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アブドーラ小林「最高」宮原健斗との前哨戦で大暴れ

全日本新木場大会 試合後バックステージで取材に応じるアブドーラ小林(撮影・松熊洋介)

<全日本プロレス新木場大会>◇18日◇新木場1stRING

大日本プロレス所属のアブドーラ小林(44)が、今月23日の世界タッグ選手権(後楽園ホール)で対戦する宮原健斗(31)との前哨戦で大暴れした。

入場から奇襲攻撃を仕掛けた。リングで待ち受ける宮原に対し、入場曲が流れる中、一向に現れない。いら立つ宮原はレフェリーらと花道の方を見ていたスキに背後から襲いかかった。その後逆襲に遭ったが、終盤にスパナを持ち出し、応戦。宮原の喉に突き刺し、ジュラルミンケースを投げ付け、最後はテーピングで首を締め上げるなどやりたい放題で、そのまま反則負けとなった。

試合後にはマイクを取り「散々、小バカにしやがって。お前は俺を舐めすぎた。舐めすぎるとどうなるか分かるか、爆発しちゃうんだよ」。負けたにもかかわらずリング上を支配。その後起き上がった宮原から会場の外まで転がされたが、バックステージでも「最高の前哨戦だよ。来週は勝つべくして俺たちが勝つ」と元気いっぱいだった。

因縁の発端は昨年11月の世界タッグリーグ戦。関本と組んで初出場した小林は初戦でいきなり優勝候補の宮原・青柳組に勝利。敗れた宮原に「最大の汚点」と言わせた。今年に入り、世界タッグ王者となった宮原・青柳組の初防衛戦という最高の舞台で再戦が決定。小林は「お前らの最大の汚点は来週のタッグマッチで、俺たちに連敗することだ」と吐き捨てた。

165キロの巨漢ながら、動きは意外に軽やか。コーナーに上って宮原に飛び掛かるなど技も多彩。それでも真っ向勝負で分が悪いことは認識しており、レフェリーの目を盗み、さまざまな凶器を使って勝利を収めた。そんな小林でもタイトルマッチでは正々堂々と勝負するつもりだ。「最も権威のあるタイトル。お前たちのルールでやってやる」とクリーンな戦いを自ら提言した。「勝てば、宮原がアブドーラ小林に2連敗した男になる」。再び3カウントを奪い、全日本のエースを黙らせる。【松熊洋介】

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佐藤耕平が前哨戦で諏訪魔に勝利「小細工せず」

全日本新木場大会 試合後バックステージで取材に応じる佐藤耕平(左)と石川修司(撮影・松熊洋介)

<全日本プロレス新木場大会>◇18日◇新木場1stRING

23日の3冠ヘビー級選手権で王者・諏訪魔(44)に挑戦する佐藤耕平(43=フリー)が、前哨戦に勝利した。「パートナーの石川(修司)さんに助けられた」と謙遜したが、諏訪魔をエルボーでKOし、佐藤光瑠にパイルドライバーを豪快に決めて3カウントを奪った。

多くを語らず、虎視眈々(たんたん)と初のビッグタイトルを狙う。「レスラーというのは言葉でああだこうだ言うより、1回のリングで結果を出した方がいい」。昨年まで長く在籍していたゼロワンでは、05年に亡くなった故・橋本真也さんの魂を継承してきた。付き人を務め、時にはタッグを組んで戦った。今年1月24日後楽園大会で、橋本さんも巻いたことのある3冠ヘビー級のベルトに挑戦表明。「師匠でもある橋本真也も巻いたことのある強さの象徴のベルト。挑戦を受けていただきたい」と頭を下げた。

相手は史上最多の7度戴冠を誇る諏訪魔。前哨戦で勝利はしたが「レスリングの実績もあるし、派手さはないけど重量感がある」と油断はできない。「変な小細工とかせずに正面からぶつかっていく。ベルトを取って全日本をかき回したい」。内に秘めた闘志をリングで爆発させる。【松熊洋介】

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WWEアスカ、SNS上でリック・フレアーと舌戦

リック・フレアーとSNS上で“舌戦”を展開したロウ女子王者アスカ(C)2021 WWE, Inc. All Rights Reserved.

