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新日初“秋のG1”日程発表 決勝は10・18両国

19年G1を制した飯伏幸太

新日本プロレスは8日、G1クライマックス30大会の日程を発表した。

本来は7、8月に開催される“夏の祭典”だが、今年は東京五輪の日程を避けるため、史上初の秋開催と決まっていた。9月19日にエディオンアリーナ大阪で開幕。10月18日、東京・両国国技館で決勝が行われる。

以下、全日程

9月19、20日 大阪・エディオンアリーナ大阪

9月23、24日 北海道・北海きたえーる

9月27日 兵庫・神戸ワールド記念ホール

9月29、30日 東京・後楽園ホール

10月1日 新潟・アオーレ長岡

10月5日 香川・高松市総合体育館

10月6、7日 広島・広島サンプラザホール

10月8日 岡山・ジップアリーナ岡山

10月10日 大阪・エディオンアリーナ大阪

10月11日 愛知・愛知県体育館

10月13日 静岡・浜松アリーナ

10月14日 神奈川・横浜武道館

10月16、17、18日 東京・両国国技館

18年G1を制した棚橋

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白鵬4連勝「経験かな」土俵際で隆の勝の動き見切る

隆の勝(手前)を突き落としで破る白鵬(撮影・鈴木正人)

<大相撲7月場所>◇4日目◇22日◇東京・両国国技館

横綱白鵬(35=宮城野)が東前頭2枚目隆の勝(25)を突き落とし、初日から4連勝とした。初対戦の若手に経験の差を示し、初顔合わせは横綱昇進後50勝4敗。本来なら22日に競技が始まる予定だった東京五輪にも思いをはせた。新大関の朝乃山(26)も4連勝を飾った。

   ◇   ◇   ◇

右を差されて土俵際まで寄られたが、白鵬は慌てない。左から突き落とし。「重さと圧力があったんじゃないかな」と隆の勝をたたえつつも、勝負を分けた身のこなしには「そのへんはやっぱり経験っていうのかな…。だったのかなと思いますけどね」と振り返った。

横綱昇進後の初顔合わせは50勝4敗で勝率9割2分6厘。横綱初挑戦の平幕力士には負けたことがない。隆の勝とは稽古で胸を合わせたこともあり、「体が硬いからね。稽古したことありますけど、体が硬い人、大好きですね」とも指摘する余裕もあった。

7月22日は、本来なら東京五輪の競技が開会式に先立って行われる日でもあった。東京五輪開会式での土俵入りを希望し、現役を続ける上でのモチベーションにしてきたこともある。五輪の話題を振られると「さみしいけど、延期ですからね。また来年、東京でオリンピックを見たいな、というのが今の気持ちです」とコメントした。

出稽古なしで迎える4カ月ぶりの本場所に違和感を覚える力士もいるが、始まってみれば白鵬はいつも通り。報道陣は支度部屋に入れず、力士はパソコンの画面を通じてリモート取材に応じている。白鵬はこの日、マスクを着けながらマイクに顔を近づけ、取材終わりにこう言った。「近づくとちゃんと聞こえるでしょ? お疲れさんでした」。

異なる環境に順応し、結果を出す。来年を語れるだけの強さがまだまだ、白鵬にはある。【佐々木一郎】

▽初の横綱戦、結びの一番で白鵬に敗れた隆の勝 味わったことのない感覚で緊張した。(攻めたが)横綱は余裕があったと思う。

▽八角理事長(元横綱北勝海) 白鵬は少しはヒヤッとしただろうが(隆の勝とは)足が出るか出ないかの差だろう。隆の勝はよく健闘したと思う。朝乃山は相手に先に力を出させたのが大きい。それにしても落ち着いている。琴勝峰は怖いもの知らずの感がある。

勝ち名乗りを受ける白鵬(撮影・丹羽敏通)
懸賞を手にする白鵬(撮影・小沢裕)
白鵬(左)は隆の勝の健闘をたたえるように隆の勝の体に触れる(撮影・小沢裕)

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東京五輪代表の成松が「足底筋膜炎」に、全治未定

アジア大会の男子ライトフライ級初戦でインドネシア選手(手前)に勝利した成松(2018年8月27日撮影)

東京オリンピック(五輪)ボクシング男子63キロ級代表の成松大介(30=自衛隊)が足底筋膜炎の診断を受け、練習を制限していると明かした。

21日、日本代表の強化合宿が行われている山形県内からリモート取材に応じ、「足の裏をケガしているので、体力強化はできてないんですが、ボクシングでは基本的な練習しかしていません」と述べた。右足の裏が3月ころから痛み始め、7月に「足底筋膜炎」と病名を伝えられた。全治は未定で「治るまでは走り込みとか控えておこうかなと思ってます」と見通した。合宿は20~27日の日程で行われる。

