上へ戻る

au版ニッカン★バトル

記事検索

扇久保博正「地元で大会を」岩手から世界最強証明

パンチの打ち合いに応じる扇久保(左)(C)RIZIN FF

岩手・久慈市出身で総合格闘家とユーチューバーの「二刀流」に取り組む扇久保博正(33=パラエストラ松戸)が、群雄割拠のRIZINバンタム級(61・0キロ)戦線で主役に躍り出る。次戦にもタイトルマッチに挑む予定だが、ライバルはファイターだけではない。同県はエンゼルス大谷やマリナーズ菊池ら野球界の超一流を輩出。「負けられない。格闘技界の中でもそういう位置にいきたい」。世界最強へメジャー級の活躍を誓う。

   ◇   ◇   ◇

プロ15年目、扇久保は数々の死闘を制してきた。極真空手ベースの打撃で試合を作り、接近戦から寝技へ展開するのが必勝パターン。戦績は20勝4敗2分けを誇るが、天敵がいる。RIZIN、米ベラトールの「日米2冠」に輝いた堀口恭司(29)に13、18年と2度敗戦。ここ9年、それ以外の相手には公式戦黒星がなく「もう1度戦いたい。一番の近道はRIZINバンタム級のベルトを巻くことだと思う」。三度目の正直へ闘志を燃やす。

修斗王者でもある扇久保は「堀口選手に勝つまでは負けられない」。昨年はライバル団体のDEEP、パンクラス王者を連破した。負傷離脱中の堀口がRIZIN王座を返上し、同年12月には新王者が誕生。扇久保は4月にタイトル挑戦予定だったが、その選手が最高峰の米UFCに移籍し、新型コロナウイルス感染拡大も重なり試合は流れた。

かつては自身もUFCを目指した。16年には米国に1カ月半滞在し、共同生活しながら同団体との契約をトーナメント形式で争う通称「TUF」というリアリティー番組に出演。週1で試合を行い「めちゃめちゃ過酷だった」。3連勝も決勝で敗れ、夢舞台にあと1歩届かなかった。

国内から世界最強を証明する。「年齢的にUFCを目指すことはほぼないと思う。RIZINに拾ってもらい、骨をうずめる覚悟が大きい」。コロナ禍で実現しなかったものの、5月に仙台で戦う可能性もあった。「東北で試合することも目標の1つ。(今後)仙台で絶対にやりたいし、将来は地元の久慈や仙台で大会を開きたい」と思い描く。

3月にYouTubeで「おぎちゃんねる。」を開設。トレーニング、対談、レンガ割り、食レポなど硬軟織り交ぜた動画をアップし「バカなことばかりやっている感じだが、いい息抜き」。登録者は3990人(8日現在)で、今年中の1万人達成を見据える。故郷は13年のNHK連続ドラマ小説「あまちゃん」のロケ地。岩手と久慈の看板を背負い、強くて面白い「おぎちゃん」が全国区のヒーローになる。【山田愛斗】

◆扇久保博正(おうぎくぼ・ひろまさ)1987年4月1日生まれ、岩手県久慈市出身。5歳から極真空手を始めた。高校卒業後に上京し、総合格闘家を目指す。06年10月に修斗でプロデビューし、フライ級、バンタム級で世界王座獲得。18年からRIZIN参戦。得意技はチョークスリーパー。趣味はギター。好きな歌手は吉田拓郎。163センチ。

タックルする扇久保(右)(C)RIZIN FF
YouTubeに開設した「おぎちゃんねる。」(本人提供)

関連するニュースを読む

コロナ感染ゼロ岩手出身の鉄人錦木、自粛と家族語る

岩手県出身の錦木(2019年12月18日撮影)

コロナ感染者が出ていない岩手出身の鉄人が、愛する妻と娘のためにお酒を控えている。大相撲の東前頭16枚目錦木(29=伊勢ノ海)が、30日までに日刊スポーツの電話取材に応じ、出稽古禁止など外出自粛生活の近況を明かした。幕内では1年半ぶりの勝ち越しを目指し、7月場所(19日初日、東京・両国国技館)に向けて調整中。昨年11月に第1子が生まれ、一家の大黒柱としての自覚も強まっているという。

   ◇   ◇   ◇

6月中旬から申し合いを再開した錦木は「久々で体が痛いですよ」と笑った。場所前は通常、出稽古を中心に番数を重ねていた。コロナ禍の影響で当面、部屋での調整が続くため「場所でちゃんと相撲を取れるか不安」と本音を吐露しつつ「基礎はみっちり。やれることはやった」と力を込めた。

感染予防でアルコール消毒をする機会は増えたものの、アルコールの摂取量は減った。「週8くらいで飲む」という大の酒好きだが昨年11月に第1子の長女、楓香(ふうか)ちゃんが誕生。「酔っぱらってモノでも落としたら嫁さんに怒られる。しっかりしなきゃなと。最近は飲まなくて、むしろお酒弱くなったかも」。桃代夫人にオムツの替え方を教えてもらい、外出自粛期間中は育児に協力。「オムツにしても、基本は(地方場所などで)家にいなかったので難しい。この期間でやっぱり奥さんが一番大変だなと感じた」。妻への感謝の思いが募った。

出身地の岩手で東京五輪の聖火ランナーを務めるはずが、1年延期になった。「最終ランナーだったので残念です」。一方で岩手のコロナ感染者がいまだゼロ。錦木自身も初土俵から14年間、休場がない。岩手県人は体が丈夫なのか? 「僕も驚いてます。たまたまじゃないですか(笑い)」。

