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礼儀欠かさなかった曙親方/記者が振り返るあの瞬間

曙太郎K−1入り会見 K−1参戦を表明し会見する曙親方(右)と谷川貞治プロデューサー=東京・帝国ホテル(2003年11月6日)

<スポーツ担当記者 マイメモリーズ>(32)

政府の緊急事態宣言が延長され、スポーツ界も「自粛」状態が続いている。

日刊スポーツの記者が自らの目で見て、耳で聞き、肌で感じた瞬間を紹介する「マイメモリーズ」。サッカー編に続いてオリンピック(五輪)、相撲、バトルなどを担当した記者がお届けする。

  ◇  ◇  ◇

その声が自分に向けられたものだとは、すぐには分からなかった。もう1度「オイッ!」という低い声が飛び、鋭い眼光は相撲担当になってまだ2日目の自分を見ている。03年10月31日。朝稽古の取材で東関部屋を訪れて、一礼だけして後方に座った直後、曙親方(元横綱)に呼ばれた。怒気をはらんだ口調だった。

前日、部屋の幕内高見盛が出稽古先で横綱朝青龍につり上げられ、バックドロップのようにたたきつけられて右肩を負傷した。様子を確認しに来た自分が気に食わないのかもしれない。テレビでしか知らなかった巨体に恐る恐る近づく中で、いろいろと考えた。首に下がる記者証をにらみつける親方の目が怖かった。

「お前、あいさつはどうした?」。そう言われて慌てて名乗ろうとした。すると「オレじゃない!」と語気が強まった。「師匠にだ。部屋に入ってきたらまず師匠にあいさつするのが礼儀だろ。それが日本人の心ってもんじゃないのか」。

分かる人も多いだろうが、稽古中は意外と静かな間が多い。体同士、時に頭と頭がぶつかり合う鈍い音が響き、呼吸の乱れもよく分かる。そんな空間で、相撲のすの字も分からないペーペーの担当記者ができることは、ひたすら存在を消すこと。物音を立てず、邪魔にならないよう隅っこで見ていようと思っていた。稽古を遮るあいさつすら失礼になると思い込んでいた。

その静寂を壊してまで「礼儀」を説いてくれた曙親方の思いを、今も感じることができる。慌てて師匠の東関親方(元関脇高見山)に頭を下げると、にこりと笑ってくれた。曙親方に戻り、一から名乗ると「それを忘れないようにな」と優しい声で言われた。ハワイ出身の親方に教わった「日本人の心」は、その後の記者生活の土台になった。

ところが話はまだ続く。

1週間後の11月6日の朝、日刊スポーツ1面に「曙親方 K-1参戦へ」の文字が躍った。スクープだった。部屋に行くと東関親方は明らかに落胆していて、退職の申し出は受けていたものの「気がついたら部屋に荷物がなかった。こういう言葉は使いたくないけど、裏切られた」と恨み節が出た。

稽古場で諭してくれた、あの「日本人の心」は一体どこに…。当時は自分もだいぶ混乱したものだった。

ただ、実際にK-1やプロレスに転向した曙はその後も部屋を訪れて師匠と肩を並べている。先日は闘病中の体を押して、東関親方として急逝した元幕内潮丸の葬儀に訪れた。非礼のままであれば、そうはいかないのがこの世界。礼儀を欠かさなかったからこそだと、曙の姿を見るたび、そう感じている。【今村健人】

福岡市の福岡国際センターで行われた前夜祭の支度部屋で、曙親方のKー1参戦を伝える本紙に目を通す小結高見盛(2003年11月6日撮影)

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コンビ秘話…勝武士さん初っ切り相棒に聞く(上)

17年2月、初っ切り相撲で取組中にVサインを見せる勝武士さん(右)

大相撲力士の勝武士(しょうぶし)さん(本名・末武清孝=すえたけ・きよたか)が、新型コロナウイルス感染の影響で13日に28歳で亡くなった。勝武士さんは相撲の禁じ手などを面白おかしく実演する「初っ切り」を、巡業などで担当していた。初っ切りで最初の相棒を務めていた元高三郷の和木勝義さん(30)に話を聞いた。【聞き手=佐々木一郎】

