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親方になっても追いかけます 山根千佳/稀勢連載5

山根千佳

<稀勢引退~愛された理由(5)>

私にとって稀勢の里はアイドル。だから、まだまだ“稀勢ロス”です。ファンになったのは8歳の頃。15年間も追いかけてきました。以来、ずっと心の支えで人生に寄り添ってくれる存在。武蔵丸、魁皇に続く、私の殿堂入り力士です。殿堂入りの基準は「私がどれだけ好きか」。四つ相撲ができて、普段はおだやかだけど、カメラの前では厳しい表情を見せる「相撲道」の世界を体現している昔ながらのお相撲さんが多いかな。

白鵬63連勝阻止では心が震えて「私も頑張ろう」と思いましたし、肝心な時に負けて目をパチパチさせている時には、もっと応援したくなる。相撲の神様に見放されてきた感じで、運もタイミングも悪い。そんな中、自分の努力で横綱に上がったのは本当に感動しました。決してイケメンではないけれど、その生きざまや相撲内容で母性本能をくすぐる、守ってあげたいタイプ。そこが魅力なんです。

専門番組で取材しましたが、あまりしゃべらないイメージは予想通り。でも、カメラが回ってないところではめっちゃ笑うしすごく優しいんです。それまでは、1人のファンとして見てましたが、近しい存在になってさらに引き込まれました。“ギャップもえ”ですね(笑い)。

親方になってからは、最後まで「左」にこだわっていたように、こだわりの強い力士を育ててほしい。そして、いつかは理事長になって古き良き相撲道の教えを伝え、相撲界を明るくしてほしい。もちろん、私はいつまでも追いかけ続けます。(終わり)

◆山根千佳(やまね・ちか)1995年(平7)12月12日、鳥取県米子市生まれ。12年、ホリプロスカウトキャラバンファイナリストになって芸能界入り。小学時代から熱烈な相撲ファン。小結御嶽海も推し。

田子ノ浦部屋を訪れた元稀勢の里の荒磯親方

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判官びいき国民の心揺らす 里崎智也氏/稀勢連載4

里崎智也氏(2016年12月26日撮影)

<稀勢引退~愛された理由(4)>

残念ながら稀勢の里関とは1度も会ったことがないんです。ただ、相撲ファンの1人として、いつも取組は気になっていました。あれだけ多くのファンを引きつけた横綱は、貴乃花さん以来ではないでしょうか。黙々と自分と向き合い、不器用で、背中で語る姿は、日本人が思い描く理想の横綱像ですね。

その存在感は、野球界で例えるとロッテ福浦(和也)さんに似ていると思います。仲間内ではよくしゃべるけど、表では無口。いい時も悪い時もひたむきにプレーする姿は重なります。

稀勢の里関について言えば、より日本人の魂に刺さるものがあったと思います。まず19年ぶり日本人横綱という背景がある。そして日本人が伝統的に好む「判官びいき」も作用しているでしょう。ロッテも18連敗した時に一気にファンが増えました。稀勢の里関も何度失敗しても真正面からぶつかる姿に、応援せずにはいられなくなります。

今後は親方としての指導力にも期待しています。というのも大きなケガをしたことで、適切な指導ができると思っています。休場のするタイミングの見極めやメンタルサポート、治療方法の引き出しが増えることなど、弟子たちは心強いと思います。ケガは選手としてはマイナスでしかないが、これからの長い人生においてはプラスしかない。稀勢の里関のようにファンを引きつける横綱を育ててほしいと思います。

◆里崎智也(さとざき・ともや)1976年(昭51)5月20日、徳島県生まれ。鳴門工(現鳴門渦潮)-帝京大を経て98年にドラフト2位でロッテ入団。06年第1回WBCでは優勝した王ジャパンの正捕手として活躍。08年北京五輪出場。14年引退。プロ通算1089試合出場、打率2割5分6厘、108本塁打、458打点。

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1年休ませればどうだったか 鳥内秀晃/稀勢連載3

関学大・鳥内監督(2018年12月26日撮影)

<稀勢引退~愛された理由(3)>

引退をニュースで知ってその日(16日)の朝に「ご苦労さまでした。力になれなくてごめん」とメールをした。そしたらすぐに「今後ともよろしくお願いします」と返ってきたから電話をかけた。稀勢の里関は普通やったけど、俺が泣いて詰まってしまって何も言えなかった。日本人横綱を1人で背負っていた。

13年1月のライスボウル(アメフト日本選手権)で稀勢の里関がテレビ中継のゲストで来ていて、その年の春場所に「鳥内さんに会いたい」ってなって一緒に食事に行って意気投合した。それ以来春場所の時は、うどんと焼きそばの玉を宿舎に届けている(鳥内監督は大阪市内で製麺業を営んでいる)。

昨年の春場所は休場している本人に、じっくり治したらいい。あわてんでいいと話をした。相撲の古い慣習というか、やりながら治せるというところがあるが、そうできるケガと絶対にやれないケガもある。稀勢の里関のはやれないケガ。そこで出るなと言える親方、協会がいなかったんやろうな。その認識を変えないと。

