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NHK退局の刈屋富士雄アナが振り返る思い出/前編

NHK刈屋富士雄アナウンサー

「栄光への架け橋だ」などのオリンピック(五輪)実況や大相撲中継で知られるNHKの刈屋富士雄アナウンサー(60)が30日で定年退職し、5月1日付で立飛ホールディングス執行役員スポーツプロデューサーに転身する。最後の荷物整理をしていた29日、現在の心境や今後の仕事などについて聞いた。「前編」ではNHKでの実況などを振り返ります。【聞き手=佐々木一郎】

-30日で退局されます。現在の心境は

「38年勤めましたから、感慨深いですね。NHKのアナウンサーになるにあたって、オリンピックの日本金メダルのシーンを伝えるという夢を持っていました。その夢がかないましたから」

-刈屋さんが実況した金メダルは

「2004年アテネオリンピックの男子体操団体と、2006年トリノオリンピックのフィギュアスケート荒川静香さんです。どちらも絶対的な金メダル候補ではなく、難しいと思われた中でとれた金メダルです。体操団体は中国が金メダル候補でした。荒川さんの時はスルツカヤやサーシャ・コーエンがいましたから」

-アナウンサー時代の一番の思い出はこの2つの金メダルですか

「そうですね。この2つですね。夢がかないました」

-体操団体で金メダルが決まる瞬間、冨田選手の鉄棒の着地に合わせて「伸身の新月面が描く放物線は、栄光への懸け橋だ!」と実況されました。この名実況は、刈屋さんにとってどういうものですか

「冨田選手が着地を決めてくれたことで、体操をずっと応援してくえていた人たちの思い、日本の体操の歴史など、縦軸、横軸、斜めの軸などがピタッと集まったんです。その場面に巡り合えたのは幸運でした」

-その後、冨田選手と話す機会はありましたか

「何度かありますが、去年は雑誌の企画で対談しました。彼は日本の得点、(他国との)得点差まで状況を把握して演技していたそうです。自分が9点を取れば金メダル。正確には8・962点なのですが、ほぼ9点。コールマンを取った時点で決まると分かっていました。名場面を振り返る特番では(団体メンバーの)米田さんと話しましたが、彼は得点差を知らなかった。状況を知ると邪念が入るから演技に集中していたそうです」

-刈屋さんは当時44歳でした

「40代は反射神経があり、いろんな言葉が浮かんできたりする。経験と反射神経がちょうど合っていたのが、40代だと思います。選手と同じで、スポーツアナウンサーもピークがあります。そう考えると、自分のピークに合ったともいえますね」

-大相撲中継にも長くかかわりました

「35年くらい現場にかかわっています。こんなにかかわるとは思っていませんでした。千代の富士の時代から始まって、若貴、ハワイ勢、モンゴル勢、欧州からの力士も含め、上位を外国出身力士が占める時代がくるとは想像もつきませんでした。その後は遠藤、稀勢の里らが盛り上げました。ブームとどん底を2回ずつ経験しました。暴力が当たり前の時代もありましたが、35年で随分変わりました。大相撲へのかかわりは深く、愛情もあるので、思うことがあります。今は人気がありますが、底辺が広がらない。競技人口が増えない。なので、日本で毎年、東京でアマチュアの国際大会を開きたいと思っています」

-思い出の一番は

「昭和63年九州場所千秋楽の千代の富士-大乃国戦です。千代の富士の連勝が53で止まった一番です。当時の私はまだ下っ端でした。千代の富士の特番を作っていたので、先輩たちは千代の富士の担当。私は大乃国の談話取りでした。西の花道には人がいなくて、通路の真ん中近くまで行って見ていました。そうしたら、大乃国が勝った。座布団が飛びました。薄暗くなった通路を大乃国が引き揚げてきました。全身、血の気が引いて真っ白でした。くちびるは真っ青で、顔面蒼白(そうはく)でした。緊張して力を出し切った人間はこんなふうになるんだと…。あの光景を見て、これが大相撲なのかと思いました。何年も努力し続けた人間が、全精力を出し切るとこうなる。それを目の当たりにして、相撲の魅力はこれだなと。1500年も興味を持たれ続けるのはこれなんだと思いました。歩いてきた大乃国に『どうでした?』と聞くと、まだ興奮してコメントできません。少し待ってから『弱い横綱と言われてきたので、勝ててよかったです』と言ったのです」

-東京五輪で実況したかったという未練はありませんか

「もう実況は、若い人に譲っていかないといけません」

-現在のNHKでの肩書は

「解説主幹です」

-最後の出演番組は何になりますか

「生放送は先週のシブ5時で終えました。放送で出るのは、ヒーローたちの名勝負という番組で、アテネ五輪の体操をやります。その前振りをやっています」

(後編に続く)

◆刈屋富士雄(かりや・ふじお)1960年(昭35)4月3日、静岡県御殿場市生まれ。早大時代は漕艇部所属。83年にNHKに入局し福井、千葉放送局をへて92年から東京アナウンス室。五輪は92年バルセロナから10年バンクーバーまで8大会で現地から実況した。

