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大砂嵐は妻の運転主張も、防犯カメラに運転する姿?

午後11時15分ごろ、大砂嵐は報道陣の前に姿を見せたが、相次ぐ質問には答えず、ずっと無言だった(撮影・鈴木正人)


 大相撲の西十両8枚目の大砂嵐(25=大嶽)が、夫人と同乗した乗用車で、今月3日に長野県内で追突事故を起こしていたことが21日、捜査関係者への取材で分かった。大砂嵐は無免許運転だった疑いがあり、長野県警は道交法違反の疑いで捜査している。一方で大砂嵐は日本相撲協会の聴取に対して無免許運転を否定し、運転していたのは夫人と主張。事態が発覚するまで、日本相撲協会や師匠の大嶽親方(元十両大竜)への報告はなかった。大砂嵐は今日9日目から初場所を休場することが発表された。

 結びの一番から約5時間半が過ぎた午後11時半ごろに、観客のいない両国国技館で大砂嵐が会見した。自身は一言も発することはなく、横に並んで立った弁護士の長谷氏が終始、代弁した。大砂嵐側の主張によると、今月3日に長野県内で乗用車同士による交通事故を起こしたが、あくまで夫人が運転した乗用車だという。相撲協会は現役力士の車の運転を禁じている。

 これに先立ち、大砂嵐と大嶽親方を呼んで事情聴取した相撲協会の春日野広報部長(元関脇栃乃和歌)が会見し、事故は追突による物損事故で相手側への弁済は済んでいると説明した。大砂嵐は7日に警察から事情を聴かれたが、相撲協会にも大嶽親方にも報告はしていなかった。夫人の運転する車であったこと、けが人がいなかったことなどから報告は後からするつもりだったという。長谷弁護士は「無実を証明してから報告するつもりだった」と説明した。一部では無免許運転と報道されたが、春日野広報部長は「身重の奥さんをかばおうと運転席に移った。そこが報道とは違う」と補足した。

 大嶽部屋の稽古は4日から行われ、事故が起きた3日は休みを利用し「エジプト出身の奥さんに、日本の雪山を見せたかった」(長谷弁護士)と、長野県を訪れていた。その途中で起きた事故だった。夫人はエジプト政府から発行された国際免許証を保持していたというが、その効力があったかどうかなども含めて長野県警は捜査しているとみられる。また、一部報道では本人が運転する様子が防犯カメラに写っていたとされるが、運転は否定。大砂嵐は日本の運転免許証も国際運転免許証も保持していないという。相撲協会は22日以降、詳しい状況を確認するとしている。

 相撲界は元横綱日馬富士関の暴行事件、立行司式守伊之助のセクハラ行為と相次いで不祥事が起きた。今回もテレビ報道で一報が流れると、瞬く間に騒動となった。そのショックから、相撲を取ることができる状況ではないと判断し、今日9日目から休場する。大砂嵐は8日目を終えて1勝7敗。このまま千秋楽まで休場すれば、3月の春場所は幕下に陥落する。

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大砂嵐が無免許自動車運転で追突事故、NHK報じる

大砂嵐


 角界にまた激震が走った。十両の大砂嵐(25=大嶽)が、今月初めに無免許で自動車を運転し、長野県内で追突事故を起こしていたとNHKが21日、午後7時のニュースで報じた。同報道によれば、今後、書類送検される見込みという。日本相撲協会では現役力士の運転を禁止していた。

 昨年末には元横綱日馬富士関が貴ノ岩への暴行問題で書類送検され、日馬富士関は現役引退に追い込まれた。年明けには現役最高位の行司である立行司、式守伊之助が10代の若手行司にセクハラ行為を行うなど、不祥事続きだった。同協会はファンへの信頼回復へ出直しとなった初場所だったが、開催中に再び火種がぼっ発した。

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立ち会い苦戦の白鵬「多少のズレある」気力体力限界

嘉風に敗れた後、付け人の肩を借り、左足をかばいながら引き揚げる白鵬(中央)(撮影・狩俣裕三) 

<大相撲初場所>◇4日目◇17日◇東京・両国国技館


 横綱白鵬(32=宮城野)が窮地に立たされた。結びの一番で東前頭2枚目嘉風にはたき込まれ、07年名古屋場所での横綱昇進後初となる2日連続の金星配給。4日目までに2敗は3度目で過去2度は翌日に休場している。支度部屋では古傷の左足親指をアイシングし、休場をにおわせる発言をした。元日馬富士関の暴行問題を巡り、減給処分を受け、横綱審議委員会に指摘された取り口の改善を意識する場所でピンチを迎えた。

 支度部屋に戻り風呂から上がった白鵬は突然、左足甲をアイシングし始めた。そして、支度部屋から駐車場までを付け人の肩を借りながら歩いた。「06年にやったところだから」。06年の九州場所前に剥離骨折した左足親指を再び痛めたという。異常事態が白鵬を襲っている。

 昨年九州場所11日目の結びの一番。嘉風に負けた白鵬は立ち合い不成立をアピールする前代未聞の不服の態度を示し、審判部から厳重注意を受けていた。くしくもこの日も、結びの一番で相手は同じ嘉風。立ち合いで左のど輪が上滑りすると、突き押しをもらい後退。体勢を崩してはたかれ、自身初の2日連続金星配給となった。

 今場所は、昨年12月の横綱審議委員会で苦言を呈された張り手やかち上げを“封印”し、立ち合いで苦戦している。その立ち合いについて聞かれるも「狙いどうこうもない。良いとこがない」と投げやりに答えた。加えて先場所の嫌な雰囲気。影響については「どうだろうね」ととぼけたが、ないわけはなかった。

 4日目までに2敗を喫したのも、横綱に昇進してからは3度目の異常事態。明日も土俵に立つのか、と問われると「まぁね。いろいろやれることをやるしかない」と前向きな姿勢を見せたが「やってみないと分からない」と最後は言葉を濁した。

 元横綱日馬富士関の暴行事件の現場にいたとして1月は給料全額不支給、2月は50%カットの減俸処分を受けた。さらに、同部屋所属の立行司、式守伊之助のセクハラ行為発覚など、土俵外でも騒がしい日々が続いてきた。常々、心と体のバランスを重要視してきた白鵬が「多少ズレもある」と吐露した。横綱昇進後、4日目までに2敗を喫した過去2回は休場している。気力も体力も限界が来ている。【佐々木隆史】

嘉風(手前)に、はたき込みで敗れる白鵬(撮影・鈴木正人)
支度部屋で左足をアイシングする白鵬(撮影・柴田隆二)

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北勝富士、唯一勝利なし「ラスボス」白鵬破った戦略

白鵬(左)を押し出す北勝富士(撮影・河野匠)

