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正代突進V王手、朝乃山へのライバル心で弱気打破

正代(左)は朝乃山を押し倒しで破り2敗を死守した(撮影・小沢裕)

<大相撲秋場所>◇14日目◇26日◇東京・両国国技館

関脇正代(28=時津風)が、悲願の初優勝に王手をかけた。2連敗中だった大関朝乃山を圧倒。力強い出足から最後は押し倒し、ただ1人2敗を守った。千秋楽、新入幕の翔猿戦で熊本出身力士初の優勝を決める。大関連破で審判部は「明日の相撲を見ての判断」と結果次第で大関昇進の可能性も示唆。正代が人生最大の大一番を迎える。

   ◇   ◇   ◇

まるで重戦車の突進だった。「最近負けている相手なんで、思い切りいった」という正代の踏み込みは一瞬、大関朝乃山の体を浮かせた。その圧力で横向きにさせると、左でたてみつをつかみ、休まずグイグイ前に出て最後は押し倒した。

「休まず前に出ることを意識した。当たり勝ったんで、止まったらまわしをとられるんで、そのまま出ました」。3連敗から10連勝と勢いづいてきた大関さえも吹き飛ばす破壊力。進撃の相撲でついに単独トップに立った。「素直にうれしいです」と言いながら、表情は全く崩れなかった。

弱気な“ネガティブ力士”から変身のきっかけとなった要因のひとつが、朝乃山への“ライバル心”だった。正代が2歳上だが、同じ学生相撲出身で巡業などでは「人に言えないぐらい、くだらない話をする」仲だ。東農大2年時に学生横綱になった正代が、アマ時代の実績は圧倒。しかし、大相撲の世界では初優勝も、大関の座もあっという間に追い越された。

朝乃山の活躍に「同じ学生相撲出身で悔しい思いはある」とメラメラした思いを隠さなかった。「強い相手とはだれとも対戦したくない」と公言していた男が変わった。地道な努力で大関を連破する立ち合いの馬力を身につけた。「それなりに緊張はするけど、落ち着くところは落ち着いてメリハリができている」。相撲への自信は、精神面の成長にもつながった。

場所前にはなかった「昇進ムード」も急浮上した。高田川審判部副部長(元関脇安芸乃島)は「明日の相撲を見ての判断」と、千秋楽の結果次第で大関昇進の可能性を示唆した。そんな機運を知らずに場所を後にした正代は「(単独トップで千秋楽は)初めての経験ですから。明日になってみないと分からないが明日で終わり。思い切り相撲をとれたらいいと思います」。

故郷の熊本・宇土市では市民体育館で応援会を開催する。前日13日目は20人程度が、この日は100以上の大盛況。熊本出身力士初の賜杯に期待は高まる。初優勝と大関。ダブルの歓喜を目指し、正代が人生最大の一番に臨む。【実藤健一】

▽八角理事長(元横綱北勝海) 正代の馬力勝ち。朝乃山も悪い立ち合いではなかったが浮いた。ちょっと想像できなかった。正代を褒めるべきでしょう。12勝は立派。内容がいい。優勝に近づいたが本当のプレッシャーはここから。新入幕で翔猿も立派。千秋楽は思い切って行けば面白くなる。

▽幕内後半戦の高田川審判長(元関脇安芸乃島) 正代は立ち合いが強い。迷いなく真っ向勝負。小細工がなく好感が持てる。貴景勝は硬くなっていたけど、無難に勝った。プレッシャーはあったと思う。

◆優勝争いの行方 千秋楽結び前の一番で正代が翔猿に勝てば、13勝2敗で正代の優勝が決定。正代が翔猿に敗れ、結びで貴景勝が敗れると、3敗で並んだ正代と翔猿による決定戦。貴景勝が勝って正代、翔猿と並べばともえ戦(3人での優勝決定戦)となる。実現すれば幕内では94年春場所の曙、貴ノ浪、貴闘力以来7度目で、当時は曙が制した。

◆大関への道 昇進目安は三役で直近3場所33勝。しかし、32勝以下での昇進も珍しくない。平成以降では朝乃山、豪栄道、稀勢の里、千代大海が32勝で昇進。また照ノ富士は、昇進3場所前(15年初場所)が平幕で8勝、2場所前(16年春場所)が関脇で13勝の優勝次点だったが、関脇だった16年夏場所を12勝で優勝すると昇進した。正代は今場所13勝でも直近3場所の合計は32勝。しかし八角理事長(元横綱北勝海)は、正代の直近3場所の成績よりも、この1年の安定感を評価している。

正代(左)に押し倒しで敗れる朝乃山(撮影・鈴木正人)

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貴景勝3敗死守「出し切る」千秋楽は朝乃山と対決

翔猿(手前)をはたき込みで破る貴景勝(撮影・鈴木正人)

<大相撲秋場所>◇14日目◇26日◇東京・両国国技館

大関貴景勝(24=千賀ノ浦)が3敗を死守して、優勝戦線に踏みとどまった。

立ち合いは踏み込まずに見ながら立ち、突っ張り合いからいなしで翔猿を崩す。果敢に直進する相手を、最後ははたき込み。勢いある新入幕力士に大関の貫禄を見せた。負ければ優勝の可能性が消滅する一番だったが「いつも通りあまり変わらず、自分の体の反応に任せてやった」と冷静だった。

小兵にはめっぽう強い。照強や阿武咲、炎鵬ら身長180センチ未満(対戦時)の相手に対して、約2年間負けなし。175センチの翔猿に勝って15連勝とした。

千秋楽で翔猿が正代に勝ち、自身が勝てば、3敗で並んだ3人による優勝決定ともえ戦にもつれ込む。黒星が許されない千秋楽は結びで朝乃山との大関対決。「自分の持っている力を全て出し切りたい」と静かに闘志を燃やした。

大関の優勝は17年初場所の稀勢の里以来、21場所遠ざかっているだけに出場最高位の意地を見せたい。複数の横綱全員が初日から休場するのは83年夏場所以来。その場所を制したのは、場所前に婚約した千葉有希奈さんの父で、当時関脇だった元大関北天佑だった。天国で見守る“義父”の再現となるか。【佐藤礼征】

