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元前頭里山の佐ノ山親方が年寄「千賀ノ浦」継承、襲名 先代は元関脇舛田山

佐ノ山親方

日本相撲協会は16日、佐ノ山親方(元前頭里山)が16日付で年寄「千賀ノ浦」を継承、襲名したことを発表した。

元里山は18年九州場所限りで引退し、その後は尾上部屋付きの親方として後進の指導にあたっていた。

先代千賀ノ浦親方の元関脇舛田山は10日に70歳の誕生日を迎え、協会の再雇用制度を終えていた。

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70歳で角界去る千賀ノ浦親方、隆の勝に「唐揚げみたいな稽古を」とエール

左が千賀ノ浦親方(元関脇舛田山)、右は常盤山親方(元小結隆三杉)(2016年4月8日)

10日に70歳の誕生日を迎える千賀ノ浦親方(元関脇舛田山)が9日に日本相撲協会の再雇用制度を終える。拓大を経て74年春場所に初土俵。48年間も身を置いた角界を去ることになる。8日までに電話取材に応じ「9日が過ぎないとピンとこない。3月場所が最後と思うと、名残惜しい気持ちになりました」と心境を明かした。

定年後の5年間は「早かったけど、連れてきた子(弟子)が何人残っていたかを気にかけていた」と振り返る。89年名古屋場所限りで現役を引退して春日野部屋付きとなり、04年9月に独立して千賀ノ浦部屋を創設。10年九州場所では舛乃山(当時のしこ名は舛ノ山)が新十両昇進を果たし、部屋から初めて関取を輩出した。

16年4月に65歳となり協会の定年を迎え、現常盤山親方(元小結隆三杉)に部屋を継承したが、東京・台東区の稽古場は自宅でもある。現常盤山部屋が今年2月に東京・板橋区に移転するまでは、部屋内で力士らとコミュニケーションを取ることも多かったという。

自身が引き連れてきた力士も少なくなってきた。史上初のハンガリー出身力士として話題となった舛東欧は、春場所限りで引退。最高位は西幕下8枚目と関取の座に近づいたが、たび重なるケガに泣いた。「ケガがなければチャンスがあったと思うけど、こればかりはしょうがない」と千賀ノ浦親方。舛東欧は引退後、都内の飲食関連の企業に就職するという。「今までも何度も相談に乗ってきた。第2の人生も頑張ってほしい」とエールを送る。

躍進を期待するのが、関脇まで番付を上げた隆の勝(26=常盤山)だ。現在の活躍に、千賀ノ浦親方も「15歳で入門してきて、体を大きくするのに時間がかかった。メシの時間は逃げていたときもあったね(笑い)。素質は良かったけど正直、三役に定着するとは予想外」と驚く。「体重が増えてスピードと勢いが変わった。右を差して半身になるクセがあったが、左が入ったときのスピードがいい。自信もついてきたように見える」。

新関脇から3場所連続で勝ち越し、当然「次期大関」の期待も高まってくる。「(コロナ禍で)出稽古ができないけど、白鵬や照ノ富士みたいな四つ相撲の上位の人にも胸を借りて力をつけてほしいね。泥んこにならないと成果は出ない。お茶漬けを食ったような稽古じゃなくて、こってりした唐揚げみたいな稽古をしてほしいね」と独特な言い回しでエール。「幕下の頃のように、ある意味“バカ”になって頑張ればきっと(大関に)上がれると思いますよ」と笑った。

台東区の部屋には5月の夏場所後に立浪部屋が移転してくる。11月の九州場所後には完全譲渡する予定。自身も今年10月いっぱいまでは居住する。「相撲部屋として残ってくれるのはうれしい」と同親方。今後も相撲界を見守っていく。

【佐藤礼征】

隆の勝(2020年12月10日撮影)

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立浪部屋、5月の夏場所後に旧常盤山部屋に移転

茨城県つくばみらい市に拠点を構える立浪部屋が、大相撲夏場所(5月9日初日、東京・両国国技館)後に、東京都台東区にある旧常盤山部屋へ移転することが4日、分かった。2月中旬に東京都板橋区へ移転した旧常盤山部屋を改装し、新たに部屋を構える。

旧常盤山部屋は現在、3階に所有者である千賀ノ浦親方(元関脇舛田山)が住んでいる。9日に70歳の誕生日を迎え、日本相撲協会の再雇用制度が切れ退職となるが、今年10月いっぱいまでは居住。11月に予定される九州場所後に完全譲渡される。それまでは立浪親方(元小結旭豊)と力士らは1、2階に居住する。

建物の1、2階部分を改修するため、移転時期について立浪親方は「工事が間に合わないので5月場所後になると思う」と話した。移転話は昨年末あたりから進められ、今年に入って決まったという。最寄り駅の「みらい平」(つくばエクスプレス)から両国まで1時間ほどかかるが、台東区橋場に構える新しい部屋からは、車で15分ほどに短縮される。新型コロナウイルスの影響で現在は出稽古が禁止されているが、解禁されれば稽古環境も改善される。

