上へ戻る

au版ニッカン★バトル

記事検索

翠富士が新入幕、明瀬山28場所ぶり再入幕/新番付

翠富士

日本相撲協会は24日、来年1月の大相撲初場所(10日初日、東京・両国国技館)の新番付を発表した。

新入幕として翠富士(みどりふじ、24=伊勢ケ浜)が西前頭14枚目に名を連ねた。東十両2枚目だった先場所、10勝5敗で十両優勝の成績を収めた。伊勢ケ浜部屋からは昨年春場所の照強以来の新入幕で、静岡県出身では10年春場所の磋牙司以来、戦後5人目の幕内力士誕生。近大からは昨年夏場所の志摩ノ海以来、11人目の新入幕を果たした。再入幕は、史上4位のスロー復帰となる明瀬山(35=木瀬)が28場所ぶりに返り入幕を果たした。

既に発表されている十両昇進は、ともに新十両の納谷改め王鵬(20=大嶽)が西11枚目、白石改め東白龍(24=玉ノ井)が西14枚目の番付に名を連ねた。

昭和の大横綱大鵬の孫にあたる王鵬は、現師匠が部屋を継承後としては13年名古屋場所の大砂嵐以来、2人目の関取誕生。父は元関脇貴闘力で、新たな親子関取は昨年名古屋場所の琴ノ若親子以来、史上11組目となった。

東白龍は、玉ノ井部屋からは、現師匠が部屋を継承後としては富士東、東龍に続く3人目の関取誕生。東洋大からは18年夏場所の若隆景以来11人目の新十両で、三段目付け出しからの新十両は小柳(現豊山)、朝乃山、若隆景、木崎海に続き5人目となった。なお王鵬、東白龍ともに東京都出身で、東京都からは17年名古屋場所の翔猿以来、戦後49、50人目の関取輩出となった。

また再十両は、矢後(26=尾車)が4場所ぶり、竜虎(22=尾上)が8場所ぶりの関取復帰を決めた。竜虎は先場所、西幕下15枚目で7戦全勝。幕下力士の十両昇進の対象者が15枚目以内となった77年名古屋場所以降、西幕下15枚目で7戦全勝し翌場所、十両昇進を決めたのは90年秋場所の時津洋以来、史上2人目となった。

来年1月の初場所は、8日の取組編成会議で初日と2日目の対戦相手が決定。10日の初日を迎える。

関連するニュースを読む

石浦が下の名前を改名 将勝から鹿介に/新番付

石浦=2019年9月13日、両国国技館

日本相撲協会は24日、来年1月の大相撲初場所(10日初日、東京・両国国技館)の新番付を発表した。番付降下、改名、引退などの力士、年寄など協会関係者は以下の通り。

【降下】

〈三役内〉

御嶽海(27=出羽海)東関脇→西小結

〈幕内から十両〉

炎鵬(26=宮城野)西前頭11枚目→東十両3枚目

琴勇輝(29=佐渡ケ嶽)西前頭15枚目→西十両9枚目

〈十両から幕下〉

錦富士(24=伊勢ケ浜)西十両13枚目→西幕下5枚目

富士東(33=玉ノ井)東十両14枚目→東幕下13枚目

阿炎(26=錣山)西十両11枚目→東幕下16枚目

【改名<1>】(しこ名の上の部分)

〈十両〉

納谷→王鵬(おうほう、大嶽)

白石→東白龍(とうはくりゅう、玉ノ井)

〈三段目〉

小島→魁郷(かいごう、浅香山)

〈序二段〉

矢田部→錦国(にしきくに、芝田山)

橋本→若東(わかあずま、玉ノ井)

樋口→寅武蔵(とらむさし、武蔵川)

琴真鍋→琴太成(ことたいせい、佐渡ケ嶽)

〈序ノ口〉

長原→錦星龍(きんせいりゅう、芝田山)

岩本→玉乃若(たまのわか、玉ノ井)

原田→大陸山(たいりくやま、大嶽)

服部桜→勝南桜(しょうなんざくら、式秀)

【改名<2>】(しこ名の下の部分も含める)

石浦将勝→石浦鹿介(いしうら・しかのすけ、宮城野)

琴真鍋平翔→琴太成直輝(ことたいせい・なおき、佐渡ケ嶽)

樋口虎之心→寅武蔵輝之進(とらむさし・てるのしん、武蔵川)