貴景勝(右)にはたき込みで敗れた翔猿は笑顔を見せる(撮影・河田真司)     

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高安、子ども授かり妻杜このみと力合わせ三役復帰へ

高安(左)と妻の杜このみ(19年10月撮影)

大相撲の東前頭6枚目高安(30=田子ノ浦)が、一家の大黒柱として秋場所(9月13日初日、東京・両国国技館)に臨む。

5日、報道陣の電話取材に応じ、体調の好調ぶりをアピール。この日は相撲は取らずに基礎運動で汗を流したというが、番付発表後から前日までは連日、部屋付きの荒磯親方(元横綱稀勢の里)と三番稽古を行ってきたという。「やはり(荒磯親方の)左四つという形は強いですね。とても良い稽古になります。今は外に出られませんので、稽古相手になっていただいてとても感謝です」と充実ぶりを口にした。

妻のサポートを受けて、三役復帰を目指す。昨年10月に婚約を発表した演歌歌手の杜このみ(31)と、7月上旬に結婚。「脂肪がつくような食事をなるべくしないように。タイトな体になるように。脂質を抑えてタンパク質とか」と食事面での支えは大きいという。内臓脂肪も減ったといい「前よりも体の動きがよくなっている。相撲勘も戻ってきつつある」と効果を実感。「とても食事を勉強しているみたい。とてもおいしくいただいている。恩返しできるようにやりたい。三役に戻りたいですね」と結果での恩返しを誓った。

7月場所では大きな刺激があった。それは自身と同じ大関経験者の照ノ富士の優勝だった。「照ノ富士関が優勝して感化された。僕なんかよりつらい時期を経験しているお相撲さん。そういう人の優勝というのはとても励みになる。次は自分がという気持ち」と気合が入ったという。高安も昨年の名古屋場所から今年の7月場所までの6場所で、皆勤したのは2場所だけとケガに泣かされてきた。だからこそ「もう1回自分に厳しく頑張って上を目指して、応援してくれる方もいますので、稽古をやりたい」と意気込んだ。

子どもも授かり、父親となる高安。「来年の初めに生まれます。より一層、頑張らないといけない。子どものためにも2人で力を合わせてやっていきたい」と責任感を口にした。6日から再び、荒磯親方との三番稽古を開始するといい「ぬかりなくしっかり体をケアして鍛えて、また9月場所15日間、力強い相撲を取って支えてもらっている方々に恩返ししたいです」と誓った。

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新関脇に大栄翔、遠藤が小結復帰/新番付アラカルト

大栄翔(2020年7月28日撮影)

日本相撲協会は8月31日、東京・両国国技館で理事会を開き、この日、新番付が発表された大相撲秋場所(両国国技館)を当初の日程通り、9月13日初日で開催することを決定した。

<秋場所番付アラカルト>

▽変わらず 横綱、大関の顔触れは変わらず。大関で朝乃山と貴景勝の東西が入れ替わった。

▽新関脇 東西の正代、御嶽海はそのまま。大栄翔が新たに就いた。埼玉県出身は若秩父以来57年ぶり。3関脇は17年九州場所(御嶽海、嘉風、照ノ富士)以来で大関経験者なしの3関脇は11年秋場所(琴奨菊、稀勢の里、鶴竜)以来。

▽返り咲き 小結は先場所西の隠岐の海が東、西は遠藤が2場所ぶり復帰。

▽明暗 先場所幕尻優勝の照ノ富士が一気に16枚番付を上げて東前頭筆頭に。出場停止処分の阿炎は9枚下げ西前頭14枚目。

▽新入幕 翔猿は追手風部屋から10人目の幕内。兄英乃海との史上11組目の兄弟幕内。元横綱朝青龍を叔父に持つ豊昇龍はモンゴル出身では27人目、外国出身では50人目の幕内力士。

▽新十両 王輝は新潟県出身では戦後17人目、錦富士は青森県出身では戦後65人目。

遠藤(2020年1月12日撮影)

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新関脇の大栄翔「欲を出して頑張る」大関昇進も意欲

埼玉県草加市の追手風部屋で秋場所の番付表に記載されている自身のしこ名を指さす新関脇の大栄翔(右)と新入幕の翔猿

大相撲秋場所(9月13日初日、東京・両国国技館)で新関脇に昇進した大栄翔(26=追手風)が、大関昇進への意欲を示した。31日、埼玉・草加市の部屋からリモートでの会見に出席。東小結だった7月場所で11勝を挙げた成長株は「関脇を目標にしていたのでうれしい。常にこういう好成績を残せば上がれると思っていた」と笑みを浮かべた。

同年代で同じ関脇の正代、御嶽海との出世争いになる。3人とも7月場所で11勝を挙げ、大関とりの起点をつくった。「現役でいる以上はさらに上を目指して、欲を出して頑張っていきたい」と大栄翔。大関という地位について「違う世界、未知の世界になる。今の自分にとって最大の目標」と意識を隠さなかった。3関脇は17年九州場所(御嶽海、嘉風、照ノ富士)以来で、大関経験者不在の3関脇は11年秋場所(琴奨菊、稀勢の里、鶴竜)以来となった。ライバルの存在に「いい刺激になる。負けないように頑張りたい」と前向きにとらえた。

前日30日には同じ埼玉栄高出身で、仲のいい大関貴景勝(24=千賀ノ浦)が婚約を発表した。「自分も最近知った」と明かし「すごいおめでたいこと。(貴景勝にも)『おめでとうございます』と伝えた」と祝福した。自身の“嫁取り”については「相撲と一緒で徐々に頑張っていきたい」と控えめに話した。

追手風部屋からは2000年九州場所の追手海以来20年ぶりで、埼玉県出身では63年名古屋場所の若秩父以来、57年ぶり戦後2人目として迎える新関脇場所は、初日まで2週間を切っている。17日から新入幕の翔猿らの関取衆を相手に相撲を取る稽古を再開。「立ち合いをもっと厳しく、突き押しで取り切ることを課題にやっている」。秋場所の目標は「2桁勝ちたいが、まずは勝ち越し。ひとつずつ目標を増やしていけたら」と意気込んだ。【佐藤礼征】

