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元横綱日馬富士のパネル撤去、4横綱時代消えた…

午前中は4体あった横綱のパネルが、午後には元日馬富士関のものが外され「3横綱」に


 4横綱時代が名実ともに消えた?

 両国国技館の敷地内に設置されていた4横綱の土俵入りや仁王立ちしている写真パネルが2日、暴行問題で引退した元横綱日馬富士関のものが撤去され「3横綱」のみとなった。

 この日午前中は、4横綱で変わりなかった(写真)が、午後になって撤去された(写真)。日本相撲協会関係者の話によれば、尾車事業部長(元大関琴風)ら協会執行部らの判断で外されたという。通常、力士の身分や待遇は、新番付が発表されるまでは直前の場所のままになる。たとえば、仮に九州場所でかど番だった大関が負け越し、初場所は大関陥落が決定的だったとしても、九州巡業などは「大関」の待遇のまま。ただ今回は既に元日馬富士関が引退届を提出し、受理されていることから、妥当な判断といえそう。稀勢の里の横綱昇進で3月の春場所から4横綱時代になったが、文字通り協会の「看板」が外された格好だ。

両国国技館内の敷地に設置された元横綱日馬富士関(左から2人目)ら4横綱のパネル

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日馬富士、処分前に引退決断 退職金は多額もらえる

引退会見で目を潤ませ、唇をかみしめ下を向く日馬富士(撮影・梅根麻紀)


 暴力問題で動向が注目されていた大相撲の横綱日馬富士(33=伊勢ケ浜)が29日、現役を引退した。日本相撲協会に引退届を提出、受理された。同日に福岡・太宰府市内で行われた引退会見が、平幕貴ノ岩(27=貴乃花)への暴力を認めて謝罪した14日以来、半月ぶりの肉声となった。暴力についても先輩として礼儀、礼節を指導する中での行為だったと初めて胸中を明かし、再び謝罪。目に涙をためて「横綱としての責任」と繰り返した。恨み節はなく「感謝、感謝、感謝」と土俵に別れを告げた。

      ◇       ◇

 わずか2カ月前の秋場所を制した日馬富士は、目に涙をためながら会見場に入場した。こらえ切れず、涙をぬぐった師匠の伊勢ケ浜親方(元横綱旭富士)の隣で、グッとこみ上げるものを耐えた。「このたび、貴ノ岩関をケガさせたことに対し、横綱としての責任を感じ、本日をもって引退をさせていただきます」。開口一番引退を報告すると、途中「私は日本を愛しています。日本の国技を愛してます。ファンの皆さまに心からおわび申し上げ、そして心から感謝、感謝、感謝です」と熱弁を振るった。

 秋巡業中の10月25日夜、鳥取市内の酒席での貴ノ岩への暴力が自らを引退へ追い込んだ。何発殴ったかなど、暴力の詳細は鳥取県警と相撲協会の危機管理委員会が現在も調査中。近く県警の再聴取を受ける見通しのためすべては語らなかったが、同じモンゴル出身の貴ノ岩を弟弟子のように思っていた胸中を明かした。

 日馬富士 弟弟子が礼儀と礼節がなっていなかった時にそれを正し、直して教えてあげるのが先輩の義務だと思っています。弟弟子を思って叱ったことが彼を傷つけ、大変世間を騒がせて迷惑をかけることになってしまいました。行き過ぎたことになりました。彼のためになる、僕が正しいことをしているという思いが強すぎると行き過ぎるんだなと思いました。本当に…それだけです。

 翌日の10月26日には、貴ノ岩から謝罪され、握手で和解したと思っていたことも明かした。酒に酔った勢いでの暴力という疑念には「今までお酒を飲んで何か事件を起こしたことはありません。酒癖が悪いと言われたことは今まで1度もない」と否定した。他にも行き過ぎた指導があったのかと聞かれると「ない」と言い切った。

 秋場所で優勝したばかりの体力は維持できても、気力が追いつかず憔悴(しょうすい)していった。「横綱の名が傷つくので責任を取りたい」と、実は九州場所5日目には師匠に引退の意思を申し出ていた。加えて27日の横綱審議委員会で「厳しい処分が必要」という声が上がり、「引退勧告」の可能性も浮上。鳥取県警の捜査や相撲協会危機管理委員会の調査が進む中、処分を受ける前に自ら身を引く覚悟を決めた。「引退」は養老金や退職金が支払われる見込み。「相撲の名が傷つかないよう、ちゃんとした生き方をして恩返ししたい」。最後まで恨み節は吐かず、30分余りの電撃引退会見を終えた。

 ◆日馬富士公平(はるまふじ・こうへい)本名ダワーニャム・ビャンバドルジ。1984年4月14日、モンゴル・ウランバートル市生まれ。入門当初からのしこ名は安馬(あま)。大関昇進を機に日馬富士に改名した。01年初場所初土俵。04年春場所で新十両、同年九州場所で新入幕。三賞は、殊勲賞4、技能賞5、敢闘賞1。金星1個。優勝9回。家族はバトトール夫人と2女1男。186センチ、137キロ。

 ◆日馬富士の退職金 相撲協会では「養老金」と、十両以上の各地位で務めた場所数(全休を除く。2場所目以降)による「勤続加算金」を加えた金額が退職金として支給される。横綱の養老金は1500万円。日馬富士の勤続加算金は十両15万円×3、幕内20万円×12、三役25万円×11、大関40万円×21、横綱50万円×28で計2800万円。養老金と合わせて4300万円となる。このほかに理事会決議によって特別功労金も支給される。金額は実績により決められ、貴乃花の1億3000万円が過去最多。泥酔暴行騒動の責任をとって引退した朝青龍には1億2000万円(推定)が支給された。

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日馬富士が引退会見「国民の皆様におわびします」

引退会見中、日馬富士の表情は曇ったままだった(撮影・梅根麻紀)


 横綱日馬富士(33=伊勢ケ浜)が29日、現役を引退した。日本相撲協会に引退届を提出して受理された。

 日馬富士は同日、福岡県内で記者会見した。

 「横綱の責任を感じ、本日をもって引退させていただきます。国民の皆様、相撲ファンの皆様に大変ご迷惑をお掛けしたことを心から深くおわび申し上げます」と語った。

 貴ノ岩への暴行問題は全容が解明されていないが、暴行したことは認めている。その責任をとる形で、土俵を去る決意を固めていた。師匠の伊勢ケ浜親方(元横綱旭富士)との話し合いを終え、懇意にしてきた後援者に引退する報告を始めていた。

 暴行したのは鳥取巡業前日の10月25日夜。鳥取市内のラウンジで、日馬富士が貴ノ岩を素手やカラオケのリモコンで殴ったとされている。貴ノ岩は頭部から出血し、翌日に医療用ホチキスで傷をふさぐほどのケガを負った。

 同29日に貴ノ岩の師匠の貴乃花親方(元横綱)が鳥取県警に被害届を提出。九州場所3日目の11月14日に事態が明らかになり、大騒ぎになった。当初はビール瓶で殴ったとされたが、日馬富士は県警や危機管理委の聴取に対してこれを否定した。しかし、殴った事実に代わりはなく、横綱としての責任を痛感。日本相撲協会内から厳しい声も届いた上、横綱審議委員会の多くの委員からも「厳しい処分が必要」との見解を示された。

