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貴景勝が初日 大栄翔5連勝/5日目写真特集

<大相撲初場所>◇5日目◇14日◇東京・両国国技館

平幕の大栄翔が3大関、2小結を破って自身初の初日から5連勝を飾った。

かど番の大関正代は結びで宝富士を寄り切り、4勝1敗で序盤戦を終えた。もう1人のかど番大関、朝乃山は栃ノ心を寄り切り、3勝2敗と白星を先行させた。

初日から4連敗の大関貴景勝は埼玉栄高の3学年後輩、琴勝峰を突き落としで下して初日を出した。

今場所初めて、3大関安泰となった。

5日目の取組模様を写真で振り返ります。


豊 山寄り切り佐田の海

豊山(右)を寄り切りで破る佐田の海(撮影・鈴木正人)

伊勢ケ浜親方(手前)に勢い余って乗りかかる佐田の海(左)と豊山(撮影・鈴木正人)

伊勢ケ浜親方(手前)に勢い余って乗りかかる佐田の海(左)と豊山(撮影・鈴木正人)

豊山(手前)は佐田の海に寄り切りで敗れ仰向けになる。中央は巻き込まれた伊勢ケ浜審判部長(撮影・小沢裕)

豊山「(佐田の海と攻防のある相撲)流れはすごい良かった。(番付を下げている現状に)上位で戦いたい。1日1日大事にやっていきたい。」

英乃海寄り切り翠富士

翠富士(右)を寄り切りで破る英乃海(撮影・野上伸悟)

豊昇龍寄り切り明瀬山

明瀬山は豊昇龍(左)を寄り切りで破る(撮影・小沢裕)

明瀬山「(取組は)あまり覚えていないです。無我夢中だったので。(初の5連勝は)めっちゃうれしいです。あと10日頑張りたいという感じ。千秋楽まで相撲を取りたい。」

琴ノ若上手投げ照 強

琴ノ若は照強(左)を上手投げで破る(撮影・小沢裕)

琴ノ若「慌てないように、しっかり落ち着いていけた。まだ序盤戦なので、余計なことを考えずにやっていく。(元大関琴奨菊の秀ノ山親方から稽古場で)助言だったりを聞いて、視野を広く持ってやろうと思っている。(中盤戦に向けて)がむしゃらにいけたらいい。」

天空海寄り倒し琴恵光

天空海(左)を攻める琴恵光(撮影・鈴木正人)

天空海(下)を寄り倒しで破る琴恵光(撮影・野上伸悟)

天空海「立ち合いが甘かった。いい方向に持って行くように、いろいろ考えてやっている。(明生が5連勝と好調で)自分も追えるように頑張ります。」

志摩ノ海押し出し逸ノ城

志摩ノ海(左)を押し出しで破る逸ノ城(撮影・鈴木正人)

志摩ノ海(右)を押し出しで破る逸ノ城(撮影・野上伸悟)

志摩ノ海「(逸ノ城に上体を)起こされたので(敗因は)本当にそれだけだと思う。体は悪くないので、自分の相撲を取りきれるように頑張りたい。」

碧 山寄り切り妙義龍

碧山(左)は妙義龍を寄り切りで破る(撮影・小沢裕)

碧山「右差してから前に出ようと思っていた。(体の状態は)いい感じです。(中盤戦に向けて)前に出る自分の相撲を取っていきたい。」

霧馬山下手投げ翔 猿

翔猿(右)を下手投げで破る霧馬山(撮影・鈴木正人)

翔猿(右)を下手投げで破る霧馬山(撮影・野上伸悟)

明 生寄り切り徳勝龍

徳勝龍(右)を寄り切りで破る明生(撮影・小沢裕)

明生「(徳勝龍とは)胸を合わせたくなかった。合いかけたが、すぐ対応できた。(5連勝スタートも気持ちは)いつもと変わらずです。」

竜 電肩すかし隠岐の海

隠岐の海(右)は肩すかしで竜電を破る(撮影・小沢裕)

隠岐の海「あまり集中できなかった感じですけど、勝ててよかった。」

遠 藤押し出し

遠藤(右)を押し出しで破る輝(撮影・鈴木正人)

「相手の頭を起こしてそこから攻めていく形をとりたかった。勝つにはそれしかないかなと。」

玉 鷲突き落とし阿武咲

阿武咲(右)を突き落としで破る玉鷲(撮影・鈴木正人)

阿武咲「おっつけも入っていたけど、腰が入っていかなかった。いけると思ったのもあるけど、落ち着いていけばよかった。反省ですね。」

高 安押し出し大栄翔

高安(左)を激しく攻める大栄翔(撮影・鈴木正人)

高安(右)を激しく攻める大栄翔(撮影・鈴木正人)

懸賞金を受け取る大栄翔(撮影・鈴木正人)

大栄翔「しっかり前に出ることができたんでよかったと思います。体の調子もいいんで、このまま気持ちとうまくつながっていければ。」

御嶽海寄り切り隆の勝

御嶽海(左)の攻めを耐える隆の勝(撮影・鈴木正人)

御嶽海(左)は隆の勝に寄り切りで敗れる(撮影・小沢裕)

隆の勝「押し込まれて危ないところもあったが、はたかれても足がついていったんでよかったです。」

照ノ富士押し出し北勝富士

北勝富士(右)を押し出しで破る照ノ富士(撮影・野上伸悟)

北勝富士(奥)を押し出しで破る照ノ富士(撮影・野上伸悟)