勝武士さんとコンビを組んでいた和木さんは、訃報に触れた後、ツイッターに「ほんとかよ 嘘だと言ってほしい」と苦しい胸の内をつぶやいた。「直接お別れできないのがかなり辛い」とも。

勝武士さんが亡くなり、メディアでは初っ切りを担当していた時の写真や映像が多く紹介された。コンビを組んでいたのは、元幕下高三郷の和木さんだ。故人をしのんだ後、電話インタビューに応じてくれた。

-勝武士さんは高田川部屋、和木さんは東関部屋の所属でした。同じ部屋の力士で初っ切りを務めることが多いのですが、なぜこの2人がコンビを組んだのでしょうか

和木さん 大山親方の付け人として巡業に出ていた時、(初っ切りの)1組がなくなったんです。それで、大山親方から『やってみないか?』と言われました。同じ部屋に、ちょうどいいサイズの人がいなかったのですが、高田川部屋の行司さん、今の伊之助親方ですが、『うちに勝武士がいるよ』と紹介されました。

-初っ切りは体格が異なる大型力士と小兵のコンビが一般的なので、勝武士さんとはサイズ感が合ったのですね。2014年4月の神奈川・藤沢市巡業で初めて初っ切りを披露しました。準備期間はどのくらいありましたか

和木さん 半年くらいでした。

-それまで面識はあったのですか

和木さん 対戦もありましたし、しゃべったこともありました。練習は主に夜です。ウチの部屋まで来てくれました。部屋が違うのは大変でしたね。最初はもう1組の動きを見て覚えて、徐々に大山親方に教えてもらったり。1年くらいたってから、自分たちで新しい動きを考えたりしました。

-高三郷、勝武士のコンビならではの動きはありますか

和木さん 最後にハリセンで自分が切られて、『パン』とたたかれるところですかね。その時に流行っていたネタや、その地方に合う言葉を入れたりもしました。例えば、(長野県)松本市の時は、地元の大きな病院の名前を出したり。その都度、考えていました。

<(下)に続く>

17年2月、初っ切り相撲で高三郷(左)の顔面に力水を吹き掛ける勝武士さん

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振分親方の「東関」継承承認「力士の気持ち考えて」

東関部屋を継承し、報道陣の取材に対応する東関親方

日本相撲協会は30日、東京・両国国技館で理事会を開き、元小結高見盛の振分親方の年寄「東関」の継承と襲名、東関部屋の継承を承認した。両国国技館で行われた師匠会に参加した東関親方は「今も正直、いろいろと落ち着かなくてドキドキしている。できることを精いっぱいやりたい」と心境を明かした。

元前頭潮丸の先代師匠は、昨年12月13日に血管肉腫のために41歳で死去。師匠不在となり、同じ高砂一門の「八角部屋預かり」となっていた。他の部屋への移籍や、一門内からの新師匠の抜てきも浮上。しかし周囲のサポートもあり、育った部屋の存続を優先した。東京・柴又に部屋を新設してから約2年しかたってないこともあり、部屋関係者が存続の道を探っていた中で、春場所前に一段落する形となった。

師匠としての心構えを聞かれた東関親方は「まずは力士たち。親方として相撲を教えるだけではなくて、仮に相撲がダメになっても、第2の人生を考えてあげたい」と責任感を口にした。慎重な性格もあって、報道陣の前でしどろもどろになることも多かったが「先代のいいところを取り入れて、力士の気持ちを考えてやりたい」と堂々と話した。

◆東関大五郎(あずまぜき・だいごろう)本名加藤精彦。現役当時のしこ名は高見盛。1976年(昭51)5月12日、青森・板柳町生まれ。99年春場所で幕下付け出しデビュー。00年名古屋場所で新入幕。取組前に自らの顔や胸を激しくたたくしぐさから、愛称は「ロボコップ」。13年初場所で現役を引退し同年10月に年寄「振分」を襲名。20年1月に年寄「東関」を継承・襲名。

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振分親方が東関部屋継承へ、30日承認なら新師匠に

振分親方(2018年3月28日撮影)

