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総合格闘技界の神童!神龍誠は猛スピードで進む最強

パンチを打ち込む神龍(左)(C)RIZIN FF

仙台市出身で「総合格闘技界の神童」の呼び声が高い神龍誠(19)は、最強への道を猛スピードで進む。主戦場の「DEEP」では史上最年少の18歳で王者に輝き、フライ級(58・5キロ以下)で躍動。子どもの頃から地道に磨いてきたレスリング技術と「キックボクシング界の神童」こと那須川天心(21)から学ぶ打撃を融合させ、勝利の山を築いていく。

   ◇   ◇   ◇

15歳でプロデビューした逸材だ。神龍は小3で出会ったレスリングに熱中し、15年の全国中学生選手権では73キロ級で準優勝。高校へ進学せず「(同世代が学校に行く時間に)練習して誰よりも強くなってやる」。すぐに頭角を現し、無敗で迎えた8戦目に17歳でフライ級王者に挑戦した。

しかし、判定でプロ初黒星となり「負けたら終わりと思っていたので、1カ月ぐらいやる気が出なかった。負けたらどれだけつらいか分かり『途中からリベンジしたい』と練習を頑張るようになった」。環境の変化を求めて所属先を離れ、複数拠点で練習するフリーになるが、古巣ジムでの出会いが今につながる。

総合格闘技に初めて挑む那須川が出稽古で訪れたときに「めっちゃ強いな。打撃を教わりたいなと思った」。那須川の父が代表を務める「TEPPEN GYM」が千葉・松戸にオープンすることを聞き、念願かない一緒にトレーニングできるようになった。「天心さんは練習からめちゃくちゃ強いし、誰よりも追い込んでいる。お手本です」。ミットを持ってもらい打撃を打ち込むこともある。技術全般の向上とキック界の神童が得意にするカウンター習得に必死だ。

昨年6月にDEEP王者になり、同12月には「RIZIN」と「ベラトール」の日米メジャー団体がタッグを組んだ興行に参戦。大観衆の前で勝利をつかんだ。国内で活躍した上で「将来は(米)UFCに行き、引退後はプロレスラーに転身したい」と思い描く。

11年の東日本大震災を機に生まれ育った仙台を離れ、茨城、千葉と転居。故郷に思いをはせ「仙台に格闘技ジムを作り、チャンピオンを育てたい」。新型コロナウイルスの影響で試合やトレーナーの仕事がなくなり、収入はほぼゼロ。それでも不屈の東北魂で未来への扉を開く。【山田愛斗】

◆神龍誠(しんりゅう・まこと)2000年(平12)7月5日生まれ、仙台市出身。小2時に名取のジムでムエタイを半年間経験。小3時に仙台の「レッドブルレスリングクラブ」でレスリングを始め、転居後の千葉・風早中でも柔道部に在籍しながら競技継続。16年4月に「パンクラス」でデビュー。プロ戦績は12戦10勝1分け1敗。憧れは元格闘家の須藤元気氏(現参院議員)。165センチ。

フロントチョークをする神龍(左)(C)RIZIN FF
飛びつきながらフロントチョークをする神龍(C)RIZIN FF

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28歳勝武士さんコロナ死、国内20代で初の事例

17年2月、しょっきり相撲で塩かごを手にする勝武士さん

大相撲で初めて新型コロナウイルス感染が判明していた東京・江東区の高田川部屋の三段目力士、勝武士(しょうぶし)さん(本名・末武清孝=すえたけ・きよたか)が13日午前0時半、新型コロナウイルス性肺炎による多臓器不全のため都内の病院で死去した。28歳だった。新型コロナ感染での死者は角界初。国内で20代の死亡は年齢が明らかになっている中では初とみられる。28歳の早すぎる死は、ウイルスの恐ろしさを改めて世間に伝える形となった。

角界に衝撃が走った。日本相撲協会はこの日、新型コロナ感染で入院治療していた勝武士さんの死去を発表。八角理事長(元横綱北勝海)は「協会員一同、心より哀悼の意を表します。ご遺族の皆様方のご傷心を察しますと、お慰めの言葉も見つかりません。1カ月以上の闘病生活、ただただ苦しかったと思いますが、力士らしく、粘り強く耐え、最後まで病気と闘ってくれました」と悼んだ。

協会によると、勝武士さんは4月4日ごろに38度台の高熱を発症。師匠の高田川親方(元関脇安芸乃島)が受け入れ先を探し続けたが、都内の医療機関が逼迫(ひっぱく)している状況と重なり、なかなか見つからず。血痰(けったん)が見られた同8日夜に、ようやく都内の大学病院に入院した。簡易検査の結果は陰性だったが、容体が悪化して翌9日に転院。10日にPCR検査で陽性と判定されると、さらに容体が悪化した19日から集中治療室で治療を受けていた。

勝武士さんは、14年に糖尿病による低血糖障がいを患った。現在もインスリン注射の投与が必要で、三段目だった16年初場所では取組直前に土俵下の控えで手が震えるなど体調不良を訴え、不戦敗となったこともあった。現役力士の死去は08年に急性骨髄性白血病で亡くなった元幕下若三梅以来。二十数人の力士を育てる師匠は「他の病気でも糖尿病を持っていると治りが遅い。感染しないように、さらに敏感にならないといけない」と警戒感を強めた。

協会は3月の春場所を史上初の無観客で実施し、新型コロナ感染者を出すことなくやり遂げた。以降、出稽古の禁止や接触を伴うぶつかり稽古の自粛要請を各部屋に通達。感染防止に努めてきたが4月10日に勝武士さんの感染が判明。その後に高田川親方や同部屋の十両白鷹山、幕下以下の力士4人(部屋、力士名は非公表)の感染も確認されたが、勝武士さん以外の6人はすでに退院していた。

葬儀・告別式は未定。高田川部屋の稽古についても、芝田山広報部長(元横綱大乃国)は「今行う状況ではない」と説明するにとどめ、再開時期のめどは立っていない。高田川親方の談話はなく、報道陣には「しばらくはそっとしてあげておいて欲しい」と断るなど角界全体が混乱している。

◆勝武士幹士(しょうぶし・かんじ)本名・末武(すえたけ)清孝。1991年(平3)11月4日、甲府市生まれ。竜王中では柔道部に所属し、中学卒業後に高田川部屋に入門。07年春場所で初土俵を踏んだ。最高位は17年九州場所の東三段目11枚目で、通算79場所で260勝279敗。165センチ、107キロ。得意は突き、押し。

