上へ戻る

au版ニッカン★バトル

記事検索

朝乃山両親も大関昇進に「感動しました」一問一答3

日本相撲協会は25日午前、大阪市内で関脇朝乃山(26=高砂)の大関昇進をはかる臨時理事会を開き、全会一致で承認した。その後、同協会の出羽海理事(元前頭小城ノ花)と高砂一門に所属する審判部の千田川親方(元小結闘牙)が使者として大阪市内の高砂部屋に向かい、伝達式が行われた。

伝達式後の代表者による一問一答(その3)は以下の通り。

-看板力士になった。これまで以上に師匠からは

高砂親方 月曜日(の一夜明け会見)にも話したけど、強くなれば強くなるほど、注目度が増えるわけだし、いろいろな人から見られることが多くなる。立ち居振る舞い、自分の行動には責任を持つ。常々、私は弟子たちに言うんだけど「財団法人日本相撲協会」「高砂部屋」という看板を背中に背負って歩いている。その看板を汚したりすることは絶対、しちゃいかんと。朝乃山も、そのへんのことを考えてやってくれると思っています。

-ご両親にお聞きします。現在の心境は

父靖さん 本当にうれしい限りです。

-おかあさんは

母佳美さん 感動しました。

-この4年間は

靖さん 今思えば、あっという間に大関という地位まで駆け上がってくれた。一時期、足踏みしていたような時期もあったかもしれないけど、私の気持ちの中では早く上に上がってくれて、本当に喜んでいます。

-富山の応援が力になったと本人も言っている

靖さん 本人も言うように地元に錦を飾るのは1つの目標、夢と言っていた。優勝した時点で1つは達成したと思いますが、まだその上の大関、横綱がある。この世界に入ったからには目指してほしいと、周りの人たちも願っていると思うので、これからもそれに向かって精進してほしいと思います。

-今場所は

靖さん 私は考え方が楽観主義者で、いいように考えていたので頑張れば上に上がれると、願いを込めて見守っていたつもり。(喜びは)ひとしおです。

関連するニュースを読む

新大関朝乃山「もうちょっと朝乃山で」一問一答4

朝乃山

日本相撲協会は25日午前、大阪市内で関脇朝乃山(26=高砂)の大関昇進をはかる臨時理事会を開き、全会一致で承認した。その後、同協会の出羽海理事(元前頭小城ノ花)と高砂一門に所属する審判部の千田川親方(元小結闘牙)が使者として大阪市内の高砂部屋に向かい、伝達式が行われた。

伝達式後の代表者による一問一答(その4)は以下の通り。

-あらためて(亡くなった恩師の)浦山先生、伊東先生への報告は

朝乃山(以下「朝」) おかげさまで大関に上がれました、と言います。これに満足せず、さらにもう1つ(上に)番付があるので、そこを目指して頑張ります、と言いました。尊敬される、目標とされる大関になりたいです。

-口上は(過去の映像などを見て)参考にしたか

朝 いろいろな方々の口上を見ました。去年だったら大関貴景勝関や、横綱鶴竜関(の映像を参考にした)。

-「大関」と呼ばれて

朝 慣れてませんが、大関と言われるからには看板力士ですし、協会を汚したくないという思いがあります。(両親には親元で育ててくれた)高校生まで、ここまでしっかり育ててくれたので感謝しています。(師匠には)指導してもらい、大関という地位まで上り詰めることができた。親方も、もう少し(今年12月)で定年なので、その後も少しでも期待に応えたい。

-高砂部屋の大関として

朝 伝統ある高砂部屋に入った。その高砂部屋の部屋頭ですし、責任を持って行動したい。

高砂親方 (自分の場合)親方になってみて、高砂部屋のすごさとか、歴史を感じるようになった。それは続いていくもの、継承するもの。次の人にバトンタッチすることが自分の仕事だと思う。

朝 これから新たな歴史を作って行きたい。

高砂親方 私はもう定年だから、朝乃山が強くなるのを、そばで見てますよ。

-太刀山さんに近づけた

朝 小学校の時、少ししか勉強してないけど、プロに入って相撲教習所に通いながら昔の大横綱の勉強もしましたし、少しは太刀山さんに近づいてるなという実感もあります。

-しこ名は

朝 朝乃山の「山」にはいろいろな思いが詰まった、願いがこもった「山」。朝潮という名前は本当に、偉大なしこ名だと思う。(自分が)もらえるしこ名じゃないと思います。変えろ(改名しろ)というなら変えますし(一同笑い)、親方は(報道で)変えさせたくないと聞いたので、もうちょっと朝乃山で(笑い)。

高砂親方 朝乃山というしこ名、英樹という名前は、いろいろなもの(縁)があってつけてもらって今、大関に上がれたわけだから、この名前を大事にして行った方がいいと思います。

-新大関として臨む夏場所に向かって

朝 場所に向けてしっかり体をつくって、番付発表を迎えたい。

-具体的目標は

朝 優勝争いに加われるようにしたい。しっかり右四つを磨きたい。

関連するニュースを読む

新大関朝乃山「初優勝した時自信できた」一問一答2

日本相撲協会は25日午前、大阪市内で関脇朝乃山(26=高砂)の大関昇進をはかる臨時理事会を開き、全会一致で承認した。その後、同協会の出羽海理事(元前頭小城ノ花)と高砂一門に所属する審判部の千田川親方(元小結闘牙)が使者として大阪市内の高砂部屋に向かい、伝達式が行われた。

