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WWE名物リングアナ「ザ・フィンク」死去、69歳

米プロレス団体WWE殿堂入りの名物リングアナウンサー、ハワード・フィンケル氏が16日、死去した。69歳だった。同日にWWEが発表した。

「ザ・フィンク」の愛称で親しまれ、77年にWWEの前身WWWFのマディソンスクエアガーデン大会でリングアナとしてデビュー。02年までメインアナとしてマイクを握っていた。

70~80年代、WWEの前身WWFが提携していた新日本プロレスのアントニオ猪木、藤波辰爾、タイガーマスクらがWWFニューヨーク大会に参戦した際もリングでコールを担当していた。90年代後半にはタキシードマッチに臨むなどリングで戦う活躍もみせていた。

09年にWWE殿堂入りを果たしたフィンケル氏に向け、ハルク・ホーガンは「ハワード・フィンケル氏は良い時も悪い時も『チーム・ホーガン』にいました。私の良き友人よ、安らかに眠ってください。あなたを愛している」と自らのツイッターでつづれば、WWEビンス・マクマホン会長も「WWE初期からのスタッフだったフィンケル氏の死を知って悲しみました。彼の象徴的な声のおかげで、スポーツエンターテインメントの歴史の中での偉大な瞬間は、よりグレートになりました」と追悼していた。

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ライガーWWE殿堂入り「なんでボクなんでしょう」

引退式を終えた獣神サンダー・ライガーは歓声に応えながら引き揚げる(2020年1月6日撮影)

今年1月の東京ドーム大会で引退した新日本プロレスの獣神サンダー・ライガーが米団体WWE名誉殿堂「ホール・オブ・フェーム」入りすることがWWE、新日本プロレス両団体から発表された。

日本人選手としては、10年のアントニオ猪木、15年の藤波辰爾に続く3人目の快挙。レガシー部門では力道山、ヒロ・マツダ、新間寿氏も受賞している。ライガーは「新日ジュニアの象徴」として国内外で活躍。世界中で高い知名度と人気、長きに渡る功績により、今回の殿堂入りが決定した。

受賞を受けて、ライガーは「いやー、びっくりしましたね!『なんでボクなんでしょうか?』という気持ちです」と驚きのコメントを発表。「本当にもったいないような大きな賞を頂いて感動してますし、緊張してますし。そういう名に恥じない、これからもレスラーとしての獣神サンダー・ライガーという名前は付いてまわりますので、キチッとしていきたいなと思います。襟を正すっていう形でね」と名誉ある賞に気を引き締めた。

殿堂入りセレモニーは、4月2日(日本時間3日)にフロリダ州タンパベイのアマリー・アリーナで行われる。

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武藤が前田が長州が60周年猪木から闘魂注入ビンタ

「燃える闘魂60周年メモリアルセレモニー」でポーズを決め写真に納まる、左から長州、武藤、木戸、藤原、前田、木村、アントニオ猪木、越中、ヒロ斉藤、AKIRA、蝶野、藤波(撮影・横山健太)

<プロレスリング・マスターズ:後楽園大会>◇28日◇東京・後楽園ホール

新型コロナウイルス感染拡大の影響でプロレス興行の中止、延期が相次ぐ中、武藤敬司(57)がプロデュースするプロレスリング・マスターズの大会が行われ、会場は熱狂に包まれた。

今回は武藤の師匠であるアントニオ猪木氏(77)のデビュー60周年記念大会。試合後に猪木氏がリングに上がり、さらに武藤、蝶野正洋、越中詩郎、藤原喜明、藤波辰爾、木村健悟、前田日明、木戸修、長州力と猪木氏の弟子にあたるレジェンドらが集結し、師匠をぐるっと囲んだ。

マイクを持った猪木氏は「元気ですかー!元気があれば、なんでもできる」と第一声。「ここに来る途中、いろんなことを考えました。60周年なんかオレ関係ねえのにな」と大会の目玉にされたことを笑いながら愚痴りつつも、「熱い声援をもらったら、人前に出ることは素晴らしいこと」と喜びを語った。

さらに周囲、観客の声に背中を押され、武藤、蝶野、前田、長州にビンタで闘魂注入。「がんばっていこうよ。これからのプロレスが世界に向けて勇気と希望を発信できるように」と1、2、3、ダー! のかけ声で大会を締めた。

毎回人気の大会とありチケットは事前に完売。だが、コロナウイルス感染拡大の影響により、直前に約300件のキャンセルがあり、入りは8割程度にとどまった。メインのタッグマッチのセコンドに入った蝶野は客席に向かって「おいい、お前ら! よくもぬけぬけと出てきたな」と話し、笑わせつつつも、大会開催を決めた武藤に「心からお礼申し上げる」と感謝した。

試合後、武藤は「ここ2、3日追い詰められてたので、(猪木氏に)ビンタをもらってうれしかった」と、開催するかどうか悩んだことを明かした。さらに「今回マスターズやらなかったら、次1人欠けるかもしれないから、必死でやったんだよ」と決行に至った理由をブラックジョークで説明。「今の時点ではやってよかった」と胸を張った。