照ノ富士「(序盤5日間を3勝2敗で終え)思っているほど力が出ていない。(中盤戦に向けて)精いっぱいやっていくだけ。」

北勝富士「左のかいなをガッチリ返されてしまったんで、攻め手が少なくなって呼び込んでしまった。まだ5日目なんで、しっかり切り替えて頑張ります。」

貴景勝突き落とし琴勝峰

琴勝峰(右)を突き落としで破る貴景勝(撮影・野上伸悟)

琴勝峰(奥)を突き落としで破る貴景勝(撮影・野上伸悟)

貴景勝「(4連敗からの気持ちの切り替えについて)一生懸命やることしかできない。集中して1日1日準備していくだけだと思う。白星あがってまた明日、いいきっかけになってやっていければ。集中して力を出し切ることしかない。また準備していきたい。」

朝乃山寄り切り栃ノ心

栃ノ心(左)を寄り切りで破る朝乃山(撮影・野上伸悟)

朝乃山「(栃ノ心とは)胸を合わすと力で負ける。(相手の変化は昨年の)9月場所もそういう立ち合いをされたので、頭の中には入っていた。自分の相撲を取って、白星でお客さんに喜んでもらえればいい。まだ序盤戦終わったばかり。気を引き締めて頑張りたい。」

宝富士寄り切り正 代

宝富士(右)を寄り切りで破る正代(撮影・野上伸悟)

正代は宝富士(右)を寄り切りで破る(撮影・小沢裕)

正代「立ち合いから左四つの相手の形になってしまった。(攻められて)あせってさばいてしまったのはよくなかったが、最後は体を入れ替えて勝ててよかった。」

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白鵬が旭天鵬に並ぶ歴代2位の幕内99場所/新番付

白鵬(2020年7月22日撮影)

日本相撲協会は24日、来年1月の大相撲初場所(10日初日、東京・両国国技館)の新番付を発表した。現役力士の今場所達成可能な歴代10傑入りなどの記録は以下の通り(在位したことで達成済みも含む)。

【通算勝利数】

既に横綱白鵬(35=宮城野)が1170勝で歴代トップに君臨。どこまで伸ばせるか注目だ。琴奨菊(現秀ノ山親方=828勝)が引退したため、現役2位は横綱鶴竜(35=陸奥)の785勝。歴代10位の寺尾(元関脇=現錣山親方)まで75勝もある。

【幕内在位場所数】

今場所で白鵬が、旭天鵬(元関脇=現友綱親方)に並ぶ歴代2位の99場所。ちなみに歴代1位は元大関魁皇(現浅香山親方)の107場所。

【幕内出場回数】

白鵬が歴代8位の1265回。今場所、皆勤し3月場所も出場すれば3日目に歴代7位の安芸乃島(元関脇=現高田川親方)に並ぶ。現役2位は鶴竜の1027回。なお歴代1位は、元関脇旭天鵬(現友綱親方)の1470回。

【幕内勝利数】

白鵬が1076勝で、2位の魁皇に197勝もの差をつけ歴代トップ。現役2位は鶴竜の645勝で、歴代10位の貴乃花(元横綱)までは残り56勝。

【通算連続出場】

初土俵以来、無休の「鉄人記録」の歴代8位に1301回の玉鷲(36=片男波)が入っている。今場所も皆勤すれば、千秋楽で歴代7位の豊ノ海(元前頭)に並ぶ。04年春場所の序ノ口デビューから足かけ17年の「皆勤賞」だ。

【金星獲得】

現役力士で歴代10傑入りは不在だが、今場所チャンスがあるとすれば現在7個の北勝富士(28=八角)。横綱2人を倒せば通算9個で10位タイに滑り込む。番付も上位総当たりの東前頭筆頭。序盤にチャンスが巡ってくるか…。

なお8個で現役トップの逸ノ城(27=湊)は、東前頭12枚目。よほどの快進撃がなければ、横綱戦はなさそうだ。また7個で追う遠藤(30=追手風)は、東前頭5枚目まで番付を上げたが、番付通りなら横綱戦はなさそう。こちらは序盤から白星を並べれば、中盤以降に横綱との一番が組まれる可能性がある。

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元琴奨菊の秀ノ山親方が指導「現役と照らし合わせ」

関取衆を指導する秀ノ山親方(左)

大相撲11月場所限りで現役を引退した元大関琴奨菊の秀ノ山親方(36=佐渡ケ嶽)が12日、千葉・松戸市の部屋で関取衆を指導した。

現役時代と同じく、まわし姿で稽古場に降りた。部屋付き親方として後進の指導にあたる立場となり「その子が考えている相撲にたどりつけるようにサポートしたい。自分の現役時代と照らし合わせて」と、親方としての意気込みを語った。

部屋では特に琴勝峰、琴ノ若の若手2人が伸び盛り。「その子たちの本質をどこまで出せるかになってくる。そこを気付かせてあげたい。親方になっても力士のときと同じ目線でしっかり指導していきたい」と意欲。秋場所で負傷した左ふくらはぎの状態については「治りが早い、びっくりするほど」と笑みを浮かべて説明した。

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元琴奨菊の秀ノ山親方が涙「思い出の一番は全て」

引退会見に臨んだ元大関琴奨菊(日本相撲協会提供)

元大関琴奨菊(36=佐渡ケ嶽)が大相撲11月場所8日目の15日、現役を引退し、年寄「秀ノ山」を襲名した。オンライン会見に臨んだ秀ノ山親方は「体が言うことを聞かず、ここが自分の終わりかなと思った」と引退理由を明かした。

