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春告げる「御免札」鏡山親方「全員で力を合わせて」

鏡山親方(16年3月30日撮影)


 大相撲春場所(3月11日初日)の開催を知らせる「御免札」が9日、会場のエディオンアリーナ大阪(大阪市浪速区)の正面に立てられた。

 初場所では、栃ノ心が12年夏場所の旭天鵬以来となる平幕優勝を果たした。一方で、十両大砂嵐の無免許運転の疑いや、過去の春日野部屋の傷害事件が発覚するなど不祥事に大きく揺れた。春場所担当部長の鏡山親方(元関脇多賀竜)は「今が正念場。(ファンが)応援してくれているうちにやらないと、見放されてしまう。全員で力を合わせたい」と危機感を口にした。

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朝赤龍、断髪式ハプニングも長女のサプライズに笑顔

「朝赤龍引退、錦島襲名披露大相撲」の断髪式で、白鵬(右)が朝赤龍にはさみを入れる(撮影・柴田隆二)


 昨年の夏場所前に引退した大相撲の元関脇朝赤龍の錦島親方(36=高砂)の引退相撲が4日、東京・両国国技館で行われた。

 断髪式では、高砂一門の八角理事長(元横綱北勝海)や鶴竜、白鵬の両横綱ら約250人が参加。最後は師匠の高砂親方(元大関朝潮)が止めばさみを入れた。錦島親方は鏡でまげのない頭を見て「変な感じがする。軽いです」と照れ笑いした。

 4歳になる長男と一緒に行う予定だった断髪式前の土俵入りは、泣いて嫌がったため断念。まさかのハプニングも、家族からの花束贈呈の際に長女のノムーンちゃん(9)がサプライズで手紙を読み上げ「上手に読んでくれました」と笑顔で話した。今後も部屋付き親方として「ケガが少ない力士を。自分が学んだことを教えていきたい」と抱負を話した。

断髪式を終えた朝赤龍はデレゲレツェツェゲ夫人からネクタイを直される(撮影・柴田隆二)

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鶴竜、綱締め実演も土俵入り回避「綺麗にできない」

断髪式で、鶴竜(右)が朝赤龍にはさみを入れる(撮影・柴田隆二)


 昨年の夏場所前に引退した大相撲の元関脇朝赤龍の錦島親方(36=高砂)の引退相撲が4日、東京・両国国技館で行われた。

 1日に左足首付近の内視鏡手術を受けた鶴竜が、引退相撲で綱締め実演を行った。土俵入りは「きれいにできないと思って」と回避。痛めた昨年の1月から、疲労がたまると痛みが出るといい「間に合わせるために早めにやった」と春場所を視野に入れての手術だったと明かした。4場所連続休場から復帰した初場所は終盤に4連敗。悔しい結果に「まだまだ頑張らないといけない」と意気込んだ。

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元関脇朝赤龍が断髪式、息子泣いて想定外ハプニング

「朝赤龍引退、錦島襲名披露大相撲」で最後の土俵入りをした朝赤龍は観客に手を振る。右は呼び出し邦夫(撮影・柴田隆二)


 昨年5月の夏場所前に引退した元関脇朝赤龍の錦島親方(36=高砂)の引退相撲が4日、東京・両国国技館で行われ、断髪式では約250人の関係者がはさみを入れた。

 断髪式の終盤には、鶴竜(32=井筒)、白鵬(32=宮城野)の両横綱に、部屋の前頭朝乃山(23)、さらには高砂一門の八角理事長(54=元横綱北勝海)がはさみを入れ、最後に師匠の高砂親方(62=元大関朝潮)が止めばさみを入れ、約18年間、苦楽をともにしたマゲに別れを告げた。

 断髪式前に行われた余興の「朝赤龍最後の土俵入り」では、4歳になる長男と一緒に行う予定だった。しかし直前になり泣いて嫌がったため、1人で行う想定外の事態が発生。そんなハプニングも錦島親方自身、知らされていなかったサプライズ演出で、会場は温かな空気に包まれた。断髪が終わり家族からの花束贈呈の際、長女のノムーンちゃん(9)が感謝の手紙を読み上げ。これには「ビックリした。何が始まるんだろうって。でも上手に読んでくれました」と3人の父親としての笑みを浮かべた。

 断髪後、整髪を終えると「(来日から)21年間、切ってなかったので軽くなりました」と話した。今後も部屋付き親方として後進の指導にあたる。どんな力士を育てたいかという問いには「ケガが少ない力士を。自分が学んだことを教えたい」と語っていた。

「朝赤龍引退、錦島襲名披露大相撲」で記念撮影に納まる朝赤龍とデルゲレツェツェゲ夫人、長女ノムーンちゃん(撮影・柴田隆二)
「朝赤龍引退、錦島襲名披露大相撲」で記念撮影に納まる朝赤龍と父バタルチさん(撮影・柴田隆二)

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元前頭双大竜が断髪式、今後はトレーナーを目指す

断髪式に臨んだ双大竜(手前)。後方は止めばさみを入れる師匠の時津風親方(撮影・高田文太)


 元前頭の双大竜(35=時津風)が3日、東京・両国国技館で断髪式を行った。同じ時津風一門の親方衆や横綱鶴竜らも参加。約300人がはさみを入れ、最後に師匠の時津風親方(元前頭時津海)が止めばさみを入れた。故郷の福島県からも大勢の関係者が集まり、随所に声援が飛んだ。双大竜は、2時間近い式の序盤から目頭を熱くさせていた。

 身長は179センチで体重は120キロ前後と、やや細身の体形から機敏な動きを披露し、巨漢力士にも立ち向かう姿が人気だった。特に13年間の現役生活で、立ち合いの変化は1度もなく、常に真っ向勝負を挑む姿がファンの心をつかんだ。「いろいろな意見はあるけど、見に来ているお客さんにとっては、相撲を見るのがその日だけかもしれない。変化すると、ため息が漏れているのが分かるので、あっけなく負けることもあるけど、一生懸命取っている姿を見てもらいたかった」。特に地元福島県が被災した11年の東日本大震災以降は強く思うようになり、愚直に土俵と向き合った。

