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力士数トップは佐渡ケ嶽部屋、2位木瀬部屋/新番付

両国国技館(2020年9月25日撮影)

日本相撲協会は26日、開催地を通常の福岡から東京に変更して行う大相撲11月場所(11月8日初日、東京・両国国技館)の新番付を発表した。新型コロナウイルスの感染拡大の影響を受け、7月場所と9月の秋場所は1日あたりの上限入場者数を約2500人に制限していたが、11月場所から約5000人に引き上げて開催される。

新番付にしこ名が載った力士総数は44部屋に、9月の秋場所から13人減の670人。部屋別、出身地別のナンバーワンはどこか…。データを紹介します。

【部屋別力士数】

相撲通の方なら1位と2位はあの部屋…と推測できるでしょう。ここ数年、常にトップを競うあの部屋です。

1位は佐渡ケ嶽部屋の35人。秋場所から2人減ったが、トップの座をキープし続けている。幕内力士4人も最多、関取予備軍の幕下も7人いて、部屋の活況ぶりもうかがえる。2位は、こちらも秋場所から2人減ながら30人の木瀬部屋。常幸龍、宇良の幕内上位経験者が再十両を果たすなど、幕内2人、十両5人の関取7人は九重部屋(幕内3人、十両4人)に並び最多だ。力士総数ナンバーワンと2位は、この両部屋で定着しつつある。

3位以下は<3>玉ノ井部屋28人<4>九重部屋27人<5>境川部屋、高田川部屋、八角部屋の各23人<8>高砂部屋22人<9>追手風部屋21人<10>式秀部屋20人と続き、ここまでが20人以上の部屋になる。

【出身地別力士数】

日本全国の人口比率に準じている順位に、ほとんど変動はない。1位は東京都の55人。以下<2>大阪府(37人)<3>愛知県(35人)<4>福岡県(34人)で本場所開催の4都府県が、そのまま4位までに入る。<5>兵庫県(32人)<6>千葉県、神奈川県(各29人)<8>鹿児島県(27人)<9>埼玉県(25人)<10>熊本県(24人)と続く。幾多の横綱を輩出した“相撲どころ”の北海道は11位の21人、幕内力士最多の8人を擁するモンゴル(関取数でも最多11人)が20人で、ここまでが20人以上。北海道同様、やはり多くの名力士を輩出した相撲どころの青森県は9人(26位タイ)となっている。なお日本の最少は2人で福井県、滋賀県、鳥取県の3県で変わらない。

国別ではモンゴルの20人がダントツで、ジョージアが2人、残るブラジル、ロシア、ブルガリア、ハンガリー、フィリピン、ウクライナが各1人となっている。

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内柴正人が桜庭和志主宰の大会参戦、現在は旅館勤務

内柴正人(17年11月撮影)

04年アテネ、08年北京両五輪柔道男子66キロ級で金メダルを獲得した内柴正人(42)が、IQレスラー桜庭和志が主宰するグラップリング(打撃なし、関節と組み技)のみの5対5団体戦、QUINTETに参戦することが17日までに決まった。10月27日、東京・後楽園ホールで開催されるQUINTETファイトナイト5大会で、柔道家の小見川道大が率いる「TEAM WOLF」のメンバーに入った。内柴は柔術大会に出場経験がある。

18年にキルギス共和国の柔道連盟総監督を務めていた内柴は現在、地元・熊本県の温泉旅館に勤務しているが、今回は柔道時代の先輩・小見川とともに戦うチャンスを得て、試合復帰を決断したという。

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八重樫東氏引退グッズ、井上とのスパーをポスター化

八重樫氏の引退記念グッズとして発売されたポスター(大橋ジム提供)

9月に引退を発表した元世界3階級王者・八重樫東氏(37)の引退記念グッズが大橋ジムから発売となった。

同門のWBA、IBF世界バンタム級統一王者・井上尚弥(27=大橋)と現役最後に本気で激突した「引退スパーリング」をポスターとTシャツ化。ポスターは、ボクシング好きで知られ、熊本県「くまモン」の生みの親である水野学氏(gooddesigncompany代表)がデザインを手がけ、サイズはB1変形(縦1030ミリ×横583ミリ)。シルクプリントで仕上げられた豪華版となっている。

2人の直筆サイン入りは限定30枚で、送料込みで10万円(税別)。通常版は、1万円となっている。

Tシャツは、引退記念ポスターをモチーフに、スタイリストの伊賀大介氏がプロデュースを担当。アメリカ製のボディーを使用し、色は白と黒の2種類で、送料込みで5000円(税別)となっている。

激しい打ち合いから「激闘王」の異名を取った八重樫氏は、引退後、大橋ジムでトレーナーを務め、後進の指導にあたっている。自身のツイッターで「引退グッズ」をPRすると、10月31日(11月1日)に米ラスベガスで防衛戦を控えている井上も、「魂込めてサインしました」と反応していた。

商品や購入方法などの詳細は、大橋ジムホームページ、https://www.ohashi-gym.com/shop_yaegashi/から。

自身の引退記念Tシャツを着る八重樫氏(右)と井上(大橋ジム提供)

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大関正代が週明け本格始動、恩返しの熊本行脚終え

熊本県庁を訪問しくまモンの歓迎を受ける大関正代(中央)。左は蒲島知事(撮影・実藤健一)

