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高安、子ども授かり妻杜このみと力合わせ三役復帰へ

高安(左)と妻の杜このみ(19年10月撮影)

大相撲の東前頭6枚目高安(30=田子ノ浦)が、一家の大黒柱として秋場所(9月13日初日、東京・両国国技館)に臨む。

5日、報道陣の電話取材に応じ、体調の好調ぶりをアピール。この日は相撲は取らずに基礎運動で汗を流したというが、番付発表後から前日までは連日、部屋付きの荒磯親方(元横綱稀勢の里)と三番稽古を行ってきたという。「やはり(荒磯親方の)左四つという形は強いですね。とても良い稽古になります。今は外に出られませんので、稽古相手になっていただいてとても感謝です」と充実ぶりを口にした。

妻のサポートを受けて、三役復帰を目指す。昨年10月に婚約を発表した演歌歌手の杜このみ(31)と、7月上旬に結婚。「脂肪がつくような食事をなるべくしないように。タイトな体になるように。脂質を抑えてタンパク質とか」と食事面での支えは大きいという。内臓脂肪も減ったといい「前よりも体の動きがよくなっている。相撲勘も戻ってきつつある」と効果を実感。「とても食事を勉強しているみたい。とてもおいしくいただいている。恩返しできるようにやりたい。三役に戻りたいですね」と結果での恩返しを誓った。

7月場所では大きな刺激があった。それは自身と同じ大関経験者の照ノ富士の優勝だった。「照ノ富士関が優勝して感化された。僕なんかよりつらい時期を経験しているお相撲さん。そういう人の優勝というのはとても励みになる。次は自分がという気持ち」と気合が入ったという。高安も昨年の名古屋場所から今年の7月場所までの6場所で、皆勤したのは2場所だけとケガに泣かされてきた。だからこそ「もう1回自分に厳しく頑張って上を目指して、応援してくれる方もいますので、稽古をやりたい」と意気込んだ。

子どもも授かり、父親となる高安。「来年の初めに生まれます。より一層、頑張らないといけない。子どものためにも2人で力を合わせてやっていきたい」と責任感を口にした。6日から再び、荒磯親方との三番稽古を開始するといい「ぬかりなくしっかり体をケアして鍛えて、また9月場所15日間、力強い相撲を取って支えてもらっている方々に恩返ししたいです」と誓った。

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琴奨菊 連日の稽古、自宅の土俵が原点/プロに聞く

16年初場所で日本出身力士として10年ぶりの優勝を決めた琴奨菊

各界のプロフェッショナルの子ども時代や競技との出会いなどに迫る「プロに聞く」。今回は大相撲の幕内力士、琴奨菊(36=佐渡ケ嶽)が力士人生を振り返った。中学から親元を離れて相撲留学。7月場所で幕内通算勝利数も716に伸ばし、歴代単独6位となった関取最年長の大関経験者が、ジュニア世代にメッセージを送った。

  ◇   ◇   ◇  

自宅の庭にある土俵が、琴奨菊の原点だ。小3で相撲を始めると1年後、相撲好きで熱心に応援してくれた祖父一男さんがつくってくれた。天候が良ければ1日2時間、四股やすり足で汗を流した。雨が降ったら土俵にブルーシートを敷いて土のうを置き、近所のグラウンドに移動。5キロ超のタイヤを引いて下半身を鍛えた。

「今と変わらず、相撲は生活の一部。放課後に友達と遊べないことが、ちょっとつらかったけど」。自宅での稽古に休みはなかった。休む場合は父一典さん(65)に「お伺い」を立てる必要があった。「『休ませてください』と言葉にするのも難しくて、ほとんど言ったことはないんですけどね」。角界入り後、当時通っていた小学校の担任教師は「(琴奨菊と同じ相撲大会に参加した)クラスのみんなは『毎日あれだけ稽古をやっている菊次君には勝てない』と言っていたぞ」と教えてくれた。それが印象に残っているという。

週に3回は、福岡・柳川市の自宅から車で1時間以上かかる久留米市の井上道場に通った。当時勝てなかった「県で一番強い宮崎君」がその道場にいたためだ。送り迎えは祖父がしてくれた。08年に76歳で亡くなったが「おじいちゃんが帰りにステーキをごちそうしてくれた。それがうれしかった」。支えてくれる家族を思うと「自分がここで逃げ出したらだめ」という気持ちが自然と湧いてきたという。

知人の勧めで中学校から高知の明徳義塾中に相撲留学した。全寮制で起床時間は6時ごろ。朝昼晩の先輩への給仕はもちろん、洗濯などの身支度は初めての経験だった。「生きる知恵は明徳の6年間で学んだ」。高知の山奥で遊ぶ場所はない。息抜きといえば、仲の良かった他の部活の同級生と、卓球で真剣勝負をすることだった。

アマチュアでは中学横綱、高校でも7タイトルを獲得した。相撲漬けの毎日だったが「苦しいとかつらいとか、あまり感じたことはなかった。『もっと強くなれるんじゃないか』というマインドの方が強かった」。在学中、福岡の両親に自ら連絡することはほとんどなかったという。「今思うとかなり気を使っていた。家族に心配をかけたくなくて」。36歳となった今でも、勝ち越した際や場所を終えた報告など、相撲に関する連絡が家族に対してはついつい遅れてしまう。「(連絡をするのは)身内が最後だと思っている。力士が終わったら、素直になれるのかな」。

高校を卒業して18年が経過した。7月場所前に同学年のライバル、元関脇豊ノ島(現井筒親方)が引退。気付けば関取最年長になった。同部屋では兄弟子の元大関琴光喜を追いかけ、同年代の力士には元横綱稀勢の里(現荒磯親方)や豊ノ島らがいたが、今はいない。「引っ張り上げてくれる人がいなくなって悩む時期もあった。今は自分が変わっていく過程が楽しくて、考えながら相撲の変化を楽しんでいる」。7月場所では、膝を伸ばした状態で手をつく新しい立ち合いで臨み、1年4カ月ぶりの勝ち越しを決めた。試行錯誤は続いている。

