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序二段4分超の長期戦 水入り規定なく取り直し決着

序二段前半戦で京の里と大翔城の一番は取組時間が長時間に及んだため「二番後取直し」となり幕が掲げられる(撮影・小沢裕)

<大相撲秋場所>◇2日目◇14日◇東京・両国国技館

序二段で取り直しとなる一番があった。

西序二段105枚目の京の里(23=伊勢ノ海)と東序二段106枚目の大翔城(36=追手風)が初対戦。立ち合い直後、京の里が左下手、大翔城が右上手をつかみ、土俵中央で膠着(こうちゃく)状態となった。まだ観客が入る前の静かな館内に、行司・式守昴明の「はっきよ~い」「のこった、のこった」の声だけがひたすらに響いた。4分26秒すぎ、審判長の立川親方(元関脇土佐ノ海)が右手を挙げ、行司が取組を止めて取り直しとなった。

十両以上の取組であれば「水入り」となり、同じ体勢からの取組再開となるが、幕下以下は原則的に「取り直し」。2番後、両者は息を整えて土俵に上がった。立ち合うなり、またもまったく同じ形になって動きがストップ。白房下の審判を務めた友綱親方(元関脇旭天鵬)は思わず苦笑い。1分23秒すぎ、一瞬上手をつかんだ京の里が寄り切り、長い取組に決着をつけた。

二番後取直しで激しく立ち合う大翔城(左)と京の里(撮影・河田真司)    

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北勝富士あと横綱2人 金星獲得10傑入り/新番付

北勝富士(2020年1月14日撮影)

日本相撲協会は8月31日、開催を目指す大相撲秋場所(9月13日初日、東京・両国国技館)の新番付を発表した。新型コロナウイルスの感染拡大の影響を受け、開催の可否や開催形態は理事会で決定する見込み。

現役力士の今場所達成可能な歴代10傑入りなどの記録は以下の通り(在位したことで達成済みも含む)。

【通算勝利数】

既に横綱白鵬(35=宮城野)が1170勝で歴代トップに君臨。どこまで伸ばせるか注目だ。ちなみに現役2位は琴奨菊(36=佐渡ケ嶽)の825勝。歴代10位の寺尾(元関脇=現錣山親方)まで35勝だ。

【幕内在位場所数】

今場所で白鵬が歴代5位の96場所。11月場所在位で高見山(元関脇=元東関親方)、安美錦(元関脇=現安治川親方)に並ぶ同3位に浮上する。琴奨菊は安芸乃島(元関脇=現高田川親方)に並ぶ同7位タイの91場所。現役3位は横綱鶴竜(34=陸奥)の81場所。ちなみに歴代1位は元大関魁皇(現浅香山親方)の107場所。

【幕内出場回数】

琴奨菊が歴代6位の1321回、白鵬が同8位の1265回。現役3位は鶴竜の1027回。なお歴代1位は、元関脇旭天鵬(現友綱親方)の1470回。

【幕内勝利数】

白鵬が1076勝で、2位の魁皇に197勝もの差をつけ歴代トップ。歴代6位に琴奨菊(716勝)が名を連ねる。同5位の元横綱大鵬までは、あと30勝で届く。

【通算連続出場】

初土俵以来、無休の「鉄人記録」の歴代9位に1271回の玉鷲(35=片男波)が入っている。04年春場所の序ノ口デビューから足かけ17年の「皆勤賞」だ。

【金星獲得】

現役力士で歴代10傑入りは不在だが、今場所チャンスがあるとすれば現在7個の北勝富士(28=八角)。横綱2人を倒せば通算9個で10位タイに滑り込む。東前頭2枚目まで番付を上げ、上位総当たりは確実だが果たして…。

なお8個で現役トップの逸ノ城(27=湊)は再入幕だが、上位とは当たらない幕尻の東前頭17枚目。ただ「幕尻の17枚目」といえば、今年1月の春場所で西の徳勝龍が、7月場所では東の照ノ富士が、アッと驚く幕尻優勝を果たしている。両者とも、両横綱が途中休場したため横綱戦はなかったが、大関戦は組まれた。もし逸ノ城が快進撃の末、優勝争いに加わり横綱対戦が実現すれば…。1つでも勝てば歴代10傑入りする。なお7個で追う遠藤は、返り三役のため金星のチャンスはない。

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魁聖が先月結婚「かわいくて」20代女性と交際5年

魁聖

大相撲の東前頭10枚目魁聖(33=友綱)が15日、先月20日に結婚していたことを明かした。相手は外国出身で、東京在住の日本国籍の20代女性。知り合いの食事会で知り合い、交際期間は約5年という。

ブラジル出身の魁聖は195センチで、相手の女性も170センチ超と互いに高身長。「かわいくて、自分のために、いろいろ頑張ってくれる。とても良い子。支えてくれる」と相手の印象を語った。「2人ともインドア派。俺が向こうの家に行って、映画みたりとか、たまにゲームとかも一緒にやりますね。向こうも、ゲームとか好きなので」と共通の趣味が距離を近づけたようだ。

魁聖はまだ部屋に住んでおり、7月場所(19日初日、東京・両国国技館)後に同居する予定。師匠の友綱親方(元関脇旭天鵬)には「これからはまた、結婚するから、もう1つ頑張れる理由ができたから、頑張らなきゃ」と声をかけてもらったという。

幕内で3場所連続の勝ち越しを目指す7月場所へ、魁聖は「勝ち越しができるように頑張ります。あと、コロナにならないように」と話した。

大相撲春場所 土俵入りする魁聖(20年3月撮影)
隠岐の海を寄り切る魁聖(右)(19年1月撮影)
奉納土俵入り後に横綱白鵬(右)と談笑する魁聖(18年4月撮影)

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琴奨菊あと43 寺尾に並ぶ通算勝利10傑/新番付

琴奨菊(撮影・河田真司)