元小結高見盛の振分親方(43)が東関部屋を継承する見通しであることが29日、分かった。30日の日本相撲協会理事会で承認されれば、名跡を「東関」に変更して新師匠になる。

元幕内潮丸の先代師匠は昨年12月13日に血管肉腫のために41歳で死去。師匠不在となり、当面は同じ高砂一門の「八角部屋預かり」となっていた。他の部屋への移籍や、一門内からの新師匠の抜てきなども案として浮上した。だが東京・柴又に部屋を新設してから約2年しかたっていないこともあり、東関部屋関係者は存続の道を探っていた。

振分親方は、先代が入院していることが多かった昨年、師匠代理として稽古場で指導。師匠会にも代理として出席するなど、継承するには最適の立場だった。慎重な性格もあって悩み抜いたが、周囲のサポートもあり、育った部屋の存続を優先。初場所中の高砂一門会でも、振分親方が継承することで話がまとまった。錦戸親方(元関脇水戸泉)は「どうなるか決まった。(発表は)場所後になる」と話していた。力士は環境を変えることなく、新生東関部屋として春場所を迎えることになる。

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師匠不在の東関部屋「決まった」発表は初場所後

2019年12月、東関親方死去に伴い部屋で報道対応する振分親方

高砂一門は20日、都内で一門会を開き、初場所後に開催される日本相撲協会の役員候補選挙で現職理事の八角親方(元横綱北勝海)を擁立することを決めた。副理事候補には若松親方(元前頭朝乃若)を立てる。

昨年12月の前東関親方(元前頭潮丸)の死去により、師匠が不在となっている東関部屋について錦戸親方(元関脇水戸泉)は「どうなるか決まった。(発表は)場所後になる」と話した。現在東関部屋の力士らは、八角部屋の一時預かりとなっている。

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師匠急逝の東関部屋の力士、八角部屋が一時預かりへ

大相撲の年寄総会に臨む八角理事長(撮影・小沢裕)

日本相撲協会は23日、都内で理事会を開き、東関親方(元前頭潮丸)の急逝で師匠不在となった、東関部屋所属の力士らを同じ高砂一門の八角部屋の一時預かりにすると発表した。

東関部屋には部屋付き親方として振分親方(元小結高見盛)がいるが、同部屋の継承者は審議中。芝田山広報部長は「どれぐらいの期間かは不明だが、一門の長である八角部屋預かりになった。何か問題があれば八角親方(元横綱北勝海)が責任を取る」と説明。東関部屋の力士らは、これまで通りに東京・葛飾区の部屋で稽古や生活を送る。また、協会のコンプライアンス委員会から「師匠に対する指導のあり方についての特別研修の実施」など、5つの暴力問題再発防止強化策を提言されたことも発表した。

元潮丸の東関親方の通夜に参列した八角理事長(2019年12月18日撮影)

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東関親方の告別式500人参列 八角理事長涙の弔辞

出棺される元潮丸の東関親方(本名・佐野元泰)の棺がある祭壇の前で弔辞を読む葬儀委員長の八角理事長(撮影・現場代表)

さる13日、血管肉腫のため41歳で死去した東関部屋の師匠、東関親方(元前頭潮丸、本名・佐野元泰さん)の告別式が19日、東京都葛飾区柴又の東関部屋で営まれた。

前日18日の通夜に続き、日本相撲協会の八角理事長(56=元横綱北勝海)を葬儀委員長とする高砂一門の一門葬として執り行われた告別式には、協会理事や一門の枠を超えた親方衆、関取衆や、故人とゆかりのあった政治家の鈴木宗男氏ら約500人が参列。先代東関親方(元関脇高見山)の渡辺大五郎さん、元関脇富士桜の中沢栄男さんら多数の高砂部屋OBも参列した。

八角理事長は時折、涙で声を詰まらせながら「さぞ無念だったでしょう。あなたの誠実な人柄に私もほれ込んで、一回り年下でも何か相談するたびに、あなたの言葉に救われました。自分の体を失ったような感じで、運命の残酷さを痛感しています」などと弔辞を読み上げた。

戒名は、師匠として率いた部屋名の一部、本名から「大優院東元泰善居士」と付けられた。告別式終了後、東関親方の遺体を乗せた霊きゅう車は、部屋がある葛飾区内の四ツ木斎場に向かい荼毘(だび)に付された。