服部桜太志→勝南桜聡太(しょうなんざくら・そうた、式秀)

橋本航→若東航矢(わかあずま・こうや、玉ノ井)

岩本舞斗→玉乃若未来斗(たまのわか・みくと、玉ノ井)

大成道勝→大成道大志(だいせいどう・だいし、木瀬)

白石雅仁→東白龍雅士(とうはくりゅう・まさひと、玉ノ井)

【襲名】

琴奨菊(元大関)引退秀ノ山襲名

【停年退職(年寄)】

錦島末弘(元朝潮=先代高砂)

【引退】

琴誠剛、希帆ノ海、飛天龍、朝日城、臥牙丸、笹崎、若龍星、宇美錦、春空、大雅、欧樹

関連するニュースを読む

「大鵬の孫」王鵬へ改名「名前に見合った人間に」

新十両昇進にあたり新しいしこ名を掲げる納谷改め王鵬

昭和の大横綱の孫が、ついに関取昇進を果たした。日本相撲協会は25日、東京・両国国技館で初場所(来年1月10日初日、両国国技館)の番付編成会議を開き、納谷改め王鵬(おうほう、20=大嶽)の新十両昇進を決めた。祖父は第48代横綱大鵬で、父は元関脇貴闘力。2000年代生まれでは初めての関取誕生となった。新十両は他に白石改め東白龍、再十両は矢後、竜虎が決まった。

   ◇   ◇   ◇

「大鵬の孫」として注目を浴び続ける20歳が、新十両昇進を機に壮大なしこ名に改名した。リモートでの会見に出席した王鵬は「祖父の『鵬』の字をいただけるということでうれしい。名前に見合った人間になりたい」と表情を崩した。

命名した師匠の大嶽親方(元十両大竜)は「(祖父の)『大』に代わるものとして『王』とつけた。昔から温めていた」と説明。わんぱく相撲に出ていた時、小学生ながら堂々とした振る舞いに「風貌が王鵬という感じ。わが道を行く、どっしりしたところがある」と感じ取ったという。

祖父譲りの191センチ、175キロの恵まれた体格は、幕内力士と比較しても遜色ない。得意の突き押し相撲で、今場所は西幕下筆頭で十両を2人破って6勝1敗。「気持ちが相撲に出ていた」と手応えを口にする。

初土俵からちょうど3年での昇進だが、自身が入門時から掲げた目標よりは1年遅い。99年度生まれの力士は有望株がそろい、琴勝峰や豊昇龍はすでに幕内で活躍。ライバルに先を越されて「何で自分だけ弱いんだろう」と悩む時期もあったが、「自分の中では誰よりもやったつもりだった」。自負する稽古量で、1年半も停滞した幕下上位の壁を打ち破った。

「やるからには一番上を目指す」と祖父と同じ番付を目指す。その大鵬の故郷である北海道・弟子屈町から化粧まわしが贈られる予定。同町の象徴である屈斜路湖と摩周湖が描かれているという。母校の埼玉栄高からも贈呈されるなど周囲も祝福ムードだ。

新年最初の場所で見据えるのは、まずは新入幕。「注目されることはうれしい。見劣りしないように頑張るだけ」。大きな期待を感じながら、令和の大横綱を目指す。【佐藤礼征】

◆王鵬幸之介(おうほう・こうのすけ)本名・納谷幸之介。2000年(平12)2月14日、東京都江東区生まれ。埼玉栄高では17年愛媛国体少年で、団体と個人の2冠。高校卒業を待たずに18年初場所で初土俵。19年夏場所から今年の11月場所まで大関貴景勝の付け人を務めた。21年初場所新十両。父は幕尻優勝を果たした元関脇貴闘力、長男幸男はプロレスラーで、次男の三段目鵬山、四男の幕下夢道鵬は同じ大嶽部屋所属。191センチ、175キロ。得意は突き、押し。

新十両昇進が決まり部屋の前でガッツポーズをする納谷改め王鵬

関連するニュースを読む

白石改め東白龍が新十両「まだ実感ない。うれしい」

新十両昇進を決めて新しいしこ名を手にガッツポーズをする白石改め東白龍

日本相撲協会は25日、大相撲初場所(来年1月10日初日、東京・両国国技館)の新番付を発表し、白石改め東白龍(24=玉ノ井)の新十両昇進を決めた。リモートでの会見に出席した東白龍は「まだ実感がない。うれしい」と笑顔を見せた。