日本相撲協会は27日、大相撲夏場所(5月24日初日、東京・両国国技館)の新番付を発表した。十両以上の番付は以下の通り。なお、新型コロナウイルスの感染拡大の影響を受け、夏場所開催の可否は決まっていない。

現役力士の今場所達成可能な歴代10傑入りなどの記録は以下の通り(在位したことで達成済みも含む)。

【通算勝利数】

既に横綱白鵬(35=宮城野)が1160勝で歴代トップに君臨。どこまで伸ばせるか注目だ。ちなみに現役2位は琴奨菊(36=佐渡ケ嶽)の817勝。歴代10位の寺尾(元関脇=現錣山親方)まで43勝だ。

【幕内在位場所数】

今場所で白鵬が歴代5位の95場所、琴奨菊が同8位タイの90場所。現役3位は横綱鶴竜(34=陸奥)の80場所。ちなみに歴代1位は元大関魁皇(現浅香山親方)の107場所。

【幕内出場回数】

琴奨菊が歴代6位の1306回、白鵬が同10位の1253回。現役3位は栃煌山(33=春日野、今場所は十両)の1132回。なお歴代1位は、元関脇旭天鵬(現友綱親方)の1470回。

【幕内勝利数】

白鵬が1066勝で、2位の魁皇に187勝もの差をつけ歴代トップ。歴代8位に琴奨菊(708勝)が名を連ねる。

【通算連続出場】

初土俵以来、無休の「鉄人記録」の歴代10位に1256回の玉鷲(35=片男波)が入っている。04年春場所の序ノ口デビューから足かけ17年の「皆勤賞」だ。

【金星獲得】

現役力士で歴代10傑入りは不在だが、今場所チャンスがあるとすれば現在7個の北勝富士(27=八角)。横綱2人を倒せば通算9個で10位タイに滑り込む。西前頭5枚目で、番付通りなら上位総当たりとはならないが、優勝争いに加わるような快進撃を見せ、両横綱との対戦が組まれればチャンス到来となるが、果たして…。

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希代の横綱白鵬と歩む今後、大銀杏結う新床山も興奮

相撲情報 43回目の優勝を飾った白鵬は支度部屋で笑顔を見せる(撮影・栗木一考)

<大相撲九州場所>◇14日目◇23日◇福岡国際センター

平成の大横綱が、令和の大相撲にも新たな1ページを刻んだ。横綱白鵬(34=宮城野)が史上最多を更新する43度目の優勝を飾った。

2差で追っていた平幕の正代が敗れ、小結朝乃山は3敗を守ったが、自身は関脇御嶽海を外掛けで下して13勝目として、勝利で決めた。新元号「令和」で、そして9月に日本国籍を取得後初めての優勝。34歳8カ月での優勝は、年6場所制となった58年以降では4位の年長記録となった。

   ◇   ◇   ◇

関取昇進時から白鵬の大銀杏(おおいちょう)を担当していた床蜂が8月に定年を迎え、秋場所から担当は床幸(とこゆき、51=友綱)に代わった。同じ伊勢ケ浜一門で、白鵬が大関だった08年の夏巡業に担当したことがあるが、横綱は初めて。8月の夏巡業で床蜂から任命された。「光栄です。床山みんなが目標にしていると思うので」。支度部屋での準備運動では張り詰めた雰囲気を醸し出す横綱は、普段の会話では「気さくな方」。会場を出る時間は2時間以上遅くなったが、それ以上の充実感があるという。

おじにあたる先々代大島親方の元大関旭国に誘われて、83年に入門した。床山生活で一番の思い出は、当時大銀杏を結っていた元関脇旭天鵬(現友綱親方)が、12年夏場所で史上最年長での優勝を果たしたとき。「あのときは感動した。これからも楽しみです」。史上最多の優勝回数を誇る希代の横綱と歩む今後に、胸を躍らせていた。

外掛けで御嶽海(下)を下す白鵬(撮影・小沢裕)

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白鵬が日本人国籍取得 天国父も「わが道を行け」と

報道陣に笑顔で日本国籍取得の報告をする白鵬(撮影・河田真司)

大相撲史上最多の優勝42度を誇る横綱白鵬(34=宮城野)の日本国籍取得が3日、官報で告示された。年寄名跡襲名には日本国籍が必要で、引退後「親方」として日本相撲協会に残る資格を得た。故郷モンゴルに日本と「2つの国が背中にのしかかる」と決意を口にし、秋場所(8日初日、両国国技館)では“日本人初優勝”に挑む。

   ◇   ◇   ◇

白鵬に節目が訪れた。6月にモンゴルからの国籍離脱を承認され、この日、日本国籍取得が完了した。都内の宮城野部屋で朝稽古を終えると「白鵬翔(はくほう・しょう)という名前で日本国籍を取得できました。今までモンゴルが背中にあったが、2つの国が背中にのしかかってくる感じです」と決意を語った。

「15歳で(日本に)来た時はやせっぽちで全く特別(な力士)ではなかったけど、稽古に稽古を重ねて強くなれました。18年間、相撲一筋でやってきたことが、今日につながった」と感慨深げだ。故郷モンゴルへの思いも変わらない。「人間が変わるわけでない。自分の(生まれた)国を愛せるから、日本を愛せる。両親、兄弟を愛せるから、この国(日本)の人を愛せると思います」-。

引退後、日本相撲協会に親方として残り、後進を育成したい思いで、国籍変更を「2、3年前から」(白鵬)周囲に相談してきた。決断に当たっては、昨年4月に他界した父ムンフバトさんの言葉が大きかった。モンゴル勢初となる五輪メダルを68年メキシコ大会(レスリング銀メダル)で獲得した“英雄”が、世界を見てきた立場で「わが道を行け」と言ってくれた。

