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井上尚弥ら「激闘王」八重樫東を語る/まとめ

元世界3階級王者・八重樫東(37)が現役引退を発表した。激しく打ち合うスタイルから「激闘王」と呼ばれた名王者を、選手、関係者、歴代担当記者などが語ります。

特別スパーリングを終えポーズをとる井上尚弥(左)と八重樫東(2014年5月19日撮影)

◆八重樫東(やえがし・あきら)1983年(昭58)2月25日、岩手・北上市生まれ。黒沢尻工3年でインターハイ、拓大2年で国体優勝。05年3月プロデビュー。06年東洋太平洋ミニマム級王座獲得。7戦目で07年にWBC世界同級王座挑戦も失敗。11年にWBA同級王座を獲得し、13年にWBCフライ級王座を獲得して3度防衛。15年にIBFライトフライ級王座を獲得し、日本から4人目の世界3階級制覇を達成した。2度防衛。160センチの右ボクサーファイター。通算28勝(16KO)7敗。家族は彩夫人と1男2女。

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家族と一緒に…引退八重樫東の防具に3人の子供の絵

引退会見した八重樫東(中央)。左は松本好二トレーナー、右は大橋秀行会長(大橋ジム提供)

ボクシングで元世界3階級制覇王者の八重樫東(37=大橋)が1日、現役引退を表明した。

オンラインの会見では、15年間の現役生活について語ると同時に今後の活動などについても言及した。また、歴代担当記者が、八重樫との思い出を振り返った。

   ◇   ◇   ◇

ボクサーが唯一身につけることを許された防具がある。ノーファウルカップ。急所を保護するためにつける。八重樫は拓大時代からのものを使ってきた。この愛用品にも家族愛が表れていた。

モットーの「懸命に悔いなく」。その文字とともに、長男圭太郎くん、長女志のぶちゃん、次女一永ちゃんと3人の子供の絵が描かれている。いつからか、世界戦前は単身でマンション生活を送るようになった。練習、試合に集中するため。子供の絵は3階級制覇後の防衛戦を控え、マンション生活の合間に自らが描いた。

1カ月以上家族と離れ、最初の頃は週末には家に帰っていた。終盤はそれも我慢して、テレビ電話での会話も封印した。「パパ頑張って」という、涙声の留守電が入っていたこともしばしばだった。

試合中は長男の声援が会場にいつも響いていた。勝ったリング上では、彩夫人と一家5人の記念撮影も恒例だった。「子供に引退は言っていない。これからも。試合がなければ分かるでしょう」と素っ気なく言った。何よりもノーファウルカップが、家族を思い、家族と一緒に戦ってきたことを示していた。【河合香】

◆八重樫東(やえがし・あきら)1983年(昭58)2月25日、岩手・北上市生まれ。黒沢尻工3年でインターハイ、拓大2年で国体優勝。05年3月プロデビュー。06年東洋太平洋ミニマム級王座獲得。7戦目で07年にWBC世界同級王座挑戦も失敗。11年にWBA同級王座を獲得し、13年にWBCフライ級王座を獲得して3度防衛。15年にIBFライトフライ級王座を獲得し、日本から4人目の世界3階級制覇を達成した。2度防衛。160センチの右ボクサーファイター。通算28勝(16KO)7敗。家族は彩夫人と1男2女。

3人の子供が描かれた八重樫のノーファウルカップ

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八重樫はグッドルーザー、あご割れようが悲壮感なし

12年6月20日、9回、腫れた顔面で井岡(右)にパンチを浴びせる八重樫

ボクシングで元世界3階級制覇王者の八重樫東(37=大橋)が1日、現役引退を表明した。

オンラインの会見では、15年間の現役生活について語ると同時に今後の活動などについても言及した。また、歴代担当記者が、八重樫との思い出を振り返った。

   ◇   ◇   ◇

3階級世界制覇の偉大な王者の八重樫だが、自分の中ではグッドルーザー(素晴らしい敗者)という言葉が思い浮かぶ。激闘の敗戦後、想像を超えたダメージを負いながらも、さわやかさが漂う。そこに勝負師としての潔さを感じた。

07年6月4日。24歳だった八重樫の世界初挑戦。全盛期のWBC世界ミニマム級王者イーグル京和の強打で、2回にあごを骨折。その後は口も閉じられず、9回以降はマウスピースの交換もできなかったが、セコンドに「最後までやらせてください」と、目で訴え、最終12回まで戦い抜く。試合後は、もちろん話せず、タオルであごをつった。それでも報道陣に笑顔すら浮かべ、あごを割られた王者には頭を下げ、敬意を示した。

12年6月20日、WBA王者として迎えたWBC王者井岡一翔との王座統一戦。序盤に被弾した両目は中盤からみるみる腫れたが、あきらめない。試合を止めようとした医師には「僕はもともと目が細い顔立ちなんです。やらせてください」。判定負けの試合後、両目はほとんど開かず、異様なほど腫れ上がったが、6歳下の井岡に「ありがとう」。ファンにも深々と頭を下げた。翌日の一夜明け会見では、痛々しい見た目と違って悲壮感はない。「子どもたちにはい上がる姿を見せたい」と前を見た。

リングでは「激闘王」の異名通り、絶対に下がらず、捨て身で愚直に前に出て攻め続ける。前述のような大けがと背中合わせだが、そのスタイルを最後まで貫いた。普段は子煩悩で、優しい性格。ボクサーとは思えない、癒やし系の雰囲気を醸し出す。そのギャップも魅力的だった。【田口潤】

