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「正代=ネガティブ力士」に本人の見解は…/連載

9月30日、大関昇進の伝達を受けて部屋の木札を「大関」に替える正代(代表撮影)

<くまモン大関 正代直也:第3回>

正代(28=時津風)が大関昇進を果たした。熊本出身では58年ぶりとなる新大関の素顔とは? 日刊スポーツでは「くまモン大関 正代直也」と題し3回連載する。

  ◇   ◇   ◇

大関正代(28=時津風)はこれまで、「ネガティブ」が代名詞だった。

15年7月、新十両昇進の記者会見でのこと。対戦したい力士を聞かれると「全然ない。できればみんな当たりたくない」と言い、時津風親方(元前頭時津海)から「バカじゃないの?」と突っ込まれた。この場面が映像などでも繰り返し報じられ、自然に「ネガティブ」が浸透していった。

今年1月20日の朝稽古後、「当時、ネガティブが話題になり、あれからどう変わったのか?」という問いに、正代はこう答えた。

「根本的に変わっていません。もう何回も説明しているんですが、やっと(十両に)上がれることが確定して、当面は相撲のことは考えたくない時に会見があった。単にその時の気分なんです。オフな感じだったんです。ネガティブというより、中立な感じ。オンの時だったとしても、戦いたい人の名前は浮かばなかったと思います」

取り繕わないタイプなのかもしれない。別の受け答えをしておけば、「正代=ネガティブ」にはならなかったのかもしれないが「あれで良かったと思います。知名度も上がりましたから」とポジティブに言う。これが、正代を有名にした会見の真相だ。

秋場所で優勝した翌日、正代は今後について口にした。「そこまで性格は変わっていないと思うけど、あまり口にしなかった部分もあったので、なるべく口にしていこうと思います」。

多くを語らない伝統的な力士像とは少し異なる。飾ることない、正直な大関が誕生した。【佐々木一郎】(おわり)

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不要不急外出で親方処分 時津風降格、松ケ根けん責

時津風親方(2019年1月17日撮影)

日本相撲協会は1日、東京・両国国技館で理事会を開き、新型コロナウイルス感染対策のガイドラインに違反する、不要不急の外出をする行為があった時津風親方(46=元前頭時津海)と二所ノ関部屋付きの松ケ根親方(46=元前頭玉力道)について処分を決めた。時津風親方は委員から年寄への降格処分、松ケ根親方については、けん責処分とした。

時津風親方については、8月31日以降、不要不急の外出を禁止していたにもかかわらず、9月4日に宮城県へ旅行し、居酒屋で初対面者を含む関係者と飲食しホテルへ宿泊。翌日にはゴルフコンペに参加。さらに長崎県五島市への帰省を目的に福岡市へ移動し、8日まで同市へ滞在した。

時津風親方は10年から11年にかけて2度の懲戒処分(主任から年寄への降格及び通算8年間の据置)を受けたにもかかわらず、今回の行為に至り、弟子の稽古指導も部屋付き親方に任せるなど「年寄として考えるべき最悪の事態についても、微塵も考えていなかった」と、八角理事長(元横綱北勝海)から委嘱されたコンプライアンス委員会は答申した。

松ケ根親方については「家族との近場への外出なら問題ないなどという身勝手で浅はかな考えの下」(同委員会答申より)9月5日から10日までの6日間に、少なくても4回、不要不急の外出をしたという。「一罰百戒の見地からも、けん責の懲戒処分とすることが相当」(同委員会)と判断された。

松ケ根親方(元玉力道)(2018年2月2日撮影)

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大関昇進の正代「至誠一貫」輪島以来の本名横綱挑戦

大関昇進の伝達を受ける正代(中央)。右は枝川親方(代表撮影)

大関正代が誕生した。日本相撲協会は9月30日、11月場所(11月8日初日、東京・両国国技館)の番付編成会議と臨時理事会を開催し、秋場所で初優勝した関脇正代(28=時津風)の大関昇進を満場一致で決めた。伝達式で正代は「至誠一貫の精神で相撲道にまい進してまいります」と口上を述べた。大横綱双葉山が創設した時津風部屋から57年ぶり、熊本出身では58年ぶりの新大関が、次は横綱を目指す。

   ◇   ◇   ◇

和やかな伝達式だった。熊本から両親が駆けつけ、急病の師匠・時津風親方(元前頭時津海)の代行を枝川親方(元前頭蒼樹山)が務めた。会見を終えた正代は「足、足が…」。緊張も重なり、しびれた足にもん絶した。