スカウトしてきた石浦、炎鵬が関取として成長しており、その慧眼(けいがん)は証明済みだ。「今までは自分が相撲を取ることで精いっぱいだったけど(引退後は)強いお相撲さんを育てて、協会やファンの皆様に恩返しをしたい」と話した。

協会は現役で著しい功績を残した力士に対し、引退後に現役名で親方となる「一代年寄」を認めるケースがあり、大鵬や北の湖、貴乃花がいる(千代の富士は辞退)。白鵬も実績は申し分ないものの、まだまだ現役だ。「最近けがが多いから、けがのないように頑張りたい」。秋場所は、日本人・白鵬翔として“初優勝”を狙っていく。

◆外国出身力士の日本国籍取得 横綱では米国出身の曙、武蔵丸(現武蔵川親方)に次いで3人目。モンゴル出身では同国勢初の師匠となった友綱親方(元関脇旭天鵬)や錦島親方(元関脇朝赤龍)元小結時天空(元間垣親方)ら。その他に米国出身の元関脇高見山(元東関親方)ら。

◆白鵬翔(はくほう・しょう)3日から本名同じ。2日まではムンフバト・ダバジャルガル。1985年(昭60)3月11日、モンゴル・ウランバートル生まれ。00年10月に来日し、01年春場所初土俵。04年初場所新十両。同年夏場所、昭和以降4番目に若い19歳1カ月で新入幕。大関に昇進した06年夏場所で初優勝。07年名古屋場所で第69代横綱に昇進。優勝42回など、さまざまな史上1位の記録を持つ。殊勲賞3回、敢闘賞1回、技能賞2回。金星1個。昨春亡くなった父ムンフバトさんは、68年メキシコ五輪レスリング銀メダリストでモンゴル相撲の横綱。得意は右四つ、寄り。家族は紗代子夫人と1男3女。192センチ、158キロ。

◆年寄の襲名条件 1976年(昭51)9月の理事会で襲名資格に「日本国籍を有する者」が追加された。その上で、襲名して新たに部屋を興すには現役時代の実績で<1>横綱、大関経験者<2>三役(関脇、小結)通算25場所以上<3>幕内通算60場所以上、の条件を満たす必要がある。既存の部屋の継承なら<1>幕内通算在位12場所以上<2>十両以上の通算在位20場所以上、となる。また、部屋付きの親方になるだけなら<1>小結以上<2>幕内通算在位20場所以上<3>十両以上の通算在位30場所、を満たせば可能(<3>については28場所でも願書の提出で可能となる)。これとは別に顕著な功績を残した横綱に贈られる、一代限りで襲名できる「一代年寄」がある。

笑顔で日本国籍取得の報告をする白鵬(撮影・河田真司)

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白鵬が国籍取得「強いお相撲さんを」引退後は親方へ

日本国籍取得の報告をする白鵬(撮影・河田真司)

大相撲史上最多の優勝42度を誇る横綱白鵬(本名ムンフバト・ダバジャルガル、34=宮城野)の日本国籍取得が3日、官報で告示された。年寄名跡襲名には日本国籍が必要であり、引退後「親方」として日本相撲協会に残る資格を得た。白鵬は6月にモンゴル国籍離脱を承認されていた。

白鵬はこの日、都内の同部屋で朝稽古後「本日、正式に白鵬翔という名前で日本人として国籍を取得できました。日本人として恥じないように頑張ります」とし「今まではモンゴルが背中にあったけど、2つの国が背中にのしかかってくる感じです」などと心境を語った。「15歳で(日本に)来た時はやせっぽちで全く特別(な力士)ではなかったけど、稽古に稽古を重ねて強くなれました。18年間、相撲一筋でやってきたことが、今日につながったと思います」と感慨深い表情を見せた。

国籍を離脱した故郷モンゴルへの思いにも触れ「人間そのものが変わるわけでない。自分の(生まれた)国を愛せるから、日本を愛せる。両親、兄弟を愛せるから、この国(日本)の人を愛せると思います」と語った。日本への国籍変更は「2、3年前から」(周囲に)相談。昨年4月に他界した、68年メキシコ五輪レスリング銀メダリストの父ムンフバトさんに「わが道を行け」と後押しされたことが大きかったという。

外国出身横綱の日本国籍取得者は、米国出身の曙、武蔵丸(現武蔵川親方)に次いで3人目。モンゴル出身では同国勢初の師匠となった友綱親方(元関脇旭天鵬)らが日本国籍を取得している。また協会は現役で著しい功績を残した力士に対し、現役名で親方となる「一代年寄」を認めるケースがあり、大鵬や北の湖、貴乃花がいる(千代の富士は辞退)。白鵬は申し分ない実績を残しているといえる。

希望する親方への道がひらけた。関取の石浦、炎鵬らをスカウトするなど、その慧眼(けいがん)は証明済みだ。「両方の国と相撲があるからこそ、ここまで来れた。相撲の発展に尽くしたい。今までは自分が相撲を取ることで精いっぱいだったけど(引退後は)強いお相撲さんを育てて、協会やファンの皆様に恩返しをしたい」と話した。

報道陣に笑顔で日本国籍取得の報告をする白鵬(撮影・河田真司)

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大転換の時代 外国人横綱誕生で歴史塗り替え

64代横綱曙

<平成とは・大相撲編(2)>

大相撲の長い歴史の中で、平成の30年は大転換の時代だ。史上初の外国人横綱が誕生し、モンゴル勢が国技の歴史を塗り替えた。戦後初の外国人力士となった高見山から始まった異国の力士たちの戦いは、平成になって大きな実を結んだ。

