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礼儀欠かさなかった曙親方/記者が振り返るあの瞬間

曙太郎K−1入り会見 K−1参戦を表明し会見する曙親方(右)と谷川貞治プロデューサー=東京・帝国ホテル(2003年11月6日)

<スポーツ担当記者 マイメモリーズ>(32)

政府の緊急事態宣言が延長され、スポーツ界も「自粛」状態が続いている。

日刊スポーツの記者が自らの目で見て、耳で聞き、肌で感じた瞬間を紹介する「マイメモリーズ」。サッカー編に続いてオリンピック(五輪)、相撲、バトルなどを担当した記者がお届けする。

  ◇  ◇  ◇

その声が自分に向けられたものだとは、すぐには分からなかった。もう1度「オイッ!」という低い声が飛び、鋭い眼光は相撲担当になってまだ2日目の自分を見ている。03年10月31日。朝稽古の取材で東関部屋を訪れて、一礼だけして後方に座った直後、曙親方(元横綱)に呼ばれた。怒気をはらんだ口調だった。

前日、部屋の幕内高見盛が出稽古先で横綱朝青龍につり上げられ、バックドロップのようにたたきつけられて右肩を負傷した。様子を確認しに来た自分が気に食わないのかもしれない。テレビでしか知らなかった巨体に恐る恐る近づく中で、いろいろと考えた。首に下がる記者証をにらみつける親方の目が怖かった。

「お前、あいさつはどうした?」。そう言われて慌てて名乗ろうとした。すると「オレじゃない!」と語気が強まった。「師匠にだ。部屋に入ってきたらまず師匠にあいさつするのが礼儀だろ。それが日本人の心ってもんじゃないのか」。

分かる人も多いだろうが、稽古中は意外と静かな間が多い。体同士、時に頭と頭がぶつかり合う鈍い音が響き、呼吸の乱れもよく分かる。そんな空間で、相撲のすの字も分からないペーペーの担当記者ができることは、ひたすら存在を消すこと。物音を立てず、邪魔にならないよう隅っこで見ていようと思っていた。稽古を遮るあいさつすら失礼になると思い込んでいた。

その静寂を壊してまで「礼儀」を説いてくれた曙親方の思いを、今も感じることができる。慌てて師匠の東関親方(元関脇高見山)に頭を下げると、にこりと笑ってくれた。曙親方に戻り、一から名乗ると「それを忘れないようにな」と優しい声で言われた。ハワイ出身の親方に教わった「日本人の心」は、その後の記者生活の土台になった。

ところが話はまだ続く。

1週間後の11月6日の朝、日刊スポーツ1面に「曙親方 K-1参戦へ」の文字が躍った。スクープだった。部屋に行くと東関親方は明らかに落胆していて、退職の申し出は受けていたものの「気がついたら部屋に荷物がなかった。こういう言葉は使いたくないけど、裏切られた」と恨み節が出た。

稽古場で諭してくれた、あの「日本人の心」は一体どこに…。当時は自分もだいぶ混乱したものだった。

ただ、実際にK-1やプロレスに転向した曙はその後も部屋を訪れて師匠と肩を並べている。先日は闘病中の体を押して、東関親方として急逝した元幕内潮丸の葬儀に訪れた。非礼のままであれば、そうはいかないのがこの世界。礼儀を欠かさなかったからこそだと、曙の姿を見るたび、そう感じている。【今村健人】

福岡市の福岡国際センターで行われた前夜祭の支度部屋で、曙親方のKー1参戦を伝える本紙に目を通す小結高見盛(2003年11月6日撮影)

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大栄翔、高安、阿炎が三役から平幕に降下 新番付

大栄翔(2019年11月13日撮影)

