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東京五輪逃した藤田健児ら、帝拳ジム4選手プロ合格

帝拳ジムからプロ転向した、左から嶋田淳也、藤田健児、村田昴、金子虎旦の4選手

日本ボクシングコミッションは4日に都内の帝拳ジムでプロテストを実施し、全日本を3度制した藤田健児(26)ら4選手がB級(6回戦)で合格したと発表した。

藤田は拓大から自衛隊に入り、東京オリンピック(五輪)を目指すも代表を逃して転向。「アマエリートと呼ばれるが、思い違いしないようにしたい。王者やランカーを食ってやろうという気持ちは常に持っている」とコメントした。

他の3人は同じ自衛隊出身でアマ2冠の村田昴(23)、駒大出身の嶋田淳也(22)、日大出身の金子虎旦(22)。

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リナレスの試合11月メドに、コロナ感染で興行延期

ホルヘ・リナレス(2019年9月7日撮影)

ボクシング元3階級制覇王者ホルヘ・リナレス(34=帝拳)の試合が、11月をメドに延期となった。米メディアが20日に報じた。

28日に米国カリフォルニア州インディオで、元世界2階級制覇王者ハビエル・フォルトナ(31=ドミニカ共和国)と対戦予定も、6日に新型コロナウイルスに感染が判明していた。フォルトナは代役の対戦相手を探していたが交渉がまとまらず、興行自体が延期となった。11月に開催を目指すIBF世界ミドル級王者ゲンナジー・ゴロフキン(38=カザフスタン)の試合とセットで、仕切り直しでの開催を予定しているという。リナレスはすでに退院して自宅療養中で、一時休館していた帝拳ジムも17日からプロ選手の練習を再開している。

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世界ランカー対決・尾川VS西谷、10月2日に延期

尾川堅一(2019年7月6日撮影)

ボクシングの世界ランカー対決が、9月5日から10月2日に延期された。主催する帝拳ジムが13日に発表した。東京・後楽園ホールで、メインにはスーパーフェザー級でIBF3位、WBA7位、WBO9位と世界3団体で1ケタランク入りの尾川堅一(32)が出場。IBF世界同級8位西谷和宏(33=VADY)と対戦する。同ジムでは元世界3階級制覇王者ホルヘ・リナレス(34)が新型コロナウイルスに感染し、他の選手らは全員陰性だったがジムを休館したため。セミでは日本ライトフライ級13位岩田翔吉(24=帝拳)が成塚亮(29=ワタナベ)と対戦する。

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村田諒太ら帝拳全員陰性 リナレス陽性でPCR検査

村田諒太(2019年12月22日撮影)

ボクシングの帝拳ジムは11日、WBA世界ミドル級王者村田諒太(34)らの所属選手とトレーナー全員が、新型コロナウイルスのPCR検査で陰性だったと発表した。

6日に元世界3階級制覇王者ホルヘ・リナレス(34)が陽性と診断され、この日までに検査を受けていた。

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元3階級制覇王者リナレスが感染、無症状で元気

ホルヘ・リナレス(2019年9月7日撮影)

ボクシング元3階級制覇王者ホルヘ・リナレス(34=帝拳)が新型コロナウイルスに感染した。帝拳ジムが7日に発表した。リナレスは28日に米国カリフォルニア州インディオで、元世界2階級制覇王者ハビエル・フォルトナ(31=ドミニカ共和国)とのライト級12回戦を予定していた。

試合に備えて4日にPCR検査を受け、6日に陽性と判明した。無症状で元気ながらも、医師から10日間静養を指示され、その後再検査を予定している。濃厚接触者については保健所の指示を待っている状況という。保健所の指示があるまでジムは休館とした。国内ボクシング界では都内で2人目、全国で24人目の感染者となった。

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尾川堅一と西谷和宏が世界ランカー対決 帝拳興行

尾川堅一(2019年2月2日撮影)

ボクシングの帝拳ジムが31日、9月5日に東京・後楽園ホールでの興行開催を発表した。メインはスーパーフェザー級でIBF3位、WBA7位、WBO9位と、世界3団体で1ケタランク入りしている尾川堅一(32)。IBF世界同級8位西谷和宏(33=VADY)との世界ランカー対決となった。