  ◇   ◇   ◇  

平成の前半は、ハワイ勢が活躍した。曙、武蔵丸の2人の横綱が、貴乃花、若乃花の好敵手として空前の相撲ブームといわれた若貴時代を盛り上げた。「相撲はケンカだ」と発言し「黒船襲来」と恐れられた小錦は、大関で3度優勝しながら横綱の夢はかなわなかった。その無念を教訓に、有無を言わせぬ強さで曙が昇進したのは93年(平5)春場所のことだった。4年後には武蔵丸も続いた。

92年(平4)2月、大島部屋にスカウトされてやってきた6人が、モンゴル力士の始まりだった。160人の応募者の中から選ばれ、現友綱親方の元関脇旭天鵬に、元小結旭鷲山らがいた。「最初は留学気分。学校入って、余った時間で部活するような感覚で来た」と友綱親方。独特の上下関係や食生活など相撲部屋の生活になじめず、集団脱走しモンゴルへ逃げ帰ったことも。そんな苦労の末、95年(平7)春場所、旭鷲山が初の関取となり、その多彩なワザで「ワザのデパートモンゴル支店」と脚光を浴びた。

旭鷲山に続き旭天鵬が関取になったことで、モンゴル人力士への期待が高まった。国内の相撲有力高校がモンゴルの能力の高い若者をスカウト。高校でさらに鍛えられて大相撲に入門し、明徳義塾高から横綱になった朝青龍の成功につながった。平成の大横綱、貴乃花が引退した03年(平15)初場所、朝青龍がモンゴル人初の横綱に昇進。2年後、史上最長の7場所連続優勝、年6場所完全制覇の大記録を打ち立てる。その強さは白鵬に引き継がれ、平成後半はモンゴル勢の圧倒的強さが角界を席巻した。

モンゴル人の成功を白鵬は「40年前の日本人力士に聞いてみればいいよ。そのころと同じハングリー精神があり、故郷から出て一旗揚げてやろうという気持ちでやって来る。精神的な面が大きい」と話す。続々と入ってくる後進の面倒を先に入った旭天鵬らがサポートしたことも大きい。白鵬から「兄さん」と慕われる旭天鵬は「後輩が関取になると、必ずテレビをプレゼントした。モンゴルではなかなか買えないから」。

平成の182場所で外国出身力士の優勝は114回。うち85回がモンゴル出身力士の優勝だ。特に平成後半はモンゴル勢が優勝をほぼ独占。そんな状況を喜ばない相撲ファンの声を協会も無視できなくなった。98年(平10)4月の師匠会で、外国人は1部屋2人、全体で40人という人数制限を確認。2年後の師匠会では、モンゴル人は全体で20人までという話も出た。02年(平14)2月には理事会で、外国人力士の採用定員40人という枠を外した上で、原則として1部屋1人(平成22年には日本国籍取得者も含められた)が決定した。

日本人力士の勝利や優勝を望む雰囲気をモンゴル人力士も肌で感じている。貴乃花引退前年の02年秋場所2日目。旭天鵬は横綱貴乃花に勝って金星を獲得した。また、12年夏場所千秋楽、栃煌山との平幕優勝決定戦に勝利して史上最年長40歳8カ月と10日で初優勝。そのどちらの取組でも「オレが勝っていいのか?」と対戦前に悩んだという。貴乃花は当時、負ければ引退といわれており、栃煌山は6年ぶりの日本人優勝がかかっていた。部屋には無言電話や、嫌がらせの手紙も来た。

暴行事件で引退を余儀なくされた朝青龍や日馬富士、貴ノ岩らの不祥事もモンゴルへの逆風となっている。自分より相手への声援が多くても、それをバネに白鵬は勝ち続けた。昭和の大横綱大鵬の優勝32回を抜き去り、19年春場所まで43回の優勝。八百長や賭博問題で世間の批判にさらされた角界を1人横綱として支えた。最近は、自らが壁となり続けることで稀勢の里(現荒磯親方)を日本人横綱へと導くなど、後進の育成にも目を向けている。

「余裕が出てきて周りがよく見えるようになった。次を育てないといけないし、もっと相撲界を盛り上げたい」

国は違えど、角界に入れば思いは同じだ。今後、外国人力士は増えるか聞かれると白鵬は「(予想するのは)自信がないね。40年、50年前の人たちの体と精神を(自分たちが)つないでいければいいんじゃないかな」と話した。(敬称略)【桝田朗、高田文太、佐藤礼征】

67代横綱武蔵丸
68代横綱朝青龍
69代横綱白鵬
70代横綱日馬富士
71代横綱鶴竜

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白鵬大きな決断、横綱日本国籍なら曙、武蔵丸以来

春巡業で土俵入りを行う白鵬(撮影・佐藤礼征)

大相撲の横綱白鵬(34=宮城野)が、モンゴル国籍の離脱を同国政府に申請していることが17日、分かった。日本国籍取得の手続きのためとしている。外国出身力士が親方になるには日本国籍が必要で、白鵬本人も以前から親方として部屋を持つ希望を示していた。この日、東京・大田区で行われた春巡業では多くを語らなかったが、「あとは結果を待つだけ」と国籍変更を否定しなかった。

白鵬が日本国籍取得へ着々と準備を進めていた。17日付の複数のモンゴル主要紙が横綱のモンゴル国籍離脱申請を報じ、オドリーン・ソニン紙によると、先週「申請書」を大統領府に提出したという。巡業に参加した白鵬は国籍離脱の報道について「まだ、ああだこうだ言うのは早い。(日本とモンゴルの)両国のものがありますから。今は私の口からこれ以上のことは言えない。あとは結果を待つだけ」と慎重に言葉を選んだ。

外国出身力士が現役引退後、親方として日本相撲協会に残るには日本国籍が必要となる。白鵬は以前から親方になる希望を口にし、数年前から自らスカウトした力士を宮城野部屋へ入門させていた。国籍変更は時間の問題とされていたが、ついに大きな決断に至った。

