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炎鵬「場所で痩せて」体重95キロも身長伸びて笑顔

炎鵬

大相撲の力士らを対象にした健康診断が4日、東京・両国国技館内の相撲診療所で始まり、関取最軽量の平幕炎鵬は体重95・7キロだった。1月の初場所の公式数値は99キロ。初の上位戦で勝ち越した小兵は「場所で痩せて、終わったままの数字ですかね。無理して食べていないし」と冷静に分析した。

身長は168・5センチで同場所の数値より0・5センチ伸びた。「うれしい。170センチにいきたい」と冗談交じりに笑った。

横綱白鵬は右手の握力が50キロだった。かつては80キロを超えていたというが、今回は全力で握力計を握ることは避けた。「(昨年9月の秋場所前に)右手の小指を骨折して、まだ腫れている。無理はできない」と話した。(共同)

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小兵の翠富士が新十両、炎鵬&照強のいいとこ取りを

新十両昇進を果たした翠富士(撮影・佐藤礼征)

日本相撲協会は春場所(3月8日初日、大阪・エディオンアリーナ)の番付編成会議を開き、翠富士(23=伊勢ケ浜)の新十両昇進を決めた。

170センチの小兵は、東京・江東区の部屋で行われた会見に出席し、集まった報道陣を前に「こんなにたくさんの方が集まってくれて『あっ!』となった。実感が湧いてきた」。静岡県出身の力士としては13年春場所の栃飛龍以来となる新十両。「友達や(飛龍高時代の)監督から連絡がきた。(出身の焼津市は)昔から育ってきたところ、地元が大好きなので盛り上げていきたい」と意気込みを語った。

近大を2年で中退して16年秋場所で初土俵を踏んだ。序ノ口デビューから所要3場所で幕下昇進を果たし、着実に番付を上げてきた。170センチ、107キロと小柄ながら「うちの部屋はがっちり(稽古を)やる。やってきたことが自信につながった」と、猛稽古で力をつけてきた。

東幕下2枚目だった初場所で5勝2敗の成績を収めて、新十両昇進を手中に収めた。会見に同席した師匠の伊勢ケ浜親方(元横綱旭富士)は「立ち合いが良くなってきた。相撲はいなしや技もあるが、それを生かすには最初の立ち合いでしっかり当たらないといけない。それができるようになってきた」と目を細めた。入門から20キロ近く増量したという翠富士は「(幕下上位では)圧力負けすることが多かったので、ご飯を食べる努力をした」と胸を張った。

幕内では身長160センチ台で自身より小さい炎鵬や兄弟子の照強が活躍している。「炎鵬関みたいに相手の力を逃がす相撲じゃない」「照強関みたいにめちゃくちゃな出足があるわけじゃない」と謙虚な姿勢を崩さなかったが「2人の中間のような相撲を取れれば。2人を見習っていきたい」と、“いいとこ取り”を宣言。甘いマスクも兼ね備える23歳は「いつか同世代のトップを走っていた(大関)貴景勝関や(前頭)阿武咲関と戦ってみたい」と、目を輝かせた。

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豪栄道が引退会見「やりきった気持ちある」一問一答

花束を受け取る元大関豪栄道の武隈親方(撮影・鈴木正人)

28日に現役引退した大相撲の元大関豪栄道の武隈親方(33=境川)が29日、東京・両国国技館で会見を行った。26日まで行われた初場所を自身9度目のかど番で迎え、5勝10敗と負け越して関脇陥落が決定。10勝すれば大関復帰となる、ご当地の春場所(3月8日初日、エディオンアリーナ大阪)での奮起も期待されたが、27日までに現役引退の意向を日本相撲協会に伝え、28日に現役引退と年寄「武隈」襲名が決まった。

