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白鵬が双葉山に思い馳せる、5年ぶりの大分・宇佐市

巡業中の稽古で土俵下で体を動かす白鵬


 横綱白鵬が、史上最長69連勝の記録を持つ元横綱双葉山に思いをはせた。5年ぶりに巡業を行った宇佐市は双葉山の出身地。敷地内に銅像が立つ会場で、子どもと相撲を取るなど地元市民と交流した。

 10年九州場所2日目に、現在は横綱の稀勢の里に63連勝で止められた当時を思い出し「大記録に挑んで7年たつ。子どもと稽古もでき、良い思い出に残る巡業になった」としみじみ話した。

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白鵬「懐かしい感じ」双葉山の出身地、宇佐市で巡業

巡業中の稽古で土俵下で体を動かす白鵬


 大相撲の冬巡業は7日、大分・宇佐市で行われた。同市は史上最長69連勝の記録を持つ、元横綱双葉山の出身地。会場の敷地内には銅像も建っており、巡業に参加した力士はこぞって銅像を撮影していた。

 10年九州場所で69連勝超えを期待されたものの、2日目に稀勢の里に敗れて歴代2位の63連勝で止まった横綱白鵬も「戦後は大鵬、戦前は双葉山といいますからね」と、大横綱に敬意を表し、特別な場所ととらえている様子だった。

 途中、子どもと相撲を取るなど、積極的に地元市民とも交流した。宇佐市を約5年ぶりに訪れた白鵬は「久しぶりだし、懐かしい感じですね。大記録に挑んでもう7年経つ。子どもと稽古もでき、良い思い出に残る巡業になった」と、満足そうに振り返っていた。

大分・宇佐市にある元横綱双葉山の銅像

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稀勢の里に復活の兆し、聖徳太子色で5人倒して優勝

稀勢の里(右)は豪風を寄り切り、連覇を決める(撮影・滝沢徹郎)

<大相撲:第76回全日本力士選手権>◇2日◇両国国技館


 復活劇はここから-。日本最古の大相撲トーナメント「第76回全日本力士選士権」が2日、両国国技館で行われ、3場所連続休場中の横綱稀勢の里(31=田子ノ浦)が、双葉山や北の湖らに並ぶ史上8人目の2連覇を飾った。報道陣の多さに「花相撲とは思えない」と苦笑いしつつ「昨年以上に、横綱としてトーナメントで勝てたことは非常に光栄。これをきっかけにしていきたい」とうなずいた。

 たかが花相撲、されど花相撲-。出場した2横綱が初戦で退く中、千代の国、大栄翔、正代、朝乃山、豪風の5人を次々に寄り切った。昨年はこの大会での初優勝をきっかけに壁を破り、横綱に上り詰めた。今再び、左上腕付近のけがという悩みの種があるが、復活への転機はどこにあるか分からない。だからこそ「胸を借りるつもりでいきました」と力は抜かなかった。

 名古屋場所5日目以来、約3カ月ぶりに着けた締め込みは新しい、青みがかった「紫」だった。「ああいう色は好きですから」。しばらくは慣らすだけだが、聖徳太子が「冠位十二階」で定めた最高位の高貴な色は、綱の威厳を思い出させた。「非常に楽しかったというか、良かった。いいきっかけになるようにやっていきたい。こういうチャンスを生かしたい」。稀勢の里が再スタートを切った。【今村健人】

優勝した稀勢の里は選士権章を腕に記念撮影する(撮影・滝沢徹郎)

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白鵬“70戦無敗”上杉謙信に対抗?「自分は69」

新しい化粧まわしを締めて奉納土俵入りを行った白鵬(中央)。左から2人目は太刀持ちの千代翔馬。右から2人目は露払いの大栄翔

 大相撲の横綱白鵬(32=宮城野)が3日、夏巡業が行われた新潟・新発田市の諏訪神社で、新しい化粧まわしを締めて奉納土俵入りを行った。

 後援会と相談しながら、自身の化粧まわしには「翔」の文字が描かれ、太刀持ちには毘沙門天とトキ、露払いには上杉謙信と稲をデザインした。「新潟のものを取り入れた素晴らしいデザイン」と自画自賛。報道陣から「一説によると上杉謙信は70戦無敗だった」と問われると「とてつもない数字」と驚いた。そして「双葉山は69連勝。自分は第69代横綱。『69』は何か縁がありますね。残りの相撲人生で頑張りたい」と63で途切れた連勝記録に再び闘志を燃やした。

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白鵬の横綱在位60場所は2位、1位北の湖へ3場所

歴代通算1位タイとなる1047勝目を挙げた白鵬(右)はファンから祝福の花束とキスのプレゼントを受ける(撮影・小沢裕)

<大相撲名古屋場所>◇12日目◇20日◇愛知県体育館

 史上最多の優勝38回など、白鵬は記録の面では“歴代最高”の力士と言っても過言ではない。

 12日目に達成した通算1047勝の他に幕内953勝、横綱として759勝、2009、10年と2度にわたって年間86勝、年間最多勝9回など勝利数の分野ではトップを占める。全勝優勝13回、8日目でのストレート勝ち越し43回、大関時代の07年初場所から始まった51場所連続2桁勝利など、圧倒的な強さと安定感が数字に表れている。

 07年名古屋場所で新横綱となり、15年秋場所で途中休場するまで最高位として休むことなく土俵を務めてきた。横綱出場858回、横綱連続出場722回は責任を果たしてきた誇るべき記録。現在、横綱在位60場所は史上2位で、来年1月の初場所で北の湖に並ぶ1位の63場所に届く。

 惜しくも到達できなかったのは、不世出の大横綱双葉山が戦前にマークした69連勝。白鵬は10年に破竹の勢いで白星を重ねたが同年九州場所2日目に稀勢の里に敗れて史上2位の63連勝で止まった。13年も勝利を続けたが、またもや稀勢の里に屈して43連勝でストップした。

立ち会いで玉鷲(右)と激しく張り合う白鵬(撮影・小沢裕)

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稀勢の里読まれていた…V3絶望3敗目に深いため息

栃煌山(左)に寄り切られ、悔しそうな表情で土俵から落ちそうになる稀勢の里(撮影・狩俣裕三)

<大相撲夏場所>◇9日目◇22日◇東京・両国国技館

 横綱稀勢の里(30=田子ノ浦)が痛い3敗目を喫した。東前頭4枚目の栃煌山に立ち合いでもろ差しを許して、あっけなく寄り切られた。日馬富士、白鵬の両横綱が全勝を守ったため、首位とは3差。37年夏場所の双葉山以来80年ぶりの初優勝からの3連覇は、絶望的となった。

 花道をとぼとぼと引き揚げる背中は寂しげだった。付け人に力なくタオルを放るのは、らしからぬ姿。左腕を曲げて、患部の上腕から胸の辺りを気にするしぐさもあった。深いため息の中で、稀勢の里は2個目の金星を許した。3連覇が大きく遠のく3敗目だった。

