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内藤軍団強し!1・4“Wタイトル”に挑戦 新日本

ワールドタッグリーグ優勝決定戦を制したSANADA(左)とEVIL(撮影・今浪浩三)

<新日本:福岡大会>◇11日◇福岡国際センター


 ワールドタッグリーグ優勝決定戦で内藤哲也(35)率いるユニット「ロスインゴベルナブレス・ハポン」のEVIL(30)SANADA(29)組が21分57秒、EVILの片エビ固めでタンガ・ロア(34)タマ・トンガ(35)組を下し初優勝を飾った。

 イス攻撃や場外乱闘で痛めつけられたが、来年1月4日東京ドーム大会のIWGPヘビー級タッグ選手権試合の出場権を獲得。同日に内藤が王者オカダ・カズチカ(30)に挑むメインの同ヘビー級選手権試合とのダブルタイトル取りを狙う。

 “内藤軍団”の力を誇示する最大のチャンス到来にEVILは「宣言通りタッグリーグを支配してやったぞ。次はIWGPのタッグを支配してやる。よく覚えとけ」とほえた。

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内藤哲也率いるEVIL、SANADA組が初V飾る

「WORLD TAG LEAGUE 2017」優勝決定戦を制したSANADA(左)と"キング・オブ・ダークネスEVIL"(撮影・今浪浩三)

<新日本:福岡大会>◇11日◇福岡国際センター◇観衆3147人


 新日本福岡大会のワールドタッグリーグ優勝決定戦は、内藤哲也(35)率いるユニット「ロスインゴベルナブレス・ハポン」のEVIL(30)とSANADA(29)組が、21分57秒、EVILの片エビ固めでタンガ・ロア(34)とタマ・トンガ(35)組を下した。

 初優勝を飾ったことで、来年1月4日東京ドーム大会のIWGPヘビー級タッグ選手権試合の出場権を獲得した。試合後、EVILはリングに上がった同王者のアーチャー・スミス組を前に「ヘビー級タッグに挑戦してやるよ」と挑発した。

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ドン荒川さん死去 「ひょうきんプロレス」で活躍

09年9月、ゼロワン後楽園大会で勝利したドン荒川さん


 新日本プロレスで活躍し、ひょうきんプロレスでファンを楽しませたドン荒川さんが、11月2日に死亡していたことが2日、分かった。71歳だった。死因は不明。

 荒川さんは、72年9月に新日本でデビュー。ストロングスタイルと呼ばれる激しい試合が中心の新日本で、かん腸攻撃などコミカル路線で故永源遥さんらとともに笑いを取った。89年3月の新日本退団後は、SWS、全日本などで活躍。一線を退いてからは、ゲームアプリの製作会社に勤務していたが、この1年ほどは、関係者も連絡が取れなくなっていたという。

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真壁組4連敗で優勝争い脱落に「次だ、次しかねえ」

4連敗となった真壁(右)はヘナーレに肩を貸して引き上げる

<新日本:後楽園大会>◇11月30日◇後楽園ホール◇1717人(札止め)


 ワールドタッグリーグBブロックで、真壁、ヘナーレ組が矢野、石井組に敗れて4連敗となり、優勝争いから脱落した。

 真壁は15、16年と2連覇した相棒でケガで長期欠場中の本間が実況席に座る中で奮闘。強烈なラリアットを放ち続けたが、最後はヘナーレが石井の垂直落下式ブレーンバスターの餌食となった。3年連続の戴冠はならず、残りは3戦。「ヘナーレはよく頑張った。次だ、次しかねえ」と意地の勝利を誓った。

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オカダ「ガンガンいかせてもらう」内藤を集中砲火

勝利後に内藤に語りかけるオカダ

<新日本:後楽園大会>◇11月30日◇後楽園ホール◇1717人(札止め)


 来年1月4日の東京ドーム大会でIWGPヘビー級王座のベルトを争う2人が火花を散らし続けた。

 内藤哲也率いる「ロス・インゴベルナブレス・デ・ハポン」は高橋ヒロム、BUSHI、東京ドーム大会で挑戦を受ける王者オカダ・カズチカは「CHAOS」の外道、ウィル・オスプレイを従えての3対3の30分一本勝負。

 ゴングが鳴る前、背中を向けていた内藤をいきなりオカダが襲撃し、ジャーマンスープレックスでマットに沈めて口火が切られると、場外でも2人が絡み合う。オカダは、内藤を鉄柵に何度も打ち付けて痛めつける。反撃を許さない。

 この日のオカダはいら立ちを隠さないように、猛烈に攻め立てる。最後も内藤に変形コブラクラッチを仕掛けてCHAOS軍の分断に成功。オスプレイがBUSHIから3カウントを奪っても絞め技を極め続ける非情さに、試合終了のゴングが何度も打ち鳴らされた。

 ぐったりと倒れ込む内藤を尻目に引き上げたオカダは、「いや~、まだなのかなあ、スイッチが入るのは。まだ焦んないかな、まだ分かんないかなあ」と気にくわない様子。1月4日に向けた前哨戦を戦い続けているが、内藤の態度が気にくわない。焦りはなく、「トランキーロ(あっせんなよ)」と繰り返す姿に、オカダはへきえきする。「俺は焦ってるんだよ! ガンガンいかせてもらうよ」。この日の集中砲火は、内藤に強引にでもスイッチを入れさせるためだったようだ。

 一方の内藤は試合後、高橋に背負われて控室に消えた。果たして、一方的なやられ方が内藤の何かを変えさせるのか。師走を控え、東京ドームに向けた戦いは熱さを増していきそうだ。

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新日本EVIL&SANADA来年1月英マット参戦

EVIL(2016年7月16日撮影)


 新日本プロレスのユニット「ロスインゴベルナブレス・デ・ハポン」のEVIL(30)とSANADA(29)が来年1月20日、英ロンドンで開催されるレボリューション・プロレス(RPW)の興行に出場すると28日(日本時間29日)、発表された。RPWの公式サイトで18年1月20日に開かれる「ハイ・ステークス2018」大会の参戦選手として掲載されたもの。

 なお同大会には鈴木みのる(49)の参戦も発表されている。

天山(右)を絞め上げるSANADA(2016年8月12日撮影)

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新日本に「Mr.キモい」キャラハン降臨、キス攻撃

勝利後のインタビューで優勝宣言したサミ・キャラハン(左)とジュース・ロビンソン

<新日本プロレス>◇18日◇後楽園ホール


 新日本プロレスの後楽園大会が18日に行われ、ワールドタッグリーグ開幕戦Aブロックで、ジュース・ロビンソン、サミ・キャラハン組が優勝候補のSANADA、EVIL組を破る波乱を巻き起こした。