大関正代(28=時津風)が、11月場所(11月8日初日・両国国技館)に向け、週明けの12日から本格的に始動する。熊本に帰郷中の新大関は9日、熊本県庁を訪問。蒲島郁夫知事、くまモンに迎えられた。

蒲島知事は「私が大ファンだった栃光関以来、(熊本出身者で)58年ぶりの大関昇進おめでとうございます。熊本は地震、水害、コロナと3つの苦難に直面しています。正代関の正面から向かう相撲に県民は勇気づけられています。県民の大きな光、希望になった」。その言葉に正代は「県民に少しでも元気を届けることができてうれしく思います」と応じた。

新型コロナウイルスの影響があり、極秘での御礼まわりを望んでいた大関だが、さすがに地元の熊本では、そうはいかなかった。「大変です。疲れましたよ」ともらしつつ、「これまでも何回も帰ってきたけど、こんなに注目されることはなかった。地元の応援は力になります」と言った。

「恩返し」行脚を終えて10日に東京の部屋へ戻る。出稽古も解禁となるが「予定はまったくたっていない」と正代。秋場所を全休し、進退がかかる両横綱の動向が注目される。立ち合い、胸から当たる正代は横綱から常に稽古相手として指名される。「横綱はどうなんですかね。分からない」と話すが、連続優勝を狙う11月場所へ力を試す思いは強い。

「新大関としての存在感を示して、期待に応えられるよう精進していきます」。浮かれ気分は完全に消した。さらに上、横綱を目指す戦いへ、正代は故郷の熊本でたっぷりエネルギーを蓄えた。【実藤健一】

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正代 熊本県庁を訪問「元気を届けられてうれしい」

熊本県庁を訪問しくまモンの歓迎を受ける大関正代(中央)。左は蒲島知事(撮影・実藤健一)

大相撲秋場所で熊本出身力士で初となる優勝を飾り、場所後に大関昇進を果たした正代(28=時津風)が9日、熊本県庁を訪問した。

出迎えた蒲島郁夫知事は「天草出身で自分も大ファンだった栃光関以来の大関昇進、おめでとうございます。熊本県は地震、水害、コロナと3つの苦難に直面している。その中で真っ正面から向かう相撲は県民の大きな勇気、希望になっています」。

正代は「県民のみなさんに元気を届けられてうれしく思います。11月場所(11月8日初日、東京・両国国技館)は新大関として存在感を示したいと思います」と意気込みを示した。

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正代シークレット凱旋帰郷、11月場所「存在感を」

新大関正代(右)と熊本・宇土市の元松市長(撮影・実藤健一)

大相撲秋場所で熊本出身力士で初となる優勝を飾り、場所後に大関昇進した正代(28=時津風)が8日、生まれ故郷の熊本・宇土市に凱旋(がいせん)帰郷した。

午前は宇土市役所を訪問。出迎えた元松茂樹市長は「熊本県民が災害で沈み込んでいた中、力強い相撲で元気と勇気を与えてくれた」。正代は「地元のみなさんに少しでも恩返しできたかと思う。今まで以上に厳しい環境下となるが、期待に応えられるよう頑張りたいと思います」と応じた。

当初は凱旋パレードなども計画していたが、新型コロナウイルスの影響ですべての祝賀行事を見合わせた。この日の訪問も、本来は市民全体で迎えたいところを訪問日程はすべてシークレットで行われた。

正代は今年春場所前以来の帰郷となった。「家のベッドがこんなに柔らかいのかと。すごく安心できた」。新大関で迎える11月場所(11月8日初日、東京・両国国技館)に向けて「まだ大関として1場所も迎えていない。新大関として存在感を示したい」と意欲を示した。【実藤健一】

熊本・宇土市のゆるキャラ「うとん行長しゃん」の歓迎を受けた新大関正代(撮影・実藤健一)

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新大関正代が始動、普段通り稽古も「プレッシャー」

11月場所に向けて都内の時津風部屋で始動した正代

大相撲秋場所で初優勝を果たした新大関の正代(28=時津風)が6日、11月場所(8日初日、東京・両国国技館)に向けて始動した。都内の部屋で約1時間、基礎運動や筋力トレーニングに没頭。大関として初めて稽古場に降りたが「特に変化はない。稽古始めなのでしっかり体を動かそうという意識だった」と普段通りを強調した。

肉声で故郷に感謝の思いを伝える。7日から数日間、出身の熊本県宇土市に帰郷する予定。同市役所や母校の熊本農高などに優勝と大関昇進の報告をする。画面越しで声援を送ってくれた熊本のファンに「改めてたくさんの人に応援してもらったなと実感した」と感謝した。一層期待が高まる新大関場所に向けて「今までの場所よりはプレッシャーを感じますね。新大関として存在感をみんなに伝わるようにしたい」と看板力士としての自覚を込めた。

11月場所に向けて都内の時津風部屋で始動した正代
部屋付きの井筒親方(元関脇豊ノ島)と会話をする正代(左)
正代の大関昇進により時津風部屋に加わった「大関」の木札

