いますね。

-どういう親方に

陸奥親方 自分が苦労したことを押しつけるタイプではないと思うが、そこを厳しく言ってもらわないと強くならない。稽古場では厳しく、稽古場を離れたらやさしく。そういう親方になってくれたら。

-(鶴竜親方に戻り)先代師匠は

鶴竜 16歳で書いた手紙を読んで拾ってくれた。たくさん怒られましたけど一生忘れることないし、感謝しかない。稽古に対しては厳しい人だったが、離れたらやさしい。

-報告は

鶴竜 もちろんあいさつに行きたい。まだ行けてないですけど。

-子どもは

鶴竜 子どもに「もうパパはお相撲さんじゃなくなるよ」。「え、何になるの?」。「教える人になるんだよ」。「え、いいじゃん」と言われました。家族はずっと支えてくれた。本当に感謝したい。

-どういう力士を育てたい

鶴竜 人に教えるのは大変難しいと感じている。教え方、どうすれば強い力士が育てられるか、勉強していきたい。ただただ自分が経験してきたことを押しつけるのではなく、協会の看板を背負う力士を育てていきたい。

-横綱白鵬への思いは

鶴竜 自分が上がる前から横綱でいた。高い目標であったし、その高い目標を追いかけたから自分も横綱になれたと思う。

-貫いた信念は

鶴竜 絶対あきらめないが僕の信念かなと思います。

-横綱としての思い出は

鶴竜 いっぱいありますけど、けが乗り越えて責任果たせて優勝したこととか思い出す。もう1回責任果たしたかったが、それができなかった。

-決断したタイミングは

鶴竜 一昨日の晩から、もうこれは。また0からやり直して次の場所に間に合うのはという思いがわいた。これからの人生の方が長い。体のこともあるし、もういいかなと思った。

-来場所まで

鶴竜 やっぱり気持ちが切れてしまったというか、もういいかな、と。家族、親とも相談して納得して。

-横綱審議委員会(横審)から厳しい意見も

鶴竜 横綱の責任を果たせていないわけだから。これ以上は無理かなと思った。

-やってみたいことは

鶴竜 力士の時は運転できなかった。これから運転できる楽しみはあります。

-モンゴルの後輩へは

鶴竜 みんなそれぞれの運命。運もあるし。人に慕われる、後輩にも慕われる、いい人間に成長してほしいと思いますね。お相撲さんだけじゃなく、人間として成長してほしいですね。

-横綱という地位は

鶴竜 上がった当時は先輩から意見聞いたり、ビデオ見たり勉強した。ある時に気づいた。鶴竜は鶴竜。自分はありのままでいていいんじゃないか、と。それからは「横綱像」とかあまり考えなくなった。よくも悪くも7年間、やれたと思う。

-コロナがなければの思い

鶴竜 少なからずありと思います。(調整に影響)全くないと言わないが、外出できなかったりとかあったので。

-ライバル横綱への思い

鶴竜 そういう存在がいたからここまで長くとれた。負けない、自分も頑張る。そういう気持ちの張り合いがよかった。本当に感謝ですね。

-再起目指す白鵬へは

鶴竜 先輩だから。自分からエールは失礼。たくさん優勝して結果残している。また結果を残してくれると信じている。

-悔いは

鶴竜 全くないですね。やれることは全部やれたと思う。

引退会見後に井筒親方(左)から花束を受け取る元横綱鶴竜の鶴竜親方
引退会見を行う元横綱鶴竜の鶴竜親方。左は師匠の陸奥親方

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霧馬山「ダメでした」貴景勝に完敗 鶴竜引退飾れず

霧馬山を突き出しで破った貴景勝(撮影・丹羽敏通)

<大相撲春場所>◇11日目◇24日◇東京・両国国技館

東前頭4枚目霧馬山(24=陸奥)が、大関貴景勝(24=常盤山)に突き出しで負けて、兄弟子の横綱鶴竜引退の節目を飾れなかった。立ち合いから回転のいい突きで攻めたが、貴景勝の圧力に押されて徐々に後退。土俵際で逆転の突き落としを狙うも不発となり「強かったですね。いつも通りに真っすぐいこうと思ったけどダメでした」と完敗だった。

兄弟子の横綱鶴竜が、現役引退を発表した。5場所連続休場中で夏場所出場を目指していた鶴竜は、この日も稽古場に姿を現したという。しかし、その時は「いつも通りだった。自分とは引退の話とかはまったくなかった」という。稽古を終えて、昼寝から起きた時に「ニュースを見て知った。辛いですね」と肩を落とした。

鶴竜が旧井筒部屋から陸奥部屋に転籍してからは、稽古はもちろん、食事面でも大きな支えを受けた。「横綱が胸を出してくれたからここまで強くなれた。部屋のために、自分のためにやってくれた。優しい横綱でした」と感謝した。

霧馬山を突き出しで破った貴景勝(撮影・丹羽敏通)

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