予告していた口上に入れる四字熟語は「至誠一貫」だった。中国の儒学者、孟子の言葉で「最後まで誠意を貫き通す」などの意。部屋の後援会「木鶏会」関係者が提案。正代は「調べたらいい意味だったんで、使わせて下さいと言いました」と話し、「こうありたいと思ったからです。相撲道に誠実で、貫き通す思いで決めました」と明かした。夜遅くまで練習し「かまずに言えたんで、まずまずです」と合格点を与えた。

先々代師匠で元理事長、元大関豊山の内田勝男氏(83)も新潟から駆けつけた。「立派に成長した。(至誠一貫は)道場の精神を感じ取ってくれていると思う」。内田氏が退職後、弟子の暴行死があった。部屋の不祥事を憂いていただけに喜びを隠せず、うれしそうに正代と記念写真も撮った。正代は「時津風部屋の看板を汚さないよう必死に頑張ります」と誓った。

5人目の本名大関。その上、本名横綱は輪島しかいない。3大関で迎える来場所は、横綱への戦いの火ぶたが切られる。正代は「大関で存在感を示してから」と慎重ながら「今まで以上に頑張らないといけない」と気合を入れた。今、最もやりたいことを「目覚ましをかけず、ゆっくり寝たい」とらしい答え。地元で人気のくまモンのような「ゆるキャラ」も魅力の新大関が、角界の新たな看板を担う。【実藤健一】

◆正代直也(しょうだい・なおや)1991年(平3)11月5日、熊本県宇土市生まれ。小学1年から相撲を始め、熊本農3年時に国体優勝。東農大に進み、2年時に学生横綱も卒業を優先してプロ入りせず、14年春場所に前相撲で初土俵。序ノ口、幕下、十両で優勝し16年初場所新入幕。184センチ、170キロ。得意は右四つ、寄り。

◆四字熟語を使った大関昇進時の口上 初代貴ノ花、北の湖、千代の富士、今年の朝乃山は「一生懸命」というシンプルな四字熟語を入れてきた。難解な四字熟語の代表例は、貴花田の「不撓不屈(ふとうふくつ)」や貴ノ浪の「勇往邁進(まいしん)」、琴奨菊は「万理一空」。四字熟語ではないが、近年では11年九州場所後に稀勢の里が「大関の名を汚さぬよう、精進します」と簡潔に述べた。

◆正代の大関昇進関連の記録 28歳10カ月での昇進は年6場所制となった58年以降の初土俵では7位の年長。時津風部屋の大関は63年春場所の豊山以来57年ぶり。学生相撲出身では今年3月の朝乃山以来9人目。平成生まれでは5人目。直近3場所32勝での昇進となり、平成以降で33勝未満の昇進はいずれも同数の32勝で千代大海、稀勢の里、豪栄道、朝乃山に次いで5人目。

大関昇進の伝達を受け部屋の木札を「大関」に替える正代(代表撮影)

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膵炎手術の時津風親方の容体は「石が十二指腸まで」

大相撲の正代(28=時津風)の大関昇進伝達式が行われた30日、昇進伝達式を体調不良で欠席した師匠の時津風親方(元前頭時津海)の状況について、おかみさんの坂本美由紀さん(49)が説明した。「昨日、急に腹痛を訴えました。昼までは元気だったのですが、午後2時ごろに胃が痛いと言って、どんどんひどくなった。以前に盲腸を散らしていたので盲腸かと思ったのですが、検査をしたところ、石が十二指腸まで動いて引っかかっていて、膵臓(すいぞう)が炎症を起こしていました」と明かした。

29日の夜10時半ごろに内視鏡手術を受け、医師からは「明日まで放置していたら大変だった。重篤な状況」と言われたという。「(時津風親方は)どうしても(伝達式に)行きたいと言っていたのですが、先生の方から危険な状況と言われました」と話した。

昇進伝達式に師匠代理で出席した部屋付きの枝川親方(元前頭蒼樹山)は、29日の午後8時ごろに、急きょ昇進伝達式に参加する準備に入ったという。この日の昇進伝達式を終えて「緊張した。大変うれしいことだが、急だったので。参加させていただいたことはありがたかった」と振り返った。

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時津風親方が急性膵炎で手術 正代の伝達式は欠席

時津風親方(2019年1月17日撮影)

