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グレート小鹿・シマ重野ベルト奪回「前進止めない」

新潟タッグ王座選手権で王者組を破って王座奪回に成功したグレート小鹿(右)とシマ重野

新潟プロレスの新潟市東区プラザホール大会が26日行われ、メインの新潟タッグ選手権で、挑戦者で前王者のグレート小鹿(78=大日本)シマ重野(新潟プロレス)組が、河上隆一、菊田一美の王者組を破り、ベルト奪回を果たした。

前回、6度目の防衛を阻まれた小鹿組は「今回奪回できないと年越しができない」と悲壮な決意で王者組に挑んだ。両者譲らぬ激戦の末、最後は14分03秒、小鹿が首固めで菊田を破り、王座を取り戻した。試合後、現役最高齢で再びベルトを手にした小鹿は「自分の体がはっきり言って自分が思うほど動いてくれませんでした。でも、やっと年末に戻ってきたベルトをながめながら、今夜は重野選手と喜びの祝杯をあげています。私には、ギネスブックに世界最高齢のベルト保持者として載るという使命があり、前進を止める訳にはいきません。来年も、前回できなかった6回連続の防衛を目指し、重野選手と戦っていきます」と話していた。

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78歳グレート小鹿組が王座陥落 ギネスあきらめぬ

グレート小鹿(2019年11月4日撮影)

<新潟&大日本合同興行:新潟大会>◇25日◇新潟市西川多目的ホール

新潟プロレスと大日本プロレスの合同興行が25日、新潟市西川多目的ホールで行われ、メインで行われた新潟タッグ選手権で、王者組のグレート小鹿、シマ重野組は、挑戦者の河上隆一、菊田一美組に敗れ、6度目の防衛はならなかった。

78歳の小鹿は、国内最年長現役レスラーで、これまで5度の防衛に成功。最年長ベルト保持者としてギネス申請も視野に、6度目の防衛に臨んだ。試合は、20分を超す激戦。小鹿も奮闘したが、最後は小鹿が菊田にフォールされ21分34秒に敗れ防衛に失敗した。

試合後、小鹿は「負けました。命を半分持っていかれたような気分です。自分にはギネス申請という目標もあるから、まだまだあきらめない。次のチャンスを期待しながら、またねらいます」と話していた。

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78歳グレート小鹿が9月防衛戦「暴れ回るからな」

防衛戦再開が決まったグレート小鹿(左端)

新潟プロレスは10日、1月以降、新型コロナウイルス感染症のため中断していたプロレス大会を9月12日より再開すると発表。

新潟タッグ王者で世界最年長ベルト保持者のグレート小鹿(大日本)が、78歳になって初の防衛戦を9月13日、新潟市東区プラザ大会で行うことが決定した。9月12日には、新潟無差別級選手権が同市のサントピアガーデンで行われ、王者河上隆一(大日本)に、ビッグ・THE・良寛(新潟)が挑戦する。シマ重野(新潟)と中断前の1月に5度目の防衛を果たした小鹿は、6度目の防衛戦を前に「コロナで大変な思いをしたが、ボクは、それをいい方向に考えている。コロナのおかげで、ギネス記録認定を目指す最年長防衛記録が1歳伸びたからね。新潟プロレスも大日本プロレスもコロナには負けない。ボクも、どんどん防衛記録を伸ばして、リングの上で暴れ回るからな。ワッハッハ」と意気盛んだった。

防衛戦再開が決まったグレート小鹿(左端)
防衛戦再開が決まったグレート小鹿(左端)

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水の代わりに消毒液まき散らす 大日本25周年大会

アブドーラ・小林に勝利した伊東は割れた蛍光灯だらけのリングでポーズを決める(撮影・足立雅史)

〈大日本:旗揚げ25周年記念大会〉◇16日◇神奈川・横浜文化体育館

大日本プロレスが16日、横浜文化体育館で旗揚げ25周年記念大会を行った。新型コロナウイルス感染拡大の影響でスポーツイベント自粛の波が広がる中、同団体は「止まったらつぶれてしまう」(団体スタッフ)という経済的事情から、2月末に政府が自粛要請を出した後も興行を継続。ちょうど旗揚げ25年目となるこの日も決行した。

同団体は、観戦を控える人のため2月24日から3月21日までの6大会チケットを払い戻しではなく、年内興行試合への振替で対応。この日までに約150件ほどの申請があった。この日の入りは通常の同会場より数百人少ない1085人。

