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式秀部屋が稽古再開 体調心配される親方が直接指導

式秀部屋の看板(2017年1月撮影)

9人の力士が一時的に逃げ出していた式秀部屋が11日、茨城・龍ケ崎市の部屋で稽古を再開した。7月場所後、最初の稽古だったこともあり、この日は軽めの基礎運動などで汗を流した。体調が心配される式秀親方(48=元幕内北桜)は、稽古場に下りて力士たちを指導した。

力士脱走の一因は、おかみさんのいきすぎた生活指導にある。親方が高血圧などのために体調を崩し、「師匠代行」に任命されたおかみさんが、新型コロナウイルス感染防止に敏感になりすぎた。9、10日は式秀親方が力士全員と個人面談し、それぞれの考えを吸い上げた。おかみさんの言動が心的負担になっていることを打ち明ける力士もいたとみられる。

日本相撲協会のコンプライアンス委員会はすでに、親方やおかみさんのほか、力士らからも聞き取り調査を終えた。今後は静観し、部屋の自浄努力に期待する見通し。式秀部屋には部屋付き親方が在籍していないこともあり、式秀親方が健康面に注意しながら、力士の育成方法を改善していくしかない。

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大島親方が先代武隈親方悼む「よく飲みにも行った」

大島親方(17年6月11日撮影)

9日に67歳で死去した大相撲の元前頭蔵玉錦(ざおうにしき)の先代武隈親方について、親交の深かった大島親方(元関脇魁輝)が11日、故人との思い出を振り返った。

65年秋場所に初土俵を踏んだ大島親方が5年早く入門したが、2人は同学年だった。弟弟子の元前頭王湖が先代武隈親方と同期生だった縁もあり、仲が深まったという。「ザオウ(蔵玉錦)が関取になったくらいからよく話すようになった。巡業に行けば山稽古もしょっちゅうやった。昔は山稽古が普通だったから。夜はよく飲みにも行ったね。黒姫山さん(先々代武隈親方)や俺が教習所で一緒だった佐渡ケ嶽部屋の琴ケ嶽とかも交えてよく行ったね」。

先代武隈親方は元横綱柏戸の鏡山部屋で育った。「良くも悪くも周りのことを気にせず自分の道をいく。先代の鏡山さん(柏戸)の教育だったと思う。豪快に飲むやつだったけど、周りに迷惑をかけなかったし、切りのいいところで切り上げていた」と人柄を懐かしんだ。

最後に会ったのは「去年の暮れか今年の年明け」で、先代武隈親方はつえをついて歩いていたという。「腰のヘルニアだかで悪かったのは聞いていたし、心配してた」と話した。

先代武隈親方の弟弟子だった鏡山親方(元関脇多賀竜)は「早く亡くなったことに驚いた。ご冥福をお祈りするしかない」と悼んだ。

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力士全員に新型コロナ抗体検査、17日から開始

芝田山広報部長(20年2月11日撮影)

日本相撲協会の芝田山広報部長(元横綱大乃国)は10日、力士全員に実施予定の新型コロナウイルス感染歴などを調べる抗体検査を17日から開始すると明らかにした。

同検査は7月場所開催への活用のために5月から6月にかけて行われ、力士や親方ら協会員約900人のうち5人に抗体が見つかった。10日から秋場所(9月13日初日・両国国技館)に向けて稽古を再開する部屋も多く、芝田山部長は「自分自身に緊急事態宣言を出すくらいに日々を送らないと」と予防の徹底を促した。(共同)

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式秀部屋稽古再開へ 親方は協会に呼ばれ血圧上昇も

式秀部屋の看板(2017年1月撮影)

力士9人が逃げ出す騒動のあった式秀部屋が、早ければ11日にも稽古を再開することが10日、分かった。相撲部屋は一般的に本場所後の1週間は休みにあてるため、多くの部屋は10日から再始動しているが、式秀部屋は1日遅れで動きだす。

9、10日の2日間をかけて、式秀親方(48=元幕内北桜)は力士1人ずつと向き合って面談を行った。20人全員と腹を割って話し合い、これまでの不満や今後への改善点などについて確認したとみられる。面談には、あえておかみさんは同席せずに実施したという。

