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元十両出羽鳳が引退、名古屋場所は西三段目で全休

新十両の出羽鳳は、笑顔のガッツポーズ(2006年3月29日撮影)

 日本相撲協会は10日、元十両出羽鳳(31)の引退を発表した。9日に引退届が提出されていた。

 04年春場所初土俵の出羽鳳は、2年後の夏場所で新十両に昇進。十両を3場所務めた後、幕下に陥落。関取復帰を目指していたが、ケガなども重なり、かなわなかった。今年の名古屋場所は西三段目10枚目で全休していた。

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稀勢の里が10日地元巡業で復帰、治療終え体作りへ

7月、名古屋場所5日目、勢に敗れ厳しい表情を見せる稀勢の里

 左足首などの負傷で大相撲名古屋場所を途中休場し、夏巡業も休場中の横綱稀勢の里(31=田子ノ浦)が、10日に地元の茨城県日立市で行われる巡業から復帰する予定でいることが7日、分かった。関係者が明かした。東日本大震災からの復興を祈願して、14日に岩手県釜石市で行われる「復興土俵入り」にも、横綱白鵬とともに参加するという。稀勢の里の巡業参加は横綱昇進後、初めてとなる。

 師匠の田子ノ浦親方(元前頭隆の鶴)は巡業先の埼玉県本庄市で「今日帰って、様子を見ながら話をする」と言及は避けたが「関取衆と肌を合わせるのも大事だし、見ることも大事。見取り稽古というのもある」と前向きな考えを示した。

 稀勢の里は3月の春場所で左上腕付近を負傷し、夏場所は途中休場。さらに名古屋で左足首も痛めて6日目から休場した。横綱審議委員会には万全の状態での復帰を求められ、そうでなければ9月の秋場所の休場も容認されたほどだった。

 現在は東京都江戸川区の部屋で基本運動などで汗を流しており、非公開での稽古再開時には「まだまだです。(巡業参加は)しっかり稽古をしてから」と話していた。親方は「足の方は大丈夫。今はもう治療の段階ではない。体をつくり直すことが必要。筋力を戻さないといけない」として巡業での体づくりを選んだ。

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稀勢の里、秋場所へ向け稽古開始「まだまだです」

 大相撲名古屋場所で2場所連続休場した横綱稀勢の里が31日、東京都江戸川区の田子ノ浦部屋で秋場所(9月10日初日・両国国技館)に向けて稽古を非公開で開始した。部屋関係者によると、まわし姿になり、軽めの運動で汗を流したという。

 3月の春場所で左上腕などにけがを負った稀勢の里は、武器の左おっつけが影を潜め、5月の夏場所を途中休場。名古屋場所では5日目の勢戦で左足首を痛めて休場した。

 横綱審議委員会からは、万全の状態での復帰を求められている。帰途に就く際に取材に応じた稀勢の里は「まだまだです」と述べるにとどめた。

 30日から夏巡業が始まった。玉ノ井巡業部副部長(元大関栃東)が「途中から来るとは聞いている」と話すように、稀勢の里は合流する可能性がある。横綱は「(巡業参加は)しっかり稽古をしてから。頑張ります」と具体的な言及はしなかった。

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白鵬が夢見る東京五輪の光景、横綱4人で土俵入り

一夜明け会見で次の目標を語る白鵬(撮影・岡本肇)

 大相撲の横綱白鵬(32=宮城野)が24日、名古屋市内のホテルで会見し、いずれも通算最多勝記録を更新する1048勝目と39回目の優勝を果たした名古屋場所を振り返った。優勝から一夜明け、喜びをかみしめたこの日で、20年東京五輪開幕までちょうど3年。常々、東京五輪への思いを語っている白鵬は、開会式で4横綱による土俵入りに期待を膨らませた。

 会見場に現れた白鵬は、用意された水を飲んで「あー、ウマイ」とうなった。前夜は美酒に酔いしれたというが「5時間は寝たかな」と体調管理はばっちり。あらためて一夜明けての心境を問われると「去年は名古屋で優勝できなかったし、久しぶりに名古屋で盛り上がった。大記録、優勝したんだなという思いですね」と余韻に浸った。

 東京五輪まで残り3年のこの日。報道陣から話題を振られると「東京五輪のために心と体をしっかりかみ合わせるような努力と準備をしたい」と意気込んだ。メキシコ五輪レスリング銀メダリストの父ムンフバト氏の影響もあり、これまでも東京五輪への思いは公言してきた。相撲が五輪競技ではないことは承知の上で「やっぱり土俵入りをしたい。横綱4人でね。露払い、太刀持ちとね」と青写真を描いた。

 春場所で17年ぶりに4横綱になってから、3場所連続で全員の皆勤はできなかった。白鵬はまずは「4人で千秋楽を迎えるのが最高の形」とし、五輪での土俵入りに向けて「いつかその日が来ることを願って、自分自身もしっかりしないと」と言った。3年後は4人とも30代半ばで衰えは必至。それでも「もしもの日」を夢見て、横綱であり続ける。【佐々木隆史】

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横審、稀勢の里へ「しっかり治して」も鶴竜には苦言

東京・両国国技館で開かれた横綱審議委員会

 大相撲の横綱審議委員会が24日、東京・両国国技館で開かれた。名古屋場所では2横綱1大関がけがで途中休場したこともあって、けがの話題が大半を締めたという。

 その中で、2場所連続で途中休場した横綱稀勢の里(31=田子ノ浦)について、北村正任委員長(毎日新聞社名誉顧問)は「しっかり体を治して、万全の態勢で出てきてほしい。そうならない場合は休場でいい。大多数はそうでした」と万全な状態で出場するように求めた。

 夏場所後の横審でも同様の意見が出ていたが「前回以上にそういう意見が強く出た」と言い「横綱として出て全うできるという判断が、ちょっと甘かった。ファンの期待に応える責任感に押されて(判断が)甘くなった気がする」と話した。

 同じく2場所連続で途中休場するなど今年は3月の春場所しか皆勤出場がなく、師匠の井筒親方(元関脇逆鉾)が次の出場に進退を懸けることを明かしている横綱鶴竜(31=井筒)については「これだけ休んでしまうのはマズイ」と苦言を呈した。都倉俊一委員(作曲家)も「けがをしてふがいない状態になる方が、相撲ファンはがっかりする」と出場する以上は万全の体調を求めた上で、鶴竜について「次に出る場所が勝負。そこで休場などしたら意見は申し上げないといけない」と表情は険しかった。

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十両Vは大奄美「これで奄美を知ってもらえれば」

<大相撲名古屋場所>◇千秋楽◇23日◇愛知県体育館

 十両優勝は大奄美、11勝4敗。

 本割で1差で追う朝乃山を寄り切り、4敗で並んだ豊山を加えた優勝決定ともえ戦に。最初に豊山を、続いて朝乃山を下手投げで破り初の各段優勝。幕下付け出しデビューから4勝3敗を繰り返したが「自信になる。これで奄美を知ってもらえたら」と出身地のアピールも忘れなかった。