ジュニア世代の子に伝えたいことがある。「いつか負けちゃいけない場面が来る。相撲だけじゃなく、勉強や試験でここ一番が来る。今は負け続けてもいいので、そのときに備えてほしい」。16年初場所では、日本出身力士として10年ぶりの優勝を果たした。関取最年長の36歳は、現役へのこだわりを強く持っている。【佐藤礼征】

◆琴奨菊和弘(ことしょうぎく・かずひろ)本名・菊次(きくつぎ)一弘。1984年(昭59)1月30日、福岡県柳川市出身。小3から相撲を始め、高知・明徳義塾中で3年時に中学横綱。同高では国体など7タイトルを獲得した。02年初場所で初土俵を踏み、04年名古屋場所で新十両、05年初場所で新入幕。11年秋場所後に大関昇進。16年初場所で初優勝を果たす。17年春場所で関脇に陥落。三賞は殊勲賞が3回、技能賞が4回。181センチ、178キロ。得意は左四つ、寄り。血液型O。家族は夫人と1男。

明徳義塾高2年の時、全国高校相撲新人戦で日本一になった琴奨菊(左)
7月場所9日目に歴代単独6位の715勝目を挙げた琴奨菊(右)

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琴奨菊「押し合いの展開」気迫の相撲で稀勢の里超え

玉鷲(下)を寄り切りで破った琴奨菊(撮影・鈴木正人)

<大相撲7月場所>◇9日目◇27日◇東京・両国国技館

ベテランの東前頭16枚目琴奨菊(36=佐渡ケ嶽)が、また1つ記録を伸ばした。東前頭9枚目玉鷲(35=片男波)に、何度も頭からぶつかりながら体を寄せて寄り切った。最後は自分も土俵下に転げ落ちるほど、気迫のこもった取組。「押し合いの展開になると思った。しっかりできてよかった」と振り返った。

これで幕内での通算勝利数が715勝となり、元横綱稀勢の里(現荒磯親方)を抜いて単独歴代6位となった。大関経験もあるベテランは「1つ1つやり残しがないように頑張っていきたい。白星で応援してくれる人に恩返しできればいい」と、さらに上を見た。

玉鷲(奥)を寄り切りで破り、勢いで土俵下に落ちる琴奨菊(撮影・河田真司)  
琴奨菊(右)は寄り切りで玉鷲を破る(撮影・小沢裕)

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荒磯親方「早く抜いて」幕内勝利並んだ琴奨菊に期待

千代大龍(右)を寄り切りで破る琴奨菊(撮影・鈴木正人)

<大相撲7月場所>◇8日目◇26日◇東京・両国国技館

元横綱稀勢の里の荒磯親方が、自身の幕内通算714勝に並んだ東前頭14枚目琴奨菊(36=佐渡ケ嶽)にエールを送った。この日、NHK大相撲中継で解説を務め、琴奨菊の取組直前に同放送で「(自分の記録を)早く抜いてほしい」と期待した。

琴奨菊はこの日の千代大龍戦で白星を挙げ、幕内通算勝利数で歴代6位タイとなった。1位は横綱白鵬の1074勝(8日目の取組終了時点)で、歴代5位の元横綱大鵬が持つ746勝が次の目標となる。

荒磯親方は、琴奨菊の膝を伸ばした状態で手をつく立ち合いに注目し「この立ち合いがはまっていると思う」と評価した。

元横綱稀勢の里の荒磯親方(2019年9月29日撮影)

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朝乃山、白鵬8連勝で勝ち越し決定 御嶽海は初黒星

碧山(左)を寄り切りで下す朝乃山(撮影・河田真司)

<大相撲7月場所>◇8日目◇26日◇東京・両国国技館

新大関の朝乃山が、自身初の中日での勝ち越しを決めた。200キロ近い巨体の碧山に対して立ち合いは互角も、終始前に攻め続けて最後は右四つで寄り切った。新大関の初日から8連勝は、昭和以降では元横綱朝青龍らに並んで6位タイ。最高の形で後半戦に突入する。

一人横綱の白鵬は若手の輝の挑戦をはたき込みで退け、節目となる50度目のストレート給金を決めた。

2度の優勝経験を持つ御嶽海と正代の関脇対決は、正代が制した。左おっつけで御嶽海の動きを止め、最後は突き落とした。正代は1敗を堅守。御嶽海は今場所初黒星となった。

全勝は白鵬、朝乃山の2人。1敗は御嶽海、正代、序二段から幕内復帰を果たした大関経験者の照ノ富士となった。新入幕の琴勝峰は佐田の海に敗れ、2敗目を喫した。

かど番の大関貴景勝は、三役経験者の北勝富士にはたき込みで敗れ、3敗目を喫した。立ち合いから低く攻めたが、左から攻め込む相手に足がついていかなかった。

大関経験者の琴奨菊は千代大龍を寄り切り、元横綱稀勢の里(現荒磯親方)に並ぶ史上6位タイの幕内通算714勝を挙げた。

人気小兵の炎鵬は、気鋭の霧馬山に上手投げで敗れ4勝4敗と星が五分になった。

7日目から休場した阿炎について、芝田山広報部長(元横綱大乃国)は接待を伴う「夜の店」に出入りしていたことを明かした。

御嶽海(右)を突き落としで破った正代(撮影・鈴木正人)
北勝富士に敗れ土俵から引き揚げる貴景勝(撮影・河田真司)

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元稀勢の里の荒磯親方、栃煌山は「大関の力あった」

リモート引退会見に出席した元栃煌山

大相撲の元関脇栃煌山(33=春日野)が15日、現役引退と年寄「清見潟(きよみがた)」の襲名を発表した。春場所で負け越して2度目の十両陥落となっていた。元横綱稀勢の里(現荒磯親方)らと同じ昭和61年度生まれで「花のロクイチ組」として、三役在位は通算25場所。賜杯には届かなかったものの12年夏場所には優勝決定戦を経験した。今後は春日野部屋の部屋付き親方として後進の指導にあたる。