「白鵬親方」誕生が現実味を帯びてきた。日本相撲協会は現役時代に著しい功績を残せば、引退後に現役名のまま親方になれる「一代年寄」を授与し、大鵬や北の湖、貴乃花がいる(千代の富士は辞退)。優勝20度以上がひとつの目安とされており、史上最多優勝42度を誇る白鵬は実績面だけなら申し分ない。15年に当時の北の湖理事長が亡くなった際、白鵬は「理事長の手から一代年寄をもらいたかった」と発言していた。

モンゴル出身で日本国籍を取得したのは、17年に同国出身初の師匠となった友綱親方(元関脇旭天鵬)らがいるが、大関以上はいない。外国出身の歴代横綱では米国出身の曙、武蔵丸(現武蔵川親方)が日本人になっている。

白鵬は20年東京オリンピック(五輪)で、実施されるかは未定だが土俵入りを熱望している。仮に土俵入りが行われ、五輪開幕までに国籍変更を済ませれば日本人横綱として全うする可能性もある。一方で、最近では春場所千秋楽(3月24日)で優勝インタビューの最後に観客とともに行った三本締めが問題視され、品格面を問われている。第一人者は将来のためにも土俵の内外で誠実さが求められている。

◆年寄の襲名条件 76年9月の理事会で襲名資格に「日本国籍を有する者」が追加された。その上で、襲名して新たに部屋を興すには現役時代の実績で<1>横綱、大関経験者<2>三役(関脇、小結)通算25場所以上<3>幕内通算60場所以上、の条件を満たす必要がある。既存の部屋の継承なら<1>幕内通算在位12場所以上<2>十両以上の通算在位20場所以上、となる。また部屋付きの親方になるだけなら<1>小結以上<2>幕内通算在位20場所以上<3>十両以上の通算在位30場所、を満たせば可能(<3>については28場所でも願書の提出で可能となる)。これとは別に顕著な功績を残した横綱に贈られる、一代限りで襲名できる「一代年寄」がある。過去の権利取得者は大鵬、北の湖、千代の富士(辞退)、貴乃花の4人。また引退後、横綱は5年、大関は3年に限り現役時のしこ名で年寄として協会に残れる。

外国出身者の年寄襲名

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「白鵬親方」誕生が現実味 東京五輪で土俵入り熱望

横綱白鵬(19年撮影)

大相撲の横綱白鵬(34=宮城野)が、モンゴル国籍の離脱を同国政府に申請していることが17日、分かった。

日本国籍取得の手続きのためとしている。外国出身力士が親方になるには日本国籍が必要で、白鵬本人も以前から親方として部屋を持つ希望を示していた。この日、東京・大田区で行われた春巡業では多くを語らなかったが、「あとは結果を待つだけ」と国籍変更を否定しなかった。

白鵬が日本国籍取得へ着々と準備を進めていた。17日付の複数のモンゴル主要紙が横綱のモンゴル国籍離脱申請を報じ、オドリーン・ソニン紙によると、先週「申請書」を大統領府に提出したという。巡業に参加した白鵬は国籍離脱の報道について「まだ、ああだこうだ言うのは早い。(日本とモンゴルの)両国のものがありますから。今は私の口からこれ以上のことは言えない。あとは結果を待つだけ」と慎重に言葉を選んだ。

外国出身力士が現役引退後、親方として日本相撲協会に残るには日本国籍が必要となる。白鵬は以前から親方になる希望を口にし、数年前から自らスカウトした力士を宮城野部屋へ入門させていた。国籍変更は時間の問題とされていたが、ついに大きな決断に至った。

「白鵬親方」誕生が現実味を帯びてきた。日本相撲協会は現役時代に著しい功績を残せば、引退後に現役名のまま親方になれる「一代年寄」を授与し、大鵬や北の湖、貴乃花がいる(千代の富士は辞退)。優勝20度以上が一つの目安とされており、史上最多優勝42度を誇る白鵬は実績面だけなら申し分ない。15年に当時の北の湖理事長が亡くなった際、白鵬は「理事長の手から一代年寄をもらいたかった」と発言していた。

モンゴル出身で日本国籍を取得したのは、17年に同国出身初の師匠となった友綱親方(元関脇旭天鵬)らがいるが、大関以上はいない。外国出身の歴代横綱では米国出身の曙、武蔵丸(現武蔵川親方)が日本人になっている。

白鵬は20年東京オリンピック(五輪)で、実施されるかは未定だが土俵入りを熱望している。仮に土俵入りが行われ、五輪開幕までに国籍変更を済ませれば日本人横綱として全うする可能性もある。一方で、最近では春場所千秋楽(3月24日)で優勝インタビューの最後に観客とともに行った3本締めが問題視され、品格面を問われている。第一人者は将来のためにも土俵の内外で誠実さが求められている。

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玉鷲「まだ信じられない」優勝一夜明け笑顔の会見

優勝紙面を片手に、笑顔でガッツポーズする玉鷲(撮影・河田真司)

初場所で初優勝を飾った関脇玉鷲(34=片男波)が28日、都内の部屋で会見した。千秋楽から一夜明け「まだ信じられない。(優勝の瞬間は)胸がだんだん熱くなって気持ちよかった」と心境を明かした。

27日の早朝には第2子の男子も誕生。「奥さんが頑張ったので、今度は自分の番だと思った」と奮起した。赤ちゃんとは、前日1分ほどしか会っていない。「(似ているのは)両方に…? まだ会っていないので分からない」と笑顔。会見終了後、面会に行くという。

師匠の片男波親方(元関脇玉春日)も「結婚して家族ができて責任感ができたのでは」と、父親としての自覚が躍進につながったとした。来場所は連続優勝を狙う。「花火みたいにどーんと上がって散るのは寂しいので」と、息の長い力士になることを期待する。

