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柏市出身隆の勝、ご当所巡業で晴れ姿「三役目指す」

地元の千葉・柏での巡業で犬と記念写真に納まる十両隆の勝

大相撲の春巡業は20日、千葉・柏市で行われ、地元出身で東十両13枚目の隆の勝(24=千賀ノ浦)が人気を博した。

稽古土俵に上がり「千葉県柏市出身 隆の勝」とアナウンスされると、この日一番の拍手を浴びた。ぶつかり稽古では大関高安に、たっぷりかわいがられ稽古をつけてもらった。稽古後は、地元テレビ局や新聞社の取材が特別に設けられ、5人の兄弟はじめ家族全員が応援に駆けつけるなど、地元で晴れ姿を披露した。「今日は、たくさんパワーをもらった。それを令和元年最初の場所で出したい。飛躍の年に三役を目指して頑張りたい」と笑顔で話した。

会場近くにある相撲道場は、わんぱく相撲などで汗を流した「懐かしいし初心に戻れる場所」。中学3年まで、この道場で腕を磨き全国都道府県大会では団体3位にも入るなど「柏での稽古が土台になっている。感謝している」と言い、そのころ夢に抱いていた「横綱になる」という目標に向けても「あきらめずに一生懸命、稽古する」と誓った。

昨年秋場所で新入幕を果たし、幕内は2場所務めたが、その後の半年は貴乃花部屋力士の転属、貴景勝の優勝、貴ノ岩の引退、貴景勝の大関昇進と激動の日々。自身はケガもあり、2場所連続の大きな負け越しで番付を十両の13枚目まで落としたが、春場所は11勝4敗と盛り返し、5月の夏場所(12日初日、両国国技館)は再入幕を狙うチャンス。部屋の激動も落ち着いたようで「違和感もなくなり、自分の相撲にだけ集中できるようになった」と再浮上を目指す。

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北尾光司さん波乱の人生に幕 豊かな才能開花できず

土俵入りを行う双羽黒さん(1987年9月13日)

大相撲の第60代横綱で、現役横綱双羽黒のまま廃業し、プロレスラーに転身した北尾光司さんが、2月10日に慢性腎不全で亡くなっていたことが29日、分かった。55歳だった。87年12月にトラブルで立浪部屋を飛び出し、その後は冒険家、タレント、格闘家へと転身。98年に格闘家も引退した。波乱に満ちた人生が幕を閉じた。

   ◇   ◇   ◇

北尾さんは2月10日午前7時30分に慢性腎不全のため千葉県内の病院で亡くなっていた。13年より腎臓を患い闘病生活送っていたという。生前の本人の希望で家族葬が執り行われ、2月13日に通夜、同14日い告別式、3月28日に納骨された。

北尾さんは立浪部屋から79年(昭54)3月の春場所で初土俵を踏み、86年(昭61)1月の初場所から大関、同年9月の秋場所から横綱に昇進。横綱として8場所務めた後、87年12月にちゃんこの味付けをめぐってトラブルになり、部屋を飛び出した。その後、師匠から当時の「廃業届」が提出された。1909年(明42)に優勝制度が導入されて以降、唯一、優勝経験のない横綱となった。これをきっかけに、横綱昇進は慎重な見方をされるようになり、大関として連続優勝、またはそれに準ずる成績が求められることになった。

相撲界を離れた後、スポーツ冒険家と名乗り、第2の人生をスタートさせた。米国冒険旅行などタレントとして活動を2年ほど続けた後、90年2月10日に新日本プロレスの東京ドーム大会でプロレスデビュー。バンバンビガロとのデビュー戦に、ギロチン・ドロップで勝利し、華々しい船出を飾ったかに見えた。

しかし、新日本プロレスでは、単調な試合運びに目の肥えたファンからブーイングを浴びせられるなど、人気は上がらなかった。そのうちに、現場監督を務めていた長州力に暴言を吐き、契約解除を言い渡された。その後、天龍源一郎のSWS、WARでもトラブルを起こし解雇された。

プロレスで居場所がなくなった北尾さんは、総合格闘家へ転身。UWFインターナショナルや、初期のPRIDEなどで試合を行ったが、さしたる実績を挙げられず、98年に現役引退を表明。同年10月のPRIDE4で引退セレモニーを行った。相撲時代同様、プロレス、総合の世界でも周囲とうまくいかず、その才能を開花させることはなかった。

03年9月には、自身が相撲界にいた時とは代替わりしていたが、16年ぶりに立浪部屋を訪れ、部屋のアドバイザーに就任した。その際には「名門立浪復活の手助けをしたい」と、意気込みを語っていた。当時から師匠を務める立浪親方(元小結旭豊)は「交流はその時の一瞬で、その後は連絡を取っていなかったから、最近の様子は知らなかった」と話していた。