前田(中央)に闘魂ビンタをするアントニオ猪木(右)。左から武藤、藤波(撮影・横山健太)
アントニオ猪木(左から4人目)からの闘魂ビンタを嫌がる長州(同2人目)を無理矢理引っ張り出す蝶野(左)と武藤(同3人目)。右は前田(撮影・横山健太)

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武藤敬司プロデュース公演、28日に予定通り開催

昨年行われたプロレスリング・マスターズ大会 後方左から2人目が武藤敬司(2019年8月30日撮影)

プロレスラー武藤敬司(57)がプロデュースする「プロレスリング・マスターズ」は27日、28日の東京・後楽園大会を予定通り開催すると発表した。

新型コロナウイルス対策として来場者にマスク着用などを呼びかけるほか、観戦キャンセル希望者には返金対応する。大会は武藤の師匠であるアントニオ猪木氏が来場。メインイベント出場予定だった新日本プロレス天山広吉、小島聡が欠場となり、藤波辰爾、藤原喜明組対武藤、スーパーJ組にカード変更となった。また、プロレスリング・ノアは3月8日の横浜文化体育館大会、全日本プロレスは3月7日千葉・銚子大会を延期するとそれぞれ発表した。

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中西学は最後も背骨折り…27年幕「感謝しかない」

引退セレモニーで新日本プロレスの選手たちに胴上げされねぎらわれる中西(撮影・河田真司)

<新日本:後楽園大会>◇22日◇東京・後楽園ホール

新日本の“野人”中西学(53)が27年間のプロレスラー人生に幕を下ろした。

22日の東京・後楽園ホール大会で同じ第三世代の永田裕志、天山広吉、小島聡と組み後藤洋央紀、飯伏幸太、棚橋弘至、オカダ・カズチカ組と対戦。最後は棚橋に抑え込まれたが、札止め1720人の前で全力のラストファイトを披露した。

先陣を切ってリングインし「最高のパートナーに助けられ、最高の相手4人」と渡り合った。永田に誤爆されると、得意のアルゼンチン式背骨折りを2度繰り出す。棚橋も担ぎ上げて仕留めにいくが、最後はハイフライフローに沈んだ。

引退セレモニーでは坂口征二顧問から「一番最高やった」、藤波辰爾から「まだいい体なのに」、馳浩専大OB会長に「面白かった」と惜しまれた。10カウントゴング後、選手に3回胴上げされリングをおりた。

五輪出場、G1優勝にIWGPヘビー級王座も手にした。首のケガが引退を早めたが「みんなに感謝しかない」と涙ぐんだ。「死ぬまでプロレスラー。トレーニングも続けて携わっていきたい」。家業の茶栽培を手伝いながら、新日に恩返しをしていくつもりだ。

◆中西学(なかにし・まなぶ) 1967年(昭42)1月22日、京都市生まれ。専大時代にレスリング全日本選手権4連覇。92年バルセロナ五輪代表。同年8月に新日本に入団。97年に小島聡とIWGPタッグ王座獲得。99年G1優勝。09年IWGPヘビー級王座。得意技はアルゼンチン式背骨折り、原爆固めなど。186センチ、120キロ。

引退セレモニーで新日本プロレスの選手たちにとポーズを決める中西(中央)(撮影・河田真司)
引退セレモニーで10カウントゴングに臨む中西(撮影・河田真司)

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迫る引退、中西学が貫く「野人道」と後進への願い

中西学

新日本プロレスの“野人”中西学(53)が2月22日の後楽園ホール大会で引退する。11年に脊髄を損傷して以来、本来の力を取り戻せず苦しんできたが、1月からの引退ロードでは歓声を背に、大暴れしてきた。2・22ラストマッチを前に、中西に思いを聞いた。

   ◇   ◇   ◇

中西は1月7日に引退を発表した。以来、東京、大阪や地方の会場で大暴れし野人ぶりを見せつけてきた。「細かいこと言わんで、お客さんに喜んでもらわんと。注目してもらっているとしたら、思いっきりアピールして、楽しんでもらえれば」。がむしゃらにリングに全てをぶつける。

11年に脊髄を損傷した。復帰後もそれまでの動きは取り戻せていないが、日本人離れした巨体は健在。アルゼンチンバックブリーカーなど豪快な技で観客を魅了。大きな体を維持してきた秘訣(ひけつ)もまた、豪快だ。「プロテインはおなか壊してしまうし、決まった時間に飲むのを忘れるので飲みません。それより、3食しっかり食べている方が、免疫力も上がる。天気が良かったら、河原で上半身裸で走ったりもするから」。ヒンズースクワットなど、伝統の基礎メニューを大事にしてきた。

現役で唯一、五輪レスリングを経験した選手で、日本人屈指のパワーファイター。大日本プロレスの関本大介と岡林裕二を「体張ってやってるレスラーの代名詞」と後継者に“指名”。一方で「そういう選手が新日本にいないのはさみしい」。新日マットにも「外国人の大きいやつらとガンガンできる、当たり負けしないやつ。とんでもなくでかいやつが来ても、必ず俺が相手するという選手が出てきてほしい」と願った。