幕内下位だった9月の秋場所で、左ふくらはぎを肉離れするなどし15年ぶりに十両に陥落した。幕内復帰を目指した今場所は、5日目終了時点で1勝4敗。実はこの時点で、師匠の佐渡ケ嶽親方(元関脇琴ノ若)に引退の意向を伝えたという。しかし、再起を促されて6日目の土俵へ。ただ「(6日目に)朝起きてみたら体が言うことを聞かなかった。両国国技館に行く車の中で『勝っても負けても最後にします』と師匠に伝えました」と明かした。

晴れやかな表情は、思い出の一番を問われて変わった。「幕下の時とか下の時に…」と話すと、右目に光るものが。続けて「厳しく胸を出してくれた兄弟子とか師匠の思いとか、苦労した時の方が思い出。思い出の一番は全てです」と話すと右目から涙を流した。

波瀾(はらん)万丈だった18年間の土俵人生。「まだできるなら相撲を取りたいのが本音。稽古場に行くとみんなが普段通りにしているのがうらやましい」と土俵との別れを惜しんだ。今後は、佐渡ケ嶽部屋の部屋付き親方として後進の指導にあたる。「壁にぶつかる子がたくさんいる。その先の光景を見せられるような指導をしたい」と、自身の経験を次の世代に伝えていく。【佐々木隆史】

▽十両の松鳳山(琴奨菊と同じ36歳)「同級生の兄弟子で、年代のトップを走り続けてきた人。お疲れさまでしたと言いたい。自分はまだまだ区切りをつけるにはほど遠い」

引退会見に臨んだ元大関琴奨菊(左)と師匠の佐渡ケ嶽親方

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元琴奨菊の秀ノ山親方「あの時の相撲を」一問一答2

16年初場所を制し八角理事長から賜杯受ける琴奨菊

大相撲で引退した元大関琴奨菊の秀ノ山親方(36=佐渡ケ嶽)が15日、オンライン会見に臨み、引退を決意した理由や今の心境を明かした。

秀ノ山親方は、現在開催中の大相撲11月場所で15年ぶりに十両に陥落。幕内返り咲きを狙ったが6日目終了時点で1勝5敗と振るわず、7日目の14日に休場届を提出し、引退の意向を固めた。

主な、一問一答は以下の通り。

-地元への思いは

秀ノ山親方 地元があって本当に温かいと思う。苦しい時期に笑顔で支えてくれて。そこに恩返しできるのは土俵の上しかないと思った。1つでも白星をあげて喜んでいただけるような結果を残したかったです。

-親方としてこれからどんな力士を育てたいか

秀ノ山親方 力士は番付社会ですけど、どんな時も壁にぶつかり、壁の先を知らずに苦しむ子がたくさんいる。その先の光景を見せられるような指導をしていきたいと思います。

-がぶり寄りへの思いは

秀ノ山親方 昔は若さゆえに何も考えずに、気持ち1つでその体勢になれた。年齢を重ねて体調を整えるようになって、そこも自分への追究になった。あの時の相撲を、もう1度したかったというのが本音です。

-優勝した時の思いは

秀ノ山親方 本当にすごいことをしたなと思います。部屋に賜杯を持ち帰れたことは、胸を出してくれた兄弟子とか親方衆、師匠に本当に気持ちを伝えられたかなと思います。

-あらためて数々の記録を振り返って

秀ノ山親方 大相撲の歴史の中でつくれたのは誇りに思います。

-横綱昇進への思いは

秀ノ山親方 横綱になりたくて相撲界に入門した。そこを目指したけど力及ばずで悔しいけど、その分違う方向性で相撲を追究できたのは今後に生きることだと思います。

-1つの理想を求めて追い込んだと思う

秀ノ山親方 やれることは全てやったなという気持ちです。自分がしっかりしとけば、どんなことでも1つの道につながっていくなと感じた。そこで方向性も、可能性も見たのでそこにチャレンジできたことはうれしいです。

-ご両親にはいつ引退の報告をしたのか

秀ノ山親方 引退の報告も一番最後。自分が納得するまでやれと昔から言っていたので、お疲れさんの言葉で「楽しませてもらったよと」言われた時には頑張ってよかったなと思いました。

-今、もう1度土俵に上がるとするなら誰と対戦したいか

秀ノ山親方 それは横綱稀勢の里関ですね。

-親交のあるプロ野球の内川選手にはどう報告して、どういう言葉をもらったか

秀ノ山親方 引退すると言った時に、「その日が来たか」と言ってもらった。場所前にも大事な言葉を言ってもらって、土俵は違うけどお互いが結果を出して喜んでもらおうとした。「ケガしても土俵に立っている姿は選手として感じるものがありました」と言ってもらえたことがよかったです。

-親方にとってのは相撲とは

秀ノ山親方 日常の考え方とかが全て土俵の上に現れたのかなと。奥が深く、まだまだその中で勉強したいです。

-これまでに引退がよぎったことはなかったか

秀ノ山親方 幕内から十両に落ちた時に、周りが思うほど、自分はいろんな可能性を感じていた。落ち込むことはなかったけど、自分の相撲が取れないと気づいた時は引退しようと思っていたので決意しました。

