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新日の真壁がユーチューブ開設 初回でビビる姿披露

真壁刀義(13年7月撮影)

新日本プロレスの真壁刀義(47)が6日、自身のYoutubeチャンネル「スイーツ真壁チャンネル」を開設した。

初回の投稿では「箱の中身は何だろな?」に挑戦。ビビりまくる姿を披露している。

真壁は「おぅ!!新日本プロレス・真壁刀義だ!!まさか俺様がYoutubeチャンネルを開設するとは思ってもいなかった! 俺様のYoutubeでは、俺様そのものを伝え、見てくれる人たちに勇気と笑いを届けていきたいと思う!絶対チェックしろよ!!」とコメントした。

「スイーツ真壁チャンネル」(https://www.youtube.com/c/sweetsmakabe)

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プロレスマスク職人が作った「究極のマスク」とは

プロレスマスク職人の神谷淳氏

プロレスマスク職人が「究極マスク」を製作、発売する。新日本プロレスのユニット「ロス・インゴベルナブレス・デ・ハポン」のBUSHIのマスクや内藤哲也のオーバーマスクなどを手掛けるマスク職人、神谷淳氏(49=PUKUPUKU工房代表)が手がけたマスク「HAMAMATSU MASK」が6月1日から発売される。

同氏が静岡・浜松市生まれであることに由来し「HAMAMATSU」と命名。「プロレスマスクのフィット感、レスラーコスチュームでの製作技法といった、すべてのノウハウを余すことなく取り入れました」というこだわりマスクだ。

自信を込めて「究極マスク」と表現する。プロレスマスクから型紙を流用し、レスラーのコスチュームで使用する縦横伸縮する生地で製作。「通常マスクの頬部分の開きがなく、顔のフィット感を意識しました。アクティブな場面での使用時のズレがありません」と説明する。花粉症の同氏が常にマスクで悩んできた両耳の裏のゴムによる痛みや不快感も、ひもに2種類の伸縮性の違う素材の組み合わせと長さ調整を加えて軽減している。

本体は2枚仕立てなので、生地と生地の間に、ティッシュや紙ナプキン不織布など身近な素材を挟むことで飛沫(ひまつ)防止も可能だ。ひんやり素材で、息苦しくなく、長時間使用可能と強調。これからの暑い夏にも対応できそうだ。何度も試作とテストを繰り返し、プロデュースした自信作で、神谷氏は「着け心地抜群、とにかく頑丈です。ぜひお試しください」と口にした。なおマスク1枚につき100円を浜松市に寄付する予定。

またプロレス職人らしい遊び心も。マスクには会社のロゴマークや、チーム名などプリントも可能(別料金)だという。料金は単色が1800円(税別)でカラーも全10色(黒、紺、グレー、白、水色、青、ピンク、赤、カーキ、ベージュ)。1950円(税別)のプリント柄も5種類ある。 詳しい販売方法はPUKUPUKU工房の公式サイト(https://shop.pukupuku.net/)まで。

6月1日から発売されるプロレスマスク職人による究極マスク「HAMAMATSU MASK」

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復帰意欲のタイソン氏、プロレスでも因縁相手と乱闘

ボクシング元ヘビー級王者マイク・タイソン氏(左)とクリス・ジェリコの挑発合戦を伝えた米プロレス団体AEWの公式ツイッター

ボクシング本格練習再開で話題の元世界ヘビー級王者マイク・タイソン氏(53)が、元新日本プロレスのケニー・オメガ、Codyらが所属する新団体オール・エリート・レスリング(AEW)マットに「進出」している。27日(日本時間28日)に中継されたAEW大会では、リング上で新日本プロレスにも参戦するクリス・ジェリコと挑発合戦を展開した。

10年1月、WWEマットでタイソン氏はジェリコとタッグを組んで試合出場。しかしジェリコを右拳で殴る裏切り行為で失神させていた。10年後、AEWマットで再会した形だ。ジェリコから「今、ここで謝罪しろ。オレのキバがオマエのノドをかききる前に謝罪した方が身のためだ」と要求されると、タイソン氏は怒りの表情で着用していたTシャツを破り捨て鍛え上げた上半身を誇示。両者の小突き合いから大勢のレスラーによる大乱闘となった。

WWEで2度リングに上がった経験のあるタイソン氏は23日にフロリダ州ジャクソンビルで開催されたAEWのPPV大会に登場。TNT王座決定トーナメント決勝戦の立会人を務め、新王者となったCodyにベルトを授与していた。

タイソン氏はチャリティー事業としてエキシビション戦でリング復帰する意欲を示し、SNSなどを通じて練習動画を何度も投稿。05年6月、ケビン・マクブライド戦で棄権による6回終了TKO負けを喫して引退して以来のリング復帰に意欲をみせていたが、英メディアによると、対戦相手の交渉が進んでいないようだ。

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木村花さん「恋愛大っぴらに」業界改革へテラハ出演

木村花さん

<こんな人>

23日に22歳で急死した女子プロレス団体スターダムの木村花さんは、将来を嘱望された選手だった。華やかな見た目とギャップのある荒々しいファイトが多くのファンを魅了した。そして、新しい女子プロレスラーのあり方を探っていた人でもあった。