 日馬富士は16歳で来日し、伊勢ケ浜部屋へ入門。12年秋場所後に70代横綱に昇進した。幕内では軽量となる130キロ台の体重ながら、突き刺すような立ち合いとスピードを生かして、9回の優勝を果たした。ファンも多かったが、1度の暴行により晩節を汚した。不本意な形で、角界を去る。

 ◆日馬富士公平(はるまふじ・こうへい)本名ダワーニャム・ビャンバドルジ。1984年4月14日、モンゴル・ウランバートル市生まれ。入門当初からのしこ名は安馬(あま)。大関昇進を機に日馬富士に改名した。01年初場所初土俵。04年春場所で新十両、同年九州場所で新入幕。三賞は、殊勲賞4、技能賞5、敢闘賞1。金星1個。優勝9回。家族はバトトール夫人と2女1男。186センチ、137キロ。

日馬富士

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01年初土俵、09年夏に初優勝/日馬富士の全成績

日馬富士の全成績


 大相撲の横綱日馬富士(33=伊勢ケ浜)が引退を決意したことが、分かった。

 平幕貴ノ岩(27=貴乃花)への暴行が発覚してから約2週間、鳥取県警や日本相撲協会の危機管理委員会による調査は継続中だが、事態が解明されるより先に日馬富士が身を引く覚悟を決めた。

 ◆日馬富士公平(はるまふじ・こうへい)本名ダワーニャム・ビャンバドルジ。1984年4月14日、モンゴル・ウランバートル市生まれ。入門当初からのしこ名は安馬(あま)。大関昇進を機に日馬富士に改名した。01年初場所初土俵。04年春場所で新十両、同年九州場所で新入幕。三賞は、殊勲賞4、技能賞5、敢闘賞1。金星1個。優勝9回。家族はバトトール夫人と2女1男。186センチ、137キロ。

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日馬富士日に日に憔悴、全容解明前に引退決断の理由

21日、福岡空港に到着した横綱日馬富士


 大相撲の横綱日馬富士(33=伊勢ケ浜)が引退を決意したことが28日、分かった。平幕貴ノ岩(27=貴乃花)への暴行が発覚してから約2週間、鳥取県警や日本相撲協会の危機管理委員会による調査は継続中だが、事態が解明されるより先に日馬富士が身を引く覚悟を決めた。早ければ今日29日にも記者会見を開く。

 日馬富士が現役引退を決めた。貴ノ岩への暴行問題は全容が解明されていないが、暴行したことは認めている。その責任をとる形で、土俵を去る決意を固めた。すでに師匠の伊勢ケ浜親方(元横綱旭富士)との話し合いを終え、懇意にしてきた後援者に引退する報告を始めた。

 暴行したのは鳥取巡業前日の10月25日夜。鳥取市内のラウンジで、日馬富士が貴ノ岩を素手やカラオケのリモコンで殴ったとされている。貴ノ岩は頭部から出血し、翌日に医療用ホチキスで傷をふさぐほどのケガを負った。翌日、両者は握手して和解していたこともあり、当初はこれほどの大ごとになるとは日馬富士も想像していなかったという。

 同29日に貴ノ岩の師匠の貴乃花親方(元横綱)が鳥取県警に被害届を提出。九州場所3日目の11月14日に事態が明らかになり、大騒ぎになった。当初はビール瓶で殴ったとされたが、日馬富士は県警や危機管理委の聴取に対してこれを否定した。しかし、殴った事実に代わりはなく、横綱としての責任を痛感。日本相撲協会内から厳しい声も届いた上、横綱審議委員会の多くの委員からも「厳しい処分が必要」との見解を示された。

 近い関係者によれば、日馬富士は日に日に憔悴(しょうすい)し、土俵に戻りたいという気力も減退した。県警による結論、危機管理委による報告や協会の処罰を待ってからの決断を促す支援者も多かったが、最終的には師匠と本人が気持ちを固めた。早ければ、今日29日にも会見し、決断を発表する。

 日馬富士は16歳で来日し、伊勢ケ浜部屋へ入門。12年秋場所後に70代横綱に昇進した。幕内では軽量となる130キロ台の体重ながら、突き刺すような立ち合いとスピードを生かして、9回の優勝を果たした。ファンも多かったが、1度の暴行により晩節を汚した。不本意な形で、角界を去ることになる。

 ◆日馬富士公平(はるまふじ・こうへい)本名ダワーニャム・ビャンバドルジ。1984年4月14日、モンゴル・ウランバートル市生まれ。入門当初からのしこ名は安馬(あま)。大関昇進を機に日馬富士に改名した。01年初場所初土俵。04年春場所で新十両、同年九州場所で新入幕。三賞は、殊勲賞4、技能賞5、敢闘賞1。金星1個。優勝9回。家族はバトトール夫人と2女1男。186センチ、137キロ。

暴行問題の経過
10月4日、土俵入りする横綱日馬富士

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日馬富士が引退決意!きょうにも福岡県内で記者会見

横綱日馬富士


 大相撲の横綱日馬富士(33=伊勢ケ浜)が引退を決意したことが28日、分かった。

 すでに師匠の伊勢ケ浜親方(元横綱旭富士)との話し合いを終え、懇意にしてきた後援者に引退する報告を始めた。

 早ければ29日にも福岡県内で記者会見を開く。

 平幕貴ノ岩(27=貴乃花)への暴行が発覚してから約2週間。鳥取県警や日本相撲協会の危機管理委員会による調査は継続中だが、本人は暴行したことは認めている。その責任をとる形で、事態が解明されるより先に身を引く覚悟を固めた。

 日馬富士は16歳で来日し、伊勢ケ浜部屋へ入門。2012年秋場所後に70代横綱に昇進した。幕内では軽量となる130キロ台の体重ながら、突き刺すような立ち合いとスピードを生かして、9回の優勝を果たした。ファンも多かったが、1度の暴行により晩節を汚した。不本意な形で、角界を去ることになる。

 ◆日馬富士公平(はるまふじ・こうへい)。本名ダワーニャム・ビャンバドルジ。1984年4月14日、モンゴル・ウランバートル市生まれ。入門当初からのしこ名は安馬(あま)。大関昇進を機に日馬富士に改名した。01年初場所初土俵。04年春場所で新十両、同年九州場所で新入幕。三賞は、殊勲賞4、技能賞5、敢闘賞1。金星1個。優勝9回。家族はバトトール夫人と2女1男。186センチ、137キロ。

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北勝富士は初の技能賞、隠岐の海4年半ぶり敢闘賞

北勝富士


 大相撲九州場所千秋楽の26日、福岡国際センターで三賞選考委員会が開かれ、各賞の受賞者が決まった。

 殊勲賞は、日馬富士と稀勢の里の2横綱と、高安の1大関を倒した西前頭筆頭の貴景勝(21=貴乃花)が2場所連続2度目の受賞となった。

 敢闘賞は、終盤まで優勝争いを演じた東前頭12枚目の隠岐の海(32=八角)が13年春場所以来4年半ぶり3度目の受賞が決まった。

 また、昭和以降で最年長での再入幕となった西前頭13枚目の安美錦(39=伊勢ケ浜)は、千秋楽で千代翔馬(26=九重)に勝って勝ち越せば、新入幕だった00年名古屋場所以来、2度目の受賞となる。