<大相撲初場所>◇3日目◇16日◇東京・両国国技館


 東前頭筆頭北勝富士(25=八角)が、横綱白鵬(32=宮城野)を初めて破り4場所連続で金星を獲得した。99年夏場所の元関脇土佐ノ海以来、昭和以降では2人目の快挙。元横綱日馬富士関の暴行事件や式守伊之助のセクハラ行為など、不祥事が続く角界を明るい話題で照らした。

 支度部屋に戻った北勝富士は、満面の笑みを浮かべた。横綱初挑戦だった17年名古屋場所で鶴竜、秋場所で日馬富士、九州場所で稀勢の里を破ったが、白鵬には取組前まで2戦2敗。唯一勝てなかった横綱をついに破った。「大相撲界の歴史を塗り替えた人。自分の中では一番の相撲」。感無量だった。

 立ち合いで優位に立った。先に手をつけたが、北勝富士の真っすぐ頭から突っ込む立ち合いを嫌ったのか、白鵬は手をつけられない。「少しでも意識してくれたらうれしいです」。2度目で成立。先に踏み込み、両脇を締めて差されるのを防いだ。頭に浮かんだのは2敗した相撲。「2回連続でかわし気味に来られて上手を取られましたから」。まわしを取らせないよう、腕をがむしゃらに伸ばしながら前に出た。引いたのは白鵬。その隙を見逃さずに一気に押し出した。「どんな相手でも引けば軽くなる。理想通りの相撲でした」と納得顔だった。

 北勝富士が中学生の時から横綱だった白鵬は「尊敬する人」だった。気が付けば同じ時代に、同じ土俵の上で相撲を取っている。「小さい頃から相撲をやってきての夢。誰もが目標に掲げる人」。だからこそ4つの金星の中でも「一味も二味も違う」と、少年のように無邪気に笑った。

 昨年九州場所後にはあまりの強さに「ラスボスですよ」と、ゲームに例えるほど差を痛感していた。ただ、これで“クリア”ではない。序盤の横綱3連戦を終え、白星はこの1つのみ。今年の初白星が白鵬からで「夢物語ですね」と浮かれたが「勝ち越さないと意味がない」と、謙虚な気持ちをすぐに持った。目指すは初三役。昭和以降2人目の4場所連続金星を無駄にせず、残りの12日を無心で取り切る。【佐々木隆史】

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宮城野親方が謝罪、伊之助と面会「後悔している」

13日、理事会に出席した式守伊之助(撮影・鈴木正人)


 立行司の式守伊之助がセクハラ行為で日本相撲協会から3場所出場停止処分を受けたことについて、伊之助が所属する宮城野部屋の師匠、宮城野親方(元幕内竹葉山)は14日、「皆さんにご迷惑をお掛けして大変申し訳ない」と謝罪した。

 5日のセクハラ行為発覚後に面会したという親方は「(伊之助は)ものすごく後悔しており、黙って下を向いていた」と説明。協会は処分が明ける5月の夏場所後に伊之助の辞職願を受理するため、伊之助は今後土俵に上がらず、角界を去ることになる。師匠は「ただただ残念。仕方がない」と無念の表情だった。

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白鵬かち上げ、張り手封印「ホッとした」白星発進

阿武咲(左)を突き落とす白鵬(撮影・河野匠)

<大相撲初場所>◇初日◇14日◇東京・両国国技館


 横綱白鵬(32=宮城野)が張り手、かち上げなしで初日を突破した。元横綱日馬富士関による暴行事件、立行司の式守伊之助によるセクハラ行為と、相次ぐ不祥事の末に迎えた初場所は初日で小結阿武咲(21=阿武松)を突き落とした。取り口に苦言を呈していた横綱審議委員会(横審)からも合格点をつけられた。それでも右足親指を負傷したこともあり、若手に土俵際まで追い込まれるなど、不安も露呈した。

 歴代最長タイの横綱在位63場所目を迎えた白鵬の取り口に、かつてないほど注目が集まった。相手は立ち合いの圧力に定評がある阿武咲。これまでなら張り手などで勢いをそぐことも視野に入れる相手だが、グッとこらえた。立ち合いで狙った右差しは不発。左上手もつかまえきれず気付けば土俵際だった。さらに突進を続ける阿武咲を、最後は闘牛士のようにヒラリとかわしつつ右腕をたぐり、土俵外へと突き落とした。

 初場所初日は横審の本場所総見とあって、観戦した北村委員長は「今日も張ったりするのかと(横審メンバーで)言っていたので、みんなホッとした。ちょっとは気にしているのかな」と合格点を付けた。これを伝え聞いた白鵬も「私もホッとしましたよ。まあ、いいスタートが切れたのではないかな」と笑顔だった。

 昨年12月20日に、横審から苦言を呈された。張り手やかち上げの多さに「美しくない」「見たくない」といった投書が相次いだといい、横審の委員も次々と同調。「待ったなし」で立ち合いの改善が必要だった。

 張り手やかち上げは、意図的に繰り出すばかりではなく、癖になって無意識に出ることもある。だからこそ今場所前は稽古の様子をビデオ撮影し、修正に努めた。5日の横審稽古総見でも、張り手が飛び出して不穏な空気となったが、改善に取り組み続けた。

 初日こそ突破したが、阿武咲に押し込まれ、張り手、かち上げなしでは付け入る隙を与えることも露呈した。しかも報道陣に非公開だったこの日の朝稽古では古傷の右足親指を負傷。腫れた患部を氷水で冷やし、部屋関係者によると両国国技館内の相撲診療所で痛み止めの注射も打った。今後の不安要素は重なり、初場所中に張り手やかち上げを繰り出す可能性は高い。

 元日馬富士関の暴行事件は酒席に同席し、式守伊之助は同部屋と、一連の不祥事で白鵬は常に“震源地”の近くにいた。それだけに「お客さんが来てくれることがありがたい。残り14日間、それに応えていきたい」と神妙な表情。横審の北村委員長は、歴代最長69連勝の記録を持つ横綱双葉山が得意とした、受けて立ちつつ先手を取る「後の先」を引き合いに「そういう相撲を見たい」と、新たな宿題を課した。取り口よりも白星を追求した立ち合いに変えるのか、今後がさらに注目される。【高田文太】

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式守勘太夫「確信してあげたつもり」差し違え悔やむ

稀勢の里-貴景勝戦は物言いが付き、審判団が土俵で協議する(撮影・小沢裕)

<大相撲初場所>◇初日◇14日◇東京・両国国技館


 稀勢の里と貴景勝の取り組みで軍配差し違えの式守勘太夫は「(横綱の)ヒジが先についたのは見えたけど、体勢のことなどが頭をよぎって」と稀勢の里に軍配を上げた理由を説明した。