主な一問一答は以下の通り。

-引退を決めた心境

豪栄道(以下豪) 自分の中ではやりきった気持ちがある。今は満足している。

-引退を決めた要因

豪 数年前から大関から落ちたら引退しようと心に決めていた。今場所で大関から落ちることが決まって、来場所相撲を取る気力がなかった。

-葛藤はなかったのか

豪 自分自身は迷いはなかったけど、いろんな方たちから説得された中で、自分勝手なわがままで引退とした。そこは申し訳ないと思う。

-来場所は故郷の大阪が舞台だった

豪 楽しみに待ってくれている大阪の人たちには申し訳ないが、気力のない相撲を皆さんの前で取る気はなかった。

-今場所の足首の状態は

豪 土俵に立つってことは、そのときの自分の中で今の最高の状態。言い訳は1つもない。

-負け越しが決まってからも土俵に立った

豪 師匠をはじめ今まで支えてくれた方のために、残りの3日間をしっかり取ろうと思った。

-現役生活を振り返って

豪 いろんな縁があって境川部屋に入って、師匠が義理と人情を大事にされる方なので、そういうところを一番学んだ。

-けがとの戦い

豪 けがはつきもの。つらいとか苦しいとか自分で思わないようにやっていた。

-一番の思い出

豪 優勝した場所(16年秋場所)が一番印象に残っている。

-かど番での全勝優勝

豪 一生懸命やれば結果が出ると信じてやっていた。

-特に印象に残っている一番

豪 優勝を決めた一番。それまで大関を決めてから情けない成績で、いろんな人にいい思いをさせてあげられなかった。優勝して皆さんが自分のことのように喜んでくれた。

-妙義龍関ら部屋の同年代力士への思い

豪 あれがいたから自分がいる。本当に感謝です。

-師匠への思い

豪 境川部屋入ってなかったら、もっとうぬぼれた人間になっていたと思う。

-貫いてきた信念

豪 やせ我慢。つらいときや苦しいときに、人にそういうところを見せないように努めてやってきた。

-今後は指導者として

豪 自分は横綱に上がれなかったので、横綱を育ててみたい。

-大関昇進で述べた“大和魂”を貫けたか

豪 自分の中では貫けたと思う。

-万全の状態にして春場所に臨まなかったのは

豪 一番は気力が尽きたのが原因。自分で決めたことなので、そこで続けることで自分に甘えが出るというか、自分で決めたことをやり遂げられないのか、ということがあった。

-負け越しが決まった翌日に会心の一番

豪 周りの皆さんのために残り3日は頑張れと師匠に言われた。今までの相撲人生の集大成だと思ってやった。

-今思う“大和魂”という言葉

豪 我慢強く、潔くというのが大和魂の本当の意味なので、そういうところですかね。

-大関という看板の重みをこれからどう伝えたいか

豪 プレッシャーはたくさんあると思うけど、それ以上にやりがいのある地位。それは伝えていきたい。

-引退を決めて師匠からどんなねぎらいの言葉が

豪 これから親方になるので、覚悟して頑張れと言われた。

-最後に師匠へ一言

豪 師匠の男っぷりの良さをこれからも見習っていきたい。

引退会見で笑顔を見せる元大関豪栄道の武隈親方(撮影・鈴木正人)
引退会見をする元大関豪栄道の武隈親方(撮影・鈴木正人)
会場入りする元大関豪栄道の武隈親方(撮影・鈴木正人)

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豪栄道の地元・寝屋川市が初の市民栄誉賞授与を検討

豪栄道

日本相撲協会は28日、大関豪栄道(33=境川)の引退、年寄「武隈」襲名を承認したと発表した。同日、臨時理事会を開き、承認した。29日に引退会見を予定している。

   ◇   ◇   ◇

大阪・寝屋川市はふるさと大使を務めてきた元大関豪栄道の武隈親方に、同市初の市民栄誉賞授与を検討すると発表した。広瀬慶輔市長は「市の誇り、市民に愛されるスーパースター。(16年秋場所の)全勝優勝は大阪出身力士としては86年ぶりの快挙。その戦う大和魂の姿勢に心を打たれました」とコメントした。

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引退豪栄道が年寄「武隈」襲名 臨時理事会で承認

1月26日、初場所の千秋楽で阿武咲に敗れた豪栄道

日本相撲協会は28日、大関豪栄道(33=境川)の引退、年寄「武隈」襲名を承認したと発表した。同日、臨時理事会を開き、承認した。29日に引退会見を予定している。

豪栄道は9度目のかど番だった初場所で5勝10敗と負け越し、大関からの陥落が決まっていた。千秋楽の取組を終えて「自分の持てる力は全部出し切ったと思います」と話していた。

豪栄道は1986年(昭61)4月6日、大阪府寝屋川市生まれ。本名・沢井豪太郎。明和小1年で市の相撲大会で優勝。小3から道場に入り本格的に始める。小5時に全国わんぱく相撲優勝。埼玉栄では高校横綱となり、境川部屋へ入門。05年初場所初土俵。07年秋場所新入幕。三賞は殊勲賞5回、敢闘賞3回、技能賞3回。得意は右四つ、寄り。通算成績は696勝493敗66休。183センチ、160キロ。

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稀勢引退に寂しさ「もう長くない」悟っていた豪栄道

豪栄道

<こんな人>

大相撲の大関豪栄道(33=境川)が27日、引退の意向を固めたことが分かった。この日までに師匠の境川親方(元小結両国)が、日本相撲協会に引退の意向を伝えた。

   ◇   ◇   ◇

大阪出身の豪栄道にとっては特別な、年に1度のご当所、春場所を目前にした引退は、心残りだったことは想像に難くない。春場所は昨年が最後となったが、ちょうどそのころから「相撲人生」という言葉を多用するようになった。昨年1月の初場所中に、同い年の元横綱稀勢の里が引退。ライバルが土俵を去った寂しさをにじませていた。自身の現役生活についても「もう長くないでしょ」と、悟ったように語っていた。

