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プロレスラー亜利弥さん45歳で他界 仲間も追悼

現役時代の亜利弥さん(右)

プロレスリングZERO1は乳ガンで闘病していた亜利弥さんが27日午前5時25分に亡くなったことを公式ホームページ上で発表した。45歳の若さだった。

葬儀は本人の希望で家族葬で執り行われる。

亜利弥と同い年のプロレスラー田中将斗も自身のツイッター上で亜利弥さんが亡くなったことに、「同級生の元女子レスラーの亜利弥がお亡くなりになった。昨日試合終わりで駆けつける事ができ、話しかける言葉に意識もない状態ながら、手が少し動いたのはわかってくれたのか?今日最後にお別れしてきたけど、頑張り戦い続けた小山は強かった。ありがとう。ご冥福をお祈りいたします。」とつづった。

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W-1黒潮&田中組が逆転V 芦野から初勝利奪う

タッグ戦で芦野に勝利し、22日新木場大会でのW-1タッグ王座挑戦が決まった黒潮“イケメン”二郎(右)と田中将斗

<W-1:後楽園大会>◇13日◇後楽園ホール

 第5試合のタッグ戦で、黒潮“イケメン”二郎、田中将斗組が、芦野祥太郎、新井健一郎組を下した。

 イケメンと田中は、ともにジャケットを着て登場。激闘の末、イケメンが芦野のアンクルロックで絶体絶命の状況から逆転のエビ固めで勝利した。

 芦野から初勝利を挙げたイケメンは「デビューしてからずっと負け続けてきた芦野から、今日3カウント取った。22日の新木場大会でオレと田中のタッグタイトル挑戦を受けてくれないでしょうか?」と芦野に要求。芦野から「取られたのは事実。やろうよ」と回答され、22日新木場大会でのW-1タッグ王座挑戦が決まった。

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ノアで世代闘争勃発!田中将斗「杉浦と一緒に戦う」

試合後のリングで拳王(中央)に詰め寄るゼロワンの田中。左は潮崎(撮影・小沢裕)

<ノア:後楽園大会>◇10日◇後楽園ホール

 ノアで、世代闘争が勃発した。メインの三沢光晴メモリアルマッチでGHCヘビー級王者杉浦貴、丸藤正道組と潮崎豪、中嶋勝彦組が対戦。22分41秒、潮崎が、豪腕ラリアットで杉浦から3カウントを奪い完勝した。

 試合後、敗れた杉浦のもとに、ゼロワンでかつては杉浦とタッグを組んだ盟友田中将斗が登場。「世代闘争に参加する。もちろん、杉浦と一緒に戦う」と宣言。同じくリングに乱入した拳王や小峠篤志、マサ北宮、清宮海斗ら若い世代とベテラン組のにらみ合いになった。

 潮崎は「オレは何も作れていないが、杉浦、丸藤がいつまでもトップにいたら未来につながらない。思惑はそれぞれにいろいろあると思うが、自分のため、ノアのために、立ち上がる決意をした。今日戦ったのはノアの未来を変えるためだった」と話した。セミの次期GHCヘビー級王座挑戦者決定戦を制し、26日の後楽園大会で王者杉浦への挑戦が決定した拳王は「こいつらと同じコーナーに立って、丸藤、杉浦の時代を破壊する」と言い放った。

 一方、杉浦は「この状態で来てくれて、やっぱり頼もしいオレの相方です」と田中の参戦を歓迎。丸藤は「今日勝っただけで、調子に乗りやがって。まだまだ世代は変わらない」と厳しい表情で話していた。

清宮(左)に延髄蹴りを浴びせる拳王(撮影・小沢裕)
清宮(左)にヒザ蹴りを浴びせる拳王(撮影・小沢裕)

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大仁田厚“最後の弟子”佐瀬昌宏に電流爆破を許可

“最後の弟子”佐瀬昌宏(右)に引退試合での電流爆破マッチを認め、有刺鉄線バットを渡す大仁田厚

 10月31日にプロレスラーを引退した大仁田厚(60)が、頸椎(けいつい)の故障で引退を決意した“最後の弟子”佐瀬昌宏(38=フリー)に、引退試合で自らの専売特許とも言える電流爆破マッチを行うことを許可した。

 佐瀬は12月19日に東京・新木場1stRINGで引退興行を開催。引退試合のカードとして、田中将斗(ZERO1)と組み葛西純(FREEDOMS)、NOSAWA論外(フリー)組と戦う、有刺鉄線ボード・ストリートファイト+αデスマッチと発表していたが、+αとして師匠・大仁田が1990年(平2)に開発した、電流爆破を加えたいとひそかに熱望していた。

