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朝乃山3連敗など正代除く三役以上全て黒星 秋場所

朝乃山(手前)の攻めに耐える照ノ富士(撮影・河田真司)

<大相撲秋場所>◇3日目◇15日◇東京・両国国技館

大関朝乃山が、初日から3連敗を喫した。7月場所で敗れた大関経験者の照ノ富士に上手投げで敗れた。大関が初日から3連敗を喫するのは初場所の豪栄道(現武隈親方)以来。先場所12勝の大関が、トンネルから抜け出せずにいる。

初日から2連勝の大関貴景勝は北勝富士に敗れ、今場所初めての黒星となった。

大関昇進を目指す3関脇は、正代が遠藤を圧倒して無傷の3連勝、御嶽海が初黒星、大栄翔が2敗目を喫した。

三役以上では正代以外が敗れる、波乱の1日となった。

人気小兵の炎鵬は元気なく初日から3連敗。新入幕の翔猿が3連勝とした。同じく新入幕で元横綱朝青龍のおい、21歳の豊昇龍は2敗目を喫した。

朝乃山(右)を上手投げで破る照ノ富士(撮影・河田真司)

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武隈親方の断髪式が再延期「再来年の初場所後に」

武隈親方(2020年2月11日撮影)

元大関豪栄道の武隈親方(34)が14日、断髪式(東京・両国国技館)を2022年1月の初場所後に延期することを明かした。

NHK大相撲中継の幕内解説の席で「世の中の情勢を踏まえまして、再来年の初場所後にやることになりました」と発表した。今年初場所限りで引退した武隈親方は当初、来年1月31日に予定していた断髪式を同年6月5日に延期していたが、再延期を決めた。

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元大関豪栄道の断髪式再延期、22年1月初場所後に

元大関豪栄道の武隈親方(2020年1月29日撮影)

元大関豪栄道の武隈親方(34)が14日、断髪式(東京・両国国技館)を2022年1月の初場所後に延期することを明かした。

同日、NHK大相撲中継の幕内解説を務め、放送の冒頭に「(断髪式は)世の中の情勢を踏まえまして、再来年の初場所後にやることになりました」と発表した。

今年初場所限りで引退した武隈親方は当初、来年1月31日に断髪式を予定していた。新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け、今年6月には師匠の境川親方(元小結両国)が来年6月5日に延期することを明らかにしていたが、さらに約7カ月、再延期になる。

武隈親方は引退後、約2年もまげがついたまま、後進の指導を続けていくことになる。親方業については「徐々に慣れてきました」と話していた。

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初の角界映画「相撲道」境川と高田川に半年密着

10月30日公開の大相撲ドキュメンタリー映画「相撲道」のポスター(2020「相撲道~サムライを継ぐ者たち~」製作委員会提供)

大相撲のドキュメンタリー映画「相撲道~サムライを継ぐ者たち~」が10月30日から公開されることが31日、分かった。東京・墨田区のTOHOシネマズ錦糸町で10月30日から、中野区のポレポレ東中野で同月31日で始まり、ほかに全国で順次公開される。制作会社によると、過去には初代若乃花など特定の力士に焦点をあてたドキュメンタリー映画はあるものの、大相撲全体をとらえる映画は初めて。俳優の遠藤憲一がナレーションを務める。

18年12月から19年6月の半年間、元大関豪栄道(現武隈親方)らが在籍する境川部屋と、前頭竜電らが在籍する高田川部屋に密着した。朝稽古や独特な相撲部屋での日常生活、本場所での激闘などを歴史、文化のさまざまな角度からひもとく。相撲漫画家の琴剣淳弥さん(60)もコーディネートプロデューサーとして作品に加わり、劇中画を描き、自身も本編に登場する。

メガホンを取ったのは「マツコの知らない世界」をはじめ長年テレビの演出家として活躍し、本作が映画初監督作品となる坂田栄治氏。坂田氏は「映画完成直後、新型ウイルスにより世界は変わり、大相撲の風景も変わりました。あの数カ月間、力士たちの激闘と観客の大声援を両国国技館で撮影できたのは偶然の奇跡。大迫力の大相撲の感動と、力士たちのドラマをぜひ劇場で体感してほしいです」とコメントした。