  ◇    ◇    ◇

木村花さんには華があった。明るい性格で礼儀正しく、多くの人に愛された。木村さんの死去を受け、新日本プロレスの“100年に一人の逸材”棚橋弘至(43)は23日、ツイッターでこう記した。「スター性があって、人を惹きつける。間違いなく女子プロレス界の未来を背負う選手でした」。世界中の選手やファンが追悼のメッセージを発表した。これからスターの座に駆け上がるはずの人だった。

木村さんを初めて取材したのは、W-1からスターダムに移籍した19年春。ピンクの髪に大きな目。派手な衣装と堂々としたふるまい。リングに立つだけで絵になる選手だと思った。同4月にはリーダーとして、ユニット「TOKYO CYBER SQUAD(トーキョーサイバースクワッド)」を結成。光るガスマスク、蛍光色のファーなどを身にまとう、おしゃれなヒールキャラがすぐに定着した。

デビューからまだ数年。特別技術が高いわけでも、運動神経が優れているわけでもない。その代わり、1つ1つの技に力強さがあり、感情むき出しで戦う姿が魅力だった。印象に残るのは、昨年12月24日後楽園大会でのジュリア戦。インドネシア人の父を持つ木村さんは、イタリア人の父を持つジュリアが11月に入団して以来“ハーフ抗争”を繰り広げていた。迎えた初対戦。ゴングと同時にエルボーの打ち合いとなり、ゴンッと音が鳴るほどの頭突き合戦に発展。結局、時間切れ引き分けとなったが、2人の荒々しい戦いに会場は沸いた。ライバル物語は今年も続くはずだった。

木村さんは新しい風景を思い描いていた。かつて日本には女子プロレスブームがあったが、90年代後半以降は人気が下がり、今は主に年配の男性ファンに支えられている。だが、昨年からスターダムは特に新規女性ファン獲得に乗り出した。団体関係者によれば、木村さんは団体の中でも1番女性ファンが多かったという。会場で木村さんのコスプレをした少女もいた。同11月28日、都内で行われた会見で木村さんは女性ファンについてこう話していた。

「元々こういう見た目なので、日本人男性受けしないというのは重々承知していて…。メークはドラァグクイーンの方を参考にして、男性受けを一切無視したビジュアルを普段からしている。でも、それによって、女性から『かわいい』っていう声を頂いたり、メークをまねしてもらったり、『髪の毛がピンクだから見に来ました』って子もいたりする。女性目線で物事を考えているので、女性ファンの方を増やしやすいのかなと思います」。5月6日に開催予定だった初の女性ファン限定興行が決定した時、木村さんは「夢がかなった」と大変喜んでいた。

「テラスハウス」出演は認知度アップだけでなく、業界の旧体質を変える狙いもあった。「この職業をしていると、恋愛は大っぴらに出来ないとか、日本ではまだまだあると思う。私が出ることによって、男性ファンの前でも女性ファンの前でもオープンに恋愛をしていけたら」とありのままの姿を見せようとしていた。偏見にとらわれず、自由な考えを持つ木村花という選手は、新しい女子プロレスの象徴にふさわしかった。【高場泉穂】

◆木村花(きむら・はな)1997年(平9)9月3日、横浜市生まれ。母は元プロレスラー木村響子で父はインドネシア人。15年に武藤敬司主宰団体「WRESTLE-1」のプロレス学校に1期生として入学。16年3月に才木玲佳戦でデビュー。フリー、ACE、W-1を経て、19年3月にスターダム入団。ユニット「TOKYO CYBER SQUAD」を率い、活躍していた。164センチ、58キロ。得意技タイガーリリー、ハイドレンジア。

20年1月13日、会見で話す木村花さん(左)。5月6日の女性限定興行が決まり、「女性ファンだけの前でやってみたいという夢がかなった。女性の方が目が厳しい。そこをクリアして、盛り上げることができれば価値がある」と語っていた

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急逝木村花さん、感情激しい一面も…テラハでは中傷

木村花さん

女子プロレス団体スターダムの看板選手、木村花さんが23日、死去した。同日、団体の公式ツイッターなどで発表された。22歳だった。死因は明かされていない。トップ選手として活躍しながら、フジテレビで放送中の番組「テラスハウス」にも出演し、人気を博していた。

   ◇   ◇   ◇

女子プロレス界の星が22歳の若さでこの世を去った。木村さんは23日未明、自身のSNSに赤裸々な思いを投稿。ツイッターでは「毎日100件近く率直な意見。傷ついたのは否定できなかったから(中略)お母さん産んでくれてありがとう。愛されたかった人生でした。側で支えてくれたみんなありがとう。大好きです。弱い私でごめんなさい」とつづり、インスタグラムでは「愛している、楽しく長生きしてね。ごめんね。」と猫と一緒の写真を投稿していた。

同日午後、スターダムが木村さんの死去を発表。死因は明らかにしておらず「いまだ把握できていない部分もあり、引き続き関係者の調査に協力してまいります」とした。関係者によると、事件性はないといい、同日未明に病院で死亡が確認された。