埼玉県草加市の追手風部屋でリモートでの会見に臨む秋場所で新関脇昇進を果たした大栄翔

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大栄翔加わり「3関脇」17年九州場所以来/新番付

大栄翔(2020年7月28日撮影)

日本相撲協会は8月31日、開催を目指す大相撲秋場所(9月13日初日、東京・両国国技館)の新番付を発表した。新型コロナウイルスの感染拡大の影響を受け、開催の可否や開催形態は理事会で決定する見込み。

横綱は4場所連続で、東に白鵬(35=宮城野)、西に鶴竜(35=陸奥)が就いた。7月場所では、白鵬が13日目から、鶴竜は2日目から休場。ともに復帰をかける土俵で、白鵬は2場所ぶり45回目、鶴竜は昨年の名古屋場所以来6場所ぶりの優勝を目指す。

大関は東西が入れ替わり、東が朝乃山(26=高砂)、西が貴景勝(24=千賀ノ浦)。新大関として臨んだ7月場所で優勝次点の12勝3敗だった朝乃山は、7場所ぶり2度目となる大関初Vを目指す。7月場所で、かど番を脱出し12日目から休場した貴景勝も、婚約発表を機に10場所ぶり2度目となる大関初優勝を狙いたいところだ。

関脇は先場所、ともに11勝4敗の好成績を残した正代(28=時津風)と御嶽海(27=出羽海)が、東西で変わらない。正代は3場所連続の関脇在位(三役も)で、御嶽海は2場所連続の関脇在位(三役も)。

今場所はさらに、東の序列2番目の関脇に、大栄翔(26=追手風)が就いた。先場所は東小結で11勝4敗の好成績を収めた大栄翔は、今年初場所の朝乃山以来の新関脇。追手風部屋からの新関脇は、2000年九州場所の追手海以来20年ぶり。埼玉県出身でも久々の新関脇誕生で、63年名古屋場所の若秩父以来、57年ぶり戦後2人目となった。

なお3関脇は、17年九州場所(御嶽海、嘉風、照ノ富士)以来のこと。大関経験者不在の3関脇となると、11年秋場所(琴奨菊、稀勢の里、鶴竜)以来となる。

小結は先場所、西小結で9勝6敗の隠岐の海(35=八角)が東に、西は先場所、東前頭筆頭で8勝7敗の遠藤(29=追手風)が2場所ぶりの小結復帰を果たした。

秋場所は通常通りの日程でいけば、9月11日の取組編成会議で初日と2日目の対戦相手が決定。13日の初日を迎える。

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琴奨菊 連日の稽古、自宅の土俵が原点/プロに聞く

16年初場所で日本出身力士として10年ぶりの優勝を決めた琴奨菊

各界のプロフェッショナルの子ども時代や競技との出会いなどに迫る「プロに聞く」。今回は大相撲の幕内力士、琴奨菊(36=佐渡ケ嶽)が力士人生を振り返った。中学から親元を離れて相撲留学。7月場所で幕内通算勝利数も716に伸ばし、歴代単独6位となった関取最年長の大関経験者が、ジュニア世代にメッセージを送った。

  ◇   ◇   ◇  

自宅の庭にある土俵が、琴奨菊の原点だ。小3で相撲を始めると1年後、相撲好きで熱心に応援してくれた祖父一男さんがつくってくれた。天候が良ければ1日2時間、四股やすり足で汗を流した。雨が降ったら土俵にブルーシートを敷いて土のうを置き、近所のグラウンドに移動。5キロ超のタイヤを引いて下半身を鍛えた。

「今と変わらず、相撲は生活の一部。放課後に友達と遊べないことが、ちょっとつらかったけど」。自宅での稽古に休みはなかった。休む場合は父一典さん(65)に「お伺い」を立てる必要があった。「『休ませてください』と言葉にするのも難しくて、ほとんど言ったことはないんですけどね」。角界入り後、当時通っていた小学校の担任教師は「(琴奨菊と同じ相撲大会に参加した)クラスのみんなは『毎日あれだけ稽古をやっている菊次君には勝てない』と言っていたぞ」と教えてくれた。それが印象に残っているという。

週に3回は、福岡・柳川市の自宅から車で1時間以上かかる久留米市の井上道場に通った。当時勝てなかった「県で一番強い宮崎君」がその道場にいたためだ。送り迎えは祖父がしてくれた。08年に76歳で亡くなったが「おじいちゃんが帰りにステーキをごちそうしてくれた。それがうれしかった」。支えてくれる家族を思うと「自分がここで逃げ出したらだめ」という気持ちが自然と湧いてきたという。

知人の勧めで中学校から高知の明徳義塾中に相撲留学した。全寮制で起床時間は6時ごろ。朝昼晩の先輩への給仕はもちろん、洗濯などの身支度は初めての経験だった。「生きる知恵は明徳の6年間で学んだ」。高知の山奥で遊ぶ場所はない。息抜きといえば、仲の良かった他の部活の同級生と、卓球で真剣勝負をすることだった。

アマチュアでは中学横綱、高校でも7タイトルを獲得した。相撲漬けの毎日だったが「苦しいとかつらいとか、あまり感じたことはなかった。『もっと強くなれるんじゃないか』というマインドの方が強かった」。在学中、福岡の両親に自ら連絡することはほとんどなかったという。「今思うとかなり気を使っていた。家族に心配をかけたくなくて」。36歳となった今でも、勝ち越した際や場所を終えた報告など、相撲に関する連絡が家族に対してはついつい遅れてしまう。「(連絡をするのは)身内が最後だと思っている。力士が終わったら、素直になれるのかな」。