日本相撲協会は24日、大相撲春場所(3月8日初日、エディオンアリーナ大阪)の新番付を発表した。

降下、改名、引退などの力士、年寄など協会関係者は以下の通り。

【降下】

〈三役から平幕〉

大栄翔(26=追手風)西小結→東前頭筆頭

高安(29=田子ノ浦)西関脇→西前頭筆頭

阿炎(25=錣山)東小結→西前頭4枚目

〈幕内から十両〉

琴勇輝(28=佐渡ケ嶽)西前頭3枚目→東十両筆頭

琴恵光(28=佐渡ケ嶽)西前頭13枚目→東十両5枚目

〈十両から幕下〉

蒼国来(36=荒汐)東十両10枚目→東幕下筆頭

魁(33=芝田山)西十両14枚目→西幕下筆頭

豊ノ島(36=時津風)東十両11枚目→東幕下2枚目

彩(27=錣山)西十両11枚目→西幕下7枚目

【改名<1>】(しこ名の上の部分)

〈幕下〉

元林→欧勝竜(おうしょうりゅう=鳴戸)

古場→御船山(みふねやま=木瀬)

〈三段目〉

下村→西乃龍(にしのりゅう=境川)

琴宮倉→琴貫鐵(ことかんてつ=佐渡ケ嶽)

〈序二段〉

長谷川→安房乃国(あわのくに=高田川)

千代の天→千代天富(ちよてんふう)

〈序ノ口〉

酒井→鷹司(たかつかさ=入間川)

【改名<2>】(しこ名の下の部分も含める)

元林健治→欧勝竜健汰(おうしょうりゅう・けんた)

酒井慶次朗→鷹司慶(たかつかさ・けい)

【引退年寄襲名】

豪栄道引退武隈襲名

【引退】

荒鷲、浜栄光、鳴海、貴天秀、琴福寿野、海舟、蓮台山、富士寿、若荒輝、北勝佑

【死亡】

東関大五郎(委員=元潮丸)

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振分親方の「東関」継承承認「力士の気持ち考えて」

東関部屋を継承し、報道陣の取材に対応する東関親方

日本相撲協会は30日、東京・両国国技館で理事会を開き、元小結高見盛の振分親方の年寄「東関」の継承と襲名、東関部屋の継承を承認した。両国国技館で行われた師匠会に参加した東関親方は「今も正直、いろいろと落ち着かなくてドキドキしている。できることを精いっぱいやりたい」と心境を明かした。

元前頭潮丸の先代師匠は、昨年12月13日に血管肉腫のために41歳で死去。師匠不在となり、同じ高砂一門の「八角部屋預かり」となっていた。他の部屋への移籍や、一門内からの新師匠の抜てきも浮上。しかし周囲のサポートもあり、育った部屋の存続を優先した。東京・柴又に部屋を新設してから約2年しかたってないこともあり、部屋関係者が存続の道を探っていた中で、春場所前に一段落する形となった。

師匠としての心構えを聞かれた東関親方は「まずは力士たち。親方として相撲を教えるだけではなくて、仮に相撲がダメになっても、第2の人生を考えてあげたい」と責任感を口にした。慎重な性格もあって、報道陣の前でしどろもどろになることも多かったが「先代のいいところを取り入れて、力士の気持ちを考えてやりたい」と堂々と話した。

◆東関大五郎(あずまぜき・だいごろう)本名加藤精彦。現役当時のしこ名は高見盛。1976年(昭51)5月12日、青森・板柳町生まれ。99年春場所で幕下付け出しデビュー。00年名古屋場所で新入幕。取組前に自らの顔や胸を激しくたたくしぐさから、愛称は「ロボコップ」。13年初場所で現役を引退し同年10月に年寄「振分」を襲名。20年1月に年寄「東関」を継承・襲名。

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振分親方が東関部屋継承へ、30日承認なら新師匠に

振分親方(2018年3月28日撮影)

元小結高見盛の振分親方(43)が東関部屋を継承する見通しであることが29日、分かった。30日の日本相撲協会理事会で承認されれば、名跡を「東関」に変更して新師匠になる。

元幕内潮丸の先代師匠は昨年12月13日に血管肉腫のために41歳で死去。師匠不在となり、当面は同じ高砂一門の「八角部屋預かり」となっていた。他の部屋への移籍や、一門内からの新師匠の抜てきなども案として浮上した。だが東京・柴又に部屋を新設してから約2年しかたっていないこともあり、東関部屋関係者は存続の道を探っていた。