 キャラハンは13年にはWWEと契約した米国インディーシーン出身のエキセントリック系。勝利のリングでロビンソンから「ミスターキモい」と紹介されたのは、日本初登場でツバはきやキス攻撃を連発したから。いきなりのメイン抜てきで超低空トペ・スイシーダなど随所に技術ものぞかせ、「サプライズを起こすぜ」と舌なめずりした。優勝タッグは来年1月4日の東京ドーム大会での王座挑戦権を得る。ロビンソンは「隣の東京ドームにいくぞ」と新タッグ“デス・ジュース”として気勢を上げた。

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王者オカダと内藤哲也1・4東京D大会前哨戦が開幕

ワールドタッグリーグへの不満を爆発させた内藤

<新日本:後楽園大会>◇18日◇後楽園ホール◇観衆1732人(満員)


 来年1月4日の東京ドーム大会でIWGPヘビー級タイトルマッチで相対する王者オカダ・カズチカ(30)と挑戦者内藤哲也(35)の前哨戦が熱く幕を開けた。

 それぞれウィル・オスプレイと外道、BUSHIと高橋ヒロムを従えて3対3の30分一本勝負のゴングが鳴ると、2人がマット中央でロックアップで組み合う。会場は両者への声援で二分されてヒートアップすると、5分すぎからも内藤のスイングDDT、オカダのリバースネックブリーカーと激しくやり合った。

 試合は10分44秒にBUSHIが外道をエムエックスで仕留めたが、試合終了のゴングが鳴らされても、内藤の攻撃は止まらない。ヘビー級挑戦権利証が入ったアタッシェケースをオカダの背中に打ち付けて、顔を蹴りつぶしていためつけた。リング上では「オカダ! 東京ドーム大会はまだ、まだ、先だぜ」とマイクでけん制。さらに「一言メッセージを送ってやんよ。オカダ、東京ドームまで、トランキーロ!」と続けたが、ここで場外からにらみを利かせていたオカダが反撃に出る。決めぜりふの「あっせんなよ」の「あっせ」を口にしたところで、マイクの線を抜いて妨害し、そのまま退場した。

 火ぶたが切られた東京ドームまでの道のりの初戦を制した内藤は、試合後には攻撃対象をこの日から始まったワールドタッグリーグに。今年から東京ドーム大会で試合が決定しているレスラーは不参加となっており、自身も欠場となっているが、「これのどこがワールドタッグリーグなんだという気持ちはありますよ。だって(この日の開幕から全国を回る)ほとんどの大会のメインイベントはオレとオカダの前哨戦なわけで、この注目度の低さよ」と不満を爆発させた。

 そのタッグリーグには、ロス・インゴベルナブレス・デ・ハポンのEVIL、SANADA組が参戦している。「『来年は出たい』って思わしてくれるくらいの盛り上げていただきたいですよ。それはずばりEVILとSANADAの仕事でしょ。彼ら2人がどれだけオレに刺激を与えてくれるのか…」と求めた。

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内藤&ヒロム、ロスインゴ創設者と再合体の意味とは

メキシコの聖地アレナメヒコに帰還した高橋ヒロム(左)と内藤哲也


 新日本プロレスのユニット「ロスインゴベルナブレス・デ・ハポン」の内藤哲也(35)高橋ヒロム(27)がこのほど、海外遠征先となるメキシコ市の中心部で日刊スポーツの取材に応じた。同地の団体CMLLで誕生したロスインゴベルナブレス(制御不能なヤツら)。同マットで本家のルーシュ(29)と再合流し、本家が展開する新メンバー勧誘にも手を貸すなどさらなるメンバー増強の動きもみせた。

    ◇    ◇    ◇    ◇ 

 リーダーの内藤にとってユニット加入イヤーの15年以来、約2年ぶりのメキシコとなる。

 内藤「ボクの人生を変えたリングであり、ボクの人生を変えてくれた仲間達のいるリングなので久々ではありますが、戻ってきたな、戻ってこれてうれしいなという感想ですね」。

 武者修行から凱旋(がいせん)帰国した16年秋以来のメキシコとなった高橋も気持ちは同じだった。

 高橋「気持ちいいですね。完全に俺の中でターニングポイントなので、メキシコにきたっていうのは。まあ相手に(メキシコ時代のライバル)ドラゴン・リーがいなかったというのは残念でしたが、本当に気持ちいいリングです」。

 もともと内藤は高橋裕二郎と結成したユニット「NO LIMIT」として09年に約8カ月間、CMLLで暴れていた。メキシコでの認知度は高く、ファンからも大コールが起きた。

 内藤「ボクが長期間でメキシコにいたのは09年なんですけど、その時もメキシコで一生懸命プロレスしてましたから、こうやって久々に帰っても『ナイトウ』といってもらえるのはボクの財産だと思います。そしてメキシコで生まれたロスインゴベルナブレスというチームに2年前、加入したんですけど、それがすごく大きかったなと。このロスインゴベルナブレスがあるから、ロスインゴベルナブレスに入ったから、こうやって簡単にメキシコに帰ってこれる。このCMLLのリングはホームみたいなもの。久々に実家に帰ってきたみたいな気分」。

 CMLLマットで高橋はカマイタチのリングネームで活躍していた。

 高橋「覚えていてくれるのはうれしいですよね。多分、カマイタチのイメージが強いんですよね。『ヒロム高橋』というのは、まだ知られていないと思うので、やっぱりプログラムにもカマイタチって書いてあるわけじゃないですか。やっぱりカマイタチっていうのはデカかったのかなって、それを見て感じました」。

 メキシコで同ユニット創設者のルーシュと再合体した意味は大きい。

 内藤「ボクの中での1番の目的は今日の試合に勝つこと負ける事ではなく、日本のロスインゴベルナブレス・デ・ハポンとメキシコのロスインゴベルナブレス、この2つが一緒にリングに立つことが重要だったわけで、ロスインゴベルナルベスとロスインゴベルナルベス・デ・ハポンが一緒に戦ったと、そこが1番重要だった。我々の戦っている姿をお見せできたので、勝敗に関しては意識していませんでしたね。とりあえず我々の試合をメキシコのお客様に見ていただけたことが大きかった」。

 日-墨をまたいだユニットには、さらなる強固な「橋」がかかったようだ。

 内藤「2年前にも交流は実施しましたし、メキシコのロスインゴベルナブレスが日本に来て合体したこともありましたけど、しばらく1年近くなかった。今後の方向性とか試合以外でもいい話し合いができたら。そういう意味でたった1試合ではありますけど非常に意味のあるCMLL遠征だったなと」。

