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相撲国際化は剣道の道手本に 王貞治氏ら有識者会議

第3回「大相撲の継承発展を考える有識者会議」に出席する王氏(撮影・小沢裕)

「大相撲の継承発展を考える有識者会議」の第3回会合が10日、都内のホテルで行われた。

プロ野球ソフトバンクの王貞治会長らが参加し、2時間余りにわたって相撲の国際化などについて話し合われた。国際化については柔道と剣道を引き合いに、山内昌之委員長(東大名誉教授)は「日本固有のルールや伝統が守られてきた剣道の道で国際化という意見が大多数」と明かした。次回会合で柔道と剣道の専門家2人を招いて議論を深める予定。また2度目の暴力などで自主引退を促されながら、この日も意向を示さなかった十両貴ノ富士も話題にのぼった。

第3回「大相撲の継承発展を考える有識者会議」の会見に臨んだ山内委員長は暴力問題を起こした貴ノ富士についても議論されたことを明かした。左は八角理事長(撮影・小沢裕)

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王貞治氏が稽古総見初視察「横綱はずぬけている」

横綱審議委員会稽古総見を見つめる、左から紺野美沙子委員、大谷剛彦委員、王貞治委員(撮影・鈴木正人)

プロ野球ソフトバンクの王貞治会長が、稽古総見で相撲の稽古を初めて視察した。「いつもはテレビで見ていたけど迫力が違う。両横綱の稽古を見ると、横綱はずぬけているのだと分かった」と語った。

その後に行われた「大相撲の継承発展を考える有識者会議」のメンバーであり、同じ両国国技館での2度目の会合を前に、早朝から土俵付近のいすに座って見届けた。有識者会議では2時間あまりにわたって話し合ったが、王氏は「限界を超えた稽古が必要だということ」と話した。努力する姿を一般公開する、この日のような場を通じ、相撲への理解を訴える必要性を説いていた。

大相撲の継承発展を考える有識者会議に出席した王委員(撮影・鈴木正人)

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紺野美沙子「責任感じる」相撲の有識者会議初会合

第1回「大相撲の継承発展を考える有識者会議」に出席した紺野美沙子(中央)(撮影・鈴木みどり)

日本相撲協会は21日午後、東京・両国国技館で、プロ野球ソフトバンクホークスの王貞治会長らをメンバーとする「大相撲の継承発展を考える有識者会議」の初会合を開いた。

同会議は、日本相撲協会の八角理事長(元横綱北勝海)の諮問機関で、今後、1年半程度をかけて来年秋に、提言書と自己規律の指針をとりまとめる。大相撲の国際化が進む中で、相撲道の伝統を継承、発展させていくため、大所高所からの提言を求める。

メンバーは今井敬氏(経団連名誉会長)を特別顧問とし、横綱審議委員会の委員でもある山内昌之氏(歴史学者)を委員長とし、王氏や阿刀田高氏(作家)、松本白鸚(歌舞伎役者)、大谷剛彦氏(元最高裁裁判官)、紺野美沙子(俳優)、但木敬一氏(元検事総長)の8人で構成される。会合には同協会から八角理事長、芝田山広報部長(元横綱大乃国)らも出席した。

会合終了後、紺野氏は取材に応じ「想像していたより大変そうです。有識者会議で決めなくてはいけないことが、あまりにも大きくてどこまで貢献できるか。正直、責任の重さと不安を感じています」と引き締まった表情で話した。ただ、周囲のメンバーが必ずしも角界に精通しているわけではないこともあり「いろいろな違った世界の方がいますが、必ずしも相撲にお詳しいわけではない。逆に新しい視点、広い視野で相撲を俯瞰(ふかん)できると思います。どんな意見が出るか楽しみです」と話した。今後は会議だけではなく、本場所総見、稽古場総見、稽古場見学などを行うことも会合で出され「横審の(稽古)総見にも参加出来るようで“やったー”って感じです」と笑みを浮かべながら話していた。

第1回「大相撲の継承発展を考える有識者会議」に出席した王貞治氏(左)、松本白鸚(左から2人目)、紺野美沙子(右手前)(撮影・鈴木みどり)