地域密着で応援してくれた、つくばみらい市に対する恩もあり「残念がっている」と感じつつ「やっぱり力士のためを思って。出世していけばいくほど、力士のことを考えてやらないといけない」と立浪親方。3月の春場所では明生(25)が待望の三賞を初受賞し、三役も目前。元横綱朝青龍をおじに持つ豊昇龍(21)や十両天空海(30)らの、さらなる出世に思いを込めた移転となる。

移転した高砂部屋の後を受け、現在の台東区橋場に部屋を新設した千賀ノ浦親方も「ここに部屋を構えて21年になるかな。自分がここを離れる時は、その後は相撲部屋として引き継いでもらいたいと常に思っていた。一門とか縁はなくても、引き続き相撲部屋として存続してくれるのはうれしい」と話した。

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常盤山部屋が台東区→板橋区に移転「心機一転」親方

引っ越し作業が行われた東京都板橋区前野町の常盤山部屋

大相撲の常盤山部屋が16日、東京・台東区橋場から板橋区前野町に移転した。

新しい部屋は東武東上線・ときわ台駅から徒歩15分ほどで、物件は3階建て。電話取材に応じた師匠の常盤山親方(元小結隆三杉)によると、元々は建材を扱う会社だったという。2階は若い衆が住む大部屋、1階が稽古場で、地下1階は物置として使用する。

この日の引っ越し作業では早速、新調した部屋の看板を設置した。師匠は「長さは1メートル30から40センチ。(台東区橋場の部屋に設置していたものに比べて)倍以上の大きさで、幅も広いから大きく感じますね」と説明した。現在はブルーシートで覆っているが1階の土俵はすでに完成しており、19日から新拠点での稽古が始まる。テッポウ柱は2本から1本となるものの、稽古場は広くなっているという。

台東区橋場の部屋は4月に再雇用制度の任期が終わる先代常盤山親方の千賀ノ浦親方(元関脇舛田山)の自宅で、16年4月の部屋継承時から21年4月末までに拠点を移すように取り決めていた。

初場所後に貴健斗の新十両昇進が決まり、大関貴景勝ら力士10人中4人が白い稽古まわしを締める。活気ある部屋を束ねる常盤山親方は「引っ越して心機一転。みんなでもっともっと頑張っていきたい」と、部屋のさらなる繁栄を誓った。

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貴景勝所属の常盤山部屋が移転、先代親方自宅から

常盤山親方(右=元小結隆三杉)と、先代常盤山親方の千賀ノ浦親方(元関脇舛田山)

大相撲の大関貴景勝らが所属する常盤山部屋が2月中旬に東京・台東区橋場から板橋区前野町に移転することが20日、関係者の話で分かった。台東区橋場の部屋は先代常盤山親方の千賀ノ浦親方(元関脇舛田山)の自宅。同親方は4月に再雇用制度の任期が終わるため、4月末までに拠点を移すように取り決めていた。3月の春場所が大阪開催の予定のため、大阪に移動する前に引っ越し作業を済ませる。

新しい部屋は3階建てで3階に常盤山親方(元小結隆三杉)夫妻、2階は若い衆が住む大部屋、1階が稽古場となる。地下1階は物置として使用する予定。今場所後に土俵づくりを進める。初場所を10日目から途中休場した貴景勝は、かど番脱出に向けて新たな環境で再起を期す。

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貴景勝所属の千賀ノ浦部屋「常盤山部屋」に名称変更

貴景勝(20年11月10日)

日本相撲協会は26日、東京・両国国技館で理事会を開き、常盤山親方(69=元関脇舛田山)と千賀ノ浦親方(59=元小結隆三杉)が年寄名跡を交換し、千賀ノ浦部屋の名称が「常盤山部屋」の名称に変更することを承認した。

先代千賀ノ浦親方の常盤山親方は、来年4月に再雇用制度の任期が終わる。千賀ノ浦親方は16年4月の部屋継承前まで「常盤山」を襲名しており、今回の名跡交換は継承時から両者間で取り決めていた。

千賀ノ浦部屋には11月場所で2度目の優勝を果たした大関貴景勝や関脇隆の勝らが所属している。貴景勝は常盤山部屋の力士として来年1月の初場所に臨み、初めての綱とりに挑戦する。

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貴景勝の千賀ノ浦部屋が名称変更 1月に常盤山部屋

千賀ノ浦親方(左)と貴景勝(2019年4月30日撮影)