伝達式後の代表者による一問一答(その2)は以下の通り。

-大関になった

朝乃山(以下「朝」) こんなに早く大関になれるとは思ってませんでした。去年の5月に初優勝した時に自信ができたので(力がついたのは)そこからかなと。

-ご両親への報告は

朝 千秋楽パーティーの時にお会いして…(間を置き一同笑い。言い直して)会って「おめでとう」と言われ握手をしました。いつもと(両親は)変わらずでした。少し笑顔でした。

-自身に続き37年ぶりに今度は師匠として使者を迎えた

高砂親方 この部屋で私も使者を迎えました。5代目の親方(元横綱朝潮)と一緒に会見をしたことを、うっすらと覚えています。同じ所で、大学も後輩ですし良かったんじゃないかな、と思います。

-今日の口上は? 何かアドバイスは

高砂親方 100点満点。一切(アドバイスは)してません。自分も5代目の親方に、そういったことは言われなかったもんですから、同僚だとか、先輩だとかにアドバイスをもらいながら、自分なりに考えて言った覚えがあります。

-入門から師匠を上回る速さでの昇進

-みるみる体が大きくなってきました。よく稽古もしたと思います。優勝した去年の夏場所、今でも覚えてるけど初日、2日目と左の上手を早く取って右を差す相撲が取れた。あっ、今場所はそこそこ勝つなという感覚を持ちました。本人が一生懸命、稽古したたまものだと思います。(優勝して)アメリカ大統領杯というのももらった。本人にとっても大きな自信になったと思います。

関連するニュースを読む

朝乃山、愛と正義「校訓を入れたくて」一問一答1

朝乃山

日本相撲協会は25日午前、大阪市内で関脇朝乃山(26=高砂)の大関昇進をはかる臨時理事会を開き、全会一致で承認した。その後、同協会の出羽海理事(元前頭小城ノ花)と高砂一門に所属する審判部の千田川親方(元小結闘牙)が使者として大阪市内の高砂部屋に向かい、伝達式が行われた。

伝達式後の代表者による一問一答「その1」は以下の通り。

-今の気持ちは

朝乃山(以下「朝」) 少しずつ実感がわいてきています。

-口上は

小学校から相撲をやってきて、高校にも大学にも進学し、高校の校訓を入れたくて、愛と正義を分けて言いました。次が中学校から使っている「一生懸命」を入れました。

-「相撲を愛する」と「正義」は富山商業高校の

朝 そうです。ハイッ。

-「一生懸命」という言葉を使い始めたきっかけは

朝 中学校で相撲(部)に途中から入ったんですけど、何事にも一生懸命に取り組むことを決意して決めました。

-口上はいつぐらいから考えたか

朝 昇進が決まったときに使おうかな、という気持ちはありました。「愛」と「正義」は決めてなかったけど、昇進が決まった時に入れようかなと思っていた。

-相談は

朝 後援会の人と話をして決めました。練習すると硬くなるので、あまり練習はしなかった。発言するからには自信を持ってと思っていました。

-富山からは111年ぶりの大関誕生

朝 大横綱の太刀山さん以来なので、少しでも太刀山さんに近づけるように頑張りたい。

-巡り合わせをどう思う

朝 大学を卒業してプロ入りしたからには、テッペンを目指してと決意をしました。こうやって活躍する中でも、富山県の小さい子どもたちの目標にしてもらい、プロになってもらうのも1つの夢です。

関連するニュースを読む

八角理事長「土俵に上がったら鬼になれ」朝乃山

八角理事長

日本相撲協会は25日午前、大阪市内で関脇朝乃山(26=高砂)の大関昇進をはかる臨時理事会を開き、全会一致で承認した。その後、同協会の出羽海理事(元前頭小城ノ花)と高砂一門に所属する審判部の千田川親方(元小結闘牙)が使者として大阪市内の高砂部屋に向かい、伝達式が行われた。

八角理事長(元横綱北勝海)の話 朝乃山の相撲っぷりは堂々としている。これからは右四つの型を磨くことと、もっと気迫を前面に出し、土俵に上がったら鬼になるくらいの気持ちで、普段も土俵もすべての生活を相撲にかけてほしい。期待している。

関連するニュースを読む

出羽海理事「今の相撲を磨いて上を目指して」朝乃山

日本相撲協会は25日午前、大阪市内で関脇朝乃山(26=高砂)の大関昇進をはかる臨時理事会を開き、全会一致で承認した。その後、同協会の出羽海理事(元前頭小城ノ花)と高砂一門に所属する審判部の千田川親方(元小結闘牙)が使者として大阪市内の高砂部屋に向かい、伝達式が行われた。

出羽海理事の話 (伝達式で朝乃山は)緊張していたように見えた。(口上は)しっかり頑張る意欲を感じた。真っ向勝負という意味で今の相撲を磨いて上を目指してほしい。

千田川親方の話 堂々としていた。あまり緊張せず、自分の思いを話していた。同じ一門だし頑張ってもらいたい。もっと上があるので期待している。

関連するニュースを読む

朝乃山、新大関へ口上「正義を全うし一生懸命努力」

朝乃山

日本相撲協会は25日午前、大阪市内で関脇朝乃山(26=高砂)の大関昇進をはかる臨時理事会を開き、全会一致で承認した。この後、同協会の出羽海理事(元前頭小城ノ花)と高砂一門に所属する審判部の千田川親方(元小結闘牙)が使者として大阪市内の高砂部屋に向かい、伝達式が行われた。使者から昇進決定を言い渡された朝乃山は「謹んでお受けいたします。大関の名に恥じぬよう、相撲を愛し、力士として正義を全うし、一生懸命努力します」と口上を述べた。