 15年夏場所で十両から陥落して以降、幕下で取り続けたが、相次ぐ故障もあって引退を決意した。師匠の時津風親方は「何でもコツコツとやるまじめな性格。まじめすぎると思うぐらい。今はただ『お疲れさま』『よく頑張った』という気持ちしかない」と、労をねぎらった。本人の希望をかなえるため、両国国技館で断髪式を行う段取りを踏み、この日実現した。双大竜も「国技館で断髪式をやりたかったのでありがたいです。内容の濃い13年間(の現役生活)だった。相撲界で学んだのは忍耐と、あきらめない気持ち。自分1人では乗り越えられなかったことも多かったけど、周りの人に支えてもらってここまでくることができた」と、周囲に感謝した。

 「ダンディにしてください」と依頼して仕上がった、やや長めの新たな髪形には「軽いですね」と、目を細くして笑った。今後は日本相撲協会に残らず、柔道整復師の資格取得のため、4月から3年間は都内の専門学校に通い、トレーナーなどを目指す。「けがが多かったので、そういう人の手助けになれば。あとは何らかの形で地元福島の力にもなりたい」。第2の人生でも、変化なしで真っ向勝負を挑み続けるつもりだ。

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貴公俊「うれしさ3割」弟貴源治に5場所遅れ新十両

貴公俊(左)の新十両昇進会見で、笑顔で握手する貴乃花親方(撮影・浅見桂子)


 日本相撲協会は1月31日、大相撲春場所(3月11日初日、エディオンアリーナ大阪)の番付編成会議を開き、貴公俊(たかよしとし、20=貴乃花)の新十両昇進を決めた。同じ部屋には、双子で弟の十両貴源治がおり、史上初の双子関取が誕生した。横綱白鵬の内弟子の炎鵬(えんほう、23=宮城野)も新十両昇進が決まった。再十両は矢後(23=尾車)、照強(23=伊勢ケ浜)、翔猿(25=追手風)、志摩ノ海(28=木瀬)、明瀬山(32=木瀬)の5人。

 東京・両国国技館での記者会見。貴公俊は終始、緊張した表情で、隣にいる貴乃花親方(元横綱)に見守られながら、言葉を選ぶように話した。初土俵から5年で関取になり「うれしいのが3割」と控えめ。むしろ「来場所から(取組が)15日間になるので今までよりも頑張らないと、という気持ちがあります」と気を引き締めた。史上初の双子関取。昨年の夏場所で新十両に昇進した弟の貴源治に先を越されて「うれしさと悔しさがあった」と複雑な心境があり、「毎場所、毎場所思っていた」と常に追いつくことを考えてきた。

 緊張している弟子とは逆に終始、笑顔だった貴乃花親方。貴公俊の受け答えする姿に「しっかり言っているなと、われながら感心してました」と言い、笑いを誘った。そして「相撲未経験で入門して5年でよく上がれたな」と感心。弟子の未来像については「歴代の横綱、大関が関取衆相手に何十番も、1時間、2時間と稽古した。ああいう伝統を今後できるように」と大きな期待をかけた。

 春場所には、元横綱日馬富士関の傷害事件の被害者で、兄弟子の十両貴ノ岩も出場予定。「部屋全体を盛り上げられるよう」と再起を狙う兄弟子、顔のそっくりな弟と共に高みを目指す。【佐々木隆史】


17年4月、初っ切りで握手を交わす兄の貴公俊(右)と弟の貴源治
貴公俊と貴源治の比較

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栃ノ心初Vに母「努力の結果」柔道の師「村の誇り」

栃ノ心とニノ夫人(16年1月31日撮影)

<大相撲初場所>◇14日目◇27日◇東京・両国国技館


 西前頭3枚目栃ノ心(30=春日野)が念願の初優勝を飾った。勝てば優勝の一番で東前頭9枚目松鳳山を寄り切り、13勝1敗とした。13年名古屋場所の右膝前十字、内側側副靱帯(じんたい)断裂から4年半。東欧のジョージアからやって来て12年。12年夏場所の旭天鵬以来となる平幕優勝を果たした。

 栃ノ心の故郷ジョージアの実家では、母ヌヌさん(51)や妻ニノさん(30)、近所の住民らがインターネットの動画中継で観戦し、涙を浮かべて勝利を祝った。優勝が懸かった大一番。心配そうな表情の家族らは勝利の瞬間、拍手や万歳のポーズで喜びを爆発させた。時折途切れるネット環境の中で優勝を見守ったヌヌさんは「教会に通い、勝利を祈っていた。不断の努力の結果だと思う」と十字を切り感謝した。

 ニノさんは娘のアナスタシアちゃんを抱いて観戦。「昨日の電話で『頑張ってください』と日本語で伝えたら、夫は『頑張る』と言っていた。勝てると信じていた」と話した。医師のニノさんは現在、育児の傍ら日本語を勉強中という。

 実家は首都トビリシから約30キロ離れた、グルジア正教の大聖堂など世界遺産で知られるムツヘタ近郊の人口約1500人のゼグビ村にあり、敷地内も含めて周囲にはブドウ棚が広がる。

 柔道の元欧州ジュニア王者でもある栃ノ心に幼少期、柔道を教えたコーチのギビ・イシハニシビリさん(75)は「子供の頃から練習熱心で強かった。こんな小さな村から相撲の優勝者が出た。村の誇り」と語った。

 ◆ジョージア 91年に旧ソ連から独立した東欧の共和制国家。首都トビリシ。日本での呼称は14年10月に「グルジア」から変更された。ロシア、トルコに隣接し、面積約6万9700平方キロメートルは日本の約5分の1。人口約400万人。ワイン等の食品加工業などが盛ん。栃ノ心は国旗をデザインした化粧まわしなどを使用。主な出身者に元小結黒海(12年秋場所で引退)元小結の十両臥牙丸、72年ミュンヘン五輪柔道93キロ級金メダリストで、89年4月にアントニオ猪木と異種格闘技戦を行い、KO勝ちしたショータ・チョチョシビリら。

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栃ノ心涙の初V報われた12年「みんなありがとう」

土俵下で初優勝の感慨に浸る栃ノ心(撮影・小沢裕)

<大相撲初場所>◇14日目◇27日◇東京・両国国技館


 西前頭3枚目栃ノ心(30=春日野)が念願の初優勝を飾った。勝てば優勝の一番で東前頭9枚目松鳳山を寄り切り、13勝1敗とした。13年名古屋場所の右膝前十字、内側側副靱帯(じんたい)断裂から4年半。東欧のジョージアからやって来て12年。12年夏場所の旭天鵬以来となる平幕優勝を果たした。欧州出身者としてはブルガリアの琴欧洲、エストニアの把瑠都に次ぐ3人目の歓喜となった。