 技能賞には、同部屋の隠岐の海と並走して優勝争いに加わった西前頭3枚目の北勝富士(25=八角)が初めて獲得した。

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白鵬、激震場所で40度目V よぎった10年野球賭博

遠藤をのど輪で攻める白鵬(撮影・岡本肇)

<大相撲九州場所>◇14日目◇25日◇福岡国際センター


 横綱白鵬(32=宮城野)が、前人未到の40回目の優勝を果たした。自身の取組前に、1差で追いかけていた平幕の隠岐の海と北勝富士が負け、勝てば優勝の結びの一番で、東前頭9枚目遠藤を押し出しで下した。全休明けからの優勝は、15年九州場所の横綱日馬富士以来16回目。その日馬富士の暴行問題発覚で揺れた九州場所を、横綱陣で唯一出場している白鵬がきっちりと締めた。

 06年夏場所で初優勝してから11年。誰も手が届かなかった大台40回目の優勝を果たした。支度部屋で白鵬は、両手でピースサインを作り「40」を表現。大記録に「想像できなかった」としんみり。「言葉にならないぐらいうれしいですね」とかみしめた。

 特別な思いがあった。序盤に発覚した日馬富士の暴行問題。当時現場にいた白鵬は、土俵の外でも注目の的になった。以降、福岡・篠栗町のある宿舎の前には、ビール瓶ケースを使用し「一般見学・取材禁止」の紙が張られた手製のバリケードが置かれた。解除したのは、当時の証言をした際の1度だけ。厳戒ムードが漂った。重なったのは、10年の野球賭博問題だった。「7年前に大変な場所を経験した。またこういうことがないようにと思っていたけど…。本当に申し訳ない気持ちでいっぱい。ファンが温かい声援をくれて本当にありがたいと思った」。優勝の喜びよりも、謝罪と感謝の気持ちがあふれていた。

 全休明けから復活を果たした。昨年、秋場所で全休した時に初めて行った断食を、昨年よりも1日長い4日間行った。サポートした杏林予防医学研究所の山田豊文所長は「肌のツヤも、動きもさらに良くなった。優勝は間違いない」と太鼓判を押していた。山田氏の言葉通り、強烈な右のかち上げで遠藤をよろめかせて、一気に押し出した。

 春場所を休場した時に、後援会関係者から言われた言葉が脳裏にあった。「『30回優勝は3人いるけど、40回は誰もいない』と言われた。体が熱くなった。その方に電話で報告したいね」。満足感たっぷりの表情を見せた。

 11日目の嘉風戦で敗れた際に不服の態度を示し、翌日に審判部から厳重注意を受けたが、何とか持ち直した。自身も周辺を騒がせた今場所。「明日のことは明日。今日はおいしい物を食べてゆっくりしたい」と表情からは疲れが見えた。土俵上では横綱の責任を果たしたが、千秋楽後には日馬富士の暴行問題についての聴取があるなど、息つく暇もない。優勝の余韻に浸るには、まだ早い。【佐々木隆史】

 ◆白鵬の年間最多勝 55勝目を挙げて、2年ぶり10度目の年間最多勝を単独で確定。千秋楽で勝っても、92年の貴花田の60勝を下回り、年6場所制となった68年以降で最少の年間最多勝となる。また、今年は計25休で、96年の貴乃花の15休(70勝)を上回る最多休場日数での1位。2場所休場した力士の年間最多勝は、67年の大鵬以来2人目となった。

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勢、前夜イカ食い「左もイカせた」安美錦食って7勝

<大相撲九州場所>◇13日目◇24日◇福岡国際センター


 西前頭10枚目勢(31=伊勢ノ海)が安美錦を押し出しで下し、7勝6敗、勝ち越しに王手をかけた。

 昭和以降最年長再入幕を果たした39歳大ベテランに勝ち、喜びを隠せない。昨年春場所以来の対戦でもあり「僕が幕内に上がった時から気をつかっていただいた。尊敬する大先輩ですからね」と声を弾ませた。

 浮き立つ心から、言葉がポンポン口をつく。勝ち越しまであと1勝と迫り「やる以上は勝たなきゃ。やっぱり結果ですよ。そう『勝ちたいんや』です。(星野監督時代の)阪神にちなんで。どうです? スポーツ新聞の見出しになりませんか?」。大阪出身で生粋の関西人、典型的な“調子乗り”だ。右肘を痛めて久しいが、この日は左をうまく使った。前夜はたらふくイカを食べたと言った上で「右だけでなく、左もイカせるようになってきました。イカだけに」と最後はダジャレまで飛び出した。

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栃飛龍が幕下初優勝、来年初場所での十両復帰確実

幕下優勝の栃飛龍(撮影・岡本肇)

<大相撲九州場所>◇13日目◇24日◇福岡国際センター


 勝った方が幕下優勝の一番は、元十両で西10枚目の栃飛龍(30=春日野)が同49枚目の霧馬山(21=陸奥)をはたき込みで破り、初優勝を決めた。さらに、来年初場所での十両復帰も確実にした。

 立ち合いでは左の変化を選んだ。「左の上手を取られたくなかった。朝、岩友親方(元前頭木村山)に相談したら『2歩目で対応できる立ち合いがいいぞ』と言われて、距離ができれば手が出せると思った。あれで決めようとは思っていなかったんです」。変化を予想できずに突っ込んできた霧馬山をあっけなくはたき込み。優勝を手にした。

 勝てば十両復帰が見えた一番。それでも緊張はなかった。「ボーナスゲームだと思っていた。珍しく緊張しなくて、自然体だった。これでダメなら仕方ないと」。だから、勇気のいる変化も選べた。

 元十両も、15年初場所を最後に幕下生活が続く。3年間を振り返って「途中で腐りそうになった。何回もチャンスを逃した。でも、応援してくれる人がいるので頑張れました」。関取時代の締め込みや化粧まわしは、部屋の地下に保管されている。「一応、カビが生えていないか確認しています」。関取が着ける白色の稽古まわしはもう、とうに捨てていた。また買う日がやってきた。通算8場所の十両では、新十両の13年春場所でしか勝ち越していない。「十両から落ちてばかりなので、しっかり定着して、そして上を目指して頑張りたい」と誓った。

霧馬山(左)を破り、幕下優勝を決めた栃飛龍(撮影・岡本肇)

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琴誠剛が7戦全勝で序ノ口優勝 次は幕下入り目標

序ノ口優勝の琴誠剛(撮影・岡本肇)

<大相撲九州場所>◇13日目◇24日◇福岡国際センター


 両膝を手術した苦労人が、再起への1歩を初の各段優勝で飾った。序ノ口で、ここまでただ一人、6戦全勝だった東序ノ口18枚目の琴誠剛(23=佐渡ケ嶽、本名・高岸翔太、福岡県北九州市八幡西区出身)が、序二段で6戦全勝だった斉藤(24=陸奥)を、もろ手突き2発の押し出しで破り、7戦全勝で優勝を決めた。

