上へ戻る

au版ニッカン★バトル

記事検索

田口良一1点に泣く「詰め切れなかった自分がダメ」

12回、挑戦者ブドラー(左)に左フックでダウンを見舞う田口(撮影・野上伸悟)

<プロボクシング:WBA、IBF世界ライトフライ級タイトルマッチ12回戦>◇20日◇東京・大田区総合体育館


 WBA&IBF世界ライトフライ級王者田口良一(31=ワタナベ)が、日本人初の偉業に失敗した。挑戦者ブドラー(南アフリカ)にペースを握られ、最終12回にダウンを奪うも、1ポイント差の0-3で判定負け。日本人3人目の統一王者で初の防衛戦だったが、WBAは日本歴代6位に並ぶV8も逃した。今後は時間をおいて方向を見極める。

 最終12回に田口の左フックがアゴに命中した。ブドラーはダウンもレフェリーはスリップと判断。採点集計中にダウンと訂正されたが、ジャッジ3者とも1ポイント差だった。試合中ダウンなら逆転得たか。田口は「もう1回ダウンまで詰め切れなかった。自分がダメ。受け入れます」と負けを認めた。

 4回にはボディー攻撃にコーナーへ追い込まれた。サイドの動き、ワンツーに続くジャブや右クロス、スタミナ。予想通りで対策していたが「ペースを取られた。うまく強い実力者だった」。WABミニマム級5度防衛から2階級制覇のキャリアを崩せなかった。

 日本人では井岡、高山に次ぐ2団体統一王者も、過去2人はすぐに王座の1つを返上した。田口は初の偉業への挑戦で、応援団も倍増の1300人が駆けつけた。石原トレーナーは「過去最悪の入りで足が動かなかった。重圧からか、気持ちがつくれていなかった」と、逆に負担になったかもしれない。

 前日にジャッジ構成で紛糾した。1人がブドラーと同じ南アフリカ人で、夜に残る2人のうち1人が日本人に変更された。構成はプロモーターのジムに最初に伝えられていた。直前に気づくなど、長期防衛から陣営に気の緩みがあったともいえそうだ。

 ブドラーは日本で再戦も歓迎した。田口は「応援に応える結果を出せず悔しい。あとは何も考えていない」。陣営は階級アップなどのプランもあるが、何より田口が再び気持ちをつくれるか。進退を含めじっくり考えることになる。【河合香】

 ◆田口良一(たぐち・りょういち)1986年(昭61)12月1日、東京都大田区生まれ。04年にワタナベジムに入門してアマ2戦2勝(2KO)。06年プロデビューで1回KO勝ち。ライトフライ級で07年全日本新人王。13年4月に再挑戦で日本同級王座獲得。同年8月に井上に判定負けで初防衛失敗。14年12月にWBA世界同級王座獲得。17年12月にIBFと2団体同級王座統一。167・5センチの右ボクサーファイター。

ファンに謝罪するように手を合わせ、リングを降りる田口(撮影・横山健太)

関連するニュースを読む

長州力「高揚している」大学後輩の秋山準と初対決

7月10日のパワーホール後楽園大会で、初対決が実現する長州力(左から2人目)と秋山準(撮影・桝田朗)


 プロレス界のレジェンド、長州力(66)がプロデュースするパワーホール大会(7月10日、後楽園ホール)の一部カードが18日、後楽園ホール展示場で発表された。メインは、長州力、ヨシタツ(全日本)関本大介(大日本)組対秋山準(48=全日本)橋本大地(大日本)黒潮“イケメン”二郎(W-1)の6人タッグ戦となる。

 新日本プロレス-全日本-新日本で活躍してきた長州と、全日本社長の秋山は、専大レスリング部の先輩後輩の間柄で、今回が初対決。長州は「久しぶりに高揚しています。秋山が今、どういうものを背負っているのか見てみたい。今までの自分の形が、秋山と向かい合った中でなくなるんじゃないか。久しぶりに崩れるから、高揚してくるのかな」と期待を口にした。

 これに対し秋山は「本当だったら、もっともっと前にやりたかった。こういう機会はもうないと思っていたから。形を崩すといったものができるのは、オレだけかもしれないから、徹底的にやろうと思う」と決意を口にした。

 ヨシタツは「新日本、WWE、そして全日本といろんなスタイルができると思っている。それは6人のメンバーで自分1人。そういう中で存在感みせたい」と意気込んだ。黒潮“イケメン”二郎も「長州さんはおそらくオレはノーマークだろうと思うが、その長州さんに何を残せるかがオレの戦い」と話した。なお、セミファイナルでは、藤波辰爾、丸藤正道、芦野祥太郎組対鷹木信悟、土肥孝司、清宮海斗組の試合が組まれた。

関連するニュースを読む

ノア丸藤正道が壮絶打撃戦制しCC初出場で初優勝

チャンピオンカーニバル初出場で初優勝を果たしたノアの丸藤

<全日本:後楽園大会>◇4月30日◇東京・後楽園ホール


 全日本プロレスの後楽園大会が4月30日に行われ、チャンピオンカーニバル優勝決定戦でノアの丸藤正道(38)が、3冠ヘビー級王者宮原健斗(29)を破り初出場で初優勝を飾った。

 Aブロック1位の丸藤は、Bブロック1位の宮原と、それぞれ団体トップの意地をかけて対戦。ともに強烈なヒザ蹴りを得意技にする者同士で壮絶な打撃戦を展開した。最後は丸藤が膝蹴り「虎王」から、ポールシフト式エメラルドフロウジョンを決め、24分50秒で試合終了。丸藤は「宮原健斗がお前の大事なものをかける勇気があれば、もう1回やろう」と3冠ヘビー級王座挑戦を表明。ノアではこの日、杉浦の持つGHCヘビー級次期挑戦者に決定しており、メジャー2団体のベルト両取りのチャンスがやってきた。

関連するニュースを読む

丸藤正道初V「もう1回やろう」3冠宮原に挑戦表明

チャンピオンカーニバルに初出場で初優勝を果たしたノアの丸藤正道(撮影・桝田朗)