WWEロウ女子王者アスカが、SNS上で「レジェド」のリック・フレアー(71)と“舌戦”を展開した。21日(日本時間22日)のPPV大会エリミネーション・チェンバーで、リックの「恋人」レイシー・エバンス(30)との防衛戦を控える。先にフレアーが85年の全日本プロレスで臨んだジャンボ鶴田とのシングル戦を表紙で報じる週刊ゴングの写真を添え、アスカに向け「日本での私の成功を振り返って…。2つのワード、トータル・ドミネーション(すべて支配)だ」と自身のツイッターに投稿してきた。

するとアスカはフレアーに返信する形で「(シャーロット・フレアーの)パパ! あなたは日本ですごく有名なスター。この表紙にはテレビ視聴率競争も書かれているぐらい。ちなみにレイシーと私の王座戦を邪魔しないで! 私はあなたを愛している」と妨害行為を止めるように訴えた。

アスカはリックの娘シャーロットと組み、昨年12月のPPV大会でWWE女子タッグ王座を獲得。その後、フレアーとエバンスに何度も試合を妨害され、先月のPPV大会では王座から陥落した。さらに今月8日のロウ大会では、エバンスとの次期王座挑戦者決定戦に臨んだシャーロットを邪魔し、エバンスの反則勝ちを誘発。リングで親子げんかするなど険悪ムードが漂っていた。

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葛西純「修司が来ようが通過点」竹串突き刺し初防衛

ブラックめんそーれ(下)のマスクをはぐ葛西純(撮影・滝沢徹郎)

<全日本:後楽園大会>◇24日◇東京・後楽園ホール

GAORA TV チャンピオンシップは王者葛西純(46)が、挑戦者のブラックめんそーれを破り、初防衛に成功した。

反則裁定なしの「ハードコアルール」で行われた試合は、開始前からリングサイドにパイプ椅子が重ねられ、コーナーには長テーブルが立て掛けられた。葛西は、ゴングの瞬間から「シャ~、シャ~」と叫びながら場外で逃げ回る相手に「びびってんじゃねぇかよ」と先制“口撃”。中盤、前回同様に大量の竹串を取り出したが、マスク姿の相手にうまく刺さらず。怒りを爆発させた葛西は「マスクを被っているから刺さらないんだよ」と剥ぎ取り「中島洋平」の素顔をさらし、脳天に突き刺した。その後パイプ椅子での殴り合いを制し、垂直落下式リバースタイガードライバーで3カウントを奪った。

3日のヨシタツ戦に続く連勝に「全日本プロレス、王道を名乗っている割には2人ともたいしたことないな。王道というのは何でもできるんじゃねえのか」と言いたい放題。電流爆破や凶器で体中傷だらけの葛西は、次戦にデスマッチを希望した。挑戦者を求めると、経験のある石川修司がリング上に。「お前とやれるのは俺しかいない。全日本はデスマッチ団体じゃねえ。最高の痛みを与えてやる」との挑発に「ようやくこの時が来た。でも俺にとっては修司が来ようが通過点でしかない」と返した。

「これからもどんどん防衛して葛西の色に染めてやる」。言いたい放題のこの男の暴走はどこまで続くのか。王道の魂が宿る石川との一騎打ちが注目される。【松熊洋介】

ブラックめんそーれ(手前)を垂直落下式リバースタイガードライバーで仕留める葛西純(撮影・滝沢徹郎)

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WWE殿堂入りのスティングがAEWと複数年契約

AEWとスティングが複数年契約を交わしたことを発表したAEWの公式SNS

米プロレスWWE殿堂入りするスティング(61)が2日(日本時間3日)、ケニー・オメガやジョン・モクスリーらが在籍するAEW(オール・エリート・レスリング)と複数年契約を結んだと発表された。

AEWのトニー・カーン社長は「スティングのサプライズ紹介は(AEWの番組)ダイナマイトの過去最大のエピソードを祝う素晴らしい方法だった」と歓迎した。

独特なフェースペイントが特徴のスティングは、WCW時代にリック・フレアーや武藤敬司の化身グレート・ムタとの抗争で人気を博した。全日本プロレス、新日本プロレスにも参戦。WCW崩壊後はTNAで活躍し、14年にWWEと契約した。16年にWWE殿堂入りを果たすと正式に引退を宣言していた。

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黒潮“イケメン”二郎がWWEと契約「夢はかなう」

WWEと契約を結んだ黒潮“イケメン”二郎(C)2020WWE,Inc.AllRightsReserved.

WRESTLE-1や全日本プロレスで活躍した黒潮“イケメン”二郎(28)が2日(日本時間3日)、米プロレス団体WWEと契約を結んだと発表された。

WWEパフォーマンスセンターの新契約者の1人として紹介され、リングネームは本名に戻し「樋口“イケメン”壮士朗」になるという。自らのSNSを更新した黒潮は「WWEに入団しました! 恐れず追いかけ続ければ夢はかなう。ここからはまた、もう一段階上の夢を追いかけて頑張ります! 俺これから超有名になるために頑張るから、みんな応援よろしくお願いします!」と投稿した。

SMASH在籍時代、WWEでUS王座やWWEタッグ王座を獲得したTAJIRIによるトレーニングを受けた黒潮は11年12月にプロレスデビュー。WNCを経て、14年7月にはWRESTLE-1に移籍した。19年3月にはWRESTLE-1を退団し、フリー転向を表明。将来的な目標として「米国で1番大きな団体のチャンピオンになりたい」と掲げていた。

WWEパフォーマンスセンターの新契約選手として紹介された黒潮“イケメン”二郎(後列右端)(C)2020WWE,Inc.AllRightsReserved.