 13年初場所で初土俵。序ノ口から1年で西三段目3枚目まで順調に番付を上げたが、左膝の前十字靱帯(じんたい)を痛め2度の手術をして土俵復帰。だが今年春場所の2番相撲で、今度は右膝の同箇所と半月板を負傷し、4月に手術。本来は来年1月の初場所で本場所の土俵に復帰する予定だったが「(出身地が北九州市で)ご当所で出たいと思い、リハビリを頑張って不安もなくなり(医師らから)出てもいい、ということになったので出られました。土俵に上がれるだけで幸せ、という気持ちで今場所は取りました」と感激に浸りながら話した。

 喜んでばかりもいられない。「同期はみんな、上がってますから」と新三役の阿武咲(阿武松)や十両の石浦(宮城野)らの名前を挙げた。もちろん苦い経験から、焦りは禁物も言い聞かせている。目標の関取の前に、まずは博多帯を締めることが許される幕下入りが目標。「早く帯を締めたいですね」。表彰式が行われる千秋楽には、家族が北九州市からかけつける。

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暴行問題でモンゴル大統領動く 安倍首相と面会希望

元横綱朝青龍のドルゴルスレン・ダグワドルジ氏(14年6月撮影)


 大相撲の横綱日馬富士(33=伊勢ケ浜)による、平幕貴ノ岩(27=貴乃花)への暴行が、ついに国際問題に発展する可能性が出てきた。モンゴルの大統領特使を務める、元横綱朝青龍のドルゴルスレン・ダグワドルジ氏(37)が、今回の問題をバトトルガ大統領に報告したことが23日、関係者の話で分かった。日本とモンゴルの友好関係への影響を懸念し、同大統領は今回の件で、安倍晋三首相と話し合いの場を持ちたい意向を持っているという。角界の枠を超えた展開に突入した。

 日本との関係を担当する大統領特使を、8月から務める元朝青龍が動いた。モンゴル政府に近い関係者によると、日馬富士による暴行問題について、すでにバトトルガ大統領に報告していることが判明。元朝青龍は16日に日本語で「ビールびんありえない話し!」(原文まま)とツイートし、日馬富士のビール瓶を使った暴行を否定するなど、今回の問題に強い関心を示していた。今回は日馬富士、貴ノ岩ともにモンゴル人による問題。相撲界だけでなく、日本でモンゴル人が敬遠されることを懸念し、大統領に忠告したという。

 現地では連日多くのメディアが、今回の問題を報じている。日本でモンゴル人力士への風当たりが強いという報道も少なくない。関係者は「バトトルガ大統領は、相撲がモンゴルと日本の友好関係に大きく影響していると思っている」と話し、今回の問題を発覚当初から軽視していなかったという。大統領自身、格闘技サンボの元モンゴル代表でモンゴル柔道連盟の会長を務めるなどスポーツ、特に格闘技への理解がある。

 そんな状況下で、元朝青龍から報告を受けた。関係者は続けて「大統領は安倍首相と今回の件で話し合いの場を持ちたい意向のようです」と明かした。トップ自ら問題の沈静化と友好関係維持に努めたい考えだ。

 今月いっぱいまで日本の外務省が公表している主な外交日程として、安倍首相をはじめ、政府要人がモンゴル政府と接触する予定はない。だが12月以降、アジア各国が集まる会議をはじめ、さまざまな可能性を模索して接触を図るとみられる。一方の日本政府も、菅官房長官が問題発覚翌日の15日に、政府としての立場としてのコメントは控えたが、迅速な問題解決を求めていた。日本相撲協会の枠を超えて警察、さらには国家間へと広がる様相を呈し始めた暴行問題。今後も思いがけない余波を引き起こす可能性を秘めている。

 ◆日本とモンゴル 1972年2月に国交樹立。日本からの経済援助などで良好な関係となり、大相撲では92年春場所で旭天鵬ら初のモンゴル人力士6人が誕生した。これまで60人が入門し、4横綱1大関を輩出している。

日馬富士暴行問題の関係図

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稀勢の里は休場で背水の陣…来年初場所に進退かける

下手投げで宝富士(後方)に敗れる稀勢の里(17年11月20日撮影)

<大相撲九州場所>◇10日目◇21日◇福岡国際センター


 横綱稀勢の里(31=田子ノ浦)が21日、日本相撲協会に「腰部挫傷、左足前距腓靱帯(じんたい)損傷で約1カ月間の安静加療を要す」との診断書を提出して休場した。4場所連続5度目の休場。

 9日目に平幕の宝富士に敗れ、ワースト記録に並ぶ1場所5個の金星を与え、4勝5敗と不振だった。横綱では鶴竜、日馬富士に続く休場で、昭和以降初の2場所連続3横綱不在となった。

 10日目の朝、福岡・大野城市の宿舎で師匠の田子ノ浦親方(元前頭隆の鶴)が、稀勢の里の休場を明かした。「(前日20日夜に)『明日から休場してもいいですか』と話してきた。今朝も様子を見て相談した結果、休場せざるを得ないと判断した。足首も腰も、いろいろな所をかばって、痛みが引かずに力が入らない」と休場理由を説明した。

 春場所で負傷した左上腕付近はほぼ回復していたが、名古屋場所で痛めた左足首を場所前に悪化させていた。番付発表翌日の10月31日から2日続けて、大関高安相手に三番稽古を行った。3場所連続休場からの復活を印象づける激しい相撲で、仕上がりは順調そうに見えた。しかし、2日に落とし穴にはまった。突然、高安との三番稽古を中断して左足首にテーピングを施した。土俵に上がる前に外したが、11番取った後すぐに稽古場の裏に姿を消した。5分後には戻ってきたが、裏には大量の氷水が入ったバケツと椅子が用意されていた。アイシングをした後なのか、バケツの周囲はぬれていた。

 7日の二所ノ関一門の連合稽古も途中で切り上げ、翌8日は休んだ。「もともと休むつもりだった」と強がったが、実際は安静をとったとみられる。場所中も朝稽古や支度部屋で、左足首をしきりに自分の手でもんでいた。腰の負傷については左足首をかばううちに悪化した。

 同親方は来年初場所の出場について「それを目指して頑張る」と話したが、全休を含む4場所連続休場で、周囲から厳しい目で見られるのは必至。進退については「今はそんな余裕はない」と多くは語らなかった。ただ、4場所連続休場中の鶴竜、暴行問題で揺れる日馬富士も厳しい立場に立たされており、3横綱そろって進退問題浮上の可能性もある。春場所からの豪華4横綱時代が、早くも終わりの危機を迎えている。【佐々木隆史】

 ◆横綱の連続休場場所 年6場所制となった58年以降、最長は貴乃花が01年名古屋~02年名古屋まで全休した7場所連続休場。続いて6場所連続で柏戸、北の湖、武蔵丸の3人、5場所連続で大鵬がおり、稀勢の里の4場所連続休場は、今場所の鶴竜と並んで8例目(北勝海が2度)。4場所連続以上の休場明けで優勝したのは大鵬、柏戸、北勝海の3例だけで、4人が引退している。昭和以降に区切れば、3代目西ノ海が8場所連続で休場している。

横綱稀勢の里(2017年10月4日撮影)