 高橋「オレは単純に楽しむためにきたんで。ただルーシュからTシャツを受け取ったのは素直にうれしかった」。

 大地震に見舞われたメキシコのファンにもエールを忘れない。

 高橋「楽しもうと思ってくれていることが変わらない、地震があったことを感じさせない強さっていうのは、こっちの人はありますよね。本当に地震があったのかな、と勘違いさせられるくらい1人1人みんな元気で応援も力強いじゃないですか。自分がメキシコにいた頃と何一つ変わらない声援だったので、だから好きですね。1人1人が強いな、っていうのが自分の中でのメキシコです」。

 ユニットの発祥の地メキシコでファンからの声援を浴び、後押しの空気も感じながらエネルギー充電もできた様子。来年の1・4東京ドーム大会では、内藤がIWGPヘビー級王者オカダ・カズチカ(30)に挑戦。高橋もIWGPジュニアヘビー級選手権試合4ウェイ戦に挑む。大舞台でのタイトル戦を備え、原点回帰した心身で再び新日本マットに戻ってくる。

メキシコの聖地アレナメヒコに帰還した高橋ヒロム(左)と内藤哲也

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井上尚弥&拳四朗 12月30日にダブル世界戦

「FUJI BOXING2017 井上尚弥・拳四朗ダブル世界戦」を発表して写真に納まる、左から井上拓、井上尚、拳四朗、清水(撮影・丹羽敏通)


 大橋ボクシングジムは16日、12月30日に横浜文化体育館で行われるダブル世界戦(日刊スポーツ新聞社後援)の発表会見を行った。

 WBO世界スーパーフライ級王者井上尚弥(24=大橋)は、同級7位ヨアン・ボワイヨ(29=フランス)と7度目の防衛戦を行う。井上は米国デビュー戦となった9月以来の試合で、戦績は14戦全勝(12KO)。ボワイヨは41勝(26KO)4敗1無効試合となっている。

 WBC世界ライトフライ級王者拳四朗(25=BMB)は同級8位ヒルベルト・ペドロサ(26=パナマ)と2度目の防衛戦に挑む。初防衛戦に成功した10月20日以来の試合で、戦績は11戦全勝(5KO)。ペドロサは18勝(8KO)3敗2分となっている。

 他に東洋太平洋フェザー級王者清水聡(31=大橋)が挑戦者に同級14位エドワード・マンシト(25=フィリピン)を迎える初防衛戦。WBCバンタム級9位井上拓真(21=大橋)と元日本バンタム級王者益田健太郎(34=新日本木村)の54・0キロ契約10回戦も組まれた。

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鈴木みのる、激しい死闘も敗れる 新日本プロレス

鈴木みのる(15年3月15日撮影)


 新日本プロレスNEVER無差別級王者鈴木みのる(49)が9日(日本時間10日)、英国ロンドンでのタッグ戦で前王者後藤洋央紀(38)組に敗れた。新日本の英国RPWとの合同大会初日のメインでザック・セイバーJr.とタッグを組み、ウィル・オスプレイと組んだ後藤と対戦。

 両者は激しく交錯したが、最後はセイバーJr.がオスプレイのオスカッターを決められて敗北した。5日の大阪大会で鈴木が王座防衛後、後藤が再挑戦を表明していた。

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大剛鉄之助さん死去 ジプシー・ジョーら送り込む

71年7月、ブラック・イーグル(右)と対戦す大剛鉄之助さん


 新日本プロレスの天山広吉や小島聡らを育てた元プロレスラーの大剛鉄之助さんが4日にカナダ・カルガリーで亡くなった。5日(日本時間6日)、米メディアが報じた。75歳だった。死因は不明。

 大相撲の二所ノ関部屋で幕下2枚目までいったが、66年10月に東京プロレス旗揚げ戦でデビュー。その後、国際プロレス入り。73年3月、カナダに遠征し悪役レスラーとして活躍したが、当地で交通事故に遭い現役を引退。国際プロレスの北米部長としてジプシー・ジョーら多くの外国人レスラーを団体へ送り込んだ。84年からは新日本の北米部長を務め、天山、小島、真壁ら多くの若手を同地で育成した。新日本にもバンバン・ビガロ、アンダーテイカーら多くのレスラーを参戦させ、すご腕ぶりを発揮した。(デーブ・レイブル通信員)

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東京ドーム大会の追加カードを発表 新日本プロレス

ケニー・オメガ(右)(17年8月13日撮影)


 新日本プロレスは6日、都内の事務所で会見を行い、前日5日の大阪大会を受けて来年1月4日の東京ドーム大会の追加カードを発表した。IWGP USヘビー級選手権は、王者ケニー・オメガに新日本、WWEで活躍したレジェンド、クリス・ジェリコ(フリー)の挑戦が決定。オメガは「ジェリコは、オレと同じカナダ・ウイニペグ出身のトップスター。オレもいつかはああなりたいと思っていたが、今は新日本で世界のトップになることが夢になった。新日本で戦い、今世界中がオレたちのことを気にしている。だから(ジェリコが)向こうからやって来た。オレはこの地球で1番のレスラーになった。新日本をこれから夢の地に連れて行くのはオレだ」とと意気込みを話した。

 IWGPジュニアヘビー級選手権は、大阪大会で新王者となったマーティー・スカルに、KUSHIDA、ウィル・オスプレイ、高橋ヒロムが挑戦する4WAYマッチで行うことが決定。KUSHIDAは「この1年間、この4人でベルトが行ったり来たりした。東京ドームでまた試合ができることを非情にうれしく思います。4WAYマッチはいりいろ意見もあると思うが、ほかの3人に文句はない。いい戦いができると思います」と話した。王者スカルは「チャンピオンとしてしっかり戦う。新日本が世界中に名の知れた団体になりたいのなら、オレの力が必要だ。どんな相手がかかってきても、自分が勝ち残る」と自信を見せた。

 IWGPジュニアタッグ選手権は、六本木3KのSHO、YOHが、マット・ジャクソン、ニック・ジャクソンの最強コンビを迎え撃つ。14年間コンビを組み、過去6度の王座についた実績のあるジャクソン兄弟のニックは「彼らは、日本へ帰国してからわずかの間に王座を取り、スーパージュニア・タッグトーナメントを制したことはすばらしい。だが、我々の6回のチャンピオンに比べればどうってことない。今回は7回目を取りに行く。ここで勝って2人を黙らせる」と挑発。王者組のYOHは「オレらもちょうど、君たちと試合がしたかった。昔の借りを返さないとね。東京ドームでこのベルトをかけて、ヤングバックスとオレたち六本木3Kの、めちゃくちゃ楽しい夜にしようよ」と冷静に対応した。

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棚橋弘至、飯伏退けるもホワイト急襲、息つく暇なし

棚橋弘至(2015年4月23日撮影)