大相撲の時津風親方(元前頭時津海)が29日夜、急性膵炎(すいえん)により手術を受けることが判明した。芝田山広報部長(元横綱大乃国)が明らかにした。

30日に行われる関脇正代(28=時津風)の大関昇進伝達式は、師匠代行の枝川親方(元前頭蒼樹山)と、時津風親方のおかみさんが出席する。

時津風親方は29日朝から吐き気があり、受診して急性膵炎と診断された。秋場所前に協会作成の新型コロナウイルス感染対策のガイドラインに基づく行動に違反したとして、同場所を休場、謹慎していたが、伝達式の出席は認められていた。

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「一生懸命」「勇往邁進」どうなる正代の四字熟語

秋場所を制し優勝賜杯を手にする正代(2020年9月27日撮影)

「大関正代」が四字熟語で生き様を示す。大相撲秋場所で初優勝を果たし、大関昇進を確実にした関脇正代(28=時津風)が29日、報道陣の電話取材に応じた。

30日に行われる、11月場所(8日初日、東京・両国国技館)の番付編成会議と臨時理事会を経て、大関昇進伝達式が行われる。同式で述べる口上について「今後の自分の生き方」を示す、四字熟語を用いることを明かした。

   ◇   ◇   ◇

初優勝から2日。祝福の嵐は収まり、正代は「連絡も落ち着いた」という。しかし、同時に「また緊張感が出てます」とポツリ。翌日の番付編成会議と臨時理事会で大関昇進が承認されれば、昇進伝達式が行われる。優勝が懸かった秋場所千秋楽の前夜は2時間しか寝られず。その時と比較して「いい勝負かも」と、すでに高い緊張感に包まれていた。

注目の口上では、四字熟語を用いる。28日にオンラインで行われた優勝一夜明け会見後に、伝達式で述べる口上を決めたという。「4文字熟語です。今後の自分の生き方に当てはまる言葉」を、3つの候補から選択。師匠の時津風親方(元前頭時津海)からも「いいんじゃない」とお墨付きをもらった。「(当日は)緊張すると口の中が渇くからずっと水を飲んでるかもしれない」と話し、報道陣を笑わせた。

午前9時開始の理事会後の伝達式は、日本相撲協会の公式YouTubeチャンネルで生配信されることになった。これで地元・熊本のファンも伝達式の様子を見ることが可能に。その熊本・宇土市では、祝賀パレードの準備が進んでいる。関係者によると、パレードの場所は宇土市役所から宇土市民体育館までの約1キロ間。新型コロナウイルスの影響や、正代の予定などを考慮して開催される予定で「どこかで時間をつくりたい」と凱旋(がいせん)パレードを心待ちにした。 「まずは明日の伝達式を終えてから」。今後の相撲人生を期した四字熟語の口上で晴れの舞台を務めあげ、大関としての第1歩を刻む。【佐々木隆史】

◆四字熟語を使った大関昇進時の口上 初代貴ノ花、北の湖、千代の富士、今年の朝乃山は「一生懸命」というシンプルな四字熟語を入れてきた。難解な四字熟語の代表例は、貴花田の「不撓不屈(ふとうふくつ)」や貴ノ浪の「勇往邁進(まいしん)」、琴奨菊は「万理一空」。四字熟語ではないが、近年では11年九州場所後に稀勢の里が「大関の名を汚さぬよう、精進します」と簡潔に述べた。

秋場所千秋楽、翔猿を突き落としで破る正代(2020年9月27日撮影)

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父方祖母は正代正代(まさよ)さん/正代アラカルト

幕内初優勝を飾った正代は優勝旗を手にする(撮影・小沢裕)

<大相撲秋場所>◇千秋楽◇27日◇東京・両国国技館

関脇正代(28=時津風)がついに賜杯を手にした。新入幕の翔猿に攻められ、追い詰められた土俵際で逆転の突き落としを決めた。熊本県出身、東農大出身の優勝はともに初めて。13勝2敗の好成績で審判部の伊勢ヶ浜部長(元横綱旭富士)は八角理事長(元横綱北勝海)に大関昇進を諮る臨時理事会の招集を要請。恵まれた体を「ネガティブ」と言われた弱気な性格で生かせなかった大器が目覚め、初優勝と大関の夢を一気にかなえて涙した。

   ◇   ◇   ◇

▽正代直也(しょうだい・なおや)

◆生まれ 1991年(平3)11月5日、熊本県宇土市。

◆経歴 小学1年から相撲を始め、熊本農高3年時に国体優勝。東農大に進み、2年時に学生横綱も卒業を優先してプロ入りせず、14年春場所に前相撲で初土俵。序ノ口、幕下、十両で優勝し16年初場所新入幕。