 大仁田は21日、都内某所で佐瀬と対面。「最後は大仁田さんと対戦したかったんですが、先に引退されて、その夢もかないませんでした。だったら、最後はどうしても、大仁田さんの代名詞でもある電流爆破をやりたいんです。許可してください」と直訴された。

 佐瀬の熱い思いに胸打たれた大仁田は「本当は電流爆破は安易にやってほしくないんだよ。だけど、お前は俺の最後の弟子だし、プロレスと仕事の二足のわらじで一生懸命、頑張っていたのを知ってるよ。『最後は電流爆破で終わりたい』と言うなら、そんなお前に敬意を表して、俺の有刺鉄線バットを進呈する。それに爆弾を付けようが、お前の自由。ただし、ケガするんじゃないぞ。2本の足でリングを降りろよ」と承諾し、佐瀬に自身の有刺鉄線バットを託した。

 大仁田が許可したことにより、佐瀬の引退試合は、有刺鉄線ボード・ストリートファイト電流爆破バット・タッグデスマッチに決定。会場の都合で、ノーロープ有刺鉄線電流爆破(4面爆破)はできないため、会場外の駐車場に3本の電流爆破バットが用意される予定だ。佐瀬は「最後に電流爆破がやれて本望です。託された有刺鉄線を使って、勝って引退試合を終えたい」と意気込んだ。

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TARU「大仁田は引退しません」1対1で対戦要求

田中将斗(右)と握手するTARU(中央)(撮影・村上幸将)

<大仁田厚ファイナル・後楽園ホール大会・引退式>◇31日◇東京・後楽園ホール

 第4試合を提供したZERO1のTARUは、引退する大仁田厚(60)の弟子・田中将斗(44)と組んで勝利しながら「大仁田は引退しません。お前ら、ダマされて金、集めさせられただけや」などと観客をあおり、大仁田を罵倒した。

 TARUは田中と菅原拓也と組み大谷晋二郎、ショーン・ギネス、小幡優作と対戦。田中がリング下の小幡を踏み付けている最中にショーン・ギネスを押さえ込み、フォール勝ちした。

 その後、客席に向かって言い放った。「大仁田は、引退しません。お前ら、ダマされて金、集めさせられただけや。あんなゲスい、クソ極道…俺と一緒や。簡単に引退させんぞ。お前は、俺が引きずり落としてやるよ。次やる時は、1対1でやろうよ」

 田中はリング上で大仁田へのメッセージは送らず、TARUと抱き合い、マットを後にした。

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大仁田厚ついに引退試合…7回の引退と復帰の歴史

「大仁田厚ファイナル・後楽園ホール大会・引退式」のポスター

<大仁田厚ファイナル・後楽園ホール大会・引退式>◇31日◇東京・後楽園ホール

 大仁田厚(60)が7年ぶり7度目の引退を表明し、1974年(昭49)4月14日に佐藤昭雄戦でデビューした思い出の地・東京・後楽園ホールでの引退大会と引退式に臨む。

 大仁田はニッカンスポーツコムの取材に対し「プロのレスラーとしてリングに上がることは絶対にない。神に誓って、やらない」と、今回が最後の引退だと宣言している。大仁田が、これまで引退、復帰を繰り返してきた歴史は以下の通り。

 ◆1度目の引退 1983年(昭58)4月のヘクター・ゲレロ戦で左膝蓋(しつがい)骨粉砕骨折の重傷。復帰も、1984年12月2日にマイティ井上に敗れ、付け人も務めたジャイアント馬場さん(享年61)に引退勧告されて、85年1月3日に後楽園ホールで引退式を行った。

 ◆1度目の復帰 1988年(昭63)に、コーチとして入団したジャパン女子のリングで、同じくコーチのグラン浜田との因縁が生まれ、12月3日に現役復帰し、対戦したが敗れる。89年に空手道場「誠心会館」を率いる青柳館長と東京・後楽園ホールで開催された「格闘技の祭典」異種格闘技戦で対戦し、同10月6日にFMWを旗揚げ。

 ◆2度目の引退 1995年(平7)5月5日に、川崎球場で愛弟子の故ハヤブサさん(享年47)と引退試合を行い、18分11秒、サンダーファイヤー・パワーボム3連発で仕留めて引退。

 ◆2度目の復帰 1996年(平8)12月11日に、宿敵だった故ミスター・ポーゴさん(享年66)から引退試合でのタッグ結成を請われ、一夜限りに復帰し、テリー・ファンク組との8人タッグに出場。田中将斗がヘッドハンターAをフォールし勝利すると、その後も戦いを継続。97年にはFMWの会長を辞し新団体ZEN、チームUSOを結成し同11月に新日本プロレスに殴り込んだ。さらに01年7月の参院選に、自民党の公認を受けて比例区で出馬し当選。