力士9人が4日に逃げ出した主な理由は、おかみさんによるいきすぎた生活指導にある。今年に入って式秀親方は体調を悪化させ、おかみさんを「師匠代行」に任命した。おかみさんは、新型コロナウイルス感染予防に敏感になり、グループラインで連日、長文の指示を送信。張り切りすぎがエスカレートし、多くの力士にとって心的負担になっていた。

逃げた力士は5日に部屋に戻り、日本相撲協会のコンプライアンス委員会からの聞き取り調査も受けた。式秀親方は6日の師匠会に出席したが、つえをついて歩いていたという。同席した別の親方は「みんなの前で『迷惑をおかけしました』と普通に話していた。コンプライアンス委員会に呼ばれて、また血圧が上がったらしい」と明かした。力士の師匠への信頼は変わらないため、部屋の正常化は式秀親方の健康状態にかかっている。

式秀部屋の稽古場(17年1月撮影)

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照ノ富士が秋場所に向け始動「やれることやるだけ」

1つ10キロのダンベルを扱い汗を流す照ノ富士

大相撲7月場所で5年ぶり2度目の優勝を果たした大関経験者の前頭照ノ富士(28=伊勢ケ浜)が10日、秋場所(9月13日初日、東京・両国国技館)に向けて本格的に始動した。

7月場所の千秋楽後、初めて都内の部屋でまわしを締めて稽古を行った。四股やすり足などの基礎運動に加えて、1つ10キロのダンベルを使って体を動かした。大相撲史に残る復活劇を成し遂げて1週間。「いろいろな方々に祝福していただき、改めて(優勝を)実感しています。番付が落ちているときも変わらず応援してくれた方たちからのお祝いの連絡がうれしかったです」と感謝した。

6日には母校の鳥取城北高を表敬訪問し、石浦外喜義校長らに優勝を報告した。新型コロナウイルス感染拡大の影響で高校相撲でも大会が軒並み中止となったが、その中で後輩たちを勇気づける活躍を見せた。「後輩たちに、インターハイなど大会の機会がなくなってしまったけど、腐らずに毎日の努力がすごく大事だと思うので『頑張ってほしい』と伝えました。いま伊勢ケ浜部屋に鳥取城北から(入門した力士)は自分だけなので、励みにもなるし、教えてもいけるので『今の状況が落ち着いたらぜひ部屋に来てください』と伝えました」とエールを送った。

すでに約1カ月後に迫っている秋場所は、上位総当たりとなる見通しだ。序二段からはい上がった28歳は「特別誰というのはありません。当たる相手は誰でも関係なくやれることをやるだけなので」と淡々としていた。

引退を引き留めた師匠の伊勢ケ浜親方から優勝旗を受けとる照ノ富士(2020年8月1日)

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井筒親方「本当に相撲が好きで」先代武隈親方を悼む

元豊ノ島の井筒親方(2020年7月23日撮影)

元幕内蔵玉錦の先代武隈親方が9日に67歳で死去し、元関脇豊ノ島の井筒親方が10日、故人との思い出を語った。井筒親方は2002年1月に初土俵を踏み、同年に鏡山部屋から転籍してきた先代武隈親方から、2019年に退職するまで指導を受けてきた。井筒親方は「自分が新弟子の時に部屋にいらしたので、かれこれ20年近い月日を過ごしました。本当に相撲が好きで、稽古場での指導のポイントは聞いていて勉強になりました」と振り返った。

先代武隈親方は、元横綱柏戸の鏡山部屋で育ち、最高位は西前頭筆頭だった。井筒親方は「お酒を飲むと、口癖は『うちの柏戸は…』でした。今ごろ、柏戸関とお酒を飲みながら怒られているんじゃないでしょうか」と思いをはせた。

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式秀部屋おかみさんへの指導困難「協会員ではない」

式秀部屋の看板

日本相撲協会が式秀部屋のおかみさんに直接指導することは難しい状況にあることが9日、分かった。

力士9人が一時的に部屋を逃げ出し、協会のコンプライアンス委員会に助けを求めた。力士はおかみさんの厳しすぎる指導などを訴えているが、ある親方は「おかみさんは協会員ではない。理事会でおかみさんに処分を科すことはできないでしょう」と指摘した。