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冬巡業の中止決定、1年間未実施は八百長問題時以来

日本相撲協会は13日、東京・両国国技館で臨時理事会を開き、例年は11月の九州場所後に実施される冬巡業を、新型コロナウイルス感染拡大の影響で取りやめることを決めた。協会は書面にて「九州地域における広範囲の移動および長期滞在によるさまざまなリスク、直前中止の場合の勧進元様への影響などを鑑み、『冬巡業は中止』とさせていただくことになりました」とコメントした。

春巡業、秋巡業は中止、夏巡業は東京五輪が予定されていたため計画されておらず、今年は巡業が行われないことになった。

1年を通して巡業が実施されないのは、八百長問題が起きた11年以来となる。

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アマ8冠の中垣龍汰朗ら8月24日にデビュー戦

デビュー戦が決まった中垣(左)と松本(大橋ジム提供)

大橋ボクシングジムは10日、アマチュア8冠の中垣龍汰朗(20)と松本好二トレーナーの長男・松本圭佑(20)が、8月24日に東京・後楽園ホールでデビュー戦(6回戦)を行うと発表した。

当初は5月にデビュー予定だったが、新型コロナウイルス感染拡大のため、興行が中止となっていた。2人は高校卒業後に東農大に進学も、東京五輪出場の道が絶たれ、プロ転向を表明していた。中垣はプロ3勝(3KO)5敗2分けの堀井翔平(29=トコナメ)と、松本はプロ9勝(1KO)9敗2分けの三宅寛典(31=ビッグアーム)と対戦する。

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再入幕の照ノ富士、7月場所へ「暴れてやろうと」

照ノ富士(2020年1月21日撮影)

大相撲で序二段から史上初の再入幕を果たした大関経験者で東前頭17枚目の照ノ富士(28=伊勢ケ浜)が9日、報道陣の電話取材に応じた。初日まで10日後に迫った開催を目指す7月場所(東京・両国国技館)に向けて「(5月)場所がない分、暴れてやろうという気持ち」と待ち切れない様子だった。

この日は都内の部屋で、平幕の宝富士と十両翠富士を相手に20番ほど相撲を取ったという。「最近の中では多い方かな。基本的には復活してからは10番以上はあんまり取っていない」と負傷した両膝などの影響から稽古量を抑えてきたというが、「ちょっとずつそういう稽古が出来るような体にしていかないといけない」と、この日は稽古に熱が入った。

自粛期間中は、自身の過去の取組映像などを見て過ごしてきたという。「何回も見た。見飽きたというか。たまに優勝してイケイケだった時期のビデオを見たりしてモチベーションを高めたりする時もある」という。外出はできないがストレスはたまっていない。

「(外に)出たりして(新型コロナが)うつったら、それこそ周りにも迷惑なるし、自分としてもやっとここまで来られたのに、何でこんなばかことしたんだろうって後悔すると思う。だからこそ、しっかり前向きにとらえてやっていこうと思う」と話した。

15年夏場所後に新大関に昇進した。5年間で幕内優勝を経験しながらも、両膝の負傷や内臓疾患などで序二段まで番付を落とすなど、波瀾(はらん)万丈の相撲人生を送ってきた。酸いも甘いも知る照ノ富士は「いい経験もできて、きつい記事もあって。いろいろ勉強した時かなと思う」と振り返った。

19年春場所で序二段まで陥落した時には「その時はやめようと思ってましたから。その時っていうか、大関から落ちた瞬間にやめようと思ってましたから。(伊勢ケ浜)親方にも何回も『やめさせて下さい』って言いに行ったし、そういう時期があって、相撲もまったく見ないで2年間住んでましたから。完全にここから離れて、生活しようと思っていましたからね」と角界を去るつもりだったと明かした。

それでも伊勢ケ浜親方(元横綱旭富士)からの懸命な説得などもあり「とりあえずは体を治してから話しようと親方に言われた。相撲から1回離れて、自分の体と向き合って、治せるものであれば治したいと思ってやっていた。自分と今の事実を受け入れて、それでやりきろうと思ってました」と奮起。4場所連続全休明けとなった19年春場所から土俵に上がると、東十両3枚目だった今年3月の春場所で10勝を挙げて再入幕した。

今年開催予定だった東京五輪開催までに、幕内に復帰することを目標にしていた。次の目標に向けては「(東京)五輪が7月だし、7月場所で幕内にいっておきたいと目標を立てて頑張りました。次の目標は、とりあえずは上位と対戦したいというのをね」と横綱、大関陣との対戦を掲げた。7月場所は開催したとしても無観客が濃厚だ。

「こういう時期だからこそ、やっぱり色々あったから、乗り越えてきて自分だから言えることもあると思う。そういった、みんなに我慢ということを相撲でちょっとずつ伝えていきたいなと思っている」

テレビの前で応援してくれるであろうファンに向けて、今の自分の全てを見せる。【佐々木隆史】

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コロナ感染ゼロ岩手出身の鉄人錦木、自粛と家族語る

岩手県出身の錦木(2019年12月18日撮影)

