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朝乃山スムージーで疲労回復を促進「空腹を避ける」

ゴムチューブを使って体を鍛える朝乃山

大相撲の大関朝乃山(26=高砂)が、1週間を切った秋場所(13日初日、東京・両国国技館)に向けて最終調整に入った。

7日、都内の部屋で幕下力士を相手に計12番相撲を取った。「立ち合いとか1歩目の踏み込み、右四つになったときにちゃんと引き付けられているかどうか。あとはちゃんと右四つになれなかった時の相撲、対処法。一番一番しっかりと自分の形とか攻めを意識してやっている」と、稽古のテーマを明かした。

出身の富山の水にこだわり、暑い夏を乗り切る。「自分は生まれは富山なので、富山の水が体に合う」。知人に頼んで多いときは1回に段ボール5箱分を送ってもらうこともあるという。17年の新入幕後から飲む水に気を使い始め「(体調が変化した)実感はないですけど、本当においしい」と笑顔で話した。

大関昇進以降は体調面で注意することも増えた。6月からは専属のトレーナーと話し合い、間食として毎日スムージーを飲んでいる。小松菜、ほうれん草、バナナ、セロリ、みかんなど、月曜日から日曜日で毎日品目を変え、疲労回復を促進。7月場所中も欠かさず飲み「空腹を避けるようにしてきた」と説明した。

秋場所では前半戦までに先場所優勝の前頭照ノ富士と対戦する見通し。「序盤戦が大事に、鍵になってくると思いますので、しっかり勝てるようにしていきたい」。逃した2度目の優勝を、今場所こそ成し遂げる。【佐藤礼征】

若い衆を相手に稽古する朝乃山

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朝乃山は出直し、肉体改造で「横のバランス」鍛える

朝乃山

大相撲の大関朝乃山(26=高砂)が25日、優勝を逃した7月場所の悔しさを胸に出直しを誓った。

電話取材に応じ、12勝3敗で2度目の優勝を逃した7月場所を「連敗したら上に行けないという覚悟を持ってやらないといけない」と振り返った。すでに稽古は再開。約3週間後の秋場所(9月13日初日、東京・両国国技館)に向けて、調整を重ねている。

出場最高位としての重圧がのしかかっていた。7月場所の終盤戦を振り返り「あまり思い出したくはない」と本音を吐露。横綱鶴竜が2日目から、大関貴景勝が12日目から休場。13日目には横綱白鵬も休場した。「目に見えないプレッシャーがあったんじゃないかと思う」。13日目には優勝した照ノ富士に力負けし、14日目には小兵の照強に足取りで意表を突かれ、終盤戦で痛い連敗を喫した。「今までの連敗よりは違うものを感じた。大関、横綱という地位は責任感もあるし、下の番付には負けられない立場でもある。常に優勝争いに加わらないといけない」。それでも新大関として責任を果たす12勝を挙げた。進んでる方向は「間違いないと思う」と言い切った。

千秋楽を終えて師匠の高砂親方(元大関朝潮)にあいさつに行くと「最後いい相撲だった。いい勉強の場所だっただろ。課題はあると思うから自分で見つけて、稽古して頑張れ」と声をかけられた。12月の師匠の定年まで残り2場所。秋場所、11月場所の成績次第では綱とりの可能性もある。「そう思って自分に厳しくいこうと思います。師匠が11月(場所後)に定年なので、少しでも期待に変えていきたい」と自覚をにじませた。

リベンジに向けて肉体改造に励んでいる。週に3回、専属トレーナーの指示を仰いで「月曜日は上半身をやって、水曜日は下半身。金曜日は両方」と部位を分けて計7種目のトレーニングを行っている。負荷よりもバランス感覚を磨くことに重点を置き、ウオーターバッグを使った運動などで「横のバランス」を鍛えているという。自身で購入したゴムチューブも駆使。効果の実感については「それは本場所で見ていてください」と笑った。

新型コロナウイルス感染拡大の影響で地元富山には帰らず、稽古場以外は部屋で過ごしている。秋場所へ「地元やファンの皆さんにまた自分らしい前に出る相撲を見せていけたらと思う。テレビの前で観戦しているお客さんのために元気な相撲をとっていきたい」と意気込んだ。【佐藤礼征】

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朝乃山「負けたと思った」取り直しの一番制し9連勝

取り直しの1番で朝乃山(左)は隠岐の海を上手投げで下す(撮影・小沢裕)

新大関の朝乃山(26=高砂)が、取り直しの一番を制して無敗を守った。小結隠岐の海に攻め込まれながらも上手投げを決めたが、物言い。同体取り直しとなった一番も、粘る相手を上手投げで転がした。昭和以降5位タイとなる、新大関の初日から9連勝。同じく無敗を守った横綱白鵬とともに、残り6日間を引っ張る。関脇正代と、序二段から史上初の再入幕を果たした照ノ富士が勝ち越しを決めた。

     ◇     ◇     ◇

協議の結果を待つ朝乃山は、負けを覚悟していた。つっかけられて2度目となった立ち合い。左上手を取ったが、隠岐の海の勢いを止められずに土俵際へ後退。体を開きながら、上手投げを打つと同時に落ちた。軍配は朝乃山も、物言い。「攻められた中で投げを打ったから負けたと思った」と手応えはなかったが、同体で取り直しになった。

取り直しの一番も立ち合いで左上手を取ったが、隠岐の海に粘られた。得意の右差しは途中で抜けた。再び差そうと巻き返した瞬間に出られたが、タイミングよく上手投げ。「取り直しになったから切り替えて攻めた。巻き替えたところで反射的に投げられた。この勝ち方も大事。明日から引き締めたい」。苦労しながらも無敗を守った。

8日目の土俵入りから、新しい化粧まわしを締めている。地元の朝乃山富山後援会の青木仁理事長が社長を務める、青木工業から贈られた「金太郎の抱き鯉」がデザインされた一本。青木理事長は「いわゆる出世柄です。出生とか武勇などの意味がある。高い地位を守るという意味も込めてあります」と説明。また飛躍の意味があるという黒色の鯉を使用した。場所前に贈呈した際、特別な声掛けはしなかったという。「大関本人が一番分かっていますから」。縁起の良い締め込みを締めた朝乃山は、応えるように勝ち続けている。