 ◆大奄美(だいあまみ、24=追手風)本名・坂元元規。鹿児島県龍郷町出身。16年初場所初土俵。185センチ、181キロ。得意は右四つ、寄り。

 序二段優勝は炎鵬、7戦全勝。

 全勝同士による決定戦で元幕内舛乃山(千賀ノ浦)を下手投げで破る。体重差82キロも内弟子として白鵬に鍛えられた稽古が実り業師ぶりを発揮。「今場所は我慢出来た」。序ノ口に続く連続Vで小兵旋風を締める。

 ◆炎鵬(えんほう、22=宮城野)本名・中村友哉。金沢市出身。17年春場所初土俵。169センチ、95キロ。左四つ、下手投げ。

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白鵬V一夜明け「3横綱と土俵入り」東京五輪へ思い

一夜明け会見で次の目標を語る白鵬(撮影・岡本肇)

 23日の大相撲名古屋場所千秋楽で、自身が持つ史上最多記録を更新する39度目の優勝を決めた横綱白鵬(32=宮城野)が、一夜明けた24日、名古屋市内で一夜明け会見し、報道陣の取材に応じた。

 今場所は2場所連続優勝に加え、史上最多の通算勝利記録もかかるなど、モチベーションに欠かなかった場所だった。昨年のこの名古屋場所は右足親指を負傷し、苦しい1年の始まりだっただけに、美酒に酔いしれて一夜明けても感無量の様子だった。

 また、現役続行のモチベーションの1つでもある東京五輪まで、この日で残りちょうど3年に迫っていることに触れられると「心と体をしっかりかみ合わせて準備したい。(他の)3横綱と土俵入りしたい」と語った。

  ◇    ◇

 ☆一問一答

 Q一夜明けて

 白鵬 去年は名古屋で優勝できなかったし、久しぶりに名古屋で盛り上がったな、という感じ。大記録、優勝したんだなという思いでいっぱいです。

 Q昨日はおいしいお酒を飲めたか。ずいぶん遅かったのでは

 白鵬 はい、飲めました。でも5時間ぐらいは寝られました。

 Q「名古屋のみなさん、サンキュー」という優勝インタビューの言葉が話題になっている

 白鵬 へぇ~、そうですか。いや~、天才だね(笑い)。たまたま(会場のファンが掲げる)「V39おめでとう」の文字が目に入ったので使ってしまいました。

 Q14日目の伊勢ケ浜親方の(NHK)解説に共感されたそうだが

 白鵬 右四つをベースに、いろいろなことをやっていくというのは今場所の流れだったように思うし、自分が目指す形にこだわらないというスタイルに近づいたのかな、という感じがします。

 Q相撲は奥が深いという話もしているがあらためて

 白鵬 負けた相撲(御嶽海戦)は、立ち合いで勝ったと思った、オレって天才だなと。その瞬間に逆転負けしたということは、やっぱり相撲は奥が深いなと、あらためて感じた。

 Q子どもたちの目標になりたいという思いは

 白鵬 1つ目は自分自身にある。どれだけいじめて鍛えて追い込んで、そして本番で結果を残す。あと何年やれるか分からないけど、第2の人生がアスリートは長いから、そこにぶつけて生かしたい。2つ目は、大鵬関の32回(最多優勝記録を更新して)から目標を失ったという寂しい思いがあったので、これから大相撲を目指す子どもたちに、少なからず寂しい思いをさせないように今後、修行を積み重ねて頑張っていきたいなという思いでいる。

 Qいよいよ優勝40回が見えてきた

 白鵬 人の言葉の鋭さを思い出すね。春場所で休場した時、「30回以上、優勝した横綱は(白鵬を含め)3人いるけど、大台40回は誰もいないぞ」と言われた時、体が熱くなった。今場所は大記録、1045(3位=千代の富士)、1047(2位=魁皇、ともに通算勝利記録)、そして優勝と、次から次に(話題が)15日間、来るという、こんな場所はなかったような気がする。そういった意味で疲れたな、と思う。

 Q通算勝利記録は並んだ時、乗り越えた時の喜びは、それぞれ違ったか

 白鵬 並んだ時にうれしさがあったけど、超えた時も意外とうれしさがあった。相手が新大関高安で、いちばん勢いがあるお相撲さんだったし、そこでいい相撲が取れたことで喜びが倍増した。その前に1回、(タイ記録がかかった御嶽海戦で負けて)待ったがかかりましたからね。その分、良かったのかなと。

 Q待ったがかかった一番(御嶽海戦)を振り返って

 白鵬 右で張って、すぐ右上手取れた瞬間、ちょっと笑ってしまったかな。

 Qこの後は(夏巡業開始まで)少し休めるか

 白鵬 今日からふるさとに帰って、新大統領も誕生しましたし、家族を両親と会わせて、子どもたちをおじいちゃん、おばあちゃんのそばに置きたいな、という思いで帰ります。

 Q優勝回数はこの先、どれぐらいが見えるか

 白鵬 先場所は優勝が14日目だった。今回は最後の最後まで分からなかった。今まで通りに努力していけば、優勝というのは、まだまだ私にほほ笑んでいるのかなと思う。何より名古屋で優勝39回という、大台40回への大きな足固めができたなという思いです。

 Q引退も近いのではという声もある中での優勝。

 白鵬 この名古屋で足を痛めたから、その借りを名古屋でキッチリ返すことが出来た。その名古屋で応援してくれた方々、そして全国、世界中の相撲ファンに大記録を見せることが出来たことは、忘れられない思い出深い15日間、名古屋場所になり、満足感でいっぱいです。

 Q横綱を奮い立たせたものは

 白鵬 横綱である限り目標、モチベーションが自分を奮い立たせてくれた。今回、1048勝目した時、優勝したかのようだった。テレビを観れば自分、新聞を見れば自分。終わったような感じだった。だから14日目に朝起きて、豪栄道戦の前かな、気持ちが入ってこないというね。ギリギリまで自分と闘って、やっと制限時間いっぱいになって気持ちが入ってきた。あんなのは初めてですね。それほどの大記録だったんだなと14日目、しみじみとかみしめながら土俵に上がって仕切ってましたね。(後で映像で)取組を見れば(落ち着かずに)下を見たり上を見たり、自分に「いつもと一緒だ」と言い聞かせながらやりきりました。

 Q今場所も4横綱が最後までそろって15日間を全うできなかった

 白鵬 4人で千秋楽を迎えるのが最高の形。それを達成したという思いはあるし、それは何よりファンの方々が臨んでいるもの。ただケガというのは小さいの大きいのに関係なく、本人にしか分からない痛みがある。しっかり治して万全な体勢で、いつかその日が来ることを願うし、自分自身もしっかりしなければならない、というのはある。

 Q東京五輪まで今日で残り3年。常々、東京五輪への思いを語っている

 白鵬 そうですね…。いよいよ、もう3年か。5年、6年とか言っていたのがね。その東京五輪のために、心と体をしっかりかみ合わせるような努力と、準備をしたい。

 Qどんな形でかかわりたいか

 白鵬 やっぱり土俵入りですよ。4横綱いますからね。横綱4人で。露払い、太刀持ちと3人で土俵入りしたいね。

一夜明け会見で穏やかな笑顔をみせる白鵬(撮影・岡本肇)
一夜明け会見で次の目標を語る白鵬(撮影・岡本肇)