コロナ感染者が出ていない岩手出身の鉄人が、愛する妻と娘のためにお酒を控えている。大相撲の東前頭16枚目錦木(29=伊勢ノ海)が、30日までに日刊スポーツの電話取材に応じ、出稽古禁止など外出自粛生活の近況を明かした。幕内では1年半ぶりの勝ち越しを目指し、7月場所(19日初日、東京・両国国技館)に向けて調整中。昨年11月に第1子が生まれ、一家の大黒柱としての自覚も強まっているという。

   ◇   ◇   ◇

6月中旬から申し合いを再開した錦木は「久々で体が痛いですよ」と笑った。場所前は通常、出稽古を中心に番数を重ねていた。コロナ禍の影響で当面、部屋での調整が続くため「場所でちゃんと相撲を取れるか不安」と本音を吐露しつつ「基礎はみっちり。やれることはやった」と力を込めた。

感染予防でアルコール消毒をする機会は増えたものの、アルコールの摂取量は減った。「週8くらいで飲む」という大の酒好きだが昨年11月に第1子の長女、楓香(ふうか)ちゃんが誕生。「酔っぱらってモノでも落としたら嫁さんに怒られる。しっかりしなきゃなと。最近は飲まなくて、むしろお酒弱くなったかも」。桃代夫人にオムツの替え方を教えてもらい、外出自粛期間中は育児に協力。「オムツにしても、基本は(地方場所などで)家にいなかったので難しい。この期間でやっぱり奥さんが一番大変だなと感じた」。妻への感謝の思いが募った。

出身地の岩手で東京五輪の聖火ランナーを務めるはずが、1年延期になった。「最終ランナーだったので残念です」。一方で岩手のコロナ感染者がいまだゼロ。錦木自身も初土俵から14年間、休場がない。岩手県人は体が丈夫なのか? 「僕も驚いてます。たまたまじゃないですか(笑い)」。

昨年は幕内で年6場所全て負け越した。再入幕の春場所でも6勝9敗。7月場所は「とりあえず勝ち越したい」。パパになった錦木は、巻き返しに燃えている。【佐藤礼征】

◆錦木徹也(にしきぎ・てつや)本名・熊谷徹也。1990年(平2)8月25日、盛岡市生まれ。盛岡市立米内中を経て、中卒で06年春場所初土俵。15年夏場所で新十両昇進を果たし、所要6場所で新入幕。19年初場所の東前頭2枚目が自己最高位で、同場所で横綱鶴竜から初金星を挙げた。視力は0・1を切り、土俵外ではメガネがトレードマーク。中学時代は卓球部に所属していた。得意は押し、寄り。185センチ、170キロ。

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最優秀選手に東京五輪代表の岡沢セオンと並木月海

岡沢セオン(20年2月撮影)

ボクシング日本連盟は9日、19年度の表彰選手を発表し、最優秀選手には男子ウエルター級の岡沢セオン(鹿児島県体協)、女子フライ級の並木月海(自衛隊)が選出された。ともに東京オリンピック(五輪)出場を決めている。

並木月海(20年2月撮影)

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帝拳ジム4選手がプロ転向、東京五輪目指した藤田ら

藤田健児(2011年8月15日)

帝拳ジムが6日、4選手のプロ転向を発表した。

東京五輪を目指していた自衛隊出身で、全日本を3度制した藤田健児(26)がフェザー級、2冠の村田昴(23)がバンタム級。

駒大出身の嶋田淳也(22)、日大出身の金子虎旦(22)と夏にプロテスト受験、秋にデビューを目指す。

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K1久保優太「金とりたい」五輪へボクシング転向

K-1大会で、ピケオーを左ミドルキックで攻める久保優太(2020年3月22日撮影)

K-1ウエルター級王者久保優太(32)が3日、K-1の公式Youtubeチャンネルで会見を配信し、ボクシング転向を発表した。

久保は「来年は(東京)五輪もありますし、ボクシングで金メダルとりたいと思って。また、チャンピオンになりたいと思って決めました」と五輪出場とプロでの世界王者という2つの目標を掲げた。「K-1は僕の夢であり、青春だった。それを捨ててというわけでなはなく、生かしていきたい。僕の新しいチャレンジを応援してくれたら」とファンに呼びかけた。

久保はK-1ウエルター級のベルトを返上。会見に同席した中村拓己プロデューサーは、空位となったタイトルをかけて「新しいトーナメントを、時期をみて考えます」と話した。

タイトルマッチ勝利後のリング上で妻サラさんにベルトを捧げ、プロポーズし直した久保優太(2020年3月22日撮影)

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高山勝成”定年”37歳に「人生はそう長くない」

高山勝成(2015年9月10日撮影)

プロボクシングのミニマム級で世界主要4団体を制し、アマチュアで目指した東京五輪出場はならず、プロに再転向した高山勝成(36=寝屋川石田)が11日、本来なら“定年”となる12日の37歳の誕生日を前に電話取材で心境を語った。