高校を卒業して18年が経過した。7月場所前に同学年のライバル、元関脇豊ノ島(現井筒親方)が引退。気付けば関取最年長になった。同部屋では兄弟子の元大関琴光喜を追いかけ、同年代の力士には元横綱稀勢の里(現荒磯親方)や豊ノ島らがいたが、今はいない。「引っ張り上げてくれる人がいなくなって悩む時期もあった。今は自分が変わっていく過程が楽しくて、考えながら相撲の変化を楽しんでいる」。7月場所では、膝を伸ばした状態で手をつく新しい立ち合いで臨み、1年4カ月ぶりの勝ち越しを決めた。試行錯誤は続いている。

ジュニア世代の子に伝えたいことがある。「いつか負けちゃいけない場面が来る。相撲だけじゃなく、勉強や試験でここ一番が来る。今は負け続けてもいいので、そのときに備えてほしい」。16年初場所では、日本出身力士として10年ぶりの優勝を果たした。関取最年長の36歳は、現役へのこだわりを強く持っている。【佐藤礼征】

◆琴奨菊和弘(ことしょうぎく・かずひろ)本名・菊次(きくつぎ)一弘。1984年(昭59)1月30日、福岡県柳川市出身。小3から相撲を始め、高知・明徳義塾中で3年時に中学横綱。同高では国体など7タイトルを獲得した。02年初場所で初土俵を踏み、04年名古屋場所で新十両、05年初場所で新入幕。11年秋場所後に大関昇進。16年初場所で初優勝を果たす。17年春場所で関脇に陥落。三賞は殊勲賞が3回、技能賞が4回。181センチ、178キロ。得意は左四つ、寄り。血液型O。家族は夫人と1男。

明徳義塾高2年の時、全国高校相撲新人戦で日本一になった琴奨菊(左)
7月場所9日目に歴代単独6位の715勝目を挙げた琴奨菊(右)

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照ノ富士が朝乃山を撃破、出稽古独占で磨いた右四つ

朝乃山を破り、懸賞金の束を手にする照ノ富士(撮影・河田真司)

<大相撲7月場所>◇13日目◇31日◇東京・両国国技館

東前頭17枚目照ノ富士(28=伊勢ケ浜)が、新旧大関対決を制して単独トップに立った。

新大関朝乃山との1敗同士の一番を、右四つから力で寄り切った。14日目に関脇正代を破り、朝乃山が前頭照強に敗れれば、30場所ぶり2度目の優勝が決まる。序二段から史上初の幕内復帰を果たし、幕尻で迎えた今場所。大関経験者が関脇以下で優勝すれば、昭和以降2人目の快挙となる。朝乃山は2敗目で1歩後退。3敗の正代、御嶽海の両関脇も優勝の可能性を残した。

   ◇   ◇   ◇

大関経験者の照ノ富士が、相四つの新大関を力でねじ伏せた。左上手に手がかかったのは、朝乃山とほぼ同時。「(今場所の朝乃山は)大関なので強い相撲を見せているから、自分のかたちに持っていってやろうと」。相手の絶対的な左上手を切ると、右でかいなを返し、怪力で左上手を引きつけた。朝乃山を寄り切ると、土俵上でふーっと一つ息を吐く。「まだ2日あるので」。単独トップに立っても、浮足立つことはなかった。

関取に返り咲いた1月以降、朝乃山を絶好の稽古相手としていた。時津風部屋に出稽古した際は、申し合いで朝乃山を積極的に指名。初場所前の稽古では朝乃山を独占するあまり、稽古を見守っていた安治川親方(元関脇安美錦)から注意を受けることもあった。「(稽古では)右四つで組んで力を出してくれる相手がいなかった。いい稽古相手になると思ってやっていた」と照ノ富士。当時関脇だった朝乃山を“踏み台”に、右四つの感覚を磨いた。

初優勝は5年前。当時の優勝は初土俵から所要25場所で、年6場所制となった1958年(昭33)以降では貴花田、朝青龍に続き歴代3位となるスピード記録。その場所後には大関昇進を決めるなど“次期横綱”の呼び声は高かった。しかし、昇進後は地獄が待っていた。

両膝のけがに加えて、糖尿病や肝炎にも苦しみ、17年秋場所で大関から陥落。「大関から落ちて親方に何回も『やめさせてください』って言いに行った」と気持ちは切れかけたが、師匠の伊勢ケ浜親方(元横綱旭富士)に引退を慰留された。「『とりあえずは治してから話をしよう』と。相撲から1度離れて、自分の体と向き合った。今の事実を受け入れて、それでやりきろうと思った」。1年以上かけて、土俵に戻る決心を固めた。

記録ずくめの優勝は、14日目にも決まる。大関経験者が関脇以下で優勝すれば1976年秋場所の魁傑以来で、昭和以降2人目。前回優勝した15年夏場所との間隔は30場所と約5年で、史上2位のブランク優勝となる。残り2日へ「やってきたことを信じてやるだけ」。コロナ禍の世の中に希望を与えるような復活劇が、実現しようとしている。【佐藤礼征】

▽幕内後半戦の伊勢ケ浜審判部長(元横綱旭富士) 上手は朝乃山の方が早かった。上背の差が出た。がっぷり組むときついよね。朝乃山は少し突き落とし気味の投げにいったのが良くなかった。照ノ富士は辛抱したから前に出られた。(師匠として)「ここまできたら無理しないように」と常に言っている。

<照ノ富士の激動の相撲人生アラカルト>

▽11年5月 間垣部屋に入門して初土俵を踏む。

▽13年3月 間垣部屋が閉鎖され、伊勢ケ浜部屋に移籍。

▽13年9月 新十両場所の秋場所で優勝。3場所で十両を通過して新入幕昇進。

▽15年5月 関脇の夏場所で12勝3敗で初優勝。場所後に大関昇進を果たす。

▽15年9月 秋場所中に右膝を負傷。場所後に「前十字靱帯損傷、外側半月板損傷」で全治1カ月と診断される。

▽17年3月 春場所で千秋楽までトップも、稀勢の里に本割、優勝決定戦で敗れ優勝を逃す。

▽17年9月 2場所連続負け越しで大関陥落。

▽18年5月 十両まで番付を落とし、この夏場所から6場所連続休場。

▽19年3月 本場所復帰。7戦全勝で序二段優勝。

▽19年11月 幕下上位で7戦全勝。場所後、再十両昇進。

▽20年1月 13勝2敗で十両優勝。

▽20年3月 東十両3枚目で10勝5敗。場所後に再入幕を決める。

朝乃山(左)を寄り切りで破る照ノ富士(撮影・河田真司)