 立ち合いが全てだった。前日の碧山と同じく右から張って左差しにいった。だが、この日は差し身のうまい栃煌山。勝手が違った。協会幹部の言葉が厳しい。

 八角理事長(元横綱北勝海) 張り差しが読まれていた。気持ちが張り手の方にばかりいっていた。もったいない。

 審判長を務めた藤島審判部副部長(元大関武双山) 今日は左が甘すぎた。脇が甘いのは悪い癖。もろ差しになってくださいと言わんばかりだった。

 張り手の右を意識するあまり、差し手の左が弱く、差し負けた。もろ差しを許して防戦一方。左から突き落とそうとするも、けがの影響もあってか、弱い。あえなく寄り切られた。

 9日目までの3敗は、16年初場所以来1年半ぶり。2横綱とは3差がついた。3連覇はもはや絶望的。支度部屋で無言を貫いた稀勢の里に、理事長は「(優勝の可能性が)数字上、残っている以上、頑張らないといけない。明日からきっちり勝つのが横綱の務め」と促した。【今村健人】

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稀勢の里、3敗目で3連覇絶望的 支度部屋でも無言

栃煌山に寄り切られ土俵上でがっくりとした表情を見せる稀勢の里(撮影・河野匠)

<大相撲夏場所>◇9日目◇22日◇東京・両国国技館

 横綱稀勢の里(30=田子ノ浦)が3連覇を目指す上で痛い3敗目を喫した。

 東前頭4枚目の栃煌山(30=春日野)に右から張って左を差しにいくも、差し負けてもろ差しを許す。上体も起き上がってそのまま後退。粘りなく土俵を割って2個目の金星を配給となった。

 白鵬、日馬富士の両横綱が全勝を守り、その差は「3」。37年夏場所の双葉山以来となる初優勝からの3連覇は絶望的となり、支度部屋ではあらゆる問いかけに無言のまま、国技館を後にした。

栃煌山に敗れ、支度部屋で無言を貫く稀勢の里(撮影・狩俣裕三)

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稀勢の里辛抱の土俵、揺さぶられるたびに会場は悲鳴

千代翔馬を寄り倒しで下す稀勢の里(撮影・丹羽敏通)

<大相撲夏場所>◇5日目◇18日◇東京・両国国技館

 横綱稀勢の里(30=田子ノ浦)が西前頭2枚目千代翔馬(25=九重)を寄り倒し、連敗を逃れた。負ければ98年名古屋場所の3代目若乃花以来7人目となる初金星から連日配給となったが、30秒3と時間をかけて踏みとどまり、序盤戦を2敗で終えた。

 稀勢の里は、初顔合わせの千代翔馬に苦戦させられた。立ち合い直後、負傷している左側にまわられて上手を取られた。後手に回り、外掛けや下手投げで揺さぶられた。その度に会場から悲鳴が沸き起こり、辛抱しては歓声が上がった。流れでやっとつかんだ右上手をつかみ、胸を合わせて寄り倒した。執念だった。

 連敗は逃れたが、内容に満足できない。「相手の仕掛けに落ち着けたか?」という問いに「そうですね」とだけ答えて、他の質問には無言を貫いた。取組を見守った横綱審議委員会の北村委員長は「言われたほどひどくなくて安心している」と左上腕付近のケガの具合について前向きに言った。しかし「だんだん良くなると思ったけど完全ではない。ただファンも全て勝って欲しいとは思っていない。歓声はめちゃくちゃすごいね」と指摘した。

 横綱鶴竜の休場が決まったこの日の朝。稽古後に、綱の責任感を問われると「変わらない。今日に集中してやるだけですよ」と気持ちにぶれはなかった。37年夏場所の双葉山以来80年ぶりとなる初優勝から3連覇は容易でない。辛抱の土俵が続いている。【佐々木隆史】

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稀勢の里、初の無言…墓穴堀り2敗でV3黄信号

遠藤に押し出される稀勢の里(左)(撮影・鈴木正人)

<大相撲夏場所>◇4日目◇17日◇東京・両国国技館

 横綱稀勢の里(30=田子ノ浦)が初金星を配給した。西前頭筆頭の遠藤が足を滑らせたところではたきに動き、まともに呼び込んで押し出された。平幕力士11人目で初めて金星を与え、早くも2敗目。37年夏場所の双葉山以来80年ぶりの初優勝からの3連覇が険しくなった。遠藤は自身3個目の金星。

 横綱昇進から11人目にして、とうとう平幕力士に負けた。初めて許した金星とあまりに悔しい内容に、支度部屋では生返事と無言だけ。稀勢の里は今場所初めて、言葉を発しなかった。

 つい、体が反応してしまった。突き押しの応酬の中、右手で強烈な張り手を見舞った。すると、下がった右足が仕切り線で滑ったのか、遠藤の体がガクッと落ちた。一瞬の間が生まれた。反応がわずかに遅れた。

 八角理事長(元横綱北勝海)は「『アレ?』って感じだろう。頭が下にいっちゃったから、つい押さえにいったんじゃないか」。思わず出てしまった引き技。だが、遠藤は既に体勢を戻していた。まともに呼び込み、一方的に押し出された。理事長は「『何やってんだ、オレは』という感じだろう。負けた気がしないんじゃないのか」と察した。

 鬼門なのか「横綱2場所目の4日目」は昭和以降、先代師匠の隆の里ら4人も初金星を配給していた。5人目の屈辱。平幕力士11人目で初めて与えた金星は苦い。ただ、日馬富士は「横綱だって人間ですから。(配給の少ない)白鵬関らと比べちゃうけど…」。横綱誰もが通る道だと話した。

 朝、新しい反物が部屋に届いていた。しこ名に、横綱だけが許される「綱」の絵柄が染め抜かれていた。「『綱』は横綱にならないと入れられない。一番(綱の)白に合う」と選んだ紺色の品は、周囲に配る物。先代師匠は言っていた。「自分のしこ名が入った浴衣を自分で着るのは粋じゃない。人に着てもらってこそ意味がある」。痛い2敗目だが、大勢に喜んで着てもらうためにも、止まってはいられない。【今村健人】

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稀勢の里の平常心、週刊誌カメラマンに「大変だね」

土俵から落ちてきた照ノ富士(左)が、稀勢の里の左腕にぶつかる(写真=上)。下は左を差し、隠岐の海(右)を寄り切る稀勢の里(撮影・神戸崇利)

<大相撲夏場所>◇2日目◇15日◇東京・両国国技館

 伝家の宝刀が出た。左上腕付近にけがを抱える横綱稀勢の里(30=田子ノ浦)が、東前頭2枚目の隠岐の海を得意の左おっつけから寄り切り、初日を出した。優勝制度が確立された1909年(明42)夏場所以降、初日から連敗しての優勝は皆無。負ければ37年夏の双葉山以来80年ぶりの初優勝から3連覇が絶望的になっていた。ハプニングを笑い飛ばす切り替えの力で、横綱として国技館初白星を手にした。

 誰もが待ち望んだ瞬間だった。満員札止めの館内で拍手が鳴りやまなかった。勝ち名乗りを受けて41本の懸賞を手にすると、歓声はひときわ、とどろいた。両国国技館で横綱として初めて勝ち取った白星。稀勢の里は「いいんじゃないですか」と静かに息をついた。