<全日本:後楽園大会>◇30日◇後楽園ホール


 チャンピオンカーニバル優勝決定戦でノアの丸藤正道(38)が、3冠ヘビー級王者宮原健斗(29)を破り初出場で初優勝を飾った。

 Aブロック1位の丸藤は、Bブロック1位の宮原と、それぞれ団体トップの意地をかけて対戦。ともに強烈なヒザ蹴りを得意技にする者同士で、壮絶な打撃戦を展開した。

 2人の対戦は3度目で、過去2度は丸藤が勝利。多彩なキックから流れをつかむ丸藤を、宮原は頭突きや、ブラックアウトと呼ばれるヒザ蹴りで逆襲する。

 15分過ぎ、丸藤の後ろ回し蹴りなど、蹴りの連打で宮原を倒すと、場内から「丸藤コール」が沸き起こった。終始手数で上回った丸藤が、最後は膝蹴り「虎王」から、ポールシフト式エメラルドフロウジョンを決め、24分50秒で試合終了。

 試合後、丸藤は「最初、このマットに上がることを本当にたくさんのことがあって迷いました。オレの今回の目標は2つ。1つは秋山準を倒すこと。もう1つはチャンピオンカーニバルに優勝すること。だから、3冠には興味ないと言ってきたが、今日オレが勝利した宮原健斗は、3冠のチャンピオンらしいな。宮原健斗が、お前の大事なものをかける勇気があれば、もう1回やろう」と3冠ヘビー級王座挑戦を表明した。

 また、ノアではこの日、4月29日の新潟大会で小峠篤志を退け、初防衛に成功したGHCヘビー級王者杉浦貴の次期挑戦者に決定したばかり。「3冠、GHC、いろいろ言われるがやるのはこのオレ。結果出すのもオレ」と、メジャー2団体のベルト両取りのチャンスに、決意を示した。【桝田朗】

関連するニュースを読む

宮原健斗「最高男が歴史塗り替える」CC優勝戦進出

30日のチャンピオンカーニバル優勝決定戦進出を決めた3冠ヘビー級王者宮原健斗

<全日本:後楽園大会>◇29日◇東京・後楽園ホール


 全日本プロレスは29日、後楽園大会でチャンピオンカーニバル(CC)Aブロック最終戦を行い、3冠ヘビー級王者宮原健斗(29)が優勝決定戦進出を決めた。今日30日の後楽園大会でBブロック首位の丸藤正道(38=ノア)と対戦する。

 宮原はメインで勝ち点8で並ぶ120キロの巨漢、火野と対戦。エルボーの連打を打ち込んでも逆水平チョップ1発でなぎ倒されるパワーの前に苦戦を強いられた。それでもブラックアウトと呼ばれる強烈なヒザ蹴りで逆襲。最後はシャットダウン・スープレックスホールドで19分32秒、試合を決めた。3冠王者でCC優勝は01年天龍以来だが、宮原は「17年ぶりに最高男が歴史を塗り替える」と、勝利を予言した。

関連するニュースを読む

宮原健斗が優勝決定戦進出「歴史を塗り替える」

30日のチャンピオンカーニバル優勝決定戦進出を決めた3冠ヘビー級王者宮原健斗

<全日本:後楽園大会>◇29日◇後楽園ホール


 チャンピオンカーニバル(CC)Aブロック最終戦は、3冠ヘビー級王者宮原健斗(29)が、火野裕士を破り優勝決定戦進出を決めた。

 30日の後楽園大会で、Bブロック首位の丸藤正道(38=ノア)と対戦する。宮原は、メインで勝ち点8で並ぶ120キロの巨漢、火野と対戦。エルボーの連打を打ち込んでも逆水平チョップ1発でなぎ倒されるパワーの前に、苦戦を強いられた。

 終盤も火野ペースで進み、右ラリアット、振りかぶっての右ラリアットと2連発を浴び、さらにフライングボディープレスで万事休すかと思われた。しかし、火野の攻撃に、ブラックアウトと呼ばれる強烈なヒザ蹴りで逆襲。最後はシャットダウン・スープレックスホールドで19分32秒、試合を決めた。

 過去に3冠ヘビー級王者でCC優勝は、01年天龍以前に6人。宮原が優勝すれば7人目の快挙となるが「17年ぶりに最高男が歴史を塗り替える。丸藤、お前には絶対譲らない。あいつは一流だが、オレは超一流。全日本の顔として、明日それを見せる。オレがやらなきゃ、誰が歴史をつくるんだ?」と、絶対の自信をのぞかせた。【桝田朗】

関連するニュースを読む

昨年Vの石川修司、意地で鷹木撃破「カチンと来た」

<全日本:後楽園大会>◇29日◇後楽園ホール


 セミでは、石川修司(42=フリー)が、鷹木信悟と壮絶な戦いを演じた。

 勝ち点6の石川と、勝てば優勝決定戦進出の可能性を残した勝ち点8の鷹木。互いの意地のぶつかり合いで、最後は石川がジャイアントスラムで制した。昨年のチャンピオンで2連覇をねらった石川の意地が、鷹木の野望を打ち砕いた。

 石川は「鷹木が丸藤と優勝決定戦をやりたいと言ったのを聞いてカチンと来た。なめられたくないという意味でやった。前回優勝して、負け越しだけはしないと思っていた」と語った。

 また、第5試合では、野村直矢が、前3冠ヘビー級王者のジョー・ドーリングを倒す大金星を挙げた。野村はここまでわずか1勝の勝ち点2だったが、勝ち点8で優勝決定戦進出をねらうドーリングを止めた。試合は、圧倒的なパワーで攻めるドーリング防戦一方も、最後は一瞬のスキをつき、丸め込んで3カウントを奪った。

 野村は「いまだに何が起こっているのか、信じられない。2勝しかしていないけど、今日、あの怪物に勝って、オレはこれからのぼり詰めるだけ。チャンピオンカーニバルは明日で終わるけど、これからのボクを見ておいてください」と、興奮気味に話した。