東関親方は今月10日ごろ、再入院していた都内の病院で様態が悪化。故人の遺志をくんで12日に部屋に戻り、力士一人一人の手を握り、声をかけたという。翌13日午後9時52分、力士や部屋関係者、夫人で喪主を務めた真充さん(40)らにみとられながら息を引き取った。

喪主を務めた東関親方(本名・佐野元泰)の妻の真充さん(左から2人目)(撮影・河田真司)
元潮丸の東関親方の告別式に参列する、元高見山の先代東関親方(撮影・河田真司)

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東関親方の葬儀日程決まる 高砂一門葬として実施

元前頭潮丸(08年03月10日撮影)

日本相撲協会は16日、13日に41歳で死去した元幕内潮丸の東関親方(本名・佐野元泰)の葬儀を「高砂一門葬」として実施すると発表した。

通夜は18日午後6時、告別式は19日正午から、それぞれ東関部屋(東京都葛飾区柴又2の10の13)にて。喪主は妻の佐野真充(さの・まみ)さん、葬儀委員長は日本相撲協会の八角理事長(元横綱北勝海)が務める。

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振分親方「感謝の気持ちしか」死去した東関親方へ

東関親方死去に伴い部屋で報道対応する振分親方

血管肉腫のため13日に41歳で死去した東関部屋の師匠、東関親方(元前頭潮丸、本名・佐野元泰さん)に関する取材対応に、部屋付きの振分親方(元関脇高見盛)と、おかみで故人の真充夫人(40)が14日、東京都葛飾区柴又の東関部屋で応じた。

今月7日に再入院した東関親方は10日ごろに意識がもうろうとなったという。ちょうど部屋は、宮崎・延岡合宿をしていて11日に帰京。振分親方は、その足で都内の病院で東関親方と対面。人工呼吸器を付けていたが、そのマスク越しでも聞こえる声で「おつかれさん」と語りかけてくれたという。「自分が行って、元気になってくれたと。目を見開いて言ってくれたので、元気になってくれると信じていたのが…。あんなに身も心も強い人が、急に体調が悪くなるなんて、信じられない。感謝の気持ちしかない」などと、時折、言葉に詰まりながら話した。

おかみの真充夫人によると、かねて「力士たちに会いたい」と話していた師匠の希望をかなえるために、担当医師に頼んで12日に、都内の病院から部屋に病床の親方を連れて帰ったという。そして弟子の1人1人の手を握り、しこ名を呼んだという。「まるで、それを待っていたかのように全員が終わると、呼吸がなくなって。みんなに見送られたのが救いかなと思います」と話した。

それから1日たって13日午後9時52分に、東関親方は息を引き取った。深夜にもかかわらず、先代東関親方(元関脇高見山)の渡辺大五郎さん、一門の八角理事長(元横綱北勝海)ら関係者が弔問に訪れたという。「これからも東関部屋をよろしくお願いします」。気丈に報道対応した真充夫人は、最後にそう言って部屋の継続発展に思いを込めていた。

東関親方死去に伴い部屋で報道対応する振分親方

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41歳で死去した東関親方 死因の血管肉腫とは…

元前頭潮丸(08年03月10日撮影)

大相撲の元前頭潮丸の東関親方(本名佐野元泰=さの・もとやす)が13日に死去した。41歳だった。体調不良のため昨年の九州場所から休場していた。日本相撲協会によると13日午後9時52分、東京都葛飾区柴又の東関部屋で亡くなった。病名は「血管肉腫」。

◆血管肉腫とは 血管の内皮細胞から発生する、珍しいがんの一種。悪性度が高く、転移もしやすい。外傷を契機に生じるとも言われる。頭皮や首にできることが多いが、胴体や手足に発生することもある。

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元富士桜の中沢栄男氏「早すぎる」東関親方悼む

元関脇富士桜の中沢栄男氏(71)が14日、元前頭潮丸の東関親方の死去を悼んだ。13日は連絡を受けて、東京・葛飾区の東関部屋に駆けつけたという。「41歳はあまりにも早すぎる。子供もまだ小さいし、これからという時だったのに」と声を落とした。