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日米で活躍スマザーズさん58歳死去、猪木とも対戦

80年代にアントニオ猪木と対戦経験のある米国人プロレスラー、トレイシー・スマザーズさんが死去した。28日に米プロレス団体WWEが発表した。58歳だった。死因は発表されていないが、現地メディアは、スマザーズさんが自らのSNSで19年12月にリンパ腫と診断されたことを明かしていたと報じた。

テネシー州スプリングフィールド出身のスマザースさんは82年にデビューし、87年にスティーブ・アームストロングと組んでユニット「サザン・ボーイズ」を結成。ハンサムなヤングレスラーとして活躍した。88年7月に新日本プロレスで初来日。89年4月にはアントニオ猪木とシングルマッチで対戦した。

90年、WCWに進出し、アームストロングと新ユニット名「ヤング・ピストルズ」としてタッグ戦線で躍進し、USタッグ王座を獲得。また93年には全日本プロレスで来日し、リチャード・スリンガーと組んで世界最強タッグリーグにも参戦した。その後、WWF(現WWE)やWWEのブランドECWにも参戦。トリプルHやスティーブ・オースチンとも対戦していた。

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武藤敬司「プライベートで交流」ウォリアーさん追悼

武藤敬司

日米プロレス界で人気を博したタッグチーム「ロード・ウォリアーズ」のアニマル・ウォリアーさんが60歳で死去したことを受け、ゆかりのある日本人レスラーたちも23日夜から24日にかけて次々と自身の公式ツイッターを通じ、追悼コメントをつづった。

武藤敬司は「プロレス界で一世を風靡(ふうび)した、ロード・ウォリアーズのアニマル・ウォリアーが亡くなった。何度も戦った経験があるが、実はプライベートでも交流があったんだ。天国に旅立ったホーク・ウォリアーが、きっと待っているぜ!ご冥福をお祈り致します」と投稿した。全日本プロレスの秋山準は「1999年のドーム大会で1度対戦させて頂きました。入場してきた時の迫力は今でも覚えている。謹んでお悔やみ申し上げます」などと記した。

新日本プロレスの小島聡は「私がまだ20代の頃、ロード・ウォリアーズと対戦させてもらえた。本当に格好良くて、怖くて、強かった。2002年にアメリカで大会があった時のプロモーターがアニマルさんで、その時にハンセンさんからラリアットを教わったのでした。試合以外はいつも笑顔で、大好きな人でした」と思い出を明かした。

ノアの丸藤正道は「ロード・ウォリアーズがいなければ僕はプロレスを好きになっていなかっただろう。全日本のドーム大会でおふたりにお会いできたがペーペーだった僕はただ見る事しかできなかった。そしてプロレスラーになりご縁を頂きアニマルさんと仕事をさせて頂いた。二人ともいなくなっちゃったけど永遠の憧れです」と天国に旅立った自らのスーパースターに哀悼の意を表した。

また米プロレスのWWE時代に対戦経験のあるTAJIRIは「RIPアニマル オレ、SMAKDOWN!で1度だけアニマルと闘ったことがある歴史の証言者だぜ」と独特の表現でアニマルさんの死去を悲しんでいた。

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ホーガン「兄弟よ、愛している」ウォリアーさん追悼

名物リングアナの“ミーン”ジーン・オーカーランドさんを追悼したホーガン(C)2019WWE,Inc.AllRightsReserved

日米プロレス界で人気を博したタッグチーム「ロード・ウォリアーズ」のアニマル・ウォリアーさんが60歳で死去したことを受け、「超人」ハルク・ホーガン(67)が年下レスラーの早すぎる死を悲しんだ。22日に自らのツイッターを更新し「安らかに眠れ、アニマル。わが兄弟よ、愛している。あなたと(パートナーの)ホークには、まだ未完成のビジネスがたくさんあったのに…あなたのご家族に祝福と幸運を」などと投稿した。

また全日本プロレス、新日本プロレスでも活躍した「ネーチャー・ボーイ」リック・フレアー(71)も「私の良き友人であり、偉大な敵だったロウリネイティス(アニマルさんの本名)の喪失は悲しみ以上のものがある。彼ら(ロード・ウォリアーズ)は象徴的なレスラーだ! 世界中で最高レベルの人気とファンを持っていた。安らかに眠ってください」と同日に公式ツイッターを通じ、哀悼の意を表した。