関連するニュースを読む

「3本の矢」だ 史上初3兄弟同時関取へ三男が先陣

「大波3兄弟」そろい踏み。長男若隆元(左)、次男若元春(右)に囲まれて笑顔の若隆景(撮影・鎌田直秀)


 大相撲夏場所(来月13日初日、東京・両国国技館)の新十両昇進が決まった福島市出身の若隆景(わかたかかげ、23=荒汐)が、史上初となる「3兄弟同時関取」の夢実現へ飛躍を誓った。東洋大4年時の全日本学生選手権で個人準優勝となり、昨年春場所に三段目最下位格付け出しデビュー。幕下上位で活躍する長男若隆元(26)、次男若元春(24=ともに荒汐)を追い越し、所要7場所で先陣を切る。東日本大震災から復興途上の故郷にも、活気あふれる相撲を届けるつもりだ。

 バチーン! 若隆景が激しくぶつかる肌音が、稽古場に鳴り響く。荒汐部屋名物の外国人見学客が窓の外から、「ワオ」と思わず声を発してしまうほど。兄2人とは、さらに激しさが増す。「兄はもちろんですが、幕下上位の先輩たちと切磋琢磨(せっさたくま)して少しずつ力が付いてきていると思う。正直、こんな早く上がれるとは思っていなかった」。入門時に目標に掲げた兄弟3人での関取。30日の番付発表をもって卒業する黒まわし姿で、「最初に上がるつもりではいました」と笑った。

 しこ名は「すでに3人セットですね。3本の矢です」。戦国大名の毛利元就の三男小早川隆景から命名された。「毛利3兄弟」の毛利隆元、吉川元春にちなみ兄たちも改名した。「井筒3兄弟」と呼ばれた元十両鶴嶺山、元関脇逆鉾(現井筒親方)、元関脇寺尾(現錣山親方)は唯一の関取3兄弟として有名だが、3人同時関取はまだいない。

 高卒で角界入りした兄たちとは違い、東洋大で頭角を現した。4年間で体重は約30キロ増。昨年春場所の新弟子検査で115キロ。さらに122キロまで到達した。今年に入り、初場所で幕下優勝し、春は西幕下筆頭で4勝3敗。「とにかく立ち合いの鋭さを意識してきた。まわしを取れれば一発ではもっていかれなくなった」。大学時代の宿敵、十両の矢後(尾車)や水戸龍(錦戸)との対戦が濃厚だが「同学年には負けたくない。15日間は初めてで勉強になる場所だが、勝ち越しを最初の目標にしたい」と闘志を燃やした。

 高1での被災時は、長男が入門していた荒汐部屋に次男と約1カ月間避難し、稽古をさせてもらった思いもある。福島県力士の新十両は09年秋の双大竜以来、約9年ぶり。「自分たちが、福島を盛り上げる中心的存在になれればいい」。締め込みは青に決定。本名の「大波3兄弟」1本目の矢が放たれる。【鎌田直秀】

 ◆若隆景渥(わかたかかげ・あつし)本名・大波渥。1994年(平6)12月6日生まれ、福島市出身。吉井田小1年から福島県北相撲協会で相撲を始め、柔道や陸上も並行。信夫中時代は全国上位進出はなかったが、学法福島3年時に全日本ジュニア体重別選手権で100キロ未満級優勝。世界ジュニア選手権団体V、個人軽量級準V。東洋大では4年時に全日本学生選手権団体を制覇し、個人も準優勝。得意は右四つ、寄り。181センチ、122キロ。家族は両親と兄2人。父は元幕下若信夫。祖父は元小結若葉山。

関連するニュースを読む

丸藤正道「まだ引退してない」川田利明に参戦要請

丸藤(右)と握手をかわす川田(撮影・中島郁夫)


 全日本プロレスのレジェンド、川田利明(54)がプロデュースするHOLY WAR旗揚げ大会が26日、新木場1st Ringで開催された。

 全6試合が行われ、第3試合には川田が、元全日本でノアの丸藤正道(38)とのトークバトルに登場。新弟子時代、故三沢光晴さんの付け人を務めたという丸藤は、川田との接点はほとんど無かったという。川田は「三沢さんと戦うようになってから、三沢さんやその周囲の人とは話をしなくなった。丸藤の印象もほとんどない」と話した。その丸藤が、25日の全日本プロレス後楽園大会で、川田の得意技のステップキックと起き上がり小法師(こぼし)式逆水平チョップを秋山準に対して披露。その技の継承を「あの技を受け継げるのはオレしかいない」と宣言した。川田はうれしそうに「もっと練習して」と返答した。

 川田と丸藤のシングル対決は、10年4月のノア大阪大会。グローバルリーグで川田が丸藤を破っている。川田は、その時の印象を「丸藤は三沢さん的なセンスを持っている。他のレスラーにはないような、何をやってもできてしまう」と語った。丸藤が決勝に進出した全日本のチャンピオンカーニバルについて「チャンピオンカーニバルにはオレが1番出場している。そのきつさも普通じゃない。最後まで残ったのなら、そこからが大変」とエールを送っていた。丸藤は、9月1日の20周年記念両国国技館大会への川田の出場を要請。トークバトル終了後には「まだ引退してないんでしょう? 試合してもらいますよ」と話していた。川田は、第2弾を7月8日に開催することを発表。また、14日に亡くなった故ジャイアント馬場夫人の馬場元子さん(享年78)をしのんで、出場全選手、関係者による黙とうも行われた。大会後、川田は「ボクの名前であれだけの選手が集まってくれて、あれだけのパフォーマンスでお客さんも喜んでくれて、100点以上。次回は、120点、150点が取れるように、レスラーたちの頑張りと、カードも組んでいかないといけない」と大会を総括した。

丸藤とトークバトルを行った川田(撮影・中島郁夫)
馬場元子さんの追悼の10カウントを行う、左から丸藤、川田、本田、和田レフェリー(撮影・中島郁夫)