◆親戚に紅白歌手 遠縁ではあるが、歌手の石川さゆりと親戚関係。

◆祖母は正代正代 父方の祖母は正代正代(まさよ)さん。「正代姓」へのこだわり強く、しこ名も本名のまま。師匠の時津風親方も容認。

◆引きこもり 基本的に“ステイホーム”。部屋でゴロゴロしながら、スマートフォンで動画サイトを見るのが趣味。全国チェーンのハンバーガー店のホットドッグが大好物。

◆得意 右四つ、寄り。

◆サイズ 184センチ、170キロ。

正代(右)は翔猿を突き落としで破り幕内初優勝を飾る(撮影・小沢裕)

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正代大関昇進なら伝達式に謹慎中の時津風親方参加へ

幕内初優勝を飾った正代は伊勢ケ浜審判部長(左)から優勝旗を受け取る(撮影・小沢裕)

<大相撲秋場所>◇千秋楽◇27日◇東京・両国国技館

関脇正代(28=時津風)が悲願の初優勝を果たし、大関昇進を手中に収めた。新入幕で3敗を守る翔猿を下して、自己最多に並ぶ13勝目。熊本県出身の力士として、初の優勝を決めた。 打ち出し後、伊勢ケ浜審判部長(元横綱旭富士)が大関昇進を諮る臨時理事会の招集を八角理事長(元横綱北勝海)に要請した。八角理事長が承認すれば、30日の臨時理事会、11月場所の番付編成会議を経て「大関正代」誕生が正式に決定する。 ともえ戦に持ち込まず、本割で決めた。小兵の翔猿に攻め込まれたが何度も体勢を立て直し、最後は土俵際で逆転の突き落としを決めた。13日目は貴景勝の突き押しに全く引かない相撲内容で、14日目は朝乃山を立ち合いで吹っ飛ばし、大関に連勝。文句のつけようがない初優勝だった。

○…理事会招集を要請した審判部の伊勢ケ浜部長(元横綱旭富士)は「勝ち星が安定している。ここ5場所を見ても分かる通り」と目安の3場所通算33勝よりも、ここ1年の安定感を評価した。今場所は両横綱が初日から休場。そのため対戦がなかったが「とにかく安定して成績を残していることがいい」と話し、「大関になれば常に優勝争いしないといけない。みんなでその力があると認めた」と審判部の総意を明らかにした。

○…臨時理事会で正代の大関昇進が承認された場合、その後に行われる伝達式に謹慎中で師匠の時津風親方が参加できることとなった。日本相撲協会関係者が「晴れの舞台だからいいだろう」と認めた。時津風親方は秋場所前に、協会作成の新型コロナウイルス感染対策のガイドラインに基づく行動に違反したとして、同場所を休場、謹慎していた。処分は場所後の理事会で協議される見通しとなっていた。

幕内初優勝を飾った正代は優勝旗を手にする(撮影・小沢裕)

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正代が遠藤下し3連勝「すぐ足出た」師匠不在も集中

正代は遠藤(右)を押し出しで破る(撮影・小沢裕)

<大相撲秋場所>◇3日目◇15日◇東京・両国国技館

関脇正代(28=時津風)が小結遠藤(29=追手風)を下し、初日から3連勝とした。ケンカ四つの相手に対し、得意の右をねじ込みかけたが、巻き返された。だが、かまわず前へ圧力をかけて押し出し。「相手の四つになりたくないと考えていました。巻き替えられる前に自分の形になればよかったけど、巻き替えられてすぐ足が出たので良かった」と振り返った。

今場所前、時津風親方(元幕内時津海)が、協会作成の新型コロナウイルス感染対策のガイドラインに基づく行動に違反したとして、秋場所を休場、謹慎となった。師匠不在の本場所となったが、正代は自身への影響について「分からないですけど、あんまり今のところ、おかしいなとは感じてないです」と慎重に話した。自身の相撲に集中し、好スタートを切った。

遠藤を破り、懸賞金の束を手に土俵から引き揚げる正代(撮影・河田真司)

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玉ノ井部屋の陰性者が再検査「日を置いて発症ある」

芝田山広報部長(2019年8月31日撮影)

日本相撲協会の芝田山広報部長(元横綱大乃国)は秋場所初日の13日、力士19人の新型コロナウイルス感染が判明した玉ノ井部屋で陰性だった力士ら協会員が、この日から再検査を受けることを明かした。