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王貞治氏が相撲有識者会議で現役力士へ自覚促す

第1回「大相撲の継承発展を考える有識者会議」に出席した王貞治氏(左)、松本白鸚(撮影・鈴木みどり)

「大相撲の継承発展を考える有識者会議」の第1回会合が21日、東京・両国国技館で行われた。

特別顧問の今井敬氏(経団連名誉会長)、委員長の山内昌之氏(歴史学者)をはじめ、プロ野球ソフトバンク会長の王貞治氏、松本白鸚氏(歌舞伎俳優)、阿刀田高氏(作家)、紺野美沙子氏(女優)、大谷剛彦氏(元最高裁裁判官)、但木敬一氏(元検事総長)の計8人のメンバー全員が出席。日本相撲協会からは八角理事長(元横綱北勝海)、芝田山広報部長(元横綱大乃国)、外部理事の山口寿一氏が参加した。

外部メンバーによる有識者会議は、力士の国際化、少子化社会の中にあって、伝統や文化を継承、発展させていくことが目的で、来秋のメドに相撲協会に提言書などを提出する予定だ。元横綱大鵬らとも親交のあった王氏は「下町出身でもあるし、相撲への思いは他の人よりも強い」と、相撲愛を明かした上で「昔は通っていたことが今は通らない。現役の人は大変だけど、そういう時代に生きていることを理解した上で、自分だけの問題ではないと考えてもらいたい」と、力士に自覚を促した。一方で、昭和のスーパースターらしく「気にしすぎると相撲に力が出なくなる。皆さん(報道陣や世間の声)の言うことをあまり気にしないで、と僕は思う」と、豪快な力士のイメージが損なわれることも危惧していた。

山内委員長は提言書などを提出予定の来秋について「ちょうど東京五輪が終わるころ。多くの国民がスポーツを見る中で、相撲のあり方も振り返る機会になる」と、相撲の注目度が上がることを見越していた。今後、会合は3カ月に1度程度のペースで開催し、部屋での稽古見学や、山内委員長も名を連ねる横綱審議委員会(横審)と同様に、本場所総見のような機会や、横審稽古総見に同席するなどの計画を明かした。

第1回「大相撲の継承発展を考える有識者会議」を終え会見を行う、左から芝田山理事、山内昌之委員長、八角理事長(撮影・鈴木みどり)
第1回「大相撲の継承発展を考える有識者会議」を終え会見を行う八角理事長(撮影・鈴木みどり)

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大相撲の継承発展へ有識者会議設置 王貞治氏ら8人

ソフトバンク王貞治会長(2018年6月1日撮影)

日本相撲協会は30日、東京・両国国技館で理事会を開き、プロ野球ソフトバンクホークスの王貞治会長らをメンバーとする「大相撲の継承発展を考える有識者会議」の設置を決めた。

八角理事長(元横綱北勝海)の諮問機関とし、6月中に1回目の会合を開く。今後、1年半程度をかけ来年秋に、提言書と自己規律の指針をとりまとめる予定だ。

大相撲の国際化が進む中で、相撲道の伝統を継承、発展させていくため、大所高所からの提言を求める。今井敬氏(経団連名誉会長)を特別顧問、山内昌之氏(歴史学者)を委員長とし、王氏や阿刀田高氏(作家)、松本白鸚氏(歌舞伎役者)、紺野美沙子氏(俳優)ら8人のメンバーで構成される。

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白鵬に森喜朗氏が期待「オリンピックで何か担って」

白鵬(左)の祝賀会で乾杯の音頭を取るソフトバンク王球団会長(撮影・佐藤礼征)

大相撲の横綱白鵬(33=宮城野)が5日、都内のホテルで行われた祝賀会に出席した。昨年9月の秋場所で達成した幕内1000勝などを記念した催し。横綱稀勢の里のほか、部屋の関係者ら約750人が参加した。昨年10月15日の開催を予定していたが、負傷していた右膝の手術もあり延期となっていた。

現在33歳。35歳5カ月で幕内優勝を果たした、大横綱千代の富士(享年61)を意識し「まだ更新したい記録はある。プロであるからには記録を目指さないといけない」と宣言した。プロ野球ソフトバンクの王貞治球団会長(78)が乾杯の音頭をとり「横綱には少しでも長く土俵に上がってほしい」とエール。また、20年東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長も出席し「オリンピックの時には何かの役割を担ってもらいたい」と期待した。