東京五輪の夢はかなわず、プロに再転向した高山は3月17日にプロライセンスを再取得。5月10日に復帰戦も組まれたが、新型コロナウイルス感染拡大の影響で中止となった。

プロで国内での最後の試合から3年以上が経過しており、元王者らへの定年延長の特例措置には37歳の誕生日までに試合をしなければならなかった。陣営は“定年”延長の嘆願書を提出し、日本ボクシングコミッション(JBC)も状況を鑑みて認める方針とした。

高山は「14歳からボクシングを始めて、いろいろなことがあったが、あっという間の37歳。人生はそう長くないと、あらためて実感しています」。名古屋産業大に通う大学生でもあり、生活の拠点は愛知県にある。本年度で卒業見込みで、授業再開の準備をしながら、まだ具体的に決まっていない試合に向けてトレーニングを続けているという。

「年齢の壁を超えてもやれることを証明したいとか、そういう思いはあまりない。ただ自分が成し遂げたい。あと1、2年と思っているので、たどり着けるところまでやっていきたい」。この日、11日はヴィッセル神戸の元スペイン代表MFアンドレス・イニエスタの36歳の誕生日だった。「知らなかった。1個下なんですね」と笑いながらも、「同じ世代なんで、この年まで第一線でやれているすごみを感じる。日々のトレーニング、栄養の取り方が試される年代ですから」。

大きな節目の誕生日も普通に過ごす。ただ「37歳になってもボクシングができること。これが自分にとって最高の誕生日プレゼントです」と言った。【実藤健一】

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大相撲、10月の秋巡業も中止 冬巡業のみ開催予定

閑散とする両国国技館(撮影・鈴木正人)

日本相撲協会は4日、新型コロナウイルス感染拡大の影響により夏場所(24日初日、東京・両国国技館)の中止を発表するとともに、10月に開催する予定だった秋巡業の中止も発表した。

八角理事長(元横綱北勝海)は「秋巡業につきましても、開催は10月でございますが、開催できるかどうかめどが立たない中で準備を進めさせていただくことは、主催者である勧進元様に多大なるご迷惑となると判断し、中止を決定いたしました」とコメントした

夏巡業は東京五輪・パラリンピックの日程を考慮して、すでに昨年の8月に中止を発表していた。

年内の巡業は、11月の九州場所後に行われる冬巡業のみ開催が予定されている。12月11日予定の大阪・枚方市などをはじめ、春巡業の一部が冬巡業に組み込まれている。

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NHK退局の刈屋富士雄アナが振り返る思い出/前編

NHK刈屋富士雄アナウンサー

「栄光への架け橋だ」などのオリンピック(五輪)実況や大相撲中継で知られるNHKの刈屋富士雄アナウンサー(60)が30日で定年退職し、5月1日付で立飛ホールディングス執行役員スポーツプロデューサーに転身する。最後の荷物整理をしていた29日、現在の心境や今後の仕事などについて聞いた。「前編」ではNHKでの実況などを振り返ります。【聞き手=佐々木一郎】

-30日で退局されます。現在の心境は

「38年勤めましたから、感慨深いですね。NHKのアナウンサーになるにあたって、オリンピックの日本金メダルのシーンを伝えるという夢を持っていました。その夢がかないましたから」

-刈屋さんが実況した金メダルは

「2004年アテネオリンピックの男子体操団体と、2006年トリノオリンピックのフィギュアスケート荒川静香さんです。どちらも絶対的な金メダル候補ではなく、難しいと思われた中でとれた金メダルです。体操団体は中国が金メダル候補でした。荒川さんの時はスルツカヤやサーシャ・コーエンがいましたから」

-アナウンサー時代の一番の思い出はこの2つの金メダルですか

「そうですね。この2つですね。夢がかないました」

-体操団体で金メダルが決まる瞬間、冨田選手の鉄棒の着地に合わせて「伸身の新月面が描く放物線は、栄光への懸け橋だ!」と実況されました。この名実況は、刈屋さんにとってどういうものですか

「冨田選手が着地を決めてくれたことで、体操をずっと応援してくえていた人たちの思い、日本の体操の歴史など、縦軸、横軸、斜めの軸などがピタッと集まったんです。その場面に巡り合えたのは幸運でした」

-その後、冨田選手と話す機会はありましたか

「何度かありますが、去年は雑誌の企画で対談しました。彼は日本の得点、(他国との)得点差まで状況を把握して演技していたそうです。自分が9点を取れば金メダル。正確には8・962点なのですが、ほぼ9点。コールマンを取った時点で決まると分かっていました。名場面を振り返る特番では(団体メンバーの)米田さんと話しましたが、彼は得点差を知らなかった。状況を知ると邪念が入るから演技に集中していたそうです」