◆双羽黒光司(ふたはぐろ・こうじ) 本名北尾光司。1963年(昭38)8月12日、三重県津市生まれ。中学卒業と同時に立浪部屋に入門し、79年春場所で初土俵。84年初場所で新十両を果たし、同年秋場所で新入幕。85年九州場所後に大関、86年名古屋場所後に第60代横綱昇進。同じ昭和38年生まれの北勝海、小錦、寺尾らと「花のサンパチ組」と呼ばれた。ちゃんこの味付けをめぐり87年12月27日、師匠の立浪親方(元関脇安念山)と大げんか。仲裁に入ったおかみさんを突き飛ばし部屋を飛び出した。4日後の大みそかに臨時理事会を開き、双羽黒の廃業を決議した。通算348勝184敗24休、優勝次点7回、三賞7回。引退後はプロレスラーなどとして活動し、03年に立浪部屋のアドバイザーを務めた。

高田延彦(右)に腕ひしぎ逆十字固めを決められる北尾光司さん(1992年10月23日撮影)
アントニオ猪木(左)と握手をする北尾光司さん

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元横綱双羽黒の北尾光司さん死去 格闘家でも活躍

87年大相撲秋場所初日 土俵入りを行う双羽黒(1987年9月13日撮影)

大相撲の第60代横綱で、現役横綱双羽黒のまま廃業し、プロレスラーに転身した北尾光司さんが、2月10日に慢性腎不全で亡くなっていたことが29日、分かった。55歳だった。87年12月にトラブルで立浪部屋を飛び出し、その後は冒険家、タレント、格闘家へと転身。98年に格闘家も引退した。波乱に満ちた人生が幕を閉じた。

  ◇    ◇    ◇

北尾さんは立浪部屋から1979年(昭54)3月の春場所で初土俵を踏み、86年(昭61)1月の初場所から大関、同年9月の秋場所から横綱に昇進。横綱として8場所務めた後、87年12月にトラブルで部屋を飛び出し、その後、師匠から当時の「廃業届」が提出された。1909年(明42)に優勝制度が導入されて以降、唯一、優勝経験のない横綱となった。これをきっかけに、横綱昇進は慎重な見方をされるようになり、大関として連続優勝、またはそれに準ずる成績が求められることになった。

相撲界を離れた後、90年2月10日の新日本東京ドーム大会で、本名の「北尾光司」でプロレスデビューした。クラッシャー・バンバン・ビガロとのデビュー戦を勝利。その後、SWS、UWFインターなどにも参戦し、総合格闘家としても活動したが、98年7月にプロレス、格闘技界からも引退した。

03年9月には、自身が相撲界にいた時とは代替わりしていたが、16年ぶりに立浪部屋を訪れ、部屋のアドバイザーに就任した。その際には「名門立浪復活の手助けをしたい」と、意気込みを語っていた。

当時から師匠を務める立浪親方(元小結旭豊)は「交流はその時の一瞬で、その後は連絡を取っていなかったから、最近の様子は知らなかった」と話していた。

◆双羽黒光司(ふたはぐろ・こうじ) 本名北尾光司。1963年(昭38)8月12日、三重県津市生まれ。中学卒業と同時に立浪部屋に入門し、79年春場所で初土俵。84年春場所で新十両を果たし、同年秋場所で新入幕。85年九州場所後に大関、同年名古屋場所後に第60代横綱昇進。ちゃんこの味付けをめぐり87年12月27日、師匠の立浪親方(元関脇安念山)と大げんか。仲裁に入ったおかみさんを突き飛ばし部屋を飛び出した。同親方は協会へ廃業届を提出。4日後の大みそかに臨時理事会を開き、双羽黒の廃業を決議した。通算348勝184敗24休、優勝次点7回、三賞7回。幕内優勝経験がない横綱は史上初。引退後はスポーツ冒険家として遊学後、プロレスラー、格闘家として活動。03年には立浪部屋のアドバイザーを務めた。

新日本東京ドーム大会 プロレスデビュー戦を勝利で飾った北尾光司は花道でガッツポーズ (1990年2月10日撮影)
ルー・テーズ(右)自身が所有するジムで指導を受ける北尾光司(1989年6月7日)
WAR両国大会で天龍源一郎と戦う北尾光司(1995年7月)

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貴ノ花は「不撓不屈」/大関昇進伝達式の主な口上

大関昇進の伝達式で口上を述べる貴景勝(撮影・清水貴仁)

大関昇進伝達式では、決意を披露した口上が大きな見せ場となる。主なものを紹介する。(しこ名は当時)

▽貴ノ花「不撓(ふとう)不屈の精神で」(1993年初場所後)

▽若ノ花「一意専心の気持ちを忘れず」(93年名古屋場所後)

▽貴ノ浪「相撲道に勇往邁(まい)進する所存」(94年初場所後)

▽武蔵丸「日本の心を持って」(94年初場所後)

▽白鵬「全身全霊をかけて努力」(2006年春場所後)