◆八重樫東(やえがし・あきら)1983年(昭58)2月25日、岩手・北上市生まれ。黒沢尻工3年でインターハイ、拓大2年で国体優勝。05年3月プロデビュー。06年東洋太平洋ミニマム級王座獲得。7戦目で07年にWBC世界同級王座挑戦も失敗。11年にWBA同級王座を獲得し、13年にWBCフライ級王座を獲得して3度防衛。15年にIBFライトフライ級王座を獲得し、日本から4人目の世界3階級制覇を達成した。2度防衛。160センチの右ボクサーファイター。通算28勝(16KO)7敗。家族は彩夫人と1男2女。

07年6月5日、WBC世界ミニマム級タイトルマッチ・イーグル京和戦で上あごの両側骨折の重傷を負った八重樫東のエックス線写真
9回、ゴンサレスに右アッパーを見舞う八重樫東(撮影・たえ見朱実)

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八重樫飾らぬ生き様 優しい笑顔の裏「反骨心」支え

2016年5月8日 IBF世界ライトフライ級タイトルマッチ 12回、マルティン・テクアペトラ(右)に強烈なボディをー見舞う八重樫東

ボクシングで元世界3階級制覇王者の八重樫東(37=大橋)が1日、現役引退を表明した。オンラインの会見では、15年間の現役生活について語ると同時に今後の活動などについても言及した。また、歴代担当記者が、八重樫との思い出を振り返った。

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頑固な人情派。そんな人だと思っている。16年5月のIBFライトフライ級王座のV1戦の2週間前の夜に突然、電話がかかってきた。「明日、時間ありますか? ついてきてほしいところがあって…」。翌日、指定された横浜の中華街に行くと、「引退です」と告げられた。もちろんジョークだったが、左肩甲下筋損傷と左肩関節唇損傷。医師から手術を勧められるほどの大けがを明かされた。

左腕は痛みで横にも動かせず、打てるパンチはジャブのみ。それでも、八重樫は「試合は出ます。それは決めました」ときっぱりと言った。理由は、陰で「ボス」と呼ぶ、大橋会長への思いだった。14年に世界戦で連敗。引退報道も出る中「お前はジムの功労者だ」と再挑戦への交渉に奔走してくれた姿を見ていた。だからこそ「このタイトルだけは特別。興行に穴はあけられない」と腹を決めた。

そんなやりとりを中華街の真ん中でしていると、携帯の画面にうつる、治療院の広告らしき文言を見せられた。「『神の手』でどんな痛みも治してみせます」-。怪しみながらも、八重樫のわらにもすがる思いを感じ、店舗探しを手伝った。だが、“ゴッドハンド”はすでに帰国していた。それでも、3日後には「ハリウッドスターの腰痛を、さするだけで治す人を見つけました」と連絡がきた。

「しがみつく人間にしかチャンスはこない」。左肩をなでながら、自分に言い聞かせるように何度もつぶやいていた。結局、痛みを隠してリングに立った。格下相手に2-1の僅差判定勝ち。試合後の会見でもけがのことは言わなかった。人がいなくなり、記者を見つけると、にやりと笑った。「ひどい内容でも、ベルトが残れば僕の勝ちです」。忘れられない思い出だ。

キャリア終盤、“エゴサーチ”をして、「八重樫はパンチドランカー」「壊れている」というコメントを見つけ、「ぼくのこと、ドランカーだと思ったことありますか?」と興奮気味に聞かれたことがあった。優しい笑顔の裏の反骨心が、「激闘王」の支えだった。好きな言葉は、努力、辛抱、覚悟。飾らない生きざまが、八重樫の魅力だと思う。【奥山将志】

◆八重樫東(やえがし・あきら)1983年(昭58)2月25日、岩手・北上市生まれ。黒沢尻工3年でインターハイ、拓大2年で国体優勝。05年3月プロデビュー。06年東洋太平洋ミニマム級王座獲得。7戦目で07年にWBC世界同級王座挑戦も失敗。11年にWBA同級王座を獲得し、13年にWBCフライ級王座を獲得して3度防衛。15年にIBFライトフライ級王座を獲得し、日本から4人目の世界3階級制覇を達成した。2度防衛。160センチの右ボクサーファイター。通算28勝(16KO)7敗。家族は彩夫人と1男2女。

引退会見に臨んだ八重樫(左から3人目)。左から松本好二トレーナー、中垣龍汰朗、1人おいて大橋秀行会長(大橋ジム提供)

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さらば「激闘王」八重樫東!殴られ殴った/写真特集

ボクシングの元世界3階級制覇王者・八重樫東(37=大橋)が1日、横浜市内の所属ジムで会見し、現役引退を発表した。「本日、9月1日をもちまして、引退することを決意しました。たくさんの応援をしていただき、一生懸命、プロボクシングができたことを誇りに思います。ありがとうございました」。思い出の試合に、WBC世界フライ級王者時代のローマン・ゴンサレス戦をあげ、「常に前を向いて、今日よりも明日がいい日になればいいと進んできたので、後悔はない。15年間、一生懸命走ってきたつもり。人間なので転ぶ時もあれば、休む時もあったが、それでいいと思っている。100メートル走ではなく、マラソン。今日、こうやって完走できてうれしく思う」と山あり谷ありの現役生活を振り返った。

大橋秀行会長 中身の濃い15年だった。最初の世界戦でケガして引退してもおかしくない。引退勧告も何度もしたが、ここまで大きく人間としても成長するとは、こちらも教えられた。負けて大歓声は八重樫以外見たことない。いろんなトレーニングを採り入れ、食事や減量など日本で一番知識がある。精神力はもちろん、科学的研究も熱心だった。後輩に教えてもらい、第2の八重樫を育てていきたい。