東洋大を卒業して19年夏場所に三段目最下位格付け出しでデビューし、所要9場所で関取の座をつかんだ。秋場所前に部屋で新型コロナウイルスの集団感染が発生し、東白龍を含めて玉ノ井部屋に所属する力士全員が秋場所を全休。コロナ禍の“救済措置”として番付は据え置かれ、2場所ぶりに出場した今場所は西幕下2枚目で4勝3敗と勝ち越した。「特例措置で据え置きにしていただいて、それを聞いてこれは絶対に上がらなきゃだめだなと思った」と、覚悟を持って臨んだ。

勝ち越しをかけた7番相撲は土俵際の攻防の末、行司軍配差し違えで白星を拾った。大学時代は団体戦で大将を務めることが多かったが、2対2で迎えた大将戦で負けた記憶はほとんどないという。「自分でも勝負強いと思う。(7番相撲は)やってやろうという気持ちの方が強かった」と、強心臓をアピールした。

突っ張り相撲を得意としているが、引き技で相手を呼び込む場面も多い。会見に同席した師匠の玉ノ井親方(元大関栃東)は「スピードが速い分、相手がよく見えているが、今後はもっと大きい相手とぶつかっていく。もっと体を大きくして全体的な力をつけないといけない。似たようなタイプだと千代大海関が突き押しでどんどん前に出ていた。ああいう突き押しをしながら、うまく回り込むセンスが(東白龍には)ある」と、自身が現役時代に対戦した突き押しの大関を引き合いに出して、さらなる成長を期待した。

平成8年度生まれで11月場所を制した大関貴景勝や平幕の阿武咲らは同学年にあたる。アマチュア時代に対戦した経験もあるだけに「自分は進学という道を選んで大学で(貴景勝と阿武咲を)すごいなと思っていた。追いつけるように頑張りたい。対戦してみたい」と意欲を示す。まずは関取デビューとなる新年最初の場所に向けて「とりあえずは勝ち越しで、欲を言うなら(十両)優勝したい」と力強く宣言した。

新十両昇進を決めた白石改め東白龍(右)と師匠の玉ノ井親方
リモートでの新十両会見に臨む白石改め東白龍

関連するニュースを読む

大鵬の孫納谷が十両昇進、王鵬へ改名 番付編成会議

リモートでの新十両会見に臨む納谷改め王鵬

昭和の大横綱の孫が、関取の座をつかんだ。日本相撲協会は25日、来年1月の大相撲初場所(10日初日、東京・両国国技館)の番付編成会議を開き、十両昇進力士4人を発表。祖父が第48代横綱大鵬で、幕尻優勝も果たした元関脇貴闘力の3男の納谷(20=大嶽、本名・納谷幸之介)が新十両昇進を果たした。王鵬(おうほう)への改名も発表された。

納谷改め王鵬は埼玉栄高3年冬の18年初場所で初土俵。初めて番付にしこ名が載った翌春場所で序ノ口優勝を果たし、順調に出世。幕下上位で足踏みが続いたが、11月場所は西幕下1枚目で6勝1敗の成績を収め、新十両昇進を果たした。

白石改め東白龍(とうはくりゅう、24=玉ノ井、本名・白石雅仁)も新十両昇進を決めた。東洋大を卒業し19年夏場所、三段目最下位格付け出しで初土俵。11月場所は西幕下2枚目で4勝3敗と、番付運も手伝っての新昇進となった。

残る2人は再十両。11月場所は東幕下2枚目で4勝3敗の矢後(やご、26=尾車)は、今年の春場所以来、4場所ぶりの十両復帰。西幕下15枚目で7戦全勝を果たした竜虎(りゅうこう、22=尾上)は新十両昇進を果たした昨年名古屋場所以来、8場所ぶりの十両復帰を決めた。

リモートでの新十両会見に臨み、笑顔を見せる納谷改め王鵬(日本相撲協会提供)
リモートでの新十両会見に臨む納谷改め王鵬(右)と師匠の大嶽親方(日本相撲協会提供)

