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座布団舞った浜田剛史KO/記者が振り返るあの瞬間

浜田剛史(左)はレネ・アルレドンドの顔面にパンチをヒットさせる(1986年7月24日撮影)

<スポーツ担当記者 マイメモリーズ>(43)

日刊スポーツの記者が自らの目で見て、耳で聞き、肌で感じた瞬間を紹介する「マイメモリーズ」。サッカー編に続いてオリンピック(五輪)、相撲、バトルなどを担当した記者がお届けする。

   ◇   ◇   ◇

何十枚もの座布団が舞った。興奮もつかの間、リングサイドにいた記者も両手で頭を覆った。約1万人が総立ちとなった東京・両国国技館。目の前にあるのは丸い土俵ではなく、四角いリング。前年に開館したが、初めてのボクシング世界戦開催で起きた熱狂の渦だった。

86年7月24日。浜田剛史がWBC世界スーパーライト級王座に待望の世界初挑戦で、悲願を成就させた。それも1回KO奪取で、日本人では海老原博幸以来23年ぶり2度目のこと。今や12人の世界王者を生んだ名門帝拳ジムにとって、大場政夫以来16年ぶり2人目の王者でもあった。

取材したことはなかったが、いまだ日本記録の15連続KOの剛腕は知られていた。3月に安定王者渡辺二郎が陥落し、日本に世界王者は不在だった。期待は大きかったが、中量級の壁は厚いとも言われた。

王者レネ・アルレドンドはスラリとした長身で、今で言うイケメンのメキシカン。浜田はリーゼント、太いまゆ、長いもみ上げに濃い胸毛の朴訥(ぼくとつ)な沖縄人。好対照とも言え、対決ムードは高まっていた。ただし、下馬評は不利だった。

浜田のトランクス、シューズに、背中に沖縄の守り神シーサーが描かれたガウンも真っ白。腹をくくった死に装束にも思えた。それが戦法にも表れた。ゴングと同時に突進して左を打ち込んで攻め続けた。

本田会長の指示は「1回から行け」。「ケンカのつもりで、レフェリーが止めるまで打ち続けろ」とも。その作戦通りにコーナーに追い込み、ロープを背負わせた。浜田の上半身が2度もロープからはみ出した。勢い余ったかに見えたが、最初はパンチを返されたため。倒し合いの覚悟を決めた。

ついに右フックをアゴに当て、王者の腰がガクッと落ちた。畳み掛けての6発目で、青コーナーに吹っ飛ばした。ピクリともせずに3分9秒の電撃KO劇。小4から世界を目指し、4度の左拳骨折にも腐らず、ストイックに頂点を極めた。

当時の所属部署は記者が10人ほどで、大人数での取材は相撲、正月のボールゲームに世界戦ぐらい。あの日も担当する相撲取材後の手伝いで、幕内だった板井の隣で見た。こちらも強烈な張り手を武器に、直前の名古屋場所でも大関大乃国を倒していた。ボクシング好きで浜田とも親交があり、その観戦記の対応だった。

「相撲でもあんなに座布団が飛んだのは見たことない」と、板井は驚いた。相撲は支度部屋取材が基本とあって、記者も初めて生で見たシーンだった。その後に大相撲以外で座布団は置かれなくなった。あんな情景は今やもう見ることはできない。

その後、念願かなってボクシング担当となり、数え切れない試合を見てきた。今は井上尚弥の怪物ぶりに目を見張るが、取材記者として初めて生で味わった衝撃があの一戦。あれではまった。30年以上がたつが、同じ昭和生まれのボクサーの前では、今も背筋が伸びる。【河合香】

王者に輝き、関係者に担がれた浜田剛史はガッツポーズ(1986年7月24日撮影)

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村田諒太陣営、バトラー公開練習に「セーブしてる」

舌を出してサンドバッグを打ち込むバトラー(撮影・山崎安昭)

23日に横浜アリーナで初防衛戦に臨むボクシングWBA世界ミドル級王者村田諒太(33=帝拳)陣営の帝拳ジム浜田剛史代表が16日、都内のジムで開かれた挑戦者の同級8位スティーブン・バトラー(24=カナダ)の公開練習を視察した。

披露された軽めのシャドーボクシング、ミット打ち、サンドバッグ打ちをチェック。「(力を)セーブしているように見えた」と印象を口にした浜田代表は、KO率8割を誇る強打を見られなかったことに「試合1週間前なので軽めの練習にしたのではないか」と分析した。

来日後の練習場所や内容を一切、明かさなかったバトラー陣営の「手の内隠し」にも冷静沈着に反応し「秘密であれば秘密で構わないですよ。基本的にはボクサーファイターの好戦型。今の時代は試合内容は動画でも分かりますし、練習の内容を知りたいという程度です」と口にした。バトラーの担当トレーナーが身長2メートル近いこともあり、浜田代表は「トレーナーが大きいので、バトラーが大きくみえなかった。村田よりも背が低いかな」とも話していた。

愛称入りのキャップをアピールするバトラー(撮影・山崎安昭)

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村田諒太「自信ある」初防衛戦にスパー仕上がり順調

記念撮影でポーズを決める村田(撮影・山崎安昭)

ボクシングWBA世界ミドル級王者村田諒太(33=帝拳)が、初防衛戦に向けて好調をアピールした。

23日に横浜アリーナで、同級8位スティーブン・バトラー(24=カナダ)を迎え撃つ。12日に都内のジムで練習を公開し、米国人パートナーを相手に2回のスパーリング。プレスをかけての攻勢で追い込み、仕上がりのよさをみせた。

これまで週1回練習を公開していたが、内容はジムワークだった。試合前最後で初めてスパーを披露した。相手はスーパーミドル級で14戦13勝(11KO)1無効試合と、無敗のアイザイヤ・スティーン(23)が務めた。持ち味のプレスをジリジリとかけていく。ロープを背にさせ、コーナーに追い詰め、右ストレートに連打を打ち込んだ。階級が上の相手に終始攻勢で、順調な仕上がりと練習の成果を見せた。