 ◆3度目の引退 2003年(平15)1月7日に会見を開き3度目の引退を表明。5月~7月上旬の間でアフガニスタンでの10万人興行の開催を調整しているとしたが、実現しないままに終わった。そして2005年(平17)3月26日に明大政経学部2部の卒業式に詰め襟の学生服で出席後、夜に後楽園ホールで“卒業試合”と題した引退興行を行い、雷神矢口と組んで越中詩郎、天竜源一郎組と対戦。最後は天龍の片エビ固めで敗れ引退。

 ◆3度目の復帰と4度目の引退 2006年(平18)4月1日に東京・靖国神社で行われた、ゼロワンMAX奉納大会に「国を守った人に礼を尽くすのは当然のこと」と参戦を直訴し、1日限りの復帰。田中将斗、ランジェリー武藤と組みケルベロス、ヤセ矢口、イチローキング矢口組と対戦し、ケルベロスを9分5秒エビ固めで下した。

 ◆4度目の復帰 2007年(平19)年1月12日に参院議員宿舎で会見し、現役復帰を表明。同2月11日に東京・新宿で行われた二瓶組復活興行に参戦。同6月に参院選出馬辞退と政界引退を表明後、同7月には北海道夕張市でチャリティープロレスを開催。翌08年2月5日にも都内で会見を開き、00年に有刺鉄線電流爆破マッチに引きずり込み、敗れた長州力とタッグを組んで復帰する考えを明かし、同5月18日に新日本・長州力(56)プロデュース「LOCK UP」新木場大会で越中詩郎と組み折原昌夫と金村キンタロー組と対戦。現役最高時127キロの体重を77キロに絞り、凶器を使った流血戦を展開も、最後は毒霧により反則負け。

 ◆5度目の引退 2009年(平21)12月1日に長崎県知事選への出馬を表明し、同28日に都内で5度目の引退会見を開き、選挙戦に集中するためリングを離れると明言。

 ◆5度目の復帰は6度目の引退試合

 2010年(平22)2月21日投開票の知事選では3位の9万8200票で落選。その後、同5月5日に引退会見を行った新木場1st RINGの新FMWの大会で引退試合を行い、ターザン後藤と組んで元祖ザ・グレートパンク、初代ザ・シューター組に勝利。

 ◆6度目の復帰 聴覚障害者プロレス団体・闘聾門JAPANの10年11月13日東京・江戸川区小松川さくらホール大会で復帰。マグナムTAKASAGOと、戸井克成とと組んで矢口壹琅、ファントム船越、JOM太郎と対戦し勝利。

 ◆7度目の引退 2017年(平29)10月31日に東京・後楽園ホールでの大仁田厚ファイナル・後楽園ホール大会で引退。

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大仁田の代名詞・有刺鉄線電流爆破誕生の地はNHK

藤田和之に自らの土俵の有刺鉄線電流爆破マッチで敗れ、マットにはいつくばる大仁田厚(2017年10月9日撮影)

 <7回目、そして最後の引退…大仁田厚、告白 第2回>

 プロレスラー大仁田厚が7回目の…そして最後の引退を決意した。全日本プロレスに入門し、1974年(昭49)4月14日に佐藤昭雄戦でデビューした思い出の東京・後楽園ホールで、31日に「さよなら大仁田、さよなら電流爆破 大仁田厚ファイナルツアー」を開催。藤田和之(46)と6人タッグマッチを行う。レスラー人生43年に幕を下ろす大仁田が、還暦を迎え、引退を決めた思いを告白する。第2回のテーマは“邪道”と言われても突き詰めた、代名詞の「有刺鉄線電流爆破マッチ」。

 -◇-◇-◇-◇-◇-

 大仁田は、左膝蓋(しつがい)骨粉砕骨折の重傷を負い、当時所属した全日本プロレスのジャイアント馬場さんから引退を勧告され、85年1月3日に後楽園ホールで引退式を行った。その後、就職を試みたが、学歴が中卒だったことから、幾つかの職を転々とすることを余儀なくされ、生活は厳しかった。

 生きる糧として、プロレス復帰を選び、自ら1989年(平元)にFMWを立ち上げた。同10月6日の旗揚げ戦で空手道場「誠心会館」館長の青柳政司(青柳館長=60)と対戦するなど、当初は格闘技路線だったが、壁を感じていた。その中で、思い浮かんだのがデスマッチだった。