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琴奨菊「押し合いの展開」気迫の相撲で稀勢の里超え

玉鷲(下)を寄り切りで破った琴奨菊(撮影・鈴木正人)

<大相撲7月場所>◇9日目◇27日◇東京・両国国技館

ベテランの東前頭16枚目琴奨菊(36=佐渡ケ嶽)が、また1つ記録を伸ばした。東前頭9枚目玉鷲(35=片男波)に、何度も頭からぶつかりながら体を寄せて寄り切った。最後は自分も土俵下に転げ落ちるほど、気迫のこもった取組。「押し合いの展開になると思った。しっかりできてよかった」と振り返った。

これで幕内での通算勝利数が715勝となり、元横綱稀勢の里(現荒磯親方)を抜いて単独歴代6位となった。大関経験もあるベテランは「1つ1つやり残しがないように頑張っていきたい。白星で応援してくれる人に恩返しできればいい」と、さらに上を見た。

玉鷲(奥)を寄り切りで破り、勢いで土俵下に落ちる琴奨菊(撮影・河田真司)  
琴奨菊(右)は寄り切りで玉鷲を破る(撮影・小沢裕)

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琴奨菊が稀勢の里抜き単独6位の幕内通算715勝目

玉鷲(奥)を寄り切りで破り、勢いで土俵下に落ちる琴奨菊(撮影・河田真司)

<大相撲7月場所>9日日◇27日◇東京・両国国技館

東前頭14枚目の琴奨菊が同9枚目の玉鷲を寄り切り、元横綱稀勢の里を抜く単独6位の幕内通算715勝目を挙げた。

「押し合いの展開になると思った。しっかりいけてよかった」と元気いっぱいの相撲を振り返る。記録については「1つ1つやり残しがないように頑張っていきたい。白星で応援してくれる方へ恩返しできればいいです」と謙虚に話した。

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荒磯親方「早く抜いて」幕内勝利並んだ琴奨菊に期待

千代大龍(右)を寄り切りで破る琴奨菊(撮影・鈴木正人)

<大相撲7月場所>◇8日目◇26日◇東京・両国国技館

元横綱稀勢の里の荒磯親方が、自身の幕内通算714勝に並んだ東前頭14枚目琴奨菊(36=佐渡ケ嶽)にエールを送った。この日、NHK大相撲中継で解説を務め、琴奨菊の取組直前に同放送で「(自分の記録を)早く抜いてほしい」と期待した。

琴奨菊はこの日の千代大龍戦で白星を挙げ、幕内通算勝利数で歴代6位タイとなった。1位は横綱白鵬の1074勝(8日目の取組終了時点)で、歴代5位の元横綱大鵬が持つ746勝が次の目標となる。

荒磯親方は、琴奨菊の膝を伸ばした状態で手をつく立ち合いに注目し「この立ち合いがはまっていると思う」と評価した。

元横綱稀勢の里の荒磯親方(2019年9月29日撮影)

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朝乃山、白鵬8連勝で勝ち越し決定 御嶽海は初黒星

碧山(左)を寄り切りで下す朝乃山(撮影・河田真司)

<大相撲7月場所>◇8日目◇26日◇東京・両国国技館

新大関の朝乃山が、自身初の中日での勝ち越しを決めた。200キロ近い巨体の碧山に対して立ち合いは互角も、終始前に攻め続けて最後は右四つで寄り切った。新大関の初日から8連勝は、昭和以降では元横綱朝青龍らに並んで6位タイ。最高の形で後半戦に突入する。

一人横綱の白鵬は若手の輝の挑戦をはたき込みで退け、節目となる50度目のストレート給金を決めた。

2度の優勝経験を持つ御嶽海と正代の関脇対決は、正代が制した。左おっつけで御嶽海の動きを止め、最後は突き落とした。正代は1敗を堅守。御嶽海は今場所初黒星となった。

全勝は白鵬、朝乃山の2人。1敗は御嶽海、正代、序二段から幕内復帰を果たした大関経験者の照ノ富士となった。新入幕の琴勝峰は佐田の海に敗れ、2敗目を喫した。

かど番の大関貴景勝は、三役経験者の北勝富士にはたき込みで敗れ、3敗目を喫した。立ち合いから低く攻めたが、左から攻め込む相手に足がついていかなかった。

大関経験者の琴奨菊は千代大龍を寄り切り、元横綱稀勢の里(現荒磯親方)に並ぶ史上6位タイの幕内通算714勝を挙げた。

人気小兵の炎鵬は、気鋭の霧馬山に上手投げで敗れ4勝4敗と星が五分になった。

7日目から休場した阿炎について、芝田山広報部長(元横綱大乃国)は接待を伴う「夜の店」に出入りしていたことを明かした。

御嶽海(右)を突き落としで破った正代(撮影・鈴木正人)
北勝富士に敗れ土俵から引き揚げる貴景勝(撮影・河田真司)

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琴奨菊が幕内通算714勝、歴代6位稀勢の里に並ぶ

千代大龍(左)を寄り切りで破る琴奨菊(撮影・河田真司)

<大相撲7月場所>◇8日目◇26日◇東京・両国国技館

大関経験者で東前頭14枚目の琴奨菊が、幕内通算白星で、歴代6位の元横綱稀勢の里に並ぶ714勝目を挙げた。

立ち合いから右上手を取り、左を差す得意の形から一直線に千代大龍を寄り切り。6勝2敗とし、来場所の幕内残留を決定的とした。「自分の立ち合いができた。1日1日、やり残しがないようにやっている。(稀勢の里の714勝は)1つの目標にしていたので、うれしいですね」と、落ち着いて話した。