尾川は8月21日のWBO世界フライ級3位中谷潤人(22=M・T)の世界初挑戦で、セミファイナルに出場予定だったが延期となっていた。セミでは日本ライトフライ級13位岩田翔吉(24=帝拳)が、成塚亮(29=ワタナベ)と対戦する。岩田は18年に米国でプロデビュー後、19年に帝拳ジム入りして通算4連勝中(3KO)。

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中谷潤人「信念を強く持つ」世界初挑戦が再び延期

中谷潤人(2020年6月10日撮影)

ボクシングWBO世界フライ級3位中谷潤人(22=M・T)の世界初挑戦が再び延期となった。主催の帝拳ジムとM・Tジムが29日に発表した。

8月21日に東京・後楽園ホールで、同級1位ジーメル・マグラモ(25=フィリピン)と王座決定戦の予定だった。新型コロナウイルスのために、当初4月4日から再設定されていた。フィリピンとの出入国が制限され、マグラモらの来日のメドが立っていない。緩和されて出入国が可能となるまで延期となった。

中谷は「信念を強く持ち、目標の世界王者になる姿を見せられるよう、引き続き頑張っていく」とコメントした。

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帝拳ジム4選手がプロ転向、東京五輪目指した藤田ら

藤田健児(2011年8月15日)

帝拳ジムが6日、4選手のプロ転向を発表した。

東京五輪を目指していた自衛隊出身で、全日本を3度制した藤田健児(26)がフェザー級、2冠の村田昴(23)がバンタム級。

駒大出身の嶋田淳也(22)、日大出身の金子虎旦(22)と夏にプロテスト受験、秋にデビューを目指す。

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座布団舞った浜田剛史KO/記者が振り返るあの瞬間

浜田剛史(左)はレネ・アルレドンドの顔面にパンチをヒットさせる(1986年7月24日撮影)

<スポーツ担当記者 マイメモリーズ>(43)

日刊スポーツの記者が自らの目で見て、耳で聞き、肌で感じた瞬間を紹介する「マイメモリーズ」。サッカー編に続いてオリンピック(五輪)、相撲、バトルなどを担当した記者がお届けする。

   ◇   ◇   ◇

何十枚もの座布団が舞った。興奮もつかの間、リングサイドにいた記者も両手で頭を覆った。約1万人が総立ちとなった東京・両国国技館。目の前にあるのは丸い土俵ではなく、四角いリング。前年に開館したが、初めてのボクシング世界戦開催で起きた熱狂の渦だった。

86年7月24日。浜田剛史がWBC世界スーパーライト級王座に待望の世界初挑戦で、悲願を成就させた。それも1回KO奪取で、日本人では海老原博幸以来23年ぶり2度目のこと。今や12人の世界王者を生んだ名門帝拳ジムにとって、大場政夫以来16年ぶり2人目の王者でもあった。

取材したことはなかったが、いまだ日本記録の15連続KOの剛腕は知られていた。3月に安定王者渡辺二郎が陥落し、日本に世界王者は不在だった。期待は大きかったが、中量級の壁は厚いとも言われた。

王者レネ・アルレドンドはスラリとした長身で、今で言うイケメンのメキシカン。浜田はリーゼント、太いまゆ、長いもみ上げに濃い胸毛の朴訥(ぼくとつ)な沖縄人。好対照とも言え、対決ムードは高まっていた。ただし、下馬評は不利だった。

浜田のトランクス、シューズに、背中に沖縄の守り神シーサーが描かれたガウンも真っ白。腹をくくった死に装束にも思えた。それが戦法にも表れた。ゴングと同時に突進して左を打ち込んで攻め続けた。

本田会長の指示は「1回から行け」。「ケンカのつもりで、レフェリーが止めるまで打ち続けろ」とも。その作戦通りにコーナーに追い込み、ロープを背負わせた。浜田の上半身が2度もロープからはみ出した。勢い余ったかに見えたが、最初はパンチを返されたため。倒し合いの覚悟を決めた。

ついに右フックをアゴに当て、王者の腰がガクッと落ちた。畳み掛けての6発目で、青コーナーに吹っ飛ばした。ピクリともせずに3分9秒の電撃KO劇。小4から世界を目指し、4度の左拳骨折にも腐らず、ストイックに頂点を極めた。

当時の所属部署は記者が10人ほどで、大人数での取材は相撲、正月のボールゲームに世界戦ぐらい。あの日も担当する相撲取材後の手伝いで、幕内だった板井の隣で見た。こちらも強烈な張り手を武器に、直前の名古屋場所でも大関大乃国を倒していた。ボクシング好きで浜田とも親交があり、その観戦記の対応だった。