感染予防のため、来場者や報道陣にマスク着用を求めるほか、入場時にはスタッフが1人1人に手の消毒を施した。通常閉めてある2階客席後方の窓も換気のために開けられ、寒風吹き込む中で試合が行われた。

第2試合の6人タッグマッチでは、常に水を使って大暴れするバラモンシュウ、ケイのバラモン兄弟がマスク着用で自粛モード。口から「バラモン水」を噴射しない代わりに、手に持った消毒液を客に向かってまき散らした。

メインのデスマッチヘビー級選手権では、王者アブドーラ・小林(43)に伊東竜二(43)が挑戦。用意された蛍光灯316本をふんだんに使いながら流血戦を展開。リングに大量の破片が散らばる中、最後は、伊東が寝かせた小林の上に蛍光灯の束をのせ、その上にコーナーからドラゴンスプラッシュを決め、3カウント奪取。3年8カ月ぶり、7度目の戴冠を果たした。

思わぬ状況で訪れた記念日。デビュー20周年イヤーでもある伊東はマイクで複雑な思いを語った。「たくさんのご来場ありがとうございます。いま世の中が大変なことになっています。きょうもゴングが鳴るまで不安でいっぱいでした。きょう来ないという選択をした人もいると思います。それも勇気のある決断。きょう会場に来た方も勇気のある決断」と、ファンそれぞれの思いに感謝した。

大日本は現在自社トラック3台が故障。買い直す資金がなく2月に募金を始めたばかりだった。そこにコロナウイルス感染拡大が重なり、団体存続の危機を迎えている。伊東は「プロレスを見て、免疫力をつけましょう!自粛、自粛でストレスためてる暇ないでしょ!」と観客を元気づけ、さらに「大日本はいま最大の危機を迎えています。それを乗り越えていくためにも自分はがんばる。みなさんの力が必要です」と呼びかけた。

アブドーラ・小林(左)に蛍光灯を激しく投げつける伊東(撮影・足立雅史)

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大日本プロレス「ただでさえ危機」記念大会を決行

マスク姿で試合を見つめるファン(撮影・足立雅史)

大日本プロレスが16日、横浜文化体育館で旗揚げ25周年記念大会を行った。

新型コロナウイルス感染拡大の影響でスポーツイベント自粛の波が広がる中、同団体は「止まったらつぶれてしまう」(団体スタッフ)という経済的事情から、2月末に政府が自粛要請を出した後も興行を継続。ちょうど旗揚げ25年となるこの日も決行した。

観衆は通常の同会場での入りより数百人少ない1025人。感染予防のため来場者にマスク着用を求めるほか入場時にはスタッフが1人1人に手の消毒を施した。2階窓も換気のために開けられ、寒風吹き込む中で試合が行われた。

メインのデスマッチヘビー級選手権では、王者アブドーラ・小林(43)に伊東竜二(43)が挑戦。蛍光灯316本を使った激しい攻防の末、伊東がドラゴンスプラッシュで勝利し、7度目の王座に返り咲いた。伊東は来場者に「プロレスを見て、免疫力をつけましょう! 自粛、自粛でストレスためてる暇ないでしょ!」と元気づけ、さらに「今、大日本プロレスは最大の危機を迎えています。みなさんの力が必要です」と呼びかけた。

大日本は現在自社トラック3台が故障して買い直しが必要な状態。その上で新型コロナウイルスによる集客不足の危機が重なった。伊東は「大日本はただでさえ危機の状態なのに、でかい波が来た。何とかこれを乗り越えなければ」と前を向いた。【高場泉穂】

コーナーポストから水素水をまくバラモン・ケイ(撮影・足立雅史)
場内のガチャガチャの横にも消毒液が置かれた(撮影・足立雅史)

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ゼロワン大谷「生き様見せる」両国国技館で記念大会

両国国技館での旗揚げ20周年記念大会を発表したゼロワンの大谷晋二郎(撮影・高場泉穂)

<ゼロワン:後楽園大会>◇1日◇東京・後楽園ホール

プロレスリング・ゼロワンが1日、21年3月14日に両国国技館で旗揚げ20周年記念大会を行うと発表した。

同会場は、01年3月2日に旗揚げ戦、11年3月6日に10周年記念大会を行った縁深い場所。1日の19周年記念大会の試合後、スクリーンで10年ぶりの両国進出が発表されると、大きなどよめきが起こった。