 「確信して(軍配を)上げたつもりだったが、それが正解だった」と、視覚での直感が図らずも当たっていたことに悔いを残した。セクハラ行為で出場停止の式守伊之助に代わり、結びと直前の2番を裁くが「変わらず平常心で臨む」と話した。

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式守伊之助が辞表、3場所出場停止…夏場所後に受理

理事会に出席した式守伊之助(撮影・鈴木正人)


 セクハラ行為が判明した立行司の第40代式守伊之助(58=宮城野)が、再び土俵に立つことなく角界を去る。日本相撲協会は13日、東京・両国国技館で臨時理事会を開き、初場所(14日初日)から3場所出場停止を決めた。伊之助から辞職願を預かり、処分が明ける5月の夏場所後に受理する。その間は無給で自宅謹慎。立行司は不在となり、三役格行司が代行する。また所属部屋の師匠である宮城野親方(元前頭竹葉山)と、巡業部長を兼任する春日野広報部長(元関脇栃乃和歌)も厳重注意を受けた。

 現役最高位の責任は重かった。出席者によると、臨時理事会に呼ばれた伊之助はセクハラ行為を認め「協会、ファンの方に対して申し訳なく思っております。10代の行司に対して大変申し訳なく思っております」などと謝罪を繰り返したという。その場で辞職願が提出された。

 会見に臨んだ八角理事長(元横綱北勝海)は「反省する時間を与えたい。本人にもこの間に反省するようにと伝えた」と述べた。3場所出場停止の処分が明けた5月の夏場所後の定例理事会で受理する。その間は自宅謹慎で、再び土俵に立つことはない。

 あらゆる業務に携わることのできない、前例のない「業務停止」に近い処分を、無給で受けるという極めて厳しい処分となった。もともと不在の木村庄之助とともに立行司が完全に不在となるため、日々の業務から伝統まで代役を務める三役格行司では知らないこともある。最低限の引き継ぎなどは自宅でできるよう「出場停止」になったという。

 過去に木村庄之助と式守伊之助が相次いで定年退職した94年初、春場所など、立行司不在の例はあった。だが不祥事による出場停止が絡んで、立行司が不在となるのは極めて異例。元横綱日馬富士関の暴行事件に続いて世間を騒がせ、八角理事長は「このたびは暴力問題に続きまして、伊之助の不祥事がありまして、誠に申し訳なく思っております」と頭を下げた。

 今回のセクハラ行為は、冬巡業中の昨年12月16日に沖縄・宜野湾市で、泡盛で泥酔した伊之助が10代の若手行司に数回キスし、胸を1回触ったもの。行司会監督の木村寿之介(友綱)と木村要之助(東関)の幕内格行司が協会に報告した。さらにホテル内で夕食後に、寿之介の部屋に移った2次会の後で起きたなど補足した。八角理事長は「伊之助は立行司で58歳という年齢を考えても本人の責任が重い」と断言。終始厳しい口調で話した。

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初場所中の結びは式守勘太夫、立行司不在で連日裁く

土俵祭りを執り行う式守勘太夫(中央)(撮影・鈴木正人)


 セクハラ行為が判明した立行司の第40代式守伊之助(58=宮城野)が、再び土俵に立つことなく角界を去る。日本相撲協会は13日、東京・両国国技館で臨時理事会を開き、初場所(14日初日)から3場所出場停止を決めた。伊之助から辞職願を預かり、処分が明ける5月の夏場所後に受理する。その間は無給で自宅謹慎。立行司は不在となり、三役格行司が代行する。

 初日前日に安全を祈願して行う土俵祭りでは、三役格行司筆頭の式守勘太夫が伊之助に代わり、祭主を務めた。通常は立行司の役割だが、大役を務めた勘太夫は「三役格は立行司の代役として常に準備しているので、それをやっただけ。心を込めて務めた」と振り返った。協会はすぐに立行司を置くことはせず、当面は4人の三役格行司が業務を代行する。勝負審判について初場所中は、勘太夫が連日、結びの一番を裁く。

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式守伊之助が出場停止3場所、夏場所後に辞表受理へ

式守伊之助のセクハラ問題で頭を下げる左から鏡山理事、八角理事長、尾車理事(撮影・鈴木正人)


 日本相撲協会は13日、東京・両国国技館で臨時理事会を行い、現役では最高位となる立行司の第40代式守伊之助(58=宮城野)を出場停止3場所とすることを決めたと発表した。

 初場所(14日初日、両国国技館)から立行司不在という異例の事態となる。すぐに立行司を置くことはせず、当面は三役格行司が代行。伊之助は途中の巡業にも不参加で、5月の夏場所後まで自宅謹慎とし、この間の報酬は支払われない。また、所属する宮城野部屋の師匠の宮城野親方(元前頭竹葉山)、巡業中の出来事であったため、巡業部長を代行する春日野広報部長(元関脇栃乃和歌)にも厳重注意とすることを決めた。

 この日行われた土俵祭りも、通常は立行司が祭主を務めるが、伊之助が謹慎で不在だったため、三役格行司の式守勘太夫(高田川)が務めていた。

 臨時理事会後に行われた会見の冒頭で、八角理事長(元横綱北勝海)は「このたびは、暴力問題に続きまして、伊之助の不祥事がありまして、誠に申し訳ありませんでした」と話し、頭を下げた。

 また、伊之助からは辞職の届け出が出ている。だが協会は受理せず、夏場所後に受理する。伊之助について「今後、土俵に上がることはないのか」という報道陣からの質問に、八角理事長は「そうですね」と話した。

 伊之助は冬巡業中の昨年12月16日に、沖縄・宜野湾市で夕食後、泡盛で泥酔し、宿泊していたホテルの部屋まで送ってもらった10代の若手行司に数回キスし、胸を1回触るセクハラ行為が判明していた。

 この日の臨時理事会は30分ほど行われ、伊之助本人も出席したが、この事実関係を認め「協会に対して申し訳なく思っており、ファンに対しても申し訳なく思っております」などと、謝罪を繰り返したという。また、すでに伊之助は若手行司に直接謝罪。若手行司はショックを受けたが、警察に被害届を提出する意向はないという。

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式守勘太夫が土俵祭り祭主大役「心を込めて務めた」

土俵祭りを執り行う式守勘太夫(中央)(撮影・鈴木正人)


 大相撲の初場所(14日初日、東京・両国国技館)を控え、初日前日に行われる土俵祭りが13日、両国国技館で行われた。

 三役以上の力士が参加して、15日間の安全を祈願。本来は立行司が祭主を務めるが、現役では唯一の立行司である式守伊之助が、10代の若手行司へのセクハラ行為が判明し、謹慎しているため不在。替わって三役格行司の式守勘太夫(58=高田川)が務めた。大役を務めた勘太夫は「三役格は立行司の代役として常に準備しているので、それをやっただけです。安心を祈って、心を込めて務めました」と話した。伊之助の処分については、13日午後に行う予定の臨時理事会で検討する。

