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御嶽海「素早さつくかと」自粛中ミット打ち稽古開始

御嶽海(2019年9月22日撮影)

大相撲の関脇御嶽海(27=出羽海)が6日、AbemaTV放送の「大相撲ABEMA場所~記憶に残る名勝負100連発~ 三日目」にリモートで生出演した。都内の部屋から出演したといい、自粛生活が続く近況について「やることがなさすぎて稽古しかない」と明かした。7月場所(19日初日、東京・両国国技館)に向けて、まだ対人の稽古は始めていないが「基礎運動はしっかりやれている」と御嶽海。体をじっくりつくっている。

ステイホームが続き、新たな取り組みも始めた。「体を動かすのが好きなので、たまにミット打ちをする」。ストレス発散も兼ねて、グローブを購入して汗を流しているという。「俊敏性というか、体を動かすので素早さがつくかなと思ってやっている」と狙いを語った。

4月の番付発表で、昨年九州場所以来3場所ぶりとなる三役復帰を果たした。3月の春場所後、同じ学生相撲出身で年下の朝乃山が大関昇進。自身も長年大関候補と呼ばれているだけに、7月場所を大関とりの足がかりとしたいところ。「(ファンを)何回もがっかりさせている。後輩の朝乃山関にも先を越されてしまったので、のんびりはできない」と危機感を募らせた。

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貴景勝に花田氏驚き、故障時心境からお笑いまで語る

貴景勝(2020年1月25日撮影)

大相撲の大関貴景勝(23=千賀ノ浦)が6日、AbemaTV放送の「大相撲ABEMA場所~記憶に残る名勝負100連発~ 三日目」にリモートで生出演した。3代目元横綱若乃花の花田虎上氏と初共演。前師匠、元横綱貴乃花の兄に自粛生活が続く近況について問われ「相撲につながる栄養学、睡眠学を勉強している」と話し、花田氏を感嘆させた。

昨年は華々しく大関昇進を果たした一方で、右膝負傷の影響による2場所連続の休場で、関脇陥落も経験した。花田氏に「けがのトレーニング方法についてお話はできないと思うが、若い子どもたちに、けがをしてこんなモチベーションで頑張ってほしいという気持ちを教えていただけますか」と質問されると、貴景勝は「今まで自分はけがして休場したときもあったが、治した瞬間に強くなる時期が何度もあった。去年もけがで大関に落ちたときも、9月(秋場所)復帰したときも自分の弱さに気づいた。『我に怪しい』と書いて『怪我』。自分の弱いところを認めるいい時間だった。自分にとってネガティブなことが起こったときに、精神的な強さが得られると思う」と回答。自身の相撲道を語った。

「武士道精神」を重んじ、土俵上では一喜一憂しないことで知られる貴景勝だが、土俵外での振る舞いについて話題が及ぶと「普段は無口ではない。まわしを締めたら変えていかないといけない」と説明。土俵内外での切り替えの重要性を強調した。一方で「お笑い番組とかもよく見る」と明かすと、番組MCの清野茂樹アナウンサーに好きなお笑い芸人を問われ「最近はアインシュタインが面白い」と告白。今年4月に東京進出を果たした売れっ子芸人の名前が挙がり、スタジオの花田氏、清野アナウンサーは「おーっ!」と興奮気味に声を上げた。

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涙は隠れて…「横綱白鵬」誕生/夏場所プレイバック

優勝を決め部屋に戻った白鵬はタイを両手に満面の笑み(2007年5月26日)

コロナ禍により大相撲夏場所が中止になり、本場所開催まで待ち遠しい日々が続きます。そんな中、日刊スポーツでは「大相撲夏場所プレイバック」と題し、初日予定だった24日から15日間、平成以降の夏場所の名勝負や歴史的出来事、話題などを各日ごとにお届けします。14日目は、4人目の外国出身力士横綱の誕生です。

<大相撲夏場所プレイバック>◇14日目◇2007年5月26日◇東京・両国国技館

勝ち名乗りを受けた後の土俵下。こみ上げるものを必死にこらえるように、2階席に視線をさまよわせた。「ふーっ」と肩で息すること7回。今度は、乾いた唇をなめながら目を閉じた。

「弱いとこ見せちゃダメ。涙は隠れて出すものなんだ」

貫いてきた哲学そのままに、大関白鵬は心の中で涙を流した。

大関千代大海を寄り切りで破り、無傷の14連勝。2場所連続3度目の優勝を果たし、横綱昇進を確実にした。圧倒的な強さの要因を「もちろん、家族です」と即答。2月に紗代子夫人と結婚し、初日3日前には長女愛美羽(あみう)ちゃんが誕生した。綱取り場所のナーバスな時期。部屋での寝泊まりを勧める周囲に首を横に振った。

「奥さんがいたから、ここまでこれた。頑張って赤ちゃんを産んでくれたから僕が頑張る番なんです」

実は出産後、夫人は体調を崩した。それでも顔色ひとつ変えず土俵を務め続けた。

千秋楽に横綱朝青龍を破り、自身初の全勝優勝を果たした。そして場所後に、日本相撲協会が名古屋場所の番付編成会議と理事会を開き、白鵬の第69代横綱昇進を決定。外国出身力士の横綱は曙、武蔵丸、朝青龍以来4人目で、22歳2カ月での昇進は北の湖、大鵬に次ぐ史上3番目(昭和以降)の若さとなった。

以降、無類の強さを見せ続け、今年3月の春場所で44度目の優勝を果たすなど、横綱昇進から13年たった今も角界を引っ張り続けている。

千代大海を寄り切りで破り優勝を決めた白鵬(2007年5月26日)