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アニマル・ウォリアーさん死去 日本プロレス界席巻

拳をつきあげるアニマル・ウォリアーさん(2002年12月2日)

日本プロレス界のタッグ戦線を熱くしたユニット「ロード・ウォリアーズ」のアニマル・ウォリアーさん(本名ジョセフ・マイケル・ロウリネイティス)が死去した。60歳だった。死因は明らかにされていない。22日、アニマルさんの公式ツイッターで関係者によって公表された。

80~90年代、相棒のホークとともにロード・ウォリアーズとして日米のタッグ戦線で活躍。ホークは03年10月に心臓発作のため46歳で死去していた。

アニマルさんは、ホークとともにロードウォリアーズとして85年3月、全日本プロレスに初来日。アニマル浜口、キラー・カーン組を4分足らずで勝利して衝撃の日本デビューを果たした。

「暴走戦士」などの異名を持ち、ジャンボ鶴田、天龍源一郎らと激闘。89年3月まで全日本に継続参戦後、90年7月からは新日本プロレスに初参戦。一時はホーク、アニマル、パワー・ウォリアー(佐々木健介)の3人でトリプルウォリアーズも結成した。

アニマルさんははモヒカン刈りに顔にペイントを施し、サングラスにレザーベストや巨大なトゲのついたアメリカンフットボールのプロテクターを装着。ホークさんと統一された派手なコスチュームでも注目され、人気を誇っていた。

アニマル・ウォリアー(左)とホーク・ウォリアー

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ジャイアント・キマラさん死去 コロナ合併症か

89年2月、全日本プロレスで谷津(手前)の首をロープに押しつけ後頭部へキックを浴びせる初代ジャイアント・キマラ

全日本プロレスなどに参戦した元WWEレスラーのジャイアント・キマラ(本名ジェームス・ハリス)さんが9日、心肺停止で死去した。70歳だった。キマラさんは5日にコロナウイルス検査で陽性反応を示し、そのまま入院。10年から高血圧と糖尿病に苦しみ、両足切断に追い込まれていた。コロナウイルスとの合併症が死因と報じる米英メディアもある。

78年にデビューしたアフリカ系米国人のキマラさんは82年からウガンダの部族をモチーフとしたフェースペイント、ボディーペイントを施し、怪奇派の巨漢レスラーとして活躍した。84年からWWF(現在WWE)に参戦。85年にはジャパンプロレスで初来日を果たした。89年には全日本プロレスにも登場し、ブッチャーとも共闘した。95年にはハルク・ホーガンの誘いでWCWとも契約した。

WWFではアンダーテイカー、アンドレ・ザ・ジャイアントらとも対戦。ホーガンは「キマラの死去はとても悲しい。親切心の塊だった。安らかに眠れ、ビッグブラザー」などとSNSを通じて悲しみをつづった。

初代ジャイアント・キマラ(1989年2月26日)
全日本プロレス ジャイアント・キマラ、アブドーラ・ザ・ブッチャー組対田上明、谷津嘉章組 谷津嘉章(下)を踏みつける初代ジャイアント・キマラ(1989年2月26日)

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延期の全日本チャンピオンカーニバル9・12開幕

全日本プロレスは8日、今年のチャンピオンカーニバルの出場者と日程を発表した。春恒例のシングルリーグ戦だが、新型コロナウイルス感染拡大の影響で延期となっていた。

10人で以下の2ブロックに分かれ、リーグ戦を実施する。Aブロック 諏訪魔(4年連続15度目)、ゼウス(7年連続7度目)、ジェイク・リー(2年連続4度目)、黒潮“イケメン”二郎(初出場)、熊嵐(初出場)

Bブロック 宮原健斗(7年連続7度目)、石川修司(4年連続4度目)、ヨシタツ(3年連続3度目)、青柳優馬(2年連続2度目)、芦野祥太郎(初出場)

9月12日に愛知・名古屋国際会議場で開幕し、10月5日東京・後楽園ホールで優勝決定戦が行われる。

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王者諏訪魔「厳しかった」パートナー下し2度目防衛

三冠ヘビー級タイトル防衛に成功した諏訪魔(撮影・中島郁夫)

<全日本プロレス:後楽園大会>◇25日◇東京・後楽園ホール

3冠ヘビー級選手権試合は、王者諏訪魔(43)が、世界タッグ王座のパートナー・石川修司(44)に27分33秒、岩石落とし固めで勝利し、2度目の防衛に成功した。

盟友対決は、序盤から激しい肉弾戦となった。石川が場外で諏訪魔を豪快に投げ飛ばすと、諏訪魔が首を負傷。そこから石川は徹底的な首狙いで諏訪魔を攻め込んだ。それでも、王者は一瞬の隙をついたドロップキックで逆転。一気にペースを奪い返すと、得意のバックドロップを連発し、最後は豪快なバックドロップホールドで3カウントを奪った。

