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テンコジ競演!藤波辰爾デビュー50周年記念ツアーに天山広吉、小島聡参戦

藤波辰爾

テンコジとドラゴンの懐かしの競演が実現する。プロレスラーの藤波辰爾(67)のデビュー50周年を記念して開催されるツアー『TATSUMI FUJINAMI 50th ANNIVERSARY THE NEVER GIVE UP TOUR』に、新日本の天山広吉(50)、小島聡(51)が参戦することが分かった。藤波主宰のプロレス団体ドラディションが22日、一部カードとともに発表した。天山と小島は10月31日大阪大会(ATC南港ホール)と、11月9日後楽園大会(後楽園ホール)に出場する。

藤波は17日のヒートアップ川崎大会で、23年ぶりのシングル王者に輝くなど、調子を上げてきた。さらに10月16日には5年半ぶりに全日本のリングにも登場することが決まった。そして31日、今度は新日本のテンコジを自らの大会に招待し、50周年ツアーをスタートさせる。

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宮原健斗が3冠ヘビー級挑戦権ゲット「主役は2人もいらない」

スネークリミットでゼウス(左)に勝利し、3冠挑戦権を手にした宮原(撮影・足立雅史)

<全日本:後楽園大会>◇21日◇後楽園ホール

全日本の主役になるチャンスが来た。宮原健斗(32)が、ゼウスに勝利し、3冠ヘビー級王座の次期挑戦者に決定した。

終盤、ブレーンバスターをこらえると、蹴りを浴びせそのままスネークリミットで絞め上げ、ギブアップさせた。「挑戦権をかけた戦いで勝ったぞ」と興奮気味に叫んだ。

16日の保土ケ谷大会で「次のターゲットは3冠チャンピオン」と、ベルトに意欲を示していたゼウスとの挑戦者決定マッチを要求した。この日権利を得た宮原は、王座防衛に成功したリーのもとへ、珍しくスーツ姿で向かった。「いつの時代も主役は2人もいらない」と挑発した。対決は10月16日大田区大会に決定。「今の時代は俺の時代なんだよ」と叫んだ。

昨年3月に10回防衛中だったベルトを諏訪魔に奪われてから、頂点に立つことができていない。今年6月の3WAYマッチでもリーに奪われた。「3冠ベルトは今俺が1番欲しいもの」と話す。7日の後楽園大会では、青柳優馬と持っていた世界タッグのベルトを奪われ、その結果、12日の地元福岡大会は無冠で迎えるという屈辱を味わった。

全日本のエースには、控えめな発言は似合わない。16日の大会後には「実績は何もない」と後ろ向き…かと思いきや「1つだけある。実績は俺が宮原健斗だということだ」と宮原節をさく裂させた。

宣言通りの勝利で、王座奪還へのチャンスをつかんだ。10月16日、リーを沈めて5度目の王者に輝き、宮原の時代を復活させる。

次期挑戦権を得た宮原(右)はリング上でジェイク・リーとにらみ合う(撮影・足立雅史)

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全日本3冠王者リー「こうなる運命だった」恩師・諏訪魔を下し2度目防衛

ジェイク・リーは諏訪魔を破り、ベルトを腰にガッツポーズ(撮影・足立雅史)

<全日本プロレス後楽園大会>◇21日◇後楽園ホール◇観衆478人

3冠ヘビー級王者のジェイク・リー(32)が、王道トーナメント覇者の諏訪魔(44)との力勝負を制し、2度目の防衛に成功した。「ようやく納得した形でベルトを巻くことができた」とホッとした表情を見せた。最後は意地のぶつかり合い。諏訪魔のラリアット3連発を浴びるも何とか返し、連続バックドロップからの、D4C(垂直落下式ブレーンバスター)でリングに沈めた。

もともとは6月にリーが挑戦者として対戦予定だったが、諏訪魔が新型コロナウイルスに感染。その後に王座返上となった。立場が変わり、ベルトを奪い返しに来た前王者をねじ伏せ、2人の戦いに終止符を打った。実はリーにとって諏訪魔は、全日本にスカウトしてもらった恩師でもある。それでもリーは「俺が全日本に来た時からこうなる運命だったんだ」と切り捨てた。

次の防衛戦は、この日、挑戦者決定戦に勝利した宮原と10月16日に対戦する。「今は俺の時代」と挑発されたが、「今の全日本プロレスは俺だ」と言い返した。「主役は1人でいい」と語る両者が、最高峰のベルトをかけ、真っ向からぶつかる。【松熊洋介】

ジェイク・リー(右)はロープ際で諏訪魔に強烈なキックを見舞う(撮影・足立雅史)
次期挑戦権を得た宮原(右)はリング上でジェイク・リーとにらみ合う(撮影・足立雅史)

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10・16藤波辰爾5年半ぶり全日本登場 息子LEONAと組んでタッグ戦

藤波辰爾

<全日本プロレス後楽園大会>◇21日◇後楽園ホール

ドラゴンが久々に全日本のリングに登場する。5月にデビュー50周年を迎えた藤波辰爾(67)が、10月16日の大田区大会に出場することが発表された。藤波の全日本への参加は16年5月以来約5年半ぶりとなる。

藤波は息子のLEONAと組んで、青柳優馬、亮生の兄弟タッグと対決する。「新日本育ちの自分としては全日本と聞くと燃えてくる。デビュー50周年ということで頑張りたい」とビデオメッセージを届けた。

今月17日のヒートアップ川崎大会では23年ぶりのシングル王者に輝くなど、調子を上げてきた。LEONAとの親子タッグで青柳兄弟に勝利し、10月末からの自身の50周年ツアーに弾みをつけたい。

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67歳藤波辰爾、23年ぶりシングル戴冠「50周年にビッグなプレゼント」