村田も「すごいいい練習を積んでこられた。あとは疲れを抜きながら、風邪をひかないように」と手応えを得ている。田中繊大トレーナーも「非常に順調」と言えば、浜田剛史代表は「落ち着きが出てきた。前回は追い詰められていたが、幅広く見られるようになった」と評価した。

バトラーに対して「KO率も高く、WBOでは1位と実力がある」と認める。「KOパンチは長い距離での右ストレート」と分析。「序盤に変に打ち合い、狙いにいってもらわないこと。離れた時の右は警戒したい」とスキはない。

7月にV2戦で敗れたロブ・ブラント(29=米国)との再戦で、2回TKO勝ちして王座に返り咲いた。雪辱というモチベーションは高かった。これまでゲンナジー・ゴロフキン(37=カザフスタン)、サウル・アルバレス(29=メキシコ)らの名を挙げたり、東京ドーム開催を熱望し、モチベーションにしてきた。

「今回は野望やモチベーションでなく、この試合に集中している。大きな目標を見ると、足元をすくわれる。同じ轍(てつ)は踏まないようにしたい」。ブラントとの初戦を反省して、一戦必勝を期す。

現在は家族と離れて単身ホテル住まい。長女佳織ちゃん(5)からは「がんばってね」と絵も描いた手紙をもらった。インフルエンザの流行もあって「会わないことにしている。会えないことを力に変えたい。これがモチベーションかも」と笑みを見せた。

横浜アリーナは8回TKO勝ちした前回の初防衛戦以来2度目。年末のリングは3度目だが世界戦は初めてとなる。多くの報道陣を前に「注目されているのは分かっている。しっかりやって結果を残し、結果で喜んでもらえれば。自信はあります」と力強く勝利宣言した。

当日はWBC世界ライトフライ級王者寺地拳四朗(27=BMB)のV7戦、元3階級制覇王者八重樫東(36=大橋)のIBF世界フライ級王座挑戦とトリプル世界戦となる。

ミット打ちで汗を流す村田(撮影・山崎安昭)
公開練習を前に笑顔を見せる村田(撮影・山崎安昭)
公開練習を笑顔で終える村田(撮影・山崎安昭)

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下田昭文氏「丁寧に楽しい指導を」アマジムを開設

自身のジムのプレオープンに集まった新旧世界王者らと記念撮影する元WBA世界スーパーバンタム級王者下田氏(最前列左から3番目)

ボクシング元WBA世界スーパーバンタム級王者下田昭文氏(35)が、埼玉県さいたま市浦和区にアマチュアジム「シュガーフィット・ボクシングジム」を開設した。

17日には報道陣、関係者向けのプレオープンのイベントが開かれ、新旧世界王者らが集結。帝拳ジムで指導を受けた浜田剛史代表(元WBC世界スーパーライト級王者)をはじめ、同門の元WBC世界バンタム級王者山中慎介氏、元WBC世界ライトフライ級王者木村悠氏、世界2階級制覇王者粟生隆寛、他ジム勢からも元WBA世界スーパーフェザー級王者内山高志氏、元2団体統一ライトフライ級王者田口良一、WBA世界ライトフライ級スーパー王者京口紘人のワタナベジム勢や前WBO世界スーパーフェザー級王者伊藤雅雪(横浜光)らが集まった。

引退後は帝拳ジムで練習生を指導し、2年前から「シモサイズ」と名付けたボクシングフィットネス教室も開催するなど指導者として活動していた下田氏は「1年前ぐらいから(アマチュア)ジムを考えていた。丁寧に楽しい指導をしていきたい」と抱負を口にした。JR北浦和駅から徒歩数分という立地にジムを構え「以前からこの周辺でボクシング教室を開いていたこともあったのでこの場所にしました」と経緯を説明。3週間前にジム近くに自宅の引っ越しも終え、11月20日夕方から正式オープンする予定だ。

「夢はいずれプロのボクシングジムをやること」と掲げている下田氏は「まずは、ちゃんと自分でジムを運営し、経営も勉強していきたい。筋トレをやるだけでも良いのでうちのジムに来て欲しいですね」と意欲を示した。このプレオープンでは、伊藤とIBF世界スーパーフェザー級3位尾川堅一(帝拳)によるマスボクシング、下田代表自らがミットを持ち、京口や元東洋太平洋ウエルター級王者亀海喜寛氏のパンチを受け、出席者から大きな拍手を受けていた。

◆シュガーフィット・ボクシングジム 所在地=埼玉県さいたま市浦和区北浦和3-8-2メリア北浦和1階。電話=048・749・1955

WBA世界ライトフライ級スーパー王者京口(右)のパンチをミットで受ける元WBA世界スーパーバンタム級王者下田氏
帝拳ジムの浜田代表(右端)、元WBC世界バンタム級王者山中氏(左端)とジムのプレオープンで乾杯する元WBA世界スーパーバンタム級王者下田氏

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村田2回TKOで王者返り咲き 勝率25%難関突破

ロブ・ブラントからTKO勝利しガッツポーズする村田(撮影・上田博志)

<プロボクシング:WBA世界ミドル級タイトルマッチ12回戦>◇12日◇エディオンアリーナ大阪

同級4位村田諒太(33=帝拳)が王座に返り咲いた。昨年10月、米ラスベガスで負けた王者ロブ・ブラント(28=米国)との再戦で2回TKO勝ちした。

背水の陣で臨んだリマッチだった。4月25日、都内のホテルで開かれたブラント同席による再戦の記者会見。「ボクにとって最後の試合になるか。それとも『もっと村田を見たい』と言ってもらえるかどうか。それをジャッジメントされる試合」と退路を断ち、リベンジに向けて集中していた。会見後には報道陣に「ブラントとは会いたくなかった。屈辱的な経験をさせられた相手を前に平常心な訳がない」と戦闘モードに入っていた。