「相撲でもあんなに座布団が飛んだのは見たことない」と、板井は驚いた。相撲は支度部屋取材が基本とあって、記者も初めて生で見たシーンだった。その後に大相撲以外で座布団は置かれなくなった。あんな情景は今やもう見ることはできない。

その後、念願かなってボクシング担当となり、数え切れない試合を見てきた。今は井上尚弥の怪物ぶりに目を見張るが、取材記者として初めて生で味わった衝撃があの一戦。あれではまった。30年以上がたつが、同じ昭和生まれのボクサーの前では、今も背筋が伸びる。【河合香】

王者に輝き、関係者に担がれた浜田剛史はガッツポーズ(1986年7月24日撮影)

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末吉大が引退表明「ボクシングに出会えてよかった」

末吉大

ボクシング前日本スーパーフェザー級王者末吉大(29=帝拳)が現役を引退した。10日にブログを通じて表明した。

17年10月に初挑戦で日本王座を獲得したが、昨年12月に5度目の防衛に失敗していた。「コロナとかは関係なく、12月の試合が終わってしばらく考えて、このような結論に至りました。100%自分で出した結論です」と記した。

世界挑戦には届かなかったが「ボクシングに出会えてよかったし、ボクシングを通じてできた経験、出会えた人々、すべてが最高でした」とつづった。

末吉は5歳で空手、中1でキックボクシングをへて、千葉経大付でボクシングを始めた。東洋大に進学もプロで世界王者を目指して2年で中退。11年6月に帝拳ジムからプロデビューした。

12年の東日本新人王準々決勝では、のちの世界王者伊藤雅雪(横浜光)に僅差判定で初黒星を喫した。その後はB級トーナメントを制し、13連勝で日本王座を獲得。18年には東洋太平洋同級王者三代大訓(ワタナベ)と2冠統一戦に臨むも引き分けた。通算19勝(11KO)2敗1分け。

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リナレス、プロ初ダウン奪った一撃/木村悠氏の一撃

ホルヘ・リナレス

<ボクシング、忘れられない一撃~15>

<ボクシング、忘れられない一撃~15>

一発のパンチですべてが変わるボクシング。選手、関係者が「あの選手の、あの試合の、あの一撃」をセレクトし、語ります。元WBC世界ライトフライ級王者木村悠氏(37)の一撃は、3階級制覇したホルヘ・リナレスの「ロマチェンコ戦の右ストレート」です。現役最強と言われる相手に敗れはしたが、プロ初ダウンを奪った一撃。生で見た感動を話してくれました。(取材・構成=河合香)

▼試合VTR リナレスはWBA世界ライト級王者として、18年5月にWBO世界スーパーフェザー級王者ワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)を迎え撃った。会場は聖地と言われる米ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデン。ロマチェンコのスピードあるパンチにリナレスは徐々に押され気味になったが、6回残り30秒で放った右カウンターをアゴに命中させる。プロ12戦目で初めてとなるダウンを奪った。ほぼ互角の展開となり、9回までの採点は三者三様のドロー。10回に回復したロマチェンコの細かいパンチを浴び、最後は左ボディーでついにダウン。10回2分8秒TKO負けで4度目の防衛に失敗したが、本田会長は「商品価値は高めた」と評した。ロマチェンコは世界最速での3階級制覇となった。

    ◇    ◇    ◇

あの試合は現地へ見に行った。米国での試合を見るのは初めて。一緒にずっと練習してきた仲間が、世界最強とも言われる相手に、どこまで通じるか、楽しみだった。

ともにスピードがあり、手数も多く、ロマチェンコが攻めてきても、リナレスも劣っていなかった。互角に近い劣勢ぐらいの感じ。そんな中で6回に、リナレスが右ストレートでダウンを奪った。彼らしい、すばらしいパンチだった。

その瞬間、会場が静まり返った。完全にアウェーだったのに、あの一発で雰囲気が一変した。完全に流れが変わり、9回で採点もドローとなって、ここから逆転できると思った。あの大きな舞台であと一歩、寸前まで追い込んだ。最後は負けたが、しびれた。

