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照ノ富士が秋場所に向け始動「やれることやるだけ」

1つ10キロのダンベルを扱い汗を流す照ノ富士

大相撲7月場所で5年ぶり2度目の優勝を果たした大関経験者の前頭照ノ富士(28=伊勢ケ浜)が10日、秋場所(9月13日初日、東京・両国国技館)に向けて本格的に始動した。

7月場所の千秋楽後、初めて都内の部屋でまわしを締めて稽古を行った。四股やすり足などの基礎運動に加えて、1つ10キロのダンベルを使って体を動かした。大相撲史に残る復活劇を成し遂げて1週間。「いろいろな方々に祝福していただき、改めて(優勝を)実感しています。番付が落ちているときも変わらず応援してくれた方たちからのお祝いの連絡がうれしかったです」と感謝した。

6日には母校の鳥取城北高を表敬訪問し、石浦外喜義校長らに優勝を報告した。新型コロナウイルス感染拡大の影響で高校相撲でも大会が軒並み中止となったが、その中で後輩たちを勇気づける活躍を見せた。「後輩たちに、インターハイなど大会の機会がなくなってしまったけど、腐らずに毎日の努力がすごく大事だと思うので『頑張ってほしい』と伝えました。いま伊勢ケ浜部屋に鳥取城北から(入門した力士)は自分だけなので、励みにもなるし、教えてもいけるので『今の状況が落ち着いたらぜひ部屋に来てください』と伝えました」とエールを送った。

すでに約1カ月後に迫っている秋場所は、上位総当たりとなる見通しだ。序二段からはい上がった28歳は「特別誰というのはありません。当たる相手は誰でも関係なくやれることをやるだけなので」と淡々としていた。

引退を引き留めた師匠の伊勢ケ浜親方から優勝旗を受けとる照ノ富士(2020年8月1日)

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照ノ富士が母校の鳥取城北高に凱旋「懐かしく思う」

大相撲7月場所で2015年夏場所以来、30場所ぶり2度目の優勝を飾った元大関で平幕の照ノ富士(28=伊勢ケ浜)が6日、母校の鳥取城北高(鳥取市)を表敬訪問し、石浦外喜義校長(59)らに優勝を報告した。喜びを共有し「鳥取は日本の故郷。懐かしく思う」とかみしめた。

モンゴルから鳥取城北高に10年に相撲留学し、インターハイでの団体優勝に導くなど活躍。角界入り後は大関に上り詰めたが、両膝の負傷や内臓疾患で序二段まで転落。それでも諦めず土俵に上がり続け、再入幕した7月場所での優勝劇に母校は喜びに沸いた。

復活に「支えてくれた人たちのおかげ。いいときも悪いときもついてきてくれた人たちがいたから、恩返しをしたいと思った」と感謝の言葉を述べた。報道陣から大関復帰について聞かれると「あまり期待しないでほしい」と笑いを誘った。(共同)

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新十両昇進の錦富士「次は勝ち越して上にいくこと」

錦富士(20年3月撮影)

日本相撲協会は5日、東京・両国国技館で大相撲秋場所(9月13日初日、東京・両国国技館)の番付編成会議を行い、錦富士(24=伊勢ケ浜)の新十両昇進を決めた。錦富士は両国国技館で、オンラインによる新十両会見に出席。師匠の伊勢ケ浜親方(元横綱旭富士)も同席した。

16年秋場所で初土俵を踏み、約4年で新十両に昇進した。東幕下3枚目だった昨年秋場所で左肘を負傷して手術。翌九州場所は全休したが、今年の初場所で復帰し、3月の春場所で幕下優勝。7月場所は14日目の七番相撲で5勝目を挙げ、十両昇進を決定的にした。「ケガして苦しい時に師匠や安治川親方(元関脇安美錦)、楯山親方(元前頭誉富士)、照ノ富士関や翠富士関、照強関とか、たくさんの人に声をかけてもらって頑張ってきた。そのことがよぎって目が熱くなった」と振り返った。

心強い同期が部屋にいる。十両翠富士は近大の同級生であり、入門も同じ16年秋場所。対抗心を燃やしながら同じように番付を上げてきたが、翠富士は春場所で新十両昇進と先を越された。「幕下にいた時は僕が常にちょっと上にいた。でも休場している間に先を越されて、うれしい気持ちと悔しい気持ちと焦りの気持ちと、いろんな気持ちがあった」という。しかし、気持ちを落とすことなく奮起。翠富士からは早速「来場所から一緒に土俵入りできるな」と声をかけられたといい「負けてられないなと思いながら、うれしい思いもあった」と笑みを浮かべた。