 また昨年11月の九州場所で史上最多40度目の優勝を果たし、2場所連続の優勝を狙う横綱白鵬は、土俵祭りに参加後「いよいよだね。いつも通りやるだけ」と、気負う様子もなく話していた。

優勝額を受け取る白鵬(撮影・鈴木正人)

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セクハラ式守伊之助が初場所の勝負審判から除外

15年11月、大相撲九州場所の結びの一番で行司を行う式守伊之助


 10代の若手行司へのセクハラ行為が判明し、今日13日の臨時理事会で処分が検討される、立行司の第40代式守伊之助(58=宮城野)が初日、2日目の勝負審判を外れていることが12日、分かった。

 この日行われた取組編成会議で、休場届が提出された力士と同様に除外された。関係者は「まず2日分だけ外すことを決めたが、おそらく今場所は最後まで外れたままだろう。(今日13日の)土俵祭りにもいない」と明言。謹慎の可能性もあるが、臨時理事会で出場停止以上や降格などの厳しい処分が出る可能性が高いという。伊之助は冬巡業中の昨年12月16日に、沖縄・宜野湾市で夕食中に泡盛で泥酔し、部屋まで送ってもらった若手行司に数回キスし、胸を1回触る行為を働いていた。

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天覧相撲を協会辞退、宮内庁「両陛下も残念に」

八角理事長(2017年12月20日撮影)


 相次ぐ不祥事で、日本相撲協会が天覧相撲を辞退した。宮内庁は11日、恒例となっている天皇、皇后両陛下の大相撲初場所(14日初日、両国国技館)観戦が取りやめになったと発表。辞退を申し出た相撲協会の八角理事長(元横綱北勝海)は「暴力問題に加えて、新たな不祥事を起こしてしまったことから、今週初め、1月場所の行幸啓をご辞退申し上げたいとお伝えしました。誠に申し訳なく、おわび申し上げます」とコメントした。元横綱日馬富士関による暴行事件、さらには立行司の第40代式守伊之助によるセクハラ行為が判明し、辞退となった。

 天覧相撲は近年、八百長問題が発覚した翌年の12年に自粛して以降、3年間は行われていなかった。だが平成になってから、ほとんどの年は、初場所中に行われることで定着。昨年10月に相撲協会から招待を受け、検討していた。会見した宮内庁の山本信一郎長官は「両陛下も、残念に思っておられるだろう」と話した。

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セクハラ式守伊之助 降格や出場停止処分も検討

15年11月、大相撲九州場所の結びの一番で行司を行う式守伊之助


 日本相撲協会は10日、昨年12月16日の冬巡業中に泥酔して10代の若手行司にセクハラ行為をした現役最高位の行司である立行司、式守伊之助(58)の懲戒処分を協議する臨時理事会を、13日に両国国技館で開催すると発表した。

 14日からは大相撲初場所が始まる。協会幹部によると、伊之助は以前から飲酒トラブルがあり、降格や出場停止を含めた重い処分を検討する。伊之助は9日の明治神宮奉納土俵入りを欠席した。

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セクハラ式守伊之助、初場所前日の土俵祭りも不在へ

明治神宮参拝奉納土俵入りを披露する白鵬。太刀持ちは大栄翔、露払いは石浦、行司は式守勘太夫(撮影・小沢裕)


 9日の明治神宮奉納土俵入りに、立行司の第40代式守伊之助の姿はなかった。

 現在は木村庄之助が空位だけに、行司トップの伊之助が横綱を先導するところだが、昨年12月16日に10代の若手行司にセクハラ行為を行っていたことが発覚。処分は未定だが、近日中に行われる臨時理事会で決議される見込み。出場停止などの可能性もあり、関係者は「(初日前日の)土俵祭りも不在でしょう」と話していた。

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白鵬「大先輩」セクハラ式守伊之助の男色趣味を否定

稽古を終えて部屋を出る白鵬


 大相撲の立行司、式守伊之助(58)が10代の若手行司へセクハラ行為をした問題で、所属する宮城野部屋の師匠の宮城野親方(60=元前頭竹葉山)が6日、謝罪した。都内の部屋で稽古後、集まった報道陣に「このたびは立行司の伊之助が指導する立場でありながら、不適切なことを起こしてしまいまして誠に申し訳ありませんでした」と頭を下げた。

 日本相撲協会は前日5日深夜にセクハラ行為を確認したと発表した。冬巡業最終日前夜の12月16日に沖縄・宜野湾市で夕食後、泡盛で泥酔した伊之助が、ホテルの部屋まで送ってもらった10代の若手行司に数回キスし、胸に1度触った。若手行司はショックを受けたが、すでに謝罪を受けており、処罰は求めず、警察に被害届を出す意向はない。

 協会は5日に幕内行司から報告を受け、ただちに高野危機管理委員長が本人から聴取し、事実関係を確認した。その際、伊之助は「覚えていない」「男色の趣味はないので、なぜこのような行為をしたのか分からない」などと話したという。

 伊之助と2歳違いで、旧知の仲という宮城野親方は「酒を飲むと、ちょっと正気を失うところがある」と、これまでも泥酔した姿を目撃したという。同部屋で伊之助を「大先輩」と表現した横綱白鵬は「そういう(男色)趣味はないと思う。でも酒は好きですからね」と困惑気味に話した。協会は近日中に臨時理事会を開き、処分を検討する。

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宮城野親方、行司のセクハラ謝罪 白鵬も困惑気味

稽古後、部屋の前で報道陣に対応した宮城野親方


 10代の若手行司へのセクハラ行為が判明した、立行司の式守伊之助(58)が所属する宮城野部屋は6日、都内の部屋で師匠の宮城野親方(60=元前頭竹葉山)が、本人に代わって謝罪した。

 非公開で行われた稽古後、集まった報道陣に部屋の前で開口一番「このたびは立行司の伊之助が指導する立場でありながら、不適切なことを起こしてしまいまして誠に申し訳ありませんでした」と話し、頭を下げた。

 同親方は、式守伊之助とは2歳違いとあって昔からよく知る仲で、日常生活には何もおかしな点はなかったという。一方で「酒を飲むと、ちょっと正気を失うところがあった」と、これまでも泥酔した姿を目撃したことがあったと打ち明けた。「ずっと酒をやめていたけど、急に飲むようになっていた」とも話した。

 今回の件は、冬巡業中の12月16日に、沖縄・宜野湾市内で泡盛を飲んで泥酔した際に起きた出来事で、10代の若手行司に対してキスや胸を触るなどのセクハラ行為が判明。前日5日に相撲協会が、本人を呼んで事情聴取した際に「泥酔していたので覚えていない」や「自分は男色の趣味はないので、なぜこのような行為をしたのか分からない」などと話していたことが明かされていた。