貴景勝が所属する千賀ノ浦部屋が来年1月の初場所前に部屋の名称を「常盤山部屋」に変更することが23日、日本相撲協会関係者の話で分かった。

師匠の千賀ノ浦親方(元小結隆三杉)が、来年4月に再雇用制度の任期が終わる先代千賀ノ浦親方の常盤山親方(元関脇舛田山)と名跡交換するため。千賀ノ浦親方は16年4月の部屋継承前まで「常盤山」を襲名しており、今回の名跡交換は継承時から両者間で取り決めていた。今後手続きを進める予定で、相撲協会に承認されれば、貴景勝は初の綱とりに挑む初場所を常盤山部屋の力士として迎える。

千賀ノ浦部屋の看板を持つ貴景勝(2018年10月29日撮影)

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大関で初V貴景勝「本割負け無心になった」一問一答

幕内優勝決定戦で照ノ富士を押し出しで破り、感極まった表情を浮かべる貴景勝(撮影・河田真司)

<大相撲11月場所>◇千秋楽◇22日◇東京・両国国技館

大関貴景勝(24=千賀ノ浦)が18年九州場所以来2年ぶり2度目、大関としては初めての優勝を果たした。本割で決めることはできなかったものの、最後は勝ち切った。

1差で追いかける小結照ノ富士との結びの一番に敗れて13勝2敗で並んだ。優勝決定戦にもつれ込んだが、逆転優勝は許さなかった。土俵下での優勝インタビューは以下の通り。

   ◇   ◇   ◇

-(大関になって)初の賜杯で今の思いは

貴景勝 大関に上がってからあまりいいことがなくて、精神的にももう一踏ん張りしないといけないと思ってて、こういう結果で終われたことは本当にうれしく思っています。

-優勝の瞬間に少し表情が崩れたように見えた

貴景勝 1人では優勝できなかったし、自分が調子悪い時でもどんな時でも懐で守ってくれた千賀ノ浦親方やおかみさんはじめ、部屋のみんな、普段から自分をサポートしてくれる皆さんのおかげでこういう成績を残せたと思っていますので、本当に感謝の気持ちです。ありがとうございます。

-本割で敗れて、決定戦の間の心持ちはどうだったか

貴景勝 本割は自分なりに集中していきましたけど、力及びませんでした。負けて出来ることというのは無心になって、自分が挑戦者として新弟子のころから目指していたもの、何も考えずに強くなりたかった自分を意識しながら、何も考えずにただぶつかっていきました。

-嫌なイメージはわかなかったか

貴景勝 負けてましたので本割で。自分が、自分の相撲を取りきって負けたら、自分が弱いから負けて、また来場所出直せばいいと思って決定戦に臨みました。

-大関はただ1人。重圧は

貴景勝 ケガしたくてケガしてる訳ではないと思いますし、自分も新大関の時にケガしましたし、なかなか思ってることと実際に起きることは違ったり、思い通りにいかないこともある。その中で自分は万全で出場できましたので、自分が出来ることとしては一生懸命、お客さんの前でいい相撲を見せること。それだけを考えて15日間やりました。

-来場所は綱取りをかける場所になると思う

貴景勝 小学校から相撲をやってきて、毎日強くなりたいと思ってやってきてるので、あと2カ月間一生懸命頑張りたい。強ければ勝つし、弱ければ負けるので、一生懸命自分と向き合ってやっていきたいと思います。

八角理事長(右)から優勝賜杯を受け取る貴景勝(撮影・鈴木正人)
優勝インタビューを終え、感傷深げな表情を浮かべる貴景勝(撮影・河田真司)

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貴景勝が単独トップ「応えたい」師匠V期待タイ発注

1敗を死守した貴景勝は懸賞の束を手にする(撮影・小沢裕)

<大相撲11月場所>◇13日目◇20日◇東京・両国国技館

大関貴景勝(24=千賀ノ浦)が幕尻の志摩ノ海との1敗対決を制して2場所連続の12勝目、単独トップに浮上した。1月の初場所では似たような状況で幕尻の徳勝龍に敗れたが、今場所は出場最高位の威厳を示した。2年ぶり2度目の優勝に向けて、地元の兵庫・芦屋市など周囲の期待も上昇中。優勝の可能性は2敗の小結照ノ富士、志摩ノ海を含めた3人に絞られた。

   ◇   ◇   ◇

同じ轍(てつ)は踏まない。幕内で最も番付が低い相手の挑戦を、24歳の看板力士がはじき返した。立ち合いから貴景勝の鋭い出足は健在だった。土俵際で粘られ、押し返される場面でもいなしを交えてしのぎ、最後は右に開いてひと押し。1月の初場所では千秋楽で徳勝龍に敗れて「大関を名乗る資格がない」と悔やんだ。“再現”を阻止し「1月は自分が弱いから負けただけ。結局は勝つ人が強い。(幕尻との一番で心境に)変わったことはない」と平然としていた。