木村さんは、女子プロレスラー木村響子とインドネシア人男性の間に生まれ、15年にプロデビュー。19年にスターダムに所属し、その華やかなルックスと激しいファイトで男女問わず人気を集めていた。19年9月からネットフリックスで配信され、フジテレビでも放送中の人気恋愛リアリティー番組「テラスハウス」に出演。女子プロレスと自身の認知度を高めたが、番組内の言動に関して、SNSで誹謗(ひぼう)中傷を受けていた。

プロレス関係者によれば、木村さんは感情の起伏が激しい一面があったという。一方、プロレスへの取り組みは真面目でストイック。スター性もあり、さらなる活躍を期待されていた。昨年10月のスターダム新体制会見の席では「今まで見たことのない人にも女子プロレスを見てほしい」と夢を語り、1月4日の新日本プロレス東京ドーム大会に初参戦した際は「本当に夢のような時間だった」と喜んでいた。3月24日後楽園大会での岩谷麻優戦が最後の試合となった。

同団体のロッシー小川エグゼクティブプロデューサー(63)は自身のツイッターで「花は勝ち気そうで実はナイーブな女の子でした」と記した。また、日刊スポーツの取材には「いまプロレスができない状況だったのも無念。花はもっともっと試合がしたかったと思う。まだまだ、これから活躍する選手だった」と話し、早すぎる死を悼んだ。

◆「テラスハウス」 縁のない男女6人が共同生活するシェアハウスの様子を四六時中、カメラで追うリアリティー・ショーとして、12年9月12日から14年9月29日までフジテレビ系で放送。放送終了後の翌15年2月には劇場版「TERRACE HOUSE CLOSING DOOR」が公開。同年9月に「-BOYS&GIRLS IN THE CITY」をNetflixで世界各国に配信して以降、ネットフリックスとフジテレビの配信サービスFOD(フジテレビオンデマンド)で配信後、地上波で放送してきた。

◆木村花(きむら・はな)1997年(平9)9月3日、横浜市生まれ。母は元プロレスラー木村響子で父はインドネシア人。15年に武藤敬司主宰団体「WRESTLE-1」のプロレス学校に1期生として入学。16年3月に才木玲佳戦でデビュー。フリー、ACE、W-1を経て、19年3月にスターダム入団。ユニット「TOKYO CYBER SQUAD」を率い、活躍していた。164センチ、58キロ。得意技タイガーリリー、ハイドレンジア。

◆スターダム 11年1月に旗揚げの女子プロレス団体。19年から新日本プロレスと同じブシロード傘下となる。原田克彦社長。現WWEの紫雷イオ、カイリ・セイン(宝城カイリ)ら多くのトップ女子プロレスラーを輩出している

23日未明に木村さんがアップしたインスタグラム

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永田、中西、天山…木村花さん死去にプロレス界衝撃

木村花さん

女子プロレス団体スターダムの木村花さん(享年22)の死去を受け、プロレス界にも大きな衝撃が走った。スターダムと親会社(ブシロード)が同じ新日本プロレスの永田裕志は自身のツイッターで「明るくて礼儀正しい選手でした。本当に残念です。ご冥福をお祈りいたします」と投稿。中西学も「言葉にならない、信じられない。まだ22歳やぞ、ご冥福を心よりお祈り致します」と書き込み、天山広吉も「本当に残念です。まだこれからという時に……心よりご冥福をお祈り致します」と、それぞれツイッターにつづるなど、ショックを受けていた。

スターダムで活躍し、現在は米プロレス団体WWEに所属する紫雷イオは「やりきれない気持ちです。美しく才能あふれていたあの子の、輝かしい未来が消えてしまった。22歳、これからもっと輝くべき人でした。その選択だけはして欲しくなかったと思うけど、そうせざるを得ないほどに辛かったのだと思うと心が痛みます」「今となっては、彼女が苦しむ理由も相談も、誰もきいてあげられない。自分を愛してくれてる人のために生きてほしかった。せめて今度こそ、彼女を愛してくれる人の想いが届いてほしい。どうか、どうか安らかに」と連続でツイッターに投稿していた。

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スターダム星輝ありさ引退「脳の調子良くない状態」

スターダム9周年記念日大会 林下を破り9度目の防衛に成功した星輝ありさ(2020年1月19日撮影)

女子プロレス団体スターダムは20日、星輝ありさ(24)が首、頭部負傷のため引退すると発表した。

星輝が保持していたワンダー・オブ・スターダム王座は返上される。

星輝はスターダム1期生として11年にデビュー。打撃を武器に活躍するが、12年に引退。だが、18年11月に復帰し、団体のトップに君臨。今年1月4日には、団体を代表して新日本プロレス東京ドーム大会のダークマッチにも出場した。星輝は首の負傷のため、3月8日の後楽園大会を欠場していた。

星輝は団体を通じ、以下のコメントを発表した。

「スターダムファンの皆様、プロレスファンの皆様、お久しぶりです。そしていつもありがとうございます。星輝ありさです。一度『待っていてね』と言ってからやっと公表できることになりました。3月8日の後楽園大会から首と脳の不調で欠場しておりましたが、医師や原田さん(ブシロードファイト原田克彦社長)、小川さん(ロッシー小川エグゼクティブ・プロデューサー)との話し合いの結果、引退することとなりました。