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大相撲総選挙 選挙風ポスター第2弾公開

<第9回 大相撲総選挙>

大相撲の人気NO・1力士は誰か? 日刊スポーツ新聞社は第9回大相撲総選挙を実施しています。対象は夏場所番付の幕内力士42人。今回はインターネットのみで投票を受け付けます。投票は6月6日まで。結果は6月上旬の紙面でも発表します。ぜひ好きな力士に投票してください。力士の選挙風画像を順次掲載します。

 

徳勝龍

今年の初場所は、西前頭17枚目の「幕尻」ながら14勝1敗で優勝。場内インタビューで、人当たりのいいキャラクターが有名になった

 

石浦

飾り気がなく、心も体もたくましい。筋骨隆々な肉体もあいまって、「質実剛健」がしっくりくる。相撲以外の格闘技にも精通する

 

千代大龍

七夕の短冊に書いた「金がいる」は、千代大龍らしさを表す願い事として有名になった。実は繊細な一面もあるともいわれている

玉鷲

正義感が強く、ユーモアもあり、人としての器が大きい。慌てふためくことはなく泰然自若。初優勝した際、多くのファンが喜んだ

歌が好きで、美声は有名。演歌を中心にレパートリーは幅広い。縁のある力士の引退相撲などでは、相撲甚句を披露することもある

魁聖

取材などの場で質問に対する受け答えの機転が利く。その裏には謙虚さがにじみ、相手への配慮もさりげない。自虐的な談話も多い

妙義龍

第8回大相撲総選挙優勝者。熱狂的なファンの投票に支えられ、いぶし銀の実力者が栄冠をつかんだ。果たして今年は連覇なるか?

栃ノ心

左上手をがっちりつかむと、相手は動けなくなる。太い腕が秘めるパワーは、角界随一。大関から陥落したが、得意の型は健在だ 

松鳳山

細かいことにこだわらない。相撲は組んでも離れても取ることができ、負けても落ち込まない。のびのび生きる闊達(かったつ)自在

志摩ノ海

笑うと目が細くなる。人当たりがよく、笑顔が印象的な人格者だ。画像の水色は、出身地の三重・志摩市をイメージして制作した

佐田の海

父は元小結。本人は「まだまだ」と謙遜するが見た目も相撲っぷりも似ている。今も時にアドバイスをもらうなど、まさに父子相伝

高安

大関から陥落したが、まだ30歳。ケガを治して本来の力を出せれば、上位で戦える。多くのファンが、完全復活を待ち望んでいる

琴ノ若

父は師匠の元関脇琴乃若。祖父は元横綱琴桜。新入幕だった春場所は9勝。まだまだ伸び盛りの22歳はどこまで番付を上げるだろうか

琴奨菊

大関昇進時の伝達式で「万理一空」を口上に盛り込んだ。すべては同じ空の下、転じて、常に努力を続けるという気構えを示した

若隆景

3兄弟の三男。長男の若隆元は幕下、次男の若元春は十両。兄2人に刺激を与え続けている。代替わりした荒汐部屋を引っ張っていく

琴勝峰

春場所で十両優勝し、新入幕を果たした。まだ20歳ながら191センチ、165キロのサイズは魅力たっぷり。将来の横綱候補との声も多い

千代丸

愛らしい笑顔と、パンパンに張った太鼓腹が魅力。さっぱりした性格も相まって、周囲を明るくさせる。弟の十両千代鳳は復活途上

錦木

岩手出身、メガネがトレードマークのたたき上げ。派手さはないが、巡業でも休まず稽古するなど、真面目で実直な人柄が好印象

琴恵光

珍しい決まり手「網打ち」をこれまで7度も決めている。春場所でも披露したばかり。土俵際での逆転を狙って打つことが多い

照ノ富士

元大関も、両膝のケガなどでこれまで約1年半、関取の座を失っていた。元幕内力士が序二段まで降下した後、幕内復帰したのは史上初

琴勇輝

恐れることなく、勇んで前へ突き進む。立ち合いで一気に前へ出る相撲は、まさに勇往邁進(まいしん)。本名にも「勇」の字が使われている

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貴乃花が幕下最年少Vで旋風/夏場所プレイバック

89年5月21日、幕下で初優勝し賞状を手にする貴乃花(左から2番目)

コロナ禍により大相撲夏場所が中止になり、本場所開催まで待ち遠しい日々が続きます。そんな中、日刊スポーツでは「大相撲夏場所プレイバック」と題し、初日予定だった5月24日から15日間、平成以降の夏場所の名勝負や歴史的出来事、話題などを各日ごとにお届けします。13日目は、記録達成でスター誕生の瞬間です。

<大相撲夏場所プレイバック>◇13日目◇1989年5月19日◇東京・両国国技館

数々の史上最年少記録を塗り替えてきた、のちの「平成の大横綱」貴乃花が、最初の若年記録を打ち立てた記念日となった。

初めて番付にしこ名が載った88年夏場所の序ノ口から、わずか1年。所要6場所で初めて東48枚目の番付で幕下に上がった貴花田が、快進撃で白星を重ねる。全勝同士で優勝をかけた最後の7番相撲も、宮田(のち前頭龍興山=出羽海)を寄り倒し7戦全勝。柏戸(元横綱)が持つ17歳6カ月の記録を更新する、16歳9カ月での史上最年少幕下優勝を遂げた。右78キロ、左80キロで当時の横綱大乃国をも上回る握力で、前みつを引き猪突(ちょとつ)猛進の攻めで制した。

1面を飾った本紙の写真と見出しが、スピードスターぶりを絶妙に表現している。貴花田が両国から中野の部屋に戻る電車移動。途中、御茶ノ水駅で各駅止まりの総武線から中央線快速に乗り換え。その写真にかぶせて「御茶ノ水で乗り換え『関取快速』だね」の見出し。写真の絵解きも「自分の出世に合わせるように『特別快速』に乗り換えた」とある。