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白鵬が引退豊ノ島ねぎらう「お疲れさま」一問一答2

白鵬

大相撲の横綱白鵬(35=宮城野)が20日、報道陣の電話取材に応じ、17日に引退し年寄「井筒」を襲名した元関脇豊ノ島(36=時津風)にねぎらいの言葉を送った。

豊ノ島とは10年九州場所の優勝決定戦で戦うなど、同年代として長年対戦。三賞獲得10度の実力者との思い出を振り返った。

以下は一問一答

-豊ノ島が引退した

白鵬 春場所前に出稽古に行ったときに会って、今後の話とかをしました。その時には、もう1度しっかり稽古をして、応援してくれるお客さんたちの前で、最後の花道を飾るつもりで土俵に上がったほうがいいのでは、と話したんですが、本人が決めたことなので、本当にお疲れさまでした! と言いたいですね。引退のニュースを見て、豊ノ島関に「長い間お疲れさまでした。これからもよろしくお願いします。これからの人生が長いからまた頑張りましょう!」とメッセージを送りました。そしたら返事が来まして「ありがとうございます。同じ時代に戦うことができて良かったのと同時に、憎いくらいに強かったです。でも63連勝の最強の横綱と、その記録を作った場所で優勝決定戦を戦えたことが何よりも誇りです。これからもよろしくお願いします」と書いてありました。そう言ってもらえてうれしかったですね。

-思い出の相撲

白鵬 たくさんの思い出の相撲はありますけど、私もこの優勝決定戦の一番を挙げますね。この時は連勝が止まった場所(双葉山の69連勝を目指すも、2日目に稀勢の里に敗れて歴代2位の63連勝で途絶える)ですよね。過去の横綱たちも連勝止まった場所では、そのまま連敗したり、休場したりしていたと聞きました。そこで私は父からの電話での励ましなどもあり、その場所でもう1度心を持ち直して、優勝することができました。それだけにとてもうれしかった場所です。その場所で豊ノ島関と2人で優勝決定戦を戦えたことが私にとっても大きな思い出です。そう言えば、横綱として初めて金星を与えてしまったのも豊ノ島関ですよね。手ごわかった。本当に相撲がうまかったですよね。

-小さいのに胸から来る相撲だった

白鵬 そうなんですよ。だからやりづらい! 小さい人は頭から当たって押すのが当然だと思われがちだけど、あの身長と体重で胸から当たって差しに来るんですよ。考えられない! 絶対に左だけは差させないぞとイメージして土俵に上がっていましたね。決定戦もそれを意識しての立ち合いだった記憶があります。

-両腕をクロスして当たる立ち合いも豊ノ島関に差させないための作戦だった

白鵬 そうそう! いろいろ工夫しないと勝てない相手でしたね。

-土俵を降りたら横綱のモノマネをしたりしてファンを楽しませた

白鵬 私もいつも楽しませてもらっていました(笑い)。豊ノ島関は小、中、高と相撲を取ってきたでしょう? だから入門は私が先(白鵬が01年春場所、豊ノ島が02年初場所に初土俵)でも、相撲人生としては私より先輩だと思ってきました。そしてそういう明るさがあって、人の良さもあって人間としても好きでしたね。そして私が10年に白鵬杯をはじめたあと、すくに行動したのも豊ノ島関のすごさだと思います(豊ノ島は11年10月に故郷の高知・宿毛市で「豊ノ島杯」を開催)。あの白鵬杯のあと、すぐに高知の宿毛で豊ノ島杯を開催したのは豊ノ島関が長年相撲を取ってきて、子供たちを大相撲の未来につなげていかないと思っていたからこそ。そんな気持ちで子供たちのための大会を開催した豊ノ島関は、今後の相撲道発展のために絶対に必要な人だと思います。

-最後に家で過ごすことも多い子供たちにメッセージを

白鵬 「ライバルよりたくさん努力して、ライバルよりたくさん休みなさい」という私の好きな言葉があります。スポーツをやっている子供たちも今はなかなか練習できない時期かもしれないけど、例えば勉強だったり、お父さんお母さんの手伝いだったり、今自分たちにできることをしっかりやっていけば後の人生で結果を出すことができると思います。みんなで乗り越えて行きましょう! 私も今できることをやって夏場所に向けて頑張っていきます。

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豊ノ島、幕下陥落の苦況で見せた人間味と粋な姿

16年九州場所2日目、アキレス腱断裂からの復活勝利を挙げた豊ノ島(2016年11月14日撮影)

<とっておきメモ>

日本相撲協会は17日の理事会で、元関脇豊ノ島(36=時津風)の引退及び年寄井筒の襲名を承認した。今後は部屋付き親方として後進の指導にあたる。

   ◇   ◇   ◇

アキレス腱(けん)断裂で豊ノ島が幕下に陥落した3年半前の九州場所。当時の相撲キャップから「引退の可能性もあるから、しばらく見ておいてください」と指令されて以降、ほぼ全ての取組で取材した。相撲担当に二十数年ぶりに復帰し豊ノ島の全盛期は知らない。そんな、いわば“いちげんさん”にも嫌な顔せず応じてくれた。相撲巧者=理屈っぽいというイメージもあったが、2年後に関取復帰を果たしさらにリップサービスはさえをみせた。ただ印象に残るのは、関取復帰以降でなく2年間の幕下時代に見せた苦悩の表情であり、もがく中でのコメント。男は苦しい時ほど人間味が出るし、真価が問われるものだと思わされた。まだ進退を決めかねている今月上旬、30分ほど歩きながら雑談した。「キセ(稀勢の里=現荒磯親方)とかからも言われるけど、14勝1敗でも優勝できないなんて運がないよなって。それもしょうがないよね」。どこまでも粋な姿だった。【渡辺佳彦】