関連するニュースを読む

宇良3連勝「とにかく精いっぱい」無我夢中を強調

宇良(右)は押し出しで白石を破る=2020年11月16日

<大相撲11月場所>◇9日目◇16日◇東京・両国国技館

東十両13枚目の宇良(28=木瀬)が、3連勝で6勝3敗とした。

幕下の白石を相手に立ち合いから低い姿勢で攻め込む。相手に引かせたところを一気に出て押し出した。「勝ててよかった。(体が動いているか)自分では分からない。とにかく精いっぱいやっているだけ」と無我夢中を強調した。

5日目に十両以上では27年ぶりとなる大技「居反り」を決めて注目を浴びた。その後も大技こそないが、さすがの地力で白星を重ねている。勝ち越しへあと2勝としたが、「連勝しても連敗しても15日間、気は抜けない。(勝ち負けの)意識なくやっていきたい」と気を引き締めた。

白石(右)を押し出しで破る宇良(撮影・河田真司)
白石を押し出しで破り、土俵から引き揚げる宇良(撮影・河田真司)

関連するニュースを読む

千代の国4連勝で勝ち越し「しっかり行けました」

白石(右)を押し出しで下し勝ち名乗りを受ける千代の国(撮影・小沢裕)

<大相撲秋場所>◇8日目◇15日◇東京・両国国技館

左膝複合靱帯(じんたい)損傷から4場所ぶりに復帰した元幕内の西幕下46枚目千代の国(29=九重)が、4連勝で勝ち越しを決めた。東同42枚目白石との全勝対決で、立ち合いから圧倒し、一瞬で押し出した。

「いや、しっかり行けました」。相手の白石は東洋大卒で、夏場所から三段目最下位格付け出しデビューした新星。「運動神経がよさそう。動きもいいですね」と分析した上で「攻め急いでバタバタしないよう気をつけました」という。

復帰からの4番を「ちょっとずつ前に出られているのがいいですね」と振り返る。残り3番。「目の前の1番(に集中する)だけですね」と勝敗を考えず、復活の階段を上っていく。

土俵を引き揚げる千代の国(撮影・鈴木正人)

関連するニュースを読む

序二段は栃神山、三段目は白石が全勝対決制し優勝

序二段優勝決定戦 栃神山(左)は上手投げで隠岐の浜を下す(撮影・加藤諒)

<大相撲夏場所>◇千秋楽◇26日◇東京・両国国技館

千秋楽の十両の取組終了後、優勝が決まっていなかった序二段と三段目の、7戦全勝同士による優勝決定戦が行われた。

序二段は栃神山(とちかみやま、18=春日野)が、隠岐の浜(21=八角)を逆転の上手投げで破って優勝を決めた。「当日券を買いに始発で(埼玉・入間市から)来てくれた親の前で勝てて良かった」と親孝行を実感する優勝だ。豪栄道、貴景勝の両大関ら多数の関取衆を輩出し、今や角界の一大勢力となった埼玉栄高出身。「栃ノ心関ら部屋の尊敬する関取衆みたいになりたい」と早期の新十両昇進を目指す。

三段目は、今場所100枚目格付け出しで初土俵だった白石(しらいし、23=玉ノ井)が北勝川(24=八角)を、はたきこみで破り決定。東洋大4年時の昨年12月の全日本選手権でベスト8入りして、付け出し資格を取得。その力を実証し、デビュー場所で貫禄を示した。「普通にやれば優勝できると思いました。目標は1年以内です」と新十両を見据えた。

三段目優勝決定戦 白石(左)ははたき込みで北勝川を下す(撮影・加藤諒)

関連するニュースを読む

三段目は7戦全勝の白石と北勝川の優勝決定戦へ

<大相撲夏場所>◇13日目◇24日◇両国国技館

三段目の優勝争いは、今場所初土俵で最下位格付け出し(100枚目)の白石(23=玉ノ井)と西12枚目の北勝川(24=八角)の、7戦全勝同士による千秋楽の優勝決定戦に持ち越された。

まず白石が、全勝対決で北勝翼(18=八角)を突き倒して7勝目。優勝決定戦への進出を決めた。東洋大4年時の昨年12月の全日本選手権でベスト8入りし、付け出し資格を取得。「卒業して実業団に行っても相撲を続けるつもりだったから、それならプロにチャレンジしよう」と角界入り。付け出し資格に恥じない無傷の7連勝で今場所の本割を終えた。視力は0・01と言い、土俵では相手のしぐさなど見えないというが、ひょうひょうとした姿で突き押し、そこからの引き技と自在に取った。「普通にやれば優勝できると思いました。目標は1年以内です」と新十両を見据えた。