春場所千秋楽の22日、審判部(境川部長代理)の総意として八角理事長(元横綱北勝海)に、朝乃山の大関昇進を諮る臨時理事会の招集を要請。これを了承され、この日の臨時理事会の開催となった。

朝乃山は新三役として小結に昇進した昨年11月の九州場所で11勝、今年1月の初場所で10勝を挙げた。春場所は11勝4敗で、大関昇進の数字的な目安とされる3場所通算33勝に1勝足りなかったが、相撲内容と4場所連続2けた勝利の安定感などが評価された。

新大関誕生は19年夏場所の貴景勝(千賀ノ浦)以来、平成以降では27人目。今から約260年前、江戸時代の宝暦7年の雪見山から数えて通算250人目となった。平成生まれでは照ノ富士、高安、貴景勝に続いて4人目。富山県出身では、明治以降で1902年の梅ケ谷、1909年の太刀山(元横綱)以来、111年ぶり3人目の大関誕生となった。高砂部屋からは02年秋場所の朝青龍以来。学生相撲出身では8人目で、15年導入の三段目100枚目格付け出しでは初めての大関となった。また、3場所での三役通過は、昭和以降8位タイ、年6場所制となった58年以降2位タイの速さとなった。

関連するニュースを読む

花田光司氏と景子夫人が離婚 長く別居状態だった

96年3月、長男優一君を抱いた貴乃花は景子夫人と優勝の記念写真に納まる

10月に日本相撲協会を退職した元貴乃花親方(元横綱)の花田光司氏(46)が景子夫人(54)と離婚していたことが26日、分かった。先月25日に自ら離婚届を提出したという。花田氏と話した関係者が、日刊スポーツの取材に「事実です」と明かした。花田氏は横綱に昇進した翌年の1995年(平7)5月に、元フジテレビアナウンサーの景子さんと結婚。1男2女をもうけていた。

花田氏と最近話したという関係者は「(離婚したというのは)事実です。詳しい理由は言わなかったが、長年の多忙とすれ違いからくるものかもしれない」と明かした。東京・江東区にある旧貴乃花部屋に暮らしていた花田氏とは別に、景子夫人は都内の別の場所に住居を構えており、2人は長く別居状態にあった。

花田氏は94年10月、当時フジテレビアナウンサーで8歳年上の河野景子さんと交際を開始し、翌95年5月に結婚。結婚式は同25日、東京・明治神宮で当時の日本相撲協会の出羽海理事長(元横綱佐田の山)夫妻の媒酌で挙式していた。同年9月には長男優一さんが誕生。その後、景子夫人の支えもあり計22回優勝。01年夏場所では右膝半月板を損傷し、1年以上休場した際も、献身的な看病があった。引退して親方になった後は、おかみさんとなった夫人の存在は大きかった。

近年は夫婦危機のうわさもたびたび流れたが、そのたびに否定していた。花田氏が日本相撲協会退職後の先月19日には貴乃花応援会のホームページで「身内の食事会での1枚」と題し、行きつけのレストランで撮影したと思われる笑顔のツーショット写真をアップしていた。

今月の3、4日に福岡・田川市で行われた祭りには、花田氏と景子夫人の姿があった。同じ出店で花田氏は綿菓子を懸命に作り、景子夫人は旧貴乃花部屋関連のTシャツやタオルなどのグッズを直接、買い物客に声をかけながら販売。周囲から見ればほほ笑ましい光景のようにも見えたが、報道陣の前で2人が会話をかわすことはなかった。現在の生活の様子を聞かれた花田氏は、旧貴乃花部屋で自身とマネジャーと2人で過ごしていることを明かしていた。

10月1日付で、花田氏は日本相撲協会を退職。今月25日に千秋楽を迎えた九州場所では弟子だった貴景勝が初優勝した。突然明らかになった離婚だったが、場所後に公になるのは想定通りだったのかもしれない。平成の大横綱は、角界からの引退とともに伴侶とも別れることになった。

95年5月、挙式をする貴乃花と景子夫人
貴乃花親方に関連した主な出来事

関連するニュースを読む

元貴乃花親方の花田光司氏が景子夫人と離婚

元貴乃花親方、花田景子さん

元貴乃花親方の花田光司氏(46)が、景子夫人(54)と離婚したことが26日、関係者の話で分かった。先月25日に離婚届を提出していた。

花田氏と最近話したという関係者は「(離婚したというのは)事実です。詳しい理由は言わなかったが、長年の多忙とすれ違いからくるものかもしれない」と明かした。東京・江東区にある元貴乃花部屋に暮らしていた花田氏とは別に、景子夫人は都内の別の場所に住居を構えており、二人は長く別居状態にあった。

花田氏は1994年10月、当時フジテレビアナウンサーで8歳年上の河野景子さんと交際を開始。約8カ月後の翌95年5月に結婚。結婚式は同25日、東京・明治神宮で当時の日本相撲協会の出羽海理事長(元横綱佐田の山)夫妻の媒酌で挙式していた。同年9月には長男優一さんが誕生。その後、花田氏は景子夫人の支えもあり計22回優勝。01年夏場所では右膝半月板を損傷し、1年以上休場した際も、景子夫人の献身的な看病があった。引退して親方になった後は、おかみさんとなった景子夫人の存在は大きかった。

近年は夫婦の危機の噂もたびたび流れたが、そのたびに否定。花田氏が日本相撲協会退職後の先月19日には貴乃花応援会のホームページで「身内の食事会での1枚」と題し、行きつけのレストランで撮影したと思われる笑顔のツーショット写真をアップしていた。今月3日には、福岡・田川市で行われた「TAGAWAコールマイン・フェスティバル~炭坑節まつり~」に2人で仲良く笑顔で参加したが、その時には離婚していたことになる。