<新日本:大阪大会>◇5日◇エディオンアリーナ大阪


 新日本プロレス大阪大会が5日、エディオンアリーナ大阪で行われ、IWGPインターコンチネンタル王者棚橋弘至(40)が挑戦者飯伏幸太(35)を29分26秒の激闘の末に退け、3度目の防衛に成功した。

 自分を「神」とあがめる飯伏に8月G1クライマックスでシングル初白星を許したが、この日は厳しい攻めに終始。右膝狙いでドラゴン・スクリューを連発。最後は壮絶な打撃戦のスキを突き、ドラゴン・スープレックスからハイフライフロー2連発で仕留めた。

 オカダ、内藤という“2トップ”以上に潜在能力を認めながら、結果を出し切れない後輩に試合後、リングで「覚悟はあるのか?」と発奮を迫った。その後は海外遠征から凱旋(がいせん)したジェイ・ホワイト(25)に急襲、リングで大の字にされる一幕も…。狙われる立場の“エース”には一息つくひまもない。【加藤裕一】

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大仁田厚「裁く立場じゃないが」レフェリーデビュー

12月3日の「大仁田反省会」で、衝撃のレフェリーデビューを発表した大仁田厚(撮影・村上幸将)


 大仁田厚(60)が、7回目の、そして最後の引退試合から一夜明けた1日、都内の闘道館で会見を開き、レフェリーとしてデビューすると仰天発表した。

 大仁田は12月3日に東京・新木場1st RINGで「大仁田反省会」を開催すると発表。その中で、大仁田厚プロデュース試合を開催し、レフェリーデビューを果たすと断言した。「人間、日々、反省だなと。裁く立場じゃなく、裁かれる立場だったけれど…レフェリーをやってみようかと。やったこと、ないんですよ」と笑みを浮かべた。

 大仁田は目指すレフェリー像について「悪役レフェリーとしてデビューする」と断言。リング上でレスラーの反則行為などがあった場合は、鉄拳制裁ならぬ“有刺鉄線バット制裁”をする考えを明かし「反則は許さない。有刺鉄線バットを持ったレフェリーが1人くらい、いたっていいじゃないですか」と笑い飛ばした。

 大仁田は、全日本プロレスで付け人も務めたジャイアント馬場さん(享年61)に引退勧告され、1985年(昭60)1月3日に後楽園ホールで引退式を行った。その後、1988年(昭63)に女子プロレスのジャパン女子にコーチとして入団。そのリングで、同じくコーチのグラン浜田との因縁が生まれ、12月3日に現役復帰し、対戦したが敗れた“前科”がある。そのことについて聞かれると「前科はあるが…もうファイトはない。ファイトは、早すぎるだろ。ないよ」と言い、現役復帰はない考えを重ねて強調。そして「昨日の後楽園ホールを出て、深夜0時に人間が変わったんですよ。反省し、今日から吹っ切って、また新しい人生を歩んでいこうと思います」と語った。

 また「アンドレ・ザ・ジャイアント」みたいのを連れてきて「新日本、戦えと言うかも知れないじゃないですか? 人生は分からないから面白い」と、フィクサーとしてプロレスに関わっていく可能性も示唆した。その上で「昨日の後楽園ホールを出て、深夜0時に人間が変わったんですよ。反省し、今日から吹っ切って、また新しい人生を歩んでいこうと思います。大仁田は正直です」と言い切った。

 大仁田は「反省会」のタイトルを、日本テレビ系「有吉反省会」(土曜午後11時半)から「パクりました!!」と素直に認めた上で、10月31日の「大仁田厚ファイナル後楽園ホール大会」に太田プロの関係者が来ていたと明かし「社長も昨日、来ていましたから。太田プロ、黙認です!!」とアピールした。

 「大仁田反省会」当日は、10月31日に東京・後楽園ホールで開催した「大仁田厚ファイナル後楽園ホール大会」を、自らの解説とともに映像で振り返るという。さらにファン参加型トークライブなどを予定しているという。【村上幸将】

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大仁田厚ついに引退試合…7回の引退と復帰の歴史

「大仁田厚ファイナル・後楽園ホール大会・引退式」のポスター

<大仁田厚ファイナル・後楽園ホール大会・引退式>◇31日◇東京・後楽園ホール


 大仁田厚(60)が7年ぶり7度目の引退を表明し、1974年(昭49)4月14日に佐藤昭雄戦でデビューした思い出の地・東京・後楽園ホールでの引退大会と引退式に臨む。

 大仁田はニッカンスポーツコムの取材に対し「プロのレスラーとしてリングに上がることは絶対にない。神に誓って、やらない」と、今回が最後の引退だと宣言している。大仁田が、これまで引退、復帰を繰り返してきた歴史は以下の通り。

 ◆1度目の引退 1983年(昭58)4月のヘクター・ゲレロ戦で左膝蓋(しつがい)骨粉砕骨折の重傷。復帰も、1984年12月2日にマイティ井上に敗れ、付け人も務めたジャイアント馬場さん(享年61)に引退勧告されて、85年1月3日に後楽園ホールで引退式を行った。

 ◆1度目の復帰 1988年(昭63)に、コーチとして入団したジャパン女子のリングで、同じくコーチのグラン浜田との因縁が生まれ、12月3日に現役復帰し、対戦したが敗れる。89年に空手道場「誠心会館」を率いる青柳館長と東京・後楽園ホールで開催された「格闘技の祭典」異種格闘技戦で対戦し、同10月6日にFMWを旗揚げ。

 ◆2度目の引退 1995年(平7)5月5日に、川崎球場で愛弟子の故ハヤブサさん(享年47)と引退試合を行い、18分11秒、サンダーファイヤー・パワーボム3連発で仕留めて引退。

 ◆2度目の復帰 1996年(平8)12月11日に、宿敵だった故ミスター・ポーゴさん(享年66)から引退試合でのタッグ結成を請われ、一夜限りに復帰し、テリー・ファンク組との8人タッグに出場。田中将斗がヘッドハンターAをフォールし勝利すると、その後も戦いを継続。97年にはFMWの会長を辞し新団体ZEN、チームUSOを結成し同11月に新日本プロレスに殴り込んだ。さらに01年7月の参院選に、自民党の公認を受けて比例区で出馬し当選。

 ◆3度目の引退 2003年(平15)1月7日に会見を開き3度目の引退を表明。5月~7月上旬の間でアフガニスタンでの10万人興行の開催を調整しているとしたが、実現しないままに終わった。そして2005年(平17)3月26日に明大政経学部2部の卒業式に詰め襟の学生服で出席後、夜に後楽園ホールで“卒業試合”と題した引退興行を行い、雷神矢口と組んで越中詩郎、天竜源一郎組と対戦。最後は天龍の片エビ固めで敗れ引退。