◆荒磯親方(元横綱稀勢の里)のコメント 栃煌山戦を最後に引退できて良かったと思えるほど、真面目でいい力士だった。独特の差し身は唯一無二で、本当に長く苦しめられた。番付は関脇だが、大関の力はあったと思う。今後は若い力士に今までの知識をふんだんに教えてあげてほしい。

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引退栃煌山「前に出る、それが自分の相撲」一問一答

リモート引退会見に出席した元栃煌山

大相撲の元関脇栃煌山(33=春日野)が15日、現役引退と年寄「清見潟(きよみがた)」の襲名を発表した。春場所で負け越して2度目の十両陥落となっていた。元横綱稀勢の里(現荒磯親方)らと同じ昭和61年度生まれで「花のロクイチ組」として、三役在位は通算25場所。賜杯には届かなかったものの12年夏場所には優勝決定戦を経験した。今後は春日野部屋の部屋付き親方として後進の指導にあたる。

   ◇   ◇   ◇

-12年夏場所の優勝決定戦を振り返って

栃煌山 何も考えずに、しっかり一番一番取っていたら優勝決定戦まで進むことができた。自分の弱さ、甘さが出て最後の一番は勝つことができず優勝を逃した。そこからもう1回あの場に立てるようにと、それが原動力になった。今ではいい思い出だと思う。

-同学年の存在

栃煌山 同い年の力士と当たるときは余計に気合が入る。そういう力士がいて頑張ってこられた。

-「栃煌山」という力士が貫いた信念とは

栃煌山 前に出る、それが自分の相撲。逃げずに、苦しいときでもまっすぐ自分の相撲を取りきろうと心を持っていた。

-部屋の関取と話したか

栃煌山 栃ノ心、碧山ともはじめは残念そうな感じで「まだまだやれますよ」と言ってくれた。今は「お疲れさまでした」と。(2人には)本当に頑張ってもらいたい。

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引退の栃煌山「寂しい気持ちも」心に残る稀勢の里戦

リモート引退会見に出席した元栃煌山

大相撲の元関脇栃煌山(33=春日野)が15日、現役引退と年寄「清見潟(きよみがた)」の襲名を発表した。春場所で負け越して2度目の十両陥落となっていた。元横綱稀勢の里(現荒磯親方)らと同じ昭和61年度生まれで「花のロクイチ組」として、三役在位は通算25場所。賜杯には届かなかったものの12年夏場所には優勝決定戦を経験した。今後は春日野部屋の部屋付き親方として後進の指導にあたる。

   ◇   ◇   ◇

一時は「大関候補」の呼び声も高かった栃煌山が、土俵に別れを告げた。「ひとつの区切りがついた。次に落ちたときは自分でやめようと決めていた」。昨年の九州場所で、07年春場所での新入幕から75場所守ってきた幕内から陥落。1場所で返り咲いたものの、3月の春場所で3勝12敗と大きく負け越し、再び十両に転落して決断した。

鋭い寄りを武器に入門から約4年で新三役に昇進し、12年夏場所では旭天鵬と史上初となる平幕同士の優勝決定戦を争った。努力家で「コツコツ長年積み重ねたものを出せるタイプ」と、リモート会見に同席した師匠の春日野親方(元関脇栃乃和歌)。賜杯と大関には届かなかったが、栃煌山自身も「しっかり課題を持って、体に染み込ませるように常に稽古をしていた。なかなか最後、上の番付に上がることができなかったけど、自分のやってきたことに間違いはなかったと思う」と胸を張った。

元稀勢の里や、小学校からのライバルで同期の元大関豪栄道(現武隈親方)ら同学年の力士としのぎを削ってきた。15年間の現役生活で最も印象に残る取組は、昨年初場所の稀勢の里戦。稀勢の里の現役最後の相手として、白星を挙げた。「同学年で、自分が入門したときには関取に上がっていた。そういう人と最後に相撲が取れたことはうれしい気持ちもあったし、その次の日に引退して寂しい気持ちもあった」。くしくも引導を渡す形になった。

「子どもの頃からずっと相撲しかやってこなかった。自分が相撲を取らないのが想像もつかない」。今後は名門部屋の部屋付き親方として、次の関取を育てる。「相撲に対して真面目で、粘り強い力士になれるように育てたい」。関脇に通算11場所在位した実力者は、第2の人生に向けて決意を固めた。【佐藤礼征】

◆花のロクイチ組 大相撲で昭和61年度生まれの関取の総称。大関以上では元稀勢の里と元豪栄道、三役経験者では栃煌山のほか、宝富士、碧山、勢、魁聖、妙義龍の5人は現在も幕内で活躍。初場所で史上2度目の幕尻優勝を果たした徳勝龍も同学年。

◆栃煌山雄一郎(とちおうざん・ゆういちろう)本名・影山雄一郎。1987年(昭62)3月9日、高知県安芸市生まれ。安芸小2年で相撲を始め、安芸中で中学横綱。明徳義塾高では4冠。05年初場所初土俵。07年春場所新入幕。09年夏場所で新小結、10年秋場所で新関脇昇進。金星は6個、三賞は殊勲賞、敢闘賞、技能賞が各2回。幕内通算573勝563敗19休。得意は右四つ、寄り。187センチ、151キロ。血液型A。家族は夫人と1女。

19年1月15日、初場所3日目に稀勢の里(右)を寄り切りで破る栃煌山

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阿武咲24歳迎え危機感「若くない」現状打破誓う

千葉県内の部屋で汗を流す阿武咲

大相撲の西前頭2枚目阿武咲(24=阿武松)が4日、24歳の誕生日を迎えた。千葉・習志野市内の部屋での稽古後、代表取材に応じ「16、17で(相撲界に)入って、これからの相撲人生は長いなと思っていたが、一瞬で24になっていつまでも若くないと思った。23と24では(年齢の)重みが違う。危機感を持たないと」と自らに言い聞かせた。

