上へ戻る

au版ニッカン★バトル

記事検索

井上尚弥ら「激闘王」八重樫東を語る/まとめ

元世界3階級王者・八重樫東(37)が現役引退を発表した。激しく打ち合うスタイルから「激闘王」と呼ばれた名王者を、選手、関係者、歴代担当記者などが語ります。

特別スパーリングを終えポーズをとる井上尚弥(左)と八重樫東(2014年5月19日撮影)

◆八重樫東(やえがし・あきら)1983年(昭58)2月25日、岩手・北上市生まれ。黒沢尻工3年でインターハイ、拓大2年で国体優勝。05年3月プロデビュー。06年東洋太平洋ミニマム級王座獲得。7戦目で07年にWBC世界同級王座挑戦も失敗。11年にWBA同級王座を獲得し、13年にWBCフライ級王座を獲得して3度防衛。15年にIBFライトフライ級王座を獲得し、日本から4人目の世界3階級制覇を達成した。2度防衛。160センチの右ボクサーファイター。通算28勝(16KO)7敗。家族は彩夫人と1男2女。

関連するニュースを読む

全力で相乗効果も…松本トレーナー語る八重樫の強さ

松本トレーナー(左)とのミット打ちを消化する元3階級制覇王者八重樫東(2019年3月5日撮影)

<ボクシング、「激闘王」八重樫東を語る~4>

元世界3階級王者・八重樫東(37)が現役引退を発表した。激しく打ち合うスタイルから「激闘王」と呼ばれた名王者を、選手、関係者、歴代担当記者などが語ります。デビューから15年間コンビを組んできた、元東洋太平洋フェザー級王者の松本好二トレーナー(50)は、類いまれな精神力の強さが、世界王者につながったと振り返りました。

 ◇    ◇   

世界の舞台で、これだけ長く一緒に戦ってこられたのは、僕にとっても最高の財産です。あらためて思い返してみると、大橋ジムに入ってきた時は、今のように、「とことん頑張る」というタイプの選手ではなかったんです。それが川嶋(勝重)の練習への姿勢を見たり、後輩に(井上)尚弥が入ってきたりする中で、どんどん良い方に変わっていきました。尚弥は、階級も近く、比較もされますし、「自分」を持っていない選手だったら、気持ち的にもぶれる環境だったと思いますが、八重樫は最後までぶれなかったですね。

激しい打ち合いの連続で、身内からしたらハラハラする選手でしたが、無事に引退を迎えられて、寂しい半面、トレーナーとしても、キャリアをまっとうさせてあげられたのかなという自負もあります。

忘れられないのは、日本王者時代ですね。けがの連続で、万全の状態でリングに立つことがほとんどできませんでした。実際、会長は「引退」も考えていましたし、2度目の防衛戦の初回にダウンした時は、「厳しいかな」と思いました。でも、その試合を逆転で勝ちきって、そこから、吹っ切れたように世界が近づいていった感じがします。

八重樫の練習を受けるのは、こちらも真剣勝負です。普通の選手は、トレーナーとのミット打ちは、だいたい1日に3~4ラウンド程度なのですが、八重樫は多いときは、10ラウンドを超えます。僕も体力的に相当きついですが、八重樫がすべてのラウンドを全力でくるから、こっちも、少しでも良いコンディションにしてあげたいと、相乗効果が生まれるんです。その姿勢は、世界王者になっても変わらなかったですね。

八重樫のボクシングへの向き合い方は、後輩ボクサーの手本になると思います。負けても一生懸命頑張ればチャンスがくるんだというのを背中で示してくれましたし、試合の結果がすべてではないということを伝えてくれました。

世界王座を取ったポンサワン戦の前に、実は別の世界王者に挑戦する話がほぼ決まっていたんですが、東日本大震災で試合が流れてしまったんです。僕も現役時代に世界に3度挑戦させてもらっていますし、何年も待ってつかみかけたチャンスですから、その悔しさは分かります。

なので、会長に「1週間ぐらい休ませたい」とお願いし、リフレッシュするように八重樫に伝えたんです。ところが、「他にやることがないんで、練習してもいいですか?」と言ってきました。自分の現役時代と比較し、「こういうやつが世界王者になるんだろう」と、その時に思いました。

いろんな激闘がありましたが、やはりロマゴン(ローマン・ゴンサレス)戦は特別でした。前半は足をつかう作戦だったんですが、1ラウンドを終えてコーナーに戻ってくると、八重樫が「打ち合いたいです」と言ってきたのです。わずか60秒のインターバルですから、長く話すことはできませんし、相手と向き合って八重樫が感じた「風」が正解なんだと僕も覚悟を決めました。「行くのか?」「行きます!」「止めてもいくんだろ?」「はい!」。そんな短い会話をかわした、八重樫は楽しそうな笑顔でした。そのシーンが写真で残っていて、それは僕にとっても特別な1枚ですね。

その試合で結果(9回TKO負け)は残せませんでしたが、世界戦が決まれば、2人で作戦を立てて、何カ月も前から、その日に向かって作りあげていきます。八重樫が世界を取って以降は、「俺は教える立場かもしれないが、ずっと一緒に戦ってきた同士だと思っている」と言ってきました。あらためて、15年間、ありがとう、お疲れさまと伝えたいですね。これからは、八重樫の持っているトレーニング方法や減量の知識を1人でも多くの後輩に伝えていってほしいですね。

関連するニュースを読む

八重樫東、力作「子育て論」初講演に見た豊かな話術

八重樫東(左)と大橋秀行会長(19年12月撮影)

<ボクシング、「激闘王」八重樫東を語る~3>

元世界3階級王者・八重樫東(37)が引退した。激しく打ち合うスタイルから「激闘王」と呼ばれた名王者を、選手、関係者、歴代担当記者などが語ります。

◇  ◇  ◇

WBC世界フライ級王座を獲得し、2階級を制覇した13年8月だった。八重樫が練習後、所属ジムで汗を流しながらじっとスマホを凝視しているシーンで出くわした。画面をのぞかせてもらうとメモに大量の文字が…。翌月に控えているという講演内容を入力していた。「4日間かけてスマホでつくりましたよ…」という力作は、印刷すればA4サイズの用紙8枚分にも及んだ。

世界王者になって以降、何度かボクシングをテーマに講演していたが、この時の依頼は子育て論だった。「ボクシングの話以外でオファーが来るとは思っていなかった」と苦笑しつつも、75分間分をきっちりと構成していた印象が強く残っている。不慣れな内容に緊張はマックスだったそうだが、講演当日の9月7日早朝に次女一永(ひとえ)ちゃんが生まれ、開口一番に愛娘の誕生を報告。「最初のつかみが大事だと聞いていたのですが、一永のおかげで助かりました」。70人以上が集まった講演会で、ボクシング以外の話題に耳を傾けてもらったことが自信になったそうだ。

当時、八重樫は30歳。三十路(みそじ)となり「発言力」に磨きがかかっていた。05年のプロデビュー当時、八重樫の記事には大橋秀行会長の「秘蔵っ子」と書かせてもらったが、スポーツ界でトップクラスと言える師匠の巧みな話術を近くでみながら吸収。ボクシングとともに、発言1つ1つにも力強さが加わっていた。人に自らの考えや思いを伝えることで、頭で思考が整理されると言う。世界王者になったことで生まれたリング外の経験は、八重樫をさらにグレードアップさせていたと感じていた。

ボクシングファンだけでなく、取材に訪れる数多くの報道陣にも好かれていたのは、自らの生きざまを表現できる魅力があったから。あの子育て論の初講演から7年後の9月、ついに引退の時がきた。今度は八重樫の「秘蔵っ子」たちにボクシングテクニックとともに、人間力豊かな話術も継承していってほしいと願っている。【元ボクシング担当=藤中栄二】

関連するニュースを読む

できることは何でもやる…八重樫を成長させた貪欲さ

八重樫(2019年12月10日撮影)