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若返りの白鵬39度目V、故障からはい上がった理由

名古屋場所で優勝した白鵬は後援会関係者から祝福され杯に注がれたお酒を飲む(撮影・小沢裕)

<大相撲名古屋場所>◇千秋楽◇23日◇愛知県体育館

 横綱白鵬(32=宮城野)が、2場所連続39度目の優勝を決めた。1差に迫っていた平幕碧山が勝ったため、結びの一番で横綱日馬富士に敗れれば優勝決定戦にもつれ込むところだったが、1分9秒5の長い相撲を制して賜杯を手にした。昨年名古屋場所で負傷した右足親指を手術し、翌秋場所を全休。先場所で1年ぶり優勝を果たし、今場所は13日目に通算勝利数歴代1位を達成した。その裏には「断食パワー」があった。秋場所は9月10日に東京・両国国技館で始まる。

 2場所連続の優勝インタビューで、ちゃめっ気たっぷりに答えた。「名古屋のみなさん。サン・キュー」。自身が持つ最多優勝記録を更新する39度目の優勝。「39」と書かれたうちわを持ったファンを見つけてひらめいた。「天才だね」。自画自賛するほど、気持ちは舞い上がっていた。

 勝てば無条件で優勝が決まる一番。左に動いて左上手を取り、すかさず右を差した。盤石の体勢。ただ「投げが強いからね。よく見ていた」と互いに四つに組んだまま、土俵中央で動きが止まった。先に仕掛けたのは日馬富士。強引な寄りをこらえて、体勢を入れ替えて寄り倒した。

 苦しい1年だった。昨年名古屋場所の勢戦で、右足親指を負傷して手術に追い込まれ、翌秋場所を全休。復帰した去年の九州場所は11勝止まりで、春場所は右足親指を再び痛めて途中休場した。1年間、賜杯から遠ざかったのは自身最長ブランク。悪夢のきっかけとなった名古屋で、完全復活とも言える2場所連続優勝。その裏には、昨年秋場所を全休した間に行った断食の存在があった。

 サポートしたのは、杏林予防医学研究所の山田豊文所長だ。12年から白鵬の食生活を含めたコンディショニングづくりを支えている。断食の効果を「我々が物を食べていない時に細胞が体内の不要な物を食べる。だから若返る」と説いた。山田氏の断食法は、準備期間を含め約1カ月を要する。秋場所の全休で1カ月が生まれた白鵬には、うってつけのタイミングだった。

 断食期の3日間で口にできたのは水と、酵素の働きをサポートするマグネシウム入りのドリンクのみだった。そんな断食を終えた横綱について、山田氏は「明らかに体も心も若返ってきている。普通なら晩年なのに」と驚き、白鵬自身も先場所の優勝後に「検査したら血管年齢が25歳だった」と明かしたように、肉体の復活を感じ取っていた。

 前人未到の優勝40回に王手をかけ、通算勝利数も歴代1位になった。「15日間大きなケガなく全うできた。大満足ですよ」とやり切った表情。そして「とりあえずゆっくり休みたい」。また1つ歴史に名を刻んだ大横綱。来場所に向けて、今は羽を休める。【佐々木隆史】

 八角理事長(元横綱北勝海) 決して慌てない白鵬に対し、日馬富士はしがみつくのがやっとだった。今場所の白鵬は落ち着いて気力も充実していた。勝負どころで集中力を出して勝ち方も知っている。常に先手先手を取っていた。(大台の優勝40回は)今年中にと思っているだろう。

白鵬の16年名古屋場所以降

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稀勢の里、巡業は当面不参加 田子ノ浦親方が明かす

名古屋場所5日目、稀勢の里は勢に敗れ風呂場へ向かう(2017年7月11日撮影)

 大相撲名古屋場所を途中休場した横綱稀勢の里の師匠の田子ノ浦親方(元幕内隆の鶴)は23日、岐阜市で30日に始まる夏巡業に、稀勢の里が当面は参加しないことを明らかにした。「本人とは話していないが、当面は。ただ場所に出るだけでなく、結果を出さないといけないので」と話した。

 稀勢の里は春場所で痛めた左上腕付近の回復が遅れていることに加え、名古屋場所5日目の勢戦で左足首を痛めた。田子ノ浦親方によると、稀勢の里は休場後すぐに部屋の宿舎を離れ、治療に専念している。

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懸賞本数は名古屋場所最多、全15日間で「札止め」

横綱白鵬(左)は懸賞金の束を手に頭を下げる(2017年7月17日撮影)

<大相撲名古屋場所>◇千秋楽◇23日◇愛知県体育館

 懸賞の総本数は1677本で同場所の最多となった。過去の最多は2015年の1509本だった。今年3月の春場所で記録した地方場所最多の1707本には及ばなかった。

 横綱白鵬の通算最多勝記録や新大関高安らが注目された今場所は、入場券完売を意味する「札止め」を全15日間でマークした。昨年は11日間だった。大相撲人気を示すように、今年に入って4場所連続で全日程札止めとなった。

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碧山自己最多12勝で夢つないだ、新妻もドキドキ

豪風を押し出しで破る碧山(撮影・渦原淳)

<大相撲名古屋場所>◇14日目◇22日◇愛知県体育館

 東前頭8枚目の碧山(31=春日野)が、12年夏場所旭天鵬以来の平幕優勝に夢をつないだ。幕内最年長の豪風を押し出し、自己最多の12勝目を挙げ、2敗を守った。今日23日の千秋楽で嘉風に勝ち、1敗の横綱白鵬が日馬富士に敗れれば、優勝決定戦へ。鳴戸親方(元大関琴欧洲)に次ぐ2人目のブルガリア人力士として来日。14年九州、15年初場所では関脇だった実力者が、番狂わせを狙う。

 左上手をがっちり引いて、碧山が前に出た。豪風を191センチ、195キロの巨体で抱え込み、体を預けて押し出した。「よかった。膝をしっかり曲げて、前に出られたし」。幕内35場所目で初の12勝を挙げ、優勝争いに残った。「久しぶりに緊張した」。たどたどしい日本語に実感がこもる。

 8年前のデビューから将来を嘱望されながら、左膝、腰などの負傷で伸び悩んだ。今場所の快進撃は地道な稽古のおかげだ。場所中の朝稽古でも栃煌山、栃ノ心と関取3人で相撲を取る。ただ当初は1人約10番とっていたが、前日は6番、この日は4番。内容も1勝3敗と圧倒された。夜7時間、昼2時間も寝ているが、疲れはピーク。この日の取組後は「早く布団に入りたい」とこぼした。

 それでも、まだ頑張れる。今年2月に挙式した同郷のビオレタ夫人が東京の自宅で祈っている。物言いの末に白星を手にした前日の夜は、テレビ電話で「ドキドキした」とこぼされた。「1人で待っているからね。ドキドキして倒れられたら、大変だよ」。元気な相撲で安心させたい。

 東前頭8枚目とあって、三役以上と1度も当たらず、星を重ねた。「10日目ぐらいに横綱戦を組まれるんじゃないかと思ったけどね。関脇経験者に失礼だけど、凡人にはそういうの(運)も必要」と春日野親方(元関脇栃乃和歌)。八角理事長は「碧山がいなかったら大変だったよ」と2横綱1大関が休場した場所の“立役者”に感謝する。