17年九州場所に21歳の若さで新三役となったが、右膝の負傷で一時は十両に転落。23歳の1年は、幕内下位で戦う場所も多く「苦しかった。けがをしてからなかなか勝てないし、思うような相撲を取れなかった」と振り返った。

現状を打破するため、尊敬する元横綱から助言を求めた。初場所後、2月の押尾川親方(元関脇豪風)の断髪式で、荒磯親方(元横綱稀勢の里)に教えを請うた。

「相撲の技術、気持ちの臨み方の面で自分がいま思っていることを確認させていただいた」

直後の3月に行われた春場所では、優勝した横綱白鵬から金星を挙げ、9勝6敗で殊勲賞を獲得。「23歳終わりがけで少しずつ形になってきた。悔しい部分もあったが、プラスになっている部分もあると感じられた」と、手応えを感じた。

7月場所(19日初日、東京・両国国技館)では、小結だった18年初場所以来の上位総当たりとなる。成績によっては返り三役も見えてくるが「細かいことは考えず、自分と向き合ってやるべきことをやれればいい」と冷静に話した。

約4カ月ぶりの本場所へ、徐々に調整のペースを上げている。この日は若い衆を相手に約30番。「今のところ順調にこれているし、感覚はものすごく良くなっている」。相撲を取れない期間は、自重トレーニングに重点的に軸に取り組んできた。

「軸を意識してやった。相撲は一瞬で勝負が決まってしまうが、(それに生かす)爆発力を鍛えるためにウエートトレーニングにだけ頼ってしまうと、(体の)軸が安定せず、その効果が(十分に)出ないと思う。自分の力を100%出せるようにするための体づくりをやっていました」

7月場所で成果を発揮する。【佐藤礼征】

千葉県内の部屋で稽古をする阿武咲

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荒磯親方複雑「2度とないよう」東京で迎える誕生日

荒磯親方(2019年9月29日撮影)

大相撲の荒磯親方(元横綱稀勢の里)が3日、34歳の誕生日を迎えた。本来なら7月場所(19日初日)開催地の名古屋市で迎えるはずが、新型コロナウイルスの影響で開催地が両国国技館に変更となり、角界入り後では初めて都内で迎えた。

報道陣の電話取材に応じ「相撲界で生きている人間として(誕生日を)東京で迎えることが2度とないようにと思っています」と複雑な心境を明かした。所属する都内の田子ノ浦部屋では、稽古まわしを締めて土俵に下りているという。春場所で左大腿(だいたい)二頭筋を痛めた弟子で平幕の高安について「問題ないと思う。少しずつ良くなっている」と明かした。

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荒磯親方が誕生日、大学院で力士育成研究/一問一答

荒磯親方(2019年9月29日撮影)

大相撲の荒磯親方(元横綱稀勢の里)が3日、34度目の誕生日を迎えた。新型コロナウイルス感染拡大の影響により名古屋市で行われてきた7月場所(19日初日)が、開催場所が東京・両国国技館に変更。都内の自宅から報道陣の電話取材に応じ「相撲界に入って東京で誕生日を迎えたのは初めて。いつもは名古屋で迎えているので不思議な感じです。(名古屋以外での誕生日は)中学生ぶりですね。相撲界で生きている人間としては、(自分の誕生日を)東京で迎えることが2度とないようにと思っています」と複雑な心境を明かした。

主な一問一答は以下の通り。

-自粛生活の中での誕生日をどのような気持ちで迎えたか。

荒磯親方 数人から連絡は来ましたが、特にお祝いしてもらうとかはないですね。こういう状況ですから。いつも通りという感じです。

-今は稽古場に下り、まわしを締め指導しているか。

荒磯親方 相撲は取っていませんが、まわしを締めて土俵に下りて、若い衆に(ぶつかり稽古などで)軽く胸を出したりしています。

-春場所で左大腿(だいたい)二頭筋を痛めた高安関の現状は。

荒磯親方 若手と稽古をしていますが、腰の決め方など、いろいろ工夫しながらやっています。見ている感じでは、少しずつですが良くなっている感じです。(7月場所の出場は)問題ないと思います。あと2、3週間ぐらいで、どのように持っていくか。出稽古に関してもどうなるか分からない状況ですが、それなりに調整してくれると思います。高安も来週ぐらいから相撲を取ると思うので、(自分は稽古相手として)しっかり体はつくってきました。

-夏場所が中止になった影響は、力士にとってどのように作用すると思うか。

荒磯親方 私も1場所中止を経験しています(関脇だった2011年春場所)。これだけ間が開くと、体調管理など今まで積み重ねてきたものがいったん切れたりする力士もいると思います。私もそういうところで調整に失敗してしまったというところがありました。10勝、10勝で来たところで、ぎりぎり勝ち越し。初日を迎えても、なんとなく調整がうまくいかなかったかなと感じました。(7月場所を迎える力士も)それなりに難しい調整になってくると思いますが、白鵬も鶴竜もそうですが、ベテラン力士は2011年の中止を経験しているので、そういう経験を生かせるのかなと思います。抜くところは抜いて、やるところはやるというように。

-出稽古が制限され、相撲を取る稽古も各部屋とも一時自粛していた。力士に与える影響は。

荒磯親方 稽古ができなければ、やれないなりに脳みそを使って考える。それがいい方向に向かう力士もいると思います。勝つためにどうしようかと余計に考えたり、立ち合いの形をどうしようか、腰の形をどうしようかと考えたり。今までできなかったことができる可能性もあるので、駄目と思われがちですが、ピンチをチャンスに生かせる力士もいると思います。そういうところで、いいきっかりになるチャンスかもしれません。頭がなくては相撲は勝てません。そういうところをみんなが生かしてもらえればと思いますね。