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元琴奨菊の秀ノ山親方「勝っても最後に」一問一答1

大きく反り返る琴奨菊のルーティンワーク

大相撲で引退した元大関琴奨菊の秀ノ山親方(36=佐渡ケ嶽)が15日、オンライン会見に臨み、引退を決意した理由や今の心境を明かした。

秀ノ山親方は、現在開催中の大相撲11月場所で15年ぶりに十両に陥落。幕内返り咲きを狙ったが6日目終了時点で1勝5敗と振るわず、7日目の14日に休場届を提出し、引退の意向を固めた。

主な、一問一答は以下の通り。

-引退を決意した経緯は

秀ノ山親方 何とか頑張って応援してくれる方に結果を出そうと思ったけど、体が言うことをきかず、ここが自分の終わりかなと思って決断しました。

-6日目に「琴バウアー」をした

秀ノ山親方 自分ができることは全てやって、勝っても負けてもこの1番で終わろうと思っていましたので、応援してくれた方に感謝の気持ちが伝わればと思ったので。

-勝ってもやめるつもりだったのか

秀ノ山親方 そうです。前日に師匠に引退のことを考えている旨趣を伝えたけど、師匠からは一回ぶつかってみろと言われた。頑張ってみたけど、朝起きてみたら体が言うことを聞かず、両国国技館に行く車の中で「勝っても負けても最後にする」と師匠に伝えました。

-どんなことが胸にあったか

秀ノ山親方 なんとも言えないけど、まだできるなら相撲が取りたいというのが本音です。

-悔いはあるか

秀ノ山親方 やるべきことは全てしたけど、どうしても体が言うことを聞かないので。自分の相撲が取れないと感じたのでここで終わろうと決めました。

-今の心境は

秀ノ山親方 まだ慣れてなく、朝稽古場に行くとみんなが普段通りにしてるの見るとうらやましいです。

-家族へはどう伝えたか

秀ノ山親方 帰りの車の中で伝えた。妻の方は理解してくれて、子どもも理解してくれた。最後の相撲は家族を呼んで国技館で相撲を見せられたのはよかったです。中日のチケットを取ってたけど、そこまで続くか分からなかったので。

-大事にしてきたことは

秀ノ山親方 自分はご縁という言葉で、先代とのご縁と師匠とのご縁と、たくさんの方々とのご縁で佐渡ケ嶽に入って。ライバルにも出会えてここまでこられたので感謝です。

-思い出の一番は

秀ノ山親方 すごく聞かれると思って考えたけど、今思い出すのは幕下の時とか下の時に厳しく胸を出してくれた兄弟子とか師匠の思いとかライバルの存在が1番なので、どれがと言われたら苦労した時の方が思い出。思い出の一番は全てです。

-1番苦しかった時期はいつか

秀ノ山親方 いつも前向きだった。どこかにヒントがあるんじゃないかと思ってやっていた。

-原動力は何か

秀ノ山親方 ライバルの存在と同期生がどんどん上がっていって、自分も負けていられないと思って頑張ったことだと思います。

-稀勢の里関はどんな存在だったか

秀ノ山親方 土俵上は力を試される1番の相手と思ってぶつかって。1番の思い出は横綱との三番稽古で誰よりもぶつかったのが思い出です。

-それはどんな時間だったか

秀ノ山親方 無我夢中でくらいついた。気を抜いたら壊されるんじゃないかと思って、前日から備えたのが懐かしいです。

-井筒親方(元関脇豊ノ島)については

秀ノ山親方 小さい時から知っていて、いつも比べられるのが豊ノ島の存在で。先に新十両いかれて悔しい思いがあって、三役は私の方が早かったと思うけど、どんな時も意識して半枚でも上にあがろうという思いだった。

-3人の中で1番長く相撲を取った

秀ノ山親方 自分は納得いくまで取り切ろうと思ったので。

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琴奨菊が引退、年寄「秀ノ山」襲名 相撲協会が発表

大きく反り返る琴奨菊のルーティンワーク“琴バウアー”でファンを喜ばせた(16年初場所)

日本相撲協会は大相撲11月場所8日目の15日、元大関の西十両3枚目琴奨菊(36=佐渡ケ嶽)の引退を発表した。また理事会で、琴奨菊の年寄「秀ノ山」の襲名が承認されたことも発表した。今場所で15年ぶりに十両に転落した琴奨菊は、同場所6日目時点で1勝5敗と振るわず。同場所7日目の14日に休場届けを提出し、引退の意向を固めていた。

西前頭11枚目だった9月の秋場所は、左ふくらはぎ肉離れで途中休場。幕内残留のために途中出場するも、2勝10敗3休で05年春場所以来、15年ぶりに十両に転落した。場所前に取材に応じた際は「勝てば上がるという世界。前を向いていく。ネガティブにとらえがちだけど、ポジティブなところがたくさんある」と、現役続行へ意欲を見せていた。

再起を懸けた今場所だったが、白星は2日目の松鳳山戦のみ。思うような相撲が取れずに、厳しい現実と向き合うことになった。6日目の千代ノ皇戦では、仕切り時間いっぱいになった時、大きく背中を反らせる「琴バウアー」を久しぶりに披露。胸に秘める思いで上がった最後の土俵となった。

明徳義塾中で中学横綱に輝き、同高で団体など7タイトルを獲得。02年初場所で初土俵を踏み、代名詞「がぶり寄り」を武器に11年秋場所後に大関昇進を果たした。16年初場所では、日本出身力士として10年ぶりに賜杯を抱いた。先場所までの幕内在位は史上7位の92場所。幕内連続在位は史上4位の91場所、幕内勝利数は史上6位の718勝などと、名実ともに角界を代表する力士だった。今後は秀ノ山親方として後進の指導にあたり、大相撲を支えていく。