藤波辰爾はTAMURAを破り2冠王者に輝いた(撮影・柴田隆二)

<プロレスリング・ヒートアップ川崎大会>◇17日◇とどろきアリーナ

67歳の藤波辰爾が、98年の新日本IWGPヘビー級以来となるシングルのベルトを手にした。ヒートアップの「ユニバーサル&PWLWORLDCHANPIONSHIP」2冠王者のTAMURAからコブラツイストでギブアップを奪い、タイトルを奪取した。勝利後、帰ろうとするTAMURAを呼び止め「(デビュー)50周年の年にこんなビッグなプレゼントがあるとは。若いころを思い出させてくれてありがとう」と感謝の言葉を伝えた。

15分を戦い抜き、疲れ切った67歳には、久しぶりの2冠ベルトを抱え上げるのも一苦労だった。息子でプロレスラーのLEONAから腰に巻かれ、もう1つを肩にかけたが、わずか数分ほどで下ろす場面も。「本当に重かったんだよ」と苦笑いした。

23年ぶりのシングル戴冠。シングルタイトルマッチへの挑戦も、01年の全日本3冠ヘビー級王座戦で武藤敬司に敗れて以来20年ぶりだった。近年はタッグでの試合が多く「シングルマッチに少し(気持ちが)引いた部分があった」という中で、TAMURAの挑戦を受けた。「ベルトは重いもの。簡単には答えられない」といったんは保留したが、その後快諾。「50年経っても飽きないんだな」と貪欲にベルトを追い求めた。

闘志みなぎるTAMURAの姿を見て、88年にIWGPヘビー級王者として、アントニオ猪木氏の挑戦を受け、引き分けた試合を思い出した。「あの時とは立場が逆だが、捨て身で向かってきた猪木さんのシーンが浮かんだ」。右足を集中して攻められ、劣勢の展開が続いたが、すべて受け止め、立ち上がった。バックブリーカーでTAMURAの腰を破壊し、ドラゴンスクリュー、ドラゴンスリーパーなど得意技を次々と決め、勝利をつかんだ。

「彼がチャンスをくれた。これからも期待に応えないと。このベルトに色を付けて恩返ししたい」と次なる防衛にも意欲を見せた。5月にデビュー50周年を迎え、今月14日にはプロレス殿堂入りを果たした藤波。久しぶりのシングルのベルトを腰に巻き、来月末から始まる50周年ツアーに向かう。【松熊洋介】

藤波辰爾はTAMURAを破り2冠王者に輝いた(撮影・柴田隆二)
藤波辰爾(左)はTAMURAにドラゴンスリーパーを決める(撮影・柴田隆二)
藤波辰爾(下)はTAMURAに雪崩式ドラゴンスクリューを決める(撮影・柴田隆二)
藤波辰爾(左)はTAMURAにコブラツイストを決める(撮影・柴田隆二)

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WWEへの道か、今井絵理子ディーバ姿の実現か 礼夢-ヨシタツ戦に注目

17日のヒートアップ川崎大会にむけた記者会見に出席したヨシタツ(左)と今井礼夢(撮影・松熊洋介)

母のディーバ姿は阻止する。元SPEEDの今井絵理子参院議員の息子で、昨年12月にプロレスリングヒートアップでプロデビューした礼夢(16)が17日、川崎大会(とどろきアリーナ)で全日本のヨシタツとのシングルマッチに挑む。

礼夢は勝ったときの条件として、ユニット「ヨシタツキングダム」入りとあこがれのWWE挑戦へのサポートを要求した。米WWEに7年在籍したヨシタツからの条件は「僕が勝ったら母の今井絵理子参院議員にヨシタツキングダム入りしてもらい、ディーバになってもらう」。すでに今井議員のもとを訪れ、直談判。1度目はアポなしで断られたが、2度目は対面して思いを伝えたという。

3日の会見では、ヨシタツの描いたTバック姿のイラストを見て、礼夢は「恥ずかしい」と困惑した表情を見せた。母からは礼夢へのメッセージは「絶対に勝ってほしい」。母の思いに応え、自分の夢のためにも絶対に負けられない。

生まれつき先天性難聴という障がいを抱えながら、高校進学を諦め、プロの道へ。毎日1人で電車で道場に通い、昨年10月プロテストに合格した。デビュー当時はプロのパワーに圧倒され、エルボーやドロップキックもほとんど効かなかったが、厳しい練習をこなし、徐々に成長。8月の大会では実力者の新井から3カウントを奪い、初勝利を挙げた。以前は「やりたいことが見えてこない」と話していた新井だったが、敗戦後は「力強さが出てきた」と評価した。

166センチ、67キロ。これまで対戦してきた選手とは体格で劣る。最近では体重こそ変わっていないが「トレーニングを重ねて技の数も増えてきた」と成長を実感している礼夢。「WWEに出られることを目指して盛り上げられるように頑張りたい」。187センチ、108キロのヨシタツに真っ向から立ち向かう。

今回の会場のとどろきアリーナは、昨年12月のデビュー時に「反響がすごかった」と感じたTAMURAがすぐにおさえたという。当日は同じ難聴の子どもたちにも楽しんでもらうような企画も準備。コロナ禍で満員とはならないが、母をはじめ、多くの人たちの期待に応え、飛躍の舞台にする。

WWEへの道が開けるのか、元アイドルのディーバ姿が実現してしまうのか。礼夢の戦いに注目が集まる。【松熊洋介】

ヨシタツが描いた今井絵理子参院議員のディーバ姿(撮影・松熊洋介)

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フランシスコ・アキラ帰国前ラストマッチ有終の美「いつかまた戻ってくる」

全日本プロレス横浜大会 イタリア帰国前のラストマッチで勝利したフランシスコ・アキラ(右から2人目)。左は青柳亮生、右はライジングHAYATO(撮影・松熊洋介)