今後は実家、京都・宇治の茶農家を手伝いながら、プロレス関連の仕事をするプランがある。だが「引退までは先のことを考えない」とマットに集中。「お客さんが主役。不細工でもいい。リングで戦うことが一番の仕事」。22日のラストマッチまで野人を貫く。【取材・構成=高場泉穂】

◆中西学(なかにし・まなぶ)1967年(昭42)1月22日、京都市生まれ。専大時代にレスリング全日本選手権4連覇。92年バルセロナ五輪代表。同年8月に新日本に入団し、10月13日に藤波辰爾と組みS・ノートン、S・S・マシン戦でデビュー7年5月に小島聡とIWGPタッグ王座獲得。99年G1優勝。09年5月IWGPヘビー級王座。得意技はアルゼンチン式背骨折り、原爆固めなど。186センチ、120キロ。血液型A。

09年 トップロープから棚橋弘至(手前)の顔面にけりを浴びせる中西学

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天龍、藤波、長州らが「日本プロレス殿堂会」発足

日本プロレス殿堂会発足会見で記念撮影する、左から天龍源一郎、藤波辰爾、長州力(撮影・浅見桂子)

天龍源一郎(70)、藤波辰爾(66)、長州力(68)らが20日、都内で会見し「日本プロレス殿堂会」の発足を発表した。日本プロレス界の発展に貢献した選手の功績を後世に伝え、引退した選手支援のために立ち上げられた。

初期メンバーは3人に、故ジャイアント馬場さん、アントニオ猪木氏を加えた5人。今後、会独自の選考基準をクリアした選手が殿堂に加入していく予定。15年に米WWE殿堂入りした藤波は「日本にもできたらという思いが強かった。レスラー全員、ファンの願いでもある」と喜びを語った。

日本プロレス殿堂会発足会見で、笑顔で記念撮影する、前列左から天龍源一郎、藤波辰爾、長州力。後列左から嶋田紋奈、LEONA、池野慎太郎(撮影・浅見桂子)

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猪木も!武藤2・28マスターズで藤波藤原とタッグ

武藤敬司

武藤敬司(57)がプロデュースするプロレスリング・マスターズの2月28日後楽園大会メイン「燃える闘魂60周年メモリアルマッチ」の対戦カードが17日、発表された。

当日は武藤の師、アントニオ猪木氏(76)が初来場。今年でプロレスデビューから60周年を迎える猪木氏と縁深いレスラーがメインで集結する。新日本プロレスの猪木氏の弟子、藤波辰爾(66=ドラディション)、藤原喜明(70=藤原組)、武藤がタッグを結成。対するのはセコンドの蝶野正洋(56)が率いる「TEAM2000」で、小島聡(49)、天山広吉(48=ともに新日本)、スーパーJ(57)が組む。

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中西学が引退発表、2・22後楽園ラストマッチ

会見で引退を発表した中西学は瞳を潤ませる(撮影・垰建太)

新日本プロレスは7日、中西学(52)が2月22日の後楽園ホールで引退すると発表した。会見した中西は「首のけがが原因で思うような戦い方ができず、ずるずるこの状態を続けているよりも、しっかりけじめをつけて、昔あんなことをできたというよりも、いま自分の中にある熱いものを20年2月22日まで使いきる。思いっきり引退の日までダッシュして、見事にレスラー人生をまっとうしたい」とあいさつした。

中西は、92年バルセロナ五輪フリースタイル100キロ級に出場し、同年8月に新日本プロレス入り。09年にIWGPヘビー級王座を戴冠するなど活躍したが、11年に首の脊髄を損傷する大ケガを負って以来、トップ戦線からは遠ざかっていた。

会見ではともに戦ってきた「第三世代」と呼ばれる永田裕志、天山広吉、小島聡への思いも語った。「残された試合でこの3人には協力してほしい。一緒に戦いたいし、逆に対戦もしたい。ずーっとそばにいた3人。思い入れもそうですし、肌で感じているものがありますから。それを感じながら、まっとうしたい」と残る1カ月半で、出来るだけ多く3人とリングに立ちたいと希望した。

引退後については、今後会社と話し合い決めていく。

◆中西学(なかにし・まなぶ)1967年(昭42)1月22日、京都市生まれ。専大時代にアマレス全日本選手権4連覇。92年バルセロナ五輪代表。同年8月に新日本に入団し、10月13日に藤波辰爾と組みS・ノートン、S・S・マシン戦でデビュー7年5月に小島聡とIWGPタッグ王座獲得。99年G1優勝。09年5月IWGPヘビー級王座。得意技はアルゼンチン式背骨折り、原爆固めなど。186センチ、120キロ。血液型A。

会見を終えポーズを決める中西(撮影・垰建太)
会見で引退を発表した中西(撮影・垰建太)

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引退ライガー、いつも通りの姿でいつも通りの激闘

声援に応える左からザ・グレート・サスケ、藤波辰爾、獣神サンダー・ライガー、佐野直喜、高岩竜一(撮影・中島郁夫)

<新日本:東京ドーム大会>◇4日◇東京ドーム

5日に引退するレジェンド、獣神サンダー・ライガーが引退記念8人タッグ戦に臨んだ。90年代新日ジュニア戦線を彩った縁深いメンバーとともに激闘を繰り広げたが、後輩の田口隆祐(40)に敗れた。