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新大関正代エゴサで傷つく「同じこと言ってるって」

11月場所に向けて都内の時津風部屋で始動した正代

大相撲秋場所で初優勝を果たした新大関の正代(28=時津風)が、再び“ネガティブ”な一面をのぞかせた。6日、都内の部屋で11月場所に向けて稽古を再開。約1時間、基礎運動を中心に汗を流した。初優勝と大関昇進で脚光を浴び、秋場所後は取材対応などで多忙を極めたが、この日の代表取材では「ゆっくりできたかどうかはわからないけど、それなりに休めたと思います」とリラックスしていた。

土俵では精神面の充実をうかがわせるが、場所後にはショックな出来事があった。この日、報道陣に故郷熊本へのメッセージを求められると「そういうの、だいぶいろんなところで(コメントを)取ってるんですけど、全部同じになるんですよ。『同じこと言っている』ってネットに書かれたんですよ」と、エゴサーチで傷ついたことを告白。「だって、だいたいそういうのって同じことになるじゃないですか。それで『また同じこと言っている』って書かれたので、もういいかな…」と、苦笑いを浮かべるしかなかった。

それでも新大関場所に向けて、気持ちは前を向いている。06年夏場所の白鵬以来となる新大関優勝にも期待がかかるが「今までの場所よりはプレッシャーを感じる。新大関として存在感をみんなに伝わるようにしたい。まずは勝ち越し目指して、自分の相撲を取りきることだけに集中できたら」と、謙虚な姿勢を崩さなかった。この日は基礎運動や筋力トレーニングに没頭。「筋トレ中心に体をつくって、その後に相撲取って感覚を確かめられたら」と今後の調整を見据えた。

熊本県出身では初めて賜杯を抱き、テレビ越しで声援を送ってくれた故郷のファンを沸かせた。「改めてたくさんの人に応援してもらったなと実感しましたし、とりあえず9月場所で少しでも期待に応えることができたんじゃないかなと思った」。地元熊本には7日に帰って3日間滞在する予定。あいさつ回りで感謝の思いを伝える。

部屋付きの井筒親方(元関脇豊ノ島)と会話をする正代(左)
正代の大関昇進により時津風部屋に加わった「大関」の木札
11月場所に向けて都内の時津風部屋で始動した正代

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大関昇進の正代「至誠一貫」輪島以来の本名横綱挑戦

大関昇進の伝達を受ける正代(中央)。右は枝川親方(代表撮影)

大関正代が誕生した。日本相撲協会は9月30日、11月場所(11月8日初日、東京・両国国技館)の番付編成会議と臨時理事会を開催し、秋場所で初優勝した関脇正代(28=時津風)の大関昇進を満場一致で決めた。伝達式で正代は「至誠一貫の精神で相撲道にまい進してまいります」と口上を述べた。大横綱双葉山が創設した時津風部屋から57年ぶり、熊本出身では58年ぶりの新大関が、次は横綱を目指す。

   ◇   ◇   ◇

和やかな伝達式だった。熊本から両親が駆けつけ、急病の師匠・時津風親方(元前頭時津海)の代行を枝川親方(元前頭蒼樹山)が務めた。会見を終えた正代は「足、足が…」。緊張も重なり、しびれた足にもん絶した。

予告していた口上に入れる四字熟語は「至誠一貫」だった。中国の儒学者、孟子の言葉で「最後まで誠意を貫き通す」などの意。部屋の後援会「木鶏会」関係者が提案。正代は「調べたらいい意味だったんで、使わせて下さいと言いました」と話し、「こうありたいと思ったからです。相撲道に誠実で、貫き通す思いで決めました」と明かした。夜遅くまで練習し「かまずに言えたんで、まずまずです」と合格点を与えた。

先々代師匠で元理事長、元大関豊山の内田勝男氏(83)も新潟から駆けつけた。「立派に成長した。(至誠一貫は)道場の精神を感じ取ってくれていると思う」。内田氏が退職後、弟子の暴行死があった。部屋の不祥事を憂いていただけに喜びを隠せず、うれしそうに正代と記念写真も撮った。正代は「時津風部屋の看板を汚さないよう必死に頑張ります」と誓った。

5人目の本名大関。その上、本名横綱は輪島しかいない。3大関で迎える来場所は、横綱への戦いの火ぶたが切られる。正代は「大関で存在感を示してから」と慎重ながら「今まで以上に頑張らないといけない」と気合を入れた。今、最もやりたいことを「目覚ましをかけず、ゆっくり寝たい」とらしい答え。地元で人気のくまモンのような「ゆるキャラ」も魅力の新大関が、角界の新たな看板を担う。【実藤健一】

◆正代直也(しょうだい・なおや)1991年(平3)11月5日、熊本県宇土市生まれ。小学1年から相撲を始め、熊本農3年時に国体優勝。東農大に進み、2年時に学生横綱も卒業を優先してプロ入りせず、14年春場所に前相撲で初土俵。序ノ口、幕下、十両で優勝し16年初場所新入幕。184センチ、170キロ。得意は右四つ、寄り。

◆四字熟語を使った大関昇進時の口上 初代貴ノ花、北の湖、千代の富士、今年の朝乃山は「一生懸命」というシンプルな四字熟語を入れてきた。難解な四字熟語の代表例は、貴花田の「不撓不屈(ふとうふくつ)」や貴ノ浪の「勇往邁進(まいしん)」、琴奨菊は「万理一空」。四字熟語ではないが、近年では11年九州場所後に稀勢の里が「大関の名を汚さぬよう、精進します」と簡潔に述べた。