「陰性になった訳だけど同じ空間にいる訳だから日を置いて発症することもある。見極めていく。部屋の消毒もしているけど100%ではない。発症するのがみんな同じ日ではないから」と検査理由を説明した。陰性が再度確認された場合でも、力士らの途中出場はないとした。

また、新型コロナウイルス対策のガイドラインに違反したため、秋場所を謹慎している松ケ根親方(元前頭玉力道)と時津風親方(元前頭時津海)が、感染の有無を調べる検査を受けたことも明かした。時津風親方は陰性で、松ケ根親方は結果待ちだという。

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松ケ根親方も感染対策ガイドライン違反で秋場所謹慎

松ケ根親方(元玉力道)(2018年2月2日撮影)

日本相撲協会の芝田山広報部長(元横綱大乃国)は12日、二所ノ関部屋付きの松ケ根親方(元前頭玉力道)に協会作成の新型コロナウイルス感染対策のガイドラインに基づく行動に違反したとして、秋場所(13日初日、東京・両国国技館)を謹慎させることを明かした。松ケ根親方は7月場所後の8月6日に、PCR検査を受けた際に陽性反応が判明していた。

芝田山広報部長によると、詳しい内容は不明だというが不要不急の外出があったという。同広報部長は「2週間ごとに指針が決まっていてそれに違反した。意識が薄い。部屋持ちではなくても親方は同じ。部屋に稽古を見にいくのだから(新型コロナウイルスを)持ち込む可能性はある。何のための講習会だったのか。協会が一丸となって持ち込ませないようにしている。浅はかすぎる。非常に軽く考えている」などと厳しい言葉を並べた。

11日には同様の理由で、時津風親方(元前頭時津海)が謹慎となった。松ケ根親方の処分は時津風親方と同様に、危機管理委員会、コンプライアンス委員会で調査を行い、秋場所後の理事会で決まる見通しとなっている。

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時津風親方を謹慎 感染対策ガイドラインに違反

時津風親方(2019年1月17日撮影)

日本相撲協会の芝田山広報部長(元横綱大乃国)は11日、時津風親方(元前頭時津海)が協会作成の新型コロナウイルス感染対策のガイドラインに基づく行動に違反したとして、秋場所(13日初日、東京・両国国技館)を休場、謹慎させることを明かした。時津風部屋の師匠代行は枝川親方(元前頭蒼樹山)が務めるという。

違反行動の詳細については明かさなかったが、同広報部長は「要するに外出といっても協会が決めている。場所が終わってからここまで知人との会食はいいですよとか、ゴルフ行ってもいいですよとか、映画いっていいですよとか決めごとがあったと思う。そういった中で違反行為があった」と大枠を説明した。

協会は徹底した感染対策に取り組んできた。芝田山広報部長は「外に出るなと言っているわけじゃない」と前置きしつつ「師匠である以上、自分の弟子を抱えている以上、しっかりとそのあたりの管理をしなきゃいけない立場の人が、安易な行動違反をしてしまうことでこういうことになる」と強調した。

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元蔵玉錦の安達敏正さん葬儀、井筒親方らが別れ

都内で行われた元前頭蔵玉錦の安達敏正さんの葬儀

大相撲の元前頭蔵玉錦(ざおうにしき)の安達敏正(あだち・としまさ)さんの葬儀・告別式が13日、東京・葛飾区の千代田鎌倉ホールで営まれた。

時津風親方(元前頭時津海)、井筒親方(元関脇豊ノ島)や時津風部屋の若い衆、親交の深かった大島親方(元関脇魁輝)ら、前日12日の通夜を含めてのべ180人が参列。喪主の妻とき子さんが弔辞を読み上げ、別れを告げた。

安達さんは元横綱柏戸の鏡山親方の内弟子として伊勢ノ海部屋に入門し、70年秋場所初土俵。翌年、鏡山部屋の創設にともなって移籍した。最高位は前頭筆頭。83年初場所限りで現役を退き、引退後は親方として後進の指導にあたり、最後は武隈親方として時津風部屋に在籍した。

この日は館内の葬儀場とは別室に、現役時代の写真や化粧まわし、最高位の前頭筆頭だった81年初場所の番付表などが展示された。現役時代の映像も流され、同時期に活躍した大島親方も「懐かしいな。(対戦時は)のらりくらりとはいかなかったな」と懐かしんだ。