昭和以降5位タイとなる、新大関の9連勝。本人は「勝ち星は気にしない」と淡々と振り返った。全勝は白鵬と2人だけで、史上9人目の新大関優勝の可能性を残す。「1日一番、自分の相撲を取りきるだけです」と、連日口にしている言葉で締めて会場を後にした。【佐々木隆史】

隠岐の海(左)を上手投げで破り勢い余って土俵を飛び出す朝乃山(撮影・鈴木正人)
幕内土俵入りに臨む、御嶽海(左)と朝乃山(撮影・小沢裕)
隠岐の海(右)の体が先に土俵に落ちたようにも見え、1度は朝乃山に軍配が上がったが審判団から物言いが付く(撮影・小沢裕)
隠岐の海と取り直しとなり、タオルを掲げ応援する観客を見つめる朝乃山(左下)(撮影・河田真司)   
朝乃山と隠岐の海の取組は物言いが付き協議する審判団(撮影・小沢裕)
朝乃山と隠岐の海の1番は取り直しとアナウンスする高田川審判長(撮影・小沢裕)
隠岐の海と朝乃山の取組は同体で取り直し(撮影・河田真司)

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朝乃山、地元の思い背に7月場所へ「ポジティブに」

朝乃山(2020年3月20日撮影)

大相撲春場所後に大関昇進を果たした朝乃山(26=高砂)が9日、報道陣の電話取材に応じた。

10日後に迫った開催を目指す7月場所(19日初日、東京・両国国技館)に向けて「気持ち、心の面でもポジティブに考えを持って、あまりネガティブにならないように、出来るだけプラスのことを考えて初日まで稽古をし、しっかりと体をケアしてケガしないように初日までいきたい」と意気込んだ。

この日も都内の部屋で、幕下相手に相撲を10番ほど取ったという。最近は場所前に出稽古で調整するが、現在は新型コロナウイルスの影響により禁止となっている。しかし、「十両の時とか幕内に上がった最初の方はやってなかった」と場所前に出稽古しないのは初めての経験ではない。「(部屋の)幕下にも今後のホープがいる。いい稽古が出来ていると思う」と手応えは十分にある。

厚いサポートを受けて本場所に臨む。この日までに、全国の関係者から部屋に食材などが届いたという。「名古屋のお客さんだったら食材とか肉、野菜とか飲み物、カップラーメンなど送って頂きました。名古屋の方以外からも、いろんな地方から送って頂きました」と有り難がった。

また同じ富山出身の柴田理恵(タレント)、室井滋(女優)ら、著名人からも支援を受けたことを明かした。「柴田理恵さんからは結構いいお肉。室井滋さんからもお肉とかウインナーを。今は僕らは何もできないので、電話をして『ありがとうございます』って。お礼の電話はさせて頂きました」と感謝した。

4月には富山市の住民らが作成した、自分のしこ名が入った反物を使用したマスクが部屋に届いた。7月場所で会場入りの際に着用するかを問われると「自分の反物なのでね。自分好きすぎ感が、何かちょっと…」と恥ずかしそうにしたが「若い衆がしてくれるのはうれしいですね。作った方もそれを見たらうれしいでしょうし」と地元ファンを思いやった。

ここまでリラックスした状態で、取材に応じている新大関。開催したとしても無観客が濃厚な7月場所へ「(春場所で)1回経験していますから」とどっしりと構えた。

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朝乃山「大相撲は愛されている」7月場所前へ心境

朝乃山(2019年11月24日)

日本相撲協会が無観客での開催を目指す大相撲7月場所(東京・両国国技館)初日の1カ月前となる19日、大関朝乃山(26=高砂)が協会を通して現在の心境を明かした。

新型コロナウイルス感染拡大の影響で5月の夏場所が中止となり、本場所は3月に大阪で行われた春場所が最後。「2カ月に1度本場所があるので、応援してくれる方々には『相撲が無いと寂しい』と言われ、あらためて大相撲は皆さんに愛されているんだなと実感しました。早く本場所の土俵で相撲を取りたいと思っています」とコメントした。

各師匠判断となっている接触を伴うぶつかり稽古は、すでに部屋で行っており「基礎を見直しながらやっている。感覚を取り戻しながら自分の相撲を磨いていきます」と焦ることなく1カ月後の初日を見据えている。出稽古はいまだ解禁されていないが「部屋で稽古をすれば問題ないと思います。常に場所があると思い、日々過ごしています」と気持ちを切らすことなく、着々と準備している。

昨年5月に行われた夏場所で初優勝を果たし、同6月には地元・富山と母校の近大でパレードを行った。「1年がたつのが早いと実感しています。またパレードが出来るように頑張りたいです」と意気込んだ。常に感謝の言葉を口にする地元に対して「まだまだ大変な思いをされている方々がいらっしゃいますので、皆さんで助け合いながら前に進んでいって欲しいです。自分の相撲を見て少しでも元気を取り戻してもらえるように一生懸命頑張ります」とコメントした。

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「アサノマスク」浴衣から作製/大ちゃん大分析

後援者から送られた浴衣地で作られたお手製のマスク(高砂部屋提供)

<特別編>

日刊スポーツ大相撲評論家の高砂親方(元大関朝潮)に、部屋の近況や開催を目指す7月場所(19日初日、両国国技館)への思いなどを語ってもらう不定期連載「大ちゃん大分析~特別編~」の第3弾は、アベノマスクならぬ…。

  ◇    ◇    ◇

コロナの影響で悲しい思いをしている飲食店関係の人も大勢いるだろう。実は銀座で、高知の同級生が開いていた土佐料理の店も閉じてしまった。体がしんどく後継者がいないことも理由にあるけど、自粛で店を開けず家賃の高さも大きかったようだ。仕方ないけど切ないな。

高砂部屋は変わりなく、みんな元気でやっている。6月に入って関取衆をはじめ、通常の相撲を取る稽古も再開している。ただ7月場所まで、まだ40日ぐらいある。普通なら前の場所の千秋楽が今ぐらいだから、まだまだ初日は先だ。メリハリをつけながらエンジンをかけるのは、7月に入ってからだな。

おととい(9日)かな、朝乃山がBSの番組にリモート出演していた。何か不思議な感覚だな。通常の対人の取材ができなくて、記者の人たちも相撲を取るわけじゃないのに、稽古場が恋しくなったんじゃない? 