-刈屋さんは当時44歳でした

「40代は反射神経があり、いろんな言葉が浮かんできたりする。経験と反射神経がちょうど合っていたのが、40代だと思います。選手と同じで、スポーツアナウンサーもピークがあります。そう考えると、自分のピークに合ったともいえますね」

-大相撲中継にも長くかかわりました

「35年くらい現場にかかわっています。こんなにかかわるとは思っていませんでした。千代の富士の時代から始まって、若貴、ハワイ勢、モンゴル勢、欧州からの力士も含め、上位を外国出身力士が占める時代がくるとは想像もつきませんでした。その後は遠藤、稀勢の里らが盛り上げました。ブームとどん底を2回ずつ経験しました。暴力が当たり前の時代もありましたが、35年で随分変わりました。大相撲へのかかわりは深く、愛情もあるので、思うことがあります。今は人気がありますが、底辺が広がらない。競技人口が増えない。なので、日本で毎年、東京でアマチュアの国際大会を開きたいと思っています」

-思い出の一番は

「昭和63年九州場所千秋楽の千代の富士-大乃国戦です。千代の富士の連勝が53で止まった一番です。当時の私はまだ下っ端でした。千代の富士の特番を作っていたので、先輩たちは千代の富士の担当。私は大乃国の談話取りでした。西の花道には人がいなくて、通路の真ん中近くまで行って見ていました。そうしたら、大乃国が勝った。座布団が飛びました。薄暗くなった通路を大乃国が引き揚げてきました。全身、血の気が引いて真っ白でした。くちびるは真っ青で、顔面蒼白(そうはく)でした。緊張して力を出し切った人間はこんなふうになるんだと…。あの光景を見て、これが大相撲なのかと思いました。何年も努力し続けた人間が、全精力を出し切るとこうなる。それを目の当たりにして、相撲の魅力はこれだなと。1500年も興味を持たれ続けるのはこれなんだと思いました。歩いてきた大乃国に『どうでした?』と聞くと、まだ興奮してコメントできません。少し待ってから『弱い横綱と言われてきたので、勝ててよかったです』と言ったのです」

-東京五輪で実況したかったという未練はありませんか

「もう実況は、若い人に譲っていかないといけません」

-現在のNHKでの肩書は

「解説主幹です」

-最後の出演番組は何になりますか

「生放送は先週のシブ5時で終えました。放送で出るのは、ヒーローたちの名勝負という番組で、アテネ五輪の体操をやります。その前振りをやっています」

(後編に続く)

◆刈屋富士雄(かりや・ふじお)1960年(昭35)4月3日、静岡県御殿場市生まれ。早大時代は漕艇部所属。83年にNHKに入局し福井、千葉放送局をへて92年から東京アナウンス室。五輪は92年バルセロナから10年バンクーバーまで8大会で現地から実況した。

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白鵬が五輪に思い「中止ではなく延期。また狙える」

白鵬(2019年7月19日撮影)

日本相撲協会は27日、2週間延期にした大相撲夏場所(5月24日初日・両国国技館)の新番付を発表した。2場所連続45度目の優勝を目指す横綱白鵬(35=宮城野)は電話取材に応じ、現役続行の目安とする東京オリンピック(五輪)の1年延期に初めて言及。計7人の協会員が新型コロナウイルスに感染するなど、夏場所が開催できるか不透明な状況の中でも、感染予防に務めながら稽古場での調整を進めている。

   ◇   ◇   ◇

先行きの見えない状況だけに、3場所連続で東の正位に就いた白鵬は「番付が出たということは、素直にうれしいかな」と心境を語った。本来なら先場所の優勝力士として会見が行われるが、感染予防のため電話での対応となった。

現在は都内の部屋で調整を進めている。稽古場では「上から横から扇風機を回して、ドアや窓を全部開ける」と換気を徹底。免疫力を下げないため、食事もサラダを多めにとり、ビタミンを積極摂取。アルコール消毒スプレーも、常に持ち歩いているという。

感染拡大もあり、東京五輪が1年間延期となった。18年に死去した父ムンフバトさんは、レスリングで64年の東京五輪に出場している。敬愛する父を追うように、数年前から東京五輪を現役続行の目安と公言していただけに、発言が注目されていた。延期に初めて言及し「モチベーションもまた1年延びた」と言い切った。

延期を「残念」としつつ、「自分よりオリンピック選手、特にベテラン選手は最後だという選手もたくさんいたと思う。でも中止ではなく延期。またオリンピックを狙えるという希望がある」。五輪選手と重ねるように、自らを鼓舞した。

夏場所は2週間延期となっており、初日まで約1カ月ある。「あまりやりすぎないように、まだまだ時間はあるので、自分をおさえながらやっている」。場所の開催、そして1年後を見すえ、汗を流している。【佐藤礼征】

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白鵬、五輪延期で「モチベーションまた1年伸びた」

白鵬

日本相撲協会が大相撲夏場所(5月24日初日、東京・両国国技館)の新番付を発表した27日、3場所連続で東の正位に就いた横綱白鵬(35=宮城野)は報道陣の電話取材に応じ「番付が出たということは素直にうれしい」と率直な思いを話した。