不調が出たのは1年前からでしたが、プロレスをやることが楽しかったのと好きな気持ちが勝っていたのでなんとか続けることができていました。ですが、今年に入ってから体調が悪化してこれまでの試合でいろいろ蓄積していたこともあり、精神的にも肉体的にもバランスがとれなくなってしまいプロレスはもちろん、運動すら続けられる状態ではなくなってしまいました。

現在、首は良くなりましたが、脳の調子は変わらず良くない状態です。そして、私がこのような状態になってから早くベルトを返上したかったのですが、新型コロナウイルスなどの影響でタイミングが合わなくて返上できないままで、モヤモヤした方も多かったと思います。私もでした。

夏(すみれ)選手主催興行から始まった(刀羅)ナツコ選手との決着、東京ドームから始まったジュリア選手との決着、そして大切で大好きなツンデレな相方・(中野)たむちゃんとの約束。白いベルト(ワンダー・オブ・スターダム王座)をかけてこの3人とは特に闘いたかったのですが、私の身体のせいで果たせず、この3人、楽しみに待ってくれていたファンの皆様、ごめんなさい。最後はリング上でファンの皆様にお伝えしたかったのですが、引退と同時に返上する形になってしまいました。

スターダムの大会ができない中での発表となってしまい本当にごめんなさい。今後は、身体やメンタルの様子を見つつ、この状態の私でも続けることができるお仕事をやっていきます。皆様、短い時間でしたが応援してくださり本当に本当にありがとうございました」

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聖地アレナメヒコに近い美しい宮殿/内藤哲也の1枚

18年8月、プロレスの聖地「アレナメヒコ」での記念写真

<見た!撮った!映える!アスリート百景>

新型コロナウイルス感染拡大で外出自粛の「ステイホーム」が続いている。アスリートも同じだが、世界を舞台に戦ってきた、たくましい選手たちのスマートフォンなどには「これ!」というオススメの風景がある。“映え”る絶景や思い出の街、風景など、思い入れある1枚を随時連載で紹介する。

   ◇   ◇   ◇

【メキシコシティー】

新日本プロレスIWGPヘビー、インターコンチネンタル2冠王者内藤哲也(37)は15年5月にメキシコシティーで撮った写真を選んだ。

3枚は街の中心部にある名所のベジャス・アルテス宮殿。メキシコのプロレス、ルチャリブレの聖地アレナメヒコにも近いこの美しい宮殿は今でも「メキシコで一番好きな景色」だという。5年前、当時まださほど存在感を示せていなかった内藤は、4年ぶりにメキシコの地を踏み、毎日のようにこの宮殿を見ながら自分の人生を考えていたという。

「『ここで変わらなきゃ、このままトップに立てずに終わっていくんだろうな』と思いながらメキシコに行ったんです。試合は充実してて毎日楽しかった。でも、この後、日本に帰って勝負しなくちゃいけない。現実をみれば、かなり切羽詰まっている。そんな不安な状態だった俺にとって、この宮殿は、現実逃避できる唯一の癒やしスポットだった。それとともに『失敗することはできない、絶対成功しないといけない』と、より気持ちを強めてくれるものでもありました」

この写真を撮った後、自身のデビュー記念日でもある5月27日に内藤はスペイン語で“制御不能なやつら”を意味するユニット「ロス・インゴベルナブレス」に加入。そこで、自由で、ふてぶてしい言動をする新しいスタイルを見つけた。その後、日本でも「ロス・インゴベルナブレス・デ・ハポン」を結成し、大ブレーク。メキシコは内藤にとって大きな意味を持つ場所となった。

「僕の中の、間違いなくターニングポイント。メキシコがなければ、今の自分はなかったし、メキシコという国にもメキシコの人々にも、感謝してもしきれないぐらいの気持ちがある。最近も年に1回ぐらいは行っていて、最後に行ったのは19年3月。また、落ち着いたら行きたいなぁ…。メキシコといったら、やっぱりタコス。きれいなレストランみたいな専門店もあるけど、ポピュラーなのは路上に出ている露天のタコス屋さん。日本ほど衛生的で、きれいではないお店なんですけど、そういう路上のタコスを食べてこそ『メキシコだな~』という雰囲気を味わえる。気に入っている店もいくつかあるので、そこに行きたいですね」

もうすぐ、全てが変わり始めた“5・27”、あの日から、5周年。「自分の人生37年間のほとんどが、ロスインゴの時間だったような。それぐらい濃かった」。今年1月5日の東京ドーム2連戦では、オカダと2冠をかけて戦い勝利。キャリアの中で、最高の1年のスタートを切り、さらに上昇するつもりだったが…。

「『2020年は内藤の、ロスインゴの1年だった』と誰もが思う1年にしてやろう、そうできるとドームを終えた時に思ったんですけどね…。思い描いていたものとは違ってきちゃってるけど、この悔しさを、再開された時に一気に出します。やっぱり内藤の年だったよね、とさせてみせますよ」