関連するニュースを読む

ノア丸藤V決定戦進出 チャンピオンカーニバル

亡くなった馬場元子さん、サンマルチノさんをしのび、リング上で追悼の10カウントを聞く左から大森、秋山、渕、和田レフェリー

<全日本プロレス:後楽園大会>◇25日◇東京・後楽園ホール


 全日本プロレスの後楽園大会が25日行われ、チャンピオンカーニバルBブロックは、ノアから初参戦の丸藤正道(38)が優勝決定戦進出を決めた。

 丸藤は、メインで全日本社長の秋山と対戦。両団体のトップ同士の対戦で、満員の観衆が集まり、互いの意地をかけた激しい戦いが展開された。最後は、20分53秒にヒザ蹴りの「虎王」から体固めで勝利。勝ち点8で4人が並ぶ大混戦から抜け出した。丸藤は「秋山は強くて怖かった。しっかり優勝しないとこの勝ちの意味がなくなる。あと1つ。風はオレに吹いている」と話した。

関連するニュースを読む

全日本、サンマルチノさんと馬場元子さん偲び追悼

亡くなった馬場元子さん、サンマルチノさんをしのび、リング上で追悼の10カウントを聞く左から大森、秋山、渕、和田レフェリー


 全日本プロレスは25日、後楽園ホールで18日に亡くなった米国の名レスラー、ブルーノ・サンマルチノさん(享年82)と、14日に亡くなった故ジャイアント馬場さんの夫人、馬場元子さん(享年78)をしのび、追悼の10カウントを行った。

 試合前に、会場のスクリーンにサンマルチノさんや元子さんの映像が流され、故人の経歴が紹介された。リング上には元子さんの遺影を持った秋山準社長と、サンマルチノの遺影を持った渕正信に、大森隆男、和田京平レフェリーが上がり、10カウントの際には、目をつぶり黙とうした。

 和田レフェリーは「元子さんが、生きていたら、リングに上がるなんてありえないけど、今日は勘弁してくださいって、秋山社長と一緒に上がってもらった。きっと、『リングに上がるのは、サンマルチノさんだけでいい。私はリングサイドでいいのよ』って怒っているよ。私には声が聞こえるんだよ。本当に全日本のために頑張ってくれて。馬場さん亡くして20年も。10カウントでこんなに沈んだのは初めて」と肩を落としていた。

関連するニュースを読む

なべやかんが新団体でプロレスデビュー「本格的に」

新設されたベストボディ・ジャパンプロレスから8月5日の品川大会でデビューするなばやかんは、白川未奈にコブラツイストをかけられもん絶


 ベストボディ・ジャパンは24日、都内で会見し、新たなプロレス団体「ベストボディ・ジャパンプロレス」を設立すると発表した。

 ベストボディ・ジャパンの谷口智一代表が、以前DDTプロレスに所属した縁で、DDTの高木三四郎社長に協力を依頼。DDTが選手の練習など協力し、お笑いタレントのなべやかん(47)がプロレスラーとして、同団体の8月5日の品川プリンスホテル大会でデビューする予定。なべやかんは「以前、全日本女子プロレスの前座でミゼットプロレスをやらないかと、誘いを受けたことがあるが断った。オフィス北野時代に、テレビ番組でプロレスをやったことはあるが、今回は本格的にプロレスを始めます。全日本の永源さんのような、チョップを受けてツバを飛ばすような、お客さんを巻き込む激情的なプロレスをやってみたい」と抱負を話した。なべのほかに、グラビアアイドルの白川未奈(30)らがともにデビューする予定。

関連するニュースを読む

武藤敬司「人生に多大な影響」馬場元子さん悼む

02年9月、武藤は全日本プロレス30周年記念パーティーで元子社長の肩をもみ労をねぎらう


 全日本プロレスの創始者、故ジャイアント馬場さん(享年61)の夫人で同団体の社長も務めた馬場元子(ばば・もとこ)さんが14日、肝硬変のため亡くなった。全日本プロレスが23日に発表した。78歳だった。

 ◆元全日本社長でW-1会長の武藤敬司(55) 元子さんはボクの人生に良くも悪くも多大な影響を与えた人です。天国で馬場さんとまた楽しくお話でもしてください。ご冥福をお祈りします。

 ◆元全日本で大日本会長のグレート小鹿(75) 元子さんは、日本のプロレス界に大きな影響を与えた女性だと思っています。馬場さんが晩年、アイデアがなくなってきた時に、元子さんがアイデアの倉庫になっていた。馬場さんが元子さんと結婚していなかったら、今の全日本はなかったかもしれない。悲報を聞いて胸が詰まる思い。寂しいのひと言だね。

 ◆全日本・和田京平名誉レフェリー(63) 4~5カ月前に病院で見舞った時は元気いっぱいで、嫌みを言われた。60歳過ぎて怒られるのはオレぐらいだよ。行儀作法はうるさかったけど、このろくでもない男にそんなこと言ってくれるのは、あの人だけ。親みたいな存在でした。寂しくなります。

関連するニュースを読む

馬場元子さん死去、19年ぶり…馬場さんのもとへ

95年9月、35周年パーティーでジャイアント馬場さんと笑顔で話す元子さん


 全日本プロレスの創始者、故ジャイアント馬場さん(享年61)の夫人で同団体の社長も務めた馬場元子(ばば・もとこ)さんが14日、肝硬変のため亡くなった。全日本プロレスが23日に発表した。78歳だった。通夜・告別式は19、20日に親族のみで執り行われた。日本のプロレス界のスターとして一時代を築いた馬場さんを裏方で支えた。

 元子さんは、昨年1月に東京・恵比寿の自宅で「喜寿を祝う会」に出席したが、腹水のため体が膨れ上がり、動くのも大変そうだった。死期を悟っていたのか、同5月にメキシコのホスピスへ行く計画も明かしていた。同6月に体調が悪化し都内の病院に入院。医師から「余命2週間」と宣告された。一時は回復したものの、今月13日に容体が急変し、14日に帰らぬ人となった。