 激しい突き合いから、いなされかけ、栃ノ心が松鳳山を捕まえた。左を差し、右上手で抱え込んだ。自慢の右四つじゃないが、もう関係ない。力強く前に出た。軍配が上がると、こらえるように2、3度天を仰いだ。「親方に、おかみさんに感謝します。両親に、グルジア人のみんなに、友達に…。みんなにありがとうと言いたいです」。声が震え、涙が頬を伝った。

 4年半で、なくした力を取り戻した。13年名古屋場所5日目の徳勝龍戦で右膝前十字、内側側副靱帯を断裂。「こんなので切れるの?」と思った。4場所連続休場。右膝に加え、古傷の右肘にもメスを入れた。入院2カ月。17キロ太り、退院後1カ月で28キロやせた。肉が落ち、力が入らない。部屋で栃煌山、碧山の稽古を見た。「この2人とはもうやれないな」。復帰した14年春場所番付は西幕下55枚目。12年秋場所の小結からの急降下。何度も、辞めようと思った。

 それでも、砂の上を歩いた。ゴムチューブで負荷をかけ、右足を鍛えた。「少しずつ気持ちが戻った。面倒くさいんだけどね。でも、辞めて(国に)帰るのは恥ずかしいでしょ?」。関取の白まわしではない、黒まわしからの再出発。力が戻りつつあると感じた昨秋、右膝の装具を発注した。2品で約7万円。九州場所中に届き、今場所から使った。サポーターの下で古傷をガードし、不安を完全に消し去ろうとした。

 耐えた日々は、心も強くした。昔は門限破り、服装違反を繰り返した。11年10月、怒った師匠の春日野親方(元関脇栃乃和歌)にゴルフクラブで殴られ、部屋を飛び出した。必死で謝り、許しを請うた。「あれがあったから、優勝できたと思う。バカだったと思うよ。もっと真面目にやってれば、番付だってもっと上がってたかもね」。昨年10月に30歳。「オトナになったかな」と笑った。

 三役を務め、幕下まで落ち、はい上がって初優勝した。19人目の平幕優勝者では初めて。人生の大逆転劇を演じた。「優勝は、どんな気持ちなんだろうと思ってたけど…。こんな気持ちなんだ」。来日から12年、ケガに耐えた4年半。とても言葉にできない「こんな気持ち」を、栃ノ心は心ゆくまで味わった。【加藤裕一】

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72年初場所の平幕栃東以来/春日野部屋の優勝

初優勝を決め、春日野部屋に戻った栃ノ心は、若い衆らの拍手で迎えられ、笑顔を見せる(撮影・狩俣裕三)

<大相撲初場所>◇14日目◇27日◇東京・両国国技館


 西前頭3枚目栃ノ心(30=春日野)が念願の初優勝を飾った。勝てば優勝の一番で東前頭9枚目松鳳山を寄り切り、13勝1敗とした。13年名古屋場所の右膝前十字、内側側副靱帯(じんたい)断裂から4年半。東欧のジョージアからやって来て12年。12年夏場所の旭天鵬以来となる平幕優勝を果たした。

 ▼春日野部屋の優勝 1972年初場所の平幕栃東以来、46年ぶりの制覇。10度優勝の栃錦、3度の栃ノ海を含めて4人目で、計15度目。出羽海一門からは16年秋場所の豪栄道以来。

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春日野親方「お前はまだこれから」栃ノ心へ大関託す

初優勝を決め、春日野親方(左)と乾杯をする栃ノ心(撮影・狩俣裕三)

<大相撲初場所>◇14日目◇27日◇東京・両国国技館


 西前頭3枚目栃ノ心(30=春日野)が念願の初優勝を飾った。勝てば優勝の一番で東前頭9枚目松鳳山を寄り切り、13勝1敗とした。13年名古屋場所の右膝前十字、内側側副靱帯(じんたい)断裂から4年半。東欧のジョージアからやって来て12年。12年夏場所の旭天鵬以来となる平幕優勝を果たした。

 鬼の目にも涙-。そんな言葉で形容されようとも、慶事だから大目に見てくれるだろう。栃ノ心の師匠、春日野親方(55=元関脇栃乃和歌)は“日本の父”として感慨にふけった。約46年ぶりに部屋から優勝力士を輩出した。「自分の時にこんなことができるなんて思わなかった。やんちゃ坊主だったのがね…。よくやってくれた」。愛弟子の快挙は協会事務所のテレビで見届けた。その瞬間、おえつを漏らし号泣した-。その姿を協会関係者は遠めで見守り、喜びを共有した。

 場所中に元弟子の暴行事件が発覚し、その対応に追われた。「(自分を)反面教師によく頑張った」と自虐の苦笑いもあったが、思い出すのは栃ノ心の苦労した姿。「ケガをして正直、ダメかなと。頑張れ、の言葉も度を越すと本人の苦痛になる。『もうやめる』と言ってくるかなと思った時もあったけど自分でも闘っていたろう」。

 ケガで幕下まで転落。悔しくて泣いていた栃ノ心の姿が思い浮かぶ。「三段目まで落ちたらモチベーションが…と思って出した」。復帰し幕下で2場所連続、関取に戻り2場所連続で十両優勝。42勝2敗で返り咲いた幕内復帰場所で敢闘賞を受賞した。取組で足の親指が外れ、花道で自らはめ直す栃ノ心の根性に「あのファイティングスピリットはすごい。うちの力士みんなが尊敬し慕っている」と褒めちぎった。

 望外の優勝を足がかりに今度は、部屋として栃光以来、約52年ぶりの大関誕生に期待したい。「自分の経験上、まだ力は出る。『お前はまだ、これからだぞ』と言い続けてきたからね」と師匠。さらなる夢の実現を、愛弟子に託す。【渡辺佳彦】

 ◆春日野部屋 名門出羽海部屋から独立。1925年に引退した横綱栃木山が部屋の礎をつくった。厳しい稽古で知られ栃錦、栃ノ海の両横綱、大関栃光らを輩出した。35年夏場所から関取が途絶えておらず、現在の全45部屋で最も長い。現在の師匠、元関脇栃乃和歌は2003年2月に部屋を継承した。初場所の番付では幕内栃ノ心、栃煌山、十両碧山、栃飛龍の4人の関取を含め、21人の力士が所属する。所在地は東京都墨田区両国。