ゼロワンを率いる大谷晋二郎(47)は「どんな状況だって、両国で何度でも立ち上がる男の生き様を見せてやる!」と宣言した。

新型コロナウイルス感染拡大の影響で、興行を中止、延期する団体もある中、ゼロワンは経営的に中止が難しい状況にある。沖田レフェリーは「ぼくらは止まったら、つぶれちゃうんです!」と本音を明かした。 観衆は682人。セミの田中将斗、杉浦貴(ノア)組対関本大介、岡林裕二(ともに大日本)組のスペシャルタッグマッチは、激しい肉弾戦となり30分ドロー。メインの世界ヘビー級タイトル戦では団体生え抜きの佐藤耕平が、王者火野裕士を破り、王座奪還。熱い試合の連続に会場は何度も沸いた。

大谷は「もちろん反対意見があるとは思うが、正解はない。会場に見にきてくださる方がいる限り、満足させたい、明るい話題を届けたいという思いでやりました。試合後には、涙を流して『やってくれてありがとう』と言ってくださる方もいた。喜んでくれる方がいたのが何よりうれしい」といま試合をすることへの、複雑な思いを語った。

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“過激な仕掛け人”新間会長「コロナふっとばす」

リアルジャパンの会見でコロナウイルスに関する持論を語った新間寿会長(中央)。左は藤田和之、右はスーパータイガー

猪木対アリ戦を実現させた昭和プロレスの“過激な仕掛け人”ことリアルジャパン新間寿会長(84)が26日、都内の帝国ホテルで行われた3月19日後楽園大会に向けた会見に出席。「どんなことがあっても興行はやる。コロナウイルスなんかふっとばす」と宣言した。

この日は3・19のメインカードが発表された。リアルジャパン主宰者である初代タイガーマスクこと佐山サトルの弟子、スーパー・タイガーと大日本のエース関本大介(39)が組み、リアルジャパン第14代レジェンド王者藤田和之(49)、初参戦のノア杉浦貴(49)組が対戦する。この4人とともに会見の席に並んだ新間会長は豪華な顔ぶれに満足げ。だが、決定カードへの感想を問われると、厳しい表情で真っ先に新型コロナウイルスについて言及した。「今は相撲、ゴルフ、サッカー、野球…。いろんなところでコロナウイルスのために(イベント)中止、観客を入れない。そういうことでいいのか。日本がこんな元気のない国になってどうするんだ!」とイベント自粛ムードに否定的な意見を示した。さらに「この4人がコロナウイルスをはね返し、進むべき日本の道を作ってくれるのではないか。コロナウイルスをふっとばすのは3・19リアルジャパン後楽園大会であります」と威勢良く持論を展開した。

ただ、3・19後楽園大会では感染対策に努める。平井社長は、来場者にあらかじめマスク着用と手の消毒を薦めるほか、配布分のマスクも用意すると説明した。

3月19日のリアルジャパン後楽園大会に向けた会見に出席した選手ら。左から杉浦貴、藤田和之、新間寿会長、スーパー・タイガー、関本大介、平井丈雅社長

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ケンドー・ナガサキさん死去、デスマッチ戦線をけん引

バラ線パーフェクトホールデスマッチに臨むケンドー・ナガサキさん(1995年3月16日撮影)

「ケンドー・ナガサキ」のリングネームで知られるプロレスラー桜田一男さんが亡くなったことが13日、分かった。71歳だった。死因は不明。元所属先の大日本プロレスによれば、12日に千葉の自宅で亡くなっているところを知人に発見されたという。

桜田さんは64年に大相撲立浪部屋で初土俵を踏み、71年に日本プロレスでデビュー。70年代後半から80年代にかけて米国で落武者姿のヒールレスラーとして活躍した。95年には大日本旗揚げに参加。同団体デスマッチ戦線をけん引するだけでなく、総合格闘技にも挑戦。プロレス界「ケンカ最強」と言われてきた。

この日の大日本後楽園大会では、10カウントゴングでの追悼が行われ、試合中は遺影がリングサイドに飾られた。グレート小鹿会長(77)は「彼の協力がなかったら、今の大日本はない」と感謝。米国に子どもはいるが、日本では独り身だったと明かし、「もし親戚、知り合いの方ががいれば大日本まで名乗り出てほしい。あらためてお別れの会を開きたい」と話した。140キロの巨体を誇るデスマッチエース、アブドーラ小林(43)は「入門時に体重75キロだったのが数カ月で100キロまで増えたのは竹刀を持ちながらちゃんこを食わせてくれたおかげ」と故人をしのんだ。