◆力士の地位 番付は幕内、十両、幕下、三段目、序二段、序ノ口に分かれており、幕下以下の力士に給与は支払われない。中止となった夏場所の番付では、三段目は東西それぞれ100枚目まであり、昇進すれば雪駄(せった)を履くことができる。三段目の優勝賞金は30万円。15日間の本場所では2日に1番のペースで、7番相撲を取る。

勝武士さんの発熱からの経過
東京都江東区にある勝武士さんが所属する高田川部屋
19年5月、若野口(右)に突き出しで敗れる勝武士さん

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17年2月、「しょっきり」で取組中にVサインを見せる勝武士さん(右)

大相撲で初めて新型コロナウイルス感染が判明していた東京・江東区の高田川部屋の三段目力士、勝武士(しょうぶし、本名末武清孝=すえたけ・きよたか)さんが13日午前0時半、新型コロナウイルス性肺炎による多臓器不全のため都内の病院で死去した。28歳だった。

新型コロナ感染での死者は角界初。国内で20代の死亡は年齢が明らかになっている中では初とみられる。28歳の早すぎる死は、ウイルスの恐ろしさを改めて世間に伝える形となった。

   ◇   ◇   ◇

最高位は三段目11枚目、勝武士さんは持病と付き合いながらの力士人生だった。糖尿病のため、インスリン注射は欠かすことができなかった。16年には取組直前に土俵下の控えで全身が赤らんで手が震え、異例の不戦敗を経験している。糖尿病による低血糖障がいだった。

巡業や花相撲では知られた人気者だった。元気で明るい性格。相撲の所作や禁じ手などを力士2人が面白おかしく実演する「しょっきり」を担当することが多く、ファンを楽しませた。兄弟子で1学年上の前頭竜電とは幼なじみで、山梨・竜王中ではともに柔道部に所属。気心の知れた仲で、付け人を長く務め兄弟子を支えた。

あまりにも早い別れに、周囲も胸を痛めた。竜王中柔道部の恩師、佐々木秀人さん(65)は「ワシより早くいっちゃダメだよ」と、声を震わせながら悲しんだ。中学時代の勝武士さんは稽古熱心で「何事にも一生懸命。体が小さいぶん、人の倍は稽古をしていた」と、170センチに満たない体で奮闘していた教え子を誇る。最後に会ったのは今年の2月だった。山梨県内で行われた竜電の後援会による激励会後に、佐々木さん、竜電、勝武士さんの3人だけで酒を酌み交わした。「そのときも元気だった。そんなにひどい糖尿病ではなかったと聞いていた。本当に残念」と肩を落とした。

09年に現師匠に部屋を譲った先代高田川親方の清水和一さん(75)は、勝武士さんの入門時を知っているだけに「びっくりした。まだ若いのに、考えられない」と驚きを隠せない様子。高田川親方の誘いを受けて入門したため、自身がスカウトした弟子ではなかったが「真面目な子。たまにふざける姿も見せていたけど、仕事に関しては無口で黙々とこなしていた」。丁寧な仕事ぶりを知っていただけに、沈痛な思いを吐露した。【佐藤礼征】

◆勝武士幹士(しょうぶし・かんじ)本名・末武(すえたけ)清孝。1991年(平3)11月4日、山梨・甲府市生まれ。竜王中では柔道部に所属し、中学卒業後に高田川部屋に入門。07年春場所で初土俵を踏んだ。最高位は17年九州場所の東三段目11枚目で、通算79場所で260勝279敗。165センチ、107キロ。得意は突き、押し。

勝武士さん(左)(2019年5月15日撮影)
「しょっきり」で塩かごを手にする勝武士さん(2017年2月5日撮影)

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勝武士さん死去で角界混乱 高田川親方の談話も出ず

「しょっきり」で塩かごを手にする勝武士さん(2017年2月5日撮影)

大相撲で初めて新型コロナウイルス感染が判明していた東京・江東区の高田川部屋の三段目力士、勝武士(しょうぶし、本名末武清孝=すえたけ・きよたか)さんが13日午前0時半、新型コロナウイルス性肺炎による多臓器不全のため都内の病院で死去した。28歳だった。

新型コロナ感染での死者は角界初。国内で20代の死亡は年齢が明らかになっている中では初とみられる。28歳の早すぎる死は、ウイルスの恐ろしさを改めて世間に伝える形となった。

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角界に衝撃が走った。日本相撲協会はこの日、新型コロナ感染で入院治療していた勝武士さんの死去を発表。八角理事長(元横綱北勝海)は「協会員一同、心より哀悼の意を表します。ご遺族の皆様方のご傷心を察しますと、お慰めの言葉も見つかりません。1カ月以上の闘病生活、ただただ苦しかったと思いますが、力士らしく、粘り強く耐え、最後まで病気と闘ってくれました」と悼んだ。

協会によると、勝武士さんは4月4日ごろに38度台の高熱を発症。師匠の高田川親方(元関脇安芸乃島)が受け入れ先を探し続けたが、都内の医療機関が逼迫(ひっぱく)している状況と重なり、なかなか見つからず。血痰(けったん)が見られた同8日夜に、ようやく都内の大学病院に入院した。簡易検査の結果は陰性だったが、容体が悪化して翌9日に転院。10日にPCR検査で陽性と判定されると、さらに容体が悪化した19日から集中治療室で治療を受けていた。

勝武士さんは、14年に糖尿病による低血糖障がいを患った。現在もインスリン注射の投与が必要で、三段目だった16年初場所では取組直前に体調不良を訴え、不戦敗となったこともあった。現役力士の死去は08年に急性骨髄性白血病で亡くなった元幕下若三梅以来。二十数人の力士を育てる師匠は「他の病気でも糖尿病を持っていると治りが遅い。感染しないように、さらに敏感にならないといけない」と警戒感を強めた。

協会は3月の春場所を史上初の無観客で実施し、新型コロナ感染者を出すことなくやり遂げた。以降、出稽古の禁止や接触を伴うぶつかり稽古の自粛要請を各部屋に通達。感染防止に努めてきたが4月10日に勝武士さんの感染が判明。その後に高田川親方や同部屋の十両白鷹山、幕下以下の力士4人(部屋、力士名は非公表)の感染も確認されたが、勝武士さん以外の6人はすでに退院していた。

葬儀・告別式は未定。高田川部屋の稽古についても、芝田山広報部長(元横綱大乃国)は「今行う状況ではない」と説明するにとどめ、再開時期のめどは立っていない。高田川親方の談話はなく、報道陣には「しばらくはそっとしてあげておいて欲しい」と断るなど角界全体が混乱している。