昨年は幕内で年6場所全て負け越した。再入幕の春場所でも6勝9敗。7月場所は「とりあえず勝ち越したい」。パパになった錦木は、巻き返しに燃えている。【佐藤礼征】

◆錦木徹也(にしきぎ・てつや)本名・熊谷徹也。1990年(平2)8月25日、盛岡市生まれ。盛岡市立米内中を経て、中卒で06年春場所初土俵。15年夏場所で新十両昇進を果たし、所要6場所で新入幕。19年初場所の東前頭2枚目が自己最高位で、同場所で横綱鶴竜から初金星を挙げた。視力は0・1を切り、土俵外ではメガネがトレードマーク。中学時代は卓球部に所属していた。得意は押し、寄り。185センチ、170キロ。

関連するニュースを読む

震災からの復興とも重なったプロレス復活/連載4

2011年4月3日、新日本プロレス後楽園大会ではファンが被災地へ向けた垂れ幕を掲げた

プロレスには不思議な力がある。24年間、プロレス界の天国も地獄も見てきた真壁刀義(47)の視点からプロレスの力を見つめなおす。第4回は11年の東日本大震災の時期をたどる。【取材・構成=高場泉穂】

2000年後半から人気低迷に苦しんできた新日本プロレスが、浮上の手応えをつかんだころのことだった。超満員で盛り上がりをみせた仙台大会から18日後の11年3月11日。日本の観測史上最大規模となるマグニチュード9の東日本大震災が起こった。

地震による津波で東北地方太平洋沿岸部は甚大な被害を受け、東京電力福島第一原子力発電所の事故も発生。日本全体が自粛するムードに覆われる中、新日本は2日後の13日静岡大会から興行を再開した。

会場は2500人の超満員となった。セミファイナルの6人タッグ戦に出場した真壁の両親は東北出身。親戚はみな、命は助かったが、いとこは津波で家が流された。真壁は試合後にこんな言葉を残している。

「今よ、いろんなことが言われてる。『こんな日に』とかよ。だけどよ、俺たちプロレスラーの仕事は何だよ? 人に勇気とか、明日の力を与えることだよな」

迷いながらも、今プロレスをやる意味を発信した。ファンの声援が、その思いを確信に変えてくれた。

「プロレスラーには、俺には、何ができるかって迷うじゃん。でも、俺たちだからこそ見せられるもの、立ち上がる勇気を感じ取ってもらいたい、とその時思ったの。俺たちは立ち上がって、またやられて、ぶっとばされる。でも、また立ち上がる。それが彼らの心に響いたんじゃないかな。お客さんの声援が、俺たちの心にも響いたよね。もっと頑張んねえとって、拍車がかかった。いくつか中止になった大会もあったけど、その時期はどこに行ってもお客さんの反応がものすごかった。みんなが不安やストレスをいっぱい抱えてたんじゃないかな」

震災後、初の東北での試合は10月15日岩手県宮古大会。まだ津波の被害が残る街の市場の駐車場に特設リングを作り、青空チャリティープロレスを実施した。リングの周りで声を出して応援してくれる人たちの姿を見ながら、真壁は変化を感じていた。

「それまで新日本は東北地方が特に響かなかったの。静かに集中して見る、というタイプが多いのかと思ってた。だけど、その時は今までの静かな感じはどこに行ったんだってくらい大フィーバーしたの。何でかって、みんな不安を抱えて怖かったと思うんだ。ストレス発散だよね。その後も東北の大会で『踏み出す勇気もらえた』と声をかけてもらったりもした。すごい喜んでくれたんだよね」

震災からの復興の歩みは、プロレス人気の復活とも重なった。プロレスラーたちは試合を通じ人々に勇気を与えようと努め、同時にファンの声援に励まされていた。プロレスは求められているのだ、と。

「応援する方も、されている方も、お互い頑張んなきゃいけない時だった。お互い立ち上がろう、そういう気持ちでやってたと思う。例えば俺たち新日本プロレスが、そん時、今みたいに経営がうまくいっていて業界ナンバーワンだったら、上から言いやがってって思われたかもしれない。でも、あの時はまだまだだった。まだまだの状態で、上がる兆しが見えた時だった。そんな状態で東北の人たちを元気づけながら、元気づけてる自分たちも元気をもらった。よし、がんばろう、って」

その年の8月には武道館で新日本、全日本、ノアのメジャー3団体が32年ぶりに集結したチャリティー興行「ALL TOGETHER」が行われた。会場は1万7000人の超満員札止め。エンディングでは「プロレス最高!」のコールが起こった。

光が見え始めた新日本に、追い風が吹く。12年1月末、カードゲーム事業で成長を続けていた株式会社ブシロードが新たに親会社になった。

布石があった。ブシロードは11年夏に行われた最大級の大会、G1クライマックスでスポンサーとなり、12年年明けには中邑真輔と真壁をCMに起用していた。そのCM撮影時、真壁は控室でブシロード木谷高明オーナーと雑談していた。

「木谷さんさー、新日本プロレスどうやったらもっと売れると思う? って聞いたの。そしたら『これはですねー、僕から言えることは、こうやったらいいと思います』って説明されたのが、ほぼほぼ、俺がそれまで考えていることと同じだったの。『そうだよね、ありがとねー』ってその日は帰ったけど、ああいう人が社長になってくれねえと困るんだよな、なってほしいな、って俺は社員に言ってたんだよね。そしたら、その1週間後にまさかの発表だよ。しゃべっちゃいけなかったんだろうけど、なんだよ、最初から言えよ、って。木谷に関しては信用してる。あの時に話を聞いてたから、間違えねえと思った」

新たなスターも誕生しようとしていた。12年の、年間最大の目玉興行、好例の1月4日に行われる「1・4東京ドーム大会」。2年間の海外武者修行を終えた24歳のオカダ・カズチカがIWGPヘビー級王者棚橋に挑戦表明した。

191センチの長身と整った顔立ち。自らを新日本にカネを降らせる「レインメーカー」と称し、2月のタイトル戦で棚橋を破り、王者となった。心強いバックと、才能あふれる若きスター。快進撃の準備が整っていた。