 千秋楽に白鵬が勝てば優勝は消滅するが、やるしかない。12年2月に急逝したかつての師匠、先代田子ノ浦親方(元前頭久島海)が「白鵬に勝てる力士に育てたい」とほれた逸材ももう31歳。「とりあえず明日の一番に集中して、勝ったらいいな…」。最後の力を振り絞る。【加藤裕一】

 ◆碧山亘右(あおいやま・こうすけ)本名ダニエル・イバノフ。1986年6月19日、ブルガリア生まれ。レスリングに打ち込みながら、クラブの用心棒などをしていたが、鳴戸親方(元大関琴欧洲)に次ぐ史上2人目のブルガリア人力士として田子ノ浦部屋入門。09年7月初土俵。11年九州場所で新入幕。最高位は関脇。12年2月の先代田子ノ浦親方(元幕内久島海)の死去に伴い、同年春場所から春日野部屋へ。家族はビオレタ夫人。191センチ、195キロ。

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白鵬1048勝!節目の勝利を振り返り/写真特集

通算300勝 白鵬(右)は右差しから万全の寄りで時天空に完勝(写真は2007年9月10日)

<大相撲名古屋場所>◇13日目◇21日◇愛知県体育館

 横綱白鵬(32=宮城野)が、新大関高安(27=田子ノ浦)を押し倒して12勝1敗とし、最多タイで並んでいた元大関魁皇を抜き単独1位となる1048勝目を挙げた。

<通算300勝>2007年大相撲秋場所2日目 白鵬(右)は右差しから万全の寄りで時天空に完勝

通算300勝 白鵬(右)は右差しから万全の寄りで時天空に完勝(写真は2007年9月10日)

<通算500勝>2010年大相撲初場所14日目琴欧洲を上手投げで破る白鵬

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<通算670勝で横綱朝青龍の記録を抜く>2012年大相撲夏場所5日目、押し出しで豊真将(右)を破った白鵬

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<通算800勝>2014年大相撲初場所 初日、栃煌山(左)を押し出し通算800勝を挙げた白鵬

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<通算873勝で横綱大鵬の記録を抜く>2014年大相撲九州場所8日目 照ノ富士(右)を寄り切りで破り土俵下まで追い込み突き飛ばした白鵬

通算873勝で横綱大鵬の記録を抜く 照ノ富士(右)を寄り切りで破り土俵下まで追い込み突き飛ばした白鵬(写真は2014年11月16日)

<通算900勝>2015年大相撲春場所5日目、宝富士(下)をすくい投げで破った白鵬は、勢い余って体の上に膝から落下

通算900勝 宝富士(下)をすくい投げで破った白鵬は、勢い余って体の上に膝から落下(写真は2015年3月12日)

<通算1000勝>2016年大相撲九州場所3日目、魁聖を上手投げで破った白鵬

通算1000勝を達成した白鵬は、扇子と「白鵬メーター」を手に満面の笑顔(撮影・岡本肇)

白鵬は寄り切りで玉鷲を破る(撮影・渦原淳)

<通算1047勝>2017年大相撲名古屋場所12日目、寄り切りで玉鷲を破った白鵬

歴代通算1位タイとなる1047勝目を挙げた白鵬は「白鵬メーター」を手に笑顔を見せる(撮影・小沢裕)

白鵬(左)は高安を押し倒しで下し、歴代通算勝利で単独1位となる1048勝目を挙げた(撮影・小沢裕)

<通算1048勝>2017年大相撲名古屋場所13日目、押し倒しで高安を破った白鵬

白鵬(右)は高安を押し倒しで下し、歴代通算勝利で単独1位となる1048勝目を挙げた(撮影・小沢裕)

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アマ横綱矢後が幕下優勝「ホッとした」関取射止め涙

矢後(左)は竜勢を寄り切りに破り幕下優勝を飾る(撮影・渦原淳)

<大相撲名古屋場所>◇13日目◇21日◇愛知県体育館

 所要2場所で関取の座を射止め、涙が止まらなかった。

 幕下の優勝が決まる、6戦全勝同士による矢後(23=尾車)-竜勢(31=鏡山)の一番は、立ち合いの攻防から左を深く差した矢後が寄り切りで勝ち、全勝優勝を決めた。

 幕下15枚目以内の7戦全勝で、来場所の新十両昇進を確実にした。

 横綱大乃国(現芝田山親方)と同郷の北海道芽室町出身。埼玉栄高に相撲留学し、大学は中大に進学。4年時の昨年12月の全日本を制し、アマ横綱に就いた。規定により幕下15枚目格付け出しでデビュー。本来なら3月の春場所がデビューとなるが、持病の腰痛が癒えるのと、プロの世界に慣れるため、デビューは1場所遅らせ、5月の夏場所で初土俵を踏んだ。その夏場所は5勝2敗で勝ち越し、番付を上げて今場所に臨んでいた。

 これほどの緊張感を味わったのは「去年のアマチュア選手権(アマ横綱に就いた全日本選手権)と似たような緊張」と言い「悪いことも想像したりして」前夜は眠りにつけなかったという。「ここまで来たら、やるしかない」と覚悟を決めて場所入りしたが、緊張感は解けない。涙を流したのは、やはり昨年の全日本以来で「緊張がとれてホッとした涙です」と話した。

 「先場所は緊張で自分の相撲を取れなかった。今場所は周りもよく見えて、集中できたのが勝ちにつながった」と勝因を分析。関脇御嶽海以来の所要2場所での新十両昇進は「想像していなかった」という。師匠の尾車親方(元大関琴風)も「順調に成長してくれてホッとしています。先場所はぎこちなかったけど、今場所はプロの雰囲気に慣れた」と勝因を挙げた。同じ左四つの横綱稀勢の里を目標に、また一人、スケールの大きな関取が誕生する。

幕下優勝を決め感極まる矢後(撮影・小沢裕)

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五輪までは現役で!白鵬部屋創設へ日本国籍取得考え

白鵬(中央)は玉鷲を寄り切りで下し、歴代通算1位タイとなる1047勝目を挙げた。右は浅香山親方(元大関魁皇)(撮影・小沢裕)

<大相撲名古屋場所>◇12日目◇20日◇愛知県体育館

 大相撲の横綱白鵬(32=宮城野)が関脇玉鷲を寄り切り、通算勝利歴代1位となる魁皇の1047勝に並んだ。01年春場所の初土俵から、魁皇より42場所早く達成。唯一の1敗を守り、早ければ明日14日目に2場所連続39度目の優勝が決まる。モンゴル出身の大横綱は近い将来、日本国籍を取得する考えを持っていることが、関係者の話で分かった。日本国籍を取得できれば、引退後は親方として日本相撲協会に残る見通しが立つ。

 ついにこの瞬間が訪れた。土俵下には元大関魁皇の浅香山審判員が座っていた。白鵬は「見えたけど下向いてた」と振り返るほど落ち着いていた。ただ「落とせない気持ちだった」。激しい右のかち上げに、力いっぱい左右の張り手。前日の負けを拭い去るように寄り切った。「言葉に言い表せられない。去年1年間苦しいものがあった。それが大記録につながった。一味も二味も味がおいしい。すんなりきたら、ここまではなかった」。表情は穏やかだった。