   ◇   ◇   ◇

ライガーが花道に現れると満員のドームが沸いた。大スクリーンにテーマ曲「怒りの獣神」の歌詞が映され、大合唱が巻き起こった。昨年3月に引退宣言してからは、バトル、鬼神、黒など過去を振り返るようにさまざまなパターンのライガーを見せてきたが、この日は特別なことは何もしなかった。最後のドームに向けて、特別なマスクを制作することも考えたが、「いつも通り練習して、いつも通りリングにあがって、試合して。みんないつものライガー、見たいんじゃない?」。いつも通りの姿で試合に臨んだ。

8人タッグマッチで組んだのは小学校の時にプロレスラーになるきっかけとなった、憧れの藤波辰爾(65)、盟友ザ・グレート・サスケ、そして現在の女房役タイガーマスク。対するのは、ライガーとなる前に一緒に同日デビューした佐野直喜(54)、90年代新日本ジュニア戦線をともに盛り上げた大谷晋二郎(47)と高岩竜一(47)。そして後輩で現在の新日ジュニアを支える田口。

ベテランメンバーがそろったが、ライガーが「ただ単に懐かしい、という試合にはならない」と予告していた通り、全員が死力を尽くした。2カ月前から体を絞ったという佐野は場外に落ちたライガーに向かってトペ・スイシーダをさく裂。大谷はライガーに顔面ウォッシュを決め、会場を盛り上げる。ライガーも負けじと田口に掌底、雪崩式フランケンシュタイナーをお見舞いするが、最後は田口にどどんを決められ、敗れた。ライガーは「リングに上がれば、レスラーに年は関係ないよ」と参戦した選手を称えた。

5日のラストマッチは佐野と組み、この日ジュニア新王者となった高橋、リュウ・リーの現在のジュニアトップ2人と対戦する。ライガーは記者に向かって「きょうの試合見ててさ、しょうがねえな、引退もな、って思った?」と逆質問。「ないでしょ? これでいいんだよ。これがおれの目指した引退試合。もっとすげー試合を明日する」と宣言した。89年4月24日、新日本初の東京ドーム大会でデビューし平成の世とともに生きたライガーが、令和初の東京ドームで最後の試合を迎える。【高場泉穂】

▽藤波辰爾 まだ十分に戦えるし複雑な気持ちだが、久しぶりに1・4のリングに立たせてもらって感謝している。

▽タイガーマスク 新日本に誘っていただき、仲人もやってもらった。今日偉大さがあらためて分かった。魂を引き継いで、新日本プロレスを守っていきたい。

▽ザ・グレート・サスケ スーパーJカップ第1回でチャンスを頂いて26年。ライガーさんには「TDK」、ただただ感謝です。

▽大谷晋二郎 あんなに怖くて厳しくて温かい人はいない。若手にライガープロレスを伝えていきたい。同じ時代にできて本当に幸せだった。

▽佐野直喜 まだまだできそうな体だが、引退は本人が決めたこと。若い時から同期で切磋琢磨(せっさたくま)してきた仲。ジーンと来た。

▽高岩竜一 最近、涙腺が弱くてすみません。こんなクソみたいなオレをレスラーにしてくれて、本当にありがとうございます。

▽田口隆祐 引退は非常にもったいないと思うが、自分があっさり勝ってしまったので引退は仕方ないかな。私はまだまだ現役を続けていく。

佐野(左)を指名する獣神サンダー・ライガー(撮影・河田真司)
田口に雪崩式フランケンシュタイナーをかける獣神サンダー・ライガー(撮影・河田真司)

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ライガー、引退記念試合は敗北「これでいいんだよ」

タイガーマスク、ザ・グレート・サスケ、藤波、獣神サンダー・ライガー、withエル・サムライ組対田口、高岩、大谷、佐野、with小林組 大谷(右)に顔面を蹴られる獣神サンダー・ライガー(撮影・滝沢徹郎)

<新日本:東京ドーム大会>◇4日◇東京ドーム

1月5日に引退するレジェンド、獣神サンダー・ライガーが引退記念試合のタッグ戦に臨んだ。大声援を浴び、なじみのあるメンバーに囲まれながら、掌底や雪崩式フランケンシュタイナーなどを繰り出し、激闘。最後は田口隆祐(40)に8分52秒どどんで敗れた。

ライガーと縁が深いレスラーが大集結した。8人タッグマッチで組むのは憧れの藤波辰爾(65)、盟友ザ・グレート・サスケ、そして現在の女房役タイガーマスク。セコンドには90年代のライバルで、ともにジュニアタッグベルトも巻いたエル・サムライが駆けつけた。

対するのは、ライガーとなる前に一緒に同日デビューした佐野直喜(54)、90年代新日本ジュニア戦線をともに盛り上げた大谷晋二郎(47)と高岩竜一(47)。そして現在新日本のジュニアの魂を受け継ぐ田口隆祐(40)。セコンドには89年ドーム大会でのデビュー戦の相手小林邦昭(63)が付き、特別レフェリーをかつてライバルだった保永昇男(64)が務めた。