関脇として13勝。来場所の活躍次第では、大関とりも視野に入る。それでも、玉鷲は「一番一番取るだけ。人を楽しませる、喜んでもらえるような相撲を取りたい」と、こだわらなかった。

34歳2カ月での初優勝は、12年5月の夏場所を制した旭天鵬(現在の友綱親方)の37歳8カ月に次ぐ、歴代2番目の年長となる。04年1月の初場所で初土俵を踏んで以降、所要90場所目での初優勝は史上4番目の遅さ。元横綱稀勢の里の89場所を上回るスロー記録となった。13勝目も6日目からの10連勝も、ともに自己記録を更新した。

笑顔で握手を交わす玉鷲(左)、片男波親方(撮影・河田真司)

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玉鷲初優勝!ホテルマン夢の男が偶然きっかけ頂点に

遠藤(下)を突き落としで破る玉鷲。中央左は片男波親方(撮影・河田真司)

<大相撲初場所>◇千秋楽◇27日◇東京・両国国技館

34歳2カ月の関脇玉鷲が前頭9枚目遠藤(28=追手風)を突き落としで下し、13勝2敗でうれしい初優勝を飾った。

初優勝の年齢としては、12年5月の夏場所を制した旭天鵬(現在の友綱親方)の37歳8カ月に次ぐ、歴代2番目の年長となる。04年1月の初場所で初土俵を踏んで以降、所要90場所目での初優勝は史上4番目の遅さ。元横綱稀勢の里の89場所を上回るスロー記録となった。13勝目も6日目からの10連勝も、ともに自己記録を更新した。

前日14日目の碧山戦は「一瞬、頭が真っ白になった」と、いつもの仕切りのやり方が分からなくなるほど緊張した。14度目の対戦で初白星を挙げた、12日目の横綱白鵬戦も取組後は緊張のピークだと感じていたが、優勝が現実味を帯びてきたことで、それを上回る緊張に襲われていた。遠藤戦は、勝てば自力で初優勝をつかむことができる新境地だったが、執念で勝った。

スポーツ歴がないまま、東大大学院に通っていた姉を頼って初来日。偶然、自転車に乗った力士を見つけてついていくと、井筒部屋に着いた。そこで現在は横綱の鶴竜に出会い、入門方法などを聞いた変わり種だ。手先は器用で絵画やスイーツ作りが得意。師匠の片男波親方(元関脇玉春日)は「正月に奥さんと一緒に生クリームたっぷりのホールケーキを作ってきてくれたけど、お店に置いてありそうな感じだった」と、味も見た目もハイレベルだったという。

かつてはホテルマンを夢見た男が、相撲界の頂点に立った。関脇に返り咲いた今場所前も「もう一つ上を狙いたい」と、大関昇進への色気も隠さない。34歳になってもなお、成長を続ける異色の力士が、今年最初の本場所を制した。

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玉鷲が初V王手「頭真っ白」緊張で立ち合い形忘れた

碧山(右)の激しい張り手に耐える玉鷲(撮影・河田真司)

<大相撲初場所>◇14日目◇26日◇東京・両国国技館

大一番を前に、玉鷲自身も信じられないことが起きた。

立ち合い。先に手をついて身構える碧山に正対すると「あれっ、いつもどうやっていたっけ?」と、自分の立ち合いの形を忘れて「待った」をかけた。「一瞬、頭が真っ白になった」と、平静を装ったが緊張は限界を超えていた。その後は繰り返してきた稽古が体を勝手に動かした。2度目の立ち合いは左、右と手をつき、頭からぶつかった。押し返され、のど輪にのけぞった。それでも前に出て完勝。無我夢中の中、3秒2で大きな星を手にした。

勝ち残りの控えに座るとタオルを顔に押しつけた。直前に貴景勝が勝ち、この日の優勝は取組前の時点で消滅していたが、こみ上げるものがあった。

取組後は「泣いてないよ」と話したが、目には光るものがあった。貴景勝の取組を見ていないというが「心の奥では気にしていた。だからおかしくなった。顔には出ていないけど。(取組は)相手も勝ち越しがかかって緊張していた。それがなかったら負けていた」と無意識に涙を流すほど、高ぶって臨んだ大一番を振り返った。

熱くなりやすい性格と体は入門当時からだった。兄弟子だった熊ケ谷親方(元前頭玉飛鳥)は04年1月の初土俵直前の姿が、最も印象的だったという。「真冬なのに窓は全開、上半身裸のパンツ一丁で『暑い』と言って寝ていた。すごいやつが入ってきたと思った」と、笑って振り返る。スポーツ歴がないのに、大相撲の世界に飛び込んできた度胸と奇抜な行動に、妙な大物感を覚えたという。一方で同親方は「稽古では負けん気が強かった」とも語った。入門後、関取だった同親方の付け人を務めたが、番付がともに幕下となると遠慮なく胸を借りてきた。

千秋楽で遠藤に勝てば、結びの一番の貴景勝の取組を待たずに優勝が決まる。34歳2カ月での初優勝は、12年夏場所で初優勝した旭天鵬(現友綱親方)の37歳8カ月に次ぐ、歴代2番目の年長。この日と比較して「ここまで、おかしくなったから明日(千秋楽)は大丈夫。横綱って、体より心が強いね」と笑った。泣いて笑って熱くなって-。すべての感情を前倒しした素の玉鷲が、地力と自力で優勝をつかむ。【高田文太】

碧山(右)を押し出しで破る玉鷲(撮影・河田真司)

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魁聖が九州場所休場、左腓腹筋内側の肉離れ

魁聖(2018年3月17日撮影)

16年秋場所以来13場所ぶりに返り咲いた小結魁聖(31=友綱)が9日、日本相撲協会に「左腓腹筋内側の肉離れにより、約2週間の安静を要する見込み」との診断書を提出して、九州場所(11日初日、福岡国際センター)を休場することが決まった。6日の春日野部屋への出稽古中に負傷していた。