関連するニュースを読む

大相撲総選挙 選挙風ポスター第2弾公開

<第9回 大相撲総選挙>

大相撲の人気NO・1力士は誰か? 日刊スポーツ新聞社は第9回大相撲総選挙を実施しました。対象は夏場所番付の幕内力士42人。今回はインターネットのみで6日まで投票を受け付けました。結果は6月上旬の紙面でも発表します。

 

徳勝龍

今年の初場所は、西前頭17枚目の「幕尻」ながら14勝1敗で優勝。場内インタビューで、人当たりのいいキャラクターが有名になった

 

石浦

飾り気がなく、心も体もたくましい。筋骨隆々な肉体もあいまって、「質実剛健」がしっくりくる。相撲以外の格闘技にも精通する

 

千代大龍

七夕の短冊に書いた「金がいる」は、千代大龍らしさを表す願い事として有名になった。実は繊細な一面もあるともいわれている

玉鷲

正義感が強く、ユーモアもあり、人としての器が大きい。慌てふためくことはなく泰然自若。初優勝した際、多くのファンが喜んだ

歌が好きで、美声は有名。演歌を中心にレパートリーは幅広い。縁のある力士の引退相撲などでは、相撲甚句を披露することもある

魁聖

取材などの場で質問に対する受け答えの機転が利く。その裏には謙虚さがにじみ、相手への配慮もさりげない。自虐的な談話も多い

妙義龍

第8回大相撲総選挙優勝者。熱狂的なファンの投票に支えられ、いぶし銀の実力者が栄冠をつかんだ。果たして今年は連覇なるか?

栃ノ心

左上手をがっちりつかむと、相手は動けなくなる。太い腕が秘めるパワーは、角界随一。大関から陥落したが、得意の型は健在だ 

松鳳山

細かいことにこだわらない。相撲は組んでも離れても取ることができ、負けても落ち込まない。のびのび生きる闊達(かったつ)自在

志摩ノ海

笑うと目が細くなる。人当たりがよく、笑顔が印象的な人格者だ。画像の水色は、出身地の三重・志摩市をイメージして制作した

佐田の海

父は元小結。本人は「まだまだ」と謙遜するが見た目も相撲っぷりも似ている。今も時にアドバイスをもらうなど、まさに父子相伝

高安

大関から陥落したが、まだ30歳。ケガを治して本来の力を出せれば、上位で戦える。多くのファンが、完全復活を待ち望んでいる

琴ノ若

父は師匠の元関脇琴乃若。祖父は元横綱琴桜。新入幕だった春場所は9勝。まだまだ伸び盛りの22歳はどこまで番付を上げるだろうか

琴奨菊

大関昇進時の伝達式で「万理一空」を口上に盛り込んだ。すべては同じ空の下、転じて、常に努力を続けるという気構えを示した

若隆景

3兄弟の三男。長男の若隆元は幕下、次男の若元春は十両。兄2人に刺激を与え続けている。代替わりした荒汐部屋を引っ張っていく

琴勝峰

春場所で十両優勝し、新入幕を果たした。まだ20歳ながら191センチ、165キロのサイズは魅力たっぷり。将来の横綱候補との声も多い

千代丸

愛らしい笑顔と、パンパンに張った太鼓腹が魅力。さっぱりした性格も相まって、周囲を明るくさせる。弟の十両千代鳳は復活途上

錦木

岩手出身、メガネがトレードマークのたたき上げ。派手さはないが、巡業でも休まず稽古するなど、真面目で実直な人柄が好印象

琴恵光

珍しい決まり手「網打ち」をこれまで7度も決めている。春場所でも披露したばかり。土俵際での逆転を狙って打つことが多い

照ノ富士

元大関も、両膝のケガなどでこれまで約1年半、関取の座を失っていた。元幕内力士が序二段まで降下した後、幕内復帰したのは史上初

琴勇輝

恐れることなく、勇んで前へ突き進む。立ち合いで一気に前へ出る相撲は、まさに勇往邁進(まいしん)。本名にも「勇」の字が使われている

関連するニュースを読む

高校総体中止も岩手ボクシング連盟は晴れ舞台を検討

入場行進する岩手県選手団(2011年7月28日撮影)

岩手ではボクシング(釜石市)、卓球(奥州市)、ハンドボール(花巻市と盛岡市)の3競技でインターハイ開催の準備を進めていた。ボクシング会場の釜石市民ホールTETTOは1月に東北高校新人大会を開催して「リハーサル」を済ませていた。岩手県は26日午後9時までに47都道府県で唯一、新型コロナウイルスの感染者が確認されてないが、岩手県ボクシング連盟事務局長の盛岡南・小池彰教諭は「感染拡大を考えると厳しいですね。決まってしまったことは仕方がない。大会まであと数カ月だったので寂しいです」と残念がった。

県高校総体も17日、冬季に開催される駅伝、スキー、スケートを除いて今年の中止を決めた。ボクシング専門部では今後、県内の高校生だけでも試合ができるように検討していくという。小池教諭は「個人的な意見としては、子どもたちのために何かしてあげたい」と選手を思いやった。2月26日には全国高校選抜(石川)も中止となっており、最終学年で1度もリングに立てないまま、失意のうちに競技を引退する3年生が多くなる。早期終息を願い、最後の晴れ舞台を用意する可能性を探っていく。【佐藤究】

関連するニュースを読む

パッキャオのワンツー!因縁の幕開け/八重樫の一撃

マニー・パッキャオ(2015年8月6日撮影)

<ボクシング、忘れられない一撃~1>

一発のパンチですべてが変わるボクシング。選手、関係者が「あの選手の、あの試合の、あの一撃」をセレクトし、語ります。世界3階級王者八重樫東(37=大橋)の忘れられない一撃は「パッキャオのマルケス戦の左ストレート」です。