昨年10月に米ラスベガスで臨んだ2度目の防衛戦で同級王座から陥落した。3度目の「ボクシング聖地」での試合で自身初の世界戦。メインイベント登場も初めてだった。プロボクサーとして夢の1つを実現したが、当時の同級1位ブラントに0-3の判定負け。ブックメーカーの予想も大きく覆す黒星には1カ月半前の高熱をともなう風邪による調整遅れがあった。村田本人は「完全に負けた」と一切の言い訳はしなかった。

王座陥落直後は「98%ぐらは、ほぼ辞めよう」と考えていた。しかし試合動画をチェックし「あのボクシングが集大成でいいのかと考えると『それはない』と思いました」。続いて周囲からの激励もあり、自然と現役続行に気持ちが傾いた。同12月には現役続行を表明。「世界王者にあって少し満足し、ハングリーさが欠如していた。新しい目標が見つかれば力がわいてくる。それを見つけたい」。

当初の再起戦の相手は元3団体統一王者ゲンナジー・ゴロフキン(カザフスタン、現WBA1位)が候補だった。相手陣営に断られ、6階級制覇王者マニー・パッキャオ(フィリピン)を撃破したことで知られる元WBO世界ウエルター級王者ジェフ・ホーン(オーストラリア、現WBAミドル級3位)も浮上していたが、村田が契約を結ぶ米プロモート大手トップランク社のサポートで、2月に初防衛に成功したブラントとの再戦に決まった経緯がある。

リベンジという新しい目標ができれば村田の意識と集中力は一気に研ぎ澄まされた。「前と同じ試合をしたら負けるわけですから」と村田。他競技からの練習理論を見て吸収し、ジムワークでも元3階級制覇王者ホルヘ・リナレス(帝拳)の実弟で元日本ミドル級1位カルロス氏をミット打ち担当トレーナーが起用。五輪金メダリストとしてアマ経験が長いだけに、コンディションさえ整えば、適応力はズバ抜けていた。

トップランク社から肝いりで派遣された3人の練習パートナーとの1日おきのスパーリングを消化。5月上旬から始まった本格的なスパーリングは130回を超えた。所属ジムの浜田剛史代表は「ここまで予定通りにいった調整はなかった。過去最高の状態」と表現した。リミットよりも200グラム少ない72・3キロで計量パスした村田も「すごく良いコンディションできています。プロにきて、これだけ自信あるのも初めて」とまで言うほどだった。

本人も納得の心身で立ったリング。国内所属ジムの世界王者による王座陥落後の即再戦で勝利した例は過去12戦で輪島功一の2度、徳山昌守の1度のみという勝率25%の「難関」だった。アマとプロで次々と快挙を成し遂げてきた村田は再び「難関」も突破し、リベンジを成し遂げてみせた。

◆村田諒太(むらた・りょうた)1986年(昭61)1月12日、奈良市生まれ。伏見中1年で競技開始。南京都高(現京都広学館高)で高校5冠。東洋大で04年全日本選手権ミドル級で優勝など。11年世界選手権銀メダル、12年ロンドン五輪で日本人48年ぶりの金メダルを獲得。13年8月にプロデビューし、17年10月、WBA世界ミドル級王座を獲得し、日本人で初めて五輪金メダリストがプロ世界王者になった。家族は佳子夫人と1男1女。183センチの右ファイター。

ジョナサン・タコニン対拳四朗 2回、ロブ・ブラントをコーナーに追い詰め右ストレートを見舞う村田諒太(撮影・上田博志)
WBA世界ミドル級タイトルマッチ 村田諒太ーロブ・ブラント 1R、村田諒太(左)はロブ・ブラントに左を入れる(撮影・加藤哉)
WBA世界ミドル級タイトルマッチ 村田諒太ーロブ・ブラント 2R、ダウンを奪った村田諒太(右)はロブ・ブラントを一気に責め立てる(撮影・加藤哉)

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村田諒太が世界戦へ自信「僕の方が体格もパワーも」

予備検診を終え、会見で笑顔を見せる村田(右)と帝拳プロモーション浜田代表(撮影・河野匠)

ボクシングWBA世界ミドル級4位村田諒太(33=帝拳)が「パーフェクト調整」で、自身5度目の世界戦に臨む。12日にエディオンアリーナ大阪で同級王者ロブ・ブラント(28=米国)との再戦を控え、9日に都内で予備検診に臨んだ。ドクターチェックで両者ともに異常はなかった。

村田は「ここまでの練習は最高という自信はあります。明後日の計量もあるし、試合まで最高の状態に持っていきたい」と充実した表情を浮かべた。

5月上旬から本格的にスパーリングを開始。スパーリング数は130ラウンドを超えた。帝拳ジム浜田剛史代表も「村田は過去最高の調整だった。これほどまでに予定通りに調整が進んだことはなかった。全部予定通りだった」と強調。判定負けを喫した昨年10月、米ラスベガスでの第1戦直前を比較し「前回は移動、体重調整、そして『良い勝ち方をしなくてはいけない』というさまざまなマイナスのことがあった。今回はブラント1人に絞れる。勝ち方は関係ない。勝てばいいから」と後押しした。

なお体格の測定では、身長で183センチの村田は王者より1センチ上回ったが、リーチは189センチで3センチほど下回った。両者が並んだ雰囲気よりも体格差がなかったものの、村田は「ボクの方が体格もあって、パワーもあると思う。(数値は)計り方次第で変わりますから」と笑顔をみせていた。

予備検診を終え、記念撮影に応じる村田(撮影・河野匠)
王者ブラント(左)が見つめる中、予備検診に臨んだ村田(撮影・河野匠)

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村田諒太、再戦ブラントと“呉越同舟”の最終調整

トレーナーと激しいミット打ちを続けた村田諒太

ボクシングWBA世界ミドル級4位村田諒太(33=帝拳)が「呉越同舟」で最終調整に入る。7月12日、エディオンアリーナ大阪で同級王者ロブ・ブラント(28=米国)との再戦を控え、27日に都内の所属ジムで練習を公開。試合2週間前となる28日に来日するブラントが同じ帝拳ジムで時間差練習することが決まり、村田は「練習時間も違うし、いいんじゃないですか。彼が来たからといって、自分のやるべきことが変わるわけではないですから」と平常心を貫いた。