琴奨菊(2020年9月21日撮影)

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奇手!協会困らせた「居反り」/1964年復刻記事

若天竜(左)がはたき込むのを、岩風(右)は前のめりになりながら若天竜の両足にしがみついて残し、そのまま抱え上げて自分の左横に落とした(1964年5月11日撮影)

<大相撲11月場所>◇5日目◇12日◇東京・両国国技館

東十両13枚目の宇良(28=木瀬)が11月12日、居反りの大技で旭秀鵬(友綱)を下した。十両以上では93年初場所12日目に十両の智ノ花(のち元小結智乃花)が花ノ国に決めて以来、約27年ぶりの珍手だった。27年前の1993年(平5)1月22日付、大相撲初場所12日目を報じた日刊スポーツ紙面によると、居反りは1964年(昭39)5月11日以来、29年ぶり。更にさかのぼって、今から56年前の様子を復刻版で特別にお届けする。

 ◇   ◇   ◇

この日(1964年(昭39年)5月11日、大相撲夏場所2日目)、幕内の取り組みで、協会が決めている七十手にもない珍しい決まり手がでた。それは岩風-若天竜の相撲で、若天竜がはきこむのを、岩風は前へのめりながら相手の両足にしがみついて残し、そのまま抱えあげて自分の左横へ落としたもの。協会では、しばらく決まり手を発表できなかったが、居反(いぞ)りとした。その時の事情を秀ノ山親方は「まったく珍しいので、わたしもはじめて見た。大体はかつぎわざなのだが、いまの協会が決めている七十手には、かつぎわざを入れていない。それで勝負が決まったときの形が居反りに一番近かったので、そのようにした」といっている。

記者席では「きぬかつぎ」という人、「足とり」でいいという人、または「抱え投げ」などと、議論百出、まったく人騒がせな岩風の決まり手だった。(表記は当時のまま)

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秀ノ山襲名の元天鎧鵬「上を目指す力士育てたい」

長男維風輝君を抱いて最後の土俵入りをする秀ノ山親方

元幕内力士で今年3月の春場所を最後に引退した元天鎧鵬の引退、秀ノ山襲名の断髪式が8日、両国国技館で開かれた。

断髪式には、日大時代の恩師で日大の田中英寿理事長、お笑い芸人のあかつ、放送作家の鈴木おさむらが出席。日本相撲協会関係者では、一門の春日野親方(元関脇栃乃和歌)ら親方衆、関取衆では親交のある横綱白鵬(34=宮城野)、一門の大関豪栄道(33=境川)、十両豊ノ島(35=時津風)が出席。約150人の最後に、同じ熊本・文徳高-日大を経て角界入りした師匠の尾上親方(元小結浜ノ嶋)が止めばさみを入れ断髪式は終了した。

断髪式後、整髪中に取材対応した秀ノ山親方は「来ていただいた方、それぞれに思い出があります。横綱、大関、親方衆もたくさん来ていただいて本当にうれしかった。涙は出なかったけど感動しました」と話した。

今後は尾上部屋の部屋付き親方として後進の指導にあたるが「相撲界に入って思ったのは、あきらめないで良かったな、ということ。関取を育てたいけど、第一に貪欲な、あきらめないで上を目指す力士を育てたい。結果はどうあれ一生懸命、頑張って気持ちを表に出すような」と抱負を語った。明るい性格そのままに、約12年をともにしたマゲとの別れにも「髪を洗う時も『何もない』って。スッキリしました。石立鉄男です」と周囲を笑わせた。断髪式前には10カ月の長男維風輝君を抱いて最後の土俵入り。「本当は地方巡業で関取として子供を抱いて(の土俵入り)が理想だったけど、でも最後にこうやって土俵入りが出来て良かった」と父親の顔をのぞかせていた。

断髪式で秀ノ山親方のマゲに、はさみを入れる尾上親方
断髪式で秀ノ山親方(左)に花束を贈る亜香利夫人
断髪式後、整髪を終え長男維風輝君を抱く秀ノ山親方(左)と亜香利夫人

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元天鎧鵬が断髪式「よく頑張りました」日大田中理事長

秀ノ山親方の断髪式で、はさみを入れる日大・田中英寿理事長

元幕内力士で今年3月の春場所を最後に引退した元天鎧鵬の引退、秀ノ山襲名の断髪式が8日、両国国技館で開かれ、約150人がはさみを入れた。

断髪前に、最後の土俵入りとして10カ月の長男維風輝(いぶき)君を抱いて土俵を回った。その後、断髪式に入り、いの一番ではさみを入れた高崎哲也後援会長に続き、2人目には日大時代に指導を受けた日大の田中英寿理事長が土俵に上がり、教え子のマゲにはさみを入れた。

熊本・文徳高から日大に入学した16年前を思い返すように、同理事長は「大学時代は強くなかった。まじめでコツコツ努力する子で、プロになって強くなった。よく頑張りました」と教え子を、ねぎらっていた。

また関取衆の最後には、親交のある横綱白鵬(34=宮城野)が土俵に上がり、はさみを入れた。「巡業の朝稽古で、よく稽古をつけた」と言う白鵬も「(秀ノ山親方の出身が)熊本だから、とにかく酒が強くて豪快だった。最後はケガをして、もう少しやりたい気持ちはあっただろうけど、その分、親方として弟子を育ててもらえたら」と、ねぎらっていた。