昨年9月の秋場所の際には「小学生のころは1日100番取っていたな」と、相撲を始めたばかりのころを回顧したこともあった。ベテランゆえの余裕もあるかもしれないが、本場所中は余計な話をしていなかった20代のころとの違い、自ら思い出話を語る姿に驚いた。一方で、大好きなプロ野球巨人の話をする時に満面の笑みを見せたり「オレこう見えて神経質やから」と、慣れない宿や枕で寝ることに抵抗があると恥ずかしそうに話したりと、どこか子どものような一面も。魅力的な力士がまた一人、土俵を去る。【高田文太】

初場所12日目、朝乃山に敗れ大関からの陥落が決まった豪栄道(2020年1月23日撮影)

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大関陥落の豪栄道が引退へ 今後年寄襲名し後進指導

1月26日、初場所の千秋楽で阿武咲に敗れた豪栄道

大相撲の大関豪栄道(33=境川)が27日、引退の意向を固めたことが分かった。この日までに師匠の境川親方(元小結両国)が、日本相撲協会に引退の意向を伝えた。

豪栄道は自身9度目のかど番で迎えた初場所で、5勝10敗と負け越して大関からの陥落が決まっていた。年寄資格審査委員会などの手続き終了後に正式に引退が決定する。

   ◇   ◇   ◇

苦労し続けてきた大関が、ついに土俵から去る決意を固めた。日本相撲協会の芝田山広報部長(元横綱大乃国)はこの日、「豪栄道が引退の意向を固めた。境川親方から豪栄道の引退の意向を伝えられた」と明かした。29日に行われる春場所(3月8日初日、大阪・エディオンアリーナ)の番付編成会議を前に、大きな決断をした格好となった。

豪栄道はかど番で迎えた初場所12日目に、新関脇の朝乃山に負けて大関からの陥落が決まった。大関在位33場所は歴代10位の長期記録だったが、若手の大関候補を前に屈し「力がなかったということ」と力不足を認めていた。その一番を幕内後半戦の審判長として見届けていた境川親方からは「来場所はご当所。勝負をかけるならそこ。そのためにも今場所は最後まで」と期待を懸けられれていた。しかし最後は2連敗を喫し、大関としては自身2度目の10敗で初場所を終えた。

26日の千秋楽では「自分の持てる力は全部出し切りました」と言葉少なに場所を振り返り、去就については「今日はまだ答えられません」と話すにとどめた。境川親方も「続けるにしても、やめるにしてもあと1日、2日、猶予をください。今どうこうは何も言えない」と話していたが、この日までに引退の意向が協会に伝えられていた。

18歳だった05年初場所で初土俵を踏み、初優勝は30歳で迎えた16年秋場所だった。左膝の半月板損傷や両肩の剥離骨折、左眼窩(がんか)内壁の骨折など数々のケガに苦しみながらも、自身4度目のかど番で大願成就。綱取りとなった同年九州場所ははね返されたが、ここまで7度の優勝次点を果たすなど大関として気を吐き続けてきた。

初場所で陥落が決まったことで、昨年秋場所から貴景勝、栃ノ心、高安と、昭和以降初となる3場所連続大関陥落の記録を更新する形になってしまった。それでも10勝で大関復帰となる、ご当所で迎える春場所での奮起も期待されたが、ついに力尽きてしまった。今後は年寄を襲名し後進の指導にあたり、角界を支えていく。

◆豪栄道豪太郎(ごうえいどう・ごうたろう)1986年(昭61)4月6日、大阪府寝屋川市生まれ。本名・沢井豪太郎。明和小1年で市の相撲大会で優勝。小3から道場に入り本格的に始める。小5時に全国わんぱく相撲優勝。埼玉栄では高校横綱となり、境川部屋へ入門。05年初場所初土俵。07年秋場所新入幕。かど番だった16年秋場所で全勝優勝。三賞は殊勲賞5回、敢闘賞3回、技能賞3回。得意は右四つ、寄り。通算成績は696勝493敗66休。183センチ、160キロ。

26日、大相撲初場所千秋楽で阿武咲(左)に下手投げで敗れ、土俵に座り込む豪栄道
初場所12日目、朝乃山に敗れ大関からの陥落が決まった豪栄道(2020年1月23日撮影)