 馬場さんとは、15歳の時、まだプロ野球巨人の投手時代に出会った。1966年に婚約し、72年の全日本立ち上げなど陰から支えた。82年に馬場さんが結婚を公表するまで、表舞台には出なかった。99年に馬場さんが亡くなると、社長を引き継いだ故三沢光晴さんを取締役としてサポートした。00年に経営方針の違いから三沢さんらが離脱すると社長に就任。残った川田利明らと全日本存続に奮闘した。離脱していた天龍源一郎を10年ぶりに復帰させ、新日本から武藤敬司を招き、団体を立て直した。

 馬場さんを守るための人生だった。巨人と呼ばれた馬場さんを「怪物」扱いし好奇の目を向ける人に厳しく、「ちゃんと1人の人間として見て下さい」と話していた。全日本生え抜きの渕正信(64)は「元子さんは馬場さんの私設マネジャー。苦しい時も『全日本をつぶすわけにはいかない』と必死だった」と語り、「ボウリングがうまくてね、馬場さんの指に合うボウリングのボールを作ったんだよ。『うちのかあちゃんにはかなわない』って笑っていた」と2人をしのんだ。

 元子さんは馬場さんの死後、遺骨をずっと手元に置いていた。馬場さんと、馬場さんが作った全日本プロレスを心から愛していた。【桝田朗】

17年1月、恵比寿の自宅で行われた喜寿お祝い会で
83年1月、「馬場をますますテレさす会」「結婚・処女出版・誕生日」を祝って開催された会で、ケーキカットする馬場さんと元子さん夫妻
15年1月、ジャイアント馬場さんの十七回忌追善興行で、馬場さんの等身大フィギュアに寄り添う元子さん
15年6月、元子さんから譲り受けた馬場さんの愛車キャデラックに乗り笑顔を見せる曙

関連するニュースを読む

スタン・ハンセン氏悼む…天国でゆっくり語り合って

01年1月、引退を表明したハンセンは元子社長から花束を贈呈された


 全日本プロレスの創始者、故ジャイアント馬場さん(享年61)の夫人で同団体の社長も務めた馬場元子(ばば・もとこ)さんが14日、肝硬変のため亡くなった。全日本プロレスが23日に発表した。78歳だった。通夜・告別式は19、20日に親族のみで執り行われた。日本のプロレス界のスターとして一時代を築いた馬場さんを裏方で支えた。

 全日本プロレスの外国人トップレスラーとして活躍した「不沈艦」スタン・ハンセン氏(68)が22日(日本時間23日)、米コロラド州の自宅で馬場元子さんの死に心を痛め、深く悲しんだ。「馬場さん、元子さんとともに歩んだ一時代が終わった気持ちです。2人には大変、お世話になりましたから。とても悲しいです」と哀悼の意を表した。

 ハンセン氏が一番の思い出として挙げたのは01年1月、東京ドームで開催された「ジャイアント馬場三回忌追悼興行」での自身の引退セレモニー。異例の10カウントゴング、満員のドームに響いた「大ハンセンコール」、新日本プロレスの選手も出席するという特別な式典は、当時社長だった元子さんが用意してくれた。同氏は「家族まで招待してくれた立派な引退式典でした。感謝の念に堪えません」と言葉を詰まらせた。

 馬場さんの他界後、自ら社長として全日本を存続させた元子さんに向け「馬場さんの跡を継ぎ、全日本を守り抜いたことに敬意を表したい。天国で愛する馬場さんと再会し、ゆっくり語り合ってほしい」と願っていた。(デーブ・レイブル通信員)

関連するニュースを読む

馬場元子さん死去、元全日本プロレス社長 78歳

馬場元子さん(2015年6月25日撮影)


 故ジャイアント馬場さん(享年61)夫人で、元全日本プロレス社長の馬場元子さんが、肝硬変のため14日に亡くなっていたことが23日、分かった。78歳だった。

 全日本プロレスの名誉レフェリーを務める和田京平さん(63)が同日、日刊スポーツの取材に応じ明かした。和田さんによると、元子さんは、昨年の夏前に肝臓の病気が悪化し6月に都内の病院に入院。その後「余命2週間」と医師から宣告されたという。一時は病状も回復したが、13日に容体が急変し、14日午前中に亡くなったという。19日に通夜、20日に告別式が親族のみで執り行われた。

 元子さんは、15歳のときに当時プロ野球巨人の投手だった馬場さんと知り合った。その後、1966年に婚約したが、結婚が明かされたのは、82年になってからだった。その間、「馬場さんの私設マネジャー」と言われたように、全日本プロレスを立ち上げ、運営する際に主に経営面から馬場さんをサポートした。99年1月31日に馬場さんが死去すると、新社長となった故三沢光晴さんの元、取締役に就任。経営方針の違いで、三沢さんらが離脱してノアを設立すると、00年に元子さんは社長に就任。川田利明ら、残った選手は少なかったが、天龍源一郎を全日本に復活させ、武藤敬司を新日本から迎えるなど、馬場さんが残した全日本の存続に力を尽くした。

 その後、武藤に社長の座を譲り、経営からは身を引いていた。和田レフェリーは「酒もタバコもやらないのに、肝硬変で亡くなるなんて。4、5カ月前に病院でお見舞いしたときは、元気いっぱいで、嫌みを言われた。病院に入っても強かったね。60歳すぎても怒られるのはオレぐらい。怒ってくれる人がいなくなって本当に寂しいよ」と話していた。三沢さんらが大量離脱した際に、全日本に残り元子さんを支えた渕正信(64)は「体調が悪いと聞いていたが、まさかそこまでとは。最後まで弱っている姿を見せたくなかったのかな。01年に馬場さんの三回忌を東京ドームでやったときに、『三回忌だけはしっかりやりたい』と頑張っていた」と振り返った。渕が元子さんの元気な姿を最後に見たのは、2年前の全日本プロレスの新潟・三条市大会。馬場さんの名誉市民記念試合で、元子さんがあいさつした姿だったという。「具合が悪いので、リングに上がれずにリングサイドであいさつしていた。あのころから体調が悪かったのかな」と話した。

