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貴景勝、合同稽古参加は「体調次第」マスターズV松山は「すごいですね」

貴景勝(2021年3月18日撮影)

大関貴景勝(24=常盤山)が13日、大相撲夏場所(5月9日初日、東京・両国国技館)に向けた朝稽古後、報道対応した。

この日の稽古は約1時間半。四股、スクワット、かかと上げ、すり足などの基礎運動と、立ち合いの確認を8回、行った。その後もてっぽう、腕立て伏せ、アームカールなど基礎運動で汗を流した。

かど番を脱出した初場所後、1週間の休養を経て先週から稽古を再開。夏場所に向けて「頑張って稽古をするだけです」と話した。19日から4日間の日程で予定されている合同稽古の参加については「体調次第ですね」と現状では明言を避けた。マスターズで優勝した男子ゴルフ松山英樹の快挙には「すごいですね」と答えた。

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「かど番の方が強い」大関正代“2度目”に初場所V争いイメージし自然体

ゴムチューブを使ってトレーニングする大関正代

大相撲夏場所(5月9日初日、東京・両国国技館)にかど番で臨む大関正代(29=時津風)が13日、都内の部屋で稽古を行い、かど番脱出に向けて自然体を強調した。

この日は相撲は取らずに、すり足などの基礎運動に加えてゴムチューブなどを使用したトレーニングで汗を流した。相撲を取る稽古はすでに開始しているといい「土曜日と昨日に取りました。幕下と10番ずつぐらいですけど」と明かした。

春場所では千秋楽に負け越しが決まった。昨年秋場所後に大関昇進してから、2度目のかど番。1度目のかど番だった初場所は「真っ青って感じだった」という。しかし、今回は「初めてではない。僕も今年30歳で別に若い方ではない。守りに入らないように、元気よくできたらいい」と穏やかに話した。むしろ「かど番の方が強いですよ」とニヤリ。かど番だった初場所では優勝争いを演じるなどし、その時のいいイメージが頭の中にあるようだ。

本来であれば、春場所後に地元・熊本に帰省する予定だったという。「負け越したのでいいかなと。早い段階で勝ち越したら、ちゃんとチケット取ったんですよ。どうしようかなと考えてチケット取るのやめました」と負け越したことで帰省は断念した。14日には熊本地震発生から5年を迎える。「まだ仮設住宅はある。(地元の宇土)市役所もまだ仮庁舎で、まだプレハブ。早くちゃんとした市役所が出来ればいいですけど」と地元を思いやった。5月場所後の帰省については「結果がどうあれ帰りますよ」と笑って話したが、かど番脱出を果たして地元に勇気を届けたい。

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70歳で角界去る千賀ノ浦親方、隆の勝に「唐揚げみたいな稽古を」とエール

左が千賀ノ浦親方(元関脇舛田山)、右は常盤山親方(元小結隆三杉)(2016年4月8日)

10日に70歳の誕生日を迎える千賀ノ浦親方(元関脇舛田山)が9日に日本相撲協会の再雇用制度を終える。拓大を経て74年春場所に初土俵。48年間も身を置いた角界を去ることになる。8日までに電話取材に応じ「9日が過ぎないとピンとこない。3月場所が最後と思うと、名残惜しい気持ちになりました」と心境を明かした。

定年後の5年間は「早かったけど、連れてきた子(弟子)が何人残っていたかを気にかけていた」と振り返る。89年名古屋場所限りで現役を引退して春日野部屋付きとなり、04年9月に独立して千賀ノ浦部屋を創設。10年九州場所では舛乃山(当時のしこ名は舛ノ山)が新十両昇進を果たし、部屋から初めて関取を輩出した。

16年4月に65歳となり協会の定年を迎え、現常盤山親方(元小結隆三杉)に部屋を継承したが、東京・台東区の稽古場は自宅でもある。現常盤山部屋が今年2月に東京・板橋区に移転するまでは、部屋内で力士らとコミュニケーションを取ることも多かったという。

自身が引き連れてきた力士も少なくなってきた。史上初のハンガリー出身力士として話題となった舛東欧は、春場所限りで引退。最高位は西幕下8枚目と関取の座に近づいたが、たび重なるケガに泣いた。「ケガがなければチャンスがあったと思うけど、こればかりはしょうがない」と千賀ノ浦親方。舛東欧は引退後、都内の飲食関連の企業に就職するという。「今までも何度も相談に乗ってきた。第2の人生も頑張ってほしい」とエールを送る。

躍進を期待するのが、関脇まで番付を上げた隆の勝(26=常盤山)だ。現在の活躍に、千賀ノ浦親方も「15歳で入門してきて、体を大きくするのに時間がかかった。メシの時間は逃げていたときもあったね(笑い)。素質は良かったけど正直、三役に定着するとは予想外」と驚く。「体重が増えてスピードと勢いが変わった。右を差して半身になるクセがあったが、左が入ったときのスピードがいい。自信もついてきたように見える」。

新関脇から3場所連続で勝ち越し、当然「次期大関」の期待も高まってくる。「(コロナ禍で)出稽古ができないけど、白鵬や照ノ富士みたいな四つ相撲の上位の人にも胸を借りて力をつけてほしいね。泥んこにならないと成果は出ない。お茶漬けを食ったような稽古じゃなくて、こってりした唐揚げみたいな稽古をしてほしいね」と独特な言い回しでエール。「幕下の頃のように、ある意味“バカ”になって頑張ればきっと(大関に)上がれると思いますよ」と笑った。

台東区の部屋には5月の夏場所後に立浪部屋が移転してくる。11月の九州場所後には完全譲渡する予定。自身も今年10月いっぱいまでは居住する。「相撲部屋として残ってくれるのはうれしい」と同親方。今後も相撲界を見守っていく。

【佐藤礼征】

隆の勝(2020年12月10日撮影)

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ユーチューバー転身の元幕下富栄、目指すものは…

ユーチューバーに転身した富栄

大相撲の元幕下富栄(28=伊勢ケ浜)が引退し、ユーチューバーに転身した。現役時の最高位は東幕下6枚目。関取の座にはあと1歩届かなかったが、横綱日馬富士、大関照ノ富士らの付け人を務めるなど、部屋の関取衆を陰で支えてきた。体重100キロを超える体格ながらバック転ができる異色の男に、今後の活動などについて聞いた。【取材・構成=佐々木一郎】