大相撲春場所7日目、黒星を喫し土俵に一礼し引き揚げる豊ノ島(2020年3月14日撮影)

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八角理事長新体制の職務決定 夏場所「現実厳しい」

八角理事長(2020年3月22日撮影)

日本相撲協会は25日、エディオンアリーナ大阪で理事会と年寄総会を開き、23日に再任された八角理事長新体制の職務を決めた。

春場所で無観客開催の要因となった新型コロナウイルスの対応のため、理事と副理事の職務は前任とほぼ変わらず。

夏場所に向けて同理事長は「現実は厳しい」と冷静に話した。審判部には新任の花籠理事と藤島副理事を新たに編成担当として置いた。土俵の充実を図るため取組編成や番付編成に携わり、基本的に土俵下で審判長は務めない。昨年1月に現役引退した荒磯親方(元横綱稀勢の里)は記者クラブ担当となった。また東京・両国国技館は、東京五輪でボクシング会場となるはずだったが開催延期が決定となり、同理事長は「東京五輪の対処も話し合わないといけない」と話した。

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貴ノ花「不撓不屈の精神」/大関昇進伝達式主な口上

大関昇進伝達式では決意を込めた口上が披露される。主なものを紹介する。(しこ名は当時)

▽朝潮「大関の名に恥じぬよう、これからも一生懸命頑張ります」(1983年春場所後)

▽貴ノ花「不撓(ふとう)不屈の精神で」(93年初場所後)

▽若ノ花「一意専心の気持ちを忘れず」(93年名古屋場所後)

▽武蔵丸「日本の心を持って」(94年初場所後)

▽朝青龍「大関の名に恥じぬよう、一生懸命頑張ります」(2002年名古屋場所後)

▽白鵬「全身全霊をかけて努力」(06年春場所後)

▽琴奨菊「万理一空の境地を求めて」(11年秋場所後)

▽稀勢の里「大関の名を汚さぬよう、精進」(11年九州場所後)

▽鶴竜「お客さまに喜んでもらえるような相撲が取れるよう努力」(12年春場所後)

▽豪栄道「大和魂を貫いて」(14年名古屋場所後)

▽貴景勝「武士道精神を重んじ、感謝の気持ちと思いやりを忘れず相撲道に精進」(19年春場所後)

▽朝乃山「大関の名に恥じぬよう相撲を愛し、力士として正義を全うし、一生懸命努力します」(20年春場所後)

(共同)

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4敗目の朝乃山出直し誓うも千秋楽勝てば昇進可能性

取組後の会見に臨む朝乃山(撮影・小沢裕)

<大相撲春場所>◇14日目◇21日◇エディオンアリーナ大阪

大関とりの関脇朝乃山(26=高砂)が、横綱鶴竜に下手投げで負けて今場所4敗目を喫した。これで大関昇進目安の「三役で3場所33勝」には届かないが、境川審判部長代理(元小結両国)は、これまでの相撲内容を評価。千秋楽で1人大関の貴景勝を破れば、昇進の機運が高まる可能性はある。2敗を守った白鵬と鶴竜の両横綱が、千秋楽の結びの一番で優勝をかけた相星決戦に臨む。

   ◇   ◇   ◇

痛恨の横綱戦2連敗。そして目標としていた12勝に届かず。全てを受け止めた朝乃山は前日同様に、支度部屋外のミックスゾーンに自ら歩み寄った。「出直しです。出直しです」。吹っ切れたかのように、笑みをこぼしながら言い放った。

紙一重の一番だった。立ち合いで右を差し、自分の形を作った。土俵際に押し込んだが鶴竜に体を入れ替えられ、再び土俵際に押し込むも、また体を入れ替えられた。最後は投げの打ち合いとなり、同時に土俵下に落ちて軍配は朝乃山。しかし物言いが付き、協議の結果、朝乃山の左肘が先に着いたとして、軍配差し違えとなった。「悔いはない。勝ち負けがはっきりしているスポーツ。物言いが付いて、協議した結果なので受け止める」と潔かった。

自ら出直し宣言をしたが、大関昇進が消えた訳ではない。幕内後半戦の審判長を務めた境川審判部長代理(元小結両国)は「力は十分についていると思う。内容は初日から充実している。誰に対しても真っ向勝負するのが魅力。好感が持てる」と評価した。横綱戦2連敗が痛手となったのは確か。ただ、千秋楽での貴景勝戦の結果によっては「そこでどういう見解になるのか。話し合いになるのか。数字を見るのか」と含みを持たせた。