 伝家の宝刀を抜いた。テーピングをした左を固めてぶつかった立ち合い。左脇を締めて、隠岐の海の右差しを殺そうとする。得意のおっつけの形だった。相手を横向きにするだけの威力はまだない。それでも初日は見せられなかった形で、何よりも攻めに出た。巻き替えて左を差す。かいなを返せば、後は寄るだけ。8秒2の相撲には光が見えた。その左のおっつけに「まあ、いつも通りじゃない? 問題ないですよ」と強がってみせた。

 横綱として初めて横綱以外に敗れた初日。一夜明けた稽古場では、これまで以上に引きずらない姿があった。結果に一喜一憂すれば、かえって身動きは取れなくなる。「仕切り直してやるだけ。(東の正位を守るという)執着もないし、力みもない」。昇進後に増えた言葉は「平常心」。その“証拠”を見せる出来事がこの日、2つあった。

 朝稽古のために到着した部屋の前で、写真週刊誌のカメラマンが待っていた。大関時代はなかった光景。初日に負けただけで注目を浴びる横綱の宿命だが「大変だね。オレを載せても面白くないのに」と笑い飛ばす余裕があった。

 土俵下の控えに座っていた出番前、押し出された照ノ富士が落ちてきた。187キロの体が左腕にぶつかり、左足も踏まれた。思わずしかめた顔が周囲を心配させたが、その後のたたずまいは平然としていた。「いいんじゃないの? 気が紛れて」と再び笑い、患部も「大丈夫ですよ」と問題なしを強調した。“ハプニング”もいなせる心。横綱として身につけた力で、初日黒星から乗り越えた。

 優勝制度が確立された1909年夏以降、連敗発進の力士が優勝した例はない。負ければ80年ぶりの初優勝からの3連覇が遠のいた一番で踏みとどまり、八角理事長(元横綱北勝海)は「1つ勝ってホッとするんじゃないか」と心情を察した。それでも「今日は今日で、明日は明日。しっかり集中してやります」。負けを引きずらず、勝っても浮かれず-。稀勢の里はやはり、素早く気持ちを切り替えていた。【今村健人】

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稀勢の里「ふー」左腕使えず完敗…3連覇へ不安発進

稀勢の里(後方)は嘉風に、押し出しで敗れる(撮影・小沢裕)

<大相撲夏場所>◇初日◇14日◇東京・両国国技館

 大相撲夏場所で注目の初日、左上腕付近にけがを抱える横綱稀勢の里(30=田子ノ浦)が一方的に敗れた。患部にテーピングをして臨んだ結びの一番で、小結嘉風の右おっつけに上体が浮き、なすすべなく押し出された。稀勢の里フィーバーで始まった今場所、満員札止めの館内に初めて座布団を舞わせてしまい、3連覇に向けて苦しい出だしとなった。

 「ふ~~~」最高位に就く者だけが座ることを許される東の支度部屋の最奥。初めてそこに位置した稀勢の里の口から長く、深いため息が出た。「(左は)悪くないけど、相手が強いから負けたんじゃないですか。相手が上回ったのではないですか」。

 春場所の逆転優勝から49日。左腕の回復具合に注目が集まった結び。結果は防戦一方だった。分厚いテーピングを施した左から得意のおっつけは出ず、差そうとするも、反対に嘉風のおっつけで体が浮いた。右の上手も引けずに後退。苦し紛れの右からの突き落としも決まらず、あえなく押し出された。目の前を座布団が舞う。「我慢してできれば…」。皇太子ご夫妻を迎え、満員札止めの館内からもため息が漏れた。

 この49日のうち、1カ月半はけがを治す期間だった。本格的に関取衆と相撲を取ったのは初日の8日前から。1週間前には二所ノ関一門の連合稽古があった。実は「そこでどう取れるかで判断すると話していた」と関係者は言う。結果、琴奨菊の圧力を受け止められたことで出場に傾いた。出番前、左腕で付け人を突き倒す姿にも迫力があった。「本当にけがしているのかと思った」と、付け人が驚くほどだった。

 だが、相撲勘は戻りきらなかった。異例の5日連続出稽古で状態を上げようとしたが、稽古で下地をつくる横綱にとって不足は否めなかった。八角理事長(元横綱北勝海)は「よほど踏み込まないと今場所は苦しくなる。不安を払拭(ふっしょく)するまでの稽古はできなかったのかな」と心配した。稀勢の里も稽古場と本場所の違いを聞かれて「それはあると思います」と認めざるを得なかった。

 双葉山以来80年ぶりとなる初優勝からの3連覇が懸かる。挑んだ力士は過去6人で、序盤に黒星を喫した3人は失敗した。師匠の田子ノ浦親方(元前頭隆の鶴)は「下半身を鍛えているんだから、自分に自信を持って。まだ初日なので」と鼓舞した。賜杯返還や優勝額除幕式など、初日独特のリズムがあったのも事実。稀勢の里は「また明日、切り替えてやるだけ。集中してやりたい」と言った。試練の場所は覚悟の上。立て直せるか。【今村健人】

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稀勢の里2枚の優勝額前に「力んでもしょうがない」

優勝額贈呈式で両手を広げる稀勢の里(撮影・鈴木正人)

 大相撲の夏場所は今日14日、東京・両国国技館で初日を迎える。37年夏の双葉山以来80年ぶりに初優勝からの3連覇に挑む横綱稀勢の里(30=田子ノ浦)は13日、優勝額贈呈式に初めて出席した。1人で大関と横綱という、違う姿が2枚並ぶ式は、62年初場所前の大鵬以来55年ぶり。07年初場所前に消えた貴乃花以来、日本出身横綱の額が10年ぶりに国技館内に飾られる夏場所へ、意を決して臨む。

 化粧まわしだけのシンプルな姿と、綱を締め、左手で太刀をつかんだ堂々たる姿。1人の男が、格好の異なる2枚の優勝額を並べた風景は壮観だった。大関時代の初優勝と、新横綱優勝の偉業を記した額。2枚の前に1人で立った稀勢の里は「うれしいです。こんな立派な優勝額を頂いて、ありがたい」と感謝した。

 掲額制度の始まりは1910年(明43)。56年春場所から地方場所の優勝力士も飾られ始めた。東京場所前恒例の贈呈式は、直近の東京と地方の優勝力士が額になる。そこで大関と新横綱で連続優勝を飾り、異なるいでたちの絵が並んだのは、62年初場所前の大鵬だけ。大関、新横綱で連続優勝を果たした先代師匠の隆の里と貴乃花も地方→東京の優勝で、贈呈式で2枚同時に並びはしなかった。「また頂けるように、しっかりやりたい」と誓った。

 春場所で負った左上腕付近のけがは完治していない。だが、出ると決めた以上、八角理事長(元横綱北勝海)は「横綱の立場だから、けがは理由にできない」とした。稀勢の里も受け止める。並んだ2枚の額は格好こそ異なるが、いずれも前を向く。「なるべく正面を向きたいと思った」。その思いで、土俵に上がる。

 07年初場所前に消えた貴乃花以来、10年ぶりに日本出身横綱の額が戻る国技館。「稀勢さま~」の声が飛び、拝むファンもいた。そんな熱気を帯びる周囲をよそに「力んでもしょうがない。今から硬くなっても、熱くなっても意味がない」。稀勢の里は、落ち着き払っていた。【今村健人】