2場所連続45度目の優勝を目指す夏場所は、新型コロナウイルス感染拡大の影響により2週間延期となっている中、白鵬は「全体的に東京がどうなるかというのが、ゴールデンウイーク明けに決まると思う。また1週間なのか2週間なのか、それにも左右されると思う」と開催可否について私見を語った。

協会内でも感染者が出る中で、日々の稽古では感染予防に工夫を凝らしいる。部屋の稽古では換気のため「上から横から扇風機を回して、ドアや窓を全部開けて基本動作をやったりしています」と説明。免疫を下げないために、食事でもサラダを多めに食べてビタミンを摂取。アルコール消毒用のスプレーも常日頃からかばんに入れて持ち歩いているという。「やはり目に見えないもの。世界がコロナを抑えるワクチンがまだないので、気持ち的にかからないように持ち歩いている」と話した。

不安に駆られる状況の中で、かねてから現役続行の目安としていた東京オリンピック(五輪)が21年に延期となったことについては「モチベーションがまた1年伸びた」と前向きにとらえている。18年に亡くなった父ムンフバトさんは、レスリング選手として64年の東京五輪に出場。「64年はおやじが出ていた。本当は今年だったらその目標が早めに達成できたと思うんだけどそれができないのは残念。自分自身がオリンピックを早く見たいというのもあった。でも自分よりオリンピック選手の方が、特にベテラン選手はこの東京オリンピックが最後だという選手もたくさんいたと思う。でも中止ではなく延期ということなので、またオリンピックを狙えるという希望があるので頑張っていくことしかない」。五輪選手と自身を重ねるように、気持ちを高めた。

3日前の25日には高田川親方(元関脇安芸乃島)、十両白鷹山が新型コロナウイルスに感染したことが判明するなど、協会内でも感染が拡大しつつある。感染者について白鵬は「今は悪化させないように、場所までまだ時間がありますから、早く良くなってほしい」と早期の回復へエールを送った。初日まで1カ月弱。「(史上初の無観客開催となった)3月も、1人感染者が出たら中止。目に見えないものだから、祈りながら1日1日15日間戦っていた。もう1回頑張らなきゃと思う」と、気を引き締めた。

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村田諒太が五輪代表らに精神面などオンライン指導

村田諒太

12年ロンドン・オリンピック(五輪)金メダルでWBA世界ミドル級王者の村田諒太(34=帝拳)が「金の卵」に金言を授けた。

日本ボクシング連盟が東京五輪代表らを対象に18日に開催したオンライン講座で、講師役を務めた。世界最終予選(日時、場所未定)に挑む選手も含め、質疑などに応じた。東京五輪の1年延期を考慮し、選手のモチベーション維持、知力向上を目的とした講座では、「息子が、滑り台を逆走して上まで行こうとしていましたが、なかなか登りきれず、嫁が『ゴールがもっと上だと思って、走り抜けてみなよ』と言ったら、簡単に登り切りました」などの実例を出し、精神の持ちようなども指南した。男子ウエルター級の岡沢セオンは「技術だけでなく精神面での鍛錬にも力を入れたい」と感謝するなど、大きな刺激となったようだ。

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偉業から2年…村田諒太は唯一無二の経験伝える

18年4月15日、WBA世界ミドル級タイトルマッチの7回にブランダムラ(左)をロープ際に追い詰める村田

日本ボクシング連盟は4月15日、ロンドンオリンピック(五輪)のミドル級金メダリストで、WBA世界同級王者の村田諒太(34=帝拳)が、東京五輪内定者と世界最終予選(時期、場所未定)出場者11人を対象にしたオンライン講義を行うと発表した。

18日に、五輪を見据えた取り組み方や、質疑応答で“金言”を授ける。日本ボクシング史に金字塔を打ち立て続ける希代のボクサーが、アマチュアの「金の卵」たちの成長に一役を買うことになる。

くしくも2年前の4月15日は、村田にとってまた1つ新たな偉業を遂げた日だった。WBA王者として迎えた初の防衛戦、同級6位のイタリア人、エマヌエーレ・ブランダムラを迎えての一戦。かかっていたのは、日本人ミドル級王者として初防衛に成功するかどうか。

過去に同級王者となったのは、竹原慎二のみ。だが「広島の粗大ごみ」と呼ばれ、立身出世の物語も注目されたその先駆者は、96年6月のV1戦でウィリアム・ジョッピー(米国)にTKO負けを喫した。会場は縁の巡り合わせか、その時と同じ横浜アリーナ。1万1000人で埋まった会場の視線は、20年以上の年月を経た“リベンジ”にも注がれていた。