その予見が現実のものとなる。2場所後の同年秋場所。西幕下9枚目で再び7戦全勝優勝し新十両昇進が決定。今度は史上最年少関取の座をものにした。その後も新入幕、初金星、幕内優勝、年間最多勝、大関昇進、全勝優勝…と次々に最年少記録を更新。親の七光など通じない世界で兄若花田(のち横綱3代目若乃花)とともに、父で師匠の藤島親方(元大関貴ノ花、のち二子山親方)の背中を追った貴花田。空前の相撲フィーバーを呼んだ、快進撃の始まりがこの日だった。

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女房、マネまで部屋全体で抗体検査/大ちゃん大分析

高砂親方(2019年12月24日撮影)

<特別編>

日刊スポーツ大相撲評論家の高砂親方(元大関朝潮)に、部屋の近況や開催を目指す7月場所に向けての思いなどを語ってもらう不定期連載「大ちゃん大分析~特別編~」の第2弾は、抗体検査を通じての医療への思いです。

  ◇    ◇    ◇

巨人ファンだから余計に驚いた。あの坂本にも陽性反応が出たという。誰がどこで、この新型コロナウイルスに感染するか分からないということだ。高砂部屋も部屋全体が、まるで消毒液に入っている感覚で日々過ごしている。

日本相撲協会では既に希望者への抗体検査を進めているが、高砂部屋も3日に受けた。力士や私や裏方はもちろん、協会員ではないが女房やマネジャーも受けさせた。自宅待機中だった行司や呼び出しとも久々に再会。元気そうでホッとした。問診票を書いて検査の意味をビデオで説明され、採血して脈拍も測った。

受検したのは約30人。医療関係者が7人ぐらいで対応してくれたけど、クーラーがないから防護服姿の医療関係者は汗だくだった。テレビなどで見聞きしていたけど、あの姿を見て医療従事者の方には、あらためて頭が下がる思いだ。朝乃山に早くクーラーを付けてもらわないと(笑い)。いや、余計なことを言うと叱られるからやめよう。

この感染症はインフルエンザと同じ感覚で、うまく付き合っていくしかないだろう。同時にワクチンの開発が待たれる。3月の春場所中、奈良にいる製薬関係者の知人から聞いた話によるとウイルスに効く、効かないの判別をAIが出来るそうだ。ただ臨床実験をしないと販売までには至らないようだ。蓮舫さんには申し訳ないけど、ここはナンバー2ではなく世界でいち早く、ワクチンが開発されればと願っている。(日刊スポーツ評論家)

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高安10勝 大関昇進ほぼ確実/夏場所プレイバック

17年5月25日、宝富士を破って勝ち名乗りを受ける高安

コロナ禍により大相撲夏場所が中止になり、本場所開催まで待ち遠しい日々が続きます。そんな中、日刊スポーツでは「大相撲夏場所プレイバック」と題し、初日予定だった5月24日から15日間、平成以降の夏場所の名勝負や歴史的出来事、話題などを各日ごとにお届けします。12日目は大関とりの懸かっていた高安を振り返ります。

〈大相撲夏場所プレイバック〉◇12日目◇17年5月25日◇東京・両国国技館

大関とりの関脇高安が、場所後の大関昇進をほぼ確実にした。宝富士を上手投げで退けて10勝目。昇進目安となる直近3場所での33勝目に届いた。

今場所初めてもろ手で立つと、突っ張る意識とは裏腹に「反射的にまわしを取りに行ってしまった」。肩越しの右上手。宝富士を呼び込む「危ない相撲」だった。だが、思い切りが良いのも今場所の高安。「1度行ったら、上手から振り切るしかない」。強引に振り回し、最後は力ずくで転がした。割れんばかりの拍手が身を包んだ。

明確な昇進の声はまだないが、内容への評価は高い。八角理事長(元横綱北勝海)は「安定した力はつけた印象。特に今場所は落ち着いている」とし、審判部の藤島副部長(元大関武双山)も「12日目で一応の目安ですからね。内容は力強い。何となく勝っているわけではなく、力がある勝ち方だ」と示唆した。

高安は13日目に横綱日馬富士を破って昇進を決定づけた。

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大相撲総選挙の投票受付中 選挙風ポスター公開

<第9回 大相撲総選挙>

大相撲の人気NO・1力士は誰か? 日刊スポーツ新聞社は第9回大相撲総選挙を実施しています。対象は夏場所番付の幕内力士42人。今回はインターネットのみで投票を受け付けます。投票は6月6日まで。結果は6月上旬の紙面でも発表します。ぜひ好きな力士に投票してください。力士の選挙風画像を順次掲載します。