ライガーはリング上で出場した選手らと握手、抱擁。四方の観客席に頭を下げ、感謝の思いを表現したが、「まだ感謝の言葉を述べるのは1日早い」。記者に向かって、「きょうの試合見ててさ、ライガーしょうがねえな引退もな、って思った?」と逆質問。「ないでしょ? これでいいんだよ。これがおれの目指した引退試合。もっとすげー試合を明日する」と勢いよく宣言した。

5日のラストマッチでは佐野と組み、現在ジュニアのトップを走る高橋ヒロム、リュウ・リーと対戦。6日の大田区大会で引退セレモニーを行う。

リングサイドから高岩(上)攻める獣神サンダー・ライガー(撮影・河田真司)
タイガーマスク(右下)とザ・グレート・サスケ(左下)に担がれファンの声援に手を振り応える獣神サンダー・ライガー。左端は藤波辰爾(撮影・中島郁夫)

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66歳藤波辰爾、引退ライガーは「まだまだ戦える」

タイガーマスク(右下)とザ・グレート・サスケ(左下)に担がれファンの声援に手を振り応える獣神サンダー・ライガー。左端は藤波辰爾(撮影・中島郁夫)

<新日本:東京ドーム大会>◇4日◇東京ドーム

第1試合で、引退する獣神サンダー・ライガーと8人タッグでパートナーを務めたのは、今年でデビュー49年目を迎える藤波辰爾(66)やザ・グレート・サスケ(50)タイガーマスクだった。

ライガーが敗れたが、試合後の会見で藤波は「僕が現役続行しているので複雑。まだまだ戦えると思う。1・4、もう1回、立たせてくれて本当にありがとう」と、かわいがってきた後輩と握手をかわした。

タイガーマスクは「僕を新日本に誘っていただき(結婚式で)仲人までしていただいた。この魂を引き継いで、新日本を守っていきます」。サスケはライガーと自身の半分づつのオーバーマスクをつけて入場した。「スーパーJカップの第1回大会で大きなチャンスをいただき26年。TTK(ただ・ただ・感謝)です」と惜別のメッセージを送った。

タイガーマスク、ザ・グレート・サスケ、藤波、獣神サンダー・ライガー、withエル・サムライ組み対田口、高岩、大谷、佐野、with小林組み 大谷(右)に顔面を蹴られる獣神サンダー・ライガー(撮影・滝沢徹郎)

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ライガー引退試合で会場沸かせる、憧れ藤波ら大集結

東京ドームの花道に登場する獣神サンダー・ライガー(撮影・中島郁夫)

<新日本:東京ドーム大会>◇4日◇東京ドーム

1月5日に引退するレジェンド、獣神サンダー・ライガーが引退記念試合に臨んだ。「おれを狙ってこい。ただ単に懐かしい、という試合にはならないよ。勝負かかってるからね」と宣言した通り、ライガーはバチバチの激闘をみせ、ドームを沸かせた。

東京ドームにライガーと縁深いレスラーが大集結した。8人タッグマッチで組むのは憧れの藤波辰爾(65)、盟友ザ・グレート・サスケ、そして現在の女房役タイガーマスク。セコンドには90年代のライバルで、ともにジュニアタッグベルトも巻いたエル・サムライが駆けつけた。

対するのは、ライガーとなる前に一緒に同日デビューした佐野直喜(54)、90年代新日本ジュニア戦線をともに盛り上げた大谷晋二郎(47)と高岩竜一(47)。そして現在新日本のジュニアの魂を受け継ぐ田口隆祐(40)。セコンドには89年ドーム大会でのデビュー戦の相手小林邦昭(63)が付き、特別レフェリーをかつてライバルだった保永昇男(64)が務めた。

5日のラストマッチでは佐野と組み、現在ジュニアのトップを走る高橋ヒロム、リュウ・リーと対戦。6日の大田区大会で引退セレモニーを行う。

白コーナーに上りポーズを決める獣神サンダー・ライガー(撮影・中島郁夫)

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引退ライガー「バチバチで」怒りの炎燃やし尽くす

石森太二に敗れた獣神サンダー・ライガーは引き揚げる直前、客席に一礼する(2019年3月6日撮影)

<夢のドーム2連戦>

新日本プロレス恒例の東京ドーム大会が来年は史上初めて1月4、5日の2日連続で開催される。日刊スポーツでは「夢のドーム2連戦」と題し、大会の見どころを連載する。

第1回は今大会で引退するレジェンド獣神サンダー・ライガー。引退への思いや両日の試合に込められたストーリーなどを語った。【取材・構成=高場泉穂】

世界の獣神が31年のプロレス人生を終える。引退を決めたのは3月のIWGPジュニアヘビー級タイトル戦のまさに最中だった。王者石森に敗れ「試合の中でもう…。おれは手持ちの駒だけを並べ替えて勝負している感じ。だけど、石森くんはまだまだ駒を集められる。やっぱ強い」。

激闘を繰り広げたが、20年ぶりの返り咲きに失敗した。常にトップを目指すという美学をこれ以上貫けないと判断し、翌日引退会見を行った。「会社の人もびっくりしてたし(相談役の)坂口征二さんも『おれに相談なしに決めやがって』と」。そして、デビューした東京ドームを引退の舞台に決めた。