この時期、相撲部屋では浴衣を作る季節だ。ありがたいことに、地方の後援者の人たちが何かできないかと、浴衣地でマスクを作って送ってくれた。部屋の浴衣地は熊本から、朝乃山の浴衣地は地元・富山の方が手作りしてくれた。まさにアサノマスクだ(笑い)。角界に入って40年以上たつが、よもや浴衣地からマスクが作れるなんて想像もできなかった。日本人の器用さとか発想力とか、このコロナ禍でいろいろ感じさせられることはあるな。(日刊スポーツ評論家)

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2位朝乃山へエール「高砂親方定年退職にぜひ花を」

第9回大相撲総選挙にご投票いただき、ありがとうございました。投票だけでなく、多くの皆さまから熱いメッセージをいただきましたので、ごく一部ですが紹介いたします。

2位 朝乃山 3562票

★目指せ横綱! 高砂親方の定年退職にぜひ花を添えて頂きたいですし、それが可能な力士だと思います。(40代女性)

★人間性がしっかりしている。うそがない等身大のインタビューに好感が持てる。相撲内容が力強い。応援したくなる。また屈託のない笑顔が好き。(40代男性)

★強いかっこいい優しい! 今まで何度も対応していただきました! 富山の人間山脈、将来横綱!(20代女性)

★去年、近大でやった優勝パレードに祖父と一緒に見物に行きました。とてもきれいで美しいおすもうさんだと思いました。右四つになれば朝乃山! という型を持っているし、優勝したからといっててんぐにならず、さらに精進しているように見えます。ぜひぜひ横綱になってほしい。みんなのお手本になってくれると思います。祖父も「朝乃山は横綱になる」とパレードの時に予言していました。

(30代女性)

★朝乃山関は入門した時からその体つきと相撲っぷりに大関、横綱を期待させる存在でした。またその期待通り大関に昇進。けがや体調不良も少なく大関から陥落する姿は想像できません。優勝がまだ一度だけなのが不思議なくらいです。今後は国技館の優勝額を朝乃山で埋め尽くすほどになって欲しいと期待しています。(30代女性)

★けれん味のない本格派の四つ相撲。右四つをさらに磨いて、横綱になって欲しい。美しい横綱土俵入りを見たいです。(60代以上女性)

★相撲に対する姿勢、取り組み、日頃の態度すべて自分も見習わなければいけないと思える。地元の先輩であり、とても誇らしいと思う。(10代以下女性)

★朝乃山は正攻法の取り口が正々堂々としていて好きです。富山弁で話すところも素朴で好きです。(40代女性)

★相撲が強いし、かっこいい。優しい話し方とかわいい笑顔。真面目そうで穏やかそう。将来は横綱になって欲しい(10代以下女性)

★朝乃山関はこれから貴景勝関と良きライバルとして鍛錬互いに鍛えていってほしい。(20代女性)

★富山のスーパースターになって欲しい。毎場所、欠かさず取組を見て応援しています!(40代男性)

★白鵬関に勝ち、引導を渡す人になってほしい。押し相撲も迫力があってよいのだが、横綱になるにはやはり四つ相撲ではないかなぁと思う。今度は文句無しで横綱になって、角界を引っ張っていっていただきたいです。(50代女性)

★大切な人を失った人だからこその強さがある。恩師に天国から見守ってもらいさらに上を目指してほしい。(30代女性)

★自分の型がしっかりあり、強い! 相撲にまっすぐなところも、好感が持てる! 身体のバランス、筋肉が良い! かっこいい! すてき! 大好き!(20代女性)

★必ず、横綱になると思う。何故なら人間的にも素晴らしいから。(50代男性)

★朝乃山関は努力の人、巡業で見かけたときの集中力と迫力に感動してから大好きになったので。未来の横綱ととても期待しています。けがをしませんように…。(20代女性)

★真摯(しんし)な相撲の取り口と実直とした雰囲気が「おすもうさん」という感じがする。大関になったときの口上も良かった。(30代女性)

★新大関になってくれてうれしい! 荒磯親方(元横綱稀勢の里)のような強い横綱になって欲しい! 令和初の横綱を目指してくれたらいいな!(20代女性)

★相撲も人間性もすばらしく品格があり横綱になれる力士だから。(60代以上女性)

★朝乃山関と同じ出身地ということもあり1番応援しているからです。大関に昇進したときの口上を述べた場面が感動しましたしうれしかったです。これまで稽古を頑張ってきた成果が出たように感じました。また笑顔がかわいくて地元の人を大切にしてくれる優しいところが特に好きです。(10代以下女性)

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新大関朝乃山が稽古 コロナ影響も「ストレスない」

稽古で若い衆に胸を出す朝乃山(右)

大相撲春場所後に昇進した新大関の朝乃山(26=高砂)が1日、都内の部屋で夏場所(5月10日、東京・両国国技館)に向けて稽古を行い、四股やすり足、テッポウなどの基礎運動で汗を流した。

この日から新年度が始まり、令和最初の大関となった朝乃山にとっても新たな日々が始まる。新型コロナウイルス感染予防のため外出を極力控えており、生活習慣も変化。「ダンベルを使うのも濃厚接触になるので」と普段通っているジムには足を運ばず、部屋の地下にあるトレーニングルームで体を鍛える時間が増えたという。「この時期は外に出られない。毎日同じ生活になるので退屈といえば退屈」と戸惑いは隠さなかったが「ストレスはない」と力強く話した。

父の言葉で初心に帰ったという。ちょうど1週間前の先月25日の伝達式で、報道陣の取材に対して父靖さんが「(かつて朝乃山が)地元に錦を飾るのは1つの目標、夢と言っていた」と発言。その言葉を受けて朝乃山は「(大相撲に)入ったからには富山に錦を飾る、おやじが言っていて思い出した。有名人になりたい、いろんな人を見返してやりたいと思っていた」と入門時の心境を回顧。入門から約4年で、富山県出身力士としては元横綱太刀山以来111年ぶりの大関昇進を果たした現状に「ちょっとずつ錦を飾っていると思う」と笑みをこぼした。

新大関場所となる夏場所の開催は不透明な状況。当面は部屋の稽古で基礎運動を中心に体をつくり、準備を進める。

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朝乃山が志村さん悼む「優勝おめでとう」祝福に感謝

すり足をする新大関の朝乃山(撮影・佐々木隆史)

新大関の朝乃山(26=高砂)が、面識のあったタレントの志村けんさんをしのんだ。

大相撲夏場所(5月10日初日、東京・両国国技館)に向けて3月30日から稽古を再開した朝乃山は、都内の部屋で31日、テッポウや若い衆へのぶつかり稽古などで調整。相撲は取らず「いつも通り。徐々にという感じ」と焦らずに仕上げる構えを見せた。