25日に千秋楽を迎えた九州場所では弟子だった貴景勝(22)が初優勝した。突然明らかになった離婚だったが、場所後に公になるのは想定通りだったのかもしれない。

関連するニュースを読む

栃ノ心、異例の口上 こだわった「自分の気持ち」

大関昇進伝達式に臨む、左から春日野親方の紀子夫人、栃ノ心、春日野親方、使者の出羽海理事、大鳴戸委員(撮影・小沢裕)

 新大関栃ノ心(30=春日野)が誕生した。日本相撲協会は30日、東京・両国国技館で名古屋場所(7月8日初日、ドルフィンズアリーナ)の番付編成会議と臨時理事会を開き、栃ノ心の大関昇進を満場一致で承認。栃ノ心は伝達式で「親方の教えを守り、力士の手本となるように稽古に精進します」。師匠の春日野親方(元関脇栃乃和歌)への感謝を織り込む異例の口上で、決意を表現した。

 協会の使者、出羽海理事(元幕内小城ノ花)と大鳴戸審判委員(元大関出島)を前に、栃ノ心が頭を下げた。「親方の教えを守り、力士の手本となるように稽古に精進します」。春日野部屋として、62年夏の栃ノ海、栃光のダブル昇進以来となる56年ぶりの大関誕生。当時の床柱、掛け軸などを持ち込み、写真などを参考に極力、歴史を“再現”した伝達式で、異例の口上が際立った。

 文言に「親方」の2文字を入れた。「自分の気持ちが言いたかった」。故郷ジョージアから17歳で入門。相撲界どころか、日本語も全然わからない自分を導いてくれた感謝の思い。最初は反対し、折れた師匠の春日野親方(元関脇栃乃和歌)は照れくさそうだ。2人で話して決めた中身。多くのキーワードを出し、日本語が苦手な栃ノ心が理解していない言葉を削除した。「言いたいことあるんです」とこだわったのが「親方」、そして「稽古」だ。

 同親方は「稽古に稽古を重ねてってことはなかなか言えないけど、栃ノ心はまさに稽古で上がってきた力士。ピッタリな言葉」と喜び、口上の出来に「最高だよ」と満点を与えた。

 初場所の初優勝から、とんとん拍子の昇進劇。真価はこれから問われる。同親方は「協会の看板の1人になる。さらに頑丈な体を作って、常に優勝戦線に残れる力士になって欲しい」と激励した。当の栃ノ心に浮かれた様子はない。「稽古に精進して、強い体を作って、力強い相撲をとりたい」-。今後は弟ラシャさんが7日に行う結婚式出席のため、ジョージアに1週間ほど帰国。再来日後に稽古を本格化させる。名古屋場所の目標は「まず2ケタ勝ちたい」と控えめに掲げた。マイペースを崩さず、怪力大関が、熱い7月場所に突入する。【加藤裕一】

関連するニュースを読む

栃ノ心口上で異例の“親方”「反対されたけど…」

大関昇進伝達式を終えた栃ノ心(中央)はジョージア国旗を掲げて、部屋の若い衆が作った騎馬上で笑顔を見せる(撮影・小沢裕)

 日本相撲協会は30日、東京・両国国技館で名古屋場所(7月8日初日、ドルフィンズアリーナ)の番付編成会議と臨時理事会を開き、栃ノ心(30=春日野)の大関昇進を満場一致で承認した。

 日本相撲協会は東京・墨田区の春日野部屋に出羽海理事(元幕内小城ノ花)と大鳴戸審判委員(元大関出島)を使者として派遣。午前9時半ごろ、伝達式で出羽海理事は「本日の理事会において、関脇栃ノ心が全会一致で大関に推挙されましたことをご報告いたします。本日は誠におめでとうございます」と吉報を伝えた。栃ノ心はこれを受け「謹んでお受け致します。親方の教えを守り、力士の手本となるように稽古に精進します。本日は誠にありがとうございました」と口上を述べた。

 栃ノ心はジョージア出身で、欧州の大関は琴欧洲、把瑠都に続き3人目となった。

 口上は「親方」という言葉が入る珍しいものだった。栃ノ心は師匠の春日野親方(元関脇栃乃和歌)と相談し、口上を決めたが「親方に反対されたけど、自分の気持ちで『親方』を入れたかった」と話した。17歳で来日し、日本語も話せない時に「ゼロから」(栃ノ心)導いてもらったことに対する感謝の思いを込めたようだ。

 春日野親方は、日本語が苦手な栃ノ心との口上作りを「いっぱいキーワードを入れ、そこから“これは意味がわかってないな”と削除していった」と説明。弟子が「親方」の2文字にこだわったことを「うれしいけど、私としては細かく絞らないでいいのに、と思う」と苦笑いしていた。

関連するニュースを読む

栃ノ心口上で「力士の手本となるように稽古に精進」

大関昇進伝達式に臨む、左から春日野親方の紀子夫人、栃ノ心、春日野親方(撮影・小沢裕)

 日本相撲協会は30日、東京・両国国技館で名古屋場所(7月8日初日、ドルフィンズアリーナ)の番付編成会議と臨時理事会を開き、栃ノ心(30=春日野)の大関昇進を満場一致で承認した。

 日本相撲協会は東京・墨田区の春日野部屋に出羽海理事(元幕内小城ノ花)と大鳴戸審判委員(元大関出島)を使者として派遣。午前9時半ごろ、伝達式で出羽海理事は「本日の理事会において、関脇栃ノ心が全会一致で大関に推挙されましたことをご報告いたします。本日は誠におめでとうございます」と吉報を伝えた。栃ノ心はこれを受け「謹んでお受け致します。親方の教えを守り、力士の手本となるように稽古に精進します。本日は誠にありがとうございました」と口上を述べた。