かつて米国で生活をともにした武藤敬司(57)は「若手時代に海外で大変お世話になり、本当に良くして頂きました。実は自分がプロデュースする大会にも来て頂こうと構想があったのですが…、残念です」。角界の同期でともにSWS旗揚げメンバーだった元プロレスラー天龍源一郎(69)氏は「あまりにも早すぎる訃報に、あんなに頑丈な人がと思うと残念でなりません」と急逝を悼んだ。

◆ケンドー・ナガサキ 本名桜田一男(さくらだ・かずお)1948年(昭23)9月26日、北海道網走市生まれ。中学卒業後、大相撲立浪部屋に入門。1971年(昭46)に日本プロレス入門。同年6月27日、戸口正徳戦でデビュー。73年の団体解散後に全日本入りし、76年から米マットなど海外で活躍。81年にケンドー・ナガサキとなる。90年にSWS旗揚げに関わり、NOWを経て、95年に大日本旗揚げに参加。98年に退団し、フリー。188センチ、120キロ。

13日後楽園ホールで行われた大日本プロレス後楽園大会では、創設メンバーだったケンドー・ナガサキさんの遺影がリングサイドに飾られた(撮影・高場泉穂)
ケンドー・ナガサキさんの思い出を語る大日本プロレスグレート小鹿会長(撮影・高場泉穂)

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ケンドー・ナガサキさん死去「ケンカ最強」71歳

13日後楽園ホールで行われた大日本プロレス後楽園大会では、創設メンバーだったケンドー・ナガサキさんの遺影がリングサイドに飾られた(撮影・高場泉穂)

プロレスラーのケンドー・ナガサキさん(71)が亡くなったことが分かった。

13日、かつて所属した大日本プロレスがツイッターで「先日、大日本プロレスの旗揚げメンバーであるケンドー・ナガサキさんがお亡くなりになられました。謹んでケンドー・ナガサキさんのご冥福をお祈りいたします」と伝えた。

東京・後楽園ホールで行われた興行には遺影も飾られ、かつて「ケンカ最強」とおそれられた実力者の突然の訃報を悼んだ。

◆ケンドー・ナガサキ 本名桜田一男(さくらだ・かずお)1948年(昭23)9月26日、北海道網走市生まれ。中学卒業後、大相撲立浪部屋に入門。1971年(昭46)に日本プロレス入門。同年6月27日、戸口正徳戦でデビュー。73年の団体解散後に全日本入りし、76年から米マットなど海外で活躍。81年にケンドー・ナガサキとなる。90年にSWS旗揚げに関わり、NOWを経て、95年に大日本旗揚げに参加。98年に退団し、フリー。188センチ、120キロ。

ケンドー・ナガサキさん

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新潟プロレス結成10周年 大日本と提携記念戦も

新潟プロレスのトップレスラー・シマ重野(2016年11月7日撮影)

新潟県を拠点に活動するプロレス団体の新潟プロレスが今年で結成10年目を迎えた。

メモリアルイヤー最初の大会は大日本プロレスとの提携を記念した「新潟プロレス×大日本プロレス提携6周年記念大会」で、19日に新潟市西川多目的ホールで行う。新潟プロレスのトップレスラー・シマ重野(46)、大日本プロレスの人気者アブドーラ・小林(43)、河上隆一(31)がこのほど共同で大会のPRを行った。3人ともメインとセミファイナルでタイトルマッチに出場。気持ちの入ったファイトを誓った。

   ◇   ◇   ◇

新潟と大日本の提携記念大会は新春恒例の開催。15年から始まり、6回目の今回は初めてメインとセミファイナルでダブルタイトルマッチを行う。メインは新潟タッグ選手権。シマ重野と大日本の会長で新潟プロレス顧問でもあるグレート小鹿(77)の王者組が、アブドーラ小林・星野勘九郎(44)組の挑戦を受ける。セミファイナルは新潟無差別級選手権。王者で新潟プロレスのマスクマン、ビッグ・THE・良寛が、大日本のホープ、河上と対戦する。

重野は「小鹿さんのためにも負けられない一戦」。小鹿はタイトルホルダーとしては世界最高齢レスラー。防衛に成功後、ギネスブックに申請することも考えているという。ただ、小鹿の弟子でもある小林は「阻止することが恩返し」ときっぱり。「自分はプロ生活25年。最初はただ働きだった。積年の恨みもあるからね」と笑う。