15年6月、馬場元子さん(右)から譲り受けたジャイアント馬場さんの愛車キャデラックに乗り込み笑顔
35周年パーティーでジャイアント馬場さん(右)の横で笑顔の馬場元子夫人(撮影・1995年9月29日)

関連するニュースを読む

木村吉光、王座奪取ならず 決定打奪えず判定負け

<ボクシング:WBOアジア太平洋フェザー級タイトルマッチ12回戦>◇12日◇東京・後楽園ホール


 10戦目で初のタイトル挑戦となった同級5位木村吉光(21=白井・具志堅)の王座奪取はならなかった。同級王者リチャード・プミクピック(27=フィリピン)の初防衛戦で、0-3の判定負けを喫した。

 初回は強引に前へ出てこられ、再三バッティングされた。これでリズムがつかめずに、前半は大きなパンチで先手をとられた。

 木村も必死でボディーやワンツーで逆襲するが、なかなか決定打を奪えない。5回にはコーナーに追い込まれての連打に鼻血を出した。後半は木村が積極的に攻めたが、ロープやコーナーに追い込んでも、回り込まれたり、クリンチで逃げられた。採点の結果は2人のジャッジが4ポイント、1人が2ポイント差だった。

 木村は15年5月にプロデビューし、16年全日本新人王になった。ここまで順調にきたが、まだ3年目。王者は昨年9月にこの王座に就いたが、世界挑戦経験ある天笠を破って引退に追い込んだ。この試合が31戦目とキャリアの差があった。

関連するニュースを読む

警官ボクサー杉田「目標だった」プロデビュー戦勝利

<ボクシング・スーパーバンタム級6回戦>◇12日◇東京・後楽園ホール


 警官ボクサー杉田ダイスケ(29=ワタナベ)がプロデビューを飾った。ジュン・ブラゾ(フィリピン)を相手に初回から右ストレートをクリーンヒットさせ、5回には相手をぐらつかせた。ダウンは奪えずにKOは逃したが、ジャッジ2人がフルマークの3-0で判定勝ちを収めた。

 両親をはじめ母校東農大、前に勤務した機動隊、現在勤務する玉川署などから、約100人の応援団が駆けつけた。杉田は「周りに支えてもらい、感謝の気持ちでいっぱい」と言うと涙ぐんだ。

 KOは逃したが「判定勝ちが目標だった。盛り上がりは欠いたかもしれないが、確実に勝つこと。警官とプロボクサーという2つの夢がかなえられた」と感激しきりだった。黒いガウンとトランクスで、背中とベルトラインに白地で「POLICE」の文字を入れた。「パトカーカラー」という黒と白にもこだわった。

 3月には玉川署に異動して交番勤務になった。減量中の直前8日は24時間勤務もこなし、「計量失格が怖かったが、体脂肪6%まで絞れた」。

 2月には智実夫人との間に次男丈(じょう)くんが誕生したばかりだが、減量表を手作りしてくれて励みになった。この日は山口に里帰り中で、2日後に帰京する家族との対面を楽しみにした。

 東農大では大学日本一になり、前世界王者井岡一翔は2年中退も同期だった。全日本社会人で2年連続優勝し、昨年の都大会で110番に通じる110勝を機にプロ転向を決意した。今後に向け「もう1勝してA級になり、いつかベルトを巻きたい」。石原トレーナーも「80点。まじめに練習するし、日本王者ぐらいには育てたい」と期待した。

関連するニュースを読む

木村吉光「スパーリング80回」王者戦へ手応え十分

10戦目でタイトル初挑戦の木村吉光


 12日に東京・後楽園ホールでのボクシング・ダブルWBOアジア太平洋タイトル戦の前日計量が、11日に都内で行われた。

 フェザー級では10戦目で初のタイトル戦となる同級10位木村吉光(21=白井・具志堅)は57キロ、王者リチャード・プミクピック(27=フィリピン)は5・9キロでリミットの57・2キロをクリアした。

 木村は15年5月にプロデビューし、まだ3年目に「早い気もするが、試合を組んでくれた期待に応えたい」と意気込む。幼稚園のころからフルコンタクト空手をやり、中学からはキックボクシングでプロ5勝(4KO)1分の実績を持つ。尽誠学園ではボクシング同好会にも所属し、顧問が具志堅会長と知り合いの縁で上京して入門した。

 16年全日本新人王になるなど、ここまで順調に白星を積み上げてきた。今回はジム恒例の階段トレに加えて、フィジカルトレにも取り組み、同門のWBC世界フライ級王者比嘉大吾と同じ練習をこなしてきた。「比嘉先輩と同じメニューをやってきた。スパーリングも80回で大振り相手の対策などをした。今まででベスト。体も自信も手応えがある」。3日後にV2戦の比嘉のためにも、王座奪取でいい流れを作りたい。

関連するニュースを読む

藤田和之「めんどくせー」諏訪魔との因縁対決制す

諏訪魔(下)に「缶ハイボール」を吹きかける藤田(撮影・中島郁夫)

<全日本:さいたま大会>◇25日◇さいたまスーパーアリーナ・コミュニティーアリーナ


 諏訪魔と、藤田和之の因縁の対決は、藤田組の勝利に終わった。第5試合に行われた諏訪魔、佐藤光留、岡田佑介組対藤田、ケンドー・カシン、NOSAWA論外のはぐれIGFインターナショナル組の一戦。

 2月3日の横浜文化体育館大会で、世界タッグ王座戦終了後に、諏訪魔は会場に現れた藤田らに襲撃されていた。その雪辱戦は、試合開始から諏訪魔と藤田が、激しい打撃戦を展開。しかし、藤田組に場外に誘い出されると、そこからはほぼ一方的に藤田組ペース。

 最後は、リング上で、諏訪魔と藤田が1対1で戦っているすきに、諏訪魔組の岡田が、NOSAWAにレフェリーストップ負け。勝利した藤田は、リング上で缶入りハイボールで祝杯を挙げた。試合後、藤田は「めんどくせー、本当にめんどくせー。何なんだよ全日本は」とインタビュールームの机を蹴り倒して退場。敗れた諏訪魔は「悔しいよ。この結果は。唯一の収穫は、藤田と打ち合ったときに、熱い者を持っているんだなと感じたこと。天龍さんの引退興行から止まっていた針が、動きだしたんだよ。オレたち、まだやり足りない。こんなんじゃ終わらない。全日本にもう1回、舞台を用意してもらいたい」と、再戦をぶちあげた。