 栃ノ心はジョージア出身で、欧州の大関は琴欧洲、把瑠都に続き3人目となった。

大関昇進伝達式に臨む、左から春日野親方の紀子夫人、栃ノ心、春日野親方、使者の出羽海親方、大鳴戸親方(撮影・小沢裕)

関連するニュースを読む

栃ノ心が大関昇進、満場一致 欧州出身では3人目

栃ノ心

 日本相撲協会は30日午前、東京・両国国技館で名古屋場所(7月8日初日、ドルフィンズアリーナ)の番付編成会議と臨時理事会を開き、関脇栃ノ心(30=春日野)の大関昇進を、満場一致で承認した。

 栃ノ心は今年1月の初場所で14勝1敗の好成績を収め優勝。3月の春場所は10勝、5月の夏場所は13勝を挙げた。大関昇進の目安とされる、直近3場所の合計33勝を大きく上回る37勝(8敗)をマーク。3場所前は平幕だったが、安定した力強さが評価され、異論はなかった。

 夏場所千秋楽の27日、審判部の阿武松部長(元関脇益荒雄)が八角理事長(元横綱北勝海)に、栃ノ心の大関昇進を諮る臨時理事会の招集を要請。これを受諾され、この日の臨時理事会の開催となった。

 栃ノ心はジョージア出身で、欧州出身の大関は琴欧洲、把瑠都に続き3人目。06年春場所初土俵で、08年初場所新十両。同年夏場所の新入幕で、新入幕から大関昇進までの所要場所数は、史上最スロータイで遅咲きの花を咲かせた。

 日本相撲協会は春日野部屋に、出羽海理事(元幕内小城ノ花)と大鳴戸審判委員(元大関出島)を使者として派遣し昇進を伝達する。伝達式では、栃ノ心が口上を述べる。

関連するニュースを読む

土俵の女人禁制、緊急時は例外 相撲協会が見解示す

 日本相撲協会は28日、東京・両国国技館で「土俵と女性について」を議案に、臨時理事会を行った。外部役員を含む理事、監事、役員待遇委員の親方衆らが約1時間、議論した。理事会後に発表された、八角理事長(元横綱北勝海)のコメントは以下の通り。

 (1)舞鶴市での不適切な対応について

 京都府舞鶴市で行った巡業では、救命のため客席から駆けつけてくださった看護師の方をはじめ女性の方々に向けて、行司が大変不適切な場内アナウンスを繰り返しました。改めて深くおわび申し上げます。

 舞鶴市の多々見良三市長の1日も早いご回復を心よりお祈り申し上げます。

 大相撲は、女性を土俵に上げないことを伝統としてきましたが、緊急時、非常時は例外です。人の命にかかわる状況は例外中の例外です。

 不適切なアナウンスをしたのは若い行司でした。命にかかわる状況で的確な対応ができなかったのは、私はじめ日本相撲協会(以下、協会といいます)幹部の日ごろの指導が足りていなかったせいです。深く反省しております。こうしたことを二度と起こさないよう、協会員一同、改めてまいります。

 (2)宝塚市長に土俵下からのあいさつをお願いしたことについて

 兵庫県宝塚市で行った巡業では、宝塚市の中川智子市長に、土俵下に設けたお立ち台からのあいさつをお願いしました。市長にご不快な思いをさせ、誠に申し訳なく恐縮しております。

 あいさつや表彰などのセレモニーでも、女性を土俵に上げない伝統の例外にしないのはなぜなのか、協会が公益財団法人となった今、私どもには、その理由を改めて説明する責任があると考えます。

 この問題は過去にも議論されたことがありました。そうした折りに歴代の理事長や理事は、だいたい次の3つの理由を挙げてきました。

 第一に相撲(注1)はもともと神事を起源としていること、第二に大相撲(注2)の伝統文化を守りたいこと、第三に大相撲の土俵は力士らにとっては男が上がる神聖な戦いの場、鍛錬の場であること、の3つです。

 第一の「神事」という言葉は神道を思い起こさせます。そのため、「協会は女性を不浄とみていた神道の昔の考え方を女人禁制の根拠としている」といった解釈が語られることがありますが、これが誤解であります。

 大相撲には土俵の吊屋根など神道に由来するものが数々あり、協会はこれらの様式を大相撲の伝統文化を表わすものとして大事にしております。また各地の由緒ある神社においては、大相撲の力士が招かれる奉納相撲が長年にわたり行われています。

 しかしながら、大相撲にとっての神事とは、農作物の豊作を願い感謝するといった、素朴な庶民信仰であって習俗に近いものです。大相撲の土俵では「土俵祭(神様をお迎えする儀式)、神送りの儀」など神道式祈願を執り行っています(注3)。しかし、力士や親方ら協会員は当然のことながら信教に関して自由であり、協会は宗教におおらかであると思います。歴代の理事長や理事が神事を持ち出しながらも女性差別の意図を一貫して強く否定してきたのは、こうした背景があったからです。

 先に述べた3つの理由は、私どもの胸中に混ざり合っています。ただし多くの親方たちの胸の中心にあったのは、第三の「神聖な戦い、鍛錬の場」という思いではなかったかと思います。