弟弟子の炎鵬と稽古する白鵬(左)(撮影・佐藤礼征)

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先代九重親方お別れ会、松山千春「冥福は祈らない」

横綱千代の富士お別れの会で弔辞を述べる松山千春(撮影・神戸崇利)

 7月31日に膵臓(すいぞう)がんのため61歳の若さで死去した、先代九重親方をしのぶ「第58代横綱 千代の富士 お別れ会」が1日、東京・両国国技館で行われた。

 午前11時から招待者による「お別れの会」が、午後1時からは一般ファンによる献花が行われ、故人をしのんだ。

 「お別れの会」には、30年以上も親交のある歌手で同じ北海道出身の松山千春(60)、アントニオ猪木参院議員(73)、歌手の近藤真彦(52)、プロ野球の中畑清前DeNA監督(62)、自転車の中野浩一氏(60)、女優の栄倉奈々(28)らの著名人や、親交のあった関係者約1500人が出席。発起人の一人でもあるプロ野球ソフトバンクホークスの王貞治会長も、ビデオレターで弔意を示した。午後の一般献花には、約3500人ものファンが長蛇の列をつくり、祭壇に菊の花をささげた。

 友人代表として弔辞を読んだのは松山千春。「お前のご冥福は祈らないよ。もう1回、立ち上がってくれ。もう1回、あの勇姿を見せてくれよ」などと声を絞り出した後、故人の半生を描いたフジテレビ系ドラマ「千代の富士物語」(91~92年)の主題歌となった、自身の楽曲「燃える涙」を熱唱。最後に「千代の富士~!」と再び絶叫して追悼した。

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貴乃花、日馬、王会長、カズが…九重親方追悼まとめ

 大相撲の元横綱千代の富士の九重親方(本名・秋元貢)が31日、東京都内の病院で死去した。61歳だった。

 大横綱の死去は、各界の関係者に大きな衝撃を与えた。

 コメントは以下の通り。

九重親方の遺体が無言で部屋に到着。力士らに迎えられる。手前右は佐ノ山親方

貴乃花親方 「いまは厳粛に静粛に受け止めています。現役時代には胸をお借りし、鋼の肉体に額をおそるおそる当てたことを忘れてはいません。まだ下積み時代に横綱から、早く上に上がってこいと激励のお言葉をたまわったことも忘れてはいません。いまはご遺族に哀悼の意をささげております」

元横綱朝青龍 「悲しい悲しいな涙が止まらない…憧れの力士、角界の神様、横綱たちの横綱よ~~悲しいな。親方よ 夏にモンゴルに来てイトウ釣る約束は?悲しいな涙」

横綱日馬富士 「言葉が出ない。何て言えばいいか…。鳥肌が立っています。大好きな大好きな方。あの方の相撲を見て勇気をもらっていた。小さい体でもこういう相撲を取ればいいんだと強い気持ちにさせてくれた。よくかわいがってもらいました」

佐ノ山親方(元大関千代大海)「師匠が好きで憧れの力士だった。本当にしみじみと(悲しみを)感じている。名古屋場所中に稽古場で指導内容を話したのが最後の会話。ご遺体の手を握りながら『今までありがとうございました』と言った」

玉ノ井親方(元大関栃東)「すごい人だった。存在が違った。スターですし、大きな存在を亡くした。すごい横綱だった。急なことで、悲しいの一言。気持ちを引き継いでしっかり頑張りたい」

尾車親方(元大関琴風)「年齢は2つ上、まさに戦友でした。初顔は78年夏、私が寄り切りで勝ち、その後5連勝しました。すると突然、佐渡ケ嶽部屋に出稽古に来るようになりました。東京にいても、巡業にいても、いつも胸を合わせました。右手の指が裂ける大けがも気がつかないほどでした。鋭い当たりから中に入って左前まわしを取られたら体が浮いてしまい、つま先立ちの状態になるほどでした。そして、その後は11連敗です。本当に強かったです。これからは協会のご意見番としてアドバイスをいただきかっただけに残念です」