<全日本プロレス横浜大会>◇16日◇保土ケ谷公会堂

イタリア帰国前ラストマッチとなったフランシスコ・アキラ(21)が、有終の美を飾った。

ライジングHAYATO、青柳亮生と組んで6人タッグマッチに出場。相手には全日本に推薦してくれたTAJIRIもいた。序盤はコーナーに押しつけられ、痛めつけられるなど、持ち味のスピードある攻撃が不発だった。その後、仲間のアシストもあって流れをつかむと、最後はブラックめんそーれから3カウントを奪って勝利。「ありがとうございました」と頭を下げ、リングにキスをしたアキラは、温かい拍手で見送られた。

16歳だった15年にイタリアでデビュー。「アキラ」は本名で、日本が好きな母が名付けた。19年に来日し、全日本の大会に参戦。コロナ禍でも帰国することなく、道場で修行を重ね、約2年間、日本のプロレスを全うした。今年6月には、ジュニアバトル・オブ・グローリーで優勝。その後世界ジュニアヘビー級王者の岩本に挑戦し、ベルトを奪取。イタリア人初の王者に輝き「新しい歴史を作った」と涙を見せたこともあった。

再来日は未定だが「いつかまた戻ってくる」と元気よく語った。「全日本プロレスが大好き。本当にありがとう」。覚えた日本語を駆使し、熱い思いを伝えたアキラは、再び全日本のリングに上がることを目標に、イタリアで成長を重ねる。

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長州力が殿堂入りに喜び「これだけファンの方が来てくれて光栄」

プレゼンターの天龍源一郎(右)と記念撮影する長州力(撮影・中島郁夫)

日本プロレス殿堂会主催のプロレス史70周年記念大会「LEGACY」が15日、後楽園ホールで行われた。長州力(69)が、故ジャイアント馬場さん、故ジャンボ鶴田さんとともに殿堂入りし、表彰された。

表彰式では、現役時代に数々の名勝負を繰り広げてきた天龍源一郎から紹介されて登壇。「自分たちの後に続く若い選手たちの先は長い。少しでも何かの役になればと思って、殿堂会を立ち上げた。これだけファンの方が来てくれて光栄」と喜びを語った。

また、全日本のリングで40年以上レフェリーを務める和田京平氏が馬場さん、鶴田さんへプレゼンターとして登壇。「名誉ある賞を渡すことができ、ありがとうございます」と目を細めた。

さらに「馬場さんはいつも通路で見てくれていた。今日もほほ笑んで見てくれていると思う。ジャンボもコーナーに立って『オー、オー』やっていると思う」と語った。【松熊洋介】

殿堂入りの喜びを語る長州力(撮影・中島郁夫)
天龍源一郎(右端)の掛け声でエイエイオーをする、左から藤波辰爾、和田京平レフェリー、長州力(撮影・中島郁夫)

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猪木氏らがプロレス殿堂入り「元気ですかー」ビデオメッセージで登場

殿堂入りを果たしたアントニオ猪木氏はビデオメッセージで「1・2・3・ダァー!」を披露(撮影・丹羽敏通)

日本プロレス殿堂会主催のプロレス史70周年記念大会「LEGACY」が14日後楽園ホールで行われ、新日本で一時代を築いたアントニオ猪木氏(78)、藤波辰爾(67)、全日本などで活躍した天龍源一郎(71)の殿堂入りが発表された。

藤波は猪木氏と一緒の受賞に「先輩と肩を並べるのはおこがましい」と言いつつも「昭和45年にプロレス界に入るきっかけを作ってくれた。殿堂の賞をまさかいただけるとは思っていなかった」と喜びを語った。

8月29日に退院した猪木氏はビデオメッセージでの登場。「元気ですかー。70周年おめでとうございます。ブラジルに行って、こういう形で入門するとは思わなかったが、これも運命とか宿命だと思う」と元気よくコメント。映像を見た藤波は「今の頑張っている姿を見るとこみ上げてくるものがある」とかみしめた。来場はかなわなかったが、藤波は「仕方ないことだけど、もし入場してくれたら、ファンの人たちも喜んだと思う」。最後は猪木氏に届けと「行くぞー。1、2、3ダー!」と叫び、大会を締めた。

藤波は15年に米団体WWEの殿堂入りを果たした際の豪華なセレモニーに衝撃を受けた。「プロレスをやっていて本当に良かった。日本でもこんな風にレジェンドたちをたたえられたら」。2世たちの力を借り、昨年2月に殿堂会を発足させた。藤波の息子でプロレスラーのLEONA、長州の娘婿の池野氏、天龍の娘の嶋田氏らと活動を始めた。コロナ禍でイベントの中止が続いたが、今年4月に藤波、長州らがトークショーを開催。ようやく第1歩を踏み出し、この日の大会につなげた。「本当はもっと早くするべきだったが、力道山先生が作ってくれたものを残すという意味では、いいスタートになったのでは」と目を細めた。

15日には故・ジャイアント馬場さん、故・ジャンボ鶴田さん、長州力の受賞セレモニーが行われ、藤波はプロレスラーとしてリングに上がる。「ライバルやファンの力があってのこと。自分は体が続く限りプロレスをやっていきたい」と力強く誓った。プロレス界に新たな1ページを刻んだ藤波は、これからもリング上からプロレスの魅力を伝え続ける。【松熊洋介】

殿堂入りを果たしたアントニオ猪木氏のメッセージが会場に流れた(撮影・丹羽敏通)
殿堂入りを果たしてプレゼンターの木村健吾氏(右)と写真に納まる藤波辰爾(撮影・丹羽敏通)
殿堂入りを果たしてプレゼンターの小橋建太氏(右)と写真に納まる天龍源一郎氏(撮影・丹羽敏通)