減量に入る来週から同じ宿泊先に滞在することにもなる。村田は「(ホテルに)出入りしづらくなりますね。できるだけ地下から入っていこうかな」と現王者との再会は予備検診まで回避する姿勢だ。異例の2週間前来日となる現王者に対し「意外に早い(実戦トレの)上がりだなという印象」とした上で、自らの調整には「試合が楽しみ。早くリングに上がりたい気持ちです」と自信をのぞかせた。

所属ジムの浜田剛史代表も「この7年間で一番良いスパーリングをしている。ここまで計画通りにきたことがない。やろうとしていることができているのは大きい」と強調した。【藤中栄二】

リラックスした表情でウオーミングアップする村田諒太

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山中慎介氏「汗もかいてない」衝撃KO劇の井上絶賛

WBSSバンタム級準決勝 試合後、決勝で戦うドネア(右)と記念撮影する井上(撮影・滝沢徹郎)

<プロボクシング:ワールド・ボクシング・スーパーシリーズ(WBSS)・バンタム級準決勝>◇18日◇英国・グラスゴー・SSEハイドロ

ボクシング元世界王者たちが、2回TKO勝利の井上尚弥を絶賛した。元WBCバンタム級王者山中慎介氏は、WOWOWの生中継で英国グラスゴーから現地解説。「最初のダウンは相打ちかと思ったが、瞬間の判断の速さ、パンチの威力が違う。パワーが違った。ロドリゲスは2度目のボディーでのダウンで心が折れた」と破壊力の違いを強調。3試合連続の序盤決着に「これだけ注目されていて、3試合で結果を出している。あきれる強さ。汗もかいていない」と評した。

東京のスタジオで解説を務めた元WBCスーパーライト級王者浜田剛史氏は「1回はロドリゲスにとられた。井上は空振りもあり、若干焦りもあったのでは」と分析。「2回も打ち合いの勝負に来たが、井上は切り替えて対応した。実力は紙一重でも、井上の瞬間の判断に数段の違いがあった。短い時間も技術戦の中で、パンチ力は何よりの武器。さすが」と褒めちぎった。ドネアとの決勝に向けて「現状伸びている井上と、現状維持しているドネア。新旧交代かな」と井上の優勝を予想した。

同じくスタジオ解説した元WBCスーパーバンタム級王者西岡利晃氏は、一発に衝撃を受けていた。まずは「ロドリゲスがプレッシャーをかけるとは思わなかった」。予想外の出だしだったが「2回は前に出させるとまずいと、井上が強めに出た。ロドリゲスの左ガードは高いが、一瞬の隙をついた。左フック一発ですべてが変わった。一発でひっくり返し、すばらしい」と絶賛。ボディーでの連続ダウンには「当たって押し込んでいる。フォロースルーがすごい」と解説した。決勝は「勢いのある井上」と、こちらも井上の優勝を予想した。

WBSSバンタム級準決勝 井上対ロドリゲス 1回、ロドリゲス(手前)にパンチを見舞う井上(撮影・滝沢徹郎)

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永野祐樹が日本王者「目標は達成」矢田にTKO勝ち

7回TKO勝利で日本ウエルター級王座を奪取した永野祐樹(撮影・加藤裕一)

<プロボクシング:日本ウエルター級タイトルマッチ10回戦>◇21日◇エディオンアリーナ大阪第2競技場

同級1位永野祐樹(29=帝拳)が王者矢田良太(29=グリーンツダ)を7回1分9秒TKO勝利で破り、日本タイトルを奪取した。

帝拳の大先輩で元世界王者の浜田剛史氏、山中慎介氏らがリングサイドで見守る中、サウスポーからの左ストレートで主導権を握った。3回にはドンピシャリの左でダウンを奪った。4回には矢田の豪打でダウンを奪い返され、ピンチはあったが、冷静さを失わず、フィニッシュシーンは休む間を与えぬ連打でまとめた。

王者の地元大阪に乗り込んでベルトを奪った。「左ストレートしか、自分には武器がない。それが当たらなければどうしようもないんで。ちょっと危ないかなという場面はあったけど、平静を装いました。ベルトを取ったのは100点ですが、内容は20~30点。正直、このベルトのために東京から出てきたんですから、最低の目標は達成できました」と笑顔を見せた。

永野の戦績は16勝(12KO)2敗。

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井上尚弥 昭和の王者を超え世界的ヒーローの可能性

18年5月、3階級制覇を果たしベルトを掲げる井上尚弥

<平成とは・バトル編(3)>

5月18日(日本時間19日)、英国のグラスゴーでWBA世界バンタム級王者の井上尚弥(26=大橋)が、IBF同級王者エマヌエル・ロドリゲス(プエルトリコ)との統一戦に臨む。4人の現役世界王者らが参戦するバンタム級最強を決めるトーナメントの準決勝。無敗の王者対決は今、世界の注目を浴びている。

所属ジム会長で元WBC、WBA世界ミニマム級王者の大橋秀行(54)は「新しい時代にふさわしい試合になる。今は国内だけで防衛戦を重ねていく時代ではない。だから世界に出て勝負をかけた」と、90年2月に平成初の世界王者になった自身の頃と比較しながら、今回の試合の意義を力説する。

90年代まで世界王者になれば、国民的ヒーローになれた。ファイティング原田、具志堅用高、辰吉丈一郎……街を歩けば人が群がった。「世界王座を奪取した翌日に首相官邸に招待されて、海部俊樹首相にネクタイピンをいただきました」と大橋も現役時代を振り返る。しかし、近年は街で囲まれる世界王者は少ない。

「自分の頃はJリーグもなかったし、大リーガーもいなかった。プロスポーツの世界王者はボクシングだけ。今はテニスをはじめあらゆる競技のプロ選手が海外で活躍するようになった。その分、国内で興行を続けてきたボクシングへの注目度が薄れた。自分も責任を感じていた」。日本プロボクシング協会の会長も務めた大橋は自戒も込めて分析する。平成に入ってスポーツ界は海外への門戸が大きく開かれた。イチローや松井秀喜、錦織圭や大坂なおみの活躍で、選手に世界的な評価が求められる時代になった。