部屋持ち親方の妻は「おかみさん」と呼ばれ、伝統的に力士の母親役として裏方業をこなしてきたが、協会とは雇用関係がない。にもかかわらず、部屋の運営に重要な役目を担っているため、協会のガバナンス上、矛盾が生じる事態になっている。力士らはおかみさんへの不満を募らせているが、処分があるとすれば、親方の監督責任を問うかたちにせざるを得ない。

1月に式秀親方(元幕内北桜)の体調を心配して部屋を訪れた親方の1人は「協力できることがあればやりたいが、師匠とおかみさんの問題なので、自分が踏み込んで話すことではない」とし、別の親方は「協会には、できれば部屋の中のことにあまり踏み込んでほしくない」とも言う。SOSを出した力士たちを救うには、式秀親方の手腕に期待するほか、協会が妙案を出すしかない。

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元幕内の蔵玉錦さん死去、67歳 昨年9月に退職

元前頭・蔵玉錦の錦島親方(2010年9月18日撮影)

大相撲の元幕内蔵玉錦(ざおうにしき)の安達敏正(あだち・としまさ)さんが9日午前5時56分、多発性骨髄腫のため千葉県市川市の病院で死去した。67歳だった。

安達さんは元横綱柏戸の鏡山親方の内弟子として伊勢ノ海部屋に入門し、70年秋場所初土俵。翌年、鏡山部屋の創設にともなって移籍した。76年九州場所で新入幕、最高位は西前頭筆頭。83年初場所限りで引退した。幕内在位24場所、金星は北の湖から1個。

引退後は親方として後進の指導にあたり、最後は武隈親方として時津風部屋に在籍。17年9月の日本相撲協会定年後は再雇用制度で協会に残り、昨年9月に退職した。

時津風親方(元幕内時津海)は「1カ月くらい前に入院したと聞いていた。腰の神経をやられて、歩くのもきつかったそうです。自分が不在の時に部屋付き親方としていろいろ助けてもらった」と話した。

葬儀・告別式は13日午前11時から東京都葛飾区鎌倉3の39の20、千代田鎌倉ホールで。喪主は妻とき子(ときこ)さん。

76年秋場所の各段優勝者。左端が十両安達(のち蔵玉錦)(1976年9月26日撮影)

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まずくて食えぬ古米…おかみさん強要が力士脱走一因

式秀部屋の看板

大相撲の式秀部屋の力士たちが、古米を食べさせられていたことが8日、分かった。今年に入ってから式秀親方(元幕内北桜)が体調不良となり、“師匠代行”となったおかみさんが、新米を私的に流用し、部屋のちゃんこには古米を中心に使用。おかみさんの厳しすぎる生活指導に耐えられなくなった力士9人が4日に集団脱走するなど、部屋の異変が徐々に明らかになってきた。心配になった親方3人が、1月に式秀部屋を訪問していたことも分かった。

  ◇    ◇    ◇

式秀親方が体調を悪化させたのは、今年に入ってから。稽古を見られない日が増え、力士たちの前でおかみさんを「師匠代行」と任命してから、部屋の空気が変わり始めた。

9人の力士が部屋を逃げだした理由は、おかみさんの厳しすぎる指導にある。新型コロナウイルス感染予防に敏感になり、グループラインには連日、長文の指示が書き込まれた。感染予防のため4月以降、部屋の中でも靴下をはく決まりができた。素足で靴をはくことで有名な、俳優の石田純一が感染した直後だったという。力士は一般的に靴下をはかないため、実家から送ってもらった者もいた。

感染リスクを避けるため、稽古場やシャワーの使用は予約制になった。7月場所中でも、1人ずつしか稽古場に下りてはいけないことがあったという。

おかみさんに悪気はなかったとみられ、あくまで指導のいきすぎが、力士らへの心的負担になってしまった。しかし、部屋の中での権力が強くなり、米の扱い方にも力士から不満が生じるまでになった。