セミを戦う河上は「良寛選手とは3年前に対戦してボコボコにしている」と自信を見せる。「タイトルを取って新潟にセカンドハウスを持ちたい」。自身の個人初タイトル獲得で、新潟でのファン拡大を図る。

大日本の新潟開催に重野が参戦したことが縁で提携がスタート。首都圏の人気団体との交流に重野は「プロレスそのものだけでなく、興行面などたくさん学ばせてもらった」と感謝を忘れない。新潟は今年で結成10年目。アオーレ長岡など大規模ホールでの興行や、定期的に大会を開催する市町村が増え、注目度は上がった。J2新潟、B1新潟の試合前にイベントマッチを行うなど活動の場も広がった。大日本の好影響が形になっている。

小林、河上も「真面目にプロレスに取り組んでいる」と新潟に好印象を持つ。「メイン、セミで初めて新潟対大日本という構図をつくることができた。充実したものにする」。重野は中身の濃い試合を約束した。【斎藤慎一郎】

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77歳グレート小鹿3度目の防衛成功「80歳まで」

グレート小鹿(2008年12月18日撮影) 

<新潟:村上大会>◇24日◇村上市民ふれあいセンター

国内最年長現役レスラーのグレート小鹿(77=大日本)が24日、新潟プロレス村上大会で、新潟タッグ王座の防衛戦を行い、3度目の防衛に成功した。

小鹿はシマ重野と組んで、MAZADA、KAZUMA SAKAMOTO組と対戦。激戦の末、21分20秒、小鹿がチョークスラムからの体固めでMAZADAからフォール勝ちした。小鹿は4月に同タイトルの初代王座決定戦に勝利して、77歳、喜寿での王座獲得という国内最年長記録を更新していた。小鹿は「77歳でもワシはまだまだやれる。こうなったら80歳まで防衛してやる」と鼻息荒く語っていた。

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関本大介が記念タッグで白星 相棒ウォルターに感謝

関本、ウォルター組対岡林、火野組 デビュー20周年試合に勝利しウォルター(左)と握手を交わす関本(撮影・滝沢徹郎)

<大日本:両国大会>◇4日◇両国国技館

“マッスルモンスター”関本大介(38)のデビュー20周年記念タッグマッチが行われた。関本は盟友の現WWE・UK王者ウォルターと組み、岡林裕二、火野裕士組と対戦。巨体の4人が体をぶつけ合う超肉弾戦の中、岡林にジャーマン、ラリアットとたたみかけ、ゆっくりと時間をかけた二段階式原爆固めで勝負を決めた。

関本は「最高のパートナー。この巨体を生かして暴れ回ってビッグバンを起こしてくれた。お客さんの反応が答えじゃないですか。サンキュー」と、わざわざ来日してくれた相棒に感謝した。ウォルターは「10年以上前にドイツで知り合い、その時から刺激的な相手だった」と関本をたたえ、「WWE・UK王者として日本のファンの前で試合ができて感謝している」とうれしそうに話した。

関本、ウォルター組対岡林、火野組 岡林(下)にさそり固めを決める関本(撮影・滝沢徹郎)
岡林(左)にえんずい蹴りを放つ関本(撮影・滝沢徹郎)

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木高イサミ4度目防衛「頼もしい友」挑戦宮本に感謝

木高対宮本 防衛に成功した木高(左)は宮本と握手を交わす(撮影・滝沢徹郎)

<大日本:両国大会>◇4日◇両国国技館

BJW認定デスマッチヘビー級選手権が行われ、王者木高イサミ(38)が14年間「ヤンキー二丁拳銃」コンビを組む相棒宮本裕向(37)の挑戦を退け、4度目の防衛を果たした。

形式は4ボード、ギガラダー(巨大はしご)デスマッチ。リングの四隅に置かれた4種の凶器ボードを使用しながら死闘を繰り広げ、10分過ぎたところで宮本がギガラダーを投入。先に上った木高を、反対側から宮本が上り、最上段から雪崩式ブレーンバスターを決めた。木高も負けじと最上段からダイビングダブルニードロップを決め、3カウントを奪った。

試合後、木高は次の挑戦者にアブドーラ・小林を指名。12月18日横浜文体大会で新調する鉄檻を使って防衛戦をすると提案。小林も「ドームは(新日本プロレスの)棚橋、文体は小林だ」と連呼し、やる気をアピールした。