返り入幕だった照ノ富士が復活優勝を果たすなど、伊勢ケ浜部屋にとって明るい話題が続くこととなった。錦富士は「場所前から自粛生活が続いている中で、伊勢ケ浜部屋旋風を起こそう、と照ノ富士関を中心に言ってた。今場所はそういう面でも各自が頑張っていたと思う」と団結秘話を明かした。伊勢ケ浜親方は「もっと前に出る相撲を。まだまだ取り切れていない。自分から攻める相撲が取れれば幕内もいけると思う」と期待。錦富士は「とりあえずは次の場所で勝ち越して上にいくことです」と意気込んだ。

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照ノ富士「つらいの慣れている」満身創痍だった優勝

引退を引き留めた師匠の伊勢ケ浜親方から優勝旗を受けとる照ノ富士(2020年8月1日)

7月場所で5年ぶり2度目の優勝を果たした前頭照ノ富士(28=伊勢ケ浜)が、満身創痍(そうい)で15日間を戦い抜いたことを明かした。

千秋楽から一夜明けた3日、リモート会見に出席。両膝の状態について「伸びなくなっていた。表彰式の時に土俵に上がったり下りたりするのはきつかった」と回想。それでも、序二段まで番付を落とした大関経験者は「つらいのは慣れている。そこまでいったらやるしかない」と気迫で乗り越えた。来場所に向けて、千秋楽の1週間後に稽古を再開するのが角界の慣例だが、5日にも始動する考えを示した。「1週間の休みは自分の中で長い。(今場所は)勢いがあった。もっと鍛えないと、今の自分じゃ勝てない」と謙虚だった。

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照ノ富士「やりましたね、と思った」V一夜明け会見

幕尻優勝を果たし、八角理事長(右)から賜杯を受け取る照ノ富士(撮影・河田真司) 

大相撲7月場所で復活優勝を果たした東前頭17枚目照ノ富士(28=伊勢ケ浜)が3日、オンラインで行われた一夜明け会見に出席した。序二段から史上初の再入幕を果たした照ノ富士は、新大関の朝乃山や関脇御嶽海を破るなどして自身2度目の優勝を達成。一時は横綱候補とも呼ばれながらも、両膝の負傷や内臓疾患などにより番付を序二段まで落とした大関経験者が、劇的優勝を果たした。

主な一問一答は以下の通り。

-昨日はどんな夜を過ごしたか

照ノ富士 もう普通にいつも通りに。ちょっと疲れたので寝ました。

-幕内の15日間はどうだったか

照ノ富士 15日間というのはいつも疲れるので。

-あらためて優勝の瞬間は。復活という気持ちはあったか

照ノ富士 自分の中ではそんなに。ちょっとずつ元の体に戻りつつあるので、それがいい結果につながってよかったなと思います。

-御嶽海を寄り切った瞬間は

照ノ富士 素直にうれしかったです。

-ここまで来ると思っていたか

照ノ富士 正直そこまで勝つとは思わなかった。10番勝てば三賞狙えるとかは考えた。1日一番勝っていけばと思った。

-優勝を意識した瞬間は

照ノ富士 特にないですね。その日の一番に勝てば結果は後からついてくると思って信じてやってきました。

-優勝した実感がわいたのはどのあたりか

照ノ富士 (御嶽海に)勝って決まって、そこからじゃないですか。

-師匠から優勝旗を受け取った時の気持ちは

照ノ富士 やりましたね、と思いました。

-頑張ったということか

照ノ富士 そうじゃなくて。自分の頑張りもあるけど、親方から始まって周りの人の支えがあったから。それがこういう結果になってますから。

-師匠から声は

照ノ富士 おめでとう、と(部屋に)帰ってきて言われて、抱き合った。

-以前の優勝の時も抱き合った。その時と比べて

照ノ富士 そうですね、もう全然違う。

-前回の優勝の時との違いは

照ノ富士 以前はイケイケの時の優勝だった。俺ができなければ誰ができるんだっていうぐらい。今はそういう考えが全くないというか。1日ずつ自分のことを精いっぱいやってれば、いい結果につながると思いながら毎日過ごしてた。

-部屋の祝福は

照ノ富士 みんな喜んでた。若い衆とかとシャンパンとか買ってきて。

-観客の拍手はどう感じたか

照ノ富士 自分は逆にどっちでもいいっていうか、土俵に上がったらお客さんいてもいなくても全力を出す。(国技館に)来られなくても、テレビの前で見てくれると思ってましたから。