中沢氏は12年12月に中村部屋を閉鎖して転属し、13年2月の65歳定年までは東関部屋付き親方となった。元関脇高見山、元横綱曙と部屋の師範代でもあり、東関親方の入院中は稽古や合宿で指導することもあった。中村部屋から転属した力士3人と床山1人が、今も現役を続けている。「余計な口を出す身ではないが、できる限りの協力はしたい」と話した。

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九重部屋、2年後メドに葛飾区へ移転 地域の活性化

九重親方(2017年2月18日撮影)

九重部屋が約2年後をメドに、現在の東京都墨田区から、同葛飾区に移転することになった。

22日に葛飾区が発表し、23日に九重親方(元大関千代大海)が「発表した通り」と認めた。地域の活性化につなげたい葛飾区の誘致を受け、2月に同区に部屋を移した東関部屋に続く2例目。

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稀勢の里軽めの運動で汗「順調にきてる」と前向き

振分親方(左)に笑顔であいさつする稀勢の里

大相撲の8場所連続休場中の横綱稀勢の里(32=田子ノ浦)が5日、都内の部屋で軽めの運動で体調を整えた。

2日は阿武松部屋へ出稽古、3、4日は二所ノ関一門連合稽古に参加。この日は出稽古に行かず、部屋で四股やすり足、ゴムチューブを使った運動など、軽めの運動で汗を流した。時折、部屋の弟弟子と東関部屋から出稽古に来た若い衆との申し合い稽古を見ながら、ハッパを掛けたり指導する場面もあった。

最後まで稽古土俵に上がらなかったが全体稽古終了後に、報道陣を稽古場から退室させ、上がり座敷と稽古場の間のブラインドを下ろして非公開で土俵に上がった。その後、この日の調整について「だいぶ疲れがあったので。バランスも悪くなってたから、しっかりバランスを考えながら」と説明。ここまでの調整具合については「順調にきてると思う。どこが良いか、悪いかが分かった。しっかり自分のことを分かっているのは良い状態だと思う」と前向きだった。

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新弟子検査、馬場蒼サッカー部から転身 野洲高GK

 大相撲春場所(11日初日、エディオンアリーナ大阪)の新弟子検査が3日、大阪市内の病院で行われ、43人が受検、全員が体格基準をクリアした。合格者は内臓検査の結果を待って、初日に発表される。

 馬場蒼(ばんば・そう、18=東関)は高校サッカーの強豪、滋賀・野洲高サッカー部から“転身”した。「セクシーフットボール」の異名を持つ同部ではGKとして活躍。1、2年時に控えながら全国選手権に出場した。しかし「高校に入る前、ラグビーをやっていたオヤジに『相撲やらないか?』と勧められて、1週間、体験入門させてもらった。その時から、高校を出たらお世話になろうと決めていた」という。181センチ、84キロ。「筋肉質で、千代の富士さんのような力士になりたい。“東関部屋で一番稽古をした力士”として、3年で関取を目指します」と決意表明した。

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東関部屋の高三郷ら3力士、淡路島でファンと交流

イベント参加者の男性と四つに組む美登桜

 大相撲の東関部屋の高三郷(27)、白虎(28)、美登桜(25)が23日、兵庫・淡路島で行われたイベント「第1回淡路島と神戸の架け橋プロジェクト」に参加し、地元の相撲ファンと交流した。

 ちゃんこを振る舞ったり、まわし姿で基本動作を披露したりと、約3時間にわたって、大相撲の魅力を伝えた。

 このイベントを企画、プロデュースしたのは、東関部屋のOBで元十両飛翔富士の住(すみ)洋樹さん(28)。「自分の出身地である地元兵庫県の方々に、より一層、大相撲に興味をもっていただくため、自分を育ててくれた東関部屋の力士をお招きして交流会を開催しました。普段は聞けない相撲部屋での生活など、大相撲の魅力を伝えられたと思います。今後も何かの形で相撲界に貢献し、いずれは地元で勧進元として巡業を開催できるようにしたいです」と話した。

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東関部屋が部屋開き 弟子への愛詰まった快適間取り

大きな看板の前で記念撮影する東関親方(右)と真充夫人(撮影・小沢裕)