 角界のトップを走り続け、すでに将来を見越しているようだ。白鵬は公の場で明言していないが、関係者によると近い将来、日本国籍を取得する意向だという。父ムンフバト氏は、モンゴル初の五輪メダリストで国民的英雄ということもあり、息子の国籍変更は同国では想像以上の大問題。モンゴル国籍のままでは親方になれず、大相撲への思い入れが強い白鵬は悩み続けてきた。

 取得すれば、年寄名跡を取得するために必要な条件で唯一、満たしていなかった「日本国籍を有する者」をクリアする。すでに史上1位となる38回の幕内優勝を果たしており、日本人になれば日本相撲協会から「一代年寄」を贈られる可能性は高い。著しい功績があった横綱だけに与えられるもので、引退後も現役時代のしこ名のまま「白鵬親方」として弟子を指導できる。

 すでに平幕石浦、十両山口、序二段炎鵬を内弟子として抱えている。「白鵬部屋」創設となれば、3人とともに現在の宮城野部屋から独立する。「銀座に部屋を持ちたい」と、語ったこともあった。師匠の宮城野親方(元前頭竹葉山)も、白鵬の思いを察している。「横綱が今後目指すべき目標は?」と聞かれると「若手を育てたいという気持ちがあると思う」と話した。

 今日13日目の高安戦では、通算勝利数の新記録に挑む。今場所を制すれば、優勝40回に王手がかかる。「東京五輪までは現役でいたい」と常々口にする。まずは大横綱として、さらに相撲道を究めていく。【佐々木隆史】

 ◆一代年寄 日本相撲協会に以前から登録された105の年寄名跡(俗称親方株)のほかに、著しい貢献のあった横綱の功績をたたえて贈られる名跡。幕内優勝20回が目安とされ、個人1代限りにおいて年寄として待遇される。68年8月に大鵬、85年1月に北の湖、03年1月に貴乃花に贈られた。89年9月に千代の富士も理事会で提案されたが、本人が辞退した。年寄名跡の襲名資格には、「日本国籍を有する者など」の条件がある。

<主な外国出身力士の日本国籍取得>

 ◆一般的に、年寄名跡の取得を見越して、現役中に手続きを行う。

 ◆第1号関取 初の外国人関取になった、ハワイ出身の元関脇高見山は80年に取得。84年夏場所で引退後、年寄「東関」を襲名して86年に部屋を創設。横綱曙、小結高見盛らを育てて、09年6月に定年退職した。

 ◆養子 元関脇旭天鵬は05年6月にモンゴル人力士として初めて取得し、当時師匠だった大島親方(元大関旭国)の養子になった。15年名古屋場所で引退して「大島」を襲名。今年の夏場所後に「友綱」を継承して、モンゴル出身力士で初の師匠(部屋持ち親方)になった。

 ◆欧州初 14年に元大関琴欧洲が、欧州出身力士として初めて取得。15年に年寄「鳴戸」を襲名した。部屋付きの親方として、佐渡ケ嶽部屋に所属していたが、独立して4月1日付で鳴戸部屋を新設した。

白鵬の通算勝利記録

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序二段は舛乃山、炎鵬が千秋楽で優勝決定戦

<大相撲名古屋場所>◇13日目◇21日◇愛知県体育館

 序二段の優勝争いは、7戦全勝同士による千秋楽の優勝決定戦に持ち越された。

 6戦全勝同士の対戦で舛乃山(千賀ノ浦)が前田に勝利。もう1人の6戦全勝だった炎鵬(宮城野)も三段目の将豊竜(時津風)に勝ち、この2人が優勝決定戦に進んだ。

 前頭4枚目まで経験した舛乃山は、右膝の重傷からの復活を目指す。十両時代の14年8月に1回目、翌15年5月に2度目の手術をした。それでも「痛みがとれなかった」と昨年11月の九州場所後に、3度目の手術に踏み切った。今年は初、春場所と全休し、夏場所途中から本場所の土俵に復帰。今場所は心機一転、06年名古屋場所の初土俵からのしこ名「舛ノ山」を「舛乃山」に改名して臨んでいる。10年九州場所でともに新十両昇進を果たした大関高安(田子ノ浦)を「いい刺激にしたい。優勝決定戦は自分のゴールでなく、上に(関取に)上がるのが目標。一喜一憂しないでやりたい」と話した。

 一方の炎鵬は、引退後に部屋を持つ意向があるとされる、横綱白鵬の内弟子として入門し、5月の夏場所で序ノ口デビュー。7戦全勝し、今場所も含め土つかずの14連勝をマークした。「チャレンジャーの気持ちでぶつかるだけ。お客さんも多いと思うので、お客さんが喜ぶような相撲を取りたい」と優勝決定戦に思いをはせた。大けがからの再起を目指し押し相撲を貫く177キロの舛乃山と、95キロの業師・炎鵬。千秋楽に楽しみな取組が出来た。

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八角理事長「上の数字ない中で勝っていくのが白鵬」

「白鵬メーター」に貼る「7」を手に笑顔を見せる白鵬(撮影・渦原淳)

<大相撲名古屋場所>◇12日目◇20日◇愛知県体育館

 大相撲の横綱白鵬(32=宮城野)が関脇玉鷲を寄り切り、通算勝利歴代1位となる魁皇の1047勝に並んだ。01年春場所の初土俵から、魁皇より42場所早く達成。

 八角理事長(元横綱北勝海)のコメント 白鵬には「これで決める」という気迫があったと思う。並大抵の努力では出来ない。体調管理も素晴らしく、努力する性格、プレッシャーに負けない強さ、稽古の積み重ね。どれが欠けてもできない。(頂点に立ち)この上(の数字)がない中で勝っていくのはつらいだろうが、白鵬ならやってくれる。今日の気迫を見るとまだ続くと思う。

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宮城野親方が白鵬ねぎらう「あんな体が小さい子が」

白鵬は玉鷲を攻める(撮影・渦原淳)

<大相撲名古屋場所>◇12日目◇20日◇愛知県体育館

 大相撲の横綱白鵬(32=宮城野)が関脇玉鷲を寄り切り、通算勝利歴代1位となる魁皇の1047勝に並んだ。01年春場所の初土俵から、魁皇より42場所早く達成。

 白鵬の師匠の宮城野親方(元前頭竹葉山)のコメント あんな体が小さい子が、ここまで上がってくるとは思わなかった。いろいろな記録を達成して。準備運動、稽古を欠かさずにやってきたからね。

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元若嶋津の二所ノ関審判長「内臓が強い、まだまだ」

白鵬(中央)は玉鷲を寄り切りで下し、歴代通算1位タイとなる1047勝目を挙げた。右は浅香山親方(元大関魁皇)(撮影・小沢裕)

<大相撲名古屋場所>◇12日目◇20日◇愛知県体育館

 大相撲の横綱白鵬(32=宮城野)が関脇玉鷲を寄り切り、通算勝利歴代1位となる魁皇の1047勝に並んだ。01年春場所の初土俵から、魁皇より42場所早く達成。

 幕内後半戦の二所ノ関審判長(元大関若嶋津)のコメント すごい。自分なんかには考えられない。自分は29歳で体がしぼんだが、白鵬は32歳でまだ張っている。内臓も強いのだろう。大横綱だから(今後)続けて負けるようになったら引退しかないが、まだまだでしょう。