現在、日本の男子の世界王者は7人。昨年は一時11人もいた。13年に日本ボクシングコミッション(JBC)がWBAとWBCに加えて、IBFとWBOの王座も承認し、ベルトも倍増した。元WBC世界スーパーライト級王者の浜田剛史(58)は「昔は世界王者が最終目標だった。今は王者になってから何を残すかが問われる時代になった」と話す。

一方で日本選手の技術レベルは飛躍的に伸びた。08年に日本プロボクシング協会がU-15(15歳以下)全国大会をスタート。小中学生から全国規模で活躍できる場ができた。井上尚弥、拓真兄弟、田中恒成らの現役世界王者はこの大会の優勝者。「技術は始めた年齢に比例する。世界のリングでボディーで倒されていた日本選手が、今はボディーで倒すようになった。技術は世界でもずぬけている」と、同大会を協会会長として主導した大橋は言う。11年7月にはWBC世界スーパーバンタム級王者の西岡利晃(帝拳)が、日本人で初めて米国の本場ラスベガスで防衛に成功するなど、世界でも日本選手の評価は高まっている。

井上はプロわずか16戦で世界3階級制覇を達成。卓越したボクシングセンスと強打は、海外でも注目され、日本人ボクサーで初めて米ボクシング誌「リングマガジン」の表紙にもなった。あの昭和の王者を超える、世界的なヒーローになる可能性を秘めている。「日本から世界へ。そのレールを井上が敷く」と大橋は力を込める。

世界ヘビー級王者マイク・タイソンの東京ドーム防衛戦(90年)という「ビッグバン」で始まった平成がまもなく終わる。昭和の時代に26人だった世界王者は、平成の約30年間をへて91人まで増えた。今や日本は世界屈指のボクシング大国に躍進した。

令和の時代の幕開けを前に、大橋がこんな予言をした。

「平成はタイソンで盛り上がり、あのミドル級で村田諒太が世界王者になった。そして井上が世界で勝負をかける。日本ボクシング界は大きく変わった。あとはヘビー級。令和の時代に日本人の世界ヘビー級王者が誕生するかもしれない。そうしたら再びビッグバンが起きる」。【首藤正徳】(敬称略)

90年2月、WBC世界ストロー級王座に就いた大橋秀行

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タイソン東京Dの衝撃 日本ボクシングのビッグバン

90年2月、WBA・IBF・WBC世界ヘビー級タイトルマッチの10回、マイク・タイソン(右)はジェームス・ダグラスの強烈パンチでダウンを喫しKO負けする

<平成とは・バトル編(1)>

日本ボクシング界は7人の世界王者を抱えて、令和時代の幕開けを迎える。現役世界王者不在で始まった平成元年から30年。日本は世界屈指のボクシング大国に躍進した。「平成とは」バトル編のスタートはボクシングで3回連載する。第1回は元統一世界ヘビー級王者マイク・タイソン(米国)の東京ドーム防衛戦から平成の時代を検証する。

  ◇   ◇   ◇  

昭和から平成に変わるころ、日本ボクシング界は冬の時代だった。88年(昭63)、89年(平元)の年間最優秀選手は該当者なし。89年は1年を通して現役世界王者がいなかった。日本のジム所属選手の世界挑戦は、88年1月から実に21連続失敗。世界戦のテレビ中継も夜から休日の昼間の時間帯へと移行しつつあった。

そんな時代に世界ヘビー級王者マイク・タイソン(米国)は、日本にやってきた。88年3月21日、東京ドームでトニー・タッブス(米国)との防衛戦が実現した。興行した後楽園スタヂアム(現東京ドーム)の当時の興行企画部長で、日本ボクシングコミッション理事長の秋山弘志(81)は「最高10万円のチケットが2、3日で完売した。衝撃的だった」と回想する。会場は5万1000人の大観衆で埋め尽くされた。試合はタイソンの2回KO勝ち。総売上15億円は1日の興行として今も最高という。

デビューからKOの山を築き、無敗のまま3団体の世界王座を統一したタイソンは、あのムハマド・アリと並び歴代最強と評されていた。1試合の報酬が10億円を超える世界で最も稼ぐスポーツ選手で、試合はカジノでも収益が見込めるラスベガスなど米国内の一部に限られていた。タッブス戦は初めて米国以外で開催された防衛戦だった。

「完成した東京ドームを世界に広めるため、こけら落とし興行として企画したのでそれなりの資金は用意した」と秋山は振り返る。それでも交渉は難航した。暗礁に乗り上げかけた時、業界に人脈を持つ帝拳ジムの本田明彦会長がプロモーターに名乗り出た。「失敗したら私は辞職する覚悟だったが、交渉を本ちゃん(本田)に任せたら、とんとん拍子にうまくいった」。

90年2月11日、再び東京ドームでタイソンの防衛戦を実現させた。しかし、最高15万円に設定したチケットは伸び悩んだ。勝って当たり前の試合に、財布のひもが固くなった。ところが、この試合でボクシング史に刻まれる「世紀の大番狂わせ」が起きる。挑戦者ジェームス・ダグラス(米国)に、タイソンが10回KOで初めて負けたのだ。

中継した日本テレビで解説をした元WBC世界スーパーライト級王者の浜田剛史(58)は「タイソンは練習でダウンするなど調子が悪かった。アナウンサーの“時代が変わった”という言葉を覚えている。その試合を日本から発信したことは大きいと思った」と今も鮮明に記憶している。試合は米国をはじめ世界50カ国以上に放送されていた。

国内の視聴率は昼間の試合にもかかわらず38・9%(ビデオリサーチ調べ)。KO負けの瞬間は51・9%を記録。その衝撃が冬の業界に“ビッグバン”を起こした。国内の試合にも観客が押し寄せ、ジムの練習生が急増。91年のプロテスト受検者が88年の1・5倍に増えた。「タイソンはボクシングファンも、そうじゃない人も引きつけた」と浜田は言う。タイソン敗戦の4日前にWBC世界ミニマム級王座を奪取して、平成初の世界王者になった大橋秀行(54)は「タイソン戦の前後、普通の10回戦の興行でも後楽園ホールが超満員になった。ブームが来たと思った」と証言する。