    ◇    ◇

▼試合VTR 04年5月8日、フライ級とスーパーバンタム級で世界王座を獲得した当時25歳のパッキャオが、米ラスベガスのMGMグランド・ガーデン・アリーナで、WBA、IBFフェザー級統一王者ファン・マヌエル・マルケス(メキシコ)に挑戦。後に6階級制覇を達成する「フィリピンの英雄」パッキャオが、1回に3度のダウンを奪うスタートとなったが、その後はマルケスが挽回し、試合はジャッジが三者三様のドロー。ここから3度の対戦を重ねる因縁のカードの幕開けとなった。八重樫が選んだのは、その1回、1分30秒の最初のダウンを奪った左ストレートだった。

    ◇    ◇

パッキャオが、まさに世界のスーパースターに駆け上がろうとする、粗削りで、一番生きが良い時期だったと思います。

試合開始からわずか1分半。遠い距離から「打つぞ」と小さく体を沈めるフェイントを入れた直後に、ありえないスピードで放ったワンツーに、マルケスはまったく反応できず、コロンと後ろに倒されました。

僕はパッキャオは、足の選手だと思っています。足があれだけ速く動くから、手が連動して回転の速い連打が出せる。そして、手が出ることが前への推進力につながり、あの爆発的な攻撃力が生まれているんです。試合当時、僕は大学生でした。あの一撃は衝撃でしたし、大好きなフェイントからのワンツーということもあり、こういうパンチを打ちたいと、何度も映像を見返しました。

ただ、何度やってもただのモノマネで、試合では使えませんでした。自分のものになったなと思ったのは、世界王者になり、下半身と上半身の連動が理解できた2年前ぐらいです。頭の中にずっとあったパンチですし、脳裏にイメージが焼き付いていたんだと思います。

パッキャオ-マルケスは、この一戦から始まり、4度も対戦する因縁の相手となりました。ちなみに、第4戦でパッキャオがマルケスにダウンを奪われ失神したパンチは、この第1戦と同じワンツーをパッキャオが放った瞬間に、右と左の間にマルケスがカウンターの右を合わせたものでした。ドラマ性という意味でも、特別な一撃だったと思います。

◆八重樫東(やえがし・あきら)1983年(昭58)2月25日、岩手・北上市生まれ。黒沢尻工3年でインターハイ、拓大2年で国体優勝。05年3月プロデビュー。07年の7戦目でWBC世界ミニマム級王座挑戦も失敗。11年にWBA同級王座を獲得、13年にWBCフライ級王座獲得で3度防衛。15年にIBFライトフライ級王座を獲得し、3階級制覇を達成。160センチの右ボクサーファイター。

八重樫東

関連するニュースを読む

錦木勝って幕内残留濃厚「お客さんの前で取りたい」

錦木(左)は佐田の海をつり出しで破る

<大相撲春場所>◇千秋楽◇22日◇エディオンアリーナ大阪

岩手・盛岡市出身で西前頭14枚目の錦木(29=伊勢ノ海)が、東前頭10枚目佐田の海を高々とつり上げた。6勝目を挙げ、幕内残留は濃厚。

「右も左も入ったので、後ろに下がっちゃいましたけれど、そのまま上げちゃおうと思いました」。外出自粛のため、閉店予定だった知人の店に足を運べず、部屋でのハイボールが活力。「やっぱりお客さんのいる前で相撲を取りたいですね」と、公私ともに満足とはいかなかった。

錦木(左)は佐田の海をつり出しで下す(撮影・小沢裕)

関連するニュースを読む

琴ノ若が新入幕勝ち越し 元横綱祖父、師匠の父超え

琴ノ若(奥)が上手出し投げで錦木を破る(撮影・外山鉄司)

<大相撲春場所>◇14日目◇21日◇エディオンアリーナ大阪

東前頭18枚目の琴ノ若(22=佐渡ケ嶽)が、山形・尾花沢市出身で実父の佐渡ケ嶽親方(51=元関脇琴ノ若)と、祖父の第53代横綱琴桜もなし得なかった新入幕勝ち越しを決めた。

祖父は6勝、父も7勝で負け越し。「過去のことは知りませんでしたが、7番目を勝ってから師匠に『勝ち越してないんだぞ』と聞きました。やっと勝ち越せたのでホッとした」と安堵(あんど)の表情を浮かべた。

岩手・盛岡市出身の西前頭14枚目錦木(29=伊勢ノ海)を相手に右四つ左上手で押し込むと、左からの上手出し投げ。王手をかけてから4連敗中だったが「師匠にも『初日の気持ちでやれ』と言われて、吹っ切れてとれました。負けても、良い内容なら次につながると思って、思い切りいきました」。持ち味の前に出る相撲で結果を出した。

部屋の関取衆や付け人への感謝も忘れてはいない。十両で優勝争いをしている琴勝峰(20)ら同世代だけでなく、大関経験者の幕内琴奨菊(36)の胸も借りて強さを増してきた。「菊関に稽古をつけてもらって番付を上げていただいたので、まだまだ上があるのでこれからですけれど、少しは恩返し出来たかなと思う」。感謝の意を伝え聞いた琴奨菊も「うれしいねえ。まだ頑張ろう」と若手に負けない刺激も受けていた。

新・琴ノ若としての躍進は始まったばかり。「明日も来場所もあるので、気を引き締めて頑張ります」。喜ぶのは千秋楽を終えてからだ。【鎌田直秀】

琴ノ若(左)は錦木を上手出し投げで破る(撮影・前岡正明)
琴ノ若は錦木を上手出し投げで下す(撮影・小沢裕)