幕内通算白星は、1位が横綱白鵬の1073勝(8日目取組前時点)で、歴代5位の元横綱大鵬が持つ746勝が次の目標となる。「先を見たらとてつもない。一番一番の積み重ねで、少しでも近づけるように頑張りたい」と、笑顔を見せながら話した。

千代大龍(右)を寄り切りで破る琴奨菊(撮影・鈴木正人)

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朝乃山、昭和以降9位タイの新大関初日から7連勝

宝富士(右)を寄り切りで破る朝乃山(撮影・丹羽敏通)

<大相撲7月場所>◇7日目◇25日◇東京・両国国技館

新大関の朝乃山(26=高砂)が、平幕の宝富士を寄り切りで下して、幕内初の初日から7連勝を果たした。近大の先輩相手に、何もさせずに完勝。昭和以降9位タイとなる新大関7連勝となった。8日目の26日からは全国の百貨店で、自身の顔がデザインされた純金のメダルが発売される。勢いに乗る新大関が、2度目の優勝も狙う。横綱白鵬、平幕の阿炎の休場により不戦勝となった関脇御嶽海も全勝を守った。

   ◇   ◇   ◇

幕内では自身初、そして新大関としては昭和以降9位タイとなる初日から7連勝。富山県出身では太刀山以来111年ぶりに新大関に昇進した朝乃山が、また1つ角界に名を刻んだ。新型コロナウイルスの感染防止策により、取組後は支度部屋外で報道陣のリモート取材に応じるのが今場所の決まり。異例の場所にもかかわらず「1日一番取ることだけを考えてやれば結果はつながる」とどっしりと構えた。

この日も安定感のある相撲だった。立ち合いで当たって右に動かれたが、焦ることなく足を運んだ。右四つにはなれなかったものの、流れで左が差さると一気に前へ。土俵際での突き落としを警戒しながら、近大の先輩を土俵外へ運んだ。「立ち合いから自分の相撲だった。いなされたけど足がついていき、左差しになったけど構わずに前に出られた」と、得意の右四つにならずとも納得の一番だった。

快進撃を続ける新大関に、8日目から追い風が吹く。26日から全国の百貨店で、新大関昇進を祝した純金の記念メダルが発売される。販売元のグローバル産業株式会社は、58年前に日本で初めて記念メダルを制作した会社。野球やサッカーをはじめ、歴代首相など制作ジャンルは多岐にわたる。東野行泰社長(83)は「力士のメダルを作ったのは初めて。横綱稀勢の里が引退して、次の日本人横綱昇進を期待して制作しました」と意図を明かした。純金メダルの価格は1枚99万円と高価格だが「朝乃山関の活躍を期待したもの。新大関の力を発揮して欲しい」と期待の表れだった。

全勝はすでに3人。06年夏場所の白鵬以来、史上9人目の新大関優勝の期待もかかってくる。「前半の7日間と変わらずに自分の相撲だけを意識したい」と先は見ず。2度目の賜杯へ、ひたむきに突き進む。【佐々木隆史】

「大関 朝乃山記念メダル」

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7連勝の朝乃山、横綱期待で99万円記念メダル発売

宝富士(左)を気合の入った表情で攻める朝乃山(撮影・柴田隆二)

<大相撲7月場所>◇7日目◇25日◇東京・両国国技館

新大関の朝乃山(26=高砂)が、平幕の宝富士を寄り切りで下して、自身初の初日から7連勝を果たした。近大の先輩相手に、何もさせずに完勝。昭和以降9位タイとなる新大関7連勝となった。8日目の26日からは全国の百貨店で、自身の顔がデザインされた純金のメダルが発売される。勢いに乗る新大関が、2度目の優勝も狙う。横綱白鵬、平幕の阿炎の休場により不戦勝となった関脇御嶽海も全勝を守った。

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自身初、そして新大関としては昭和以降9位タイとなる初日から7連勝。富山県出身では太刀山以来111年ぶりに新大関に昇進した朝乃山が、また1つ角界に名を刻んだ。新型コロナウイルスの感染防止策により、取組技は支度部屋外で報道陣のリモート取材に応じるのが今場所の決まり。異例の場所にもかかわらず「1日一番取ることだけを考えてやれば結果はつながる」とどっしりと構えた。

この日も安定感のある相撲だった。立ち合いで当たって右に動かれたが、焦ることなく足を運んだ。右四つにはなれなかったものの、流れで左が刺さると一気に前へ。土俵際での突き落としを警戒しながら、近大の先輩を土俵外へ運んだ。「立ち合いから自分の相撲だった。いなされたけど足がついていき、左差しになったけど構わずに前に出られた」と、得意の右四つにならずとも納得の一番だった。

快進撃を続ける新大関に、8日目から追い風が吹く。26日から全国の百貨店で、新大関昇進を祝した純金の記念メダルが発売される。販売元のグローバル産業株式会社は、58年前に日本で初めて記念メダルを制作した会社。野球やサッカーをはじめ、歴代首相など制作ジャンルは多岐にわたる。東野行泰社長(83)は「力士のメダルを作ったのは初めて。横綱稀勢の里が引退して、次の日本人横綱昇進を期待して制作しました」と意図を明かした。純金メダルの価格は1枚99万円と高価格だが「朝乃山関の活躍を期待したもの。新大関の力を発揮して欲しい」と期待の表れだった。

全勝はすでに3人。06年夏場所の白鵬以来、史上9人目の新大関優勝の期待もかかってくる。「前半の7日間と変わらずに自分の相撲だけを意識したい」と先は見ず。2度目の賜杯へ、ひたむきに突き進む。【佐々木隆史】

勝ち名乗りを受ける白鵬(撮影・丹羽敏通)
「大関 朝乃山記念メダル」

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35代木村庄之助、愛犬カラニとの散歩で健康維持

35代木村庄之助の内田順一さん

大相撲行司の最高位、35代木村庄之助の内田順一さん(73)は、規則正しい生活に加え、愛犬との散歩で健康を維持している。

毎日午後2時から愛犬「カラニ」と約20分、その後も1人で約30分、近所を歩いている。立行司になってから1度も差し違えたことがない名行司は、今も元気いっぱいだ。

◇  ◇  ◇

千葉県市川市の閑静な住宅街で、35代庄之助の内田さんは生活している。2011年9月に日本相撲協会を退職してからは、約4キロやせて体重は56キロ。規則正しい毎日を心掛けている。