芝田山親方(元横綱大乃国)「こんなに早く亡くなるとは思っていなかった。当時は千代の富士、同部屋の北勝海がいて、一門が違う大乃国がいた。そういう相手がいたから、土俵を沸かせられたのではと思う。相四つだったので、なんとか先に左の上手を取らせないように研究した」

ソフトバンク王貞治球団会長 「九重親方の訃報に接し、大変残念でなりません。土俵での圧倒的な強さで、31回の優勝など数々の記録を打ち立て、相撲界を大いに沸かせてくれました。一時代を築いた心に残る横綱でした。謹んでご冥福をお祈りします」

日本ハム栗山英樹監督「食事をしたことがあり、おおらかで大きな人だった。けがをトレーニングで克服したのを(かつて教壇に立っていた)大学の授業でも話したことがある。ショックで残念」

楽天梨田昌孝監督「悪いのは知っていたが、すごくショック。体は小さいが強いし、スケールの大きさがあった。ゴルフではアプローチもパットもうまい。酒(の飲み方)も豪快だった」

ロッテ伊東勤監督「われわれの子どものころのヒーローだった。相撲人気が復活して、盛り上がってきている。ヒーローが亡くなって残念」

横浜FCカズ(三浦知良) 「何回かお会いしたことがあります。まだお若い。残念ですね」

元NHKアナウンサー杉山邦博さん 「努力の人で、とにかく強かった。力士になった当初は体が小さいのに上手投げにこだわって相撲を取っていたため、肩の脱臼が相次いだ。そこから自分を変え、一直線に前に出るスタイルにしたことが歴史に残る『小さな大横綱』の誕生につながった。自分を変えることはなかなか至難の業だが、見事に成し遂げた。自分と向き合う強い気持ちを持っていたからだろう。横綱としても一人の人間としても誇り高かった。最大級の賛辞を贈りたい」

1981年初場所、優勝決定戦で北の湖を破り、初優勝を決めた関脇・千代の富士(写真は1981年1月25日)

【復刻】

大横綱千代の富士、涙の引退「体力の限界…」/復刻 

千代の富士、奇跡の復活劇!31度目の優勝/復刻 

千代の富士、猛攻の半生 北の湖倒す/復刻連載1 

千代の富士「コンチキショー」脱臼克服/復刻連載2 

千代の富士が「最もすてきなお父さん」/復刻連載3 

千代の富士「一つ一つ」で53連勝/復刻連載4 

横綱千代の富士(写真は1989年1月10日)

元横綱大鵬の一周忌に王会長ら200人参列

ソフトバンク王球団会長を見送る納谷芳子夫人(撮影・鈴木正章)

 昨年1月19日に心室頻拍で急死した元横綱大鵬の納谷幸喜氏(享年72)の一周忌法要が19日、都内のホテルで営まれた。

 親族に加え、プロ野球ソフトバンク球団会長の王貞治氏(73)ら約200人が参列。遺族を代表して芳子夫人(66)は「この1年あっという間でした。まだ近くでお父さんにオーイ、オーイと呼ばれているみたいな感じ。命日に皆さんにお集まりいただき、大鵬の強さ、優しさ、重さを感じております」と話した。

 王氏も「大鵬さんの存在は色あせない。思い出がより深く、鮮明になっていく」と個人をしのんだ。大鵬さんの自宅や、大鵬部屋の流れをくむ大嶽部屋がある東京・江東区の山崎孝明区長(70)は、深川江戸資料館に計画中だった「大鵬記念館」の今年中に完成させることを明言。「大鵬さんの誕生日(5月29日)に間に合わせたい」と話した。

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大砂嵐 大鵬さん命日に打倒遠藤/初場所

鏡桜を押し倒しで下す大砂嵐(撮影・下田雄一)

<大相撲初場所>◇7日目◇18日◇東京・両国国技館

 東前頭16枚目の大砂嵐(21=大嶽)が、東前頭14枚目の鏡桜(25)を寄り倒しで破り5勝目を挙げた。今日19日は、昨年亡くなった元横綱大鵬の納谷幸喜さんの命日。都内で営まれる一周忌法要には、王貞治氏(73=ソフトバンク球団会長)が駆けつける。大切な日を前に、大鵬の最後の孫弟子が力強い相撲で館内を沸かせた。