後援者らから差し入れられた新米は、おかみさんの実家や知り合いなどに送られ、力士は数年前の古い米が中心。3、4年前の古米だったこともあり、「まずくて食べられない」と漏らす力士もいた。親方は体調不良のほか、ちゃんこの買い出しや調理はおかみさんに任せていたため、状況を把握しきれていなかったとみられる。

1月ごろには親方衆の間で、心配の声が上がった。式秀親方の携帯電話がつながらなくなり、おかみさんから折り返しがきた。異変を感じた3人の親しい親方がそろって、1月末に茨城県龍ケ崎市の部屋を訪問。そのうちの1人の親方は「元気がないといううわさが流れた。行ってみたら、本人は血圧の関係だと言い『頑張ります』と言っていた」と証言した。

部屋の力士らは前日に引き続き、8日も日本相撲協会コンプライアンス委員会の聞き取り調査に応じた。現在、式秀親方は体調が回復して再起を期し、脱走した力士は5日に戻っているが、調査は継続の見通し。力士らは、相撲に専念できる環境を望んでいる。

◆相撲部屋と米 力士は、「食べることも仕事」と言われるほどで、大量の米を消費する。人数の多い部屋は、1日で10升(100合)も炊く。後援者からの差し入れも多く、相撲部屋には常に米袋が山積みになっている。米専用の冷蔵庫を設置している部屋もある。米は野菜と同じ生鮮食品のため、賞味期限は記載されていない。保存方法により食べられる期間は変わってくるが、一般的においしく食べられる保存期間は、精米から1~2カ月程度とされている。

◆式秀部屋のおかみさんによる厳しい指導 部屋のグループライン(現在は廃止)で連日の長文指示、返信が遅い力士に厳重注意。大部屋のコンセント使用は許可制にした。通販や仕送りで部屋に荷物が届いた際は、中身を撮影してグループラインへの投稿を義務づけ。大部屋の個人ロッカーは抜き打ちでチェック。反抗的な態度を取った時は「クビにするぞ」などと言ったり、反省文を書かせることもあった。

17年1月、式秀部屋の稽古場

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集団脱走の式秀部屋、残った力士もモラハラ受け止め

式秀部屋の稽古場(2017年1月撮影)

4日に集団脱走した式秀部屋の力士らが7日、東京都内で日本相撲協会のコンプライアンス委員会から聞き取り調査を受けた。すでに部屋を飛び出した力士9人は調査を受けていたが、あらためて事情を聴かれたほか、調査の対象は部屋に残っていた力士、行司、床山らにも広がった。コンプライアンス委員会は聞き取りを終え次第、協会側に調査結果を報告する見通しになっている。

力士らの多くは、おかみさんによる過度な指導が心的負担になったことを訴えている。モラルハラスメントとして受け止めている力士は、脱走した者だけでなく、部屋に残った力士にもいるとみられる。すでにコンプライアンス委員会は、体調不良のため指導が十分でなかった式秀親方(元前頭北桜)とおかみさんには口頭で注意し、力士は5日に部屋に戻った。親方は出直しを決意しているが、再発防止のためにも調査は継続される予定だ。

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松ケ根親方が陽性、部屋関係者の濃厚接触者はおらず

現役時代の松ケ根親方(元前頭玉力道)

日本相撲協会は7日、二所ノ関部屋付きの松ケ根親方(46=元前頭玉力道)が、新型コロナウイルスの陽性反応が出たことを発表した。

松ケ根親方は6日、新弟子のスカウトなどで外出や面談を行う際の対応として、民間の検査機関でPCR検査を受検し、同日深夜に陽性と判明された。一夜明けたこの日、都内の医療機関に入院し、経過観察中という。ウイルス量は低値で発熱などの症状はないという。

陽性が判明後、ただちに墨田区保健所に報告。同居家族もPCR検査を受け、濃厚接触者の調査も行った結果、協会員及び国技館内に濃厚接触者に該当する者はいないとの通知を受けたという。7月場所中、松ケ根親方は千葉・船橋市の二所ノ関部屋に通っておらず、部屋関係者の濃厚接触者も確認されなかった。今後も保健所の指導を受け、対応するという。