 ◆3度目の復帰と4度目の引退 2006年(平18)4月1日に東京・靖国神社で行われた、ゼロワンMAX奉納大会に「国を守った人に礼を尽くすのは当然のこと」と参戦を直訴し、1日限りの復帰。田中将斗、ランジェリー武藤と組みケルベロス、ヤセ矢口、イチローキング矢口組と対戦し、ケルベロスを9分5秒エビ固めで下した。

 ◆4度目の復帰 2007年(平19)年1月12日に参院議員宿舎で会見し、現役復帰を表明。同2月11日に東京・新宿で行われた二瓶組復活興行に参戦。同6月に参院選出馬辞退と政界引退を表明後、同7月には北海道夕張市でチャリティープロレスを開催。翌08年2月5日にも都内で会見を開き、00年に有刺鉄線電流爆破マッチに引きずり込み、敗れた長州力とタッグを組んで復帰する考えを明かし、同5月18日に新日本・長州力(56)プロデュース「LOCK UP」新木場大会で越中詩郎と組み折原昌夫と金村キンタロー組と対戦。現役最高時127キロの体重を77キロに絞り、凶器を使った流血戦を展開も、最後は毒霧により反則負け。

 ◆5度目の引退 2009年(平21)12月1日に長崎県知事選への出馬を表明し、同28日に都内で5度目の引退会見を開き、選挙戦に集中するためリングを離れると明言。

 ◆5度目の復帰は6度目の引退試合

 2010年(平22)2月21日投開票の知事選では3位の9万8200票で落選。その後、同5月5日に引退会見を行った新木場1st RINGの新FMWの大会で引退試合を行い、ターザン後藤と組んで元祖ザ・グレートパンク、初代ザ・シューター組に勝利。

 ◆6度目の復帰 聴覚障害者プロレス団体・闘聾門JAPANの10年11月13日東京・江戸川区小松川さくらホール大会で復帰。マグナムTAKASAGOと、戸井克成とと組んで矢口壹琅、ファントム船越、JOM太郎と対戦し勝利。

 ◆7度目の引退 2017年(平29)10月31日に東京・後楽園ホールでの大仁田厚ファイナル・後楽園ホール大会で引退。

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田口・ACH組、SHO・YOH組が11・5決勝へ

スーパージュニア・タッグトーナメントで決勝進出を果たしたYOH(右)SHO(中)のIWGPジュニアヘビー級王者組

<新日本:後楽園大会>◇30日◇後楽園ホール


 スーパージュニア・タッグトーナメント準決勝が行われ、田口隆祐・ACH組と、SHO・YOH組が11月5日、大阪大会での決勝に進出した。

 セミでは田口ジャパンが、鈴木軍のエル・デスペラード・金丸義信組と対戦。右脇腹を痛めているACHが、金丸組につかまり劣勢となった。それでも、監督の田口が連続トペを見せるなど猛ハッスル。絶妙なコンビネーションで最後は、ACHがスーパー69から片エビ固めで試合を決めた。田口は「田口ジャパンの新商品も出たし、トーネメントに優勝して(IWGP)ジュニアタッグにも挑戦する」と息巻いた。

 メインでは、IWGPジュニアタッグ王者の「六本木3K」SHO・YOH組が、高橋ヒロム・BUSHI組に苦戦しながらも、最後は見事な合体技3Kを繰り出し逆転勝利。BUSHIにフォール勝ちしたYOHは「田口さんのチーム名何だっけ? あなたのなめまわす攻撃はオレには通用しない」と豪語。SHOは「後楽園、最高。今日もしびれっぱなしだったよ。また、大阪でオレたち六本木3Kと一緒にしびれようぜ」とノリノリで話していた。

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大仁田の代名詞・有刺鉄線電流爆破誕生の地はNHK

藤田和之に自らの土俵の有刺鉄線電流爆破マッチで敗れ、マットにはいつくばる大仁田厚(2017年10月9日撮影)

 <7回目、そして最後の引退…大仁田厚、告白 第2回>


 プロレスラー大仁田厚が7回目の…そして最後の引退を決意した。全日本プロレスに入門し、1974年(昭49)4月14日に佐藤昭雄戦でデビューした思い出の東京・後楽園ホールで、31日に「さよなら大仁田、さよなら電流爆破 大仁田厚ファイナルツアー」を開催。藤田和之(46)と6人タッグマッチを行う。レスラー人生43年に幕を下ろす大仁田が、還暦を迎え、引退を決めた思いを告白する。第2回のテーマは“邪道”と言われても突き詰めた、代名詞の「有刺鉄線電流爆破マッチ」。

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 大仁田は、左膝蓋(しつがい)骨粉砕骨折の重傷を負い、当時所属した全日本プロレスのジャイアント馬場さんから引退を勧告され、85年1月3日に後楽園ホールで引退式を行った。その後、就職を試みたが、学歴が中卒だったことから、幾つかの職を転々とすることを余儀なくされ、生活は厳しかった。

 生きる糧として、プロレス復帰を選び、自ら1989年(平元)にFMWを立ち上げた。同10月6日の旗揚げ戦で空手道場「誠心会館」館長の青柳政司(青柳館長=60)と対戦するなど、当初は格闘技路線だったが、壁を感じていた。その中で、思い浮かんだのがデスマッチだった。

 大仁田 どうにかこうにか足の痛みがなくなって、FMWを旗揚げした。最初は格闘技路線をやった。青柳館長らと戦って…でも、俺は空手家でもないし、道場も持っていないので限界を感じたわけです。そうしたら、FMWを設立して8、9カ月くらいで、もう1つの考え方が浮かんだ…それがデスマッチ。俺は米テネシーで有刺鉄線マッチを見ていたから、こういうものを使えばいいんだと。猪木さんと上田馬之助さんは、1978年(昭53)2月28日に日本武道館で、リング下にくぎ板を置いて日本初のネイル(くぎ)デスマッチをやった。でも有刺鉄線を利用して、もっと新しい、進化したものが出来ないかって考えた時、電流を流して、爆弾をつけられないかと思った。

 それが、大仁田のもう1つの代名詞とも言うべき「有刺鉄線電流爆破マッチ」誕生の瞬間だった。最初の実験を行ったのは…何と日本の公共放送・NHKの東京・渋谷の駐車場だった。

 大仁田 最初に爆破実験をしたのは東京・渋谷のNHKの駐車場。NHKの中に入っている、特殊効果の会社の人に「出来ますか?」って聞いたら「出来ます」って言う。それで実験した、その場で「ノーロープ有刺鉄線電流爆破マッチ」と名前を付けたんです。イチかバチかの賭けですよ、いつも。