 天国の大横綱へ、力強い相撲をささげた。立ち合いでかちあげた大砂嵐は左を差し、右上手もがっちりつかむ。138キロの鏡桜をつり気味に寄って、最後は寄り倒した。通算100回出場の区切りを白星で飾った。「右四つになりたかった。立ち合いが残念だった」。勝って反省の言葉が出るのも向上心がある証しだ。

 あの日から、早くも1年がたつ。だからこそ、勝って迎えたかった。昨年の1月19日、元横綱大鵬の納谷幸喜さんが急死した。当時幕下だった大砂嵐は「オレの目の届くうちに関取になってほしい」という納谷さんの願いをかなえられず、涙した。今の大嶽部屋は、大鵬部屋を引き継ぐ形で誕生し、今も「大鵬道場」の看板が掲げられている。師匠の大嶽親方(元十両大竜)は、大鵬の弟子。孫弟子になる大砂嵐も、無念の思いを味わった。

 あれから1年。無事に関取になり、十両を2場所で通過して、今場所は入幕2場所目になる。正月には今年の目標を「三役」に定めた。毛筆で書き初めして、部屋の壁に張りつけた。エジプトから不安と希望を抱いて来日したころ、かわいがってくれた恩人が納谷さんだった。今も、自室で「大鵬」の名前入りマグカップを愛用し、夢の横綱を目指して努力を続ける。

 納谷さんの一周忌法要には、生前から親交が深かった王貞治氏も参列。大砂嵐は遠藤を相手にする。平幕対決では異例の懸賞14本が懸かった注目の一番は、きっと天国の横綱大鵬も楽しみに見ているはず。「いつもと同じ。相手が誰でも変わらない」。胸に秘める熱い思いは、土俵で表現する。

 ◆元横綱大鵬の納谷幸喜氏の死去 昨年初場所7日目の1月19日午後3時15分、心室頻拍のため、両国国技館から6キロ離れた東京・新宿区の慶応病院で亡くなった。72歳。2日前に東京・江東区の自宅で定期健診中に呼吸困難に陥り、入院。一時は持ち直して相撲をテレビ観戦し、19日の朝も朝食を取ったが、その後に異変が起きた。初場所後の30日に営まれた通夜ではプロ野球の王貞治氏が、31日の葬儀・告別式では女優黒柳徹子と横綱白鵬が弔辞を読んだ。2月15日には国民栄誉賞の受賞も決まった。

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白鵬バレ偉業「気持ちいい」/秋場所

勢(左)を上手投げで破り、鬼の形相を見せる白鵬(撮影・神戸崇利)

<大相撲秋場所>◇2日目◇16日◇東京・両国国技館

 横綱白鵬(28=宮城野)が、プロ野球ヤクルトのバレンティンの偉業を祝福した。

 モンゴルで野球協会の名誉会長を務めることもあり、王貞治氏の持つ1シーズンの本塁打記録を塗り替えたヒーローに「知り合いではないですが、同じように海を渡って活躍している。気持ちいいですね。応援していました」と、双葉山が持つ69連勝に挑戦した自身に重ね合わせて、わが事のように喜んだ。

 この日は西前頭筆頭の勢(26=伊勢ノ海)の挑戦に20秒近く時間がかかったが、最後は左上手投げで仕留め「時間はかかったけど、いい相撲だったんじゃないか」と自画自賛していた。

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琴奨菊婚約解消…角界の結婚騒動/メモ

 大相撲の大関琴奨菊(29=佐渡ケ嶽)が12日、婚約解消を発表した。昨年10月、佐賀県在住の会社員との婚約を発表していたが、その後に互いの考えに違いが生じたという。婚姻届も提出しないまま、4月20日に予定した挙式も中止。招待客にはわび状を送付した。ファンや支援者に謝罪しつつ、当面は相撲に集中する姿勢を示した。

<角界の結婚騒動>

 ◆琴錦騒動 91年2月、木下佳子さんとの結婚が報じられた琴錦は、これを否定。埼玉在住の女性と結婚を前提に交際しているとしたが、佳子さんとの結婚と妊娠が明らかになった。最終的には、佳子さんとよりを戻したが、日本相撲協会からは騒動の影響でけん責処分を受けた。

