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新十両豪ノ山、母校埼玉栄からの化粧まわしに「しっかり勝ち越さないと」名古屋場所へ抱負

母校の埼玉栄高から化粧まわしを贈られた豪ノ山(右から2人目)(撮影・平山連)

新十両昇進が決まった幕下の豪ノ山(24=武隈)の母校埼玉栄中学・高等学校が24日、同校で化粧まわしの贈呈式を行った。スクールカラーのオレンジカラーと校訓が入った化粧まわしを贈られ、豪ノ山は「気が引き締まる。着けて負け越したら意味がないので、しっかり勝ち越さないといけない」と、名古屋場所(7月10日初日、ドルフィンズアリーナ)への抱負を語った。

同校では卒業生が関取に上がると化粧まわしを贈ることが恒例となっており、今回で27本目。豪ノ山と師匠の武隈親方(元大関豪栄道)はともに同校OB。2人を育てた山田道紀監督は「自分の教え子の所にまた教え子が入って、関取になる。こんな幸せなことはないです」と感無量な様子だった。

学生時代の豪ノ山の印象について、山田監督は「中学の頃に良い押し相撲をしているなと思って誘うと、『行きたいです』と即決した。(教え子の中でも)3本の指に入るくらい穏やかな性格でしたが、迷うところがなかった」。高校1年の秋の国体に出た際に左前十字靱帯(じんたい)断裂という大けがを負ったが、地道なリハビリやトレーニングを怠らず翌年の国体で復帰。3年時には主将を務めた。

中大進学後も稽古に打ち込み、4年時に全国学生選手権で準優勝。三段目100枚目格付け出しの資格を得て境川部屋に入門し、初土俵となった昨年3月の春場所から順調に番付を上げた。今年1月の初場所では東幕下35枚目で7戦全勝優勝で一気に番付を幕下1ケタに乗せ、3月の春場所は4勝3敗。5月の夏場所も4勝3敗で新十両の座をつかんだ。

メキメキと実力をつける教え子に、山田監督は「一寸先は闇。常に緊張感を持って」とあえて厳しい助言を送る。自慢の押し相撲にさらに磨きをかけてほしいと期待した。名古屋場所で披露する日を心待ちにしながら、豪ノ山は「15日間まだ戦ったことはないので、まずは勝ち越し。一番、一番集中して、気迫のこもった相撲を見たせたい」と意気込んでいた。

母校の埼玉栄から豪ノ山に贈られた化粧まわしと明け荷(撮影・平山連)

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御嶽海、夏場所初日に右肩負傷していた「焦りはないがもやもやする」現在は四股など基本運動中心

大相撲夏場所初日 御嶽海(右)は高安を押し出しで破る(2022年5月8日撮影)

大相撲名古屋場所(7月10日初日・ドルフィンズアリーナ)を初のかど番で迎える大関御嶽海が22日、東京都墨田区の出羽海部屋での稽古後に取材に応じ、5月の夏場所で右肩を負傷していたことを明らかにした。「ぶっつけ本番でもやらないといけない」と悲壮な覚悟を口にした。

右肩は初日の高安戦で勝った後、土俵下に落ちた際に痛めた。場所中も気にするそぶりを見せており、昇進2場所目で6勝9敗と負け越し。現在は四股などの基本運動中心で汗を流し、相撲を取る稽古の再開は不透明だという。「焦りはないが、ちょっともやもやする」と率直に話す。名古屋は4年前に初優勝した思い出の場所。「間に合わせる。しっかり結果を残す」と気を引き締めた。

不安を抱えながら、先場所は皆勤。「来たからには一目見たいという人もいる。そういう人たちを僕は大事にしたい。休場しなかったのが一番良かった」と大関の責任感もにじませた。

大相撲夏場所初日 御嶽海(左)は高安を押し出しで破り土俵下へ落ちる(2022年5月8日撮影)

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元小結の松鳳山が引退 日本相撲協会が引退届を受理 28日会見

松鳳山(2022年3月19日撮影)

日本相撲協会は22日、元小結の松鳳山(38=放駒、本名・松谷裕也)が引退届を提出し、受理したと発表した。28日に会見する。年寄名跡を取得していないため、親方として協会に残ることなく、第2の人生を歩むことになる。

松鳳山は駒大卒業後、元大関若嶋津の松ケ根親方が率いる当時の松ケ根部屋に入門。06年3月の春場所で初土俵を踏んだ。4年後の10年夏場所で新十両に昇進。11年九州場所では新入幕を果たした。突貫相撲を身上に幕内上位で活躍。13年初場所では新三役の小結に昇進した。三役在位は、いずれも小結の5場所。各段優勝は十両で1回、幕下で2回、序二段で1回。金星は5個、三賞は殊勲賞が1回、敢闘賞を3回、獲得した。

5月の夏場所は東十両12枚目で3勝12敗と負け越し。7月の大相撲名古屋場所(7月10日初日、ドルフィンズアリーナ)は、11年夏場所以来の幕下陥落が濃厚となっていた。

松鳳山(2019年5月1日撮影)
松鳳山(2020年11月9日撮影)
松鳳山(2019年1月10日撮影)
松鳳山(2021年5月13日撮影)

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追手風部屋出稽古、貴景勝充実の30番 16日から同部屋で精力的に連日20番以上