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【復刻】史上初の幕尻優勝 2000年の貴闘力も涙

貴闘力の史上初の幕尻優勝を伝える2000年3月27日付の日刊スポーツ紙面

<大相撲初場所>◇千秋楽◇26日◇東京・両国国技館

前頭17枚目徳勝龍(33=木瀬)が結びの一番で大関貴景勝(23=千賀ノ浦)を破り、貴闘力以来20年ぶり2度目の幕尻優勝を達成した。

優勝を記念して、2000年の貴闘力の史上初の幕尻優勝を紙面記事で振り返ります。

   ◇   ◇   ◇

<大相撲春場所>◇2000年3月26日◇千秋楽◇大阪府立体育会館

東前頭14枚目貴闘力(32=二子山)が、史上初の幕じり優勝を飾った。勝てば優勝、負ければ決定戦にもつれ込む雅山(22)との大一番。土俵際まで攻め込まれながら執念で回り込み、最後は送り倒した。初土俵から103場所、入幕から58場所は過去の記録を大幅に塗り替えるスロー記録。32歳5カ月の年齢も、年6場所の1958年(昭33)以降の最高齢記録となった。殊勲賞、敢闘賞も獲得。土俵生活18年目で花を咲かせ、涙、涙の初賜杯だった。

貴闘力 13勝2敗(送り倒し 4秒6)雅山 11勝4敗

子供のように泣きじゃくった。武双山に力水をつけながら、花道を引き揚げながら、そしてインタビュールームで。貴闘力は、何度も青い手ぬぐいを両目にあてた。「泣くなんて、絶対オレはないだろうなって思ってた」。家族が待つ東の支度部屋。美絵子夫人(25)は「涙を見たのは初めてです」と声を震わせた。長男の幸男君(5)も「アイスが食べたい」と泣きじゃくっていた。

「運がよかったとしか言えない。本当に夢のようで、オレみたいのがとってええんかなみたいな」。史上初の幕じりの快進撃は、フィナーレも劇的だった。雅山の強烈な突き放しに後退した。両足が俵にかかる絶体絶命から、執念を発揮した。はねるように右へ回り込み、雅山を送り倒した。

がけっぷちに追い込まれた男の強さだった。持病の痛風、高血圧に悩まされ、気力もなえかけた。幕内58場所目で初めて幕じりまで落ちた。場所前のけいこでは幕下に負けた。引退も覚悟していた。だが、二子山親方(50=元大関貴ノ花)の言葉で消えかけた闘志に火がついた。「師匠にまだ老け込む年じゃない。今からでも遅くないぞ、と言われたのが一番励みになった」。14日目夜には、横綱貴乃花から「緊張しないで思い切りいったらいい結果が出るから、頑張ってください」と激励された。部屋の大きな支えがあって、栄冠を手にした。

「貴闘力」のシコ名は89年3月、新十両昇進時におかみさんの憲子さん(52)が付けてくれた。当初は「貴闘志」だったが、字画を調べて今のシコ名になった。いずれも「ただ暴れるだけじゃなく、道徳を持って闘って」との願いが込められた。それほどの熱血漢だった。今場所も獲得した敢闘賞は通算10回で史上1位。一時は若乃花、貴乃花以上のけいこ量を誇った角界一のファイターが、どん底から奇跡を起こした。

90年秋場所、若乃花と同時入幕だった。その若乃花が土俵に別れを告げた春の土俵に、遅咲きの花が鮮やかに咲いた。弟弟子たちの優勝に、ひそかな思いもあった。「いつかは自分もと……。幕内で優勝するのが夢でした」。初土俵から所要103場所、入幕から58場所、そして32歳5カ月の最高齢。長い苦労を裏付ける記録ずくめの初優勝には、大粒の涙が似合った。【実藤健一】

   ◇   ◇   ◇

◆同級生柔道古賀「俺も」

貴闘力の優勝は、4度目の五輪出場を狙う「平成の三四郎」の奮起を促すことにもなった。バルセロナ五輪柔道71キロ級金メダリスト古賀稔彦(32、慈雄会)は、優勝の瞬間をテレビでしっかり見届けた。2人は同い年で、古賀が東京・弦巻中、貴闘力が福岡・花畑中の3年時、全国中学柔道大会団体戦で対戦した縁がある。直接対決はなかったが、古賀にとって貴闘力は気になる存在で、角界での活躍も注目していた。

右足首のねんざに苦しむ古賀は、五輪代表最終選考会となる4月2日の全日本選抜体重別(福岡)に強行出場する。今回挑戦する81キロ級の代表の争いはライバルたちと横一線。優勝者が代表になる可能性が高い。今場所の貴闘力の相撲に力づけられた古賀は「その年齢に応じた集中力とテクニックを発揮すればやれるんだということを証明してくれた。僕も柔道界でそれが証明できるようにしたい」と決意を新たにしていた。

(2000年3月27日紙面から)

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最年長関取の豊ノ島黒星、十両崖っぷちに胸中複雑

貴源治に敗れ土俵に両手をつく豊ノ島(撮影・河田真司)

<大相撲初場所>◇14日目◇25日◇東京・両国国技館

現役関取最年長で奮闘の土俵が続く東十両11枚目の豊ノ島(36=時津風)が、十両残留の崖っぷちに立たされた。

西10枚目の貴源治(22=千賀ノ浦)と対戦。立ち合いで「踏み込んでくると思っていた」(豊ノ島)相手が、右への変化。体勢を崩され突かれたが、それにも反応し右からいなし、左のど輪で押し込む。だが、その左脇をハズで押し返され上体が伸びてしまった。徐々に後退を余儀なくされ、最後はとどめを刺されるように、右のど輪で押し出された。