長男維風輝君を抱いて最後の土俵入りをする秀ノ山親方
長男維風輝君を抱いて最後の土俵入りをする秀ノ山親方

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奨菊「秀ノ山になる」奇跡の銅像前で誓い

第9代横綱秀ノ山の像の前で、同じポーズを取る力士と秀ノ山の末えいの小野寺大耀くん

 大関琴奨菊(30=佐渡ケ嶽)が、横綱への思いを一層強くした。大相撲の力士会を代表した力士8人が13日、東日本大震災の津波被害を受けた宮城・気仙沼市の景勝地「岩井崎」を訪問。津波に耐えた、同市出身で江戸時代の第9代横綱秀ノ山雷五郎の銅像と対面した。年寄名跡「秀ノ山」を所有する琴奨菊は秀ノ山の末裔(まつえい)とも会って、新たな縁と力を得た。

 奇跡の銅像を、琴奨菊はじっと見つめていた。年寄名跡「秀ノ山」を所有する者として、秀ノ山の銅像をくまなく眺めた。背は164センチもない。だが「足がめっちゃでかいです」。そのすべてに感激した。

 奇跡の話は耳にしていた。津波に襲われて、周辺の民宿がすべて流された。だが、土台がえぐられても横綱の銅像だけは立ち続けた。地元からは相撲のかけ声よろしく「残った、残った」とたたえられ、7月に訪れた皇后さまが「やっぱり横綱は強いのね」とおっしゃられたほど、雄々しい。

 「本当に来たかった。今こうやって来れて、本当に良かったなと思います」

 名跡を取得したのは昨年4月。引退後は、秀ノ山親方として協会に残る見通しがついたが、大関として苦しい時期は続いた。だが、かど番だった名古屋場所で、自身2度目の12勝を挙げた。自らも「残った」。「震災当時はまだ関脇。こうして大関になって、少しは恩返しができたかな」。

 1847年9月場所で横綱免許を受けた秀ノ山。それから167年、秀ノ山と血縁がある小野寺大耀(たいよう)くん(13)とも対面した。前日の歓迎会で父学さん(49)に「私ら少し血が流れているんです」と明かされると「本当ですか!?」とイスから跳びはねて「一緒に写真を撮ってください」と自らお願いした。その大耀くんが琴奨菊ファンというのも「縁」以外の何ものでもない。

 「苦しい場所が続く中で、ようやく兆しも見えてきた。その中でご縁で連れてこさせていただいた。不思議です。導かれている気がする」。綱への思いが一層、強まった。【今村健人】

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秀ノ山親方が「中村」に名跡変更

 日本相撲協会は21日、秀ノ山親方(45=元関脇琴錦)が同日付で年寄「中村」に名跡を変更し、佐渡ケ嶽部屋から尾車部屋に転籍したと発表した。

 名跡「中村」は、尾車部屋の幕内嘉風(31)が昨年12月16日付で取得しているため、借り名跡になる。

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琴奨「菊」の季節に桜咲かす/秋場所

高安(後方)を下しほっとした表情を見せる琴奨菊(撮影・河野匠)

<大相撲秋場所>◇6日目◇20日◇東京・両国国技館

 大関琴奨菊(29=佐渡ケ嶽)が、新小結高安(23)を下して1敗を守った。しっかり踏み込み、相手の突き落としにも注意して冷静に寄り切った。場所中の打ち出し後は、千葉・松戸市内にある先代佐渡ケ嶽親方(元横綱琴桜)の墓に通い、心を落ち着ける。8月に七回忌法要が営まれた天国の師匠に念願の優勝報告をするため、早くも唯一の勝ちっ放しとなった横綱白鵬(28)を追う。

 慌てなかった。琴奨菊は脳からの危険信号を冷静に察知した。「高安は土俵際の突き落としがある」。左を差し、がぶりながら一気に寄ったが、無理には攻めない。離れそうになった体を密着させ、もう1度腰を落として寄り切った。「しっかりまわしを取ってからだと思った。無理しないで良かった」。新三役の若武者を退けての1敗キープに笑みがこぼれた。

 場所前の8月10日、07年に亡くなった先代佐渡ケ嶽親方(元横綱琴桜)の七回忌法要が都内で行われた。尾車親方(元大関琴風)ら約140人が参列。その場で多くの人から激励された。大関に昇進して丸2年、左膝の故障にも悩まされ優勝争いに届かない場所が続くだけに、すべての言葉が胸に染みた。「自覚が芽生えました」。気力は高まっていた。

 大関になってから、東京の場所中に毎日通う場所がある。部屋近くの千葉・松戸霊園。モニュメントもある先代の墓に、その日の結果を報告し心を落ち着ける。豪栄道に敗れた4日目の打ち出し後も、夕飯前に訪れ「明日は頑張ります」と誓っていた。天国の師匠と心で会話し、負けを引きずらずに気持ちを切り替えている。

 「先代には入門するときに『地位と名誉とお金は土俵にある。だから、努力しろ』と言われた。その言葉を忘れずやっていきたい」。優勝が、最高の恩返しになることは分かっている。日本人横綱候補は、稀勢の里だけではないことも知らしめたい。早くも勝ちっ放しは白鵬1人。反撃への意気込みを問われた琴奨菊は「もちろん!」と声を張った。【木村有三】

 ◆琴桜(ことざくら) 第53代横綱で、先代佐渡ケ嶽親方。強烈なぶちかましが武器で「猛牛」の異名を取った。73年初場所後に、年6場所制が定着した58年以降、最年長の32歳1カ月で横綱昇進。横綱を8場所務めた。幕内通算553勝345敗77休。優勝5回。引退後は琴奨菊のほか、琴風(尾車親方)や琴錦(秀ノ山親方)、琴ノ若(佐渡ケ嶽親方)、琴欧洲らを育てた。07年8月14日、敗血症による多臓器不全のため、66歳で亡くなった。