◆勝武士幹士(しょうぶし・かんじ)本名・末武(すえたけ)清孝。1991年(平3)11月4日、山梨・甲府市生まれ。竜王中では柔道部に所属し、中学卒業後に高田川部屋に入門。07年春場所で初土俵を踏んだ。最高位は17年九州場所の東三段目11枚目で、通算79場所で260勝279敗。165センチ、107キロ。得意は突き、押し。

<スポーツ界の主な感染>

◆プロ野球 3月26日に阪神藤浪晋太郎投手がPCR検査を受け、NPB球団所属選手として初の陽性判定。27日には同じく阪神の伊藤隼太外野手、長坂拳弥捕手の感染も判明。4月1日には楽天などで監督を務めた梨田昌孝氏が陽性判定。14日には元阪神ヘッドコーチの片岡篤史氏が感染を公表した。

◆サッカー 日本協会の田嶋幸三会長が3月17日に陽性であることが判明。東京都内の病院に入院したが、順調に回復し、4月2日に退院した。Jリーグでは、ヴィッセル神戸の元日本代表DF酒井高徳が3月30日に感染していることが判明。4月1日には、神戸のトップチーム関係者1人と、セレッソ大阪GK永石拓海、J2ザスパクサツ群馬DF舩津徹也の罹患(りかん)も明らかになった。

◆バスケットボール Bリーグの大阪エヴェッサでは、4月2日に選手1人の感染が確認されると、3日にはチーム関係者1人の感染を発表。13日までに計13人の感染が確認され、27日に計13人全員が退院もしくは自宅療養解除となったことを発表した。

◆柔道 総本山こと講道館の理事で、全日本柔道連盟(全柔連)副会長などを歴任した松下三郎さんが4月19日、新型コロナウイルスによる肺炎のため死去した。東京都文京区の講道館内に事務局を置く全柔連では、4月16日までに役職員19人の集団感染が確認された。

勝武士さん(左)(2019年5月15日撮影)
17年2月、「しょっきり」で取組中にVサインを見せる勝武士さん(右)

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亡き恩師にスーパースター託され号泣/朝乃山連載2

富山商高3年時に富山県相撲選手権大会で優勝した朝乃山(下段左)。上段中央は故浦山英樹監督

<新大関朝乃山 “富山の人間山脈”の軌跡(2)>

大相撲春場所を11勝4敗で終えた関脇朝乃山(26=高砂)が、富山県出身では太刀山(横綱)以来111年ぶりとなる大関昇進を確実にした。連載「新大関朝乃山 “富山の人間山脈”の軌跡」では、朝乃山の相撲人生を振り返る。

   ◇   ◇   ◇

2017年1月23日、初場所で幕下優勝を果たし新十両昇進を確実にした朝乃山は、故郷の富山で行われた富山商高相撲部監督の浦山英樹さんの葬儀に参加した。左肘を負傷して相撲を辞めようと思っていた中学時代に「富商に来い。俺が強くしてやる」と声をかけてくれた恩師が、初場所中に40歳の若さでがんのため死去。遺族から「富山のスーパースターになりなさい」との遺言書を託され、大粒の涙を流した。

富山商高時代は1日5時間の猛稽古だった。3年間で遊んだ記憶はほぼない。記憶にあるのは毎年恒例の「元旦マラソン」。浦山さんの実家周りを、正月に猛吹雪に耐えて走ったことだ。マラソン後は浦山さんの家で雑煮を食べて初詣に行った。「今でも忘れられない味。あれよりおいしい雑煮を食べたことはない」。野菜や餅、魚のつみれが入った雑煮を食べると「また1年頑張ろう」と猛稽古にも力が入った。

角界入りの背中も押してくれた。12年に近大進学。当初、卒業後は富山に戻ることを考えていたが、近大在学中に浦山さんから「お前は富山に帰ってきても就職するとこはないぞ」と言われた。冗談半分の発言だったが、もう半分は「プロで頑張れ」という激励だった。近大2年時には同大OBで高砂部屋の若松親方(元前頭朝乃若)から勧誘を受けたこともあり角界入りを決意。大学卒業を控えた、16年春場所で初土俵を踏んだ。

16年9月、同年リオデジャネイロ五輪で金メダルを獲得した富山出身の柔道の田知本遥とレスリングの登坂絵莉が、富山で行った凱旋(がいせん)パレードをテレビで見た。「富山出身で有名な男性アスリートはまだいない。自分が相撲界で頑張って有名な人になりたい」とスイッチが入った。その約4カ月後に恩師が亡くなり、託された「富山のスーパースター」。角界入りして4年。いよいよ今日、太刀山(元横綱)以来111年ぶりの富山出身大関が誕生する。【佐々木隆史】

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五輪入江聖奈「とっとこハム太郎」に周囲は…/略歴

<ボクシング:東京五輪アジア・オセアニア予選>◇9日◇ヨルダン・アンマン◇男女8階級

女子フェザー級準々決勝で入江聖奈(19=日体大)が昨年の世界選手権優勝のネスティー・ペテシオ(フィリピン)を4-1の判定で破り、東京オリンピック(五輪)出場を決めた。今大会で出場枠を獲得した選手が内定とする日本連盟の内規を満たした。

お笑いコンビ南海キャンディーズのしずちゃんこと山崎静代の挑戦で注目された12年ロンドン大会から採用され、3大会目。五輪のボクシング女子で日本勢初出場を決めた。

   ◇   ◇   ◇

☆入江聖奈(いりえ・せな)☆

◆生まれ 2000年(平12)10月9日、鳥取県。

◆戦績 中学生以下による全日本アンダージュニア大会を第1回(14、15年)から連覇。鳥取・米子西高では3年で全日本選手権優勝。通算では「50戦42勝8敗くらい」。

◆憧れ 「がんばれ元気」も世代ではないが、いま動画を見るボクサーも古い。タイソン、レナード、メイウェザーがお気に入り。日本人ではロンドン五輪銅の清水聡がイチ押し。

◆大学生 日体大では柔道で東京五輪代表の阿部詩と同級生。兄の一二三とは授業が同じこともあるそうで、「オーラ発している。一発で強いと分かる」とか。

◆ムードメーカー 明るい性格で日本代表の中でも笑顔が絶えない。練習曲に「とっとこハム太郎」のテーマ曲を選んで、「みんな気に入ってます」と主張も、周りは「いやいやです」と苦笑い。