◆正代の大関昇進関連の記録 28歳10カ月での昇進は年6場所制となった58年以降の初土俵では7位の年長。時津風部屋の大関は63年春場所の豊山以来57年ぶり。学生相撲出身では今年3月の朝乃山以来9人目。平成生まれでは5人目。直近3場所32勝での昇進となり、平成以降で33勝未満の昇進はいずれも同数の32勝で千代大海、稀勢の里、豪栄道、朝乃山に次いで5人目。

大関昇進の伝達を受け部屋の木札を「大関」に替える正代(代表撮影)

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くまモン訪れ祝福 正代「恩を返していきたい」

正代の大関昇進を祝う、地元・熊本県のPRキャラクター「くまモン」(中央)と村井浩一熊本県東京事務所長(右)

大相撲の正代(28=時津風)が大関昇進を果たした30日、故郷である熊本県のキャラクター「くまモン」が都内の時津風部屋を訪問して正代を祝福した。

同県出身では初めての優勝、大関昇進も栃光以来58年ぶりの偉業だった。この日行われた大関昇進伝達式の後に、村井浩一熊本県東京事務所長とくまモンが時津風部屋に来訪。村井所長は熊本県の蒲島郁夫知事が寄せたメッセージを代読し「決して諦めることなく戦う正代関の姿は、熊本地震、新型コロナウイルス感染症、令和2年7月豪雨災害という3つの困難に立ち向かう熊本の姿に重なるもので、全ての県民に感動と勇気を与えて下さいました」と感謝の言葉を述べた。お祝いの品として、地元の日本酒や馬肉を差し入れとして贈呈したという。

地元から祝福を受けた正代は「地元の方々にたくさん応援していただいているので、これからも活躍で恩を返していきたい」と、今後の活躍に向けて意気込んだ。くまモンと会うのは3、4回目とのこと。大関として再会したが、前回との違いは「特にありません」と苦笑交じりに答え、くまモンが不満顔で“抗議”する和やかな場面もあった。

正代の大関昇進を祝う、地元・熊本県のPRキャラクター「くまモン」(中央)と村井浩一熊本県東京事務所長(右)

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正代の出身地、熊本県宇土市「誇らしい」活躍に期待

大関正代の誕生を受け、出身地の熊本県宇土市では30日、秋場所での優勝に続く大関昇進の知らせに「地元として誇らしい」と再び喜びの声が上がった。

優勝セールで祝福する市中心部の「きぬや呉服店」の河野泰士店長(40)は、伝達式の様子をライブ配信で見たといい「元気づけられた。ぜひ横綱を目指して頑張ってもらいたい」とさらなる活躍を期待した。(共同)

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正代が大関昇進「至誠一貫の精神で相撲道にまい進」

大相撲秋場所千秋楽 勝ち名乗りを受ける正代(2020年9月27日撮影)

大関正代が誕生した。日本相撲協会は9月30日、東京・両国国技館で大相撲11月場所(11月8日初日、東京・両国国技館)の番付編成会議と臨時理事会を開催し、大相撲秋場所で初優勝を飾った関脇正代(28=時津風)の大関昇進を決めた。新大関は今年3月の朝乃山以来。時津風部屋からは元理事長の豊山以来57年ぶり、熊本県出身では62年7月の栃光以来58年ぶりとなる。

鏡山理事(元関脇多賀竜)と立川審判委員(元関脇土佐ノ海)が使者として東京・墨田区の部屋に出向き、伝達式が行われた。満場一致で大関昇進が決まったことを伝えられ、正代は「謹んでお受けします。大関の名に恥じぬよう、至誠一貫の精神で相撲道にまい進してまいります」と口上を述べた。

「至誠一貫」は「後援者に勧められた」と明かし、「調べたらいい意味。使わせてくださいと言った」。中国の儒学者、孟子の言葉で「最後まで誠意を貫き通す」の意。正代は「相撲道に誠実で貫き通す思いで決めました」と明かした。

心境を「とりあえずホッとしてます。じわじわ緊張感あって、眠りも浅かった。(口上は)かまずに止まらずに言えたんでまずまずです」と話した。新大関として「今まで以上に負けられない地位。いろいろ責任が伴う地位なんで、精進していけたら」と決意を語った。

正代は熊本農高で国体優勝、東農大で2年時に学生横綱とアマチュアで実績を積み、14年春場所で初土俵を踏んだ。各段で優勝を重ねて16年初場所新入幕。1年後の17年初場所で関脇に昇進と順調に出世の階段を駆け上がったが、そこから壁に阻まれた。

今年は初場所で優勝次点の13勝をあげた。関脇に復帰した春場所では8勝7敗とかろうじて勝ち越しも、7月場所も優勝争いに絡む11勝。そして秋場所は13勝2敗の好成績で熊本出身力士で初となる優勝を飾った。

しこ名については「珍しい名字。変えるつもりはないです」。輪島、北尾(のち横綱双羽黒)、出島、高安に続く本名大関。大相撲11月場所(11月8日初日、東京・両国国技館)は貴景勝、朝乃山と3大関時代を迎える。