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琴奨菊、心境暴露され赤面/名古屋場所

<大相撲名古屋場所>◇11日目◇17日◇愛知県体育館

 西大関琴奨菊(29=佐渡ケ嶽)が心境を暴露されて、顔を真っ赤に引き揚げた。東前頭4枚目旭天鵬(38=友綱)に粘られたが、がぶり寄りで7勝目を挙げた。

 5連勝後に変化で連敗して調子を崩した。普段から相談相手の秀ノ山親方(元関脇琴錦)がNHK解説で「迷っていると相談を受けた」と内容を披露してしまった。これには本人も「マジッスか! 何とも言えない」。それまでは真顔で話していたのが、一気に崩れて真っ赤に。ばつが悪そうに、その後はそそくさと着替えて場所を後にした。

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琴欧洲 久々の存在感/名古屋場所

今場所勢いに乗る千代大龍(左)を上手投げで崩して寄り切りで破る琴欧洲

<大相撲名古屋場所>◇9日目◇15日◇愛知県体育館

 大関琴欧洲(30=佐渡ケ嶽)が、東前頭3枚目の千代大龍(24=九重)を寄り切って1敗を守った。9日目での勝ち越しは、11年初場所以来14場所ぶり。右膝や右肘の故障で不振続きだったが、久々にV経験大関の存在感を示した。史上2位のブランク優勝となる30場所ぶりの賜杯を目指す。

 迷いがなかった。琴欧洲は立ち合いで鋭く踏み込むと、頭が千代大龍のあごに食い込んだ。出足を止め、すかさず右上手をつかむ。投げで体勢を崩して、一気に寄り切った。「体が動いているので、考え過ぎずにいきました」。1横綱1大関を撃破していた相手に完勝し、1敗をキープ。9日目での勝ち越しは11年初場所以来14場所ぶりだ。

 久々に存在感を発揮している。右膝や右肩、肘の故障もあり、この1年で2度も途中休場した。通算6度目のかど番だった先場所は、千秋楽にようやく8勝目を挙げたほど苦しかった。「あの経験は、何年分かの稽古と同じくらい。きつかった」。精神的に楽になった今場所は、名古屋入りした6月末に稽古で右まぶたを切り8針縫うアクシデントもあったが、既に傷口はふさがった。験を担いで抜糸せず戦う姿も勇ましい。

 現4大関で“最古参”の意地もある。先場所は同じ02年に初土俵を踏んだ稀勢の里が優勝争いし、今場所前は綱とりでも注目された。04年夏場所の新十両昇進は同じだったが、新入幕、新三役、大関昇進は常に琴欧洲の方が先だった。「稀勢の里だけじゃないよ。誰にも負けたくない」。ライバルの活躍で、自身の闘争心もよみがえってきた。

 1差で白鵬を追う展開。逆転優勝なら08年夏以来で30場所ぶり、史上2位のブランクVになる。同1位43場所ぶりVの記録を持つ部屋付きの秀ノ山親方(元関脇琴錦)は「落ち着いているね。どんと来いって感じで、受け止めている。貴乃花親方も『いいですね』と言ってました」と目を細める。

 久々の優勝争いに琴欧洲は「横綱戦まで1敗でいったら意識するけど、今は意識してもしょうがないよ」とまだリラックスムード。うなぎでスタミナ補給し、毎日大好きなスイカも食べている。それでも愛知は、麻子夫人の故郷で応援も多い。復活の地には、ふさわしい。【木村有三】

 ◆08年夏場所の琴欧洲の初優勝VTR 春場所で途中休場し、夏場所は2度目のかど番で迎えた。だが、初日から白星を積み重ねて10日目で単独トップに立った。11日目に朝青龍、12日目には白鵬と、両横綱をともに寄り切り、初日から12連勝。13日目で平幕安美錦に敗れたが、14日目に関脇安馬(現日馬富士)を破り、欧州出身力士として初めて、外国人としては7人目の優勝を飾った。かど番での優勝も史上7度目。千秋楽も勝って14勝1敗だった。

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琴奨菊「うまくやられた」/秋場所

栃煌山(手前)に押し出される琴奨菊(撮影・神戸崇利)

<大相撲秋場所>◇11日目◇21日◇東京・両国国技館

 平幕相手に喫した黒星に、琴奨菊は「うまくやられました。悪いところは自分で分かってる。修正して頑張らないとね」。修正点については明かさなかったが、ふがいなさからか時折苦笑いも浮かべた。

 得意の左を差せず、逆に左を差して右からおっつける栃煌山に土俵下まで押し出された。大関昇進の目安となる直近3場所で計33勝には横綱、大関戦を残したあと4日で3勝が必要だ。この日の相撲内容にも、土俵下の中村審判長(元関脇富士桜)は「痛いよね。きょうみたいな完敗じゃいかん」と手厳しかった。

 琴奨菊が平幕に連敗した先場所終盤、自らも大関とりに挑んではね返された部屋付きの秀ノ山親方(元関脇琴錦)は琴奨菊に「平幕に勝たなきゃという気持ちが強すぎる。誰に対しても挑戦者の気持ちでやらないと」と声を掛けたという。「大関に上がっても常に目標を持ってやらないと。通過点ぐらいの気持ちを持ってほしい」との願いを込めたエールだった。