<ボクシング、「激闘王」八重樫東を語る~2>

元世界3階級王者・八重樫東(37)が現役引退を発表した。激しく打ち合うスタイルから「激闘王」と呼ばれた名王者を、選手、関係者、歴代担当記者などが語ります。第2回は、ボクシング担当記者が見た激闘王の裏にある一面、貪欲さについてです。

   ◇   ◇   ◇

ボクシングジムには似つかわしくないものが、窓の桟に置かれていた。八重樫の引退試合となった昨年12月の世界戦。その試合を控え、練習をのぞきに行った時に発見した。お手玉だった。「ボクが持ってきました。若い選手もやってみればと思って」と話した。

試合前は家族と離れ、マンションで単身生活が恒例だった。練習、試合に集中するため。この時は部屋で暇な時間にテレビを横目に、お手玉で遊んでいたという。知り合いのインストラクターから教わり、今回採り入れた真剣なトレーニングの1つだった。

右半身は言語や思考の論理の左脳、左半身はイメージや芸術感覚の右脳がつかさどる。現代は左脳中心の社会でバランスが崩れがちで、両手を使えば右脳の刺激になる。さらに右脳は空間を認知し、ボクシングに重要な距離感につながる。ボクシングに通じるならと取り組み、後輩にも勧めることになった。

大橋会長は「中身の濃い15年間で、教えられることも多かった」と振り返った。「いろんな方法を採り入れ、日本で一番知識がある。科学的研究に熱心で、3階級制覇にもつながった」。激闘王の裏にある一面を高く評価していた。

練習後よりも練習前の取材が多かった。普通はシューズを履き、バンデージを巻くと練習に入る。八重樫はプロテインやさまざまなサプリを飲むので、その合間にも話を聞くことができた。サプリメントは何十種類も使ってきたと聞いた。

昔はロードワークとジムワークが練習だった。今はフィジカルトレーニングが必須で、体幹などの強化に不可欠だ。八重樫は拓大の先輩内山と同じコーチに指導を受けていた。それに満足できず、他ジムの階段トレにも積極参加。刺激を求めてフィジカルコーチを替えたこともある。ボクシングのためなら、できることは何でもやる。実に貪欲だった。

世界初挑戦のアゴ骨折に始まり、ケガも多かった。左肩を痛めてパンチを打てずにぶっつけ本番。酸素カプセルに入っていて急性胃炎で救急搬送されたことも。数々の苦難もあらゆる手を尽くして乗り越え、ボクサーとして人として成長してきた。それが「ボクシングは人生を豊かにしてくれた」の言葉となった。

最後の試合翌日も、八重樫はいつも通りジムに行った。あいさつで終わらず、体を動かしてから帰ったそうだ。練習の虫でもある。どんな八重樫2世を育てるか楽しみだ。【河合香】

会見で笑顔を見せる八重樫(大橋ジム提供)

関連するニュースを読む

八重樫東さんがオンラインサロン、技術解説など配信

ボクシング元世界3階級制覇王者の八重樫東さん(2019年12月10日撮影)

ボクシングの元世界3階級制覇王者で、1日に引退を発表した八重樫東さん(37)が2日、自身のSNSを更新し「激闘王 八重樫東 オンラインサロン」(gegitoo.com)を開設したと報告した。

オンライサロンは月額会費制のWEB上で展開されるコミュニティーで、八重樫さんは「僕の信念でもある『健全な精神は健全な肉体に宿る』という考え方のもと、さまざまな角度から見たボクシングの素晴らしさや、奥深さを、1人でも多くの方にお伝えしたいと思っています。昔からボクシングが大好きな人も、最近ボクシングに興味を持った人も、みんなが一緒に楽しめるサロンを作っていきたいと思います」と抱負をつづった。

月額は3300円(税込み)で、キャリアを振り返った話や、ディテールにこだわった技術解説、メンタルについての記事のほか、サロン限定のオリジナル動画も配信していく。また、会員との交流イベント、LIVE配信も行っていくという。

関連するニュースを読む

井上尚弥、八重樫とのスパー「指標」に成長を実感

井上尚弥(左)と八重樫東(2018年6月5日撮影)

<ボクシング、「激闘王」八重樫東を語る~1>

元世界3階級王者・八重樫東(37)が現役引退を発表した。激しく打ち合うスタイルから「激闘王」と呼ばれた名王者を、選手、関係者、歴代担当記者などが語ります。初回は、同門のWBA、IBF世界バンタム級統一王者・井上尚弥(27)です。

 ◇    ◇   ◇

八重樫さんとは、自分が高1の時から、2014年に世界王者になる頃まで、スパーリングをさせてもらっていました。スパーを始めた当初、八重樫さんは日本チャンピオンで、体が強く、当たり負けてしていたのを覚えています。

当時は、試合では足を使うスタイルでしたが、スパーでは今と同じでファイターでした。打ち負けることもありましたし、父(真吾トレーナー)と、八重樫さんとのスパー映像を見返して、作戦を立て、次のスパーで試すという作業を繰り返していました。高2、高3年となるにつれて、少しずつ食らいついていけるようになったことで、「指標」ではないですが、自分自身の成長を実感することができました。

僕が大橋ジムと契約したのは、八重樫さんと井岡さんの試合のタイミングでした。ロマゴンとの試合もそうですが、常に「激闘」を貫き、どんな試合でも、会場に来たお客さんは満足して帰る。そこに、プロとしてのすごさを感じました。

八重樫さんから「現役の最後にスパーをやりたい」と言われ、8月に、約7年ぶりに拳を交えました。わずか2ラウンドでしたが、八重樫さんのボクシングへの思いが伝わり、僕自身、感じたものは少なくありませんでした。トップで走ってきた先輩の最後の相手を務めることができて、自分にとってもすごく良い経験になりました。

八重樫さん、15年間の現役生活、本当にお疲れさまでした。そして、これからもよろしくお願いします!

◆井上尚弥(いのうえ・なおや)1993年(平5)4月10日、神奈川・座間市生まれ。元アマ選手の父真吾さんの影響で小学1年から競技を開始。相模原青陵高時に史上初のアマ7冠。12年7月にプロ転向。当時の国内最速6戦目で世界王座(WBC世界ライトフライ級)奪取。14年12月にWBO世界スーパーフライ級王座を獲得し、史上最速(当時)の8戦目で2階級制覇。19年5月にIBF世界バンタム級王座を奪取し、3階級制覇。家族は咲弥夫人と1男1女。165センチの右ボクサーファイター。

特別スパーリングを終えポーズをとる井上尚弥(左)と八重樫東(2014年5月19日撮影)

関連するニュースを読む

家族と一緒に…引退八重樫東の防具に3人の子供の絵

引退会見した八重樫東(中央)。左は松本好二トレーナー、右は大橋秀行会長(大橋ジム提供)

ボクシングで元世界3階級制覇王者の八重樫東(37=大橋)が1日、現役引退を表明した。

オンラインの会見では、15年間の現役生活について語ると同時に今後の活動などについても言及した。また、歴代担当記者が、八重樫との思い出を振り返った。

   ◇   ◇   ◇

ボクサーが唯一身につけることを許された防具がある。ノーファウルカップ。急所を保護するためにつける。八重樫は拓大時代からのものを使ってきた。この愛用品にも家族愛が表れていた。

モットーの「懸命に悔いなく」。その文字とともに、長男圭太郎くん、長女志のぶちゃん、次女一永ちゃんと3人の子供の絵が描かれている。いつからか、世界戦前は単身でマンション生活を送るようになった。練習、試合に集中するため。子供の絵は3階級制覇後の防衛戦を控え、マンション生活の合間に自らが描いた。

1カ月以上家族と離れ、最初の頃は週末には家に帰っていた。終盤はそれも我慢して、テレビ電話での会話も封印した。「パパ頑張って」という、涙声の留守電が入っていたこともしばしばだった。