◆身長 164センチ。

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入江聖奈が五輪代表!タイソン好き、阿部詩と同級生

<ボクシング:東京五輪アジア・オセアニア予選>◇9日◇ヨルダン・アンマン◇男女8階級

女子フェザー級(54~57キロ)準々決勝で入江聖奈(19=日体大)が昨年の世界選手権優勝のネスティー・ペテシオ(フィリピン)を4-1の判定で破り、東京オリンピック(五輪)出場を決めた。

今大会で出場枠を獲得した選手が内定とする日本連盟の内規を満たした。お笑いコンビ南海キャンディーズのしずちゃんこと山崎静代の挑戦で注目された12年ロンドン大会から採用され、3大会目。五輪のボクシング女子で日本勢初出場を決めた。

   ◇   ◇   ◇

最終3ラウンドでも入江のスピードは落ちなかった。ワンツー、上下への打ち分けで初回から握った主導権を渡さない。中東の地で9分間、堂々と打ち合う。運命の時。勝利のコールを聞くと両手を挙げ、白い歯を見せた。「今まで勝った試合の中で一番うれしい。世界女王に勝って決めることができて最高」。日本女子初の快挙に声が弾んだ。

小2から磨き続けたワンツーがさえた。距離を詰めてくるペテシオを、リーチをいかした多彩なジャブで迎撃。好機に右を打ち込み、ボディーにも拳をめり込ませた。2回には苦しくなった相手がホールディングで減点1を受け、大きくリード。最終回もパンチをまとめて逃げ切った。

鳥取県米子市の自宅で「ひまつぶし」に読んだ漫画が始まりだった。母が好きだった小山ゆうの「がんばれ元気」。世代ではないボクシング漫画で「ベルトを巻く姿が格好良かった」と興味を持つと、すぐに市内のシュガーナックルジムへ通った。試合でパンチがあたる快感にのめり込んでいった。13年に東京五輪開催が決まった頃は後藤ケ丘中の1年生。鳥取県内で日本連盟に選手登録している女子はただ1人だった。

同時に同中の陸上部にも属し、中1で駅伝のメンバーになるほど。同部の朝練、午後練に出て、夜にジムに通う生活。過酷な掛け持ち生活を貫いた。ジムの伊田会長は「才能ではなく、地味な練習をコツコツこなせるのが強みだった」と証言する。抜群のスタミナはいまでも武器だ。

「意識はする。光栄なので、絶対に取りたい」と誓った女子1号を決めた。次は「ここまで来たらファイナリストになりたい」。そして、その次は…。「東京五輪では絶対に金メダルを取りたい」。地道に、頂点への階段を上る。

☆入江聖奈(いりえ・せな)☆

◆生まれ 2000年(平12)10月9日、鳥取県。

◆戦績 中学生以下による全日本アンダージュニア大会を第1回(14、15年)から連覇。鳥取・米子西高では3年で全日本選手権優勝。通算では「50戦42勝8敗くらい」。

◆憧れ 「がんばれ元気」も世代ではないが、いま動画を見るボクサーも古い。タイソン、レナード、メイウェザーがお気に入り。日本人ではロンドン五輪銅の清水聡がイチ押し。

◆大学生 日体大では柔道で東京五輪代表の阿部詩と同級生。兄の一二三とは授業が同じこともあるそうで、「オーラ発している。一発で強いと分かる」とか。

◆ムードメーカー 明るい性格で日本代表の中でも笑顔が絶えない。練習曲に「とっとこハム太郎」のテーマ曲を選んで、「みんな気に入ってます」と主張も、周りは「いやいやです」と苦笑い。

◆身長 164センチ。

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元関脇豪風に地元北秋田から「市民栄誉賞」授与

北秋田市の津谷永光市長(左)から顕彰状を贈られる長元豪風の押尾川親方(撮影・中島郁夫)

昨年1月の初場所限りで現役を引退した元関脇豪風の引退、年寄押尾川(40=尾車)襲名披露大相撲が1日、東京・両国国技館で開催された。

秋田県森吉町(現北秋田市)出身の押尾川親方の断髪式では、最後に止めばさみを入れた師匠の尾車親方(元大関琴風)はじめ、関係者約270人がはさみを入れ、地元秋田からきた「応援する会」の会員約60人や、首都圏在住の北秋田市出身者らも駆けつけた。また断髪式前には、津谷永光・北秋田市長から「北秋田市市民栄誉賞」も授与された。

応援する会の北林丈正会長も、土俵上のパイプいすに座る押尾川親方のマゲにはさみを入れた。同じ森吉中で柔道部の先輩にあたる押尾川親方について「一本背負いとか足技とか、柔道の技もよく取組で出していましたね。昔の親方タイプとは違った新しい親方像を作ってほしいですね」と期待。津谷市長も「気は優しくて力持ち。小兵なんだけど、本当の相撲道をしっかり踏襲されている方です。体が小さくても十何年間も現役でやれたのは、トレーニングと精神力と鍛錬のたまもの。鍛え方次第、努力次第では横綱になれるんじゃないか、そういうことを彼にはやってほしい。期待してます」と第2の角界人生に期待を寄せた。

亡き両親への感謝を語り涙ぐむ押尾川親方(撮影・中島郁夫)

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徳勝龍は阪神ファン、憧れ亀山努氏と始球式共演熱望

幕内優勝を飾り、一夜明け会見で「幕尻」としたためた色紙と、優勝の「V」バルーンを手に笑顔を見せる徳勝龍(撮影・河田真司)

大相撲初場所で幕尻として20年ぶり史上2度目、奈良県出身力士として98年ぶりの優勝を果たした平幕の徳勝龍(33=木瀬)が、千秋楽から一夜明けた27日、都内の部屋で会見を行った。

前日は涙と笑いが入り交じっていたが、この日は終始笑顔。上位陣と対戦する見込みの春場所(3月8日初日、大阪・エディオンアリーナ)を前に、大好きなプロ野球阪神との共演を夢見た。

   ◇   ◇   ◇

寝不足を感じさせない笑顔がまぶしかった。会見に出席した徳勝龍は「今も自分じゃないような、ふわふわした感じ。昨日は興奮して眠れなかった」と吐露。LINEなどで祝福のメッセージは500件以上届いた。「新聞で主役になる日がくるとは思わなかった」。スポーツ紙の1面をジャックしても、快挙にまだ実感が湧いていない様子だ。

会見後に、まさかの逆指名が飛び出した。前日は「“関西魂”で笑かそうと」ユーモアたっぷりの優勝インタビューで相撲ファンを魅了。お笑い動画鑑賞が趣味なだけに「(吉本)新喜劇から出演オファーがくるのでは?」と報道陣に振られると「それよりも野球でしょ」と自ら切り出した。