-膝の状態は

照ノ富士 伸びなくなってました。表彰式の時に土俵上がったり下りたりするのはきつかった。

-その状態で上位と対戦してたのか

照ノ富士 そこまでいっちゃったらやるしかないので。

-かなり辛い状況だったか

照ノ富士 辛いのなれてるというか。

-場所前に「上位の力士と対戦は厳しい」と言っていたが上位を破った

照ノ富士 やっぱり前半から勝ってたから、その勢いがあったと思う。今の自分じゃ絶対に勝てないというのが分かってたから。勢いに乗ったから勝っただけで、もうちょっと鍛えないと来場所厳しいかなというのはあります。

-あらためて優勝できた1番の要因は

照ノ富士 自分を信じてやってきたことをやるだけという。それだけですね。

-次の秋場所がすぐ目の前にきている

照ノ富士 そうなんですよね。とりあえずは明後日からもう1回体を鍛えなおそうと思って。やれることを全力出していこうと思っています。

-休みはなく稽古に入るのか

照ノ富士 そうですね。水曜日から汗を流そうと思っている。それは場所前から決めてたことなので。

-筋肉を落としたくないのか

照ノ富士 1週間の休みとかは自分の中では長いと思っているので。1週間やって1日休んで、1週間やって1日休んでっていうのは自分の体のためというか。

-今の楽しみは?

照ノ富士 今観ている映画を終わらせることじゃないですか。

-何を観ているのか

照ノ富士 ちょっと面白い映画見つけた。「The 100」って書いてあるやつ。終わらせないと眠れないので。

-場所中も観ていたか

照ノ富士 場所前から見てました

-寝不足になったことは

照ノ富士 それは特にないですね。

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来場所に真価が問われる照ノ富士/大ちゃん大分析

幕尻優勝を果たし、八角理事長(右)から賜杯を受け取る照ノ富士(撮影・河田真司) 

<大相撲7月場所>◇千秋楽◇2日◇東京・両国国技館

大関経験者が序二段まで落ちて相撲を取る。経験がない自分には照ノ富士の心中は推し量れないけど、よく頑張った。横綱不在の場所を盛り上げた立役者だ。うれしいだろう。ただ、大関復帰には道半ばであることは本人も分かっているはず。真価が問われるのは、上位と当たる来場所だ。今場所終盤まで当たった相手と上位陣とは、力の差が違う。膝を回復させ地道な稽古を積み重ねることだ。

1差の朝乃山は、両横綱ともう1人の大関が完走できなかった場所の最後、千秋楽結びの一番を攻めの相撲で締めた。照強に負けて「大関が足を取られるもんじゃない」と言われ放題だったが、照ノ富士戦にせよ失うものがない相手とは、置かれた立場、背負うものが違う。それを横綱、大関が言ってはいけないのかもしれないが、それでも新大関の務めは十分に果たしたと思う。未知の経験を積み勉強した場所。こちらも真価が来場所で問われる。(高砂浦五郎=元大関朝潮・日刊スポーツ評論家)

御嶽海(右)を寄り切りで破る照ノ富士(撮影・河田真司)
正代(左)を激しく攻める朝乃山(撮影・鈴木正人)

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柔道大野将平も照ノ富士祝福「勇気や感動くれた」

大野将平

<大相撲7月場所>◇千秋楽◇2日◇東京・両国国技館

14場所ぶりに幕内復帰した大関経験者の東前頭17枚目照ノ富士(28=伊勢ケ浜)が、5年ぶり2度目の優勝を果たした。

関脇御嶽海を寄り切って13勝目。ともえ戦に持ち込まず、本割で決めた。

   ◇   ◇   ◇

照ノ富士と同学年で親交が厚い、リオ・オリンピック(五輪)柔道男子73キロ級金メダルの大野将平も雄姿を見守った。

「もちろん期待しかしてませんが、応援する側も余計なことをあまり考えずに見守ります」と話したのは13日目。「こうしてまた幕内で強い照ノ富士関が見られるだけで素晴らしい」とエールを送っていた。優勝を見届け、「ケガや病気でつらく苦しい時期も柔道の稽古やトレーニングに来てくれたり、全てを乗り越えての復活優勝は、この状況下にある私たちに勇気や感動を与えてくれました」と祝った。

幕尻優勝を果たし、八角理事長(右)から賜杯を受け取る照ノ富士(撮影・河田真司)

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照ノ富士が消沈…変化し批判浴びた一番元付け人述懐

15年6月、照ノ富士(左)と付け人の駿馬

<大相撲7月場所>◇千秋楽◇2日◇東京・両国国技館

14場所ぶりに幕内復帰した大関経験者の東前頭17枚目照ノ富士(28=伊勢ケ浜)が、5年ぶり2度目の優勝を果たした。

関脇御嶽海を寄り切って13勝目。ともえ戦に持ち込まず、本割で決めた。優勝は15年夏場所以来。30場所ぶりの優勝は史上2番目のブランクで、大関経験者が関脇以下で優勝するのは昭和以降2人目。両膝の負傷や内臓疾患に苦しみ序二段まで番付を落とした男が、大相撲史に残る復活劇を成し遂げた。