◆内藤哲也(ないとう・てつや)1982年(昭57)6月22日、東京都足立区生まれ。06年5月デビュー。13年8月G1クライマックスで初優勝。メキシコ遠征から戻った15年に「ロス・インゴベルナブレス・デ・ハポン」を結成し、大ブレーク。16年4月にIWGPヘビー級王座初戴冠。現IWGPインターコンチネンタル王者。得意技はデスティーノ。180センチ、102キロ。

15年5月に撮影したメキシコシティーのベジャス・アルテス宮殿
15年5月ごろ、メキシコシティーのラテンアメリカンタワーの上から撮影したベジャス・アルテス宮殿
15年5月ごろ撮影。夜のメキシコシティーに輝くベジャス・アルテス宮殿

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蝶野デビュー35周年 長州「もう辞めてたの?」

蝶野プロレスデビュー35周年を記念して行われた新型コロナウイルス啓発トークショーでトークを繰り広げた蝶野正洋と長州力

蝶野正洋(56)のプロレスデビュー35周年を記念した新型コロナウイルス啓発トークショーが10日、都内で行われ、蝶野と新日本プロレス時代の先輩、長州力(68)が面白トークを繰り広げた。

蝶野は、感染予防や地域防災、AED救急救命フォーラムを行った後、第2部で長州と、第3部ではカジサックとトークショウーを行った。その間に取材に応じたが、35周年と聞いて長州が「もう辞めてたの?」と切り出すと「分からないように引退してます」(笑い)と回答。すると長州は「最後はきっちりやった方がいいよ」とアドバイスを送った。

新型コロナウイルス感染拡大で、緊急事態宣言が続く中、お互いの過ごし方を聞かれると、長州は「オレ、近所のコンビニに行くくらい。(新日本の)道場に夜遅い時間に行って体を動かすぐらい」と話した。また「孫も来れないけど、家に夏に遊べるようにプールを買ったんだ。夏にプールができればいいな」と、笑顔で話していた。また、コロナ禍が収束したら、どこへ行きたいかを問われ長州は「どこか暑い島に行きたいな。奄美大島かな」。蝶野は「海外旅行に行きたい。米国とかドイツとか。でも、いつ行けるようになるか分からない」と話した。トークショーの模様は、後日ユーチューブの「蝶野チャンネル」にて配信される。

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オカダ・カズチカ500万寄付「医療従事者を応援」

オカダ・カズチカ

新日本プロレスは8日、オカダ・カズチカ(32)が新型コロナウイルス災害対策支援金として日本財団の災害復興特別基金に500万円を寄付したと発表した。

この基金は主に医療従事者の活動資金に活用されるもの。オカダは過去にも、がんで闘病中のこどもたちをサポートする「レインメーカー基金」を立ち上げるなど社会問題解決に取り組んできた。

オカダは「いつもご声援いただきありがとうございます。また超満員のお客さんの中で、たくさんの声援の中で試合ができる日が1日でも早く戻ってくれることを願っています。いつもは応援される側ですが、今は医療従事者の方々が戦ってくれていることを応援したいと思っております。不要不急の外出は自粛するなど一人一人の意識を高めこの状況を一緒に乗り越えましょう」とコメントした。

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新日・高橋ヒロ「ムー」愛読オカルト雑誌と夢コラボ

高橋ヒロム(2020年3月4日撮影)

新日本プロレスのIWGPジュニアヘビー級王者高橋ヒロム(30)が、唯一無二のオカルト雑誌「月刊ムー」とのコラボレーションプロジェクト「ヒロムー」をスタートさせる。

「月刊ムー」は「世界の謎と不思議に挑戦する」をモットーに79年に創刊され、昨年40周年を迎えたスーパー・ミステリー・マガジンで、大のオカルト好きのヒロムは愛読者。昨年末、「ムー」の取材で「イッテンヨンでベルトを取ったら、ムー編集部とコラボして本物の超人レスラーになりたいです」とコメントし、その宣言通り、1月4日の東京ドーム大会ではIWGPジュニアヘビー級王座を奪還。夢のコラボレーションが実現することとなった。

ヒロムは、昨年12月の本紙インタビューでもオカルトトークを展開。首のけがで長期欠場していた際に“アカシックレコード”なるものへのアクセルを試みていたと明かしていた。

「すべての出来事は生まれた時から決まっている。その1人1人の運命が記されている巨大な図書館みたいなものが脳に存在しているんですよ。それがアカシックレコード。幽体離脱した上で見た人もいれば、脳の中で見たという人もいる。インターネットでやり方を検索しながら、めちゃくちゃ試したけど、のぞけなかった。ずっと頑張ってたけど、そう簡単にはアクセスできない。見れたら面白くないですか。そういうもの自体があることを信じてくれてますか?」と熱く語っていた。

今回のプロジェクトでは、つちのこぬいぐるみなどのコラボグッズを展開するほか、ムーの紙面や公式ウェブ上でも特別企画を展開する予定だ。

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新日本の米MSG大会、21年に延期と発表

新日本プロレスは7日、新型コロナウイルス感染拡大の状況をふまえ、8月22日に予定していた米ニューヨーク、マディソン・スクエア・ガーデン大会を21年に延期すると発表した。

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新日本「ベスト・オブ・ザ・スーパージュニア」中止

新日本プロレスは6日、新型コロナウイルス感染拡大の状況をふまえ、5月12日から6月6日の「ベスト・オブ・ザ・スーパージュニア」シリーズ全19大会の中止を発表した。

同シリーズは毎年恒例のジュニアヘビー級の祭典で今回が27度目となる予定だった。

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内藤哲也、小声で「デ・ハ・ポン!」大合唱は再開後

4日夜に配信された新日本プロレスの「テレプロレスリング」。16年5月のIWGPヘビー級選手権内藤石井戦をテレワークで生解説する内藤哲也(右下)。右上はテレビ朝日野上慎平アナ、右中央はミラノコレクションA.T.