振分親方は、先代が入院していることが多かった昨年、師匠代理として稽古場で指導。師匠会にも代理として出席するなど、継承するには最適の立場だった。慎重な性格もあって悩み抜いたが、周囲のサポートもあり、育った部屋の存続を優先。初場所中の高砂一門会でも、振分親方が継承することで話がまとまった。錦戸親方(元関脇水戸泉)は「どうなるか決まった。(発表は)場所後になる」と話していた。力士は環境を変えることなく、新生東関部屋として春場所を迎えることになる。

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師匠不在の東関部屋「決まった」発表は初場所後

2019年12月、東関親方死去に伴い部屋で報道対応する振分親方

高砂一門は20日、都内で一門会を開き、初場所後に開催される日本相撲協会の役員候補選挙で現職理事の八角親方(元横綱北勝海)を擁立することを決めた。副理事候補には若松親方(元前頭朝乃若)を立てる。

昨年12月の前東関親方(元前頭潮丸)の死去により、師匠が不在となっている東関部屋について錦戸親方(元関脇水戸泉)は「どうなるか決まった。(発表は)場所後になる」と話した。現在東関部屋の力士らは、八角部屋の一時預かりとなっている。

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師匠急逝の東関部屋の力士、八角部屋が一時預かりへ

大相撲の年寄総会に臨む八角理事長(撮影・小沢裕)

日本相撲協会は23日、都内で理事会を開き、東関親方(元前頭潮丸)の急逝で師匠不在となった、東関部屋所属の力士らを同じ高砂一門の八角部屋の一時預かりにすると発表した。

東関部屋には部屋付き親方として振分親方(元小結高見盛)がいるが、同部屋の継承者は審議中。芝田山広報部長は「どれぐらいの期間かは不明だが、一門の長である八角部屋預かりになった。何か問題があれば八角親方(元横綱北勝海)が責任を取る」と説明。東関部屋の力士らは、これまで通りに東京・葛飾区の部屋で稽古や生活を送る。また、協会のコンプライアンス委員会から「師匠に対する指導のあり方についての特別研修の実施」など、5つの暴力問題再発防止強化策を提言されたことも発表した。

元潮丸の東関親方の通夜に参列した八角理事長(2019年12月18日撮影)

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東関親方の告別式500人参列 八角理事長涙の弔辞

出棺される元潮丸の東関親方(本名・佐野元泰)の棺がある祭壇の前で弔辞を読む葬儀委員長の八角理事長(撮影・現場代表)

さる13日、血管肉腫のため41歳で死去した東関部屋の師匠、東関親方(元前頭潮丸、本名・佐野元泰さん)の告別式が19日、東京都葛飾区柴又の東関部屋で営まれた。

前日18日の通夜に続き、日本相撲協会の八角理事長(56=元横綱北勝海)を葬儀委員長とする高砂一門の一門葬として執り行われた告別式には、協会理事や一門の枠を超えた親方衆、関取衆や、故人とゆかりのあった政治家の鈴木宗男氏ら約500人が参列。先代東関親方(元関脇高見山)の渡辺大五郎さん、元関脇富士桜の中沢栄男さんら多数の高砂部屋OBも参列した。

八角理事長は時折、涙で声を詰まらせながら「さぞ無念だったでしょう。あなたの誠実な人柄に私もほれ込んで、一回り年下でも何か相談するたびに、あなたの言葉に救われました。自分の体を失ったような感じで、運命の残酷さを痛感しています」などと弔辞を読み上げた。

戒名は、師匠として率いた部屋名の一部、本名から「大優院東元泰善居士」と付けられた。告別式終了後、東関親方の遺体を乗せた霊きゅう車は、部屋がある葛飾区内の四ツ木斎場に向かい荼毘(だび)に付された。

東関親方は今月10日ごろ、再入院していた都内の病院で様態が悪化。故人の遺志をくんで12日に部屋に戻り、力士一人一人の手を握り、声をかけたという。翌13日午後9時52分、力士や部屋関係者、夫人で喪主を務めた真充さん(40)らにみとられながら息を引き取った。

喪主を務めた東関親方(本名・佐野元泰)の妻の真充さん(左から2人目)(撮影・河田真司)
元潮丸の東関親方の告別式に参列する、元高見山の先代東関親方(撮影・河田真司)