  ◇  ◇

-3月31日に引退が正式発表されました。引退を決めた理由は何ですか

「股関節と腰の痛みがとてもつらく、激しい稽古についていくことが難しくなりました。治療院に何カ所も通い、手術も2回受けたのですが痛みは改善されませんでした。担当医の診断も参考にし、悔しい決断ではありましたが、この状況で番付を上げるのは厳しいと判断し、それならば次のスタートを早く切りたいという気持ちが次第に強くなり引退を決断しました」

-引退に際し、部屋の力士たちの反応は

「兄弟子からは『まだ若いんだから早まるな』とか『お前は絶対関取になると思ったのに残念だ』と悔やんでもらい、後輩から『冨田さんみたいな優しくて面白い人がいなくなって悲しいです』とうれしいことも言ってもらえました。『痛がってたのは稽古をサボるための演技じゃなかったんですね』と言われた時は思わず笑いました。つらいことがあっても『ここでやめてたまるか』と何度も自分で自分に言い聞かせて13年間やってきましたが、今回は『よし辞めよう』と思うと心がスッと軽くなりました」

-これまで伊勢ケ浜親方(元横綱旭富士)のほか、安壮富士、日馬富士、安美錦(現在は安治川親方)、宝富士、照ノ富士の付け人を務めてきました。

「一番印象に残ってることがあります。去年、腰のヘルニアの手術を受けた3週間後、悔しかった僕は無理して稽古場に下りて相撲をとって序二段に電車道で吹っ飛ばされました。その際、新たに足首をケガしてしまい、悔しさの勢いで安美錦関に『もうこの体では強くなれないのでやめようと思います、お世話になりました』と言ったのですが、何も言ってもらえませんでした。普段は優しく、食事や飲みに連れていってもらい、かわいがってもらっていました。稽古場でぜんそくの発作がでたり、過呼吸になっている時に稽古を中断して深呼吸を指示してくれたり、勝てなくて泣いてる時に『家族のために命懸けて頑張るんじゃなかったのか! 悔しかったら死ぬ気で行け』と心を奮い立たせるような言葉をかけていただいたのですが、その時の僕は心が強くなく、優しい言葉を欲していたようで、少し突き放されたような気持ちになりました。けがに立ち向かって復活を繰り返して頑張られた方なのであの厳しいまなざしの意味が今はとても理解できます。つらく厳しくても逃げずに努力することの大切さを教えていただきました」

-ほかの関取衆の反応は

「同じ兵庫から、互いに中卒で入門してきた照強関に『関取まであとちょっとやったのに残念やな』と悲しそうに言われた時は、一緒に頑張って稽古してきた仲だったので泣きそうになりました。照ノ富士関からは『お前の人生だからやりたいようにやった方がいい』と背中を押してもらいました。僕が16歳の時初めてできた後輩が大卒で入門してきた宝富士関で、よく回転ずしを食べに連れていったのですがあっという間に関取に上がったので、当時は喜びとともに寂しさがありました。それからは立場が変わり、高級なすしをごちそうしてもらうようになったのですが、そこ以外は変わらず慕ってくれているので力士の中で一番応援しています。そのたーたん(宝富士)からは『寂しくなりますね、また絶対飯行きましょう』と言われたので、その時までに僕は芸能界で出世して、昔みたいに僕が高級なすしをごちそうしたいと思ってます。僕より2カ月先に大卒で入門したお兄ちゃん的存在でタニマチでもある大好きな誉富士関(現在は楯山親方)からは『自由になるのはいいけど、人様に迷惑かけることだけ絶対はするなよ。お前はやりかねない』と冗談を言われ、『そんなわけないだろ』とツッコみたくなりました(笑い)。おかみさんからは『その小さい体(168センチ、120キロ)でそこまで上がれたってことは本当にすごいことなんだよ。とみーならどこにいってもきっと成功するから自信持ちな、今日まで頑張ってきたことは決して無駄じゃないよ、いつでも困ったら助けてあげるから連絡してね』と、とても優しい言葉をかけていただきました。伊勢ケ浜親方からは『お前の分も頑張ってくれる強くなりそうな新弟子を探して来てくれ』とお願いされたので第2の富栄にふさわしい子を早速探しているところです。一番長く付け人を務めて、大変世話になった横綱の日馬富士関に電話したら『よく決断したな、偉いぞ』と言われユーチューブをやることを伝えると『お前は昔から人を笑顔にする事が得意だから向いてるよ、何かあれば力になるから言えよ』と心強い言葉をいただけました」

-相撲界での一番の思い出は

「三段目に落ちた場所の稽古総見で、強くなりたい一心で関取衆の申し合いに参加して当時十両の宇良関と相撲をとった時に、国技館満員の大歓声を初めて浴びて感動したことです」

-相撲界で学んだこと、プラスになったことは

「忍耐力がつき、上下関係の気遣いができるようになりました。鍛え上げた体が良いキャラになりました。普通なら会えない有名な方と会う機会がいっぱいありました。病気にかかりにくい体になりました。応援してくれる温かい方々にたくさん出会えました。頑張ってきたことが自信になりました」

-この体でバック転をしたり、照ノ富士関のボイスパーカッションに合わせてラップを披露したり、物まねで笑わせたりと、芸達者でした。ユーチューバー転身を決めた理由は

「元々やってみたいと思ってる時に、メンバーからの提案があったからです。チャンネル名は『ブヒブヒパーリー』で、自分は富栄(とみさかえ)の名前でやっていきます」

-どういう動画を上げていきますか

「力士がやったらおもしろそうなことをして相撲を知らない人でも楽しめるもの。名前の通りパリピ企画をベースにする方向です」

-今後の目標は

「チャンネル登録者数を1万人くらいに増やして、幅広く好まれるチャンネルにしたいです。ブヒブヒパーリーとしては収益より有名になるのが一番の目標です。個人としての目標は、鍛えた身体と運動神経を生かしてアクション俳優や、キャラで芸能タレントになり、ドラマや映画などの作品に関わり人の記憶に残る存在になりたいです。1年後にはユーチューブも芸能活動もうまくいって、大相撲で頑張ってきたこと、このタイミングでやめたことが良かったと思えるようにしたいです」