過去にも豪栄道や稀勢の里ら32勝以下で大関に昇進したケースはある。さらに今場所は82年初場所以来38年ぶりの1人大関だけに、目安に届かなくとも昇進する可能性はある。「思い切りいくだけです」と吹っ切れた朝乃山が、勝ち越しをかけた貴景勝との運命の一番に挑む。【佐々木隆史】

鶴竜(右)が下手投げで朝乃山を下した(撮影・外山鉄司)

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吉井5勝目、夏場所昇進なら史上3位のスピード出世

吉井(左)は寄り切りで満津田を下す(撮影・小沢裕)

<大相撲春場所>◇13日目◇20日◇エディオンアリーナ大阪

18年の中学横綱、東三段目19枚目吉井(16=中川)が7番相撲で5勝目を挙げ、来場所の新幕下昇進を確実にした。

夏場所(5月10日初日、東京・両国国技館)の番付発表が4月27日。16歳8カ月26日での新幕下昇進を果たせば、72年以降に初土俵を踏んだ力士では、16歳11カ月20日で昇進した元横綱稀勢の里(現荒磯親方)らを抜いて史上3位のスピード出世となる。

この日は強烈な左おっつけで東三段目22枚目満津田(25=峰崎)の体勢を崩し、最後はもろ差しで寄り切った。「(もろ差しは)狙ってはいないけど、パッと入ったので。動いてくる相手なので兄弟子からは『落ちついていけ』と言われていた」。ちょうど1年前の春場所で初土俵を踏み、序ノ口デビューから6場所連続で勝ち越している16歳は「引くことが少なくなってきた」と手応えを口にした。

静岡・焼津港小4年から相撲を始め、焼津港中3年時に全中で個人、団体の2冠を達成した。通算8個の金星を獲得した人気力士、元関脇嘉風(現中村親方)を目標にしている。

部屋では今場所幕下で6勝1敗の好成績を収めた兄弟子、幕下旭蒼天(27=中川)との稽古で力をつけている。「旭蒼天さんは出足がめちゃくちゃ速い。いい稽古ができた」と感謝。「まだまだ右の脇が甘くて差されやすい。次の場所で、幕下で勝てる相撲が取りたい」。まだあどけない表情が残るホープは、自身の課題を冷静に分析した。【佐藤礼征】

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高安が負傷で救急搬送 土俵にうつぶせ、うめき声

鶴竜との取組で負傷し車いすに乗る高安(撮影・鈴木正人)

<大相撲春場所>◇4日目◇11日◇エディオンアリーナ大阪

西前頭筆頭高安(30=田子ノ浦)が、横綱鶴竜との結びの一番で負傷し、救急車で病院に搬送された。

突き落としで敗れると、土俵にうつぶせで倒れたまま顔をしかめ、うめき声を上げた。勝ち名乗りを受けた鶴竜が心配そうに声をかけるが、しばらく立ち上がることができず、協会関係者の肩を借り、左足を引きずりながら土俵下へ。車いすに乗って救護室へ移動した。

取組を終えて15分後、会場の裏口駐車場に待機していた救急車に高安が乗り込む場面を、兄弟子の荒磯親方(元横綱稀勢の里)ら関係者が見送った。

鶴竜(後方)に突き落としで敗れる高安(撮影・鈴木正人)

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元豪栄道が解説デビュー「マナーも含めて大事です」

元大関豪栄道の武隈親方(20年1月撮影)

<第44回日本大相撲トーナメント>◇9日◇東京・両国国技館

大相撲初場所後に引退した元大関豪栄道の武隈親方が9日、東京・両国国技館で行われた大相撲トーナメントで解説者デビューを果たした。

幕内力士によるトーナメントの地上波放送で、向正面から解説。冒頭では「少し前まで本土俵で戦っていたので不思議な感じ」と心境を明かした。

同学年の荒磯親方(元横綱稀勢の里)とのダブル解説だった。決勝では互いの弟弟子、関脇高安と前頭妙義龍が対戦。埼玉栄高の同級生でもある妙義龍は惜しくも敗れ「優勝すると思ったんやけどな~」と残念がっていた。

初めての解説は「自分が感じたことを説明するのは簡単じゃない。難しい」と苦戦した様子だったが「勉強ですね。これからは伝えることも大事。社会人のマナーも含めて大事ですね」と充実した表情を見せた。

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白鵬“3横綱そろい踏み”も「スーツ似合ってきた」

第10回白鵬杯で記念撮影に納まる、左から元横綱日馬富士、横綱白鵬、荒磯親方(元横綱稀勢の里)(撮影・柴田隆二)

横綱白鵬(34=宮城野)が自ら主催し、第10回の記念大会を迎えた白鵬杯(世界少年相撲大会)が2日、東京・両国国技館で世界から13カ国・地域の小・中学生約1100人を集めて開催された。

午前8時に開会式が行われ昼休みの時間には、元横綱日馬富士と荒磯親方(元横綱稀勢の里)も会場に姿を見せ、集まった選手、観客にあいさつした。

“3横綱そろい踏み”に白鵬は「勝って当たり前の、横綱になった人でないと分からない世界。久しぶりに2人と会って緊張した」と言いつつ、着物を着用しない2人の姿を見て「かっこいい。だんだんスーツが似合ってきた」と笑った。