-早大大学院での研究は、現在どのような形で、どのようなテーマに取り組んでいるか。

荒磯親方 現在は大学院には行けないので、週4日、1日3時間ぐらい、リモートで授業を受けているという感じです。エクセルを使った授業もあります。自分が何をしたいか、力士育成もそうですし、部屋としてどうしていくかも研究の題材になっています。それに対して研究をして、リポートにまとめて、パソコンで発表するということもやっています。(指導に当たる)平田教授が考えた『トリプルミッションモデル』という『勝利、資金、普及』の3つがうまく回ったところがうまくいくというスポーツ界のモデルを、力士や部屋に当てはめてみたりもしています。

-学生として、勉強ができるという喜びはあるか。

荒磯親方 ついていくのが必死で、喜びは感じていないかもしれません。遅れちゃいけないし、パソコンを使ったのも初めてだし。それが、この3カ月でした。喜びを感じるのはこれからかもしれません。

-相撲を待ち望むファンへのメッセージは。

荒磯親方 このような状況が早く収まることが一番。(新型コロナウイルスに)感染したり、亡くなられた方もいらして、相撲界も残念なことがありました。いろいろなことを生かしながら、また明るい相撲界になることを祈ってますし、普及につながるように親方として相撲協会のために一生懸命動いて、みなさんが安心して相撲が見られるように、いい相撲を提供できるように頑張っていきたいと思っています。ファンあっての大相撲。私も大歓声をもらって力になっていましたし、ああいう(大観衆の)ところでやれるのが幸せでした。そういうのが早く戻ってほしいですね。

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2位朝乃山へエール「高砂親方定年退職にぜひ花を」

第9回大相撲総選挙にご投票いただき、ありがとうございました。投票だけでなく、多くの皆さまから熱いメッセージをいただきましたので、ごく一部ですが紹介いたします。

2位 朝乃山 3562票

★目指せ横綱! 高砂親方の定年退職にぜひ花を添えて頂きたいですし、それが可能な力士だと思います。(40代女性)

★人間性がしっかりしている。うそがない等身大のインタビューに好感が持てる。相撲内容が力強い。応援したくなる。また屈託のない笑顔が好き。(40代男性)

★強いかっこいい優しい! 今まで何度も対応していただきました! 富山の人間山脈、将来横綱!(20代女性)

★去年、近大でやった優勝パレードに祖父と一緒に見物に行きました。とてもきれいで美しいおすもうさんだと思いました。右四つになれば朝乃山! という型を持っているし、優勝したからといっててんぐにならず、さらに精進しているように見えます。ぜひぜひ横綱になってほしい。みんなのお手本になってくれると思います。祖父も「朝乃山は横綱になる」とパレードの時に予言していました。

(30代女性)

★朝乃山関は入門した時からその体つきと相撲っぷりに大関、横綱を期待させる存在でした。またその期待通り大関に昇進。けがや体調不良も少なく大関から陥落する姿は想像できません。優勝がまだ一度だけなのが不思議なくらいです。今後は国技館の優勝額を朝乃山で埋め尽くすほどになって欲しいと期待しています。(30代女性)

★けれん味のない本格派の四つ相撲。右四つをさらに磨いて、横綱になって欲しい。美しい横綱土俵入りを見たいです。(60代以上女性)

★相撲に対する姿勢、取り組み、日頃の態度すべて自分も見習わなければいけないと思える。地元の先輩であり、とても誇らしいと思う。(10代以下女性)

★朝乃山は正攻法の取り口が正々堂々としていて好きです。富山弁で話すところも素朴で好きです。(40代女性)

★相撲が強いし、かっこいい。優しい話し方とかわいい笑顔。真面目そうで穏やかそう。将来は横綱になって欲しい(10代以下女性)

★朝乃山関はこれから貴景勝関と良きライバルとして鍛錬互いに鍛えていってほしい。(20代女性)

★富山のスーパースターになって欲しい。毎場所、欠かさず取組を見て応援しています!(40代男性)

★白鵬関に勝ち、引導を渡す人になってほしい。押し相撲も迫力があってよいのだが、横綱になるにはやはり四つ相撲ではないかなぁと思う。今度は文句無しで横綱になって、角界を引っ張っていっていただきたいです。(50代女性)

★大切な人を失った人だからこその強さがある。恩師に天国から見守ってもらいさらに上を目指してほしい。(30代女性)

★自分の型がしっかりあり、強い! 相撲にまっすぐなところも、好感が持てる! 身体のバランス、筋肉が良い! かっこいい! すてき! 大好き!(20代女性)

★必ず、横綱になると思う。何故なら人間的にも素晴らしいから。(50代男性)

★朝乃山関は努力の人、巡業で見かけたときの集中力と迫力に感動してから大好きになったので。未来の横綱ととても期待しています。けがをしませんように…。(20代女性)

★真摯(しんし)な相撲の取り口と実直とした雰囲気が「おすもうさん」という感じがする。大関になったときの口上も良かった。(30代女性)

★新大関になってくれてうれしい! 荒磯親方(元横綱稀勢の里)のような強い横綱になって欲しい! 令和初の横綱を目指してくれたらいいな!(20代女性)

★相撲も人間性もすばらしく品格があり横綱になれる力士だから。(60代以上女性)

★朝乃山関と同じ出身地ということもあり1番応援しているからです。大関に昇進したときの口上を述べた場面が感動しましたしうれしかったです。これまで稽古を頑張ってきた成果が出たように感じました。また笑顔がかわいくて地元の人を大切にしてくれる優しいところが特に好きです。(10代以下女性)

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豊ノ島、幕下陥落の苦況で見せた人間味と粋な姿

16年九州場所2日目、アキレス腱断裂からの復活勝利を挙げた豊ノ島(2016年11月14日撮影)