大相撲の大関貴景勝が20日、小結大栄翔らがいる埼玉県草加市の追手風部屋に出向き、同じく出稽古の幕内霧馬山らと精力的に30番取った。

16日から同部屋を訪れ、連日20番以上取っているという。「せっかく出稽古できるので、積極的にやろうと思った。新鮮というか、うれしい気持ちがある」と充実感に浸った。昨年の名古屋場所で首を痛め、最近は2場所続けて8勝7敗と精彩を欠く。立ち合いで頭から当たる相撲が持ち味だけに「首が怖くて当たれないなら、引退した方がいい」と悲壮な覚悟を吐露。「膝や肘は2つあるけど、首は1つしかない。気を付けてもけがをするが、大事にしながら頑張っていく」と話した。

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志摩ノ海挙式「きれいというか…本当に見とれてしまいました」元宝塚の清香夫人と晴れて夫婦に

大相撲・志摩ノ海関の結婚披露宴 記者会見で指輪を披露する志摩ノ海(左)と福薗清香さん(代表撮影)

大相撲の幕内力士、志摩ノ海(32=木瀬)が19日、都内で故先代井筒親方(元関脇逆鉾)の長女で宝塚歌劇団元花組で娘役「天咲千華」として活動した清香夫人(34、旧姓福薗)と結婚式を挙げた。

式には出羽海一門の春日野親方(元関脇栃乃和歌)や新婦の叔父にあたる錣山親方(元関脇寺尾)ら親方衆、大関御嶽海(出羽海)小結豊昇龍(立浪)平幕で弟弟子の宇良(木瀬)ら関取衆ら、関係者約560人が参列した。

前日の18日、婚姻届を提出し、晴れて夫婦となった2人は「うれしさと緊張が入り交じっていたけど、いざ挙式してみると、清香さんがきれいというか…本当に見とれてしまいました」(志摩ノ海)「このようなご時世の中、今日をこうして無事に迎えられたことを、ただただ関わってくださった皆さんへの、感謝の気持ちでいっぱいでございます」(清香さん)と取材対応の第一声を口にした。婚姻届を提出した18日は、膵臓(すいぞう)がんを患うなどして19年9月に死去した、先代井筒親方の誕生日(1961年6月18日)。清香さんは「父の思いを受けて、私どもも良い姿が見せられるように。父も天国で見守ってくれているんじゃないかと思います」と実感を込めるように話した。

昨年10月に初めて出会い1年足らずでのゴールイン。当時の印象を「本当にすごく見とれてしまった」と語っていた志摩ノ海は、この日も「ちょっと恥ずかしいんですけど、普段から気遣い、優しさがありまして。とても美しい方なので全て大好きです」。さらに「2人で助け合いながら温かい家庭を作っていきたい。(子どもは)縁なんですけど1人もくしく2人は欲しいかなと思っています」と、自身の相撲さながらに押しの言葉を並べた。

その志摩ノ海の人間性について新婦は「どんな状況であっても明るく、真っすぐ前を向いてピンチの時もチャンスに変えるようなことを、常に考えていらっしゃるところ」と引かれた性格について述べ「1人の人として、とても尊敬しております」と新郎を立てた。

三重県志摩市出身の志摩ノ海にとって、7月の大相撲名古屋場所(7月10日初日、ドルフィンズアリーナ)は、準ご当所の場所。人生の節目の日ということもあり「責任というか緊張感というのは重みを増した。次は準ご当地の名古屋(場所)なので、先場所は成績が良くなかった(東前頭8枚目で7勝8敗)ですけど、名古屋場所はいい成績を残せるように稽古したい。責任は重大だと思う。いい成績を出して周りから認めてもらえるように頑張りたい」と決意を込めた。そんな関取を、清香さんは「厳しい戦いの世界の中で本当に一生懸命、頑張ってくださっているので家庭では一安心できるようにサポートしてまいりたいです。まだまだ未熟でございますので、支える妻として引き続き精進してまいりたいと思います」と支えていく気持ちを語った。

結婚披露宴で鏡開きをする志摩ノ海(左)と福薗清香さん(代表撮影)
大相撲・志摩ノ海関の結婚披露宴 鏡開きをする志摩ノ海(左)と福薗清香さん(代表撮影)
大相撲・志摩ノ海関の結婚披露宴 乾杯をする志摩ノ海(左)と福薗清香さん(代表撮影)
大相撲・志摩ノ海関の結婚披露宴 挙式を終え、記者会見する志摩ノ海(左)と福薗清香さん(代表撮影)
大相撲・志摩ノ海関の結婚披露宴 記者会見を終え、披露宴に臨む志摩ノ海(左)と福薗清香さん(代表撮影)

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元大関小錦さん来日40周年「日本人になって本当によかった」幕内V3度、外国人初の大関

都内で来日40周年パーティーを開いた元大関小錦の小錦八十吉さん(右)と千絵夫人

大相撲の元大関で、現在はタレントとして活動する小錦八十吉さん(58)が18日、東京・代々木の山野ホールで「小錦来日40周年パーティー」を開いた。パーティーには日本相撲協会の八角理事長(元横綱北勝海)、武蔵川親方(元横綱武蔵丸)、3代目横綱若乃花の花田虎上氏、小錦をスカウトした元関脇高見山の渡辺大五郎さん、プロレスラーの藤波辰爾らが出席。現役時代、16勝16敗と互角に渡り合った八角理事長が「大変な苦労があったと思う。これからも小錦をよろしくお願いします」とあいさつし、乾杯の音頭をとった。

夕方からのパーティーを前に小錦さんは、集まった報道陣に取材対応。「力士になって、日本人になって本当に良かった」「日本に感謝とありがとう」など、感謝の言葉を並べた。