試合中は長男の声援が会場にいつも響いていた。勝ったリング上では、彩夫人と一家5人の記念撮影も恒例だった。「子供に引退は言っていない。これからも。試合がなければ分かるでしょう」と素っ気なく言った。何よりもノーファウルカップが、家族を思い、家族と一緒に戦ってきたことを示していた。【河合香】

◆八重樫東(やえがし・あきら)1983年(昭58)2月25日、岩手・北上市生まれ。黒沢尻工3年でインターハイ、拓大2年で国体優勝。05年3月プロデビュー。06年東洋太平洋ミニマム級王座獲得。7戦目で07年にWBC世界同級王座挑戦も失敗。11年にWBA同級王座を獲得し、13年にWBCフライ級王座を獲得して3度防衛。15年にIBFライトフライ級王座を獲得し、日本から4人目の世界3階級制覇を達成した。2度防衛。160センチの右ボクサーファイター。通算28勝(16KO)7敗。家族は彩夫人と1男2女。

3人の子供が描かれた八重樫のノーファウルカップ

関連するニュースを読む

八重樫はグッドルーザー、あご割れようが悲壮感なし

12年6月20日、9回、腫れた顔面で井岡(右)にパンチを浴びせる八重樫

ボクシングで元世界3階級制覇王者の八重樫東(37=大橋)が1日、現役引退を表明した。

オンラインの会見では、15年間の現役生活について語ると同時に今後の活動などについても言及した。また、歴代担当記者が、八重樫との思い出を振り返った。

   ◇   ◇   ◇

3階級世界制覇の偉大な王者の八重樫だが、自分の中ではグッドルーザー(素晴らしい敗者)という言葉が思い浮かぶ。激闘の敗戦後、想像を超えたダメージを負いながらも、さわやかさが漂う。そこに勝負師としての潔さを感じた。

07年6月4日。24歳だった八重樫の世界初挑戦。全盛期のWBC世界ミニマム級王者イーグル京和の強打で、2回にあごを骨折。その後は口も閉じられず、9回以降はマウスピースの交換もできなかったが、セコンドに「最後までやらせてください」と、目で訴え、最終12回まで戦い抜く。試合後は、もちろん話せず、タオルであごをつった。それでも報道陣に笑顔すら浮かべ、あごを割られた王者には頭を下げ、敬意を示した。

12年6月20日、WBA王者として迎えたWBC王者井岡一翔との王座統一戦。序盤に被弾した両目は中盤からみるみる腫れたが、あきらめない。試合を止めようとした医師には「僕はもともと目が細い顔立ちなんです。やらせてください」。判定負けの試合後、両目はほとんど開かず、異様なほど腫れ上がったが、6歳下の井岡に「ありがとう」。ファンにも深々と頭を下げた。翌日の一夜明け会見では、痛々しい見た目と違って悲壮感はない。「子どもたちにはい上がる姿を見せたい」と前を見た。

リングでは「激闘王」の異名通り、絶対に下がらず、捨て身で愚直に前に出て攻め続ける。前述のような大けがと背中合わせだが、そのスタイルを最後まで貫いた。普段は子煩悩で、優しい性格。ボクサーとは思えない、癒やし系の雰囲気を醸し出す。そのギャップも魅力的だった。【田口潤】

◆八重樫東(やえがし・あきら)1983年(昭58)2月25日、岩手・北上市生まれ。黒沢尻工3年でインターハイ、拓大2年で国体優勝。05年3月プロデビュー。06年東洋太平洋ミニマム級王座獲得。7戦目で07年にWBC世界同級王座挑戦も失敗。11年にWBA同級王座を獲得し、13年にWBCフライ級王座を獲得して3度防衛。15年にIBFライトフライ級王座を獲得し、日本から4人目の世界3階級制覇を達成した。2度防衛。160センチの右ボクサーファイター。通算28勝(16KO)7敗。家族は彩夫人と1男2女。

07年6月5日、WBC世界ミニマム級タイトルマッチ・イーグル京和戦で上あごの両側骨折の重傷を負った八重樫東のエックス線写真
9回、ゴンサレスに右アッパーを見舞う八重樫東(撮影・たえ見朱実)

関連するニュースを読む

八重樫飾らぬ生き様 優しい笑顔の裏「反骨心」支え

2016年5月8日 IBF世界ライトフライ級タイトルマッチ 12回、マルティン・テクアペトラ(右)に強烈なボディをー見舞う八重樫東

ボクシングで元世界3階級制覇王者の八重樫東(37=大橋)が1日、現役引退を表明した。オンラインの会見では、15年間の現役生活について語ると同時に今後の活動などについても言及した。また、歴代担当記者が、八重樫との思い出を振り返った。

   ◇   ◇   ◇

頑固な人情派。そんな人だと思っている。16年5月のIBFライトフライ級王座のV1戦の2週間前の夜に突然、電話がかかってきた。「明日、時間ありますか? ついてきてほしいところがあって…」。翌日、指定された横浜の中華街に行くと、「引退です」と告げられた。もちろんジョークだったが、左肩甲下筋損傷と左肩関節唇損傷。医師から手術を勧められるほどの大けがを明かされた。

左腕は痛みで横にも動かせず、打てるパンチはジャブのみ。それでも、八重樫は「試合は出ます。それは決めました」ときっぱりと言った。理由は、陰で「ボス」と呼ぶ、大橋会長への思いだった。14年に世界戦で連敗。引退報道も出る中「お前はジムの功労者だ」と再挑戦への交渉に奔走してくれた姿を見ていた。だからこそ「このタイトルだけは特別。興行に穴はあけられない」と腹を決めた。

そんなやりとりを中華街の真ん中でしていると、携帯の画面にうつる、治療院の広告らしき文言を見せられた。「『神の手』でどんな痛みも治してみせます」-。怪しみながらも、八重樫のわらにもすがる思いを感じ、店舗探しを手伝った。だが、“ゴッドハンド”はすでに帰国していた。それでも、3日後には「ハリウッドスターの腰痛を、さするだけで治す人を見つけました」と連絡がきた。

「しがみつく人間にしかチャンスはこない」。左肩をなでながら、自分に言い聞かせるように何度もつぶやいていた。結局、痛みを隠してリングに立った。格下相手に2-1の僅差判定勝ち。試合後の会見でもけがのことは言わなかった。人がいなくなり、記者を見つけると、にやりと笑った。「ひどい内容でも、ベルトが残れば僕の勝ちです」。忘れられない思い出だ。

キャリア終盤、“エゴサーチ”をして、「八重樫はパンチドランカー」「壊れている」というコメントを見つけ、「ぼくのこと、ドランカーだと思ったことありますか?」と興奮気味に聞かれたことがあった。優しい笑顔の裏の反骨心が、「激闘王」の支えだった。好きな言葉は、努力、辛抱、覚悟。飾らない生きざまが、八重樫の魅力だと思う。【奥山将志】

◆八重樫東(やえがし・あきら)1983年(昭58)2月25日、岩手・北上市生まれ。黒沢尻工3年でインターハイ、拓大2年で国体優勝。05年3月プロデビュー。06年東洋太平洋ミニマム級王座獲得。7戦目で07年にWBC世界同級王座挑戦も失敗。11年にWBA同級王座を獲得し、13年にWBCフライ級王座を獲得して3度防衛。15年にIBFライトフライ級王座を獲得し、日本から4人目の世界3階級制覇を達成した。2度防衛。160センチの右ボクサーファイター。通算28勝(16KO)7敗。家族は彩夫人と1男2女。

引退会見に臨んだ八重樫(左から3人目)。左から松本好二トレーナー、中垣龍汰朗、1人おいて大橋秀行会長(大橋ジム提供)

関連するニュースを読む

八重樫、激闘王の愛称は「これからも宝物」一問一答

会見で笑顔を見せる八重樫(大橋ジム提供)