10回にダウンを喫したパンチは、ボクが座った席からは見えなかった。あとで見たら、左ボディーがいい角度で入っていた。リナレスは前の試合で脇腹を折っていた。治っていたが、ロマチェンコは試合後に「狙っていた」と言っていたそう。リナレスはまた折ったようで、ロマチェンコもすごかった。

リナレスの応援も兼ねての観戦だったが、行ったかいは十二分にあった。あらためてボクシングの面白さや深さを知ることができた。すでに会社を辞めて、新たな道に進み始めていた。あの試合を見たことで、ボクシングをもっともっと広めていきたいと思うようになった。

◆木村悠(きむら・ゆう)1983年(昭58)11月23日、千葉市生まれ。中2でボクシングを始め、習志野高をへて法大に進み、1年で全日本優勝。卒業後は帝拳ジムに入門し、06年10月にプロデビュー。6戦目で初黒星を機に、専門商社に入社してサラリーマンボクサーとなる。14年に日本ライトフライ級王座決定戦に判定勝ちで王座を獲得。3度防衛。15年11月に仙台市でWBC世界同級王者ペドロ・ゲバラ(メキシコ)に挑戦し、判定勝ちで王座獲得に成功した。翌年初防衛に失敗して引退。通算18勝(3KO)3敗1分。引退後は退職し、解説、執筆、講演やオンラインジム(オンラインサロン)を運営している。

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西岡利晃、帝拳魂の左ストレート/葛西裕一氏の一撃

西岡利晃(11年10月撮影)

<ボクシング、忘れられない一撃~10>

一発のパンチですべてが変わるボクシング。選手、関係者が「あの選手の、あの試合の、あの一撃」をセレクトし、語ります。帝拳ジムの元トレーナー葛西裕一氏(50)の一撃は、西岡利晃氏の「ゴンサレス戦の左ストレート」です。日本人初の北米で防衛を逆転KOで決めた、技術と裏話を披露してくれました。(取材・構成=河合香)

▼試合VTR 西岡は09年5月に敵地メキシコに渡り、WBC世界スーパーバンタム級王座のV2戦に臨んだ。相手は同級2位の指名挑戦者ジョニー・ゴンサレス。2階級制覇を狙った人気の強打者で、1回には右ストレートを浴びてダウンを喫した。長いリーチにも苦戦となったが、3回1分すぎに左ストレートを打ち込み、くの字になって吹っ飛ばしてダウンを奪い返した。立ち上がってはきたがふらついてレフェリーストップ。3回1分20秒TKOで劇的逆転勝ちを決めた。日本人の海外防衛は24年ぶり2人目で、本場の北米では初の偉業だった。王座獲得までは5度目の挑戦で39戦かかったが、現地で「モンスター・レフト」と呼ばれたこの一撃で名を上げ、通算7度防衛に成功した。

    ◇    ◇

あの瞬間、鳥肌が立った。そんなことは、後にも先にもあの試合だけ。一発で倒すのがボクシングの魅力。西岡が自信を持って打ち込んだ、奇跡とも言える逆転の一撃だった。

あの時、西岡は2ステップして打ち込んだ。普通は5センチぐらい1度だけステップする。それが最初15センチ、さらに8センチぐらい踏み込んだ。

ゴンサレスはリーチがあって懐が深く、さらにバックステップする。1度では入り切れなかった。2ステップは教えてないし、やったこともなかった。西岡もあとで「2度とできない」と言っていた。天才肌を示した一撃だった。

ゴンサレスは左フックが強く、まずは右腕を上げて徹底ガードした。それが初回に右をもらってダウン。前評判も不利と言われ、地元の人気者を相手に普通は負け試合。でも、西岡は相手に近づけていて、距離感では勝てると思った。

実は本田会長あっての一発と言っていい。試合前最後の食事で、ホテルでランチを食べた。その後はみんなで近くを散歩した。そうしたら、広場かなんかで、西岡が左ストレートを打ち出した。

それを見た会長が「もっと肘を絞めろ」と教えだした。「もっと上」とか「伸ばせ」とか言っての軌道調整。そのうち、きれいなフォロースルーで打ち切ると「それだ!それだ!」って。そのパンチで試合を決めたので、鳥肌も立ったんだと思う。

世界挑戦は4度失敗したが、元々才能があり、のみ込みも早かった。フィジカルやスタミナがなかった。ケガもあって時間はかかったが、その分、しぶとい帝拳魂がすり込まれ、つないでくれた。その象徴があの一撃だった。