「40年ですね。40年前の、まさに今日です」。ちょうど40年前の82年6月18日、同じハワイ出身の高見山(元関脇、のち東関親方)にスカウトされた小錦さんは、日本に初来日した。最大285キロあった巨体から繰り出す突き、押しを武器に、わずか2年で新入幕。外国出身初の大関昇進も果たし、幕内優勝3度も経験した。最後の蔵前国技館の場所で金星2つを含む12勝を挙げるなど、当時は「黒船来襲」とさえ言われるほど圧倒的なパワーを発揮した。

現役引退後は部屋付き親方を約1年、務めた後に日本相撲協会を退職。ミュージシャンやCM出演などタレントとして活動中。退職からも24年がたつが「相撲愛」は変わらない。愛される人柄から、この日のパーティーは所属するKP社の自分を含めた社員5人に、全国から集まった現役時代の付け人や裏方さんら約20人が集まり、2月から準備してきた記念に日に、たどりついた。「日本の職人の素晴らしさ、文化。今日のために甚句も作ってくれた。実は全て(会場の設営など)手作り。みんな元力士。デザインも業者には頼んでいないんだ」と胸を張って話した。

相撲界への提言もある。「オオタニ(大谷翔平)を見たら、みんな野球をやりたくなる。もっと(相撲も)クオリティーを上げないと。500人より200人のトッププレーヤー(の組織)にするとか」と話しつつ「でも相撲は文化。彼らのために何とかならないかな…」と思案にも思いをはせる。同じ高砂一門の大関経験者で、大相撲名古屋場所(7月10日初日、ドルフィンズアリーナ)で出場停止処分が明ける朝乃山(高砂)についても言及。「強い大関に戻るために、きのうまでのことは忘れて前を向いてほしい。あとは本人がコントロールするしかない」とエールも送っていた。

都内で来日40周年パーティーを開いた元大関小錦の小錦八十吉さん
元大関小錦の小錦八十吉さんが開いた来日40周年パーティーの記念パネル
都内で来日40周年パーティーを開いた元大関小錦の小錦八十吉さん(右)と千絵夫人
元大関小錦の小錦八十吉氏の来日40周年パーティーに出席した元関脇高見山の渡辺大五郎氏(右)とプロレスラーの藤波辰爾
小錦八十吉さんの来日40周年パーティーで乾杯の音頭をとる八角理事長(中央)。左は元横綱3代目若乃花の花田虎上氏、理事長の右に小錦さん

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二所ノ関親方が茨城県オリジナル品種の梨「恵水」の応援団長に就任「梨といえば茨城」

大相撲の二所ノ関親方(元横綱稀勢の里)が17日、茨城県オリジナル品種の梨「恵水(けいすい)」のトップブランド化を目指すプロジェクトの応援団長に就任した。「水分は梨で取る」と豪語するほどの同親方は「梨といえば茨城。茨城の梨は最高の果物。PRしていきたい」と意気込んだ。

故郷の茨城県牛久市に隣接する阿見町に壮大なスケールの部屋を開き、弟子の育成に励んでいる。16日には「幻の恵水」(重さ1キロ以上、糖度14度以上、外観が優れるもの)の栽培に挑戦する生産者を訪問。しめ縄の贈呈や摘果作業で成功を祈念し「茨城の地で横綱、大関を育てるという夢に向かって頑張っています。一緒に大きく育てていくことを頑張っていきましょう」と激励した。(共同)

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王鵬「やっぱり強いな」名古屋場所へ佐渡ケ嶽部屋に出稽古 母校先輩琴ノ若らと申し合い7勝10敗

稽古する王鵬(右)と琴ノ若(代表撮影)

幕内の王鵬(22=大嶽)が16日、千葉・佐渡ケ嶽部屋に出稽古に訪れた。名古屋場所(7月10日初日、ドルフィンズアリーナ)に向けた出稽古としては初めての参加。

同部屋には母校埼玉栄高の先輩の琴ノ若や、同級生の琴勝峰がいる。本場所前に2人と一緒に熱のこもった稽古を見せ「負ける方が多いのは久しぶり。やっぱり強いな」と場所前に実力者とぶつかる意義をかみしめていた。

関取衆の申し合いでは7勝10敗。この日同じく出稽古に来ていた大関経験者の高安について「めちゃくちゃ重かったですね」と苦笑い。これこそが出稽古の良さ。「稽古はしたいですけど、できるなら部屋でやっていた方が楽。でも、来なきゃいけないと思っています」。

返り入幕の5月の夏場所は6勝9敗とはねかえされたが、持ち味の押しは通用する手ごたえをつかんだ。本場所で好調を維持するために「15日間トップギアで続けられるようにしないといけない」と、万全のコンディション作りに励む。

稽古する王鵬(右)と琴勝峰(代表撮影)
胸を出す王鵬(代表撮影)
稽古する豪ノ山(左)と王鵬(代表撮影)
高安や王鵬ら出稽古に訪れ活気づく佐渡ケ嶽部屋の朝稽古(代表撮影)

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4度目かど番の大関正代が心境吐露「考え過ぎてもしょうがない」気がかりは10キロ近くの体重減

正代(2022年5月9日撮影)

大相撲名古屋場所(7月10日初日・ドルフィンズアリーナ)を4度目のかど番で迎える大関正代が15日、東京都墨田区の時津風部屋での稽古後に取材に応じ「考え過ぎてもしょうがない。なるようになる」と心境を吐露した。

この日は出稽古に来た幕内錦木を7勝1敗と圧倒し、幕下力士も含めて13番取った。

先場所は軒並み不調に陥った大関陣の中で最も振るわず、5勝10敗に終わった。「立ち合いで腰が入っていなかったし、最後の最後までかみ合わなかった」と分析。馬力を生かして前に出る相撲を磨き直している。