一方で日本の国際的な評価も高まった。「世界の日本を見る目が変わった。試合の解説で米国に行くと対応も全然違った」(浜田)。海外との太いパイプができたことで日本選手の世界戦の興行数も急増。87年には年間5試合まで落ち込んでいたが、辰吉丈一郎が「浪花のタイソン」の異名で一気にスターに駆け上がるなど、92年には19試合に増えて世界王者も5人になった。94年12月の辰吉-薬師寺戦の視聴率は39・4%。タイソンの数字も超えた。

タイソンが東京で王座を失った半年後、日本初の民間衛星テレビ(WOWOW)の放送衛星が打ち上げられた。91年4月に本放送を開始する同局が、開局PRの目玉に選んだのがタイソンだった。復帰第2戦から独占契約で生中継した。チーフプロデューサーの大村和幸(59)は「ビジョンは世界最高峰を伝える。そこでタイソンに目をつけた。負けたとはいえ、知名度と実力は圧倒的だった」と振り返る。

番組名は「エキサイトマッチ」。タイソン戦のほか、毎週2時間枠で、世界で年間約120試合開催されていた世界戦のうち100試合以上を放送した。「当時、ドン・キングら米国3大プロモーターは、それぞれテレビ局が分かれていた。本田会長に交渉をお願いしたらその壁を超えて放送権を獲得できた。これは世界初の画期的なこと。タイソンをプロモートした信頼と人脈のおかげです」と大村は話す。

現在も続くこの同局最長寿番組は、日本人ボクサーのレベル向上に大きく貢献した。「あの番組で日本選手のレベルが飛躍的に上がった。毎週、世界一流の技術を映像で見て、選手がまねするようになった。日本のボクシングを強くした一番の要因」と大橋は分析する。「学生時代から番組を見ていた村田諒太が、俺のトレーナーはエキサイトマッチでしたと言ってくれた」と大村も明かす。

現在、日本の男子の現役世界王者は7人。王座が2団体から4団体に増えたとはいえ、世界王者の数で世界のトップ3に入るボクシング大国へと躍進を遂げた。選手のレベルも向上したが、浜田は「力があるときにチャンスがなければ王者になれない。世界戦という舞台を数多くつくれるようになったプロモートの力も大きい」と話す。

昨秋、元世界ヘビー級王者が東京ドームを訪れた。彼の名はジェームス・ダグラス。あの「世紀の大番狂わせ」を振り返る、米国のテレビ番組の収録だった。インタビュー出演した秋山がしみじみと言った。「いまだに世界で語り継がれている。タイソンの試合を日本で興行した効果は計り知れない」。あのビッグバンの衝撃波は今、令和の時代に達しようとしている。【首藤正徳】(敬称略)

平成のボクシング界について語る元WBC世界スーパーライト級王者の浜田剛史さん
日本ボクシング界の歩み

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尾川堅一 涙の再起戦勝利「子供を思って戦った」

梓夫人のお手製の文字の光るTシャツで入場した前日本スーパーフェザー級王者尾川堅一

<プロボクシング:59・8キロ契約体重10回戦>◇2日◇東京・後楽園ホール

17年12月の世界戦で薬物検査違反を指摘され、1年間のライセンス停止処分を受けた前日本スーパーフェザー級王者尾川堅一(31=帝拳)が復帰戦勝利で感謝の涙を流した。

フィリピン・ライト級王者ロルダン・アルデア(24)を3-0の判定で下し、1年2カ月ぶりのリングで安堵(あんど)の表情を浮かべた。KOは逃したものの、キレのある右ストレートを何度も打ち込んでの快勝劇。「復帰させてもらってありがとうございます」と感謝の言葉を口にした。

梓夫人が縫ったスパンコールで輝く「CRUSHRIGHT」の文字の入ったTシャツで入場。同夫人、長男豹(ひょう)くん(5)、次男亜陸(あり)くん(4)、三男皇(おう)くん(3)が見守る中で10回を戦い抜いた。「子供の存在は大きい。9、10回は子供を思って戦った。もっと強いパパをみせたいと思う」と家族の支えに感謝した。

さらにジムの先輩、後輩たち、500人以上集まった応援団の声援。激励は試合中から耳に入った。「粟生(隆寛)さん、村田(諒太)さんのゲキがあった。後輩たちから『尾川さん、頑張れ』と言われ、強い先輩でありたいです」と強調。満員で埋め尽くされた後楽園ホールからの大歓声に「期待を感じました。変なヤジとかあるかと思ったけれど。本当にうれしかった」と両目を赤くした。

17年12月にIBF世界同級王座決定戦で判定勝利したはずが、18年に入って薬物違反で無効試合とされた。同年6月からジムワークを許され、昨年12月にライセンス停止が解除された。ようやく踏み出せた第1歩。帝拳ジムの浜田剛史代表は「フルラウンドをやれて実戦感覚が戻ったのでは。次からが本番なんだと思う」とエールを送った。前日に31歳となり「時間もあまり残されていない」と強調した尾川は「今年、勝負をかけたいと思います」と何度も口にした。感謝の思いを胸に秘め、再び世界王座奪取へ突き進む構えだ。

トロフィーとともに写真に納まる尾川(撮影・河田真司)
ロルダン・アルデアに勝利し涙を浮かべる尾川(撮影・河田真司)

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井上尚弥WBSS中継にボクシング通・香川照之出演

香川照之がゲスト出演するフジテレビ系「ボクシング 井上尚弥×JCパヤノ~WBSSバンタム級トーナメント準々決勝~」(C)フジテレビ

俳優香川照之(52)が、7日にフジテレビ系で生中継される「ボクシング 井上尚弥×JCパヤノ~WBSSバンタム級トーナメント準々決勝~」(午後8時)にゲスト出演する。芸能界でも屈指のボクシングマニアとして知られる香川から、どんな話が飛び出すか注目される。

「ワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ(WBSS)」には、今年5月に無敗のまま3階級制覇を達成した、WBA世界バンタム級王者井上尚弥(25)が出場する。ヨーロッパで昨年スタートした新しい大会で、各階級のトップ選手8人が集結して、トーナメントで優勝者を決める“ボクシング版ワールドカップ“。従来のプロボクシングでは、あまり見られなかったトーナメント形式が人気を呼んでいる。

今回の開催のバンタム級には井上のほか、WBAスーパー王者ライアン・バーネット(イギリス)、IBF王者エマヌエル・ロドリゲス(プエルトリコ)、WBO王者ゾラニ・テテ(南アフリカ)の4人の現役世界王者、さらには2人の元世界王者と無敗の新鋭2選手がエントリーしている。井上は「普通の防衛戦だったらここまでモチベーションは上がらなかった」と話している。

井上選手が初戦で対戦するのは、元WBAスーパー王者パヤノ。14年9月にアンセルモ・モレノからタイトルを奪い、初防衛戦に小差判定負けして王座を失ったが、その後は3連勝をマークしている。井上は「強引につぶすことはできない。コツコツ、ジリジリいくことになると思う」と分析している。

解説を浜田剛史、川島郭志、長谷川穂積、山中慎介、ゲスト解説を八重樫東、伊藤雅雪(WBO世界スーパーフェザー級王者)が務める。

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長谷川穂積氏、井上尚弥3階級制覇「圧巻の勝ち方」

1回、井上(左)は猛烈なラッシュでマクドネルを倒す(撮影・滝沢徹郎)

<プロボクシング:WBA世界バンタム級タイトルマッチ>◇25日◇東京・大田区総合体育館

 モンスターが衝撃の112秒殺!! 同級2位の前WBO世界スーパーフライ級王者井上尚弥(25=大橋)が1回TKO勝ちで国内最速16戦目の3階級制覇を成し遂げた。

 ◆元WBC世界バンタム級王者長谷川穂積氏 見たまま。圧巻の勝ち方。今の階級が一番フィットしている。トーナメントにまず優勝して、王座防衛の回数を目指すもよし、もう1階級上でもできると思う。すべてにすごいが、1番は相手のパンチをもらわないこと。ダメージが少なく次の試合に行けるから、何試合でもやっていける。

 ◆元WBCバンタム級王者・山中慎介氏 強すぎる。当てられる技術もあるし、パワーもある。どの階級まで通用するのか見てみたい。

 ◆元WBC世界スーパーライト級王者浜田剛史氏 力の差。最初の左フックで終わっていた。バンタムに上げて、キレ、スピードが増し、パンチも乗っていた。

 ◆元世界3階級王者八重樫東 素晴らしい試合だが、驚きではない。最初のテンプルで完全に効いていた。

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JBC比嘉陣営聞き取り調査へ「悪質ではないが…」

具志堅会長(左)が見守る中、当日計量をパスした比嘉

 JBCの安河内剛事務局長は15日、体重超過で世界ボクシング評議会(WBC)フライ級王座を剥奪された比嘉大吾の陣営に対して16日から聞き取りなどの調査を行うことを明らかにした。

 報告書の提出も求めるとし「悪質ではないが、しっかり精査しないといけない」と話した。出場停止などの処分が予想される。比嘉と同じ沖縄県出身で、日本記録の15戦連続KO勝利で並ぶ元世界チャンピオンの浜田剛史氏は「特に世界王者が体重オーバーをやってはいけない。処分を受け入れ反省してほしい」と指摘した。

 ◆比嘉の前日計量VTR 14日午後1時、都内のホテルで開かれた計量で、リミット(50・8キロ)よりも900グラムオーバー。再計量へ2時間の猶予を与えられたものの、1時間半後となる午後2時半過ぎ、具志堅会長が再計量することなくギブアップを発表。同会長は「あってはならないことがあった。申し訳ありません。一生懸命努力したが、とにかく汗が出ません。選手を信用していた。まさかという…。短期間でもってきて…。最終的に私の最大の責任」と頭を下げて謝罪した。

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山中慎介氏、村田諒太は「トップレベルでできる」

試合を観戦する山中氏(撮影・狩俣裕三)

<プロボクシング:WBA世界ミドル級タイトルマッチ12回戦>◇15日◇横浜アリーナ

 前人未到の防衛を飾った。王者村田諒太(32=帝拳)が6位エマヌエーレ・ブランダムラ(イタリア)から8回にダウンを奪い、2分56秒TKO勝ちした。ミドル級では日本勢で初、最も重い階級での防衛に成功した。世界王者となっても己を冷静に見つめ、また経歴に偉業を加えた。標的に3団体統一王者ゲンナジー・ゴロフキン(カザフスタン)を掲げ、さらなる頂に挑む。

 ◆山中慎介氏(元WBCバンタム級王者) パンチもあり、迫力もあった。ミドル級のトップレベルでできると思う。今後も楽しみ。

 ◆長谷川穂積氏(元世界3階級王者) 素晴らしいボクシング。圧倒していた。次の試合が楽しみ。倒しにくい相手を、よく倒した。

 ◆帝拳プロモーション・浜田剛史代表 村田は最後まで落ち着いていた。無理に攻めて前のめりにならず、12ラウンドのうちに倒せばいいという闘いだった。

8回、ブランダムラ(手前)に強烈な右ストレートを打ち込む村田(撮影・狩俣裕三)

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浜田剛史氏「減量は当たり前…大きく裏切った」

険しい表情の帝拳ジム浜田代表(撮影・河野匠)

 ボクシングWBC世界フライ級王者比嘉大吾(22=白井・具志堅)が、日本人初の世界戦体重超過で王座を剥奪された。15日の横浜アリーナでのダブル世界戦前日計量が14日に都内で行われた。比嘉は51・7キロとリミットを900グラム超過し、2時間の猶予も1時間半後にギブアップ。試合開催は当日計量で55・3キロが設定された。日本新の16連続KOの可能性は残るも、減量失敗頻発の中で大きな汚点を残した。同級2位ロサレス(ニカラグア)が勝った場合は王座獲得、引き分けか負けならば王座は空位になる。