30日の稽古後、志村さんの訃報が飛び込んできた。昨年5月の夏場所優勝後にテレビ番組に出演した際、同じテレビ局に居合わせた志村さんと初対面。「朝乃山関、優勝おめでとう」と祝福され、2人で写真を撮ったという。「偉大な方に会えてうれしかった。しこ名を呼ばれて『おめでとう』と言われたのもすごくうれしかった」と振り返った。それだけに「まさか、その1年後にこうなるとは」と驚きを隠せなかった。

30日に地元・富山で初の感染者が判明するなど、猛威を振るい続ける新型コロナウイルス。夏場所の開催については不透明だが「コロナが収まって観客が入って、歓声を聞けば大関になったと実感すると思う」と話した。31日から稽古場の木札が「関脇」から「大関」に変更。天国で見守る「偉人」のためにも、今は黙々と稽古を積み重ねる。【佐々木隆史】

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「自分の相撲」風格も生んだ意識改革/朝乃山連載3

タイを手に笑顔の朝乃山(中央)。前列右側は高砂親方夫妻、後列左から2人目は父の石橋靖さんと母の佳美さん(代表撮影)

<新大関朝乃山 “富山の人間山脈”の軌跡(3)>

大相撲春場所を11勝4敗で終えた関脇朝乃山(26=高砂)が、富山県出身では太刀山(横綱)以来111年ぶりとなる大関昇進を確実にした。連載「新大関朝乃山 “富山の人間山脈”の軌跡」では、朝乃山の相撲人生を振り返る。

   ◇   ◇   ◇

令和最初の幕内優勝を飾った昨年夏場所から、朝乃山の心境に変化があった。初土俵から10場所目の17年秋場所で新入幕。順調に出世したが、その後、約1年半は幕内下位から中位を行ったり来たり。伸び悩んでいた。昨年春場所は勝ち越し王手から5連敗で負け越した。同場所中に食べたカキにあたり、体調を崩していた。師匠の高砂親方にも未熟さを指摘された自己管理を徹底。場所中は禁酒した。何より「相手のことは考えず自分の相撲を取りきる」と自分と向き合った。

それまでは、翌日の対戦相手のことを考えて寝付けないこともあった。「昔はよく相手の取組をビデオで見ていたけど、見なくなった。最近、見るのは自分の相撲だけ。悪いところがあれば直すように。『相手が変化するかも』とか考えたら硬くなる」。口癖だった「自分の相撲を取る」という意識に拍車が掛かった。仕切りの際は、可能な限り自ら先に両手をついて待った。しかも「立ち合いの時は相手を見ない。目を合わせない。目を合わせると、のまれそうになる」と誰が相手でも同じリズム。余計な感情が生じる隙を与えず「自分の相撲」を貫いた。

初優勝後は「優勝したことを自信にしたい」と話す通り、言動に余裕も出てきた。何げない雑談でも以前は「富山弁が出ちゃった」と、方言を気にしていた。それが優勝後は自ら報道陣にクイズを出題し「富山弁で『今日はオレが、だいてやる』って、どういう意味か分かりますか? 『おごってやる』って意味です」とニヤリ。周囲の目を気にし、コンプレックスのように感じていた部分を、逆に愛する故郷をアピールする武器に変えた。

土俵上でも土俵外でも、やることや思いは変わらないが、意識改革と自信が成長と風格をもたらした。「はたきができるのは器用。自分はできない。負けてもいいので前に出る。負けるなら前に出て負けたい」。不器用と呼ばれても構わない。令和を引っ張る大器に、大関の看板が託された。(おわり)【高田文太】

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朝乃山人間性出た口上、横綱目指せ/大ちゃん大分析

大関昇進の伝達を受ける朝乃山(右)と高砂親方(代表撮影)

朝乃山の人間性が出るような立派な口上だった。定年の年に37年前、自分が使者を迎えた同じ所で、というのも感無量だ。口上の文句のように誰からも愛され目標とされる大関に、そして横綱を目指してほしい。

3年前の初場所で、高砂部屋の関取輩出が140年あまりで途絶えた。直前の九州場所で幕下15枚目以内だった朝乃山は、自分が全勝していれば…と本当に悔しそうだった。精神的に変わった分岐点はあそこかな。技術的には去年夏場所の優勝もあるが、その前から巡業で同じ右四つの栃ノ心と稽古を積んだのが大きい。大関の強さを肌で感じ型をつかんだ。

しこ名の話がよく出る。朝潮でイメージされるのは押し相撲で太平洋の潮流。富山出身の朝乃山は日本海の潮流で四つ相撲を印象づければいい。確固たる相撲になれば朝乃山のしこ名は定着する。ただ、真っ向勝負という部屋の伝統は忘れずに受け継いでほしい。

新型コロナウイルスの影響で、お祝いムードは薄いかもしれない。だからこそ活躍すればスポーツ界だけでなく、日本に明るい光を差せる。背負う看板は重いが、これも何かの運命。そうプラスにとらえて前向きに精進してほしい。(高砂浦五郎=元大関朝潮・日刊スポーツ評論家)

若手力士らに担がれ笑顔を見せる朝乃山(代表撮影)

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大関朝乃山、亡き恩師2人へ「これに満足せずに」

若手力士らに担がれ笑顔を見せる朝乃山(代表撮影)

大関朝乃山(26=高砂)が正式に誕生した。日本相撲協会は25日、大阪市内で大相撲夏場所(5月10日初日、東京・両国国技館)の番付編成会議と臨時理事会を開き、朝乃山の大関昇進を全会一致で承認した。大阪市の宿舎で行われた伝達式では、昔からなじみのある「愛」「正義」「一生懸命」の言葉を口上に使用。富山出身では太刀山以来(元横綱)111年ぶりに大関昇進を果たした新大関が、亡くなった恩師2人へ、もう1つ上の番付も誓った。

   ◇   ◇   ◇

人柄の良さ、素直さがにじみ出た。協会からの使者に昇進決定を言い渡された朝乃山は、続いて引き締まった表情で、よどみない声で口上を述べた。

「謹んでお受けいたします。大関の名に恥じぬよう、相撲を愛し、力士として正義を全うし、一生懸命努力します」

思いが強い3つの言葉を入れ込んだ。「愛」と「正義」は、母校・富山商高の教育方針や校歌にある「愛と正義の理想」の文言から。「一生懸命」は中学時代から座右の銘にしてきた言葉だった。本格的に相撲を始めた中学時代と、17年に死去した富山商高相撲部監督の浦山英樹さんから徹底して右四つを指導してもらった高校時代。常日頃、地元・富山からの応援に感謝の言葉を口にする、朝乃山らしい言葉選びだった。