気がかりなのが体重減だ。一昨年の秋場所で初優勝した際は170キロほどあったものの、現在は10キロ近く減っているという。相手への圧力の違いを感じているそうで「どうしても戻したい気持ちは出てくる。170キロには乗せたい」と話した。

大関在位10場所で2桁勝利は1度だけ。今年は早くも2場所で負け越した。賜杯レースに絡めない状況が続くが「頑張らないといけない。今は誰が優勝してもおかしくない」と自らを鼓舞した。(共同)

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琴ノ若が元大関高安らと申し合い8勝14敗「内容のある稽古になった」充実感にじませ

大相撲の佐渡ケ嶽部屋が15日、千葉県松戸市の部屋で稽古を公開し、進境著しい24歳の幕内琴ノ若が出稽古に訪れた元大関の幕内高安と熱のこもった内容を展開した。

琴恵光、琴勝峰を加えた4人の幕内力士で申し合いが行われ、琴ノ若は高安と18番続けて取るなど8勝14敗。「直接これだけ肌を合わせるのは初めて。自分の力を試すじゃないが、内容のある稽古になった」と充実感をにじませた。

所属する田子ノ浦部屋に自分以外の関取がいない高安は3部屋目の出稽古となり、4人の中で最多の27番を取って17勝10敗と大きく勝ち越した。息が上がる場面があった琴ノ若に対し、32歳の実力者は豊富なスタミナを見せつけた。「若さ負けしないように頑張った。体を張らせて、いい状態で名古屋場所に入りたい」と気合十分だった。(共同)

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正代4度目かど番名古屋場所へ「できればもうちょっと体重ほしい」体重増は好物のラーメンで

朝稽古を行う錦木(左)と正代(撮影・平山連)

大関正代(30)が14日、所属する東京・時津風部屋で朝稽古を行った。早朝から肌寒さを感じる天候の影響からコンディションに不安があったという中で、出稽古に来た幕内の錦木らとの計11番の申し合いで6勝5敗。久々の他部屋力士との稽古について「ずっと同じ相手と稽古するより、違うタイプの力士と稽古できる良さを感じました」と喜んだ。

5勝10敗と負け越した5月の夏場所について「ことごとく自分の相撲の形にならなかった。気持ちも全然上がらず15日間過ごしてしまった」と反省。名古屋場所(7月10日初日、ドルフィンズアリーナ)は4度目のかど番で迎える。「立ち合いで当たってからの一気の攻めや、相手の形にさせないように考えている」と、稽古場でもう一度自分の相撲を見つめなおす。

体重アップにも挑戦する。幕内優勝した20年秋場所時点は175キロあったが、現在は162、3キロ。「できればもうちょっと体重もほしい」と述べ、秘策として好物の家系や二郎系ラーメンを食べるという。宅配サービスを利用しながら、効率よく体重アップにつなげたい考えで「ただ(体重を)増やすのではなく、これから番数を増やしていきながら準備したい」と話した。【平山連】

朝稽古に臨む正代(撮影・平山連)

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引退を決断した元十両彩が語った ケガ、母の死、後輩の阿炎へ 錣山部屋初のたたき上げ関取

大相撲九州場所千秋楽、塵手水を切る彩(2019年11月24日撮影)

大相撲の元十両彩(いろどり、30=錣山)が、5月の夏場所を最後に引退した。最後の番付は西三段目18枚目で、5勝2敗だった。昨年11月に母・純子さんを亡くしながらも奮闘してきたが、両膝のケガで十分な稽古ができず、引退を決断した。

「ケガをして、満足いく稽古ができず、十両に戻って幕内にもいくつもりでやりたかったのですが…。稽古ができずに中途半端にはしたくなかったんです」

中卒で錣山部屋に入門し、12年かけて27歳で新十両に昇進した。18歳で幕下に上がるスピード出世だったが、そこから関取になるまで8年以上かかった苦労人でもある。新弟子から兄弟子まで、分け隔てなく接する優しい性格。師匠の錣山親方(元関脇寺尾)も、部屋付きの立田川親方(元小結豊真将)も「錣山部屋のムードメーカー」と認める存在だった。

彩は、初めて十両で勝ち越した直後の2019年12月25日の朝稽古で右膝を痛めた。翌年の初場所、春場所とも強行出場したが途中休場となり、手術を受けた。21年6月には、左膝も手術を受けた。

2度の手術後はいずれも本場所を全休し、2度とも三段目からの再起を目指してきた。そんな時、母が倒れた。九州場所初日を2日後に控えた21年11月12日のこと。脳幹出血だった。

九州場所宿舎から地元の埼玉・越谷市の病院に向かった。だが、翌13日に死去。まだ51歳だった。彩は通夜・告別式に出席することなく、九州に戻った。

「師匠は『無理しなくていい』と言ってくれました。でも、おふくろなら、私のせいで(本場所に)出られなくさせてしまったと心配する。力士として土俵を務めないといけないと思いました」

初日は不戦敗となったが、1勝3敗から3連勝して勝ち越した。

「こういうことが理由で負けたら情けない。おふくろに申し訳ないと思って、気持ちを奮い立たせました」

本場所を終えてから、錣山親方と一緒に実家に向かった。

15歳で角界入りする時も母は「自分の人生なのだから」と言って、背中を押してくれた。序ノ口デビューの場所で勝ち越し、初めての給金(場所手当など)は全額、母に渡した。「おふくろは照れくさそうに『いいのに、いいから』と言っていましたが、その後バレないように泣いていました」。それから12年かけて十両に上がると、土俵入りを泣きながら見てくれた。