白鵬

優勝44回など、いくつも最多記録を持つ。中でも51場所連続2桁勝利はまず破られないとみられている。前人未到の世界を生きる

鶴竜

付け人を始め、若い衆からの信頼が厚い横綱。めったなことでは怒ったりしない温厚な人柄は、相撲ファンにも支持されている

貴景勝

雑念を捨てて集中すれば、火も涼しく感じる。相撲にすべてをささげ、気持ちの強さが持ち味の貴景勝にぴったりの四字熟語

朝乃山

新大関として迎えるはずだった夏場所は中止になった。だが、朝乃山にとっては大関も通過点のはず。横綱も狙える実力者だ

正代

心にくもりがない。時に発言が慎重になるが、これは正直に気持ちを打ち明けているからこそ。相撲の取り口も正々堂々が信条だ

御嶽海

「乾坤一擲(けんこんいってき)」は運命をかけて大勝負することを言う。御嶽海は優勝経験もあり勝負強いタイプ。大関候補の1人

大栄翔

骨身を惜しまず、全力を尽くすことが「粉骨砕身」。体全体を大きく使って相手に立ち向かう大栄翔の相撲は、まさにこれだ

隠岐の海

空を行く雲、流れる水のように、隠岐の海は気負うことなく自然体。ベテランらしくあたふたせず、よどみなく土俵に立ち続けている

遠藤

相撲に流れがあり動きに無駄がなく、理詰めで相手を追い詰める。支度部屋では多くを語らず、落ち着き払っているさまは明鏡止水

豊山

今回が自己最高位の西前頭筆頭。本来の実力は出し切っておらず、三役以上を虎視眈々(たんたん)と狙っている。朝乃山のライバル

隆の勝

春場所で12勝を挙げ、初の三賞となる敢闘賞を受賞。一気に番付を上げてきた25歳はまさに新進気鋭。愛称の「おにぎり」も定着

阿武咲

「土俵で花が咲くように」との願いを込めてしこ名が付いた。運動能力が高く、歌もうまい。まさに「華がある」力士の1人だ

宝富士

左四つになれば上位にも負けない。がっぷりの体勢から稀勢の里に勝ったことも。かつて魁聖に「左四つのモンスター」と言わしめた

霧馬山

陸奥部屋のホープ。鶴竜が転籍してきて、稽古場で胸を借りながら学んでいる。まだまだ伸びしろも多く、土俵の内外で奮闘中だ

覚悟を決めて角界入りしてから、横綱を目指す意志は今も変わらない。不器用で真面目。いつでも妥協せず、一生懸命に稽古している

碧山

太い腕を生かした強力な突き押しが武器。立ち合いから迷いなく、一刀両断のごとく相手に立ち向かう

阿炎

言動に自分らしさがあふれ出る。周囲がハラハラすることもあるが、これもまた阿炎の魅力。相撲っぷりも個性があふれ出ている

北勝富士

鋭い立ち合いは、まるで狩りに向かうライオンのような迫力。埼玉・所沢市出身。西武ライオンズ戦の始球式を務めたこともある

炎鵬

今、最も観客を沸かせることができる力士の1人。小兵ながら素早い動きと多彩な技で巨漢を倒す。まさに「銭の取れる」人気者だ

竜電

山梨県出身。甲斐の戦国大名・武田信玄の軍旗には「風林火山」と書かれていたとされる。疾(はや)きこと風のごとく-を体現する

 

照強

性格は明るく前向き、強気で意気軒昂。取組前の大量の塩まきはすっかり定着した。小兵ながらも、強いメンタルで幕内に定着した

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武双山、214日ぶり勝ち越し/夏場所プレイバック

95年5月21日、大相撲夏場所の殊勲賞と敢闘賞を受賞した武双山

コロナ禍により大相撲夏場所が中止になり、本場所開催まで待ち遠しい日々が続きます。そんな中、日刊スポーツでは「大相撲夏場所プレイバック」と題し、初日予定だった5月24日から15日間、平成以降の夏場所の名勝負や歴史的出来事、話題などを各日ごとにお届けします。11日目は、ケガから完全復活した大関候補(当時)です。

<大相撲夏場所プレイバック>◇11日目◇95年5月17日◇東京・両国国技館

13勝を挙げた94年秋場所以来、214日ぶりに怪物武双山が勝ち越しを決めた。大関候補から一転、度重なるケガにより平幕に陥落して2場所目。大関若乃花の右からのおっつけを、右からおっつけ返して押し出しで破る会心の相撲で完全復活を証明した。「久しぶりですからね、勝ち越すのは。場所前はとにかく勝ち越せればと、それだけ考えていましたから」と笑顔を見せた。

関脇だった昨年秋場所は優勝次点で、大関とりが期待された同年九州場所前に左肩を亜脱臼した。以降、脱臼の再発を繰り返し、思うような力が出せず。年明けの初場所は途中休場、春場所は全休と歯がゆい思いが続いた。そして満を持して出場した今場所でようやく勝ち越し。取組後の支度部屋で、場所前の連合稽古で胸を借りた横綱曙から「おめでとう。よかったな。完全復活したな」と声をかけられ、頭を下げた。

13日目には横綱貴乃花から金星を獲得するなどして11勝を挙げた。さらに殊勲賞と敢闘賞を獲得。千秋楽を白星で飾れなかったが「勝ち越しが目標だったけど、やっぱりうれしいですね」と勝ち越しと三賞獲得、そして自身の復活の喜びをかみしめた。

この時の武双山は、まだ入門3年目。大関昇進は、この5年後のことだった。

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朝乃山7月場所へ「感覚を戻しながら」近況明かす

朝稽古で四股を踏む新大関の朝乃山

大相撲の新大関の朝乃山(26=高砂)が2日、日本相撲協会を通して、近況を明かした。各師匠の判断となっている接触を伴うぶつかり稽古などはここまで行ってきており、相撲を取る稽古については「昨日から少しずつ取り入れています。ここからまたじっくり体を作っていきたいと思います」と6月に入り、再開したという。

協会が無観客での開催を目指す7月場所(19日初日、東京・両国国技館)に向けては「立ち合い、踏み込み、左上手。感覚を戻しながら磨いていきたい」と3月の春場所後に課題に挙げた立ち合いと踏み込みの鋭さ、力強い左上手を養う。

全国的に緊急事態宣言が解除され、他のスポーツも開幕、再開への道が見えてきている。その中で、あらためて大相撲の役割について「1人1人の役割がありますし、お客様に喜んでもらえるように頑張ります。(地元の)富山県でも大変な思いをされている方々がいるので、皆さんで助け合いながら元気を取り戻して欲しいです」とコメントした。