 大仁田 どうにかこうにか足の痛みがなくなって、FMWを旗揚げした。最初は格闘技路線をやった。青柳館長らと戦って…でも、俺は空手家でもないし、道場も持っていないので限界を感じたわけです。そうしたら、FMWを設立して8、9カ月くらいで、もう1つの考え方が浮かんだ…それがデスマッチ。俺は米テネシーで有刺鉄線マッチを見ていたから、こういうものを使えばいいんだと。猪木さんと上田馬之助さんは、1978年(昭53)2月28日に日本武道館で、リング下にくぎ板を置いて日本初のネイル(くぎ)デスマッチをやった。でも有刺鉄線を利用して、もっと新しい、進化したものが出来ないかって考えた時、電流を流して、爆弾をつけられないかと思った。

 それが、大仁田のもう1つの代名詞とも言うべき「有刺鉄線電流爆破マッチ」誕生の瞬間だった。最初の実験を行ったのは…何と日本の公共放送・NHKの東京・渋谷の駐車場だった。

 大仁田 最初に爆破実験をしたのは東京・渋谷のNHKの駐車場。NHKの中に入っている、特殊効果の会社の人に「出来ますか?」って聞いたら「出来ます」って言う。それで実験した、その場で「ノーロープ有刺鉄線電流爆破マッチ」と名前を付けたんです。イチかバチかの賭けですよ、いつも。

 初めてノーロープ有刺鉄線電流爆破マッチを行ったのは、1990年8月4日。場所は汐留で、相手はターザン後藤だった。「やけどとか、すごかったです」と当時を振り返る。「明るく、楽しく、激しいプロレス」を掲げる全日本と、アントニオ猪木(74)が「ストロングスタイル」を打ち出す新日本プロレスの2強が並び立つ日本のマット界に、大仁田は「有刺鉄線電流爆破マッチ」を持ち込んだ。それまで、日本にはなかった異形のプロレスを、人々は「邪道」と呼んだ。

 大仁田 じゃあ、逆に言うけどね、全日本と新日本というものがあって、それに立ち向かうためには新しいものを築くしかなかった!! (格闘技路線の)UWFは、プロレスの否定から入ったけれど…俺は何もプロレスを否定していない。肯定から入った。プロレスはプロレス…でも、プロレスの中にもジャンルがあっていいだろうと。パンクやハードロックが、あっちゃいけないのか? と。

 後藤との戦いから27年…一部では「茶番」、「プロレスではない」などと批判も受けながらも、大仁田は「さよなら大仁田、さよなら電流爆破 大仁田厚ファイナルツアー」を始めた9月以降、有刺鉄線電流爆破マッチの連戦を繰り広げている。体に有刺鉄線が刺さり、爆破で身を焦がす戦いを、引退間近までなぜ続けるのか?

 大仁田 「猪木さんと上田さんはネイルに落ちなかったけれど、大仁田は有刺鉄線の中に落ちた」って言われるよね。電流爆破は怖いよ…いつも怖い。でも、やっちゃう自分がいる。でもね、世の中…政治もそうだけど、賛否両論はあるわけじゃない? あって、いいと思うよ、俺は。嫌いなものは、見に来なきゃいいんだし、興味があれば1回、見に来いよと。

 -一部では引退ロードの中で開催するノーロープ有刺鉄線電流爆破マッチにタッグ戦が多いことに「なぜシングルマッチをやらないんだ? 体力が続かないからか?」などと批判が飛んでいる。それに対して、大仁田は真っ向から批判する。

 大仁田 シングルは、田中将斗やNOZAWA論外ともやっているよ。でもハードコアは、シングルでは面白くないんだよ。試合の構成を考えるとね…いろいろな人間がリング上にいて、その組み合わせから、さまざまな面白さが出るのがハードコア。だから、タッグでやるんだよ。

 最終回は大仁田が、改めて引退の理由と未来を語る。【村上幸将】

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大仁田11月電流爆破否定「10・31が最後だ!」

工藤めぐみからの直訴状を読む大仁田厚

 プロレスラー大仁田厚(59)が24日、引退3日後の11月3日に電流爆破マッチで復帰か? と一部で報じられた件を完全否定した。

 そして「俺にはファンとの約束がある! それは、なんと言われようと曲げられない」と、10月31日に後楽園ホールで行われる「さよなら大仁田、さよなら電流爆破 大仁田厚ファイナルツアー」で引退することを、あらためて明言した。