 昭和53年5月に、当時の労働省の森山真弓・婦人少年局長からこの問題について尋ねられた伊勢ノ海理事(柏戸)は、「けっして女性差別ではありません。そう受け取られているとしたら大変な誤解です。土俵は力士にとって神聖な闘いの場、鍛錬の場。力士は裸にまわしを締めて土俵に上がる。そういう大相撲の力士には男しかなれない。大相撲の土俵には男しか上がることがなかった。そうした大相撲の伝統を守りたいのです」と説明いたしました。

 のちに女性初の内閣官房長官となられた森山氏に、平成2年1月に面会した出羽海理事(佐田の山)は、「女性が不浄だなんて思ってもいません。土俵は力士が命をかける場所ということです」と述べました。

 土俵は男が必死に戦う場であるという約束ごとは力士たちにとっては当たり前のことになっており、その結果として、土俵は男だけの世界であり、女性が土俵に上がることはないという慣わしが受け継がれてきたように思います。

 当然のことですが、私どもがこわだりを持つのは、大相撲の土俵に限ります。大相撲の原型となった勧進相撲(注4)が盛んになったのは江戸時代の中ごろです。関取の大銀杏と締め込み、部屋制度のもとでの男の共同生活などとともに、土俵は男の戦いの場という約束ごとも、江戸の大相撲以来の伝統です。力じまんの男たちが強さを追求するにはこれらの伝統すべてが欠かせないと、私どもは先人から教え込まれてきました。

 平成16年から3年間、東海大学体育学部の生沼芳弘教授らが大相撲の観客の女人禁制に関する意識調査を行ったことがありました(注5)。大相撲の土俵の女人禁制に反対しないと答えた人はどの年も6割以上、表彰の時に女性が土俵に上がれないことにも反対しないと答えた人は5割以上いらっしゃいました。

 この問題につきましては、私どもに時間を与えていただきたくお願い申し上げます。生沼教授らの調査から10年たちました。再度調査を行い、外部の方々のご意見をうかがうなどして検討したいと考えます。何とぞ、ご理解をたまわりたく存じます。

 (3)ちびっこ相撲で女子の参加のご遠慮をお願いしたことについて

 宝塚市、静岡市などの巡業で、ちびっこ相撲への女子の参加をご遠慮いただくようお願いいたしました。

 ちびっこ相撲は、以前は男子に限っていましたが、平成24年の巡業の際に、女子を参加させたいとの要望が複数寄せられました。当時の北の湖理事長が「ちびっこ相撲は土俵の伝統とは別」と考え、要望に応えることにしました。

 ちびっこ相撲では、関取が胸を貸し、子供たちは関取にぶつかります。子供たちが転倒することもあるので、けがが心配です。女子の参加が増えるにつれて、関取らから特に女子の顔に傷を負わせることを心配する声があがってきました。また、関取は裸に稽古まわしという姿なので、小学生でも高学年の女子が相手になると、どう体をぶつけていいのかわからないと戸惑う声もありました。

 関取らの声を受けて、執行部は昨年秋、女子の参加はご遠慮いただこうとの方針を決め、春巡業の各地の勧進元へ伝達しました。しかし、どの勧進元に対しても、なぜ女子の参加をご遠慮いただくのか理由を説明しておりませんでした。そのせいで、女人禁制を子供にまで当てはめ、子供たちの楽しみを奪ったと、多くの方々から誤解される事態となってしまいました。誠に慙愧に堪えません。

 この春の巡業では、ちびっこ相撲でけがをしたとの訴えが2件、いずれも男子のご両親から寄せられました。

 こうした訴えが実際に寄せられた以上、ちびっこ相撲はいったん休止し、そのやり方を根本から見直したいと考えます。2、3人の子供たちが一斉に1人の関取にぶつかるやり方を改め、けがをしない安全なちびっこ相撲を考えて、再開をめざします。合わせて、女子の参加についても再検討いたします。

 おわりに

 この度は暴力等の問題に続き、土俵の女人禁制をめぐる混乱を起こしまして、誠に申し訳ありません。

 協会は「相撲文化の振興と国民の心身の向上に寄与する」ことを目的としています。協会が公益財団法人となった意味を十分かみしめながら、国技大相撲の運営に当たっていきたく存じます。土俵の厳しさを追求すること、ファンの方々に安全に楽しんでいただける工夫をこらしていくこと、できるだけ多くの方々に大相撲への理解を深めていただくことに尽力してまいります。

 大相撲を支えてくださるファンの方々に男女の区別はありません。幸いにして現在、大相撲の興行は大勢の方々からのご支持をいただいております。その大きな要因となっている女性ファンに皆さまには、日ごろから大変感謝いたしております。いつも応援をいただき誠にありがとうございます。今後とも女性の方々に一層愛される大相撲をめざしてまいります。

 皆さまのご指導、ご鞭撻を何とぞよろしくお願い申し上げる次第でございます。(原文まま)

 ・注1=相撲全般を指しています。

 ・注2=大相撲を指しています。以下、相撲と大相撲を区別して使っています。

 ・注3=大相撲の土俵では、古事記や日本書紀に力士の始祖として登場する野見宿禰(のみのすくね)神をはじめ、戸隠大神、鹿島大神や、吊屋根の房の化体される中国の神話の四獣神(青竜、朱雀=すざく、白虎、玄武)をお祀りしています。

 ・注4=勧進相撲は本来、寺社などの建立、修築の資金のために相撲を催してい見物人から寄付金を集めるものでしたが、やがて勧進は名目となり、力士の生計を支えるのは目的の興行となりました。

 ・注5=生沼教授は、論文「大相撲における女人禁制の研究1~7」の中で、太田房江氏が全国初の女性知事として大阪府知事に在任していた時、太田氏から依頼されたのをきっかけで調査を始めたと明らかにしています。