相手は27勝中5KOと、強打者ではないがゆえに、厄介な懸念もあった。勝率の高さは、ポイントを拾う術にたけているということも意味する。パンチがないからこそ、危険な打ち合いを避けながら、巧みに採点を稼ぐ。オーソドックススタイルながら、ワンツーが左から右ではなく、右から左につなげるタイプ。ジャブに合わせる右クロスは見栄えもいい。

村田の攻略法は、あえてジャブを多用することだった。右クロスを警戒して手数を減らすのではなく、むしろ増やした。フェイントを織り交ぜ、相手の逃げ先を狭めていくプレッシャーのかけ方は長所の1つ。イタリア人は、これまでの敵との格の違いを感じたが、ジャブに対して攻撃の起点にする余裕はなかった。「左ジャブが思った以上によく当たった」と振り返ったように、練習から繰り返したジャブで初回からペースを握った。

左から重い右ストレート、返しの左ボディーというシンプルながらも重厚なパターンで追い詰める。印象的だったのは2回からブランダムラの背中が赤く腫れていったこと。後退してロープにする擦過傷が増えていった。翻れば、その赤い線が村田のプレッシャーのすごみを印象づけていた。

「見ていて早う倒せよと思ったかもしれない。自分もそうでした」と仕留めきれずに、客席にもジレンマが満ち始めた8回。左ガードが甘くなったところに右ストレートを打ち込んでぐらつかせると、ロープ際に後退したところをさらに右。ストレートに備えて両グローブで顔の前面をカバーした挑戦者に、伸びる右フックがアゴに捉え、キャンパスにはわせた。レフェリーはすぐに試合を止めてのTKO勝ち。「最後の右は角度を変えてスッと打ち抜けた。たまたま入ったようでもそれが練習の成果なのでしょう」。完勝で日本人初の防衛を果たした。

それから2年。そのベルトを一度は手放したが、再びその手に取り返し、昨年末にはV1戦を5回TKOで飾った。新型コロナウイルスの影響でV2戦が決定するのは少し先になりそうで、その最中でのオンライン講義になる。日本人として五輪で金、プロでも世界王者という唯一無二の経験値は、これから偉業を目指そうとする後輩たちへの最高の後押しになるだろう。【阿部健吾】

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ロンドン五輪金の村田諒太が快諾、金の卵に金言伝授

村田諒太

ボクシングWBA世界ミドル級王者の村田諒太(33=帝拳)が、「金の卵」たちの特別講師を務めることになった。東京五輪代表に内定している男女6人に、今後開催される世界最終予選(日時、場所は未定)に臨む5人を加えた11人に、オンラインで対話を行う。日本ボクシング連盟の菊池浩吉副会長(55)が発案し、快諾を得た。

「五輪が1年延期されたことで心配なのは選手のモチベーションです」。そこで12年ロンドン五輪で、日本人として64年東京五輪の桜井孝雄以来となる金メダルを獲得した「日本の宝」に打診した。日頃から「アマの選手にできることがあれば、なんでも協力したい」と述べていた村田は、二つ返事で講師を引き受けてくれたという。

東京を含む7都府県に7日、緊急事態宣言が発令され、強化拠点の東京・北区のナショナルトレーニングセンター(NTC)も使用中止となった。各地で自主的に練習をする選手のため、インターネット電話「スカイプ」などのオンライン動画システムを使い、全員同時に話を聞く機会を設ける。村田はボクシングの技術だけでなく、心理学や哲学などの知識も豊富。五輪の経験だけでなく、プロでも世界の層が厚いミドル級でベルトを巻き、日本ボクシング界でも随一のキャリアを持つ。その引き出しから、不安を抱えているかもしれない選手への“金言”も聞かれそうだ。

日本連盟などは直接指導できない強化選手への対策として、他に医科学委員会のドクターによる、栄養学や減量法のオンラインでの指導なども行う計画。「金の拳」を持つ村田からの最高の協力も得て、苦境の中でも成長を期す。【阿部健吾】

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大相撲夏場所2週間延期も、協会は「開催」こだわり

閑散とする両国国技館正面出入り口(撮影・河田真司)

日本相撲協会は3日、東京・両国国技館で臨時理事会を開き、5月10日に初日を迎える予定だった大相撲夏場所(両国国技館)開催の2週間延期を決定した。

新型コロナウイルスの感染拡大の影響を受けての決定で、夏場所の新日程は5月24日が初日で、6月7日が千秋楽。協会は今後も情勢に注視しながら、通常開催、縮小開催、無観客開催、中止などを検討するとした。合わせて7月の名古屋場所開催の2週間延期も発表した。

  ◇    ◇    ◇

新型コロナの感染拡大の影響を受け、角界がまた1つの決断を下した。臨時理事会を終え、記者会見に出席した八角理事長(元横綱北勝海)は「予定されていた5月場所を2週間延期することを決議しました」と発表した。