 23日に一部で、超花火プロレスの工藤めぐみエクスプロージョンプリンセス(EP=48)が、大仁田引退3日後の11月3日に、電流爆破マッチの“聖地”神奈川・川崎球場跡地に近い「カルッツかわさき」に電流爆破マッチの舞台を用意し、参戦オファーすると報じていた。

 大仁田はこの日、名古屋国際会議場で行われた「ZERO1超花火 -名古屋大炎上-2017」に出場し、愛弟子の田中将斗との爆破王選手権試合 シングルマッチ時間無制限一本勝負に15分10秒、片エビ固めで敗れた。試合後、ZERO1のオッキー沖田リングアナから、工藤めぐみの直訴状を手渡されると、神妙な面持ちで受け取った。ゆっくりと読んだ後、参戦しない意向を重ねて強調した。

 大仁田 超花火でやろうが、どこでやろうが、俺が考えた電流爆破を盗むのはその人の勝手。それをどう表現しようが、その人の勝手。だけどな、俺の電流爆破は今日と同じ場所、名古屋国際会議場で10月29日に封印する。工藤選手の気持ちはうれしい。だけど、俺にはファンとの約束がある! それは、なんと言われようと曲げられない! 詐欺師だうそつきだと人は言う。だけどな、10月9日のお台場ノーロープ有刺鉄線4面電流爆破、そして10月29日名古屋で電流爆破はおしまい。10月31日後楽園ホールで、俺は四十数年のプロレスラー人生にさよならする! 10月31日が最後だ!!

 大仁田は、10月29日に名古屋国際会議場で開催する「大仁田厚 最後の電流爆破 ONITA FINAL」で電流爆破を封印することも、あらためて明言。工藤めぐみからの参戦オファーに感謝しつつも、断ったことで、大仁田の11月3日の川崎電流爆破での復帰は完全消滅。10・31後楽園ホールでの引退まで、残り9試合となった引退ロードを、最後まで爆走する決意だ。

大仁田厚に送られた工藤めぐみからの直訴状

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大鵬孫の納谷幸男、プロレスデビュー戦へ意気込み

プロレスデビュー会見を行った納谷幸男(右)と佐山サトル(撮影・村上幸将)

 13年に亡くなった大相撲の横綱大鵬の孫で、元関脇貴闘力(49)の長男納谷幸男(22)が4日、都内のリアルジャパンプロレスで会見を開き、9月14日の東京・後楽園大会でプロレスデビュー戦を行うと発表した。

 納谷は「9月14日、デビュー戦をすることになりました。父、祖父が、あれだけ偉大な人物で、その名前ばかりが先行してしまわない、自分の実力で認めていただける選手になりたい」と意気込みを語った。

 対戦相手について、主宰の佐山サトルは「何人か今、想定しています。最終的にはストロングスタイルに育てたい」と調整中であると説明。また「ファイブストーリーズホールド…あるいはアルバトロスも。この2つの必殺技で展開したい。まだ秘密ですけど」と、納谷には既に必殺技があると明らかにした。

 納谷は、貴闘力と同団体を主宰する佐山サトルとの関係で、13年3月に入門し、196センチ、120キロの巨体を武器に格闘技デビューを目指していたが、病気などで延期となっていた。「入門して4年…悔しい思いもした。一番、苦しかったのは練習です」と、デビュー戦決定までの道のりを振り返った。

 父の貴闘力は、14年4月16日のリアルジャパンプロレス代々木競技場第2体育館大会でプロレスデビューし、デビュー戦で大仁田厚、2014年12月5日には初代タイガーマスク、スーパータイガー、アレクサンダー大塚、タカ・クノウと組み大仁田厚、田中将斗、矢口壹琅、保坂秀樹、リッキー・フジと10人タッグマッチを行い、いずれも勝利した。納谷は、父がプロレスで戦ったことについて聞かれ「頑張っている姿を見て、格好いいと思った」と語った。【村上幸将】

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大仁田厚、電流爆破後継者に元ECW王者田中を指名

大仁田厚の後継者に指名された田中将斗

 大仁田厚(59)が10日、東京・水道橋のプロレスショップ闘道館で会見を開き、2017年10月31日、後楽園ホールでの引退を発表した。

 大仁田は、引退発表会見の席上で、電流爆破マッチの後継者に田中将斗(44)を指名した。会見の中で後継者について聞かれると「田中選手に引き継ぎたいなという意思はあります。本人が受けるかどうか分かりませんけど」と語った。

 その理由として、自身が率いた団体FMWに93年に入門した弟子の田中が、FMWの影響を受け、流血戦など過激なハードコア路線の戦いを展開した米国の団体ECWのヘビー級王座を獲得したことを挙げた。「ECWが出来たのも(レスラーの)サブゥーが1本のテープを米国に持っていって出来上がった。田中選手は、その世界王者になった」と語った。