武隈親方は「相撲は、裸一つでぶつかり合う、シンプルでわかりやすい究極の闘いです。それが人の心を揺さぶり、奮い立たせてくれるのだと思います。若い世代にも、日本の伝統を守っている力士の姿を、劇場で見てほしいです」と呼びかけた。

竜電は「長期間の密着は初めての経験でした。所作の美しさ、力士の個性あふれる着物姿、武器を持たず自分の体だけで勝負する、語り尽くせない相撲の魅力を、相撲ファンはじめ、まだ相撲を知らない方や子どもたちに、映画を通じて感じてほしいです」と話した。

琴剣さんは「大相撲を体験した者としてお薦めできる映画。相撲界の“伝統”“厳しさ”の映像美そして音響の106分。この映画を見終わったあと、きっとあなたも国技館へ行きたくなっているでしょう」とコメントした。

10月30日公開の大相撲ドキュメンタリー映画「相撲道」で特集された幕内力士の竜電(2020「相撲道~サムライを継ぐ者たち~」製作委員会提供)
10月30日公開の大相撲ドキュメンタリー映画「相撲道」で特集された元大関豪栄道の武隈親方(2020「相撲道~サムライを継ぐ者たち~」製作委員会提供)

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元蔵玉錦の安達敏正さん葬儀、井筒親方らが別れ

都内で行われた元前頭蔵玉錦の安達敏正さんの葬儀

大相撲の元前頭蔵玉錦(ざおうにしき)の安達敏正(あだち・としまさ)さんの葬儀・告別式が13日、東京・葛飾区の千代田鎌倉ホールで営まれた。

時津風親方(元前頭時津海)、井筒親方(元関脇豊ノ島)や時津風部屋の若い衆、親交の深かった大島親方(元関脇魁輝)ら、前日12日の通夜を含めてのべ180人が参列。喪主の妻とき子さんが弔辞を読み上げ、別れを告げた。

安達さんは元横綱柏戸の鏡山親方の内弟子として伊勢ノ海部屋に入門し、70年秋場所初土俵。翌年、鏡山部屋の創設にともなって移籍した。最高位は前頭筆頭。83年初場所限りで現役を退き、引退後は親方として後進の指導にあたり、最後は武隈親方として時津風部屋に在籍した。

この日は館内の葬儀場とは別室に、現役時代の写真や化粧まわし、最高位の前頭筆頭だった81年初場所の番付表などが展示された。現役時代の映像も流され、同時期に活躍した大島親方も「懐かしいな。(対戦時は)のらりくらりとはいかなかったな」と懐かしんだ。

新型コロナウイルス感染予防の観点から関取衆は参列しなかったが、井筒親方は2日連続で参列した。井筒親方は02年初場所が初土俵で、安達さんは先代武隈親方として同年に鏡山部屋から転籍してきたため、20年近い付き合いだった。井筒親方は7月場所中にお見舞いに訪れていたことを明かし「そのときもしゃべりづらそうにしていた。『(時津風部屋の力士は)みんな頑張っています。正代もいいですよ。いい成績を残すので、みんなのことを見てやってください』と伝えました。そのときにぐっと手を握ってくれて。(千秋楽まで)持たないかもしれないと聞いていたが、今場所を見届けてくれた。そこは力士だなと感じましたね」と振り返った。

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大島親方が先代武隈親方悼む「よく飲みにも行った」

大島親方(17年6月11日撮影)