デビュー戦からコンビを組んできた松本好二トレーナー (日本王者時代に)けがでもう辞めた方がいいと思う時期もあったが、諦めずによく世界王者になってくれた。一緒に歩めたのはトレーナー冥利(みょうり)に尽きる。

11年10月25日、チャンピオンベルトを掲げ「ベルトとったぞー」と絶叫する八重樫

14年9月5日、王者陥落した八重樫は、WBCから贈られたメダルをかけて引き揚げる

14年9月5日、9回、八重樫(右)はゴンサレスの左アッパーをまともに受ける

WBC世界ミニマム級タイトルマッチ(07年6月4日・初王座奪取に失敗)

八重樫東判定
0-3
イーグル京和

07年6月4日、WBC世界ミニマム級選手権 イーグル京和対八重樫東 12回終了と同時に判定負け覚悟したようにうなだれる八重樫東

07年6月4日、WBC世界ミニマム級選手権 イーグル京和対八重樫東 4回、八重樫東(左)にフックを打ち込むイーグル京和

07年6月5日、WBC世界ミニマム級タイトルマッチ・イーグル京和戦で上あごの両側骨折の重傷を負った八重樫東のエックス線写真

WBA世界ミニマム級タイトルマッチ (11年10月24日・WBA初王座奪取)

八重樫東10R
TKO
ポープラムック

11年10月24日、WBA世界ミニマム級で新チャンピオンに輝いた八重樫(中央)は大橋会長(左)と彩夫人からキスの祝福を受ける。前列は長男の圭太郎くんと長女の志のぶちゃん

11年10月24日、10回TKO勝ちで新王者となり、キャンバスに寝転がって喜ぶ八重樫

11年10月24日、8回、ポンサワン(右)に強烈なパンチを見舞う八重樫

WBA・WBC世界ミニマム級王座統一戦(12年6月20日・WBA王座陥落)

八重樫東判定
0-3
井岡一翔

12年6月20日、健闘をたたえて抱き合う統一王者となった井岡(左)と八重樫

12年6月20日、8回、顔面が腫れた八重樫(左)は井岡に強烈なパンチを浴びせる

12年6月20日、9回、腫れた顔面で井岡(右)にパンチを浴びせる八重樫

12年6月20日、八重樫のシューズには長男圭太郎君の名前が入っていた

WBC世界フライ級タイトルマッチ(13年4月8日・WBC・リングマガジン王座獲得 )

八重樫東判定
3-0
五十嵐俊幸

13年4月8日、11回、五十嵐(右)を圧倒的に攻め、ガッツポーズする八重樫

13年4月8日、9回、八重樫東(左)の左が五十嵐俊幸の顔面をとらえる

WBC世界フライ級タイトルマッチ(13年8月12日・WBC王座初防衛)

八重樫東判定
3-0
ブランケット

13年8月12日、防衛に成功した八重樫は大橋会長(中央右)ら陣営に祝福される

13年8月12日、WBC世界フライ級タイトルマッチ 7回、オスカル・ブランケット(左)の顔面にパンチを見舞う八重樫

WBC世界フライ級タイトルマッチ(13年12月6日・WBC王座2度目の防衛)

八重樫東3-0
12R判定
ソーサ

13年12月6日、WBC世界フライ級タイトルマッチ 八重樫東対エドガル・ソーサ 判定でエドガル・ソーサに勝利し、2度目の防衛を飾った八重樫東(中央)は次女一永ちゃんにキス。左から松本好二トレーナー、長女志のぶちゃん、2人おいて長男圭太郎君、大橋秀行会長

13年12月6日、11回、ソーサ(右)の顔面に左フックをヒットさせる八重樫

WBC世界フライ級タイトルマッチ (14年4月6日・WBC王座3度目の防衛)

八重樫東9R
KO
サレタ

WBC世界フライ級タイトルマッチ(14年9月5日・WBC王座陥落 )

八重樫東9R
TKO
ローマン・ゴンサレス

14年9月5日、9回、ゴンサレス(手前)にダウンを奪われTKO負けとなった八重樫

14年9月5日、9回、レフェリーストップとなった八重樫に声をかける大橋会長

14年9月5日、死闘を繰り広げたゴンサレス(左)と八重樫。6回にはクロスカウンター気味にお互いのパンチが入る

WBC世界ライトフライ級王座決定戦 (14年12月30日・WBC王座奪取失敗)

八重樫東7R
KO
ゲバラ

7回、八重樫(左)はゲバラの強烈な左フックをボディーに食らい、崩れ落ちる(撮影・山崎安昭)

IBF世界ライトフライ級タイトルマッチ (15年12月29日・IBF王座獲得)

八重樫東3-0
判定
メンドーサ

IBF世界ライトフライ級タイトルマッチ (16年5月8日・IBF王座防衛)

八重樫東2-1
判定
テクアペトラ

16年5月8日、防衛に成功しながらもリングを降りる際、手を合わせる八重樫

16年5月8日、11回、テクアペトラ(右)の顔面に強烈なパンチを見舞う八重樫

IBF世界ライトフライ級タイトルマッチ (16年12月30日・IBF王座2度目の防衛)

八重樫東12R
TKO
ゴーキャットジム

16年12月30日、12回、ラッシュする八重樫

IBF世界ライトフライ級タイトルマッチ (17年5月21日・IBF王座陥落 )

八重樫東1R
TKO
メリンド

17年5月21日、1回、メリンド(手前)から1度目のダウンを奪われる八重樫

17年5月21日、1回、メリンド(手前)から1度目のダウンを奪われるパンチを浴びる八重樫

IBF世界ライトフライ級タイトルマッチ (19年12月23日・IBF王座奪取失敗)