さらに木高は「10何年間、同じリングで血を流し続けている。こんな頼もしい友達、他にいませんよ」と相棒宮本に感謝。宮本も「その気持ちはおれも一緒だ。ありがとう」と返し、大団円でメインを締めた。

木高対宮本 流血しながらにらみ合う木高(左)と宮本(撮影・滝沢徹郎)
木高対宮本 宮本(奥)から有刺鉄線の上に叩き付けられる木高(撮影・滝沢徹郎)

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「デスマッチドラゴン」伊東竜二20周年記念で勝利

伊東、佐々木組対葛西、佐久田組 デビュー20周年試合に勝利し佐々木(右)から勝ち名乗りを受ける伊東(撮影・滝沢徹郎)

<大日本:両国大会>◇4日◇両国国技館

“デスマッチドラゴン”伊東竜二(43)のデビュー20周年記念凶器持ち込みタッグデスマッチが行われた。

伊東は元大日本でライバルとしてしのぎを削ってきた佐々木貴と組み、宿敵である“カリスマ”葛西純、デスマッチ界のホープ佐久田俊行組と対戦。デスマッチ界をけん引してきたベテラン3人に、最も勢いのある佐久田を加えた一戦は、血まみれの死闘となった。ノコギリボード、剣山、植木鉢などさまざまなアイテムで痛めつけあう中、佐久田は5メートルはあるとみられる入場口へ移動。そこから飛んでスワントーンボムで攻めるところが目測を誤り、床に誤爆。腰を打って、一瞬会場がざわついた。

佐久田が無事リングに戻ると、さらに過激さは増した。伊東が注射器を持ち込むと、佐久田がそれを奪い、伊東と佐々木のほほに突き刺す。さらに佐久田が金属の魚串を持ち込むと、今度は伊東らが奪って佐久田、葛西のほほを貫く。4人ともほほに鋭利物が刺さった地獄絵図となった。最後は伊東と佐々木の連係が光り、伊東が佐久田にドラゴンスプラッシュを決めて勝利した。

試合後、伊東は永遠のライバル葛西と握手。「20年いろんなことがありました」としみじみとプロレス人生を振り返り、「20年は通過点。40、50年、いやグレート小鹿を追い越すまで頑張りたい」と77歳でいまだ現役の小鹿を超えるまで現役を続けると約束した。

伊東、佐々木組対葛西、佐久田組 佐久田(奥)にフォークで耳を切られる伊東(撮影・滝沢徹郎)
伊東、佐々木組対葛西、佐久田組 佐久田(下)をドラゴンスプラッシュで仕留めた伊東(撮影・滝沢徹郎)

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橋本真也さん長男大地、兄貴分破り2年ぶり王者奪還

新王者となりうれし涙を流す橋本(撮影・滝沢徹郎)

<大日本:両国大会>◇4日◇両国国技館

BJWストロング王座選手権が行われ、故橋本真也さんの長男で挑戦者の橋本大地(27)が王者佐藤耕平を下し、17年以来2年ぶり2度目の王者に返り咲いた。

11年にゼロワンでデビューし、16年から大日本所属の橋本にとって佐藤は兄貴分。厳しい蹴りをくらうなど力を見せつけられたが、何度も雄たけびをあげ向かっていき、最後はライジングDDTで3カウントを奪った。リング上で佐藤に抱擁されると感極まって涙した。

バックステージでは涙の理由を「いろんなもの全部だよ」と語り、「ベルト取れたことはうれしかったけど、耕平さんに、なんだろ、試合していて取ったのにありがとうって言いたくて、抱きしめられた瞬間にダメだったな」と振り返った。

大日本のストロング戦線は関本大介、岡林裕二をはじめ強敵ぞろいだが、「あの人から取ったからにはめちゃくちゃ防衛したい」。前回戴冠時は2度防衛の後陥落。今度は、心身ともに成長した姿で長期政権を目指す。「最初にとった2年前より、落ち着いて試合出来ているし、2年前の俺と違うところを、頭はって見せていかないといけない」と新王者としての決意を示した。

敗れた佐藤は「負けてくやしいんですけど、終わってあいつが立っているのを見てちょっとうれしくなっちゃった。親じゃないのに、親心みたいなの出てきちゃいました」と思いを語った。