   ◇   ◇   ◇

照ノ富士の付け人を約5年間務めた元幕下駿馬(しゅんば)の中板秀二さん(38)は、劇的な復活劇を信じて疑わなかった。「目標があれば、必ず戻れると思っていた」。入門は照ノ富士より7年早い。13年3月の間垣部屋から伊勢ケ浜部屋への移籍や15年夏の大関昇進。兄弟子として苦楽をともに過ごしてきた。

両膝のけがなどでどん底の中、照ノ富士は弱音をたくさん吐いたという。「『何をやってもうまくいかないんです』と。(番付が)上がってるときは弱みを全く出さなかったので驚いた」。印象的だったのは優勝を争っていた17年春場所14日目。立ち合い変化で琴奨菊の大関復帰を絶つと、周囲から厳しい批判を浴びた。「あれから元気がなくなったように見えた。(その後の低迷は)体のことはもちろんだが、気持ちの問題も大きかったんじゃないか」と述懐する。

序二段で復帰した昨年春場所前、照ノ富士はすでに引退を決断していた駿馬さんの自宅を訪れ「もう1回、幕内で頑張ります」と決意の報告をした。駿馬さんは昨年夏場所限りで引退。直後に部屋で行われた断髪式では、照ノ富士に「お疲れさまでした」とはさみを入れられ、ほおにキスされた。「モンゴル流なんですかね。涙が出ました」。現在は都内で介護事業を展開する企業の職員として働いている。優勝の瞬間は仕事のためラジオで聞き「感慨深いものがあった」。元付け人にとっても格別な優勝となった。【佐藤礼征】

御嶽海(右)を寄り切りで破る照ノ富士(撮影・河田真司)
幕尻優勝を果たし、八角理事長(右)から賜杯を受け取る照ノ富士(撮影・河田真司) 

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伊勢ケ浜親方「よく頑張ったな」弟子の復活Vに感慨

優勝旗を照ノ富士に渡す師匠の伊勢ケ浜親方(撮影・鈴木正人)

<大相撲7月場所>◇千秋楽◇2日◇東京・両国国技館

14場所ぶりに幕内復帰した大関経験者の東前頭17枚目照ノ富士(28=伊勢ケ浜)が、5年ぶり2度目の優勝を果たした。

関脇御嶽海を寄り切って13勝目。ともえ戦に持ち込まず、本割で決めた。優勝は15年夏場所以来。30場所ぶりの優勝は史上2番目のブランクで、大関経験者が関脇以下で優勝するのは昭和以降2人目。両膝の負傷や内臓疾患に苦しみ序二段まで番付を落とした男が、大相撲史に残る復活劇を成し遂げた。

   ◇   ◇   ◇

師匠の伊勢ケ浜親方(元横綱旭富士)は、弟子の復活優勝に感慨深げだった。「よく頑張ったなと言ってあげたい。最初の状況だったら優勝とかは考えてない。場所前は勝ち越して、ケガなく終わればいいと思っていた」。賜杯を抱く姿までは想像できなかったという。照ノ富士が序二段まで番付を落とした際、引退を相談されたが翻意させた。「序二段に落ちた時に『序二段で勝っても負けても恥ずかしい話じゃない』と言った」と励ました。力も番付も順調に戻ってきたように見えるが「今はまだ一生懸命、ケガと闘っている最中。ただ、ケガを克服して本人も納得してると思う」と弟子の気持ちを代弁した。

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八角理事長振り返り、力士らが約束「守ってくれた」

幕尻優勝を果たし、八角理事長(右)から賜杯を受け取る照ノ富士(撮影・河田真司) 

<大相撲7月場所>◇千秋楽◇2日◇東京・両国国技館

14場所ぶりに幕内復帰した大関経験者の東前頭17枚目照ノ富士(28=伊勢ケ浜)が、5年ぶり2度目の優勝を果たした。

関脇御嶽海を寄り切って13勝目。ともえ戦に持ち込まず、本割で決めた。優勝は15年夏場所以来。30場所ぶりの優勝は史上2番目のブランクで、大関経験者が関脇以下で優勝するのは昭和以降2人目。両膝の負傷や内臓疾患に苦しみ序二段まで番付を落とした男が、大相撲史に残る復活劇を成し遂げた。