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白鵬母モンゴルで「日本国民が注目してくれたお陰」

歴代最多勝に並び、懸賞金を掲げる白鵬(撮影・岡本肇)

<大相撲名古屋場所>◇12日目◇20日◇愛知県体育館

 大相撲の横綱白鵬(32=宮城野)が関脇玉鷲を寄り切り、通算勝利歴代1位となる魁皇の1047勝に並んだ。01年春場所の初土俵から、魁皇より42場所早く達成。

 白鵬の母タミルさん(69)はウランバートル市内のホテルでテレビ観戦し、緊張した様子で食い入るように取組を見守った。勝利を見届けると「非常にうれしい。日本国民が注目してくれているおかげで、息子はこんなに成功して相撲を取っている」と喜んだ。ここ数年、白鵬がけがに苦しめられたことを心配していたという。「けがをした時も周りの人が治療のことを気遣ってくれたので早く治った。経験もあるしこの数場所はよく戦っている」と、新記録樹立への期待も示した。

 ◆白鵬翔(はくほう・しょう)本名ムンフバト・ダヴァジャルガル。1985年3月11日、モンゴル生まれ。元小結旭鷲山の紹介で00年10月に15歳で来日。04年夏場所で、昭和以降4番目の若さ19歳1カ月で新入幕。大関昇進した06年夏場所に歴代4位の21歳4カ月で初優勝。07年名古屋場所で第69代横綱に昇進。10年初場所14日目から九州場所初日にかけ歴代2位の63連勝。15年初場所で大鵬の持つ最多優勝記録を更新するなど、さまざまな史上1位の記録を持つ。得意は右四つ、寄り。家族は紗代子夫人と1男3女。192センチ、160キロ。血液型A。

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元関脇高見山が1号/日本国籍取得した外国出身力士

歴代最多勝に並び、懸賞金を掲げる白鵬(撮影・岡本肇)

<大相撲名古屋場所>◇12日目◇20日◇愛知県体育館

 大相撲の横綱白鵬(32=宮城野)が関脇玉鷲を寄り切り、通算勝利歴代1位となる魁皇の1047勝に並んだ。

 01年春場所の初土俵から、魁皇より42場所早く達成。唯一の1敗を守り、早ければ14日目に2場所連続39度目の優勝が決まる。モンゴル出身の大横綱は近い将来、日本国籍を取得する考えを持っていることが、関係者の話で分かった。日本国籍を取得できれば、引退後は親方として日本相撲協会に残る見通しが立つ。

 ◆主な外国出身力士の日本国籍取得 一般的に、年寄名跡の取得を見越して、現役中に手続きを行う。

 ▽第1号関取 初の外国人関取になった、ハワイ出身の元関脇高見山は80年に取得。84年夏場所で引退後、年寄「東関」を襲名して86年に部屋を創設。横綱曙、小結高見盛らを育てて、09年6月に定年退職した。

 ▽養子 元関脇旭天鵬は05年6月にモンゴル人力士として初めて取得し、当時師匠だった大島親方(元大関旭国)の養子になった。15年名古屋場所で引退して「大島」を襲名。今年の夏場所後に「友綱」を継承して、モンゴル出身力士で初の師匠(部屋持ち親方)になった。

 ▽欧州初 14年に元大関琴欧洲が、欧州出身力士として初めて取得。15年に年寄「鳴戸」を襲名した。部屋付きの親方として、佐渡ケ嶽部屋に所属していたが、独立して4月1日付で鳴戸部屋を新設した。

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初金星の宇良が見せた涙のワケ、「色物と見られて」

初金星を挙げた宇良は涙を拭いながらインタビュールームを出る(撮影・岡本肇)

<大相撲名古屋場所>◇9日目◇17日◇愛知県体育館

 東前頭4枚目の宇良(25=木瀬)が涙の初金星を獲得した。立ち合いで横綱日馬富士の右腕にしがみつき、とったりを決めた。15年春場所の初土俵から所要15場所目の初金星は歴代2位のスピード記録で、日本出身力士では北勝富士と並ぶ最速となった。65キロ未満の軽量級だった関学大2年から5年で体重137キロまで増量。8日目の白鵬戦は完敗だったが、創意工夫を重ねてきた業師は日馬富士を土俵にはわせ、歓喜の涙をこぼした。

 立ち合いの低さ、鋭さが武器の日馬富士より、宇良はさらに低く前に出た。下から当たると同時に右腕をつかんだ。振り回すように左に回りながら、両腕でしがみつくように引っ張り込む。気付けば横綱が前のめりに倒れていた。

 乱れたまげに上気した顔。ぼうぜんとしていた。勝ち残りで土俵下にいるときも目はうつろ。NHK中継のインタビューで涙をこぼした。「もう力を出し切れて良かったです…。明日からも頑張ります…」。声は震え、指で目を押さえ、鼻をすすった。支度部屋でも泣いた。「本当に分からないです」「いやもうちょっと…ないですね」。いつも取り口を聞かれると定番のように「分からないです」とはぐらかすが、この日の「分からない」は正真正銘だった。

 涙には理由がある。関学大2年だった12年8月26日、西日本学生個人体重別選手権65キロ級1回戦で敗れた。自分より2センチ低く、4キロ軽い京大の1年生に負けた。全国大会に行けず、無差別級に転向した。

 高タンパクの具材を食べ、一方でバック転もできる運動能力を維持してきた。場所中は稽古場に現れず、自分の時間をつくり、考える。体重が5年前の倍以上になった今も四股を踏めば、足先は頭上約15センチまで上がる。だが、11勝4敗の先場所で「技能というより異能」という声も出て、技能賞を逃した。今場所前の7月1日、関学大名古屋支部同窓会では、あいさつで「周りから色物と見られてるんで」とこぼした。

 初土俵から15場所目。日本出身力士では史上最速タイの金星奪取は、まぐれではない。懸命の5年間で作った“宇良オリジナル”で、角界の頂点に土をつけた。「横綱に、自分の相撲が通用したとは思ってないです。これで終わりじゃない。自信をもっていきたいです」。進化を続ける男が、はっきりと今後への決意を語った。【加藤裕一】

 八角理事長(元横綱北勝海)のコメント 日馬富士は踏み込んではいたが、やりにくそうだった。見ていくのか、そのまま行くのか、中途半端で無理に行く必要もなかった。宇良が良かったということ。いろいろなことが出来るし昨日(の白鵬戦)にしても気後れしていない。

 幕内後半戦の二所ノ関審判長(元大関若嶋津)のコメント 宇良は運動神経がいいね。取ろうと思って(相手の腕を)取れるものではない。とったりは、とっさに出たのでは。面白い力士がまた1人、出てきたね。

初土俵からのスピード金星

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白鵬1045勝に千代の富士思う「左前みつまねた」

全勝を守った白鵬は懸賞金の束を手に頭を下げる(撮影・小沢裕)