父青木順次さん(73)と親子2代で阪神ファン。自身も野球経験者で、相撲と並行して小2から小6まで習っていた。本塁打性の打球を打っても「足が遅くて2塁で必ず止められる」という鈍足強打の4番捕手として、市大会で優勝するなど活躍。中学から相撲一本に絞ったが、角界入り後も特注のキャッチャーミットでキャッチボールを楽しむこともある野球好きだ。

異例の形で阪神との共演を熱望する。「始球式より(捕手として)球を受けてみたい。(現役選手の球は)速すぎて取れないけど、今の亀山さんの球なら取れるかも」。ヘッドスライディングなどの全力プレーで活躍し、新庄剛志氏とともに「亀新フィーバー」を巻き起こした元阪神外野手の亀山努氏(50)が小さい頃のスターだった。ちなみに今の注目選手は、昨年夏の甲子園を制した履正社高からドラフト2位で入団した井上広大外野手。「(1軍の)試合に出るか分からないけど、すごい体してますよね。甲子園から見ていました」と熱視線を送った。

早くも来場所の活躍が期待されるが「今はゆっくり、温泉とか入りたい」。幕内上位まで番付を上昇させる見込みの春場所へ、充電期間に入る。【佐藤礼征】

◆徳勝龍誠(とくしょうりゅう・まこと) 本名・青木誠。1986年(昭61)8月22日、奈良市生まれ。家族は千恵夫人。3歳から柔道、小学2年から野球を始め、相撲は4年から。少年野球は4番捕手で6年時に橿原市の大会で優勝。父順次さん、母えみ子さんも阪神ファン。明徳義塾高-近大から角界入り。20年初場所、幕尻で初優勝。

幕内優勝を飾った徳勝龍は一夜明け会見で優勝紙面を手にガッツポーズ(撮影・河田真司)

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徳勝龍の母えみ子さん「えらいことになりました」

近大相撲部伊東勝人監督の遺影を手にバンザイする徳勝龍、前から2列目右は母の青木えみ子さん(撮影・鈴木正人)

<大相撲初場所>◇千秋楽◇26日◇東京・両国国技館

奈良から駆けつけた徳勝龍の母えみ子さん(57)は「えらいことになりました」と笑顔よりも現実感がない表情だった。急死した近大の伊東監督の遺影を握りしめての祈りが通じた。

子どものころから大きかった。3歳から柔道、小2から野球を始め、4年から相撲クラブに通った。6年の時、橿原市の大会で優勝した野球では4番キャッチャー。「ホームランか三振かというタイプ」とえみ子さん。中学でも野球部に所属したが、将来の進路を見据えて相撲に絞った。中学2年の時、自ら立候補して生徒会副会長にもなった。

相撲クラブは週3回、車で約1時間かけて通ったという。クラブに行く前のおやつがラーメンとチャーハン。しっかり体を作って高校、大学でもまれてきた成果が実を結んだ。「本当に信じられません」は、母の心からの本音だった。

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スニーカー「NIKEiD」お気に入り/徳勝龍とは

貴景勝を破り優勝を決めた徳勝龍は、目に涙を浮かべ懸賞金の束を手にする(撮影・河田真司)

<大相撲初場所>◇千秋楽◇26日◇東京・両国国技館

幕内の番付で最下位に位置する西前頭17枚目の徳勝龍(33=木瀬)が、初優勝を果たした。

<徳勝龍アラカルト>

徳勝龍誠

◆本名 青木誠(あおき・まこと)。あだ名は「まこ」。家族は千恵夫人。

◆出身 1986年(昭61)8月22日、奈良市出身。育ちは橿原(かしはらし)市。

◆スポーツ歴 相撲は小4から地元の「けはや相撲クラブ」で始める。3歳から小6までは柔道も。元警察官の父順次さんの指導で、利き手は右だが左組みだった。

◆左四つ 10年5月に木瀬部屋が一時閉鎖となり、北の湖部屋預かりとなったときに、15年に亡くなった元横綱北の湖から「お前は押し相撲だろうと思っているだろうが、左四つだ」と型の変更を薦められた。今場所も左四つの相撲を展開。

◆オシャレ 部屋の若い衆によると「徳勝龍関はバッグにこだわっている。10種類近く持っているはず」。スニーカーの「NIKEiD」シリーズもお気に入り。三等床山の床熊(30=木瀬)は「巡業先で買ってきたTシャツをよくプレゼントしてくれます」。

◆サイズ 181センチ、188キロ。

貴景勝を破り、幕内優勝を決め涙を流す徳勝龍(撮影・河田真司)

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【復刻】史上初の幕尻優勝 2000年の貴闘力も涙

貴闘力の史上初の幕尻優勝を伝える2000年3月27日付の日刊スポーツ紙面

<大相撲初場所>◇千秋楽◇26日◇東京・両国国技館

前頭17枚目徳勝龍(33=木瀬)が結びの一番で大関貴景勝(23=千賀ノ浦)を破り、貴闘力以来20年ぶり2度目の幕尻優勝を達成した。

優勝を記念して、2000年の貴闘力の史上初の幕尻優勝を紙面記事で振り返ります。

   ◇   ◇   ◇

<大相撲春場所>◇2000年3月26日◇千秋楽◇大阪府立体育会館

東前頭14枚目貴闘力(32=二子山)が、史上初の幕じり優勝を飾った。勝てば優勝、負ければ決定戦にもつれ込む雅山(22)との大一番。土俵際まで攻め込まれながら執念で回り込み、最後は送り倒した。初土俵から103場所、入幕から58場所は過去の記録を大幅に塗り替えるスロー記録。32歳5カ月の年齢も、年6場所の1958年(昭33)以降の最高齢記録となった。殊勲賞、敢闘賞も獲得。土俵生活18年目で花を咲かせ、涙、涙の初賜杯だった。

貴闘力 13勝2敗(送り倒し 4秒6)雅山 11勝4敗

子供のように泣きじゃくった。武双山に力水をつけながら、花道を引き揚げながら、そしてインタビュールームで。貴闘力は、何度も青い手ぬぐいを両目にあてた。「泣くなんて、絶対オレはないだろうなって思ってた」。家族が待つ東の支度部屋。美絵子夫人(25)は「涙を見たのは初めてです」と声を震わせた。長男の幸男君(5)も「アイスが食べたい」と泣きじゃくっていた。