ボクシングで元世界3階級制覇王者の八重樫東(37=大橋)が1日、オンラインで会見し、現役引退を表明した。

2月に大橋秀行会長から引退を勧められて決意した。05年3月にプロデビューし、11年にWBAミニマム級、13年にWBCフライ級、15年にIBFライトフライ級の王座を獲得し、日本選手3人目の3階級制覇を達成。どんな相手にも逃げずに激しく打ち合うスタイルから「激闘王」の異名を取った。昨年12月にTKO負けしたIBFフライ級王者ムザラネ戦が、最後の試合となった。通算成績は35戦28勝(16KO)7敗。一問一答は以下の通り。

-山あり谷ありのボクサー人生

八重樫 常に前を向いて、今日よりも明日がいい日になればいいと進んできた。長いマラソンを完走できたのはいろんな人の協力があったから。ファンの方の応援があったから、劣勢になってもパンチが出せた。

-「激闘王」の愛称

八重樫 大好きです。打ちつ、打たれつのボクシングで、すごく親しみのあるニックネームでこれからも宝物になると思う。

-3階級制覇

八重樫 誇れるのは世界王者になれたことではなく、負けても立ち上がったこと。(3階級は)結果そうなったが、強い相手に勝ちたいという思いが1番。強くなりたいと思って、結果的についてきた。

-今後はトレーナーとして、先月プロデビューした「アマ8冠」の中垣を指導していく

八重樫 引退しても大橋ジムの八重樫として生きていきたい。会長の力になれるように、自分の経験と知識を後輩たちに伝えていければ。

引退会見に臨んだ八重樫(左から3人目)。左から松本好二トレーナー、中垣龍汰朗、1人おいて大橋秀行会長(大橋ジム提供)
トレーナーとして担当する中垣(左)から花束を贈られ笑顔の八重樫(大橋ジム提供)

関連するニュースを読む

大橋会長「第2の八重樫をどんどん出したい」

引退会見に臨んだ八重樫(左から3人目)。左から松本好二トレーナー、中垣龍汰朗、1人おいて大橋秀行会長(大橋ジム提供)

ボクシングの元世界3階級制覇王者・八重樫東(37=大橋)が1日、横浜市内の所属ジムで会見し、現役引退を発表した。

   ◇   ◇   ◇

会見に同席した大橋会長は「ボクサーとしても人間としても成長していく姿を間近で見てきて、教わることがたくさんあった」と愛弟子の引退について語った。ジム初の世界王者川嶋勝重氏の背中を見て育った八重樫が、大橋ジムの歴史を後輩たちにつないだ。「井上尚弥らが八重樫の背中を見て、大切なものを教わった。第2の八重樫をどんどん出していきたい」と話した。

引退会見した八重樫東(中央)。左は松本好二トレーナー、右は大橋秀行会長(大橋ジム提供)

関連するニュースを読む

さらば「激闘王」八重樫東!殴られ殴った/写真特集

ボクシングの元世界3階級制覇王者・八重樫東(37=大橋)が1日、横浜市内の所属ジムで会見し、現役引退を発表した。「本日、9月1日をもちまして、引退することを決意しました。たくさんの応援をしていただき、一生懸命、プロボクシングができたことを誇りに思います。ありがとうございました」。思い出の試合に、WBC世界フライ級王者時代のローマン・ゴンサレス戦をあげ、「常に前を向いて、今日よりも明日がいい日になればいいと進んできたので、後悔はない。15年間、一生懸命走ってきたつもり。人間なので転ぶ時もあれば、休む時もあったが、それでいいと思っている。100メートル走ではなく、マラソン。今日、こうやって完走できてうれしく思う」と山あり谷ありの現役生活を振り返った。

大橋秀行会長 中身の濃い15年だった。最初の世界戦でケガして引退してもおかしくない。引退勧告も何度もしたが、ここまで大きく人間としても成長するとは、こちらも教えられた。負けて大歓声は八重樫以外見たことない。いろんなトレーニングを採り入れ、食事や減量など日本で一番知識がある。精神力はもちろん、科学的研究も熱心だった。後輩に教えてもらい、第2の八重樫を育てていきたい。

デビュー戦からコンビを組んできた松本好二トレーナー (日本王者時代に)けがでもう辞めた方がいいと思う時期もあったが、諦めずによく世界王者になってくれた。一緒に歩めたのはトレーナー冥利(みょうり)に尽きる。

11年10月25日、チャンピオンベルトを掲げ「ベルトとったぞー」と絶叫する八重樫

14年9月5日、王者陥落した八重樫は、WBCから贈られたメダルをかけて引き揚げる

14年9月5日、9回、八重樫(右)はゴンサレスの左アッパーをまともに受ける

WBC世界ミニマム級タイトルマッチ(07年6月4日・初王座奪取に失敗)

八重樫東判定
0-3
イーグル京和

07年6月4日、WBC世界ミニマム級選手権 イーグル京和対八重樫東 12回終了と同時に判定負け覚悟したようにうなだれる八重樫東

07年6月4日、WBC世界ミニマム級選手権 イーグル京和対八重樫東 4回、八重樫東(左)にフックを打ち込むイーグル京和

07年6月5日、WBC世界ミニマム級タイトルマッチ・イーグル京和戦で上あごの両側骨折の重傷を負った八重樫東のエックス線写真

WBA世界ミニマム級タイトルマッチ (11年10月24日・WBA初王座奪取)

八重樫東10R
TKO
ポープラムック

11年10月24日、WBA世界ミニマム級で新チャンピオンに輝いた八重樫(中央)は大橋会長(左)と彩夫人からキスの祝福を受ける。前列は長男の圭太郎くんと長女の志のぶちゃん

11年10月24日、10回TKO勝ちで新王者となり、キャンバスに寝転がって喜ぶ八重樫

11年10月24日、8回、ポンサワン(右)に強烈なパンチを見舞う八重樫

WBA・WBC世界ミニマム級王座統一戦(12年6月20日・WBA王座陥落)

八重樫東判定
0-3
井岡一翔

12年6月20日、健闘をたたえて抱き合う統一王者となった井岡(左)と八重樫

12年6月20日、8回、顔面が腫れた八重樫(左)は井岡に強烈なパンチを浴びせる

12年6月20日、9回、腫れた顔面で井岡(右)にパンチを浴びせる八重樫

12年6月20日、八重樫のシューズには長男圭太郎君の名前が入っていた

WBC世界フライ級タイトルマッチ(13年4月8日・WBC・リングマガジン王座獲得 )

八重樫東判定
3-0
五十嵐俊幸

13年4月8日、11回、五十嵐(右)を圧倒的に攻め、ガッツポーズする八重樫

13年4月8日、9回、八重樫東(左)の左が五十嵐俊幸の顔面をとらえる

WBC世界フライ級タイトルマッチ(13年8月12日・WBC王座初防衛)

八重樫東判定
3-0
ブランケット

13年8月12日、防衛に成功した八重樫は大橋会長(中央右)ら陣営に祝福される

13年8月12日、WBC世界フライ級タイトルマッチ 7回、オスカル・ブランケット(左)の顔面にパンチを見舞う八重樫

WBC世界フライ級タイトルマッチ(13年12月6日・WBC王座2度目の防衛)

八重樫東3-0
12R判定
ソーサ

13年12月6日、WBC世界フライ級タイトルマッチ 八重樫東対エドガル・ソーサ 判定でエドガル・ソーサに勝利し、2度目の防衛を飾った八重樫東(中央)は次女一永ちゃんにキス。左から松本好二トレーナー、長女志のぶちゃん、2人おいて長男圭太郎君、大橋秀行会長

13年12月6日、11回、ソーサ(右)の顔面に左フックをヒットさせる八重樫

WBC世界フライ級タイトルマッチ (14年4月6日・WBC王座3度目の防衛)

八重樫東9R
KO
サレタ

WBC世界フライ級タイトルマッチ(14年9月5日・WBC王座陥落 )