<とっておきメモ>

日本相撲協会は17日の理事会で、元関脇豊ノ島(36=時津風)の引退及び年寄井筒の襲名を承認した。今後は部屋付き親方として後進の指導にあたる。

   ◇   ◇   ◇

アキレス腱(けん)断裂で豊ノ島が幕下に陥落した3年半前の九州場所。当時の相撲キャップから「引退の可能性もあるから、しばらく見ておいてください」と指令されて以降、ほぼ全ての取組で取材した。相撲担当に二十数年ぶりに復帰し豊ノ島の全盛期は知らない。そんな、いわば“いちげんさん”にも嫌な顔せず応じてくれた。相撲巧者=理屈っぽいというイメージもあったが、2年後に関取復帰を果たしさらにリップサービスはさえをみせた。ただ印象に残るのは、関取復帰以降でなく2年間の幕下時代に見せた苦悩の表情であり、もがく中でのコメント。男は苦しい時ほど人間味が出るし、真価が問われるものだと思わされた。まだ進退を決めかねている今月上旬、30分ほど歩きながら雑談した。「キセ(稀勢の里=現荒磯親方)とかからも言われるけど、14勝1敗でも優勝できないなんて運がないよなって。それもしょうがないよね」。どこまでも粋な姿だった。【渡辺佳彦】

大相撲春場所7日目、黒星を喫し土俵に一礼し引き揚げる豊ノ島(2020年3月14日撮影)

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八角理事長新体制の職務決定 夏場所「現実厳しい」

八角理事長(2020年3月22日撮影)

日本相撲協会は25日、エディオンアリーナ大阪で理事会と年寄総会を開き、23日に再任された八角理事長新体制の職務を決めた。

春場所で無観客開催の要因となった新型コロナウイルスの対応のため、理事と副理事の職務は前任とほぼ変わらず。

夏場所に向けて同理事長は「現実は厳しい」と冷静に話した。審判部には新任の花籠理事と藤島副理事を新たに編成担当として置いた。土俵の充実を図るため取組編成や番付編成に携わり、基本的に土俵下で審判長は務めない。昨年1月に現役引退した荒磯親方(元横綱稀勢の里)は記者クラブ担当となった。また東京・両国国技館は、東京五輪でボクシング会場となるはずだったが開催延期が決定となり、同理事長は「東京五輪の対処も話し合わないといけない」と話した。

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吉井5勝目、夏場所昇進なら史上3位のスピード出世

吉井(左)は寄り切りで満津田を下す(撮影・小沢裕)

<大相撲春場所>◇13日目◇20日◇エディオンアリーナ大阪

18年の中学横綱、東三段目19枚目吉井(16=中川)が7番相撲で5勝目を挙げ、来場所の新幕下昇進を確実にした。

夏場所(5月10日初日、東京・両国国技館)の番付発表が4月27日。16歳8カ月26日での新幕下昇進を果たせば、72年以降に初土俵を踏んだ力士では、16歳11カ月20日で昇進した元横綱稀勢の里(現荒磯親方)らを抜いて史上3位のスピード出世となる。

この日は強烈な左おっつけで東三段目22枚目満津田(25=峰崎)の体勢を崩し、最後はもろ差しで寄り切った。「(もろ差しは)狙ってはいないけど、パッと入ったので。動いてくる相手なので兄弟子からは『落ちついていけ』と言われていた」。ちょうど1年前の春場所で初土俵を踏み、序ノ口デビューから6場所連続で勝ち越している16歳は「引くことが少なくなってきた」と手応えを口にした。

静岡・焼津港小4年から相撲を始め、焼津港中3年時に全中で個人、団体の2冠を達成した。通算8個の金星を獲得した人気力士、元関脇嘉風(現中村親方)を目標にしている。

部屋では今場所幕下で6勝1敗の好成績を収めた兄弟子、幕下旭蒼天(27=中川)との稽古で力をつけている。「旭蒼天さんは出足がめちゃくちゃ速い。いい稽古ができた」と感謝。「まだまだ右の脇が甘くて差されやすい。次の場所で、幕下で勝てる相撲が取りたい」。まだあどけない表情が残るホープは、自身の課題を冷静に分析した。【佐藤礼征】

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高安が負傷で救急搬送 土俵にうつぶせ、うめき声

鶴竜との取組で負傷し車いすに乗る高安(撮影・鈴木正人)

<大相撲春場所>◇4日目◇11日◇エディオンアリーナ大阪

西前頭筆頭高安(30=田子ノ浦)が、横綱鶴竜との結びの一番で負傷し、救急車で病院に搬送された。

突き落としで敗れると、土俵にうつぶせで倒れたまま顔をしかめ、うめき声を上げた。勝ち名乗りを受けた鶴竜が心配そうに声をかけるが、しばらく立ち上がることができず、協会関係者の肩を借り、左足を引きずりながら土俵下へ。車いすに乗って救護室へ移動した。

取組を終えて15分後、会場の裏口駐車場に待機していた救急車に高安が乗り込む場面を、兄弟子の荒磯親方(元横綱稀勢の里)ら関係者が見送った。

鶴竜(後方)に突き落としで敗れる高安(撮影・鈴木正人)

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元豪栄道が解説デビュー「マナーも含めて大事です」

元大関豪栄道の武隈親方(20年1月撮影)

<第44回日本大相撲トーナメント>◇9日◇東京・両国国技館

大相撲初場所後に引退した元大関豪栄道の武隈親方が9日、東京・両国国技館で行われた大相撲トーナメントで解説者デビューを果たした。

幕内力士によるトーナメントの地上波放送で、向正面から解説。冒頭では「少し前まで本土俵で戦っていたので不思議な感じ」と心境を明かした。

同学年の荒磯親方(元横綱稀勢の里)とのダブル解説だった。決勝では互いの弟弟子、関脇高安と前頭妙義龍が対戦。埼玉栄高の同級生でもある妙義龍は惜しくも敗れ「優勝すると思ったんやけどな~」と残念がっていた。

初めての解説は「自分が感じたことを説明するのは簡単じゃない。難しい」と苦戦した様子だったが「勉強ですね。これからは伝えることも大事。社会人のマナーも含めて大事ですね」と充実した表情を見せた。