   ◇   ◇   ◇

コロナ禍で開催された異例の場所が幕を閉じた。無観客開催の春場所以来、4カ月ぶりに開催した7月場所。日本相撲協会はガイドラインに沿って、観客数の上限を1日約2500人に設定し、来場者にマスク着用や声援自粛を求めた。力士には支度部屋で準備運動をする際にマスクの着用を義務づけ、座る場所もアクリル板で仕切るなどした。千秋楽終了時点で協会員の新型コロナ感染者は0。八角理事長(元横綱北勝海)は「力士も頑張って、協会員も(約束を)守ってくれた。内容は、横綱、大関が休場して申し訳ないが、頑張ってくれた力士がいた。お客さんには本当に拍手(の応援)で後押ししてもらった」などと振り返った。

芝田山広報部長(元横綱大乃国)によると、今場所後には新弟子勧誘や帰省などの外出は師匠の許可次第とする一方、新たなガイドラインを設けて制約を設けるという。また、2週間後には力士全員に、新型コロナの抗体検査を受けさせることも明かした。政府の緊急事態宣言が再び出れば「場所の開催は難しい状況になる」と話し、開催の方向性については「模索」と表現。当面は1場所ごとに開催か否かが最重要事項となる。

御嶽海を破り土俵下で天を仰ぐ照ノ富士(右)と、優勝を逃し静かに目を閉じる正代(撮影・河田真司)  

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照ノ富士「部屋のみんなが支えてくれた」一問一答

表彰式で少し笑みをこぼす照ノ富士(撮影・河田真司) 

<大相撲7月場所>◇千秋楽◇2日◇東京・両国国技館

5年2カ月ぶり2度目の優勝を果たした照ノ富士(28=伊勢ケ浜)が、復活優勝に携わった周囲への感謝を語った。

14日目には、かつて付け人を務めていた同部屋の照強が朝乃山を撃破。「部屋一丸となって頑張ってきたおかげ」と、表情をわずかに緩ませた。

   ◇   ◇   ◇

-5年ぶりの優勝

照ノ富士 いろんなことがあった。最後にこうやって笑える日がくると信じてやってきた。一生懸命やったらいいことがあると。

-前日14日目に黒星も切り替えた

照ノ富士 昨日のことは昨日で終わり。今日から前を向こうと思った。

-引退しなくて良かった

照ノ富士 落ちてるときも応援してくれる方がいた。家族、親方、おかみさん、部屋のみんなが支えてくれた。

-14日目には照強が朝乃山を破って援護した

照ノ富士 ずっと一緒にやってきて、自分の付け人もやっていた。(13日目夜に)「大関見といてください。明日絶対勝ちますよ」と言っていた。照強が勝ったおかげで優勝が決まった。

-ともえ戦にもつれ込む不安は

照ノ富士 安治川親方(元関脇安美錦)に朝から「3回相撲を取る気でいろよ」とは言われていた。やってきたことをやるだけだと思っていた。

-膝の不安は

照ノ富士 全くない。

-今後に向けて

照ノ富士 今場所と同じで1日一番、自分の実力を出し切ってやれることをやりたい。

幕尻優勝を果たし、八角理事長(右)から賜杯を受け取る照ノ富士(撮影・河田真司)
御嶽海を寄り切りで破り幕内優勝を決めた照ノ富士は控えに座りタオルで顔の汗をぬぐう(撮影・小沢裕)

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朝乃山「自分は弱いなと」優勝次点も悔しさと反省

正代(奥)を押し出しで破る朝乃山。左は照ノ富士(撮影・河田真司)

<大相撲7月場所>◇千秋楽◇2日◇東京・両国国技館

新大関場所を全うした朝乃山(26=高砂)は、すがすがしい表情を浮かべた。「終わってみれば優勝したかった。すごく自分は弱いなと思った。すごく悔しいです」。連敗を喫した13、14日目は取材に応じず、3日ぶりの対応で率直な言葉を並べた。

取組前に照ノ富士の優勝が決まったが「自分は千秋楽の相撲があるので」と緩まず。好調な正代に対して左上手は取れなかったが、右を差して圧力をかけ続けて押し出した。それでも「序盤は自分の相撲が取れたけど、後半ダメだったところは修正しないといけない」と厳しかった。白鵬、鶴竜の両横綱、大関貴景勝が途中休場し「大関なので、務め、責任感を考えすぎた」と精神面の反省も口にした。