 さらにECWが、世界最大のプロレス団体WWEに買収されたことを挙げ「WWEがECWを買ったと言うことは、ある意味、認めたわけじゃないですか」と、田中が電流爆破の後継者に、ふさわしいレスラーであると強調した。

 その一方で「一騎打ちもありますし」と、田中との対戦の可能性も示唆した。【村上幸将】

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曙が田中将斗と日高郁人とコンビ組み6月AAA参戦

 新団体王道を旗揚げした元横綱曙(47)が6月3、5日にメキシコのAAAが同地で開催する第2回ルチャリブレ・ワールド杯に初参戦する。

 AAAが11日(日本時間12日)発表した。曙は田中将斗、日高郁人とトリオを結成し初出場する。ノアの丸藤正道、マイバッハ谷口、石森太二組も参戦。メキシコからはレジェンド組としてカネック、ラ・パルカ、X(後日発表)組が出場する。(デーブ・レイブル通信員)

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曙「王道」旗揚げ 客席半分も笑顔「成功」

<王道:後楽園大会>◇20日◇東京・後楽園ホール

 元横綱の曙(46)が立ち上げたプロレス団体「王道」が20日、後楽園ホールで旗揚げ戦を行った。

 曙は太陽ケア、浜亮太と組んで関本大介、岡林裕二、田中将斗組と対戦。大型レスラー同士の激戦で、最後は曙が田中をヨコヅナ・ファイナルインパクト(パイルドライバー)で料理した。客席は半分程度の入りで厳しい船出となったが「自分が思い描いていたプロレスができた。初日だけど成功」と笑顔だった。

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曙の王道が旗揚げ戦「自分が描いていたプロレス」

<王道:後楽園大会>◇20日◇後楽園ホール◇観衆852人

 大相撲元横綱曙(46)の王道が、旗揚げ戦を行った。

 曙はメインで、太陽ケア、浜亮太(W-1)と組んで、関本大介、岡林裕二(ともに大日本)田中将斗(ゼロワン)組と対戦。激戦の末、曙がヨコヅナ・ファイナルインパクトを田中に決め、晴れ舞台を勝利で飾った。

 曙は試合後、リング上から「このリングは、オレらが今まで目指していた王道プロレスです」と宣言した。試合後のインタビューでは「メインでは完全に自分が描いていたプロレスのスタイルでやれた。王道としては初日なんですけど、成功だと思います」と満足そうに話した。今後は、5月15日に山口大会、8月8日に弘前大会を開催する。

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ハヤブサ江崎英治さん死去 47歳くも膜下出血

01年5月、黒田哲広(下)にトップロープからムーンサルトを浴びせるハヤブサ

 プロレスラーで華麗な空中技で人気を博したハヤブサこと江崎英治(えざき・えいじ)さんが3日午後0時、くも膜下出血のため死亡したと4日、所属事務所が発表した。47歳だった。通夜、葬儀は近親者のみで行い、後日、「ハヤブサを偲ぶ会」を開催する。

 事務所によると江崎さんは3日、知人との待ち合わせ場所に姿を現さず、知人が自宅を訪ねたところ、倒れているのが発見されたという。熊本県八代市出身で91年5月にFMWでプロデビュー。同団体のエースとして活躍した。97年には小橋建太に挑戦表明し、全日本に参戦。99年2月には、全日本のアジアタッグ王座を獲得した。

 トップロープから前方に1回転半して相手をプレスするファイアバード・スプラッシュや、さらに難易度の高いフェニックス・スプラッシュなど、高度な飛び技でファンを熱狂させた。しかし、01年10月22日の後楽園大会で試合中の事故で頸椎(けいつい)を損傷し全身不随の重傷を負った。

 それでもリング復帰を目指し、懸命のリハビリを続けた。13年5月の小橋建太引退試合では、車いすから立ち上がって開会宣言をし、客席から大声援を浴びた。昨年8月には日本テレビの「24時間テレビ」に生出演。リングへの階段を上り、復活への強い意欲を見せていた。

 先月26日には、復活したFMWの後楽園大会に元気な姿を見せていた。FMW時代、ともに団体を引っ張った田中将斗(43)は「後輩の面倒見がよく、江崎さんの悪口を言う後輩はいなかった。信じられない」と言葉を詰まらせていた。