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座布団舞った浜田剛史KO/記者が振り返るあの瞬間

浜田剛史(左)はレネ・アルレドンドの顔面にパンチをヒットさせる(1986年7月24日撮影)

<スポーツ担当記者 マイメモリーズ>(43)

日刊スポーツの記者が自らの目で見て、耳で聞き、肌で感じた瞬間を紹介する「マイメモリーズ」。サッカー編に続いてオリンピック(五輪)、相撲、バトルなどを担当した記者がお届けする。

   ◇   ◇   ◇

何十枚もの座布団が舞った。興奮もつかの間、リングサイドにいた記者も両手で頭を覆った。約1万人が総立ちとなった東京・両国国技館。目の前にあるのは丸い土俵ではなく、四角いリング。前年に開館したが、初めてのボクシング世界戦開催で起きた熱狂の渦だった。

86年7月24日。浜田剛史がWBC世界スーパーライト級王座に待望の世界初挑戦で、悲願を成就させた。それも1回KO奪取で、日本人では海老原博幸以来23年ぶり2度目のこと。今や12人の世界王者を生んだ名門帝拳ジムにとって、大場政夫以来16年ぶり2人目の王者でもあった。

取材したことはなかったが、いまだ日本記録の15連続KOの剛腕は知られていた。3月に安定王者渡辺二郎が陥落し、日本に世界王者は不在だった。期待は大きかったが、中量級の壁は厚いとも言われた。

王者レネ・アルレドンドはスラリとした長身で、今で言うイケメンのメキシカン。浜田はリーゼント、太いまゆ、長いもみ上げに濃い胸毛の朴訥(ぼくとつ)な沖縄人。好対照とも言え、対決ムードは高まっていた。ただし、下馬評は不利だった。

浜田のトランクス、シューズに、背中に沖縄の守り神シーサーが描かれたガウンも真っ白。腹をくくった死に装束にも思えた。それが戦法にも表れた。ゴングと同時に突進して左を打ち込んで攻め続けた。

本田会長の指示は「1回から行け」。「ケンカのつもりで、レフェリーが止めるまで打ち続けろ」とも。その作戦通りにコーナーに追い込み、ロープを背負わせた。浜田の上半身が2度もロープからはみ出した。勢い余ったかに見えたが、最初はパンチを返されたため。倒し合いの覚悟を決めた。

ついに右フックをアゴに当て、王者の腰がガクッと落ちた。畳み掛けての6発目で、青コーナーに吹っ飛ばした。ピクリともせずに3分9秒の電撃KO劇。小4から世界を目指し、4度の左拳骨折にも腐らず、ストイックに頂点を極めた。

当時の所属部署は記者が10人ほどで、大人数での取材は相撲、正月のボールゲームに世界戦ぐらい。あの日も担当する相撲取材後の手伝いで、幕内だった板井の隣で見た。こちらも強烈な張り手を武器に、直前の名古屋場所でも大関大乃国を倒していた。ボクシング好きで浜田とも親交があり、その観戦記の対応だった。

「相撲でもあんなに座布団が飛んだのは見たことない」と、板井は驚いた。相撲は支度部屋取材が基本とあって、記者も初めて生で見たシーンだった。その後に大相撲以外で座布団は置かれなくなった。あんな情景は今やもう見ることはできない。

その後、念願かなってボクシング担当となり、数え切れない試合を見てきた。今は井上尚弥の怪物ぶりに目を見張るが、取材記者として初めて生で味わった衝撃があの一戦。あれではまった。30年以上がたつが、同じ昭和生まれのボクサーの前では、今も背筋が伸びる。【河合香】

王者に輝き、関係者に担がれた浜田剛史はガッツポーズ(1986年7月24日撮影)

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貪欲なエストニアの怪人把瑠都/夏場所プレイバック

大相撲夏場所9日目 魁皇(左)を押し出した把瑠都(10年05月17日)

コロナ禍により大相撲夏場所が中止になり、本場所開催まで待ち遠しい日々が続きます。そんな中、日刊スポーツでは「大相撲夏場所プレイバック」と題し、初日予定だった24日から15日間、平成以降の夏場所の名勝負や歴史的出来事、話題などを各日ごとにお届けします。9日目は「エストニアの怪人」の新大関場所です。

<大相撲夏場所プレイバック>◇9日目◇10年5月17日◇東京・両国国技館

エストニア出身の新大関、把瑠都が勝ち越しを決めた。今場所初の大関戦で魁皇(現浅香山親方)を押し出しで破って8勝1敗とした。立ち合いで得意の右四つになれず、押し込まれる場面もあったが、すぐに右を入れて体勢を入れ替え、そのまま押し出した。過去4勝5敗と決して得意ではない相手を退け、取組直後にはホッとした表情。「プレッシャーはなかった。何でもいいから、かっこわるい相撲でもいいから勝ちたかった」と、笑顔で話した。

当時25歳の把瑠都は04年に19歳でエストニアから来日し、外国出身8人目、欧州出身では2人目の大関となった。198センチ、188キロの大柄な体で、100キロ近い握力に、背筋力は300キロ以上と規格外のパワーを誇った。

12年初場所で初優勝を飾ったが、ひざの負傷が響いて13年9月に引退した。その後はタレント活動などを経て、昨年母国で国会議員に。農家出身で、農産品の日本への輸出や農家の後継者問題など農業分野を中心に取り組んでいきたいと抱負を語り「日本とエストニアの懸け橋となって両国の交流に尽力したい」と強調した。

大相撲夏場所9日目 魁皇を押し出しで破り、勝ち越しを決めた把瑠都(2010年5月17日)

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貴景勝「相撲につながる」おうち時間は栄養学の勉強

貴景勝(2020年3月17日)