 一夜明けて宮城野親方は、まだ式守伊之助本人とは話していないものの「本人と話して、酒をやめてもらうようにするしかない」と、神妙に話した。現在は行司最高位にあたる「木村庄之助」が不在で、式守伊之助が実質的に行司のトップ。日本相撲協会は近日中に臨時理事会を開き、処分を検討する。

 また横綱白鵬は、同部屋で、若い衆のころからの長い付き合いとあって、稽古後に報道陣に対応した。部屋を出て帰宅の車に乗り込む直前に「そういう(男色)趣味はないと思う。でも酒は好きですから」などと、困惑気味に話していた。

稽古後、部屋の前で報道陣の質問に答える白鵬

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角界また激震!セクハラ式守伊之助「男色趣味ない」

15年11月、大相撲九州場所の結びの一番で行司を行う式守伊之助


 角界にまた“事件”が起きた。日本相撲協会は5日、立行司の式守伊之助(58=宮城野)が、10代の若手行司に対して冬巡業中の12月16日に沖縄・宜野湾市で泥酔し、数回キスして胸を1度触れる行為を行ったと発表した。若手行司は精神的にショックを受けているが、警察に被害届を提出する考えはないという。元横綱日馬富士関による暴行事件関係者への処分がすべて出た翌日に、行司のトップによる酒席でのトラブルが判明。近日中に臨時理事会を開き、処分を決める。

 通常は警備員以外は誰もいない、午後11時過ぎの両国国技館で異例の発表が行われた。八角理事長(元横綱北勝海)をはじめ、相撲協会執行部が数時間にわたって事実確認した内容は、立行司の式守伊之助による10代の若手行司へのセクハラだった。深夜、報道陣に対応した八角理事長は「指導する立場にある立行司として本当に情けない」と怒気に満ちた声で話した。

 協会が「非違行為」と表現したセクハラは、冬巡業最終日夜の12月16日に起きた。宿泊先のホテルで、式守伊之助が夕食の最中に泡盛を飲んで泥酔。食後、部屋まで送ってもらった若手行司に数回キスし、胸に1度触れた。これに若手行司は大きなショックを受け、謝罪を求めた。

 この事実を協会は5日夕方、行司会監督の幕内行司から報告を受け、ただちに両国国技館で高野危機管理委員長が聴取し、事実関係を確認した。式守伊之助は若手行司に謝罪した。若手行司に処罰を求める意向はなく、警察に被害届を出す考えもないという。

 聴取した際の話として、式守伊之助は「泥酔していたので覚えていない」や「自分は男色の趣味はないので、なぜこのような行為をしたのか分からない」などと述べていることも発表された。八角理事長は「酒の席での言動は以前から注意していた。記憶をなくすような飲み方も良くない」と、終始厳しい口調で話した。

 相撲協会は前日4日に貴乃花親方(元横綱)の理事解任を正式決定し、元日馬富士関による秋巡業中の酒席での暴行事件は、一定の決着がついていた。初場所(14日初日、両国国技館)に向けて、土俵に目を向けるべく新たな1歩を歩まなければいけない矢先に、またも酒席のトラブルが起きた。鏡山危機管理部長(元関脇多賀竜)は「近々、臨時理事会を開いて処分を決める」と話し、初場所初日までの臨時理事会開催を目指すという。力士の最高位である横綱が1人減った初場所は、行司の最高位の木村庄之助が不在で実質トップの式守伊之助も出場停止などの重い処分が科される可能性がある。

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10年3月には妻子への傷害疑いで逮捕/行司の不祥事

15年、九州場所で白鵬(右)に懸賞金を渡す式守伊之助


 角界にまた“事件”が起きた。日本相撲協会は5日、立行司の式守伊之助(58=宮城野)が、10代の若手行司に対して冬巡業中の12月16日に沖縄・宜野湾市で泥酔し、数回キスして胸を1度触れる行為を行ったと発表した。

 ◆行司による不祥事 10年3月に出羽海部屋所属の幕下行司木村林之助が、妻子への傷害の疑いで逮捕された。10月に有罪判決を受けて、11月の九州場所から2場所出場停止処分となった。

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伊之助より庄之助が上位、結びの一番担当/行司とは

行司一覧


 角界にまた“事件”が起きた。日本相撲協会は5日、立行司の式守伊之助(58=宮城野)が、10代の若手行司に対して冬巡業中の12月16日に沖縄・宜野湾市で泥酔し、数回キスして胸を1度触れる行為を行ったと発表した。

 ◆行司 土俵上で取組を裁き、勝負判断を下す人のことで、各部屋に所属する。協会の「寄付行為施行細則」により8段階が定められる。序ノ口から十両までは力士の番付と同じで、幕内は幕内行司、三役行司、最高位の立行司に分けられる。立行司は、木村庄之助と式守伊之助を名乗ることが義務づけられ、庄之助が上位で、結びの一番を担当する。年間の規定回数以上に軍配を差し違えた場合は、降格する場合もある。

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13年九州場所で第40代式守伊之助を襲名/略歴


 角界にまた“事件”が起きた。日本相撲協会は5日、立行司の式守伊之助(58=宮城野)が、10代の若手行司に対して冬巡業中の12月16日に沖縄・宜野湾市で泥酔し、数回キスして胸を1度触れる行為を行ったと発表した。

 ◆式守伊之助(しきもり・いのすけ)本名野内五雄(のうち・いつお)。宮城野部屋所属。1959年(昭34)12月23日、大阪・岸和田市生まれ。75年春場所で初土俵を踏み、式守吉之輔→木村吉之輔→第11代錦太夫を経て13年九州場所で第40代伊之助を襲名した。

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また酒席…式守伊之助が若手行司にキス、胸触る行為

立行司の式守伊之助(2015年11月18日撮影)


 日本相撲協会は5日、立行司の式守伊之助(58=宮城野)が、10代の若手行司に対して数回キスし、胸を1回触るセクハラ行為を働いたことが判明したと発表した。冬巡業中の12月16日夜に沖縄・宜野湾市で、夕食中に泥酔した式守伊之助が、部屋まで送ってもらった際に起きた。

 この日夕方、行司会監督の幕内行司が相撲協会に報告し、危機管理委員会の高野委員長がただちに関係者から事情を聴いた。式守伊之助はその際に「泥酔していたので覚えていない」や「自分は男色の趣味はないので、なぜこのような行為をしたのか分からない」などと話しているという。