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東関親方通夜、元高見山も参列「これからだった」

元潮丸の東関親方の通夜に参列した先代東関親方(撮影・河田真司)

血管肉腫で13日に41歳で亡くなった元前頭潮丸の東関親方の通夜が18日、東京・葛飾区の部屋で高砂一門葬として営まれた。葬儀委員長を務めた相撲協会の八角理事長(元横綱北勝海)ら多くの親方衆、大関豪栄道、高安をはじめ現役力士ら約550人が参列した。

遺影は昨年2月、部屋開きの際の笑顔のものだった。八角理事長は「最後の1年間は闘病生活で、家族のため、力士のため復帰するという強い気持ちで頑張っていたところ残念でなりません。笑顔が絶えず、みんなに慕われていました」などとコメント。

参列した師匠で先代東関親方(元関脇高見山)の渡辺大五郎さんも「まだ若い。これからだった。もう少しいてほしかった」と悲しそうに話した。

元潮丸の東関親方(本名・佐野元泰)の祭壇には、18年2月に行われた落成パーティー時に撮影された笑顔の写真が遺影として飾られていた(撮影・河田真司)

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東関親方の葬儀日程決まる 高砂一門葬として実施

元前頭潮丸(08年03月10日撮影)

日本相撲協会は16日、13日に41歳で死去した元幕内潮丸の東関親方(本名・佐野元泰)の葬儀を「高砂一門葬」として実施すると発表した。

通夜は18日午後6時、告別式は19日正午から、それぞれ東関部屋(東京都葛飾区柴又2の10の13)にて。喪主は妻の佐野真充(さの・まみ)さん、葬儀委員長は日本相撲協会の八角理事長(元横綱北勝海)が務める。

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隠岐の海「出稽古で胸出してもらった」東関親方悼む

断髪式で師匠の渡辺大五郎氏(先代東関親方)に止めばさみをしてもらう東関親方(10年1月撮影)

大相撲の元前頭潮丸の東関親方(本名・佐野元泰=さの・もとやす)が13日午後9時52分、東京・葛飾区の部屋で血管肉腫のため死去した。14日に日本相撲協会が発表。41歳だった。東関親方は体調不良のため、昨年の九州場所から休場していた。

東関親方の死去は巡業参加者にも伝わり、多くの力士が悲しんだ。同じ高砂一門の隠岐の海は、新十両だった09年春場所で1度対戦したことがあり、そのときは敗戦。「若いときは出稽古で胸を出してもらったり、食事も何度か。かわいがってもらったので悲しい」と沈痛な思いを語った。同門の小結朝乃山、北勝富士もそれぞれ「びっくり。すごく残念」「何度かお見舞いに行ったことがある。悲しいです」と話した。

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振分親方「感謝の気持ちしか」死去した東関親方へ

東関親方死去に伴い部屋で報道対応する振分親方

血管肉腫のため13日に41歳で死去した東関部屋の師匠、東関親方(元前頭潮丸、本名・佐野元泰さん)に関する取材対応に、部屋付きの振分親方(元関脇高見盛)と、おかみで故人の真充夫人(40)が14日、東京都葛飾区柴又の東関部屋で応じた。

今月7日に再入院した東関親方は10日ごろに意識がもうろうとなったという。ちょうど部屋は、宮崎・延岡合宿をしていて11日に帰京。振分親方は、その足で都内の病院で東関親方と対面。人工呼吸器を付けていたが、そのマスク越しでも聞こえる声で「おつかれさん」と語りかけてくれたという。「自分が行って、元気になってくれたと。目を見開いて言ってくれたので、元気になってくれると信じていたのが…。あんなに身も心も強い人が、急に体調が悪くなるなんて、信じられない。感謝の気持ちしかない」などと、時折、言葉に詰まりながら話した。

おかみの真充夫人によると、かねて「力士たちに会いたい」と話していた師匠の希望をかなえるために、担当医師に頼んで12日に、都内の病院から部屋に病床の親方を連れて帰ったという。そして弟子の1人1人の手を握り、しこ名を呼んだという。「まるで、それを待っていたかのように全員が終わると、呼吸がなくなって。みんなに見送られたのが救いかなと思います」と話した。