運命的な巡り合わせになった。伝達式を行った宿舎の大阪市・久成寺は、83年春場所で大関昇進を決めた師匠の高砂親方(元大関朝潮)が伝達式に臨んだ時と同じ場所。高砂親方や部屋の先輩にあたる朝青龍(元横綱)も、大関昇進の口上で「一生懸命」を用いた。「自分も伝統のある高砂部屋に入れたし、高砂部屋の部屋頭としての責任を持って行動したい」と新大関としての自覚を持った。

新型コロナウイルス感染拡大の影響で、晴れの姿には代表2社など限られた報道陣しか立ち会えなかった。部屋に集まったのも両親や後援会関係者など30人程度。しかしそこには、浦山さんと初場所中に急逝した近大相撲部監督の伊東勝人さんの遺影があった。角界入りの背中を押してくれた浦山さんと、角界で生き抜く技を教えてくれた伊東さん。額に収まる2人の恩師を前に「おかげさまで大関に上がれました。これに満足せずに、もう1つ番付があるので、そこを目指して頑張ります」と誓った。

富山出身では約1世紀ぶりの大関誕生。「富山県の小さい子どもたちから目標にしてもらい、プロに入ってもらうのが、また1つの夢」と地元愛が強い。来週からは早速、夏場所に向けての稽古を再開するという。「次はたくさんのファンの前で」と夏場所でこそ、大勢のファンの前で新大関の姿を披露する。【佐々木隆史】

◆朝乃山英樹(あさのやま・ひでき)1994年(平6)3月1日、富山市生まれ。本名は石橋広暉(ひろき)。相撲は小学4年から始め富山商高3年で十和田大会2位、師匠の高砂親方(元大関朝潮)部屋付きの若松親方(元前頭朝乃若)と同じ近大で西日本選手権2度優勝など。16年春場所、三段目最下位格(100枚目)付け出しで初土俵。188センチ、177キロ。得意は右四つから寄り、上手投げ。通算139勝101敗。好きな女性のタイプは磯山さやか。

タイを手に笑顔の朝乃山(中央)。前列右側は高砂親方夫妻、後列左から2人目は父の石橋靖さんと母の佳美さん(代表撮影)
大関昇進の伝達を受ける朝乃山(右)と高砂親方(代表撮影)

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朝乃山両親も大関昇進に「感動しました」一問一答3

日本相撲協会は25日午前、大阪市内で関脇朝乃山(26=高砂)の大関昇進をはかる臨時理事会を開き、全会一致で承認した。その後、同協会の出羽海理事(元前頭小城ノ花)と高砂一門に所属する審判部の千田川親方(元小結闘牙)が使者として大阪市内の高砂部屋に向かい、伝達式が行われた。

伝達式後の代表者による一問一答(その3)は以下の通り。

-看板力士になった。これまで以上に師匠からは

高砂親方 月曜日(の一夜明け会見)にも話したけど、強くなれば強くなるほど、注目度が増えるわけだし、いろいろな人から見られることが多くなる。立ち居振る舞い、自分の行動には責任を持つ。常々、私は弟子たちに言うんだけど「財団法人日本相撲協会」「高砂部屋」という看板を背中に背負って歩いている。その看板を汚したりすることは絶対、しちゃいかんと。朝乃山も、そのへんのことを考えてやってくれると思っています。

-ご両親にお聞きします。現在の心境は

父靖さん 本当にうれしい限りです。

-おかあさんは

母佳美さん 感動しました。

-この4年間は

靖さん 今思えば、あっという間に大関という地位まで駆け上がってくれた。一時期、足踏みしていたような時期もあったかもしれないけど、私の気持ちの中では早く上に上がってくれて、本当に喜んでいます。

-富山の応援が力になったと本人も言っている

靖さん 本人も言うように地元に錦を飾るのは1つの目標、夢と言っていた。優勝した時点で1つは達成したと思いますが、まだその上の大関、横綱がある。この世界に入ったからには目指してほしいと、周りの人たちも願っていると思うので、これからもそれに向かって精進してほしいと思います。

-今場所は

靖さん 私は考え方が楽観主義者で、いいように考えていたので頑張れば上に上がれると、願いを込めて見守っていたつもり。(喜びは)ひとしおです。

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朝乃山、愛と正義「校訓を入れたくて」一問一答1

朝乃山

日本相撲協会は25日午前、大阪市内で関脇朝乃山(26=高砂)の大関昇進をはかる臨時理事会を開き、全会一致で承認した。その後、同協会の出羽海理事(元前頭小城ノ花)と高砂一門に所属する審判部の千田川親方(元小結闘牙)が使者として大阪市内の高砂部屋に向かい、伝達式が行われた。

伝達式後の代表者による一問一答「その1」は以下の通り。

-今の気持ちは

朝乃山(以下「朝」) 少しずつ実感がわいてきています。

-口上は

小学校から相撲をやってきて、高校にも大学にも進学し、高校の校訓を入れたくて、愛と正義を分けて言いました。次が中学校から使っている「一生懸命」を入れました。

-「相撲を愛する」と「正義」は富山商業高校の

朝 そうです。ハイッ。

-「一生懸命」という言葉を使い始めたきっかけは

朝 中学校で相撲(部)に途中から入ったんですけど、何事にも一生懸命に取り組むことを決意して決めました。

-口上はいつぐらいから考えたか

朝 昇進が決まったときに使おうかな、という気持ちはありました。「愛」と「正義」は決めてなかったけど、昇進が決まった時に入れようかなと思っていた。

-相談は

朝 後援会の人と話をして決めました。練習すると硬くなるので、あまり練習はしなかった。発言するからには自信を持ってと思っていました。

-富山からは111年ぶりの大関誕生

朝 大横綱の太刀山さん以来なので、少しでも太刀山さんに近づけるように頑張りたい。

-巡り合わせをどう思う

朝 大学を卒業してプロ入りしたからには、テッペンを目指してと決意をしました。こうやって活躍する中でも、富山県の小さい子どもたちの目標にしてもらい、プロになってもらうのも1つの夢です。