-最後に

「僕の人生、たくさんの温かい方々に支えてもらえたから今の自分があると思っています。これからも力を貸してくれる人や応援してくれる方への感謝の気持ちは決して忘れずに、全力で頑張っていこうと思いますので応援よろしくお願い致します!」

ユーチューバーに転身した富栄
ユーチューバーに転身した富栄

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史上初の大関返り咲き照ノ富士、シンプル口上の意図

大関再昇進を果たした照ノ富士(左から2人目)は伊勢ケ浜親方夫妻らと記念撮影。左はツェグメド・ドルジハンド夫人(代表撮影)

日本相撲協会は3月31日、大相撲夏場所(5月9日初日、東京・両国国技館)の番付編成会議と臨時理事会を開催し、春場所で3度目の優勝を果たした照ノ富士(29=伊勢ケ浜)の大関昇進を満場一致で決めた。

十両以下に落ちて大関に返り咲くのは史上初。都内の部屋で行われた伝達式で、照ノ富士は「謹んでお受け致します」と口上を述べた。15年の初昇進時と変わらない綱とりへの思いを、短い言葉に含ませた。

   ◇   ◇   ◇

膝立ちのまま昇進を伝える使者を迎え、照ノ富士は深々と頭を下げた。古傷の両膝に不安を抱えるためか、うまく正座をつくれない。協会公式YouTubeチャンネルの生配信でも視聴者から「膝が心配」「椅子に座らせてあげて」などとコメントが寄せられる中、照ノ富士は不安を一蹴するように「謹んでお受け致します」と力強く口上を述べた。

揺るぎない思いを強調した。伝達式後の会見で、照ノ富士は“シンプル口上”の意図について「前回とは気持ちは変わらない。1回でも経験してみたい気持ちがありますから」と説明。前回昇進した15年夏場所後の伝達式では「今後も心技体の充実に努め、さらに上を目指して精進いたします」と述べていた。男に二言はなし。23歳の時と最高位への意欲は変わらなかった。

照ノ富士の復活劇を間近で見ていた師匠は、弟子を手放しで称賛した。「相撲界全体に、諦めないで頑張ればやれるというのを示した。各力士のお手本になる。まだまだこれから相撲界全体で頑張る力士がいっぱい出てくる」。横綱昇進の可能性については「膝という爆弾を抱えている」と注釈をつけつつ「それを留意しながら頑張っていければ、まだまだいけるんじゃないか」と太鼓判を押した。

横綱誕生は17年1月の稀勢の里が最後。使者を務めた高島親方(元関脇高望山)は「3人の大関(正代、朝乃山、貴景勝)を見ていると、しっかりした体調で臨めば照ノ富士の方が1つ上」と“第73代”の筆頭候補と期待した。

3度の優勝を誇るが、大関としての優勝はまだない。「できるものならやってみたい。それこそ本当に1日の積み重ねだと思うので頑張ります」。大関照ノ富士の第2章が始まる。【佐藤礼征】

◆大関アラカルト

▼月給 横綱の300万円に次ぐ250万円。三役(関脇、小結)より70万円増。

▼待遇 海外渡航はファーストクラス。新幹線はグリーン席。車での場所入りは地下駐車場まで乗り入れ可。化粧まわしも関脇以下では禁じられている紫色が使える。

▼引退後 協会に残るためには年寄名跡が必要だが、元大関は現役のしこ名で3年間、年寄として協会に残ることができ、日本国籍取得者は委員待遇として「年寄」の上位に置かれる。

大関再昇進の伝達を受ける照ノ富士(中央)と伊勢ケ浜親方夫妻(代表撮影)
大関再昇進を果たした照ノ富士(上)は部屋の関取衆から祝福される。左から宝富士、翠富士、錦富士(代表撮影)

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安治川親方「次も狙える」照ノ富士に3度目期待

大関再昇進の伝達を受ける照ノ富士(中央)と伊勢ケ浜親方夫妻(代表撮影)

大相撲春場所で3度目の優勝を果たした照ノ富士(29=伊勢ケ浜)の大関復帰が決まり、兄弟子で部屋付きの安治川親方(元関脇安美錦)が「3度目」の伝達式を期待した。

都内の部屋で伝達式が行われた31日、代表取材に応じた。伝達式は照ノ富士にとって初昇進した15年夏場所後に続いて2度目。照ノ富士の綱とりの可能性について、安治川親方は「本人は、続けてればあるんじゃないかなと思ってやってるんじゃないかな。期待はできると思います。ほかの3人の大関よりは。間近で稽古内容、やってることを見てる分には、次(横綱昇進)も狙えるからと思ってます」と話した。

好調の要因の1つとして伴侶の存在を挙げた。照ノ富士は場所前の先月11日に、18年2月に結婚したモンゴル出身のツェグメド・ドルジハンドさん(26)と挙式。「奥さんも一緒に戦っていた分、すごく苦しかったと思う。本人は勝敗がつくけど、奥さんは勝敗つかないわけだから」と安治川親方。「でも同じように戦ってるからね、すごく大変な部分あったと思うけど、それを照ノ富士はすごく感謝してる。それを結果として出したいと常々言ってるので。奥さんの気持ちも乗っけて、もう1つ上の結果を出して欲しい。照ノ富士は悔しいでいいけど、奥さんはモヤモヤしか残らないし、評価もされないし」とエールを送った。

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翠富士、兄弟子快挙を祝福「戻ってくれてうれしい」

翠富士(21年1月撮影)

大相撲春場所で3度目の優勝を果たした照ノ富士(29=伊勢ケ浜)の大関復帰が決まり、弟弟子で平幕の翠富士(24)が祝福した。

都内の部屋で昇進伝達式が行われた31日、代表取材に応じ「毎日一緒に稽古してきて、ケガしたときも知っているので、また戻ってくれてうれしいですね」と喜んだ。

両膝のけがや内臓疾患に苦しみ、17年秋場所を最後に大関から陥落して、一時は序二段まで番付を落とした照ノ富士。当時若い衆だった翠富士も、ともに稽古に励んでいた。

翠富士に弱音を吐くこともあったという。それでも「吐くんですけど、それでも吐いてまた頑張るので。『もうだめだ』とか言ってるんすけど、それでもその日勝ってたり、すごいです」と振り返った。