ドーム最後の2戦にはライガーの歴史とプロレスへの思いが詰まっている。4日の8人タッグマッチでは新日ジュニア戦線を彩ってきた歴代の選手が集結する。組むのは藤波辰爾(66)、ザ・グレート・サスケ、4代目タイガーマスク。プロレスラーになるきっかけは藤波だった。小学校の時、書店で藤波がベルトを持つ表紙のプロレス雑誌を見かけて、「うわー、かっこいい。こういう風になりたい」と一目ぼれ。それがすべての始まりだった。

みちのくプロレス創設者のサスケは、ライガーが94年に起案したジュニアの大会「スーパーJカップ」に賛同し、協力してくれた恩人。「彼の助けがなかったら成功できなかった」。選手としても認めるライバルだった。「いまは気功をとばすからよくわかんないけど(笑い)。ひと昔前は飛んでよし、ああ見えてグラウンドもうまいし、本当に万能選手でした」。

4代目虎は仲人も務めた、かわいい後輩。「虎ちゃんの子どもに『福岡のじいじ』って言われてるぐらい公私にわたる付き合い。彼は佐山さんの愛弟子。だから、新日本気質が根底に流れている。真面目で、よく練習する。ちょっと強情すぎない? って思うぐらい。まだまだ老け込む年じゃないので、がんばってほしい」、最後に新日ジュニア最年長のバトンを渡す。

対するのは佐野直喜(54)大谷晋二郎(47)高岩竜一(47)田口隆祐(40)。佐野がいたからこそ今のライガーがある。ライガー誕生直後、頭にちらついていたのは初代タイガーマスク佐山聡の姿。「あんな超人的な動きはできない。どうすればいいか」と悩んだ。試行錯誤する中で、ヒントをくれたのが同期の佐野だった。「自分をぶつけるしかないやん。難しく考える必要ない、と。それを言葉じゃなく、試合を通して教えてくれた」。

現在ゼロワンに所属する大谷、高岩は90年代に新日ジュニア戦線をともに盛り上げたライバル。「金本(浩二)、(ケンドー)カシン、(エル)サムライとか、みんなそう。一癖も二癖もある人間がぶつかりあってるんだからね。毎日発見があったし、毎日とんがってたし、充実してた。ほんとにガチガチ。当時、あいつらも若いからがんがんくんのさ。あいつらはあの時も、今でもずっとトンがってる」。田口は天才と認める後輩。常におどけた動きでリングを盛り上げるが「(ベルトへの)貪欲も見せてほしい。できるんだから」と最後の試合で叱咤(しった)激励するつもりだ。

ラストマッチでは佐野と組み、メキシコのリュウ・リー、高橋ヒロム(30)のジュニアトップ2人と戦う。12月に首のけがから1年5カ月ぶりに復帰した高橋は4日にIGWPジュニアヘビー級王者オスプレイに挑戦。王者として5日のリングにあがる可能性がある。「引退する選手が王者とするってないよ? だから本当にうれしい。逆にぼくが彼らにプレッシャーをかけている。俺が勝ったらお前らどうすんの? 引退撤回するよ? と(笑い)。それぐらいの覚悟で来い。バチバチだよ」。平成元年に生まれたライガーが令和最初のドームで、炎を燃やし尽くす。

◆獣神サンダー・ライガー 1989年(平元)4月24日、漫画家の永井豪宅で誕生。同日、東京ドームでの小林邦昭戦で獣神ライガーとしてデビュー。同5月、IWGPジュニアヘビー級初戴冠。以来99年まで11度の戴冠は史上最多。得意技はライガーボム、ロメロ・スペシャル、掌底など。趣味は食虫植物栽培、怪獣フィギュア制作。170センチ、95キロ。血液型はAB。

石森太二(上)に「Yes Lock」を決められ、ギブアップする獣神サンダー・ライガー(2019年3月6日撮影)

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マスクマン冥利…ライガーが鈴木ふみ奈の胸元ガン見

DVD発売イベントを行った獣神サンダー・ライガー。右はスペシャル応援団のグラビアアイドル鈴木ふみ奈

新日本プロレスのレジェンドで、来年1月4、5日の東京ドーム大会で引退する獣神サンダー・ライガーが25日、都内でDVD「獣神伝説~30年間の激選名勝負集~」発売記念トークショーを行った。

この日は、グラビアアイドル鈴木ふみ奈が胸の谷間が見える大胆なサンタコスプレで登場。ライガーは目元のメッシュ越しに鈴木の胸元を見つめ、「マスクマンやってきて良かった…」とメロメロ。思わぬクリスマスプレゼントに大喜びだった。

発売されたDVDボックスには、89年4月東京ドームのデビュー戦から19年までの中から、ライガー自身が厳選した84試合がおさめられている。ライガーは一番のライバルだった佐野直喜とのタイトル戦を全部入れる希望を出したと明かし、「(佐野との)全部の試合があったからこそ、今の僕がある」と話した。