関連するニュースを読む

阿武咲、幕内唯一の東北対決制すも…「寂しいです」

阿武咲(左)は、宝富士を送り出しで破り今場所初白星を挙げる(撮影・小沢裕)

<大相撲初場所>◇5日目◇16日◇東京・両国国技館

西前頭7枚目の阿武咲(23=阿武松)が、東前頭6枚目の宝富士(32=伊勢ケ浜)との、幕内唯一の東北人対決を送り出しで制し、20年初白星を挙げた。

今場所の東北出身幕内力士は、同じ青森・中泊町が同郷の2人だけ。相撲人気も高い東北6県で2人しかいないのは、年6場所制となった1958年(昭33)以降、2012年(平24)初場所以来2度目となる。阿武咲は三役定着だけでなく、貴ノ浪(青森・三沢市出身)以来の東北人大関への基盤を作る。

   ◇   ◇   ◇

阿武咲が本来の姿を披露し、5日目でようやく20年の初日を挙げた。同郷で小中学校や中里道場で10学年先輩の宝富士に厳しい立ち合い。持ち味の下からの突き押し。相手の重い腰をおこして、右からの強烈ないなし。くるりと相手を1回転させて後ろにつくと、左手を強く伸ばして土俵下に送り出した。

今年初の勝ち名乗りだけでなく、岩手・一関市出身の行司・木村晃之助(54=九重)から3本の懸賞金も受け取った。「やっとですね。勝ちというより、自分の相撲がとれたし、感覚的な問題が収穫。しっかり相手を見て、対応できたと思います」。風呂上がりの支度部屋で安堵(あんど)の表情を浮かべた。

歴史的にも東北出身力士が大相撲を盛り上げてきた。年6場所制となった58年初場所では、前頭21枚目までの幕内全55人中13人が東北勢。今場所まで幕内力士不在は1度もない。だが、今場所は豪風と安美錦の2人だった12年初場所に並ぶ最少人数タイ。「やっぱり少なくなっちゃって寂しいですよ。その分、みんなが見てくれていると思うので頑張らなくっちゃと思いますね」。青森県は、横綱を北海道の8人に次ぐ6人を輩出。関取の在籍は、130年以上継続している。未来の力士のためにも東北勢の先頭を走るつもりだ。

18年初場所で右膝後十字靱帯(じんたい)損傷。十両からはい上がってきたが、昨年は1度も2ケタ勝利はなく、納得した結果は出ていない。「いろいろな試練があっても、どれだけひたむきに自分を出せるかが大事。ここからです。自分の勝ちパターンも出ましたし、この1勝をどう良いイメージにつなげていくか」。小学生からの宿敵でもある大関貴景勝(23)に、まずは肩を並べる飛躍の年にする。【鎌田直秀】

宝富士(右)は、阿武咲に送り出しで破れる(撮影・山崎安昭)

関連するニュースを読む

完敗の八重樫「進退考えなきゃ」大橋会長も引退示唆

ムザラネに敗れ肩を落とし引き揚げる八重樫(中央)(撮影・横山健太)

<プロボクシング:IBF世界フライ級タイトルマッチ12回戦>◇23日◇横浜アリーナ

世界王者返り咲きを狙った八重樫東(36=大橋)はIBF世界フライ級王者ムザラネ(南アフリカ)に完敗も今後の明言は避けた。

   ◇   ◇   ◇

八重樫は9回にワンツーを浴びてのけ反った。ここから防戦一方で、何度もロープを背にした。大橋会長がコーナーの階段で、この試合3度目となるストップの準備。残り10秒の拍子木が鳴ったが、残り6秒でレフェリーに止められた。

左目周囲は青く腫れていた。「力不足」と繰り返した。「途中でいけるかと思ったが、甘かった。王者が強かった」。敗北を認めたが、中盤までは八重樫ペースにも見えた。ドゥワルテ・ジャッジは南アフリカ出身も6回まで五分だった。

序盤は足を使い、4回から接近戦に挑んだ。ボディーを見舞うが、距離が開くとクリーンヒットされた。8回は右ストレートに後退。「左を注意していた。やべえと思った」。予想以上にパンチが強かった。

17年に3度目王座から陥落した。半年以上ジムを離れたが「やっぱりボクシングが好き」と現役続行。今もジム一番の練習量。引退を勧めた会長をうならせ、2年7カ月ぶりでこぎつけた世界戦だった。

試合前は家族と離れての生活で、今回は約2カ月も帰宅は2回だけ。次女一永(ひとえ)ちゃん(6)の「頑張って」との涙声の留守電にも我慢した。「結果を出せず、子供に何も言えない」と肩を落とした。

勝てば日本人男子最年長奪取だったが、来年2月には国内規定では定年の37歳となる。元世界王者は続行可能だが「進退を考えなきゃいけない。のんびり考えます」。大橋会長は「限界か」と報道陣に問われて「ちょっとね」と答えた。激闘王がグローブをつるす時が来たようだ。【河合香】

◆八重樫東(やえがし・あきら)1983年(昭58)2月25日、岩手・北上市生まれ。黒沢尻工3年でインターハイ、拓大2年で国体優勝。05年3月プロデビュー。06年東洋太平洋ミニマム級王座獲得。7戦目で07年にWBC世界同級王座挑戦も失敗。11年にWBA同級王座を獲得し、13年にWBCフライ級王座獲得で3度防衛。15年にIBFライトフライ級王座を獲得し、日本から4人目の3階級制覇を達成した。2度防衛。家族は彩夫人と1男2女。160センチの右ボクサーファイター。

9回、試合後、ムザラネ(中央右)を称える八重樫(撮影・狩俣裕三)
9回、レフェリーストップでムザラネ(左上)にTKO負けの八重樫(撮影・狩俣裕三)

関連するニュースを読む

八重樫9回TKO負け、日本人最年長の王座奪取逃す

3回、パンチを浴びる八重樫(撮影・横山健太)