9日に67歳で死去した大相撲の元前頭蔵玉錦(ざおうにしき)の先代武隈親方について、親交の深かった大島親方(元関脇魁輝)が11日、故人との思い出を振り返った。

65年秋場所に初土俵を踏んだ大島親方が5年早く入門したが、2人は同学年だった。弟弟子の元前頭王湖が先代武隈親方と同期生だった縁もあり、仲が深まったという。「ザオウ(蔵玉錦)が関取になったくらいからよく話すようになった。巡業に行けば山稽古もしょっちゅうやった。昔は山稽古が普通だったから。夜はよく飲みにも行ったね。黒姫山さん(先々代武隈親方)や俺が教習所で一緒だった佐渡ケ嶽部屋の琴ケ嶽とかも交えてよく行ったね」。

先代武隈親方は元横綱柏戸の鏡山部屋で育った。「良くも悪くも周りのことを気にせず自分の道をいく。先代の鏡山さん(柏戸)の教育だったと思う。豪快に飲むやつだったけど、周りに迷惑をかけなかったし、切りのいいところで切り上げていた」と人柄を懐かしんだ。

最後に会ったのは「去年の暮れか今年の年明け」で、先代武隈親方はつえをついて歩いていたという。「腰のヘルニアだかで悪かったのは聞いていたし、心配してた」と話した。

先代武隈親方の弟弟子だった鏡山親方(元関脇多賀竜)は「早く亡くなったことに驚いた。ご冥福をお祈りするしかない」と悼んだ。

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井筒親方「本当に相撲が好きで」先代武隈親方を悼む

元豊ノ島の井筒親方(2020年7月23日撮影)

元幕内蔵玉錦の先代武隈親方が9日に67歳で死去し、元関脇豊ノ島の井筒親方が10日、故人との思い出を語った。井筒親方は2002年1月に初土俵を踏み、同年に鏡山部屋から転籍してきた先代武隈親方から、2019年に退職するまで指導を受けてきた。井筒親方は「自分が新弟子の時に部屋にいらしたので、かれこれ20年近い月日を過ごしました。本当に相撲が好きで、稽古場での指導のポイントは聞いていて勉強になりました」と振り返った。

先代武隈親方は、元横綱柏戸の鏡山部屋で育ち、最高位は西前頭筆頭だった。井筒親方は「お酒を飲むと、口癖は『うちの柏戸は…』でした。今ごろ、柏戸関とお酒を飲みながら怒られているんじゃないでしょうか」と思いをはせた。

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元幕内の蔵玉錦さん死去、67歳 昨年9月に退職

元前頭・蔵玉錦の錦島親方(2010年9月18日撮影)

大相撲の元幕内蔵玉錦(ざおうにしき)の安達敏正(あだち・としまさ)さんが9日午前5時56分、多発性骨髄腫のため千葉県市川市の病院で死去した。67歳だった。

安達さんは元横綱柏戸の鏡山親方の内弟子として伊勢ノ海部屋に入門し、70年秋場所初土俵。翌年、鏡山部屋の創設にともなって移籍した。76年九州場所で新入幕、最高位は西前頭筆頭。83年初場所限りで引退した。幕内在位24場所、金星は北の湖から1個。

引退後は親方として後進の指導にあたり、最後は武隈親方として時津風部屋に在籍。17年9月の日本相撲協会定年後は再雇用制度で協会に残り、昨年9月に退職した。

時津風親方(元幕内時津海)は「1カ月くらい前に入院したと聞いていた。腰の神経をやられて、歩くのもきつかったそうです。自分が不在の時に部屋付き親方としていろいろ助けてもらった」と話した。

葬儀・告別式は13日午前11時から東京都葛飾区鎌倉3の39の20、千代田鎌倉ホールで。喪主は妻とき子(ときこ)さん。

76年秋場所の各段優勝者。左端が十両安達(のち蔵玉錦)(1976年9月26日撮影)

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引退の栃煌山「寂しい気持ちも」心に残る稀勢の里戦

リモート引退会見に出席した元栃煌山

大相撲の元関脇栃煌山(33=春日野)が15日、現役引退と年寄「清見潟(きよみがた)」の襲名を発表した。春場所で負け越して2度目の十両陥落となっていた。元横綱稀勢の里(現荒磯親方)らと同じ昭和61年度生まれで「花のロクイチ組」として、三役在位は通算25場所。賜杯には届かなかったものの12年夏場所には優勝決定戦を経験した。今後は春日野部屋の部屋付き親方として後進の指導にあたる。