<大相撲名古屋場所>◇9日目◇17日◇愛知県体育館

 横綱白鵬(32=宮城野)が平幕輝をはたき込みで下して初日から9連勝とし、元横綱千代の富士に並んで歴代2位となる通算1045勝目を挙げた。01年春場所の初土俵から、千代の富士よりも27場所早い98場所目で達成した。歴代1位の元大関魁皇の1047勝まであと2勝だ。大関高安が小結嘉風に負けて、白鵬を追う1敗は平幕碧山だけとなった。

 支度部屋で白鵬は、万歳で喜びを表現した。輝をはたき込みで下して、ついに到達した1045勝。「場所前からこの数字が目標だった。達成してほっとしてます」と喜んだ。

 場所前の力士会後、「歴代1位の魁皇まであと11勝に迫ったが」と聞かれた時だった。「同じ横綱の千代の富士関が先」。その後も、通算勝利数への質問には「まずは同じ横綱の千代の富士関を目標に」と繰り返してきた。入門以来、「左前みつの取り方は千代の富士関のをまねました」とビデオも見て研究した。この日はまわしを取る相撲ではなかったが「千代の富士関に近い、速い立ち合いをした。上手は取れなかったけどね」と体現しようとした。

 千代の富士の53連勝を塗り替えた10年秋場所で、励まされた思い出がある。「花道で『おめでとう。まだまだあるからな』と声をかけてもらったね」と懐かしがった。今は天国から見守っている先輩横綱。「『よくやった。あと2つ、3つ』と言っていただけるかな。明日勝って相撲界の兄弟子を超えることで恩返ししたい」。今日10日目、歴代1位の1047勝に王手をかけて、大きく育った背中を見せる。【佐々木隆史】

 八角理事長(元横綱北勝海)のコメント 周りから見ればスンナリという感じだが、白鵬本人の努力があったればこその記録。本人の努力以外の何物でもない。(兄弟子だった千代の富士との)共通点は集中力ではないか。

 幕内後半戦の二所ノ関審判長(元大関若嶋津)のコメント 白鵬には余裕がある。まだまだ若い。筋肉の衰えがなく張っている。引退する時は尻の筋肉がしぼんでくるものだが、まだ張っている。

白鵬と千代の富士の地位別成績

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白鵬ニヤリ「宇良を裏返したね」通算勝利数2位王手

宇良をつかまえた白鵬は、体を合わせてすくい投げで裏返し(撮影・岡本肇)

<大相撲名古屋場所>◇8日目◇16日◇愛知県体育館

 横綱白鵬(32=宮城野)が、横綱初挑戦の平幕宇良を右すくい投げで下し、千代の富士の持つ歴代2位の通算1045勝に王手をかけた。自己最多を更新する43度目の中日8日目での勝ち越しを果たし、全勝で並んでいた平幕碧山が負けたため、単独トップに立った。

 支度部屋に戻った白鵬は、記者の質問に満面に笑みを浮かべて答えた。「宇良を裏返したね」。観客が固唾(かたず)をのんで、見守った一番。土俵上で2人が動き回るたびに、歓声が湧き上がった。「やる方は大変ですよ」と話しながらも笑みを浮かべる姿には、気持ちの余裕が見えた。

 立ち合いは「どっちかにズレようかと思った」と右手を出して、左に動いた。一瞬、両足を取られかけたが、持ち前のバランス力でいなし、体勢を崩したのを見逃さずに右を差す。土俵際でこらえられたが、強引なすくい投げで背中から落とした。「ああいうタイプは初めて。お客さんも満足したと思う」。自画自賛の一番で、2場所連続の中日勝ち越しを決めた。

 2カ月半ぶりに土俵上で相まみえた。4月22日の春巡業・東京八王子場所。ぶつかり稽古の相手に指名したのは、春場所で新入幕昇進した宇良だった。約5分間、胸を出したが「勢いがなかった。一生懸命やった感じはあるけど」と物足りなさを感じた。しかしこの日は「柔らかさがあった。いいものがあった」と、短期間での成長に感心した。

 この日の朝稽古で、戦闘態勢は整っていた。立ち合いの確認の相手に、小兵の石浦を指名。小さい相手にぶつかった時の感触を確かめた。見学に来ていた、親交のあるトヨタ自動車の豊田章男社長は「相撲以外の話をした時にリラックスしていたけど、体は緊張していた」と伝わるものがあったという。体と心の準備は万全だった。

 01年春場所の初土俵から積み上げた白星は1044個。歴代2位の千代の富士まで、あと1つに迫り「一番一番」と右手人さし指を立て「1」のポーズを作り意識した。歴代1位の魁皇の1047勝も手に届くところまできた。だが、まずは先輩横綱の横顔をのぞき込む。【佐々木隆史】

 八角理事長(元横綱北勝海)の話 白鵬は右を差し左を抱えながら起こして宇良の動きを止めた。押し込んでるから余裕もある。うまく取った。負けない安定感があり気持ちの乱れもなく平常心でやっている。後半戦の盛り上がりには日馬富士、高安の頑張りが必要。

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御嶽海が同期宇良に完勝、世代交代狙う若手トップだ

宇良(左)を押し倒しで破る御嶽海(撮影・渦原淳)

<大相撲名古屋場所>◇7日目◇15日◇愛知県体育館

 新関脇御嶽海(24=出羽海)が、東前頭4枚目宇良との同期対決を制した。ともに15年春場所で初土俵を踏んでから、この日が初顔合わせ。大学時代に1度だけ対戦経験があり、そのときは御嶽海が完勝している。脳裏に残っている得意イメージのまま押し倒し、5勝目を挙げた。同じく同期の平幕北勝富士を2日目に下しており、世代交代を狙う若手の先頭に立った。

 迷いはなかった。御嶽海は宇良に何もさせなかった。立ち合いでちゅうちょなく正面から踏み込んだ。距離を取ろうと、土俵を逃げ回る相手を、追いかけ続けてはぶつかった。たまらず背中を向けた隙を見逃さずに、押し倒した。

 アマチュア時代に1度だけ戦った。東洋大3年だった13年、全国選抜和歌山大会決勝で関学大の宇良を破って優勝。その時も、この日と同じように、低く入ってくるところを正面からぶつかり、土俵に追い込んで豪快に突き倒した。その手応えは4年たっても忘れなかった。「やってくるパターンは一緒。レパートリーは多くない。しっかり見ること。当たって前に出るだけ」と、この日の朝稽古からイメージは出来ていた。

 4年ぶりの対戦を終えて実感したことがあった。「学生の時よりは強くなっている」と成長に感心。一方で「番付が下の相手には落とせないという気持ちがありますね。プレッシャーはなかったです」と関脇としてのプライドがあった。大学時代の勝利も「初顔合わせだから。初顔合わせという気持ちで」と、油断は一切なかった。

 1横綱2大関を撃破した、同学年で同期の北勝富士にも、2日目に完勝した。報道陣から、これからの世代交代を期待されると「そんな簡単じゃないけど、そうなれるように先頭に立っていたい」と責任感を口にした。堂々と新世代の中心に立つ覚悟だ。【佐々木隆史】

15年10月、相撲教習所卒業式での記念写真

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日馬富士5勝目、豪快首投げで琴奨菊下し口も滑らか

琴奨菊(手前)を首投げで破る日馬富士(撮影・鈴木正人)