諏訪魔(左)のイス攻撃を受ける藤田(撮影・中島郁夫)

関連するニュースを読む

宮原健斗が王座奪還「久しぶりですねこの感触」

3冠ヘビー級新王者に輝きマッスルポーズをする宮原(撮影・中島郁夫)

<全日本:さいたま大会>◇25日◇さいたまスーパーアリーナ・コミュニティーアリーナ


 3冠ヘビー級選手権は挑戦者宮原健斗(29)が、王者ジョー・ドーリング(35=米国)を破り王座奪還を果たした。

 宮原は、短期決着を狙うかのようなドーリングのパワーに前半戦は防戦一方。レボリューションボムやスカイハイボム、ラリアットなどで何度もカウント3寸前まで追い込まれた。それでも、15分過ぎからブラックアウト(膝蹴り)2連発などで反撃。最後は17分34秒、シットダウン・スープレックスホールドで135キロのドーリングを抱え上げ勝利した。

 昨年10月以来3度目の戴冠となる宮原は「久しぶりですねこの感触。3冠チャンピオンになったからには、これからのプロレス界、もっともっとこのオレが盛り上げるから。オンリーワンも好きだけど、今オレはNO・1だ。次は3冠チャンピオンとして4月7日から始まるチャンピオンカーニバルで優勝する」と、次なる目標を口にした。

ドーリング(右)にジャーマンスープレックスを決める宮原(撮影・中島郁夫)

関連するニュースを読む

王者の秋山準、永田裕志組が初防衛 アジアタッグ

アジアタッグ選手権タイトル防衛に成功した永田(左)・秋山組(撮影・中島郁夫)

<全日本:さいたま大会>◇25日◇さいたまスーパーアリーナ・コミュニティーアリーナ


 アジアタッグ選手権は、王者の秋山準、永田裕志(新日本)組が、大森隆男、中西学(新日本)の挑戦者組を退け、初防衛を果たした。

 2月3日の横浜文化体育館大会で、王座決定戦に勝利し新王者となった秋山、永田組に対し、首の故障で欠場していた大森が、復帰戦での王座挑戦を表明。新日本の中西と、かつてタッグを組んだ際のコンビ名「ワイルドチャイルド」を復活させ、王者に挑んだ。

 大森のラリアットに中西が足を刈る合体技で、永田を攻め立てるなど、挑戦者組のパワーに押された王者組は終盤に反撃。最後は秋山が、大森にジャンピングニーからヒザ蹴り3連発に、とどめのリストクラッチ式エクスプロイダー2連発で試合を決めた。

 「大森が復帰戦で、まだまだバランスがあまり良くなかった。こちらは気持ちで負けたらだめだと思った。違いを見せないといけないと。オレらにはアジアタッグだけじゃない、いろんな可能性がある」と話した。

 永田は「大森のリングに上がる気持ちに打たれた。今度は本調子のときのワイルドチャイルドとやってみたいとも思うが、全日本の若い選手たちは何をしているんだ。今の全日本は若手があっての躍進だと思っていたが、全日本に来てみて、その存在を全然感じない。次は誰なんだ?」と、若手の奮起を促した。

中西(左端)に永田が、大森(右端)に秋山がそれぞれエクスプロイダーを決める(撮影・中島郁夫)

関連するニュースを読む

王者青木篤志が初防衛、崔&ジェイムス組は新王者

世界タッグ選手権新王者のジェイムス(左)と崔(撮影・中島郁夫)

<全日本:さいたま大会>◇25日◇さいたまスーパーアリーナ・コミュニティーアリーナ


 世界ジュニア・ヘビー級選手権は、王者青木篤志が、最強挑戦者・近藤修司を退け初防衛を果たした。

 ジュニア・バトル・オブ・グローリーを制した近藤に「全日本のジュニアは弱い」といわれ、青木の闘志に火が付いた。近藤の攻撃に苦しみながら最後は、トラックオーバーで逆転勝ち。青木は「弱いと言われて気持ちのいい人はいない。あの発言があってから、このタイトル戦は負けられないと思った。このベルトを持って、誰にも恥ずかしくない自慢できる全日本ジュニアヘビー級をつくりたい」と決意を話した。

 また世界タッグ選手権は、挑戦者組の崔領二、ディラン・ジェイムズ組が王者ゼウス、ボディガー組の初防衛を阻み、新王者となった。崔は「2年かかりましたけど、まあベルトを持ってどう勝負していくか。このベルトを持って、世界中のいろんな場所に立ちたいと思っている」と野望を口にした。

関連するニュースを読む

崔領二タッグベルト奪取意欲「人の心を打つ試合を」


 全日本プロレスは23日、都内のホテルで25日のさいたまスーパーアリーナ大会で実施する4大タイトル戦の公開会見を行った。

 世界タッグ選手権は、王者のゼウス、ボディガー組に崔領二、ディラン・ジェイムス組が挑戦する。崔は「2年かかってやっとベルトに挑戦する。この4人に任された責任は非常に大きい。ここで人の心を打つ試合をして、この試合がまた見たいと言われるようにしないと、戦う意味がない」と決意を語った。王者組のゼウスは「崔とはシングルで何度も魂をぶつけ合った仲。必ず防衛して、全日本をもっともっと元気のある団体にしたい」と抱負を語った。

関連するニュースを読む

近藤修司「全日本を体感したい」王者青木篤志を挑発


 全日本プロレスは23日、都内のホテルで25日さいたまスーパーアリーナ大会で実施する4大タイトル戦の公開会見を行った。

 世界ジュニア・ヘビー級選手権は、王者青木篤志に、ジュニア・バトル・オブ・グローリーを制し挑戦権を獲得した近藤修司が挑む。近藤は「全日本ジュニアの現在進行形のものを体感しに来たが、本当はこんなもんじゃないだろうという感じ。青木に挑戦することで、現在進行形の全日本を体感したい」と挑発。