ベルトを腰に巻いた諏訪魔は「厳しかった。首から腰にかけて電気が走った。石川選手は最高、最強のパートナーでありライバル」と激闘を振り返りつつ、ファンに「みんなで全日本プロレスを全盛期にもっていきます」と誓った。

試合後のリングには、宮原健斗、黒潮“イケメン”二郎が登場。世界タッグ王座挑戦のアピールを受けると、戦い終えたばかりの石川と相談し、これを受諾。8月30日の東京・後楽園ホール大会での対戦が決定的となった。

また、この日の興行では、コロナ禍により延期されていた「チャンピオン・カーニバル」が9月12日に開幕することも発表された。王者として臨むことになる諏訪魔は「優勝から遠ざかっているので、誰が1番乗っているのかを示したい」と力を込めた。

石川(右)にバックドロップを決め三冠ヘビー級タイトル防衛に成功した諏訪魔(撮影・中島郁夫)

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諏訪魔が初防衛 全日初、無観客3冠ヘビー級選手権

3冠ヘビー級選手権で挑戦者芦野祥太郎を高く持ち上げる王者諏訪魔(全日本プロレス提供)

<全日本プロレス:テレビマッチ>◇6月30日◇会場非公開

全日本プロレス史上初となる無観客での3冠ヘビー級選手権が行われ、王者諏訪魔(43)が挑戦者芦野祥太郎(30)を下し、初防衛を果たした。

188センチの諏訪魔に対し、芦野は174センチ。体格差では有利だが、元日体大レスリング部で馳浩氏にスカウトされプロレス界入りした芦野のパワーと技術に苦戦した。低空ドロップキックやアンクルロックで足を徹底的に攻められるが、ジャーマン連発で流れを引き寄せ、最後は芦野を高々と持ち上げてラストライドでマットにたたきつける。そのまま3カウントを奪い、27分59秒で勝利を決めた。

諏訪魔は3月23日の後楽園大会で前王者宮原健斗から王座を奪取。以来3カ月ぶり、しかも無観客での3冠戦はベテラン諏訪魔をも緊張させた。「3冠ベルト守ったぞ、オイ。全日本プロレス史上初めて無観客で3冠戦やって、勝ったぞ。ベルトと全日本の看板を守れてよかったよ」と報告した。

全日本は7月13日から有観客興行を再開する。諏訪魔はファンの前で世界タッグを保持する盟友石川修司に“究極の5冠戦”をやろうと持ちかけた。2つの統一王座である世界タッグと3冠ヘビーの5冠を諏訪魔は同じ5冠の資格がある石川との究極の戦いを以前から求めていた。「お客さんいれるのが決まったんだから、俺の夢である究極の5冠戦をやりたい」と呼びかけると、石川は「7月25日、俺とそのベルトをかけて、これぞ全日本という戦いをしませんか」と約4カ月ぶりの聖地後楽園ホールを舞台に指定した。諏訪魔は「ボロボロになるまで正々堂々と勝負したい」と話し、2人は固く握手した。

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秋山準DDT移籍「思うことあるが男は黙って尽力」

DDTへのレンタル移籍が決まった秋山準(中央)。左はDDT高木三四郎社長、右は福田剛紀社長

全日本プロレスの秋山準(50)が7月1日からDDTプロレスリングにレンタル移籍することが決まった。27日、DDT新宿FACE大会前に秋山、DDT高木三四郎社長、全日本福田剛紀社長が会見を行い、発表した。

秋山は5月にDDTの臨時コーチに就任。以来、ゲスト参戦しながら、故ジャイアント馬場の教えをDDTの選手に授けてきた。DDTのTシャツを着て会見に臨んだ秋山は「この年になって、まだ必要としてくれるところがあるということで正直うれしかった」と移籍を歓迎。「いろいろ思うことはありますが、男は黙ってDDTに尽力させていただきます」と意気込みを語った。

DDT高木社長は、ゲスト参戦後の反響と選手の刺激が今回の移籍につながったと説明した。「いろんなものを吸収したいという気持ちが強くなり、踏み込む形で参戦してもらいたいと思った。ダメもとで秋山さんにお願いし、(全日本)福田社長にも了承してもらった」と話した。

秋山は故ジャイアント馬場の王道を継承する全日本プロレスの顔であり、前社長として団体を支えてきた功労者。全日本福田社長は今回の移籍について「痛いものがある」と明かしつつ、「秋山選手の存在は日本のプロレス界の財産。業界発展のためにも広く後進の育成に尽力していただけるという思いが強くなり、最終的な結論になりました」と合意の経緯を説明した。