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豊ノ島が勝ち越しに王手「考えていた通りの相撲」

<大相撲九州場所>◇10日目◇21日◇福岡国際センター


 2勝2敗で5番相撲を迎えた西幕下13枚目の豊ノ島(34=時津風)が、東幕下11枚目の若隆景(22=荒汐)を押し出しで破り、勝ち越しに王手をかけた。

 相手の若隆景は、東洋大で実績をあげ今年3月の春場所、三段目最下位格(100枚目)付け出しデビュー。所要5場所で番付を上げてきた。その若隆景とは先場所で初対戦。仕切り中に「相手の動揺が見えた」と心の揺れを見逃さず、速攻相撲で押し出した。

 この日の相撲も、まさに再現VTRを見ているかのような内容。力強い踏み込みで立ち合いを制すると、左をのぞかせ、右はハズ押しで前に。休まず一気の押しで相手に相撲を取らせなかった。

 白星発進から勝ち負けが交互に続き3勝2敗。6番相撲は、白黒が交互に続く“ヌケヌケ”を脱し1発で勝ち越しを決めたいところ。「思い切って踏み込むという、土俵に上がる前に考えていた通りの相撲が取れました」と会心の一番を振り返り「精いっぱい、頑張りますよ」と悔いなく場所を締めくくる意気込みを口にしていた。

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稀勢の里ワーストタイ、無念の1場所5個の金星配給

下手投げで宝富士(後方)に敗れる稀勢の里(撮影・栗木一考)

<大相撲九州場所>◇9日目◇20日◇福岡国際センター


 横綱稀勢の里(31=田子ノ浦)が、東前頭5枚目宝富士に負けて、今場所5個目の金星を配給した。1場所で5個の金星配給は、01年秋場所の武蔵丸に並ぶワースト。秋場所の日馬富士以来となる3日連続の配給で、自身9個目となった。3場所連続休場からの復活どころか、4場所連続休場の可能性も出てきた。横綱白鵬は、平幕の千代の国を下して唯一の全勝キープで、40度目の優勝に前進した。

 前のめりに倒れて両手と両膝を土俵上につけた稀勢の里は、すぐには立ち上がれなかった。3日連続、今場所5個目の金星配給。4勝5敗と黒星が先行した現実を、受け止めるには時間を要した。

 立ち合いで左四つになり、盤石の体勢をつくった。あとは寄り切るだけ。誰もがそう思ったが、ここから寄り切れない。土俵際に追い込もうにも、あと1歩足りない。四つに組んだまま静止すること15秒。先に仕掛けた。土俵際に追い込んだ。しかし、宝富士のまわしをつかんだ左手が、離れた瞬間だった。体を開いた相手の、捨て身の下手投げにもろくも崩れた。

 何をやっても、うまくいかない。宝富士とは過去17番取って、1度しか負けたことがなく、合口は良かった。16勝中14勝は寄り切りで、勝利のイメージは頭の中にあったはずだが、土俵を先に割ったのは自分のほうだった。支度部屋で髪を結ってもらう間、報道陣の質問には「うーん」と答えるのが精いっぱい。表情は険しいままだった。

 稀勢の里と同じ3場所連続休場から、明けた89年初場所で優勝した八角理事長(元横綱北勝海)は「やっぱり焦る。負けるだけに焦る。焦ることは1つもないのに」と横綱の気持ちをくんだ。続けて「明日頑張れる気力を出すのがどれだけ大変か。横綱の責任。苦しいけど頑張るしかない」とエールを送った。

 今日平幕の千代の国に負けて4日連続金星配給となれば、31年春場所の宮城山以来86年半ぶりの不名誉となってしまう。日馬富士の暴行問題で周囲は騒がしい中、相撲に集中できるか。負の連鎖を止められるのは、自分自身しかいない。【佐々木隆史】

 ◆1場所5個の金星配給 優勝制度確立以降、01年秋場所の武蔵丸以来2人目で最多タイ。武蔵丸は4日目に琴光喜、6日目に朝青龍、7日目に海鵬、9日目に玉春日、11日目に栃乃洋に敗れた。ただ貴乃花の全休による1人横綱で、4大関のうち3大関の途中休場もあり皆勤出場。結果、残る大関は同部屋の武双山だったこともあり、横綱、大関戦がないまま9勝6敗で終えた。

1場所4個以上の金星配給

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北勝富士、稀勢に続き白鵬から金星ならV戦線トップ

稀勢の里(右)を寄り切りで破る北勝富士(撮影・岡本肇)

<大相撲九州場所>◇7日目◇18日◇福岡国際センター


 西前頭3枚目北勝富士(25=八角)が、初顔合わせの横綱稀勢の里から金星を奪った。頭をつけ、横綱得意の左からの攻めを封じ、こん身の寄り切り。名古屋場所の鶴竜、秋場所の日馬富士に続く3場所連続3個目の金星だ。幼少時から憧れた「強い人」を破って1敗キープ。今日19日の中日は、ただ1人全勝キープの横綱白鵬が相手。全横綱からの金星を狙う。

 北勝富士が稀勢の里の胸に頭をつけ、離れない。横綱の左差しを懸命に封じ、下から全力で押し続けた。「重かったッス。何回もダメだと思って心が折れそうになって、苦しくて。でも最後に横綱が慌ててくれて…」。寄り切りで手にした金星を、支度部屋で振り返る時も息は上がったままだった。

 「僕は昔から弱かったから、研究を大事にしてきた」。幼少時は親が撮ったビデオを見た。テレビの大相撲中継もいろんな力士を見て、学んだ。「強い人。連勝中の白鵬関に勝ったり、立ちはだかって、肝心なところで場所を面白くしてくれる人」が稀勢の里だった。「どっしり構える、横綱相撲。後の先です」と、映像で教えてもらった。

 前夜は横綱の今場所6番を全部見てイメージを高めた。ただし時間は10分ほど。「あとは切り替えて」。大好きなお笑いコンビ、07年M-1王者サンドウィッチマンのネタをスマホ動画で見て、リフレッシュした。

 名古屋場所で鶴竜を押し出し、秋場所で日馬富士を寄り切り、3場所連続でしかも違う横綱から金星を手にした。「前の2番と違って(力を)出し切ったし、内容も覚えてる。3回目だし(うれし)涙はいいです」。もう偶然じゃない。必然だ。その証拠に7日目を終えての1敗キープは自己最高ペース。今日の中日は白鵬戦。初対戦の名古屋場所では送り出しで屈した。4横綱総なめの4個目金星になれば、北勝富士はV戦線でもトップに並ぶ。【加藤裕一】

 ◆北勝富士大輝(ほくとふじ・だいき)1992年(平4)7月15日生まれ、埼玉・所沢市出身。本名は中村大輝。小4から相撲を始め埼玉栄高3年で高校横綱、日体大2年で学生横綱。八角部屋から15年春場所で初土俵。16年九州場所の新入幕を機にしこ名を大輝から改名。師匠の八角親方(元横綱北勝海)が現役時代の師匠、北の富士勝昭氏(元横綱)にちなむ。家族は両親と兄、姉。185センチ、160キロ。

稀勢の里を破った北勝富士は記者の質問に笑顔を見せる(撮影・今浪浩三)