◆正代直也(しょうだい・なおや)1991年(平3)11月5日、熊本県宇土市生まれ。小学1年から相撲を始め、熊本農3年時に国体優勝。東農大に進み、2年時に学生横綱も卒業を優先してプロ入りせず、14年春場所に前相撲で初土俵。序ノ口、幕下、十両で優勝し16年初場所新入幕。184センチ、170キロ。得意は右四つ、寄り。

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正代の大関昇進伝達式、ユーチューブ生配信の見通し

秋場所で初優勝した正代(2020年9月28日撮影)

大相撲の関脇正代(28=時津風)の大関昇進伝達式が、日本相撲協会の公式ユーチューブチャンネルにて生配信される見通しとなったことが29日、分かった。

30日に大関昇進を諮る臨時理事会が招集され、同日に伝達式が行われる運びとなっている。

正代は秋場所で13勝2敗の成績を残して初優勝を果たした。熊本県出身、東農大出身の優勝はともに初めてだった。

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正代、熊本の応援「背中を押してもらった」一夜明け

オンラインによる一夜明け会見に参加する秋場所で初優勝した正代

大相撲秋場所で初優勝を果たした関脇正代(28=時津風)が千秋楽から一夜明けた28日、リモートでの会見に出席した。東農大で学生横綱にも輝いた大器は、初土俵から6年で素質が開花。熊本県出身では初めて賜杯を抱いた。大関の足固めとみられていた場所で13勝を挙げ、場所後の大関昇進も確実。30日にも「大関正代」が誕生する。

主な一問一答は以下の通り。

-昨日と表情が違う

正代 そうですね。緊張感から解放された。

-実感は湧いたか

正代 理解はしているが、まだ。1日たったら落ち着くかと思ったが、優勝したんだなという感じです。今のところ。いろんな方々からの連絡で優勝したというのは分かっているが、自分がそれに追いついていない。

-朝を迎えての心境は

正代 精神的な疲れが大きい。すごくだるく感じる。

-初優勝の味

正代 最高と答えておきます。

-熊本では初優勝

正代 とても光栄に思っています。

-昨日は熊本が大変なことになっていた

正代 うれしい。そんなにたくさんの方に見ていただいて応援してもらった。大勢の方々に背中を押してもらった。どこかのタイミングで1度帰られたらいい。

-時津風部屋でも久々の優勝

正代 師匠にもおかみさんにも喜んでいただいた。前回が北葉山さんというのは知っていた。すごく光栄、すごくうれしい。

-審判部が臨時理事会の招集をする。事実上の大関昇進が決定

正代 今まで以上に負けられない地位。責任もともなう。自分なりに精進していきたい。

-今場所の意気込み

正代 関脇の地位を維持できればいいと思っていた。まず勝ち越し。上がれたらいいかなというくらいに考えないと緊張してしまう。

-原動力になったこと

正代 しっかり自分の中でオンとオフができた。日頃からそうだけど、稽古終わってから自分の部屋に帰って、ほとんど相撲のことを考えないようにしている。休むときは休んで、土俵に立ったらオンが入るようにメリハリをつけるようにしている。ここまできっちり分けたのはここ最近だと思う。

-12日目で2桁。節目となったか

正代 早い段階での2桁だったので、僕の中ではすごい意外というか、信じられないというか、そんな感じだった。

-2日間の大関戦。貴景勝戦は下がらなかった

正代 立ち合いが良かった。自分の中でも2桁勝ってだいぶ余裕が生まれた。相手は大関。思い切り取ることだけに集中した。

-朝乃山戦は

正代 今場所の15日間で一番いい立ち合いができた。角度もすごい良かった。自信にもなった。今までやってきた稽古が間違ってなかったんだと思った。

-千秋楽勝てば優勝だった

正代 (単独)先頭になったのが千秋楽だけ。それが気持ち的に楽だった。ずっと先頭だと気負ってしまう。

-相手は新入幕の翔猿

正代 千秋楽に当たる相手としては最悪。千秋楽で初顔というのはなかなかない。それですごく好調。やりづらい。同じ大学出身なので。あの場所では一番意識した相手だった。

-前日の夜も寝られなかった

正代 2時間くらいですね。(気持ちの整理は)つかなかった。土俵に上がるときは立ち合いどういうふうに当たるか考えていたが、それまでどういう相撲を取るかなかなか決まらなかった。自分はそんなに選択肢の多い力士ではない。相手がどうくるか考えた。とりあえず立ち合いだけ圧をかけて、その後は相手の変化にも対応できたらなと、土俵に向かった。振り返ってみて立ち合いは当たれていなくて、良くない立ち合いだった。手をつくときにも時間をかけた。頭の中では決めていたけど、なかなか体はついてきてくれなかった。

-土俵際の勝負だった

正代 一気に持って行かれることはないと思っていたが、自分にも焦りがあった。

-いなされて中に入られた

正代 内容としては良くない。

-逆転の突き落とし

正代 最後まで諦めない気持ちがそこに出た。

-何度かうなずいた

正代 最初は、勝ったんだと。緊張から解放されて安心しているのが出たのかな。

-付け人を見た瞬間に目に光るものがあった

正代 付け人を見たときもそうだし、弓取りの(同部屋の)将豊竜が目が潤んでるように見えた。お客さんもいたので何とか堪えたが、花道にいって緊張が抜けてきたときに、きた。