秋山はこの日、大石真翔、岡谷英樹と「秋山軍(仮)」を組み、竹下幸之介、勝俣瞬馬、飯野雄貴のALL OUT軍と対戦。DDTの若きエース竹下と16年6月にタッグ戦で対戦して以来以来4年ぶりに肌を合わせた。ほぼ同じ体格の2人は最初に相対し、押し合い、エルボーの打ち合いなど力で真っ向勝負。その後も秋山がエクスプロイダーを出せば、竹下がザーヒーで返すなど緊張感のある戦いが繰り広げられた。試合は飯野が岡谷にスピアを決め、勝利した。

秋山は「でかくなったな小僧。1発1発当たりも強い」と4年ぶりの竹下の成長を実感。その上で「お前はDDTの何なんだ。それが分かったらすごい選手になる。(元DDTで現新日本の)飯伏くんのようにメジャーに行くのではなく、DDTにいてメジャーと肩を並べろ。ただ、今のままじゃダメだ。お前はDDTの何なんなのかを自分で考えろ」と発破をかけた。

この日秋山は旧入場曲「Shadow explosion」で登場した。「僕が1番カッカと前に出ていた時の曲。それでいこうと思った」と新たな門出に気持ちを込めた。

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新日本110日ぶり再始動/主なプロレス団体の動き

無観客の会場であいさつする棚橋(手前中央)(撮影・滝沢徹郎)

新日本プロレスが15日、新型コロナウイルス感染拡大の影響で止まっていた試合を、無観客で110日ぶりに行った。

◆主なプロレス団体の動き 興行ができなくなった3月末から、多くの団体が無観客試合をインターネットやテレビで配信。5月25日の緊急事態宣言全面解除を受け、女子プロレス団体アイスリボンが先陣をきって今月6日に埼玉・蕨市の拠点道場で観衆50人限定興行を開催。同10日にはデスマッチを特徴とするフリーダムズが新木場1stRINGで約100人を入れて試合を行った。DDTグループは同13日から、ノアは7月18日から興行再開。全日本プロレスの興行は未定。

試合の間にリングを消毒するスタッフ(撮影・滝沢徹郎)

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真壁刀義「最前線でぶっつぶしてやる」/連載最終回

16年G1クライマックス 真壁刀義-オカダ・カズチカ オカダ(右)の連続キックを浴びる真壁刀義(2016年8月3日撮影)

<真壁刀義が語るプロレスの力(最終回)>

プロレスには不思議な力がある。24年間、プロレス界の天国も地獄も見てきた真壁刀義(47)の視点からプロレスの力を見つめ直す。最終回はプロレス界の未来について。【取材・構成=高場泉穂】

◇  ◇  ◇

6月15日、新型コロナウイルス感染拡大の影響で止まっていた新日本プロレスの試合が無観客の形で110日ぶりに再開する。午後7時開始。これだけ試合間隔が空いたのは、団体史上初めて。その間、真壁は前向きに心と体を整えてきた。

「俺たちは3カ月半も戦っていない。だが、いつでもスタートできるようにトレーニングはサボっちゃいなかったよ。俺の場合、自粛期間は家でプッシュアップしたり、マスクして近くをウォーキングしたり。その中でいいこともあったんだ。今までたまっていた疲れを取って、あらためて自分の体を見直すことができたのよ。食事のカロリーコントロールもして、トレーニングやって。だから、みんながびっくりするぐらい仕上がってるよ」

5月25日に東京、神奈川などでも緊急事態宣言が解除されたが、コロナの不安は消えない。経済的に苦しい人もたくさんいる。その中で真壁は自分たちの「立ち上がる姿」を見てほしいと願う。

「今、みんなが不安と恐怖を抱いているよね。だけど、立ち止まったら何も始まらない。感染防止のマスクや手洗い、“3密”を避けて、まだまだみんなで戦わなくてはならない。その戦いに勇気と希望を見失いそうになった時、好きなものを見たり、聞いたり、楽しんだりして、また翌日からの戦う勇気を持ってほしいんだ。それはもちろん、プロレスも同じ。俺たちの戦う姿勢、立ち上がる勇気を見て、感じて欲しい。立ち上がれば、前に進むだけ。みんなで前へ進もう」

興行を主な収入源とするプロレス界は、コロナによって苦境に追い込まれた。2月末に政府が出したイベント自粛要請によってほとんどの興行が中止。指示が解除された3月中旬には、いくつかの団体が観客を入れた興行を行ったが、4月7日発令の緊急事態宣言をもって、再び興行できない状況となった。