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栃ノ心涙の初V「ありがとう」まだ見ぬ長女に届けた

初優勝を決め、支度部屋で満面の笑みを見せる栃ノ心(撮影・狩俣裕三)

<大相撲初場所>◇14日目◇27日◇両国国技館


 西前頭3枚目栃ノ心(30=春日野)が初優勝を飾った。

 後続に2差つけており、勝てば優勝の西前頭9枚目松鳳山戦で、激しいつき合いから左差しの体勢となり、体を預けて寄り切った。13勝1敗。06年夏場所の序ノ口デビューから70場所目。1場所15日制定着の49年夏場所以降では、12年夏場所の西前頭7枚目旭天鵬以来20度目の平幕優勝。優勝インタビューでは「本当に自分でも信じられない。親方、おかみさん、両親、グルジア人のみんな、友だちにありがとうと言いたいです」と、感激の涙をこぼした。

 13年名古屋場所で右膝前十字、内側側副靱帯(じんたい)を断裂。4場所連続休場後の14年夏場所は番付が西幕下55枚目まで落ちた。「入院している時、何度も辞めようと思った」という日々からはい上がった。

 東欧の母国ジョージアにいる母ヌヌさん、父ザザさん、妻ニノさん、そして昨年11月8日に生まれ、まだ直接会っていない長女アナスタシアちゃんに贈る初優勝。「今日の日は人生で忘れられない。相撲界に入って、一番うれしい」。国技館を出ると、大勢のファンにもみくちゃにされた。春日野部屋まで徒歩約10分。胸を張り“男の花道”を歩いて帰った。

初優勝を決め、春日野部屋に戻った栃ノ心は、若い衆らの拍手で迎えられ、笑顔を見せる(撮影・狩俣裕三)
初優勝を決め、春日野部屋で祝いのタイを持ち上げる栃ノ心(右)。左は春日野親方(撮影・狩俣裕三)

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栃ノ心が初V、序ノ口デビューから70場所目の歓喜

松鳳山を寄り切って幕内優勝を決めた栃ノ心(撮影・丹羽敏通)

<大相撲初場所>◇14日目◇27日◇両国国技館


 西前頭3枚目栃ノ心(30=春日野)が初優勝を成し遂げた。

 12勝1敗で迎えた14日目、前頭9枚目の松鳳山を寄り切りで破って千秋楽を待たずに優勝を決めた。1場所15日制定着の49年夏場所以降では、12年夏場所の旭天鵬以来20度目の平幕優勝。

 06年夏場所の序ノ口デビューから所要70場所目。13年名古屋場所で右膝前十字、内側側副靱帯(じんたい)を断裂し、14年初場所には幕下まで落ちた苦労人が歓喜の瞬間を迎えた。「けがして、幕内に戻ってから、こんなに長い間いい稽古ができたのは初めてと思うよ」。昨年11月の九州場所前から“完全復活”の予感はあったが、年が明けて間もない初場所で結果を出した。

 日本から直線距離で約8000キロの西アジア、ジョージア出身。192センチ、177キロの巨漢力士は最後まで初場所の主人公であり続けた。

 

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栃ノ心が旭天鵬以来の平幕優勝、豪栄道は勝ち越し

松鳳山を寄り切って幕内優勝を決めた栃ノ心(撮影・丹羽敏通)

<大相撲初場所>◇14日目◇27日◇両国国技館


 西前頭3枚目栃ノ心(30=春日野)が初優勝を決めた。12勝1敗で迎えた14日目、松鳳山(33=二所ノ関)を寄り切って千秋楽を待たずに優勝を決めた。1場所15日制定着の49年夏場所以降では、12年夏場所の旭天鵬以来20度目の平幕優勝となった。

 横綱鶴竜(32=井筒)は大関高安(27=田子ノ浦)に押し出され4連敗、高安は11勝目。大関豪栄道(31=境川)は関脇御嶽海(25=出羽ノ海)を寄り切って勝ち越しを決めた。

 人気力士の前頭5枚目遠藤(27=追手風)は同12枚目輝(23=高田川)を引き落とし9勝目。前頭14枚目豊山(24=時津風)、同15枚目石浦(28=宮城野)、同16枚目朝乃山(23=高砂)はともに勝ち越しを決めた。

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栃ノ心、6年ぶり平幕Vへ「普通にやれば勝てる」

栃ノ心(左)は逸ノ城を寄り切りで下し1敗を守る(撮影・小沢裕)

<大相撲初場所>◇13日目◇26日◇東京・両国国技館


 西前頭3枚目栃ノ心(30=春日野)が、初優勝に王手をかけた。幕内最重量215キロを誇る西前頭筆頭の逸ノ城と右四つがっぷり。最後は相手の上手を切って寄り切り、12勝1敗とした。結びで横綱鶴竜が御嶽海に敗れ、まさかの3連敗。栃ノ心が後続に2差をつけた。今日14日目の松鳳山戦に勝てば、1場所15日制定着の49年夏場所以降では、12年夏場所の旭天鵬以来20度目の平幕優勝が決まる。

      ◇       ◇

 栃ノ心の全身が、みるみるうちに朱に染まる。同じ身長192センチでも、自分より38キロ重い215キロの逸ノ城を引きつけた。得意は同じ右四つ同士。右下手を引いて、左上手もとれた。「よし出よう」。力勝負だ。1度、2度…。両腕に力を込めること8度。幕内一の巨体を寄り切ると、無数の座布団が土俵に舞った。「重かった?」と聞かれ「軽くないよ」といたずらっぽく笑った。

 力は負けない。握力は左90キロ、右87キロだが「手がでかくて、握力計に入らない」から、多分もっと強い。06年の来日まで故郷ジョージアでは柔道、サンボでならした。高さ7メートルのロープを両腕だけでよじ登り鍛えたパワー。「押す力はないけど引く力は自信ある」と笑う。昔から「まわしを取れたら何とかなる」と思っていた。

 ジョージアはすでに大騒ぎだ。テレビ、新聞、雑誌が栃ノ心の活躍を連日報道。単独トップに立った前日夜、父ザザさん、母ヌヌさんにテレビ電話をかけると、ヌヌさんが泣いた。「泣くなよって。うれし涙だからいいけど、オレも泣いちゃった」。愛妻ニノさんも電話すると、すでに緊張状態。生後2カ月半の長女アナスタシアちゃんだけが、はしゃいでいた。46年ぶりの優勝力士誕生を待つ春日野部屋にもすでに、関係者から優勝祝いのタイを準備すると連絡が入っている。