「体の動きはあまり良くないと思うけど、目いっぱいやりますよ」と取り口を振り返る言葉数は少なかった。十両最下位まで3枚を残しての10敗目(4勝)。通常なら千秋楽に勝って5勝10敗としても、5つの負け越しで番付が5枚下がってもおかしくない。それは関取の座を失うことを意味し、さらには土俵人生に区切りをつける可能性も秘められている。

そのあたりの胸中は複雑だ。番付の運不運もあり、5つ負け越しても残留の可能性もある。最近の例では、昨年秋場所、東十両13枚目の彩は6勝9敗ながら、翌九州場所は西14枚目にとどまった。3点の負け越しで番付降下は1枚半。番付の運不運を何度かは味わっている豊ノ島も、いちるの望みがあることを承知してか「とりあえずあと1日ありますし、あと1番勝てば、まだ」と、通常の場所のように千秋楽を白星で締めくくる気持ちしかない。

一方で、仮に十両残留になっても「踏みとどまっても後半の相撲は情けない」「後半はいい相撲もあったし、そこまで自分の力が落ちているわけではないけど、動きが良くなっても星が上がらないのは、ちょっと問題」と、ちゅうちょする気持ちも支配する。歯車が合わないだけではないか? という問いかけには「歯車が合えば(幕内で優勝争いする)正代や徳勝龍みたいになる。合わないとうまくいかない。点と点が合って1つの線になった時、力が出るのかな」と言葉を慎重に選んだ。

あとは気力。前日13日目の大関豪栄道の気力あふれる相撲はテレビで見た。「陥落が決まっても気持ちで取っている」と刺激は受けた。あとは自分を奮い立たせられるか。「(千秋楽に)もう1番、勝っておけば。先のことは考えてないけど、先にもつながるし、来場所もあるし」。どう結論を出そうとも悔いなく、千秋楽の一番を取り切る。

支度部屋で帰り支度をする豊ノ島(撮影・河田真司)
貴源治(左)に押し出しで敗れる豊ノ島(撮影・河田真司)

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貴景勝が流血2敗死守「気持ちと気合で」高安と激闘

高安(手前)を激しく攻める貴景勝(撮影・鈴木正人)

<大相撲初場所>◇13日目◇24日◇東京・両国国技館

2度目の優勝へ1敗も許されない大関貴景勝(23=千賀ノ浦)が、出血を伴う激しい一番を制して、2敗を死守した。関脇高安のかち上げを食らいながら、いなしを交えて下から突き起こし続けた。豪栄道の陥落により、来場所は1人大関となることが確実の23歳が、看板力士として千秋楽まで場所を盛り上げる。正代と徳勝龍の平幕2人は、1敗を守った。

   ◇   ◇   ◇

貴景勝が勝ち名乗りを受けて手刀を切ると、右の鼻からツーッと血がしたたり落ちた。「高安関と自分がやって、激しい相撲にならないわけがない」。出血くらい、覚悟していた。

立ち合いでかち上げにきた高安の右肘は、貴景勝の顔付近に向いていた。「気持ちでひるんだら負け。向こうは何でもやってくる」と心に刻み、直撃しても構わず前に出た。いなして張って、下から起こして…。最後は横向きにして押し出し「夢中でやっていた。気持ちと気合だけ。朝から準備だけはやってきた」と、力強く言った。

賜杯レースの先頭を走る2人の結果は、取組に備える支度部屋内で自然と耳に届いた。気持ちの変化は「全くない」。14日目は負けた時点で優勝を逃すが「硬くなる必要はない」と自らに言い聞かせた。

1差で追いかける展開だが、周囲の期待は高まる。師匠の千賀ノ浦親方(元小結隆三杉)は前日12日目の取組を終えると、優勝時に祝勝会で使う鯛を発注。御嶽海に優勝決定戦で敗れた昨年秋場所は、事前に用意していた鯛は煮付けにして師匠と部屋の数人で寂しく食べただけに、千賀ノ浦親方は「今度はお披露目できるといい」と、願うように話した。

支度部屋で報道陣の取材対応を終えると、2日連続で座敷の上に大の字で寝転がり、集中を高めるように呼吸を整えた。鼻血は止まっている。「不安材料を消して、消して消して消して。それだけを意識して土俵に上がる」。3人に絞られた優勝争い。三役以上で唯一加わっている若き大関は、優勝への意識を一切示さず、準備の重要性を説いた。【佐藤礼征】

高安との激しい取組で鼻血を出し、花道を引き揚げる貴景勝(撮影・鈴木正人)

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元大関照ノ富士が十両V「幕内に戻る」全勝締め視野

琴ノ若(右)を極め出しで破る照ノ富士(撮影・鈴木正人)