 初めてノーロープ有刺鉄線電流爆破マッチを行ったのは、1990年8月4日。場所は汐留で、相手はターザン後藤だった。「やけどとか、すごかったです」と当時を振り返る。「明るく、楽しく、激しいプロレス」を掲げる全日本と、アントニオ猪木(74)が「ストロングスタイル」を打ち出す新日本プロレスの2強が並び立つ日本のマット界に、大仁田は「有刺鉄線電流爆破マッチ」を持ち込んだ。それまで、日本にはなかった異形のプロレスを、人々は「邪道」と呼んだ。

 大仁田 じゃあ、逆に言うけどね、全日本と新日本というものがあって、それに立ち向かうためには新しいものを築くしかなかった!! (格闘技路線の)UWFは、プロレスの否定から入ったけれど…俺は何もプロレスを否定していない。肯定から入った。プロレスはプロレス…でも、プロレスの中にもジャンルがあっていいだろうと。パンクやハードロックが、あっちゃいけないのか? と。

 後藤との戦いから27年…一部では「茶番」、「プロレスではない」などと批判も受けながらも、大仁田は「さよなら大仁田、さよなら電流爆破 大仁田厚ファイナルツアー」を始めた9月以降、有刺鉄線電流爆破マッチの連戦を繰り広げている。体に有刺鉄線が刺さり、爆破で身を焦がす戦いを、引退間近までなぜ続けるのか?

 大仁田 「猪木さんと上田さんはネイルに落ちなかったけれど、大仁田は有刺鉄線の中に落ちた」って言われるよね。電流爆破は怖いよ…いつも怖い。でも、やっちゃう自分がいる。でもね、世の中…政治もそうだけど、賛否両論はあるわけじゃない? あって、いいと思うよ、俺は。嫌いなものは、見に来なきゃいいんだし、興味があれば1回、見に来いよと。

 -一部では引退ロードの中で開催するノーロープ有刺鉄線電流爆破マッチにタッグ戦が多いことに「なぜシングルマッチをやらないんだ? 体力が続かないからか?」などと批判が飛んでいる。それに対して、大仁田は真っ向から批判する。

 大仁田 シングルは、田中将斗やNOZAWA論外ともやっているよ。でもハードコアは、シングルでは面白くないんだよ。試合の構成を考えるとね…いろいろな人間がリング上にいて、その組み合わせから、さまざまな面白さが出るのがハードコア。だから、タッグでやるんだよ。

 最終回は大仁田が、改めて引退の理由と未来を語る。【村上幸将】

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大仁田厚6回引退と復帰を繰り返したのは生きるため

猫ひろしと肩を組み、声援を送るファンに手を挙げて応える大仁田厚(2017年10月7日撮影)

<7回目、そして最後の引退…大仁田厚、告白 第1回>


 プロレスラー大仁田厚が7回目の…そして最後の引退を決意した。全日本プロレスに入門し、1974年(昭49)4月14日に佐藤昭雄戦でデビューした思い出の東京・後楽園ホールで、31日に「さよなら大仁田、さよなら電流爆破 大仁田厚ファイナルツアー」を開催。藤田和之(46)と6人タッグマッチを行う。レスラー人生43年に幕を下ろす大仁田が、還暦を迎え、引退を決めた思いを告白する。第1回のテーマは、引退と復帰を6回、繰り返した理由。

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 引退が目前に迫った夜、都内某所に現れた大仁田は両足を引きずっていた。車から降りると1度、腰を引いて体の後ろに重心を移しつつ、確かめるように両膝に手を当てた。しばし、その場に立ち尽くすと、目をつぶり、眉間にしわを寄せて頭を振った。

 大仁田 地方の大会でエルボーを食らってから、首と頭が痛いんだ。体はボロボロ…両膝も、抜けそう。3年近く前…そして1年以上前に、膝を内視鏡で洗ったんだ。体は限界に近い。

 14年5月に、両変形性膝関節症(軟骨損傷)と診断され、緊急手術を行った両ひざは、靱帯(じんたい)も損傷している。16年8月に右尺骨、同11月に左かかとを剥離骨折、同12月に腰椎を骨折し、右手には手術でチタンの板を入れた。そこを2月に爆破王選手権奪回に成功した船木誠勝戦で再び痛め、右尺骨骨幹部を骨折。7カ月で4度、骨折した。

 歩く際、時に抜けそうになるという膝は、最初の引退の引き金となった。1983年(昭58)4月のヘクター・ゲレロ戦後、左膝蓋(しつがい)骨粉砕骨折の重傷を負った。付け人も務めたジャイアント馬場さん(享年61)に引退勧告されて、85年1月3日に後楽園ホールで引退式を行った。にもかかわらず、1989年(平元)年にFMWを旗揚げした。馬場さんの引退勧告を受け入れて、1度は決めた引退を翻さざるを得ないほど、人生の崖っぷちに追い込まれていた。

 大仁田 (引退の原因になった)ケガは、あの頃は、今みたいにきれいなサポーターとかいろいろなものがないから、自転車のチューブを足に巻いて試合をした。痛くて…あぁ、これじゃあやっていられないなと、自分の中で限界を感じた。(全日本で引退した後)宅配便の配達から土木作業員から、全部やったもん。中卒だったから、履歴書を持ってバーッと回っても、どこも雇ってくれない。それで新宿の1番、端のベンチで缶コーヒーを飲みながら、どうしようかな…もう1回、プロレスをやろうか、と。だって、生きるため、生き残るためには、どうすればいいんだろう…と。(復帰の考えは)そこから生まれたんです。でも、全日に戻ることも出来ない、どこも拾ってくれるところはない…自分でやるしかない。

 そのFMWでは、1995年(平7)5月5日に「大仁田厚 引退試合」を開催し、故ハヤブサさん(享年47)と対戦した。川崎球場の観客動員記録となった、5万8250人を集めたが、その裏で肉体はボロボロだった。

 大仁田 2回目で頂点の状態で辞めた。でも、当時は年間200数試合やって、毎日、毎日、流血…。頭痛や吐き気がするわ…メチャクチャ。このまま、死ぬしかないのかと…それが引退を決断した理由。敗血症で死にそうになって、初めてICUのベッドから降りた時に、うんこしちゃって。あぁ…デスマッチがいき過ぎて、このままだと、俺は死ぬことを選択しないといけないなと。今まで応援してくれた人が、死を見せて喜ぶかなと。その世界まで、本当に行っちゃっていたし、やるしかなかった。死を選ぶのか、生きている姿を見せるのかの二者択一…生きていなければ何も表現できない(から辞めた)。

 にもかかわらず、翌96年12月11日に駒沢オリンピック公園体育館で行われた、故ミスター・ポーゴさん(享年66)の引退試合8人タッグマッチで2度目の復帰をした。宿敵ポーゴさんの引退試合ということで依頼されての復帰だったが“涙のカリスマ”と呼ばれた大仁田が、プロレスファンから「ウソつき」などとたたかれるようになった。1998年(平10)11月には、当時筆頭株主の立場にあったFMWの全選手から「新生FMWとしてやりたい」と言われ、創設者ながら追放された。そこで、翌99年1月に、たった1人で新日本に参戦した。

 大仁田 俺はFMWを追い出された人間だからね。こいつらとは、やれないなぁ…と思い、そのまま1人で新日本に殴り込んだわけだから。それが真実だよ。

 その後も引退、復帰を繰り返すこと計6回。インターネットの普及とともに、大仁田は何かニュースが出るたびに“引退するする詐欺師”などとたたかれ続けた。にもかかわらず、なぜリングに立ち続けたのか?