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白鵬“3横綱そろい踏み”も「スーツ似合ってきた」

第10回白鵬杯で記念撮影に納まる、左から元横綱日馬富士、横綱白鵬、荒磯親方(元横綱稀勢の里)(撮影・柴田隆二)

横綱白鵬(34=宮城野)が自ら主催し、第10回の記念大会を迎えた白鵬杯(世界少年相撲大会)が2日、東京・両国国技館で世界から13カ国・地域の小・中学生約1100人を集めて開催された。

午前8時に開会式が行われ昼休みの時間には、元横綱日馬富士と荒磯親方(元横綱稀勢の里)も会場に姿を見せ、集まった選手、観客にあいさつした。

“3横綱そろい踏み”に白鵬は「勝って当たり前の、横綱になった人でないと分からない世界。久しぶりに2人と会って緊張した」と言いつつ、着物を着用しない2人の姿を見て「かっこいい。だんだんスーツが似合ってきた」と笑った。

荒磯親方も両国国技館を使った、高校生の全国大会開催を模索している。親方として「強い力士を育てるのが一番の恩返しだと思う」と、今は部屋付きの荒磯親方に期待。また「違う形で戦えれば。ぜひ(自分が)強いチームを作って『稀勢の里杯』に参加したい」と、新たな夢をかき立てていた。

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元関脇豪風が断髪式で涙「最後の取組」12歳長男と

師匠の尾車親方(上)に最後のハサミを入れてもらう元豪風の押尾川親方(撮影・中島郁夫)

昨年1月の初場所限りで現役を引退した、元関脇豪風の引退、年寄押尾川(40=尾車)襲名披露大相撲が1日、東京・両国国技館で行われた。

断髪式前には、12歳の長男海知(かいち)君と「最後の取組」で土俵に。何度も押しを受け止め、最後は自身が関取として3勝を挙げた、決まり手「一本背負い」で仕留められ土俵に正座して「参りました」と言わんばかりに頭を下げ、館内の大歓声を浴びた。

十両の取組後、出身地の秋田・北秋田市の津谷永光市長から市民栄誉賞を授与された。そして迎えた断髪式には、約270人の関係者が出席。横綱白鵬、元横綱稀勢の里の荒磯親方らがはさみを入れ、最後に師匠の尾車親方(元大関琴風)が止めばさみをいれて、約18年間のマゲに別れを告げた。

その後、国技館内で整髪し取材対応。「髪を洗っている時、入門してマゲを結う前のことを思い出しました。約18年、(頭に)あったもの(マゲ)がなくなるのは寂しい。頭にあったというより、身内みたいなもので『(頭に)いた』という、体の一部以上のものだったから」と、散髪してもらいながら、しみじみと話した。

最後に師匠から止めばさみを入れられた時は、さすがに「(こみ上げて)くるものがありました。人前では…と思っていたけど、耐えきれなかった」と大粒の涙を流した。最後の土俵上から見えた光景に「相撲をやっていなかったら、あの景色は見られなかったし、今の自分はない。相撲に感謝です」とも。地元秋田から、大勢の後援者が駆けつけてくれたことには「秋田から来てもらえなければ、豪風の断髪式にはならないと思っていた。秋田から、自分の想像をはるかに上回る、先輩や同級生や年齢の近い人とか、あれだけの人が来てくれて本当にありがたい」と喜んだ。

整髪後は、スーツにネクタイ姿で相撲案内所など各所をあいさつまわり。その間に行われた幕内の取組後、再び国技館の土俵下に足を運び、マゲを落としたスーツ姿で来場者にあいさつ。最後に、既に他界した両親の遺影を持ち「自分の息子に、綱渡りのような人生を歩んでもらいたくないと入門時も大反対した、お父さん、お母さんに引退した姿を見てもらいたかった。『お疲れさん』と言ってもらいたい一心で17年間、現役でやってきました」と、すすり泣くような声で話し、館内の涙を誘っていた。

断髪を終え「相撲に感謝」の書を手に土俵に別れを告げた元豪風の押尾川親方(撮影・中島郁夫)
長男・成田海知くん(左)と最後の取り組みを行う豪風(撮影・中島郁夫)

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徳勝龍「今もふわふわしてます」V一夜明け一問一答

一夜明け会見で笑顔を見せる徳勝龍(撮影・河田真司)

大相撲初場所で史上2度目の幕尻優勝を飾った西前頭17枚目の徳勝龍(33=木瀬)が27日、東京都内の部屋で一夜明け会見に臨んだ。「足伸ばして大丈夫ですかね」と自然体でスタートした。

-昨夜は今までにない夜

徳勝龍(以下徳) いやもう夢のようで。今も自分じゃないようでふわふわしてます。

-何時に寝たのか

徳 いつもスッと眠れるが、あまり眠れなかったです。

-実感は

徳 全然ないです。優勝したんかなって感じです。

-千秋楽の心境

徳 千秋楽まで三役力士とやってなかった。正代関に申し訳ないなと。思うところは少しあります。

-最後は大関

徳 番付最下位の力士が大関と当たることはないんで名誉なことだと。番付下なんで思い切りいくしかないなと。対戦は頭に入っていました。

-正代の相撲は見たか

徳 意識してなかったがすごくいい相撲だったんで。ヨシッと気合入りました。勝っても負けても自分の相撲だけ。自分のことだけ考えてやりました。

-結びは2度目

徳 その時とは心境が違う。千秋楽でもあったし、三役そろい踏み。やることがたくさんあって、そっちの方に気持ちとられた。

-そわそわしていた

徳 お客さんが笑ってたんで自分が間違ってたかなと。

-千秋楽は

徳 一番最後に取るなんて思ってなかった。びっくりですよね。

-いい集中

徳 気持ちの強い大関と思うんで、自分もその気持ちに負けないよういきました。

-決定戦あるとか

徳 この一番だけに集中の感じでしたね。あとはどうにかなる。決定戦のことは全く考えてなかった。

-完璧な内容

徳 そうですか。大関の突き落としはすごかった。

-涙は

徳 張り詰めていたものが一気に出ましたね。泣きすぎですね。

-思いがあふれた

徳 いろんな思いがありました。うれしいもあったし、15日間、自分では苦しくない思っていたけど、苦しかったんだなと。

-重圧が

徳 相撲のことだけに集中して、いらんこと考えずにその日の一番だけに集中していた。毎日言っていたけど、番付が一番下で自分より下はいない。逆に相手の方が番付下に負けたくないと思っていたはず。