優勝なら文句なしで秋場所が綱とり場所だったが、12勝の優勝次点。「大関で2場所連続優勝もしくはこれに準ずる好成績」が綱とりの内規だが、伊勢ケ浜審判部長は「まず優勝しないとダメ。(秋場所で)優勝したらとか言われても早いよ」と厳しい見解を示した。秋場所への意気込みを問われた朝乃山は「絶対に(悔しさを)晴らしたいです」と力強く一言。一皮むけた大関が、まずは2度目の賜杯に再挑戦する。【佐々木隆史】

正代(手前)を押し出しで破る朝乃山(撮影・鈴木正人)

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復活V照ノ富士「恩返し」引退慰留の師匠から優勝旗

幕尻優勝を果たし、八角理事長(右)から賜杯を受け取る照ノ富士(撮影・河田真司) 

<大相撲7月場所>◇千秋楽◇2日◇東京・両国国技館

14場所ぶりに幕内復帰した大関経験者の東前頭17枚目照ノ富士(28=伊勢ケ浜)が、5年ぶり2度目の優勝を果たした。

関脇御嶽海を寄り切って13勝目。ともえ戦に持ち込まず、本割で決めた。優勝は15年夏場所以来。30場所ぶりの優勝は史上2番目のブランクで、大関経験者が関脇以下で優勝するのは昭和以降2人目。両膝の負傷や内臓疾患に苦しみ序二段まで番付を落とした男が、大相撲史に残る復活劇を成し遂げた。

   ◇   ◇   ◇

優勝を決めて土俵下に下りると、照ノ富士は30場所前の自身の優勝額を見上げた。「いつもあと何場所で写真がなくなるか考えていた。なくなる前に、もう1つ飾りたかった」。国技館の優勝額は直近の優勝力士32人。大相撲ファンが忘れないような、記録ずくめの優勝でつないだ。

混戦模様を振り払うように、本割1発で決めた。御嶽海に敗れれば、ともえ戦に突入。「やってきたことを信じてやるだけだと思った」。立ち合い当たってすかさず両上手を取ると、引きつけて一直線。勝って涙ぐむことも、笑みを浮かべることもない。「うれしくて何がなんなのか分からなかった。いろんなことが頭に浮かんで、落ち着いてこらえた」。23歳の初優勝時は支度部屋で涙。感情を整理して優勝の実感に浸った。

1897日前の初優勝とは、歓喜の味が違った。「イケイケのときに優勝してる。今は慎重に、1つのことに集中してやってきた。それが違う」。15年の大関昇進後は、けがと病気との闘いだった。両膝の負傷に加えて、C型肝炎、糖尿病なども患い、移動の際は人の手が必須。トイレに行くのさえ容易ではなかった。幕下陥落が決定した18年6月に両膝を手術。右膝は前十字靱帯(じんたい)が、左膝は半月板がなくなった。

17年の大関陥落後、師匠の伊勢ケ浜親方(元横綱旭富士)には何度も引退を申し出たが、認められなかった。「必ず幕内に戻れる」と粘り強い説得を受け、照ノ富士も「もう1度新弟子になろう」と決意。大好きな酒を断ち、幕下以下が締める黒の稽古まわしで再出発した。

表彰式で引退を慰留してくれた師匠から優勝旗を手渡された。「みんなが支えてくれて、恩返しがしたかった。こうやって笑える日がきてうれしい。こういう時期だから、みんなに勇気と我慢を伝えたいと思って一生懸命やった」。4カ月ぶりに再開した本場所。心身を見つめ直したかつての横綱候補が、コロナ禍で暗雲が垂れ込める世の中を明るく照らした。【佐藤礼征】

◆照ノ富士春雄(てるのふじ・はるお)本名・ガントルガ・ガンエルデネ。1991年11月29日、モンゴル・ウランバートル市生まれ。18歳で逸ノ城らと一緒に来日し、鳥取城北高に留学して相撲を始める。3年時に中退して間垣部屋に入門。しこ名「若三勝」として11年技量審査場所で初土俵。13年春場所後に伊勢ケ浜部屋に転籍。同年秋が新十両昇進で「照ノ富士」に改名。14年春場所が新入幕。関脇だった15年夏場所で初優勝を果たし、場所後に大関昇進。17年秋場所に大関陥落。5場所連続休場して19年春場所に西序二段48枚目で本場所に復帰。192センチ、180キロ。血液型はO。家族は両親と姉、妹。得意は右四つ、寄り。愛称は「ガナ」。

▽八角理事長(元横綱北勝海)「照ノ富士はよく戻ってきた。戻ってすぐの優勝だから素晴らしい。こんなに早く優勝できるとは、本人も思っていなかっただろう。やっぱり、いろいろ経験してきた元大関だ。緊張感の中、気持ちで相撲を取っていた。ただ、まだ膝をかばっている感じで不安もあるだろう。来場所は難しいものがあるのでは」