大相撲の大関貴景勝(23=千賀ノ浦)が31日、NHK放送の「大相撲特別場所~テレビ桟敷へようこそ~」に、都内の部屋からリモート出演した。

自身の近況について「世間が大変な状況なのでプラスと言っていいのか分からないが、体をいったんリセットさせるいい時間になった。間接的に相撲につながるような勉強もした」と明かした。

外出自粛の生活が続く中で、自宅では読書や治療に時間をあてているという。この日は画面越しにトレーニング指導者、山本義徳氏(51)の栄養学の著書「アスリートのための最新栄養学」上下巻を紹介。「ここまで細かく載っている栄養学の本は、この本が初めて。ゆっくり5ページ、10ページずつ毎日読んでいる。勉強になっている」と話した。

新型コロナウイルス感染拡大の影響で夏場所が中止になり、現在はかど番脱出を期す7月場所(19日初日、東京・両国国技館)に向けて調整を進めている。無観客で開催された春場所では7勝8敗。大関として15日間を皆勤して、初めて負け越したが「うまくいくとき、うまくいかないときが絶対ある。そういううまくいかないときこそ、精神的に強くなる場面。今まで休場やいろんなことが自分を強くしてくれた。そこに対する自分の楽しみがある」と前向きに話した。7月場所へ「しっかり自分の体をつくって、激しい突き押し相撲を見せられるように頑張っていきたい」と意気込んだ。

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歴史的返り入幕の照ノ富士「やめたい」陥落後の苦悩

照ノ富士(2020年3月17日撮影)

中止になった大相撲夏場所の番付で、歴史的な返り入幕を果たした東前頭17枚目の照ノ富士(28=伊勢ケ浜)が31日、NHKに出演し近況などを語った。

NHKは同日午後4時10分から「大相撲特別場所~テレビ桟敷へようこそ~」を放送。中止になった夏場所にかわり、前週から毎週日曜日に、3週にわたり放送するもので、2回目のこの日は「しのぎを削ったライバルたち」と題して、88年放送の「名勝負 栃錦・若乃花」、92年放送の「柔と剛~柏鵬の時代(大鵬・柏戸)~」「綱とり三つ巴の戦い~北の富士・玉の海・琴桜」の3番組を再構成して放送された。

その番組冒頭で照ノ富士が都内の自宅からリモート出演。現在の心境などを語った。

Q2年半ぶりの幕内復帰を果たした心境は

照ノ富士 そうですね、ちょっと長かったと思います。

Q陥落したのは膝のケガだけが原因ではなかった

照ノ富士 糖尿病、C型肝炎と腎臓と3つが重なってしまい、どう頑張っても力が出なかったし、筋肉も落ちました。それを徐々に、徐々に治して頑張りました。

Q陥落して現役をやめようと思ったことは

照ノ富士 正直、大関から落ちた時に、親方(伊勢ケ浜親方=元横綱旭富士)に「やめたい」と。それから5回ぐらい「やめさせてください」と親方に言いました。

Q師匠は何と

照ノ富士 最初に病気を治してからでないと話にならない、と。病気を治してから(その)話はしようと言われました。

Q復帰には師匠の存在が大きかった

照ノ富士 そうですね、いちばん大きかった。

Q優勝も大関にもなって序二段に落ちた

照ノ富士 やっぱり大関になって、横綱も近いと言われてましたからプライドもある。そのプライドを捨てられるか。関取ではない、序二段の土俵でプライドを捨てて相撲を取れるか。一番きつかったのはプライドを捨てられなかったこと。付け人もいない、ゼロから自分でやらなければいけない。

Qそこからどう切り替えたか

照ノ富士 知り合いの人に言われました。自分で思っている以上に、他の人は気にしてないから、と。(照ノ富士は)頑張っているんだ、という目でしか見てないから、もう1回、頑張ればいいじゃないかと。

Q今はどんな稽古を

照ノ富士 (土俵に)復活してから、上半身をメインに筋トレなど。膝は(まだ)3割ぐらいしか戻っていない状態で幕内に上がった。幕内は、そうはいかない(甘くない)から脚をメインに(筋トレなどを)やり続けています。

Q今、力士たちは外出できない中、自宅ではどんな生活を

照ノ富士 ノンビリ家で過ごしています。昔のビデオを繰り返し見たり、道具を買って脚を鍛えたりもしています。(室内筋トレ用の)バイクも買って1時間ぐらい乗ってます。

Q幕内優勝も経験して大関にもなった。次の目標はどこに置いているか

照ノ富士 幕内に上がった以上、落ちるわけにはいかない。年を取っているわけではないので、若手の一人と(いう思いは)自分の中にはある。上位で暴れてみたいです。

Q最後に本場所を楽しみにしているファンへ

照ノ富士 今、コロナで厳しい時期ですけど、力士のみなさんは、それぞれ頑張っている。7月は名古屋でなく東京で開催されますが、そのときは応援、よろしくお願いします。

大関を14場所務めた照ノ富士は、18年初場所を最後に幕内から陥落。その3場所後には十両からも陥落した。4場所連続全休し、手術もした両膝の治療とリハビリ、内臓疾患を治療。19年春場所、西序二段48枚目で本場所の土俵に復帰した。幕下優勝含む32勝3敗の成績で、今年初場所には再十両を果たし関取復帰。先場所、東十両3枚目で10勝5敗の好成績で、18年初場所以来14場所ぶりの再入幕を果たした。元幕内力士が序二段まで降下した後、幕内復帰を果たしたのは史上初という、歴史的な返り咲きだった。

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横綱大乃国に見る験担ぎ効果/夏場所プレイバック

大乃国(89年撮影)