新型コロナウイルス感染予防の観点から関取衆は参列しなかったが、井筒親方は2日連続で参列した。井筒親方は02年初場所が初土俵で、安達さんは先代武隈親方として同年に鏡山部屋から転籍してきたため、20年近い付き合いだった。井筒親方は7月場所中にお見舞いに訪れていたことを明かし「そのときもしゃべりづらそうにしていた。『(時津風部屋の力士は)みんな頑張っています。正代もいいですよ。いい成績を残すので、みんなのことを見てやってください』と伝えました。そのときにぐっと手を握ってくれて。(千秋楽まで)持たないかもしれないと聞いていたが、今場所を見届けてくれた。そこは力士だなと感じましたね」と振り返った。

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元幕内の蔵玉錦さん死去、67歳 昨年9月に退職

元前頭・蔵玉錦の錦島親方(2010年9月18日撮影)

大相撲の元幕内蔵玉錦(ざおうにしき)の安達敏正(あだち・としまさ)さんが9日午前5時56分、多発性骨髄腫のため千葉県市川市の病院で死去した。67歳だった。

安達さんは元横綱柏戸の鏡山親方の内弟子として伊勢ノ海部屋に入門し、70年秋場所初土俵。翌年、鏡山部屋の創設にともなって移籍した。76年九州場所で新入幕、最高位は西前頭筆頭。83年初場所限りで引退した。幕内在位24場所、金星は北の湖から1個。

引退後は親方として後進の指導にあたり、最後は武隈親方として時津風部屋に在籍。17年9月の日本相撲協会定年後は再雇用制度で協会に残り、昨年9月に退職した。

時津風親方(元幕内時津海)は「1カ月くらい前に入院したと聞いていた。腰の神経をやられて、歩くのもきつかったそうです。自分が不在の時に部屋付き親方としていろいろ助けてもらった」と話した。

葬儀・告別式は13日午前11時から東京都葛飾区鎌倉3の39の20、千代田鎌倉ホールで。喪主は妻とき子(ときこ)さん。

76年秋場所の各段優勝者。左端が十両安達(のち蔵玉錦)(1976年9月26日撮影)

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引退豊ノ島は「相撲巧者で相撲好きな力士」師匠エール

豊ノ島(2018年9月14日撮影)

三役を13場所務め三賞も10回受賞し相撲巧者として活躍した元関脇豊ノ島(36=時津風)の引退が17日、決まった。日本相撲協会は同日、理事会を開き、豊ノ島の引退及び年寄井筒の襲名を承認した。

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師匠の時津風親方(元前頭時津海) ここまでよくケガを乗り越えて頑張ったと思う。豊ノ島本人は初場所までは頑張りたいと思っていて、年齢も年齢でここが限界だと感じた。相撲巧者で相撲が好きな力士。教え方もうまいし、経験したことを親方として指導してもらいたい。

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正代「勝ち急いだ」徳勝龍の“魔術”かかり2敗

1敗対決を制して大きく息を吐く徳勝龍(左)と、敗れてしばらく膝をつく正代(撮影・河田真司)

<大相撲初場所>◇14日目◇25日◇東京・両国国技館

幕尻の西前頭17枚目徳勝龍(33=木瀬)が、記録ずくめの初優勝に王手をかけた。平幕で1敗同士の正代との直接対決を制し、単独トップに立った。

   ◇   ◇   ◇

正代までも、徳勝龍の“魔術”にかかってしまった。相手得意の左四つで、引き込まれるようにまわしが取れないまま前に出る。そして土俵際に落とし穴。朝稽古後に「土俵際は注意していきたい」と話していた突き落としを食らった。

支度部屋では放心状態。「勝ちを急ぎすぎましたね。以上です」と話し、その後の問いかけには「すいません」と無言。しかし帰り道、囲まれたファンへのサービスには応じ「立ち合いがよくなかった。もうちょっとはじければ、余裕もあった」と振り返った。

「なるようにしかならないんで」と優勝争いの重圧を消してきたが、さすがにじわじわときた。「寝付きは悪くなりつつある」と明かしていた。「こういうの(優勝争い)は初めてなんで。いい経験をさせてもらっている」。その怖さが14日目の大一番に訪れた。

権利は失っていない。千秋楽、御嶽海に勝ち、徳勝龍が敗れれば12年夏場所の旭天鵬-栃煌山以来となる平幕同士の優勝決定戦に持ち込める。部屋の九州の後援者からすでに優勝祝賀用のタイが送られているという。師匠の時津風親方(元幕内時津海)は「まだ終わりじゃないから。明日がある」。時津風部屋では63年(昭38)名古屋場所の大関北葉山以来、57年ぶりとなる優勝へ、最後まで全力を尽くす。【実藤健一】