「運がよかったとしか言えない。本当に夢のようで、オレみたいのがとってええんかなみたいな」。史上初の幕じりの快進撃は、フィナーレも劇的だった。雅山の強烈な突き放しに後退した。両足が俵にかかる絶体絶命から、執念を発揮した。はねるように右へ回り込み、雅山を送り倒した。

がけっぷちに追い込まれた男の強さだった。持病の痛風、高血圧に悩まされ、気力もなえかけた。幕内58場所目で初めて幕じりまで落ちた。場所前のけいこでは幕下に負けた。引退も覚悟していた。だが、二子山親方(50=元大関貴ノ花)の言葉で消えかけた闘志に火がついた。「師匠にまだ老け込む年じゃない。今からでも遅くないぞ、と言われたのが一番励みになった」。14日目夜には、横綱貴乃花から「緊張しないで思い切りいったらいい結果が出るから、頑張ってください」と激励された。部屋の大きな支えがあって、栄冠を手にした。

「貴闘力」のシコ名は89年3月、新十両昇進時におかみさんの憲子さん(52)が付けてくれた。当初は「貴闘志」だったが、字画を調べて今のシコ名になった。いずれも「ただ暴れるだけじゃなく、道徳を持って闘って」との願いが込められた。それほどの熱血漢だった。今場所も獲得した敢闘賞は通算10回で史上1位。一時は若乃花、貴乃花以上のけいこ量を誇った角界一のファイターが、どん底から奇跡を起こした。

90年秋場所、若乃花と同時入幕だった。その若乃花が土俵に別れを告げた春の土俵に、遅咲きの花が鮮やかに咲いた。弟弟子たちの優勝に、ひそかな思いもあった。「いつかは自分もと……。幕内で優勝するのが夢でした」。初土俵から所要103場所、入幕から58場所、そして32歳5カ月の最高齢。長い苦労を裏付ける記録ずくめの初優勝には、大粒の涙が似合った。【実藤健一】

   ◇   ◇   ◇

◆同級生柔道古賀「俺も」

貴闘力の優勝は、4度目の五輪出場を狙う「平成の三四郎」の奮起を促すことにもなった。バルセロナ五輪柔道71キロ級金メダリスト古賀稔彦(32、慈雄会)は、優勝の瞬間をテレビでしっかり見届けた。2人は同い年で、古賀が東京・弦巻中、貴闘力が福岡・花畑中の3年時、全国中学柔道大会団体戦で対戦した縁がある。直接対決はなかったが、古賀にとって貴闘力は気になる存在で、角界での活躍も注目していた。

右足首のねんざに苦しむ古賀は、五輪代表最終選考会となる4月2日の全日本選抜体重別(福岡)に強行出場する。今回挑戦する81キロ級の代表の争いはライバルたちと横一線。優勝者が代表になる可能性が高い。今場所の貴闘力の相撲に力づけられた古賀は「その年齢に応じた集中力とテクニックを発揮すればやれるんだということを証明してくれた。僕も柔道界でそれが証明できるようにしたい」と決意を新たにしていた。

(2000年3月27日紙面から)

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荒磯親方にもらったステテコ着用/徳勝龍アラカルト

国技館を引き揚げる徳勝龍(撮影・河田真司)

<大相撲初場所>◇14日目◇25日◇東京・両国国技館

幕尻の西前頭17枚目徳勝龍(33=木瀬)が、記録ずくめの初優勝に王手をかけた。平幕で1敗同士の正代との直接対決を制し、単独トップに立った。

2敗の大関貴景勝が敗れ、優勝争いは1敗の徳勝龍と2敗の正代に絞られた。千秋楽は大関貴景勝との対戦が決まった。千秋楽結びに平幕が出場するのは昭和以降3度目で、幕尻が登場するのは史上初となった。優勝なら幕尻は20年ぶり史上2度目、奈良県勢は98年ぶり、再入幕は史上初、木瀬部屋でも初となる。

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<徳勝龍誠アラカルト>

◆本名 青木誠(あおき・まこと)。あだ名は「まこ」。家族は千恵夫人。

◆出身 1986年(昭61)8月22日、奈良市生まれ。育ちは橿原(かしはらし)市。

◆経歴 3歳から小6まで柔道。小4から地元の橿原市「けはや相撲クラブ」に通い、高校は高知・明徳義塾に相撲留学。近大4年で西日本選手権優勝。

◆角界入り 09年初場所で初土俵。11年九州場所で新十両、13年名古屋場所で新入幕。15年夏場所の西前頭4枚目が最高位。

◆サイズ 181センチ、188キロ。

◆しこ名の由来 母校の明徳義塾高から「徳」、18日に死去した恩師で近大相撲部監督の伊東勝人さんから「勝」。

◆稀勢の里と親交 荒磯親方(元横綱稀勢の里)の現役時代、巡業中にキャッチボールをすることも。今場所も数年前に荒磯親方から譲り受けたステテコを着用して帰路につく。

◆左四つ 10年5月に木瀬部屋が一時閉鎖となり、北の湖部屋預かりとなったときに、15年に亡くなった元横綱北の湖元親方から「お前は押し相撲だろうと思っているだろうが、左四つだ」と型の変更を薦められた。今場所も左四つの相撲を展開。

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震災1・17生まれの照強が5連勝「特別な日です」

照強は初日から5連勝を飾り笑顔で引き揚げる(撮影・小沢裕)

<大相撲初場所>◇5日目◇16日◇東京・両国国技館

阪神・淡路大震災が起きた95年1月17日に生まれた東前頭14枚目・照強(25=伊勢ヶ浜)が、無傷の5連勝を飾った。

千代丸(九重)をもろ差しから鮮やかな下手投げ。白鵬に続き、鶴竜も休場と昨年秋場所に続く横綱不在となった混戦場所で、幕内で2番目に低い身長169センチの小兵が主役候補に浮上。初場所は過去4年連続初優勝力士が誕生しており、照強もひょっとしたらひょっとするか。

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身長169センチが武器だった。「小さくてイヤだなんて思ったことはない。小さいと、相手がイヤでしょう。190センチあったら逆に相撲取れないッスよ」と照強。千代丸のもろ手突きをかわすように懐に飛び込み、揺さぶって前に出ながらの下手投げが決まった。

「ああなったら(千代丸は)腹出してくるんだろうな、と。その腹に乗っからないように。結構、前に圧力かけたんで思い切りやるしかない。小さいんで思い切ってやらないと」

25年前、阪神・淡路大震災が発生して、約15時間に生を受けた。誕生日=震災の日。もちろん、本人に被災した記憶はないが「うれしいことだけじゃないのが誕生日」と話す。「母親は大変だったと思う」。当時のことは家族、周囲から聞いてきた。力士になり、必然的に初場所中にこの日を迎える。「やはり意識する。特別な日です」。