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丸藤正道、ノア代表としてプロレス殿堂会興行でレジェンドへ感謝の思い表現

6月6日、武藤敬司(右)を破りGHCヘビー級王者になった丸藤正道

<日本プロレス史70周年記念大会「LEGACY」>◇14日◇後楽園ホール

プロレスリング・ノアのGHCヘビー級王者、丸藤正道(41)が、レジェンドたちへの感謝の思いをリング上で表現した。

日本プロレス殿堂会の初となるプロレス興行に、ノアの代表として参戦。「レジェンドの方を崇拝する大会に出させてもらって光栄。偉大な先輩たちがいて、今の自分たちがある」と語った。

試合では宮脇と組み、岡田、矢野と対戦。矢野のエルボーはすべて受け止めた上で、強烈な逆水平を浴びせ、大きなうなり声を上げて迫ってくる岡田を場外で鉄柵に投げつけた。最後は宮脇の3カウントをきっちりアシスト。GHCヘビー級王者の貫禄を見せつけた。ノアの若手3人に「先輩たちのプロレスをしっかり見て学び、今後のプロレス界を背負っていって欲しい」と期待した。

丸藤は98年の全日本入団後、00年に故・三沢光晴さんを中心として新設されたノアに移籍。20年間団体を支え、厳しい時代もリングに上がり続けてきた。現在では副社長も務める丸藤にとって、プロレスを後世に伝えていきたという思いはレジェンドたちと同じだ。「またこういう機会があったら参加したい」。デビュー23年を迎えた丸藤は、ノアを引っ張り、若手を成長させながら、自らはレジェンドへと近づいていく。

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武藤敬司、N1初戦杉浦貴と時間切れ引き分け 激闘にバックステージ現れず

杉浦貴(左)にシャイニングウイザードを浴びせる武藤敬司(撮影・中島郁夫)

<プロレスリング・ノア後楽園大会>◇12日◇後楽園ホール

「N-1 VICTORY」初出場の武藤敬司(58)がAブロック初戦で杉浦貴(51)と対戦し、30分時間切れ引き分けとなった。残り2分を切り、フロントネックロックで勝負に出た杉浦に対し、意識が遠のきながらも必死に耐え抜いた。残り10秒での五輪予選スラムもカウント2で返し、3カウントは許さなかった。バックステージに現れる力は残っておらず、関係者を通じて「コメントする気力がない。次の試合からまた頑張ります」と報道陣に伝えた。

50代の2人が初戦から激闘を繰り広げた。「1発目が杉浦戦。今ちょうど脂が乗って勢いを感じさせる選手」と話していた通り、序盤から集中していた武藤。前半20分までは自分のペースだった。3度の足4の字固めで勝負をかけるも、ロープに逃げられ、勝ち切れずに流れを失った。

今回のテーマは「己への挑戦」とした武藤。「敵は杉浦でも藤田でも船木でもなく自分」と語る。今年2月にGHCヘビー級王座に戴冠し、その後ノアに加入。6月に丸藤に奪われたが「自信になった」と手応えを感じ、N-1にも参戦を表明した。杉浦からは「新弟子」呼ばわりされたが「新弟子らしくフレッシュな気持ちで」と気にせず、貪欲に優勝を狙う。

09年全日本のチャンピオンカーニバル以来となるリーグ戦。「怖いのは故障。連戦だから。不安もある」と話していただけに激闘による疲れも心配される。次戦は19日「手は抜けない」と話していた征矢戦。1週間で回復し、今度こそ初勝利をつかむ。【松熊洋介】

武藤敬司(上)にジャーマンスープレックスを決める杉浦貴(撮影・中島郁夫)

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米で初防衛、中谷潤人は「愛の拳士」 実家の店の常連客が命名

日本人の米国での世界王座防衛戦

10日(日本時間11日)に米アリゾナ州トゥーソンで行われたWBO世界フライ級タイトルマッチで、王者中谷潤人(23=M・T)が挑戦者の同級1位アンヘル・アコスタ(30=プエルトリコ)を4回TKOで退け、初防衛を果たした。

モンスターこと井上尚弥の大橋ジム、大橋秀行会長(元WBA、WBC世界ミニマム級王者)が「近年まれにみる、恐ろしい選手になると思う」とまで評する才能を持つ新スター候補、「愛の拳士」の異名を持つ中谷とはどんな人物?

<中谷潤人(なかたに・じゅんと)アラカルト>

◆礼儀の空手 1998年(平10)1月2日、三重・東員町生まれ。両親が礼儀作法を学ばせるため、経営するお好み焼き店の客で師範の極真空手道場に小3から通わせる。小6で143センチの相手に、1度も勝てず。

◆目標ロペス 常連客に体重別のボクシングを勧められ、東員二中1年から桑名のKOZOジムに入門。3度世界挑戦した石井広三会長が世界を目指し右利きだがサウスポーに。リカルド・ロペス(メキシコ)にあこがれ、U15全国大会では中2、3年と連覇。

◆単身渡米 石井会長が交通事故死し、中卒で単身米国修行を決断。「高校はあとで行ける」と反対する両親を説得した。石井会長が師事したマック・クリハラ・トレーナーに3週間指導を受け、試合に勝った。

◆ルディ師匠 その後はルディ・エルナンデス・トレーナー宅にホームステイし、週6日のスパーで鍛えられた。3カ月おきに日米往来し米国を含めアマ14勝2敗。プロ入り後も米国でのスパーで強化してきた。

◆“里帰り”デビュー 新人王戦出場のため、16歳で岡部大介トレーナーが紹介したM・Tジム(神奈川)に入門する。プロ解禁の17歳になった15年4月に故郷の隣県・岐阜で1回TKO勝ちでプロデビュー。16年に東日本フライ級新人王でMVP、全日本新人王も制す。