-15日間何が良かったのか

正代 立ち合いの圧力が良かった。

-胸から当たる立ち合い

正代 自分的には弱点だと思っている。もう少し前傾の方がいいんじゃないかと感じている。今場所は立ち合いからはじくほどじゃないが、ぶつけにいっている。その勢いを殺さないように前に出る感じ。自分の悪いところは直しつつ、持ち味は伸ばしたい。

-持ち味というのは

正代 差し身の部分だったり、自分の重さを生かしたり、磨いていけたら。

-前向きな性格

正代 そこまでは変わっていないけど、口には出していなかった。

-かつてはネガティブと言われた

正代 そこまで性格は変わっていない。地位も成績も、今まで経験したことが影響しているんじゃないか。

-ご両親に連絡は取れたか

正代 取れました。千秋楽終わって帰った後に自分から連絡した。「おめでとう」「お疲れさま」という感じ。

-4年前には熊本地震もあった

正代 地震が多い土地ではないので、自分の地元に大きな地震がくるとは思っていなかった。慰問に行って現場を見るまでは理解できていなかった。被災地を見て悲しい気持ちになったが、逆に頑張らなきゃいけないという気持ちにもなった。自分に何かできることは何だろうと考えたときに、相撲で活躍することが1番だと考えた。

-水害も起きた

正代 一番被害があった人吉市は去年巡業でお邪魔した場所。すごい思い出もあったし、自分の同級生が人吉の高校で働いていたので心配した。

-避難している体育館でもテレビがついていた

正代 自分の相撲を見て元気になってもらえれば。

-場所入りの染め抜きも熊本城のものだった

正代 地震で熊本城も壊れていた。そういう意味でもきれいな熊本城を見ていただければと思ってあのデザインにした。

-大関という地位はどんな地位か

正代 いろんな責任がともなう地位だと思う。(小さいときは)正直雲の上の存在だと思っていた。まだまだ実感はない。もし昇進できるなら、何とか必死に務めていけたら。今まで以上に負けられない戦いが続く。

-どんな大関になりたいか

正代 いろんな方にあこがれるような、応援してもらえるような力士になりたい。

-伝達式での口上のイメージは

正代 いろいろ考えてはいる。まだ決めかねている。どれにしようかなと。

-本名のしこ名は続けていく

正代 そうですね。変えるつもりはない。珍しい名字。このしこ名で定着しているなら、このしこ名で頑張っていきたい。師匠が、正代はいい名前だからそれでいこうと新十両のときに言っていただいた。これからもずっと正代でいこうかなと思います。

オンラインによる一夜明け会見に参加する秋場所で初優勝した正代

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学生出身10人目、東農大は初/正代初Vアラカルト

学生相撲出身力士の優勝

<大相撲秋場所>◇千秋楽◇27日◇東京・両国国技館

関脇正代(28=時津風)がついに賜杯を手にした。新入幕の翔猿に攻められ、追い詰められた土俵際で逆転の突き落としを決めた。熊本県出身、東農大出身の優勝はともに初めて。

13勝2敗の好成績で審判部の伊勢ケ浜部長(元横綱旭富士)は八角理事長(元横綱北勝海)に大関昇進を諮る臨時理事会の招集を要請し、30日にも「大関正代」が誕生する。恵まれた体を「ネガティブ」と言われた弱気な性格で生かせなかった大器が目覚め、初優勝と大関の夢を一気にかなえて涙した。

<正代初Vアラカルト>

◆関脇の優勝 昨年秋場所の御嶽海以来29度目。

◆平成生まれ 照ノ富士、御嶽海、貴景勝、朝乃山と5人目。

◆学生出身 山錦、輪島、朝潮、出島、武双山、琴光喜、御嶽海、朝乃山、徳勝龍に続き10人目。東農大出身では初。

◆時津風部屋 1963年名古屋場所の北葉山以来。4度の鏡里、1度の北葉山に次ぎ3人目。部屋別トップは九重部屋の52度。

◆本名 本名をしこ名に入幕して優勝した力士は長谷川、輪島、保志、出島に次いで5人目。

東農大の化粧まわしを着けて土俵入りする正代(撮影・河田真司)     
1963年名古屋場所で優勝した北葉山

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くまモンも正代初Vに歓喜「感動したモーーーン!」

初優勝を決め、賜杯を手に笑顔を見せる正代(代表撮影)

<大相撲秋場所>◇千秋楽◇27日◇東京・両国国技館

熊本出身力士として初優勝を飾った関脇正代(28=時津風)の地元・宇土市民体育館では27日、パブリック・ビューイング(PV)が行われ、見守った約250人が喜びを爆発させた。16年の熊本地震、今夏の甚大な豪雨災害からの復興を目指す地元へ、勇気を与える優勝になった。

正代の熊本出身力士初優勝にくまモンも歓喜した。公式ツイッターで「感動したモーーーン! 今日、『大相撲令和2年9月場所』で熊本県宇土市出身の正代関が、見事優勝したんだモン! 優勝おめでとうございますだモン!」と祝福した。