 若手行司はショックを受けたが、処罰を求める意向はなく、警察に被害届を出す考えもないとしている。それでも、4日に元横綱日馬富士関による秋巡業中の酒席での暴行事件に続き、またも酒席のトラブル。事実関係の確認に数時間を要し、深夜に報道陣に対応した八角理事長(元横綱北勝海)は「指導する立場に立行司として本当に情けない。以前からも酒の席での言動は注意していた。それでまた、こういうことを起こした。記憶をなくす飲み方もよくない。行司の長として情けない」と、強い口調で話した。行司は最高位の木村庄之助が現在は不在のため、式守伊之助が実質的なトップとなっている。協会は近日中に臨時理事会を開き、懲戒処分を検討する方針だという。

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白鵬に審判部長ら苦言「お手本になる人が…」

土俵上でもアピールする白鵬(左)だったが、勝ち名乗りは嘉風に…(撮影・岡本肇)


 唯一全勝だった横綱白鵬(32=宮城野)が、結びの一番で関脇嘉風に負けた。立ち合いが成立していないと思い力を抜くと、一気に寄り切られた。不服に思い土俵下で審判員らにアピールしたが、取り直しにはならず。ようやく土俵に上がったが、次は仁王立ちで土俵から下りず、場内は異様な雰囲気に包まれた。

 ▼幕内後半戦の山科審判長(元小結大錦)の話 白鵬は手をしっかりついて張りにもいっている。嘉風に入られてアッと思ったのでは。お手本になる人がね…。(審判部として注意するかは)3人(の審判長)で話し合って決める。

 ▼結びの一番を裁いた式守伊之助の話 (嘉風は)両手をついているし(白鵬は)張っていて立ち合っている。普通に済んだ(勝負が成立した)と思ったら横綱が土俵に上がってこなかったから待っていた。

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1人横綱日馬富士も不完全燃焼、待ってもらえず黒星

琴奨菊(手前)との立ち合いで手を挙げ、待ったをかける日馬富士(撮影・鈴木正人)

<大相撲秋場所>◇3日日◇12日◇東京・両国国技館


 横綱日馬富士(33=伊勢ケ浜)が、西前頭筆頭の琴奨菊との結びの一番で、不完全燃焼の初黒星を喫した。立った瞬間に待ったと思ったのか、力を抜いて相手の背中をたたいてアピールしたが、立ち合い成立で棒立ちのまま寄り切られた。金星配給は36個目で柏戸、曙を抜き単独4位。3横綱らが休場する中、土俵上も締まらない3日目となった。

 支度部屋に戻った日馬富士は、表情を変えることなく口を開いた。「見ての通りです」。間を少し開けて「もったいないね」とつぶやくようにはき出した。

 上位陣で唯一負けなしで挑んだ結びの一番。立ち合いで、つっかけるように先に立ち、合わせて立った琴奨菊がぶつかってきた瞬間だった。力なく上体を起こして、右手で相手の背中を4度たたいた。それでも止まらない相手に、一気に寄り切られた。立ち合い不成立と思ったのか、土俵を割った後も、ふに落ちない表情で右手を挙げて審判にアピール。しかし、覆ることはなかった。

 山科審判長(元小結大錦)は「(行司が)『残った残った』と言っているのだから力を出さないとダメ。自分からいったんだから。向こうが待ったするなら分かるけど」と日馬富士に非があるとした。立行司の式守伊之助は「私は手しか見ていません。両方が手を着いたと思って、成立したと思って軍配を引きました」と説明。八角理事長(元横綱北勝海)は「力を抜いたらだめ。ちょっと気負ったのか、その気持ちは分からないではないが」と1人横綱の気持ちをくんだ。

 3横綱1大関が休場で、日馬富士への期待は大きい。それだけに八角理事長は「いい相撲を見せて欲しかった。お客さんも消化不良だから熱戦を期待してたけどね」と肩を落とした。日馬富士は「今日は今日。明日は明日」と気持ちの切り替えに努めた。荒れる秋場所は、どこまで荒れるのだろうか。【佐々木隆史】

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日馬富士「待った」アピール認められず 審判長苦言

<大相撲秋場所>◇3日目◇12日◇東京・両国国技館


 結びの一番が意外な展開となった。横綱日馬富士(33=伊勢ケ浜)が西前頭筆頭の琴奨菊(33=佐渡ケ嶽)と対戦。日馬富士がやや早めに立ち合ったが、低い当たりの琴奨菊に中に入られると右手で相手の体をタップして「待った」の合図。しかし、立行司の式守伊之助も審判も止めることなく、棒立ちになった日馬富士があっけなく土俵を割った。日馬富士は土俵の外に出た後も右手を挙げて「待った」をアピールしたが、勝負判定は変わらなかった。不完全燃焼の相撲内容に場内は騒然とした。

 山科審判長(元小結大錦)は「(日馬富士は)自分で突っかけてるからね。言葉は悪いけど、(琴奨菊に)入られたから待ったをしてみたという感じ。『(行司が)残った、残った』って言ってるんだから、力を出さないとだめ」と、立ち合いが成立していたことを説明した。

 日馬富士は今場所初黒星。琴奨菊は初金星を挙げ、3連勝とした。

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立行司の式守伊之助が休場 喉の不調で発声控える

 大相撲の立行司、式守伊之助(57=本名野内五雄、大阪府出身、宮城野部屋)が夏場所7日目の20日、「喉頭炎で可能な限りの安静と発声を控えるのが望ましい」との診断書を日本相撲協会に提出して休場した。関係者によると初日(14日)から喉の不調を訴えており、復帰まで数日を要する見込みだという。

 行司の最高位である木村庄之助が空位のため、現在は式守伊之助が結びの一番を裁いている。7日目からは三役格行司の式守勘太夫が代役を務めた。

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「日馬の足出た」大誤審で前代未聞のやり直し/復刻

2012年11月20日付日刊スポーツ紙面

<日刊スポーツ:2012年11月20日付>

 プレーバック日刊スポーツ! 過去の11月20日付紙面を振り返ります。2012年の28面(東京版)は大相撲九州場所での前代未聞の誤審でした。

◇ ◇ ◇

<大相撲九州場所>◇2012年11月19日◇9日目◇福岡国際センター

 大相撲九州場所の優勝争いの行方を左右する一番で、前代未聞の誤審があった。1敗の横綱日馬富士(28)と全勝の関脇豪栄道(26)が対戦。日馬富士の足が土俵外に出たとして、湊川審判委員(56=元小結大徹)が取組を止めさせたが、勝負はついていなかった。やり直しの末、勝った日馬富士は優勝戦線に残り、豪栄道は初黒星を喫した。結び前の注目された一番は、審判の失態で大混乱した。

 立ち合いから押し込んだのは豪栄道だった。右四つで後退した日馬富士は、両足のつま先で俵の上を回り込んだ。土俵の中央へ押し戻しかけた時、向正面の湊川審判が「勝負あった」として右手を挙げた。際どい動きが、混乱を呼んだ。