 ◆貴りえ騒動 92年10月、20歳の関脇貴花田(後の横綱貴乃花)と、19歳のタレント宮沢りえの婚約が発覚。翌93年5月の挙式、媒酌人も王貞治氏に決まった。しかし、93年1月に破局が明らかになった。新大関に昇進した貴ノ花は「愛情がなくなった」と話し「家庭を持つということは、仕事も充実しなきゃいけないと感じた。仕事を一からやりたいと思ったんです」と説明。りえの芸能界引退問題も背景にあったとされる。

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「大鵬、ニクラウス、王貞治」と…

元横綱大鵬の納谷幸喜さんの通夜で、弔辞を読む王ソフトバンク球団会長

 昭和の大横綱が、世界の本塁打王から惜別の言葉を贈られた。史上最多32回の優勝を誇る第48代横綱大鵬の納谷幸喜さん(享年72)の通夜が30日、東京都青山葬儀所で営まれ、約1000人が死を悼んだ。同い年で現役時代から親交のあった王貞治氏(72=ソフトバンク球団会長)が弔辞を読み、参列者の涙を誘った。葬儀・告別式は今日31日、同所で行われる。

 遺影の大鵬さんは、ほほ笑んでいた。相撲博物館館長だった60代前半のころ、スーツ姿で撮った写真を、芳子夫人(65)が選んだ。寒空のもと、角界の内外から約1000人が通夜に足を運んだ。弔辞を読んだのは、誕生日が9日違いで、親交の深い王さんだった。

 王さん 「巨人、大鵬、卵焼き」と言われました。あなただけ個人です。それだけあなたが偉大な存在だったかを物語っています。私は常にあなたを追いかけて、目標にして戦ってきました。ひそかに自分の中では、同じ1940年に生まれた、あなたとニクラウスと私で、「巨人、大鵬、卵焼き」に対して「大鵬、ニクラウス、王貞治」と胸の中では常に思っていました。その仲間の1人であるあなたがこのような形で旅立ってしまったというのは本当に悲しいです。

 王さんは原稿を持たず、遺影に目を向け、9分50秒にわたり、語りかけていた。芳子夫人は、贈る言葉を聞きながら、目を潤ませた。「胸がいっぱいになって、涙が出ました。一言お話いただけるかと思ったら、いっぱい話してくださった。親方(大鵬さん)も、何かと言うと王さんでしたから…」。

 1961年(昭36)、ともに世話になった吉田接骨院で知り合った。ある年の正月、王さんの家で飲んだ2人は、酔っぱらって大の字になって寝た。王さんは「本来の自分になって話ができた」と振り返り、芳子夫人は「あの時、私もいたんですよ」と思い出話を懐かしんだ。

 祭壇には前日29日に授与された正四位や旭日重光章、天皇陛下からの香典にあたる祭粢(さいし)料も飾られた。焼香は12カ所設けられ、それぞれに大鵬さんの在りし日の写真が飾られた。参列者のそれぞれが、大横綱との思い出を胸に、手を合わせた。

 身長187センチの大鵬さんに合わせて作られた特注の棺(ひつぎ)には、愛用の品々が入れられた。雪駄(せった)、ツゲのくし、白地に紺で「大鵬」の刺しゅうが入ったガーゼのハンカチ、「夢」の字が入ったバスタオル、そして9人の孫からの手紙-。1つ1つに、家族の愛がたっぷり込められた。

 戒名は「大道院殿忍受錬成日鵬大居士」。生前に好んだ「忍」、しこ名の「鵬」などが入れられた。今日31日の告別式後、大鵬さんは両国国技館などゆかりの地をめぐり、天国へ旅立っていく。【佐々木一郎】

 ◆主な参列著名人 王貞治(野球)ドルゴルスレン・ダグワドルジ(元朝青龍・相撲)北の富士勝昭(相撲)第35代木村庄之助(相撲)舞の海(タレント)長島昭久(政治家)鈴木宗男(政治家)内館牧子(作家)平尾昌晃(作曲家)コシノジュンコ(ファッションデザイナー)永島敏行(俳優)龍虎(俳優)十勝花子(女優)見栄晴(タレント)※敬称略、順不同