 青木は「リーグ戦で負けているので、今回のタイトル戦に全力でぶつかって、全力で防衛する。それしか考えていない」と厳しい表情で話した。

関連するニュースを読む

宮原健斗「3冠ベルト巻く」王者ドーリングに挑戦

25日のさいたまスーパーアリーナ大会で3冠ヘビー級選手権を戦う王者ドーリングと挑戦者の宮原


 全日本プロレスは23日、都内のホテルで25日さいたまスーパーアリーナ大会で実施する4大タイトル戦の公開会見を行った。

 3冠ヘビー級選手権は、王者ジョー・ドーリング(35=米国)に宮原健斗(29)が挑戦する。宮原は「日本にいる外国人でNO・1のジョーと、日本で最高の男・宮原の戦い。プロレスのど真ん中をさいたまスーパーアリーナでお見せして、最後はオレが3冠ベルトを巻く」と王座戴冠を宣言した。

 ドーリングは「2人の戦いは、全日本だけでなく日本で最高の戦いになることを確信している。宮原は、全日本だけでなく日本で将来のトップなることは間違いない」と、挑戦者の宮原を持ち上げた。

関連するニュースを読む

中西学「全てぶつけ」復帰の大森とベルト奪取誓う

がっちりと握手する大森隆男(左)と中西学


 全日本プロレスは23日、都内のホテルで25日さいたまスーパーアリーナ大会の直前公開会見を行った。

 同大会では4大タイトルマッチが予定され、アジアタッグ選手権試合では、秋山準、永田裕志(新日本)の王者組に、首の故障から復帰戦となる大森隆男と中西学(新日本)がコンビを組んで挑戦する。

 ベルト挑戦を前に大森は「今回の試合は復帰戦、アジアタッグ、パートナーが中西学、チャンピオンが秋山、永田組といろいろあるが、選手権である以上、ベルトを取りにいかないとしょうがない。絶対にボクらがベルトを取る」と決意を示した。中西は「知らなかったんですけど、アジアタッグは日本最古のベルト。伝統あるベルトに恥じない戦いをしたい。何のために全日本に来たか。それは、大森の復帰戦と、ベルトを取りに来た。それにふさわしい相手。すべてをぶつけていく」と意気込んだ。

 受けて立つ王者組の秋山は「中西、大森組はとにかくやりづらい相手だが、永田と組んでの初防衛戦であり、いい試合をして必ず勝ちたい」と厳しい表情で話した。永田は「2月3日に横浜で歴史と伝統あるベルトを取ったが、我々の戦いが大森、中西を刺激した。この試合の熱を全世界に伝えられれば」と話した。

関連するニュースを読む

宮原「寂しいおなかにベルト」3冠王者撃破で弾み

25日の3冠ヘビー級選手権試合を前に、王者ドーリングから3カウント勝利を奪った挑戦者の宮原健斗

<全日本:後楽園大会>◇19日◇後楽園ホール


 全日本プロレスの後楽園大会が19日行われ、宮原健斗(29)が、3冠ヘビー級王者ジョー・ドーリングにピンフォール勝ちし、25日さいたまスーパーアリーナ大会での王座奪回へ弾みをつけた。

 196センチ、135キロで外国人NO・1レスラーと呼ばれるドーリングに、宮原は真っ向勝負。大男をブレーンバスターで放り投げ、最後もジャーマンスープレックスホールドでマットにたたきつけ勝利した。「取ったぜ、3カウント。25日はオレがこの寂しい寂しいおなかにベルトを巻く」と、ベルト奪取を宣言した。

関連するニュースを読む

宮原健斗ドーリング下す「全日本をさらなる高みに」

25日の3冠ヘビー級選手権試合を前に、王者ドーリングから3カウント勝利を奪った挑戦者の宮原健斗

<全日本:後楽園大会>◇19日◇後楽園ホール


 宮原健斗(29)が、3冠ヘビー級王者ジョー・ドーリングにピンフォール勝ちし、25日さいたまスーパーアリーナ大会での王座奪回へ弾みをつけた。

 196センチ、135キロで外国人NO・1レスラーと呼ばれるドーリングと、宮原は真っ向勝負を演じた。序盤は場外乱闘でドーリングに引き回され、観客席に何度も投げ飛ばされた。それでも、大男をブレーンバスターで放り投げ、最後もジャーマンスープレックスホールドでマットにたたきつけ、14分41秒、勝利した。

 昨年10月9日に諏訪魔に敗れ王座陥落して以来のタイトル戦を前に「取ったぜ、3カウント。25日はオレがこの寂しい寂しいおなかにベルトを巻く。それはプロレスの神様に宿命づけられたこと。ベルトを巻いて、全日本をさらなる高みに持っていくことがオレの役目」と、ベルト奪取と、その先を見据えて話していた。

関連するニュースを読む

休業中川田利明、4・26にプロデュース大会開催

4月26日に新木場1stRingでプロレス興行をプロデュースする川田利明(撮影・桝田朗)


 全日本プロレスで活躍し、現在休業中の川田利明(54)が13日、都内で会見し、4月26日に新木場1st Ringで自身がプロデュースする大会を開催すると発表した。

 川田は全日本で故三沢光晴さんや小橋建太氏らと熱戦を展開し、田上明氏と全日本四天王として黄金期を築いた。10年を最後に飲食店経営と体のケアに専念するため、プロレスを休業していた。

 川田は「自分が体がガタガタでリングに上がれない中、今までになかったリングを届けられたらという思いで」と大会開催への思いを語った。具体的には「ボクたちがやっていた時代、その中で生きた人間と、現代のジャンルの選手をうまく組み合わせられたら。6試合ぐらいで、女子プロレスもあえてあってもいいかな」と説明した。出場選手はこれから声を掛けるという。「思っていることを全部できなくても、これが何かの始まりになれば。その後もできたら続けていきたい」と希望を口にした。

関連するニュースを読む