3月に行った春場所は史上初の無観客開催に踏み切り、協会員からの感染者を出すことなく15日間完走した。各方面で大会やイベントが軒並み中止や延期となる中で1つの結果を示したが、社会情勢は深刻化する一方。同理事長は「日に日によくなっているとは言えない中で開催するにはどうすればいいのかというところで2週間の延期を決めた」と理由を語った。

あくまで、開催を目指した上での延期となる。夏場所の番付発表は通常通り27日に行う。今後、政府からの「緊急事態宣言」が出た場合についても、芝田山広報部長(元横綱大乃国)は「その時点で理事会を招集しながらどういう方向性にするかを決める。今の時点では中止とは言えない」と慎重に言った。

八角理事長も「通常開催を目指しながら、縮小しての開催、無観客開催、あるいは中止を含め、あらゆる角度から柔軟な姿勢で検討を重ねる」と話した。今後も日程などの変更があり得る可能性は十分にあるとしながらも、協会は「開催」へのこだわりを見せた。

しかし、検討結果の発表時期は未定で、縮小開催の具体的な内容についても同理事長は「何も決まっていない。期間が2週間延期するということだけ」と話すにとどめた。合わせて名古屋場所開催の2週間延期も発表したが、芝田山広報部長は「今の状況で会場が空いているのか空いていないのか分からない。担当者が調整する」と困惑。本来なら4日から販売開始予定だった夏場所の前売り券も販売開始日が未定のままなど懸案事項は多い。

理事会後には師匠会が行われ、各部屋の師匠に同様の説明が行われた。発熱した場合の対処法や各地域の保健所の確認、力士らに春場所同様に朝と夜の検温を義務づけさせるなど、協会は各部屋に徹底した体調管理を求めた。また、これまで代表取材で行われてきた報道陣による朝稽古取材もついに禁止に。前代未聞の状況に、角界も大きく揺れ始めた。

◆主な本場所の日程変更 45年夏場所は無料公開で明治神宮にて興行の予定のところ、5月23日の初日に大空襲があり6月7日へと延期。89年初場所は1月8日初日予定も昭和天皇崩御のため9日に変更。00年秋場所は9月10日初日予定も、同年のシドニー五輪の日程を考慮して前年の98年11月に9月3日に変更と決定。13年夏場所も5月5日に初日予定だったが、前年の12年5月に1週間後の5月12日に変更と決めた。

 ★大相撲の日程★

◆初場所 1月12~26日 両国国技館 19年12月24日番付発表 徳勝龍が史上2度目の幕尻優勝。

◆春場所 3月8~22日 エディオンアリーナ大阪 2月24日番付発表 史上初の無観客開催。白鵬が優勝し、朝乃山が場所後に大関昇進。

◆春巡業 3月29日の三重・伊勢神宮を皮切りに近畿、東海、関東などで4月26日まで開催予定も中止、または21年に延期。

◆夏場所 5月24日~6月7日 両国国技館 4月27日番付発表 5月10日に初日予定も2週間の延期。

◆名古屋場所 7月19日~8月2日 愛知・ドルフィンズアリーナ 番付発表当初は6月22日予定も現時点では未定 7月5日初日予定も2週間の延期。

◆オリパラ場所 8月12、13日に両国国技館で「大相撲東京2020オリンピック・パラリンピック場所」開催予定も、東京五輪の延期により21年の同時期に延期する方針。

◆秋場所 9月13~27日 両国国技館 番付発表8月31日

◆九州場所 11月8~22日 福岡国際センター 番付発表10月26日

閑散とする両国国技館正面出入り口(撮影・河田真司)

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朝乃山「多くの人への励みに」無観客開催の意義語る

大関昇進後、初稽古に臨む朝乃山(代表撮影)

大相撲春場所後に昇進した新大関の朝乃山(26=高砂)が30日、都内の部屋で、夏場所(5月10日初日、東京・両国国技館)に向けて稽古を再開した。

相撲は取らず、四股やストレッチなど軽めの調整。22日の春場所千秋楽以降は新型コロナウイルスの影響で外出を控え、稽古も1週間ぶりとあって「体がなまっている。四股や基本的な運動をやっていこうと思った」と話した。3月下旬から予定していた春巡業はすでに延期が決定。部屋での調整が続くこととなり「最初はしっかりと体を作っていきたい」と話した。

新型コロナの感染拡大防止のため、史上初の無観客開催と春場所中は日本相撲協会員の感染者は0。「多くの人への励みになる。コロナでずっと暗いニュースが続いていたので」と開催の意義を語った。一方で夏場所の開催可否は現状未定。「3月同様に無観客でやるのでは。でも東京五輪も延期になったから中止というのもあるんじゃないですかね」と個人的見解を述べた。先行きは不透明だが「気にしてもしょうがない。力士らは5月場所に向けてやるだけです」と平常心を強調した。【佐々木隆史】

大関昇進後の初稽古を終え、記者の質問に笑顔を見せる朝乃山(代表撮影)
大関昇進後、初稽古でしこを踏む朝乃山(代表撮影)

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