その白石が勝った10番後。番付で1段上の幕下力士(霧乃龍=21、陸奥)を相手に、北勝川は突き押しの激しい相撲の末、押し出しで勝ちこちらも7戦全勝。優勝決定戦への切符を手にした。「途中で引きそうになったけど、引いたら負けると思って、下から行けてよかったです。全勝は最高っす。うれしいっすね」と声を弾ませた。先場所は場所前の稽古で右中足骨を骨折。休場したが、本来の力量から「今場所は5番ぐらいかな、と思っていました。体の調子もだんだん良くなって、はたいて勝った4番相撲以外は自分の相撲を取れました」と振り返った。「あと1番、勝てば来場所は上位(幕下)に上がれるぞ」と師匠の八角親方(元横綱北勝海)に声をかけられて臨んだ一番で結果を出した。「来場所、しっかり勝てるように稽古します」。同部屋優勝決定戦こそ実現しなかったが、自己最高位(東幕下31枚目)の更新が確実な来場所に目を向けていた。

関連するニュースを読む

白石雅仁が新弟子検査終え決意新た「まず体づくり」

身長測定をする玉ノ井部屋の白石雅仁(撮影・横山健太)

大相撲夏場所(12日初日、東京・両国国技館)の新弟子検査が7日、同所で行われ、昨年の全日本選手権でベスト8に入り、三段目最下位格(100枚目)付け出し資格を持つ東洋大出身の白石雅仁(23=玉ノ井)ら受験した13人全員が、身長167センチ、体重67キロ以上の体格基準を満たした。

アマチュアで実績を残した白石は「今までは学生だったけど、これからは仕事、職業」と気を引き締めた。大学3年の時に玉ノ井部屋の千秋楽パーティーに誘われた縁もあり、同部屋に入門。昨年12月の段階では角界入りを明言していなかったが、同学年の新大関貴景勝、東洋大で先輩の小結御嶽海らの活躍が刺激になり「高校、大学での身近な人を見て挑戦しようと思った」と決意に至った。

四つに組まない取り口が特徴で、激しい突っ張りが持ち味の西前頭4枚目阿炎(25=錣山)と「同じスタイル」と自己分析する。すでに部屋の幕下力士と相撲を取り、勝敗は「五分五分」という

。181センチ、128キロ。幕内の平均体重は163・9キロで、プロでは細身の部類に入るだけに「体が細いのでまずは体づくり。とりあえず10キロ以上は増やしたい」と、活躍へまずは増量を課題に挙げた。

新弟子検査を受けた玉ノ井部屋の白石雅仁(撮影・横山健太)

関連するニュースを読む

東洋大・白石雅仁、後輩の城山を破り初V 学生相撲

個人戦で優勝した東洋大4年の白石雅仁(撮影・佐々木隆史)

<アマ相撲:第97回東日本学生相撲選手権大会>◇10日◇東京・両国国技館

 個人戦で東洋大の白石雅仁(4年=専大松戸)が初優勝した。決勝で同じ東洋大の城山聖羅(3年=金沢市工)を逆転の突き落としで破った。

 逆転での勝利に「余裕はなかったです」。個人戦は7試合目で、その前には団体戦もこなしたとあり「疲れていて(後輩との決勝という)意識もなかったです」と話した。大学でのタイトルは3個目。現役力士では御嶽海、若隆景の関取衆を輩出している東洋大だが、卒業後の進路については「未定です。(プロ入りの意識は)多少は」と控えめに話した。

 敗れた城山は、2年後のプロ入りが有力視される逸材。敗れはしたが「先生から『お互いのいいところが出た、いい相撲だった』と言われた通り、内容ある相撲だったと思います」と振り返った。敗れたが同じ大学の先輩。「密着した向正面で決めたかったけど、その後に距離が空いてしまった。あの人の得意な間合いで、あの人のゾーン。密着していたままだったら9割5分(自分が)勝っていた」と独特の表現で敗れた一番を振り返っていた。