賜杯争いでリードを奪い、周囲の期待も高まっている。2年前の初優勝時などでパブリックビューイング(PV)の会場となった貴景勝の地元、兵庫・芦屋神社では優勝を祝福する縦40センチ、横1メートル60センチの横断幕を準備。コロナ禍で今場所のPVは中止となったが、担当者は「少しでも盛り上げられれば」と郷土力士の快挙を祈っている。

師匠の千賀ノ浦親方(元小結隆三杉)はコロナ禍で関係者や報道陣を集める見通しは立っていない中でも、優勝時の記念撮影で使用するタイを発注した。先場所は刺身などで「きれいに食べた」と師匠は回想するが、今場所はいかに。

支えてくれる全ての存在に向けて、貴景勝は「(期待に)応えたいという気持ち。土俵に上がるのは自分。一生懸命頑張りたい」と気持ちを高めた。14日目は決定戦を含めて過去8勝9敗の関脇御嶽海。勝敗にかかわらず、優勝は千秋楽に決まる。【佐藤礼征】

志摩ノ海(左)を押し出しで破る貴景勝(撮影・鈴木正人)

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隆の勝が新三役、師匠千賀ノ浦親方超え「恩返しに」

隆の勝(2020年10月13日撮影)

大相撲11月場所(8日初日、東京・両国国技館)の新番付が発表され、隆の勝(25=千賀ノ浦)が新三役昇進を果たした。

初土俵から約10年で西の関脇に就き「びっくりはしている。運が良かったのかな。目標にしていた地位。自分が思っている以上に早く昇進できた」と笑顔を見せた。師匠の千賀ノ浦親方(元小結隆三杉)の最高位を超え「自分が上に上がることで恩返しになったかなと思っている」と話した。

西前頭筆頭だった秋場所では大関朝乃山や関脇御嶽海らを破って10勝5敗の好成績を残した。幕内上位で初めての2桁白星を挙げ、次に意識するのは大関の地位。両親からも「新関脇おめでとう。ここからだね」と期待を寄せられたホープは「もっと稽古量を増やさないと(大関は)到達できない場所。この番付で満足することなく、上に上にという気持ちで毎場所取れたら」と意欲をのぞかせた。

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婚約貴景勝が完勝発進、扇風機購入で見せたおとこ気

照ノ富士(右)を攻める貴景勝(撮影・河田真司)

<大相撲秋場所>◇初日◇13日◇東京・両国国技館

大関貴景勝(24=千賀ノ浦)が“婚約場所”を好発進した。7月場所を制した東前頭筆頭照ノ富士を立ち合いから圧倒して押し出し。3年ぶりに顔を合わせた大関経験者を黙らせた。場所前に婚約を発表した勢いそのままに、2度目の賜杯を目指す。もう1人の大関、朝乃山は小結遠藤に敗れて黒星発進。両横綱の休場で出場最高位となった両大関は、明暗が分かれる初日となった。

   ◇   ◇   ◇

貴景勝の低く、鋭い当たりが戻ってきた。下から上に突き起こすこと5発。上手を求める照ノ富士が、なすすべなく土俵を割った。両横綱の休場で今場所を最高位として臨む大関と、2場所連続の優勝を狙う大関経験者という注目の一番。ふたを開けてみれば、貴景勝の完勝だった。

公私ともに充実させる。場所前の8月30日に元大関北天佑の次女で元モデルの千葉有希奈さん(28)との婚約を発表した。心機一転するように締め込みも黒色に新調。リモート取材に応じず意図は明かさなかったが、無言で国技館を引き揚げて集中力を高めた。

私生活では伴侶を得たが、部屋頭としては“おとこ気”を示す。8月に猛暑を考慮して、稽古場に業務用で1万円相当の大型扇風機を2台購入。場所前には「暑いからね。集中力をそいじゃうと、みんなけがをする。風に少し当たるとエネルギーも集中力も持つと思う」と意図を説明した。「扇風機なんて1台、そんな高いもんじゃない」と謙遜するが、金額より誠意。気遣いを忘れない大関に、師匠の千賀ノ浦親方(元小結隆三杉)も「周りをよく見ている。ありがたいよね」と感謝した。

昨年3月の大関昇進以降は両膝や左胸のけがに泣かされ、本領を発揮できなかった。不安を抱える両膝にはこの日テーピングを施したものの、場所前には「大丈夫です」と口癖のように万全を強調。ここ数場所は影を潜めていた電車道で、2度目の賜杯へまい進する。【佐藤礼征】

懸賞金の束を手に土俵を引き揚げる貴景勝(撮影・鈴木正人)

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休場貴景勝の胸中を師匠代弁「本人も悔しいと思う」

貴景勝(2020年7月23日撮影)