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安美錦4連勝にも笑顔なし…日馬富士事件の余波

妙義龍(左)をはたき込みで破り4連勝の安美錦(撮影・岡本肇)

<大相撲九州場所>◇4日目◇15日◇福岡国際センター


 再入幕の39歳安美錦が、15年春場所以来の初日から4連勝だ。

 妙義龍に押し込まれながら、絶妙のはたき込み。「下がりながら引いているからね。残る余裕だけ。それもあと1、2秒だった」といっぱいいっぱいで得た白星を解説した。日馬富士の兄弟子だけに平常心ではいられない。「しっかり土俵に集中すること、今はね」。普段はジョークの1つも忘れないベテランだが、最後まで笑顔がなかった。

4日目の伊勢ケ浜部屋幕内

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稀勢の里「左」で復活 阿武咲を瞬殺し幕内700勝

突き落としで阿武咲(下)を下す稀勢の里(撮影・菊川光一)

<大相撲九州場所>◇2日目◇13日◇福岡国際センター


 3場所連続休場からの復活優勝を狙う横綱稀勢の里(31=田子ノ浦)が、新小結の阿武咲(21=阿武松)を突き落とし、今場所初白星を挙げた。途中休場した名古屋場所4日目の正代戦以来124日ぶりの白星で、節目の幕内700勝目となった。わずか0秒7で決着したが、春場所で左上腕付近を負傷してから影を潜めていた左からの攻めが決まり、復活が期待できる一番となった。

 伝家の宝刀が、ついに抜かれた。全休明けからの初日黒星の悪い流れを断ち切るのは、稀勢の里自身しかいなかった。押し相撲を武器に三役まで駆け上がってきた阿武咲よりも先に、左足から踏み込んだ。それだけでも十分にかかった圧力。その瞬間、相手の右脇下を強烈に左で突くと、たちまち阿武咲にべったりと両手を土俵の上につかせた。一瞬で決まった勝負。稀勢の里は、何事もなかったかのように涼しい顔で、観客からの拍手を受けた。

 春場所で左上腕付近を負傷して以来、全くと言っていいほどに左からの攻めが影を潜めていた。稽古場では決まっていても本場所に入ると決まらず、歯がゆい思いを3場所連続で味わった。今場所も初日の玉鷲戦では不発。またも駄目かもしれないと思われた直後に、生命線の“左”が帰ってきた。「まぁ良かったんじゃないですか。今日は今日でまた明日」と控えめながらも、自信を取り戻す一番になったのは間違いなかった。

 阿武咲は、期待する若手の1人だった。共に10代で関取になり、誕生日も1日違いの縁があることから、15年の春巡業で稀勢の里から声をかけて初めて稽古した。その後も、阿武松部屋に出稽古に行っては胸を合わせた。当時から「いずれ三役、それ以上にいける存在」と認め、この日も「非常に力のある力士だと思う。良い相手でした」と振り返った。

 名古屋場所以来の白星だが「また明日。しっかりやるだけです」と浮かれることはなく、幕内700勝にも冷静に「まだまだ伸ばせるようにしたい」と話した。武器と自信を取り戻した稀勢の里が、よくやくスタートラインに立った。【佐々木隆史】

阿武咲に勝利しホッと一息ついて土俵を降りる稀勢の里(撮影・岡本肇)

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稀勢の里重圧のまれた立ち合いかみ合わず金星配給

休場明けの稀勢の里(左)は、玉鷲の強烈な突き押しで黒星スタート(撮影・岡本肇)

<大相撲九州場所>◇初日◇12日◇福岡国際センター


 全休明けの横綱稀勢の里(31=田子ノ浦)が東前頭筆頭の玉鷲に押し出しで負けて、出場した夏、名古屋場所に続いて自身3度目の3場所連続初日黒星となった。春場所と名古屋場所で負傷した、左上腕付近と左足首の状態は悪くはなく、順調に仕上げてきていた。場所前の二所ノ関一門の連合稽古でも、好調ぶりを発揮していた。しかし、3場所連続休場明けの初日は横綱とはいえ難しさがあったのか、自身5個目の金星配給となった。

 支度部屋に戻った稀勢の里は、何度も唇をかみしめた。何かを言いたそうにしては、のみ込んだ。口を真一文字に結んだ表情からは、悔しさがにじみ出ていた。しかし、言い訳はしまいと「うーん」と何度もうなずいた。「いや、まぁ、また明日」。自分の中で整理がついたのか、割り切るように言った。

 本場所で相撲を取ったのは、途中休場した名古屋場所5日目の7月13日以来4カ月ぶりだった。久しぶりで、やはり緊張はあったのか。1度目の立ち合いは先につっかけて不成立。その後、玉鷲に2度つっかけられた。異様なムードが流れる中、4度目で成立。玉鷲の突き押しに対抗して、左のおっつけを狙うも不発となり土俵を割った。相撲を取っては過去9戦無敗だった相手に、金星と初白星を献上してしまった。

 左上腕付近を負傷した後の夏、名古屋場所に比べれば十分に動けた。「状態はそんなに悪くない」と自分でも分かっていた。福岡入り後も連日、大関高安と三番稽古を行い、二所ノ関一門の連合稽古でも、大関豪栄道、関脇嘉風相手に相撲を取り調子を上げていた。

 師匠の田子ノ浦親方(元前頭隆の鶴)は「場所に出る以上、問題はない」と負傷箇所は問題視しなかったが、「稽古場と本場所は違う」と連日言い続けた言葉をこの日も発した。稽古場では味わえない、本場所ならではの独特な雰囲気、緊張感が、15歳の初土俵以来、初めて全休を味わった稀勢の里に普段よりも重くのしかかった。

 最初は硬かった表情も、だんだんと和らいでいた。「うまくやられましたね」と分析する余裕も見せた。今日の取組相手は、初日に横綱日馬富士を倒した新小結の阿武咲。勢いをつけるには格好の相手を下して、復活への懸け橋を作る。【佐々木隆史】

 ◆出場3場所以上連続で初日黒星を喫した横綱 年6場所制が定着した58年以降、曙(98年初、春、夏場所)以来7人目。隆の里が6場所連続(84年九州から、85年春、夏の2場所休場を挟んで86年初場所まで)で記録したのがワースト。

 ◆3場所以上連続休場した横綱の休場明け初日の成績(年6場所制が定着した58年以降) 場所前に引退した力士を除き、初日に相撲を取った力士は過去17人で20番あり、そのうち初日白星は13回。初日から連敗は北の富士、曙、3代目若乃花の3例ある。初日黒星だった大鵬は、2日目から14連勝して優勝した。

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炎鵬が初黒星 連勝は歴代4位タイの21でストップ

連勝が止まった炎鵬(撮影・菊川光一)

<大相撲九州場所>◇2日目◇13日◇福岡国際センター


 序ノ口デビューから無傷の21連勝中の西幕下14枚目炎鵬(23=宮城野)が、東幕下常幸龍(29=木瀬)に負けて、春場所で初土俵を踏んで以来初めて黒星がついた。

 支度部屋に戻る際の表情は硬く「負けると悔しい」と言いながらも、悔しさを隠すように苦笑いした。序ノ口からの連勝記録は歴代4位タイでストップとなった。

 常幸龍は兄弟子の十両石浦の大学の先輩ということもり、石浦からアドバイスをもらった。「左で張って右で差してくるのが多いと言われた。だから左に動いていこうと思ったけど呼び込んでしまった」と反省。左に動いて懐に入り込んだが、前に出る力が足りずに押し倒された。