 大仁田 自分の中で生きていくためには、プロレスをやるしか、しょうがなかった。プロレスが好きだよ…だから、プロレスが生きること、そのものだった。それなのに6回、引退を繰り返して今回、7回目の引退だからって、ウソつきだ何だと言われる。俺は、素直に生きているだけ。生きるのを辞めろって言うの? 俺には、あれだけ熱狂させたファンがいる。(過去6回も引退して)ブレるとか、みんな言うけど…ブレ方、知らないよ。どうブレていいか分からない…批判もたくさんあるかも知れないけれど全部、自分で決めているし。ここに来て、各会場で何人か、みんなカミングアウトしているよ。「何十年、見てますけど…僕は大仁田さんに救われました」って。

 次回は大仁田が代名詞の「有刺鉄線電流爆破マッチ」誕生秘話を語る。【村上幸将】

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オカダと内藤が6人タッグで1・4東京ドーム前哨戦

来年1月4日東京ドーム大会の前哨戦で、オカダ組に勝利した内藤は余裕の「トランキーロ」

<新日本:後楽園大会>◇23日◇後楽園ホール


 新日本プロレスの後楽園大会が23日行われ、来年1月4日の東京ドーム大会メインで対戦するIWGPヘビー級王者オカダ・カズチカ(29)と挑戦者内藤哲也(35)が前哨戦で熱い火花を散らした。

 第5試合の6人タッグで対戦。ともに決め技は封印しながら、リング上、場外で激しい戦いを展開した。試合は内藤組のSANADAがYOSHI-HASIを下し勝利。内藤は「オカダ、1月4日の東京ドームまで2カ月以上もある。こんな時はあの言葉を思い出すべきでしょう。トランキーロ、あっせんなよ」と余裕の表情で語った。

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IWGPジュニアタッグ王者SHO、YOH組初白星

<新日本:後楽園大会>◇23日◇後楽園ホール◇観衆1654人


 スーパージュニア・タッグトーナメントが開幕し、1回戦でIWGPジュニアタッグ王者のSHO(田中翔)、YOH(小松洋平)組が、KUSHIDA、川人拓来組に勝利し、初白星を挙げた。

 9日の両国大会で海外修行から電撃帰国してIWGPジュニアタッグ王座に挑戦。ベルトを奪取して波に乗る2人は、川人の急襲にも落ち着いて対応。絶妙の連係でKUSHIDAをも翻弄(ほんろう)し、最後は合体フェイスバスター(3K)で川人を沈め、勝利した。

 YOHは「ボクたちの真意は、生え抜きが新日本を引っ張ること。そのためにこのトーナメントは優勝しなければいけない。ボクらの時代をつくるために」と豪語。SHOは「今日の後楽園のみなさんには本当にしびれましたね。オレたちとこれからも一緒にしびれようぜ!」と話していた。メインでは、高橋ヒロム、BUSHI組が、ティタン、ドラゴン・リー組に勝利した。

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内藤哲也が来年2月に米参戦、ARフォックスと対戦

内藤哲也


 新日本プロレスの内藤哲也(35)が、来年2月18日(日本時間同19日)に米国プロレス団体グローリー・プロに参戦することが19日、分かった。

 内藤は、新日本に参戦のマイケル・エルガン(30=カナダ)が、米イリノイ州に今年設立した同団体1周年記念大会に、特別ゲストとして参戦する。対戦相手は、ドラゴンゲートにも来日したARフォックス。内藤は、来年1月4日の新日本東京ドーム大会で、オカダ・カズチカのIWGPヘビー級王座への挑戦が決まっており、勝てば同王者としての参戦となる。(デーブ・レイブル通信員)

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YOSHI-HASHI、王座戦オメガ挑戦失敗

YOSHI-HASHI(7月15日撮影)


 新日本プロレスのYOSHI-HASHI(35)が、新日本のIWGPUSヘビー級王座に初挑戦し、王座獲得に失敗した。

 15日(日本時間16日)米シカゴで開催のROH・新日本合同大会で王者ケニー・オメガに挑戦。善戦したものの最後は王者の得意技、片翼の天使を食らいフォール負けした。YOSHI-HASHIはオメガが初防衛した9月24日の新日本・神戸大会で挑戦を表明していた。(デーブ・レイブル通信員)

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来年1月4日、オカダ・カズチカと内藤哲也が激突

来年1月4日の東京ドーム大会メインでIWGPヘビー級王座をかけて戦うことが決定した王者オカダと挑戦者内藤


 新日本プロレスは10日、都内のテレビ朝日で会見し、来年1月4日の東京ドーム大会メインで、IWGPヘビー級王者オカダ・カズチカ(29)と挑戦者内藤哲也(35)の試合を行うと発表した。オカダは前日9日の両国国技館大会でEVILの挑戦を退け、8度目の防衛を果たした。東京ドームが9度目の防衛戦で、同大会のメインを務めるのは4年連続5度目。内藤は同じく前日の大会で、東京ドーム・IWGPヘビー級王座挑戦権利証をかけて石井智宏と戦い、石井の挑戦を退け、念願の初めてとなる東京ドーム大会メインを手に入れた。内藤はオカダについて「去年の6月の大阪城ホール大会でオレからIWGP王座を奪って1年4カ月ぐらい防衛を続けている。偶然の勝利でこれまで防衛できるわけがなく、オカダにそれだけの力があるから防衛している。すばらしいチャンピオンで、ボクの東京ドーム大会の相手としてはふさわしい。また、目標の1つだった東京ドームのメインで、感慨があるといえばある。ただ、今のオレの実力、影響力からしたら当然の舞台」と話した。一方のオカダは「ボクも東京ドームのメインでは16年の棚橋戦で初めて勝った。東京ドームというのは、簡単に結果を出せないところ。そのへんを内藤さんは初めて体験するんじゃないでしょうか」と自信の笑みで答えた。

 会見に先立ち、新日本の菅林会長は今回の大会キャッチフレーズを「みんなでプロレス イッテンヨン」を決めたことと、コンビニ大手ローソン・HMVと包括提携パートナーシップを結んだことを発表した。