大関経験者の照ノ富士が、新十両昇進を果たした13年秋場所以来となる十両優勝を決めた。序二段から10場所ぶりに復帰した今場所は、唯一無傷の独走状態。3敗の大翔鵬が自身の取り組み前に負けたため優勝が決定した。

「負けて優勝が決まるのは恥ずかしいこと。勝って優勝を決めたいと思って土俵に上がった」と気持ちを切らさず、琴ノ若をきめ出しで破り優勝に花を添えた。

負傷していた両膝は、今年になってようやくすり足ができるほどに回復。場所中にもかかわらずジムで体を動かすなど、15日間戦い抜く体を作っている。目標は「幕内に戻ること」。当然疲れも出てきているが「あと2番しっかり力を出し切りたい」と全勝優勝を視野に入れた。

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照ノ富士が十両優勝、全勝視野に「力出しきりたい」

琴ノ若(右)を極め出しで破る照ノ富士(撮影・鈴木正人)

<大相撲初場所>◇13日目◇24日◇東京・両国国技館

大関経験者の西十両13枚目の照ノ富士(28=伊勢ケ浜)が、新十両昇進を果たした13年秋場所以来の十両優勝を果たした。この日まで無傷の12連勝中だった中、3敗の大翔鵬が負けたため自身の取り組み前に優勝が決定。それでも気持ちを切らすことなく、東十両2枚目の琴ノ若(22=佐渡ケ嶽)をきめ出しで破り優勝に花を添えた。

取り組み前には当然、優勝が決まっていたことは知っていたが「うれしいはうれしいけど、負けて優勝が決まるのは恥ずかしいこと。勝って優勝を決めたいと思って土俵に上がった」と気持ちを引き締めて臨んだ一番。立ち合いでもろ差しを許したが、相手の両腕を極めて一気に前に出た。「あまり動く相手ではないから冷静に下から下からと考えていた」と落ち着いていた。

序二段まで番付を下げながら、10場所ぶりに復帰した十両で無傷の13連勝。ここまで支えとなったものについて問われると「大事なことは1回でいい。何回も言うとうそっぽくなる」と内に秘めた。目標は「幕内に戻ること」。疲れも出てきているが「あと2番しっかり力を出しきりたい」と全勝優勝を視野に入れた。

琴ノ若を極めだしで破った照ノ富士(奥)(撮影・丹羽敏通)
琴ノ若を極め出しで破った照ノ富士(撮影・鈴木正人)

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来日から18年荒鷲が引退決断「日本来てよかった」

引退会見を終えた荒鷲は同期の鳴戸親方(左)から花束贈呈を受ける(撮影・小沢裕)

モンゴル出身で元前頭の荒鷲(33=峰崎)が大相撲初場所13日目の24日、東京・両国国技館で引退会見を行った。

「場所前から(引退が)頭に浮かんでいて、場所中に親方に相談した。上を目指す気持ちと肉体的状態ではなかった」と引退を決断した理由を説明。18年10月に、断裂した左膝前十字靱帯(じんたい)の手術をしたが回復せず。幕下に陥落した昨年秋場所は途中休場し、同年九州場所から全休中だった。「もう1度と思ってやってきたけど」と奮起を狙ったがかなわなかった。

02年九州場所が初土俵で、新十両昇進は9年後の11年名古屋場所。14年夏場所で新入幕を果たしたが、幕内に定着できずに十両と幕内を行ったり来たり。そして17年初場所で、横綱鶴竜から自身初の金星を獲得。当時30歳4カ月23日での初金星獲得は、58年以降初土俵で7位の年長記録と遅咲きの苦労人だった。

思い出の一番を問われると金星を挙げた一番ではなく「初めて勝ち越した時。玉飛鳥さんとした一番」と14年初場所で十両として初めて勝ち越した時の一番を挙げた。「花道に引き揚げて裏で泣き崩れた記憶があります」と懐かしそうに振り返った。

同席した師匠の峰崎親方(元前頭三杉磯)は「彼はおとなしくて優しい。何とか気持ちを『このやろう』とさせたかった。非常に厳しくしました」と話した。四股は下手だったというが「もう少し基本をやればまだできるかなと。そこが悔いありますね」と徹底して教えきれなかったことを悔やんだ。

今後の予定については「ゆっくり考えたいです」と未定。花束を贈呈した同期で元大関琴欧洲の鳴戸親方は「いよいようちの同期がみんなやめちゃった」と寂しそうだった。15歳でモンゴルから来日して約18年。「ただただ感謝の気持ちです。日本に来てよかった。相撲界に入って育ててくれて感謝です」と感慨にふけった。苦労人の断髪式は5月31日に、東京・両国国技館で行われる予定。

引退会見に臨む荒鷲(撮影・小沢裕)