 今日、松鳳山に勝てば優勝だ。「考えるとドキドキするから、明日考えるよ」と言うが「普通にやれば、勝てる」と本音を隠せない。ハリウッド俳優ニコラス・ケイジ似の顔が、引き締まった。【加藤裕一】

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栃ノ心、初V王手「どきどきするから明日考える」

栃ノ心(左)は逸ノ城を寄り切りで下し1敗を守る(撮影・小沢裕)

<大相撲初場所>◇13日目◇26日◇両国国技館


 西前頭3枚目栃ノ心(30=春日野)が初優勝に王手をかけた。身長は同じ192センチだが、体重215キロが幕内最重量の西前頭1枚目逸ノ城を得意の右四つ同士のがっぷりから、力ずくで寄り切った。「右を引いて、左(上手)も取れたんで、よし、いこうと思った」。12勝1敗とした一番を興奮気味に振り返る

 両国国技館から徒歩約10分の部屋まで歩いて帰る途中、結びの一番で横綱鶴竜が敗れた。その時点で後続と2差になった。14日目は松鳳山戦に勝てば、3敗同士の結びの一番、鶴竜-高安戦を待たずに優勝が決まることに…。「今から考えたら、どきどきするから、明日考えるよ」。06年夏場所の序ノ口デビューから所要70場所目。歓喜の瞬間は、自分の白星で決める。

1敗を守り、支度部屋で笑顔を見せる栃ノ心(撮影・狩俣裕三)

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若隆景が幕下V 7戦全勝「同級生に負けないよう」

栃清龍(手前)をはたき込みで破り、幕下優勝を決めた若隆景(撮影・狩俣裕三)

<大相撲初場所>◇13日目◇26日◇東京・両国国技館


 6戦全勝が2人に絞られていた幕下は、両者が直接対決。東17枚目の若隆景(23=荒汐)が西47枚目の栃清龍(22=春日野)をはたき込みで破り、7戦全勝で優勝を決めた。昨年夏場所の三段目に続く、2度目の各段優勝となった。

 左おっつけ、左のど輪押しで攻める栃清龍に、冷静に対応。適度な間合いを取り、機を見て絶妙のタイミングではたき込んだ。「おとといぐらいから緊張していました」と優勝を決め、安堵(あんど)の表情。東洋大での実績から昨年春場所、三段目最下位格(100枚目)付け出しでデビュー。4場所連続で勝ち越したが、番付を東幕下12枚目の自己最高位まで上げた先場所、初めて3勝4敗で負け越した。その先場所は、115キロの軽量をつかれ、立ち合いから一気に持って行かれる相撲が多かったという。その反省から「今場所は(相手より)先に踏み込むことを意識した」という。その集中力が優勝に結びついた。

 荒汐部屋の、いずれも幕下に在位する「大波3兄弟」として出世を争う。今場所の番付では次男の若元春(24)が西6枚目で3勝3敗、長男の若隆元(26)が東34枚目で5勝1敗と、関取第1号争いは熾烈(しれつ)を極めそう。来場所は幕下1桁の上位で新十両を狙える位置につく。出世のスピードに追いつけなかった髪も「(千秋楽の)表彰式ではマゲを結えるかもしれない」という。東洋大の同期で、自分は副主将として支えた主将の村田(高砂)は3勝4敗と負け越したため、来場所は番付で抜く。大学のライバルとの出世争いも刺激になる。「矢後(中大→尾車、来場所の再十両は確実)、水戸龍関(日大→錦戸、今場所新十両)の同級生に負けないように頑張ります」と話した。

幕下優勝を飾った若隆景(撮影・小沢裕)

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栃ノ心完全復活の傍ら「考えたくない」土俵外の不安

玉鷲(左)と栃ノ心(撮影・野上伸悟)

<大相撲初場所>◇12日目◇25日◇東京・両国国技館


 西前頭3枚目栃ノ心(30=春日野)が単独トップに躍り出た。横綱鶴竜を破って波に乗る関脇玉鷲をもろ差しで寄り切り、11勝1敗とした。前日の取組後、14年秋に起こった春日野部屋の暴力事件が表面化したが「そういうのは考えたくない」と“土俵外”をシャットアウト。鶴竜が遠藤に2敗目を喫したため、頭1つ抜け出した。残り3日。平幕での初優勝へ、全神経を集中する。

 鶴竜を破った玉鷲の強烈な突き、押しに栃ノ心は思わずのけぞった。直後、いなされた。崩れかけた体。しかし、残った。“爆弾”を抱える右膝で踏ん張った。素早く身を翻し、右を差した。流れで左も差した。もう負けない。深いもろ差しで玉鷲の力をそぎ、力強く寄り切った。

 三役経験者が右膝前十字、内側側副靱帯(じんたい)を断裂したのは13年名古屋場所。14年初場所には幕下まで落ち、同年九州場所で再入幕した。「けがして、幕内に戻ってから、こんなに長い間いい稽古ができたのは初めてと思うよ」。昨年11月の九州場所前から“完全復活”の予感はあった。冬巡業の成果が大きい。元横綱日馬富士関の暴行事件余波で、巡業部長だった貴乃花親方(元横綱)に代わり、師匠の春日野親方(元関脇栃乃和歌)が同行した。「まず俺たちが稽古しなきゃダメでしょ」。師匠の前で手は抜けない。連日20番前後をこなした。東京に戻っても、がんがん相撲を取った。

 一方、昨年は何度かダイエットにトライ。野菜中心の食事で3週間で15キロ落とした時があったかと思えば、減量のご褒美に焼き肉をたらふく食べ、ビールをがば飲みし、1日で6キロもリバウンドする“悲劇”もあった。しかし、稽古にもまれた175キロの体が、今はとても軽い。

 トップに並んだ前日の取組後、過去の部屋の暴行事件が表面化。この日は恒例だった朝稽古後の取材対応を控え、土俵に集中した。「これから大事な3日間。そういう(土俵外の)ことは考えたくない。1日1日、自分の相撲を取るだけだよ」。約8000キロ離れた異国からやってきた。06年夏場所の序ノ口デビューから所要70場所目、何度も夢見た瞬間へ、栃ノ心が突き進む。【加藤裕一】

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栃ノ心が単独トップ、初V視野に胸高鳴るも「集中」

玉鷲を寄り切り1敗を守った栃ノ心(撮影・丹羽敏通)