最近2年はコロナ禍にあり、実家には戻らなかった。そのため、母との直接の対面は、19年3月に自身の入院先に見舞いに来てくれた時が最後だった。

心に穴が開いたが、自らを鼓舞して土俵に上がり続けた。しかし、今年3月に再度右膝を痛めて引退を決意。5月の夏場所を最後と決めて、締めくくった。

「入門した時、関取になりたいとは思っていましたが、なれるとは思っていなかった。無理だろうなと感じていましたが、引き上げてくれたのは、師匠が指導してくださり、立田川親方が新弟子のころから胸を出してくれたおかげです。みなさんのおかげで上がれました」

およそ全力士の1割しか関取になれない角界にあって、合計4場所とはいえ十両に上がれたことは成功と言っていい。しかし、本人は幕内に上がれなかった後悔があるという。だからこそ、後輩たちには伝えたいことがある。

「現役はあっという間に過ぎるので、一日中相撲のことを考えるくらいの気持ちで、全てを相撲に費やすくらいの気持ちでやって欲しいと思います」

特に関脇阿炎は、小学校時代からの後輩でもある。阿炎の紆余(うよ)曲折は間近に見てきた。

「大関、横綱に上がってもらいたい。そもそもがセンスの塊で、大人になって考え方も変わってきて稽古を一生懸命するようになりました。才能の塊が努力をしたら、こうなる。もっと上を目指して稽古して欲しい」

彩という四股名は、幕下の時に師匠と立田川親方が命名してくれた。「彩の国」埼玉出身。「引退してみて、ふと思い出すと、いい名前だったとあらためて思います。覚えやすいですしね」。自身は今、松本豊として車の普通免許を取得するため自動車学校に通っている。第2の人生はまだ模索中で「人の役に立ちたいですね。まだ何をやるかは決まっていません」。

最後に、立田川親方に、彩について聞いた。

「もっと早く(関取に)上げられたのではないかと、悔いが残っています。彩が25歳くらいの時、自分がケガをして回復まで時間がかかり、胸を出してやれなかった。もちろん稽古相手はいたけど、自分がケガをしないでぶつかり稽古で出していれば、もっと早く上げられた。幕内までいける力はありました」

彩にも幕内に上がれなかった悔しさが胸に残るが、立田川親方はこう続ける。

「相撲界でいろいろな経験をして関取にも上がったし、努力すれば報われることも、挫折も経験した。こういう経験は、次の仕事にもつながる。相撲界から離れても、錣山部屋にはかかわっていってほしい。錣山部屋から、中卒たたき上げで関取になったのは、彩が初めてなんです。豊が上がってくれたのは、自分たちにも錣山部屋にとっても自信になる。すごいことをやったんだと、自信を持って欲しい。師匠も僕も自信にしているんです。それは豊のおかげなんです」

これ以上の褒め言葉はあるだろうか。彩は18日に、両国のホテルで断髪式を予定している。入門まで15年、入門してから15年。ここから次の人生、自信をもって進めばいい。【佐々木一郎】

◆彩尊光(いろどり・たかてる)本名・松本豊。1992年(平4)3月10日、埼玉・越谷市生まれ。小4から相撲を始めた。15歳で錣山部屋に入門し、2007年春場所初土俵。19年夏場所で新十両。最高位は西十両11枚目。通算338勝282敗34休。180センチ。

初場所5日目、塩をまく彩(2020年1月16日撮影)
土俵入りをする彩(2019年9月13日撮影)

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若隆景、関脇・阿炎らの出稽古で朝稽古参加喜ぶ「いろんな関取と稽古…ありがたかった」

朝稽古に臨む若隆景(代表撮影)

関脇の若隆景(27=荒汐)が13日、気迫にあふれる朝稽古を行った。関脇の阿炎(28=錣山)、幕内の霧馬山(26=陸奥)と北勝富士(29=八角)が同部屋に出稽古で訪れ、「いろんな関取と稽古できたのはありがたかった」と喜んだ。名古屋場所(7月10日初日、ドルフィンズアリーナ)の成績次第で大関昇進の可能性を残す。22日まで出稽古解禁期間を生かし、調整を重ねる。

関取衆の申し合いが始まると、ガラス張りの窓の外から見学したファンたちが釘づけになった。関取だけに許される稽古用の白まわしを締めたのは実に6人(若隆景、若元春、荒篤山、阿炎、霧馬山、北勝富士)。17番取った若隆景はいつものように「本当に下から(攻める)」という意識を持ちながら、阿炎や霧馬山と胸を合わせて9勝8敗だった。

5月の夏場所は中日を終え3勝5敗と黒星が先行した。その後は3連勝するなど巻き返し、後半戦唯一の土は12日目の横綱照ノ富士戦のみ。9勝6敗で終えた。関脇の地位で勝ち続ける重みを知るからこそ「しっかり地道にいくだけです」。今後も他の部屋には行かず、出稽古に来た関取衆たちと汗を流す。名古屋場所に向けて「初日からしっかりとしていきたいです」と誓っていた。

土俵上で激しい稽古を見せる若隆景(右)と霧馬山(代表撮影)
土俵上で激しい稽古を見せる霧馬山(左)と若隆景(代表撮影)
土俵上で激しい稽古を見せる霧馬山(左)と若隆景(代表撮影)
力強いぶつかりを見せる若隆景(左)と阿炎(代表撮影)

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1年ぶり復帰元大関朝乃山と胸合わせた十両朝乃若「全然歯が立たない。幕内で一緒にやりたい」