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旭勇幸全勝、復帰場所で宇良と序二段千秋楽V決定戦

宇良と序二段優勝決定戦を行う旭勇幸(撮影・鈴木正人)

<大相撲初場所>◇13日目◇24日◇両国国技館

序二段の優勝争いは、7戦全勝同士による東28枚目で幕内経験のある宇良(27=木瀬)と西84枚目の旭勇幸(25=中川)による、千秋楽優勝決定戦に持ち越された。

まず6戦全勝同士で旭勇幸が、東49枚目の大辻(16=高田川)を寄り倒し7戦全勝とした。その約40分後に出た宇良が、三段目で全勝だった竜風(26=尾車)を下し、千秋楽の優勝決定戦が決まった。

旭勇幸は、勝った瞬間、拳を握りながら喜んだ。「ここまで来たら、やってやろうと。部屋を出るときから気合が入ってました。親方からは『プレッシャーを楽しめ』と言われてました。自分は肝っ玉が小さいからドキドキしていたんですが、親方から『お前なら大丈夫だから楽しめ』と言われて気持ちが和らぎました」と一気に、まくし立てた。

神奈川・向の岡工高では、十両の友風(尾車)と同学年でしのぎを削った。ただ、その高校時代から抱えていた慢性的な左足の痛みが悲鳴を上げ、昨年9月に手術。2場所連続全休明けで臨んだ今場所、最高の結果を残した。

宇良との優勝決定戦は「緊張するでしょうね」と話しながら、リベンジに燃える。「いつだったか、まだ宇良関が入門から間もなくザンバラの頃、1回やったんです。足を取られないように注意して、実際に右足を取りに来たんですけど、とられなくて。でもいっぺんに持って行かれました」と、15年秋場所3日目の2番相撲で敗れた一番を鮮明に覚えている。千秋楽、満員の観客の前でリベンジを果たした時、これ以上ない最高の復帰場所として締めくくれる。

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元幕内の荒鷲引退 19年秋場所、幕下陥落後は全休

荒鷲(2017年9月21日撮影)

日本相撲協会は24日、元幕内の荒鷲(33)の引退を発表した。午後、都内で会見する。

モンゴル出身の荒鷲は02年九州場所で初土俵。最高位は前頭2枚目だった。左膝のけがなどの影響で19年秋場所で幕下に陥落。同年九州場所から2場所連続で全休だった。

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豪栄道が大関から陥落も「明日はやります」出場明言

支度部屋に引き揚げる豪栄道(撮影・鈴木正人)

<大相撲初場所>◇12日目◇23日◇東京・両国国技館

9度目のかど番の豪栄道(33=境川)が、ついに大関から陥落した。新関脇の朝乃山に得意の右四つを許し、胸を合わせられると、なすすべなく寄り切られた。大関在位33場所は歴代10位だったが、若手の大関候補を前に屈した。支度部屋では「力がなかったということ」と一言。残り3日間に向けての気持ちを問われると「ふー」と息を吐き無言だった。昨年秋場所から貴景勝、栃ノ心、高安と、昭和以降初となる3場所連続大関陥落の記録を更新する形となった。

幕内後半戦で審判長を務めた師匠の境川親方(元小結両国)は「来場所はご当所。勝負をかけるならそこ。そのためにも今場所は最後まで」と弟子の13日目以降の出場を望み、地元・大阪で行われる春場所での奮起に懸けた。一方で「このまま終わっていいかどうかは本人が」と弟子の意向を尊重する構えを見せつつ、「戦う力はまだある。しっかり下半身を作って稽古をすれば」と話した。

取組後に都内の部屋に戻った豪栄道は、境川親方と話し合いをしたといい「明日はやります」と13日目の出場を明言した。5年間以上守り続けた大関から陥落した今こそ、真価が問われる。

朝乃山(左)に寄り切りで敗れて大関からの陥落が決まった豪栄道(撮影・丹羽敏通)

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正代「優勝したいはしたい」連日ヒヤリも1敗守った

阿炎を突き落としで破った正代(右)(撮影・丹羽敏通)

<大相撲初場所>◇12日目◇23日◇東京・両国国技館

西前頭4枚目の正代(28=時津風)が連日の「ヒヤリ」相撲で1敗を守った。立ち遅れて小結阿炎に押し込まれながら土俵際、逆転の突き落としで残った。幕尻の徳勝龍も11勝目で、12日目を終えて平幕2人がトップ並走は史上初。目覚めた大器が、勝負の残り3日に挑む。かど番の大関豪栄道が負け越し、14年秋場所の昇進から33場所守った地位から関脇への転落が決まった。

   ◇   ◇   ◇

阿炎の強烈な突きに正代の体はイナバウアー級にのけぞった。「悪いところが出た相撲」と言うが、最後まで勝負をあきらめない。土俵際、踏ん張って逆転の突き落とし。「押し込まれたが、あせってはいなかった。昨日も失敗で悪いイメージが残っていた」。前日11日目も押し込まれながらの逆転劇。勝負強い。