 なお、団体戦も東洋大が2年連続2度目の優勝。決勝で、9年ぶり13度目の優勝を目指した拓大を4-1で破った。

関連するニュースを読む

ノア、IT企業へ身売り 三沢さん死去後、低迷

ノアの事務所が入るディファ有明

 プロレスリング・ノアは1日、IT企業「エストビー株式会社」(本社・東京)に事業を譲渡すると発表した。実質的な身売りで、エストビー社の不破洋介社長がノアの新社長に就任し、田上明社長は相談役に退く。故三沢光晴さんが00年に創設したノアは、近年観客動員の低迷などで経営危機に陥っていた。今後は、エストビー社の下で再建を目指す。

 ノアは創始者である三沢さんが09年6月に試合中の事故で亡くなってから、徐々に低迷していった。かつては、日本武道館を満員にしていた集客力も、エース小橋建太の引退や、現全日本の秋山準や、WWEに入団したKENTA(現イタミ・ヒデオ)ら大物レスラーの大量離脱で低下。最近では、新日本から鈴木みのるら人気選手を借りて、何とか観客の減少を食い止めようとしていた。

 しかし、大阪、名古屋など地方の大都市での興行もカード次第で集客に結びつかない。日本テレビなどからの放送権料も縮小されたという。関係者によると、経営状態もトントンか、それ以下という厳しい状況が続いていた。そんな中、数年前からスポンサーを探し、元全日本社長の内田雅之氏がエストビー社との仲を取り持つ形で、事業譲渡が決まった。

 前日の10月31日には、エストビー社の不破社長と、ノアの田上前社長が、東京・有明のノア事務所に、選手、社員約40人を集め、今回の事業譲渡を説明した。内田氏は会長に就任するという。社名も変更されず、すでに決まっている興行は予定通り行われることから、選手らの動揺はなかったという。

 プロレス界は、最大手の新日本プロレスが、06年にユークス、さらに12年にブシロードの子会社となり、団体の再建を果たしている。ノアの今回の身売りが、同じような再建の起爆剤となるか。新経営陣の手腕が注目される。【桝田朗】

<プロレス団体の身売り>

 ◆新日本 06年にゲーム会社のユークスが、アントニオ猪木氏から株式の譲渡を受け、新日本を完全子会社化。さらに12年にはユークスから、同じくカードゲーム会社のブシロードが全株式を買い取り、新日本を子会社にして団体の再建を果たした。

 ◆全日本 13年にスピード・パートナーズ社(八丁堀投資)の白石伸生社長が全日本の全株式を取得しオーナーになる。14年5月に八丁堀投資が破産し、同年6月に秋山準が社長として新法人を設立。その後、出資企業の撤退などがあったが、現在も秋山体制が続いている。

関連するニュースを読む

秋山全日本が馬場イズム復活へ再スタート

故ジャイアント馬場さんの元子夫人(前列中央)と記念撮影を行う選手ら

 全日本プロレスが、故ジャイアント馬場さんゆかりの地で再スタートを切った。4日、東京・永田町のザ・キャピトルホテル東急で新会社設立会見を行った。ケーブルテレビ山形などが出資する「全日本プロレスイノベーション」を親会社に、「オールジャパン・プロレスリング」が運営を担い、秋山準(44)が両社の社長に就任した。生前、馬場さんが会見などに利用した同ホテルで、秋山は馬場イズム回帰を宣言した。

 ジャイアント馬場回帰を目指す秋山が、真っ先に手掛けたのは元オーナーで馬場さんを支えた元子夫人(74)の団体への復帰だった。秋山は運営会社オールジャパン・プロレスリングの相談役に元子氏を据えた。前オーナーの白石伸生氏と新団体設立へ向けての交渉をする際、何かと相談したのが元子氏だった。

 「新会社が設立できたので、元子さんには相談役として入っていただきたいとお願いしました。社長としての経験がないので、馬場さんのやりかたなどを伺っていきたい」と説明した。元子氏から、これまで通り練習場と事務所を提供される。さらに、親会社の全日本プロレスイノベーション設立へ支援企業との橋渡しもしてもらった。

 元子氏の全日本復帰は、02年に武藤敬司社長に株式の85%を無償譲渡し、オーナーから退いて以来。12年ぶりにプロレスの世界に戻った元子氏は「秋山さんは馬場の息子として、彼の考えで彼流のやり方でやればいい。ヘルプできることはしてあげたい」と話した。

 22年前、秋山が初めて馬場さんに会ったのが当時のキャピトル東急(現在のザ・キャピトルホテル東急)で、馬場さんは生前、記者会見のたびに使っていた。「その場所で会見するのは何か運命的なものを感じる。馬場さんの教えは僕の中にしっかり残っています」と秋山は言った。