それから1日たって13日午後9時52分に、東関親方は息を引き取った。深夜にもかかわらず、先代東関親方(元関脇高見山)の渡辺大五郎さん、一門の八角理事長(元横綱北勝海)ら関係者が弔問に訪れたという。「これからも東関部屋をよろしくお願いします」。気丈に報道対応した真充夫人は、最後にそう言って部屋の継続発展に思いを込めていた。

東関親方死去に伴い部屋で報道対応する振分親方

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41歳で死去した東関親方 死因の血管肉腫とは…

元前頭潮丸(08年03月10日撮影)

大相撲の元前頭潮丸の東関親方(本名佐野元泰=さの・もとやす)が13日に死去した。41歳だった。体調不良のため昨年の九州場所から休場していた。日本相撲協会によると13日午後9時52分、東京都葛飾区柴又の東関部屋で亡くなった。病名は「血管肉腫」。

◆血管肉腫とは 血管の内皮細胞から発生する、珍しいがんの一種。悪性度が高く、転移もしやすい。外傷を契機に生じるとも言われる。頭皮や首にできることが多いが、胴体や手足に発生することもある。

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元富士桜の中沢栄男氏「早すぎる」東関親方悼む

元関脇富士桜の中沢栄男氏(71)が14日、元前頭潮丸の東関親方の死去を悼んだ。13日は連絡を受けて、東京・葛飾区の東関部屋に駆けつけたという。「41歳はあまりにも早すぎる。子供もまだ小さいし、これからという時だったのに」と声を落とした。

中沢氏は12年12月に中村部屋を閉鎖して転属し、13年2月の65歳定年までは東関部屋付き親方となった。元関脇高見山、元横綱曙と部屋の師範代でもあり、東関親方の入院中は稽古や合宿で指導することもあった。中村部屋から転属した力士3人と床山1人が、今も現役を続けている。「余計な口を出す身ではないが、できる限りの協力はしたい」と話した。

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元前頭潮丸の東関親方が血管肉腫で死去 41歳

元前頭潮丸(08年03月10日撮影)

大相撲の元前頭潮丸の東関親方(本名・佐野元泰=さの・もとやす)が13日午後9時52分、東京・葛飾区の部屋で血管肉腫のため死去した。14日に日本相撲協会が発表。41歳だった。東関親方は体調不良のため、昨年の九州場所から休場していた。通夜、告別式などの日程は未定。

この日、部屋で取材に応じた、おかみさんで妻の真充さん(40)によると、7日から入院していた東関親方は10日に容体が悪化。かねて「力士たちと会いたい」と話していた親方の意向をくんで、12日に入院先の病院から部屋に戻した。宮崎・延岡市で合宿を行っていた部屋の力士も急きょ帰京。部屋に戻った東関親方は、穏やかな表情で弟子1人1人の手を握ってコミュニケーションを取ったという。真充さんは「みんな見送ることができた。それだけは救い」と話した。

現役時代は先代東関親方(元関脇高見山)の弟子として、176センチと小柄な体格ながら押し相撲で活躍した。94年春場所の初土俵から02年初場所で新十両、同年秋場所で新入幕。最高位は西前頭10枚目だった。09年5月の夏場所限りで現役を引退して、同年6月に年寄「東関」を襲名。昨年2月には部屋を東京・墨田区から葛飾区に移転し、部屋開きを行った。がん発覚後、この1年間は化学療法を主に闘病生活を送っていたが、関取輩出の夢はかなわなかった。

弟弟子で部屋付きの振分親方(元小結高見盛)は「現役の頃からあんな強い人が、お酒を豪快に飲む人が何で急に体調が悪くなったんだと。あんなことになるなんて、信じられない」と、早すぎる別れにショックを隠さなかった。師匠を失った部屋の扱いは今後話し合われる。

断髪式で朝青龍にはさみを入れてもらう元前頭潮丸(東関親方)(2010年1月31日撮影)

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親方ら9人で組織 暴力根絶へコンプラ委員会設置 

報道陣の質問に答える八角理事長(撮影・鈴木正人)