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阿炎、引退寸止め 再犯即処分の誓約書など条件科す

阿炎(2020年7月24日撮影)

日本相撲協会は6日、東京・両国国技館で理事会を開き、新型コロナウイルス禍の中でキャバクラに出入りするなどして引退届を提出していた幕内阿炎(26=錣山)について、引退届を受理せず、出場停止3場所と5カ月の報酬減額50%の処分を決めた。引退届については、再び問題を起こした場合に受理することや、それを了承する誓約書の提出、住居を錣山部屋に移すことを条件として、預かりのままとする極めて異例の処分。引退の意向を固めていたという阿炎は「戻りたい気持ちがある」などと話したという。

  ◇   ◇   ◇  

阿炎のコロナ禍でのキャバクラ通いに端を発した引退届は、受理されなかった。力士生命は、土俵際で救われた。5月には、新型コロナウイルスに感染した三段目力士の勝武士さんが28歳の若さで死去している。不要不急の外出自粛が求められていた7月場所中の愚行。師匠の錣山親方(元関脇寺尾)を通じて同場所14日目の1日に引退届を提出していた。関係者によると阿炎は角界を去る決意を固めていたが、協会は受理しなかった。<1>今後、程度を問わずに協会に迷惑をかける行為を行ったら受理<2>そのことを了承する誓約書の提出<3>住居を錣山部屋に移すという条件をつけた。

理事会ではまず、引退届を受理するかどうかの話し合いが行われたという。「感染症を軽く考えている。残す余地はない」という意見もあれば「何とか処分を重くして残す方法はないか」という声もあった。八角理事長(元横綱北勝海)が意見をまとめ、多数決(票数は非公表)で未受理が決定。温情も働き、引退届を協会が預かったままという異例の形となった。

コンプライアンス委員会の調査に阿炎は、7月場所前と場所中に4度キャバクラに出入りしたが、そのうち1度は行っていないとうそをついた。同行した幕下の極芯道には、口裏合わせを働き掛けていた。過去にも軽率な言動があった。昨年11月に会員制交流サイト(SNS)への不謹慎な動画投稿、今年2月の日本相撲協会研修会後には不適切な発言。いずれも厳重注意を受けている。理事会に呼び出され、あらためて事情を聴かれた阿炎は「戻りたい気持ちはある。やったことに責任を感じている」と謝罪したという。

引退はせず、角界に残ることとなったが、いばらの道は続く。3場所出場停止で幕下への陥落が濃厚。6月に結婚したばかりだが、幕下に落ちれば無給で、しばらくは愛妻と離れ、錣山部屋での生活が続き、行動も厳しく制限される。長い手足を生かした突き押しを武器に三役も経験。ユーモアあふれるキャラクターで人気もあり、将来有望な力士だが、最後通告を突き付けられた形。とにかく、相撲だけに向き合い再起を期すしかない。

◆阿炎政虎(あび・まさとら)本名は堀切洸助。1994年(平6)5月4日、埼玉・越谷市生まれ。千葉・流山南高から錣山部屋へ。13年夏場所初土俵。15年春場所新十両。18年初場所新入幕。19年名古屋場所新小結。最高位は東小結。敢闘賞2回。金星2個。通算成績は260勝202敗8休。得意は突き、押し。6月に結婚を表明。188センチ、150キロ。

◆日本相撲協会の処分 賞罰規定の第3章「懲戒」に定められている(イラスト参照)。近年の解雇は15年10月、マネジャーの男性を暴行して傷害罪で起訴された熊ケ谷親方(元十両金親)。業務停止は処分期間中、弟子の指導もできない。旧規定で最も重い除名は、公益財団法人移行後の現行規定からなくなった。暴力禁止規定による処分でも同じ7項目が定められている。

相撲協会の懲戒処分

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集団脱走式秀部屋の調査継続「部屋の中で調整を」

国技館に向かう式秀部屋の力士

日本相撲協会の芝田山広報部長(元横綱大乃国)が6日、茨城県龍ケ崎市の部屋から力士9人が集団脱走した式秀部屋について、継続してコンプライアンス委員会が聞き取り調査を行うとした。