 今後は新生全日本を、新日本と2大メジャーを誇っていた時代に戻す目標がある。3冠王者諏訪魔を取締役専務に据え、リングの充実も図っていく。設立趣意書では目標としてプロレス界の「天下布武」を掲げた。それは、日本のプロレス界の黄金期を築いたジャイアント馬場さんへの、秋山なりの約束でもあった。12日、大阪大会(大阪ボディメーカーコロシアム)が、秋山全日本のスタートとなる。【桝田朗】

 ◆全日本プロレス (株)全日本プロレスイノベーションが親会社で、通信放送やグッズ、ファンクラブ、ゲームキャラクターなどの企画・運営を行うコンテンツ会社の位置付け。同社は山形市のケーブルテレビ山形内に本社を置き、ゲームメーカーや広告代理店、芸能プロダクションなどが株主になっている。オールジャパン・プロレスリングは興行部門を担当する全日本プロレスイノベーションの完全子会社で、本社は横浜市。

 ◆全日本プロレス経過メモ 1972年7月、日本プロレスを退団したジャイアント馬場が設立。99年1月に馬場の死去に伴い三沢光晴が同5月に就任。その後、馬場の元子夫人との間に路線の対立が起こり、00年6月に三沢が解任され、三沢以下26選手が離脱し「ノア」設立。選手2人となった全日本を、武藤が積極的に支援。02年2月に新日本を退団して加入すると、同年9月に社長に就任。12年11月に白石オーナー率いるスピードパートナーズが全日本の株100%を買収も、武藤らが反発し大量離脱。14年7月に秋山が新会社を設立し全日本プロレス・イノベーションとして再スタート。

関連するニュースを読む

秋山準、新社長会見「全日本を取り戻す」

全日本の新社長に就任する秋山準

 全日本プロレスの秋山準(44)が6日、横浜市内の全日本合宿所で会見し、新社長への決意を示した。秋山は7月1日に新会社を設立し、社長に就任予定。運営会社の全日本プロレスシステムズの現オーナー、白石伸生氏から引き継ぐ交渉を6月末の決着を目指し進めている。「団体の借金もあるし、全日本史上最悪の社長就任。全日本を選手、社員、ファンの元へ取り戻したい」と抱負を語った。当面は事務所を借りる資金も節約し、合宿所を使用するという。目標は初代社長の故ジャイアント馬場さん。「全社員が一丸となって、新日本と並び立つところまでいきたい。将来、全社員と家族で馬場さんのときのように、ハワイ旅行に行きたいね」と笑顔で話していた。

関連するニュースを読む

秋山新社長が決意表明「全社員一丸と」

全日本の新社長に就任する秋山準(撮影・桝田朗)

 全日本プロレスの秋山準(44)が6日、横浜市内の全日本合宿所で会見し、新社長への決意を示した。

 秋山は7月1日に新会社を設立し、社長に就任予定。運営会社の全日本プロレスシステムズの現オーナー、白石伸生氏から商標登録などを引き継ぐ交渉を進めている。「団体の借金もあるし、全日本史上最悪の状態からのスタートになる。全日本を選手、社員、ファンの元へ取り戻したい」と社長となった理由を説明した。

 当面は、事務所を借りる資金も節約し、合宿所を使用するという。目標は初代社長の故ジャイアント馬場さん。「娘が生まれたときに、抱っこしてくれて『お前、この子にずっと笑顔でいさせてやらないといかんよ』と言われた。今になって、それが社長の仕事だと分かった。そこが目標」と言う。

 社長就任を巡っては家族会議も開き、妻からは猛反対にも遭った。それでも娘の「今までぜいたくさせてもらったから、いいよ」の言葉で決意を固めたという。「全社員一丸となって、新日本と並び立つところまでいきたい」とかつての栄光を取り戻すべく、大きな目標も口にした。

関連するニュースを読む

秋山社長 全日本7・1再出発

 全日本プロレスが7月1日から新会社として再スタートすることが4日、分かった。名称はそのままで、秋山準(44)が新社長に就任。所属選手も全員が新会社に移り、これまで通りの活動を続ける。現在、運営している全日本プロレスリングシステムズ株式会社(白石伸生オーナー)とは、経営権や商標登録を譲り受ける方向で最終調整中だ。