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ハヤブサ死す 戦友田中将斗は「信じられない」

ハヤブサ

 華麗な空中殺法で一世を風靡したプロレスラーのハヤブサこと江崎英治(えざき・えいじ)さんが3日午後0時、くも膜下出血で無くなったと4日、所属事務所が発表した。47歳だった。通夜と葬儀は近親者のみで執り行い、後日、「ハヤブサを偲ぶ会」を開催する。

 事務所によると江崎さんは3日、知人との待ち合わせ場所に姿を見せず、不審に思った知人が自宅を訪ねたところ、自宅で倒れているのが発見されたという。

 江崎さんは、熊本県八代市出身で91年5月にFMWからプロデビュー。95年5月には川崎球場大会で、大仁田厚の引退試合の相手を務め、以降はエースとして団体をけん引した。97年には全日本に参戦。99年2月には新崎人生と組んで、アジアタッグ王座を獲得した。01年10月22日の後楽園大会で、試合中の事故により頸椎(けいつい)を損傷し、全身不随の重傷を負った。その後、懸命のリハビリで、自力で立ち上がり、補助付きながら歩行できるまでに回復していた。13年5月の小橋健太引退試合では、リング上で立ち上がって開会宣言をした。2月26日のFMW復活第1戦、後楽園大会に元気な姿を見せていた。

 FMWでともに戦った田中将斗(ゼロワン)は「入門したときから道場にいた先輩。後輩の面倒見が良く、江崎さんのことを悪くいう後輩はいない。先週の後楽園大会であいさつしたら『元気?』と笑顔で応えてくれた。いつもと変わらなかった。信じられない」と言葉を詰まらせていた。

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曙「王道」4・20旗揚げ「わかりやすいプロレス」

曙(写真は2014年3月20日)

 昨年11月に全日本プロレスを退団し「王道」を設立した曙(46)が1日、東京・六本木のハードロックカフェ東京で4月20日に後楽園ホールで旗揚げ戦を行うと発表した。

 曙はメーンの6人タッグで王道所属となった太陽ケアに浜亮太(W-1)を迎え、田中将斗、関本大介、岡林裕二組と対戦する。

 太陽ケアは世界タッグを取った時の、浜はアジアタックを取った時のパートナー。「これこそ王道。分かりやすい。この対戦カードを見るだけで、王道チームがやばいんじゃないかというカードになっている。どうしてもこの試合がやりたかった」と曙は説明した。

 当日は6試合を予定。故ジャイアント馬場さんの掲げた「王道」を会社名にした曙は「わかりやすいプロレスを見たいファンもたくさんいる。昔のプロレスファンのためにも頑張っていきたい。かっこいいも大事だが、強いなというものを見せたい」と抱負を話した。

 今後は他団体の協力を仰ぎながら、2カ月に1回程度の開催を目指す。また、地方興行にも意欲をみせていた。

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グローバルタッグ杉浦、田中組が連覇へ好スタート

<ノア:後楽園大会>◇19日◇東京・後楽園ホール

 グローバルタッグリーグ開幕戦Aブロックで、昨年覇者の杉浦貴、田中将斗組が、シェイン・ヘイスト、マイキー・ニコルス組を破り、連覇へ好スタートを切った。

 GHCタッグ王座を奪われた最大のライバルと、いきなりの対戦で試合は序盤から白熱。ともに、息のあった連係から、あと1歩まで追い詰めるも、最後は杉浦組が上回った。粘るヘイストに五輪予選スラムでトドメを刺し、勝利をもぎ取った。杉浦は「最高、最強の相手だったが、今日はオレたちが上回った。今回は優勝が最低条件。勝って、ベルトを取り戻す」と宣言した。田中も「このリーグ戦はどこにも負けずに、2連覇する」と自信たっぷりに話していた。

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新王者アーチャー組、前王者と対決へ

前王者ニコルス、ヘイスト組の挑戦を受ける鈴木軍の現王者アーチャー、スミスJr.組

 ノアは12日、都内の事務所で会見を行い、GHCタッグ新王者となった鈴木軍のランス・アーチャー、デイビー・ボーイ・スミスJr.組(ともに新日本)が、3月15日の有明コロシアム大会で、前王者マイキー・ニコルス、シェイン・ヘイスト組の挑戦を受けると発表した。

 アーチャー組は前日の名古屋大会で、ニコルス組からベルトを奪取。一夜明け会見に臨んだアーチャーは「決まったなら構わないが、やつらはまた、痛めつけられたいのか」と不敵に笑っていた。スミスJr.は「まだ、オレたちに挑戦したいのか? 今のところ黙って、その日が来るのを待っている方が良かったんじゃないか?」と挑発した。