新日本プロレスのIWGPヘビー級、同インターコンチネンタル王座の2冠王者内藤哲也(37)が4日、珍しいメガネ姿で「テレプロレスリング」に出演し、コロナ収束後の大合唱を約束した。

テレプロは、新型コロナウイルス感染拡大の影響で3月から興行を中止している新日本の新しい配信サービスで、過去の名試合を出場選手、実況、解説者がテレビ会議システムを通じて語り合う内容。この日はゴールデンウイーク恒例の福岡興行「レスリングどんたく」で過去に行われた5試合が放送され、最後に内藤が登場。テレビ朝日の野上慎平アナ、解説でおなじみミラノコレクションA・T・とともに16年5月3日のIWGPヘビー級選手権対石井智宏戦をふり返った。

内藤は終始のらりくらりと野上アナ、ミラノを挑発し、肝心の試合については終盤に少し触れたのみ。それでも、最後は真面目に画面の向こうのファンに向けてメッセージを送った。「きょう緊急事態宣言の延長が決まり、まだまだ我慢する日々が続きますが、いまできることを1人1人が実行すること。きついですけど、それしかないと思うので。苦しい状況は続きますがみんなで一緒にこの苦難を乗り越えましょう。そしてプロレスが再開された時、また会場で笑顔でお会いしましょう」と前向きに言葉を連ねた。

最後におなじみの「デ・ハ・ポン」の大合唱を求められた内藤は、「視聴者のみなさまはご自宅で見られている。会場では大合唱ではいいですけど、自宅だと近所迷惑になっちゃいますから、きょうは小合唱でどうですか」と提案。「大合唱はプロレスが再開された時、会場でやりましょうよ」と話し、控えめのトーンの「デ・ハ・ポン!」で締めた。

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棚橋弘至「全然違うレスラーになってた」中邑に感謝

新日本プロレスの企画「テレプロレスリング」。11年5月の棚橋中邑戦をテレワークで生解説する棚橋弘至(右下)。右上はテレビ朝日大西洋平アナ、右中央は元井美貴キャスター

新日本プロレスは3日、過去の試合を選手とともに観戦する「テレプロレスリング」を、配信サービス新日本プロレスワールドで放送した。

放送されたのは、ゴールデンウイーク恒例の福岡興行「レスリングどんたく」で過去に行われた5試合。各試合ごとに選手、実況アナらがテレビ会議システムを使って試合について語り合った。最後は棚橋弘至(43)が登場。テレビ朝日大西洋平アナ、元井美貴プロレスキャスターともに11年5月3日のIWGPヘビー級選手権対中邑真輔戦を振り返った。

棚橋は試合を見ながら、「中邑がいなかったら全然違うレスラーになっていたと思う」とライバル関係だった後輩中邑にあらためて感謝。中邑は16年から世界最大のプロレス団体WWEで活躍中だが、「またいつか戦える日が来たらいいなと思う」と再戦を熱望した。また、「大活躍している中邑の姿を見ると、負けてられないと思うと同時に、こんなすごい選手とずっと試合してたんだと誇らしい気持ち」と思いを語った。

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ゼロワンが「お助け隊」に 無償で送迎、買い物支援

タッグを組んだゼロワンの大谷晋二郎(左)と「レッツレンタカー」の下瀬駿社長(プロレスリングゼロワン提供)

“プロレスラーお助け隊”の出動だ。決して裕福ではない経営状態でありながら、常にチャリティー活動に力を入れてきたプロレスリング・ゼロワンがコロナ禍の中、再び立ち上がった。大田区のレンタカー会社「レッツレンタカー羽田空港店」とタッグを結成。外出制限で困っている老人、体の不自由な方らを対象に、5月7日から無償の送迎、買い物サービスをスタートさせる。

   ◇   ◇   ◇

“プロレス界で最も熱い男”こと大谷晋二郎(47)率いるゼロワンが、人助けのために立ち上がった。ゼロワンはこれまでも、いじめに悩んでいる人や被災者を助ける活動を続けてきたが、ウイルス感染のリスクがある今回は下手に動けない。そこで考えたのが、車を使った「お助け隊」活動だ。

大谷 テレビで、病院へ行きたいけど『往復のタクシー代がかりすぎて無理』と言っている方や、『宅配のお金がかかりすぎて頼めない』と言っている方の姿を目にして、「コレだ!」と思いました。すぐみんなに、相談して動き始めました。