▽琴奨菊「万理一空の境地を求めて」(11年秋場所後)

▽稀勢の里「大関の名を汚さぬよう、精進」(11年九州場所後)

▽鶴竜「お客さまに喜んでもらえるような相撲が取れるよう努力」(12年春場所後)

▽豪栄道「大和魂を貫いて」(14年名古屋場所後)

▽高安「大関の名に恥じぬよう、正々堂々精進」(17年夏場所後)

▽栃ノ心「親方の教えを守り、力士の手本となるように稽古に精進」(18年夏場所後)

▽貴景勝「武士道精神を重んじ、感謝の気持ちと思いやりを忘れず相撲道に精進」(19年春場所後)

大関昇進の伝達式で口上を述べる貴景勝(左)、右は千賀ノ浦親方(撮影・清水貴仁)

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貴景勝が満場一致で大関昇進、34勝&上位戦を評価

栃ノ心を押し出しで破り10勝目を挙げ、ホッと一息つく貴景勝(19年3月24日撮影)

日本相撲協会は27日午前、大阪市内で夏場所(5月12日初日、東京・両国国技館)の番付編成会議と臨時理事会を開き、関脇貴景勝(22=千賀ノ浦)の大関昇進を、満場一致で承認した。

貴景勝は昨年11月の九州場所で、13勝2敗の好成績を収めて初優勝を飾った。今年に入り1月の初場所は11勝、今月の春場所は10勝。大関昇進の目安とされる、直近3場所の合計33勝を上回る34勝(11敗)をマークした。この間、稀勢の里(現荒磯親方)、白鵬、鶴竜の3横綱から、それぞれ1勝ずつ挙げて計3勝(1敗)など、上位戦の好内容も評価され、異論はなかった。

春場所千秋楽の24日に、審判部の阿武松審判部長(元関脇益荒雄)が八角理事長(元横綱北勝海)に、貴景勝の大関昇進を諮る臨時理事会の招集を要請。これを受諾され、この日の臨時理事会開催となった。

貴景勝は兵庫県芦屋市出身で、埼玉栄高から当時の貴乃花部屋に入門。14年秋場所で初土俵を踏み、16年夏場所で新十両、17年初場所新入幕と、順調に出世してきた。幕内在位は14場所で、過半数の8場所で2ケタ白星を挙げている。

日本相撲協会は千賀ノ浦部屋関係者が待つ大阪市内のホテルに、審判部から使者を派遣し、昇進を伝達する。伝達式では、貴景勝が口上を述べる予定となっている。

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元貴乃花親方「よくやった」元弟子の貴景勝を祝福

元横綱貴乃花の花田光司氏(18年12月撮影)

平成最後の新大関の口上はいかに? 大関昇進が確実な関脇貴景勝(22=千賀ノ浦)が26日、東大阪市内の部屋で取材に応じた。27日に行われる夏場所(5月12日、東京・両国国技館)の番付編成会議と臨時理事会を経て、大阪市内のホテルで伝達式へ臨む。前師匠の元貴乃花親方らの伝達式での口上を参考にし、自らの言葉で決意を述べる。

昨年10月に日本相撲協会を退職した元貴乃花親方(元横綱)の花田光司氏が26日、かつて弟子だった関脇貴景勝が大関昇進を確実にしたことを受け、所属事務所の関係者を通じ「よくやった。でも、これからが相撲道の始まりである。健闘を祈る」とのコメントを発表。貴景勝は小学生の時、花田氏が師匠だった貴乃花部屋の「子ども相撲教室」に参加するなど縁があり、同部屋から2014年秋場所で初土俵を踏んだ。花田氏の退職後、力士らは千賀ノ浦部屋に移籍した。

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貴景勝が大関昇進へ「ゴールじゃない。さらに上を」

貴景勝が書いた小学校の卒業文集

<大相撲春場所>◇千秋楽◇24日◇エディオンアリーナ大阪

平成最後の大関が誕生する。関脇貴景勝(22=千賀ノ浦)が、事実上の大関昇進を決めた。

かど番脱出へあと1勝としていた大関栃ノ心を押し出し、“入れ替え戦”を制して白星を2桁に乗せた。

直近3場所の合計勝利数が、昇進の目安とされる33勝を1つ上回り、阿武松審判部長(元関脇益荒雄)が大関昇進を諮る臨時理事会の招集を八角理事長(元横綱北勝海)に要請して了承された。27日の臨時理事会、夏場所の番付編成会議を経て正式決定する。

顔は紅潮し、口元が小刻みに震える。今場所10度目の勝ち名乗りを受け、土俵下に座った。額から落ちる汗が、貴景勝の頬を伝う。涙ではない。「だって、これで終わりじゃないし、おやじと約束したから」。幼少期、父一哉さんに口酸っぱく「人前では涙を見せない」と言われた。その父が2日連続で観戦に訪れる中、14日目はあっけなく敗戦。「親の前で、情けない子どもだと感じていた。最後に勝てて良かった」と、胸をなで下ろした。