佐藤対橋本 新王者となった橋本(右)は佐藤と抱き合いうれし涙を流す(撮影・滝沢徹郎)
佐藤対橋本 佐藤(左)にシャイニングウィザードを見舞う橋本(撮影・滝沢徹郎)

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橋本大地と激闘の師匠感慨「似てきたな、あの人に」

橋本大地のキック攻撃をこらえる大谷晋二郎(左)(撮影・丹羽敏通)

<ゼロワン:奉納プロレス>◇26日◇東京・靖国神社相撲場

靖国神社創設150周年記念で第17回目となるゼロワンの「奉納プロレス」が行われ、元ゼロワンの橋本大地(27=大日本)が約5年半ぶりに靖国のリングに戻り、元師匠の大谷晋二郎(47)とシングルで対戦。激闘の末、30分引き分けとなった。

師匠大谷超えまであと1歩だった。橋本は11年にゼロワンでデビューし、14年に退団。16年から大日本で活動している。大谷とは過去何度もシングルで対戦しているが、ゼロワンを去ってからの一騎打ちは初めて。「うぉー」と叫びながら強烈な蹴りやエルボーで攻めたて、さらにコーナーに自ら座り込んで大谷の得意技「顔面ウォッシュ」を求めるなど、堂々と師匠に向かっていった。残り1分をきって、大谷にジャーマン、ドラゴンスープレックスを連続で決められるがいずれも返し、シャイニングウィザードを決める。だが、大谷に返され、時間切れとなった。

試合後、橋本は「ねちっこいというか、しつこかったね。勝ちを譲ってくれないし。やっぱすごいと思ったよ」と大谷の力をあらためて実感。「ゼロワンのお客さんや大谷が求めるのであればまたいつでも」と再戦を希望し、「その時はしっかり(カウント)3を取って、大谷晋二郎超えをします」と誓った。

一方の大谷は「あいつをデビュー前から見て、3年ずっと側で見て、ともにリングにあがっていた俺としては浸っちゃうよ思い出に…」と目を赤くした。そして「デカくなったな、あいつ。似てきたな、あの人に。太り方も、腹の出方も。胸の筋肉の付き方も。大地がほえる表情があの人に見えて、たまらなかった」と父である故橋本真也さんの姿を重ねて、さらに涙ぐんだ。

橋本大地をスープレックスで投げる大谷晋二郎(下)(撮影・丹羽敏通)
橋本大地を関節技で攻める大谷晋二郎(上)(撮影・丹羽敏通)

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グレート小鹿 タッグ王座守る「80歳まで防衛を」

新潟タッグ王座の2度目の防衛に成功したグレート小鹿(左)とシマ重野

国内最年長現役レスラーのグレート小鹿(77=大日本)が11日の新潟プロレス「アイスリボン新潟大会」で、新潟タッグ王座の防衛戦を行い、防衛に成功した。シマ重野と組んで2度目の防衛戦に臨み、ビッグ・THE・良寛、前田誠組と対戦。激闘の末13分15秒、重野が前田から3カウントを奪い勝利した。

4月28日、77歳の喜寿の誕生日に初代王座決定戦で獲得したベルトを守った小鹿は、防衛戦から一夜明けた12日、日刊スポーツのインタビューに答え「お客さんの応援がものすごくて、オレたちの背中を押してくれた。77歳と4カ月で年長ベルト保持記録を更新したけど、まだまだ。こうなったら、80歳まで防衛を続けてやる!」と鼻息荒く宣言した。

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グレート小鹿「ボクらの見本だった」レイスさん悼む

グレート小鹿(08年12月撮影)

「ケンカ早い男だったけど、ケンカしたら仲良くなる、人間くさい男だったなあ」。国内最年長の現役プロレスラー、グレート小鹿(77=大日本)が、1日(日本時間2日)に76歳で亡くなった米国の名レスラー、ハーリー・レイスさんを悼んだ。

小鹿が1968年から米国で活躍していたころ、カンザスシティーのレイスさんに呼ばれてデトロイトから試合をするために出かけたという。試合が終わって、ギャラをもらう際に、事前のオファーで提示された額より安く、口論になったという。「そのときにケンカしてね。お客が思ったほど入らなかったからとか言い訳していた。まあ、自分の会社を守りたかったんだろう。怒って長距離バスのに10時間ゆられて帰ったことを覚えているよ」。