<プロボクシング:IBF世界フライ級タイトルマッチ12回戦>◇23日◇横浜アリーナ

元世界3階級制覇王者八重樫東(36=大橋)の日本人最年長奪取はならなかった。同級王者モルティ・ムザラネ(37=南ア)のV3戦で、2年7カ月ぶりの世界戦。リーチの長い技巧派の王者を崩せずに9回TKO負けした。6度目の世界挑戦で、長谷川穂積の35歳9カ月を上回る36歳10カ月で王座奪取を狙ったが、力及ばず4本目のベルト獲得を逃した。

八重樫にとっては2年7カ月ぶりとなる待望の世界戦だった。スーパーフライ級3試合をこなして4階級制覇を狙っていたが、交渉がまとまらなかった。ムザラネのV2戦はテレビ解説だったが、その後に方針を変更。フライ級で6度目となる「最後と思って」臨んだ世界挑戦だったがはね返された。

17年5月にIBFライトフライ級のV3に失敗した。大橋会長はその日に引退を勧めたが、八重樫はすぐに現役続行を訴えた。会長は「よく考えろ」と言い返したが、練習を再開すると「心を動かされて、辞めろと言えなくなった」と話す。

来年2月には国内規定では定年の37歳となるが、今でもジムで一番練習する。「ボクシングが好きだし、恩返ししたい」と汗を流し続けてきた。通常のジムワーク後も反復横跳び、自転車こぎに体幹トレ。「完全休養はやめた。やることやらないと力は落ちる。歯磨きと一緒」と動かない日はなかった。その努力もベルトには届かなかった。

ムザラネは09年から15連勝中で、2度の防衛はいずれも日本人だった。さらにリーチは予想以上の11センチ差があった。ジャブを突いてのアウトボクサーに対し、中へ潜り込んで激闘に持ち込めるかがカギだった。そのハンディを克服できなかった。

11月に入ってから短期賃貸マンションで単身生活を送った。この試合のために今回は通常1カ月を2カ月に伸ばした。家族思いで知られるが、週末帰宅も1回で電話もしなかった。末娘からは涙声で「ボクシング頑張って」との留守電が入ったが我慢した。2カ月ぶりで家族と無念の対面となった。

◆八重樫東(やえがし・あきら)1983年(昭58)2月25日、岩手・北上市生まれ。黒沢尻工3年でインターハイ、拓大2年で国体優勝。05年3月プロデビュー。06年東洋太平洋ミニマム級王座獲得。7戦目で07年にWBC世界同級王座挑戦も失敗。11年にWBA同級王座を獲得し、13年にWBCフライ級王座獲得で3度防衛。15年にIBFライトフライ級王座を獲得し、日本から4人目の3階級制覇を達成した。2度防衛。家族は彩夫人と1男2女。160センチの右ボクサーファイター。

2回、ムザラネ(右)に左フックを食らわす八重樫(撮影・狩俣裕三)

関連するニュースを読む

錦木が聖火ランナー「一緒かな?」トーチと太刀持ち

20年東京五輪の聖火ランナーに決まりガッツポーズをつくる岩手県出身の錦木(撮影・佐藤礼征)

20年東京五輪の聖火ランナーを務める大相撲の前頭錦木(29=伊勢ノ海)が18日、東京・両国国技館相撲診療所でのインフルエンザの予防接種後に「名誉なことだし、なかなかないこと。地元のために走りたい」と意気込みを語った。

出身地の岩手・盛岡市内で予定されており「(距離は)200メートルくらいと聞いています」。聖火の持ち方については「太刀持ちと一緒なのかな?」と、同じ時津風一門の横綱鶴竜の土俵入りをイメージしていた。

関連するニュースを読む

余震も止めた 白鵬土俵入りへ「見えない力」確信

山口・下関市で行われた冬巡業で土俵入りを披露する白鵬(撮影・佐藤礼征)

日本相撲協会が10月に大規模火災が起きた沖縄・首里城の敷地内で、復興祈願の横綱土俵入りを行う方向で調整していることを受け、土俵入りを務める予定の横綱白鵬(34=宮城野)が3日、冬巡業が行われた山口・下関市で「話は聞いている。四股を踏む意味があると思う」などと話した。首里城が燃えた当時の様子は、テレビの映像を通して見た。「悲しいね」と表情をゆがめたが「『まだまだあなたの役目は終わっていない』ということだと思う」と、横綱としての使命感を口にした。

土俵入りの「見えない力」を確信している。東日本大震災が起きた11年、地震発生から3カ月後の6月に慰問した岩手・山田町の小学校で土俵入りを披露。後日、連日起きていた余震が、土俵入り翌日から止まったという被災者からの言葉を伝え聞き「感動した。こういうものが(横綱の)役目、使命なんだ」と振り返った。14、15日に沖縄・うるま市で行われる冬巡業「沖縄場所」実行委員会の関係者によると、首里城での土俵入りは近日中に決定する見通し。土俵入りで誘導役を務める予定の立行司、式守伊之助(60=高田川)も「光栄なこと。しっかり務めたい」と感慨深く話した。

関連するニュースを読む

異彩ホストキャラレスラー 愛澤“No1”になる!