 ◆告別式予定 今日31日午前10時から東京都青山葬儀所で。横綱白鵬とユニセフ親善大使で女優の黒柳徹子が弔辞。出棺後は慶応大学病院→両国国技館→二所ノ関部屋→大嶽部屋→北の湖部屋→ロイヤルパークホテルを経由し町屋斎場へ向かう。

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納谷さん通夜に各界から1000人が参列

 元横綱大鵬の納谷幸喜さん(享年72)の通夜が30日、東京・青山葬儀所で行われた。葬儀委員長を務めた日本相撲協会北の湖理事長(元横綱、59)ら日本相撲協会関係者に加え、多くの著名人など約1000人が参列し、別れを惜しんだ。

 親交の深かったプロ野球ソフトバンクの王貞治球団会長(72)が弔辞。「本当に人間業とは思えない、そんな体勢からでも勝ってしまう。また相手からすればどうして負けたのかと不思議に思うくらい、とても不思議な力を持つお相撲さんでした。それがファンにとってはこたえられなくすばらしい存在でした」と語りかけた。

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納谷さん通夜で王氏「目標にして戦った」

元横綱大鵬の納谷幸喜さんの祭壇(撮影・神戸崇利)

 史上最多32回の優勝を誇る第48代横綱大鵬の納谷幸喜さん(享年72)の通夜が30日、東京都青山葬儀所で営まれ、約1000人が死を悼んだ。

 同い年で現役時代から親交のあった王貞治氏(72=ソフトバンク球団会長)が弔辞を読み、遺影に向かって「私はあなたを目標にして戦ってきた。ひそかに自分の思いの中では、同じ年の1940年に生まれた、あなたとニクラウスと私と。『巨人、大鵬、卵焼き』に対して『大鵬、ニクラウス、王貞治』というふうに自分の胸の中では常に思っていました。その仲間の一人であるあなたがこのような形で旅立ってしまったというのは本当に悲しいです」と語りかけた。

 葬儀・告別式は31日、同所で行われる。

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大鵬さん告別式弔辞は白鵬&黒柳徹子

 19日に急逝した元横綱大鵬の納谷幸喜さん(享年72)の告別式(31日、東京都青山葬儀所)で、横綱白鵬(27)と女優黒柳徹子(79)が弔辞を読むことが24日、分かった。芳子夫人(64)は「白鵬関は、私たちを慕ってくれたし、力士の代表として横綱にお願いしました。黒柳さんは、(大鵬さんが)徹子の部屋に出るようになってから親しくさせていただきました」と説明した。

 白鵬は大鵬さんが亡くなる2日前、沙代子夫人とともに自宅で見舞った。直後に入院したため、直接話をした最後の現役力士となった。19日の取組後「私には3人の父がいる。モンゴルの父、育ての父、角界の父。大鵬さんもお父さんの存在です。その1人がいなくなったことは、悲しすぎる」と話した。同日夜に弔問に訪れ、遺体を前に号泣した。

 黒柳は、大鵬さんが日本相撲協会を退職する前の大鵬部屋時代、ちゃんこを食べに行ったことがある仲。大鵬さんが徹子の部屋に出演した直後、四股を踏むなど相撲にも興味を示していたという。

 同世代で親交のあるプロ野球ソフトバンクの王貞治球団会長(72)は、スケジュールの都合で告別式に参列できない代わりに、30日の通夜で話をしてもらうという。また、葬儀委員長を依頼された日本相撲協会の北の湖理事長(59)は「引き受けさせていただきます」と快諾。告別式後は、両国国技館で理事会が予定されるため、弔辞は白鵬に任せる形になった。今日25日は、東京・江東区の大嶽部屋で初七日の法要が営まれる。

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王さん悼む「技極めた人」

大鵬さんとの思い出を語る王氏(撮影・松本俊)

 ソフトバンク王貞治球団会長(72)が19日、大鵬さんの訃報を悲しんだ。12月9日に亡くなり、都内で行われたプロ野球元コミッショナー川島広守さん(享年90)のお別れ会に出席。「巨人、大鵬、卵焼き」と称され、ともに野球界、相撲界で金字塔を打ち立てたスター同士。1961年(昭36)の正月、都内の吉田接骨院での運命的な出会いから約半世紀。3年前、日刊スポーツの紙面上でも対談したこともあり、哀悼の意を表した。