代表取材に応じ「とりあえず、引き続き話を聞くことになっている」と説明。理事会では議題に挙がらなかったという。力士らはおかみさんの生活指導に不満を募らせているが、暴力は絡んでいない。同広報部長は「部屋の中でルールが合わなかったということ。部屋の中で調整すること」と改善を求めた。

芝田山広報部長(2020年4月3日撮影)

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阿炎とキャバクラ同行は極芯道、2場所出場停止処分

極芯道(19年1月13日)

日本相撲協会は6日、東京・両国国技館で理事会を開き、4日までに引退届を提出していた阿炎(26=錣山)について、引退届を未受理とし、出場停止3場所および5カ月50%の報酬減額の懲戒処分を決定し、本人に通知したことを発表した。

   ◇   ◇   ◇

阿炎とキャバクラに出入りしていた幕下力士が極芯道であると発表され、2場所の出場停止となった。3日までに進退伺を提出していたが、過去の処分歴がないことも考慮された。十両経験者の極芯道は右膝の負傷で初場所から休場中。5月に手術を受け、師匠の錦戸親方(元関脇水戸泉)の配慮で幕下でありながら療養のため個室が与えられていたが、夜間に部屋を抜け出して不要不急の外出を繰り返していた。錦戸親方は「けん責」処分に。

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ちゃんこの味付けで大げんか/過去の不祥事引退力士

87年12月、失踪事件で廃業となり会見する双羽黒

日本相撲協会は6日、東京・両国国技館で理事会を開き、4日までに引退届を提出していた阿炎(26=錣山)について、引退届を未受理とし、出場停止3場所および5カ月50%の報酬減額の懲戒処分を決定し、本人に通知したことを発表した。

◆不祥事やトラブルで引退、廃業した力士

▽双羽黒(元横綱) ちゃんこの味付けをめぐり87年12月に師匠の立浪親方(元関脇安念山)と大げんか。仲裁に入ったおかみさんを突き飛ばし部屋を飛び出す。同親方は協会へ廃業届を提出。4日後の臨時理事会で双羽黒の廃業が決議。

▽朝青龍(元横綱) 10年初場所中に都内で泥酔して一般男性に暴行。示談になったが協会から翌2月に引退勧告を受け、引退届を提出。

▽琴光喜 10年5月に発覚した野球賭博問題で、大嶽親方(当時、元関脇貴闘力)とともに解雇処分。

▽日馬富士(元横綱) 17年10月の秋巡業中に鳥取市内で同じモンゴル出身の貴ノ岩の頭部を殴打。同年九州場所後、責任を取って処分決定前に引退届を提出。

▽貴ノ岩(元前頭) 18年12月の冬巡業中に付け人の頬を平手と拳で4、5発殴打。同日付で引退届が受理される。

▽貴ノ富士(元十両) 19年秋場所前に2度目の付け人への暴力と差別的発言が発覚。場所後、協会から自主的な引退を促されたが、1度は受け入れず、2週間後に代理人弁護士を通じて引退届を提出。

90年2月、元双羽黒はバンバン・ビガロ戦でド派手に登場
元貴ノ岩(中央)にはさみを入れ、あいさつを交わす元横綱日馬富士のダーワニャム・ビャンバドルジ氏(19年2月2日撮影)

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場所前に外出泥酔の田子ノ浦親方に最も軽いけん責

田子ノ浦親方

日本相撲協会は6日、東京・両国国技館で理事会を開き、7月場所中に飲食店で泥酔した様子の写真がネットに拡散された田子ノ浦親方(元前頭隆の鶴)に、最も軽い処分である「けん責」を通知したことを発表した。

不要不急の外出自粛が求められている中での田子ノ浦親方の行動について、コンプライアンス委員会の答申内容では、同親方の外出が場所前の7月17日だったことを発表した。答申には「服薬の影響や疲労から数分間眠ってしまった事実は認められるものの、泥酔して眠り込んでいた事実は認められない」と記述。飲食した場所は同親方の後援者が経営している飲食店で、店内は「ほぼ貸し切り」の状態。従業員もマスクを着用し、同席した知人との間で距離を保ちながら飲食を行っていたため、感染予防に相当の注意を払っていたと判断した。