さらに、話題はプロレスラーとしての美学にも及んだ。「すごくうれしいことにDVDを編集された方に『ライガーさんの試合を編集していて、飽きないんですよ』と言われた。お世辞だとは思うんですけども、プロレスラーはこの選手とはいい試合できるけど、この選手とはできない、じゃだめだと思うんです。それを言っていただいて、すごく感動しました。ですから、とにかく、最初から最後まで見てほしい。飽きない、って言ってもらった言葉。それをみなさんがどう感じてくれるか楽しみです」。

1月4日は、8人タッグマッチで藤波辰爾、ザ・グレート・サスケ、タイガーマスクと組み、佐野直喜、大谷晋二郎、高岩竜一、田口隆祐組と対戦。5日は佐野と組み、高橋ヒロム、リュウ・リー組と最後の試合を行う。多種多様な戦いを刻んできたプロレス人生に胸をはり、残る2戦に臨む。

DVD発売イベントを行った獣神サンダー・ライガー。右はスペシャル応援団のグラビアアイドル鈴木ふみ奈

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デストロイヤー杯、長男カート氏感謝「すごい日」

ザ・デストロイヤー氏の追悼セレモニーで遺影を手に顔を拭う長男カート・ベイヤー氏(撮影・加藤諒)

<プロレス:ザ・デストロイヤー・メモリアルナイト~白覆面よ永遠に~>◇15日◇東京・大田区総合体育館

3月7日に88歳で死去した元プロレスラーの「白覆面の魔王」ザ・デストロイヤーさん(本名リチャード・ベイヤー)の追悼セレモニーが開かれ、元プロレスラーの長男カート氏が、会場に集結した縁のある選手、著名人、ファンに感謝の言葉を口にした。

同興行に合わせて来日したスタン・ハンセン、ドリー・ファンクJr.をはじめ、ザ・グレート・カブキ、力道山の息子となる百田光雄、渕正信、藤波辰爾、小橋建太、秋山準らプロレスラーがリングイン。デストロイヤーさんが日本テレビのバラエティー番組「金曜10時!うわさのチャンネル!!」で共演した和田アキ子、せんだみつお、徳光和夫アナウンサーとともに10カウントゴングで追悼した。

リングに上がった父とゆかりのある人たちの名前を呼び、頭を下げたカート氏は「今日は本当にすごい日。リングに上がってくれてありがとうございます。みなさんも大田区まで来てくれてありがとうございます」と会場の観客にも感謝していた。

ザ・デストロイヤー氏の追悼セレモニーで弔事を述べる徳光和夫(撮影・加藤諒)
ザ・デストロイヤー氏の追悼セレモニーでリングに上った和田アキ子(中央)。右は長男カート・ベイヤー氏、左はドリー・ファンク・ジュニア氏(撮影・加藤諒)

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引退ライガー「レスラー冥利につきる」藤波とタッグ

獣神サンダーライガー引退試合

新日本プロレスは15日、都内で会見を行い、来年1・4、5日に東京ドームで開催する「WRESTLE KINGDOM14」の第1弾カードを発表し、東京ドーム大会を最後に引退する獣神サンダー・ライガーの4日の「引退試合1」は8人タッグマッチに決まった。

ライガーは藤波辰爾(65)、ザ・グレート・サスケ、タイガーマスクと組み、佐野直喜(54)、大谷晋二郎(47)、高岩竜一(47)、田口隆祐(40)組と対戦。セコンドとしてライガー組にエル・サムライ、相手組に小林邦昭(63)が付き、特別レフェリーを保永昇男(64)が務める。

佐野の現リングネームは佐野拓真だが、ライガーが慣れ親しむ昔のリングネーム「直喜」で参戦する。また、5日は引退試合2、6日の大田区大会で引退セレモニーを行う。

縁があり、しかも血気盛んな選手に囲まれてのタッグ戦が決まったライガーは「引退試合だから湿っぽくなるのもいやだ。引退式となるとしゅんとなりがち。うおー、すげーという試合で終われればと思います」と意気込みを語った。

また、この日はライガーがレスラーになるきっかけとなった憧れの先輩藤波も登場した。新日本東京ドーム大会に06年以来の参戦となる藤波は「まずおつかれさまでした」とライガーに声をかけ、「今回こういう形で1・4あがることになりました。きっかけを作ってくれたライガー選手に感謝します」と話し、「足手まといにならないよう、コンディションを整えて臨みたい」と気を引き締めた。

それに対し、ライガーは「恐れ多い、恐縮です」と笑い、少年時代の思い出を語り出した。「ぼくが小学生のとき、ちょうど藤波さんが凱旋(がいせん)帰国して、雑誌の表紙になってて。(ポスターを)部屋にはって、Y少年はプロレスラーを目指した。その藤波さんと最後にタッグを組んでいただける。レスラー冥利(みょうり)につきる。幸せもの」とあらためて感動した。

翌5日の引退試合は未定。誰と対戦したいかとの問いにライガーは「絶対この人と、というのはない。湿っぽいのはしたくない。最後までライガーはライガーっぽかったねと言われたい」と熱い相手との最終戦を望んだ。