緊張と集中のはざまにいた。「(取組内容は)あまり覚えていない」。大関昇進の目安は10勝以上。勝利が絶対条件だった。相手はかど番脱出に王手をかけていた栃ノ心。惨敗した14日目の逸ノ城戦では、力ないもろ手突きで立ったが、この日は本来のスタイルに立ち返った。頭からぶつかり、3発で押し出す電車道。「昨日の夜から自分と向き合う時間が長かった。何とか、自分の体を武器にしてやってきたことを思い出した」。

究極の押し相撲を磨いてきた。幕内で2番目に小さい身長175センチ。14年秋場所に初土俵を踏んで角界に足を踏み入れた時は、幕内力士の巨体を見て「こんなところでやっていけるのか」と不安が募った。四つ相撲では、体格で勝る相手に歯が立たない。「自分はまわしを与えたら勝てない」。押しといなしを巧みに使い分け、絶妙な距離感で勝負してきた。昇進決定と同時に、技能賞を2場所連続で獲得。師匠の千賀ノ浦親方(元小結隆三杉)も「今までにいないタイプ」と評価する独自のスタイルで、周囲を認めさせた。

日本人の誇りを胸に、次は最高位の番付を目指す。「ゴールじゃない。さらに上を目指さなきゃ(大関は)務められないと思う」。小中学生の頃、相撲界を席巻していたのは元横綱朝青龍や白鵬ら外国人力士。さらに八百長などの不祥事で相撲人気が低下する中、小学校の卒業文集では「角界に入り日本人横綱になり人気を取り戻したい」と誓った。その思いはプロに入っても変わらない。「日本代表という言い方はおかしいけど、武士道精神。外国人力士に負けない、日本の心を持った力士になりたい」。勝っても負けても、感情を表に出さない。和の心を持った幕内最年少の22歳が、階段をさらに駆け上がる。【佐藤礼征】

栃ノ心を押し出しで破り10勝目を挙げ、ホッと一息つく貴景勝(撮影・渦原淳)
栃ノ心に勝ち支度部屋に引き揚げる貴景勝(撮影・奥田泰也)

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逸ノ城悔し「もう一番準備やるしていた」優勝届かず

大相撲春場所千秋楽 白鵬の優勝が決まりガックリする逸ノ城(撮影・奥田泰也)

<大相撲春場所>◇千秋楽◇24日◇エディオンアリーナ大阪

逸ノ城は自分が負ければ白鵬の優勝が決まる一番で、大栄翔をたたき込み、14勝1敗で場所を終えた。

「もう一番やる準備をしていた。もう一番して勝ちたかった」と、優勝決定戦とならなかったことを残念がった。しかし、自己最高成績で14年秋場所以来2度目の殊勲賞を受賞。「今までにない成績でうれしい。三賞を次の場所に生かせるようにしたい」と笑顔を見せた。

大栄翔(左)をはたき込みで下す逸ノ城(撮影・小沢裕)

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栃ノ心が大関陥落「負けた方が弱いから負けた」

貴景勝に押し出しで敗れ大関陥落となった栃ノ心(撮影・小沢裕)

<大相撲春場所>◇千秋楽◇24日◇エディオンアリーナ大阪

かど番の栃ノ心(31=春日野)が貴景勝との“入れ替え戦”に敗れ、大関陥落が決まった。立ち合いで当たり負け、体を起こされた。下からの突き押しに何とか抵抗しようとしたが、最後は棒立ちで土俵を割った。「いやもう…何もできなかった。負けた方が弱いから負けた。勝った方が強いから勝った」。支度部屋ではぼうぜんとした顔で、声を絞り出した。

昨年秋場所に続く2度目のかど番の今場所、初心に戻るべく、濃紺の締め込みを、初優勝した昨年初場所で使ったねずみ色のものに戻した。ただ「勝たないと…」と思い、焦る心は変えられない。大関昇進場所の昨年名古屋場所で右足親指付け根の靱帯(じんたい)を痛めてから、続いたケガの連鎖。先場所直前の右太もも肉離れは治った。今場所前にはスクワットで重さ240キロを挙げた。ただ「相撲と使う筋肉はちょっと違うんだよ」と戻った筋力は、土俵で生かすまで体になじんでいなかった。

関脇で臨む来場所に10勝すれば、再び大関に復帰できる。「休みます。しっかり休みます」。大関昇進後の5場所は2桁白星もなく、途中休場2度。右四つでまわしを引いたら誰にも負けない怪力相撲を取り戻すため、まずは心と体を整理する。

栃ノ心(右)を押し出しで破る貴景勝(撮影・上田博志)

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照ノ富士「優勝決定戦」合わず?三段目昇格もV逃す

照ノ富士(左)を下手投げで破る狼雅(撮影・渦原淳)