荒磯親方も両国国技館を使った、高校生の全国大会開催を模索している。親方として「強い力士を育てるのが一番の恩返しだと思う」と、今は部屋付きの荒磯親方に期待。また「違う形で戦えれば。ぜひ(自分が)強いチームを作って『稀勢の里杯』に参加したい」と、新たな夢をかき立てていた。

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元関脇豪風が断髪式で涙「最後の取組」12歳長男と

師匠の尾車親方(上)に最後のハサミを入れてもらう元豪風の押尾川親方(撮影・中島郁夫)

昨年1月の初場所限りで現役を引退した、元関脇豪風の引退、年寄押尾川(40=尾車)襲名披露大相撲が1日、東京・両国国技館で行われた。

断髪式前には、12歳の長男海知(かいち)君と「最後の取組」で土俵に。何度も押しを受け止め、最後は自身が関取として3勝を挙げた、決まり手「一本背負い」で仕留められ土俵に正座して「参りました」と言わんばかりに頭を下げ、館内の大歓声を浴びた。

十両の取組後、出身地の秋田・北秋田市の津谷永光市長から市民栄誉賞を授与された。そして迎えた断髪式には、約270人の関係者が出席。横綱白鵬、元横綱稀勢の里の荒磯親方らがはさみを入れ、最後に師匠の尾車親方(元大関琴風)が止めばさみをいれて、約18年間のマゲに別れを告げた。

その後、国技館内で整髪し取材対応。「髪を洗っている時、入門してマゲを結う前のことを思い出しました。約18年、(頭に)あったもの(マゲ)がなくなるのは寂しい。頭にあったというより、身内みたいなもので『(頭に)いた』という、体の一部以上のものだったから」と、散髪してもらいながら、しみじみと話した。

最後に師匠から止めばさみを入れられた時は、さすがに「(こみ上げて)くるものがありました。人前では…と思っていたけど、耐えきれなかった」と大粒の涙を流した。最後の土俵上から見えた光景に「相撲をやっていなかったら、あの景色は見られなかったし、今の自分はない。相撲に感謝です」とも。地元秋田から、大勢の後援者が駆けつけてくれたことには「秋田から来てもらえなければ、豪風の断髪式にはならないと思っていた。秋田から、自分の想像をはるかに上回る、先輩や同級生や年齢の近い人とか、あれだけの人が来てくれて本当にありがたい」と喜んだ。

整髪後は、スーツにネクタイ姿で相撲案内所など各所をあいさつまわり。その間に行われた幕内の取組後、再び国技館の土俵下に足を運び、マゲを落としたスーツ姿で来場者にあいさつ。最後に、既に他界した両親の遺影を持ち「自分の息子に、綱渡りのような人生を歩んでもらいたくないと入門時も大反対した、お父さん、お母さんに引退した姿を見てもらいたかった。『お疲れさん』と言ってもらいたい一心で17年間、現役でやってきました」と、すすり泣くような声で話し、館内の涙を誘っていた。

断髪を終え「相撲に感謝」の書を手に土俵に別れを告げた元豪風の押尾川親方(撮影・中島郁夫)
長男・成田海知くん(左)と最後の取り組みを行う豪風(撮影・中島郁夫)

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稀勢引退に寂しさ「もう長くない」悟っていた豪栄道

豪栄道

<こんな人>

大相撲の大関豪栄道(33=境川)が27日、引退の意向を固めたことが分かった。この日までに師匠の境川親方(元小結両国)が、日本相撲協会に引退の意向を伝えた。

   ◇   ◇   ◇

大阪出身の豪栄道にとっては特別な、年に1度のご当所、春場所を目前にした引退は、心残りだったことは想像に難くない。春場所は昨年が最後となったが、ちょうどそのころから「相撲人生」という言葉を多用するようになった。昨年1月の初場所中に、同い年の元横綱稀勢の里が引退。ライバルが土俵を去った寂しさをにじませていた。自身の現役生活についても「もう長くないでしょ」と、悟ったように語っていた。

昨年9月の秋場所の際には「小学生のころは1日100番取っていたな」と、相撲を始めたばかりのころを回顧したこともあった。ベテランゆえの余裕もあるかもしれないが、本場所中は余計な話をしていなかった20代のころとの違い、自ら思い出話を語る姿に驚いた。一方で、大好きなプロ野球巨人の話をする時に満面の笑みを見せたり「オレこう見えて神経質やから」と、慣れない宿や枕で寝ることに抵抗があると恥ずかしそうに話したりと、どこか子どものような一面も。魅力的な力士がまた一人、土俵を去る。【高田文太】

初場所12日目、朝乃山に敗れ大関からの陥落が決まった豪栄道(2020年1月23日撮影)

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徳勝龍が男泣き幕尻V!木瀬初!奈良98年ぶり!