 同じ沖縄出身で元WBC世界スーパーライト級王者浜田剛史氏 間隔が2カ月で逆に増やさずいいのかと思っていた。想定外でまさか。減量は何キロ落としても自慢ではなく当たり前。沖縄ファイターが出て盛り上がっていたが、大きく裏切った。技術、根性すべてが飛んだ。

比嘉の再計量断念を報道陣に伝え、頭を下げる具志堅会長(撮影・河野匠)
前日計量で900グラムオーバーとなる比嘉(撮影・河野匠)

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村田諒太、ヘビー級王者から刺激「雑な感じが魅力」

WBC世界ヘビー級タイトルマッチのゲスト解説を務めたWBA世界ミドル級王者村田諒太

 プロボクシングWBA世界ミドル級王者村田諒太(32=帝拳)が、WBC世界ヘビー級タイトルマッチに大きな刺激を受けた。

 3日(日本時間4日)に開催された王者デオンタイ・ワイルダー(32=米国)-元WBA同級暫定王者ルイス・オルティス(38=キューバ)戦のWOWOW生中継でゲスト解説を務めた。

 1発のパンチで展開を変えていくワイルダーの強さに「ガードをすり抜けていくストレートは、まるで新幹線が通り抜けていくところを見ているようです」と独特の表現で解説。倒すチャンスに激しく連打を浴びせる名前通りのワイルドなファイトに「あの雑な感じが魅力」とも付け加えた。

 また解説を務めた元WBC世界スーパーライト級王者浜田剛史氏(57=帝拳ジム代表)は「ここ十数年、ヘビー級は欧州勢が王者になっていたが、久しぶりに米国でヘビー級らしいヘビー級が出てきた」と声をはずませていた。

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比嘉大吾15連続KO大記録支えるトレーナー鬼指導

野木トレーナー(左)と二人三脚でフィジカルトレに臨む比嘉

<プロボクシング:WBC世界フライ級タイトルマッチ12回戦>◇4日◇沖縄県立武道館

 王者比嘉大吾(22=白井・具志堅スポーツ)が1回KO撃破で、日本記録に並ぶ15連続KO勝利を飾った。元2階級制覇王者で挑戦者の同級9位モイセス・フエンテス(30=メキシコ)を左2発からの右ボディーストレートでダウンを奪取。1回2分32秒、KO勝ちで2度目の防衛に成功し、沖縄で日本人初の世界戦勝利を挙げた。同郷の元WBC世界スーパーライト級王者浜田剛史らの持つ日本記録に並び、新記録に王手をかけた。

 15連続KO勝利を挙げた比嘉のボクシング練習は週4回と多くない。代わりに筋力とフィジカルを強化する練習が他王者に比べても多い。都内のフィットネスジムに週2回通い、フライ級(50・8キロ)ながら減量中でも110キロのバーベルを上げる。55キロのバーベルを持ちながら、丸い板の裏に1つ木の足がつくバランスボードに乗って体を支える筋肉に刺激を与える。左右に振って腕力も鍛え、パンチ力に必要な体幹、広背筋、僧帽筋を強化する。

 さらに週2回、横浜市内の公園などで数種類の階段ダッシュを敢行し、下半身もいじめる。最長で253段ある階段を、多い時で30本走る。先月の徳之島合宿では約2週間、大学駅伝部の監督が舌を巻くほどのクロカン走を消化。比嘉は「自分だけでやったら戦績は1勝5敗ぐらい。野木さんがいないとダメです」。

 その野木丈司トレーナー(57)は比嘉のボクシングとフィジカルの練習を同時に受け持つ。過去に元WBC世界フライ級王者内藤大助を指導した。元プロボクサーながら千葉・佐倉高時代は陸上部に在籍。女子マラソン高橋尚子らを育てた小出義雄監督の薫陶を受けた同トレーナーのメニューで、オーバーワーク寸前まで追い込まれる。比嘉の生まれながらの頑丈な肉体、野木トレーナーの頭脳がマッチし、パーフェクトレコードは続いている。【藤中栄二】

比嘉(左)は試合前に野木トレーナーと抱き合う(撮影・滝沢徹郎)

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比嘉大吾、V2へブルーシールアイスで師匠の敵討ち

「ブルーシール」アイスをほおばる王者比嘉

 プロボクシングWBC世界フライ級王者比嘉大吾(22=白井・具志堅スポーツ)が具志堅用高会長(62)から因縁のアイスを託され、師匠のリベンジに燃えた。今日4日、故郷での2度目の防衛戦(沖縄県立武道館)に備え、3日に那覇市内で、同級9位の元2階級制覇王者モイセス・フエンテス(30=メキシコ)と計量に臨んで一発クリア。計量後、同会長に贈られた沖縄名物ブルーシールの紅いもアイスを食べ、減量で疲労した肉体を回復させた。

 沖縄での世界戦は81年3月、具志堅会長が14度目の防衛戦で敗れて以来、37年ぶり。当時、計量後に大好きなアイスを食べられなかったことを敗因に挙げる“具志堅伝説”を知る比嘉は「会長が食べられなくて負けた理由が分かります。最高です。敵討ちで食べました」と笑顔。具志堅会長も「37年前のアイスが昨日のことのように思われます。あの時、アイスを食べていたら20回は防衛できていますから」と思いを託した。

 試合当日、沖縄出身の歴代世界王者6人中、渡嘉敷勝男氏を除く5人が来場予定だ。元WBC世界スーパーライト級王者浜田剛史らの持つ15連続KO勝利に並ぶ大事なV2戦。比嘉は37年分の師匠の思いを胸に沖縄の血をたぎらせてリングに立つ。【藤中栄二】

具志堅会長から贈られたカップアイスを手にする王者比嘉(左)とタコスを持つ挑戦者フエンテス

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