一方で「しかし、師匠としての立場にありながら、相撲協会の方針に反して不要不急の外出に及んだことを不問に付すことはできず、田子ノ浦に猛省を促す必要があると考え、懲戒処分のけん責が妥当と判断した」とした。

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9月場所前後の稽古総見と明治神宮土俵入りを中止

閑散とする両国国技館(2020年4月3日撮影)

日本相撲協会は6日、東京・両国国技館で理事会を開き、来年2021年7月場所の日程変更と、2022年の本場所日程を承認した。

来年の7月場所については、通常は第2日曜日の11日に初日を迎える日程だが、東京オリンピック(五輪)・パラリンピックが1年延期されたことを受け、1週前倒しして4日初日、18日千秋楽という日程になった。これに伴い番付発表も6月21日になった。22年については通常通り、各場所とも第2日曜日が初日という日程が組まれている。

また、9月場所(13日初日、両国国技館)前後の日程についても中止を含めて発表。新弟子検査は9月8日に行い、場所前の横綱審議委員会による稽古総見は中止。場所後の明治神宮土俵入りと、全日本力士選士権大会の中止も発表された。

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阿炎の引退届を受理せず…今後迷惑かけたら即引退

阿炎(2020年7月24日撮影)

日本相撲協会は6日、東京・両国国技館で理事会を開き、4日までに引退届を提出していた阿炎(26=錣山)について、引退届を未受理とし、出場停止3場所および5カ月50%の報酬減額の懲戒処分を決定し、本人に通知したことを発表した。

今後、程度を問わず協会に迷惑をかける行為を行った場合には、預かっている引退届を受理することと、またそのことを了承する旨の誓約書を提出すること、住居を錣山部屋に移し、師匠の錣山親方(元関脇寺尾)の監督下に入ることを条件とした。阿炎は当面日常生活に支障のある場合をのぞき、外出禁止とした。

師匠の錣山親方は指導監督に重大な不足があったとして、6カ月20%の報酬減額となった。

阿炎は不要不急の外出自粛が求められている中、7月場所中にキャバクラに出入りしていたことが発覚。師匠の判断で7日目から休場していた。阿炎はさらにコンプライアンス委員会の聴取に対して「場所前と場所中に2回」と報告していたが、実際は場所前から複数回出入りしており、虚偽の報告をしていた。また同席していた幕下以下の力士に、出入りした回数などについて口裏合わせを指示していた。

また、阿炎に同行してキャバクラに出入りした幕下極芯道(錦戸)には出場停止2場所の処分が決定した。極芯道は3日までに協会に進退伺を提出していた。師匠の錦戸親方(元関脇水戸泉)にはけん責の処分が通知された。

◆阿炎の不適切行動と発言 昨年11月に十両若元春の手足をテープで縛った動画を自身のインスタグラムに投稿。“悪ふざけ”動画はSNSで拡散され、ネット上で「暴力を連想させる」など批判を浴びた。協会から口頭で厳重注意を受け、反省文を提出。さらに今年2月の全協会員を対象とした研修会終了後、会場を引き揚げる際に報道陣の取材に対して「爆睡していた」「寝ていたので何も聞いていない」と発言。翌日に師匠と協会を訪れて謝罪し、鏡山コンプライアンス部長から厳重注意を受けた。

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照ノ富士が母校の鳥取城北高に凱旋「懐かしく思う」

大相撲7月場所で2015年夏場所以来、30場所ぶり2度目の優勝を飾った元大関で平幕の照ノ富士(28=伊勢ケ浜)が6日、母校の鳥取城北高(鳥取市)を表敬訪問し、石浦外喜義校長(59)らに優勝を報告した。喜びを共有し「鳥取は日本の故郷。懐かしく思う」とかみしめた。

モンゴルから鳥取城北高に10年に相撲留学し、インターハイでの団体優勝に導くなど活躍。角界入り後は大関に上り詰めたが、両膝の負傷や内臓疾患で序二段まで転落。それでも諦めず土俵に上がり続け、再入幕した7月場所での優勝劇に母校は喜びに沸いた。