引退試合について会見する獣神サンダー・ライガー(撮影・滝沢徹郎)
引退試合でタッグを組む藤波(左)と握手を交わす獣神サンダー・ライガー(撮影・滝沢徹郎)
引退試合でタッグを組む藤波(左)と獣神サンダー・ライガーはポーズを決める(撮影・滝沢徹郎)

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新日本1・4第1弾カード、引退ライガー8人タッグ

引退試合でタッグを組む藤波(左)と握手を交わす獣神サンダー・ライガー(撮影・滝沢徹郎)

新日本プロレスは15日、都内で会見を行い、来年1月4、5日に東京ドームで開催する「WRESTLE KINGDOM14」の第1弾カードを発表した。

この東京ドームを最後に引退する獣神サンダー・ライガーの4日の「引退試合1」は8人タッグマッチ。ライガーは藤波辰爾、ザ・グレート・サスケ、タイガーマスクと組み、佐野直喜、大谷晋二郎、高岩竜一、田口隆祐組と対戦する。セコンドとしてライガー組にエル・サムライ、相手組に小林邦昭が付き、特別レフェリーを保永昇男が務める。

また、4日にIWGPヘビー級選手権で王者オカダ・カズチカと挑戦者飯伏幸太が対戦することも決定した。前日14日にオカダはSANADAを下し、V4を達成。G1覇者で東京ドーム大会でのIWGPヘビー級挑戦権を持つ飯伏は、同挑戦権をかけてEVILと対戦し、勝利した。

引退試合でタッグを組む藤波(奥)への思いを語る獣神サンダー・ライガー(撮影・滝沢徹郎)
獣神サンダーライガー引退試合

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藤波辰爾が出場意欲、デストロイヤーさん追悼興行

ザ・デストロイヤー・メモリアルナイトの開催発表会見に出席した藤波辰爾(左から2番目)、和田京平レフェリー(同3番目)ら関係者(撮影・藤中栄二)

今年3月に亡くなったプロレスラー、ザ・デストロイヤーさんの追悼興行が11月15日、東京・大田区総合体育館で開催されることが29日、発表された。「ザ・デストロイヤー・メモリアル・ナイト~白覆面の魔王よ永遠に~」と題し、大会プロデューサーには和田京平名誉レフェリー、木原文人リングアナウンサーが就任。試合当日にはドリー・ファンクJr.氏、スタン・ハンセン氏、日本テレビのバラエティー番組「金曜10時! うわさのチャンネル!!」で共演していた徳光和夫アナウンサーが来場する。

同日、都内のホテルで大会開催会見が開かれ、藤波辰爾、和田名誉レフェリーらが出席。大会は7~8試合を予定しており、デストロイヤーさんの必殺技である「足4の字固め」や「マスクマン」などにちなんだ選手によるマッチメークを考えているという。和田名誉レフェリーは「第1試合からメインイベントまでカードも期待してください。『あっ』『えっ』と驚かせたい。私にとって馬場さんがお父さんならデストロイヤーさんはおじちゃん。ぜひ成功させたい」と言葉に力を込めた。

藤波は「もちろん現役選手である以上、第1希望で。出るからには体調もベストで上がりたいです」と出場に意欲。さらに「リングに上がった時、ファンのみなさんが手作りのマスクとかを被っていたら、すごい異様な光景になる。考えただけでもゾクゾクします」と観客にマスク装着での来場も期待した。

またビデオメッセージで、デストロイヤーさんの息子のカート・ベイヤー氏も登場。「今回のメモリアルイベントの大田区は、力道山の昔の家の近くにあるらしく、それも素晴らしいなと思い、本当にメモリアルにぴったりなイベントになると思います。本当に素晴らしいことです。11月15日のイベントはよろしくお願いいたします」などとあいさつした。

なおチケットにはザ・デストロイヤープレミアムシート(10万円)が準備され、最前列でデストロイヤーさんの試合用マスクがセットになっている。

ザ・デストロイヤーさんの追悼興行開催会見にビデオメッセージで登場したデストロイヤーさんの息子カート・ベイヤー氏(撮影・藤中栄二)

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新間寿氏WWE殿堂入り「プロレスこそ私の青春」

WWE殿堂入りを果たして写真に納まる新間寿氏(中央)と家族(撮影・丹羽敏通)

<WWE:東京公演>◇28日◇第1日◇東京・両国国技館

アリ猪木戦を実現させた「過激な仕掛け人」こと新間寿氏(84)のWWE名誉殿堂「ホール・オブ・フェーム」入り記念セレモニーが行われた。

昭和期に新日本プロレスの営業部長を務めた新間氏は現会長の父、ビンス・マクマホン・シニア氏と親交を深め、両団体の交流と発展に尽力。長年に渡るプロレス界への功績をたたえられ、この4月「レッスルマニア35」前日の「WWEホール・オブ・フェーム」でレガシー部門への殿堂入りを果たした。日本人のWWE殿堂入りはアントニオ猪木、藤波辰爾、力道山、ヒロ・マツダに続く5人目。

新間氏は故マクマホン・シニア氏の遺影を持ってリングに上がり、「昭和、平成と生き抜き、令和にこのような表彰をいただけてうれしい。プロレスこそ私の青春」とあいさつした。

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