 また、3月15日の同大会で、飯塚高史と組んで、杉浦貴、田中将斗の弾丸ヤンキースと対戦することになったシェルトン・X・ベンジャミンは「オレは杉浦のことが嫌いだ。試合が終わったらあいつは抜け殻だけが残る。やつのアマレスとオレのキャリアを一緒にするな! やつなんて、オレにとって肩のホコリくらいの存在だ」と杉浦をこき下ろしていた。

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丸藤6度目防衛も鈴木軍襲撃で失神

<ノア:後楽園大会>◇10日◇後楽園ホール◇観衆1750人(超満員)

 GHCヘビー級選手権試合が行われ、王者丸藤正道(35)が新日本の小島聡を下し6度目の防衛に成功した。

 小島の胸板に何度もチョップを打ち込み、小島はエルボーで反撃。小島のラリアットを虎王でカットすれば、丸藤の虎王を小島がラリアットでカット。最後は、強烈なヒザ蹴りを小島のアゴに見舞い、変形エメラルドフロージョンでトドメを刺した。

 試合後は、ベルトを再び巻き、勝利のあいさつで締めるはずが、突如、鈴木みのるを首領とする鈴木軍8人がリングに乱入。丸藤は鈴木に絞め落とされ、ノアの選手も鈴木軍の襲撃を受けた。鈴木は、リング上から観客へも暴言を吐いた。「売られたケンカは、このオレが買ってやるよ。鈴木軍が買ってやる」と宣言。東京ドームで丸藤らに敗れた報復を今後も続けることをにおわせた。

 セミで行われたGHCタッグ選手権は、挑戦者のシェイン・ヘイスト、マイキー・ニコルス組(TMDK)が、王者杉浦貴、田中将斗組を破って新王者に輝いた。

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棚橋「充実」MVP/日刊バトル大賞(下)

日刊スポーツバトル大賞を受賞した棚橋弘至は、サンタクロース姿でお祝いのタイを手にエアギターを披露

<日刊バトル大賞(下)プロレス編>

 ファンが選ぶ日刊バトル大賞プロレス部門は、新日本の棚橋弘至(38)に決まった。1月のIWGPインターコンチネンタル王座獲得、10月のIWGP王座奪回で史上最多7度目の同王座戴冠など、年間を通じての活躍が評価され、オカダに15ポイントの差をつけた。

 棚橋は「ファンの方に選んでいただいて、すごくうれしい。14年は充実した1年でした」と喜んだ。新日本でも先頭に立ってファンへのアピールを続けてきただけに、意味ある受賞だった。「11年にIWGPの最多防衛回数11回を記録したけど、その年とは違う充実感がありますね」。

 2年前、雑誌の企画で創設者アントニオ猪木氏と対談。その席で「お前らは、いつまでオレが作ったパイを取り合っているんだ」と言われ「ボクが新しいパイを持ってきますよ」と宣言した。当時どん底だった12年から、新日本の経営はV字回復。新規ファンの開拓に尽力した棚橋の功績は計り知れない。

 来年1月4日、東京ドームでオカダと新日本の盟主の座をかけて戦うが「オレ自身の手でプロレスを高いところに持っていく」と、IWGP王座を譲る気はさらさらない。【桝田朗】

 ◆棚橋弘至(たなはし・ひろし)1976年(昭51)11月13日生まれ。岐阜県大垣市出身。立命館大法学部卒業後、99年に新日本入団。同年10月10日の真壁戦でプロデビュー。06年7月にIWGPヘビー級王座初戴冠。これまで史上最多の7度王座に就き、11年には最多防衛回数11回を記録。181センチ、101キロ。

 ◆日刊バトル大賞MVP◆

 順位 選手名 所属 得票率

(1)棚橋弘至 新日本 39%

(2)オカダ・カズチカ 新日本 24%

(3)中邑真輔 新日本 20%

(4)柴田勝頼 新日本 9%

(5)丸藤正道 ノア 8%

 ◆ベストバウト◆

 順位 選手名 選手名(月・日)得票率

(1)オカダ・カズチカ-中邑真輔(8・10)27%

(2)棚橋弘至-AJスタイルズ(10・13)24%

(3)AJスタイルズ-鈴木みのる(8・1)21%

(4)丸藤正道-杉浦貴(12・6)11%

(5)杉浦貴-関本大介(11・8)9%

 ◆最優秀タッグチーム◆

 順位 選手名 選手名 得票率

(1)杉浦貴&田中将斗 31%

(2)後藤洋央紀&柴田勝頼 29%

(3)秋山準&大森隆男 19%

(4)宮本裕向&木高イサミ 18%

(5)石井慧介&入江茂弘 3%

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