稀勢の里関は責任感が強いから無理して出てしまう。横審の対応(激励)もいかんかったな。休んだらええねん。半年おいてあげるとか、ケガした最初の1年で休ませておけば今はどうなっていたか。稀勢の里関は元々相撲が好きで、長くやりたい。40歳まではやりたいって言うとったからな。アメフトはケガしても交代メンバーがおるが相撲は1人。代わりはおらへんもんな。

会見で一片の悔いもないと言うとったが横綱としての悔いはあると思う。この自分の経験を生かした親方になってほしい。

◆鳥内秀晃(とりうち・ひであき)1958年(昭33)11月26日、大阪市出身。関学大アメフト部監督。監督として甲子園ボウル優勝11度、ライスボウル優勝1度。

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勝敗超越した人間味のある神 原晋氏/稀勢連載2

18年1月、初場所を観戦する青学大の原晋監督(後方左)と美穂夫人(2018年1月18日撮影)

<稀勢引退~愛された理由(2)>

降格がなく、勝ち続けることが使命の横綱は神にたとえられる。稀勢の里は違った。横綱昇進後、これからという時にケガに泣く。休場と敗戦が続いた。そして引退。涙涙の引退会見。勝った負けたを超越した、人間味のある神だったからこそ、これほど愛されたのではないか。

強さの一方で、大関時代もここぞで負けることが少なくなかった。愚直に一番一番、真剣勝負を挑む姿に自らを重ねた。マラソン、駅伝は人生にたとえられることがあるが、稀勢の里の逆境を乗り越え、横綱になった姿はまさに波瀾万丈の人生ドラマで共感できた。

引退後は親方になるという。良い指導者になるはずだ。横綱と比ぶべくもないが、自分も実業団(中国電力)入社直後に右足首を負傷。華やかな活躍とは無縁のまま5年目で引退した。だが、その挫折は指導者としていきている。

箱根に出られる選手はわずか。多くの控え、ケガ人の気持ちをいかに1つにするか。トップランナーだったらできていなかったかもしれない。ケガをして耐えた横綱の2年間は、絶対に将来にいきる。栄光と挫折を知った稀勢の里だからこそ、良い力士、人間を育てられると思う。

子供の頃から相撲好きで、今も両国国技館に見に行くし、NHKの解説席に座らせてもらったこともある。中卒たたき上げで、振る舞い所作がお相撲さんらしかった稀勢の里には、遠くから見ても抜群のオーラがあった。もう土俵上で見られないという現実を受け止められない自分がいる。

◆原晋(はら・すすむ)1967年(昭42)3月8日、広島県三原市生まれ。青学大陸上部監督。新年の風物詩、箱根駅伝で18年まで4連覇に導く。今年は2位。

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お相撲さんイメージ体現 やくみつる氏/稀勢連載1

国技館内を歩きファンと握手する荒磯親方(元横綱稀勢の里)(撮影・柴田隆二)

<稀勢引退~愛された理由(1)>

年寄荒磯を襲名した元横綱稀勢の里が人気絶頂のまま土俵を去った。「稀勢ロス」が広がっている。老若男女を問わず誰からも愛され、人気を集めたのはなぜだったのか。今日から随時、連載します。第1回は好角家として知られる漫画家のやくみつる氏(59)。

   ◇    ◇

多くの人が抱く、お相撲さんのイメージを体現していたのが稀勢の里関だったと思う。お相撲さんは、こうあってほしいというものを持っていた。言い訳もしないし、多くを語らない。でも普段は語らないのに、最後の引退会見では理路整然と話していた。それだけ内に秘めたものなど、普段は語らないからこそ見えてくるものがあった。愚直さが本当に伝わってくる。

相撲も器用なタイプではなかった。どんな相手、立ち合いにも対応できるわけではないような、不器用なところも人を引きつけたと思う。ただ、立ち腰だった割には粘りがあった。(新横綱の17年春場所で)左の胸や腕を大けがをしたことで、上半身に力が戻らなかったことが引退の要因とされている。しかし、むしろ先場所と今場所は下半身の粘りがなくなった。その衰えが引退につながった。

同じような雰囲気を持っているのは、貴景勝関ではないかと思う。左四つの稀勢の里関と同じように、貴景勝関も愚直に突き、押しで番付を上げてきた。言動を見ていても、同じようなものを感じる。他には錦木も苦労人という点で、似たものを感じる。(稀勢の里が引退して今場所4日目に予定されていた初顔合わせが実現せず)最後に取らせてあげたかったですね。

今後は親方として指導するが、引退会見では「ケガのない力士を育てたい」と話していた。(稀勢の里の先代師匠の)鳴戸親方(元横綱隆の里)は「けがは土俵で治せ」という方だったので、少し指導法は違うかもしれない。ただ、同じような雰囲気を持った力士を育ててほしい。

◆やくみつる 本名・畠山秀樹(はたやま・ひでき)。1959年(昭34)3月12日、東京・世田谷区生まれ。漫画家。好角家として知られ、日本相撲協会生活指導部特別委員会委員なども務めた。

ファンに囲まれながら国技館内をあいさつ回りする荒磯親方(元横綱稀勢の里)(撮影・柴田隆二)

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