   ◇   ◇   ◇

一時は「大関候補」の呼び声も高かった栃煌山が、土俵に別れを告げた。「ひとつの区切りがついた。次に落ちたときは自分でやめようと決めていた」。昨年の九州場所で、07年春場所での新入幕から75場所守ってきた幕内から陥落。1場所で返り咲いたものの、3月の春場所で3勝12敗と大きく負け越し、再び十両に転落して決断した。

鋭い寄りを武器に入門から約4年で新三役に昇進し、12年夏場所では旭天鵬と史上初となる平幕同士の優勝決定戦を争った。努力家で「コツコツ長年積み重ねたものを出せるタイプ」と、リモート会見に同席した師匠の春日野親方(元関脇栃乃和歌)。賜杯と大関には届かなかったが、栃煌山自身も「しっかり課題を持って、体に染み込ませるように常に稽古をしていた。なかなか最後、上の番付に上がることができなかったけど、自分のやってきたことに間違いはなかったと思う」と胸を張った。

元稀勢の里や、小学校からのライバルで同期の元大関豪栄道(現武隈親方)ら同学年の力士としのぎを削ってきた。15年間の現役生活で最も印象に残る取組は、昨年初場所の稀勢の里戦。稀勢の里の現役最後の相手として、白星を挙げた。「同学年で、自分が入門したときには関取に上がっていた。そういう人と最後に相撲が取れたことはうれしい気持ちもあったし、その次の日に引退して寂しい気持ちもあった」。くしくも引導を渡す形になった。

「子どもの頃からずっと相撲しかやってこなかった。自分が相撲を取らないのが想像もつかない」。今後は名門部屋の部屋付き親方として、次の関取を育てる。「相撲に対して真面目で、粘り強い力士になれるように育てたい」。関脇に通算11場所在位した実力者は、第2の人生に向けて決意を固めた。【佐藤礼征】

◆花のロクイチ組 大相撲で昭和61年度生まれの関取の総称。大関以上では元稀勢の里と元豪栄道、三役経験者では栃煌山のほか、宝富士、碧山、勢、魁聖、妙義龍の5人は現在も幕内で活躍。初場所で史上2度目の幕尻優勝を果たした徳勝龍も同学年。

◆栃煌山雄一郎(とちおうざん・ゆういちろう)本名・影山雄一郎。1987年(昭62)3月9日、高知県安芸市生まれ。安芸小2年で相撲を始め、安芸中で中学横綱。明徳義塾高では4冠。05年初場所初土俵。07年春場所新入幕。09年夏場所で新小結、10年秋場所で新関脇昇進。金星は6個、三賞は殊勲賞、敢闘賞、技能賞が各2回。幕内通算573勝563敗19休。得意は右四つ、寄り。187センチ、151キロ。血液型A。家族は夫人と1女。

19年1月15日、初場所3日目に稀勢の里(右)を寄り切りで破る栃煌山

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元大関豪栄道の断髪式が来年6月に、当初は1月予定

武隈親方(2020年1月31日撮影)

大相撲初場所限りで現役を引退した武隈親方(元大関豪栄道)の断髪式が、来年の21年6月5日に東京・両国国技館で行われることが分かった。

27日、師匠の境川親方(元小結両国)が明らかにした。当初は来年の初場所後となる1月31日を予定していたが、新型コロナウイルス感染拡大の影響を見越して、日程を遅らせた。

境川親方は「宣伝を協力してもらう時間もある。先が見えない状況で今年はどこも準備が忙しいし、こちらの都合だけじゃない」と説明。武隈親方は現役引退後、境川部屋の部屋付き親方として後進の指導にあたっている。節目となる日が決まった弟子について、師匠は「良かった。日にちが決まると頑張れるよね」と話した。