 大相撲の東関部屋が18日、初場所後に東京・墨田区から移転した葛飾区で部屋開きを行った。150坪の敷地に新設した2階建ての建物は、1階に稽古場、風呂場、ちゃんこ場、大広間があり、東関親方(元前頭潮丸)は「力士の生活が1階だけで全部できるように。ケガした力士でも2階に上がることなくね」と弟子への愛情が詰まった部屋にしたことを明かした。

 2階には真充(まみ)夫人と、1月31日に生まれた長女ひかりちゃんと過ごすための“愛の巣”とは別に、関取用の個室を2部屋用意。現在10人の力士は全員が幕下以下で、関取不在。「まずは関取を出すこと」と意気込んだ。同じ高砂一門の八角親方(元横綱北勝海)、先代東関親方(元関脇高見山)の渡辺大五郎氏らも門出を祝った。

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東関部屋が部屋開き「まず最初に関取を出すこと」

部屋開きに参列した先代東関親方(撮影・小沢裕)

 大相撲の東関部屋が18日、1月の初場所後に東京・墨田区から葛飾区に移転したのを機に、新しい部屋で部屋開きを行った。同じ高砂一門の八角親方(元横綱北勝海)、先代東関親方(元関脇高見山)の渡辺大五郎氏らが出席。平幕の北勝富士、千代大龍ら同門の関取衆も参加し、稽古も行われた。東関親方(元前頭潮丸)は「こういう形でいろいろな方にも来てもらってうれしいです」と笑顔を見せた。

 弟子思いの新しい部屋が完成した。150坪の広大な敷地に2階建ての建物で1階に稽古場、風呂場、ちゃんこ場、大広間を作った。東関親方のこだわりで「力士の生活が1階だけで全部できるように。3階建てとかも考えたけど、ケガした力士でも2階に上がることなくね」と弟子への配慮があった。

 2階の半分は妻真充(まみ)さんと、1月31日に生まれたばかりの長女ひかりちゃんと過ごすための“愛の巣”にした。もう半分には20畳程の部屋と、関取用に2つの個室を用意。しかし、現在部屋には関取が不在で「まず最初にすることは関取を出すこと」と意気込みを語った。

 最寄りの柴又駅には、外国からの観光客も多い柴又帝釈天がある。東関部屋と言えば、ハワイ出身の元関脇高見山、元横綱曙が所属していたことから「うちの部屋はそういう色があるからね。外国の方にも稽古場に来てもらって、帝釈天にも足を運んでもらえれば」と地域活性化を願った。

部屋開きを行い大きな看板の前で記念撮影する東関親方(右)と真充夫人(撮影・小沢裕)

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学生横綱トゥルボルドら56人が新弟子検査に合格

 日本相撲協会は大相撲春場所初日の12日、昨年の学生横綱のバーサンスレン・トゥルボルド(日大、錦戸部屋)や、三段目最下位格付け出しの大波渥(東洋大、荒汐部屋)村田亮(東洋大、高砂部屋)ら今場所の新弟子検査合格者56人を発表した。興行ビザ取得後となる5月の夏場所でデビュー予定のトゥルボルドや大波、村田以外は2日目の13日から前相撲を取る。