関連するニュースを読む

角界も猛毒ヒアリに気をつけて、出羽海理事が張り紙

支度部屋の入り口に張り出された「ヒアリ注意」の張り紙(撮影・加藤裕一)

 全国の港などで強い毒を持つヒアリが見つかっている現状に、日本相撲協会も関係者に注意を呼びかけた。

 11日、支度部屋に名古屋場所担当部長の出羽海理事(元前頭小城ノ花)の名前で「ご注意」の文書が張り出された。前日10日には内陸部では全国初となる愛知・春日井市内で1匹のヒアリが発見され、名古屋場所開催県の同県では弥富市でも確認されている。

関連するニュースを読む

若花田、弟貴ノ花従えVパレードに4000人/復刻

1993年3月29日付日刊スポーツ紙面

<日刊スポーツ:1993年3月29日付>

 プレーバック日刊スポーツ! 過去の3月29日付紙面を振り返ります。1993年の1面(東京版)は、初優勝を決めた若花田のVパレードでした。

◇ ◇ ◇

<大相撲春場所>◇千秋楽◇1993年3月28日◇大阪府立体育会館

 お兄ちゃんが鮮やかにフィナーレを飾った。14日目に初優勝を決めた東小結若花田(22=二子山)は、千秋楽も霧島に快勝。14勝1敗で春の幕を閉じた。大関どりがかかり、シコ名が若ノ花に変わる来場所へ、最高のステップとなった。

 天皇賜杯が、やけに大きく映った。幕内では4番目に軽い115キロの若花田が、ズッシリ重い賜杯を出羽海理事長(元横綱佐田の山)から手渡される。伯父の花田相談役、父である二子山親方、そして弟の貴ノ花が味わった感触を若花田もじっくりと味わった。「重たかった。(表彰式が長くて)腰が痛くなっちゃった」。優勝を決めた前日に、たっぷり流した涙はない。笑顔、笑顔。明るいお兄ちゃんの素顔に戻った。

 表彰式を終え、支度部屋に戻ると、弟が待っていた。言葉は交わさない。かすかに緩んだ口元だけで通じ合う。「おめでとう」。貴ノ花からのテレパシーを感じた若花田の顔が緩んだ。過去2度、弟のVパレードの旗手を務めたが、今度は若花田が、華やかなスポットライトを浴びる番だ。

 春雨が降りしきる中、優勝旗を手にした貴ノ花を従え、オープンカーが滑り出した。「お兄ちゃん、おめでとう」。沿道に詰め掛けたファンの大歓声に包まれる。冷たい雨など、関係なかった。優勝の実感が、喜びが心の底から込み上げてきた。

 数カ所で将棋倒しのアクシデントも起こったほどの熱狂ぶりだった。午後5時から東大阪市小阪駅前で祝いの日本酒も振る舞われ、同駅から二子山部屋まで200メートルのコースに4000人のファンが押し寄せた。小阪メルシィ商店会の小原博久会長は「お兄ちゃんの人気は根強いからね。これで商店街もまた活気づく」と大喜びだった。宿舎で部屋関係者に囲まれての万歳三唱の間、若花田は初めての体験とあって恐縮した面持ちだったが、なみなみと美酒がつがれた大きな銀杯を親方と貴ノ花に支えられながら口にすると、ようやく表情が和んだ。

 鮮やかに、「若サマの春」のフィナーレを飾った。霧島を電車道で白房下へ押し出す快勝で締めくくる。積み重ねた白星は14個。「非常に良かったと思います」。来場所は大関どりがかかる。シコ名も「若ノ花」に変わる。慣れ親しんできた「若花田」に、笑顔で別れを告げた。

 春場所前に発足した「若花田・貴ノ花関西後援会」会長のサントリー・佐治敬三会長(73)も多忙の合間を縫って、激励に駆けつけた。「こんな幸せなことはない。本当によくやってくれました」。発足直後の二人の快進撃に、感無量の思い。「(優勝のご褒美は)慣習に従って考えたい。大関も近いことでしょう」と笑いが止まらない。

 「15日間、長かった」。初優勝、そして殊勲、技能賞を手にして、長い15日間が終わった。そして、新たな挑戦の幕が開く。

 「相談役に似てきたと言われるが、われわれには相談役が大関、横綱のときのイメージがある。今はまだ三役の力、これから近づいていくだろう」という出羽海理事長の言葉を若花田も心得ている。「まだまだこれからです。がむしゃらに相撲を取っていくだけです」。

 “土俵の鬼”とうたわれた名横綱の域に達するには、まだ長い階段が待ち受けている。だが、若花田が大きな第一歩をしるしたのは間違いない。真価を問われる来場所、大関どりにも「何も考えず、無心になることです」。頭上に輝いた栄冠にも、おごりはない。

 「今夜はパーッと騒ぐ? それは内証。個人的なことだからね」。いたずらっぽく笑った若花田。激闘、プレッシャーに痛めつけられた小さな体を休め、まずは英気を養う。そして、「若ノ花」の挑戦が始まる。

※記録と表記は当時のもの

関連するニュースを読む

曙、歴史的1勝 史上初外国人横綱で初白星/復刻

1993年3月15日付日刊スポーツ紙面

<日刊スポーツ:1993年3月15日付>

 プレーバック日刊スポーツ! 過去の3月15日付紙面を振り返ります。1993年の1面(東京版)は初の外国人横綱となった曙が琴錦を押し出しで下し、横綱として初白星を挙げた様子を伝えています。