<大相撲初場所>◇12日目◇25日◇両国国技館


 西前頭3枚目栃ノ心(30=春日野)が賜杯レースの単独トップに浮上した。前日に横綱鶴竜に初黒星をつけた関脇玉鷲の強烈な突き押しに苦戦したが、最後はもろ差しの体勢から寄り切り、11勝1敗とした。同じく1敗で並んでいた鶴竜が結びの一番で敗れ、頭1つ抜け出した。

 2度仕切りが合わず、3度目で立った。「ドキドキした」というが「立ち合いで(玉鷲を)止めて、気がついたら中に入っていた」と無我夢中の1番を振り返った。13年名古屋場所で前十字及び内側側副靱帯(じんたい)を断裂した右膝に“爆弾”を抱えているが、昨年11月の九州場所前から、冬巡業、今場所前と充実した稽古をこなした。体調は負傷後最高だ。

 「立ち合いに迷ってない。いい形でも、悪い形になっても迷わず前に攻めるようにしている」。残り3日。06年夏場所の序ノ口デビューから所要70場所目にして、初優勝のチャンスが巡ってきた。「それを考えるとドキドキして硬くなる。1つ1つ、1日1番に集中していきたい」。日本から約8000キロ離れた西アジアのジョージアにいる愛妻ニノさん(30)と、長女アナスタシアちゃんに吉報を届けるためにも、自分の相撲に没頭する。

栃ノ心(左)は寄り切りで玉鷲を下す(撮影・小沢裕)

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遠藤7勝「この勝ちムダにしないよう」鶴竜撃破金星

遠藤は押し出しで鶴竜(左)を破る(撮影・丹羽敏通)

<大相撲初場所>◇12日目◇25日◇東京・両国国技館


 人気力士の前頭5枚目遠藤(27=追手風)が、横綱鶴竜(32=井筒)から自身4個目となる金星を挙げた。

 立ち合いで低く当たり、横綱が引いた瞬間を見逃さず一気に押し出した。人気力士の勝ち名乗りに場内は大歓声だった。

 突き放した内容について「狙っていっても向こうは横綱なので思ったような相撲は取れない。思い切りいくだけでした。引かせるような相撲を取れればと思っていた」。14年の夏場所以来となる鶴竜からの金星に手応えを感じ取っている様子だった。

 3場所連続の勝ち越しへ王手となる7勝目。「この勝ちをムダにしないように集中して頑張ります」と気を引き締めていた。

遠藤(左)に押し出しで敗れる鶴竜(撮影・野上伸悟)

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栃ノ心1敗守る「調子いい」昨年誕生愛娘が原動力

琴奨菊(右)を寄りきりで下す栃ノ心(撮影・野上伸悟)

<大相撲初場所>◇10日目◇23日◇東京・両国国技館


 西前頭3枚目栃ノ心(30=春日野)が、またも怪力ぶりを見せつけ、1敗を守った。過去5勝24敗と苦手にしていた元大関琴奨菊を、右四つから豪快に寄り切った。9日目は“1敗対決”だった関脇御嶽海を豪快につり出し、場内を騒然とさせた。

 「上手を取れば、自信ありますよ。調子いいんでね」。昨年11月に誕生した長女アナスタシアちゃんに会うため、場所後に西アジアの故郷ジョージアに戻りたいと思っているが、この日の取組後に「無理かもね…」とポツリ。行事が立て込んでいるのが大きな理由のようだ。

 それでも、アナスタシアちゃんの存在が快進撃の原動力だ。獲得した懸賞金も増えてきて、プレゼントを思案中。「何贈ろうかな? もう7キロ近いからね。(服なら)生まれて半年の子供用のがいるよ」。10日目で9勝1敗は、準優勝した11年夏場所(12勝3敗)以来のハイペース。右膝前十字、同内側側副靱帯(じんたい)断裂の大けがを負った13年名古屋場所後では、最高だ。優勝争いの最中にいる心境を問われると「フフフ。どうですかね」とまんざらでもなさそうだった。

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再出場の安美錦6敗目も「出ないと駄目」背水の覚悟

千代翔馬に敗れ無念の表情を見せる安美錦(撮影・野上伸悟)

<大相撲初場所>◇10日目◇23日◇東京・両国国技館


 再出場した西前頭10枚目安美錦(39=伊勢ケ浜)が、東前頭7枚目千代翔馬(26=九重)に一方的に寄り切られた。

 5日目の平幕の千代の国戦で右膝を負傷し、6日目に「右脛骨(けいこつ)骨挫傷、右関節血症」との診断書を提出して休場していた。

 立ち合いで、右に動いて右上手を取った瞬間に「踏ん張れなかった」と棒立ちになり、あっけなく土俵を割った。支度部屋では「思い切りいこうと思ったけど」と弱音は吐かなかったが「(痛みを)我慢して取ったよ」とつぶやいた。

 西前頭3枚目だった16年夏場所で、左アキレスけん断裂の大けがを負い、一時は十両まで番付を落とした。つらいリハビリに耐え、昨年九州場所でようやく幕内に返り咲いた。だからこそ「せっかく幕内の土俵に上がっているんだから。休んだら番付が下がるから出ないと駄目」と再出場。「毎日が最後になってもいいと思いながら土俵に出てきている」と強い覚悟を見せた。

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阿武咲が休場 右膝後十字靱帯損傷の診断書を提出

師匠の阿武松親方(左)と阿武咲(2017年10月30日撮影)


 大相撲の西小結阿武咲(21=阿武松)が、東京・両国国技館で行われている初場所を、10日目の23日から休場することが決まった。

 前日9日目に逸ノ城に敗れ、4勝5敗となった際に右膝を痛めていた。都内で診察を受け「右膝後十字靱帯(じんたい)損傷で1月場所の休場を要する」との22日付の診断書を提出した。阿武咲は昨年夏場所で新入幕以降、3場所連続2ケタ白星を挙げ、新三役の昨年九州場所も勝ち越していた。

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闘牙は信号無視の歩行者はねる/主な力士の車両事故

記者を見る大砂嵐(撮影・鈴木正人)