兄弟子の快挙に翠富士も刺激を受ける。新入幕だった1月の初場所で技能賞を獲得するなど活躍したが、春場所は場所前にヘルニアを発症した影響で5勝10敗と負け越した。腰は「めちゃくちゃ痛い」と治療中。それでも「(照ノ富士と比べれば)自分はしょぼいケガ。自分、結構休み癖があるんですけど、大関に言われたらなんとも言えなくなっちゃうっすね」と話していた。

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おかみが明かす照ノ富士の変化、そして師匠の熱意

大関再昇進を果たした照ノ富士(左から2人目)は伊勢ケ浜親方夫妻らと記念撮影。左はツェグメド・ドルジハンド夫人(代表撮影)

大相撲春場所で3度目の優勝を果たした照ノ富士(29=伊勢ケ浜)の大関復帰が決まり、部屋のおかみの杉野森淳子さんが、師匠の熱意と照ノ富士の変化を振り返った。都内の部屋で昇進伝達式が行われた31日、代表取材に応じた。

照ノ富士は両膝のけがや内臓疾患に苦しみ、17年秋場所を最後に大関から陥落して、19年春場所には序二段まで番付を下げた。淳子さんが印象に残っているのは「幕下に落ちたくらい」の時期だったという。照ノ富士が引退の意向を伝えに師匠の伊勢ケ浜親方(元横綱旭富士)のもとに訪れて、そのたびに引き留められた。

淳子さんはそのたびに席を外していたが、ソファで会話を交わす2人の姿が「印象的」と振り返る。淳子さんによるとその場面は5、6回は見られたという。「そうすると(照ノ富士が)またうなだれて戻っていくというのを繰り返し見てきたので、本当にあの時は今があるって想像できなかった」。

1回の説得の時間は1時間ほど。粘り強く照ノ富士を説得する伊勢ケ浜親方の姿に「そこはすごいなと思いましたね、主人はやっぱり。多分ここでやめたら、言い方は変ですけど、やさぐれてしまうみたいな、それだけが残ってしまうからって。それを食い止めたかったんじゃないですかね」と察した。

照ノ富士の変化を感じたのは、関取復帰を果たした昨年初場所ごろ。「すごく精悍(せいかん)な、全部そぎ落とされたみたいな。(それまでは)ブヨブヨ(した体形を)していたというか、序二段に落ちていた時は湿疹もできていましたし。そういうものを全部出したって感じで」。無給で付け人もいない幕下以下での生活は、1年半以上も続いた。淳子さんは「まわしを持って土俵入り(場所入り)するのは恥ずかしかったと思いますけど、それをよく乗り越えてくれたと思います」と、照ノ富士をたたえた。

大関再昇進を果たした照ノ富士(上)は部屋の関取衆から祝福される。左から宝富士、翠富士、錦富士(代表撮影)

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照ノ富士、伝達式の口上「謹んでお受けいたします」

大関昇進伝達式で口上を述べる照ノ富士(中央)と伊勢ケ浜親方夫妻(代表撮影)

日本相撲協会は31日、東京・両国国技館で大相撲夏場所(5月9日初日、東京・両国国技館)の番付編成会議と臨時理事会を開催し、春場所で3度目の優勝を飾った関脇照ノ富士(29=伊勢ケ浜)の大関昇進を全会一致で承認。平幕以下に落ちて大関に返り咲くのは、77年初場所後に昇進した魁傑以来2人目。十両以下に落ちて大関に復帰するのは史上初となった。

協会から送られた同じ伊勢ケ浜一門で使者の高島理事(元関脇高望山)と浅香山審判委員(元大関魁皇)を東京・江東区の伊勢ケ浜部屋で迎え、伝達式が行われた。

使者から満場一致で大関昇進が決まったことを伝えられた照ノ富士は「謹んでお受けいたします」とシンプルな口上を述べ「本日は誠にありがとうございました」と続けた。

前回昇進した15年夏場所後の伝達式の口上では「謹んでお受けいたします。今後も心技体の充実に努め、さらに上を目指して精進いたします」と述べ、横綱昇進の意欲を示していた。大関が2度の伝達式を経験するのは魁傑以来。2度目の口上に注目が集まっていた。

陥落翌場所に10勝以上挙げれば復帰できる特例では伝達式は行われないが、臨時理事会を経て昇進が決まる場合は、使者を迎えて伝達式が行われる。44年前に平幕以下に落ちて大関に返り咲いた魁傑も、再昇進時は2度目の伝達式に臨み、口上は「謹んでお受けします」と簡潔なものだった。

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照ノ富士「今、相撲大好きです」/一問一答

大関昇進伝達式を終えて会見する照ノ富士(左)と伊勢ケ浜親方(代表撮影)

日本相撲協会は3月31日、東京都墨田区の両国国技館で大相撲夏場所(5月9日初日、東京・両国国技館)の番付編成会議と臨時理事会を開き、東関脇照ノ富士(29=伊勢ケ浜)の大関再昇進を決めた。

照ノ富士は春場所、12勝3敗で3度目の幕内優勝を果たした。三役で直近3場所の合計を36勝とし、目安とされる33勝を上回った。

現行のかど番制度となった1969年名古屋場所以降、魁傑の所要7場所よりも時間をかけて、17年秋場所以来21場所ぶりの返り咲きとなった。両膝のけがや内臓疾患などで序二段まで番付を下げながらはい上がってきた、史上最大のカムバック劇を成し遂げた。

同じ伊勢ケ浜一門の高島理事(元関脇高望山)と浅香山審判委員(元大関魁皇)が使者として、江東区の伊勢ケ浜部屋で大関昇進の伝達式が行われた。照ノ富士は「謹んでお受けいたします。本日は誠にありがとうございました」とシンプルな口上。その後、会見に臨んだ。

◇一問一答

-心境は

照ノ富士 あらためて元の位置に戻った実感を感じています。(前回は)思い出すというか、また違う形でうれしく思います。前は本当にそのまま素直に思っていたが、今はたどり着いた。ホッとしている。