朝稽古に励む元大関の朝乃山(代表撮影)

大相撲の名古屋場所(7月10日初日、ドルフィンズアリーナ)で約1年ぶりに復帰する元大関朝乃山(28=高砂)が11日、都内の高砂部屋で朝稽古を行った。計24番の申し合いで、十両の朝乃若に対しては9勝3敗。本人の取材対応はなかったが、胸を合わせた朝乃若は「やっぱり大関経験者なので、全然歯が立たない。できたら幕内で一緒にやりたいです」と話した。

昨年5月の夏場所中の外出禁止期間中に飲食店へ通っていたことが発覚。ちょうど1年前に、新型コロナウイルス対策のガイドライン違反で、日本相撲協会から6場所の出場停止処分を受けていた。

師匠の高砂親方(元関脇朝赤龍)は「本当に大変な1年だったと思う」と愛弟子の胸の内を代弁した。処分から半年ほどはつらそうな様子だったが、徐々に復調してきたという。謹慎中には「自分の相撲を忘れるな」と伝えていたといい「本人が一番自覚していると思う。今から変わっているところが見える」と精神面の成長を期待した。

この1年間は大関経験者だからといって特別扱いはされなかった。部屋の掃除からちゃんこ番まで他の力士たちと同じように担当。この日の稽古にも幕下以下の力士が締める黒色のまわしで臨んだ。再起を誓う名古屋場所では三段目での復帰が濃厚となっている。高砂親方は「どんどん動きも良くなり、体も戻ってきている。名古屋場所から再出発してほしい」と願っていた。【平山連】

【イラスト】朝乃山の番付変遷
朝稽古中に師匠の高砂親方(右)と話す元大関の朝乃山(代表撮影)
朝稽古に励む元大関の朝乃山(代表撮影)
朝稽古に励む元大関の朝乃山と十両の朝乃若(代表撮影)
稽古場に掲げられた元大関の朝乃山の木札はこの日「幕下」になっていた(代表撮影)

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1年ぶり復帰の朝乃山「動き良くなっている」高砂親方 名古屋場所三段目から出直しへ

朝稽古に励む元大関の朝乃山(中央)

大相撲の高砂部屋が11日、都内の部屋で朝稽古を公開し、名古屋場所(7月10日初日、ドルフィンズアリーナ)から復帰する予定の元大関の朝乃山(28=高砂)が同部屋の力士たちと稽古に臨んだ。

申し合いで計24番取った朝乃山は十両の朝乃若に9勝3敗と順調な仕上がりを見せた。師匠の高砂親方(元関脇朝赤龍)は「どんどん動きも良くなってきてる」と太鼓判を押した。

1年前のこの日、日本相撲協会から処分が下った。当時大関の朝乃山は協会が定めた新型コロナウイルス対策のガイドラインに違反したとして、6場所出場停止と6カ月の報酬減額50%の処分を科された。今年5月の夏場所で処分は終了し、7月の名古屋場所から復帰。三段目からの出直しとなりそうだ。

節目を迎えた愛弟子について高砂親方は「長かったですけど、名古屋場所から再出発する。三段目からだと思いますが、復活ということで頑張ってもらいたい」と期待を寄せた。

大関経験者だからといって、この1年間特別扱いは一切しなかったという。部屋掃除などの雑務から、ちゃんこ番まで。幕下以下の他の力士たちと同じように担当させた。「みんなと同じだからやらないといけない。それが部屋のルールですから」(高砂親方)。現在の住まいも「うちの幕下は幕下部屋があるから」と、2~3人部屋で生活しているという。

当初は辛そうにしていたが、徐々に復調してきたとみている。「半年くらいたって顔つきも体も変ってきた」と復帰後を見据えて、地道な稽古やトレーニングに打ち込んでいたという。本場所で相撲が取れない愛弟子を思って「1年空くから自分の相撲を忘れるな」とアドバイスを送ったという。「場所までまだあと1カ月くらいあるからどんどん気持ちも高まってくると思う。(名古屋場所で)初日に出て、いつもの感覚を戻せばいい」と願った。【平山連】

【イラスト】朝乃山の番付変遷
朝稽古に励む十両の朝乃若(中央)

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翔猿「全然違いますね。ピリッと引き締まりますね」出稽古再開で高安が来訪

解禁された出稽古で追手風部屋に足を運び、若い衆に胸を出す高安

大相撲の幕内の翔猿(30=追手風)は6日、約2年3カ月ぶりの出稽古再開に「やっとかなという感じです」と歓迎した。

解禁初日から元大関で幕内の高安(32=田子ノ浦)が同部屋を来訪。他の部屋の力士たちとの稽古は「やっぱり全然違いますね。ピリッと引き締まりますね」と独特の緊張感を感じ取っていた。

関取衆の申し合いでは高安や同じ部屋の小結大栄翔と6番取り、2勝4敗。「上位でやるためには、上位の人たちと稽古した方がいいのかなと思います」と語り、出稽古の良さを実感していた。

夏場所は初日から4連勝と好調なスタートを切ったが、7日目から6連敗で7勝8敗に終わり「連敗している時は全然切り替えられなくて、きつかった」と明かす。名古屋場所(7月10日初日、ドルフィンズアリーナ)に向けて終盤戦まで衰えぬ体力アップを課題に挙げ、「とりあえず勝ち越し目指して頑張ります」と話していた。

解禁された出稽古で追手風部屋に足を運び、基礎運動で汗を流す高安

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大栄翔「いつもと違う緊張感の中で」出稽古解禁初日から高安と三番稽古