八重樫東9R
TKO
ローマン・ゴンサレス

14年9月5日、9回、ゴンサレス(手前)にダウンを奪われTKO負けとなった八重樫

14年9月5日、9回、レフェリーストップとなった八重樫に声をかける大橋会長

14年9月5日、死闘を繰り広げたゴンサレス(左)と八重樫。6回にはクロスカウンター気味にお互いのパンチが入る

WBC世界ライトフライ級王座決定戦 (14年12月30日・WBC王座奪取失敗)

八重樫東7R
KO
ゲバラ

7回、八重樫(左)はゲバラの強烈な左フックをボディーに食らい、崩れ落ちる(撮影・山崎安昭)

IBF世界ライトフライ級タイトルマッチ (15年12月29日・IBF王座獲得)

八重樫東3-0
判定
メンドーサ

IBF世界ライトフライ級タイトルマッチ (16年5月8日・IBF王座防衛)

八重樫東2-1
判定
テクアペトラ

16年5月8日、防衛に成功しながらもリングを降りる際、手を合わせる八重樫

16年5月8日、11回、テクアペトラ(右)の顔面に強烈なパンチを見舞う八重樫

IBF世界ライトフライ級タイトルマッチ (16年12月30日・IBF王座2度目の防衛)

八重樫東12R
TKO
ゴーキャットジム

16年12月30日、12回、ラッシュする八重樫

IBF世界ライトフライ級タイトルマッチ (17年5月21日・IBF王座陥落 )

八重樫東1R
TKO
メリンド

17年5月21日、1回、メリンド(手前)から1度目のダウンを奪われる八重樫

17年5月21日、1回、メリンド(手前)から1度目のダウンを奪われるパンチを浴びる八重樫

IBF世界ライトフライ級タイトルマッチ (19年12月23日・IBF王座奪取失敗)

八重樫東9R
TKO
ムザラネ

19年12月23日、観客に深々と頭を下げる八重樫

19年12月23日、9回、ムザラネ(右)から右ストレートを食らう八重樫

◆八重樫東(やえがし・あきら)1983年(昭58)2月25日、岩手・北上市生まれ。黒沢尻工3年でインターハイ、拓大2年で国体優勝。05年3月プロデビュー。06年東洋太平洋ミニマム級王座獲得。7戦目で07年にWBC世界同級王座挑戦も失敗。11年にWBA同級王座を獲得し、13年にWBCフライ級王座を獲得して3度防衛。15年にIBFライトフライ級王座を獲得し、日本から4人目の世界3階級制覇を達成した。2度防衛。160センチの右ボクサーファイター。通算28勝(16KO)7敗。家族は彩夫人と1男2女。

関連するニュースを読む

両目腫れても「もともと細い」続行/八重樫3番勝負

12年6月20日、9回、腫れた顔面で井岡(右)にパンチを浴びせる八重樫

ボクシングの元世界3階級制覇王者・八重樫東(37=大橋)が1日、横浜市内の所属ジムで会見し、現役引退を発表した。

<八重樫の激闘3番勝負>

◆統一戦 12年6月20日(大阪府立体育会館)11年にWBAミニマム級王者となり、初防衛戦でWBC同級王者井岡一翔との日本男子初の2団体王座統一戦に臨んだ。序盤から互角も初回で左、3回に右目を腫らしながら打ち合い。左はほぼ見えなくなっていたが、ドクターチェックには「もともと目が細い顔」と訴えて続行。最後までリングに立ち続け、判定負けも1、2ポイントの小差だった。

◆無敵相手 14年9月5日(代々木第2体育館)WBCフライ級王者のV4戦で、自ら名乗りを上げて3階級制覇を狙う39戦全勝(33KO)のローマン・ゴンサレス(ニカラグア)と対戦した。3回には左フックでダウンしたが、立ち上がると両拳を当てて、覚悟を決めて真っ向勝負に出た。リング中央でも打ち合って応戦したが、9回にコーナーに崩れ落ちてレフェリーストップされた。

◆偉業達成 15年12月29日(有明コロシアム)3階級制覇に2度目の挑戦で、IBFライトフライ級王者ハビエル・メンドサ(メキシコ)と対戦した。初回から足を使ってリードも、7回に急に足が止まってロープを背負った。インターバルで亡き祖母の遺影を見せられて奮起。王者の反撃にも逃げずに打ち合って、結果的には大差の3-0判定勝ち。日本人4人目の3階級制覇を果たした。

9回、ゴンサレスに右アッパーを見舞う八重樫東(撮影・たえ見朱実)

関連するニュースを読む

八重樫東が引退 元世界3階級制覇王者「激闘王」

八重樫東(2019年12月10日撮影)

ボクシングの元世界3階級制覇王者・八重樫東(37=大橋)が1日、横浜市内の所属ジムで会見し、現役引退を発表した。

八重樫は「本日、9月1日をもちまして、引退することを決意しました。たくさんの応援をしていただき、一生懸命、プロボクシングができたことを誇りに思います。ありがとうございました」とあいさつ。思い出の試合に、WBC世界フライ級王者時代のローマン・ゴンサレス戦をあげ、「常に前を向いて、今日よりも明日がいい日になればいいと進んできたので、後悔はない。15年間、一生懸命走ってきたつもり。人間なので転ぶ時もあれば、休む時もあったが、それでいいと思っている。100メートル走ではなく、マラソン。今日、こうやって完走できてうれしく思う」と山あり谷ありの現役生活を振り返った。

ファンに対しては「7回も負けて、勝ったり負けたりの僕のような選手をいつも支えてくれた。その応援がなければここまで続けてくることはできなかった。幸せな環境でボクシングができた」と感謝の思いを口にした。

同席した大橋秀行会長は「2004年9月1日に大橋ジムに入ってきて、ついにこの日が来てしまいました。中身の濃い15年間だったと思う。3階級制覇という結果以上に八重樫のボクシングの姿勢。井上尚弥らがその背中を見て、大切なものを教わったと思っている。第2の八重樫をどんどん出していきたいと思う」と労をねぎらった。今後は大橋ジムのトレーナーやパーソナルトレーナーなどで、ボクシングに携わっていくという。

大橋会長は「トレーニングも、食事も減量もいろんなものを試し、研究してきたから3階級王者になれた。日本一の知識があるボクサーだと思う。精神面はもちろん、科学的な部分も後輩たちに教えていってもらいたい」と期待を込めた。

八重樫は、岩手・黒沢尻工でボクシングを始め、3年時にインターハイで優勝。進学した拓大2年で国体優勝を果たすと、05年3月に大橋ジムからプロデビューした。

フットワークとハンドスピードを武器に、06年4月には東洋太平洋ミニマム級王座に挑戦。当時日本最速タイ記録となるプロ5戦目での王座獲得に成功した。07年6月、7戦目でWBC世界同級王者イーグル京和に挑戦も、0-3の判定負けを喫し、プロ初黒星。次の世界挑戦まで4年の歳月を要したが、その間に日本王座を獲得し、3度防衛を果たすなど、地道な努力を重ね、チャンスを待った。

11年10月に、WBA同級王者ポンサワンを相手に2度目の世界挑戦。10回TKO勝利を収め、王座獲得を果たした。初防衛戦ではWBC同級王者・井岡一翔と、「日本初の2団体世界王座統一戦」で激突。壮絶な打ち合いの末に敗れたものの、世界から高い評価を受け、人気選手の仲間入りを果たした。

13年にはWBC世界フライ級王者・五十嵐俊幸を下し、2階級制覇を達成。V4戦で、「軽量級最強」ローマン・ゴンサレスに敗れるまで、3度の防衛に成功した。15年には1階級下のIBF世界ライトフライ級王座を獲得し、日本人男子3人目の3階級制覇を達成。「激闘王」の異名通り、逃げない姿勢と、被弾覚悟の激しい試合でファンの心をつかみ、長く世界のトップで戦い続けてきた。