<大相撲名古屋場所>◇7日目◇15日◇愛知県体育館

 横綱日馬富士(33=伊勢ヶ浜)が琴奨菊を退け、2敗をキープした。

 鋭い立ち合いから、土俵際まで一気に追い込んだが、押し返され、最後は豪快な首投げを決めた。

 決まり手の首投げは14年春場所以来。そして琴奨菊には十両時代の04年秋場所14日目に決めていた。

 「それ、覚えてるよ。確か、あの時は優勝したんだよ」。報道陣に「じゃあ、今度も優勝ですね?」と突っ込まれると「ハッハッハッ!」と大笑い。「お客さんがわいてくれて良かったよ。まあ相撲をとってる方はしんどいんだけど」と口が滑らかだった。

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稀勢の里は秋場所もこだわらず、田子ノ浦親方が慎重

13日、稀勢の里は勢に敗れ引き揚げる(撮影・加藤哉)

 稀勢の里は前日の左足首の負傷で2場所連続の途中休場が決まった。

 無念さは察するに余りある。だが、それでも遅い決断だった。5日目の勢戦で敗れた際に左足首を痛めた稀勢の里(31=田子ノ浦)は名古屋場所6日目の14日、「左足関節靱帯(じんたい)損傷で約3週間の安静加療を要する」との診断書を提出した。2場所連続の途中休場。師匠の田子ノ浦親方(元前頭隆の鶴)は「『相撲が取れる状態ではない』と。葛藤(かっとう)もあったと思うが、なかなか思うような相撲が取れなく、けがもしてしまったので」と説明した。

 春場所で左上腕付近を負傷し、強行出場した夏場所は途中休場。痛みこそなくなりテーピングも消えたものの、今場所も代名詞のおっつけは出ず、万全にはほど遠かった。負けが込み、さらに足首も負傷。「けがは100%完治はないと思うが、痛みはない。土俵の砂でけがを治すという言葉もあるし、本人も必死だった」と師匠は代弁したが、土俵勘は戻らず、結果として強行出場は失敗だった。

 出場に強い責任感を覚える稀勢の里だが、横綱の使命は勝つこと。今後は万全な姿で戻ることが求められる。師匠も復帰時期について「全治3週間だが、体重もあるし、相撲を取るのはもう少しかかる。相撲が取れる状態になることが一番」とし、9月の秋場所にこだわらない考えを示した。

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稀勢の里が休場、親方「相撲取れる状況ではないと」

稀勢の里の休場について報道陣に説明する田子ノ浦親方(撮影・鈴木正人)

 大相撲の横綱稀勢の里(31=田子ノ浦)が名古屋場所6日目の14日、日本相撲協会に「左足関節靱帯(じんたい)の損傷で約3週間の安静加療を要する」との診断書を提出して休場した。

 稀勢の里の休場は3度目で、2場所連続の途中休場となった。愛知県長久手市内の宿舎で対応した師匠の田子ノ浦親方(元前頭隆の鶴)は「(本人が)相撲が取れる状況ではないと。昨日も話したが、今日最終的に決めました。簡単な決断でなかったのは確か」と話した。

 稀勢の里は前日5日目の勢戦で小手投げを食らって3敗目を喫した際に、左足首を負傷。左足を引きずりながら歩いていた。長久手市内の病院で診断し、骨に異常はなかったものの、靱帯を傷めていた。田子ノ浦親方は復帰時期について「全治は3週間だが、体重もあるし、相撲を取るのはもう少しかかる。相撲が取れることを1番に考えて、様子を見たい。いろいろ本人も葛藤(かっとう)があったと思うが、思ったような相撲が取れていないし、けがもしましたので…。元気で強い横綱を見られるようにしたい」と話した。

 稀勢の里は3月の春場所で左上腕付近を負傷し、けがが癒えぬまま出場した5月の夏場所は10日目で4敗。11日目から途中休場していた。今場所も、半ば強行出場の形だったが、序盤の5日間で1度も連勝がなく、早くも3敗を喫していた。

13日の名古屋場所5日目の取組後、勢に敗れ引き揚げる稀勢の里

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今年春場所で逆転Vの代償/過去2回休場の稀勢の里

稀勢の里は勢に敗れ引き揚げる(撮影・加藤哉)

<大相撲名古屋場所>◇5日目◇13日◇愛知県体育館

 休場明けの横綱稀勢の里(31=田子ノ浦)が2場所連続の途中休場。東前頭3枚目の勢に小手投げを食らい、4個目の金星配給となる3敗目を序盤で喫した。その際に左足首を負傷。足を引きずり、わずかな段差も満足に降りられなかった。師匠の田子ノ浦親方(元前頭隆の鶴)は6日目の出場について「朝、様子を見て」と判断を保留したが、半ば強行出場した場所で横綱が追い込まれた。

 稀勢の里の休場は過去2度。綱とりだった14年初場所12日目の琴欧洲戦で敗れた際に右足親指を負傷。「右母趾(ぼし)MP関節靱帯(じんたい)損傷で約3週間の安静加療」と診断され、7勝7敗で迎えた千秋楽を休場して負け越した。02年春の初土俵からの連続出場は953回で途切れた。新横綱で迎えた今年春場所13日目の日馬富士戦では左上腕付近を負傷。その場所は奇跡的な逆転優勝を飾ったが代償は大きく、強行出場した夏場所は10日目に琴奨菊に敗れて4敗目。「左大胸筋損傷、左上腕二頭筋損傷で約1カ月の通院加療を要する」との診断で翌11日目から休場した。

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初白星が横綱稀勢の里相手「左差されて振り払った」

勢は小手投げで稀勢の里に勝利する(撮影・加藤哉)

<大相撲名古屋場所>◇5日目◇13日◇愛知県体育館

 勢が稀勢の里と16度目の対戦で初勝利を挙げた。左を差されたが、春場所で痛めた右腕で小手投げを決めた。

 過去15戦全敗だった相手に「今まで思い切りがなかったんで、何でも思い切って、という気持ちでした。横綱はそらもう強いです。左を差されて嫌だったんで、振り払った感じ。今場所の連敗も止めた初白星とあって初めて勝てたのがうれしい~」と喜びも倍増だった。

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勢「うわ~うれしい」16度目対戦で稀勢から初白星

勢は小手投げで稀勢の里に勝利する(撮影・加藤哉)

<大相撲名古屋場所>◇5日目◇13日◇愛知県体育館

 平幕勢(30=伊勢ノ海)が横綱稀勢の里から16度目の対戦で初白星を挙げた。

 流れの中で横綱得意の左差しを許したが、右で打った小手投げが決まった。

 支度部屋に戻ると「うわ~、初めて勝てたのがうれしい」。13年春場所10日目に当時大関だった稀勢の里に初顔合わせで敗れて以来、どうしても崩せなかった壁を破った。最後の小手投げは、今年の春場所で痛めた右腕で放った。今も上腕部内側の筋が切れており、外側の筋肉だけに頼っている。「以前よりも力は入りませんねえ」と苦笑いするが、勝負を決めた場面を「左を差されたのが嫌で、それを振り払おうという感じでした」と振り返っていた。

支度部屋で笑顔を見せる勢(撮影・鈴木正人)

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