初優勝を決め支度部屋で感極まる徳勝龍(撮影・小沢裕)

<大相撲初場所>◇千秋楽◇26日◇東京・両国国技館

幕内の番付で最下位に位置する西前頭17枚目の徳勝龍(33=木瀬)が、初優勝を果たした。

取組前に、1差の2敗で追っていた西前頭4枚目の正代が、同2枚目の御嶽海に勝利。徳勝龍が結びの大関貴景勝戦で敗れれば優勝決定戦にもつれる状況になったが、寄り切りで貴景勝を破り、自らの白星で優勝を勝ち取った。勝利した直後には土俵上で涙があふれた。

幕尻力士の優勝は、貴闘力以来20年ぶり2度目。奈良県出身力士の優勝は、鶴ケ浜以来98年ぶり。再入幕場所での優勝は史上初で、木瀬部屋から初の幕内優勝となった。初場所は2016年以降、琴奨菊、稀勢の里、栃ノ心、玉鷲に続き、5年連続で初優勝の力士が誕生した。

▽徳勝龍の話「自分なんか優勝していいんでしょうか。喜んでもらえて良かった。自分が一番下なので恐いものはない。思い切って行けた。意識することなく…え~嘘です。めっちゃ意識してました。バリバリ、インタビューの練習をしてました」

貴景勝を寄り切りで破り雄たけびを上げる徳勝龍(撮影・河田真司)
幕内初優勝を飾り優勝旗を手にする徳勝龍(撮影・河田真司)
貴景勝を破り、幕内優勝を決め涙を流す徳勝龍(撮影・河田真司)
貴景勝(下)を寄り切りで破る徳勝龍(撮影・河田真司)
貴景勝を寄り切りで破る徳勝龍(撮影・河田真司)
初優勝を決め支度部屋で感極まる徳勝龍(撮影・小沢裕)

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荒磯親方にもらったステテコ着用/徳勝龍アラカルト

国技館を引き揚げる徳勝龍(撮影・河田真司)

<大相撲初場所>◇14日目◇25日◇東京・両国国技館

幕尻の西前頭17枚目徳勝龍(33=木瀬)が、記録ずくめの初優勝に王手をかけた。平幕で1敗同士の正代との直接対決を制し、単独トップに立った。

2敗の大関貴景勝が敗れ、優勝争いは1敗の徳勝龍と2敗の正代に絞られた。千秋楽は大関貴景勝との対戦が決まった。千秋楽結びに平幕が出場するのは昭和以降3度目で、幕尻が登場するのは史上初となった。優勝なら幕尻は20年ぶり史上2度目、奈良県勢は98年ぶり、再入幕は史上初、木瀬部屋でも初となる。

   ◇   ◇   ◇

<徳勝龍誠アラカルト>

◆本名 青木誠(あおき・まこと)。あだ名は「まこ」。家族は千恵夫人。

◆出身 1986年(昭61)8月22日、奈良市生まれ。育ちは橿原(かしはらし)市。

◆経歴 3歳から小6まで柔道。小4から地元の橿原市「けはや相撲クラブ」に通い、高校は高知・明徳義塾に相撲留学。近大4年で西日本選手権優勝。

◆角界入り 09年初場所で初土俵。11年九州場所で新十両、13年名古屋場所で新入幕。15年夏場所の西前頭4枚目が最高位。

◆サイズ 181センチ、188キロ。

◆しこ名の由来 母校の明徳義塾高から「徳」、18日に死去した恩師で近大相撲部監督の伊東勝人さんから「勝」。

◆稀勢の里と親交 荒磯親方(元横綱稀勢の里)の現役時代、巡業中にキャッチボールをすることも。今場所も数年前に荒磯親方から譲り受けたステテコを着用して帰路につく。

◆左四つ 10年5月に木瀬部屋が一時閉鎖となり、北の湖部屋預かりとなったときに、15年に亡くなった元横綱北の湖元親方から「お前は押し相撲だろうと思っているだろうが、左四つだ」と型の変更を薦められた。今場所も左四つの相撲を展開。

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徳勝龍が初V王手「不細工な相撲しか取れないので」

1敗対決を制して大きく息を吐く徳勝龍(左)と、敗れてしばらく膝をつく正代(撮影・河田真司)

<大相撲初場所>◇14日目◇25日◇東京・両国国技館

幕尻の西前頭17枚目徳勝龍(33=木瀬)が、記録ずくめの初優勝に王手をかけた。平幕で1敗同士の正代との直接対決を制し、単独トップに立った。

2敗の大関貴景勝が敗れ、優勝争いは1敗の徳勝龍と2敗の正代に絞られた。千秋楽は大関貴景勝との対戦が決まった。千秋楽結びに平幕が出場するのは昭和以降3度目で、幕尻が登場するのは史上初となった。優勝なら幕尻は20年ぶり史上2度目、奈良県勢は98年ぶり、再入幕は史上初、木瀬部屋でも初となる。

   ◇   ◇   ◇

“土俵際の魔術師”が鬼になった。左四つ、右上手を取った徳勝龍は、寄られて左足を俵にかけながら、左にスルッとかわした。5日連続の土俵際の逆転劇となった。決まり手は10日目からすべて突き落とし。右、右、右、左。今日も左から決めた。十両時代を含めて自己最多となる13勝目。「出し投げを打ちにいったらついてこられた。まあ、不細工な相撲しか取れないので」。