しかし、その後も米国で試合に呼ばれる機会があり、付き合いは続いた。「全米を渡り歩いているから、レスラーの移動の情報や、その土地のトップは誰かなどの情報をボクらにいろいろ教えてくれた」と、小鹿が米国各地を転戦する際の情報源として役に立ったという。

日本では、ジャイアント馬場との戦い、ジャンボ鶴田との対戦がファンを熱狂させた。「ブレーンバスターで相手を高々と持ち上げて、お客さんが1、2、3と時間をカウントするのは、レイスが初めてやったんじゃないかな。リング上に、いつも新しいアイデアを持ち込んで、お客さんを喜ばせるのが好きだった。プロとしてボクらの見本だったよ」。

プロレスラーとして米国でも日本でも人気者だった。「彼は日本でも米国でもトップを取る選手。正真正銘のメインイベンターだった。また1人、昔の仲間がいなくなった。寂しいよ」と小鹿は、故人をしのんだ。

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大日本「鉄檻」20年の歴史に幕 黄金の雨を再現

大日本プロレスの鉄檻ラストデスマッチ。アブドーラ・小林(右)は味方の宇藤ごと3人まとめて檻にぶちこんだ

<大日本:後楽園大会>◇30日◇東京・後楽園ホール

約20年の歴史を誇るデスマッチアイテム「鉄檻」が最後の役目を終えた。

ラスト鉄檻マッチは、木高イサミ、宮本裕向の「二丁拳銃」コンビ対「小林軍団」宇藤純久、アブドーラ・小林組のデスマッチタッグ戦。アブ小は、整然と蛍光灯が並べられた鉄檻の中に、味方の宇藤も含めた3人をまとめて檻にぶちこみ、蛍光灯をすべてクラッシュ。巨体をよろめかせながら、ぼろぼろの檻のてっぺんに上り、宮本に対しダイビングバカチンガーを狙ったが空振りに終わった。今度はイサミが檻の上にのぼり、蛍光灯の中に仕込んだ画びょうをばらまく。“黒天使”沼澤邪鬼が06年6月に考案した伝説の「黄金の雨」を再現。さらに宇藤を抱えながら檻から豪快にフランケンシュタイナーを決めた。最後はイサミが、解体した檻の上にブレーンバスターでたたきつけ、勇脚・斬with蛍光灯で3カウントを奪った。

8月に行われるデスマッチ王者イサミと、挑戦者宇藤の前哨戦でもあったが、この夜の主役は鉄檻だった。試合後は観客席から鉄檻コールが起きた。二丁拳銃の2人は檻をリングの中央に移動。10カウントで見送った。イサミは「(檻が)ぐらぐらで、上から飛べねえかと思った。でも最後まで鉄檻先輩は耐えてくれました」と檻をねぎらった。

鉄檻は大仁田厚が設立したインディー団体FMWが使用していたもので、同団体が解散する際に大日本に受け継がれた。以来20年超使い続け、いまではボロボロ。これまで何度も修理しながら使い続けてきたが、来年の団体設立25周年にあわせ、クラウドファンディングで資金を集め、新しく作り変えることとなった。

登坂社長はクラウドファンディングを実施する理由について、「鉄檻は私が作った、とみなさんに後々まで酒を飲むときに思い出話をしてほしいから」と語る。30日の段階で約80万円集まっており、残り58日で目標の100万円達成を目指す。試合での使用はこの日が最後だが、11月4日の両国国技館大会では鉄檻とのお別れ会を行う。また、12月18日の横浜文体大会で新鉄檻をお披露目する予定だ。

大日本プロレスの鉄檻ラストデスマッチ。木高イサミは鉄檻の上から、蛍光灯の中に仕込んだ画びょうをふりまき、黄金の雨を降らせた
大日本プロレス鉄檻ラストデスマッチ。木高イサミ(左)は鉄檻の上で宇藤純久にブレーンバスター

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77歳グレート小鹿が王座防衛、新潟プロレス顧問に

グレート小鹿(08年12月撮影)

最年長ベルト保持記録を持つグレート小鹿(77=大日本)が23日、新潟プロレスの豊照大会で、新潟タッグ王座の防衛に成功した。

小鹿は、シマ重野と組み、ビッグ・THE・良寛組と対戦。25分25秒に重野が良寛を仕留め勝利した。小鹿は、新潟プロレスから顧問就任を要請されていたが、これまで初防衛ができてからと固辞。防衛したことで「顧問就任を引き受けさせていただきます」と宣言した。

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