大関貴景勝が7月場所12日目の30日、日本相撲協会に「左膝内側側副靱帯(じんたい)損傷で約4週間の治療期間を要する見込み」との診断書を提出して休場した。

貴景勝は11日目の御嶽海戦で8勝目を挙げて勝ち越し、かど番を脱出したばかりだった。師匠の千賀ノ浦親方(元小結隆三杉)によると場所前から違和感を訴えており、前日29日の夜に「痛くて相撲が取れません。休場してもよろしいですか」と申し出があった。師匠は「8日目から痛かったみたい。本人も悔しいと思う」と代弁。休場は全休した昨年名古屋場所以来5度目(1場所で休場2度の昨年夏場所を含む)。

12日目の対戦相手、小結大栄翔は不戦勝で勝ち越した。

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貴景勝が休場 親方に左膝「痛くて相撲取れない」

貴景勝(20年7月撮影)

<大相撲7月場所>◇12日目◇30日◇東京・両国国技館

大関貴景勝(23=千賀ノ浦)が7月場所12日目の30日、日本相撲協会に「左膝内側側副靱帯(じんたい)損傷で約4週間の治療期間を要する見込み」との診断書を提出して休場した。

貴景勝は11日目の関脇御嶽海戦で8勝目を挙げて勝ち越し、2度目のかど番を脱出したばかりだった。取組後には膝の状態について「万全です。大丈夫です」と話していた。休場は全休した昨年名古屋場所以来5度目(1場所で休場2度の昨年夏場所を含む)。12日目の対戦相手、小結大栄翔は不戦勝で勝ち越しとなる。

千賀ノ浦親方は11日目の夜に貴景勝から申し出を受けたと説明した。「『痛くて相撲が取れない状況です』と伝えてきた。8日目から痛みがあったようだ。我慢してやっていた。ファンの方には申し訳ない。本人も悔しいと思う」と述べた。貴景勝は1敗で首位の横綱白鵬、大関朝乃山戦を残し、自らも優勝の可能性があった。

今場所の十両以上の休場者は横綱鶴竜、外出して数人との会食が判明した平幕阿炎らに続いて4人目となった。

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貴景勝「100%やりやすい」有観客前向き受け止め

四股を踏む貴景勝

大相撲の大関貴景勝(23=千賀ノ浦)が14日、代表取材に応じ、前日13日に観客を入れて開催することが決まった7月場所(19日初日、東京・両国国技館)について「お客さんいた方が100%やりやすい」と前向きに受け止めた。1日あたりの総観客数は、国技館の定員約1万1000人の4分の1にあたる約2500人に設定されているが「2500人入ってくれるだけで自分にとってはプラスになる」ときっぱり。かど番脱出を期す7月場所へ、気持ちを高ぶらせた。

新型コロナウイルス感染対応のガイドラインについても、師匠の千賀ノ浦親方(元小結隆三杉)を通じて内容を耳に入れた。支度部屋では各関取の間がアクリル板で仕切られ、準備運動の際にもマスク着用が義務づけられるなど感染予防が徹底される。異例の場所となるが「初めてなので分からないが、決められたことを現役力士はやるしかない。与えられた環境で一生懸命やるだけ」と話した。

11月の本場所は福岡ではなく東京開催となり、冬巡業の中止も発表された。今年は年間を通して巡業が行われず、地方の大相撲ファンに勇姿を見せることはできないが「巡業がないのは残念だけど世間がこういうときなので、やっぱり健康が大事だししょうがない。その分、本場所でいい相撲が見せられたら」と、本場所での活躍を誓った。

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隆の勝 10年で開花、中卒たたき上げ/プロに聞く

地元の千葉・柏での巡業で犬と記念写真に納まる

大相撲で勢いに乗る幕内力士の1人、隆の勝(25=千賀ノ浦)に話を聞いた。今年で入門10年。史上初の無観客開催となった春場所では12勝3敗の好成績で優勝次点、初の敢闘賞も獲得した。近年は高校、大学を経由して角界入りする力士が多くなる中、貴重な中卒たたき上げ。大家族で育った幼少時代の経験などを明かした。

丸顔に癒やし系の笑顔で“おにぎり君”の愛称で親しまれる隆の勝にとって、相撲との出会いは必然だった。父俊哉さんは大相撲観戦が好きで、地元の千葉・柏市は相撲が盛ん。幼稚園や小学校に相撲大会出場を勧誘するチラシが多数張られており、相撲クラブに所属していない少年も積極的に参加していたという。隆の勝は小1のときに初めて地元の相撲大会に参加。小3から柏市スポーツ少年団で本格的に相撲を始めた。同学年には大翔鵬(現十両)、後輩には元横綱琴桜を祖父に持つ琴ノ若(現前頭)や琴勝峰(現十両)が在籍。強豪のクラブチームだった。

「中卒で大相撲に入るまでずっと通っていました。稽古は厳しかったけど、小さい頃はとにかく相撲が楽しかった記憶があります。クラブには全国で2位、3位になるような強い子もいて、僕も小4から小6までわんぱく相撲の全国大会に出場していましたが、飛び抜けて強いわけではありませんでした」