◆階段確実 17年に日本同級ユース王座、19年に日本同級王座を獲得。東洋太平洋王座挑戦代わりに前哨戦で元世界王者メリンド(フィリピン)に6回TKO勝ち。昨年11月にWBO世界同級王座決定戦で世界初挑戦し、マグラモ(同)を8回KOで王座奪取。

◆愛の拳士 三重の実家の店の常連客からやさしい風ぼうから、「愛の拳士」と命名される。知人のイラストをトレードマークに約200人の三重後援会がある。趣味は海釣り、卓球。171センチの左ボクサーファイター。15年には三重から引っ越してサポートする両親と弟の4人家族。

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「愛の拳士」中谷潤人日本人初!米での初防衛戦勝利 年内米V2戦の可能性

中谷潤人(20年11月)

<ボクシング:WBO世界フライ級タイトルマッチ12回戦>◇10日(日本時間11日)◇米トゥーソン

WBO世界フライ級王者中谷潤人(23=M・T)が左の一撃で、日本人初の初防衛戦米国デビュー勝利を飾った。屋外の円形劇場に設置されたリングを舞台に、初回に左ストレートで同級1位アンヘル・アコスタ(30=プエルトリコ)の鼻骨を折り、相手は2回以降は鼻血が止まらなかった。レフェリーストップによる4回32秒TKOで22戦全勝(17KO)とし、日本人6人目の米国での防衛を果たした。主催のトップランク社ボブ・アラム最高経営責任者(CEO、89)も絶賛。本場でのアピールにも成功し、他団体王者との統一戦を次の目標に掲げた。

   ◇   ◇   ◇

まさに必殺の一撃だった。距離をとって右ジャブでリードした初回。2分20秒すぎに中谷が初めてのワンツーで、左ストレートがものの見事にアコスタの顔面にさく裂させた。グラグラと下がった相手は鼻血が止まらない。2、3回も左フックを打ち込むと流血は増し、毎回ドクターチェックが入って4回早々のストップ勝ち。アコスタの鼻はへし折れていた。

KOしきれず、ダウンも奪えなかったが圧勝だった。「いいタイミングで鼻に入ってペースをつかめた。ダメージが見て分かり、最初のチェックで折れていると思った」。あとはいつ仕留めるか。「強引に倒しにいって、パンチをもらったのは反省」も、17個目のKO劇で決着をつけた。

昨年、コロナ禍でもあり、4回延期の末の世界初挑戦でベルトを手にした。WBO指令の今回も5月に大阪開催の予定だったが、同様の理由でで国内開催は白紙に。そこで本場の米国興行に組み込まれた。王座奪取より、王座死守は難しいと言われるV1戦。しかも米国デビューで重圧が増すところだが、中谷には「米国のリングは目標だった」と逆に発奮した。

単身米国修行したアマ時代に米国、メキシコでのリングに何度も上がった。試合前のロサンゼルスでのスパー・キャンプも恒例。前回は行けなかったが、今回は8月20日から2週間あまり。たっぷり70回スパーで調整できたのも大きかった。

リングサイドにはいつも通りに家族の姿があった。コロナ禍で初めて渡米して、ロスからは車で800キロを走って駆けつけた。中谷は「見えるところにいて、声もかけてくれた」と感謝。父澄人さんは「潤人のボクシングができた」と目を細めた。

興行を主催したアラムCEOは「とても才能があり、パワフル。また喜んで試合を組む」と絶賛した。年内にも再び米国でV2戦の可能性が出てきた。「大きな舞台でいい結果を出して1歩踏み出せた」。中谷はWBC王者フリオ・マルチネス(26=メキシコ)の名を挙げ、次なる目標を統一戦にランクアップさせた。【河合香】

中谷潤人(なかたに・じゅんと)

◆礼儀の空手 1998年(平10)1月2日、三重・東員町生まれ。両親が礼儀作法を学ばせるため、経営するお好み焼き店の客で師範の極真空手道場に小3から通わせる。小6で143センチの相手に、1度も勝てず。

◆目標ロペス 常連客に体重別のボクシングを勧められ、東員二中1年から桑名のKOZOジムに入門。3度世界挑戦した石井広三会長が世界を目指して右利きだがサウスポーに。リカルド・ロペス(メキシコ)にあこがれ、U15全国大会では中2、3年と連覇。

◆単身渡米 石井会長が交通事故死し、中卒で単身米国修行を決断。「高校はあとで行ける」と反対する両親を説得した。石井会長が師事したマック・クリハラ・トレーナーに3週間指導を受け、試合に勝った。

◆ルディ師匠 その後はルディ・エルナンデス・トレーナー宅にホームステイし、週6日のスパーで鍛えられた。3カ月おきに日米往来し米国を含めアマ14勝2敗。プロ入り後も米国でのスパーで強化してきた。

◆“里帰り”デビュー 新人王戦出場のため、16歳で岡部大介トレーナーが紹介したM・Tジム(神奈川)に入門する。プロ解禁の17歳になった15年4月に故郷の隣県・岐阜で1回TKO勝ちでプロデビュー。16年に東日本フライ級新人王でMVP、全日本新人王も制す。

◆階段確実 17年に日本同級ユース王座、19年に日本同級王座を獲得。東洋太平洋王座挑戦代わりに前哨戦で元世界王者メリンド(フィリピン)に6回TKO勝ち。昨年11月にWBO世界同級王座決定戦で世界初挑戦し、マグラモ(同)を8回KOで王座奪取した。

◆愛の拳士 三重の実家の店の常連客からやさしい風ぼうから、「愛の拳士」と命名される。知人のイラストをトレードマークに約200人の三重後援会がある。趣味は海釣り、卓球。171センチの左ボクサーファイター。15年には三重から引っ越してサポートする両親と弟の4人家族。