都道府県・国別優勝回数
正代の優勝を喜ぶくまモン(C)=くまモン公式ツイッターより

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父方祖母は正代正代(まさよ)さん/正代アラカルト

幕内初優勝を飾った正代は優勝旗を手にする(撮影・小沢裕)

<大相撲秋場所>◇千秋楽◇27日◇東京・両国国技館

関脇正代(28=時津風)がついに賜杯を手にした。新入幕の翔猿に攻められ、追い詰められた土俵際で逆転の突き落としを決めた。熊本県出身、東農大出身の優勝はともに初めて。13勝2敗の好成績で審判部の伊勢ヶ浜部長(元横綱旭富士)は八角理事長(元横綱北勝海)に大関昇進を諮る臨時理事会の招集を要請。恵まれた体を「ネガティブ」と言われた弱気な性格で生かせなかった大器が目覚め、初優勝と大関の夢を一気にかなえて涙した。

   ◇   ◇   ◇

▽正代直也(しょうだい・なおや)

◆生まれ 1991年(平3)11月5日、熊本県宇土市。

◆経歴 小学1年から相撲を始め、熊本農高3年時に国体優勝。東農大に進み、2年時に学生横綱も卒業を優先してプロ入りせず、14年春場所に前相撲で初土俵。序ノ口、幕下、十両で優勝し16年初場所新入幕。

◆親戚に紅白歌手 遠縁ではあるが、歌手の石川さゆりと親戚関係。

◆祖母は正代正代 父方の祖母は正代正代(まさよ)さん。「正代姓」へのこだわり強く、しこ名も本名のまま。師匠の時津風親方も容認。

◆引きこもり 基本的に“ステイホーム”。部屋でゴロゴロしながら、スマートフォンで動画サイトを見るのが趣味。全国チェーンのハンバーガー店のホットドッグが大好物。

◆得意 右四つ、寄り。

◆サイズ 184センチ、170キロ。

正代(右)は翔猿を突き落としで破り幕内初優勝を飾る(撮影・小沢裕)

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正代大関昇進なら伝達式に謹慎中の時津風親方参加へ

幕内初優勝を飾った正代は伊勢ケ浜審判部長(左)から優勝旗を受け取る(撮影・小沢裕)

<大相撲秋場所>◇千秋楽◇27日◇東京・両国国技館

関脇正代(28=時津風)が悲願の初優勝を果たし、大関昇進を手中に収めた。新入幕で3敗を守る翔猿を下して、自己最多に並ぶ13勝目。熊本県出身の力士として、初の優勝を決めた。 打ち出し後、伊勢ケ浜審判部長(元横綱旭富士)が大関昇進を諮る臨時理事会の招集を八角理事長(元横綱北勝海)に要請した。八角理事長が承認すれば、30日の臨時理事会、11月場所の番付編成会議を経て「大関正代」誕生が正式に決定する。 ともえ戦に持ち込まず、本割で決めた。小兵の翔猿に攻め込まれたが何度も体勢を立て直し、最後は土俵際で逆転の突き落としを決めた。13日目は貴景勝の突き押しに全く引かない相撲内容で、14日目は朝乃山を立ち合いで吹っ飛ばし、大関に連勝。文句のつけようがない初優勝だった。

○…理事会招集を要請した審判部の伊勢ケ浜部長(元横綱旭富士)は「勝ち星が安定している。ここ5場所を見ても分かる通り」と目安の3場所通算33勝よりも、ここ1年の安定感を評価した。今場所は両横綱が初日から休場。そのため対戦がなかったが「とにかく安定して成績を残していることがいい」と話し、「大関になれば常に優勝争いしないといけない。みんなでその力があると認めた」と審判部の総意を明らかにした。

○…臨時理事会で正代の大関昇進が承認された場合、その後に行われる伝達式に謹慎中で師匠の時津風親方が参加できることとなった。日本相撲協会関係者が「晴れの舞台だからいいだろう」と認めた。時津風親方は秋場所前に、協会作成の新型コロナウイルス感染対策のガイドラインに基づく行動に違反したとして、同場所を休場、謹慎していた。処分は場所後の理事会で協議される見通しとなっていた。

幕内初優勝を飾った正代は優勝旗を手にする(撮影・小沢裕)

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正代が悲願初V大関昇進確実に、貴景勝は最多12勝

翔猿(手前)を突き落としで破る正代(撮影・鈴木正人)

<大相撲秋場所>◇千秋楽◇27日◇東京・両国国技館

関脇正代(28=時津風)が悲願の初優勝を果たし、大関昇進をほぼ手中に収めた。新入幕で3敗を守る翔猿を下して、自己最多に並ぶ13勝目。熊本県出身の力士として、初の優勝を決めた。打ち出し後、伊勢ケ浜審判部長(元横綱旭富士)が大関昇進を諮る臨時理事会の招集を八角理事長(元横綱北勝海)に要請した。承認されれば30日の臨時理事会、11月場所の番付編成会議を経て「大関正代」誕生が正式に決定する。

ともえ戦に持ち込まず、本割で決めた。小兵の翔猿に立ち合いのぶちかましが不発で、175センチの低さを生かした突き押しを受けると、いなされて体勢を崩した。最後は両腕で抱えて、土俵際で逆転の突き落としを決めた。13日目は貴景勝の突き押しに全く引かない相撲内容で、14日目は朝乃山を立ち合いで吹っ飛ばし、大関に連勝。文句のつけようがない初優勝だった。