4月23日、全日本プロレス仙台大会の10人タッグマッチに登場し、シャンパンを手にする愛澤No.1(撮影・野上伸悟)

新時代の令和に、バブリーなホストキャラで異彩を放つプロレスラーがいる。宮城・塩釜市出身のプロレスラー愛澤No.1(35)がブレークの予感だ。入場時にはシャンパンを手に登場し、女性ファンと乾杯してからリングに上がる。「シャンパン、シャンパン! シャンパン、シャンパン!」。元ホストの経験を生かしたシャンパンコールで会場を盛り上げつつ、華麗な技を繰り出す。

愛澤はリングでの姿同様、型破りな人生を歩んできた。中学から陸上を始め、仙台工時代には高校駅伝宮城県大会にも出場。1、3年時には東北大会に出場した。スポーツ推薦で石巻専大に入学も、幼稚園の時に塩釜市体育館で見た全日本プロレスへの憧れをどうしても捨て切れなかった。陸上部との掛け持ちで学生プロレスに熱中も結局、陸上は断念。2年時に「闘龍門」の練習生になったが、厳しい練習についていけず2カ月で退団した。挫折にもめげず、05年にみちのくプロレスのテストに合格し、07年にデビューを果たした。

09年の試合中にトップコーナーから場外に落とされて右かかとを複雑骨折。再起のめどが立たず引退した。11年3月の東日本大震災後、たまたま求人誌で見かけた楽天ベースボールスクールのコーチ募集に応募。「未経験者可」を真に受け受験したが、面接官からは「まさか本当に未経験者が来るとは」と驚かれた。それでも「東北の子どもにスポーツを好きになってもらいたい」との熱意が伝わった。

スクールでは楽天OBで現スカウトを務める愛敬尚史氏(42)、鷹野史寿氏(46)らに自らも野球を教わりながら4年間、小学生の指導に携わった。しかし、「夢を持とう」と子どもたちに言いながら、夢を諦めた自分を見つめ直した。「実際に自分が夢をかなえて活躍しているところを見せないと、子どもたちにも夢を与えられない。コーチとして最後の役目だと思った」と現役復帰を決意。今では教え子たちも観戦に来てくれるようになった。

本名・相沢孝之としては、シニアスポーツインストラクターの顔を持つ。仙台市内の高齢者向け介護サービス施設で、座ったままでもできる体操などを教えている。おじいちゃん、おばあちゃんたちから「試合どうだった?」と掛けられる声も励みになっている。

23日には、仙台ヒルズホテル(午後3時試合開始)で行われるみちのくプロレスにも出場予定。プロレスリングDEWAや全日本プロレスにも参戦するなど、活躍の場を広げている。「今はタイトルよりも、全国の人に宮城にはこんな選手がいると知ってもらいたい。そしてたくさんの人に遊びに来てほしい。人を呼べるようなレスラーになって東北を盛り上げ活性化したい」。その表情にはリングで見せるチャラさのかけらもなかった。【野上伸悟】

◆愛澤No.1(あいざわ・なんばーわん)1984年(昭59)生まれ、宮城県塩釜市出身。玉川小-玉川中-仙台工-石巻専大。みちのくプロレスに所属した07年6月16日、岩手・矢巾町民総合体育館大会でデビュー。また大学4年の就職活動中に、みちのくプロレスの滑り止めとして受験したスポーツジムの実地研修が東京で1カ月行われた際に、新宿歌舞伎町でスカウトされホストクラブのアルバイトを経験。菊地毅らの指導を受け、15年11月28日の全日本プロレス仙台大会で復帰。フリーとして活動し、全日本プロレスやプロレスリングDEWAなどに参戦する。得意技は紅蓮(ぐれん)弐式。175センチ、85キロ。

4月23日、全日本プロレス仙台大会の10人タッグマッチに登場した愛澤No.1(撮影・野上伸悟)
4月23日、全日本プロレス仙台大会の10人タッグマッチで、コーナーから大森隆男にキックを見舞う愛澤No.1(撮影・野上伸悟)

関連するニュースを読む

初代タイガーひっそり見守った秘蔵っ子舞海デビュー

東京女子プロレス後楽園大会でデビュー戦に臨んだ舞海魅星

<東京女子プロレス:後楽園大会>◇3日◇東京・後楽園ホール

初代タイガーマスク、佐山サトルの秘蔵っ子、舞海魅星(まいうみ・みらい、19)が後楽園ホールでデビューした。

岩手・宮古市生まれの舞海は、12年5月に佐山が主宰するリアルジャパンの巌流島大会に東日本大震災の被災者の1人として招待された。以来、佐山と交流を続け、プロレスラーになる夢をかなえた。

この日は練習パートナーのYUMIとタッグを組み、天満のどか、愛野ユキ組と対戦。柔道あがりのがっしりした体を生かした豪快なラリアット、ドロップキックを決めたが、天満にキル・スイッチをくらい、9分58秒で敗れた。

舞海は「今日の試合は悔しくない!」とすがすがしい表情でふり返り、「ベルトを巻けるようになりたい。次は佐山さんに笑顔で(リングに)立っているところを見ていただきたい」と笑顔で前を向いた。

この日は佐山氏も来場し、試合前にリング上で舞海を激励。その後、バルコニーからひっそりと試合を見守った。「デビュー戦にしてはびっくりするぐらい堂々とした目をしていた」と感心し、「魅星ちゃんの強い信念の中では、今日の試合はほんの通過点に過ぎない。これから非常に楽しみです」とさらなる成長に期待した。

関連するニュースを読む

タイガー秘蔵っ子舞海魅星デビューへ「東北を元気に」

握手をかわす初代タイガーマスクと舞海魅星(みらい)

リアルジャパンプロレスが23日、都内で会見を開き、初代タイガーマスク、佐山サトル(61)の秘蔵っ子、舞海魅星(まいうみ・みらい、19)が5月3日の東京女子プロレス後楽園大会でデビューすると発表した。

岩手・宮古市生まれの舞海は、12年5月の巌流島大会に招待された東日本大震災被災者の1人。その後も佐山や新間寿氏と交流を続けプロレスラーを志した。舞海は「震災の悲しみはありましたが、試合を見る時だけは楽しくいられた。今度は、自分が東北をはじめとする方々に元気を届けたい」と目標を語った。