▽照強(照ノ富士に前日)「明日頑張って下さい」と言ったら「ありがとう」と。優勝してもらって気持ちよく祝いたい。

引退を引き留めた師匠の伊勢ケ浜親方から優勝旗を受けとる照ノ富士(撮影・鈴木正人)

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八角理事長が照ノ富士優勝を称賛「よく戻ってきた」

幕尻優勝を果たし、八角理事長(右)から賜杯を受け取る照ノ富士(撮影・河田真司) 

<大相撲7月場所>◇千秋楽◇2日◇東京・両国国技館

復活優勝を遂げた東前頭17枚目の照ノ富士(28=伊勢ケ浜)を、協会トップの八角理事長(元横綱北勝海)も称賛した。

取組前は「決定戦にはなりたくないから集中していると思う。(膝に不安があるから)もちろん、1番で(決める)というね。立ち合いで圧力をかけて御嶽海の出足を止めたいところだろう」と話していた。

そして優勝が決めると、復活優勝について「大関が序二段まで落ちて相撲を取る。何とも言えないが、よく戻ってきた」とほめた。さらに「幕内の緊張感の中、今場所は気持ちで(相撲を)取っていた。こんなに早く優勝できるなんて、本人も考えていなかっただろう。戻ってすぐの優勝だから素晴らしい。優勝経験があるから、やっぱり元大関だ」と続けた。

平幕上位に番付アップが予想される来場所については「なかなか難しいものがあるんじゃないか。まだ(膝に)不安もあるだろうし、今場所のように、というのは難しいだろう。まだ(大関の頃のように)戻っていない気がする」と見通しを述べていた。

また、1差の優勝次点だった新大関の朝乃山(26=高砂)についても言及。「新大関としては合格じゃないかな。12勝は立派。最後は横綱、大関が(朝乃山以外)全部、休場して、自分のことで精いっぱいだったところで、いろいろなものが(朝乃山の双肩に)のしかかって集中できなかったような気がする」と推察。その上で「でも頑張った。いい勉強になったのでは。これからだから」と次期横綱候補に期待を寄せた。

照ノ富士(右)は御嶽海を寄り切りで破り優勝を決める(撮影・小沢裕)

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殊勲賞は3人、照ノ富士は技能とダブル受賞 三賞

幕尻優勝を果たし、八角理事長(右)から賜杯を受け取る照ノ富士(撮影・河田真司) 

<大相撲7月場所>◇千秋楽◇2日◇東京・両国国技館

日本相撲協会は両国国技館内で、7月場所の三賞選考委員会を開き、千秋楽本割前に、さまざまな条件での候補力士を決定。全取組終了後、三賞力士が確定した。

殊勲賞は3人が受賞した。復活優勝を果たした、幕尻の再入幕で東前頭17枚の照ノ富士(28=伊勢ケ浜)は2度目の受賞。また照ノ富士は、初の技能賞と合わせダブル受賞となった。殊勲賞は他に、関脇御嶽海(27=出羽海)が6回目の受賞。横綱白鵬(35=宮城野)と大関朝乃山(26=高砂)を下し優勝争いを盛り上げたことが評価された。また、小結大栄翔(26=追手風)も受賞。11日目に全勝だった白鵬を破った相撲が評価され、千秋楽で勝てばという条件もクリアし、2度目の殊勲賞となった。

敢闘賞は、優勝した照ノ富士に14日目に勝ち、千秋楽まで優勝の可能性を残した関脇正代(28=時津風)が、5回目の受賞を果たした。

手にした懸賞を額に当てる照ノ富士(撮影・小沢裕)

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正代が優勝争い絡み敢闘賞「自信につながる場所」

朝乃山(左)に押し出しで敗れた正代(撮影・小沢裕)

<大相撲7月場所>◇千秋楽◇2日◇東京・両国国技館

関脇正代(28=時津風)が5度目の敢闘賞を獲得した。最後は大関朝乃山に完敗も11勝。14日目に照ノ富士に勝ち、優勝争いを千秋楽までもつれさせ、「勝負どころで力は出せたと思う」と振り返った。

「(場所)全体的に体もよく動いて、反応もよかった。ただ詰めが甘かった。そのへんが課題になってくる」。関脇で2場所連続勝ち越し、11勝と着実に大関へ前進している。「調子の波を作らないようにしたい。立ち合いがしっかりできれば勝率も上がる。自信につながる場所だった。(大関に)上がれるよう頑張ります」と目標を定めた。

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御嶽海Vならず「悔しい」照ノ富士の強烈圧力に屈す

照ノ富士(左)に寄り切りで敗れる御嶽海(撮影・鈴木正人)