「朝は5時に起きて、テレビを見ています。朝食は6時半くらい。パン、コーヒー、野菜。昼は麺類。夜はご飯は1杯まで。それ以上は入らないけど、満腹にならないようにしています。寝るのは午後11時すぎですね」

朝食後、NHKの連ドラを見て、昼ごろまでは新聞のクロスワードを解いているという。「頭を使ってます。シミはあるけど、趣味はないよ(笑い)」と得意の駄じゃれで笑わせた。

行司を務めていた時は、足さばきが大事だったこともあり、時に膝が痛むものの、足腰はしっかりしている。「午後2時から犬を連れて20分くらい。犬を家に入れてから、1人で30分くらい歩きます。食後2時間くらいがいいと、(医師の)先生に聞いています。散歩といっても速足で歩くので、汗をかきますね」。愛犬はチワワで、名前は「カラニ」。「名前は、息子がハワイのサーファーからとった。もう今年で11歳です」。

初代若乃花にあこがれ、中学卒業時に角界入り。力士と違って、行司は基本的に年功序列。1962年5月の初土俵から、一人前とみなされる十両格に昇進するまで20年以上かかった。2007年5月に立行司に昇進。37代式守伊之助を襲名し、その1年後には35代木村庄之助に上り詰め、最高位を3年以上も勤め上げた。立行司として、差し違えは1度もない。「それが見せどころだからね。微妙な相撲もあったけど、集中力もありました」と振り返る。

現在の相撲界では、立行司は41代伊之助のみで、庄之助は不在。力量が認められなければ、空位は埋まらない。「横綱が2人いるから、庄之助と伊之助がいないと格好がつかない。よく(一般の人から)聞かれるんですよ。『なぜ今は庄之助がいないのか』って」。陰ながら、後輩たちの健闘を願っている。【佐々木一郎】

◆35代木村庄之助 本名・内田順一(うちだ・じゅんいち)。1946年(昭21)10月29日、宮崎県生まれ。62年5月初土俵。84年1月に十両格、94年1月に幕内格、06年三役格。07年5月に37代式守伊之助、08年5月に35代木村庄之助を襲名した。11年9月、定年退職。10年九州場所2日目、稀勢の里が白鵬の連勝を63で止めた取組が思い出の一番。

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優しく不器用で愛された元栃煌山、きっといい親方に

リモート引退会見に出席した元栃煌山

大相撲の元関脇栃煌山が引退し、年寄「清見潟」を襲名した。不器用だが、魅力にあふれた力士だった。

運動神経は鈍い。体は硬い。高知県安芸市出身。小2で相撲を始めた。相手が怖くて「あっちいけ!」とか「さわるな!」と声を出しながら相撲を取った。稽古を初めて見に行った両親があきれるほどだった。サッカーのPKでは、ボールが止まっているのに空振りした。

幕内力士は、運動能力にすぐれたアスリートの集まりだ。平均体重160キロにもかかわらず、その多くが自在に自らの肉体を操り、俊敏性にも富む。そんな中、栃煌山が戦ってこられたのは、なぜか? ある時聞くと、こう答えた。

「相撲は反復して覚える。体にしみつけばやれるんです」

とにかく根気強い。中学横綱になり、高校は名門・明徳義塾で鍛えられた。角界入りしてからも、センスがないことを自覚して、努力を繰り返した。

入門直後の栃煌山らしいエピソードがある。ちゃんこ番で、初めて米とぎを命じられた時のこと。「とぎ汁が透明になるまでやるんだぞ」と言われ、全力で40分も続けた。すると米は粉々になり、いつもの半分しか炊けなかったという。

生命線は、鋭い立ち合い。低く当たってからもろ差しか、右四つになって寄り切る。これしかなかった。技は少なく、劣勢になると、しのぐ動きはあまりない。だから、あっけない負けもあるが、はまれば横綱も倒す。金星は6個(白鵬、日馬富士、鶴竜から1個ずつ、稀勢の里から3個)。昭和以降10位となる三役在位25場所。三賞は殊勲賞、敢闘賞、技能賞を各2度ずつ獲得した。本場所中、全体の稽古が終わっても1人土俵に残り、若い衆を相手に立ち合いの形を納得いくまで繰り返してきた。春日野部屋でのいつもの光景が、本場所での下支えになっていた。

立ち合い変化は、めったにしなかった。負けると、支度部屋ではほとんど話さなかった。取組前、必ずユンケルを1本飲む。入場前の花道では必ず、緊張してえづいた。稽古熱心で裏表がないから、勝つと付け人が本気で喜んだ。

栃煌山。十両に上がる時に本名の影山から改名した。春日野親方(元関脇栃乃和歌)から「考えておいてください」と依頼された母の雪絵さんが、しこ名を考えた。読みは「とちおうやま」ではなく、あえて「とちおうざん」にした。やさしい性格に、もっと強さを加えたかったのだという。

分け隔てなく、誰からも好かれる性格は少年時代から変わらない。雪絵さんは中学時代のことが忘れられない。同学年に1人、不登校の子がいたが、影山少年にだけは心を開いていたという。卒業時、校長からこう言われた。「教師の立場ながら、この子の存在がありがたかった。こういう子は、最近では珍しい。やさしい、いい子っていうのとは違うオーラを持っている子やった。私だけでなく、教員全員がそう思っています」。

勝負の世界に入っても、やや天然な性格は周囲から愛され、現役生活をまっとうした。

コロナ禍にあり、15日の引退会見はオンラインだった。どんな思いで稽古してきたのか聞かれると、こう答えた。

「器用な相撲は取れなかった。しっかり課題を持って体にしみこませるように常に稽古をしていた。なかなか最後、上の番付に上がることができなかったけど、自分のやってきたことに間違いはなかったと思う」