ひとつの目標が幕内で迎えることだった。「幕内で初めてはひとつの目標。まずはそこを目指していたんで」。25年たっても、震災の痛みを風化させてはいけない思いを強く持つ。「幕内だとテレビ(地上波)で必ず映るでしょ。淡路の人だけじゃなく、全国の人に見てもらいたい」。体は小さくても、気力と根性で大きな相手をなぎ倒す姿が、勇気になると信じている。

12勝した昨年名古屋場所に並ぶ、自己最多の初日から5連勝。当時と比べ「今回の方が調子いい。前は気づいたら勝てた感じだが、今は意識して勝っている。前より気持ちに余裕を持って相撲がとれている」。精神面から体も変わった。以前は「飯の時間なんてこなけりゃいいのに」と思うほど食べられず、場所中は自然に体重が落ちた。今はしっかり食べて維持できる。「淡路島のたまねぎ、最高です」と郷土の名産にも支えられる。

初場所は過去4年連続で初優勝力士が誕生している。まだ序盤5日間を終えただけに、照強も「まだ10日もあるし、勝ち越しもしていない。気持ちを入れ直して頑張りたい」。今日17日、25歳の誕生日も静かに黙とうして迎える。【実藤健一】

○…照強の師匠、伊勢ヶ浜親方(元横綱旭富士) 必死にやっている。(震災の日に生まれ)しこ名もそういう願いがこめられている。みんなの励みになれば。

照強翔輝(てるつよし・しょうき)

◆本名 福岡翔輝。しこ名は「周囲を強く、明るく照らすように」との願いがこめられている。

◆出身 1995年(平7)1月17日、兵庫県南あわじ市。

◆経歴 小学1年から柔道。4年時に飛び入り参加したわんぱく相撲をきっかけに相撲を始める。中学卒業後、伊勢ケ浜部屋に入門。身長167センチで当時の第2新弟子検査に合格し、10年春場所初土俵。16年九州場所、西幕下9枚目で優勝し、17年初場所で新十両昇進。19年春場所新入幕。同年名古屋場所、12勝3敗で敢闘賞を受賞し、翌秋場所の東前頭9枚目が最高位。

◆サッカー好き 中学に相撲部がなくサッカー部に所属しGK。実家で飼い始めた愛犬のゴールデンレトリバーに(クリスティアノ)ロナウドと命名。

◆サイズ 169センチ、120キロ。

照強(左)は千代丸を下手投げで破る(撮影・柴田隆二)
豪快に塩をまく照強(撮影・小沢裕)

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渡辺華奈が対抗戦で唯一勝利「ほっとした」

<ベラトール日本大会>◇29日◇さいたまスーパーアリーナ

米格闘技団体ベラトール初の日本大会が行われ、日本のRIZIN所属選手との対抗戦5戦のうち、3戦が行われた。

先鋒(せんぽう)戦のライト級対決ではRIZINのダロン・クルックシャンクが、ゴイチ・ヤマウチに1回に裸絞めでKO負け。次鋒戦の女子フライ級対決はRIZIN渡辺華奈が、イララ・ジョアナに3回4分20秒でTKO勝ち。中堅戦のウエルター級対決はRIZINの中村K太郎がロレンズ・ラーキンに判定で敗れ、RIZINチームは1勝2敗の負け越しとなった。31日のRIZIN20大会(さいたまスーパーアリーナ)で残る2戦が行われる。

RIZIN側で唯一勝利した渡辺は「ほっとした」と笑顔。大学、実業団で柔道トップ選手として活躍した後、17年末に総合格闘家に転向。これで9勝0敗1分けと無敗を守り、世界に強さをアピールした。「来年は(東京)五輪があるので、世界に出て、自分のオリンピックをやりたい」と世界進出を目標に掲げた。

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松鳳山、白鵬上回る投げ技5種類14勝/大相撲大賞

「投げ手」の勝利5傑

<第8回日刊スポーツ大相撲大賞(2)>

横綱稀勢の里の引退に始まり、新大関貴景勝誕生、トランプ米大統領観戦、暴力問題で十両貴ノ富士が引退など、さまざまな出来事が起きた2019年の大相撲。今年1年間、幕内を務めた全29人の力士が対象の連載「第8回日刊スポーツ大相撲大賞」は、そんな陰で生まれた好記録や珍記録を表彰する。

 ◇  ◇  ◇

年間で最も多く投げ手で白星を挙げた「最優秀投手賞」は、松鳳山(35=二所ノ関)が受賞した。5種類14勝。投げ技で12勝した横綱白鵬を上回り「横綱を何か1つでも上回れたというのは誇らしいことですね」と、胸を張った。

176センチと小柄な体格から多彩な技を繰り出すが、投げは最も好きな技だ。中学2年のときに約1年習っていた柔道でも、投げばかり狙っていたという。「投げが決まったときは死ぬほど気持ち良かったことを覚えている」。当時から変わらず、投げで重要視する点は「体の回転」。ルーツは他競技にあるのかもしれない。

決めてみたい投げ手がある。「やぐら投げです。今までも惜しいところまでいったことはあるので、そろそろ決めたい」。両まわしで相手を引きつけ、膝を相手の内股に入れて太ももに体を乗せ吊り気味に持ち上げ、振るようにして投げ落とす大技。幕内では15年九州場所7日目に、白鵬が隠岐の海を相手に決めている。「体重が重い相手に決めたい。今(の相撲界)は全体的に巨大化しているからこそ、ひっくり返すように決めたい」。幕内で2番目の年長力士となるベテランは、好奇心たっぷりに笑みを浮かべていた。【佐藤礼征】

松鳳山

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八角理事長らが大相撲の国際化議論 有識者会議

第4回「大相撲の継承発展を考える有識者会議」に出席した王貞治(左)、紺野美沙子(右)、山下泰裕(右から2番目)、左奥に芝田山広報部長(撮影・佐藤礼征)

「大相撲の継承発展を考える有識者会議」の第4回会合が9日、都内のホテルで行われた。

プロ野球ソフトバンクの王貞治球団会長や女優の紺野美沙子氏らが参加し、約2時間、相撲の国際化について議論が交わされた。同会議は日本相撲協会の八角理事長(元横綱北勝海)の諮問機関。6月に第1回会合が行われ、1年半かけて来年秋に提言書と自己規律の指針をとりまとめる。この日は8人のメンバーのほか、柔道の1984年ロサンゼルス五輪男子無差別級金メダリストで日本オリンピック委員会(JOC)会長の山下泰裕氏と、剣道に造詣が深い弁護士の中井憲治氏(73)が出席。議論を深めるために柔道と剣道の専門家2人を招いた。協会からは八角理事長、芝田山広報部長(元横綱大乃国)らが出席した。