解禁された出稽古で追手風部屋に足を運び、若い衆に胸を出す高安

大相撲の小結大栄翔(28=追手風)が6日、出稽古解禁初日から恩恵を受けた。

同部屋を訪れた幕内の高安(32=田子ノ浦)と三番稽古を行うなど精力的な姿を見せ「ありがたく胸を借りるつもりでやった。いつもと違う緊張感の中でやれた」と、かみしめるように語った。

高安との三番稽古は5勝6敗。大栄翔は「なかなかあそこまで当たりも強くて、残り腰もあるという力士はあんまりいない」と、大関経験者の実力に舌を巻いた。

稽古後には腰に効くというストレッチ方法を高安から教わった。「高安関は昔に腰を痛めていて、自分も今、腰が痛かった。教えていただいたストレッチ方法はかなり効きました」と感謝。土俵の外でも他の部屋の力士たちと交流を重ねられる機会を久々に得て「改めて出稽古というのは良いものだなと思います」としみじみと語った。

夏場所は初日に横綱照ノ富士を破るなど11勝4敗。5度目の殊勲賞に輝いたが、「まだまだ立ち合いの厳しさだったり、その後の攻めの厳しさ、土俵際の詰めの甘さとか。そういういろんな課題がある」と引き締まった表情を見せた。

名古屋場所(7月10日初日、ドルフィンズアリーナ)での目標は2場所連続で2桁以上の白星をつかむこと。そのためにも「相撲の技術ももちろんですけど、しっかり気持ちも強く持っていきたい」と意気込んでいた。

解禁された出稽古で追手風部屋に足を運び、基礎運動で汗を流す高安

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相撲出稽古2年3カ月ぶり解禁 高安、さっそく追手風部屋へ「やっぱり関取衆との稽古はいいな」

解禁された出稽古で追手風部屋に足を運び、関取衆と申し合い稽古する高安

新型コロナウイルスの感染拡大の影響を受けて、20年3月の大相撲春場所前を最後に禁止されていた、力士による出稽古が6日、2年3カ月ぶりに解禁され早速、幕内の高安(32=田子ノ浦)が追手風部屋への出稽古に足を運んだ。

16人の力士が所属する田子ノ浦部屋だが、関取は高安1人だけ。これ以上の稽古相手はいないと言われた、兄弟子だった横綱稀勢の里(現二所ノ関親方)引退後も、しばらくは胸を借りていたが、ルーティンともいえた出稽古はコロナ禍で出来ず、さらに二所ノ関親方の昨夏の独立後は胸を借りることも出来ず、部屋で幕下以下の若い衆を稽古相手にする日々が続いていた。

部屋での稽古に工夫を凝らすものの、物足りなさがあった高安にとって、待ちに待った出稽古の解禁。東京・江戸川区の部屋から埼玉・草加市の追手風部屋に出向いた高安は、朝8時半に稽古場に下りた。四股など基礎運動で汗をかいた後、土俵に入り追手風部屋の関取衆と申し合い。小結大栄翔、幕内の翔猿、十両の大奄美、大翔鵬とタイプの異なる力士相手に18番取って11勝7敗。最後は大栄翔と連続9番の三番稽古で締めくくった。

追手風部屋への出稽古は大関時代以来。「懐かしいですね、本当に。やっぱり関取衆との稽古はいいな、という充実感」と久々の出稽古に満足そうな第一声だった。「気が引き締まりますし、いろいろな個性がある力士が(いて)、いい勉強になりますので、本当にみなさんの配慮に感謝したいです」と実感を込めた。

待ち望んでいた出稽古。「心待ちにしていましたし、本当に今日は浮き浮きしたような気持ちで稽古が出来ました」と感激の言葉は続く。優勝経験もある突き押しの強烈な大栄翔との手合わせも「部屋でやるより何倍もいい稽古が出来ますし、本当にありがたい」と有意義だった。出稽古解禁は22日までの17日間だが「ここから徐々にペースを上げていって、いろいろな部屋に行って精力的にやりたいです」と、この期間を無駄にはしない。

3月の春場所は優勝した関脇若隆景と優勝決定戦を争い、5月の夏場所は三役目前の東前頭筆頭に番付を上げた。15場所在位した大関へ復帰の足がかりにしたいところだったが、夏場所は6勝9敗と負け越し。「自分の調整ミス。場所前の稽古が足りなかった。修行が足りない、稽古が足りないということですから」と反省を素直に受け入れつつ「(それを)受け止めて名古屋場所では悔いを残したくないので、精いっぱいつとめたいですね。千秋楽まで優勝争いに絡む、場所を盛り上げて素晴らしい場所にしたい、ただそれだけです」と前を向いた。

積極的に出稽古を活用する高安だが「メリハリをつけたいと思う。休む時は休んで、やる時はしっかりやって自分の体と相談しながら、体調がいいときはたくさんやりたいですし。本場所15日間で力が出ることが一番いいので、いいコンディションで初日を迎えたい。そこを目標に置きたい」とスタミナも考慮しながらこなすつもりだ。

稽古終了後には大栄翔とストレッチする姿もあった。「『助けてください』と言われたので。まあ、ちょっと相談されて、ちょっとコツを教えてあげただけですけど」と出稽古ならではの交流も味わった。前日、部屋開きに足を運んだ二所ノ関部屋にも「二所ノ関親方に胸を出してもらっていただけるのであれば行きたいと思います」と“元弟弟子”としての出稽古に意欲的だった。

解禁された出稽古で追手風部屋に足を運び、若い衆に胸を出す高安
解禁された出稽古で追手風部屋に足を運び、すり足をする高安
解禁された出稽古で追手風部屋に足を運び、基礎運動で汗を流す高安