日本相撲協会は19日、東京・両国国技館で臨時理事会を開き、相撲界の暴力根絶へ、コンプライアンス委員会の19日付での施行を決めた。

協会の暴力禁止規定によると、暴力の定義は「身体に対し不当な有形力(物理的な攻撃)を加えることをいう」と記されている。一方で「稽古・取組における正当業務行為と認められるものは、暴力に当たらない」とも記述。稽古中、稽古以外を問わず、道具を用いての暴力、多数が共同しての暴力などを禁止行為として挙げている。

また、5つの一門でそれぞれ、コンプライアンス担当年寄を1人ずつ設けた。内部の通報窓口を増やすことで、相談しやすい環境をつくるという。

委員会の以下の9人で組織される。

委員長 青沼隆之(前名古屋高等検察庁検事長、弁護士)

委員 安倍嘉人(元東京高等裁判所長官、弁護士)

〃  神津カンナ(作家・エッセイスト)

部長 鏡山親方(元関脇多賀竜、危機管理部長)

〈一門の委員〉

出羽海一門 出来山親方(元関脇出羽の花)

二所ノ関一門 西岩親方(元関脇若の里)

時津風一門 勝ノ浦親方(元前頭起利錦)

高砂一門 東関親方(元前頭潮丸)

伊勢ケ浜一門 大島親方(元関脇魁輝)

協会から発表された力士の暴力に対する処分基準(撮影・鈴木正人)

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花形の審判部一新、元益荒雄の阿武松親方が部長に

阿武松親方(元関脇益荒雄)(2018年2月2日撮影)

 日本相撲協会は28日、エディオンアリーナ大阪で理事会を開き、新体制での職務を決めた。

 「花形」ともいわれる審判部は、顔ぶれが一新。新理事の阿武松親方(元関脇益荒雄)が、審判部長に抜てきされた。副部長は、副理事の藤島親方(元大関武双山)、役員待遇委員の錦戸親方(元関脇水戸泉)と高田川親方(元関脇安芸乃島)が務める。

 その他の審判部の親方は、以下の通り。

 貴乃花(元横綱)、中川(元幕内旭里)、湊(元幕内湊富士)、玉ノ井(元大関栃東)、大鳴戸(元大関出島)、九重(元大関千代大海)、片男波(元関脇玉春日)、浅香山(元大関魁皇)、時津風(元幕内時津海)、東関(元幕内潮丸)、立川(元関脇土佐ノ海)、田子ノ浦(元幕内隆の鶴)、浦風(元幕内敷島)、竹縄(元関脇栃乃洋)、二子山(元大関雅山)、振分(元小結高見盛)、放駒(元関脇玉乃島)、千田川(元小結闘牙)、友綱(元関脇旭天鵬)、西岩(元関脇若の里)

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東関部屋が部屋開き 弟子への愛詰まった快適間取り

大きな看板の前で記念撮影する東関親方(右)と真充夫人(撮影・小沢裕)

 大相撲の東関部屋が18日、初場所後に東京・墨田区から移転した葛飾区で部屋開きを行った。150坪の敷地に新設した2階建ての建物は、1階に稽古場、風呂場、ちゃんこ場、大広間があり、東関親方(元前頭潮丸)は「力士の生活が1階だけで全部できるように。ケガした力士でも2階に上がることなくね」と弟子への愛情が詰まった部屋にしたことを明かした。

 2階には真充(まみ)夫人と、1月31日に生まれた長女ひかりちゃんと過ごすための“愛の巣”とは別に、関取用の個室を2部屋用意。現在10人の力士は全員が幕下以下で、関取不在。「まずは関取を出すこと」と意気込んだ。同じ高砂一門の八角親方(元横綱北勝海)、先代東関親方(元関脇高見山)の渡辺大五郎氏らも門出を祝った。

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東関部屋が部屋開き「まず最初に関取を出すこと」

部屋開きに参列した先代東関親方(撮影・小沢裕)

 大相撲の東関部屋が18日、1月の初場所後に東京・墨田区から葛飾区に移転したのを機に、新しい部屋で部屋開きを行った。同じ高砂一門の八角親方(元横綱北勝海)、先代東関親方(元関脇高見山)の渡辺大五郎氏らが出席。平幕の北勝富士、千代大龍ら同門の関取衆も参加し、稽古も行われた。東関親方(元前頭潮丸)は「こういう形でいろいろな方にも来てもらってうれしいです」と笑顔を見せた。