-緊張したか

照ノ富士 特に緊張したわけではない。

-口上は

照ノ富士 2回目ですから。気持ちは変わってないし、素直にありがたい気持ちで。

-前回は心技体の充実に努め

照ノ富士 前回と気持ちは変わらない。やるからには上を目指したいので。自分の考えもあって親方とおかみさんに相談して決めました。よかったと思います。

-大関の像は

照ノ富士 素直に自分らしく前向きに頑張っていきたい。

-(師匠の伊勢ケ浜親方に)

伊勢ケ浜親方 本人は長く苦しんできた。努力した成果だと思う。本人が頑張ったからこその成果。

-何度も辞めたいと

伊勢ケ浜親方 本人が頑張れば、どこまでいけるか。病気が治れば前向きになれる。治ってよかったと思う。(戻れるのは)幕下で勝ってから。そのあたりから関取に戻れる、幕内で勝てる。段階をへてですよね。

-今場所の活躍は

伊勢ケ浜親方 立派だと思います。ギリギリじゃない。優勝してしっかり形を残して、立派じゃないですか。内臓もだいぶよくなった。元気出てきましたから。

-横綱へも

伊勢ケ浜 膝という爆弾抱えている。留意していけばまだまだいけると思っている。

-相撲で変化は

伊勢ケ浜親方 強引な投げ、そっくり返ったりはなくなってきている。部屋というより、相撲界全体であきらめないでいけば成し遂げられる。いい影響を与えられたと思う。

-(照ノ富士に)幕下からと師匠が

照ノ富士 朝から晩まで考えてきた。こういう結果が出てよかったと思う。よくなった時も思うように体が動かない時も。どう過ごすか考えた1日もあった。

-いつから戻れる?

照ノ富士 やるからにはずっと上を目指したい思っている。序二段にいるときはまさかこんな結果が出るとは思わなかった。

-春場所で重圧は

照ノ富士 特には。この一番で自分の力を出せるかしか考えていなかった。優勝につながったのはよかった。

-奥さんに

照ノ富士 苦しい思いさせてきたんで。これからいい姿を見せて、幸せにさせたいと思っている。

-モンゴルの家族も

照ノ富士 まわりの人も喜んでくれた。それが何よりです。

-師匠に

照ノ富士 あのとき、やめたいと言った気持ちを覆してくれたのは師匠なんで。こういう形で元の位置に戻ったこと、すべて親方のおかげと思っています。

-決意は

照ノ富士 やる限り、経験したことないこともあるだろうし、1回でも経験してみたい思いもある。稽古して上を目指していきたい。

-理想の相撲、課題は

照ノ富士 復帰してからひとつのことしかできない自分なんで。右四つで前に出る相撲、もっともっと磨いていきたい。

-大関の初優勝も

照ノ富士 ま、そうですね。できるものならやってみたい。それこそ1日の積み重ねと思うんで、頑張りたいと思います。

-思い出せるのは

照ノ富士 ずっと身近で支えてくれた師匠、おかみさん、家族、後援会のみなさんに戻った自分を見せることは少しでも恩返しできたかなと思います。

-カムバックの要因は

照ノ富士 やってるうちに相撲が好きになる自分がいる。今、相撲大好きです。

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高島理事「3人の大関より照ノ富士の方が1つ上」

大関昇進伝達式で口上を述べる照ノ富士(中央)と伊勢ケ浜親方夫妻(代表撮影)

日本相撲協会は31日、東京・両国国技館で大相撲夏場所(5月9日初日、東京・両国国技館)の番付編成会議と臨時理事会を開催し、春場所で3度目の優勝を飾った関脇照ノ富士(29=伊勢ケ浜)の大関昇進を全会一致で承認した。平幕以下に落ちて大関に返り咲くのは、77年初場所後に昇進した魁傑以来2人目。十両以下に落ちて大関に復帰するのは史上初となった。

協会から同じ伊勢ケ浜一門の高島理事(元関脇)と浅香山審判委員(元大関魁皇)が使者として東京・江東区の伊勢ケ浜部屋に出向き、昇進伝達式が行われた。使者のコメントは以下の通り。

高島理事 (照ノ富士の今後の期待について)上半身は強いけど下半身はもう少し鍛えないと相撲に怖い部分がある。下半身の強化ですかね、努めてもらいたい。そうすればもう1つ上を狙える。3人の大関(正代、朝乃山、貴景勝)見てると、しっかりした体調で臨めば照ノ富士の方が力は1つ上かな。

浅香山審判委員 立派な成績を収めた。文句なしの昇進だ。良かったと思うし、まだまだ本人もこれからさらに上を目指す気持ちがあると聞いているので、そこに向けてまた精進してもらいたい。(口上は簡潔だったが)言葉よりも気持ちが大事だ。(2回目の大関昇進で)すごい精神力だと思う。いろんな力士、いろんな人の励み、手本になったりすると思うので、しっかりと頑張ってもらいたい。今でも十分に力を発揮できている。何よりけがをしないこと、体調管理。そこだけ気をつけてほしい。

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相撲伝達式がライブ配信 コメント欄で膝心配の声も

ツェグメド・ドルジハンド夫人と記念撮影する照ノ富士(代表撮影)

大関復帰を果たした照ノ富士(29=伊勢ケ浜)の昇進伝達式が31日、日本相撲協会公式YouTubeチャンネルで生配信された。伝達式の様子が生配信されるのは昨年9月に昇進した大関正代以来。

東京・両国国技館で大相撲夏場所(5月9日初日、東京・両国国技館)の番付編成会議と臨時理事会が開かれ、照ノ富士の大関昇進を全会一致で承認された。午前9時35分ごろに使者の高島理事(元関脇高望山)と浅香山審判委員(元大関魁皇)が、東京・江東区の伊勢ケ浜部屋に到着。使者から満場一致で大関昇進が決まったことを伝えられた照ノ富士は、2000人以上の視聴者が見守る中「謹んでお受けいたします」とシンプルな口上を述べた。

照ノ富士の晴れ舞台に、部屋付きの安治川親方(元関脇安美錦)や宝富士ら部屋の関取衆も集まった。昇進を祝ってビールが入ったグラスを片手に乾杯の音頭も取られたが、新型コロナウイルス感染予防のためか、照ノ富士ら関係者がグラスに口をつけることはなかった。