コロナショックで使用車に余裕が出た「レッツレンタカー羽田空港店」とタッグを結成。選手が体温測定、マスク着用など感染防止に努めた上で運転手となり、高齢者や体の悪い方を対象に無償で送迎、買い物の手伝いサービスを行うこととなった。

依頼を受けた「レッツ-」の下瀬駿社長は「お話をいただき、大谷選手とお会いするまではプロレスラーは怖い、というイメージでした。でもお会いしたら優しい笑顔で礼儀正しくて。『困った人のためになりたいんです!』の言葉に胸打たれました」。大谷の姿に心動かされ、協力を決めた。

ゼロワン自体も興行再開の目処が立たず、苦しい状況にある。それでも大谷らがチャリティー活動に励むのは、それがプロレス、プロレスラーの強さと魅力を伝えることにつながると信じているからだ。大谷は「僕の思うプロレスラー像は、強くて優しい。今は試合ができず、選手も力がみなぎっている。どんな重たいものでもドンと来い!です」と自らを奮い立たせた。

お助けの対象は、病院への足がない、高齢でテイクアウトを取りに行けないなど困っている方。出張範囲は都内の中央、港、品川、目黒、世田谷、大田の6区内と川崎市の川崎、幸、中原、宮前、高津の5区内。利用希望の方は、前日までにプロレスリング・ゼロワン 044-201-9750まで電話を。【高場泉穂】

◆大谷晋二郎(おおたに・しんじろう)1972年(昭47)7月21日、山口県山口市生まれ。92年に新日本プロレスに入団し、同年6月にデビュー。ジュニア戦線で活躍する。01年、橋本真也が創設した団体「ZERO-ONE」に移籍。05年から団体代表。主なタイトルはIWGPジュニアヘビー級王座、ゼロワン世界ヘビー級王座など。得意技は顔面ウォッシュ。181センチ、95キロ。選ばれし者だけが読める「プロレスの教科書」を持っており、時折リング上で教科書の言葉を披露する。

◆プロレスリング・ゼロワン 01年、新日本を退団した故橋本真也さんが「ZERO-ONE」を創設。04年に橋本さんが活動休止を発表し団体を去るが、大谷らが「ZERO1-MAX」として再出発。09年に現団体名に改称。21年3月14日に両国国技館で旗揚げ20周年大会を予定している。

<ゼロワンの主なチャリティー活動>

★いじめ撲滅運動 07年ごろからスタート。小、中学校、高校、商店街、ショッピングモールなどで無料興行を行い、いじめ撲滅を訴える。訪問した学校の生徒宅にホームステイすることも。09年、バラエティー番組「アメトーク」のゴールデン特番でこの活動が取り上げられ、依頼が増えた。

★被災地支援 11年3月の東日本大震災時は、すぐに水、生理用品など4トン分の救援物資を集め、車で直接福島・郡山市内の避難所へと届けた。同5月には宮城・亘理町で震災後初となるプロレス興行を無料で実施。試合と炊き出しを行った。16年4月の熊本地震時は、ちょうど熊本巡業中で市内で被災。翌日から、がれき撤去など力仕事のボランティアを行った。以来毎年熊本でチャリティープロレスを実施している。

レンタカーで試運転し、気合を入れる大谷晋二郎(プロレスリングゼロワン提供)

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棚橋と内藤が名勝負語る、新日本が新規動画を配信

棚橋弘至(左)と内藤哲也

新日本プロレスは1日、毎年恒例の福岡興行「レスリングどんたく」予定日だった3、4日に、新規コンテンツ「TelePro-Wrestling(テレプロレスリング)」を配信すると発表した。

選手が生出演し、過去の名勝負の試合を見ながら語るという内容。3日は棚橋弘至(43)、4日はIWGPヘビー級、同インターコンチネンタル王座2冠王者の内藤哲也(37)が出演し、両日とも午後7時から動画サービス「新日本プロレスワールド」で放送する。他の出演者、試合内容は当日発表される。

新日本は、この新企画の狙いについて、「『喜怒哀楽の共有』をテーマに激闘の数々を実況者、解説者、さらに選手も交えて「同時視聴」して、興奮や感動をツイッターでつぶやき合ったり、家族や友人、ファン同士リモートシステムをつなげて楽しむ時間を共有できる機会なってくれたらと考えています。色あせることのない名勝負や語り継がれる伝説の闘いなど、目の前で繰り広げられる試合に興奮しながら、試合に出場した選手による場面場面での駆け引きや心理状況、裏話など交えながら見るプロレスは、一味違う面白さを感じて頂けると思います」と説明した。

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仙台女子プロレス金子夏穂、ホテル辞めリングで夢を

必死の形相で立ち向かう金子(撮影・山田愛斗)

職場は、ホテルからリングへ-。センダイガールズプロレスリング(仙女)の金子夏穂(23)は、約1年半勤めていた名古屋のホテルを退職し、昨年4月に仙女の門をたたいた。しかしプロテストには3度の不合格を味わう。1年近く努力を重ね、ようやく先月8日に合格し同28日にデビューを果たした。