 ◇ ◇ ◇

<大相撲春場所>◇初日◇14日◇大阪府立体育会館

 曙貴新時代の幕が開けた。新横綱曙(23=東関)は新横綱場所初日の緊張を立ち合い、両手のかち上げ一発で吹き飛ばした。琴錦の重い腰も一瞬にして反り返る破壊力。昨年春場所2日目以来、6場所、370日ぶりの横綱土俵入りも披露。わずか2秒7の圧勝劇で3連覇へ豪快発進した。

 主役の座はだれにも渡さない。曙は自らの豪快な相撲内容で館内のファンにそう主張していた。204センチ、212キロ。史上初の外国人横綱、緊張する新横綱の初日と両肩にのしかかってくる重圧を見事にパワーで粉砕した。最近5連勝中だが、それ以前は7連敗の苦手琴錦への不安も感じさせない。土俵に上がれば、たった一発、ホンの一瞬で相手を吹き飛ばした。

 記念すべき「綱・初白星」は、全体重を乗せたかち上げで決まった。「落ち着いていた。かち上げは思いっ切りいくこと、という考えから」。迷うことなく、琴錦のあごにぶちかました。こん身の一撃に、重心が低く腰の重い琴錦の体が簡単にのけぞった。「納得いく相撲だった」。文句ない横綱相撲だ。右のど輪で押し込み、一直線に押し出した。

 大入り満員の館内が揺れ、役員室も感嘆の声しか上がらない。「オー、足が出るな良く、オー」。出羽海理事長(元横綱佐田の山)が叫ぶ。そして、「(横綱)合格だね、合格だ」と力を込めて曙の新横綱場所の門出を祝福した。日本相撲協会のトップとして、自らが送り出した初の横綱。1909年(明42)夏場所に優勝制度制定後、43横綱が誕生したが、新横綱場所のプレッシャーに8横綱がのみ込まれ、初日黒星を喫した。28年前の65年(昭40)のこの春場所で新横綱場所を迎えた理事長自身も重圧に押しつぶされ、苦いデビューだった。それだけに喜びもひとしおだ。

 気合の入った朝げいこをこなした。同じ区内に宿舎を構える友綱部屋から同期生の十両魁皇が「場所中は初めて」(曙)という出げいこにやってきた。同じ88年春場所初土俵。5番胸を出したが「いいけいこになったよ」と顔をほころばせた。懸賞金の数でも、曙11本に貴ノ花8本。横綱への注目度の高さを示した。

 初日の取組はハワイへ衛星生中継された。NHK衛星放送の画像が故郷のCATV「チャンネル13」を通じ、現地時間13日午後9時過ぎから放送された。会心の横綱デビュー戦についつい笑みがこぼれた。「勝ち名乗りがいつもと違ったね。気持ち良かった」。東支度部屋の一番奥。横綱の正位置に陣取った曙の快進撃が始まった。

※記録と表記は当時のもの

関連するニュースを読む

八角理事長、豪栄道-稀勢の里戦は立ち合い注目 

豪栄道(左)と稀勢の里

<大相撲秋場所>◇10日目◇20日◇東京・両国国技館

 かど番ながら無傷で白星を10個並べ初優勝に突き進む豪栄道(30=境川)と、奇跡の逆転Vで消えかかった綱取りに望みをつなぎたい稀勢の里(30=田子ノ浦)。

 ともに、この日は快勝した両大関が、11日目に激突する。過去の対戦成績は、稀勢の里が24勝13敗とリードしている。

 3日目までに平幕に2敗を喫した稀勢の里を、八角理事長(53=元横綱北勝海)は「序盤に負けて、ここまで来たのは力があるということ。精神的にも粘り強い」と評した。その上で「明日が大事」。その豪栄道との対戦を「やはり右と左のけんか四つ。稀勢の里も低く行かないと駄目だろう。今場所の豪栄道は低いからね」と立ち合いに注目し「いい相撲になると思うよ」と楽しみな様子だ。

 正面土俵下で審判長を務めた出羽海理事(48=元前頭小城ノ花)も「稀勢の里は左四つに、豪栄道は前みつを引いて頭をつけたいでしょう。2人とも調子が上がっている。楽しみな一番ですね」と期待した。

関連するニュースを読む

藤島副部長、腰痛で審判外れる 代役は出羽海理事

 日本相撲協会の藤島審判部副部長(44=元大関武双山)が腰痛のため、秋場所(11日初日・両国国技館)で審判の業務から外れることが9日、明らかになった。

 代役は名古屋場所担当部長の出羽海理事(元幕内小城ノ花)が務める。

 春日野広報部長(元関脇栃乃和歌)によると椎間板ヘルニアで場所の序盤を休場し、途中から事業部などの業務に復帰する見通しという。

関連するニュースを読む

出羽海一門が理事候補に出来山親方擁立

 大相撲の出羽海一門は25日、両国国技館で会合を開き、日本相撲協会の公益財団法人移行に向けた理事候補の選挙で、現職の北の湖理事長(元横綱)、千賀ノ浦理事(元関脇舛田山)のほか、4月に定年を迎える出羽海理事(元関脇鷲羽山)に代わって出来山親方(元関脇出羽の花)を擁立することを決めた。副理事候補選には現職の玉ノ井副理事(元大関栃東)を立てる。

 立候補届け出は30日。理事候補選では既に二所ノ関、高砂の両一門が2人ずつ、時津風一門が1人の擁立を決定。伊勢ケ浜一門から2人、貴乃花グループからも1人が出る見通しで、定員10人に対し11人の立候補となり、31日に全親方による投票が実施されることが濃厚だ。

 当選者は、選任権を持つ新法人の評議員会に役員として推薦される。

関連するニュースを読む