19年12月、2年半ぶりの世界挑戦のチャンスをつかんだが、IBF世界フライ級王者ムザラネに9回TKO負け。その試合が、現役最後の試合となった。

戦績は35戦28勝(16KO)7敗。

◆八重樫東(やえがし・あきら)1983年(昭58)2月25日、岩手・北上市生まれ。黒沢尻工3年でインターハイ、拓大2年で国体優勝。05年3月プロデビュー。06年東洋太平洋ミニマム級王座獲得。7戦目で07年にWBC世界同級王座挑戦も失敗。11年にWBA同級王座を獲得し、13年にWBCフライ級王座を獲得して3度防衛。15年にIBFライトフライ級王座を獲得し、日本から4人目の世界3階級制覇を達成した。2度防衛。160センチの右ボクサーファイター。通算28勝(16KO)7敗。家族は彩夫人と1男2女。

関連するニュースを読む

パッキャオのワンツー!因縁の幕開け/八重樫の一撃

マニー・パッキャオ(2015年8月6日撮影)

<ボクシング、忘れられない一撃~1>

一発のパンチですべてが変わるボクシング。選手、関係者が「あの選手の、あの試合の、あの一撃」をセレクトし、語ります。世界3階級王者八重樫東(37=大橋)の忘れられない一撃は「パッキャオのマルケス戦の左ストレート」です。

    ◇    ◇

▼試合VTR 04年5月8日、フライ級とスーパーバンタム級で世界王座を獲得した当時25歳のパッキャオが、米ラスベガスのMGMグランド・ガーデン・アリーナで、WBA、IBFフェザー級統一王者ファン・マヌエル・マルケス(メキシコ)に挑戦。後に6階級制覇を達成する「フィリピンの英雄」パッキャオが、1回に3度のダウンを奪うスタートとなったが、その後はマルケスが挽回し、試合はジャッジが三者三様のドロー。ここから3度の対戦を重ねる因縁のカードの幕開けとなった。八重樫が選んだのは、その1回、1分30秒の最初のダウンを奪った左ストレートだった。

    ◇    ◇

パッキャオが、まさに世界のスーパースターに駆け上がろうとする、粗削りで、一番生きが良い時期だったと思います。

試合開始からわずか1分半。遠い距離から「打つぞ」と小さく体を沈めるフェイントを入れた直後に、ありえないスピードで放ったワンツーに、マルケスはまったく反応できず、コロンと後ろに倒されました。

僕はパッキャオは、足の選手だと思っています。足があれだけ速く動くから、手が連動して回転の速い連打が出せる。そして、手が出ることが前への推進力につながり、あの爆発的な攻撃力が生まれているんです。試合当時、僕は大学生でした。あの一撃は衝撃でしたし、大好きなフェイントからのワンツーということもあり、こういうパンチを打ちたいと、何度も映像を見返しました。

ただ、何度やってもただのモノマネで、試合では使えませんでした。自分のものになったなと思ったのは、世界王者になり、下半身と上半身の連動が理解できた2年前ぐらいです。頭の中にずっとあったパンチですし、脳裏にイメージが焼き付いていたんだと思います。

パッキャオ-マルケスは、この一戦から始まり、4度も対戦する因縁の相手となりました。ちなみに、第4戦でパッキャオがマルケスにダウンを奪われ失神したパンチは、この第1戦と同じワンツーをパッキャオが放った瞬間に、右と左の間にマルケスがカウンターの右を合わせたものでした。ドラマ性という意味でも、特別な一撃だったと思います。

◆八重樫東(やえがし・あきら)1983年(昭58)2月25日、岩手・北上市生まれ。黒沢尻工3年でインターハイ、拓大2年で国体優勝。05年3月プロデビュー。07年の7戦目でWBC世界ミニマム級王座挑戦も失敗。11年にWBA同級王座を獲得、13年にWBCフライ級王座獲得で3度防衛。15年にIBFライトフライ級王座を獲得し、3階級制覇を達成。160センチの右ボクサーファイター。

八重樫東

関連するニュースを読む

井上尚弥3団体統一王者へ、初ベガスでカシメロ戦

WBAスーパー・IBF・WBO世界バンタム級王座統一戦の発表会見に臨む井上尚(撮影・小沢裕)

本場で3本目のベルトをつかみ取る。ボクシングのWBA、IBF世界バンタム級統一王者井上尚弥(26=大橋)が1月31日、都内で会見し、4月25日(日本時間26日)に米ラスベガスのマンダレイベイ・リゾート&カジノで、3階級制覇の実績を持つ、WBO同級王者ジョンリール・カシメロ(30=フィリピン)と対戦すると発表した。

井上は、プロ20戦目で初のラスベガス進出で、日本人初の3団体統一王者を目指す。

    ◇   ◇   ◇

ラスベガスのメインイベント。日本人初の3団体統一戦。難敵カシメロ。気持ちが高ぶる要素の比重を問われた井上尚は「全部です」と即答し、プロ20戦目の重要性をにじませた。荒々しいファイトを武器に11月に3階級制覇を果たしたカシメロについては「野性味あふれる選手。危険なハードパンチを持っている」と警戒しつつ、「プレッシャーはない。じっくり、じっくり、ダメージを与えて削っていく」と、落ち着いた口ぶりで試合を見据えた。

プロ6戦目での世界王座奪取や、伝説となったナルバエス戦での2階級制覇。数々の扉を拳でこじ開け、米老舗ボクシング専門誌「ザ・リング」選定のパウンド・フォー・パウンド(PFP=階級を超越した最強王者)で日本人初のトップ3入りを果たした「怪物」に、新たな勲章もかかる。

これまで日本ジム所属王者で、2団体統一を果たしたのはミニマム級の高山、井岡、ライトフライ級の田口とバンタム級の井上尚の4人。「スーパーフライ級ではかなえられなかった」と目標に掲げる4団体統一にさらに近づく一戦に向け、準備に余念はない。ラスベガスの乾燥した気候での減量対策や時差などを考慮し、一般的なスケジュールより2週間近く早い、試合3週間前の渡米を計画。2月中旬からは海外から3人の世界ランカーをスパーリングパートナーとして招く予定と、じっくりと仕上げていく。

昨年11月の元5階級王者ドネア戦では右眼窩(がんか)底など2カ所の骨折を負ったが、患部は順調に回復。米プロモート大手トップランク社との契約後、初めての試合で「パウンド・フォー・パウンド3位にふさわしい試合を世界のみなさんにお届けしたい」と井上尚。本場のリングで、世界に「モンスター」の力を見せつける。【奥山将志】

◆日本のジム所属王者の複数団体統一 12年6月に井岡一翔が八重樫東とのミニマム級王座統一戦を制し、初のWBA、WBC統一王者となった。ミニマム級では、高山勝成もWBO、IBFの両団体の王座を獲得。17年12月にはWBAライトフライ級王者田口良一がIBF王者との統一戦に勝利し、2団体の王座を統一した。WBAバンタム級王者井上は、昨年5月にIBF王座を奪い、4人目の複数団体王者となった。

WBAスーパー・IBF・WBO世界バンタム級王座統一戦の発表会見に臨んだ井上尚。左は井上トレーナー、右は大橋会長(撮影・小沢裕)

関連するニュースを読む

完敗の八重樫「進退考えなきゃ」大橋会長も引退示唆

ムザラネに敗れ肩を落とし引き揚げる八重樫(中央)(撮影・横山健太)

<プロボクシング:IBF世界フライ級タイトルマッチ12回戦>◇23日◇横浜アリーナ

世界王者返り咲きを狙った八重樫東(36=大橋)はIBF世界フライ級王者ムザラネ(南アフリカ)に完敗も今後の明言は避けた。

   ◇   ◇   ◇

八重樫は9回にワンツーを浴びてのけ反った。ここから防戦一方で、何度もロープを背にした。大橋会長がコーナーの階段で、この試合3度目となるストップの準備。残り10秒の拍子木が鳴ったが、残り6秒でレフェリーに止められた。