 弟子思いの新しい部屋が完成した。150坪の広大な敷地に2階建ての建物で1階に稽古場、風呂場、ちゃんこ場、大広間を作った。東関親方のこだわりで「力士の生活が1階だけで全部できるように。3階建てとかも考えたけど、ケガした力士でも2階に上がることなくね」と弟子への配慮があった。

 2階の半分は妻真充(まみ)さんと、1月31日に生まれたばかりの長女ひかりちゃんと過ごすための“愛の巣”にした。もう半分には20畳程の部屋と、関取用に2つの個室を用意。しかし、現在部屋には関取が不在で「まず最初にすることは関取を出すこと」と意気込みを語った。

 最寄りの柴又駅には、外国からの観光客も多い柴又帝釈天がある。東関部屋と言えば、ハワイ出身の元関脇高見山、元横綱曙が所属していたことから「うちの部屋はそういう色があるからね。外国の方にも稽古場に来てもらって、帝釈天にも足を運んでもらえれば」と地域活性化を願った。

部屋開きを行い大きな看板の前で記念撮影する東関親方(右)と真充夫人(撮影・小沢裕)

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高山勝成、元小結高見盛のギャップに驚く「勝負師」

元小結高見盛の振分親方(左)と一緒にチャンピオンベルトを持つ高山勝成(撮影・松本航)

 プロボクシングのWBO世界ミニマム級王者高山勝成(33=仲里)が3日、大相撲春場所に向け大阪市内に拠点を置く東関部屋で朝稽古を見学した。

 後援者の仲介で実現。東関親方(38=元前頭潮丸)や振分親方(40=元小結高見盛)らと交流した。

 高山は約1時間半にわたり、稽古を熱心に見つめた。「初めて相撲を生で見ましたが、グッとくるものがある。『(疲れて)頭が回らなくなってからのもう一押し』という師匠(東関親方)の言葉に、その通りだと思った。ボクシングの試合にも共通する」。

 土俵とリングと闘う舞台こそ違うものの、1対1で競う他競技から刺激を受けた様子だ。

 稽古終了後には鴨鍋などちゃんこもほおばった。初対面だった振分親方は「(高山は)オーラを感じますし、腰が低くて礼儀が正しい人。真剣に稽古を見ていただいた。他競技の人と触れ合って、いいところを取り入れられたら、相撲界全体も盛り上がると思う」と笑顔。

 高山は振分親方の稽古中と、その後のギャップに驚き「土俵の上では険しかったけれど、終われば優しいお兄さん。勝負師という感じ。テレビの画面で見ていた雰囲気と変わっていませんでした」と振り返った。

ちゃんこを食べて笑顔の右から元前頭潮丸の東関親方、高山勝成、元小結高見盛の振分親方(撮影・松本航)

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振分親方が熊本地震の募金活動 人気ぶりは健在

熊本地震の募金活動で街の人々に協力を呼び掛ける振分親方(撮影・桑原亮)

 大相撲の振分親方(元小結高見盛=東関)が8日、支援活動に一役買って出た。東京・渋谷駅前のセンター街で行われた熊本地震義援金の募金活動に、東関親方(元前頭潮丸)や部屋の力士らとともに参加。約2時間、街頭で協力を呼び掛けた。

 現役時代からの人気ぶりは、若者の街でも健在だった。「募金、お願いします」と積極的に声をかけ、写真撮影にも快諾。「子どもからお年寄りまで、募金していただいてうれしかった。子どもたちに人気があるというのが、本当にうれしいです」と笑顔で話した。

 募金活動への参加は11年の東日本大震災以来、約5年ぶり。「少しでも自分ができることで、少しでも支えになれれば。家が壊れたり、仕事がなくなって今でも苦しんでいる方がいる。皆さん、頑張って下さい!」と被災地へエールを送った。

 活動は渋谷センター商店街振興組合の主催で、期間は10日までの3日間。振分親方は9日まで参加する予定で、プロ野球ヤクルト、NBL日立の選手らも参加した。

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