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境川部屋の力士たちが人命救助「男として当たり前」

力士らが女性を救助した部屋近くの川にかかる「ふれあい橋」、奥の白い建物が境川部屋

大相撲の境川部屋の力士約20人が10日朝に、川に転落した30代の女性を救助していたことが11日、分かった。東京・足立区の部屋近くの毛長川に架かる橋から女性が飛び降り、通行人の男性が助けを求める大声に師匠の境川親方(元小結両国)が気付き、力士らが駆け付け、女性を川から引っ張り上げた。

関係者によると時間は同日の午前5時半ごろ、稽古前の出来事だった。新型コロナウイルス感染拡大の影響で、最近の稽古は午前7時開始となっていたという境川部屋。幕下以下の力士を指す「若い衆」も、大部屋で寝ている時間だった。

場所は部屋から徒歩30秒とかからない、毛長川にかかる「ふれあい橋」。女性が橋から飛び降りた。自殺を図ったとみられる。通りかかった男性が助けを求める大声で、師匠の境川親方が事態に気づいた。大部屋につながる内線をかけて、若い衆を起こし、救助に向かわせた。稽古前だったため、まわしを締めていなかったという。力士らは橋の下の一段低くなっている川岸から、女性を引き上げた。女性は搬送時、意識があり命に別条はない。

劇的な人命救助だが、師匠は救助したときの状況について一切語らずに泰然としていた。「(救助された女性を)そっとしておいてあげてほしい。ぺらぺら語るのはかわいそう」と女性の心境を推し量った上で「いいことをしたとかはサラサラない。男として当たり前のことをしただけ」。謙虚な姿勢を崩さず、事もなげに話した。

大相撲は新型コロナウイルス感染拡大の影響で5月に予定されていた夏場所が中止になるなど、本場所の土俵に立てない日々が続いている。日本相撲協会が無観客開催を目指す7月場所(同月19日初日、東京・両国国技館)に向けて、調整を進める中で起きた救出劇。「気は優しくて力持ち」で知られる大相撲の力士が、勇敢な行動で女性の命を救った。

◆境川部屋 元小結両国が92年に現役を引退し、年寄「中立」を襲名。98年に出羽海部屋から独立して「中立部屋」を興し、03年に名跡を交換し、年寄「境川」を襲名。部屋の名称を「境川部屋」に変更、現在に至る。弟子の元大関豪栄道(現武隈親方)が現役引退の際に「師匠の男っぷりの良さを見習いたい」と言うほど、義理人情に厚く、おとこ気あふれる性格で周囲からの人望もある。現在の部屋付き親方は関ノ戸親方(元小結岩木山)、君ケ浜親方(元前頭宝千山)、山科親方(元前頭佐田の富士)、武隈親方の4人で、所属力士は幕内の妙義龍と佐田の海、幕下以下23人の計25人。他に呼出1人、床山2人が所属。東京・足立区舎人に部屋がある。

東京都足立区にある境川部屋

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元豪栄道の武隈親方が初の解説「少しは気が楽かな」

武隈親方(2020年1月31日撮影)

<大相撲春場所>◇7日目◇14日◇エディオンアリーナ大阪

初場所限りで引退した元豪栄道の武隈親方(33=境川)が、初めてNHK大相撲中継の解説を務めた。

黒スーツに紺のネクタイを締めて放送ブース入り。太田雅英アナウンサーから、親方として迎える春場所について聞かれると「地元なんで、成績を残さないといけないというプレッシャーがあったんですけど、今はそういうのものはなく、少しは気が楽かな」と話し、表情をやわらげた。

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元豪栄道の武隈親方「僕なんかで」寝屋川市民栄誉賞

地元の寝屋川市内で行われた、市民栄誉賞授与式に出席した元大関豪栄道の武隈親方(左)(撮影・佐藤礼征)