<大相撲春場所>◇千秋楽◇24日◇エディオンアリーナ大阪

よくよく「優勝決定戦」とは合口が悪いのか-。ケガや内臓疾患のため、4場所連続全休し大関から西序二段48枚目まで番付を落とした照ノ富士(27=伊勢ケ浜)が、7戦全勝対決となった西序二段15枚目の狼雅(20=二子山)に敗れた。

本割7番で全勝のため、来場所は三段目昇格は決定。番付には影響しない一番だったが、復活場所Vとはならなかった。

先場所は序ノ口でデビュー場所Vを飾った狼雅は、鳥取城北高の後輩。「勝ち負けにこだわらず1番1番に『こんなことを今日はしよう』とテーマを持って臨んでいた」という今場所。この日の一番では「(相手に)差させて(腕を)きめようと思っていた」。その通り、立ち合いから二本を差され、相手の両腕をきめたが、相手の寄り身に徐々に後退。俵で踏ん張ったが、残すところを左からの、すくい投げで転がされた。「やっぱり決めたこと(=テーマ)が悪かったかな。普通にやれば良かった」と苦笑いした。

レベルこそ違うが、優勝決定戦は大関時代の15年秋場所(鶴竜に負け)、17年春場所(稀勢の里に負け)に続き3連敗。特に前回は本割との連敗で、ケガを負って新横綱を務める稀勢の里(現荒磯親方)の引き立て役となってしまった。あれから2年。今回の大阪のファンは温かかった。取組前からしこ名を連呼する大声援に包まれる中、しかし優勝は逃した。

それでも今場所、何度も話したように「今場所は元々、稽古もできなかったから勝ちにこだわっていない。相撲を取る感覚を取り戻したいな、って感じで最初からやってた。だから優勝できなかったからって、悔しいなんてことはない」と汗びっしょりの体をぬぐいながら言った。「こんなに汗をかいた。いい稽古だよ」と本場所の計8番で手応えは十分につかんだ。場所後には、関取衆との稽古も再開したいという。「オレは人より3番、成長が早いからね」。そう言った後、「(番付の)回復も?」と問われ、意地を見せるようにはいた。「見せてやりますよ」。復活への青写真は確実に描かれた。

照ノ富士(左)を下手投げで破る狼雅(撮影・上田博志)

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貴景勝が技能賞 逸ノ城は殊勲賞、碧山が敢闘賞

栃ノ心に勝ち支度部屋に引き揚げる貴景勝(撮影・奥田泰也)

<大相撲春場所>◇千秋楽◇24日◇エディオンアリーナ大阪

日本相撲協会は、大相撲春場所千秋楽の24日、本場所会場のエディオンアリーナ大阪内で三賞選考委員会を開き、各賞が決まった。

殊勲賞は、千秋楽結びの一番まで優勝の可能性を残し、14勝1敗の好成績を挙げた西前頭4枚目の逸ノ城(25=湊)が受賞した。新入幕で13勝を挙げた14年秋場所以来、2度目の殊勲賞(三賞は同じ場所でダブル受賞した敢闘賞と合わせ3度目)となった。

敢闘賞も1人。この日の直接対決で勝った方が受賞という一番で、新入幕2ケタ勝利を目指した東前頭13枚目の友風(24=尾車)を突き倒しで破り、12勝目を挙げた東前頭7枚目の碧山(32=春日野)が3度目の敢闘賞(三賞通算も3度目)を獲得した。やはり勝てば12勝で受賞の条件付きだった西前頭8枚目の琴奨菊(35=佐渡ケ嶽)は、竜電(28=高田川)に寄り切りで敗れ受賞を逃した。

技能賞は、千秋楽の栃ノ心戦で勝った場合の条件付きだった関脇貴景勝(22=千賀ノ浦)が、2場所連続2度目の技能賞(三賞通算は7度目)を決めた。

逸ノ城

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逸ノ城が1年ぶり貴景勝撃破、優勝の可能性残す

逸ノ城(奥)ははたき込みで貴景勝を破り1敗を死守した(撮影・小沢裕)

<大相撲春場所>◇14日目◇23日◇エディオンアリーナ大阪

逸ノ城が苦手の貴景勝を1年ぶりに破って1敗を守り、優勝の可能性を残した。

取組前まで2勝7敗で4連敗中だけに、場所前は3度も出稽古した。苦手意識軽減で圧力のある相手の立ち合いを冷静に対処し、はたき込んだ。新入幕の14年秋場所以来、2度目の13勝も「あの時と違う」と、4年半の経験に自信。

帰り際、この日の夕食を問われ「ヤキニク~。ハラミとタンが好き」と笑顔だった。

白鵬に1勝差で千秋楽に持ち込んだ逸ノ城は笑顔で会場を出る(撮影・小沢裕)