◆記録メモ 日本人世界王者の米国での防衛戦は11年の下田が最初だった。これまで8人が12戦したが、成功は中谷が6人目で通算9勝目となった。王座挑戦を含めた米国での世界戦は44戦目(1試合は日本人対決)。6人が王座を獲得し、勝利したのは中谷が13人目で通算15勝目。日本からのフライ級世界王者は最多20人で、初防衛成功は中谷が15人目となった。

日本人の米国での世界王座防衛戦

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赤井英和長男・英五郎1回TKO負け 序盤から被弾劣勢…デビュー戦飾れず

ミドル級4回戦 1回、岡村(後方)にTKO負けを喫した赤井(撮影・鈴木正人)

<プロボクシング:東日本新人王ミドル級予選4回戦>◇11日◇東京・後楽園ホール

「浪速のロッキー」と呼ばれた元プロボクサーの俳優赤井英和(62)の長男英五郎(26=帝拳)がプロデビューを飾れなかった。

同じくデビュー戦の岡村弥徳(23=八王子中屋)との東日本新人王ミドル級予選で拳を交え、1回2分24秒、レフェリーストップによるTKO負けを喫した。序盤から岡村の連打を被弾し、顔面に5連打などを浴び、左フックで局面打開しながらも徐々に劣勢となってしまった。

今春、プロ転向し、帝拳ジムに入門。小山和博トレーナーのもと、基本技術の再確認から始めた。元世界3階級制覇王者ホルヘ・リナレスの実弟で現役時代は日本ミドル級1位までのぼり詰めたカルロス・リナレス・トレーナーからも中量級ならではの動きのバランスについてアドバイスを受け「今回は僕のチームがいるということが大きい。課題を共有して進めていることが大きい」と自信を胸にリングに上がっていた。

◆赤井英五郎(あかい・えいごろう)1994年(平6)9月22日、東京・世田谷区生まれ。小、中学校とラグビー、米ハワイで過ごした高校時代はアメリカンフットボールを経験。米ウィディア大に進学し、20歳でボクシングを開始。18年全日本社会人選手権ミドル級優勝。趣味は動画編集。好きな選手はロベルト・デュラン、マイク・タイソンら。アマ戦績は8勝(4KO)6敗。家族は両親と姉、弟。身長179センチの右ファイター。

長男のデビュー戦に訪れた赤井英和(撮影・鈴木正人)

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中谷潤人が4回TKO初防衛、一撃必殺の左ストレートで鼻骨へし折る

中谷潤人(20年11月撮影)

<ボクシング:WBO世界フライ級タイトルマッチ12回戦>◇10日(日本時間11日)◇米トゥーソン

WBO世界フライ級王者中谷潤人(23=M.T)が一撃で、日本人初の初防衛戦米国デビュー勝利を飾った。

同級1位アンヘル・アコスタ(30=プエルトリコ)との指名防衛戦。初回に左ストレート一発で鼻骨をへし折り、相手は鼻血も止まらずにレフェリーストップとなり、4回32秒TKO勝ちを収めた。昨年11月は4度延期後に王座奪取し、今回も5月の大阪開催が延期の末の開催。駆けつけた家族の応援、サポートに応え、日本人6人目となる米国での防衛を果たした。戦績は22勝(16KO)無敗。アコスタはWBOライトフライ級に続く2階級制覇に失敗した。

  ◇  ◇  ◇

まさに必殺の一撃だった。初回2分20秒すぎ、中谷の左ストレートがアコスタの鼻にさく裂した。グラグラと下がった相手に鼻からは流血が止まらなくなった。2、3回も左フックを打ち込み、流血にドクターチェックが入った。4回に入ったが早々にレフェリーが試合を止めた。アコスタの鼻骨は骨折していた。

中谷は昨年唯一日本人として新たな世界王者となり、まだ23歳と日本のこれからを背負うホープだ。その期待通りの勝利を飾った。「最初のラウンドでいいタイミングで鼻に入った。最初にストップして折れているのが分かった」。リング上でのインタビューに満面の笑みで答えた。

過去に日本人世界王者8人が米国での防衛戦に挑んだ。のべ8勝4敗だったが、新王者の初防衛戦は11年の下田だけで7回KO負けで陥落。中谷はこの壁を突破する、日本人初の米国デビューでの初防衛成功となった。

新王者としての初防衛戦は、王座奪取よりも難しいとも言われる。海外となるとより難しさは増す。中立地とはいえ米国となれば、プレッシャーもかかるはずだ。中谷に限って言えば「米国のリングは目標だった」と逆に発奮材料になった。

リングは屋外の円形劇場に設置された。気温は30度前後。日本人は経験したこともない舞台だが、中谷には「免疫がある」という米国リングでもあった。中学卒業後に単身渡米で修業し、アマ時代にはメキシコも含めたリングに何度も上がっていた。

日本でプロデビュー後も、試合の度に米国でのスパーリング・キャンプが恒例だった。前回はコロナ禍で行けなかったが、今回は8月20日にロサンゼルス入り。6日まで2週間あまりの調整では、最長12回を2回など充実の70回をこなしていた。米国の空気も慣れたものだった。

力強い応援団も駆けつけていた。陣営とともにワクチン接種を終えた家族3人も、リングサイドで声援を送った。ロスでスパーのパートナーを務めてくれた仲間たちも車を飛ばして来た。セコンドには前回は来日できなかったルディ・エルナンデス・トレーナーが、いつも通りにチーフを務めて鼓舞してくれた。

試合は全米にもスポーツ専門局で生中継された。「名を売る第1歩」と臨んだ一戦。トランクスなどは白地に赤いラインで日の丸をイメージした。モンスター井上に次ぐ日本のホープとしてアピールできた。「お客さんも沸いていたので、いい勝ち方ができたかなと思う。統一戦をやりたい気持ちが強い」と、次なるステップを目標に掲げた。