左目周囲は青く腫れていた。「力不足」と繰り返した。「途中でいけるかと思ったが、甘かった。王者が強かった」。敗北を認めたが、中盤までは八重樫ペースにも見えた。ドゥワルテ・ジャッジは南アフリカ出身も6回まで五分だった。

序盤は足を使い、4回から接近戦に挑んだ。ボディーを見舞うが、距離が開くとクリーンヒットされた。8回は右ストレートに後退。「左を注意していた。やべえと思った」。予想以上にパンチが強かった。

17年に3度目王座から陥落した。半年以上ジムを離れたが「やっぱりボクシングが好き」と現役続行。今もジム一番の練習量。引退を勧めた会長をうならせ、2年7カ月ぶりでこぎつけた世界戦だった。

試合前は家族と離れての生活で、今回は約2カ月も帰宅は2回だけ。次女一永(ひとえ)ちゃん(6)の「頑張って」との涙声の留守電にも我慢した。「結果を出せず、子供に何も言えない」と肩を落とした。

勝てば日本人男子最年長奪取だったが、来年2月には国内規定では定年の37歳となる。元世界王者は続行可能だが「進退を考えなきゃいけない。のんびり考えます」。大橋会長は「限界か」と報道陣に問われて「ちょっとね」と答えた。激闘王がグローブをつるす時が来たようだ。【河合香】

◆八重樫東(やえがし・あきら)1983年(昭58)2月25日、岩手・北上市生まれ。黒沢尻工3年でインターハイ、拓大2年で国体優勝。05年3月プロデビュー。06年東洋太平洋ミニマム級王座獲得。7戦目で07年にWBC世界同級王座挑戦も失敗。11年にWBA同級王座を獲得し、13年にWBCフライ級王座獲得で3度防衛。15年にIBFライトフライ級王座を獲得し、日本から4人目の3階級制覇を達成した。2度防衛。家族は彩夫人と1男2女。160センチの右ボクサーファイター。

9回、試合後、ムザラネ(中央右)を称える八重樫(撮影・狩俣裕三)
9回、レフェリーストップでムザラネ(左上)にTKO負けの八重樫(撮影・狩俣裕三)

関連するニュースを読む

村田V1!八重樫● 拳四朗○/トリプル世界戦詳細

<プロボクシング:トリプル世界戦>◇23日◇横浜アリーナ

◆WBA世界ミドル級タイトルマッチ12回戦

WBA世界ミドル王者村田諒太(33=帝拳)がKO率8割を誇るホープの同級8位スティーブン・バトラー(23=カナダ)の挑戦を受け、5回TKO勝ちを収めた。

【村田の話】控え室で調子が良くて、倒せると空回りした。負けたら(アナウンサーの)木村さん泣くでしょ。だから一生懸命やったんですよ。(次戦に向けて)会長、リアルな試合をお願いします。トップ・オブ・トップに行きつきたい。(来年に向けて)東京五輪で花を添えるためにも頑張ります

村田諒太5回TKOバトラー

試合後、腫れた左目で会見を行う村田(撮影・狩俣裕三)

【5回】王者村田はプレッシャーを強めたまま。村田陣営は「力まないように」。王者村田がコーナーに追い詰め右連打。王者村田が再び強烈な右ストレート。バトラーの足が一瞬ひるむ。王者村田がさらに圧をかけ手を出していく。王者村田の左フックでバトラーがダウン!審判が試合を止め王者村田が初防衛!

5回、バトラーにKO勝ちし、両手を突きあげる村田(撮影・鈴木みどり)

5回、バトラー(下)からダウンを奪い、TKO勝ちした村田(撮影・鈴木みどり)

【4回】王者村田が距離を詰めプレッシャーを強めてくる。バトラーが右ストレート。王者村田も負けじと返す。王者村田は接近戦に持ちこむ。王者村田がワン、ツー。バトラーは王者村田の打ち終わりを狙う。終盤に激しいパンチの交換。王者村田が右フック。王者村田はバトラーを逃がさない

4回、バトラー(左)に右ストレートを食らわす村田(撮影・狩俣裕三)

【3回】王者村田は手数を増やしてきた。王者村田はコツコツと当てて右ストレートを狙う。王者村田が右アッパー。王者村田がコーナーに追い詰め連打。すかさず相手がクリンチ。王者村田がロープ際で右ストレート。終盤にも王者村田が圧をかけ連打。王者村田は上々の立ち上がり

3回、バトラー(左)をコーナーに追い込む村田(撮影・狩俣裕三)

3回、バトラーをリング際に追い込む村田(撮影・鈴木みどり)

【2回】この回もお互いに距離をつめる。王者村田が右ストレート。バトラーも左のカウンターを合わせる。村田陣営は「バトラーの右に警戒」と指示。バトラーの積極的な手数に王者村田は多少後手に。王者村田が終盤に圧をかけ左ジャブから右ストレート

2回、バトラー(左)に強烈な右フックを食らわす村田(撮影・狩俣裕三)

【1回】王者村田いざ初防衛へ!お互いに前に出る。王者村田がいきなり右ストレート。王者村田は細かいパンチで組み立て。王者村田が右から左ボディー。バトラーも足を使わず細かいパンチ交換。王者村田は圧をかける

1回、パンチを放つ村田(撮影・横山健太)

【入場】王者村田は厳しい表情でリングへ。KO率80%を誇る相手にどんな戦いをみせるか

大歓声を浴びながら入場する村田(撮影・鈴木みどり)

後頭部へ「村田」と書き込んで、入場する村田(右)とタッチを交わそうと手を伸ばす観客(撮影・横山健太)

◆IBF世界フライ級タイトルマッチ12回戦

元世界3階級制覇王者の八重樫東(36=大橋)は、IBF世界フライ級王者モルティ・ムザラネ(37=南ア)に挑戦し9回TKO負けを喫した。

【八重樫の話】久しぶりの世界戦で楽しかったし、やれることはやった。結果を出せなかったのは悔しい。自分の力のなさを受け止めて考えたい。

八重樫東9回TKO ムザラネ

ムザラネ(後方)に敗れ天を仰ぐ八重樫(撮影・横山健太)

【9回】ピンチを脱した八重樫。八重樫はセコンドの問いかけに「まだまだ」と闘志をみせる。八重樫は距離をとり再度組み立て。王者ムザラネのジャブが伸びてくる。八重樫の左目が腫れてきた。王者ムザラネの右。八重樫がコーナーに追い詰められる。王者の連打。八重樫は懸命に腕を振るも審判が試合を止める。八重樫は王座獲得ならず。

9回、レフェリーストップでムザラネ(左上)にTKO負けの八重樫(撮影・狩俣裕三)

9回、レフェリーストップでムザラネ(右)にTKO負けする八重樫(撮影・鈴木みどり)

【8回】八重樫が前に出て手を出す。王者ムザラネの強烈左ボディー。王者ムザラネの連打に八重樫ふらつく。八重樫が防戦一方。王者ムザラネの手は止まらない。大橋会長はタオルを持ち立ち上がる。なかなか八重樫はクリンチできず。耐えるか八重樫。八重樫が闘志で耐えた

8回、ムザラネ(右)と打ち合う八重樫(撮影・鈴木みどり)

8回、ムザラネ(右)にボディを食らう八重樫(撮影・鈴木みどり)

【7回】八重樫は足を止めて打ち合いに持っていく。お互いに頭がつく距離。八重樫は王者ムザラネのコンビネーションをもらうも八重樫は前に出る。王者ムザラネのガードはなお堅い。八重樫がワン、ツー。八重樫の手数は落ちない。