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稀勢の里懸賞数ぶっちぎり608本 白鵬超え見えた

奉納土俵入りを終え、記念写真に納まる稀勢の里(代表撮影)

 横綱稀勢の里(30=田子ノ浦)が12日、東京・墨田区の野見宿禰(のみのすくね)神社で奉納土俵入りを行った。明日14日に初日を迎える夏場所(東京・両国国技館)は、37年夏場所の双葉山以来80年ぶりとなる初優勝から3連覇がかかる。人気のバロメーターの1つとなる、今場所の指定懸賞数は608本。15年初場所で白鵬が獲得した545本を超えて史上最多となる可能性が出てきた。

 春場所千秋楽とはまるで違う稀勢の里だった。太刀持ちに高安、露払いに松鳳山を従え、土俵入りを披露。負傷した左上腕付近にテーピングはない。「バチン」と響きわたるかしわ手と「ドスン」と鳴る力強い四股を踏んだ。夏場所出場の決断理由を聞かれると「ま、力士ですから」と一言。「腕は2本あるからね。少しでも力が入れば相撲になる。それ以上に良くなっていますから。あとは自信を持って」と自らの口で決意を語った。

 注目度も高い。今場所の稀勢の里への指定懸賞数は、300本だった春場所の2倍以上となる608本に上ったことが分かった。平均すれば1日約40本で、相手を含めた取組次第で懸賞は50本近くになる。現在最多の15年初場所の白鵬の545本、自己最高だった春場所の424本を更新する可能性がある。今場所15日間の全取組への懸賞は過去最高の合計2219本で、稀勢の里への指定懸賞だけで3割近く占める。

 現在、1つの取組への懸賞数の上限は60本。しかし初日の稀勢の里の一番には、本人への指定と「結びの一番」への指定だけで、当初は65本になった。そのため、複数出しているものを減らしたり、他の取組に移すなどして53本に調整したという。相撲協会関係者も「こんな数字は見たことがない」と驚いた。

 初日に小結嘉風、2日目に平幕隠岐の海との対戦が決まった。「平常心でやるだけですよ」と落ち着いている。「不安は不安でありますけど、それを払拭(ふっしょく)するためにも稽古するしかないですから。その分、場所前にいい稽古ができましたから。あとは本場所やるだけです」。世間の期待を追い風に、双葉山以来80年ぶりの偉業を成し遂げる。【佐々木隆史】

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1本手取り3万円 本数1位は白鵬/指定懸賞メモ

1場所の懸賞獲得本数10傑

 横綱稀勢の里(30=田子ノ浦)が12日、東京・墨田区の野見宿禰(のみのすくね)神社で奉納土俵入りを行った。明日14日に初日を迎える夏場所(東京・両国国技館)は、37年夏場所の双葉山以来80年ぶりとなる初優勝から3連覇がかかる。人気のバロメーターの1つとなる、今場所の指定懸賞数は608本。15年初場所で白鵬が獲得した545本を超えて史上最多となる可能性が出てきた。

 ◆指定懸賞 企業や後援団体が、指定した力士や「結びの一番」など条件付きでかける懸賞で1本6万2000円。勝ち力士は事務経費を除いた5万6700円を受け取るが納税充当金として2万6700円は相撲協会預かり。土俵上で渡されるのし袋は1つに現金3万円が入る。初日の稀勢の里と嘉風の結びの一番には50本以上の指定懸賞がかけられ、勝った力士は150万円以上の獲得になる。

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稀勢の里間に合った!出稽古で自信、3連覇に挑む夏

稀勢の里(2014年11月19日撮影)

 左上腕付近に負傷を抱え、急ピッチで調整してきた大相撲の横綱稀勢の里(30=田子ノ浦)が11日、夏場所(14日初日、東京・両国国技館)の出場を決めた。師匠の田子ノ浦親方(元前頭隆の鶴)が明らかにした。出場を後押しするように、北斗の拳の化粧まわしを贈ったコアミックスから北斗3兄弟の懸賞がつくことも分かった。37年夏の双葉山以来80年ぶりの初優勝から3場所連続優勝に挑む。

 短い言葉に決意がこもった。朝、田子ノ浦親方から電話を受けた稀勢の里は答えた。「大丈夫です。やれます」。その意を受けた師匠が出場を宣言した。

 「出場します。休場しません。『大丈夫か』と聞いたら『大丈夫です』と。病院にも行っているし、相撲が取れている。取れないなら場所には出させられないし、出ない。今までずっとやってきているから、やってくれると思います」

 何とか間に合った。巡業を全休して懸命な治療と下半身強化に取り組んできた。番付発表後も非公開で調整。そして、初めて5日も連続で出稽古を行った。十両や軽量力士から始め、元大関琴奨菊の馬力を受け止められるまでになった。差すだけだった左も、生命線のおっつけを出せるまでに至った。前日の出稽古後に「十分にいい仕上がりになった」。自信を得て、出場を決めた。この日はようやく休養して疲れを抜いた。

 もちろん、だからといって万全になったわけではない。ただ「元々、相撲に対して一生懸命。真摯(しんし)に横綱の立場を受け止めてやってくれると思う」と師匠は期待を込める。その姿を、ラオウら北斗3兄弟がさらに後押しする。

 北斗の拳の化粧まわしを贈ったコアミックスから懸賞も、15日間通しでつくことになった。懸賞幕のデザインは北斗3兄弟。初日こそ全体の本数が多いため自らのラオウのみだが、2日目以降は太刀持ちと露払いがそれぞれ着けるケンシロウとトキもつく。横綱の計らいで、太刀持ちと露払いを務める力士にも1本ずつ懸賞が掛けられるという。「着けているだけで見えない力が湧いてくる」と感じた三つぞろいに加えて懸賞も、背中を押してくれる。

 優勝争いに絡むことが横綱の使命と言ってきた。双葉山以来80年ぶりの初優勝から3連覇に挑む夏。「世紀末覇者」を名乗ったラオウのように膝などつかず、試練の土俵を戦い抜く。【今村健人】

ラオウの懸賞幕
ケンシロウの懸賞幕
トキの懸賞幕
6日の「稀勢の里 横綱昇進披露宴」で北斗の拳ラオウの化粧まわしの後ろに立つ稀勢の里

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 37年夏の双葉山以来80年ぶりの初優勝から3場所連続優勝に挑む。

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稀勢の里、左のおっつけ解禁「だいぶいい」と好感触

けがを抱える左上腕付近の状態を確かめる稀勢の里

 横綱稀勢の里(30=田子ノ浦)が10日、東京・墨田区の時津風部屋に初めて出稽古して、夏場所(14日初日、東京・両国国技館)への出場に強い意欲を示した。左上腕付近のけがで封印していた、左のおっつけも解禁。稽古中に笑みが出るなど、心も体も準備は整った。