◆葛西裕一(かさい・ゆういち)1969年(昭44)11月17日、横浜市生まれ。横浜高3年でインターハイ優勝。専大中退で帝拳ジムから89年プロデビュー。94年に20戦無敗でWBA世界スーパーバンタム級王座挑戦も1回KO負け。96年にラスベガス、97年に横浜でも世界挑戦は3度とも失敗した。右ボクサーファイターで通算24勝(16KO)4敗1分け。引退後はトレーナーとなり、西岡を皮切りに三浦、五十嵐、下田を世界王者に育てる。17年に退職して、東京・用賀にフィットネスジムのGLOVESを開いた。

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山中慎介「神の左」ロハス病院送り/三浦隆司の一撃

WBC世界バンタム級タイトルマッチ 山中慎介対トマス・ロハス 7回、左ストレートでトマス・ロハス(右)をKOした山中慎介(2012年11月3日撮影)

<ボクシング、忘れられない一撃~3>

一発のパンチですべてが変わるボクシング。選手、関係者が「あの選手の、あの試合の、あの一撃」をセレクトし、語ります。強打を武器に、米国でも活躍した元WBC世界スーパーフェザー級王者三浦隆司氏(35)は、同じ帝拳ジムに所属した山中慎介氏の「ロハス戦の左ストレート」を挙げました。(取材・構成=奥山将志)

    ◇    ◇

▼試合VTR 11年11月にWBC世界バンタム級王座を獲得した山中慎介が、2度目の防衛戦(12年11月、ゼビオアリーナ仙台)で、元WBCスーパーフライ級王者トマス・ロハス(メキシコ)を迎え撃った。7回36秒、山中が連打で距離を詰めると、最後はロハスの顎に、至近距離からねじこむような左を打ち抜いた。意識を失ったロハスは、前のめりにキャンバスに倒れこみ、ダメージの大きさから、試合後の取材もキャンセル。病院に直行した。この試合から5試合連続でKO防衛を果たすことになる山中。日本歴代2位のV12を果たした名王者が、「神の左」の威力を存分に見せつける一戦となった。

    ◇    ◇

あれは、本当にすごいパンチでした。ロハスが人形のように前に崩れ落ち、ファンがどっと沸いたかと思えば、ピクリとも動かない姿に、少しずつ会場が静まりかえっていったのを覚えています。

山中さんといえば、ワンツー。フィニッシュのほとんどがワンツーからの左ストレートでした。ただ、この試合は、めずらしく、コンビネーション4発で仕留めました。力みのないパンチで警戒を散らし、最後は左。ディフェンスに追われたロハスは、最後のパンチはまったく見えていなかったと思います。

僕も同じサウスポーでしたが、山中さんのパンチは特別でした。ダメージを与えるのではなく、下半身の力を上半身に伝え、一発で相手の意識を断ち切るパンチです。だからこそ、見る人が「当たれば倒せる」というワクワク感を感じていたんだと思います。

あの当時、僕は世界初挑戦(内山高志戦)に失敗し、帝拳ジムに移籍して再びチャンスがくるのを待っていたころです。山中さんとは練習時間も同じでしたし、山中さんの背中を追いかければ、僕もいつか世界王者になれると思っていました。練習中は、どんなメニューをやっているのか、どんなパンチを打っているのかを横目で見ていました。

左ストレートだけで勝ち続けた山中さん。多くの印象的なKOパンチがありましたが、あらためて考えても、あのロハス戦の一撃は恐ろしいですね。

◆三浦隆司(みうら・たかし)1984年(昭59)5月14日、秋田・三種町生まれ。金足農時代に国体優勝。横浜光ジムに所属し、03年7月プロデビュー。11年1月、内山高志戦で世界初挑戦。同年に帝拳ジムへ移籍。13年4月にWBC世界スーパーフェザー級王座を獲得し、4度防衛。17年に現役を引退し、現在は秋田県体育協会テクニカルアドバイザーとして高校生などを指導している。プロ37戦31勝(24KO)2分け4敗。169センチの左ファイター。家族は彩美夫人と1男1女。強打から、愛称はボンバーレフト。

WBC世界バンタム級タイトルマッチ 山中慎介対トマス・ロハス 7R、山中慎介(右)はトマス・ロハスに左ストレートを放ちKO勝ちする(2012年11月3日撮影)
三浦隆司氏