脱サラしてレスラー転身を決意したのは「好きな選手(新日本プロレスの高橋ヒロム)の印象に残る試合があり、仕事中もそれで頭がいっぱいだった。『自分もこれをやりたい』と思いが強くなった」と熱っぽく語る。運動未経験、体調を崩し中2の途中から卒業までは不登校。基礎体力ゼロの素人だが、人生を変えるため必死にもがいていた。

プロテストの壁に心が折れかけたこともある。「2回目までは大丈夫だった。3回目に落ちて自信がなくなり『向いてない。辞めたい』となったが、ここまでやりたいと思えることは今までなく、諦めたら後悔すると感じた」と負けん気は強い。体力と受け身の課題2つの克服に励み、ついに合格をつかんだ。

仙台で行われたデビュー戦には地元名古屋から母が駆けつけ、金子の名前がコールされると、会場には大声援が起こった。「何日も前から睡眠が浅く試合直前もガチガチだった。夢をかなえるためにようやく1歩を踏み出せた」。5分45秒で敗れたが、怖さを乗り越え堂々戦った。

会社員時代に「『仕事がきつい』と思ったときは、追い込まれながらもやり返す選手を思い出し元気をもらっていたので、自分も人の心に残るプロレスラーになりたい」。橋本千紘ら仙女の先輩レスラーのSNS上での合言葉は「がんばれかねこ」。一人前に早く成長し、リング上からエールを送る存在になる。【山田愛斗】

◆金子夏穂(かねこ・なつほ)1996年(平8)8月19日生まれ、愛知県名古屋市出身。昨年4月に仙女に入門し、今年3月28日プロデビュー。自分の世界を表現するのが好きで趣味はイラストを描くこと。160センチ、60キロ。

プロレス界で広がる「♯お家でフルコスチューム」

棚橋弘至(2019年1月4日撮影)

新型コロナウイルス感染拡大で外出自粛が続く中、プロレス界では試合時の衣装に着替える様子をSNSで公開する「♯お家でフルコスチュームに着替えてみた」がブームとなっている。始めたのはDDTプロレスリングの大石真翔(まこと、41)。

今月7日に大石がツイッターで動画をあげると団体を問わず広がりをみせ、17日現在までに新日本プロレスのエース棚橋弘至(43)、マーベラス代表長与千種(55)、みちのくプロレスのザ・グレート・サスケ(50)ら30人以上のレスラー、ものまね芸人らが企画に参加している。

考案者である大石に取材すると、「ミラクルが起きてますね」とブームの広がりに驚いている様子。家でトレーニング動画を撮影しようとした時にふと「コスチュームでも着てみようか」と思いついたのがきっかけだった。

「無観客でも試合が難しい状況で、自分たちレスラーもコスチュームを着る機会がない。ファンの方も見たいかなと思ってやってみました」

すぐに2AW旭志織(42)ら知人レスラーにバトンをつなぎ、それが棚橋のものまねをする棚ボタ弘至を通じて、棚橋にもつながった。「さまざまな団体の方にやっていただきたいとは思っていましたが、まさか棚橋さんにまでいくとは…」とうれしい誤算。棚橋からYOH(31)、SHO(30)にもつながるなど、新日本でも広がりそうな勢いだ。

大石は外国人選手も参加しやすいよう、DDTスタッフと相談し、英語のハッシュタグ「#WearGearChallenge」も用意した。「ぼくの知らない人たちにもぜひやってほしい」とプロレス界だけでなく、他のスポーツ、エンターテインメント界にも広がってほしいと願う。

「今までは写真撮影でコスチュームに着替える時など、めんどくさいなと思うこともありました。でも試合をできない今の状況でコスチュームを着て、やっぱり気持ちがいいし、テンションが上がりました。早く試合のためにコスチュームを着て、ファンの方々に生で見てほしいです」。衣装で気持ちを奮い立たせて、興行再開の時を待つ。【高場泉穂】

大石真翔

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WWE名物リングアナ「ザ・フィンク」死去、69歳

米プロレス団体WWE殿堂入りの名物リングアナウンサー、ハワード・フィンケル氏が16日、死去した。69歳だった。同日にWWEが発表した。

「ザ・フィンク」の愛称で親しまれ、77年にWWEの前身WWWFのマディソンスクエアガーデン大会でリングアナとしてデビュー。02年までメインアナとしてマイクを握っていた。

70~80年代、WWEの前身WWFが提携していた新日本プロレスのアントニオ猪木、藤波辰爾、タイガーマスクらがWWFニューヨーク大会に参戦した際もリングでコールを担当していた。90年代後半にはタキシードマッチに臨むなどリングで戦う活躍もみせていた。

09年にWWE殿堂入りを果たしたフィンケル氏に向け、ハルク・ホーガンは「ハワード・フィンケル氏は良い時も悪い時も『チーム・ホーガン』にいました。私の良き友人よ、安らかに眠ってください。あなたを愛している」と自らのツイッターでつづれば、WWEビンス・マクマホン会長も「WWE初期からのスタッフだったフィンケル氏の死を知って悲しみました。彼の象徴的な声のおかげで、スポーツエンターテインメントの歴史の中での偉大な瞬間は、よりグレートになりました」と追悼していた。

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