八重樫東9R
TKO
ムザラネ

19年12月23日、観客に深々と頭を下げる八重樫

19年12月23日、9回、ムザラネ(右)から右ストレートを食らう八重樫

◆八重樫東(やえがし・あきら)1983年(昭58)2月25日、岩手・北上市生まれ。黒沢尻工3年でインターハイ、拓大2年で国体優勝。05年3月プロデビュー。06年東洋太平洋ミニマム級王座獲得。7戦目で07年にWBC世界同級王座挑戦も失敗。11年にWBA同級王座を獲得し、13年にWBCフライ級王座を獲得して3度防衛。15年にIBFライトフライ級王座を獲得し、日本から4人目の世界3階級制覇を達成した。2度防衛。160センチの右ボクサーファイター。通算28勝(16KO)7敗。家族は彩夫人と1男2女。

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八重樫東が引退 元世界3階級制覇王者「激闘王」

八重樫東(2019年12月10日撮影)

ボクシングの元世界3階級制覇王者・八重樫東(37=大橋)が1日、横浜市内の所属ジムで会見し、現役引退を発表した。

八重樫は「本日、9月1日をもちまして、引退することを決意しました。たくさんの応援をしていただき、一生懸命、プロボクシングができたことを誇りに思います。ありがとうございました」とあいさつ。思い出の試合に、WBC世界フライ級王者時代のローマン・ゴンサレス戦をあげ、「常に前を向いて、今日よりも明日がいい日になればいいと進んできたので、後悔はない。15年間、一生懸命走ってきたつもり。人間なので転ぶ時もあれば、休む時もあったが、それでいいと思っている。100メートル走ではなく、マラソン。今日、こうやって完走できてうれしく思う」と山あり谷ありの現役生活を振り返った。

ファンに対しては「7回も負けて、勝ったり負けたりの僕のような選手をいつも支えてくれた。その応援がなければここまで続けてくることはできなかった。幸せな環境でボクシングができた」と感謝の思いを口にした。

同席した大橋秀行会長は「2004年9月1日に大橋ジムに入ってきて、ついにこの日が来てしまいました。中身の濃い15年間だったと思う。3階級制覇という結果以上に八重樫のボクシングの姿勢。井上尚弥らがその背中を見て、大切なものを教わったと思っている。第2の八重樫をどんどん出していきたいと思う」と労をねぎらった。今後は大橋ジムのトレーナーやパーソナルトレーナーなどで、ボクシングに携わっていくという。

大橋会長は「トレーニングも、食事も減量もいろんなものを試し、研究してきたから3階級王者になれた。日本一の知識があるボクサーだと思う。精神面はもちろん、科学的な部分も後輩たちに教えていってもらいたい」と期待を込めた。

八重樫は、岩手・黒沢尻工でボクシングを始め、3年時にインターハイで優勝。進学した拓大2年で国体優勝を果たすと、05年3月に大橋ジムからプロデビューした。

フットワークとハンドスピードを武器に、06年4月には東洋太平洋ミニマム級王座に挑戦。当時日本最速タイ記録となるプロ5戦目での王座獲得に成功した。07年6月、7戦目でWBC世界同級王者イーグル京和に挑戦も、0-3の判定負けを喫し、プロ初黒星。次の世界挑戦まで4年の歳月を要したが、その間に日本王座を獲得し、3度防衛を果たすなど、地道な努力を重ね、チャンスを待った。

11年10月に、WBA同級王者ポンサワンを相手に2度目の世界挑戦。10回TKO勝利を収め、王座獲得を果たした。初防衛戦ではWBC同級王者・井岡一翔と、「日本初の2団体世界王座統一戦」で激突。壮絶な打ち合いの末に敗れたものの、世界から高い評価を受け、人気選手の仲間入りを果たした。

13年にはWBC世界フライ級王者・五十嵐俊幸を下し、2階級制覇を達成。V4戦で、「軽量級最強」ローマン・ゴンサレスに敗れるまで、3度の防衛に成功した。15年には1階級下のIBF世界ライトフライ級王座を獲得し、日本人男子3人目の3階級制覇を達成。「激闘王」の異名通り、逃げない姿勢と、被弾覚悟の激しい試合でファンの心をつかみ、長く世界のトップで戦い続けてきた。

19年12月、2年半ぶりの世界挑戦のチャンスをつかんだが、IBF世界フライ級王者ムザラネに9回TKO負け。その試合が、現役最後の試合となった。

戦績は35戦28勝(16KO)7敗。

◆八重樫東(やえがし・あきら)1983年(昭58)2月25日、岩手・北上市生まれ。黒沢尻工3年でインターハイ、拓大2年で国体優勝。05年3月プロデビュー。06年東洋太平洋ミニマム級王座獲得。7戦目で07年にWBC世界同級王座挑戦も失敗。11年にWBA同級王座を獲得し、13年にWBCフライ級王座を獲得して3度防衛。15年にIBFライトフライ級王座を獲得し、日本から4人目の世界3階級制覇を達成した。2度防衛。160センチの右ボクサーファイター。通算28勝(16KO)7敗。家族は彩夫人と1男2女。

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田中恒成「気持ちよく年を越せます」失神KOで防衛

田中恒成はウラン・トロハツを破って王座を防衛し、肩車で祝福される(撮影・加藤諒)

<プロボクシング:WBO世界フライ級タイトルマッチ12回戦>◇31日◇東京・大田区総合体育館

王者田中恒成(24=畑中)が、失神KOで3度目の防衛に成功した。同級10位ウラン・トロハツ(26=中国)を序盤から圧倒。3回に強烈な左アッパーでダウンを奪い2分29秒、カウントアウトした。田中は15勝(9KO)無敗。具体的なプランは避けたが、20年はスーパーフライ級に上げての4階級制覇へ、意欲を示した。