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元世界2階級王者の粟生隆寛が引退 号泣SNS会見

粟生隆寛(2018年2月28日)

元世界2階級制覇王者の粟生隆寛(36=帝拳)が4月6日36歳の誕生日に自らのインスタライブで引退を表明した。

粟生はあふれる涙を拭いながら「36歳になりましたし、ひと区切りつけるのもいいタイミング」「引退するという発表です」と明言。コロナウイルス拡散の影響もあり、「こういうご時世なので、ジムは自粛してますし、開いていたとしても、記者さんも来られないと思う」とインスタライブ会見にした経緯を明かした。

粟生は「期待してくれていた人に申し訳ない気持ちでいっぱい」と謝罪し、今後については、「帝拳に協力できることがあれば…ボクシング界にも。チャンピオン育てる…そうですね」と後輩育成に意欲を示した。

習志野高校時代に、史上初の「高校6冠」を達成して、名門帝拳ジムに入門。03年9月にプロデビューすると、07年3月に日本フェザー級王座を獲得。08年10月にWBC同級王者ラリオスからダウン奪うも判定負け。09年3月に再挑戦で王座獲得も同年7月の初防衛戦でロハスに判定負けして王座陥落。10年11月にWBCスーパーフェザー級王者タイベルトを下し、世界2階級制覇を達成した。世界王座陥落後、最近は試合数が減っていた。

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村田諒太、4階級制覇アルバレスと対戦で基本合意

村田諒太(2019年12月22日撮影)

ボクシングのWBA世界ミドル級王者村田諒太(34=帝拳)が、12月に国内で、世界4階級制覇王者サウル・アルバレス(29=メキシコ)と対戦することで基本合意したことが5日、分かった。

海外メディア「ボクシングシーン」が同日、アルバレスが契約するインターネット・スポーツ配信大手DAZN(ダゾーン)のスキッパー最高責任者が、年内に計画する3試合として、5月にビリージョー・サンダース(英国)、9月にゲンナジー・ゴロフキン(カザフスタン)、3戦目に村田と対戦する意向を示したと報道。これを受け、米国での交渉から4日に帰国した帝拳ジムの本田明彦会長も、「12月に準備しておくように言われている」とアルバレス陣営、村田が契約する米プロモート大手トップランク社との間で基本合意したことを認めた。

村田サイドは当初、5月末に国内でのアルバレス戦実現を目指して交渉していたが、相手陣営がメキシコ最大の祝日「シンコ・デ・マヨ(5月5日)」を理由に日本行きに難色を示したため、合意直前で試合が流れた経緯があった。

アルバレスは、18年にDAZNと11試合3億6500万ドル(約400億円)の大型契約を結ぶなど、現代のボクシング界で最も「稼ぐ」ボクサーと言われ、昨年11月には、ライトヘビー級で世界王座を獲得し、4階級制覇を達成。プロ56試合で、敗戦は5階級王者フロイド・メイウェザーに判定負けした13年の1試合のみという、実力も併せ持ったスーパースターだ。

本田会長はアルバレス戦に向け、6月ごろに次戦を計画しているとし、村田は8日から1週間の走り込み合宿に入るという。かねて「カネロ(アルバレス)とやれるなら、階級を上げてもいい」と対戦を熱望してきた村田。歴史的ビッグマッチに向け、まずは目の前の一戦に集中していく。

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村田諒太陣営、バトラー公開練習に「セーブしてる」

舌を出してサンドバッグを打ち込むバトラー(撮影・山崎安昭)

23日に横浜アリーナで初防衛戦に臨むボクシングWBA世界ミドル級王者村田諒太(33=帝拳)陣営の帝拳ジム浜田剛史代表が16日、都内のジムで開かれた挑戦者の同級8位スティーブン・バトラー(24=カナダ)の公開練習を視察した。

披露された軽めのシャドーボクシング、ミット打ち、サンドバッグ打ちをチェック。「(力を)セーブしているように見えた」と印象を口にした浜田代表は、KO率8割を誇る強打を見られなかったことに「試合1週間前なので軽めの練習にしたのではないか」と分析した。

来日後の練習場所や内容を一切、明かさなかったバトラー陣営の「手の内隠し」にも冷静沈着に反応し「秘密であれば秘密で構わないですよ。基本的にはボクサーファイターの好戦型。今の時代は試合内容は動画でも分かりますし、練習の内容を知りたいという程度です」と口にした。バトラーの担当トレーナーが身長2メートル近いこともあり、浜田代表は「トレーナーが大きいので、バトラーが大きくみえなかった。村田よりも背が低いかな」とも話していた。