だが、止まっているわけにはいかない。各団体がさまざまな形でプロレスの灯を消すまいと動いた。

ノア、DDT、全日本プロレスなど複数の団体は感染予防に努めながら無観客テレビマッチを実施。団体存続のためにクラウドファンディングを行った大日本プロレス。外出制限で困っている老人らを対象に、無償の送迎、買い物サービスを行ったゼロワン。すべてプロレスを続けていくため、必死に動いた。

業界の雄である新日本は影響力も考慮し、試合を自粛し続けたが、緊急事態宣言解除後に選手、一部スタッフの抗体検査を行い、無観客の形で3カ月半ぶりの試合にこぎつけた。7月11、12日には人数制限した上で、観客を動員した試合を、大阪城ホールで行う。

既に複数の団体は小規模での興行を再開している。大きな会場が超満員となり、熱狂に包まれる-。そんな風景が戻るまで、時間はかかるかもしれない。だが、真壁はその先を見つめる。プロレス界全体が復活するだけでなく、さらに進化していかなければならないと。

「満足したら隙ができる。前進が止まる。そしたら、いいもん生まれねえよ。だから、俺たち新日本プロレスはここまでうまくやってきたけど、もっといかなきゃだめだと思ってる。そして、新日本プロレスみたいな団体がもっといっぱいなきゃ、だめだと思う。新日本プロレスが今の状態になったのは、選手や社員がそれぞれ尋常じゃない戦いを続けてきたから。新日本だけ上にあがればいいと思うかもしれないけど、そうじゃない。他の団体には昔の俺のように、くすぶってるやつがいると思うんだ。頑張って、はいあがろうとしているやつにはチャンスを与えてほしいし、あがれるというのを分からせたい。考えた上で、勝負に出る。そうしていれば、第三者でお前にかけてみる、というやつが出てくるから」

ブレークするまで長く険しい道を歩いてきたからこそ、言える。何度負けても「最後に勝ちゃいいじゃねえか」と。コロナ禍の今、真壁は世の中の人たちに、そして自分にハッパをかける。

「こういう時こそ、本領発揮しなくちゃいけないのがプロレスだと思ってる。プロレスを見て、立ち上がる勇気、勇気をもってほしい。俺が言ってるのは理想だ。難しいこともあるかもしれない。でも、それを踏ん張って頑張るのがこれから。俺の立場でいうと、昔はベルトさんざん巻いて言いたいこと言ってたけど、いまはベルト戦線に入っているわけではない。ただ、落ちぶれているわけではないんだ。俺、いつも思うのよ。対戦相手はチャンピオンだろうがなんだろうが、関係ねえ。容赦しねえ。いつでも最前線に出る用意はできてる。こんなの冗談でもリップサービスでもない。いきなり最前線でぶっつぶしてやるからなって思ってる」

プロレスラーは6メートル四方のリングの上で、相手の技を逃げずに受けきり、何度倒れても立ち上がる。いつの時代も変わらぬその姿こそが、プロレスの力なのかもしれない。(おわり)

真壁刀義(2019年4月23日撮影)

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全日本50周年へ カーベルとスポンサー契約延長

全日本プロレス福田剛紀社長(左)と株式会社カーベルの伊藤一正社長

全日本プロレスは28日、都内で会見を開き、株式会社カーベルと2年間のスポンサー契約を結んだと発表した。

新車リースや格安レンタカーをフランチャイズ展開する同社は、17年9月からスポンサーとなっており、伊藤一正社長(49)は、「カーベル伊藤」として度々、全日マットに上がっていた。全日本が創立50周年を迎える22年までその契約を延長した形だ。会見に出席した全日本福田剛紀社長(54)は「若く元気のある会社にサポートしていただき、私たちもまだまだ伸びていけると希望を持っている」と感謝を述べるとともに、2年後の50周年イヤーに向け「躍進を遂げなければいけない」と成長を誓った。

会見ではカーベルの伊藤社長が、新型コロナウイルスの影響で年商75億円のうち、約20%にあたる15億円売り上げが下がると明かした。そんな苦しい状況でもスポンサーを続ける理由は「僕が選手として活動しているから」。試合に出る中で触れあってきた選手、ファン、スタッフの顔が浮かび、こんな時こそ「仲間の役に立ちたい」と思ったことが決め手だったと説明した。幸い、社員も歓迎ムードだという。伊藤社長は「社内でハレーションも起きず、やるなぁ、みたいな、早く全日本プロレスを見たいという声の方が多い」とうれしそうに語った。

伊藤社長は、スポーツのスポンサーをする他の企業にもメッセージを送った。「あらゆるスポーツのスポンサーさんが、どうしようかな、ときっと今悩んでいると思う。でも、プロスポーツというのは団体、ファン、スポンサー、三位一体とならない限り存続しない。だから、プロ、アマ問わず、なんとか費用を捻出していただいて、スポーツが持つ素晴らしさを失うことなく、力添えに頑張っていただきたい」。プロレスに限らず、スポーツ界全体の発展のため協力をあおいだ。