 厳しい経営状況が続いていた全日本が、秋山を社長に出直すこととなった。関係者は「全日本ファンには、団体名も選手も何も変わらないので安心していただきたい」と話し、過去のようなゴタゴタはないことを強調した。

 全日本は、12年11月に白石オーナー(当時は株式会社スピードパートナーズ)が会社の株を100%取得。大胆な構想や、他団体への挑発など話題を提供し、独自の路線を歩もうとしたが、前会長の武藤敬司らが反発。大量離脱し、分裂した。

 その後、秋山や曙の加入もあり、地道な活動を続けていたが、低迷を打破するまでにはいかなかった。選手へのギャラの支払いが滞るなど、運営の行き詰まりもささやかれていた。団体内部からも、運営体制の見直しを求める声が高まり、秋山が前面に出ることになったようだ。

 秋山らは、現在新たなスポンサーとの交渉を進めているという。新会社は7月1日に発足するが、現運営会社との契約で、7、8月のシリーズは現状のまま実施。9月から新会社による運営がスタートする見込みだ。1991年、故ジャイアント馬場さん自らのスカウトで全日本入りした秋山に、全日本の再生が託された。

関連するニュースを読む

全日本プロレス/メモ

 全日本プロレスが7月1日から新会社として再スタートすることが4日、分かった。名称はそのままで、秋山準(44)が新社長に就任。所属選手も全員が新会社に移り、これまで通りの活動を続ける。

 ◆設立 1972年7月、日本プロレスを退団したジャイアント馬場が、全日本プロレスを設立。

 ◆第1次分裂 99年1月に馬場の死去に伴い三沢光晴が同5月に就任。その後、馬場の元子夫人との間に路線の対立が起こり、00年6月に三沢が解任され、三沢ら26人が離脱し「ノア」設立。

 ◆武藤社長 選手2人となった全日本を、武藤が積極的に支援。02年2月に新日本を退団して加入し、同年9月に社長に就任。

 ◆第2次分裂 12年11月に白石オーナー率いるスピードパートナーズが全日本の株100%を買収。他団体への挑発や総合格闘技路線を提唱したが、武藤らが反発し大量離脱。13年6月に白石氏が新社長に就任すると、同年7月に武藤らは「WRESTLE-1」を旗揚げ。現全日本社長は井上博太氏で、白石氏はオーナー。

関連するニュースを読む

全日 恩返し無料試合

 全日本は27日、入場無料の大会「Thanks a lot!」を東京・ディファ有明で行った。ファンへの恩返しと、プロレスを見たことがない人にも魅力を知ってほしいという思いで開催。試合前に同団体の白石伸生オーナーが「信頼、感謝、感動をキーワードに子どもたちにプロレス文化を伝えたい」とあいさつ。チャリティーオークション、渕正信と和田京平名誉レフェリーのトークショーの後に、3試合が披露された。

関連するニュースを読む

曙が全日本と所属契約

全日本との所属契約を結び会見を行った曙

 全日本にフリーとして参戦していた曙(44)が6日、都内で会見し、1日付で所属契約を結んだことを発表した。「全日本の看板を背負って、残りのプロレス人生を思いっ切り暴れたい。伝統の3冠を取りたい」と意気込みを話した。「デビュー戦」は11日に東京・後楽園ホールで開幕する「王道トーナメント」1回戦の秋山準戦。直接交渉を続けてきた同団体の白石伸生社長も「リミッターを取り払って戦ってほしい」と期待を口にした。すでに決まっている他団体の試合などには出場する。

関連するニュースを読む

曙、全日本と契約「熱い気持ち伝わった」

全日本との所属契約を結び会見を行った曙

 第64代横綱の曙(44)が5日、都内の全日本プロレス事務所で会見を行い、1日付で同団体と所属契約を結んだことを発表した。

 6月に起こった選手の大量離脱騒動の直後からオファーを受けており、「迷ったが、白石オーナーの熱い気持ちが伝わってきた」と決断への思いを説明。「全日本の看板を背負って、残りのプロレス人生を思いっきり暴れたい。伝統の3冠を取りたい」と意気込みを話した。所属選手としての初戦は、11日に東京・後楽園ホールで開幕する「王道トーナメント」1回戦の秋山準戦となる。すでに決まっている他団体の試合などには出場する。

関連するニュースを読む