愛称入りのキャップをアピールするバトラー(撮影・山崎安昭)

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村田諒太の苦い経験、初防衛へバトラーの“足”警戒

公開練習で、発泡スチロールの棒を使って、練習をする村田(撮影・狩俣裕三)

ボクシングWBA世界ミドル級王者村田諒太(33=帝拳)がKO率8割を誇る若き挑戦者の「足」を警戒した。

12月23日、横浜アリーナでの同級9位スティーブン・バトラー(24=カナダ)との初防衛戦を控え、21日に都内の帝拳ジムで練習した。相手の強打に備えた実戦トレーニングを積んできた村田は、バトラーの動画を見直し「打ち合ったら損だと足を使ってくる気配がある」と分析。新たにプレッシャーをかけてロープ際に追い詰める作戦も追加したことを明かした。

昨年10月、米ラスベガスでのV2戦の反省を生かそうとしている。ロブ・ブラント(米国)に対して足を使った軽快な動きとパンチの手数でポイントを奪われて王座から陥落した苦い経験が胸にある。村田は「ブラント1戦目みたいな感じにならないようにしないといけない。体を起こされないようにプレッシャーかけて主導権を握っていきたい」と、殴り合いと合わせた2パターンをスタンバイするという。27日にはバトラー戦に向けたスパーリングで最長の8回を消化し「この2週間、すごく良い内容です」と充実の笑み。自らの“追い足”にも磨きをかけ、万全の体制を整える構えだ。

公開練習で力強いボディーを打ち込む村田(撮影・狩俣裕三)
公開練習で、リングにヒモを張り練習する村田(撮影・狩俣裕三)
公開練習中、静かにウオーミングアップをする村田(撮影・狩俣裕三)
公開練習のウオーミングアップ中、笑顔を見せる村田(撮影・狩俣裕三)

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村田諒太、リオ銅メダリストと「いいスパーリング」

新スパーリングパートナーのミサエル・ロドリゲス(左)と記念撮影する村田諒太(撮影・中島郁夫)

ボクシングWBA世界ミドル級王者村田諒太(33=帝拳)が五輪銅メダリストとの実戦トレーニングに励んでいる。12月23日、横浜アリーナで臨む同級9位スティーブン・バトラー(24=カナダ)との初防衛戦に向け、21日に都内の帝拳ジムで練習。18日から新たに呼んだ16年リオデジャネイロ五輪同級銅メダルのミサエル・ロドリゲス(25=メキシコ)とスパーリングを始めたことを明かした。

ロドリゲスはプロ転向から10連勝(5KO)と勢いがあり、所属ジムの本田会長も「手数と速さがある」と解説。メダリストとのスパーリングは攻守の引き出しを増やすなど技術面の確認とともに精神的な刺激も十分。村田は「(12年ロンドン五輪同級)金メダリストとして負けられないですから」と触発されている。

20日には早速、ロドリゲスと3回のスパーリングで拳を交え、ロープ際に追い込んで主導権を握る展開を演出したという。村田は「初めてスパーリングする時が大事。反応も良く、いいスパーリングができたと思います」と自ら及第点を出した。村田戦決定前までWBOで1位にランクされたKO率8割を誇るバトラーと初防衛戦まで、残り約1カ月。村田は「自分が崩れないように。自分の全体像をつかんで調整したい」と「金VS銅」の実戦トレで仕上げていく構えだ。【藤中栄二】

バンテージを巻く村田(撮影・中島郁夫)

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下田昭文氏「丁寧に楽しい指導を」アマジムを開設

自身のジムのプレオープンに集まった新旧世界王者らと記念撮影する元WBA世界スーパーバンタム級王者下田氏(最前列左から3番目)

ボクシング元WBA世界スーパーバンタム級王者下田昭文氏(35)が、埼玉県さいたま市浦和区にアマチュアジム「シュガーフィット・ボクシングジム」を開設した。

17日には報道陣、関係者向けのプレオープンのイベントが開かれ、新旧世界王者らが集結。帝拳ジムで指導を受けた浜田剛史代表(元WBC世界スーパーライト級王者)をはじめ、同門の元WBC世界バンタム級王者山中慎介氏、元WBC世界ライトフライ級王者木村悠氏、世界2階級制覇王者粟生隆寛、他ジム勢からも元WBA世界スーパーフェザー級王者内山高志氏、元2団体統一ライトフライ級王者田口良一、WBA世界ライトフライ級スーパー王者京口紘人のワタナベジム勢や前WBO世界スーパーフェザー級王者伊藤雅雪(横浜光)らが集まった。