 合格者は次の通り。

 阿部浩一(24)秋田県横手市出身、式秀部屋、167センチ、162キロ▽大波渥(22)福島市出身、荒汐部屋、181センチ、114キロ▽福山聖和(21)鹿児島県瀬戸内町出身、藤島部屋、174センチ、94キロ▽鈴木英樹(18)静岡県三島市出身、春日野部屋、177センチ、119キロ▽朝倉大樹(18)千葉県柏市出身、時津風部屋、172センチ、162キロ▽早坂仁希(15)横浜市瀬谷区出身、時津風部屋、172センチ、101キロ▽村田亮(22)三重県志摩市出身、高砂部屋、182センチ、167キロ▽永谷海登(15)愛知県春日井市出身、錣山部屋、171センチ、138キロ▽板東二樹(15)東京都板橋区出身、井筒部屋、165センチ、73キロ▽井上天(18)横浜市神奈川区出身、錣山部屋、180センチ、140キロ▽田辺大宜(22)岐阜県大垣市出身、木瀬部屋、190センチ、125キロ▽中尾勇聖(15)大阪府枚方市出身、阿武松部屋、172センチ、90キロ▽藤川維吹(15)佐賀市出身、尾車部屋、172センチ、126キロ▽原元有吾(15)千葉県柏市出身、佐渡ケ嶽部屋、180センチ、143キロ▽今川恭輔(15)大阪府松原市出身、佐渡ケ嶽部屋、173センチ、78キロ▽佐藤伸也(15)山形県尾花沢市出身、佐渡ケ嶽部屋、175センチ、105キロ▽長浜大河(15)神戸市須磨区出身、佐渡ケ嶽部屋、181センチ、109キロ▽塚原ヒカル(18)茨城県古河市出身、佐渡ケ嶽部屋、189センチ、161キロ▽浦崎恭乃介(15)三重県名張市出身、佐渡ケ嶽部屋、175センチ、67キロ▽梶田雅人(15)山口市出身、九重部屋、171センチ、131キロ▽山藤栄輝(15)岐阜県関市出身、出羽海部屋、176センチ、98キロ▽藤田拓也(18)宇都宮市出身、藤島部屋、181センチ、122キロ▽田井中竜昇(18)川崎市多摩区出身、藤島部屋、175センチ、117キロ▽山本隼斗(15)兵庫県姫路市出身、山響部屋、167センチ、98キロ▽斎藤聖冴(18)大阪府東大阪市出身、錣山部屋、175センチ、151キロ▽鈴木司(15)千葉県東金市出身、大嶽部屋、177センチ、113キロ▽佐藤好樹(17)福島県二本松市出身、式秀部屋、170センチ、84キロ▽早坂柊(16)川崎市川崎区出身、式秀部屋、179センチ、135キロ▽遠山瑞樹(18)大阪市生野区出身、武蔵川部屋、190センチ、103キロ▽古川光(15)大阪市平野区出身、九重部屋、176センチ、116キロ▽田中尚哉(18)兵庫県明石市出身、田子ノ浦部屋、183センチ、111キロ▽辻翔海(15)青森県大間町出身、田子ノ浦部屋、182センチ、117センチ▽佐竹風汰(18)大阪市平野区出身、田子ノ浦部屋、167センチ、84キロ▽関塚太一(15)愛知県小牧市出身、田子ノ浦部屋、187センチ、112キロ▽高橋鉄(15)愛知県小牧市出身、田子ノ浦部屋、181センチ、148キロ▽松沢亮英(18)千葉県鎌ケ谷市出身、朝日山部屋、168センチ、76キロ▽本間航平(15)東京都墨田区出身、佐渡ケ嶽部屋、170センチ、80キロ▽バーサンスレン・トゥルボルド(22)モンゴル・ウランバートル出身、錦戸部屋、187センチ、182キロ▽臼井亮裕(18)東京都足立区出身、錦戸部屋、173センチ、68キロ▽松岡裕輔(15)長野県上田市出身、東関部屋、171センチ、116キロ▽衣川真央(16)埼玉県草加市出身、玉ノ井部屋、171センチ、98キロ▽佐藤順平(15)名古屋市港区出身、千賀ノ浦部屋、181センチ、111キロ▽当真マークアーロンジャスティン(15)横浜市保土ケ谷区出身、浅香山部屋、179センチ、135キロ▽中村友哉(22)金沢市出身、宮城野部屋、169センチ、95キロ▽中野義信(15)山梨県笛吹市出身、宮城野部屋、166センチ、138キロ▽島袋璃空(15)沖縄県竹富町出身、宮城野部屋、173センチ、100キロ▽井上直輝(15)福岡市早良区出身、二所ノ関部屋、169センチ、95キロ▽上戸大輝(21)愛知県豊田市出身、立浪部屋、175センチ、117キロ▽山我裕基(18)茨城県取手市出身、立浪部屋、168センチ、89キロ▽佐藤直希(15)長崎県大村市出身、立浪部屋、177センチ、132キロ▽新垣海波(14)沖縄県石垣市出身、立浪部屋、171センチ、73キロ▽浜崎純也(15)埼玉県日高市出身、湊部屋、172センチ、114キロ▽前田剛志(15)埼玉県三郷市出身、湊部屋、169センチ、155キロ▽矢田宏太(17)和歌山市出身、尾上部屋、195センチ、203キロ▽マスヤマ・アルトゥー・ヒデミ・ソウザ(15)愛知県西尾市出身、尾上部屋、173センチ、88キロ▽今野康祐(18)東京都足立区出身、境川部屋、184センチ、158キロ