きっと、いい親方になる。【佐々木一郎】

15年9月、秋場所で稀勢の里(手前)を寄り切り全勝対決を制した栃煌山

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元稀勢の里の荒磯親方、栃煌山は「大関の力あった」

リモート引退会見に出席した元栃煌山

大相撲の元関脇栃煌山(33=春日野)が15日、現役引退と年寄「清見潟(きよみがた)」の襲名を発表した。春場所で負け越して2度目の十両陥落となっていた。元横綱稀勢の里(現荒磯親方)らと同じ昭和61年度生まれで「花のロクイチ組」として、三役在位は通算25場所。賜杯には届かなかったものの12年夏場所には優勝決定戦を経験した。今後は春日野部屋の部屋付き親方として後進の指導にあたる。

◆荒磯親方(元横綱稀勢の里)のコメント 栃煌山戦を最後に引退できて良かったと思えるほど、真面目でいい力士だった。独特の差し身は唯一無二で、本当に長く苦しめられた。番付は関脇だが、大関の力はあったと思う。今後は若い力士に今までの知識をふんだんに教えてあげてほしい。

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引退栃煌山「前に出る、それが自分の相撲」一問一答

リモート引退会見に出席した元栃煌山

大相撲の元関脇栃煌山(33=春日野)が15日、現役引退と年寄「清見潟(きよみがた)」の襲名を発表した。春場所で負け越して2度目の十両陥落となっていた。元横綱稀勢の里(現荒磯親方)らと同じ昭和61年度生まれで「花のロクイチ組」として、三役在位は通算25場所。賜杯には届かなかったものの12年夏場所には優勝決定戦を経験した。今後は春日野部屋の部屋付き親方として後進の指導にあたる。

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-12年夏場所の優勝決定戦を振り返って

栃煌山 何も考えずに、しっかり一番一番取っていたら優勝決定戦まで進むことができた。自分の弱さ、甘さが出て最後の一番は勝つことができず優勝を逃した。そこからもう1回あの場に立てるようにと、それが原動力になった。今ではいい思い出だと思う。

-同学年の存在

栃煌山 同い年の力士と当たるときは余計に気合が入る。そういう力士がいて頑張ってこられた。

-「栃煌山」という力士が貫いた信念とは

栃煌山 前に出る、それが自分の相撲。逃げずに、苦しいときでもまっすぐ自分の相撲を取りきろうと心を持っていた。

-部屋の関取と話したか

栃煌山 栃ノ心、碧山ともはじめは残念そうな感じで「まだまだやれますよ」と言ってくれた。今は「お疲れさまでした」と。(2人には)本当に頑張ってもらいたい。

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引退の栃煌山「寂しい気持ちも」心に残る稀勢の里戦

リモート引退会見に出席した元栃煌山

大相撲の元関脇栃煌山(33=春日野)が15日、現役引退と年寄「清見潟(きよみがた)」の襲名を発表した。春場所で負け越して2度目の十両陥落となっていた。元横綱稀勢の里(現荒磯親方)らと同じ昭和61年度生まれで「花のロクイチ組」として、三役在位は通算25場所。賜杯には届かなかったものの12年夏場所には優勝決定戦を経験した。今後は春日野部屋の部屋付き親方として後進の指導にあたる。

   ◇   ◇   ◇

一時は「大関候補」の呼び声も高かった栃煌山が、土俵に別れを告げた。「ひとつの区切りがついた。次に落ちたときは自分でやめようと決めていた」。昨年の九州場所で、07年春場所での新入幕から75場所守ってきた幕内から陥落。1場所で返り咲いたものの、3月の春場所で3勝12敗と大きく負け越し、再び十両に転落して決断した。

鋭い寄りを武器に入門から約4年で新三役に昇進し、12年夏場所では旭天鵬と史上初となる平幕同士の優勝決定戦を争った。努力家で「コツコツ長年積み重ねたものを出せるタイプ」と、リモート会見に同席した師匠の春日野親方(元関脇栃乃和歌)。賜杯と大関には届かなかったが、栃煌山自身も「しっかり課題を持って、体に染み込ませるように常に稽古をしていた。なかなか最後、上の番付に上がることができなかったけど、自分のやってきたことに間違いはなかったと思う」と胸を張った。

元稀勢の里や、小学校からのライバルで同期の元大関豪栄道(現武隈親方)ら同学年の力士としのぎを削ってきた。15年間の現役生活で最も印象に残る取組は、昨年初場所の稀勢の里戦。稀勢の里の現役最後の相手として、白星を挙げた。「同学年で、自分が入門したときには関取に上がっていた。そういう人と最後に相撲が取れたことはうれしい気持ちもあったし、その次の日に引退して寂しい気持ちもあった」。くしくも引導を渡す形になった。

「子どもの頃からずっと相撲しかやってこなかった。自分が相撲を取らないのが想像もつかない」。今後は名門部屋の部屋付き親方として、次の関取を育てる。「相撲に対して真面目で、粘り強い力士になれるように育てたい」。関脇に通算11場所在位した実力者は、第2の人生に向けて決意を固めた。【佐藤礼征】

◆花のロクイチ組 大相撲で昭和61年度生まれの関取の総称。大関以上では元稀勢の里と元豪栄道、三役経験者では栃煌山のほか、宝富士、碧山、勢、魁聖、妙義龍の5人は現在も幕内で活躍。初場所で史上2度目の幕尻優勝を果たした徳勝龍も同学年。

◆栃煌山雄一郎(とちおうざん・ゆういちろう)本名・影山雄一郎。1987年(昭62)3月9日、高知県安芸市生まれ。安芸小2年で相撲を始め、安芸中で中学横綱。明徳義塾高では4冠。05年初場所初土俵。07年春場所新入幕。09年夏場所で新小結、10年秋場所で新関脇昇進。金星は6個、三賞は殊勲賞、敢闘賞、技能賞が各2回。幕内通算573勝563敗19休。得意は右四つ、寄り。187センチ、151キロ。血液型A。家族は夫人と1女。

19年1月15日、初場所3日目に稀勢の里(右)を寄り切りで破る栃煌山

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