 稽古相手に指名したのは元関脇で若手の平幕正代だった。もろ差しが得意の相手に脇をがっちりと固め、左四つで攻め立てた。15番取って全勝。後半には封印していた左のおっつけで、もろ差しを封じるなど持ち味も出た。左胸から腕にかけて分厚いテーピングを施しているが「(おっつけは)だいぶ良いと思う」と好感触。夏場所は37年夏場所の双葉山以来、80年ぶりの初優勝から3連覇がかかる。出場について「状態はかなり上がっている。自分の中では十分にいい仕上がりになった。精神的にも落ち着いている。自信を持ってやる」と前向きだった。

 春場所2日目に対戦して押し出された正代は「圧力、力ともに先場所と大差ないと思います」と脱帽した。日に日に状態は上がっているが「明日もう1度様子を見て」。今日11日にも出場への最終判断を下すつもりだ。【佐々木隆史】

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稀勢の里「美談にしないでほしい」月末から漫画連載

北斗の拳ラオウの化粧まわしの後ろに立つ稀勢の里(撮影・神戸崇利)

 大相撲の横綱稀勢の里(30=田子ノ浦)が「北斗の拳」テイストで漫画になることが6日、分かった。「稀勢の里物語(仮)」として、北斗の拳の三つぞろいの化粧まわしを贈ったコアミックス(本社・東京)が夏場所後にもリリースする漫画アプリ「マンガほっと」と雑誌「月刊コミックゼノン」に掲載される。左上腕部付近に負傷を抱える横綱はこの日、九重部屋に出稽古して関取衆と稽古を再開。午後は都内で横綱昇進披露宴を行い、約1500人から祝福された。

 早熟でいて晩成-。艱難(かんなん)辛苦を乗り越えて横綱に上り詰めた稀勢の里の生きざまが「稀勢の里物語(仮)」として漫画になることが分かった。関係者によると、実在の力士が漫画誌で連載されるのは03年の朝青龍以来だという。

 物語は北斗の拳の三つぞろい化粧まわしを贈呈したコアミックスが編集。春場所逆転優勝の場面をプロローグとしてネット上で“チラ見せ”。続いて同社が夏場所後にも立ち上げる漫画アプリ「マンガほっと」で幼少期から初優勝の前編と、横綱昇進から逆転優勝まで描いた後編を配信する。「月刊コミックゼノン」でも5月25日発売号から掲載。前後編で計100ページほどになるという。

 著者の山田俊明氏を北斗の拳を描く原哲夫氏のスタッフがサポートし、原氏も監修。まさに北斗の拳のテイストが入った作画になる。担当者は「春場所で負ったけがの場面を横綱の知られざる心情を中心に描きます。横綱は『美談にはしないでほしい』と話されていました」と明かした。

 その人生が少年らの手本となる稀勢の里は、夏場所(14日初日、東京・両国国技館)に向けてせわしなく動いた。午後から横綱昇進披露宴を控え、部屋は稽古休みにもかかわらず、九重部屋へ出稽古。幕内千代大龍、十両千代皇と8番ずつ、春場所以降初めて関取衆と相撲を取った。結果は14勝2敗で「基本運動をやっていたせいか、違和感なく取れた。内容が非常に良かった」と笑顔。出場についても「今日の稽古の状況、内容なら問題ない。これから(幕内)上位とやっていく」と前向きに話した。

 披露宴には八角理事長(元横綱北勝海)やほかの3横綱ら約1500人が集まった。急逝した先代師匠の故鳴戸親方(元横綱隆の里)に思いをはせ「あまりにも出世が遅くてこのような姿を見せられなかった。感謝の気持ちを忘れずに精進していきたい」と誓った。強い生きざま。手本となるのは少年らだけではない。

 ◆漫画で描かれた主な力士 以前は横綱の漫画物語が多く、栃錦や初代若乃花、朝潮や大鵬は何度も漫画で描かれている。双葉山は地元大分・宇佐市で漫画化され、千代の富士も「千代の富士物語 北の大将」として漫画になった。また、最近では03年に週刊漫画サンデー(実業之日本社)で「蒼き狼-実録! 朝青龍物語」が描かれた。

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東の正横綱稀勢の里「面白い」故障抱えピンチは好機

番付発表の会見を行った稀勢の里(撮影・中島郁夫)

 日本相撲協会は1日、夏場所(14日初日、東京・両国国技館)の新番付を発表し、37年夏場所の双葉山以来80年ぶりに初優勝からの3連覇を狙う横綱稀勢の里(30=田子ノ浦)が初めて東の正位に座った。日本出身力士が番付最上位に就くのは01年名古屋場所の貴乃花以来16年ぶり。春場所で負った左肩付近のけがで春巡業を全休しており、慎重な姿勢も垣間見えたが、夏場所出場に意欲を見せた。

 100人近い報道陣で、所狭しとなった田子ノ浦部屋。そこに、これまでと同じ力みのない表情で、稀勢の里は現れた。春場所で新横綱優勝を果たし、同じく目指した東の正位に初めて就いた。その新番付を目にして「やる気というか、これからという気持ちがある」と心境を口にした。

 左上腕と大胸筋を負傷しながら逆転優勝を果たして1カ月余り。状態は決して芳しくはない。「万全になれば途中参加という気持ちもあったが、5月場所のことを考えて」と春巡業を全休。患部の状態を「朝起きて、1日1日良くなっている。今より初日にどんどん良くなっていると思う」と言う。裏を返せば、まだ十分でないこともにおわせた。何より、最も重視する稽古は満足に積めていない。

 不安はぬぐえないはずだが、それでも「何があるか分からないが、いい調整をこの2週間でしていきたい。まあ、大丈夫じゃないですか」と笑い飛ばし、夏場所の出場に意欲を見せた。「相撲界はケガしてから強くなる力士がたくさんいる。こういうときこそチャンス」。2連勝で奇跡を起こした春場所千秋楽のように、苦境に立ち向かう意識は少しも薄れていなかった。

 基本に立ち返ったこの1カ月。使えない上半身に代わって足腰を「徹底的に」鍛えた。食生活から変えて体もひと回り大きくなり「自分の体と向き合えた。充実した1カ月だった」と振り返った。その上で「下半身は100%。自分の中ではちょっと面白いんじゃないかという気持ちがある」。言い切る強さが、稀勢の里をよりたくましく見せた。【今村健人】

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稀勢の里の奇跡、負傷当日に静岡からゴッドハンド

 大相撲春場所で負傷しながら新横綱として劇的な2連覇を果たした稀勢の里(30=田子ノ浦)が「左上腕部の筋損傷で加療1カ月」と診断されたことが明らかになった。師匠の田子ノ浦親方(元前頭隆の鶴)が29日、明かした。4月2日の三重・伊勢神宮奉納大相撲から始まる春巡業は当面、休場。ただ、途中から出場する可能性はあるという。

 稀勢の里は、13日目の日馬富士戦で敗れた際に左上腕の筋肉を損傷し、関係者によれば当初の見立ては全治3カ月だった。だが、その夜のうちに静岡などからトレーナーを呼び寄せて懸命に治療。「次の日の朝はしっかり動いた」と、だいぶ回復できたという。27日の優勝一夜明け会見でも、痛みは「ほぼほぼない」と笑っていた。大けがに変わりはないが、負傷した直後は救急車で搬送されたことを思えば、驚異の治癒力といえるかもしれない。