照ノ富士は古傷の両膝に不安を抱えていることもあり、伝達式直前から正座の体勢を何度か取り直した。視聴者のコメント欄では「膝が心配」「足をくずしてほしい」「椅子に座らせてあげて」などと心配する声もあがった。

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照ノ富士が大関返り咲き 十両以下から復帰は史上初

大関昇進伝達式で口上を述べる照ノ富士(中央)と伊勢ケ浜親方夫妻(代表撮影)

大関照ノ富士が帰ってきた。日本相撲協会は31日、東京・両国国技館で大相撲夏場所(5月9日初日、東京・両国国技館)の番付編成会議と臨時理事会を開催し、春場所で3度目の優勝を飾った関脇照ノ富士(29=伊勢ケ浜)の大関昇進を全会一致で承認した。平幕以下に落ちて大関に返り咲くのは、77年初場所後に昇進した魁傑以来2人目。十両以下に落ちて大関に復帰するのは史上初となった。

返り三役の昨年11月場所で13勝、1月の初場所は関脇で11勝、今場所は12勝を挙げて大関昇進目安の「三役で3場所33勝」を大きく上回る「36勝」としていた。照ノ富士が昇進したことで夏場所は1横綱、4大関となる。

◆照ノ富士春雄(てるのふじ・はるお)本名・ガントルガ・ガンエルデネ。1991年11月29日、モンゴル・ウランバートル市生まれ。18歳で来日し、鳥取城北高に留学して相撲を始める。3年時に中退して間垣部屋に入門。しこ名「若三勝」で11年技量審査場所で初土俵。13年春場所後に伊勢ケ浜部屋に転籍。同年秋が新十両昇進で「照ノ富士」に改名。関脇だった15年夏場所で初優勝を果たし、場所後に大関昇進。17年秋場所後に大関陥落。5場所連続休場して19年春場所に西序二段48枚目で本場所に復帰。192センチ、177キロ。血液型はO。家族は妻。得意は右四つ、寄り。

15年、大関昇進伝達式で笑顔の照ノ富士(中央)。右は伊勢ケ浜親方(2015年5月27日撮影)

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照ノ富士2度目の大関昇進伝達式は44年ぶり2人目

照ノ富士大関昇進伝達式 大関昇進に笑顔の照ノ富士。右から伊勢ケ浜親方、1人おいておかみの淳子さん(2015年5月27日撮影)

大相撲春場所で3度目の優勝を果たし、大関復帰を確実にした関脇照ノ富士(29=伊勢ケ浜)が31日、2度目の昇進伝達式に臨む。同日の夏場所(5月9日初日、東京・両国国技館)の番付編成会議と臨時理事会で大関昇進が承認されれば、東京・江東区の伊勢ケ浜部屋で使者を迎える運び。大関から平幕以下に落ちて横綱に昇進すれば史上初。前回は横綱昇進の意欲を示した中、2度目の口上に注目が集まる。

   ◇   ◇   ◇

照ノ富士の大関復帰が、いよいよ正式に決定する。同日午前9時の臨時理事会後、日本相撲協会審判部から部屋に使者が送られる。陥落翌場所に10勝以上挙げれば復帰できる特例では、伝達式は行われない。大関で2度の伝達式を経験するのは、77年初場所後に昇進した魁傑以来44年ぶり2人目となる。

その魁傑の口上は、2度目ということもあり「謹んでお受けします」とシンプルだった。ただ前例が1つしかないため“慣例”はない。照ノ富士はオンラインでの会見に応じた29日時点で「(師匠の伊勢ケ浜)親方と話をして決めます」と話すにとどめた。

初昇進時は最高位への意欲があふれ出た。前回昇進した15年夏場所後の伝達式では「謹んでお受けいたします。今後も心技体の充実に努め、さらに上を目指して精進いたします」と述べた。平成以降に昇進した28人中16人が「大関の名に恥じぬよう」など「大関」の地位に言及した中、異例の綱とり宣言だった。

現行のかど番制度となった1969年名古屋場所以降、大関陥落を経験して横綱に昇進したのは79年の三重ノ海だけ。陥落翌場所に復帰したケースを除けば、初めての快挙となる。29日には「自分が昔から目標にしていたのは横綱という地位。もう1歩先を進むところまできた」と話していた。伝達式の様子は協会公式YouTubeチャンネルで生配信される予定。全国、世界中の相撲ファンが見守る中、看板力士として再出発する。【佐藤礼征】

◆魁傑は4場所で陥落 照ノ富士を除いて唯一、平幕以下に陥落して大関に返り咲いた魁傑は“再大関場所”が今の照ノ富士と同じ29歳だった。大関復帰後は1度も2桁白星に到達できず、4場所後の77年九州場所で関脇に陥落。左肘の負傷などを理由に、約1年後の79年初場所中に30歳11カ月で現役を引退した。

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照ノ富士、あす2度目昇進伝達式 15年の口上は…

優勝力士インタビューで笑顔の照ノ富士(2021年3月28日撮影)

大相撲春場所で3度目の優勝を果たし、大関復帰を確実にした関脇照ノ富士(29=伊勢ケ浜)が31日、2度目の昇進伝達式に臨む。同日の夏場所(5月9日初日、東京・両国国技館)の番付編成会議と臨時理事会で大関昇進が承認されれば、東京・江東区の伊勢ケ浜部屋で昇進伝達式が行われる運び。照ノ富士が述べる口上に注目が集まる。

前回昇進した15年夏場所後の伝達式の口上では「謹んでお受けいたします。今後も心技体の充実に努め、さらに上を目指して精進いたします」と述べ、横綱昇進の意欲を示していた。

現行のかど番制度となった1969年名古屋場所以降、平幕以下に陥落して復帰するのは、77年初場所後に昇進した魁傑以来44年ぶりで2人目となる。陥落翌場所に10勝以上挙げれば復帰できる特例では伝達式は行われないが、臨時理事会を経て昇進が決まる場合は、使者を迎えて伝達式が行われる。