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王者オカダ・カズチカ、EVIL下し8度目の防衛

EVILを倒し8度目の防衛に成功したIWGPヘビー級王者オカダ・カズチカ

<新日本:両国大会>◇9日◇両国国技館◇観衆9234人(満員)


 IWGPヘビー級王者オカダ・カズチカ(29)が、メインでEVILを下し8度目の防衛を果たした。

 8月のG1で、この1年で唯一シングル対決で敗れたEVILとのリベンジ戦。EVILからは「超人の倒し方はいろいろある。IWGPは新日本を支配するために不可欠なもの」と挑発されてきた。試合では、EVILに非情の攻めを見せるオカダに対し、国技館の場内からブーイングも飛んだ。それでも、EVILのワザを受けきり、最後はツームストン・パイルドライバーからレインメーカーで33分26秒の熱戦に決着をつけた。

 試合後は、リングに東京ドーム・IWGPヘビー級王座挑戦権利証争奪戦で石井を退けた内藤を呼び込んだ。場内の歓声では内藤に分があったが「なぜだか分からないがブーイングされた。誰かオカダを止めてくれという思いを感じるが、強いんだからしょうがない」と、絶対王者の自信をのぞかせた。またEVILについては「EVIL、これがIWGPの戦い、そして勝ち方だ。覚えておけ!超人は倒せても、オレは倒せないんだよ」と話していた。

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内藤哲也、悲願1・4メイン決定!オカダと決戦へ

内藤哲也

<新日本:両国大会>◇9日◇両国国技館◇観衆9234人(満員)


 内藤哲也(35)が、悲願の来年1月4日の東京ドーム大会メイン出場を正式に決めた。セミで、7月の米国大会、8月のG1と2連敗した石井智宏と、東京ドーム・IWGPヘビー級王座挑戦権利証をかけて対戦。23分56秒に及ぶ壮絶な戦いを制した。

 内藤は、やられてもやられても立ち上がる石井に大苦戦。それでも、変形デスティーノ、成長デスティーノを繰り出し、粘る石井を粉砕した。13年にG1に優勝した際は、東京ドーム大会のメインを中邑-棚橋のIWGPインターコンチネンタル選手権に譲った。しかし、ロスインゴベルナブレス・デ・ハポンで確固たる地位を築き、ついに実力でプロレス入りしてからの夢を実現させた。

 内藤は、メインの試合後、8度目の防衛を果たしたIWGPヘビー級王者オカダ・カズチカからリングに呼び入れられた。リング上からマイクで「オレは聞きたい。EVILを倒したオカダと、石井を倒したオレが、2018年1月4日の東京ドームのメインイベントで、IWGPヘビー級王者オカダ対内藤でよろしいでしょうか?」と呼びかけると、大歓声に迎えられた。

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棚橋弘至vs飯伏幸太ベルトかけ次期シリーズ対戦へ

<新日本:両国大会>◇9日◇両国国技館◇観衆9234人(満員)


 IWGPインターコンチネンタル王者棚橋弘至と、飯伏幸太のベルトをかけた戦いが、次期シリーズで実現する可能性が高くなった。

 2人は第6試合のタッグマッチで対戦。8月のG1クライマックス鹿児島大会で、飯伏が棚橋にシングル初勝利し、そのときの決め技を「カミゴエ」と命名したことで、新たな因縁が生まれていた。2人は、スタートでいきなりリング上で火花を散らした。飯伏がキック3連発をお見舞いすれば、棚橋はハイキックを受け止めてからのドラゴンスクリューで応戦。一歩も引かない戦いで会場を沸かせた。試合は、飯伏組のジュース・ロビンソンが棚橋の相棒、真壁刀義から3カウントを奪い勝利した。

 試合後、棚橋は「オレとしては、早く棚橋-飯伏を組んでほしい。やるからには、しっかり前哨戦を戦い抜いて、棚橋がなぜ棚橋であるかをたたき込んで、その上で飯伏の覚悟を見ます」と話した。一方の飯伏は「まだまだたくさん絡みたいと思います。次期シリーズは全部出て、最後に勝ってやりたいと思います。棚橋さんが持っているベルトは、昔中邑(真輔)さんが持っていたベルトでもあるので、是非ベルトを取りたいと思います」と、ベルト奪取への意欲を見せた。

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オスプレイ「最高」英国人初IWGPジュニア王者

<新日本:両国大会>◇9日◇両国国技館◇観衆9234人(満員)


 IWGPジュニアヘビー級選手権は、挑戦者のウィル・オスプレイが王者KUSHIDAを破り、新王者となった。

 オスプレイは英国人として史上初のIWGジュニアヘビー級王者になった。過去4戦して全敗と分の悪いKUSHIDAに、試合前半はワザを返される場面も見られた。しかし、オスプレイは粘り強くKUSHIDAに食らいつき、最後は相手のすきをついてオスカッターを決め、勝利を奪った。

 試合後は、同じ英国人のマーティー・スカルからさっそく挑戦を要求された。オスプレイは「言葉がない。ゆっくり勝利をかみしめたい。史上初めて英国生まれのチャンピオンになった。KUSHIDAには4回戦って4回負けていた。5回目に勝てて、5という数字はボクのラッキーナンバーになった。泣きそうな気分。人生最高の時だ。KUSHIDAが自分を押し上げてくれた」と感激たっぷりに話していた。

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新間寿氏が12・7後楽園大会をプロデュース


 初代タイガーマスクの佐山サトルが主宰するリアルジャパンプロレスが3日、都内で会見し、12月7日の後楽園大会を、新間寿氏(82)プロデュースで開催すると発表した。

 新間氏は、新日本時代にアントニオ猪木対ムハマド・アリの異種格闘技戦を実現させるなど「過激な仕掛け人」としてプロレス界では有名。「昭和の新日本プロレスの道場のような、原点回帰のプロレスをお見せしたい」と新間氏。佐山は「リアルジャパンは12月7日から改革を行います。従来の興行スタイルとはまるで違うものをお見せする」と話した。「大鵬三世」納谷幸男(23)のデビュー第2戦で、新間氏がどんな対戦相手を用意するか楽しみだ。

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鈴木みのる英国RPW参戦、写真入りポスターも公開

鈴木みのる(14年8月8日撮影)


 新日本プロレスのNEVER無差別級王者鈴木みのる(49)が11月の英国プロレス団体RPWと新日本の合同大会に参戦すると16日、RPWが発表した。

 3年連続の両団体合同大会は、11月9、10日の2日間、ロンドンで「グローバル・ウォーズUK」と銘打って開催される。RPWは鈴木のにらみをきかせた写真入りポスターも公開し、第1弾として鈴木の参戦を発表した。(デーブ・レイブル通信員)

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