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豊ノ島連敗3で止める、迷い消え3年半ぶり肩透かし

宝富士に肩すかしで勝利する豊ノ島(撮影・上田博志)

<大相撲春場所>◇14日目◇23日◇エディオンアリーナ大阪

16場所ぶりに復帰した幕内の土俵で既に負け越しが決まり、来場所の十両陥落が濃厚な西前頭14枚目の豊ノ島(35=豊ノ島)が、気持ちを入れ替えて連敗を3で止めた。

左の相四つの西前頭7枚目・宝富士(32=伊勢ケ浜)と対戦。思い通りに左を入れ、右もねじ込みながら前に。動きの中で1度、ふりほどかれ正対した後、再び四つに組み、左を差し込んだ。右も入った瞬間、見透かしたように、その右から鮮やかに肩透かしで、宝富士を土俵にはわせた。

不本意ではあるが、千秋楽を前に4勝目(10敗)。相撲巧者らしく、肩透かしでの勝利は、豊ノ島にとって3番目に多い決まり手。ただ「ケガをする前から、引き技でもあるから自分の中で封印していた」という。その言葉どおり、以前に幕内にいた15年秋場所4日目の臥牙丸戦以来、3年半ぶりに抜いた“伝家の宝刀”で、自重していたものの「体が反応したしタイミングも良かったから」と納得の表情だった。

ここまで、立ち合いの迷いも何番かあったが、この日は「部屋を出る前から『これでいこう』と決めていた」。今場所これまで何人かの“未知の相手”でなく、幕内上位で過去に8度対戦し、勝手知ったる相手だったことも、迷いを消してくれた。「迷いなく思い切って踏み込んで、後はそのときの流れに任せよう」とスムーズに体が動いた。苦しかった場所も、あと1番を残すのみだ。

宝富士に肩すかしで勝利する豊ノ島(撮影・上田博志)

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志摩ノ海2場所連続十両V 栃ノ心に続き平成9人目

千代の海(右)に押しだしで勝利する志摩ノ海(撮影・上田博志)

<大相撲春場所>◇14日目◇23日◇エディオンアリーナ大阪

既に来場所の新入幕を決定的にしている東十両筆頭の志摩ノ海(29=木瀬)が、2場所連続の十両優勝を決めた。

2敗の志摩ノ海は西十両8枚目の千代の海(九重)と対戦。激しい突き押しの応酬で途中、左目に相手が突いた指が当たるアクシデント。志摩ノ海も指が千代の海のマゲにかかるなど、激しい攻防で最後は土俵際、体を投げ出すように押し込んだ。相手も逆転の突きで微妙な勝負だったが、物言いは付かず押し出しで12勝目(2敗)をマーク。後続の隆の勝(千賀ノ浦)に2差をつけたまま、千秋楽を待たずに優勝を決めた。

2場所連続の十両優勝は、14年名古屋場所-秋場所の栃ノ心(現大関)に続き平成で9人目。「なかなか光栄なこと。いい相撲で優勝を決められて良かった。頭を上げずに押し相撲に徹したのが今場所は良かった」と喜びとともに、今場所を振り返った。

先場所も東十両11枚目で13勝を挙げて優勝。番付運に恵まれれば、新入幕の可能性もあった。そこは期待していたというが「東筆頭ということで勝ち越せば上がれる。大阪で、しっかり勝ち越して決めてやると、逆にモチベーションになりました。早い段階で勝ち越して確定しても、残りをしっかり取ろうと。気持ちがブレなかった」と気を緩めることなく全うした。近大出身で大阪は「地元みたいなもの」と、声援も力に変えた。

近大から入門し、4年をかけて関取の座を確保。だが4勝11敗ではね返され、膝のケガもあり陥落後は幕下で9場所を過ごした。ちょうど1年前の春場所が再十両で、2度の十両優勝を自信に、来場所は待望の幕内の土俵が待っている。

関取寸前から序ノ口へ、関取から幕下へと、2度のケガによる挫折も「親方や周りの人に支えられて、腐らずにやってきたのが良かった。遅咲きといっても安美関(安美錦)や30代後半まで頑張っている尊敬できる人もいる。そこは見習いたい」と飛躍を誓う。場所後の春巡業は、地元の三重・伊勢神宮の奉納相撲から始まる。「少年相撲で稽古した懐かしい場所。そこに凱旋(がいせん)できるのがうれしいです」と言って目を細めた。

千代の海(右)に押しだしで勝利した志摩ノ海(撮影・上田博志)

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炎鵬が9場所ぶり「かいなひねり」で勝ち越し

大相撲春場所13日目 炎鵬(左)がかいなひねりで若元春に勝利(撮影・奥田泰也)

<大相撲春場所>◇13日目◇22日◇エディオンアリーナ大阪

人気小兵力士の西十両2枚目炎鵬(24=宮城野)が8勝5敗と勝ち越しを決め、新入幕に大きく前進した。若元春との立ち合いで低く潜り込み、タイミングよく相手の左手を右手で引き込み、転がした。