 これに気付いた立行司の式守伊之助は、両力士の背中をたたいて止めさせた。2人は事態が分からない。そのまま、5人の審判と行司が土俵上で協議を開始。約2分半後、鏡山審判部長(元関脇多賀竜)は「向正面の審判が、日馬富士の足が出たと勘違いし、手を挙げてしまいました。従って、もう1度、やり直しという形でやらせていただきます」と場内に説明した。取組を途中で止め、やり直したケースについて、日本相撲協会広報部は「極めてまれ。少なくとも戦後では、同様の記録は残っていない」とした。

 やり直しの一番は、日馬富士が勝った。突っ張りで攻め込み、もろ差しになって寄り切り。1敗を守った新横綱は、劣勢に見えた最初の一番について「豪栄道のまわしが緩んだのかなと思った。足? 出てなかったですよ。僕が右四つになって、『よしっ』と思った。どっちかというと、僕の方が有利だった」と振り返った。中断にも集中力を切らさずに勝ち越し。「どっちみち取り直しになると思っていた」とも話した。

 一方の豪栄道は、潔かった。「最初の一番が続いていたら?」と聞かれても「特にないです。負けは負けですから」。「ふに落ちないのでは?」と振られても「ないっす」と答えた。恨み節は一切言わなかった。

 手を挙げた湊川審判は「私は(日馬富士の)左足が着いたと思ったから手を挙げた。回り込んだ時、着いたと思った」と説明。裁いた伊之助は「『勝負あった』と聞こえたので、止めなきゃしょうがない。軍配を上げなくてよかった。自信がなかったから」と言い、土俵まわりの蛇の目には、足跡が付いていなかったと証言した。鏡山審判部長は「ビデオ室で、何回も確認してもらった。どうやら足は着いてない。両力士には悪いが納得してもらうしかない。我々のミスだから、以後気を付けて、みんなで気を引き締めていく」と話した。

 鏡山審判部長と湊川審判は今日10日目、北の湖理事長に謝罪する予定。同理事長は「砂が飛んで、足が出たように見えたんだろう。豪栄道は半身、上手を取って、流れは日馬富士有利な感じがしましたけどね」とし、八角広報部長(元横綱北勝海)を通じて審判部に「しっかりやってください」という指示を届けた。

 全勝の豪栄道に土がつき、白鵬が単独トップに立った。あの誤審がなければ、勝敗はどうなったか分からない。場内の一部からブーイングが起きるなど、納得できないファンもいる。思わぬ誤審で、9日目の大一番は水を差された。

 ◆勝敗の決め方 行司が軍配を上げ、勝敗は決する。土俵下の審判が俵を踏み越したことなどを確認すれば手を挙げ行司に知らせ、行司が軍配を上げる。土俵下の審判や控え力士に異議があれば、物言いをつけられる。物言いの後は土俵上で審判が協議。ビデオ室とも連絡を取り合い(1)行司軍配通り(2)行司軍配差し違え(3)同体-のいずれかの説明をした上で、同体の場合は取り直しが行われる。

※記録と表記は当時のもの

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大相撲ビデオ判定導入の真相 47年前何があった?

1969年3月11日付の日刊スポーツ

 元小結羽黒岩の戸田智次郎さんが、23日に亡くなった。四股名が「戸田」だった1969年(昭44)春場所2日目、横綱大鵬の連勝を45で止める金星を挙げた。この一番は「世紀の大誤審」としても語り継がれている。

 日本相撲協会は、この翌場所からビデオ判定を導入した。大鵬-戸田戦が導入のきっかけとも言われる一方、「相撲協会はこの時すでにビデオ判定の準備をすませていた。大鵬-戸田戦の判定とは無関係」という説もある。約47年前に何があったのか? 過去の資料などをもとに調べてみた。

 まずは、この一番を振り返ってみる。

 戸田は立ち合いから右のど輪で大鵬を攻め込み、相手の上体を起こした。突き落としで横綱の体勢を崩し、休まず頭をつけ、俵づたいに回り込む大鵬を押し出した。押し出す直前、戸田の右足が土俵外に出ていたため、行司の22代式守伊之助は大鵬に軍配を上げた。しかし物言いが付き、協議の末、行司軍配差し違えで戸田の勝利となった。

 あの日、NHKは午後7時からのニュースで、この一番をスローモーションで放送。誤審が明らかになると、騒ぎになった。相撲協会には抗議の電話が相次ぎ、大鵬が所属する二所ノ関部屋宿舎には「タイホウが勝っていた。気を落とすな」との電報まで届いた。

 翌日、1969年3月11日付の日刊スポーツは、「大鵬『45』でストップ!」との大見出しで、あの一番を報じている(写真)。小見出しには「誤審防止へ写真も使う」とある。記事を読んでみると、当時の武蔵川理事長(元幕内出羽ノ花)は、こうコメントしている。

「こうした微妙な勝負に対しては審判員の参考として写真、工業用テレビなど利用することを考える。しかし、相撲の勝負判定は他の競技と違う特殊性があるので、写真を判定の主にすることはない。あくまで参考にして使いたい。運営審議会にもかけ、工業会社にも依頼して近いうちテストしてみたいと考えている」

 この談話を読む限り、この時点ではまだ、協会側はビデオ判定のテストをしていないように思える。

 日本相撲協会広報部の資料には、「写真判定」の欄にこう書かれている。

「昭和44年3月場所2日目、大鵬-戸田戦で大鵬の連勝記録45でストップの一番と、9日目琴桜-海乃山戦の物言いが原因となって、翌10日目に審判部にて正式に翌5月場所からNHKテレビのVTRを参考資料にすることを決定した(実際には以前から準備しており、44年5月場所より採用予定であった)」

 この資料にある通り、大鵬-戸田戦の7日後にも琴桜-海乃山戦でも誤審騒動があった。その翌日に審判部は会議を開き、5月場所から「勝負判定に写真を参考資料として採用する」と決めた。

 この日、当時の春日野審判部長(元横綱栃錦)は「写真判定採用は海乃山-琴桜戦が動機でもなければ、もちろん大鵬-戸田戦でもない。初場所前の記者会見後みんなで話し合って、最も近い時期を選んでということで、夏場所から実施することに決めたものだ。どんな方法でやるかはまだ分からないが、とにかく決まった以上は審判部が一丸となってやるつもりだ」とコメント。武蔵川理事長は「写真判定採用については5月からやることを正式に決めた。具体的なことは審判部に一任、協会はこれに対して全面的にバックアップをする」とした。

 1974年に発行された「武蔵川回顧録」(ベースボールマガジン社)によると、同理事長は当時について「数年来の懸案としてこの問題を討議していた協会は、この年の1月場所においてNHK画像からビデオ・テープに収録して勝負判定の補助とするよう試験を行い、良好な結果を得たので5月場所から本格的実施に踏み切ろうとした矢先の、大鵬-戸田戦であった」と振り返っている。