 相撲協会に診断書を提出した田子ノ浦親方は「もう1度ちゃんと調べる。本人は(巡業に)出たいだろうが、まずはしっかり治さないと」と話した。稀勢の里も巡業について「ダメであれば、しっかり休むという選択もある」と話していた。双葉山以来80年ぶりの「初優勝から3連覇」に挑む夏場所(5月14日初日、東京・両国国技館)に向けて、まずは治療に専念する。

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世界の稀勢の里!ベネチアの世界遺産で美術コラボ展

イタリア・ベネチアで展示される横綱稀勢の里の木版画の錦絵

 「横綱稀勢の里」が世界にデビューする! イタリアのベネチアで2年に1度開かれる現代美術の世界的祭典「ベネチア・ビエンナーレ」(5月開幕)に合わせて、同市のモロシーニ宮殿を会場としたギャラリーに稀勢の里のコーナーが設けられることが28日、分かった。同宮殿では相撲錦絵と相撲写真のコラボ展を開催予定。大相撲の横綱稀勢の里が、世界中の訪問客の目に触れることになる。

 同展は相撲錦絵師の木下大門氏と、大相撲を10年間撮り続けるフランス人写真家マリニグ氏のコラボで、5月11日から7月16日まで開かれる。昨年3月に、シャネルの日本法人社長で作家のリシャール・コラス氏の提案で実現。当初は稀勢の里だけのコーナー案はなかったが、初場所後の横綱昇進で急きょ、木下氏が「10年ぶり」に新作の木版画を製作した。稀勢の里の写真の中に「浮世絵」を飾り、世界に新横綱を伝える。

 モロシーニ宮殿は15世紀に建造された世界遺産。そこに写真と交えて日本の伝統的な相撲浮世絵を展示することで、大相撲を世界に伝えることが狙い。双葉山に始まる錦絵34点や「綱」の説明、土俵の神さまを呼び込む目印として櫓(やぐら)につるされる「出しっ弊(ぺい)」も飾られる。

 展示会の題名は「ここで神々」。木下氏は「大相撲は多くの神さまで成り立っているんだと伝えたい」。その中で、神懸かり的な2連覇を果たしたばかりの横綱稀勢の里の名が、世界に広められる。

イタリア・ベネチアで展示される横綱稀勢の里の木版画の錦絵をする摺師(すりし)

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稀勢の里、初優勝からV3の偉業へ「もっともっと」

逆転優勝を報じる日刊スポーツ(大阪版)を手に笑顔の稀勢の里。「日刊もらおうかな」とご機嫌だった(撮影・岡本肇)

 まだまだ進化を-。左肩付近のけがに打ち勝って新横綱優勝を果たした稀勢の里(30=田子ノ浦)が一夜明けた27日、大阪市内の田子ノ浦部屋宿舎で会見した。日本中が「稀勢の里フィーバー」で沸く中、ケガした体と相撲内容を反省。37年夏場所の双葉山以来、80年ぶりとなる初優勝からの3場所連続優勝が懸かる夏場所(5月14日初日、東京・両国国技館)に向けて、今場所以上の内容を求めることを誓った。

 やり遂げた男の顔があった。歴史的な優勝から一夜明けた会見。約100人の報道陣だけでなく、外には大勢のファンも駆けつけていた。穏やかな表情で現れた稀勢の里は「ようやく終わったな、という感じです。一生の思い出になるような、そんな大阪場所でした」とにこやかに語った。

 13日目の日馬富士戦で負ったけが。部位などは明かさなかったが、痛みは「ほぼほぼない。検査があるけど、大丈夫だと思う。2日相撲を取れたので大したことない」と笑い飛ばした。4月2日からの春巡業についても「痛みはないから多分、大丈夫だと思うけど。行けるのであれば出る。ダメであれば、しっかり休む」と帰京後の検査次第では参加する意思すら示した。

 それよりも口にしたのは反省の弁だった。「15日間、万全な状態で務め上げるのが使命。見苦しいテーピングをしなくてはいけない状況になってしまった自分が一番悪い。反省です。けがしてしまった。(表情を)すまして取れなかった」。悪化させる不安についても「右手があるからね。(手は)2本あるからという気持ちでやりました」と笑い「やると決めた以上、あきらめないでやろうと思った」。こんな思考回路。稀勢の里以外、持ち得ただろうか。

 19年ぶりの日本出身横綱として臨み、けがに打ち勝ち、22年ぶり8人目の新横綱優勝。日本中が沸いた。そんな騒がしさも「外に出てないから分からない」とどこ吹く風。「うれしい半面、これ以上のモノを自分に求めてやっていきたい。これで終わりじゃないと思っていますから」と言った。

 優勝制度が制定された1909年夏場所以降、初優勝からの2連覇は朝青龍以来14年ぶり7人目だった。これが3連覇となると、37年夏場所の双葉山にまでさかのぼる。80年ぶりの偉業に挑む来場所は、目標だった東の正横綱に就く。だが「そこに満足することなく、もっともっと上を目指す気持ちでやっていく。こういう優勝を目指してやっていく。維持するのではなく、1つ1つ階段を上っていく気持ちで追い求めて、やり続けて」。絶頂ではない。まだ進化する。稀勢の里の伝説は、まだまだ終わらない。【今村健人】

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稀勢の里、窮地で強さ 高安と同部屋単独トップ並走

松鳳山(手前)を小手ひねりで破り、8連勝の稀勢の里(撮影・鈴木正人)

<大相撲春場所>◇8日目◇19日◇エディオンアリーナ大阪

 田子ノ浦部屋の2人がそろって無傷で勝ち越した。06年夏場所13日目の千代大海-魁皇戦以来11年ぶりの日本人対決となった結びの一番で、兄弟子の新横綱稀勢の里(30)は東前頭3枚目の松鳳山を自身初の小手ひねりで退けた。弟弟子の関脇高安(27)も西前頭筆頭の勢を下手投げ。1場所15日制となった49年夏以降、同部屋の2人だけで中日を全勝で折り返すのは、74年夏の北の湖、増位山以来43年ぶりとなった。

 場内から一瞬、悲鳴が上がった。稀勢の里の相撲で、今場所一番のざわめき。だが、12秒4の取組で、最後まで土俵に立ったのは新横綱だった。「いろんなことがありますから。我慢してやりました」。受け取った45本の懸賞の束は、春場所の千秋楽以外では過去最多。取組後の体は、いつも以上に熱を帯びていた。

 11年ぶりに日本人対決となった結びの一番。立ち合いで押し込むも、もろ差しを許して上体が起きる。今場所初めて不利な体勢に。窮地だった。

 だが、ここからが稽古を重ねてきた新横綱の強さだった。下がりながらあらがうと、体を開いて左の小手で振る。その反動を使い、まるで右フックで松鳳山の左ほおを殴るように突きながら、小手もひねった。15年春9日目の旭天鵬以来の自身初「小手ひねり」。「そんな決まり手あるの? 初めて聞いた」と驚くほど無我夢中の逆転劇だった。