決まり手「かいなひねり」は、三段目優勝を決めた17年秋場所4日目、大翔岩に決めて以来9場所ぶり3度目。「久しぶりに使いました。相手が前に出てくるのがわかってたんで、あそこは狙ってました」。学生相撲から宮城野部屋に入門した17年春、横綱白鵬に「ひねり王子」と呼ばれた業師の面目躍如だ。

今場所4日目に右肩を打撲。患部にテーピングを貼って土俵に上がる苦しい場所が続く。「その苦しい中で体が動いている。場所前から“幕内に上がる”という気持ちが大きいんじゃないか、と思います」。白鵬の横綱土俵入りで、兄弟子の東前頭15枚目石浦とともに「露払い&太刀持ち」を務める夢が、小さな体を奮い立たせる。

幕内力士の動向にもよるが、新入幕に大きく近づいたのは間違いない。「まだ残り2日あるんで」。白星を重ね、より確実にするつもりだ。

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貴景勝連敗大関とり黄信号「やるとしか言いようが」

豪栄道(左)にはたき込みで敗れる貴景勝(撮影・河田真司)

<大相撲春場所>◇12日目◇21日◇エディオンアリーナ大阪

大関とりへ黄信号だ。関脇貴景勝(22=千賀ノ浦)が、大関豪栄道にはたき込みで敗れた。連敗は昨年秋場所5日目以来で、11日目の横綱白鵬戦に続いて上位の壁に屈し8勝4敗。昇進目安は10勝以上で、13日目は合い口の悪い大関高安に挑む。

上位の壁は厚い。敗れた貴景勝は両頬を膨らませ、口をすぼめた。「明日に向かってやるとしか言いようがない」。豪栄道には1月の初場所千秋楽で敗れ、同時に大関昇進も見送られた。リベンジを期したが4敗目。10勝以上が昇進目安となるが「千秋楽までは考えられない」と、目の前の一番だけに目を向けた。

取組を見守った親方衆は、上位陣の対応力に屈したと口をそろえた。立ち合いで突き放せない連日の取組に「そんなに甘くない。上位が慣れてきたんじゃないか」と八角理事長(元横綱北勝海)。審判長として土俵下から目を光らせた高田川親方(元関脇安芸乃島)も「上位も研究していますから」と言った。

3連敗は避けたい。連敗は昨年秋場所5日目以来、189日ぶり。師匠の千賀ノ浦親方(元小結隆三杉)は「頭の切り替えがとてつもなく早い」と評価する。押し相撲はリズムが狂うと、大型連敗に陥りやすいと言われる中、けがから復帰した18年夏場所以降は、最長3連敗にとどめている。13日目は過去2勝6敗の高安。3連敗中と分が悪く、昇進へ黄信号がともるが「試練じゃない。幸せです。試練だと思うから試練」と逆境を歓迎する。【佐藤礼征】

豪栄道に負け渋い表情で引き揚げる貴景勝(撮影・奥田泰也)

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勢が9連敗、蜂窩織炎で体が動かず「もどかしい」

嘉風(左)は勢を寄り切る(撮影・渦原淳)

<大相撲春場所>◇10日目◇19日◇エディオンアリーナ大阪

西前頭9枚目勢(32=伊勢ノ海)が嘉風に寄り切られ、2日目から9連敗となった。場所前に左脚膝下が蜂窩(ほうか)織炎にかかり、サポーターで患部をカバー。激しい差し手争いで懸命に粘ったが、最後はその左脚で残る形になって、力尽きた。

支度部屋では「思うように体が動かないことほど、もどかしいことはないですね」とこぼした。患部はどす黒い紫色に変色。アキレス腱(けん)も痛めており、サポーターの着脱にも苦痛の声をもらすほど激しい痛みがある。連日、場所前と場所後に病院へ行き、点滴、膿(うみ)抜きを受ける。2、3日に1度は血液検査で菌が体に回っていないかチェックしている。

1勝9敗で終盤戦に入るのは、昨年秋場所以来5度目。過去4場所の番付はいずれも前頭上位だったが、今場所は西前頭9枚目とあって、さらに負けが込むようだと12年九州場所以来39場所守ってきた幕内から陥落する可能性もある。「病院の先生、車で送り迎えしてくれる人。周りが必死に応援してくださってます。幸せなことです」。気力だけが、勢を支えている。

嘉風の前にやぶれ厳しい顔をみせる勢(撮影・清水貴仁)

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十両白鷹山が休場 9日目に左足首骨折

大相撲春場所10日目の19日、東十両3枚目の白鷹山(23=高田川)が日本相撲協会に「左足関節外果骨折で手術加療が必要」との診断書を提出して、休場した。6敗目を喫した9日目の旭秀鵬戦で左足首を負傷した。休場は序二段時代の2012年秋場所以来、4度目。10日目の対戦相手、若隆景は不戦勝。