-思いは

徳 これ勝ったら優勝とかは全くなかった。それは意識しないで、大関戦だけ。ここだけ思い切りいけばと。後のことは全然考えてなかった。

-14勝

徳 場所中も何番勝ったりとか覚えてないくらい1日、1日やっていた。今日何日目でした? 記者さんに聞くぐらい。

-十両との往復

徳 この前に幕内に上がった時、十両が長かったんで、幕内に上がれてホッとした。満足した部分あって4勝11敗で大負けした。満足したらダメ。常に向上心持って、上を目指す気持ちが大事だな思って、そこから。

-意識の違い

徳 意識ですね。幕内に帰りたかったが、そこで満足したらダメだと。常に上を目指して心を入れ替えたというか。優勝できる力士ではないと思っていたんで。三賞も自分には縁のない力士かなと思っていたんで、うれしいです。

-何が信じられない

徳 自分は本当に弱いんで。周りの人はもっとやっていると思うんで、自分ももっとやらないといけないと思った。自分が稽古していても、周りはもっとやっている。稽古でも満足せずにもっと、もっと。木瀬部屋は幕下が強いんで。胸出す意識なく、胸出すと持っていかれるんで。幕下だけど、いい稽古させてもらってます。

-伊東監督が亡くなった

徳 インタビューでも言ったんですけど、監督は土俵の中で一緒に見てくれたじゃなく、土俵の中で一緒に戦ってくれた。それしかないです。終盤も土俵際、逆転とかあったけど、監督が背中が押してくれたような不思議な感覚でした。

-しこ名に入れるほど

徳 東京にいて相撲見てくれたと聞いて、本当に今でも信じられない。ずっといい報告がしたい、それだけでしたね。

-気持ちを土俵に

徳 相撲で恩返しというか、相撲しかないんで。監督は相撲が大好きだったんで。

-監督は関取にとって

徳 監督が近大に誘ってくれなかったら、今の自分は絶対にない。大相撲にもいなかったかもしれない。高校時代は大相撲なんて考えられなかった。大学に入って監督が勝てるようにしてくれた。

-心に残る教え

徳 監督は「はたいていいよ」言ってくれた。そのかわり、前に出て圧力かけてからと。最初からはたこうといったら何も効かない。それが一番頭に残っています。

-土俵際の突き落としも

徳 前に出て押し出せば一番いいが、それも自分の相撲なんで。逆転、逆転と言われるが、それも自分の相撲と思っている。

-いい報告が

徳 そうですね。いい報告ができます。

-春場所は地元の関西

徳 これからが大事、あらためて思いました。いい成績残さないと笑われてしまいますんで、ここからが大事。準ご当地なんで。声援がモチベーションになった。また、あの声援を受けたいですね。

-来場所の目標

徳 とりあえず今はもう、ゆっくり休みたい。来場所のことはもうちょっとしてから。

-メールは

徳 すごかったですね。500件ぐらい。

-夫人とは

徳 朝に。「よかったね」ぐらい。嫁は常に同じというか、自分は緊張しててもひょうひょうとしている。どんなメンタルしてるんだと思いました。

-支えは

徳 勝っても負けてもいつも通りしてくれる。家ではリラックスさせてくれる。

インタビュー練習は

徳 風呂場でしてました。関西魂で。笑わそうとするんで、笑ってくれましたかね?

-笑いは

徳 常に家でも笑いが。ボケたりしたら、母親が「つっこまんかい」と。楽しい家族です。

-応援に来てくれた

徳 家でドシッとしてくれと言ってたんで、まさか来てくれるとは。うれしかったです。

-千秋楽の一番は

徳 しっかり当たってというのは一番頭にあった。しっかり当たれたかなと。離れてやばいかな思ったけど、右上手とってよしと思って出ていったら強烈な突き落とし。やばいと思ったけど、何とかいけました。

-北の湖親方に

徳 いや左四つだけ。自分も緊張してたんですけど、どうすればはなかった。「お前は左四つ」だけでした。

-「ロクイチ組」

徳 同年代みんな強くて三役経験してるんで、置いていかれている思いあったが、自分は自分と思ってしっかり切り替えて、やれることだけやろうと。周りは関係ない。人は人と思ってやってきた。荒磯親方にほめてもらえるのが一番うれしい。同級生だけど兄弟子なんでうれしいです。

-人に言わない我慢強さ

徳 ここが痛いとか言いたくないというか、言っても治らないんで、言ってもしょうがない。

-強みは

徳 強み…なんですかね。自分は全然弱いんで、一生懸命ですかね。1番に集中して、いい相撲とろうと。それだけです。

-愛称は

徳 いろいろ言われるんですけどね。マコ関とか、マコちゃんとか、徳ちゃん。

-まだ33歳

徳 なんすかね。部屋に若い子多いんで、話が合ったり、精神年齢が幼いのか。自分の中では33歳という感じではないんですよね。治療、トレーニングのやり方は進化してきている。相撲の寿命長くなるんじゃないかと思います。

-父には

徳 生んで育ててもらって、それが当たり前とは思っていない。感謝の気持ちを忘れずにやりたい。

-今何がしたいか

徳 温泉とか行きたいですね。ゆっくりしたいです。

一夜明け会見に臨む徳勝龍(撮影・河田真司)

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