クラブの練習は1日4時間で、土日の週2回。他のスポーツは習っていないため、平日の放課後は友達と遊ぶ時間が多かったが、学年が上がるにつれて、クラブ以外での稽古時間が増えたという。

「家では週に2、3回はみっちり四股を踏んでいました。回数はあまり覚えていないけど、30分くらいだったかな。めちゃくちゃ厳しく指導されたわけじゃありませんが、父親の監視の下で踏んでいたことを覚えています」

6人きょうだいの4番目として生まれた。母雅代さんは整体師。相撲を始めた頃から、痛いところがあればすぐに治療をしてくれた。今でも実家に戻ると体を診てくれるという。両親は子どもたちを特別厳しく育てたわけではないが、隆の勝にとって印象深い「ルール」がある。

「テレビゲームはいいけど、携帯ゲームは禁止されていましたね。他の家だと『目が悪くなるから』『勉強をしなくなるから』って理由が多いと思うんですけど、うちの場合は『姿勢が悪くなるから』とよく言われました。ゲームに限らず姿勢のことはよく注意されていましたね。いま思うと、整体師らしい視線だなと思います。ちなみに、今も携帯ゲームはやっていませんよ(笑い)」

大家族の存在は今でも力になっている。場所中は家族のライングループに母親が自身の取組動画を投稿。負けが込むと、姉からは「顔が死んでいるよ」と一喝される。

「昔から家族はみんな応援してくれた。今もだけど、家族の存在はずっと力になっています」

春場所では初めての敢闘賞を受賞するなどブレークした。力のある突き押し、右を差して素早く寄る相撲も目立ったが、現在の形が確立され始めたのは最近のこと。

「自分の相撲をつかみ始めたのは出稽古を積極的にするようになった3、4年前くらいからです。自分の型というのは、本来なら早めに決めた方がいいのかもしれないけど、今となっては焦らずに決めなくて良かったのかもしれない。だからこそ、若いときから四股やすり足の基礎(運動)で体をつくることが重要だと思う」

師匠の千賀ノ浦親方(元小結隆三杉)や同部屋の力士が口をそろえて「稽古熱心」と評価する真面目な性格。地道な鍛錬で自身と向き合い続け、その才能を開花させた。【佐藤礼征】

◆隆の勝伸明(たかのしょう・のぶあき)本名・石井伸明。1994年(平6)11月14日、千葉県柏市生まれ。小3から柏市スポーツ少年団で相撲を始め、小4から小6までわんぱく相撲全国大会出場。先代千賀ノ浦親方(元関脇舛田山)からの誘いを受け、千葉・西原中を卒業後、千賀ノ浦部屋に入門。10年春場所で初土俵。17年九州場所で新十両、18年秋場所で新入幕。20年春場所では12勝3敗の好成績で初の敢闘賞を受賞。家族は両親、兄、姉2人、妹、弟の8人家族。183センチ、163キロ。血液型O。得意は押し。

幕内土俵入りする隆の勝
春場所で敢闘賞を受賞した隆の勝(右)
大相撲春場所 9日目 玉鷲(右)との立ち合いで顔をうち出血するも押し出しで破る隆の勝

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隆の勝が主役!1敗守った  おにぎり君の笑顔満開

玉鷲(左)との立ち会いで激しく当たる隆の勝(撮影・清水貴仁)

<大相撲春場所>◇9日目◇16日◇エディオンアリーナ大阪

東前頭9枚目隆の勝(25=千賀ノ浦)が新風を巻き起こす! 玉鷲を押し出して1敗を守り、関取としては自己最速の勝ち越しを決めた。無観客開催の中、同部屋の大関貴景勝と稽古を重ね、実力を伸ばしている押し相撲のホープが無欲に突き進む。横綱白鵬が無傷の9連勝。隆の勝と碧山の平幕2人が1差で追い、横綱鶴竜ら2敗の5人が食らいつく。

  ◇    ◇    ◇

隆の勝が押し相撲の実力者を難なく退けた。立ち合い当たって右を差すと、すくって玉鷲の体勢を崩し、最後ははず押し。自己最高位の場所ながら、自己最速で給金を直した。「うれしい。勝ち越しのかかった相撲は緊張するけど、今日は周りが見えていた」。ファンから“おにぎり君”の愛称で親しまれる、癒やし系の笑顔を咲かせた。

力をつける環境が整っている。旧貴乃花部屋の力士らが千賀ノ浦部屋に移籍して約1年半。タイプの違う関取衆と手合わせする機会が増えた。特に貴景勝は同じ押し相撲。「場所前に大関(貴景勝)と相撲を取ることが大事。大関はストイックで頭がいいし、立ち合いの強さ、ぶれない下半身は見習いたい」と強調する。貴景勝から戦略面の助言もしばしばあり、この日の朝も「先に攻めた方がいい。無理やり(右を)入れてもいい」と声をかけられた。実際に右を差してから主導権を握る展開。大関の言葉を白星につなげた。