復活に「支えてくれた人たちのおかげ。いいときも悪いときもついてきてくれた人たちがいたから、恩返しをしたいと思った」と感謝の言葉を述べた。報道陣から大関復帰について聞かれると「あまり期待しないでほしい」と笑いを誘った。(共同)

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式秀親方とおかみさんに注意 脱走力士は部屋に戻る

国技館に向かう式秀部屋の力士

茨城県龍ケ崎市の部屋から集団脱走した大相撲の式秀部屋の力士9人と師匠の式秀親方(元前頭北桜)、おかみさんが5日、東京・両国国技館で、日本相撲協会のコンプライアンス委員会から聞き取り調査を受けた。

力士らはおかみさんの生活指導に不満を募らせ、4日に集団脱走して協会の通報窓口に連絡。鏡山コンプライアンス部長(元関脇多賀竜)は、式秀親方とおかみさんの指導を注意し、力士らは部屋に戻った。関係者によると、部屋には不満を募らせる力士が他にもおり、同委員会は引き続き聞き取り調査を実施するという。

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集団脱走した9人の力士は、この日正午ごろに両国国技館を訪れた。外出する際の服装は浴衣が決まりだが、Tシャツに短パン姿で館内へ。力士らは4日夕方、部屋を飛び出して千葉県内のカラオケボックスに逃げ込み、協会の通報窓口に連絡。浴衣に着替える余裕がないほど、緊急を要するものだったとみられる。

関係者によると、力士らはコンプライアンス委員からの聞き取り調査を受けた。その後、師匠の式秀親方とおかみさんが聞き取り調査に応じた。力士らの思いは伝わり、鏡山コンプライアンス部長は式秀親方とおかみさんに対して過度な指導を注意。脱走した力士は5日中に茨城県龍ケ崎市の部屋に戻ることになった。部屋に戻った式秀親方は弟子らに対して「今後は俺がしっかり指導していく」などと決意を話したという。

脱走の理由は、おかみさんによるモラルハラスメントだったという。式秀親方が今年に入って体調を崩し、おかみさんが師匠代わりに力士への生活指導を行った。部屋のグループラインにおかみさんの長文指示が相次ぎ、返信が遅いと「厳重注意」。実家から仕送りなどの荷物が届いた時は、開けて写真を撮り、グループラインに投稿することが義務付けられた。

おかみさんにしてみれば、熱心に指導していたつもりだが、力士には受け入れられず、集団脱走騒動に発展。今回の事態を受けてグループラインは廃止になったという。日刊スポーツは式秀親方の携帯電話に連絡して取材を試みたが、電話に出たのはおかみさんで「ご迷惑をかけられないので、協会にお聞き下さい」と詳細は明かさなかった。

脱走した力士以外にも不満を募らせている力士がいるという。同委員会は脱走せずに部屋に残った力士にも聞き取り調査を実施して、再度全員から聞き取り調査を実施する予定。親方の処分などは未定で、問題の解決にはまだ時間がかかりそうだ。

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◆式秀部屋とは  時津風部屋の元小結大潮の錣山親方が89年9月に年寄「式秀」を襲名し、同部屋から92年4月に独立。定年に伴い13年1月4日付で、北の湖部屋の部屋付き親方だった元前頭北桜の小野川親方が年寄「式秀」を襲名し、式秀部屋を継承した。アイドルの愛称を取り入れた桃智桜(ももちざくら)や体格基準ぎりぎりで新弟子検査に合格した育盛(そだちざかり)、しっかり相手に当たれるようにと付けた大当利(おおあたり)など、力士の個性的なしこ名がしばしば話題に。式秀親方が趣味にしているビーズ編みは、NHKの女性向け講座番組で特集が組まれるほどの腕前。部屋のモットーは「明るく、楽しく、元気よく」。住所は茨城県龍ケ崎市佐貫。茨城県では初めての相撲部屋。

式秀部屋の看板(2017年1月撮影)
おかみさんからのモラハラ

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