 大相撲の西十両8枚目の大砂嵐(25=大嶽)が、夫人と同乗した乗用車で、今月3日に長野県内で追突事故を起こしていたことが21日、捜査関係者への取材で分かった。大砂嵐は無免許運転だった疑いがあり、長野県警は道交法違反の疑いで捜査している。一方で大砂嵐は日本相撲協会の聴取に対して無免許運転を否定し、運転していたのは夫人と主張。事態が発覚するまで、日本相撲協会や師匠の大嶽親方(元十両大竜)への報告はなかった。大砂嵐は今日9日目から初場所を休場することが発表された。

<主な力士の車両事故>

 ▼水戸泉 1985年5月、東前頭2枚目の水戸泉(現錦戸親方)がレンタカーを運転中に追突事故。本人や同乗者がケガを負い、師匠の高砂親方(元横綱朝潮)から厳重注意された。

 ▼安芸乃島 1999年1月、乗用車でオートバイと衝突。相手が右膝に2週間のけがを負った。

 ▼闘牙 2000年12月、西前頭8枚目の闘牙(現千田川親方)が大阪市で乗用車を運転中、赤信号を無視した歩行者をはねる死亡事故を起こした。01年初場所は出場辞退、3カ月間の減俸20%とした。

 ▼旭天鵬 2007年4月、東前頭8枚目の旭天鵬(現友綱親方)が信号待ちの車に追突する事故を起こし、相手の運転手が軽傷を負った。夏場所の出場停止と減俸処分とした。

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北勝富士は昭和以降2人目/4場所連続金星

白鵬は北勝富士に押し出しで敗れ悔しそうな表情で起き上がる。中央は鶴竜、手前は稀勢の里に勝利した逸ノ城(撮影・小沢裕)

<大相撲初場所>◇3日目◇16日◇東京・両国国技館


 東前頭筆頭北勝富士(25=八角)が、横綱白鵬(32=宮城野)を初めて破り4場所連続で金星を獲得した。99年夏場所の元関脇土佐ノ海以来、昭和以降では2人目の快挙。

 土佐ノ海は、98年九州場所(東前頭9枚目で3代目若乃花から)-99年初場所(西前頭筆頭で貴乃花から)-同春場所(東前頭2枚目で3代目若乃花、貴乃花から)-同夏場所(東前頭筆頭で曙、3代目若乃花から)。4場所連続で計6個も奪った。

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北勝富士、唯一勝利なし「ラスボス」白鵬破った戦略

白鵬(左)を押し出す北勝富士(撮影・河野匠)

<大相撲初場所>◇3日目◇16日◇東京・両国国技館


 東前頭筆頭北勝富士(25=八角)が、横綱白鵬(32=宮城野)を初めて破り4場所連続で金星を獲得した。99年夏場所の元関脇土佐ノ海以来、昭和以降では2人目の快挙。元横綱日馬富士関の暴行事件や式守伊之助のセクハラ行為など、不祥事が続く角界を明るい話題で照らした。

 支度部屋に戻った北勝富士は、満面の笑みを浮かべた。横綱初挑戦だった17年名古屋場所で鶴竜、秋場所で日馬富士、九州場所で稀勢の里を破ったが、白鵬には取組前まで2戦2敗。唯一勝てなかった横綱をついに破った。「大相撲界の歴史を塗り替えた人。自分の中では一番の相撲」。感無量だった。

 立ち合いで優位に立った。先に手をつけたが、北勝富士の真っすぐ頭から突っ込む立ち合いを嫌ったのか、白鵬は手をつけられない。「少しでも意識してくれたらうれしいです」。2度目で成立。先に踏み込み、両脇を締めて差されるのを防いだ。頭に浮かんだのは2敗した相撲。「2回連続でかわし気味に来られて上手を取られましたから」。まわしを取らせないよう、腕をがむしゃらに伸ばしながら前に出た。引いたのは白鵬。その隙を見逃さずに一気に押し出した。「どんな相手でも引けば軽くなる。理想通りの相撲でした」と納得顔だった。

 北勝富士が中学生の時から横綱だった白鵬は「尊敬する人」だった。気が付けば同じ時代に、同じ土俵の上で相撲を取っている。「小さい頃から相撲をやってきての夢。誰もが目標に掲げる人」。だからこそ4つの金星の中でも「一味も二味も違う」と、少年のように無邪気に笑った。

 昨年九州場所後にはあまりの強さに「ラスボスですよ」と、ゲームに例えるほど差を痛感していた。ただ、これで“クリア”ではない。序盤の横綱3連戦を終え、白星はこの1つのみ。今年の初白星が白鵬からで「夢物語ですね」と浮かれたが「勝ち越さないと意味がない」と、謙虚な気持ちをすぐに持った。目指すは初三役。昭和以降2人目の4場所連続金星を無駄にせず、残りの12日を無心で取り切る。【佐々木隆史】

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しこ名「納谷」で57年初場所7勝1敗/大鵬初土俵

61年11月、大相撲九州場所で出羽錦(左)を寄り切りで破る大鵬

<大相撲初場所>◇3日目◇16日◇東京・両国国技館


 大横綱のDNAが、再び角界に流れ込む。新弟子ら14人による前相撲が始まり、元横綱大鵬(故人)の孫、納谷(17=大嶽)が初土俵を踏んだ。同じく新弟子の朝東(18=高砂)に勝ち白星デビュー。

 ◆大鵬の初土俵 中卒後は林野庁関係の仕事に就いていたが、スカウトされて二所ノ関部屋に入門。56年秋場所、16歳3カ月で初土俵。9月29日の14日目に三番出世した。新弟子検査時は184・5センチ、75キロ。番付に初めてしこ名がのった57年初場所(西序ノ口23枚目)で7勝1敗の好成績を収めた。同期には後の大関清国、小結沢光ら。しこ名は本名の「納谷」で、59年夏場所の新十両昇進を機に「大鵬」に改名。

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元前頭双大竜が引退会見、変化なし真っ向勝負15年

引退会見で涙をぬぐう双大竜(撮影・小沢裕)


 場所前に引退届を提出した元前頭双大竜(35=時津風、福島市出身、本名・高橋亮三)の引退会見が、大相撲初場所3日目の16日、両国国技館内で行われた。

 02年夏場所初土俵。番付に初めてしこ名がのった翌名古屋場所では、7戦全勝で序ノ口優勝を果たした。09年秋場所で新十両昇進を果たし、1場所で幕下に陥落するも、11年名古屋場所で再十両。13年春場所で、唯一の幕内在位となる新入幕を果たした(最高位はこの場所の西前頭15枚目)。23場所務めた十両から陥落した15年夏場所以降は、幕下生活が続き、今場所の番付は西三段目31枚目だった。通算成績は351勝340敗20休。