魁傑も再昇進時は2度目の伝達式に臨み、口上は「謹んでお受けします」と簡潔なものだった。

照ノ富士の伝達式は午前9時開始の理事会後に行われる予定で、日本相撲協会の公式YouTubeチャンネルで生配信されることになっている。

15年、大関昇進伝達式で笑顔の照ノ富士(中央)。右は伊勢ケ浜親方(2015年5月27日撮影)
平成以降の大関昇進の口上
過去の大関復帰力士

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横審が引退鶴竜へ期待、親方で「後進の指導励んで」

鶴竜

日本相撲協会の諮問機関である横綱審議委員会(横審)の定例会合が29日、東京都内で開かれた。春場所中に引退表明した横綱鶴竜(35=陸奥)に対し、横審は昨年11月場所後の定例会合で、横綱白鵬(36=宮城野)とともに「注意」を決議していた。

鶴竜の決断について、横審の矢野弘典委員長(産業雇用安定センター会長)は「注意の措置を真摯(しんし)に受け止めたものの、再起の努力は実らず横綱の責任を果たせないと決断したと受け止めている」と察した。その上で「横綱として力士として立派な実績を残し、努力の人ではなかったかと思う。人間的にも温厚で、粗暴な振る舞いもなく、多くのファンの心をとらえたのではないか」と評価。親方として「後進の指導に励んでほしい」と期待した。

また、春場所優勝で大関復帰を確実にした関脇照ノ富士(29=伊勢ケ浜)についても言及。「奇跡的な復活で多くのファンの心をとらえ、共感を得た」と評価し、さらに1人横綱となったことから「大関陣を先頭に競い合って上を目指してほしい」と期待を寄せた。

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元大関前の山・先代高田川親方が多臓器不全で死去

高田川親方(元大関前の山)

日本相撲協会は29日、先代高田川親方で元大関前の山の清水和一氏が、11日に多臓器不全により死去していたことを発表した。

76歳だった。大阪・守口市出身で、高砂部屋に入門して61年春場所で初土俵。70年秋場所で新大関昇進を果たし、大関在位は10場所だった。74年春場所で引退し、年寄「高田川」を襲名。同年に高砂部屋から独立して、高田川部屋を創設した。協会では理事を務めるなどし、10年に定年退職した。

前の山(1966年9月12日撮影)
大関前の山(1971年11月28日撮影)
前の山(1966年9月12日撮影)
高田川親方(元大関・前の山)(1995年9月16日撮影)

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照ノ富士「師匠の顔に泥は許さない」秘めた気持ちで

優勝インタビューで笑顔を見せる照ノ富士(2021年3月28日撮影)

大相撲春場所で3度目の優勝を果たし、大関再昇進を確実とした関脇照ノ富士(29=伊勢ケ浜)が29日、都内の部屋で、リモート一夜明け会見を行った。

大関復帰をかけて臨んだ春場所では、昇進目安の「三役で3場所33勝」に向けての9勝が一つの目標だった。実際には13日目から3連続大関撃破するなど、12勝を上げて3場所「36勝」と大きく目安を上回った。審判部長が師匠の伊勢ケ浜親方(元横綱旭富士)だっただけに「(大関に)上げてもうら以上、文句なしで上げてもらいたかった。『師匠が上げるんだから』ということがどうせ出てくるから、師匠の顔に泥をぬることは絶対に許さないという気持ちだった」と秘めたる思いがあったという。

内臓疾患や両膝の負傷により、大関から序二段まで陥落した。当時は伊勢ケ浜親方に何度も引退を相談したが、その度に強く引き留められて、励ましの言葉をもらい現役続行を決意。「病気やケガで車いすでいる時に1日1日が本当に自分の闘いというか、必死に生きようとしている自分がいた。だからこそ、1日の大切さというのはその時に学びました」と、コツコツと積み重ねてきた。

4場所連続全休明けとなった19年春場所から、わずか2年で大関再昇進を確実にするところまできた。「今以上に努力して、もっと頑張って成績を残さないといけないとあらためて強く思いました」と満足はしていない。むしろ「昔から目標にしていたのは横綱という地位ですから。やっと近づいて、もう1歩先を進むところまできたかなと思います」と横綱昇進を見据えた。

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照ノ富士が日本国籍取得へ、名字は「杉野森」最有力

優勝力士インタビューで笑顔を見せる照ノ富士(撮影・鈴木正人)

<大相撲春場所>◇千秋楽◇28日◇東京・両国国技館

大関復帰を事実上決めた照ノ富士が、日本国籍取得に向けて準備を進めていることが28日までに分かった。年寄名跡の襲名には日本国籍が必要で、取得できれば現役引退後に親方として日本相撲協会に残る資格を得ることになる。

関係者によると現在はモンゴル国籍離脱のため、許可を取る申請をモンゴル側にしている段階という。国籍離脱が認められれば、日本での手続きが始まる見通しとなっている。照ノ富士は将来的に親方として協会に残る意向。三役経験を持つため、年寄名跡を取得すれば部屋を興すことも可能となる。

照ノ富士はモンゴルから18歳で逸ノ城らと一緒に来日し、日本に住んで10年以上となった。先月11日には18年2月に結婚したモンゴル出身のツェグメド・ドルジハンドさん(26)と挙式し、身を固めている。

関係者によると日本名の候補として、師匠の伊勢ケ浜親方の名字である「杉野森」が最有力に挙がっているという。決定すれば、大関復帰へ導いてくれた師匠への思いを表す形となる。

モンゴル出身では同国勢初の師匠となった友綱親方(元関脇旭天鵬)や高砂親方(元関脇朝赤龍)が日本国籍を取得している。19年9月に横綱白鵬が、24日に現役を引退した元横綱鶴竜は昨年12月に日本国籍を取得した。日本名は、白鵬はしこ名と同じ「白鵬翔」、鶴竜は変わらず「マンガラジャラブ・アナンダ」としている。

結婚式を終えて記念撮影をする照ノ富士(左)と夫人(2021年2月11日撮影)

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結びで巻き添え、行司背中から落下/千秋楽写真特集

<大相撲春場所>◇千秋楽◇28日◇東京・両国国技館

関脇照ノ富士(29=伊勢ケ浜)が昨年7月場所以来の優勝を果たして、確実にしている大関復帰に花を添えた。大関貴景勝を破って12勝目。3度目の幕内優勝は関脇以下では初となる快挙を成し遂げた。