   ◇   ◇   ◇

挑戦者は横たわったまま動かない。3回、田中の右からダブルの左アッパーがさく裂。戦意を失ったトロハツにレフェリーは10カウントを告げた。王者は「いい試合で満足している。気持ちよく年を越せます」と会心の勝利を堪能した。

今回のテーマに掲げたジャブが機能した。「下(腹部)を嫌がっているのが分かった」と2回はボディー攻め。動きを止めてアッパーで仕上げた。「1ラウンド目から支配できたから早い回にKOできた。地に足をつけて打てたのでよかった」。畑中清詞会長(52)は「今までの世界戦で1番じゃないか」と絶賛した。

「もうひと皮むけたい」。世界最速タイの12戦目で3階級制覇、無敗で王座に君臨しても「勝ち続けても、もやもやする試合ばかり」と言う。要因は「体調よく試合に臨んだことはほとんどない」というコンディション作りにある。前回、8月のゴンサレスとのV2戦で勝利もダウンを食らった。「体調がダメだった。減量、苦手なんですよね」。食生活を見直し、減量の幅を10キロ内に抑えた。

父の斉トレーナー(52)は「自分で痛い思いをしたから。何時に何cc飲んだかとかすべてメモってる」と自己管理の徹底ぶりを明かす。10キロ以降は歩いていた苦手なロードワークも最高15キロに距離を延ばした。自分で覆っていた殻を打ち破り、圧勝劇につなげた。

20年。畑中会長は「来年中に4階級(制覇)に向かいたい気持ちはある」と言った。新たな挑戦は田中も望むところ。「チャレンジして負けてなのか、勝ち続けてかは分からないが、どんな形でも変化を起こしたい」と強く誓った。【実藤健一】

◆田中恒成(たなか・こうせい)1995年(平7)6月15日、岐阜県多治見市生まれ。幼少期から空手をはじめ、中京高(岐阜)でインターハイ、国体優勝。13年11月にプロデビュー。14年4月に中京大進学。同年10月、4戦目で東洋太平洋ミニマム級王者、15年5月、日本選手最速の5戦目でWBO世界同級王座を獲得。16年大みそかに同ライトフライ級王者、18年9月に同フライ級王座を獲得し世界最速タイ12戦目で3階級制覇。身長164・2センチの右ボクサーファイター。

田中恒成はウラン・トロハツを破って王座を防衛し、チャンピオンベルトを巻いてガッツポーズ(撮影・加藤諒)

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田中恒成が3度目防衛、貪欲に進化求め無傷15連勝

3回、田中(左)はトロハツからダウンを奪いKO勝ちする(撮影・足立雅史)

<プロボクシング:WBO世界フライ級タイトルマッチ12回戦>◇31日◇東京・大田区総合体育館

王者田中恒成(24=畑中)が3度目の防衛に成功した。同級10位ウラン・トロハツ(26=中国)を3回KOで下した。最高の形で19年を締めくくった。

試合後は「序盤はジャブでペースを握ろうと。『もうそろそろ(相手との距離を)詰めていいな』と3回から圧力を強めた」余裕の表情。「いい手応えありました」とフィニュッシュブローの左アッパーを振り返った。

試合前は「今回(の試合)に向けていい練習が積めた。自分自身との戦いをテーマに置いている」と話していた。さらなる進化へ、新たな試みに取り組んだ。「有酸素系の運動が嫌い」とこれまでロードワークは10キロまでと決めていたが「今回は11、12キロ、15キロいった」。田中いわく「10キロ以上は走らんと決めていた。嫌いやから。イヤだからいつもやめていたが、(超えた時に)やれた実感があった」。自身で覆っていた殻を打ち破った。

そしてジャブ。「今までジャブで差し負けることが多かった。スピードを意識しながらスピードを生かせず、最後はパワーでねじ伏せるパターン。倒すパンチじゃなく、ペースをつかむためのジャブです」。新たなボクシングスタイルを構築してきた。

これで無傷の連勝を15に伸ばした。最高の年越しを迎え、20年は新たな挑戦に臨む。

◆田中恒成(たなか・こうせい)1995年(平7)6月15日、岐阜県多治見市生まれ。幼少期から空手をはじめ、中京高(岐阜)でインターハイ、国体優勝。13年11月にプロデビュー。14年4月に中京大進学。同年10月、4戦目で東洋太平洋ミニマム級王者、15年5月、日本選手最速の5戦目でWBO世界同級王座を獲得。16年大みそかに同ライトフライ級王者、18年9月に同フライ級王座を獲得し世界最速タイ12戦目で3階級制覇。身長164・2センチの右ボクサーファイター。

田中はトロハツを破り3度目の防衛に成功し笑顔を見せる(撮影・足立雅史)

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完敗の八重樫「進退考えなきゃ」大橋会長も引退示唆

ムザラネに敗れ肩を落とし引き揚げる八重樫(中央)(撮影・横山健太)

<プロボクシング:IBF世界フライ級タイトルマッチ12回戦>◇23日◇横浜アリーナ

世界王者返り咲きを狙った八重樫東(36=大橋)はIBF世界フライ級王者ムザラネ(南アフリカ)に完敗も今後の明言は避けた。

   ◇   ◇   ◇

八重樫は9回にワンツーを浴びてのけ反った。ここから防戦一方で、何度もロープを背にした。大橋会長がコーナーの階段で、この試合3度目となるストップの準備。残り10秒の拍子木が鳴ったが、残り6秒でレフェリーに止められた。