 王会長にとって、大鵬さんの死去の知らせは早すぎた。「昼間3時過ぎに話を聞きました。入院されているとか聞いていなかった。突然のことなのでびっくりしました」。寂しそうな表情を浮かべながら「残念なのは(引退後に)病気をされたこと。されていなければもっと現役時代と同じように、相撲界に貢献されたのではないでしょうか」と盟友の死を残念がった。

 同時代を生き、種目は違うが、ともに日本のスポーツ界を引っ張ってきた。「巨人、大鵬、卵焼きと言われたが、1人の名前で出ているのは大鵬さんだけ。国技である相撲の世界でものすごい功績を残し、名前がすぐに浮かぶ人。パワフルというより、相撲の技術を極めた人だと思います」と尊敬の念を込めて語った。

 同じ1940年(昭15)5月生まれ。誕生日は9日違い。生い立ちにも共通点があった。王会長の父は中国、大鵬さんは樺太で生まれた。子ども時代は終戦直後。いじめられた思い出は互いにないというが、互いに末っ子。第2次世界大戦末期の厳しい時代を乗り越え、平和な時代となりスポーツに打ち込んでいった。

 大鵬さんが大関になったばかりの61年の正月。都内の吉田接骨院で知り合った。大鵬さんは生前、接骨院の先生から「巨人の王だ」と紹介されたと振り返っている。王会長は「正月に一緒にお酒を飲み、自宅にまでお連れして新年会をした。大きな一升も入るような金杯で一緒に飲んだ。今になってみるとすごくいい思い出です」と振り返った。

 「巨人、大鵬、卵焼き」が流行語になったのは、2年後の63年ごろ。王会長は1本足打法を確立させ、大鵬さんは6場所連続優勝を果たすなど、国民的なスターとなった。「勝って当然」「打って当然」と思われる境遇を共感できる数少ない友だった。「ご冥福をお祈りします」というコメントに、無念さがにじんだ。

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王会長「名を残す偉大な人」/納谷氏悼む

 大相撲史上最多32回の優勝を誇る元横綱大鵬の納谷幸喜(なや・こうき)氏(日刊スポーツ評論家)が19日午後3時15分、心室頻拍のため東京都内の病院で死去した。72歳だった。

 元巨人監督で現ソフトバンク球団会長の王貞治氏(72)は、球団を通じてコメントした。

 「同い年で、同じ時代に世の中に出ただけに、さまざまな場面でご一緒しました。現役時代に面倒をみてもらっていた接骨院で、正月に一緒に金杯でお酒を飲み、自宅にまでお連れして新年会をした事が、いい思い出として残っています。巨人・大鵬・卵焼きと言われた時代、私たちはチームでしたが、親方は一人で国技である相撲を支えてこられました。歴史に名を残す偉大な人であり、同じ時代を生きて来ただけに、寂しいです。ご冥福をお祈りします。王貞治」

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大鵬さん涙の70歳“先輩”王さんもエール

 元横綱大鵬の納谷幸喜氏の古希を祝う会が、70歳の誕生日の29日に都内のホテルで開かれた。全国、各界から約650人が出席し、江東区名誉区民賞、角界から初の文化功労者の祝いも兼ねた盛大な宴に。さらに30日は芳子夫人との43回目の結婚記念日と、4重のお祝いとなった。

 納谷氏は「きょうを機に一から出直し」と、ケーキにはろうそくを1本だけ立てて吹き消した。「白系ロシア人と後ろ指をさされ、チクショウと頑張った。それも皆さんの温かい励ましがあったから。出会った人たちに感謝したい」。時には涙交じりに、55年の相撲人生を振り返った。

 9日前に同じ古希となったプロ野球ソフトバンクの王貞治球団会長からは「2人でいい年を取って、これからも頑張りましょう」とエールを送られた。新旧横綱も何人も駆けつけ、柏戸との柏鵬時代にあやかった白鵬が「最多優勝32回に少しでも近づけるよう頑張ります」とあいさつした。

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