山下氏は自身の経験に基づき、柔道の国際化のメリットとデメリットを説明した。5日の国際オリンピック委員会(IOC)で新委員に推薦されることが決まり、来年1月の総会で正式に決定する見通しの同氏は会合後、取材に応じ「世界に広がっていくことで日本の心が広がっていくが、日本の伝統文化や所作が世界では受け入れられないこともある」と強調。大相撲は過去に何度か観戦に訪れたことがあり、柔道経験者の力士も多いことから「ますます発展してほしい」と期待した。

日本刀を腰に差して出席した中井氏は「剣は日本刀であるという解釈、剣道理念を説明するべきだと思ったけどとても時間がないので、日本刀を抜くところと振るところを見てもらった」と、剣道錬士6段の腕前を披露したという。大相撲同様、礼節を重んじる剣道。中井氏は「様式美の一環として礼法を定めてほしい」と、さらなる徹底を要求。名前こそ挙げなかったが、懸賞金の受け取り方が好ましくない力士がいるとして「子どもが見てもきれいだなと思えるやり方にしてもらえるようにしてほしい。子どもの教育上、好ましくない」と力説した。

会合での山下氏らの意見を受けて、王球団会長は「国際化となると日本古来の礼というのが難しい」と話した。八角理事長は「師匠という立場がしっかりしなければいけない。師匠を育てていくためにも人材という言葉が大事」と、気を引き締めていた。

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石井慧2年半ぶり参戦 RIZIN追加カード発表

石井慧

12月29日の米格闘技団体ベラトール初の日本大会、31日のRIZIN20(いずれもさいたまスーパーアリーナ)に向けた会見が4日、東京・目黒雅叙園で行われ、追加カードが発表された。

RIZIN20には、北京オリンピック柔道100キロ級金メダリスト石井慧が17年4月以来約2年半ぶりに参戦。アラスカ出身のジェイク・ヒューンと105・5キロ契約で戦う。会見に欠席した石井は「また日本の年末に戦えることを心の底から感謝している。日本のファンはまぶしすぎてみえない」とコメントを発表した。

また、けがをした堀口恭司との試合が流れた朝倉海は、マネル・ケイプと堀口が返上したRIZINバンタム級ベルトをかけて戦う。同日の石渡伸太郎-扇久保博正戦はバンタム級挑戦者決定戦となり、来春タイトル戦を行う。

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石井慧は準々決勝敗退 V候補ゴルゾフに判定負け

PFLプレーオフのヘビー級準々決勝でゴルゾフ-石井戦の判定結果を報じるPFL公式ツイッター

<米総合格闘技プロフェッショナル・ファイターズ・リーグ(PFL)2019:プレーオフ>◇10月31日(日本時間1日)◇米ネバダ州ラスベガス・マンダレイベイ・イベント・アリーナ

ヘビー級プレーオフで、08年北京オリンピック(五輪)柔道男子100キロ級金メダリストで総合格闘家の石井慧(32=チーム・クロコップ)は準々決勝敗退となった。2戦2勝で予選を1位突破したV候補デニス・ゴルゾフ(28=ロシア)と5分2回で対戦し、0-2(19-19、20-18×2)で判定負けを喫した。

1回に左フックを顔面にヒットさせ、ケージ際での大外刈りでテークダウンにも成功させた石井は最後に三角絞めを受けた。2回にはテークダウンの失敗から寝たままの状態が長くなり、キック連発、三角絞めなどで攻められたところで試合終了。打撃数の差などで判定された形となった。

総合格闘技ルールでは自身初となる聖地ラスベガスでの試合だった。優勝賞金100万ドル(約1億1000万円)のかかった大みそかのヘビー級決勝への進出を逃した。判定結果について、石井は何の不満も言わず「ボクの未来はまぶしすぎて見えない。みんなありがとう」とSNSなどを通じて応援してくれていたファンに感謝していた。

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石井慧「すべて出す」ラスベガスで初の総合ルール戦

ミルコ・クロコップ(左端)らセコンド陣とともにPFLプレーオフ準々決勝、準決勝に臨む石井慧(左から3番目)(石井本人提供)

08年北京オリンピック(五輪)柔道男子100キロ級金メダリストで総合格闘家の石井慧(32=チーム・クロコップ)があこがれの米ラスベガスで自身初の総合格闘技マッチに臨む。

参戦している米総合格闘技プロフェッショナル・ファイターズ・リーグ(PFL)2019のヘビー級プレーオフは31日(日本時間11月1日)、米ネバダ州ラスベガスのマンダレイベイで開催される。8月にプレーオフ進出を決めた石井は準々決勝で、予選を1位突破した優勝候補デニス・ゴルゾフ(28=ロシア)と対戦(5分3回)する。

「気持ちの高ぶりは隠しきれないし、緊張もするだろう」。昨年10月、グラップリング(打撃なし、関節と組み技のみ)ルールのQUINTET3大会で元UFCヘビー級王者フランク・ミア(米国)と対戦して以来のラスベガス。総合格闘技ルールの試合は自身初となる。会場もボクシング世界戦のビッグマッチやUFCが開催されてきたマンダレイベイ。気持ちの高揚感は増すばかりだが、石井は「それをひた隠し、コントロールして自分の持っているものをすべて出すことに集中します」と平常心を貫いた。

予選2戦2勝(KOと一本勝ち)で圧倒的な強さを示したゴルゾフとプレーオフ初戦となる準々決勝。勝てば、そのままケルヴィン・ティラー(米国)VSアリ・イサエフ(ロシア)の勝者と準決勝で激突する。優勝賞金は100万ドル(約1億1000万円)。大みそかに予定される決勝進出の切符を懸けた1日2試合のプレーオフだ。石井は「ゴルゾフの試合を見たが、初戦であたるのがベスト。組み合わせが味方している」と自己分析。今回、セコンドに入る予定のミルコ・クロコップ氏からも「ベストの組み合わせ」と激励されているという。

SNSなどを通じ、次々と応援メッセージが届いている石井は「日本のファンはまぶしすぎてみえない。かける言葉もみつからない」と感謝。その上で「(勝負のカギは)自分のスタイルを貫くこと」と集中力を高めていた。

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