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亡き恩師にスーパースター託され号泣/朝乃山連載2

富山商高3年時に富山県相撲選手権大会で優勝した朝乃山(下段左)。上段中央は故浦山英樹監督

<新大関朝乃山 “富山の人間山脈”の軌跡(2)>

大相撲春場所を11勝4敗で終えた関脇朝乃山(26=高砂)が、富山県出身では太刀山(横綱)以来111年ぶりとなる大関昇進を確実にした。連載「新大関朝乃山 “富山の人間山脈”の軌跡」では、朝乃山の相撲人生を振り返る。

   ◇   ◇   ◇

2017年1月23日、初場所で幕下優勝を果たし新十両昇進を確実にした朝乃山は、故郷の富山で行われた富山商高相撲部監督の浦山英樹さんの葬儀に参加した。左肘を負傷して相撲を辞めようと思っていた中学時代に「富商に来い。俺が強くしてやる」と声をかけてくれた恩師が、初場所中に40歳の若さでがんのため死去。遺族から「富山のスーパースターになりなさい」との遺言書を託され、大粒の涙を流した。

富山商高時代は1日5時間の猛稽古だった。3年間で遊んだ記憶はほぼない。記憶にあるのは毎年恒例の「元旦マラソン」。浦山さんの実家周りを、正月に猛吹雪に耐えて走ったことだ。マラソン後は浦山さんの家で雑煮を食べて初詣に行った。「今でも忘れられない味。あれよりおいしい雑煮を食べたことはない」。野菜や餅、魚のつみれが入った雑煮を食べると「また1年頑張ろう」と猛稽古にも力が入った。

角界入りの背中も押してくれた。12年に近大進学。当初、卒業後は富山に戻ることを考えていたが、近大在学中に浦山さんから「お前は富山に帰ってきても就職するとこはないぞ」と言われた。冗談半分の発言だったが、もう半分は「プロで頑張れ」という激励だった。近大2年時には同大OBで高砂部屋の若松親方(元前頭朝乃若)から勧誘を受けたこともあり角界入りを決意。大学卒業を控えた、16年春場所で初土俵を踏んだ。

16年9月、同年リオデジャネイロ五輪で金メダルを獲得した富山出身の柔道の田知本遥とレスリングの登坂絵莉が、富山で行った凱旋(がいせん)パレードをテレビで見た。「富山出身で有名な男性アスリートはまだいない。自分が相撲界で頑張って有名な人になりたい」とスイッチが入った。その約4カ月後に恩師が亡くなり、託された「富山のスーパースター」。角界入りして4年。いよいよ今日、太刀山(元横綱)以来111年ぶりの富山出身大関が誕生する。【佐々木隆史】

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ハンドボールから転向「朝乃山」誕生秘話/連載1

呉羽小時代の朝乃山(右)

<新大関朝乃山 “富山の人間山脈”の軌跡(1)>

大相撲春場所を11勝4敗で終えた関脇朝乃山(26=高砂)が、富山県出身では太刀山(横綱)以来111年ぶりとなる大関昇進を確実にした。連載「新大関朝乃山 “富山の人間山脈”の軌跡」では、まず幼少時代を振り返る。第1回はひょんなことから始まった相撲人生。

   ◇   ◇   ◇

ひょんな出来事だった。富山・呉羽小に通っていた4年生の朝乃山少年はある日、学校の先生に「握手をしよう」と握手を求められた。担任の先生ではない。名前ももう覚えていない。右手で握手をすると「相撲に向いているね」と女性の声で言われた。数日後、母佳美さんに突然切り出した。「相撲の試合に出るから。お昼から行くから」。混乱する母をよそに、地元で行われた地区大会に出場した。朝乃山の相撲人生が幕を開けた。

94年3月1日。3678グラムの健康体で産声を上げた。性格は明るく、幼少期は保育園に行くのが何よりの楽しみだった。友達とよく遊ぶ、ごく普通の少年。小学1年で始めたスイミングは長続きしなかったが、ハンドボールの少年団に入ると、キーパーで県の強化選手に選ばれた。だからこそ両親からも、相撲を始めた時は遊び半分だと思われた。

呉羽中に進学しハンドボール部に入部した直後の5月ごろ、夜8時になっても練習から帰って来なかった。心配している両親の元に、担任の先生から電話があった。「実を言うと石橋君はハンドボールを辞めて相撲部に行こうと思っているらしく、今見学に行ってます。心配しないで待ってて下さい」。見学が終わり、退部届と入部届を手に帰宅。「相撲部に入るから、ハンコを押して下さい」と母佳美さんにお願いした。

なぜ相撲をやりたいのか、理由は両親に言わなかった。だが両親も「やめないということは、やりたいということでしょ」と息子の気持ちを察する。呉羽小時代は、富山出身の横綱・太刀山の遺族が寄付した「太刀山道場」で稽古に励んだ。朝乃山本人も「道場がなかったら相撲をやってなかった」と感慨深く当時を振り返る。さまざまな巡り合わせがあったからこそ、今の朝乃山がいる。【佐々木隆史】

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高砂親方、朝乃山へ「負けることがニュースになる」

一夜明け会見で高砂親方(左)と握手を交わす朝乃山

大相撲春場所を11勝4敗で終え、大関昇進を確実にした関脇朝乃山(26=高砂)が千秋楽から一夜明けた23日、大阪市の高砂部屋で会見に臨んだ。

新型コロナウイルスの感染拡大の影響により代表取材となったが、理想の大関像に「真っ向勝負」を掲げた。大関昇進となれば、富山県出身では太刀山(横綱)以来111年ぶりの快挙となる。

   ◇   ◇   ◇

師匠の高砂親方(元大関朝潮)の隣に座った朝乃山は、引き締まった表情で大関像を語った。「いつもと変わらず真っ向勝負の相撲を取っていきたい」。史上初の無観客開催となった春場所で、昇進目安の「三役で3場所33勝」にあと1勝届かず。しかし、誰が相手でも真っ向勝負する姿勢、188センチ、177キロの体を生かした正攻法の右四つが評価された。高砂親方からは「これからは負けることがニュースになる。地位の重さを感じると思う。関脇でも感じるが、その比ではない。そういうことを少しずつ勉強していくことだな」と激励された。