今場所の十両以上の休場者は平幕千代の国に続いて2人目。

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逸ノ城が大関狩り、集中力の源は新趣味アーチェリー

逸ノ城(右)は小手投げで豪栄道を破る(撮影・渦原淳)

<大相撲春場所>◇9日目◇18日◇エディオンアリーナ大阪

西前頭4枚目の逸ノ城(25=湊)が、新入幕だった14年9月の秋場所以来4年半ぶりに9日目での勝ち越しを決めた。大関豪栄道(32=境川)を小手投げで破って8勝1敗とした。

実は1月の初場所後に始めたアーチェリーが好調の一因。新たな趣味となった競技で培った集中力で、8日目の大関栃ノ心戦の黒星を引きずらなかった。全勝の横綱白鵬を横綱鶴竜らと追っている。

   ◇   ◇   ◇

獲物を射るように、逸ノ城がキレ味鋭い小手投げで大関狩りを果たした。

もろ差しを許した直後、前に出てきた豪栄道の推進力を利用。1回転させた。「左上手を取れたので、どっしりと構えて思った通りに取れた。思い切りやれてよかった」と胸を張った。豪栄道に10勝8敗とした合口の良さもあるが「いつもの場所よりも集中できている」と、好調の要因を挙げた。

集中力を生んでいる一因に、初場所後の1月下旬から始めたアーチェリーがある。幼少期から弓矢に興味があり「やっている人を見るのも好き」と、日本や韓国の歴史ドラマで、弓矢を使うシーンを食い入るように見るという。都内の屋内施設を、まだ2度しか訪れたことはないが「3時間ぐらい、あっという間に過ぎる。新しい趣味」と、のめり込んでいる。

約18メートル先にある直径40センチの的を狙うだけに「集中力が必要。でも弓を引くのに力がいるから腕がパンパンで疲れちゃう」と、この日の左上手のように、まわしを引きつける力も自然と身に着く。ただし「まだ的の真ん中に当たったことないんです」と苦笑い。将来的なオリンピック(五輪)出場については「ムリムリ」と否定したが、40代のメダリストがいると知ると「そうなんですか!?」と色気も。関取衆最重量226キロの逸ノ城に、繊細な競技が相乗効果をもたらし始めている。【高田文太】

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白鵬衰え知らずの小手投げ、千代の富士超え目指す

懸賞金を手に土俵から引き揚げる白鵬(撮影・河田真司)

<大相撲春場所>◇8日目◇17日◇エディオンアリーナ大阪

横綱白鵬(34=宮城野)が、全勝を守って単独トップに立った。東前頭4枚目の栃煌山に、背後を取られながらも逆転の小手投げ。歴代ダントツ47度目のストレートでの勝ち越しを決めた。

瞬時の判断力、体のキレに衰えを見せず、昨年秋場所以来、3場所ぶり42度目の優勝に近づいた。前日7日目まで全勝の逸ノ城は敗れ、横綱鶴竜らとともに1敗で追う展開となった。

  ◇  ◇  ◇

背後から押されたまま、土俵際が目前に迫っても、白鵬だけは逆転への道筋が見えていた。左腕を振りほどき、栃煌山の右腕を抱えた。同時に右足を引き、体を開いて間合いを取った。回転させ始めていた腰を、もう1段階落とし、小手投げで土俵下まで転がした。絶体絶命の状況に「後ろに回られているからね」と、多少の動揺は認めた。だが「冷静に体勢を立て直して振り返った」と、狙い通りの逆転だと明かした。

幕内後半の審判長を務めた阿武松審判部長(元関脇益荒雄)は「一瞬のうちに3つの動作をしている。普通はできない。この集中力を保てば、かなう者はいない」と舌を巻いた。47度目のストレート給金は、歴代2位の千代の富士の25度を大きく上回る。朝稽古の時点で「50回を目指したい」と、新たな目標を見つけて笑顔を見せていた。

今場所2日目に34歳となった白鵬は常々「モチベーションを保つのが難しい」と話す。優勝回数、通算白星など主な記録は、ほとんど塗り替えた。その中で30代で活躍した千代の富士の2つの記録を見つけた。自身は優勝ペースが落ちた33歳から、千代の富士は8度優勝。「オレは1度しかないから」と、新たな目標に心を躍らせた。また千代の富士の最後の優勝は35歳5カ月。「これを超える時は東京五輪の後だな」と、1年半後も見据える。

衰え知らずを印象づけたこの日の取組には終始笑顔だった。「あと1週間、引っ張っていく」。平成最後の本場所の主役を譲るつもりはない。【高田文太】

栃煌山(左)に背中をとられる白鵬(撮影・河田真司)
栃煌山(奥)に小手投げで勝利する白鵬(撮影・上田博志)

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