勝負が決まるとまるでボクサーのような軽快なバックステップを披露し、後方へと土俵を半周してみせた。そして鬼の形相ごとく顔をグッとしかめ、力強くうなずいた。「負けたら悔しいし、勝ったらうれしいので」。武骨な男の感情が、自然とあふれ出た。

初の賜杯が手に届くところまできた千秋楽は、異例の舞台に立つ。打ち出し後、審判部は千秋楽の取組を決め、結びで徳勝龍と大関貴景勝の一番を組んだ。千秋楽結びに平幕が出場するのは、昭和以降3度目。幕尻の力士が出場最高位の力士と対戦するのは、史上初という事態だ。

審判部長代理の境川親方(元小結両国)は「大関同士がいいんだろうけど、豪栄道があの成績だから。横綱もいないし」と説明。会場を引き揚げる段階で翌日の対戦相手が分からない中、徳勝龍は「自分が番付で一番下。思い切っていくだけ」と自らに言い聞かせていた。

荒磯親方(元横綱稀勢の里)、大関豪栄道らと同じ昭和61年(86年)生まれの33歳。この日、その荒磯親方はNHK大相撲で解説を務め「徳勝龍の流れがきている。重さがあって我慢ができている」と期待を込めた。「華のロクイチ組」の中では日の目を浴びる機会が少なかった徳勝龍に、千載一遇のチャンスがやってきた。

“相撲発祥の地”と呼ばれる地元奈良も盛り上がる。千秋楽の26日は、出身の奈良市役所が100人を定員にパブリックビューイングを開催する。奈良県出身の力士の優勝となれば、1922年(大11)の元小結鶴ケ浜が最後。現役力士では唯一の奈良出身の関取が、98年ぶりの快挙を故郷に届けられるか。本人は泰然としている。「(優勝の意識は)全然ない。昨日が一番寝られました」。

5年連続で初優勝力士の誕生が確定した荒れる初場所。歴史的な下克上の時が、刻々と迫っている。【佐藤礼征】

▽幕内前半戦の審判長を務めた高田川親方(元関脇安芸乃島) (徳勝龍が勝った瞬間)神懸かってるって思った。(要因は)分からん。本人も分からないんじゃないの。

徳勝龍(左)は突き落としで正代を破る(撮影・小沢裕)

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小細工なしに育てたい朝乃山/大ちゃん大分析

朝乃山(下)は遠藤に寄り倒しで破れる(撮影・柴田隆二)

<大相撲初場所>◇5日目◇16日◇東京・両国国技館

新関脇の朝乃山(25=高砂)が、東前頭筆頭の遠藤(29=追手風)に負けて2連敗を喫した。

      ◇      ◇

ケンカ四つで相撲のうまい遠藤に差し負けて、朝乃山に勝機はなかった。左からのおっつけで右差しを封じられ、体も伸びきってしまった。場所前の荒磯親方(元横綱稀勢の里)との稽古が身になってなかったようだな。昨日の阿炎にしても遠藤にしても、朝乃山は正攻法で真っすぐ来ることを前提に相撲を取られる。師匠の立場としては、そこは相手に読まれようとも小細工や駆け引きなどしない力士に育てたい。ただ、突き押しの阿炎には突き押しで、遠藤には突っ張って前に出ながら左上手でも右差しでも狙うなりの考えは、バリエーションとして持っていてもいい。常々、大関うんぬんは早いと言っているが、それだけ伸びしろがあるということ。勉強して苦労して、その先に大関という看板はある。(高砂浦五郎=元大関朝潮・日刊スポーツ評論家)

朝乃山(左手前)は遠藤(上)に寄り倒しで破れる(撮影・柴田隆二)

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朝乃山「先生いなかったら」亡き恩師に贈る関脇白星

御嶽海(右)を激しく攻める朝乃山(撮影・鈴木正人)

<大相撲初場所>◇初日◇12日◇東京・両国国技館

2度目の優勝を狙う朝乃山(25=高砂)が、恩師に贈る新関脇初白星を挙げた。過去1勝3敗と合口の悪かった前頭御嶽海を寄り切りで下して、昨年3月の春場所から6場所連続初日負けなしとなった。昨年末は地元の富山に帰省。17年に急死した、母校・富山商相撲部監督の浦山英樹さんの家族と食事をして英気を養い、記念すべき白星につなげた。

  ◇    ◇    ◇

不思議な力が朝乃山を後押しした。立ち合いで突き放されると、一気に土俵際まで追い込まれた。俵に左足がかかり、前に出ようとした瞬間にはたかれた。体勢を崩したが、落ちない。足を前に出し、引いた御嶽海を土俵際に追い込んで右四つに。右下手は切れたが、左上手をしっかりとつかんで寄り切った。「いつもならあそこで落ちている。今日は体が動いた」と不思議そうに振り返った。

年末年始は実家に帰省した。地元に戻った際に恒例となっているのが、恩師の浦山さんの家族との食事会。今回は大みそかに、行きつけのラーメン屋で大好物のご当地グルメ“富山ブラックラーメン”を一緒にすすった。がんのため40歳で急死した恩師。「先生がいなかったら今の僕はいない。僕もその家族に加われればという思いがある」と、残された恩師の妻や子どもたちとの時間を大切にしている。墓参りにも行き「相撲で恩返しがしたい」とさらなる活躍を誓っていた。