25日に日本相撲協会が開く夏場所(5月10日初日、東京・両国国技館)番付編成会議と臨時理事会で正式に大関昇進が決定する。富山出身では太刀山以来111年ぶりの快挙。富山・呉羽小時代に、その太刀山の遺族が同小学校に寄付した「太刀山道場」で相撲を始めたのが相撲人生の原点。「少しは太刀山さんに近づける1歩を踏み出したという感じ」と照れ笑いした。

横綱戦2連敗を喫した春場所。「まだまだ課題はたくさん。横綱に勝てるようにならないと上の番付は目指せない」。大関昇進にとどまることなく、さらにその上も見据えた。【佐々木隆史】

◆第22代横綱太刀山 富山県出身で1900年(明33)5月場所でデビュー。横綱時代は威力抜群の突きや呼び戻しを武器に56連勝を達成。立ち合いから2発以内に土俵外へ持っていく猛烈な突っ張りは「四十五日」(1突き半=1月半)と評された。幕内勝率は8割7分8厘を誇る。1場所10日制だった当時、優勝9度のうち5度が全勝。

代表取材となった一夜明け会見で記者の質問に答える朝乃山(右)と高砂親方

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朝乃山「常に真っ向勝負で臨みたいなと」一問一答4

一夜明け会見で高砂親方(左)と握手を交わす朝乃山(代表撮影)

大相撲春場所で11勝を挙げ、大関昇進を確実にした関脇朝乃山(26=高砂)が23日午後、大阪市内の部屋で一夜明け会見に臨んだ。新型コロナウイルス感染拡大の影響で代表者による取材のみ。春場所は史上初の無観客開催で行われたが、一夜明け会見も異例の形で行われた。

一問一答の「その4」は以下の通り。

-今、師匠の言葉を横で聞いてどう思ったか

朝乃山 その通りだと思います。

-あらためて次の場所への意気込みを

朝乃山 下にはもう負けられないので、常に優勝争いに加われるように頑張りたいですね。

-弟子が自分と同じ大関に昇進する師匠としての気持ちは

高砂親方 よく頑張ったと思いますよ。11番で上げてもらったというのは、ひじょうにラッキー、ありがたいと思って、それはまだ朝乃山にみんなが期待してくれているととらえて、もっともっと精進しなければいけないということ、もっともっと頑張らなければいけないということですね。

-新三役昇進から一発で決めた

高砂親方 それは、いろいろ状況もあるでしょう。優勝もあっさりするし、大関もすんなりワンチャンスで決めるし、俺と持ってるものが違うな、という感じはしますよ。それを生かすも殺すもこれからの自分ですから、実れば実るほど、こうべを垂れる稲穂かな、じゃないけど、強くなれば強くなるほど注目される。そうゆう意味では自分の行動には注意しなければいけないし、さらに稽古もしなければいけないということ。己を磨かなければいけない。己を磨いたんだからこそ大関になれたんだし、また磨くことによってもう1個上に行ける可能性が生まれる。朝乃山は12勝3敗で優勝しているけど、13番まで勝ったことがまだない。これからは、これが課題になってくる。11、12じゃなくして13、14という星の積み重ねが出来てくる。そのためには、どうしなければならないか、ということを考えなければならない。それがこれからの一番の課題になってくると思う。そう、スンナリ簡単にはいかないと思うけど、そうなるためにはもう1回、優勝しなければいけないということ。12で優勝するのはラッキーなこと。13、14で優勝できるようになるが大事になる。

-37年前に師匠も大関を決め、今年は定年

高砂親方 巡り合わせでしょうけど、ありがたいこと。何もないより、ある方がいい。忙しくなるけど、こっちも体に注意して頑張らないと。定年までは頑張らないといけないので。

-定年までにもう1回、(横綱昇進)会見をというのは

高砂親方 まあ、そうなればね、それはうれしいけど、そんなに多くは望みませんよ。とりあえず大関に上がった、このことをしっかりしたものにして、それから次という考え方でね。階段というのは、一足跳ばしに上がれば早く上がれるけど、1つずつしっかり階段を踏みしめて上がる方が大事だと思う。そうゆう教えが分かっているからこそ、本格的な正攻法の右四つの相撲が取れると思う。場所前の会見でも言ったけど、もう少し当たりを強くしないといけない、ということは頭から当たることも必要になってくるかもしれない、とかいろいろ考える中で、自分の左の上手を取るために、どうしないといけないかとか。そうゆうことが、どんどん積み重ねないと今度の地位を守るのは大変なことになる。

-この1年で師匠から見て横綱との差は

高砂親方 多少は縮まっているでしょう。ただ、鶴竜には1回勝ったことはあるけど、白鵬には勝てないというのは、立ち合いのうまさ、駆け引きで負けている。その部分を、これからは研究しないといけない。逆に白鵬の所に出稽古に行って稽古をつけてもらうということも大事なことかもしれない。まだ、名古屋で1回、行ったきりだもんな(と隣の朝乃山に確認)。そうゆう場面も、これから増やすことも必要になってくる。

-真っ向勝負(の姿勢)が昇進につながった

朝乃山 変化をして勝ってもうれしくないし、親方の教えを守ってきたので、常に真っ向勝負で臨みたいなという気持ちはある。

-しこ名は

高砂親方 今のところ変える考えは持っていません。(横綱になっても)朝乃山という名前が定着してきているし、特に下の「英樹」という名前は浦山君の本名だし、その名前をもらって今まで頑張ってきているわけだから、それはやっぱり特に大相撲というのは地域密着型のプロスポーツだから、大事にした方がいいと思う。富山というイメージもあるだろうし。

-横綱を目指す上で右四つの課題は

朝乃山 立ち合いで左上手を早く取るとか、右を差したとき、かいなを返して体を密着させて慌てず寄り切ることが大事だと思います。

-伝達式の口上は固まっているか

朝乃山 まあ、ぼちぼち…いや、まだです、まだ(笑い)。あまり決めてないです。考えていきたい。

-師匠の考えは

高砂親方 ありません。本人が考えること。4文字熟語を並べることが、偉いことでも何でもない。口上より、その後のことが大事。行動が大事なんです。口上はそこで終わり、ハイッ。いいですか。どうもありがとうございました。

一夜明け会見で記者の質問に答える朝乃山(右)。左は高砂親方(代表撮影)

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朝乃山恩師へ「大関になったと言いたい」一問一答3

一夜明け会見で高砂親方(左)と握手を交わす朝乃山(代表撮影)