また、全日本はこの日、4月に行う予定だった春の祭典「チャンピオンカーニバル」を9月から10月にかけて開催すると発表した。

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DDT赤井沙希が安納サオリに勝利、尊敬の思い吐露

安納サオリ(左)にビッグブーツを決める赤井沙希(DDTプロレスリング提供)

<DDT:DDTTVSHOW!#3>◇16日◇DDTTVSHOWスタジオ

“浪速のロッキー”こと赤井英和の娘、赤井沙希(33)が、“おきばりやす七番勝負”の6戦目で安納サオリ(29)を下し、3勝3敗とした。

9日の前哨戦で敗れていた赤井は、いきなりビッグブーツの連発で先制。安納のイス攻撃やジャーマンに苦戦するも、最後はケツァル・コアトルで丸め込んで3カウントを奪った。試合後、赤井は隠していた安納への尊敬の思いを吐露した。「他団体だけど意識してた。安納さんみたいに、強くて、かっこよくて、華のある人が、もっと女子プロレスを引っ張っていくべき。女子プロレスを引っ張っていきましょう」と呼びかけ、安納と握手をかわした。

安納もバックステージで「赤井さん、ずるい。あんなにきれいで、強くて、性格よくて、なんなの。私は沙希さん好きです。試合が決まって、赤井さんの本気を感じたかったから意地悪なことを言った。負けたけど、また試合がしたい」とコメント。試合を通じ、熱いお思いが通じ合った。

昨年11月からスタートした七番勝負は、次が最終戦。対戦相手について、今林APは「(6月7日予定だった)さいたまスーパーアリーナ(大会)で予定していましたが、現時点では未定。必ず最終戦にふさわしい選手を用意します」と大物登場をにおわせた。

メインでは遠藤哲哉(28)が樋口和貞(31)を破り、KO-D無差別級王座への挑戦剣を奪還。王者・田中将斗(47=ゼロワン)に挑戦する権利を再び手にした。新たにDDTのゲストコーチに就任した全日本プロレスの秋山準(50)もタッグ戦に出場した。

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秋山準「馬場さんから受け継がれたものをDDTに」

握手ではなく、肘タッチするDDTの高木三四郎社長(左)と全日本の秋山準(DDTプロレスリング提供)

DDTプロレスリングのゲストコーチに就任した全日本プロレス秋山準(50)が9日、DDTテレビマッチに登場し、「(ジャイアント)馬場さんからぼくに受け継がれたものをDDTにすべて教えたい」とあいさつした。

きっかけは秋山のツイートから。秋山は4月12日に「1~10までプロレスの技術を全て俺が教えたらどんなプロレスラーになるのかな…」「プロレスは正直、試合でみなさんにみせているのは6~10だと思います。それで成立するんだと思います。ですが、1~5を持っていると持ってないのはまったく違うと思います」などとツイート。それを目にしたDDTの高木三四郎社長(50)が4月中旬ごろ正式にコーチを打診した。

高木社長は「今、DDTも、プロレス界もそうなんですけど、どうしても出ていくというより、守るべき時期。であれば、うちのDDTの選手を秋山選手が培ってきた歴史と伝統、そしてプロレスの1~10を教わりたいと思った」と依頼の理由を説明。秋山は米国を拠点とする世界最大のプロレス団体WWEにゲストコーチとして招かれていたが、新型コロナウイルス観戦拡大により、渡米は延期。また、興行ができず互いの団体に時間の余裕ができたことで実現に至った。

高木社長は「こういう時期なので、渡米されていないかなと思ってダメもとでお願いしたら、引き受けていただいた。また、全日本さんの巡業のスケジュールがあり、うちも月に半分ぐらいは試合なので難しかったと思う。いまは時間に余裕がある。守りじゃないですけど、いま一度ひいて考えるのもいいかと思った。今は貪欲にプロレスを学んでいかないといけない時期。うちの選手も貪欲になってもらいたい」と所属選手の成長に期待した。

また、秋山はDDTの試合にもしばらくゲスト参戦する予定だ。気になる選手として、「以前にも当たったことあるんですけど」と、16年にタッグマッチで対戦した若きエース竹下幸之介(24)の名前を挙げた。ジャイアント馬場、四天王プロレスを体感してきた秋山はその経験を「宝」と表現。「それをこれから活躍するであろう若い選手に、DDTさんだけでなく教えたい」。機会があれば、団体問わず伝えていくとした。

高木社長は「忖度(そんたく)なく、厳しくお願いします」と秋山に手加減なしの指導を要求。2人は、感染防止のため握手ではなく、肘タッチで協力を誓った。【高場泉穂】

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