コロナ禍により大相撲夏場所が中止になり、本場所開催まで待ち遠しい日々が続きます。そんな中、日刊スポーツでは「大相撲夏場所プレイバック」と題し、初日予定だった24日から15日間、平成以降の夏場所の名勝負や歴史的出来事、話題などを各日ごとにお届けします。8日目は、験担ぎをした横綱の中日勝ち越しです。

<大相撲夏場所プレイバック>◇8日目◇89年5月14日◇東京・両国国技館

小さな「勝利の女神」に見守られた横綱大乃国が、ただ1人の全勝を守った。前頭筆頭の大寿山を下し、自身3度目の中日勝ち越し。西の支度部屋で「押し出しで勝つのはいい傾向だね。落ち着いて相撲が取れている証拠だ」と取り口を解説した。

1匹のハエが、初日から西の支度部屋の奥に紛れ込み、大乃国の周りを飛び回っていた。追い払わずに放っておいたら、板井、逆鉾、琴ケ梅といった苦手力士に連戦連勝。4日目には追い払おうとする報道陣に「守り神なんだから追い払っちゃいけないんだ」と言ってニヤリ。史上最重量210キロの横綱が、わずか1グラムにも満たないハエで験を担ぐのも妙な話だが、これも精神的に余裕があればこそ。この日もハエは、大乃国の明け荷の周りを元気いっぱい飛んでいた。

大関だった87年夏場所では、再十両の際に後援者からプレゼントされたトンボ模様の雪駄(せった)を15日間はき続けて全勝優勝するなど、験担ぎで結果を出した経験がある。今場所も、と臨んだが連勝は10でストップ。優勝こそ逃したが、12勝を挙げて横綱としての存在感は見せた。

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五城楼、史上2度目の珍事とは/夏場所プレイバック

取り直しの1番が取れないため琴春日の不戦勝が決まる(2005年5月14日撮影)

コロナ禍により大相撲夏場所が中止になり、本場所開催まで待ち遠しい日々が続きます。そんな中、日刊スポーツでは「大相撲夏場所プレイバック」と題し、初日予定だった24日から15日間、平成以降の夏場所の名勝負や歴史的出来事、話題などを各日ごとにお届けします。7日目は“チン事”ではない、57年ぶりに起きた珍事です。

<大相撲夏場所プレイバック>◇7日目◇2005年5月14日◇東京・両国国技館

それは十両の五城楼(現浜風親方)-琴春日戦で起きた。土俵際で相手を突き落とし軍配をもらった五城楼だが、物言いがつく。ただ、この一番で右膝を負傷した五城楼は人の肩を借りなければ土俵から下りられなかった。協議が行われている間、土俵上の審判団と五城楼が何やら意思確認。直後、五城楼は車いすで退場した。そして押尾川審判長(元大関大麒麟)の場内説明。「土俵に着くのが同時とみて同体取り直しと決定致しましたが五城楼が負傷しており、相撲が取れず琴春日の不戦勝と致します」。

取り直しの一番が一方の力士の負傷で不戦決着となるのは、48年秋場所6日目の力道山-前田山戦(力道山の不戦勝)以来、史上2度目の珍事。呼び出しが慌てて持ってきた「不戦勝」の旗が掲げられ琴春日が勝ち名乗りを受けた。もちろん五城楼の不戦意思と、琴春日の取り直し意思は確認された末の結末だ。ちなみに琴春日にも不戦意思があれば「痛み分け」になる。

五城楼の診断は右ひざ半月板損傷および同外側側副靱帯(じんたい)損傷の疑い。場所中も酸素カプセル(通称「ベッカムカプセル」)に入り体調管理には万全を期し、場所後の俳優松方弘樹とのマグロ釣りを楽しみにしていた。ここまで休場14回、うち途中休場5回と満身創痍(そうい)が続き「どこかに、靱帯とか筋肉は売ってないかな」と嘆いたことも。1場所2度の反則負け(03年九州場所)という史上初の不名誉記録も持ち「記憶に残る力士」ともいえそうだ。

車椅子で待機中の五城楼は、不戦敗の裁定と負傷の痛みでガックリ(2005年5月14日撮影)

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栃ノ心、平幕初4連続大関撃破/夏場所プレイバック

大相撲夏場所5日目 魁皇(右)を寄り切る栃ノ心(2010年5月13日撮影)

コロナ禍により大相撲夏場所が中止になり、本場所開催まで待ち遠しい日々が続きます。そんな中、日刊スポーツでは「大相撲夏場所プレイバック」と題し、初日予定だった24日から15日間、平成以降の夏場所の名勝負や歴史的出来事、話題などを各日ごとにお届けします。5日目は、平幕初の連続撃破です。

<大相撲夏場所プレイバック>◇5日目◇10年5月13日◇東京・両国国技館

ジョージア出身の怪力が、快挙を成し遂げた。西前頭2枚目の栃ノ心が、4連勝していた大関魁皇を止めた。2日目から日馬富士、琴欧洲、琴光喜を下し、08年九州場所の豊ノ島以来9人目となる平幕の4大関撃破。さらに平幕の4日連続大関撃破は、史上初の快挙となった。

得意の右四つに持ち込み、寄り切りで魁皇を破った。「あの体勢になったら、もう負けないですよ」。この日の朝稽古。最後に春日野親方(元関脇栃乃和歌)から呼ばれ、4日連続はたき込みで勝った魁皇への対策を伝授された。頭を下げ過ぎずに強く当たり、得意とする形に持ち込んだ。

初土俵は06年の3月。入門時に190センチ、129キロだった体格は、192センチ、157キロ、ももの太さは90センチ以上に成長した。09年6月にはジョージアからの要請で母国に戻り、約1カ月の軍事訓練を受けた。銃も撃った。だが「こっち(相撲の稽古)の方が大変」というほど、当時5人の関取衆がいる春日野部屋の厳しい環境で強くなった。