大相撲春場所で11勝を挙げ、大関昇進を確実にした関脇朝乃山(26=高砂)が23日午後、大阪市内の部屋で一夜明け会見に臨んだ。

新型コロナウイルス感染拡大の影響で代表者による取材のみ。春場所は史上初の無観客開催で行われたが、一夜明け会見も異例の形で行われた。

一問一答の「その3」は以下の通り。

-ここ大阪も近畿大学出身の関取には、ゆかりの深い場所。大阪で決めたことには

朝乃山 第2の故郷、大阪で決めたことはうれしいです。

-その大阪が無観客開催になったのは残念

朝乃山 本当はお客さんがいる中で勝ち姿を見せたかった。お客さんいない中で昇進が決まったのは残念ですけど、あとは新大関になって土俵の上で戦う姿を見せたい。

-亡くなられた恩師、富山の浦山先生、近畿大学の伊東先生におくる言葉は

朝乃山 大関になりました、と言いたいですし、もう1つ上の番付があるので、そこを目標にして次は頑張ります、と言いたいです。

-お二方は関取の姿を見てくれたと感じますか

朝乃山 2階席で見ていると思いました。

-伊東先生には大関、横綱を目指せと言っていた。そこも有言実行した

朝乃山 それを果たせて良かったです。

-大関でどんな相撲を

朝乃山 いつもと変わらず真っ向勝負の相撲を取っていきたいですね。

-15日間、重要な場所を無観客で取れた経験は

朝乃山 これからの相撲人生に生かしていきたいし、無観客の中で集中して自分の相撲を取れたので、それを自信に変えたい。

-一方で横綱には勝てなかった。課題などは

朝乃山 まだまだ課題はたくさんあるし、横綱に勝てるようにならないと上の番付は目指せない。しっかり稽古をして本場所で恩返しできるように勝ちたいです。

-横綱に対し自分が一番、足りないところは

朝乃山 立ち合いじゃないですか。

-もっと力強く、真っ向から行けるようにと

高砂親方 それが分かっていたら苦労はしない。今、問われてね、本人は答えられない。俺でもやっと答えられるかな、というところだと思う。やっぱりスピードもあるだろうし、経験というのもあるだろうし、それをやっぱりカバーしていく、積み重ねていけるからこそ、関脇に上がって大関に上がっていけるわけですよ。ここまでは俺も経験しているけど、この先は俺も経験したことがないから、ある意味、想像でしか言えないけど、そこの段階にきて、そこからまた変わっていかないとだめだな。そこからまたもう1つ、力をつける、経験を増していくことが必要。これは、聞く側とか見る側は意外と簡単に言うかもしれないけど、やってる方は結構、しんどいと思うよ。たぶんまだ、それが分かってたら横綱に負けてないよ2人に。どっちかに勝ってるかもしれないと俺は思うよ。そこは朝乃山に足りないところ。それと、これからは負けることがニュースになるわけだから、そこをしっかり頭に入れておかないと。地位というものの重さをこれからは感じると思う。もちろん関脇でも感じると思いますよ。でも、その比じゃない、大関とかその上は。そうゆうことを少しずつ勉強していくことだな。

一夜明け会見で記者の質問に答える朝乃山(右)。左は高砂親方(代表撮影)

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朝乃山が大関昇進へ、無観客の客席に見た2人の恩師

報道陣から大関昇進が決定的となったことを聞かれマスク越しに笑顔を見せる朝乃山(撮影・小沢裕)

<大相撲春場所>◇千秋楽◇22日◇エディオンアリーナ大阪

新型コロナウイルスの感染拡大防止により史上初の無観客開催となった春場所で、関脇朝乃山(26=高砂)が大関貴景勝を押し倒しで破り、事実上の大関昇進を決めた。昇進目安の「三役で3場所33勝」には1勝届かず。それでも相撲内容が評価され、日本相撲協会審判部の境川部長代理(元小結両国)が、大関昇進をはかる臨時理事会の招集を八角理事長(元横綱北勝海)に要請し、了承された。25日の臨時理事会、夏場所の番付編成会議を経て正式に決定する。

   ◇   ◇   ◇

しこ名を呼ばれて土俵に上がると、朝乃山はガランとした千秋楽の館内を見上げ、2人の恩師を思い浮かべた。「2階席の端で絶対に見てくれている」。17年の初場所中に亡くなった富山商相撲部監督の浦山英樹さん、今年の初場所中に急逝した近大相撲部監督の伊東勝人さん。2人に見守られて大一番に臨んだ。

負ければ来場所でかど番を迎える貴景勝との真っ向勝負。気合でぶつかった立ち合い、徹底した突き押しではじかれてまわしが取れない。それでも構わず前へ。懸命に伸ばした左でまわしをつかむと、振られても絶対に離さなかった。引かれてもついていき、途中でまわしから手が離れたが押しながら前へ。はたきにも落ちずにしつこく前に出ると大関が背中から転んだ。「辛抱して前に前に出られた。常に前に出る気持ちだった」とどっしりと構えた。

無観客開催の異様な重圧に負けなかった。そのために15日間、2人の恩師を2階観客席に思い浮かべた。「自信を持っていけ」「しっかり当たれ」。高校、大学時代に幾度となく掛けられ続けた言葉を、胸に刻みながら土俵に上がり続けた。これまで過ごしてきた日常をイメージできたからこそ「今場所はいつもの場所と同じ気持ちで臨めた。ありがたい」と感謝する。

全取組後の協会あいさつが終わり、まだ会場内にいる時に審判部が大関昇進をはかる臨時理事会を八角理事長に要請したことを知った。昇進目安に届かなかったこと、14日目に横綱戦2連敗を喫したこともあり「自分の中では大関はないと思っていた」と諦めていた。プロ入り後ずっと夢だった大関。近大出身とあって“第2の故郷”で、師匠の高砂親方(元大関朝潮)と同じ地位が決定的となった。「まだ実感はありません。伝達式か番付を見た時ですかね」と話した。

25日の臨時理事会で大関昇進が正式決定すれば、富山県出身では太刀山(元横綱)が1909年6月に昇進して以来111年ぶりの快挙だ。今場所は地元のファンに直接、勇姿を届けられなかった。だからこそ夏場所は「できたらいつもの場所のようにお客さんの声援を受けたい」。一足早く、理想の大関像を問われると「小さい子どもがプロの世界に入った時に尊敬される力士になりたい」。“富山の人間山脈”はさらに大きな存在感を示し続ける。【佐々木隆史】

朝乃山(左)は貴景勝を押し倒しで破る(撮影・小沢裕)

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