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高山勝成、元小結高見盛のギャップに驚く「勝負師」

元小結高見盛の振分親方(左)と一緒にチャンピオンベルトを持つ高山勝成(撮影・松本航)

 プロボクシングのWBO世界ミニマム級王者高山勝成(33=仲里)が3日、大相撲春場所に向け大阪市内に拠点を置く東関部屋で朝稽古を見学した。

 後援者の仲介で実現。東関親方(38=元前頭潮丸)や振分親方(40=元小結高見盛)らと交流した。

 高山は約1時間半にわたり、稽古を熱心に見つめた。「初めて相撲を生で見ましたが、グッとくるものがある。『(疲れて)頭が回らなくなってからのもう一押し』という師匠(東関親方)の言葉に、その通りだと思った。ボクシングの試合にも共通する」。

 土俵とリングと闘う舞台こそ違うものの、1対1で競う他競技から刺激を受けた様子だ。

 稽古終了後には鴨鍋などちゃんこもほおばった。初対面だった振分親方は「(高山は)オーラを感じますし、腰が低くて礼儀が正しい人。真剣に稽古を見ていただいた。他競技の人と触れ合って、いいところを取り入れられたら、相撲界全体も盛り上がると思う」と笑顔。

 高山は振分親方の稽古中と、その後のギャップに驚き「土俵の上では険しかったけれど、終われば優しいお兄さん。勝負師という感じ。テレビの画面で見ていた雰囲気と変わっていませんでした」と振り返った。

ちゃんこを食べて笑顔の右から元前頭潮丸の東関親方、高山勝成、元小結高見盛の振分親方(撮影・松本航)

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元ノア泉田純さん51歳死去、詐欺事件で巨額被害も

亡くなった泉田純さん

 全日本プロレスやプロレスリング・ノアで活躍したレスラーの泉田純(いずみだ・じゅん)さんが亡くなっていたことが7日、分かった。51歳だった。関係者によると、泉田さんは神奈川県内の自宅で亡くなっているところを、連絡が取れずに訪ねた親戚によって発見されたという。死因は不明で、すでに家族によって密葬が執り行われたという。

 泉田さんは高見山が興した大相撲東関部屋の出身。青雲龍などのしこ名で幕下までいったが、91年に全日本に入団しプロレス転向。98年に本田多聞と組んでアジアタッグ王座を獲得した。頭突きが得意で、本田とのタッグはヘッドバッターズとも呼ばれた。00年にノア旗揚げとともに移籍。09年12月で退団し、以後フリーとして活躍していた。

 12年には雑誌で詐欺被害に遭っていたことを告白。16年5月に、泉田さんから約8500万円をだまし取った女性が実刑判決を受けていた。しかし、被害に遭った金は戻らず苦労していたという。昨年夏に相談を受けたというグレート小鹿は「長いこと苦労してかわいそうだったが、こちらも手が届く話じゃなかった」と話した。大相撲時代は、人なつっこい笑顔で、相撲教習所の教官も務め、部屋の後輩で元横綱の曙を指導したこともあった。

 ◆泉田純(いずみだ・じゅん)1965年(昭40)10月28日、宮城県生まれ。東農大を中退し、元関脇高見山の東関部屋に入門。86年春場所初土俵。高見将、青雲龍、武蔵海のしこ名で最高位は西幕下37枚目。91年秋場所限りで引退し、プロレスに転向した。全日本、ノアとわたり、選手会会長も務めた。09年末からフリー。185センチ、130キロ。独身。

93年4月 泉田竜舞(純=右手前)は、ジャイアント馬場の16文キックを食らう。右奥はラッシャー木村

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