異例の無観客開催だが、図らずも好結果につながっている。「最初は寂しかったけど、慣れてくれば稽古場に似ている」と隆の勝。師匠の千賀ノ浦親方(元小結隆三杉)も「稽古場で強い。無観客でプレッシャーが薄れてるかも」と好調の要因を推察した。

1月の新年会では、師匠に口頭で「年内での三役昇進」を決意した。「同年代が先に上がって負けてられない」。素質を開花させつつある中卒たたき上げの25歳が、主役候補に躍り出てきた。【佐藤礼征】

〈隆の勝(たかのしょう)〉

◆本名 石井伸明(いしい・のぶあき)

◆あだ名 ノブ。おにぎり君。

◆生まれ 1994年(平6年)11月14日、千葉県柏市。

◆家族 両親と兄、姉2人、妹、弟の6人きょうだい、8人家族。

◆相撲歴 小3から柏市相撲スポーツ少年団で相撲を始め、小4~小6までわんぱく相撲全国大会出場。

◆角界入り 先代千賀ノ浦親方で現常盤山親方(元関脇舛田山)からの誘いを受け、中卒で入門。10年春場所で初土俵。17年九州場所で新十両、18年秋場所で新入幕。

◆しこ名 新十両を機に、現師匠の現役時代のしこ名から1字取って「舛の勝」から改名。

◆サイズ 183センチ、163キロ。

取組中に出血するも玉鷲を押し出しで破る隆の勝(撮影・清水貴仁)
妙義龍を破り、2日連続で流血しながら引き揚げる隆の勝(撮影・河田真司)

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貴景勝が流血2敗死守「気持ちと気合で」高安と激闘

高安(手前)を激しく攻める貴景勝(撮影・鈴木正人)

<大相撲初場所>◇13日目◇24日◇東京・両国国技館

2度目の優勝へ1敗も許されない大関貴景勝(23=千賀ノ浦)が、出血を伴う激しい一番を制して、2敗を死守した。関脇高安のかち上げを食らいながら、いなしを交えて下から突き起こし続けた。豪栄道の陥落により、来場所は1人大関となることが確実の23歳が、看板力士として千秋楽まで場所を盛り上げる。正代と徳勝龍の平幕2人は、1敗を守った。

   ◇   ◇   ◇

貴景勝が勝ち名乗りを受けて手刀を切ると、右の鼻からツーッと血がしたたり落ちた。「高安関と自分がやって、激しい相撲にならないわけがない」。出血くらい、覚悟していた。

立ち合いでかち上げにきた高安の右肘は、貴景勝の顔付近に向いていた。「気持ちでひるんだら負け。向こうは何でもやってくる」と心に刻み、直撃しても構わず前に出た。いなして張って、下から起こして…。最後は横向きにして押し出し「夢中でやっていた。気持ちと気合だけ。朝から準備だけはやってきた」と、力強く言った。

賜杯レースの先頭を走る2人の結果は、取組に備える支度部屋内で自然と耳に届いた。気持ちの変化は「全くない」。14日目は負けた時点で優勝を逃すが「硬くなる必要はない」と自らに言い聞かせた。

1差で追いかける展開だが、周囲の期待は高まる。師匠の千賀ノ浦親方(元小結隆三杉)は前日12日目の取組を終えると、優勝時に祝勝会で使う鯛を発注。御嶽海に優勝決定戦で敗れた昨年秋場所は、事前に用意していた鯛は煮付けにして師匠と部屋の数人で寂しく食べただけに、千賀ノ浦親方は「今度はお披露目できるといい」と、願うように話した。

支度部屋で報道陣の取材対応を終えると、2日連続で座敷の上に大の字で寝転がり、集中を高めるように呼吸を整えた。鼻血は止まっている。「不安材料を消して、消して消して消して。それだけを意識して土俵に上がる」。3人に絞られた優勝争い。三役以上で唯一加わっている若き大関は、優勝への意識を一切示さず、準備の重要性を説いた。【佐藤礼征】

高安との激しい取組で鼻血を出し、花道を引き揚げる貴景勝(撮影・鈴木正人)

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“年男”貴景勝が稽古始め「最後の番付を目指す」

千賀ノ浦部屋の稽古始めに参加した貴景勝(撮影・佐藤礼征)

大相撲の“年男”大関貴景勝(23=千賀ノ浦)が始動した。

3日、東京・台東区の部屋で行われた部屋の稽古始めに参加。昨年末にインフルエンザを罹患(りかん)し、病み上がりとなったこの日は相撲を取らず、四股やテッポウ、腕立て伏せなどの基礎運動で体を動かした。

東京オリンピック(五輪)イヤーの20年は子(ね)年。96年生まれで、年男としてさらなる飛躍を目指す23歳は「最後の番付を目指せるような成績を残したい。(五輪イヤーだが)負けないように、相撲の魅力を伝えられるようにやっていきたい。(年男は)あまり関係ないとは思うが頑張りたい」と力強く話した。