 この日のNHK大相撲中継のゲストはボクシング元世界3階級王者の長谷川穂積氏。失敗した11度目の防衛戦を生で応援し、王者に返り咲いて引退した姿に「魂を感じた」人だった。その前で見せた“右フック”で自身7度目の全勝ターン。長谷川氏は「チャンピオンとして重圧もあるでしょうし、相手も一泡も二泡も吹かせようとする。その中で戦い続けるプライドを感じました」と絶賛した。

 弟弟子の高安と同部屋2人だけの全勝ターンは43年ぶり。だが「(高安を)意識しても。また明日しっかり」。最後は涼しい顔で、後半戦に向かった。【今村健人】

 ◆同部屋力士の中日全勝並走 1場所15日制が定着した49年夏場所以降10例目で、稀勢の里、高安コンビは12年秋以来2度目。ただし、同部屋力士2人だけで並走するのは60年夏の初代若乃花と若秩父、74年夏の北の湖と増位山の2例しかなく、今回は43年ぶり3例目。最初の若乃花は9連勝、若秩父は10連勝でストップして結局、若三杉(大豪)が14勝1敗で優勝した。前回の北の湖と増位山は9日目でそろって黒星を喫し、14日目に北の湖(13勝2敗)が優勝を決めた。15日制が定着する前では41年春の立浪部屋時代の双葉山と羽黒山(11連勝)がいる。

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高安「対応力つく」連日稀勢の里と稽古、動画も確認

勢(奥)に下手投げで勝った高安(撮影・岡本肇)

<大相撲春場所>◇8日目◇19日◇エディオンアリーナ大阪

 田子ノ浦部屋の2人がそろって無傷で勝ち越した。06年夏場所13日目の千代大海-魁皇戦以来11年ぶりの日本人対決となった結びの一番で、兄弟子の新横綱稀勢の里(30)は東前頭3枚目の松鳳山を自身初の小手ひねりで退けた。弟弟子の関脇高安(27)も西前頭筆頭の勢を下手投げ。1場所15日制となった49年夏以降、同部屋の2人だけで中日を全勝で折り返すのは、74年夏の北の湖、増位山以来43年ぶりとなった。

 高安も危なかった。左四つの自分の形になるも、勢に小手で振られて俵を回った。だが、今の関脇はここで土俵を割らない。最後は「ちょっと強引」と言うも、力強い下手投げで転がした。「なかなか上手を取らせてもらえなかったけど、我慢したかいがあった」。兄弟子の前に取る相撲で、弟弟子も負けなかった。

 2月から積み重ねてきた稀勢の里との稽古。それを連日、動画に収めてきた。「(相撲を)取っているのと客観的に見るのとでは、感じ方が違う。内容よく攻めても注意しないといけないこと、ダメなことがある。悪いところをどう直すか。横綱とやるので、対応力がつきます」。横綱と相撲を取って終わりではない。復習も重ねた。だから「どんな状況でも勝ちに結びつけられているし、どんな状況でも対応できている」。

 14年名古屋以来3年ぶり3度目のストレート勝ち越し。過去2度は前頭9、11枚目と平幕下位だった。関脇の初日から8連勝は、12年九州の豪栄道以来4年半ぶり。11年秋の稀勢の里の8連勝に並び、81年春の先代師匠隆の里の7連勝を超えた。だが「1つの区切りなんでしょうが、区切りと思ってはいけない。連日同様、明日も同じ気持ちでやらないといけない」と言い聞かせた。【今村健人】

 ◆同部屋力士の中日全勝並走 1場所15日制が定着した49年夏場所以降10例目で、稀勢の里、高安コンビは12年秋以来2度目。ただし、同部屋力士2人だけで並走するのは60年夏の初代若乃花と若秩父、74年夏の北の湖と増位山の2例しかなく、今回は43年ぶり3例目。最初の若乃花は9連勝、若秩父は10連勝でストップして結局、若三杉(大豪)が14勝1敗で優勝した。前回の北の湖と増位山は9日目でそろって黒星を喫し、14日目に北の湖(13勝2敗)が優勝を決めた。15日制が定着する前では41年春の立浪部屋時代の双葉山と羽黒山(11連勝)がいる。

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稀勢の里、高安の同部屋2人の中日全勝は43年ぶり

松鳳山に両差しを差されピンチとなった稀勢の里だったが右からの小手ひねりで8連勝(撮影・岡本肇)

<大相撲春場所>◇8日目◇19日◇エディオンアリーナ大阪

 田子ノ浦部屋の2人がそろって無傷で勝ち越した。

 06年夏場所13日目の千代大海-魁皇戦以来11年ぶりの日本人対決となった結びの一番で、兄弟子の新横綱稀勢の里(30)は東前頭3枚目の松鳳山を自身初の小手ひねりで退けた。

 弟弟子の関脇高安(27)も西前頭筆頭の勢を下手投げ。1場所15日制となった49年夏以降、同部屋の2人だけで中日を全勝で折り返すのは、74年夏の北の湖、増位山以来43年ぶりとなった。

 ◆同部屋力士の中日全勝並走 1場所15日制が定着した49年夏場所以降10例目で、稀勢の里、高安コンビは12年秋以来2度目。ただし、同部屋力士2人だけで並走するのは60年夏の初代若乃花と若秩父、74年夏の北の湖と増位山の2例しかなく、今回は43年ぶり3例目。最初の若乃花は9連勝、若秩父は10連勝でストップして結局、若三杉(大豪)が14勝1敗で優勝した。前回の北の湖と増位山は9日目でそろって黒星を喫し、14日目に北の湖(13勝2敗)が優勝を決めた。15日制が定着する前では41年春の立浪部屋時代の双葉山と羽黒山(11連勝)がいる。

勢(右)と激しい取り組みをする高安(撮影・鈴木正人)

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稀勢の里「協力まだやっていく」復興土俵入り披露も

東日本大震災の犠牲者に黙とうをささげる稀勢の里(後列左)ら力士と協会関係者(撮影・岡本肇)

 いよいよ新横綱の場所が始まる。大相撲春場所は今日12日、エディオンアリーナ大阪で初日を迎える。11日は土俵祭りが行われ、新横綱稀勢の里(30=田子ノ浦)らは冒頭に、東日本大震災の犠牲者に哀悼の意をささげるために黙とうした。震災から6年。新横綱は勝負の場所を前に、求められれば土俵入りを披露する覚悟も示し、あらためて被災地に思いをはせた。

 主役は最後にやってきた。ほかの力士が居並ぶ中、稀勢の里は、高安とともにさっそうと登場した。待っている間も雑談を交わすことなく、静かに座ったまま。そして、土俵祭りの冒頭に、東日本大震災の犠牲者に向けて黙とうし、哀悼の意をささげた。「実際に(被災地の)現場にも行っていますし、6年前ですか。しっかり忘れないで取り組んでいきたい」と話した。

 新横綱の初日前日に迎えた3月11日。振り返れば震災発生から3カ月後の11年6月、現地に足を運んだ。

 「すごいことになっていました。もともとそうなのかと思うくらい何もなかった。でも、家の区切りがある。海岸から2キロ、3キロ…下手したら5キロ先まで津波が来ていた。こんな奥の奥まで来るんだと思った」。