6月20日「ストロングスタイルプロレスvol.2」のメインカードを発表した初代タイガーマスク

関連するニュースを読む

佐山秘蔵っ子・舞海魅星、震災乗り越えデビューへ

握手をかわす初代タイガーマスクと東京女子プロレスからデビューする舞海魅星(みらい)

リアルジャパンプロレスが23日、都内で会見を開き、初代タイガーマスク、佐山サトル(61)の秘蔵っ子、舞海魅星(まいうみ・みらい=19)が5月3日の東京女子プロレス後楽園大会でデビューすると発表した。

岩手・宮古市生まれの舞海は、12年5月にリアルジャパンが行った巌流島大会に東日本大震災の被災者の1人として招待された。本州最東端の宮古市重茂地区、海のすぐ側にある実家は津波で流されなかったが、うに、あわび漁を営む父の船を失った。

「震災の悲しみはありましたが、試合を見る時だけは楽しくいられました」

佐山や新間寿氏とも交流を続けながら、いつしかプロレスラーになる夢を持つようになった。

「今度は自分が東北を始めとする方々に元気を届けたいです」

佐山は「プロレスをやりたい、と聞いたときはびっくりした。必ずチャンピオンになって、岩手の希望になってほしい」とエールを送り、「将来、指導してみたい」と直接指導を含め、舞海への支援を続けると誓った。

関連するニュースを読む

出会った人はみんな玉鷲を好きになる/こんな人

11年6月、岩手・陸前高田市の高田小で、4人の女の子を同時に抱え上げて笑顔を見せる玉鷲

<大相撲初場所>◇千秋楽◇27日◇東京・両国国技館

関脇玉鷲(34=片男波)が涙の初優勝だ。遠藤を突き落とし、ただ1人2敗を守って逃げ切った。34歳2カ月での初優勝は、年6場所制となった1958年以降で2番目の年長。初土俵から90場所は史上4位のスロー記録となった。

   ◇   ◇

気は優しくて力持ち-。「お相撲さん」のイメージ通りの言動が、玉鷲の最大の魅力だ。11年3月の東日本大震災を受けて、同6月に相撲協会が行った被災地巡回慰問での姿が印象的だった。被害の大きかった岩手・陸前高田市の高田小を訪れた際には、率先して子どもと触れ合った。そんな様子を写真に収めようとすると、4人の女の子を同時に抱きかかえ「あと2人は一緒に抱っこできるよ」とサービスのポーズ。そこで終わらず、子どもの抱っこを繰り返した。気付けば周囲には老若男女で人垣ができ、笑顔があふれていた。

一昨年11月の九州場所では、九州北部豪雨の被災者を思い、取組後に涙も見せた。同場所で片男波部屋が宿舎を構えるのは福岡・朝倉市。同市は観測史上最大級の雨量で30人を超える犠牲者が出た。その8年前から地元のイベントに参加するなど市民と交流を続け、行く先々で「勝ち越し」を約束。その約束を守ることができて目を赤くした。場所後、協会で同市を慰問した際には、横綱、大関よりも人だかりができていた。

同様の現象は昨年12月、福岡・行橋市での巡業でも起きた。地元の幼稚園に数年前から訪れており、朝稽古中は2階席の幼稚園児が大合唱で声援。ダントツの人気だった。「お客さんが『今日見に来てよかった』という相撲を取りたい」が口癖。一期一会を大切に、出会った人はことごとく玉鷲を好きになる。けがした対戦相手を思って涙したこともあった。誰よりも人の痛みに寄り添う優しすぎる男の優勝は、競争が激しい相撲界で、快挙といえる。【高田文太】

初優勝を果たした玉鷲(中央)は長男テルムン君を抱っこしながら笑顔を浮かべる(撮影・鈴木正人)

関連するニュースを読む

SANADA組が2連覇 現IWGPタッグ王者倒す

SANADA(2016年8月12日撮影)

<新日本:岩手大会>◇9日◇岩手産業文化センター・アピオ

新日本プロレスは9日に岩手大会を行い、ワールドタッグリーグ優勝決定戦でEVIL、SANADA組が現IWGPタッグ王者タンガ・ロア、タマ・トンガ組との昨年と同カードの戦いを制し2連覇を達成した。

セコンドの邪道の介入をふりきり、最後はSANADAがタマをラウンディングボディープレスでピンフォールし、勝負を決めた。NEVER無差別級選手権では、挑戦者の飯伏幸太が、王者後藤洋央紀に得意技カミゴェをさく裂させ、新王者となった。

関連するニュースを読む

後藤洋央紀「うまくいくとは」思惑通り飯伏と王座戦

後藤洋央紀(2018年11月3日撮影)

新日本プロレスは19日、12月9日の岩手大会の追加カードを発表し、NEVER無差別選手権として、王者後藤洋央紀と飯伏幸太の試合が組まれた。

11月3日の大阪大会でベルトを奪還した後藤は、その直後に次期挑戦者に今夏のG1クライマックスで敗れていた飯伏を指名。ところが、飯伏はそのラブコールをSNS上で散々「却下」してきていた。事態が急変したのは、18日の後楽園大会。6人タッグ戦でまみえた2人。試合後にマイクを握った後藤が「次の、NEVER無差別級タイトルマッチ…」と切り出し、あらためてリングで対戦要求すると思いきや、長い間を置いて「諦めるよ…」。意外な断念に会場が騒然とする中、最も混乱したのは飯伏。「ちょ、ちょっと待って。ちょっと待って下さい。なんで諦めるんですか!」と投げかけると、思わず「やりましょう…」と逆提案してしまった。

これが後藤のわなだった。「押してダメなら、引いてみなって言葉があるけどね、こうもうまくいくとは思ってなかったですよ」とニヤリとして見せた。飯伏は「やりますよ」と渋々応じていた。

関連するニュースを読む