この日、福岡国際センターで行われた取組編成会議に出席していた、師匠の友綱親方(元関脇旭天鵬)は「3日ぐらい休んだら出てくる。とりあえず様子を見る」と、途中出場させる予定であることを明かした。久しぶりの三役返り咲きということもあり「いい稽古をしていたからもったいない」と初日からの休場を悔やんだ。

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40歳安美錦「来場所が最後のチャンスだと思って」

誕生日ケーキのろうそくを消す安美錦

大相撲秋巡業の初日が3日、東京・大田区で行われ、十両安美錦(伊勢ケ浜)が40歳の誕生日を迎えた。

関取最年長として、また1つ年齢を重ねて「これだけ長くできるというのは、生んでくれた両親に感謝。支えてくれて指導してくれた師匠や、支えてくれたいろいろな方のおかげでここまできたかな」と感謝の言葉。

40歳の目標は「幕内に戻ることだけ考えて」と、自身が持つ最高齢再入幕の記録更新を誓った。ただ続けて「来場所が最後のチャンスだと思って戦いたい」と言って報道陣を慌てさせて、かすかに笑った。

今1番欲しい物は「家族の時間」だという。秋場所後もイベントなどで多忙を極め、この日から始まった秋巡業も九州場所(11月11日初日、福岡国際センター)に向けて東海、関西、中国・四国地方へと移動していく。

そして九州場所後も九州を転々とする冬巡業があるため、東京に戻ってくるのは、2カ月半後の12月中旬となる。「巡業とかで家族の時間はないけど、応援してくれている。(子どもは)勝つと喜ぶし負けると悲しいだろうし」と、家族の存在が支えになっている。

さらに40歳まで現役で続けられてきたのには、40歳を超えても幕内で活躍した元関脇旭天鵬の友綱親方の存在も大きい。

「今の友綱親方のおかげで、年齢の概念が崩れて気にせずできるようになった。すっと苦しいことしかないけど、できる限りはやっていこうかなと」と話した。

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白鵬、モンゴルイベントでの父に捧げる黙祷「感謝」

ハワリンバヤルで白鵬(中央)の父でモンゴルの国民的英雄ジジド・ムンフバトさんにささげる黙とうが行われた。左は友綱親方、右は鶴竜(撮影・高田文太)

 大相撲の白鵬(33=宮城野)と鶴竜(32=井筒)の両横綱が5日、都内で行われた、毎年ゴールデンウイーク恒例のモンゴル祭り「ハワリンバヤル」に参加した。

 稽古後に駆けつけた2人は、モンゴル相撲大会で行司役や選手紹介などの司会役、ゲスト席からの実況、表彰式のプレゼンターなどを務め、集まった観衆を盛り上げた。白鵬は「(ハワリンバヤルは)今年で18年目。私が日本に来てからと同い年。モンゴル相撲に興味を持った若手の参加者が増えた。祭りの大きさをあらためて感じた」と話し、イベントの規模の拡大を実感した様子だった。

 モンゴル相撲大会終了後はステージ上で、友綱親方(元関脇旭天鵬)も加わってあいさつした。鶴竜は「(モンゴルと日本の)両国のいいところや、お互いのことをよく知り、これからも歴史の中でいい時間を過ごしていければ」と、友好関係の継続を願った。さらに鶴竜は「年を重ねるごとに盛大になってきた。モンゴル相撲を見て、自分も頑張るぞという気持ちになった」と、2場所連続優勝を狙う夏場所(13日初日、東京・両国国技館)への活力にもなったと明かした。

 ステージ上でのあいさつの際には、白鵬の父で4月に亡くなった68年メキシコ五輪のレスリング銀メダリストで、モンゴル人初の五輪メダリストとなったジジド・ムンフバトさんにささげる30秒間の黙とうも行われた。白鵬は「聞いていなかったのでびっくりした。うれしいですね。感謝です」と、かみしめながら話した。

ハワリンバヤルのモンゴル相撲大会の表彰式でプレゼンターを務めた白鵬(左端)と鶴竜(右端)(撮影・高田文太)

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150キロの旭大星が新入幕、26年ぶり北海道出身

新入幕を果たし、笑顔で師匠の友綱親方(右)と握手を交わす旭大星

 日本相撲協会は30日、夏場所(5月13日初日、両国国技館)の新番付を発表した。

 北海道旭川市出身の旭大星(28=友綱)が唯一の新入幕で、北海道出身としては92年初場所の立洸以来、26年ぶり。北海道出身力士の幕内在籍も、98年夏場所の北勝鬨(現伊勢ノ海親方)を最後に、20年も遠ざかっていた。大鵬、北の湖、千代の富士らの横綱をはじめ、数々の名力士を輩出してきた相撲王国だけに、旭大星は「プレッシャーを感じる」と話す一方で「地元の期待の大きさは感じていた。10年かかったけど頑張ってよかった」と、08年初場所の初土俵から、10年余りかけてたどり着いた地位をかみしめた。

 「三段目か幕下のころ」(旭大星)に、元千代の富士の故九重親方から本場所中に「北海道が元気ないから頑張ってくれ」と、声をかけられたことがあった。「筋肉質でかっこいいと思っていた」という憧れの人が、自分のことを知っていたといううれしさと同時に、北海道出身としての誇りも植え付けられた。旭川大高時代は柔道81キロ級で北海道の頂点に立った負けん気の強さと格闘センスも後押しし、今ではほぼ倍増の150キロほどまで体重を増やし、相撲界の頂点を争う舞台に立つことになった。

 かつて旭大星が付け人も務めた兄弟子でもある師匠の友綱親方(元関脇旭天鵬)は「入門当時から知っているが、よく頑張ってくれた。でも、これで終わりじゃない。新たなスタート。いろんな経験をして(実力が)伸びている時なので、一気に番付を上げてほしい」と、期待を込めた。