 当時の衝撃は忘れられず、思いを強くした。慰問直後には、震災で福島の友人を亡くしたショックで病気にかかった人の父親から手紙が届き、人知れず手形とサインを添えて返信した。

 当時は関脇だった。だが、6年が過ぎ、被災地で土俵入りができる地位に就いた。横綱土俵入りの四股を踏む所作には災厄を払い、大地を鎮める意味がある。できることが増えた。「何か協力することがあれば、まだまだやっていきたい」と力強くうなずいた。

 さあ、注目の場所が始まる。新横綱の優勝は優勝制度ができた1909年(明42)夏以降、双葉山ら7人だけ。1場所15日制となった49年夏以降では大鵬、隆の里、貴乃花の3人しかいない。八角理事長(元横綱北勝海)は「常に、自分は強いんだと思って強気で行くことが大事」と助言した。稀勢の里は「スタイルは変わらない。いい準備はできた。後はやるだけ」。新しい場所に向けて、そう言い聞かせた。【今村健人】

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白鵬、憧れ双葉山と同じ京都上賀茂神社で土俵入り

上賀茂神社で土俵入りする白鵬(中央)。左は太刀持ちの石浦、右は露払いの大翔丸(撮影・木村有三)

 横綱白鵬(31=宮城野)が26日、京都市内の上賀茂神社で約2000人の観衆の前で土俵入りを行った。

 77年前の1940年に憧れの双葉山も土俵入りした同神社で、力強い姿を披露し「大変な緊張感とうれしさがあった」と感激の面持ちだった。

 味の素ゼネラルフーヅ社が、同神社内の境内を流れる神山湧水(こうやまゆうすい)を生かすように作った「神山湧水珈琲」も試飲し「私も毎朝、コーヒーを飲むんです。集中力が出ますから」と、ルーティンを明かした。

 新横綱の稀勢の里については「ずっと大関でウロチョロしていた」と言って笑いを取りつつ「早く(横綱に)なってもらいたいと思っていた」と打ち明けた。

 5場所ぶり38回目の優勝を狙う春場所(3月12日初日、エディオンアリーナ大阪)へ向けて「天皇賜杯を抱いている姿を見せられれば」と気持ちを引き締めていた。

土俵入り後に、AGFの「神山湧水珈琲」を飲み満足げな白鵬(撮影・木村有三)

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稀勢の里 三国志、アメフトで戦略学ぶ頭脳派/連載

10年11月、寄り切りで白鵬(手前)を破った稀勢の里

<誕生 横綱稀勢の里12:歴代担当記者が語る>

 稀勢の里の横綱昇進で、1つの“伝説”が継承された。10年九州場所2日目。東前頭筆頭だった稀勢の里は、史上2位タイの63連勝中だった白鵬から金星を挙げた。39年に史上最長69連勝の双葉山を破った、当時前頭3枚目の安芸ノ海は後に横綱まで上り詰めた。63連勝の江戸時代の横綱谷風は小野川、53連勝の千代の富士は大乃国と、ともに横綱に敗れている。50連勝を超える記録は、最終的に横綱となる力士に止められる歴史が続くことになった。

 後に稀勢の里が、連勝中の白鵬の映像を繰り返し見て、くせや心理状況などを分析していたことが判明した。その研究心が培われた要因として、当時の師匠の鳴戸親方(元横綱隆の里)は、中国への研修旅行を挙げていた。当時の鳴戸部屋は2年に1度ほど、北京や上海、西安などへ4~6泊、力士や裏方がこぞって出掛けていた。出発前に現地の歴史などを全員で学び、稀勢の里も「三国志のころの戦術とか勉強になることが多い」と話していた。

 戦略が重視されるアメリカンフットボールも好んで観戦。努力はもちろん、頭脳派の一面も新横綱の魅力だ。【10~11年大相撲担当・高田文太】

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白鵬「6回目かあ」自身特集番組のナレーション収録

自身のドキュメント番組のナレーション収録に臨む白鵬(撮影・佐々木隆史)

 大相撲の横綱白鵬(31=宮城野)が9日、都内で自身の密着ドキュメンタリー番組「白鵬レガシー計画(プロジェクト)」(26日午後4時放送、TBS関東ローカル)のナレーション収録に臨んだ。

 12年2月に始まった番組は第6弾を迎え「6回目かあ。早いような、長いような。6年前を思い出しますね」と感慨にふけった。

 番組では新横綱稀勢の里についても言及。その内容は秘密としたが「横綱として頑張ってもらえれば自分も燃えますからね」と、あらためて口にした。連日の稀勢の里の報道には「うれしさと勢いを大いに感じていると思う。でも、これからが大変だからね」と、先輩横綱として案じた。

 番組では、自身の相撲を後世に残すために、自ら取組をバーチャル映像化することを提案し、それを撮影した様子が紹介されている。白鵬は第35代横綱双葉山や第48代横綱大鵬の相撲を、本などで勉強しただけに「今の力士は幸せだと思う」と言い「子供たちも映像を見ながら勉強できる。いいものを残したと思う」と、満足げな表情だった。

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正代、間垣親方への恩返し誓う 時津風部屋稽古始め

時津風部屋の稽古始めで汗を流す小柳(右)と正代。左は豊ノ島

 弔いの大相撲春場所(3月12日初日、エディオンアリーナ大阪)に向けて、時津風部屋が始動した。部屋付きの間垣親方(元小結時天空)が1月31日に37歳で死去後、初めての稽古が2日、東京・両国の同部屋で行われた。初場所千秋楽以来の稽古始めでもあり、中でも部屋頭の関脇正代(25)は亡き親方への恩返しを胸に誓った。

 前日昼すぎまで間垣親方の遺体は、稽古場が見渡せる上がり座敷にあった。叱咤(しった)激励してくれた親方の姿は、もうそこにはない。ただ、以前の双葉山道場から持ってきた羽目板の上に、その魂は刻まれていた。全力士を含めた現役の部屋関係者とは別に、真正面に下げられている、歴代関取衆の木札。そこには確かに「時天空」と記された木札がある。姿はなくとも魂は残されていた。

 張り詰めた空気の中、正代は十両小柳との三番稽古を8番取って汗を流した。稽古終了後、重い口を開いて東農大の先輩でもある、亡き親方に思いをはせた。「振り返ってみると今の僕があるのは天空関のおかげです」。付け人としても世話になった。口酸っぱく指導されたのは「腰を落とせとか立ち合いのこと」と言う。

 ショックからか食欲がわかず、この2日間は食事らしい食事をとれなかった。「昨日の夜、やっとおにぎりを食べました」。前夜は一晩はもつ渦巻き状の線香が、遺体のそばでたかれていた。それでは気が済まないと思ってか、正代は棒状の数分しかもたない線香をたき続けたという。

 師匠の時津風親方(元前頭時津海)によると、間垣親方は寝たきりで入院中も正代の取組になると、車いすに起き上がりテレビを凝視。負けると「バカヤロー!」と叫んでいたという。そんな話を振っても、なかなか口は開けない。湿っぽい話は「逆にウジウジしてたら、怒られる気がする」と遮った。弔いの思いは、胸に深く刻みつければいい。【渡辺佳彦】

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