左目周囲は青く腫れていた。「力不足」と繰り返した。「途中でいけるかと思ったが、甘かった。王者が強かった」。敗北を認めたが、中盤までは八重樫ペースにも見えた。ドゥワルテ・ジャッジは南アフリカ出身も6回まで五分だった。

序盤は足を使い、4回から接近戦に挑んだ。ボディーを見舞うが、距離が開くとクリーンヒットされた。8回は右ストレートに後退。「左を注意していた。やべえと思った」。予想以上にパンチが強かった。

17年に3度目王座から陥落した。半年以上ジムを離れたが「やっぱりボクシングが好き」と現役続行。今もジム一番の練習量。引退を勧めた会長をうならせ、2年7カ月ぶりでこぎつけた世界戦だった。

試合前は家族と離れての生活で、今回は約2カ月も帰宅は2回だけ。次女一永(ひとえ)ちゃん(6)の「頑張って」との涙声の留守電にも我慢した。「結果を出せず、子供に何も言えない」と肩を落とした。

勝てば日本人男子最年長奪取だったが、来年2月には国内規定では定年の37歳となる。元世界王者は続行可能だが「進退を考えなきゃいけない。のんびり考えます」。大橋会長は「限界か」と報道陣に問われて「ちょっとね」と答えた。激闘王がグローブをつるす時が来たようだ。【河合香】

◆八重樫東(やえがし・あきら)1983年(昭58)2月25日、岩手・北上市生まれ。黒沢尻工3年でインターハイ、拓大2年で国体優勝。05年3月プロデビュー。06年東洋太平洋ミニマム級王座獲得。7戦目で07年にWBC世界同級王座挑戦も失敗。11年にWBA同級王座を獲得し、13年にWBCフライ級王座獲得で3度防衛。15年にIBFライトフライ級王座を獲得し、日本から4人目の3階級制覇を達成した。2度防衛。家族は彩夫人と1男2女。160センチの右ボクサーファイター。

9回、試合後、ムザラネ(中央右)を称える八重樫(撮影・狩俣裕三)
9回、レフェリーストップでムザラネ(左上)にTKO負けの八重樫(撮影・狩俣裕三)

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八重樫9回TKO負け、日本人最年長の王座奪取逃す

3回、パンチを浴びる八重樫(撮影・横山健太)

<プロボクシング:IBF世界フライ級タイトルマッチ12回戦>◇23日◇横浜アリーナ

元世界3階級制覇王者八重樫東(36=大橋)の日本人最年長奪取はならなかった。同級王者モルティ・ムザラネ(37=南ア)のV3戦で、2年7カ月ぶりの世界戦。リーチの長い技巧派の王者を崩せずに9回TKO負けした。6度目の世界挑戦で、長谷川穂積の35歳9カ月を上回る36歳10カ月で王座奪取を狙ったが、力及ばず4本目のベルト獲得を逃した。

八重樫にとっては2年7カ月ぶりとなる待望の世界戦だった。スーパーフライ級3試合をこなして4階級制覇を狙っていたが、交渉がまとまらなかった。ムザラネのV2戦はテレビ解説だったが、その後に方針を変更。フライ級で6度目となる「最後と思って」臨んだ世界挑戦だったがはね返された。

17年5月にIBFライトフライ級のV3に失敗した。大橋会長はその日に引退を勧めたが、八重樫はすぐに現役続行を訴えた。会長は「よく考えろ」と言い返したが、練習を再開すると「心を動かされて、辞めろと言えなくなった」と話す。

来年2月には国内規定では定年の37歳となるが、今でもジムで一番練習する。「ボクシングが好きだし、恩返ししたい」と汗を流し続けてきた。通常のジムワーク後も反復横跳び、自転車こぎに体幹トレ。「完全休養はやめた。やることやらないと力は落ちる。歯磨きと一緒」と動かない日はなかった。その努力もベルトには届かなかった。

ムザラネは09年から15連勝中で、2度の防衛はいずれも日本人だった。さらにリーチは予想以上の11センチ差があった。ジャブを突いてのアウトボクサーに対し、中へ潜り込んで激闘に持ち込めるかがカギだった。そのハンディを克服できなかった。

11月に入ってから短期賃貸マンションで単身生活を送った。この試合のために今回は通常1カ月を2カ月に伸ばした。家族思いで知られるが、週末帰宅も1回で電話もしなかった。末娘からは涙声で「ボクシング頑張って」との留守電が入ったが我慢した。2カ月ぶりで家族と無念の対面となった。

◆八重樫東(やえがし・あきら)1983年(昭58)2月25日、岩手・北上市生まれ。黒沢尻工3年でインターハイ、拓大2年で国体優勝。05年3月プロデビュー。06年東洋太平洋ミニマム級王座獲得。7戦目で07年にWBC世界同級王座挑戦も失敗。11年にWBA同級王座を獲得し、13年にWBCフライ級王座獲得で3度防衛。15年にIBFライトフライ級王座を獲得し、日本から4人目の3階級制覇を達成した。2度防衛。家族は彩夫人と1男2女。160センチの右ボクサーファイター。

2回、ムザラネ(右)に左フックを食らわす八重樫(撮影・狩俣裕三)

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井岡2世・桑原拓「収穫」世界ランカーを初めて撃破

プロ6戦目でメイン登場し、世界ランカーを下した軽量級ホープの桑原拓

<プロボクシング:51キロ契約体重8回戦>◇17日◇東京・後楽園ホール

軽量級のホープ桑原拓(24=大橋)が世界ランカーを初めて撃破した。WBC世界ミニマム級13位、IBF世界同級12位ジョナサン・レフジョ(26=フィリピン)と拳を交え、3-0の判定勝利で初めて任されたメインを締めくくった。17年に現WBA世界ライトフライ級スーパー王者京口紘人(ワタナベ)と東洋太平洋ミニマム級王座を争った経験豊富な世界ランカーに対し、2回以降に5連打、7連打、8連打と猛ラッシュ。7回には右アッパーでダウンを奪った。「世界ランキングに入る選手に完勝できたことは収穫」と口にした。これで通算戦績は7勝(4KO)無敗となった。