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新十両の豪ノ山が地元の大阪・寝屋川市役所を表敬訪問 「優勝パレード&横綱」期待されタジタジ

寝屋川市役所を表敬訪問した新十両の豪ノ山(左)。右は武隈親方、中央は広瀬市長

大相撲名古屋場所(7月10日初日、ドルフィンズアリーナ)での新十両昇進を決めた西川あらため豪ノ山(24=武隈)が6日、地元の大阪・寝屋川市役所を師匠の武隈親方(36=元大関豪栄道)と表敬訪問した。

豪ノ山と同じ中学出身という広瀬慶輔市長(51)から熱烈歓迎。大関豪栄道が優勝した時の優勝パレードに2万人が集まったことを振り返り、豪ノ山にその再現、いずれは横綱へという大きな期待に、師弟ともたじたじだった。

地元は今年の春場所以来、関取として戻れたことに豪ノ山は「より一層、気合を入れて頑張らないといけないと思いました。(名古屋場所は)初めての15日間。勝ち越せるよう頑張りたい」と表情を引き締めた。化粧まわしは母校の埼玉栄高、中大、大阪の後援会から3本贈られ、締め込みは紺色という。

武隈親方が独立して今春におこした部屋から早々と関取第1号。師匠は「来場所が勝負。ここがゴールではなく、新しいスタートなんで。徐々に力をつけていくと思うが、早く幕内に上げることが私にとっても仕事」と話す。前に出る圧力が武器で、押し相撲を突き詰めていく。解禁となった出稽古は琴ノ若、琴勝峰らがいる佐渡ケ嶽部屋へ。「いろいろ勉強になると思う」と師匠は語った。

豪ノ山も求めていく相撲に大関貴景勝をあげ、「でもまだまだです。まわしを取って負ける相撲も多いんで」と課題を自覚する。地元の大きな期待を実感し、まずは関取デビューに備えていく。【実藤健一】

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元稀勢の里の二所ノ関親方、茨城・阿見で部屋開き「自分の城ができた…この地から横綱、大関を」

二所ノ関部屋部屋開きで父の萩原貞彦さん(中央)母裕美子さんと記念撮影する元稀勢の里の二所ノ関親方(代表撮影)

大相撲の二所ノ関部屋が5日、茨城・阿見町で部屋開きを行った。師匠の二所ノ関親方(元横綱稀勢の里)は「自分の『城』ができたという感じです。この地から強い力士を輩出し、将来的には横綱、大関を輩出するために一生懸命精進したいです」と力を込めた。

昨年8月に田子ノ浦部屋から独立して荒磯部屋を創設。同12月には所属する一門で伝統の名跡「二所ノ関」を襲名し、部屋名称も二所ノ関部屋に変わった。つくば市に部屋を設け筑波大の土俵で稽古を行ってきたが、夏場所後の今月から茨城・阿見町に設けた新たな部屋でスタートを切った。

建物の敷地は1800坪。両国国技館をイメージした黄緑色の屋根が出迎え、2面の土俵、トレーニング室、外にはバスケットボールのゴールも備える充実ぶり。二所ノ関親方は「天井も高く、入り口も広く、ドアも高い」と、力士が生活しやすい空間を完備したと胸を張る。最寄り駅から10分程度の所にあり、付近には大型スーパーが立ち並ぶ立地の良さも特徴。「非常に良い土地。運命的に出てきました」と喜びながら、詳しい総工費について尋ねられると「リンゴ何百万個ぐらいですか(笑)」とおどけて見せた。

同部屋の力士たちも、その環境の良さを絶賛。幕下の友風(27)は「記者さんたちより、住む僕たちがびっくりしていますよ」と驚きを交えて語り、「個室が多いんですよね。2人部屋の人が多いんですけど、そういう環境に横着しないのが二所ノ関部屋の力士たち」とより一層稽古に身が入った様子だった。冷房の利いた部屋で快適に過ごしていると喜ぶ花房(19)は「相撲に完全に集中できる環境なので、頑張りたいです」と意気込んだ。

今後の目標について、二所ノ関親方は「この地から力士を輩出するということがまず一つ、そして地元の方にも喜んでもらえるような場所にしていきたいです」と語った。「茨城の相撲どころ」へ、期待に満ちた船出となった。【平山連】

部屋開きが行われた二所ノ関部屋の全景(代表撮影)
新しい二所ノ関部屋の前で記念撮影する二所ノ関親方(中央)ら(撮影・平山連)
太刀などが飾られた二所ノ関部屋のエントランスホール(代表撮影)
二所ノ関部屋の部屋開きで、笑顔で記念撮影を行う元稀勢の里の二所ノ関親方(中央)ら(代表撮影)
二所ノ関部屋の部屋開きで、報道陣に説明をする二所ノ関親方(代表撮影)
二所ノ関部屋の部屋開きで、笑顔で記念撮影を行う元稀勢の里の二所ノ関親方(中央)ら(代表撮影)
二所ノ関部屋の部屋開きで記者の質問に答える元稀勢の里の二所ノ関親方(代表撮影)
二所ノ関部屋の部屋開きで、部屋の前に集まった多くの人々(代表撮影)
部屋開きを行い、報道陣の質問に答える元稀勢の里の二所ノ関親方(代表撮影)
二所ノ関部屋の部屋開きで報道陣の質問に答える元嘉風の中村親方(代表撮影)
二所ノ関部屋部屋開きで報道陣の質問に答える花房(代表撮影)
二所ノ関部屋部屋開きで報道陣の質問に答える友風(代表撮影)

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