大相撲初場所限りで引退した元大関豪栄道の武隈親方が28日、出身の大阪・寝屋川市内で行われた市民栄誉賞授与式に出席した。

同市が市民栄誉賞を贈るのは初めてで「第1号」となった武隈親方は「僕なんかでいいのかなとも思うが、素直にうれしい」と笑みをこぼした。

武隈親方は13年10月、同市のふるさと大使に就任。全勝優勝を達成した16年秋場所後に同市内で実施された優勝祝賀パレードでは約2万2000人が集まるなど、寝屋川のヒーロー的存在だった。親方として初めて故郷に戻り「現役のときは寝屋川に戻るとプレッシャーも感じたが、今は何もないですね」と冗談っぽく話し、市の職員、報道陣らの爆笑を誘った。一方で「自分の生まれ育った町。そこでかけられる言葉は、現役時代はすごく力になった」と、感謝の言葉を口にした。

現在は部屋付き親方として後進の指導に当たっている。「我慢強くて男らしい力士を育てたい。横綱を育てられれば最高」と鼻息を荒くした。

親方として初めて迎える春場所(3月8日初日、エディオンアリーナ大阪)だが、コロナウイルスの感染拡大により、開催の是非が検討されている。境川部屋でも一般客の稽古見学を断っているという。現役力士のモチベーション維持が心配される中、武隈親方は「気の毒に感じる」と話しながら「僕も(11年5月の)技量審査場所を経験しているけど、場所前はしっかり稽古した(成績は東前頭筆頭で11勝4敗)。そこで言い訳をするのは話にならないと思う」と、きっぱり語った。

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春場所は貴景勝が82年琴風以来の一人大関 新番付

貴景勝(2020年1月24日撮影)

日本相撲協会は24日、大相撲春場所(3月8日初日、エディオンアリーナ大阪)の新番付を発表した。

横綱は先場所同様、東が2場所ぶり44回目の優勝を狙う白鵬(34=宮城野)、西が鶴竜(34=陸奥)で4場所ぶり7回目の優勝を目指す。ともに先場所は途中休場しており再起の場所となる。

   ◇   ◇   ◇

初場所でかど番だった大関豪栄道(現武隈親方)が引退したため、春場所は貴景勝の1人大関となった。これに伴い西横綱の鶴竜が大関を兼ねる「横綱大関」として38年ぶりに番付に記載された。1人大関は82年初場所の琴風以来で、当時は北の湖が「横綱大関」と併記された。横綱が力士の最高位となった1909年(明42)以前は大関が最高位。平幕の成績優秀力士から補うことのできる小結、関脇と違い、大関は昇進条件があるため、不在の場合は横綱が大関を兼ねることとなっている。

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元豪栄道の武隈親方が初仕事「こんなんなってんや」

打ち出し後、土俵を警備する元大関豪栄道の武隈親方(撮影・鈴木正人)

大相撲初場所で引退した元大関豪栄道の武隈親方(33)が、親方として初めて日本相撲協会の仕事をこなした。

11日、東京・両国国技館で行われたNHK福祉大相撲で、警備などの業務を担当。協会支給の紺色のジャンパー姿を初披露した。イベント開始3時間半前の午前9時30分に出勤し、安全確認のため2階席を巡回。「新鮮だった。売店とか『こんなんなってんや』とか」。前日10日には母校、埼玉栄高OBの関取衆に「豪栄道関現役お疲れさま会」を開いてもらった。同親方は「ありがたかった」と感謝した。

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元豪栄道が解説デビュー「マナーも含めて大事です」

元大関豪栄道の武隈親方(20年1月撮影)

<第44回日本大相撲トーナメント>◇9日◇東京・両国国技館

大相撲初場所後に引退した元大関豪栄道の武隈親方が9日、東京・両国国技館で行われた大相撲トーナメントで解説者デビューを果たした。

幕内力士によるトーナメントの地上波放送で、向正面から解説。冒頭では「少し前まで本土俵で戦っていたので不思議な感じ」と心境を明かした。

同学年の荒磯親方(元横綱稀勢の里)とのダブル解説だった。決勝では互いの弟弟子、関脇高安と前頭妙義龍が対戦。埼玉栄高の同級生でもある妙義龍は惜しくも敗れ「優勝すると思ったんやけどな~」と残念がっていた。