<中谷潤人(なかたに・じゅんと)>

◆礼儀の空手 1998年(平10)1月2日、三重・東員町生まれ。両親が礼儀作法を学ばせるため、経営するお好み焼き店の客で師範の極真空手道場に小3から通わせる。小6で143センチの相手に、1度も勝てず。

◆目標ロペス 常連客に体重別のボクシングを勧められ、東員二中1年から桑名のKOZOジムに入門。3度世界挑戦した石井広三会長が世界を目指して右利きだがサウスポーに。リカルド・ロペス(メキシコ)にあこがれ、U15全国大会では中2、3年と連覇。

◆単身渡米 石井会長が交通事故死し、中卒で単身米国修行を決断。「高校はあとで行ける」と反対する両親を説得した。石井会長が師事したマック・クリハラ・トレーナーに3週間指導を受け、試合に勝った。

◆ルディ師匠 その後はルディ・エルナンデス・トレーナー宅にホームステイし、週6日のスパーで鍛えられた。3カ月おきに日米往来し米国を含めアマ14勝2敗。プロ入り後も米国でのスパーで強化してきた。

◆“里帰り”デビュー 新人王戦出場のため、16歳で岡部大介トレーナーが紹介したM・Tジム(神奈川)に入門する。プロ解禁の17歳になった15年4月に故郷の隣県・岐阜で1回TKO勝ちでプロデビュー。16年に東日本フライ級新人王でMVP、全日本新人王も制す。

◆階段確実 17年に日本同級ユース王座、19年に日本同級王座を獲得。東洋太平洋王座挑戦代わりに前哨戦で元世界王者メリンド(フィリピン)に6回TKO勝ち。昨年11月にWBO世界同級王座決定戦で世界初挑戦し、マグラモ(同)を8回KOで王座奪取した。

◆愛の拳士 三重の実家の店の常連客から「愛の拳士」と命名される。知人のイラストをトレードマークに約200人の三重後援会がある。趣味は海釣り、卓球。171センチの左ボクサーファイター。15年には三重から引っ越してサポートする両親と弟の4人家族。

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芝田山広報部長「残念な思いでいっぱい」白鵬ら宮城野部屋の全力士休場に

芝田山広報部長(2020年4月3日撮影)

日本相撲協会の芝田山広報部長(元横綱大乃国)は10日、代表の電話取材に応じ、秋場所(12日初日、東京・両国国技館)まで2日となり「照ノ富士が新横綱として、また一人横綱としてどれくらい活躍してくれるかというところに期待をしたい」とエールを送った。

この日は取組編成会議が行われ、初日と2日目の取組が決まった。先月28日に新型コロナウイルス感染が確認された小結逸ノ城も割に入り「逸ノ城も無事に、回復したということで問題ないので。(感染が)番付発表前だったし、時間的に十分に時間がたっているのと、ドクターからもOKが出た。湊さん(親方)からも連絡をもらったけど、協会にも連絡して、協会も了承して初日から出場できるということです」と胸をなで下ろした。

一方で部屋から感染者が出た宮城野部屋の全力士が休場する。同広報部長も「東西横綱がせっかくそろったのだが、残念なことに新型コロナウイルス感染の影響で、白鵬所属の宮城野部屋が全員出られない中で、白鵬も出られず、残念な思いでいっぱい」と話した。

今場所も緊急事態宣言下での開催。今場所は観客が布マスクを着用して来場した場合、不織布マスクを配布するよう準備するという。「適宜、不織布マスクに取り換え下さいということでご案内すると思う」。

また、秋場所後の開催が恒例の全日本力士選士権は「これはありません。今からだと準備が間に合わないそうです」と中止になったことを明かした。

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赤井英和の長男英五郎11日プロデビュー、父に敬意の“勝負服”でKO誓う

東日本新人王ミドル級予選に向け、引き締まった肉体を披露する赤井

「浪速のロッキー」と呼ばれた元プロボクサーの俳優赤井英和(62)の長男英五郎(26=帝拳)が11日、東京・後楽園ホールでプロデビューを果たす。

同じくデビュー戦の岡村弥徳(23=八王子中屋)と、東日本ミドル級新人王予選で拳を交える。初陣のトランクスは大好きな元4階級制覇王者ロベルト・デュラン仕様の短めパンツで製作。80年レナード戦の着用モデルがモチーフで、左太ももの位置に父の現役時代のトランクスに刻まれた「赤井」の文字を同じ書体で入れた。

「石の拳」デュランと「浪速のロッキー」の父に敬意を表した“勝負服”を用意した赤井は「父へのリスペクトもありますが、本当にシンプルで格好良かった。80年代のオールドスタイルが好き。一番近くに、良いモデルがありました」と気持ちを高揚させた。

自主練習中心のアマチュア時代と違い、現在は小山和博トレーナーのもとで基本技術の徹底を続ける。主にガードを強化。同トレーナーも「バランスが良くなった」と期待。コロナ禍で人数制限のある会場ながら、約100人の応援が駆けつける予定。赤井は「両親も来てくれる。判定に持ち込む練習はしていないし自分にも合わない。KOのタイミングが訪れると信じて前にいきたい」と神経を研ぎ澄ませている。【藤中栄二】

◆赤井英五郎(あかい・えいごろう)1994年(平6)9月22日、東京・世田谷区生まれ。小、中学校とラグビー、米ハワイで過ごした高校時代はアメリカンフットボールをプレー。米ウィディア大に進学し、20歳でボクシングを始める。18年全日本社会人選手権ミドル級優勝。趣味は動画編集。アマ戦績は8勝(4KO)6敗。家族は両親と姉、弟。通常体重は77キロ。身長179センチの右ファイター。