引退後は帝拳ジムで練習生を指導し、2年前から「シモサイズ」と名付けたボクシングフィットネス教室も開催するなど指導者として活動していた下田氏は「1年前ぐらいから(アマチュア)ジムを考えていた。丁寧に楽しい指導をしていきたい」と抱負を口にした。JR北浦和駅から徒歩数分という立地にジムを構え「以前からこの周辺でボクシング教室を開いていたこともあったのでこの場所にしました」と経緯を説明。3週間前にジム近くに自宅の引っ越しも終え、11月20日夕方から正式オープンする予定だ。

「夢はいずれプロのボクシングジムをやること」と掲げている下田氏は「まずは、ちゃんと自分でジムを運営し、経営も勉強していきたい。筋トレをやるだけでも良いのでうちのジムに来て欲しいですね」と意欲を示した。このプレオープンでは、伊藤とIBF世界スーパーフェザー級3位尾川堅一(帝拳)によるマスボクシング、下田代表自らがミットを持ち、京口や元東洋太平洋ウエルター級王者亀海喜寛氏のパンチを受け、出席者から大きな拍手を受けていた。

◆シュガーフィット・ボクシングジム 所在地=埼玉県さいたま市浦和区北浦和3-8-2メリア北浦和1階。電話=048・749・1955

WBA世界ライトフライ級スーパー王者京口(右)のパンチをミットで受ける元WBA世界スーパーバンタム級王者下田氏
帝拳ジムの浜田代表(右端)、元WBC世界バンタム級王者山中氏(左端)とジムのプレオープンで乾杯する元WBA世界スーパーバンタム級王者下田氏

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岩田翔吉TKOでプロ4連勝「日本王座挑戦したい」

1回、バジャダレス(右)に強烈な左フックを食らわす岩田(撮影・鈴木みどり)

軽量級ホープで日本ライトフライ級13位の岩田翔吉(23=帝拳)がデビュー4連勝を飾った。

7日、さいたまスーパーアリーナでアレハンドロ・クルス・バジャダレス(24=メキシコ)との同級6回戦に臨み、5回2分10秒、TKO勝ちを収めた。

メキシカン独特のリズムに迷うことなく、岩田は1回から的確に左ジャブをヒットさせた。2回以降は好戦的に左フック、右ストレートで競り勝ち、ロープ際に追い込んだ。5回には右アッパーで相手が鼻血を出した直後、強烈な右ストレートをねじ込み、そのままレフェリーストップにまで追い込んだ。

これでプロ4連勝をとなった岩田は「もっとガツガツくると思いましたが、予想と違ったので自分からいきました。もう少し早いラウンドで倒したらベストでしたね」と反省も忘れなかった。昨年12月、米国で4回TKO勝ちのプロデビューを果たした後、国内ライセンス取得のために1月にプロテストを受験し、名門の帝拳ジム所属となった。

5月に国内デビュー戦を飾り、7月には日本ランカーだった亀山大輝(ワタナベ)を下し、着実に日本ランクにも入った。「またメキシカンやいろいろなタイプの選手と試合したい。1つ1つ勝利を重ねていきたい」と決意を新たにした。

アマチュアの高校時代に田中恒成、井上拓真からも勝利している期待のホープだ。ワールド・ボクシング・スーパーシリーズ決勝の前座で出場し、さいたまスーパーアリーナで2万人に囲まれて勝利を挙げ「リングから見渡してしまいました。モチベーションも上がり、歓声をいただけてうれしかったです」と笑顔。年内最後の試合を終え「来年、チャンスがあれば日本王座にも挑戦したいですね」と着実に王者ロードを突き進む構えをみせていた。【藤中栄二】

4回、バジャダレス(左)に強烈なボディーをねじ込む岩田(撮影・鈴木みどり)
バジャダレスに5回TKO勝ちした岩田(左)(撮影・鈴木みどり)
バジャダレスに5回TKO勝ちし、勝利インタビューに答える岩田(右)(撮影・鈴木みどり)

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