14日目終了時点で優勝の可能性を残していた3敗の貴景勝は、結びで朝乃山との大関対決に勝利して12勝目を挙げた。直前の取組で正代が勝った時点で2度目の優勝は消滅したが、集中力を切らさず大関としては自己最多の白星を挙げた。

翔猿は正代に敗れたものの新入幕ながら11勝を挙げ、敢闘賞を受賞した。取組後は表情に悔しさをにじませたが、小兵力士として場所を最後まで盛り上げた。

幕内初優勝を飾った正代は伊勢ケ浜審判部長(左)から優勝旗を受け取る(撮影・小沢裕)
貴景勝は朝乃山(手前)を押し倒しで破る(撮影・小沢裕)

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正代ぐしゃぐしゃに顔崩壊 初Vと大関に涙止まらず

八角理事長(右)から内閣総理大臣杯を受け取る正代

<大相撲秋場所>◇千秋楽◇27日◇東京・両国国技館

関脇正代(28=時津風)がついに賜杯を手にした。

新入幕の翔猿に攻められ、追い詰められた土俵際で逆転の突き落としを決めた。熊本県出身、東農大出身の優勝はともに初めて。13勝2敗の好成績で審判部の伊勢ケ浜部長(元横綱旭富士)は八角理事長(元横綱北勝海)に大関昇進を諮る臨時理事会の招集を要請し、30日にも「大関正代」が誕生する。恵まれた体を「ネガティブ」と言われた弱気な性格で生かせなかった大器が目覚め、初優勝と大関の夢を一気にかなえて涙した。

   ◇   ◇   ◇

正代が泣いた。東の花道。出迎えた付け人とグータッチをかわすと、顔はぐしゃぐしゃに崩壊した。青いタオルで涙があふれる両目をぬぐう。「付け人が目を潤ませて、その後ろに井筒親方がいて。涙が止まらなくなった」。支えてくれた顔を見て感情があふれた。

最後まで試練だった。大一番の相手は新入幕翔猿。「初顔でとても意識したし、やりづらさを感じた。今までの相撲人生で一番、緊張したかもしれない」。前夜は深夜0時前に寝床に入ったが、明け方5時すぎまで寝付けなかったという。「目をつむると相撲のことがよぎって…」。極度の緊張は最後の仕切りまで続いた。「ドキドキして心臓の音が聞こえるぐらい。生きた心地がしなかった」。

立ち合い、14日目に大関朝乃山を吹っ飛ばしたような出足はなかった。攻められ、攻め返したところをいなされて体が泳ぐ。もろ差しを許して追い詰められた土俵際、必死の突き落としが決まった。「最後まであきらめなかったのがよかった」。土俵下の控えで息を整え何度も目を閉じた。

入門時から期待された大器が壁を突き破った。恵まれた体を誇りながら、大事な勝負どころで顔を出す「弱気」。今年初場所、そして先場所も千秋楽まで優勝争いに絡みながら届かず「プレッシャーに負けてしまっていた」。悔しい思いを重ねネガティブを捨てた。

母理恵さん(56)が「あがり症でした」という少年は何となく流される人生だった。小学1年で相撲を始めたきっかけも「体が大きい子どもがいる」と聞いた知人が、公園で遊んでいた正代をなかば強引に道場へ“連れ去って”から。熊本農高を卒業して就職を考えたが、当時は就職口がなくて進学。東農大在学中も高校の教員を目指したが、教育実習1週間で10キロやせるほど「教える厳しさ」を痛感し相撲界に導かれた。

「ネガティブ」は心優しさの裏返しでもある。今年3月、祖母の正代正代(まさよ)さん(91)が体調を崩して入院した。春場所前に帰郷していた正代は滞在の3日間、毎日お見舞いに通ったという。元気になった祖母は毎日、仏壇に手を合わせた。その祈りも、歓喜の瞬間につながった。

大関昇進も確実にした。「あこがれの地位。いろいろ責任のかかる地位…パッと思いつかないなぁ」と実感はわかない。誇りを持つ「正代」の名を熊本初の優勝力士に、そして大関の歴史に刻んだ。【実藤健一】

◆正代直也(しょうだい・なおや)1991年(平3)11月5日、熊本県宇土市生まれ。小学1年から相撲を始め、熊本農3年時に国体優勝。東農大に進み、2年時に学生横綱も卒業を優先してプロ入りせず、14年春場所に前相撲で初土俵。序ノ口、幕下、十両で優勝し16年初場所新入幕。184センチ、170キロ。得意は右四つ、寄り。

▽八角理事長(元横綱北勝海) 正代は初日から内容が良く素晴らしかった。最近3場所というより、この1年の相撲がいい。頑張っていればいつか、こんなこともある。翔猿も最後までうまく攻めたし自信になっただろう。(医療関係者らの)周りの人たちの支えで今場所も開催できた。

初優勝を決めた正代はタオルで顔の汗をぬぐう(撮影・小沢裕)
幕内初優勝を飾った正代は伊勢ケ浜審判部長(左)から優勝旗を受け取る(撮影・小沢裕)
初優勝を決め、賜杯を手に笑顔を見せる正代(代表撮影)

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