9月11日に東日本新人王ミドル級予選でプロデビューする赤井
小山トレーナー(右)とのミット打ちに取り組む赤井
小山トレーナー(右)の指導を受けながらミット打ちに取り組む赤井
1983年7月、WBC世界ジュニアウエルター級タイトルマッチでブルース・カリー(右)と戦う赤井英和

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芦野祥太郎、全日本初タイトル獲得「今最高潮で全盛期」3冠ヘビーにも興味

全日本プロレス後楽園大会 世界タッグ選手権試合で勝利し、新王者に輝いた諏訪魔(左)、芦野祥太郎組(撮影・松熊洋介)

<全日本プロレス後楽園大会>◇7日◇後楽園ホール◇観衆457人

芦野祥太郎(31)が、昨年4月の参戦後、全日本での初のタイトルを獲得した。世界タッグ選手権試合で諏訪魔と組み、5度目の防衛を狙った青柳、宮原組を破り、新王者に輝いた。

芦野は終盤、青柳の逆襲に遭い、フロントネックロックで落とされかけたが、何とか回避すると、ジャーマンスープレックスホールドからのTボーンスープレックスで青柳を投げ飛ばした。「人を投げるのが好き。投げてないとストレスがたまる」とたたみかけ、息の根を止めた。勝利後は両手を挙げ、力強くガッツポーズ。「正直な気持ち言っていいですか。めちゃくちゃうれしいです」と興奮気味に話した。

今年2月に羆嵐、土肥らに裏切られた際に仲間に引き入れてもらった。8月29日の全日本王道トーナメント決勝で諏訪魔に敗れた後「今度は俺らでベルトを取りに行こう」と誘われ、最強タッグを結成した。「諏訪魔さんが隣にいてくれたので、粉々になっていいと思って、思いっ切りできた」。2人連続でフロントスープレックスを決めるなど連携の良さも見せた。

テンションが上がった芦野は「まだ全日本でやってないことがたくさんある」と、21日に諏訪魔が挑戦する3冠ヘビー級ベルトに興味を示した。「諏訪魔さんが取ったら、その後俺が挑戦していいですか」と要求。もちろん、タッグのベルト防衛も忘れてはいない。「100発殴られるつもりでかかって来い」と誰の挑戦でも受けるつもりだ。

頂点に立ったが、名前はまだない。「タッグ名考えましょう。『暴走』って付けたいです」と諏訪魔に持ちかけた。「オレ、今最高潮で、全盛期なんです」。初のベルトを手にし、怖いもの知らずの芦野は、タッグでもシングルでも暴走を続ける。【松熊洋介】

全日本プロレス後楽園大会 世界タッグ選手権試合で勝利し、新王者に輝いた諏訪魔(左)、芦野祥太郎組(撮影・松熊洋介)

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久々全日本参戦の菊タロー「口撃」も「攻撃」も通じず大森隆男に完敗

全日本プロレス後楽園大会 大森隆男に敗れた後、報道陣の取材に応じる菊タロー(撮影・松熊洋介)

<全日本プロレス後楽園大会>◇7日◇後楽園ホール◇観衆457人

菊タローが久しぶりに全日本のリングに帰ってきた。6日に岩本の新型コロナウイルス感染と、石川、本田が濃厚接触者と認定されたことで、急きょカード変更が行われ、大森隆男のシングルマッチの相手として登場した。

試合前にマイクを取り「全日本プロレスに10数年ぶりに帰ってきました。全然呼ばれなかった。さみしかったわ~」と観客を和ませたが、試合ではいいところなく敗れた。「27年やってんだよ」と強気な挑発で迫ったが「俺のキャリアは、来年で30年だよ」と言われて撃沈。急所攻撃で一矢報いるも、返り討ちに遭い、流れをつかめなかった。最後は自ら仕掛けたブレーンバスターを逆に返され、あっさりKO。「攻撃」も「口撃」も歯が立たずに完敗した。

わずか8分の戦いだったが、久々の全日本に手応えを感じたようだ。「もう呼ばれないかと思っていた。干支(えと)が一周するところだったよ。これからは月1回くらい呼んでもらいたい」と要求した。負けても絶口調の菊タローは「ほとんどのファンは知らないと思う。だからこそ、菊タローという面白いスタイルの選手がいるということを見せたい」と貪欲に次のチャンスを狙う。「火種は今日できた。全日本を大炎上させる。楽しみにしてろ」と叫び、リングを後にした。

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WWEに東京五輪金の兄、リキシの息子、NBAドーキンスおいら新加入

WWE入団が発表された東京五輪レスリングフリースタイル125キロ級金メダルのスティーブンソンの兄ボビー(ミネソタ大レスリング部公式サイトより)

米プロレスWWEは30日(日本時間31日)、新入団選手6人を発表した。東京オリンピック(五輪)男子フリースタイル125キロ級金メダリストのガブレンダン・スティーブンソン(米国)の実兄ボビー・スティーブンソンの新加入が決定。弟ガブレンダンと同じく米ミネソタ大でレスリング部に所属し、身長6フィート(約183センチ)、体重220ポンド(約99・8キロ)の体格となる。今年初めからWWEパフォーマンスセンターでトレーニングを積んでいた。

スティーブンソンの他、WWE殿堂入りのリキシの息子で、現スマックダウン・タッグ王者ウーソズ(ジェイ、ジミー双子兄弟)の弟となるジョセフ・ファトゥ、元WWF(現WWE)タッグ王者で全日本プロレスやノアでも活躍したブル・ブキャナンの息子、ベン・ブキャナンも契約を結んだ。また米プロバスケットボールNBAのレジェンドで「ダンクの帝王」と言われたダリル・ドーキンスのおいとなるジョシュア・ドーキンスも同時に入団が発表された。

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