 約15年の土俵人生に別れを告げ「精いっぱいできました。順風満帆でなく次から次へと壁があったけど、支えてくれる方々のおかげで乗り越え、成長できました」と感謝した。179センチ、126キロの小兵ながら福島・会津農林高、東農大のアマ時代を含め「生涯、一度も変化はない」と真っ向勝負が身上だった。ただ首を痛め、ヒジも右を2回、左を1回、手術するなど体は満身創痍(そうい)。「負けても悔しくなく気持ちが入らなくなった」と昨年9月の秋場所で負け越し(東幕下26枚目で1勝4敗2休)が決まり、師匠の時津風親方(元前頭時津海)に引退の意思を伝えていた。

 部屋で起こった力士暴行死事件、十両返り咲き前には野球賭博問題、八百長問題、そして故郷の福島が被災した東日本大震災が起こった。それらを思い返すと涙をこらえきれず「(不祥事で)お世話になった先輩も引退した。(被災地へは)精いっぱい相撲を取っている姿を見せないといけないと思った」と、言葉を振り絞った。

 2月3日に両国国技館で断髪式を行う。その後は、整体、鍼灸(しんきゅう)師などの資格を取り「相撲界で学んだことを生かせる道に進みたい」。第2の人生も変化なしの、真っすぐに歩むつもりだ。

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宮城野親方が謝罪、伊之助と面会「後悔している」

13日、理事会に出席した式守伊之助(撮影・鈴木正人)


 立行司の式守伊之助がセクハラ行為で日本相撲協会から3場所出場停止処分を受けたことについて、伊之助が所属する宮城野部屋の師匠、宮城野親方(元幕内竹葉山)は14日、「皆さんにご迷惑をお掛けして大変申し訳ない」と謝罪した。

 5日のセクハラ行為発覚後に面会したという親方は「(伊之助は)ものすごく後悔しており、黙って下を向いていた」と説明。協会は処分が明ける5月の夏場所後に伊之助の辞職願を受理するため、伊之助は今後土俵に上がらず、角界を去ることになる。師匠は「ただただ残念。仕方がない」と無念の表情だった。

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新十両の水戸龍が白星発進「緊張で覚えていない」

初日を白星で飾った水戸龍(撮影・小沢裕)

<大相撲初場所>◇初日◇14日◇東京・両国国技館


 新十両で東十両13枚目の水戸龍(23=錦戸)が、関取デビューをうれしい白星で飾った。

 再十両で西十両12枚目の栃飛龍(30=春日野)と対戦。立ち合い、左で張って右をのぞかせようとしたが入らず、今度は突きで攻撃。相手を突き放し、適度な距離を置いて押し込み、最後は突き出した。

 日大時代にアマ横綱と学生横綱に輝き昨年夏場所、幕下15枚目格付け出しで初土俵。所要4場所で新十両昇進を果たした。地力は十分で、この日は「相手の突きが強いので、突かれても下がらないようにと考えてました。あと(の取り口)は緊張で覚えてないです」とモンゴル出身33人目の関取は、初々しく答えた。

 関取の象徴ともいえる締め込みは、鮮やかなオレンジ色。思い入れでもあるのかと思いきや「本当は赤を頼んだんですが、向こう(発注した業者)のミスで(オレンジになった)。高校でも大学でも『勝ちの色は赤』と教えられ、大学の時のタオルも赤だったんです」と予期せぬハプニングに見舞われていた。

 そんな土俵外での想定外の出来事も何のその、189キロの恵まれた体を、関取デビュー戦で存分に発揮した。「その日の相撲に負けないようにしようと、それだけを考えて『あと何番』とか考えずに取りたい」。怖いものなしの勢いで、残りの土俵に臨む。

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式守伊之助が辞表、3場所出場停止…夏場所後に受理

理事会に出席した式守伊之助(撮影・鈴木正人)


 セクハラ行為が判明した立行司の第40代式守伊之助(58=宮城野)が、再び土俵に立つことなく角界を去る。日本相撲協会は13日、東京・両国国技館で臨時理事会を開き、初場所(14日初日)から3場所出場停止を決めた。伊之助から辞職願を預かり、処分が明ける5月の夏場所後に受理する。その間は無給で自宅謹慎。立行司は不在となり、三役格行司が代行する。また所属部屋の師匠である宮城野親方(元前頭竹葉山)と、巡業部長を兼任する春日野広報部長(元関脇栃乃和歌)も厳重注意を受けた。

 現役最高位の責任は重かった。出席者によると、臨時理事会に呼ばれた伊之助はセクハラ行為を認め「協会、ファンの方に対して申し訳なく思っております。10代の行司に対して大変申し訳なく思っております」などと謝罪を繰り返したという。その場で辞職願が提出された。

 会見に臨んだ八角理事長(元横綱北勝海)は「反省する時間を与えたい。本人にもこの間に反省するようにと伝えた」と述べた。3場所出場停止の処分が明けた5月の夏場所後の定例理事会で受理する。その間は自宅謹慎で、再び土俵に立つことはない。

 あらゆる業務に携わることのできない、前例のない「業務停止」に近い処分を、無給で受けるという極めて厳しい処分となった。もともと不在の木村庄之助とともに立行司が完全に不在となるため、日々の業務から伝統まで代役を務める三役格行司では知らないこともある。最低限の引き継ぎなどは自宅でできるよう「出場停止」になったという。

 過去に木村庄之助と式守伊之助が相次いで定年退職した94年初、春場所など、立行司不在の例はあった。だが不祥事による出場停止が絡んで、立行司が不在となるのは極めて異例。元横綱日馬富士関の暴行事件に続いて世間を騒がせ、八角理事長は「このたびは暴力問題に続きまして、伊之助の不祥事がありまして、誠に申し訳なく思っております」と頭を下げた。

 今回のセクハラ行為は、冬巡業中の昨年12月16日に沖縄・宜野湾市で、泡盛で泥酔した伊之助が10代の若手行司に数回キスし、胸を1回触ったもの。行司会監督の木村寿之介(友綱)と木村要之助(東関)の幕内格行司が協会に報告した。さらにホテル内で夕食後に、寿之介の部屋に移った2次会の後で起きたなど補足した。八角理事長は「伊之助は立行司で58歳という年齢を考えても本人の責任が重い」と断言。終始厳しい口調で話した。

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