<大相撲7月場所>◇千秋楽◇2日◇東京・両国国技館

関脇御嶽海(27=出羽海)が自力で優勝の可能性をつなげられずに悔しがった。

照ノ富士(伊勢ヶ浜)に両上手を許し、強烈な圧力になすすべなく寄り切られた。「しっかり自分の相撲を取りきれなかった。悔しい」と言った。

部屋に関取は1人だけ。新型コロナウイルス感染防止のため、出稽古も禁止された中、難しい調整で迎えた場所だった。その中での11勝は「目標の2桁は達成できた」。横綱白鵬を破るなど優勝争いを盛り上げ、殊勲賞を獲得した。

再び大関とりへの起点となる。「来場所はその上を目指して頑張りたい」と早くも先を見据えた。

照ノ富士(右)は御嶽海を寄り切りで破り優勝を決める(撮影・小沢裕)

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正代「残念」直前の相撲でV消滅も11勝「自信に」

朝乃山(左)は押し出しで正代を破る(撮影・小沢裕)

<大相撲7月場所>千秋楽◇2日◇東京・両国国技館

関脇正代(28=時津風)は結びで大関朝乃山(高砂)に敗れ、11勝で終えた。

直前の相撲で照ノ富士が勝ち、その瞬間に優勝の可能性が消滅した。「残念でした」。ただ、相手は同じ学生相撲出身でライバル視する朝乃山。過去3勝3敗の五分で意地をぶつけにいったが、押し出された。

「思い切りいった結果なんで」とサバサバと振り返り、「全体的に体もよく動いて反応もよかった」と今場所を総括した。

関脇で2場所連続勝ち越し、11勝をあげた。大関へ着実に近づいている。「自信につながる場所。(大関に)上がれるよう頑張ります」と気合を入れ直した。

正代(奥)を押し出しで破る朝乃山。左は照ノ富士(撮影・河田真司)

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復活照ノ富士、優勝後に序二段経て幕内Vは史上初

幕尻優勝を果たし賜杯を手にする照ノ富士(撮影・河田真司) 

<大相撲7月場所>◇千秋楽◇2日◇東京・両国国技館

14場所ぶりに幕内復帰した大関経験者の東前頭17枚目照ノ富士(28=伊勢ケ浜)が、30場所ぶり2度目の優勝を果たした。

◆記録ずくめの復活V 30場所ぶりの優勝は、琴錦の最長43場所ぶりのブランクに次ぐ。優勝制度ができた1909年(明42)夏場所以降、平幕優勝は32人目。幕尻優勝は00年春場所の貴闘力、今年初場所の徳勝龍に続いて史上3人目(1年に2度は史上初)。返り入幕の優勝は徳勝龍以来。優勝と優勝の間で十両以下に落ちたケースはなく、序二段まで落ちて幕内復帰を果たしての優勝は史上初。照ノ富士が初優勝した15年夏場所は関脇で、関脇以下で2度の優勝は貴花田、琴錦、御嶽海らに続いて8人目。同一年に平幕優勝が2度あったのは92年初場所の貴花田、名古屋場所の水戸泉以来28年ぶり。

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V逸朝乃山「考えすぎた」横綱、大関休場相次ぎ重圧

正代(手前)を押し出しで破る朝乃山(撮影・鈴木正人)

<大相撲7月場所>◇千秋楽◇2日◇東京・両国国技館

朝乃山(26=高砂)は、史上9人目の新大関優勝は果たせなかった。自身の取組前に、単独トップの照ノ富士が勝って優勝。偉業は達成できなかったが、関脇正代相手にしっかりと前に出る朝乃山らしい相撲で寄り切って、12勝で今場所を終えた。「この2日間、悪い相撲を取ったし、最後はきっちりと大関らしい相撲、自分らしい相撲をと思った。目の前で優勝が決まったけど、自分は千秋楽の相撲があったので引き締めていきました」とすがすがしい表情を浮かべた。

初日から9連勝するなど、一時は優勝争いでトップに立ったが終盤に後退した。12勝3敗という結果も「悔しい結果です。すごい自分は弱いなと思った」と厳しい自己評価。横綱白鵬、鶴竜、大関貴景勝が途中休場するなどし「大関なので務めとか責任感とか考えすぎた」と、地位によるプレッシャーがあったという。来場所に向けて「絶対に(悔しさを)晴らしたいです」と言葉に力を込めた。

朝乃山(左)は押し出しで正代を破る(撮影・小沢裕)
西方三役の、左から妙技、朝乃山、御嶽海(撮影・河田真司)

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