徳勝龍(左)は突き落としで正代を破る(撮影・小沢裕)

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48年ぶり異例場所、正代浮かれず騒がず引っ張る

松鳳山(右)を寄り切りで破る正代(撮影・河田真司)

<大相撲初場所>◇10日目◇21日◇東京・両国国技館

西前頭4枚目の正代(28=時津風)が夢の初優勝へ、また1歩前進した。平幕の松鳳山を強烈な右おっつけから寄り切って1敗を守った。「優勝争いの実感はない」と言うが、熊本県出身力士初の幕内優勝への期待は高まる。幕尻の徳勝龍も1敗を守り、10日を終えて平幕2人がトップで並ぶのは1972年(昭47)名古屋場所の豊山、高見山以来、48年ぶり。3人が2敗で追うが三役以上は大関貴景勝だけの大混戦場所で正代が「初」に挑む。

   ◇   ◇   ◇

根こそぎ持っていくようなド迫力だった。立ち遅れた正代だが、松鳳山を左からつかまえると右の強烈なおっつけから一気に寄り切った。「ケンカ四つなんでかみ合わなかったけど、よく反応できている」。宣言している「攻めの相撲」を貫き堂々トップを走る。

「優勝争いはまだ全然。実感がない。ここからの5日間が長いんですよね」。大きなことは言わない。しかし、帰り道も「熊本から来たんよ~」というファンに囲まれた。熊本出身力士で幕内優勝者はいない。正代は「いませんでしたっけ」と薄い反応だが、5月に東京五輪の聖火ランナーを務める。郷土は「初」の快挙へ熱が高まっている。

9日目に勝ち越しを決めた。外で食事して祝うことも考えたが部屋に戻った。「変に特別なことをしたら、感覚が狂うんじゃないかと不安になって。部屋で飯食ってゴロゴロしてました。1日が終わるのが早い」。自分のペースを崩さないが、「肉体的には大丈夫だけど、精神的にはだいぶ疲れている。注目され慣れていないんで」。余計なことはまだ意識しない。そんな心情を思ってか、師匠の時津風親方(元前頭時津海)は「勝ち越したから楽しんでこい」と声をかけた。

7連敗中と苦手だった貴景勝に勝って勝ち越しを決めた後、花道で思わずガッツポーズが出た。その姿はばっちり生中継。「あれはいかん。正直、反省してます。あそこにカメラがあるのを忘れてた。見えないところでやらないと」。謙虚な男が大混戦場所を引っ張る。【実藤健一】

◆主な熊本出身の力士 現役関取は平幕の正代と佐田の海の2人だけ。横綱輩出はなく過去には、土俵上での礼儀正しさが光った大関栃光、強烈な張り手から「フックの花」と呼ばれた関脇福の花、元小結普天王の稲川親方などがいる。

◆幕内優勝力士が出ていない出身地(国内) 宮城県、埼玉県、静岡県、岐阜県、福井県、京都府、滋賀県、和歌山県、島根県、徳島県、熊本県、宮崎県、沖縄県。ちなみに最多は北海道の13人で通算120回。

正代(右)は松鳳山を寄り切りで破る(撮影・柴田隆二)

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豊ノ島が13場所ぶり十両、戦後6番目年長返り咲き

再十両を決め沙帆夫人、長女希歩ちゃんに祝福される豊ノ島

日本相撲協会は26日、東京・両国国技館で大相撲九州場所(11月11日初日・福岡国際センター)の番付編成会議を開き、十両昇進力士3人を決めた。新十両は極芯道(22=錦戸)と友風(23=尾車)で再十両は関脇経験のある豊ノ島(35=時津風)だった。

豊ノ島は幕内だった2年前の16年7月に左アキレス腱(けん)を断裂し、同年11月の九州場所から幕下に陥落し、13場所ぶりの再十両。戦後6番目の年長となる35歳4カ月での関取返り咲きとなった。

豊ノ島はこの日、所用で訪れた都内の時津風部屋で取材対応。秋場所を6勝1敗で終え、既に再十両は確実な状況だった。この日朝、番付編成会議に出席していた師匠の時津風親方(元前頭時津海)から「戻った」と電話で聞き「新十両の14~15年前も、めちゃめちゃうれしかったけど、泣くほどうれしかったかと言えばそうでもない。今回は、いろいろな思いがあったから(新十両の時より)うれしい」と話した。