幕尻の徳勝龍と12日目を終えてもトップを譲らない史上初の事態。正代は優勝争いについて「初めてなんで何とも言えない。意識はあまり出てこない」と言いつつ、「硬くなりつつある感じはある」。朝の稽古後は「(優勝は)なんだかんだいって大関じゃないですか。収まるところに収まると思う」とひとごとのように話していたが、徐々に変化の兆しは表れてきた。

東農大2年時に学生横綱になった大器は、新入幕から所要6場所で関脇に駆け上がり、そこから伸び悩んだ。「勝ちたいというか関取として残りたい気持ちが強くて、勝ち越すまで緊張していた」という。それが今は「だいぶ気楽にとれている。思い切り場所を楽しんで結果がついてくれば」と話す。朝乃山、御嶽海ら「学士力士」の後輩が先に優勝したのも、自分を見つめ直す契機になった。

勝負の残り3日に夢がかかる。正代は「1日が過ぎるのが早くて、トータル(15日間)がすごく長い。こういう経験は初めて。優勝したいはしたいですけど、変に熱くなるのは自分らしくないなと」。場所を楽しんだ先に賜杯が見える。【実藤健一】

支度部屋に引き揚げる正代(撮影・鈴木正人)

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豪栄道が大関から陥落、地元大阪で即返り咲き期す

豪栄道

<大相撲初場所>◇12日目◇23日◇東京・両国国技館

大関豪栄道(33=境川)が関脇朝乃山に敗れて8敗目を喫し、2場所連続の負け越しにより来場所の関脇陥落が決まった。琴奨菊(現平幕)らの32場所を越える、史上9位の大関在位33場所が途絶えることになる。

先場所は左足の負傷により2日目から休場。かど番となった今場所は、初日から3連敗と不振が続いていた。7敗で迎えた11日目には関脇高安に完勝して意地を見せたが、次期“大関候補”と呼ばれる朝乃山に、引導を渡される形に。大関からの陥落は貴景勝、栃ノ心、高安と続き、豪栄道で4場所連続となった。

大阪・寝屋川市出身の豪栄道は、埼玉栄高で全国高校総体優勝などの実績を残し、05年初場所で初土俵を踏んだ。06年九州場所で新十両昇進。その後も着実に番付を上げて、12年夏場所から14場所連続で関脇に在位し、14年名古屋場所後に大関昇進を果たした。16年秋場所には初優勝を全勝優勝で飾った。

春場所の舞台は地元大阪。10勝以上を挙げれば1場所で大関に復帰できる。

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照ノ富士「やること一緒」無傷12連勝で十両V王手

大翔鵬を破って全勝を守った照ノ富士(右)(撮影・丹羽敏通)

<大相撲初場所>◇12日目◇23日◇東京・両国国技館

大関陥落後、序二段から10場所ぶりに十両に復帰した西十両13枚目の照ノ富士(28=伊勢ケ浜)が、十両優勝に王手をかけた。

唯一の2敗を守っていた西十両5枚目の大翔鵬(25=追手風)を破って無傷の12連勝。13日目に勝てば、新十両昇進を果たした13年秋場所以来の十両優勝が決まる。

狙い通りの相撲だった。立ち合いで右を差して、左上手を取った。胸を合わせながら寄り、1度上手が外れたが、焦らずに取り直して寄り切りで勝負あり。「自分が先に上手を取って、相手に取らせないでじっくりと寄っていく」と振り返った。

優勝が目前に迫ってきたが「一番ずつ来場所につながる相撲を取る。勝っても負けてもいい。誰とやってもやることは一緒」と無欲で土俵に上がる。

照ノ富士(左)は大翔鵬を寄り切りで破る(撮影・柴田隆二)
大翔鵬を破って全勝を守った照ノ富士(右)(撮影・丹羽敏通)

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高安敗れ2桁勝利消滅、1場所での大関復帰ならず

宝富士(右)に敗れた高安(撮影・狩俣裕三)

<大相撲初場所>◇9日目◇20日◇東京・両国国技館

西関脇高安(29=田子ノ浦)が東前頭6枚目の宝富士(32=伊勢ケ浜)に押し出され、6敗目を喫した。これで今場所の2桁勝利が消滅し、1場所での大関復帰の可能性が消えた。

立ち合いから左四つに組み合ったが上手が取れず、苦しい体勢のまま押し出された。支度部屋では、何を聞かれても無言だった。

高安は左肘のケガで昨年の秋場所を全休し、かど番で迎えた九州場所は途中休場。2場所連続での負け越しとなり、大関から関脇に陥落していた。

現行制度となった1969年名古屋場所以降、1場所で戻るチャンスを逃した後に大関に返り咲いた例は魁傑のみ。

宝富士(左)は高安を押し出しで破る(撮影・小沢裕)

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