 記録は止まってしまったが「これでスッキリした。軽くなった感じ」と重圧から解放された。全勝なら十両昇進の可能性があったが「これからは1つずつ白星を積み重ねたい」と気持ちを切り替えた。

連勝が止まった炎鵬(撮影・菊川光一)
常幸龍に敗れ連勝が止まった炎鵬(撮影・菊川光一)

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阿武咲、日馬に連勝 きょう恩人稀勢の里と初対決

日馬富士を下し支度部屋で報道陣の質問に答える阿武咲(撮影・菊川光一)

<大相撲九州場所>◇初日◇12日◇福岡国際センター


 新小結の阿武咲が、2場所連続で横綱日馬富士を撃破した。立ち合いで頭からぶつかると「相手の頭が自分に合わせようとして下がっていた」と冷静な判断ではたき込み。先場所優勝力士に前のめりに手をつかせた。初めて務めた初日の結びの一番を白星で飾り「最高すぎます」と声を弾ませた。同一横綱に初顔合わせから連勝は、13年春場所と名古屋場所で、同じく日馬富士を破った千代大龍以来、4年ぶりとなった。

 2日目は憧れの稀勢の里に初挑戦する。十両から幕下に落ちて心が折れかけた昨年、わざわざ出稽古に来てもらい、四股の踏み方など基礎から教わった。「今の自分があるのは稀勢の里関のおかげ。やっとここまで来た」。先場所で、1場所15日制が定着した1949年夏場所以降、史上初の新入幕から3場所連続2桁白星を挙げた新鋭は、横綱連破で成長した姿を見せる。

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玉鷲やったぜ「金星」連呼、10度目で稀勢の里撃破

押し出しで横綱稀勢の里(右)を下す玉鷲(撮影・菊川光一)

<大相撲九州場所>◇初日◇12日◇福岡国際センター


 東前頭1枚目玉鷲(32=片男波)が横綱稀勢の里から初白星を挙げた。横綱得意の左おっつけをしのぎ、強烈なのど輪を連発して押し出した。

 今年夏場所に不戦勝が1つあるが、対戦成績は0勝9敗だった。“10度目の正直”に「何度も危ない場面があったけど、最後の最後まで前に出てよかった」と笑顔を見せた。春場所以来4場所ぶりの顔合わせ。左おっつけをしのいだ場面は「左脇をしめていたのがよかった。おかげで右がうまく使えた」という。

 三役から平幕に落ちて迎えた場所。西前頭5枚目だった15年夏場所9日目に日馬富士を破って以来、2個目の金星となった。全然気づかなかったようで「そうか、そうですね。金星! やった! 1つ増えた! 金星。へへへ…」と最後は金星を連呼して、はしゃいでいた。

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稀勢の里「また明日」3場所連続初日黒星も切り替え

押し出しで玉鷲(右)に敗れる横綱稀勢の里(撮影・菊川光一)

<大相撲九州場所>◇初日◇12日◇福岡国際センター


 3場所連続休場からの復活優勝を狙う横綱稀勢の里(31=田子ノ浦)が、東前頭筆頭の玉鷲(32=片男波)に押し出しで負けて、全休した秋場所を除いて、3場所連続初日黒星を喫した。

 3度立ち合いが不成立となる嫌な流れを断ち切れず、玉鷲の突き押しに力負けして土俵を割った。支度部屋では何度も「うーん」とうなり、表情からは悔しさもにじみ出ていたが「まぁ、また明日」と切り替えた。

 春場所で負傷した左上腕付近と名古屋場で負傷した左足首の状態は場所前から悪くはなく、途中休場した夏、名古屋場所に比べれば体は動いていた。左でおっつける場面もあり「いい感じだったけど…。切り替えてまた明日」と引きずらなかった。

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稀勢の里偉業に挑む 横綱5人目3連続休場からV

ファンにサインをしながら引き揚げる稀勢の里(撮影・岡本肇)


 大相撲の横綱稀勢の里(31=田子ノ浦)が、偉業に挑戦する。九州場所は今日12日、福岡国際センターで初日を迎える。3場所連続休場中の稀勢の里は11日、同所で開催された土俵祭りに参加した。年6場所制が定着した1958年以降で、3場所以上連続で休場した横綱は過去18人おり、休場明け後に出場した場所で優勝した横綱は4人だけ。横綱として初めて迎える九州場所で、09年初場所の朝青龍以来5人目の“復活優勝”を目指す。

 土俵祭りを終えた稀勢の里の表情は落ち着いていた。「身が引き締まる思い。平常心で明日迎えられれば」。秋場所での自身初の全休を含む、3場所連続休場中だが不安は一切ない。そして「しっかり集中してやるしかない」と言い聞かせるように言った。

 全休明けの稀勢の里について、八角理事長(元横綱北勝海)は「初日は難しい。自分の相撲を取り切れるかどうか」と案じた。自身もけがによる3場所以上の連続休場を2度経験。そのうち1回は、初日から14連勝して優勝を果たしている。当時を「『勝つしかない』と開き直ってやりました」と振り返り「自分にプレッシャーをかけずに本場所を乗り越えればいい。次の場所が勝負」とアドバイスを送った。

 春場所で負傷した左上腕付近も、名古屋場所で負傷した左足首も順調に回復してきた。秋巡業も完走して、福岡入り後も関取衆相手に稽古を積んだ。だからこそ「良い状態で九州に入った。しっかり準備ができた」と自信をのぞかせた。師匠の田子ノ浦親方(元前頭隆の鶴)も「順調にきてると思う」と背中を押した。

 初日、2日目の取組相手の印象を聞かれた稀勢の里は「集中してやる」と2度繰り返した。優勝、という言葉を自らは口にしないが、多くのファンが待ち望んでいる。58年以降で過去4人いる、3場所以上の連続休場明け後の優勝に向けてまずは今日、節目の幕内700勝で復活ののろしを上げる。【佐々木隆史】

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稀勢の里「一生懸命やるだけ」九州場所の出場を明言

気合の入った表情ですり足をする稀勢の里


 大相撲の横綱稀勢の里(31=田子ノ浦)が9日、福岡・大野城市の部屋で稽古を行った後に、九州場所(12日初日、福岡国際センター)への出場を明言した。秋場所の全休を含む3場所連続休場中だったが「一生懸命やるだけです。しっかり結果を残せるようにしたい」と意気込みを語った。

 春場所で左上腕付近を負傷すると、夏場所を途中休場。名古屋場所は左足首を負傷して途中休場すると、秋場所は02年春場所で初土俵を踏んで以来、初の全休を経験した。しかし、秋巡業からは順調に稽古を積んでいき、調子を上げてきた。この日も「しっかり仕上げてきましたから。やるだけという感じ。いつもやる気満々で出てますから」と自信をのぞかせた。

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稀勢の里 左腕動き快調 周囲も「強くなっている」

連合稽古で嘉風(左)を圧倒し笑顔の稀勢の里(撮影・菊川光一)