今年3月の春場所から毎場所「負け越したら引退」と覚悟して臨んでいた。その春場所から6勝、5勝、5勝、6勝と大きな勝ち越しを続け、はい上がってきただけに喜びもひとしお。「プライドもあったけど地位がついてこない情けなさもあった。励ましてくれた周りの人に感謝したいし、ここまで支えてくれた家族に申し訳ないから、どうしても結果がほしかった」と目頭を熱くした。

その家族もこの日、部屋を来訪。報道陣の要請で、スリーショットの写真撮影にも応じた。途中で涙ぐんだ沙帆夫人は「あっという間といえばあっという間、長かったといえば長かった2年でした。関取に戻れると信じていましたが、土俵に上がり続けてくれた豊ノ島のおかげです」と感謝の言葉。長女で6歳の希歩ちゃんは、豊ノ島の「大きくなったら何になるの?」の問いかけに「看護師!」と即答。「何で?」の問いかけには「お父さんの足を治すの」と返すなど、一家だんらんの温かなムードに包まれていた。

18年9月22日の大相撲秋場所14日日、豊ノ島(左)はすくい投げで鏡桜を下す

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豊山が左肘痛め休場 親方は途中出場可能性を示唆

3日目に稀勢の里に突き落としで敗れた豊山(手前)。この時に左肘を痛めた

東前頭2枚目豊山(24=時津風)が秋場所5日目の13日、日本相撲協会に「左肘内側側副靱帯(じんたい)損傷で約1週間の安静加療を要する見込み」との診断書を提出し、休場した。今場所の十両以上の休場者は3人目。

師匠の時津風親方(元前頭時津海)によると、3日目の稀勢の里戦で突き落としを食った際、左肘が極められた形になったという。4日目の鶴竜戦は患部をテーピング、サポーターで保護していた。同親方は「(左腕を)曲げていればいいようだが、伸ばした時に痛いらしい。本人は途中から出たいと言っている」と話し、途中出場の可能性を示唆した。

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元前頭双大竜が断髪式、今後はトレーナーを目指す

断髪式に臨んだ双大竜(手前)。後方は止めばさみを入れる師匠の時津風親方(撮影・高田文太)

 元前頭の双大竜(35=時津風)が3日、東京・両国国技館で断髪式を行った。同じ時津風一門の親方衆や横綱鶴竜らも参加。約300人がはさみを入れ、最後に師匠の時津風親方(元前頭時津海)が止めばさみを入れた。故郷の福島県からも大勢の関係者が集まり、随所に声援が飛んだ。双大竜は、2時間近い式の序盤から目頭を熱くさせていた。

 身長は179センチで体重は120キロ前後と、やや細身の体形から機敏な動きを披露し、巨漢力士にも立ち向かう姿が人気だった。特に13年間の現役生活で、立ち合いの変化は1度もなく、常に真っ向勝負を挑む姿がファンの心をつかんだ。「いろいろな意見はあるけど、見に来ているお客さんにとっては、相撲を見るのがその日だけかもしれない。変化すると、ため息が漏れているのが分かるので、あっけなく負けることもあるけど、一生懸命取っている姿を見てもらいたかった」。特に地元福島県が被災した11年の東日本大震災以降は強く思うようになり、愚直に土俵と向き合った。

 15年夏場所で十両から陥落して以降、幕下で取り続けたが、相次ぐ故障もあって引退を決意した。師匠の時津風親方は「何でもコツコツとやるまじめな性格。まじめすぎると思うぐらい。今はただ『お疲れさま』『よく頑張った』という気持ちしかない」と、労をねぎらった。本人の希望をかなえるため、両国国技館で断髪式を行う段取りを踏み、この日実現した。双大竜も「国技館で断髪式をやりたかったのでありがたいです。内容の濃い13年間(の現役生活)だった。相撲界で学んだのは忍耐と、あきらめない気持ち。自分1人では乗り越えられなかったことも多かったけど、周りの人に支えてもらってここまでくることができた」と、周囲に感謝した。

 「ダンディにしてください」と依頼して仕上がった、やや長めの新たな髪形には「軽いですね」と、目を細くして笑った。今後は日本相撲協会に残らず、柔道整復師の資格取得のため、4月から3年間は都内の専門学校に通い、トレーナーなどを目指す。「けがが多かったので、そういう人の手助けになれば。あとは何らかの形で地元福島の力にもなりたい」。第2の人生でも、変化なしで真っ向勝負を挑み続けるつもりだ。

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