【6回】八重樫の顔が腫れてきた。八重樫は突進のごとく相手の懐へ。八重樫がボディーからアッパー。ガードの堅い王者ムザラネに手数で攻める。八重樫が低い姿勢から右ボディー。八重樫はひたすらボディー。王者ムザラネもコンビネーションで対応。八重樫が終盤にも右ボディー

6回、パンチを浴びる八重樫(撮影・横山健太)

【5回】この回も八重樫は打ち合う構え。八重樫が激闘スタイルにスイッチ。王者ムザラネの強烈ボディーもお構いなし。八重樫が強烈な連打。王者ムザラネの懐で勝負。王者ムザラネも長いリーチを駆使し腕を振る

【4回】八重樫は足で王者ムザラネのリーチを上手く外す。八重樫が強烈ボディー。王者ムザラネの足が止まる。八重樫はすかさず連打。王者ムザラネも負けじとパンチを返す。お互いに足を止めて激しい打ち合い。八重樫は足を使わなくなる。八重樫はひたすら距離を詰める

4回、ムザラネ(右)に左ボディーを打ち込む八重樫(撮影・狩俣裕三)

【3回】八重樫が良い距離感で手を出していく。八重樫が得意のコンビネーション。八重樫は足を使い王者ムザラネに連打を許さない。八重樫は前に出て細かいパンチ。八重樫のワンツー。王者ムザラネの左ジャブに八重樫も負けじと手を出す。王者がギアを上げてくる

3回、パンチを浴びる八重樫(撮影・横山健太)

【2回】八重樫は細かいジャブを出していく。八重樫の軽快なワンツー。王者ムザラネも距離を詰め圧力を出してくる。八重樫が踏み込んで右。八重樫は足を使い良いリズム感で手を出していく。八重樫は王者ムザラネのリーチの長い左ジャブは警戒していきたい。八重樫が右ボディー。八重樫はまずまずの立ち上がり

2回、ムザラネ(右)に左フックを食らわす八重樫(撮影・狩俣裕三)

【1回】激闘王が再び王座に挑戦。まずはお互いに距離を測る。八重樫は足を使い手を出していく。八重樫の左。王者ムザラネも強固なガードで守備から組み立て。王者ムザラネの左に八重樫は一瞬ノーガードで誘うような構え。

【入場】

花道を通り、リングへ向かう八重樫(撮影・狩俣裕三)

◆WBC世界ライトフライ級タイトルマッチ12回戦

WBC世界ライトフライ級王者の寺地拳四朗(27=BMB)が挑戦者の同級12位ランディ・ペタルコリン(フィリピン)に4回KO勝利を収め、7度目の防衛に成功した。

【拳四朗の話】結果的に倒せて良かった。統一戦は流れたが、来年ぐらいにできたらいい。防衛の回数とベルトを増やすのを目標に、より格好良くなりたい。

寺地拳四朗4回KOペダルコリン

防衛に成功し笑顔を見せる寺地(撮影・横山健太)

4回、ペタルコリン(右)からダウンを奪いTKO勝ちする寺地(撮影・鈴木みどり)

4回、ペタルコリン(中央)にボディを放ちダウンを奪う寺地(撮影・鈴木みどり)

リングに上がる前に、火打石でお清めをしてもらう寺地(右)(撮影・狩俣裕三)

花道を通り、リングへ向かう寺地(撮影・狩俣裕三)

関連するニュースを読む

八重樫9回TKO負け、日本人最年長の王座奪取逃す

3回、パンチを浴びる八重樫(撮影・横山健太)

<プロボクシング:IBF世界フライ級タイトルマッチ12回戦>◇23日◇横浜アリーナ

元世界3階級制覇王者八重樫東(36=大橋)の日本人最年長奪取はならなかった。同級王者モルティ・ムザラネ(37=南ア)のV3戦で、2年7カ月ぶりの世界戦。リーチの長い技巧派の王者を崩せずに9回TKO負けした。6度目の世界挑戦で、長谷川穂積の35歳9カ月を上回る36歳10カ月で王座奪取を狙ったが、力及ばず4本目のベルト獲得を逃した。

八重樫にとっては2年7カ月ぶりとなる待望の世界戦だった。スーパーフライ級3試合をこなして4階級制覇を狙っていたが、交渉がまとまらなかった。ムザラネのV2戦はテレビ解説だったが、その後に方針を変更。フライ級で6度目となる「最後と思って」臨んだ世界挑戦だったがはね返された。

17年5月にIBFライトフライ級のV3に失敗した。大橋会長はその日に引退を勧めたが、八重樫はすぐに現役続行を訴えた。会長は「よく考えろ」と言い返したが、練習を再開すると「心を動かされて、辞めろと言えなくなった」と話す。

来年2月には国内規定では定年の37歳となるが、今でもジムで一番練習する。「ボクシングが好きだし、恩返ししたい」と汗を流し続けてきた。通常のジムワーク後も反復横跳び、自転車こぎに体幹トレ。「完全休養はやめた。やることやらないと力は落ちる。歯磨きと一緒」と動かない日はなかった。その努力もベルトには届かなかった。

ムザラネは09年から15連勝中で、2度の防衛はいずれも日本人だった。さらにリーチは予想以上の11センチ差があった。ジャブを突いてのアウトボクサーに対し、中へ潜り込んで激闘に持ち込めるかがカギだった。そのハンディを克服できなかった。

11月に入ってから短期賃貸マンションで単身生活を送った。この試合のために今回は通常1カ月を2カ月に伸ばした。家族思いで知られるが、週末帰宅も1回で電話もしなかった。末娘からは涙声で「ボクシング頑張って」との留守電が入ったが我慢した。2カ月ぶりで家族と無念の対面となった。

◆八重樫東(やえがし・あきら)1983年(昭58)2月25日、岩手・北上市生まれ。黒沢尻工3年でインターハイ、拓大2年で国体優勝。05年3月プロデビュー。06年東洋太平洋ミニマム級王座獲得。7戦目で07年にWBC世界同級王座挑戦も失敗。11年にWBA同級王座を獲得し、13年にWBCフライ級王座獲得で3度防衛。15年にIBFライトフライ級王座を獲得し、日本から4人目の3階級制覇を達成した。2度防衛。家族は彩夫人と1男2女。160センチの右ボクサーファイター。

2回、ムザラネ(右)に左フックを食らわす八重樫(撮影・狩俣裕三)

関連するニュースを読む

八重樫東、V2戦から6・5センチ伸びた王者に苦笑

予備検診を終えポーズを決めるチャンピオンのムラザネ(左)と挑戦者の八重樫(撮影・たえ見朱実)

ボクシング・トリプル世界戦の予備検診が、20日に都内で行われた。23日に横浜アリーナで、元世界3階級制覇王者八重樫東(36=大橋)はIBF世界フライ級王者モルティ・ムザラネ(37=南ア)のV3戦で世界挑戦する。ともに異常はなかったが、リーチは11センチ差あった。

身長は0・5センチ差だったが、リーチは八重樫が164センチに対して、ムザラネは175センチあった。5月の黒田雅之(川崎新田)とのV2戦からは、6・5センチも長くなっていた。八重樫は「長いことは想定も、170センチぐらいだと思っていた。違う種類の人間かと」と苦笑いした。

大橋会長も「びっくり」と驚いた。ムザラネ自身は「知らなかったが、長さで試合をするわけでない」と意に介さず。松本トレーナーも「数字で戦うわけではない」と気にしなかった。

当初は世界戦の1試合目だったが、セミファイナルに昇格した。2年7カ月ぶりの世界王座復帰への戦いもテレビで生中継される。イベントも始まったことで「久しぶりで味わっている。半分ワクワク、いい緊張感もある」と楽しんでいる。決戦まであと3日。「当日は覚悟を決めてリングに上がる。(リーチ差が)あだになる」とニヤリとして、会場を引き揚げた。

予備検診を受けるチャンピオンの寺地拳四朗。後方は挑戦者のペタルコリン(撮影・たえ見朱実)

関連するニュースを読む