八角理事長(右)から内閣総理大臣杯を受け取る照ノ富士(撮影・河田真司)

幕内優勝を飾り師匠の伊勢ケ浜審判部長(左)から優勝旗を受け取る照ノ富士(撮影・小沢裕)

優勝力士インタビューで笑顔を見せる照ノ富士(撮影・鈴木正人)

千秋楽の熱戦を写真で振り返ります。

幕内

徳勝龍(7勝8敗)とったり琴勝峰(1勝6敗8休)

琴勝峰(手前)をとったりで破る徳勝龍(撮影・鈴木正人)


英乃海(10勝5敗)すくい投げ豊昇龍(8勝7敗)

豊昇龍(右)をすくい投げで破る英乃海(撮影・河田真司)


魁聖(8勝7敗)下手投げ翔猿(10勝5敗)

魁聖(右)を下手投げで破る翔猿(撮影・河田真司)

翔猿 (兄英乃海とともに2桁白星)目の前で取っていて、良かったと思う。場所中は自分のことであれだったので(話はしていない)。


琴ノ若(6勝9敗)寄り切り大奄美(9勝6敗)

琴ノ若(右)を寄り切りで破る大奄美(撮影・河田真司)


琴恵光(8勝7敗)寄り切り輝(6勝9敗)

琴恵光(左)を寄り切りで破る輝(撮影・河田真司)


玉鷲(5勝10敗)寄り切り照強(8勝7敗)

玉鷲(右)を寄り切りで破る照強(撮影・鈴木正人)


翠富士(5勝10敗)押し出し隠岐の海(3勝12敗)

隠岐の海(右)を押し出しで破る翠富士(撮影・鈴木正人)


竜電(6勝9敗)寄り切り妙義龍(7勝8敗)

竜電(右)を寄り切りで破る妙義龍(撮影・鈴木正人)

妙義龍 (7勝8敗の成績に)十分じゃないですか。連勝あり、連敗ありで、最後勝ちで締められたので良かったと思う。足が動いた相撲もあったし、動かなかった相撲もあった。


千代大龍(6勝9敗)はたき込み志摩ノ海(4勝11敗)

志摩ノ海(手前)をはたき込みで破る千代大龍(撮影・河田真司)


明生(10勝5敗)寄り切り剣翔(9勝6敗)

明生(手前)に寄り切りで敗れる剣翔龍(撮影・河田真司)


北勝富士(9勝6敗)押し出し若隆景(10勝5敗)

北勝富士(右)を押し出しで破る若隆景(撮影・河田真司)

若隆景 (立ち合い変化は)体が反応しました。(技能賞は)うれしいです。おっつけの技能が評価されたのはすごくありがたい。


千代翔馬(8勝7敗)上手投げ阿武咲(4勝11敗)

阿武咲(下)を上手投げで破る千代翔馬(撮影・河田真司)

阿武咲 思い切りいったが、自分が弱かっただけです。明日から切り替えて来場所、出直します。


宝富士(3勝12敗)突き落とし霧馬山(7勝8敗)

宝富士(右)を送り引き落としで破る霧馬山(撮影・鈴木正人)

宝富士(右)を送り引き落としで破った霧馬山(撮影・鈴木正人)

霧馬山 最後危なかったけど、我慢していきました。思い切りいっていい相撲をとろうと。勝って来場所につなげたかった。(部屋の横綱鶴竜が引退も)あまり考えず集中して、いつも通りいけました。


明瀬山(7勝8敗)突き出し大栄翔(8勝7敗)

明瀬山(手前)を激しく攻める大栄翔(撮影・鈴木正人)

大栄翔(左)は明瀬山を突き出しで破る(撮影・小沢裕)

大栄翔 (7勝7敗千秋楽に)ちょっと緊張したけどやることはひとつ。思い切りいきました。とりあえず勝ち越しはよかったが、内容的には悪い相撲が多かった。


逸ノ城(7勝8敗)押し出し御嶽海(8勝7敗)

逸ノ城(右)を押し出しで破る御嶽海(撮影・鈴木正人)

御嶽海 (千秋楽勝ち越しに)ホッとしてます。ようやく終わりました。自分としてはもっととりたかったが、ファンの方はハラハラドキドキ、刺激になったんじゃないでしょうか。


高安(10勝5敗)はたき込み碧山(11勝4敗)

碧山(左)にはたき込みで敗れる高安(撮影・鈴木正人)

高安(右)をはたき込みで破った碧山(撮影・河田真司)

碧山 (優勝決定戦への望みは)もちろんありました。残念です。(勝てばの条件付き敢闘賞は)知っていました。落ち着いていい相撲がとれたと思います。


栃ノ心(7勝8敗)押し出し隆の勝(8勝7敗)

栃ノ心(左)を押し出しで破る隆の勝(撮影・河田真司)

隆の勝 (千秋楽勝ち越しに)ガチガチにはならず、いい緊張感で臨めた。勝ち越しで終われたのは自信になる。来場所、もっと活躍できるように頑張りたい。


貴景勝(10勝5敗)押し出し照ノ富士(12勝3敗)

貴景勝(手前)を攻める照ノ富士(撮影・鈴木正人)

貴景勝(右)を土俵際に追い込む照ノ富士(撮影・河田真司)

貴景勝(右)を押し出しで破り、幕内優勝を決める照ノ富士(撮影・河田真司)

貴景勝 本割で勝たないことには始まらないんで。一生懸命やろうと思いました。負けたのは自分が弱いから。それをしっかり考えて、来場所に向けてやっていきたい。


正代(7勝8敗)上手投げ朝乃山(10勝5敗)

朝乃山(左)に上手投げで敗れる正代にぶつかる行司の式守伊之助(右)(撮影・河田真司)

朝乃山(右)は正代を上手投げで破る。行司の式守伊之助(左)は巻き添えを食らい土俵下に頭から落ちた(撮影・小沢裕)

結びの一番で土俵下に落ちた立て行司の式守伊之助(撮影・鈴木正人)

結びの一番で土俵下に落ちた立て行司の式守伊之助(中央)。声をかける西岩親方(左)と呼び出し(撮影・鈴木正人)

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