 相撲協会は、写真判定導入決定後の4月8日、理事長、審判部長らがトップ会談を行い、写真判定の方法を発表。まずは幕内だけの取組を対象に、NHKの大相撲中継の録画映像を勝負判定の参考にすることにした。実際は「ビデオ判定」だが、当時は「写真判定」という言い方が一般的だった。

 その後、4月21日と5月10日にテストを行い、5月場所から正式に導入された。

 話を整理すると、ビデオ判定導入に至った1969年の流れはこうなる。

 1月場所の時点ですでにビデオ判定導入を検討→3月場所2日目の大鵬-戸田戦などの誤審で騒ぎに→10日目に審判部が導入を正式決定→5月場所から導入-。これが真相だ。

 導入された5月場所では、2日目の朝嵐-若浪戦で物言いがつき、初めてビデオが勝負判定の参考に使われた。

 ◇   ◇   ◇

 戸田は後に羽黒岩と改名し、小結まで昇進。引退時には、こう話している。「気力も薄れ、体もいうことをきかない。現役を去るのは寂しいが仕方ない。うれしかったのは新十両に昇進した時。思い出に残る相撲はやはり大鵬関の連勝をストップした時。今後は後進の指導に力を尽くす」。

 語り継がれる、あの一番。戸田さんの死去にあたり、あの金星を「誤審だった」として傷つけるつもりはまったくない。むしろ、戸田さんの敢闘相撲が、大相撲の歴史を大きく変えるビデオ判定導入のきっかけになった。

 一方、誤審にもかかわらず、「ああいう相撲を取ったのが悪かったよ。別に審判部に抗議しよう何て気持ちはない。いつまでもクヨクヨしたってしょうがない」と語った大鵬は、横綱の模範として今も尊敬され続ける一因になっている。もちろん、勝負判定こそが正しくなされることが望ましいが。

 戸田さんの葬儀・告別式は故郷の宮崎県で25日に営まれた。大鵬さんと2人、天国でどんな話をしているだろうか。【佐々木一郎】

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豪栄道13連勝「必死でした」日馬をぶん投げ撃破

日馬富士(下)を逆転の首投げで破り全勝を守った豪栄道(撮影・岡本肇)

<大相撲秋場所>◇13日目◇23日◇東京・両国国技館

 大関豪栄道(30=境川)が、夢の初優勝へ王手をかけた。横綱日馬富士を逆転の首投げで撃破した。時間前の仕切りから、にらみあいに応じる気合を見せて初日から13連勝。2差での単独トップを死守した。今日14日目の平幕玉鷲戦に勝つか、2敗で追う遠藤が敗れれば、08年夏場所の琴欧洲以来8年ぶりのかど番優勝が決まる。

 とっさに体をよじり、支える左足に力を込めた。日馬富士の首に巻き付けた右腕に、己の体重の全てをかけた。横綱をあおむけにする、こん身の首投げ。「必死でした。褒められた技じゃないけど、今日に関しては良しとします」。必殺の“豪栄道スペシャル”だ。

 八角理事長(元横綱北勝海)も「ここで出たか。こういうところで出るのは、持ってるってこと。まさしく優勝する力士の雰囲気だ」と思わず舌を巻く大技で、夢の初優勝へ大前進した。座布団が乱舞する中、主役の大関は肩を揺らし、ドヤ顔で花道を引き揚げた。

 気合が違った。2度目の仕切りで、にらみあった。横綱の鋭い視線を浴びても、譲らない。立行司式守伊之助が、両手を広げ両雄離れるよう促すまで約11秒。「あそこで目をそらすと、やられると思った」。その意地が、押し込まれた土俵際で執念の粘りを生んだ。

 母の前で、悲願をかなえる瞬間もすぐそこだ。前日に大阪から上京した母沢井真弓さん(60)はこの日も観戦。「ドキドキしました。良かったです」と、大逆転劇を見届けた。相撲を始めるきっかけを作ってくれたのも両親だった。「4月生まれで大きいし、背も高いし、他の子より偉そうにしてたんです。相撲やったら、もっと大きな子いるやろ、と思って。子供会の回覧板に載ってた大会に、勝手に応募して連れて行ったんです。嫌や嫌や、って言ってたけど優勝しちゃって」。23年前のことを真弓さんは鮮明に覚えている。

 嫌々始めた相撲人生。埼玉栄で高校横綱になり、角界に入門した時でさえ「何も考えてなかった。とりあえず関取に上がりたいだけ」と、優勝は頭になかった。それが、今日14日目に2敗の遠藤が敗れるか、自力で玉鷲に勝てば現実になる。「集中して気合入れてやるだけです」。小鼻を膨らませ、力強く込めた言葉に迷いはない。【木村有三】

 ◆豪栄道と首投げ 首投げは相手の首に腕を巻き付け、腰を入れて体をひねりながら相手を巻き込むように投げる技。豪栄道は首投げで今場所3日目の栃煌山戦以来23勝目。平幕時代の07年九州場所で琴奨菊(当時小結)に決めたのが最初で、11日目以降の終盤戦で11度。年間で1度だけ決めた年が5度ある一方、14年の大関昇進以降は11度と頻繁に繰り出している。決めた相手は14人で日馬富士からは2勝目。最多は栃煌山戦からの4勝。失敗も多い。

<豪栄道 初Vなら>

 ◆年長初優勝 30歳5カ月は、年6場所制が定着した58年以降、隆の里の29歳11カ月を抜いて、歴代5位の年長初V。

 ◆新入幕からのスロー初優勝 54場所は、1909年(明42)夏場所以降、4番目のスロー。

 ◆大関時のスロー初優勝 13場所は、昭和以降の新大関で9位。

 ◆大関の年長優勝 58年以降、30歳0カ月の旭富士を抜いて歴代8位。

 ◆大阪出身力士の優勝 1930年(昭5)夏の山錦以来3人目。

 ◆かど番優勝 08年夏の琴欧洲以来8人目。14日目での決定は、魁皇、琴欧洲に次いで3人目。

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白鵬イライラV逸「何回やるの」立ち合い仕切り直し

稀勢の里に突き落としで敗れた白鵬は悔しそうな表情で引き揚げる(撮影・横山健太)

<大相撲名古屋場所>◇14日目◇23日◇愛知県体育館

 横綱白鵬(31=宮城野)は、大関稀勢の里(30=田子ノ浦)を押し込みながら、あと1歩足が出なかった。名古屋場所4連覇が消滅し「相撲に勝って、勝負に負けたね」とポツリ。

 ただ、不本意だったのは、同部屋の立行司式守伊之助に止められた最初の立ち合い。12日目の照ノ富士戦でも同様の仕切り直しの末に敗れており「合ってるのに。何回やるの」と、いら立ちを隠せなかった。

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