初めての解説は「自分が感じたことを説明するのは簡単じゃない。難しい」と苦戦した様子だったが「勉強ですね。これからは伝えることも大事。社会人のマナーも含めて大事ですね」と充実した表情を見せた。

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引退の元豪栄道に「お疲れさま」地元大阪で豆まき

成田山節分祭で豆をまく武隈親方(撮影・実藤健一)

元大関豪栄道の武隈親方(33)が3日、地元の大阪・寝屋川市の成田山明王院の節分祭に参加し、豆まきを行った。引退してから初めての行事。

人気は相変わらずだったが、「声のかけられ方も変わりましたよね。今までは春場所前だったから『頑張って』だったのが『お疲れさま』になりました」。

現役を引退し、親方になったことは「まだ1週間ですから」と実感がわかない様子。「(実感は)徐々にですよ。協会の役にたてることができればと思います」と抱負を語った。

成田山節分祭で豆をまく武隈親方(右)、左から笑福亭鶴志、桂米団治ら(撮影・実藤健一)

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元大関豪栄道“親方デビュー”スーツ姿を初お披露目

年寄総会に初お披露目のスーツ姿で出席した武隈親方

大相撲初場所限りで現役を引退した元大関豪栄道の武隈親方(33=境川)が1月31日、初お披露目したスーツ姿で“親方デビュー”を飾った。

同日、東京・両国国技館内の相撲教習所で行われた年寄総会に出席。入室する約100人の親方衆にあいさつするため、開会予定時間(午後2時)の1時間以上前に入り、やって来る親方衆1人1人に頭を下げ、あいさつした。

「お疲れさん、とみんなから言われました。全然、分からないことだらけなので、分からないことは聞いて一生懸命、協会のために頑張りたい」と、やや緊張した面持ちで話した。

苦心したのは、引退会見前日の28日に、都内の紳士服店で購入した既製品のスーツ。埼玉栄高時代以来、約15年ぶりの着用だったが「着物に慣れているから肩周りとか違和感があります」。別の店で2本を購入したネクタイも「(相撲界では)首回りを締め付けられるものがなかったので違和感が…」と、こちらも窮屈そう。この日、着用する際は、最近まで3年間締めていたという高卒の若い衆に頼んで締めるのを手伝ってもらったという。両国国技館到着後も部屋の君ケ浜親方(元前頭宝智山)に直してもらったそうだ。

「腹がデカイからベルトも下がって大変だった」と、ずり落ちそうなズボンを常に気にしていた武隈親方。師匠の境川親方(元小結両国)から贈られたベルトと、以前から持っていたというかばんを手に「ちゃんとした格好をしないと」と悪戦苦闘しながらも「協会のために頑張りたい」。2月3日には地元大阪で節分の豆まきを行い、13日のNHK福祉大相撲で警備を担当する予定だ。

年寄総会後、初お披露目のスーツ姿で引き揚げる武隈親方

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大和魂貫いた豪栄道、背中から落ち「終わったなと」

引退会見をする元大関豪栄道の武隈親方(左)と境川親方(撮影・鈴木正人)

大相撲で引退した元大関豪栄道の武隈親方(33=境川)が29日、東京・両国国技館で会見を行った。初場所を自身9度目のかど番で迎え、5勝10敗と負け越して関脇陥落が決定。10勝すれば大関復帰となるご当地の春場所(3月8日初日、エディオンアリーナ大阪)での奮起も期待されたが、燃え尽きた。土俵上で「大和魂」を貫いた男が、心境を語った。今後は境川部屋で後進の指導に当たる。

   ◇   ◇   ◇

元豪栄道、武隈親方に後悔はない。「数年前から、大関から落ちたら引退しようと決めていた。気力が尽きた。自分で決めたこと。自分で1つ決めたこともやり遂げられないのかと」。地元大阪での奮起も期待されたが、自分にウソはつけなかった。