年末年始は地元兵庫に帰らず、都内で過ごした。年の瀬はインフルエンザによる体調不良に見舞われ、師匠の千賀ノ浦親方(元小結隆三杉)によると一時は40度近い発熱に襲われたが、本人は「インフルエンザになったけど収まった。いろいろあったけど、しっかり場所に向けて(体を)つくっていきたい」と、10日を切った初場所(12日初日、東京・両国国技館)を見据えた。

6日には横綱審議委員会(横審)による稽古総見が行われる。「今日はまだ始まったばかり。明日からしっかりやっていく」と話した。

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協会「間違いだった」インフル感染貴源治が巡業取組

貴源治

大相撲の十両貴源治(22=千賀ノ浦)が、インフルエンザに感染しながら冬巡業の取組を行っていたことが判明し、日本相撲協会は「間違いだった」と、対応の誤りを認めた。協会は23日、都内で理事会を実施。今月11日に佐賀市で行われた巡業で、貴源治が同日午前、同市内の病院でインフルエンザと診断されたと報告したにもかかわらず、午後に取組を行ったと報告された。芝田山広報部長(元横綱大乃国)は「相撲を取らせたのは間違いだった。対策を取れなかったことは落ち度がある」と話した。

理事会では、今回同様、協会員がインフルエンザに感染したことが判明した場合、即座に隔離するなど、感染の拡大を防ぐことを徹底すると決めた。芝田山部長によれば、この取り決めが決議されたことを、八角理事長(元横綱北勝海)が貴源治の師匠千賀ノ浦親方(元小結隆三杉)に報告、謝罪したという。芝田山部長は「(貴源治が)病院から帰ってきたのは相撲を取る直前だった。なかなか対策が取れなかったようだ」と説明。当時はすでに30人以上の巡業参加者がインフルエンザに感染、途中離脱していた。その混乱も判断ミスを招いたと説明。貴源治が取組を行ったのは春日野巡業部長(元関脇栃乃和歌)の判断だったという。

一方で11日の巡業参加者の一部からは「貴源治が感染したという話は、早い段階でみんな知っていた」という声も出ている。十両の大部分は、もともと11日の佐賀市を最後に帰京予定だった。インフルエンザへの認識の甘さから、特別な対応を先送りしていたとすれば、大きな過失といえる。

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貴景勝、秒殺相撲で復活のろし 再び大関の覚悟示す

貴景勝対妙義龍 妙義龍(奥)を押し出しで破る貴景勝(撮影・清水貴仁)

大関に復帰した貴景勝(23=千賀ノ浦)が、秒殺相撲で復活ののろしを上げた。今場所の自身最速となる2秒で東前頭2枚目妙義龍(33=境川)を押し出し、4勝3敗と白星を先行させた。先場所千秋楽で負傷した左大胸筋の状態が不安視され序盤戦は波に乗れなかったが、ようやく本来の強さを発揮した。小結朝乃山ら5人の2敗勢が、1敗の横綱白鵬を追う。

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貴景勝の電車道が、ようやく出た。立ち合いで突き放すと、頭から当たった。今場所の白星で最速となる2・0秒の完勝。初日から支度部屋で報道陣に背を向け緊張感を漂わせていたが、この日は報道陣に応対。「集中して毎日毎日、自分の中で後悔しないようにやっていた」と平常心を強調した。

場所前の稽古では左胸の影響について「的確な押しをしたら大丈夫」と話していたが、2日目の朝乃山戦、6日目の玉鷲戦と左からのいなしが不発。この日の朝、千賀ノ浦親方(元小結隆三杉)は「消極的な部分がある」と指摘したが、連敗中の一番で迷いのない一直線の踏み込みを披露した。八角理事長(元横綱北勝海)も「貴景勝はいくしかないから」と、攻撃的な姿勢を評価した。

再び大関の看板を背負い、覚悟を示す場所だ。新大関だった5月の夏場所では、4日目に負傷した右膝の影響で休場。大関としての責任を果たせなかった。「その再スタートというのはある。7月(名古屋場所)まで引きずってしまったので」。幕内最年少の若き大関は「今年はありがたい圧(プレッシャー)がある。大関に戻ったからには成績をあげないといけない」と地位の重みに感謝した。

単独トップの白鵬とは2差だが、場所は半分も終わっていない。「今の成績で『優勝したい』は顔じゃないけど、諦めずにやれば優勝以上のものがつかめるかもしれない。毎日毎日、いい準備をするだけ」と言葉に力を込める。会心の勝利で、表情にも生気が戻ってきた。【佐藤礼征】

妙義龍を下し、土俵から降りる貴景勝(撮影・河田真司)
取組後、記者の質問に答える貴景勝(撮影・河田真司)

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