 大相撲で3場所連続休場中の横綱稀勢の里(31=田子ノ浦)が6日、九州場所(12日初日、福岡国際センター)に向けた“出稽古”で復活の兆しを見せた。福岡県春日市の尾車部屋で行われた二所ノ関一門の連合稽古に参加し、関脇嘉風と10番連続で取って8勝2敗。春場所で負傷してから思うように動かなかった左上腕の動きが快調で、見守った親方衆や力士らからは復調を期待する声が上がった。

 稽古を終えた稀勢の里は、笑顔を浮かべていた。「悪くはない。いいんじゃないかな」。三番稽古の相手に指名したのは、名古屋場所前の連合稽古で、2日合わせて11勝19敗だった嘉風だった。苦杯を喫した相手にやり返し、言葉以上に手応えを感じていた。

 得意の“左”で不安を一掃した。最初の2番は、嘉風に左腕を封じられて連敗。嫌な空気が流れたが、次の一番で断ち切った。警戒されていた左はずが決まると、左腕一本で嘉風の体勢を崩して寄り切った。その後も、強烈な左はず押しで突き落とすなど、力強さを見せた。負傷後、最も良い動きを見せた左腕の復活に「なかなか良かったと思う」とうなずいた。

 周囲も復調を確信した。前日に胸を合わせた琴奨菊は「戻っているどころか強くなっている」と驚き、嘉風は「名古屋の時と全然違う。左が使えるようになって当たりの圧力も違う」と体感した。師匠の田子ノ浦親方(元前頭隆の鶴)からは「勝負勘も戻っている。(先場所前に比べて)全然いい」と太鼓判を押されるほど仕上がっている。

 本場所まで残り1週間を切った。横綱昇進後、初めて秋巡業を完走して、順調に調整を進めてきた。しかし「納得を求めたら時間がかかる。少しでも理想に近づけるように」とさらなる進化を目指していく。今日7日も連合稽古が行われる予定で、春場所以来の優勝へ向けギリギリまで追い込んでいく。【佐々木隆史】

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稀勢の里“左”復活!嘉風との三番稽古で一気8連勝

二所ノ関一門の連合稽古で関脇嘉風(左)を豪快に投げる横綱稀勢の里(撮影・菊川光一)


 大相撲の二所ノ関一門連合稽古が6日、福岡・春日市の尾車部屋で行われ、3場所連続休場中の横綱稀勢の里(31=田子ノ浦)が力強さを見せた。

 関脇嘉風(35=尾車)と三番稽古を行い、10番取って8勝2敗。左からの攻めが光り、「悪くはない。いいんじゃないかな」と手応えをつかんだ。

 名古屋場所前の連合稽古では左を封じ込められた嘉風相手に、この日は左からの攻めがさく裂した。最初の2番こそ思うような相撲が取れずに連敗したが、3番目で強烈な左はずが入ると、コツをつかんだかのように左はずが決まりだし、一気に8連勝。左はず押しから左腕一本で突き落とすなど、春場所で負傷してから影を潜めていた“左”の復活を印象づける内容だった。

 九州場所(12日初日、福岡国際センター)まで1週間を切ったが「納得を求めたら時間がかかる。少しでも理想に近づけるように」とさらなる進化を目指す。

二所ノ関一門の連合稽古に励む横綱稀勢の里(撮影・菊川光一)

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稀勢の里珍し「よっしゃ」高安に全勝で感情丸出し

腰を落として若い衆の稽古を見る稀勢の里


 横綱稀勢の里が1日、福岡・大野城市の部屋で2日連続で大関高安と三番稽古を行い、好調ぶりをアピールした。

 春場所で左上腕付近を負傷してから影を潜めていた、得意の左のおっつけで攻め立てるなど9番取って全勝。珍しく「おっしゃ」と感情を表に出す場面もあった。高安から強烈な張り手をもらうなど激しい稽古となり「高安が力を出すから良い稽古になる。ありがたい。(状態は)いいんじゃない」と手応えを口にした。

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がん闘病の元幕内翔天狼に力士会から見舞金寄付へ

翔天狼(2011年2月4日撮影)


 大相撲の元幕内で西三段目21枚目翔天狼(35=藤島)が今夏からがんを患っていることが31日、分かった。同郷のモンゴル出身、01年春場所初土俵で同期生の横綱白鵬が明らかにした。

 翔天狼は最高位が09年秋場所の東前頭2枚目で幕内在位25場所、敢闘賞を1度受賞。今年8月に日本国籍を取得した。

 白鵬によるとこの日、福岡市内で開かれた力士会で、関取70人全員の寄付による見舞金を贈ることが決定。09年秋場所で敗れて金星を与えている白鵬は「個人的に見舞いに行きました。何カ月も(治療するのは)精神的にきついと思うけどね。大変に腕力のある力士。一生懸命に頑張っている」と気遣った。また翔天狼の病が7月場所に行われた名古屋で検査を受けて見つかったことに触れ「私たちも年2回の血液検査などの検診だけでなく、PETや人間ドックに入るべきだと思います」と話していた。

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新小結昇進の阿武咲、躍進の裏に女神「おかつ」あり

師匠の阿武松親方(左)の地元、福岡・糸田町のマスコットキャラクター「おかつ」を手にする新小結阿武咲


 日本相撲協会は30日、大相撲九州場所(11月12日初日、福岡国際センター)の新番付を発表し、阿武咲(21=阿武松)が新小結に昇進した。新入幕から3場所連続2桁勝利の裏には、師匠の阿武松親方(元関脇益荒雄)の地元、福岡・糸田町のマスコットキャラクター「おかつ」の存在があり、そのぬいぐるみを宿舎に持参。勝ちを連想させる縁起物にあやかり、得意の押し相撲で大暴れする。

 福岡市内の宿舎で会見した阿武咲は「素直にうれしいです」と小結昇進を喜んだ。1場所15日制が定着した49年夏場所以降で初めて、新入幕から3場所連続で2桁白星中。同席した阿武松親方から「勝ち続けると『負けたくない』から『負けられない』になる。そうなると(体が)動かなくなる」と心配されたが、21歳はおごることなく「一番一番魂の入った相撲を取りたい」と力強く意気込んだ。

 今年3月に破竹の勢いに乗るきっかけがあった。15年初場所で新十両昇進後、6度あった地方場所で1度も勝ち越せないまま春場所を迎えていた。そんな時に、師匠の地元のマスコットキャラクター「おかつ」のぬいぐるみが糸田町役場から届けられた。同町で毎年行われる田植祭の寸劇の登場人物オカツをモチーフにしたもので、同役場の担当者によれば「“かつ”ということで縁起がいい。親方の地元ということで贈らせていただきました」と説明。阿武咲も「これをもらって初めて関取として地方場所(春場所)で勝ち越せました」と効果に驚いた。

 今場所もぬいぐるみを宿舎のある千葉から持ってきた。「目の前の一番に集中する。勝ち負けに影響されないように」と結果は二の次だが、幸運の女神に見守られながら白星を量産する。【佐々木隆史】

福岡・糸田町のマスコットキャラクター「おかつ」のぬいぐるみ

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