「これまで上位にいた時は1回も3役に上がっていない。負けてもいいから、いい相撲を取りたい」と意気込み、戦った残りの10日間。千秋楽に勝ち越しを決め、自身2度目の敢闘賞を受賞。そして翌名古屋場所で悲願の新小結に昇進した。

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7月開催へ、感染予防徹底し前向く/大ちゃん大分析

高砂親方(2019年12月24日撮影)

2カ月に1度、奇数月に当たり前のようにあった大相撲の本場所がなくなりました。好角家のみなさんも寂しい日々が続いていることでしょう。そこで日刊スポーツでは本誌評論家の高砂親方(元大関朝潮)に、部屋の近況や開催を目指す7月場所に向けての思いなどを「大ちゃん大分析~特別編~」として語ってもらいました。不定期掲載となるのはご容赦を…。

   ◇   ◇   ◇

前回は、夏場所中止が決まった翌日にこのコラムを書かせてもらった。あれから3週間がたち、いろいろなことが起こった。角界で三段目の尊い命が奪われてしまったのは本当に悲しいことだった。あらためて新型コロナウイルスの恐ろしさを感じさせられた。だから緊急事態宣言が全国で解除されても、これまで通り気を緩めることなく粛々と送る生活の中で、感染予防は徹底している。

同時に7月場所に向けて徐々に、稽古の強度は上げていこうと思う。うちの部屋は2週間ほど前から、ぶつかり稽古など接触を伴う稽古も始めている。ただ春場所から7月場所まで約4カ月も空くから、ペース配分も大事だ。そこは師匠のさじ加減で抑え気味にしている。稽古時間も2時間、土曜日は四股だけで日曜日は休養日にしている。

最近は稽古時間以外で、弟子たちが縄跳びをよくやっている。昔から取り入れていたトレーニングの一環で、昔は曙(元横綱)に勧めたこともあった。相撲協会の公式ツイッターで朝乃山が、部屋の屋上で跳んでいるシーンを見た人もいるでしょう。ストレス発散も力士たちはよく考えていると思う。我々も7月開催を信じて、前向きな姿勢で進みたい。(日刊スポーツ評論家)

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「見えてる」83年ぶりチン事/夏場所プレイバック

2000年5月14日付日刊スポーツ

コロナ禍により大相撲夏場所が中止になり、本場所開催まで待ち遠しい日々が続きます。そんな中、日刊スポーツでは「大相撲夏場所プレイバック」と題し、初日予定だった24日から15日間、平成以降の夏場所の名勝負や歴史的出来事、話題などを各日ごとにお届けします。4日目は文字どおりの「珍事」です。

<大相撲夏場所プレイバック>◇4日目◇2000年5月13日◇東京・両国国技館

三段目の取組でその“チン事”は起きた。千代白鵬とガップリ左四つに組んだ朝ノ霧が右の上手を離し自分のまわしを抑えた。まわしはズルズルほどけ、ついには「ご開帳」。土俵下の審判員たちが「まわしだ! まわし! 見えてる! 見えてる!」と必死に叫んだ。“あそこ”が本場所では83年ぶりの珍事。勝負規定第16条により千代白鵬の反則勝ちとなった。

「まわしと腹の間がゆるゆるになってヤバイ、ヤバイと思って……」。まわしが短かったことで珍事発生となった朝ノ霧は「出費は痛い」と言いながら、悪夢再現は御免とばかりに帰り際、7メートルのまわしを5600円で購入した。

衛星第2放送で生中継していたNHKも肝を冷やしたが幸い、局部は映らなかった。それでもこの珍事はロイター通信によって「スモウ・レスラーのアサノキリの『MANHOOD(男性自身)』が(中略)試合とともに品位も失った」と世界に打電された。

協会上層部も右往左往。「東方力士の前袋が落ちたので、西方力士の勝ちとします」と場内説明した鳴戸審判長(元横綱隆の里)は「完全に見えちゃったからな。現実をそのまま説明していいものかどうか考えたよ」と困惑すれば、時津風理事長(元大関豊山)も「いくら公開ばやりでも、あんなもんは公開するもんじゃない」と苦笑しきりだった。

まわしが外れて反則負けとなった朝ノ霧は珍妙なポーズで状況を説明する(2000年5月13日撮影)
所が見えるハプニングで反則負けとなった朝ノ霧(土俵右)。左は勝ち名乗りを受ける千代白鵬(2000年5月13日撮影)

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貴景勝 ぶつかり稽古再開「自分のペースで地道に」

おもりを使って下半身を鍛える貴景勝

大相撲の大関貴景勝(23=千賀ノ浦)が26日、日本相撲協会を通じてコメントを出した。7月場所(19日初日、東京・両国国技館)に向けて、この日は基礎運動を中心に体づくりを進め「ぶつかり稽古も少し行いました。少しずつ取り入れています」と、ぶつかり稽古を再開していることを明かした。

前日25日に新型コロナウイルス感染拡大に伴う緊急事態宣言が全面的に解除されたが「今まで同様、7月場所に向けて準備していきます」と平常心を強調。7月場所まで2カ月弱となり「自分のペースで地道にやっていきます」と気を引き締めた。

昨年の7月場所では休場を強いられただけに「今年は」という気持ちは強い。新大関だった昨年夏場所で右膝を負傷。同年名古屋場所に向けて右膝の回復に努め、直前まで出場可否を見極めたが、長い力士人生を考慮して初日の3日前に全休する方針を固めた。2年ぶりの7月場所に向けて「昨年の名古屋場所は出場できなかったので、今年は、という思い」と力が入る。

かど番脱出へ「体重の増減もなく体のメンテナンスもしっかりできているので、毎場所と変わらなく過ごせています」と、順調な調整ぶりをアピールした。

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