 旭大星は「まずは勝ち越し」と、最初は控えめに夏場所の目標を語っていたが、最後は「勝ち越してから9勝、10勝として、三賞も目指したい」と上方修正した。今後の目標も「上がれるところまで上がりたい。三役も」と、夢をふくらませていた。

新入幕を果たし、笑顔で芳恵夫人(右)とガッツポーズをつくる旭大星

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敢闘賞に単独で魁聖 技能賞は遠藤が受賞 相撲三賞

三賞を受賞しガッツポーズの、左から栃ノ心、魁聖、遠藤(撮影・岡本肇)

<大相撲春場所>◇千秋楽◇25日◇エディオンアリーナ大阪

 敢闘賞の魁聖は、勝てば同時受賞となっていた勢を退け、単独での受賞を勝ち取った。優勝から遠ざかった際には、師匠の友綱親方(元関脇旭天鵬)から三賞奪取を厳命されていただけに「よかったです」とホッとした様子。

 技能賞の遠藤は、審判部から左四つの取り口を評価され「成長したかどうかは分からない。でも技能の評価はうれしい」と話した。昇進後のしこ名について師匠の追手風親方(元幕内大翔山)は「今のままでいきます」と話した。

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旭大星が勝ち越し 26年ぶり道産子幕内へ前進

立ち合いで右に変化した旭大星(右)はそのまま貴源治を突き出しで下す(撮影・小沢裕)

<大相撲初場所>◇13日目◇26日◇東京・両国国技館

 西十両筆頭の旭大星(28=友綱)が同11枚目の貴源治を突き出し、勝ち越しを決めた。北海道出身力士の新入幕となれば、92年初場所の立洸以来約26年ぶり。かつては大鵬、北の湖、千代の富士ら横綱を次々と輩出した「相撲王国」北海道を盛り上げていく。西前頭3枚目の栃ノ心は1敗を守り、初優勝に王手をかけた。

 立ち合いで右に変わった旭大星が、休まず攻めて念願の勝ち越しを決めた。1度は立ち合いが合わず、突っかけた。これが相手心理を揺さぶったのか、2度目の変化で完璧に優位な体勢をつくった。土俵下へ突き出すと笑顔で花道を引き揚げた。前日12日目まで今場所初の連敗。「長かった。いつも給金相撲は硬くなるけど今場所は特に。(幕内に)上がるか上がらないかは分からないけど、下がることはない。ホッとした」と、満面の笑みを見せた。

 昨年末は元横綱朝青龍に胸を借りた。「朝青龍を押し出したら1000万円」というインターネットテレビ局の企画で元朝青龍が来日し、旭大星の師匠の友綱親方(元関脇旭天鵬)と親交がある関係で、部屋で約20番申し合いを行った。詳細は覚えていないが、一方的に負けたという。それでも「(土俵際の)残り方とかうまくて勉強になったし『立ち合いの次の動きを速くしろ』とアドバイスをもらった」と収穫を得た。

 今場所前の稽古で首を痛めるなど体は悲鳴を上げるが、心は癒やされている。昨年12月にスコティッシュフォールドという猫のオスとメスをそれぞれ1匹ずつ購入。「ブン太」と「キナ子」と名付け「めちゃくちゃかわいい」と新たな“家族”にメロメロ。もちろん昨年9月に結婚した芳恵夫人への感謝も忘れず、この日も「結婚したことで、一層頑張らないといけないと思った」。6月9日の披露宴は幕内はもちろん、自己最高位で迎えるつもりだ。

 来場所での新入幕の可能性が高まり、同じ北海道出身の芝田山親方(元横綱大乃国)も「部屋も一門も違うが同郷としてはうれしいこと。最近は北海道出身の力士が減っているが、これに続く力士が出て相撲王国北海道の復活となってくれればいいね」と喜んだ。

 今場所後は故郷の旭川に帰省する予定だ。「北海道の人にいい報告ができる。勝ち越せなかったら、帰るのをやめようかと思った」と笑った。「まだ残り2日あるので頑張りたい」。さらに勝って、新入幕を確実にするつもりだ。

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闘牙は信号無視の歩行者はねる/主な力士の車両事故

記者を見る大砂嵐(撮影・鈴木正人)

 大相撲の西十両8枚目の大砂嵐(25=大嶽)が、夫人と同乗した乗用車で、今月3日に長野県内で追突事故を起こしていたことが21日、捜査関係者への取材で分かった。大砂嵐は無免許運転だった疑いがあり、長野県警は道交法違反の疑いで捜査している。一方で大砂嵐は日本相撲協会の聴取に対して無免許運転を否定し、運転していたのは夫人と主張。事態が発覚するまで、日本相撲協会や師匠の大嶽親方(元十両大竜)への報告はなかった。大砂嵐は今日9日目から初場所を休場することが発表された。

<主な力士の車両事故>

 ▼水戸泉 1985年5月、東前頭2枚目の水戸泉(現錦戸親方)がレンタカーを運転中に追突事故。本人や同乗者がケガを負い、師匠の高砂親方(元横綱朝潮)から厳重注意された。

 ▼安芸乃島 1999年1月、乗用車でオートバイと衝突。相手が右膝に2週間のけがを負った。

 ▼闘牙 2000年12月、西前頭8枚目の闘牙(現千田川親方)が大阪市で乗用車を運転中、赤信号を無視した歩行者をはねる死亡事故を起こした。01年初場所は出場辞退、3カ月間の減俸20%とした。

 ▼旭天鵬 2007年4月、東前頭8枚目の旭天鵬(現友綱親方)が信号待ちの車に追突する事故を起こし、相手の運転手が軽傷を負った。夏場所の出場停止と減俸処分とした。

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