警戒していた鋭い出足で前に出られて、はたき込まれたが耐えてつかんだ白星。八角理事長(元横綱北勝海)からは「はたかれた時によく足を送れた。あのあたりはよく稽古しているなと感じた」と評された。場所前には田子ノ浦部屋に出稽古に行き荒磯親方(元横綱稀勢の里)と三番稽古を行うなど、充実した稽古が実を結んだ。同時に「いい報告はできると思います」と天国で見守る恩師の力も感じていた。

成績次第では大関昇進の可能性がある今場所。土俵入りでは先場所よりも声援が大きく、緊張感があったが「自分らしい相撲を土俵の上で見せるだけ。挑戦者のように前に出て行くのが自分の相撲」と自分に言い聞かせながら土俵に上がった。「うれしいのは今日だけ。切り替えたい」。新関脇初勝利は胸にしまい、恩師のためにも白星を重ねる。【佐々木隆史】

朝乃山(右)を攻める御嶽海(撮影・河田真司)
初日を白星で飾り懸賞を手にする朝乃山(撮影・小沢裕)

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朝乃山に試練「いきなりですか」新関脇初日は御嶽海

本場所で使用する紫の締め込みを締めて稽古する新関脇の朝乃山(右)

新関脇の朝乃山(25=高砂)が試練の初日を迎える。大相撲初場所(12日初日、東京・両国国技館)の取組編成会議が10日、同所で行われ、初日の対戦相手が前頭御嶽海に決まった。過去1勝3敗と合口は悪いが、昨年春場所から5場所連続初日負けなしの勢いで乗り越える。2日目も合口の悪い前頭玉鷲との対戦が決定。経験豊富な相手から白星を奪い、2度目の優勝に向けて弾みをつける。

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都内の部屋での稽古を終え、初日の相手を報道陣から知らされた朝乃山は「いきなりですか」と驚きの表情を浮かべた。1学年しか変わらないが、2度の優勝や大関とりの場所を経験するなど、実績も経験も自分より上の御嶽海。今場所は前頭に陥落したが「初日から気合を入れないといけない。格上だと思っている」と引き締めた。相手の取り口について「立ち合いで当たってからの2歩目、3歩目が速い。立ち合いで負けると一気に持って行かれる。自分の出足で相手の出足を止めたい」と警戒した。

吉兆データはある。昨年九州場所は不戦勝も、5場所連続で初日負けなし。本人は「たまたま。でも勢いづけるために初日はやっぱり大事」と考える。2日目は過去1勝3敗の玉鷲が相手。合口の悪い相手が続くが、2連勝すれば間違いなく勢いづく。

この日は、本場所で使用する紫色の締め込みを締めて稽古するなど気合十分。今場所前は、田子ノ浦部屋への出稽古で荒磯親方(元横綱稀勢の里)から上位で相撲を取る厳しさを教えてもらうなど、充実した稽古を行ってきた。「命懸けで自分の型の右四つにならないと勝てない」と2度目の優勝に向けて言葉に力を込めた。【佐々木隆史】

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舞の海氏、朝乃山に「深刻に受け止めた方がいい」

舞の海秀平氏(2013年9月17日)

大相撲の新関脇朝乃山(25=高砂)が、横綱流の四つで初場所(12日初日、東京・両国国技館)に臨む。

5日、都内の田子ノ浦部屋へ出稽古し、元横綱稀勢の里の荒磯親方と、異例の三番稽古を行った。本場所での対戦経験はなく、けんか四つの相手に17番取って1勝16敗。得意の右四つを徹底的に封じられたが、肌で感じた元横綱の技術から多くを学び、取り入れる姿勢を見せた。

▽朝乃山と荒磯親方の三番稽古を見学した解説者の舞の海氏「朝乃山は、やめて1年たった相手に勝てないのは深刻に受け止めた方がいい。四つになれないのに、無理に押し込むから振られたり、いなされたりした。何でもかんでも、攻め続ければいいとは思わない。前に出ながらも自分の形を作ることが大事だと思う」

新関脇朝乃山(右)と三番稽古をする荒磯親方

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荒磯親方「あえて厳しくやりました」朝乃山に稽古

新関脇朝乃山(右)と三番稽古をする荒磯親方

大相撲の新関脇朝乃山(25=高砂)が、横綱流の四つで初場所(12日初日、東京・両国国技館)に臨む。5日、都内の田子ノ浦部屋へ出稽古し、元横綱稀勢の里の荒磯親方と、異例の三番稽古を行った。本場所での対戦経験はなく、けんか四つの相手に17番取って1勝16敗。得意の右四つを徹底的に封じられたが、肌で感じた元横綱の技術から多くを学び、取り入れる姿勢を見せた。

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勢いのある若手との稽古に、荒磯親方は上機嫌だった。朝乃山について「当たった時に右が緩くなる。上位はそういう所しか狙っていない。本場所のためにあえて厳しくやりました」としてやったりの表情。それでも素質は認めていて「もっと形にこだわっていけばいい。形と馬力が課題。それができれば強い大関になる。朝乃山の時代が来ると思う」と大きな期待を寄せた。

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