4階級制覇王者井岡一翔と同じ興国高-東京農大に進み「井岡2世」と呼ばれる。これで世界ランク入りも濃厚だ。所属ジムの大橋秀行会長は「ディフェンスが良い相手だったので判定でも良いとは話していた。ただこのペースなら7、8回で仕留めないと軽量級では人気が出ないから」と注文も忘れなかった。

12月2日、東京・後楽園ホールに次戦が予定される桑原は「コンビネーション(パンチ)の中で、10の力で倒せるパンチも打っていかないといけない。(同門の)井上尚弥さんの体の強さなどを見て勉強したい」と課題を口にした。大橋会長は「来年には何かしらのタイトルに挑ませたい。日本、東洋太平洋、WBOアジア太平洋のいずれかで」と将来性に期待を寄せていた。

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井岡2世の桑原拓、世界ランク入り「決めたい」

WBC世界ミニマム級15位レフジョ(左)とメインイベントで拳を交えるホープ桑原

プロボクシング軽量級ホープの桑原拓(24=大橋)がプロ6戦目で世界ランキングの獲得を狙う。

17日に東京・後楽園ホールで開催されるフェニックスバトル(日刊スポーツ後援)のメインでWBA世界ミニマム級13位ジョナサン・レフジョ(26=フィリピン)との51キロ契約体重8回戦に挑む。16日には東京・文京区の日本ボクシングコミッションで前日計量に臨み、桑原はリミット、レフジョは50・0キロでパスした。

4階級制覇王者井岡一翔(Reason大貴)と同じ興国高-東京農大のルートを進み、「井岡2世」と呼ばれる桑原は初のメインイベント抜てき。「うれしいと同時にプレッシャーも感じましたが、今は気合が入っています」と責任感を口にした。IBFでも12位にも入るレフジョに勝てば、世界ランク入りする可能性は高いだけに「この、いただいたチャンスで決めたい」と意気込んだ。

キャリア32戦でサウスポーのレフジョは17年4月に現WBA世界ライトフライ級スーパー王者京口紘人(ワタナベ)と東洋太平洋ミニマム級王座を懸けて対戦した経験もある。テクニック戦の展開が予想されているが、桑原は「キャリアのある相手をペースに乗せず、打たせずに打つボクシングができれば勝てると思います」と気合を入れ直していた。

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“井岡2世”桑原拓がプロ6戦目初世界ランカー戦へ

桑原拓(2018年5月25日撮影)

ボクシング軽量級ホープでデビュー5連勝中の桑原拓(24=大橋)がプロ6戦目で世界ランカーと対戦することが決まった。

9月17日、東京・後楽園ホールで開催される大橋ジム主催の「フェニックスバトル69」で、WBC世界ミニマム級15位ジョナサン・レフジオ(26=フィリピン)と対戦することが1日、所属ジムから発表された。勝てば世界ランキングが手に入る見通しの重要な一戦になる。レフジオは17年4月、当時東洋太平洋ミニマム級王者だった現WBA世界ライトフライ級スーパー王者京口紘人(ワタナベ)に挑戦して判定負けしている。

桑原は名門・興国高時代に2冠を獲得し、東京農大では主将も務めた。興国高-東京農大は4階級制覇王者井岡一翔(Reason大貴)と同じ経歴でもあり「井岡2世」とも言われている。

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小浦翼TKOでV4失敗、内藤会長「まだまだ甘い」

TKO負けで王座陥落した小浦翼

<ボクシング東洋太平洋ミニマム級タイトルマッチ12回戦>◇3月31日◇横浜大さん橋ホール

ボクシング東洋太平洋ミニマム級王者小浦翼(24=E&Jカシアス)がTKOで王座から陥落した。

31日に横浜大さん橋ホールで同級13位ダンテ(フィリピン)と対戦。劣勢を覆せず12回に連打でコーナーに詰まるとレフェリーストップ。12回TKO負けでV4に失敗した。14連勝で4団体で世界ランク入りも、ジム創設15周年記念の地元興行で初黒星。控室にこもった小浦に代わり、内藤会長は「負けている終盤も攻めていけなかった。まだまだ甘い」と話した。

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小浦翼「やるしかない」世界前哨戦へ地元KOに自信

小浦翼(18年4月16日撮影)

ボクシング東洋太平洋ミニマム級王者小浦翼(24=E&Jカシアス)が、地元KOで世界前哨戦を期した。前日計量が30日に都内で行われ、小浦は47・5キロ、挑戦者の同級13位リト・ダンテ(29=フィリピン)は47キロと、ともにリミット47・6キロ以下でパスした。

31日のV4戦はジム創設15周年記念興行として、横浜・大さん橋ホールで開催される。小浦にとっては初のリングだが「やるしかない。いつもは来られない人も来てもらえる。楽しみ」と気合が入る。2月には約2週間のフィリピン合宿もこなして「ボクシングを仕事にしている思いとかを強く感じた」といい刺激を受けた。

WBC3位をはじめ、すでに主要4団体では世界ランク入りしている。2月にはV1戦で下した谷口(ワタナベ)が、一足先に世界初挑戦も失敗した。「焦りはない。ここで世界へと認められる試合を」と話す。