 終盤の勝負どころで、場所前から鍵に挙げていた精神面のコントロールはできるのか。琴奨菊は「大丈夫です」ときっぱり言った。その言葉は、まず12日目に顔を合わせる好調の臥牙丸戦で試される。

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琴奨菊大関とりへ異名熱望/名古屋場所

琴奨菊(左)は嘉風を寄り切りで破る(撮影・前岡正明)

<大相撲名古屋場所>◇7日目◇16日◇愛知県体育館

 大関とりに挑戦中の関脇琴奨菊(27=佐渡ケ嶽)が、西前頭筆頭の嘉風(29)を寄り切りで下した。初日に黒星発進も、2日目から6連勝。昇進の目安となる12勝へ、また1歩前進した。得意のがぶり寄りが相撲ファンに知られるようになったが、ニックネームの定着は、まだこれから。大関昇進が決まれば、知名度アップとともに代名詞も浸透するかもしれない。

 支度部屋を出る時、「ツッパリ大関」で知られた元千代大海の佐ノ山親方から、声を掛けられた。「キク、大関だな」。思わず琴奨菊も顔をほころばせた。7日目を終えて6勝1敗。順調に前半戦をしのぎ、中日以降に大きな可能性を残した。

 この日は、動きの速い嘉風をつかまえて、腰を下ろしての寄り切り。「うるさい相手なんで、立ち合いで迷ったけど、自分に勝てた。つかまえたら、何とかなると思った。しっかり最後、腰が下りたし、流れはいいですね」。左四つの自分の型で納得の白星をつかんだ。

 今場所前、元関脇琴錦の秀ノ山親方が「F1相撲」の異名を取ったという話題に及んだ時、琴奨菊は言った。「僕も、そういう代名詞が欲しいですね。舞の海さんは『石臼』って言ってたからなあ」。

 今年の初場所初日、NHKのテレビ中継でのこと。解説の「技のデパート」こと舞の海さんが、琴奨菊の重心の低さをたたえて「石臼」と評した。すると、「金メダルアナウンサー」こと刈屋アナが「柳川の石臼ですね」と、出身地になぞらえた。新ニックネーム誕生かと思ったが、定着には至らなかった。

 「ウルフ」の千代の富士、「技のデパートモンゴル支店」の旭鷲山、「お兄ちゃん」の3代目若乃花、「ロボコップ」の高見盛…。その時代ごとに、個性と実力を備えた力士は、自然とニックネームがついた。琴奨菊も大関昇進となれば、知名度もアップし、何かが定着する可能性がある。

 今日の中日は「怪力」魁皇が相手。「とりあえず余韻に浸って、明日は明日で考える」。相撲のイメージは低く、重く、がぶり寄りで、笑顔がトレードマークの九州男児。協会の看板と言われる大関へ、もう一息だ。【佐々木一郎】

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豊ノ島1敗守り平幕V見えた/九州場所

徳瀬川(右)を下手投げで破り1敗を守った豊ノ島(撮影・岡本肇)

<大相撲九州場所>◇10日目◇23日◇福岡国際センター

 西前頭9枚目の豊ノ島(27=時津風)が、記録的優勝に1歩近づいた。同6枚目の徳瀬川(27)を下手投げで破り、1横綱2大関とともに1敗を守った。日本人として4年10カ月ぶり、平幕として9年2カ月ぶりの優勝へ向け、条件が整ってきた。今後は、上位との対戦がカギになる。

 本場所中は興奮して、午前3~4時くらいまで眠れない。それでも豊ノ島は、目が覚める相撲で徳瀬川を転がした。「これからもっと、高ぶってくる。舞い上がらず、気持ちを抑えて相撲を取りたいです」。優勝を視野に入れつつ、努めて冷静に言葉を発した。

 平成以降、7度の平幕Vには共通のデータがある。(1)10日目まで2敗以内(2)横綱、大関に休場者がいて上位が手薄(3)3役以上との対戦で勝ち越し、が最低条件になる。豊ノ島は(1)と(2)が当てはまり、今後は(3)が課題になる。12日目以降に可能性がある上位との対戦が、優勝の行方を左右する。

 唯一、2度の平幕Vを経験した秀ノ山親方(元関脇琴錦)は「優勝するなら、横綱、大関を倒さないといけない。でも、まだ意識するのは早い。自分は脇役だという意識でやっていけば、上位がこけて、いつのまにかトップに立てる」と経験をもとに指摘する。

 番付に関係なく、日本人力士への期待も高い。外国勢以外の優勝は、06年初場所の栃東(玉ノ井親方)が最後。豊ノ島は「僕らも『(優勝は)外国人ばっかり』と一番言われている。ちょっとでも、大和魂を見せられるよう頑張らないと」と話す。

 場所前、番付表を見た父梶原一臣さん(58)からは相当数の勝ち星を予言され、最近は「オレの想像通りだな」と言われたという。今場所は、想像しにくかった白鵬の連勝が止まり、10日目で4人が並走する。残り5日、父の想像を超える結果を狙っている。【佐々木一郎】

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元琴錦の荒磯親方が「秀ノ山」に名跡変更

 日本相撲協会は27日、元関脇琴錦の荒磯親方(本名松沢英行、群馬県出身、佐渡ケ嶽部屋)が同日付で年寄「秀ノ山」に名跡を変更したと発表した。

 元関脇長谷川の秀ノ山親方は7月に日本相撲協会を定年退職していた。

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