初場所12日目に新関脇の朝乃山に敗れて負け越しが決定。その夜、師匠の境川親方(元小結両国)と話し合い、決断した。それでも「相撲人生の集大成を」と皆勤を決意。千秋楽は平幕の阿武咲に、右差し左上手と万全な体勢から、下手投げで豪快に投げられて背中から落ちた。「絶好の体勢であんな投げられ方して負けたことはなかった。完璧に終わったなと思った」とすがすがしい表情を見せた。

左膝の半月板損傷や両肩の剥離骨折など、ケガに苦しみながら戦い続けた15年。昨年九州場所は左足首の靱帯(じんたい)を損傷して途中休場。一時は歩行も困難だったが「土俵に立つということは、自分のその時の最高の状態。言い訳は何1つない」。初場所での影響については、口にしなかった。

14年名古屋場所後に行われた大関昇進の伝達式で「大和魂を貫いてまいります」と口上を述べた。あらためて真意を問われると「我慢強く。潔くという意味。自分の中では貫けた」と胸を張った。同席した境川親方から「弱音を決して吐かない、ど根性は誰よりも持っていた男」とほめられると、表情が和らいだ。

すでにスーツやネクタイを新調。「肩がパンパン」と恥ずかしそうに笑う姿が初々しい。断髪式は来年初場所後を予定。今後は境川部屋付き親方として後進の指導にあたる。「横綱に上がれなかったので横綱を育てたい」。ここからまた、第2の相撲人生が始まる。【佐々木隆史】

▽八角理事長(元横綱北勝海) 大関として5年務めたのは立派だ。今場所は負け越した後も精いっぱい務めていた。苦しかったとは思うが大関として責任を全うした。

引退会見で笑顔を見せる元大関豪栄道の武隈親方(撮影・鈴木正人)
関ノ戸親方(左)から花束を受け取る元大関豪栄道の武隈親方(撮影・鈴木正人)

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豪栄道引退に母が涙、相撲好き…「豪太郎のおかげ」

引退会見をする元大関豪栄道の武隈親方(撮影・鈴木正人)

大相撲初場所を最後に引退した元大関豪栄道の武隈親方(33)が29日、東京都内の両国国技館内で引退会見に臨んだ。

ご当所、大阪の春場所を目前にしながらの引退。母真弓さんは涙ながらに門出を見送った。

◇  ◇  ◇

(初)場所の翌日に電話がありました。何となく様子から(引退を)思っているやろうな、と。感じはしていましたが、現実がきたなという感じでした。

朝乃山関に負けて、(負け越して)陥落が決まった相撲を国技館に日帰りで見に行っていました。残り3日間、休場するのかなと思っていましたが「出る」と報道で知りました。その時は出てくれるんや、大阪まで頑張ってくれるんかなと思いましたが。

向こうからは帰ってくる時とか、よっぽど用事がある時にしか電話はしてきません。次は大阪あるし、まだ頑張ってくれるかなとも思ったけど「引退します」と。覚悟を決めてました。

小学1年から相撲。相撲だけの人生やったと思います。時々やんちゃしてぶらつく時もあったけど、自分の中心に常に相撲があって、高校(埼玉栄)を選ぶのも相撲を考えてでした。

師匠(境川親方)にはもちろん相談してきたと思いますが、最終的には自分で決めたんだと思います。性格的に自分でそうと決めたら変えないですから。

25年間、豪太郎の相撲を追いかけてきました。このあとは寂しいですね。何とかロスというのでしょうか。いつも次の場所、何日目に行こうかと計画をたてていました。それが今、なくなって…。でも豪太郎のおかげで相撲が好きになった。ここまで本当に頑張ってくれました。帰ってきて、会った時、何て声をかけましょうか。とにかく、これからも応援します。

引退会見をする元大関豪栄道の武隈親方(左)と境川親方(撮影・鈴木正人)
引退会見で笑顔を見せる元大関豪栄道の武隈親方(撮影・鈴木正人)

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