ダンテは30戦目で1度もKO負けがないタフな相手。「しっかり倒しきりたい。世界王者になってからがスタートと思っている」と自信を見せた。

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塙英理加が初の世界王座ならず「倒さないと厳しい」

敵地メキシコでのプロボクシングWBC世界女子ライトフライ級タイトル戦で敗れた塙英理加

<プロボクシング:WBC世界女子ライトフライ級タイトル戦10回戦>◇16日◇メキシコ・カンクン

東洋太平洋ミニマム級王者の塙英理加(はなわ・えりか、28=UNITED)が、王者イセニア・ゴメス(23=メキシコ)に0-2の判定で敗れ、初の世界王座獲得はならなかった。

身長、リーチ差のある相手に果敢に攻めこみ、敵地ながら1人のジャッジは同点だった。この一戦に向け、200回近い出稽古でスタミナとパワーを強化してきた塙は「今まで練習してきた通りのことが出せた。初回から落ち着いて行くことができた」と納得しつつも、「手応えがあったが、やはり倒さないと(勝利は)厳しい。勝ってみなさんに恩返ししたかった」と悔しがった。

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塙英理加「あとは全力で戦うだけ」王座奪取に自信

WBC女子世界ライトフライ級タイトルマッチの前日計量でクリアした王者イセニア・ゴメス(左)と挑戦者塙英理加(UNITED提供)

WBC女子世界ライトフライ級タイトルマッチ(16日=日本時間17日、メキシコ・カンクン)の前日計量が15日(日本時間16日)に行われ、王者イセニア・ゴメス(23=メキシコ)がリミット(48・98キロ)から100グラムアンダーの48・9キロ、挑戦者の東洋太平洋ミニマム級王者塙英理加(28=UNITED)は300グラムアンダーの48・6キロでともにクリアした。

日本で約200ラウンドのスパーリングをこなしてきた塙は「いろいろな方に支えていただきながらここまで来たので、あとは全力で戦うだけ」とベルト奪取に自信をみせた。

17年5月にWBO女子ミニフライ級王座決定戦で世界初挑戦も、江畑佳代子(ワタナベ)に判定負け。2度目の挑戦で初の世界タイトルを狙う。

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塙英理加「捕まえきる」メキシコからベルト奪取宣言

タイトルマッチの記者会見を行ったWBC女子世界ライトフライ級王者イセニア・ゴメス(右)と挑戦者の塙英理加(UNITED提供)

16日にメキシコ・カンクンで行われるWBC女子世界ライトフライ級タイトルマッチの記者会見が13日現地で開かれ、王者イセニア・ゴメス(23=メキシコ)に挑む東洋太平洋ミニマム級王者の塙英理加(28=UNITED)が「必ず日本にベルトを持って帰ります」と宣言した。

塙は緑の華やかなドレスをまとい会見に登場。王者ゴメスの「塙の足が止まったところで勝負したい。KOを狙っていく」という強気の発言に対し、「日本で200ラウンド近いスパーリングをこなしてきた。足を使われても追いかけて捕まえきる自信がある」と堂々と返した。

17年5月にWBO女子ミニフライ級王座決定戦で世界初挑戦も、江畑佳代子(ワタナベ)に判定負けした。2度目の挑戦で初の世界タイトルを狙う。

タイトルマッチの記者会見を行ったWBC女子世界ライトフライ級王者イセニア・ゴメス(右)と挑戦者の塙英理加(UNITED提供)

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花形冴美が涙「会長と同じ」5度目世界戦で新王者

6回、黒木(左)に右パンチを放つ花形(撮影・小沢裕)

<プロボクシング:IBF女子世界アトム級王座決定戦10回戦>◇29日◇東京・後楽園ホール

IBF世界女子アトム級王座決定戦10回戦は29日、東京・後楽園ホールで行われ、東洋太平洋ミニマム級王者花形冴美(33=花形)が新王者となった。元WBCミニマム級王者黒木優子(27=YuKOフィットネス)と同王座を争い、2-1の判定勝利を収めた。

3回に強烈な右ストレートでぐらつかせて競り勝った花形は、師匠の元WBA世界フライ級王者花形進会長と同じ5度目の世界挑戦での王座奪取。過去2度の対戦で1勝1分けと負けていなかった黒木を倒し「会長と同じ5度目で取れて本当にうれしい」とうれし涙を流した。

新王者となりベルトを巻いて感極まる花形(撮影・小沢裕)

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小浦が冨田との無敗対決制す「世界を取るまで絶対」

7回、冨田(左)に右ボディーを放つ小浦(撮影・小沢裕)

<プロボクシング:東洋太平洋ミニマム級タイトルマッチ12回戦>◇29日◇東京・後楽園ホール

王者の小浦翼(23=E&Jカシアス)が無敗対決を制し、3度目の防衛に成功した。デビューから12戦無敗の挑戦者、同級8位冨田大樹(20=堺東ミツキ)の挑戦を受け、最大11ポイント差をつける3-0の大差判定勝利を飾った。

軽快なステップで自らの得意な距離をつくると、右ボディー、左フック、右ストレートと的確に両拳をヒットさせた。中盤から大振りなパンチとなった冨田の隙を突き、11回には強烈な右カウンターをヒットさせてダウンも奪っての快勝劇だった。

これでデビューから14戦無敗の王者は「お互い無敗だったので負けられなかった。世界(ベルト)を取るまで絶対に負けないつもりです」と自信たっぷりの笑みを浮かべた。現在、WBA9位、WBC3位、IBF4位、WBO11位と4団体すべてでランキング入りする小浦は「いつ世界が来てもいいように準備します。これから飛躍していきます」と宣言していた。

7回、冨田(右)に左パンチを放つ小浦(撮影・小沢裕)

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